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376.魔女の弟子と盤上の運命


カジノアルカディア…チクシュルーブが作り上げた自慢の大カジノ。そこで見つけたロダキーノに接触するためゴージャスVIPフロアへ向かうエリス達三人はカジノの誘いに乗りノーブルVIPフロアへとやってきた。


しかしそこは富豪達が自身の優越感を味わうためだけの娯楽の場。連れてこられた冒険者達が人生を賭け負けるのを見る為の見世物小屋だったのだ。


こんな所で勝負して、もし負けたら…そんな嫌な気配を感じ青褪めるエリスとデティ、そして目を鋭く尖らせるアマルトさんは…勝負へと赴くこととなった。


「それで、どうするんですか?アマルトさん。何で勝負するんですか?」


このノーブルVIPフロアにあるゲームはスロット、ポーカー、ルーレットの三種類。ここまで来たら遊びとしてのカジノの気配は鳴りを潜め濃厚な金の匂いを漂わせている。


何を選ぶか、これが重要なんだろう。


「まぁ待てよ、見てろ?」


そうアマルトさんは壁際にもたれかかり観察の体勢に入る。さっきアマルトさんが言っていたな…こういうのは観察が重要だって。でもこんなのいくら見ても分からないよ…。


アマルトさんが見るのはポーカーの台だ、カードを揃えてディーラーと勝負する。其処は一階層と変わらない…しかし、其処に座る者の様相はまるで違う。


「来い!来い!頼む!」


目を血走らせ配られた裏向きのカードを吐息荒く捲っていく男、しかし…。


「っ!?無い!役が一つも…!?なんで!さっきまであんなに当たってたのに!」


「残念、お客様の負けでございます」


「あ…ああ!そんなァッ!」


負け、さっきと変わらない光景が広がる。負けた男は全てを失い黒服に連れて行かれ、富豪達が含み笑いを浮かべる…最悪の光景だ。


「…そういえばさ、さっきの冒険者の人も最初は何回か勝ててたって言うけど…なんで急に勝てなくなるんだろう」


ふと、デティが首を傾げる。そういえば先程連れて行かれた冒険者も今連れて行かれた男も最初は勝てていたと言っていた。なのにある時を境に急に勝てなくなる…だから全てを失う。


まぁ妥当に考えるなら。


「…イカサマですか」


「ああ、ってかそれくらいやるだろ。負けなきゃ本当のお客様である富豪を楽しませられないからな」


「やっぱり…」


ここの醍醐味は市民が賭けに負けて大損するのを富豪が見て楽しむことにある。ならばそもそも負けなければ意味がないんだ。最初から負けることが確定している…それがこのノーブルVIPフロアなのだろう。


「スロット多分内部に魔力機構…いやマレウスだと魔導具って言うんだったか?それが入ってるんだろう。最初はメダルを吐くが途中から当たりが渋り出す。ポーカーも同じだ…ってかカードなんてそれこそ幾らでもイカサマし放題だ」


「ならルーレットは?あれは完全に運ですよね」


ルーレット…回転する板にボールを投げ込み決められた数字に入ったら勝ち。これはイカサマのしようがない。だってボールが離れた時点でディーラーにはもう手の出しようがない、あとは回転するルーレットに全て委ねられている。


「よく見てみろ。あのルーレット」


「へ?…ん〜?」


そう言われてよくよくルーレットを見てみると。


「では行きます」


「頼む!赤に来てくれればいい!赤に!」


そう言ってディーラーがルーレットにボールを投げ込んだ瞬間…。


ほんの僅かに、目視で確認するのが不可能なレベルで僅かにルーレットが傾いた…!?あれじゃ傾いた下の方にボールが行くに決まってるじゃないか!


「あれもイカサマ…!?」


「ああ、多分回転も制御されてる。ありゃ絶対に勝てないな」


「そんな…!」


こうやって遠目で見ていたからなんとか分かったが目の前にしたり本当に分からないぞ。なんて悪辣で手の込んだイカサマなんだ…店側が全力で客を欺きに来てる…!


「あ、ああああ!!また…外れ…?」


「ふふふ、大丈夫。次で取り返せるくらい大勝ちするかもしれませんよ。ルーレットは止まるまで結果が分からないのですから」


ディーラーが不敵に笑う、何が結果は分からないだ。最初から負けるのがわかりきってるくせに何をいけしゃあしゃあと…。こんなのギャンブルじゃない、ただの処刑だ…絞首刑だ、ゆっくりと素手で絞め殺してるのと同じだ。


「告発しようよ!こんなのイカサマだって!」


「ンな事したら逆に文句つけられてカジノ叩き出されるだけだ。俺たちは上に行かなきゃならねぇ…そうだろ?」


客同士の賭けでイカサマをしてれば告発すればいい、だがこのイカサマは店がやっているんだ、ここはカジノ…店側がルールなんだ。告発をしても何の意味もない。


「そう…だけど、勝てなきゃ意味ないよ」


「勝てばいいのさ。…そろそろ行くぞ」


アマルトさんは必勝法があると言っていた。このフロアに上がる時…必勝法、必ず勝つ方法があると。でもこんなイカサマだらけのゲームで必ず勝てる方法なんかあるのか?イカサマを見破っていても破れる方法がエリスには皆目見当もつかない。


それとも絶対敗北のイカサマに乗った上で、まだなお勝てる何かがあると?


「最初の二、三回は普通に勝たせてもらえるみたいだし。取り敢えずやってみようや」


「それで、どのゲームを選ぶんですか?」


「ルーレット一択、それ以外ありえない」


「でも…」


台車を押しながらルーレット台に向かう、アマルトさんはルーレットを選ぶとは言うが事実として今あの台がイカサマをしたのはエリス達の目で見ている。台が傾き出目を操作している以上勝ち目なんかない。


それでもやるのか、アマルトさん。


「よう、この席使ってもいいかい?」


「おやお客様、ルーレットで遊ばれるので?」


「ああ、今日はなんかノリに乗ってるみたいでさ。今のうちに金庫開けといてくれ。中身全部持ってくから」


「はははは、勇ましいですね。ではお手柔らかに」


先程イカサマを仕掛けられ何処かへ連れて行かれた男に代わりアマルトさんが席に着く。それを見たディーラーは張り付いた笑みの裏に見え隠れする欲を醸して出迎える。


まるで餌を前にした猛獣の如きその姿を見てエリスとデティはあまりの不安にお互い身を寄せ合う。大丈夫なのかな…。


『おやおや、彼処で遊ぶみたいだ』


『若いわね、夢を見るなんて』


『いいものが観れそうだ、新しいワインを頼んでおこう』


遠くの方で富豪達がエリス達の破滅を心待ちにしてコソコソと話しているのを感じる。安全な敷居の向こうで隠れるようにして客の破滅を見て酒を飲むなんて、こんな悪辣な人間がウヨウヨいる事自体に腹が立つ。


奴等に一泡吹かせるには大勝ちするしかない、頼みましたよアマルトさん。


「それでは、お選びください」


「うーんそうだなー」


そう言ってアマルトさんはルーレットに向き合う。ルーレットには全部で0から36までの数字が赤黒交互に割り振られている。こちら側はあのボールがどこに入るかを予想するのがこのゲームのルール。


数字を的中させれば三十六倍、複数に跨って同時にかければ16〜9とドンドン倍率は落ち込み、赤か黒かの二択ならば二倍と倍率は少なくなっていく。


手堅くかければ儲けは少なく、勝負に出れば大きく得る。一度に一気に稼ぐならこのゲームは一番の適任と言える。


だが同時に…。


(単純に見れば確率は三十七分の一…でも不規則に動くボールの動きを鑑みれば確率はもっと果てし無くなる)


ボールの動きに全てを委ねるが故に単純な確率計算では語れないのがこのゲームの怖いところ。連続して同じところに入る可能性もあるし全く入らないこともある。


しかもそれは普通のルーレットならの話、このルーレットは更に其処から傾くのだ…。


「うーん、なぁこのゼロだけ色が違うけど。ここに入ったらどうなるんだ?」


「こちらはジャックポット。赤と黒に含まれず的中させれば更に二倍…一点賭けで最大七十二倍の大勝ちになります」


「へぇ!そりゃいい!けど中々入らなそうだし…ここは手堅く二十七番にゴールドメダルを三枚!」


「畏まりました、では参ります」


テーブルの上の二十七と刻まれた所にメダルを重ねれば、それがゲーム開始の合図となる。アマルトさんは二十七の一点賭けだからこれが当たればあのメダルは三枚から一気に百八枚に爆発する。


それだけでも大儲けだ、普通ならいきなり当たるわけないんだが…。


「出ました、二十七番!おめでとうございますお客様!いきなり大的中でございますね!」


ボールは呆気なくアマルトさんの指定した二十七番へと転がり込む。恐らくルーレット台を傾け其処に入るように操作したんだ。


これもまた奴らの手口の一つ、最初は勝たせて『もしかしたらいけるかもしれない』と言う感情を植え付けギャンブルにのめり込ませる。成功体験ってのはピンチの時こそ縋り付いてくるものだから最初にその体験をさせておくんだ。


「幸先がいいねぇ、なら次は……」


そうやってアマルトさんは二回目、三回目と次々と的中させていく。これが面白いくらい当たるんだ…調子に乗るのも無理はない。このまま勝ち続ければゴージャスVIPフロアが見えてくる。


…だが。


「残念、十四番…外れてしまいましたね」


「んんー?おかしいなぁ」


しかし其処からトンと当たらなくなった。四回目五回目と外していき負けが込んでいく。せっかく手に入れたメダルも少しづつ減っていき、勝ち分も失い今のメダルの総数は三百枚。まだまだあるけどこの分じゃ直ぐに搾り取られる。


どうやらここから先は勝たせてもらえなさそうだな。


「負けが込んで参りましたねお客様」


「だな、せっかく勝ってたのにメダルが減ってきたよ」


「ここは取り戻すために大きく賭けてみるのも良いかもしれませんよ、ルーレットは止まるまで結果が分からない…ですよ?」


「それもそうだな…」


ここで大きく賭けても当たらない、もう勝たせてもらえないんだ。ここから勝ちをもぎ取りに行かない限り勝ち目はない…メダルは減る一方だぞアマルトさん。こっからどうするんですか?必勝法があるんですよね。


そんな風にデティと抱き合いながら勝負の行く末を見守っていると。


「エリス、俺の隣に座れ」


「へ?エリスですか?」


「ああ、いいよな?二人で一緒に勝負しても」


「構いませんよ、さぁ隣の席に」


「え?いや…でも」


でも、エリスは戦力になれませんよ。エリスがやっても当てられないんですから。ここで当てられない奴が加わっても結果は同じだよアマルトさん。


「ちょっとアマルトさん、どう言うつもりですか。エリスがやっても当てられませんよ」


「分かってる、お前のギャンブルに負ける才能は天下一品。ある意味宇宙最強の負け運だよ」


「だったらエリスが加わらなくても…」


「だからだよ、ほれこれ使え」


するとアマルトさんは大量のブロンズメダルをエリスに手渡してくる。いや…これで賭けろと?


「いいかエリス、お前が好きな番号…これなら勝てると本気で思う番号三十七個の中から全部で三十六個選べ、一つを残して他の番号全部にブロンズメダルを一枚づつ一点賭けしろ」


「え、一つを残して全部!?確かにそれくらいやったら流石のエリスでも当てられるかもですけど…」


でもブロンズメダルだよ、しかも一点賭けの配当は三十六倍、それを一度に三十六枚使ってたら当てても返ってくるメダルと失うメダルでトントンだ、儲けにならない。


これで一体どうなるって言うんだろう。…けど。


「それで勝てるんですね」


「ああ、信じろ」


「ふふっ。ええ分かりました、信じます」


信じる、エリスは彼を信じる。そうやってエリス達は何度も窮地を潜り抜けて来たんだ。なら今回も同じ、彼を信じていればきっと勝てる…。


そう信じてエリスは渡されたメダルを次々とテーブルに乗せていき…。


「0を残してそれ以外の番号全部にブロンズメダル一枚一点賭け!これでいいんですね!」


「最高だよ!それでいい!」


「おやおやお客様、いくら負けが込んでいるからといってもそれでは儲けは出ませんよ、それにもし外せば大損害です、いくらブロンズとはいえそれを繰り返していればあっという間になくなりますよ」


「いいんです!エリスの友達がそうしろと言ったなら!そうします!」


「分かりました、では行きますよ」


そういいながらディーラーはルーレットを回そうと手を伸ばし…。


「待てよ、一緒に俺もやるっていってんだろ。まだ俺が賭けてねえ」


「おっと、そうでしたね。では貴方はどこに賭けますか?」


そうアマルトさんが止めるのだ、エリスは一つを残して全部埋めてある。なら彼が賭けるのはどこだ?


そんなもの決まってるとばかりに彼はゆっくりと台車を押して…。


「俺はエリスが賭けなかった0番に…合計ゴールドメダルを三百枚、全財産一点賭けだ」


「なっ!?」


「はぁっ!?」


「ええーっ!?」


全員が度肝を抜く、いきなり0に三百枚も一点賭けって…そ、そんなの上手くいくわけないじゃないか!!


「お客様…よろしいので?」


「構わねえよ、やってくれ」


「…………では」


一瞬、大量のメダルを前にディーラーが笑う。バカなやつと笑う。周りの富豪もグラスにワインを注ぎ始める。デティなんかはあわあわと言葉もなく足踏みしている。ただ一人アマルトさんだけが確信的な顔をしている。


確かにこれで番号は全部埋まったけどさ!これでアマルトさんが外したら返ってくるのはたったのブロンズ三十六枚!失うメダルに反してか儲けが少なすぎる!こんなもの大外れもいいところだよ!


そう言いたいけど…信じるって決めたから、信じるよ。


「…………」


ルーレットが回り始める。ディーラーは笑う、エリス達に気づかれないよう何やら台の裏側を触っているような気がする…多分、操作しているんだろう。番号が全部埋まってても結局アマルトさんが外せばそれでいい…なら適当な所に落とせば良い。



回る回る、運命のルーレット。それは徐々に失速し…ボールは数字の上をコロコロと回転しある一定のポイントに落ち始める。


ボールが落ちたのは五番、アマルトさんの0番からかけ離れた地点…ルーレットが操作されて真逆の所に落とされそうになってるんだ、外れた…いや外された。


…そう、思った瞬間。転がったボールが五番に落ちたかと思いきや勢い余ってボールがポンっと跳ねて…真逆の0番へと落ちて、止まった。


「はぁっ!?そんなのありか!!?」


「うっそぉっ!?」


思わずディーラーがルーレットに乗り出し確認する。エリスも両手で手を覆い立ち上がる。


落ちた…0番に。そんなバカなことがあるのか。操作されていたルーレットが偶然ボールを跳ねて0番のポケットに!?奇跡だろ…こんなの。


いや奇跡でも偶然でも…ボールは落ちた!0番に!


「へっ、大当たり…だろ?なぁ」


「うぐっ、…お…おめでとうございますお客様!見事大当たりでございます!ゴールドメダル三百枚が七十二倍で二万一千六百枚でございます!」


「すごーい!アマルト!すごーい!」


「一攫千金ですよアマルトさん!ヒヤヒヤしましたからね!」


飛び跳ねるデティ、抱きつくエリス、顔を引くつかせるディーラーにため息を吐く富豪達。そりゃそうだよ、こんな首の皮一枚な勝ち方して!


でもアマルトさんはただただクールに笑い。


「言ったろ、必勝法があるって」


「え?必勝法って…もしかして」


「お前言ったじゃんか、お前が選んだ番号には絶対に入らないって。ならお前が賭けなかった所に俺が賭ければそれだけで勝ち確定だろう?」


「なっ!なっ!ななななっ!?」


そりゃ…そうだけどさぁ!そんな運任せに!しかもめちゃくちゃで不確定なのに全財産賭けたの!?……いや事実としてエリスが選んだ番号には絶対に入らない。これは運とかではなくもう確定事項なんだ。エリスは絶対に勝てない、それはこの長い旅で証明している。


エリスが勝てないのが確定してるなら、選ばれなかった所をアマルトさんが拾えば…勝ちは確実なものになる。


「ブロンズなんかいくら失ってもいいんだ、それをお前が一点賭けし続ければ俺はそれを避けていけばいい。つまり…」


「三十七択を一択に絞れる!?」


「勝ちまくり!モテまくり!」


「モテるかは分からねえが勝ちまくりはその通りだ、引き続き負けてくれエリス。その分儲けてやる」


「はいっ!任せてください!」


運ばれてくる大量のメダル、しかしアマルトさんはそれをすぐさまルーレット台の横につける。その間にエリスはメダルを並べる…今度はまた同じ並び、0を残した全部に賭ける!


「これでお願いします!」


「俺はこいつが賭けなかった0番に全財産」


「そ、そう何度も勝てますかね…、では!」


再び回るルーレット、転がるボール、今度はさらに念入りににルーレット台を傾けているのか最早エリス達に隠す気がないとばかりに思い切りルーレット台が傾けられる。また0の真逆方向に傾けられた台はボールを反対側に導く。


だが、ボールは傾きすぎたルーレット台の外へと勢いよく飛び出し空中をくるりと舞い…まるで何者かが狙いを定めかのように0番へと落ちる。


「はぁ〜〜〜〜っ!?!?!?なんじゃそりゃあっ!?!?」


「やった!アマルトさん最高!」


「最高はお前だぜエリス!お前負ける天才だな!」


「アマルトもエリスちゃんもすごーい!」


「テメェらイカサマしてんじゃねぇだろうなッッ!!」


遂にディーラーが切れる、何かイカサマをしてるんじゃないだろうなと。勿論していない、悲しいことにしていない。もしイカサマをしている者がいるのだとしたら、それは神か運命のどちらかだろう。


しかしそんなこと言っても仕方がない、既にディーラーはエリス達に詰め寄り何かしてるんじゃないかと勘繰り色々と探り始める。


「やめろ、なんもねぇーよー」


「だけど!こんな…こんな意味不明な勝ち方があるか!確実に何かイカサマを…」


「イカサマ探るならそっちのテーブルの裏とかを探した方がいいんじゃねぇか?…なんかあるかもしれねぇぜ?」


「ウッ…!」


「もしなんかあったら俺びっくりして大声でみんなに言いふらしちゃうかもだぜ?」


指差す、ディーラーが立っていた地点…彼が一生懸命ルーレットを操作していたテーブルの裏を。そうだよ、イカサマしてるのはそっちでしょ。なんならエリス達は告発してもいいんだ。カジノ側にではなく下で稼いでる次のカモ達にだ。そうすりゃ甘い誘いに乗ってノーブルフロアに上がってくる奴は居なくなってカジノは大損ですね。


「こっちはイカサマしてない、そっちもしてない。これでいいだろ?それこそ次は俺が大外れかますかもだぜ?ルーレットは止まるまで結果が分からない…そうだろうが」


「お前…!」


「俺が外すかどうか…お前も賭けろよ不平等だろ?なぁ?続けようぜ」


イカサマの証拠は見つからない、見つからないなら拒否する権利はそちらにはない。それにアマルトさんの言うようにもしかしたら次辺りで本当に彼が外すかもしれないんだ。


そのもしかしたらを餌にあなた達は多くの人達を騙してきたんでしょう?ならこれでおあいこでしょうが。


「…どこに賭けるので?」


「勿論」


「さっきと同じ」


「グッ…!」


踏ん反り返ってメダルを配置する、勿論配置はさっきまでと同じ。エリスはブロンズを三十六枚、アマルトさんは全額。狂気的な賭けとも言えるこれを受けたディーラーの顔にもう先程までの余裕の笑みはない。


メダルのベッドが始まったらディーラーはルーレットを回すしかない。そしてルーレットが回れば…。


「勝った!」


メダルが七十二倍になる。今度は回転しているボールが何かに引っかかり失速し偶然0に落ちる。


「次も同じで〜」


「もうメダル並べなくていいですよね?」


また回る、ルーレットは回る。どこに落ちるかは運否天賦の筈なのに、誰もが結果が見えている。


「また勝った!」


ボールがまたも不規則な移動をして0に落ちる。


「次も」


「同じ」


またも回る、もう数え切れないほどに膨れ上がったメダルが次々と奥から搬入されてくるが、ルーレットが回っている時間とはカジノ店員が金庫からメダルを持ってくるには短過ぎる。先程の分が運ばれてくるよりも前に結果が出る。


「またまた勝ったー!」


「どうなってるんだ!?なんでこんなに0にばかり落ちるんだ!?こ…こんなの見たことない!」


またまた大当たり、もうここまでくるとディーラーは怒りとか屈辱を通り越して恐怖する。イカサマだとしてもこんなに上手くいくのかと。頭を抱えガタガタと震え始めるディーラーの姿に周囲の客や店員、富豪達も慄き始める。


『あれは一体どうなってるんだ!?』


『なんであの子達が勝ってるのよ!話が違うじゃない!』


『あのディーラーは無能か!別の奴を連れて来い!』


富豪達も怒りに満ちて最早隠すこともなく激怒の表情で怒鳴り声をあげる。エリス達が負けるところを見たかったのにこれでは話が違うだろうと店側にクレームを入れ始める。


するとあえなくディーラーは別の人間に交換され、ゲーム続行。



……しかし、結果は変わらなかった。時にボールを変え、時にルーレット台を変え、時にディーラーを変え、時にエリス達を精密検査し、色々やったが結果は同じだった。


結局十ゲームやってエリス達はそれに全勝。単純計算でエリス達のメダルは七百二十倍に大爆発し…。


「ま、参りました…もうこれ以上は。このフロアから…立ち退いて頂けませんか…、もうこのフロアにはメダルがありません…」


「じゃあ上いってもいいかな」


「どうぞ…」


終わった、ディーラーが膝をつき両手を合わせて頭を下げエリス達にゴージャスフロアへ行ってくれないかと嘆願し始めた。もうこれ以上ここで荒稼ぎされたら富豪達の目が怖いのだろう…。


なんか悪いことをしてしまった気分だ。けどね、エリスがやったことはただ負けタダなんですよ。勝ったのはアマルトさんなんですから。


「うーし、んじゃ上に行くか」


「やりましたねアマルトさん」


「こんだけあればみんなとの勝負にも勝ち確定じゃない!?ってかこれ現金に直したらどれくらいになるのかな!?」


「あー…」


最初あったゴールドメダルが三百枚が合計七百二十倍なので端数を除けば二十一万六千枚、ゴールドと金貨は凡そ価値が同数なので。現金換算すればそのまま金貨二十一万六千枚だ。軽い小屋なら金貨数枚で買える事を考えると…。


「メルクさんの月収くらいにはなるんじゃないんですか?」


「いや届かねーだろ、それより馬鹿みたいに嵩張るからこれ全部ダイヤメダルに両替よろしく!」


「…はい、嗚呼…アルカディア始まって以来の大損害だ…」


ゴールドのままだと嵩張るのでゴールドの百倍の価値があるダイヤメダルへと両替する。それでも二万枚あるんだが…まあこれなら台車で運べるだろう。


トボトボと去っていくディーラーと入れ替わるように二万枚のダイヤメダルがエリス達の元に運ばれてくる。…金色のメダルの真ん中に小さなダイヤがはめ込まれた豪華なメダルの山にエリス達は思わず『おお』と歓声をあげる。


「綺麗なメダルですね」


「ああ、いい気分だな。やっぱカジノはこうじゃねぇと」


「それ一枚もらってさ、スロットしてきていい?」


「ダメだ、ってかどんだけスロット回したいんだよ」


ダメですよデティ、これ一枚金貨十枚分ですよ…。ダイヤメダル五枚くらいで帝国の一等地にだって住居構えられますよ。


「じゃあな!楽しかったぜ!また来るよ!がはははは!」


「それでは失礼しました〜」


「じゃあねー!悪どいのも程々にねぇー」


「くっ…うう、もう二度と来ないでくれ…」


勝利の凱旋の如くエリス達は再び昇降機に乗り込み所持金を何百倍にも増やして上へと向かう。まだ移動してなければ上の階にロダキーノがいるはず…奴はエリス達の顔を知らないから接触も出来るはずだ。


「ふぅー、なんとかなったぜ…」


すると昇降機が移動する中、ようやく得た密室の静けさをアマルトさんの一言が切り裂く。見れば彼も冷や汗をかいていたのか、よく見ると手が汗でびっしょりだ。


無理もないか、あんな大勝負に出てたんだから。


「お疲れ様です、にしてもよくエリスの負け運に賭ける気になれましたね」


しかし、いくら言ってもエリスの負け運はただの運でしかない。確かにエリスは賭け事に一度も勝った事がない、けどその一度目が今日来ないとも限らないのに…よく信じる気になれましたね。


そうアマルトさんに聞くと…。


「あー、まぁ最初はお守りくらいのつもりだったんだよ。勝率が上がるかなって、これでダメならそっからイカサマ破る方法考えるつもりだった」


「じゃあ殆どノープランじゃないですか!?それに全財産賭けたんですか!?」


「まぁな、けど…まさかお前の負け運がここまで強烈とは思わなかったぜ。マジでなんかの呪いじゃねぇの?お祓いしてもらったら?」


「師匠曰くエリスはそういう星の下に生まれているそうです」


「星?んなわけあるかよ…ってノーブルフロアに上がる前なら言えたんだがな。実際そうなんだろうとしか言えんわ、今は」


あんなもん見せられたらなあとアマルトさんは苦笑いしている、エリスも苦笑いしたいですよ。自分でもまさかあそこまで上手くいくとは思ってなかったんですから。


にしてもこの分じゃエリス…本当にギャンブルに勝てそうにないな。なぁんて思い込んでいるとデティが。


「呪いって言うのは多分間違ってないかもよ」


「へ?そうなんですか?」


ふと、デティがそういうのだ。え?もしかしてエリスのこれって何か原因があるの?


「マジか?なんか知ってんのか?」


「うん、眉唾だけど…二人は『魔蝕』って知ってる?」


「魔蝕…?ああいや待てよ、学園で習った。確か一定周期で起こる特殊な日蝕…だったか?」


そうだ、エリスが以前マレウスに来た時に発生した特殊日蝕。昼間なのに夜みたいに暗くなり辺り一面に緑色の魔力が吹き出す特異現象の名前こそ『魔蝕』、師匠曰く十二年周期で発生するそうだ。


「そうだよ、十二年周期で決まった日時に必ず発生する特殊な日蝕を魔蝕と呼ぶの。魔蝕の瞬間マレウスでは地上から魔力が立ち上り天に向かう事から、死した魂が天へと昇ると捉えられ盛大に祝う『魔蝕祭』が開催されてるの」


「日蝕って大体一年に四、五回あるよな。いや完全に被さる皆既日蝕は大体五百年周期か…それとはまた別に十二年に一回特別な日蝕が起こる…、で?それがなんだよ」


「エリスちゃんと私はね、その魔蝕の年に生まれてるの」


「え?…あー確かにそうだな。ってかお前ら二人とも同じ歳か全然そう見えないから忘れてたわ」


「どういう意味!?…いや今はいいんだよ。それでね?魔蝕の年に生まれた子は特異な才能を持って生まれる場合があるの」


これもまた聞いた話だ。魔蝕の年に生まれた子は普通は持ち得ないような特殊な才能を持って生まれることがある。エリスは識の才覚、デティは多分全属性の適正など普通なら持ち得ない才能を二人とも持ってるんだ。


でも…それとエリスの負け運がどんな関係が…。


「あー、お前ら二人とも天才だもんな」


「アマルトさんも天才ですよ、色々」


「俺はほら、ナショナルボーン天才だから、それで?」


「でもね、最近の研究で特殊な才能の代わりに何か一つ…代償として欠落して生まれてくることがあるんだって」


「え?マジかよ。んな事あんのかよ、ってことはエリスやお前も何か欠落して…あー…なるほど」


「どこ見て納得してんのかな!?」


と、アマルトさんはデティの背丈を見て納得する。もしかしてその魔蝕の代償としてデティは背が伸びないのか?ということはエリスもまたそれと同じで勝負事に恵まれない…ってことか。


しかしそれを聞いたアマルトさんは納得するでもなく、いやいやと手を横に振り。


「いやぁ、でもよぉ。ありえんのか?お空の上で起こる現象の所為でそんな才能を持ってたり持ってなかったりとかさ。しかも背丈はまぁわかるとしてだ、運なんて不確かなものにまで作用するもんかよ」


「それは…研究途中だから分からないけどさ。私の背丈が伸びない理由はこれくらいしかないんだって!エリスちゃんみたいなすごい才能持ってたりとかさ!辻褄合うでしょ!?」


「そりゃお前らが凄いってだけじゃね?症例が少な過ぎてそれを全体に反映するのはちょっと気が早いような感じがするけどな」


確かに不確かと言えば不確かだ。…けどエリスは知っている、恐らくこの世で最も真理に近く誰よりも物知りで…他でもない魔蝕の原因となった人物から魔蝕のメカニズムを事細かに聞いているんだ。


だからこそ納得する、呪いと言えば呪いなのだろうと断言出来る。何せこれは…。


「いえ、あり得ますよ。魔蝕は八千年前シリウスが最後に発動しかけた極大魔術の残滓だと聞いています」


「え?マジで?」


「そうなの?エリスちゃん」


「はい、師匠が言っていました。それに…シリウスも言ってました、最後の魔術の残滓が地下深くに眠るシリウスの魔力を吸い上げ地上から吹き出るのが魔蝕の正体だと。その際胎児の肉体をシリウスの魔力が通過することにより魂に変化が齎され歪な存在が生まれると」


「そっか、生まれる寸前の胎児は魂がまだあやふやだから外部からの魔力干渉の影響を受けやすいって研究結果も出てる。それが地上全体で発生するならその歳に生まれる子だけに反映されるのも分かる…」


「あり得ねえだろそれ…って言えねえ辺り怖えよな、だってあのシリウスだもん。そういうこともあるかぁってなるわ」


常識の範疇で測れないのがシリウスという存在だ。死んでいるのに自分で蘇ろうと足掻いてくるようなやつだ、エリス達が定める理の外にいるアイツがやったのなら大体のことは飲み込める。


奴が残した八千年前の魔術の残滓が今も星を動かし地上の人々に影響を与えているという荒唐無稽な話も皆飲み込む。奴の恐ろしさをこの場にいる全員が痛感しているからだ。


「なるほどね、シリウスの影響で…か。災難だなお前らも、生まれる前からシリウスに迷惑かけられてるなんてさ」


「まぁその分得している部分もありますけどね」


「背が低いのはちょいと許せないから感謝はしないけどね」


エリスの負け運やデティの身長はシリウスの所為、そう思えばムカつくってもんじゃあ無いか。ただでさえアイツには色々とやられてるんだ、そんな因縁が生まれる前からあったというのなら殊更許せませんよ。


「……あ、そういえばマレウスには魔蝕信仰ってのがあるらしいよ」


「へ?そうなの?」


「うん、魔蝕がもたらす特異な才能にいち早く気がついていたネビュラマキュラ家によって祭り上げられてるんだって、だからこの国には魔蝕を祝う祭りがあるんだよ。それでさ…その魔蝕信仰の名前の真下で今旗を振ってるのが宰相レナトゥスなんだって」


「レナトゥスが?」


「うん、あの宰相レナトゥス。熱心な魔蝕信奉者らしくてね…次の魔蝕を軍事利用しようとしてるらしい、なんて話なんだって」


「軍事利用って…どうやってだ?」


「分かんないよ、けど…何かするつもりかもね。上手くいくかもそもそも計画が動くかも分からないけどさ。マレウス諸侯とレナトゥスの魔蝕に対する温度差は結構すごいらしいし」


「ほーん、まぁどうでもいいけどさ…にしても次の魔蝕か。次っていつだ?」


「三年後ですね、そこで魔蝕が発生します」


「ってことは、俺たちのこの旅が長引けば魔蝕をこの国で見ることになるかもってことか。それまでには帰りてぇ〜」


魔蝕については分かってない事が多過ぎる。師匠達でさえその全容を把握していないくらい不可解な事象なんだ。シリウスが死の間際に発動させようとした極大魔術…か。


史上最強の絶対存在が真に追い詰められた時に使おうとした一手。惑星の並びや動きさえ変えてしまったそれとは…一体どれほどの存在だったのか。今となっては確かめる方法もないし、出来ればその機会が来ないことを願おう。


「ん、そろそろ着くな。くだらねえオカルト話に貴重な時間使っちまった」


「オカルトじゃないよ!魔力事象!キチンと研究されてる分野の話!」


「悪い悪い、それよか…気ぃ入れろよ。お空の上よりも今目の前に敵がいるんだから、正体悟られんなよ」


「はい、分かってます」


そんな話をしている間に昇降機はゆっくりとゴージャスフロアへと到着し、チンと到着を知らせる音と共に扉が駆動し開き始める。


この豪華絢爛な大カジノ アルカディア。選ばれし者しか立ち入れない最上階…そこにいる悪魔の見えざる手ロダキーノを前にしてエリスは固唾を飲み開く扉を見守り…。


そして今、その光景が目に入る。


「…ここが」


「なんていうか、案外落ち着いてるね」


到着したフロアは、なんというかとても落ち着いていた。ノーブルフロアのように黄金の装飾はなく、磨き込まれた木目の壁と緑の落ち着いた色合いの絨毯。詳しくないけどクラシックな落ち着いた雰囲気のカジノがそこにはあった。


そこでは先程の富豪達によく似た格好の裕福そうな人達が静かにゲームを楽しんでいた。


「…なるほど、ここはもう賭けの場じゃねぇってこった」


「お金を賭けなくても持っている人達が、遊び半分でお金を使って遊ぶ場…ってことか」


分かった、落ち着いた雰囲気は装飾や色合いの問題じゃない。下の階層にいたようなギラついた気配を感じないんだ。


一攫千金を狙い、勝ちをもぎ取ろうとする執念にも似た熱く黒い欲。それがこの場には存在しない。


『あははは、また負けてしまったな』


『あらやだ、そんなに大きく賭けるからですわ』


『ふむ、次は下の階層に行って見世物でも見ますかな?何やらさっきから騒がしい。いい見世物をやっているのかもしれないよ』


紳士淑女が遊興としてギャンブルを楽しんでる。いくら負けても笑って済ませるし、勝っても特に喜びもしない。本物のセレブの遊び場だ…。


なんか、むしろ緊張してきたな…息苦しい、エリスみたいな小市民が来ていい場所じゃない気がしてきた。


「わぁー、なんか落ち着くねー、私こういう場所でなら遊んでもいいかな〜」


「そう思えるのはお前だけだよ…」


「忘れそうになりますけどデティも本来はこっち側ですよね」


「エリスちゃんが忘れそうになる程威厳ないかな!?」


本当だったらラグナやメルクさん、デティの三人は無条件でここに通されるべき人だ。そしてツッコミを入れてますけどアマルトさん、貴方も祖国に帰ればアリスタルコスと言う名の大貴族の嫡男でしょ。貴方も立派にこっち側ですよ。


この気持ちを共有できるのはナリアさんくらいかな。メグさんも慣れてるだろうしネレイドさんは…多分なんも感じないだろうし。


「はははははは、いやぁ今日はツイてんなぁ。このままもう一ゲームやってくかなぁ」


「流石ロダキーノ様、遊び方もワイルドだわぁ」


「ッ…!」


そんな中、静かな雰囲気に似つかわしくない豪快な笑い声が響く。甲冑の音を鳴らし桃色の髪を垂らし、不精に生えた顎髭を指でポリポリと撫でるワイルドな男が何人もの美女を侍らせている。


あれは…。


「いた、ロダキーノ…だよな」


「のようですね」


悪魔の見えざる手の大幹部が一人ロダキーノ。コンクルシオでラグナと戦ったと言われる敵方随一の使い手、ラグナも言っていたが…こうして目の前にして分かる。ロダキーノもまた魔力覚醒の使い手だ。


つまり、下手すりゃ魔女大国最高戦力クラスの使い手…ということになるんだ。


「アイツから情報引き出すんだよな」


「はい、何か有用な事を聞ければいいと…」


「その為に来たんだもんね、で?どうやって聞き出すの?普通に聞くの?」


「んなわけねぇよ、丁度いいじゃねぇか…ここならではの方法で聞こうぜ」


そういうなりアマルトさんは台車を押してゴージャスフロアに参入する。すると…。


『居た!アイツだ!』


『さっき下層で大勝ちした奴だ!』


『汚らわしい、運で勝っただけでこの階層まで上がってくるなんて…!』


「あ?」


ドタドタと下の階層から通じている通路を通って現れる複数の富豪達。さっき下でエリス達のことを観覧していた傍観者達じゃないか。


そいつらがエリス達を汚い物を見るような目で嫌そうに見つめてくる。


「あんだよ、この店の人間に行っていいって言われたから来たんだぜ俺は」


「そういう問題じゃない、ここは貴族の神聖な遊び場。金を稼ぐのが目的の汚い冒険者が踏み入っていい場所ではないのだよ」


「貴族の神聖な遊び場ァ?ハッ、ちゃんちゃら可笑しいぜ」


「何を、小市民の癖に生意気ザマス!」


本当ならば、彼の立場を明かしてやりたいところだ…。祖国コルスコルピでは五大貴族の一つとされ、中央都市ヴィスペルティリオに存在する大学園内部では国王さえも凌駕する権限を持つと言われる超名門貴族のアリスタルコス家次期当主たる彼にそんな口を聞いてどっちが生意気だと言ってやりたい。


そんじょそこらの貴族なんかでは太刀打ち出来ないくらいの地位を持つ彼の本当の名を呼べばここにいる貴族なんかは纏めて吹き飛びそこのテラスから下層に落ちていくだろう。だが出来ない…正体を明かすわけにはいかない。


だからエリスもアマルトさんも何も言わない。それをいいことに貴族達はエスカレートし。


「今すぐ出ていかなければチクシュルーブ私兵団に連絡させてもらうが?」


「はぁ?何にもしてねぇじゃんかよ」


「そうだよ!私達ただここに遊びに来ただけー!」


「関係ない!貴族と一般市民には得難い差があるんだ。隣国のディオスクロア大学園にもあるだろう。ノーブルズ制度、あれと同じだよ!」


「そりゃもう随分前に廃止されたよ…」


「ん?そうだったか?」


「あーあ、確かイオとか言う次期国王が廃止にしたんだったな。全く愚かな事をしたよ、彼もまた君達のように下賤な考えを持つバカ王なのだろう。あれが率いるならコルスコルピなんぞ直ぐに我が国が追い越して…」


「あ?おいコラテメェ、今なんつったよ。言うに事欠いて…何吐かしやがった、もう一度言ってみろやこの野郎!!」


「ちょっ!落ち着いて!」


一瞬にして毛が逆立ち激怒するアマルトさんを止める。アマルトさんにとってイオさんは唯一無二の幼馴染にして親友だ。そしてアマルトさんは友達に対して危害や罵倒を与える存在に対して容赦がまるでない。


でも、エリスが言えた事じゃないかもだけどここで殴りに行こうとするのはダメだ!ダメだよアマルトさん!落ち着いて!


「止めんな!」


「止めないと殴るでしょ!?」


「殴らねえよ!殺すんだ!」


「もっとダメです!」


「イオの事何にも知らねえくせしやがって…!アイツがバカだと?ならテメェらはドブに捨てられたゲロカスだよ!テメェが外歩くだけでお天道様が気ィ悪くして雨が降るんだ!とっとと地中に潜りやがれ!モグラ野郎!」


うーん!罵倒のセンスが独特!でもそれを聞いた貴族や富豪達はみるみるうちに顔を赤くし。


「なんて野蛮な!」


「これだから小市民は!」


「ここは私兵団に!」


「いいぜ!呼んでみろ!この街滅ぼしてやる!」




「待てや、おい。落ち着けよ?な?お互い熱くなりすぎだって」


「あ?」


ふと、止めに入る声がする。…エリス達の喧嘩を聞きつけて寄ってきたのは。


ロダキーノだ。敵である彼がエリス達を見て止めに来たんだ。


「な、何故止めるのかね!」


「見苦しいからだよ、これから美味い酒を飲んで美人のネーチャンのおっぱい揉みながらスロットしようって時に、ギャーチク騒ぐんじゃねぇって話さ」


「騒ぐ!?私達に対して!そもそもお前は何者だ!身なりも良くないし…どうせどこかの騎士だろう!何故こんなところに…」


するとロダキーノに詰め寄った富豪に、彼の従者が近づき耳打ちをコソコソとする。すると富豪の真っ赤に染まった顔は一瞬で紫になり青に変わる。


「あ、悪魔の見えざる手だと。あの人攫い組織の…!?」


「おっとバレちゃったか。でもマフィアのボスだってここを利用してるし、お前らだってここに来た犯罪組織を上手く使ってるんだろ?」


「う…!いやその…!」


「いーっていーって!寧ろ今後ともよろしくな?欲しい奴隷がいたら攫ってきてやるよ、顔見知り価格で割引もするしさ、な?」


そういうとロダキーノは詰め寄ってきた富豪の肩に腕を回し…耳元に口を当てた瞬間。目つきを変える。


「ああ、そう言えばアンタ六歳になる娘さんいるんだって?なら早く帰ってやんなよ。あんまり家に子供一人置いとくと…なぁ?今の世の中物騒じゃん?」


「ヒッ!?なんでそれを…」


「ああそういや同業者から聞いた話だと金持ちの子供ってのは儲けになるんだってさ、怖いよなぁ…。子供攫って、その後どうすんだろうなぁ?」


「ひぃぃ!うちの娘だけは!ゆるしてぇえ!!」


逃げ出す富豪達、本当に私兵団が必要な奴に対しては呼ばないのかと突っ込みを入れてやりたいところだが仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。なんせ相手は本物の悪党…恨みを買えば何をされるか分からないのだ。


「ふぅ、静かになった。この街で唯一静かに酒が呑める場所くらい守らせろってんだ、お前らもとっとと帰れよ。ここは大人の遊び場なんだからよ」


「あんた、悪魔の見えざる手なんだって?有名な組織なのかい?」


「あ?」


ふと、アマルトさんが仕掛ける。ロダキーノに助けられる形で周りの富豪達がいなくなったのを見計らってすっとぼけた様子で声をかけるのだ。するとロダキーノはやや不機嫌そうにこちらを向いて。


「だったらなんだい、言っとくが今は人攫いの依頼は受け付けてねえよ」


「そっか、いや俺達健全に生きてきた健康優良児なもんでさ。あんたみたいなアンダーグラウンドな人間は物珍しいんだわ、色々話聞かせてくれるかい」


「アホか、何処に自分の稼業ベラベラ喋る奴が居るんだよ。アホ吐かすならとっとと…」


「なら賭けよう、ここはカジノだ。ギャンブルで決めよう」


「…ほう?」


食いついた、面白いとばかりにニタリと笑うロダキーノは首だけでなく体をこちらに向けジロジロとエリス達を見つめる。…バレてないよな。


「…健全に生きてきた?の割にゃ随分肝が座ってんな。犯罪者相手に勝負仕掛けるって?」


「ああ、ダメか?」


「…丁度いい、暇してたんだ。そういうヒリつくのを求めてた、受けて立つ」


乗ってきた、情報を賭けてギャンブルをする…これに勝てばエリス達は奴等の情報を得ることが出来る。例えば奴等がこの街で何処を拠点しているかを聞ければ先に奇襲を仕掛けられる、次の依頼はどうこなすのかを聞ければ対策を立てられる。


勝てば…プリシーラさんのライブ遂行を確たる物に出来る…。


「よし!なら決まりだな!じゃあ勝負は…」


「待てよ、…勝負内容はこちらが決める。いいよな?」


「…別にいいぜ、ここにあるゲームの範囲ならなんでも受ける」


「ふぅむ、なら…」


するとロダキーノはエリス達の持つメダルをチラリと見ると…。ニタリと笑う。


さっきディーラーが見せたような、獲物を見つけたような…そんないやらしい笑みだ。


「なら、勝負はこれを使おうぜ」


そう言ってロダキーノが持ってきたのは、六つのサイコロだ。それがテーブルの上でコロコロと回る…これを使ったゲーム?


「勝ち負けは言わなくても分かるよな、互いに三つづつサイコロを振って数がでかい方が勝ち、小さい方が負けだ、計算は出来るか?」


「なめんなよ、こんな単純なゲームでいいのか?」


「駆け引きとかもいいが、こういう時は単純な運勝負こそヒリつくもんだろ、今から行うゲームのルールは単純。お互いにサイコロを振る前にメダルをベッドし、勝った方相手のメダルと自分が賭けた分のメダルを相手からいただく、一度にベッドしていいのは五枚まで…長く楽しみたいからな」


…つまりロダキーノが三枚賭けて、アマルトさんが五枚枚賭けていた場合。ここでアマルトさんが勝つと貰えるのはロダキーノが賭けていた三枚に加えアマルトさんのベッド分である五枚をロダキーノの手持ちから頂きアマルトさんは八枚の儲け、ロダキーノは八枚の損失となる。


逃げ道のない賭けだ、こっちが小さく賭けても相手が大きく賭けたら失うリスクも大きくなる。まるで鎖で互いの首を繋いで殴り合うかのような危険なギャンブルだ。


「いいぜ、こっちはなんせ手持ちが二万枚近くあるんだ」


「いや?お前は一度に千枚づつのベッドだ」


「はぁ!?そりゃお前…一度に金貨一万賭けろってか!?」


「嫌ならやめてもいいんだぜ?」


「なっ!?…チッ、わーったよ」


「そして俺は代わりにコイツをチップ代わりとして賭ける。これを全部取れたら俺はお前に情報を渡す…それでいいな?」


そう言いながらロダキーノは銀貨を合計十五枚テーブルに乗せる。つまり何か?銀貨一枚と金貨十 一万枚とで賭け合いをしろってか?そりゃあ幾ら何でも不平等過ぎる。けど…乗るしかないのが悲しいところだな。


「い、一度に金貨一万って…小国の国家予算並みだよ…」


「いいんだよ、勝てば…おら、さっさとやろうぜ」


そうアマルトさんが急ぐようにテーブルに着く…がロダキーノはまだテーブルに着かず。


「待てって、まだ話は終わってねえ」


「は?まだなんかあんのかよ」


「まだ俺が勝った時の報酬を決めてない」


「は!?このメダルで十分だろ!全部でダイヤメダル千近くあんだぞ!これを外に持ち出せばそれだけで一気に富豪の仲間入りだ!」


「それは飽くまでギャンブルによって得る報酬だ、そこに別の報酬を用意したのはお前だろ?…俺は情報を賭けるんだ。その代わりに俺が貰うのはそうだな、それにしようか」


「は?」


そう言いながらロダキーノが指差したのは……。


……エリス?え?エリス指差してる?右に動いても左に動いてもロダキーノの指がエリスを追いかける。え?


「そこの女を一ヶ月貸してもらう」


「はぁ!?ンなの許すわけねぇだろうが!」


「隣のちっこいのは要らねえ、だがそっちの金髪はいいな、顔がいいし胸も丁度いい。抱き心地も良さそうだ」


「……ドスケベ」


本当ならぶん殴ってやりたいが、殴ったらそれで開戦だ。流石にそれはダメだ…だからエリスは自身の体を抱きしめ隠すようにロダキーノの嫌らしい視線から己を守る。


「了承しねえ、別のにしろ」


「断る、それ以外の賞品は認めない」


「コイツは物じゃねぇ」


「おいおい、俺の情報ってのはつまり俺自身をかけ皿に乗せてるってことだぜ?だったらお前らも同じくらいのものを乗せないと不平等だろ」


「だけど…!」


「いいです!大丈夫です、…大丈夫ですよ。平気ですから」


「…ッ」


了承する、エリスは平気だから大丈夫だとアマルトさんに伝えれば彼は納得していないとばかりに乱暴に椅子に座り…。


「分かった、応じる…」


勝負に応じてくれる。…この作戦はそもそもエリスが申し出たものだ、なのに彼にばかり勝負させるのも筋が通らない。リスクを請け負うならばエリスが請け負う…それに。


彼なら勝ってくれると信じてる。


「上等。じゃ…やろうか」


「ああ」


向かい合い、静かに始まる悪魔の見えざる手との前哨戦…その戦いの火蓋が、こっそりと落とされた。


……………………………………………………


「人生初のカジノ。私としたことがついつい熱中してしまいました」


ポケーッと一階の無人の休憩所で体を休めるのはメグだ。他の弟子達とメダルを競い合うなんて遊びに耽っているところで遂に彼女の持ち金が尽きてしまったのだ。


最初は順当に増やせていたのだが、最後に挑んだスロットが良くなかった。どうやらスロットに嫌われてしまったようで私の稼いだメダルは全没収。持ち金がなくなった辺りでホッと一息つくためにこの休憩室にやってきている。


同じチームのネレイド様やナリア様はメダルを貸してくれると言っていたが、少し疲れたのは本当なのでみんなには他所に行って遊んでもらっている。休憩に付き合わせるのは悪いですからね。


「それにしても…カジノですか。…ふふふ、良いものですね」


にしてもまさかみんなとこうして遊べるとは思ってなかった。みんなとメダルを競って勝負する遊び、これが意外に楽しいんだ。きっと一人じゃこんなに楽しめなかった、メダルを効率よく増やすことにばかり注視して遊楽の本質を忘れていただろう。


やはり私はみんなが大好きだ、みんなとこうして旅をしているこの時間が…今はとても愛おしく感じるのだから。


「ふぅ、…いい感じにお休みもいただきましたしそろそろ皆さんと合流しましょうか」


膝を叩いて椅子から立ち上がる。いつまでもみんなを待たせるのは悪いし、何よりみんなとは一秒でも長く一緒に居たいから…、だから私は……。


「なぁおい、あんた…」


「ん?如何されました?」


ふと、背後から声をかけられ無造作に振り向く。一体なんの用事が…。


そう、振り向いた瞬間に。私の思考は停止する。


「え?」


「あ…」


声をかけた人物の顔を見て、思わず驚愕に声を上げる。声をかけた本人もまた私の顔を見て驚愕に声を上げる。


一瞬止まる私達の時間、…だってそこにいたのは。予想だにしていなかった人物の一人。


「エリス様の弟さん?」


「姉貴の…仲間…?」


無造作に私に声をかけてきたのは、エリス様の弟のステュクス・ディスパテルだったのだから。





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