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375.魔女の弟子と娯楽の坩堝


「そろそろつきますよー。皆さん準備はいいですかー?」


ゴロゴロと音を立てて動く馬車の車輪の音が耳に染み込んだ頃、エリス達はようやく最後の目的地である理想街チクシュルーブへと到着することとなる。


あれから数日の馬車旅を経て、パナラマと理想街チクシュルーブを繋ぐ街道を通り抜けこのライブツアーの最終目的地への旅路を終えた、道中悪魔の見えざる手の追撃などはなく平穏な毎日を過ごせた。


休息も十分取れたし、これなら悪魔の見えざる手との最終決戦にも望めそうだ。


「準備いいよ、エリスさん」


「お、やる気十分ですねプリシーラさん」


御者をしているエリスに声をかける為、馬車からひょっこり顔を出すプリシーラさんは目元にサングラスをかけ野暮ったいコートに身を包んでいる。まぁとどのつまり変装だな、チクシュルーブはパナラマと違って人が多いからそのままの格好で出歩くと騒ぎになっちゃうからね。


「みんな色々してくれたからね、やる気も準備も十分。チクシュルーブに着いた瞬間にライブ出来るよ」


「あはは、と言ってもライブは三日後ですけどね」


着いてから大体三日後にライブだ。本当ならもう少し余裕を持って到着出来る予定だったんだが時間的余裕があることからエリス達は一度馬車の改良を行ったのだ。それで時間を消費して少し遅れてしまった。


まぁそれでも余裕はあるんですけどね。


「いやぁにしても理想街チクシュルーブかぁ、すげぇ名前だよなあ。ワクワクするよ」


すると、中からアマルトさん達の和気藹々とした声が聞こえてくる。理想街…というかなんとも夢見心地な名前を聞いて心踊っているようだ。


いや、名前だけじゃない。理想街チクシュルーブはマレウス随一の歓楽街としても有名であることをこの道中で勉強したんだ。


なんでも賭博街アフルェラッツに並ぶ娯楽の街として知られているようでこの世の全ての娯楽がそこにはある…なんて謳い文句で毎日数千人の人々がやってくるらしく、纏まった金が手に入った冒険者はみんなそこに遊びに行くようだ。


どんな遊びもそこにはある…か、そう聞くだけでなんとも楽しそうな街じゃないか。


「理想の街…って大層な名前つけている暮らしいだし、相当気合入れてんだろう、俺も行くのが楽しみだ。闘技場とかあればいいんだが」


「いやお前娯楽だぞ?闘技場って…」


「私美味しいパフェが食べたーい!」


「不肖メグ、楽しげな空気に胸が高鳴っております」


「僕も行くのが楽しみです、劇場とかあるのかな…」


「うん…楽しみだね…、プロレス観れるかな…」


仲間達はみんなまだ観ぬ理想街にワクワク状態、今か今かと到着を待っている…そんな中。暗い顔をしている人間が一人。


「お前達、遊びに行くわけじゃないんだぞ。気を抜くな」


メルクさんだ、まるで敵地に赴く兵士の如く険しい顔でいつも読んでいる小説に手をつけず、銃を手にしたまま壁にもたれて時を待っている。…理想街の話を聞いても楽しみにする様子など皆無で、寧ろ彼女は警戒心を募らせている。


…まぁ、それもそうだろうな。


「お、おいおいメルク。確かに遊びに行くわけじゃねぇけどよ、せっかくなら楽しんだ方がお得だろ?」


「……すまん、水を差した。だが頼むから気は抜かないでくれよ、嫌な予感がするんだ」


彼女の警戒は、理想街の盟主でありこの西方の覇者と名高き理想卿チクシュルーブの話を聞いた時から始まっていた。


なんでも理想卿チクシュルーブは兵器開発の天才であり、商業の天才であり、そして拷問を趣味とした悪辣な人物であるとのこと。


まるで何処かの誰かを想起させる情報だ、それもメルクさんと因縁深いとある人物のだ。エリスも最初聞いた時は何かの間違いかと思ったほどだ。


だがきっと実際に何かの間違いなのだろう。だってアイツはデルセクトに幽閉されていてマレウスにいるわけがないのだから…、だが同時に思う。


あんな怪物が、世に二人もいてたまるかと…。


「…理想街チクシュルーブ…か」


楽しげな空気と人を誘うような名前、そこから発せられる怪しげな空気は…確かに警戒した方がいいかもしれないな。


もし奴があの街に関わっているのだとしたら、…最悪だ。


「……ん?」


なんて考えていると、ふとジャーニーの背中の向こうに…なにかが見え始める。


あれは、街か?…ってことは。


「あれが理想街チクシュルーブ…、皆さん!チクシュルーブが見えてきましたよ!」


遠くの方に見える蜃気楼の如き街影、山沿いに見える広大な街…ここから見るだけでもその巨大さが分かるその街は何やら遠目で見てもキラキラと輝いているように見え。


街のあちこちに七色の光源が設置されており、それらがチカチカと輝き遠目からでも賑やかさが漂ってくる。円形に広がる広大な街は数階建ての背の高い建物が所狭しと並んでおり、その中央には天高く聳える摩天楼がエリス達に一足先にこんにちわしている。


まるであそこだけ別世界だ、パナラマやコンクルシオとは発展の度合いが次元違いだ。理想卿チクシュルーブによってもたらされた技術はマレウスを数百年進歩させたとはいうが、まさしくあの街は数百年後の未来の世界のようだ。


「すげぇー!こっから観ても輝いてるよ!」


「なんか楽しそうな街だねー!」


「観てるだけでワクワクしますね!」


「ああいうのを華やかっていうのかね、風光明媚とはかけ離れてるが…それでもやっぱりああいうのはいいな」


「ええ、帝国の娯楽エリアにも負けず劣らずの様子。これは私の遊び人としての血が騒ぎますね」


「楽しそ…」


口々に感想を述べ合いキャッキャウフフとはしゃぎ出す弟子達。見ればエリス達の周りを走る馬車達からも何やら歓声が聞こえてくる。恐らくエリス達と同じように理想街を目指す一段なのだろう。


地上の楽園、その名に相応しい威容に否が応でも高まる期待…しかし。


「……あれは…」


ただ一人、メルクさんだけが理想街チクシュルーブのシルエットを見て眉を上げ驚愕する。そりゃあそうだ…発展した街の中央に高く聳える塔、まるでそのシルエットは…。


「あれはまるで、ミールニアそのものじゃないか…!」


デルセクト国家同盟群の中央都市ミールニア、それにそっくりだったからだ。あの町並みはミールニアの発展した蒸気機関街を想起させ、あの天高く聳える塔は翡翠の塔そっくり。


メルクさんとの因縁を疑われる理想卿が作った街がこれまたミールニアにそっくりと来た。果たしてこの因果関係は…どういうことなのかね。


エリスもまた、静かにあの街への警戒心を強めるのであった。


……………………………………………………………………


理想街チクシュルーブ。理想卿の名前と同じ名前が付けられたその街が地図に現れたのはつい最近…たったの三年前の事だ。


宰相レナトゥスのマレクス大改革に際して新たに設けられた王貴五芒星制度に緊急抜擢された謎の貴族チクシュルーブが一から建設した街こそがこの理想街だ、盟主たる理想卿が持ち込んだ最新技術の数々を用いて作られたこの街は数百年先を行くと言われ、娯楽に関してはアド・アストラのステラウルブスにも匹敵するとさえ言われている。


その特徴は何と言っても娯楽、ありとあらゆる娯楽が存在すると言われるこの街は世界有数の歓楽街だ。


カジノや娼館なんてどこの街にでもあるような平々凡々な代物だけではなく、一級のホテルや温水プール、闘技場から劇場、世界屈指の大レストランにサーカスにアトラクション。なんでもあるしなんでも出来る、この街に居て飽きる事など無いだろう。


しかもこの街を全力で楽しめるようにという配慮から理想卿自らが金貸しを行なっており所持金が尽きても遊び倒すことが出来るのだ。金は後日返せばいい、今はただ目の前の娯楽を楽しめばいい…それがこの街、理想街チクシュルーブの唯一にして不問の掟。


笑顔と歓声の尽きない唯一の街が、ここなのだ。




「すげぇ〜…」


馬車から降りて街を囲む岩壁を潜った先に見える楽園に、エリス達は思わずあんぐりと口を開ける。


正面門を超えた瞬間、高らかに聞こえる楽しげな音楽。あちこちで上がる小規模な花火、カラフルな店々が両脇に広がり今ここで見えている物だけでも一等楽しげだというのに。これが街全体に広がっているのかと思うとなんか手汗滲むわ。


『よーこそ〜!地上の楽園!理想卿チクシュルーブへぇ〜!』


すると街の上空を飛ぶ小型の飛行船から声が響き渡る。見ればそこには拡声魔導具を手にしたピエロが背後の演奏隊と共に街に入ってきた冒険者達を大歓迎する。


『娯楽を求め人生に渇きを得た皆様方〜!皆様は今日!今この時!人生のゴールにたどり着いたのです!ここではなにも気にする事なく、悩みや苦しみとか退屈なことはぜーんぶ忘れて楽しいことだけが起こるでしょう!』


「なんだありゃ、なんか飛んでるぞ、気球か?」


「違う、あれは飛行船だ。デルセクトでも開発されているが…あんな小型なものは見たことがない、しかも街中で飛ばすなんて…」


「へぇー、つまりすげぇってこと?」


メルクさんが小型の飛行船を見て戦慄しているところを見るに、あれもまた凄まじい技術なのだろう。まぁアマルトさんにはイマイチ通じてないっぽいが。


『この街は理想卿チクシュルーブ様の万民に幸せを!というただ一つの願いの為作り上げられた街でございます、故にこの街では皆様に幸せだけを提供いたします!右手にはカジノもございます、左手には劇場もございます、奥に行けばレストラン、もっと行けば温水プールや闘技場!街を適当に歩けば流行りの品も食べ物も全部置いてあります!』


「劇場!劇場あるんですって!行きましょうラグナさん!」


「闘技場かぁ…面白そうだなぁ」


「レストラン…楽しみだね、アマルト…」


「俺としちゃあカジノの方が好きだけどな」


「エリスちゃん!後で温水プール行こうよ!」


「デティ泳げましたっけ?」


「泳げない!浮き輪買お!」


「万民の幸せの為にだと…?何を言っているんだ…」


ピエロの語り口に沸き立つ弟子達、周りの冒険者もワクワクと腕を動かし楽しそうに上空を見上げている。メルクさんただ一人を除いて…。


『金が足りなくなれば最寄りの銀行にお立ち寄り頂ければ、詳しい手続きとかぜーんぶすっ飛ばしてお金も貸しますので皆さんはなんの心配もせずにお遊びくださいませ?、ああそうそう!二時間後に開かれるサーカスへ来ていただければ私が更に面白いものをお見せしましょう〜!それでは〜!』


「なんかちゃっかり宣伝してったな」


「こういう街でやっていくには目立つ必要があるんでしょうね、僕も昔旅劇団時代に道端でよくああいうことしてましたよ」


「よくやるよほんとに」


なんて宣伝を終えるとピエロを乗せた飛行船はフヨフヨと街の奥の方へと消えていく。あれ別にこの街の紹介とかではなくサーカス団がやってる宣伝だったんだ。……いやしかし。


「凄い賑やかさだな、マジでなんでもあるって感じだ」


ラグナが見据えるのは目の前に広がる大通り。両脇の店にはアクセサリーから持ち歩き出来る軽食、珍しい武器や置物、綺麗な服やなんかよく分からないのと…文字通りなんでも置いてある。娯楽施設も数え切れないくらいあるし…。


世界一の歓楽街の名前は伊達じゃないな。


「ああ、この街一つで生み出す経済効果も伊達にはならん。文字通り今のマレウスの柱と言っても良いだろうな」


「理想卿チクシュルーブが一から作り上げた街…、これが王貴五芒星の力ですか」


今のマレウスを支える五本の柱『王貴五芒星』。その絶大な力の一端が垣間見えるような街にエリス達は圧倒され入り口でたたらを踏みながら、その最奥に見える巨大な摩天楼を見上げる。


すると、そんな中一人プリシーラさんが前へと歩みだし。


「それでさ、この街にもいるんでしょう?例の協力してくれる冒険者っていうの」


「ああ、そういやそうだったな。今回はどこで待ち合わせなんだ?」


「少々お待ちを、確認しますね。えぇっと…今日の昼に泥犬亭なる酒場にてお待ちだそうです」


メグさんはケイトさんから届いた書簡をもう一度開き、泥犬亭でエリス達の協力者が待っていることを再確認する。街の入り口に設置されている街の見取り図を見るに泥犬亭は街の外周に位置する店のようだ。


「こっからなら近いな、じゃあ早速顔を見せに行くか」


「そうだね…、どんな人かな…」


「人が多いので逸れないようにみんなで固まって歩きましょうか」


では取り敢えず泥犬亭に向かい協力者と顔だけでも合わせておこう、と話が定まりエリス達は皆揃って歩き出したところ…。


「ぁーー……」


「ん?どうしました?デティ?」


ふと、デティが立ち止まって何かを見ているのが見える。エリス達が向かうのは街の外周…つまり脇道に逸れて人気のないところへ向かおうとしている。対するデティが見るのは街の大通り、一番活気のある通りの方だ。


しかも結構な間抜け面で…、何見てるんだろう。


「んー、エリスちゃん。私あっちで遊びたい」


「それは後にしましょう?協力者と顔を合わせたら自由時間も出来ますし」


「じゃあ後であっちに行こう?」


「ええ、そうしましょう。さぁデティ?エリスの手を」


「はーい」


キラキラと光るような街の大通り、娯楽ならばなんでもあると言われる通りはさしものデティも気になるようだ。協力者と顔を合わせたら少し時間を取って遊ぶことにしよう、そのくらいの余裕ならあるはずだしね。


そう彼女に言い含めてエリスはデティの手を取り、みんなの後を追いかけるのであった。


「待ってくださいみんなー!」


「ん?どうした?なんかあった…」


少し遅れたエリスとデティを気にしたラグナがふと、こちらに歩み寄ったその瞬間のことだった。


「ぶわっっ!?!?」


直後地面から真っ白な煙が吹き出してラグナの顔面に当たったのだ。いきなりもいきなり、あまりの出来事にラグナも尻餅をついて顔を摩る。


「ゲホッゲホッ!なんだぁ!?いきなり!」


「ラグナ!大丈夫ですか!?」


「大丈夫といえば大丈夫だけど、…なんか顔濡れたし、すげぇベトベトすんだけど、くせぇし」


「どうした?なんかあったか?」


「ラグナコケちゃったの…?」


エリスや仲間達もラグナに寄ってくる、何者かの攻撃ってわけじゃなさそうだ。というのも先程煙が吹き出したところを見ると穴が空いてる…、多分吹き出し口か何かなんだろう、それに気がつかずラグナが迂闊に近寄ったからこんな事になったのだ。


「なんだこの穴、いきなり煙吹くなんて…埋めてやろうか」


「やめておけ、それは恐らく蒸気機関の一部。蒸気噴射口だ、詰めれば爆発するぞ」


「うぇっ!?爆発…ってこれ蒸気機関なのか、よく見て分かったな」


「そりゃミールニアにも同様の物があるからな、しかし…何のための機関なんだ。地下に何かあるのか?」


当然ながら蒸気機関ってのは自分一人でせっせこエネルギーを作るだけの存在じゃない。エネルギーとは必要とされるから作るのだ、つまり地下にはエネルギーを必要とする何かがあるという事。


…しかしやだなぁ、ミールニアにそっくりな街の地下?まさかここにも落魔窟そっくりな地下施設があるとか言わないよな。


「…いや、よく見るとこの機関…ウチじゃ見ないタイプだ」


「違うんですか?メルクさん」


「エリスも覚えているだろう、ミールニアにも蒸気機関はあったが…」


「あ、もっと大掛かりでしたね」


そういえばそうだ、前ミールニアに行った時の景色を思い出せば…ミールニアには街中に巨大な歯車やら何やらが突出していた。街に組み込まれた蒸気機関がそこかしこに露出していたんだ。それはそこまで大型にしないと欲するエネルギーが作り出せないから。


だがこの街にはそんな様子は見受けられない。つまり、ミールニアにある物よりもここにある機関の方が小型かつ優秀という事になる。デルセクトの技術よりも…進んでるって事だ。


「くっ、何なのだ…本当にこの街は、どうなっているんだ…!」



「その機関は蒸気機関じゃねぇ、魔導具と組み合わせた『魔蒸機構』と呼ばれる半永久機関さ」


「っ!?」


ふと、エリス達の疑問に答える声に皆の視線がそちらを向く。いきなり話しかけられりゃ誰だって警戒するだろう。


その声は人ごみの奥から響き渡る、ゆっくりと人混みを掻き分けて姿を現わす声の主は…。


「おう、久しぶりだな。新米冒険者ども」


「レッドグローブさん!」


「あんた、まさかアンタが協力者なのか…?」


現れたのは弊衣破帽がトレンドマークの黒コートの大男、マレウスの総番長と名高き四ツ字冒険者…『冠至拳帝』のレッドグローブその人だった。


そう、レッドグローブさん。アマデトワールでエリス達にジャーニーを譲ってくれたあのレッドグローブさんだ。


「誰だ?知り合いか?」


「アマデトワールでジャーニーを譲ってくれた冒険者さんですよ、四ツ字冒険者のレッドグローブさんです」


「この人がジャーニーくれた人なんだ!」


「ほほう、四ツ字冒険者のレッドグローブ様…。お噂は予々」


「ふーん、で何でアンタそんな歳なのに学ランなんか着てんだ?コスプレ?」


「アマルトさん!失礼な事言わないで!」


「………………」


ほら!レッドグローブさん変な顔してるじゃないですか!難しい顔して…ん?難しい顔してエリスの方を見てる?何でエリスの事見てるんだろう…エリスなんか失礼な事しちゃったかな。


「あ、あの。レッドグローブさん?何でエリスの事見てるんですか?」


「…いや、別に。それより話には聞いてるぜ、そこにいる小娘が例のアイドル冒険者でお前らがその護衛なんだろう?こっからは俺も同行する。ここじゃ何だから泥犬亭に向かうぞ」


「あ…はあ」


特にこっちが何をいうまでもなくレッドグローブさんはカランコロンと下駄を鳴らして一人で泥犬の方へ向かっていく。何だったんだろう。


まぁそれでもありがたいじゃないか、レッドグローブさんとは浅い縁とは言え知らない仲でもない。それに彼は大型クランである『大拳闘会』のリーダー、人手も戦力も十分だ。


これならば、プリシーラさんの最後の舞台も無事済ませられそうだ。


「それじゃあエリス達も泥犬亭に行きますか、ね?プリシーラさん」


「…………」


「プリシーラさん?」


ふと振り向くと、彼女が背後に目を向けているのが目に入る。どこを見て…ああ。


「プリシーラさんも大通りの方で遊びたいんですか?」


「え?あ!?あ…うん、ちょっと気になるなって思って」


「なら後で一緒に行きましょう。デティも気になってるみたいでしたから」


「…そうね」


彼女もまた大通りの活気に惹かれているんだろう。ならば早いところ話を終わらせて自由時間を作ろうか。


……………………………………………………………………


そして、エリス達は泥犬亭という名のボロ酒屋へと辿り着き、ゾロゾロと十人単位で呑んだくれ溢れる店内でも比較的綺麗なテーブルを確保することに成功し、こうして全員でテーブルを確保することに成功したのだが…そこでレッドグローブさんに語られた衝撃的な話。


それは…。


「えぇ!?大拳闘会のメンバーを一人も連れてきてない!?」


「ああ、俺一人だけだ」


「そんな!なんで…そんな!?」


あまりの事にちょっと言葉を失うエリス、いやだってせっかく人手を確保出来る地位にいるのに…なんで態々それを置いてきたの!?


「普通冒険者って複数人で依頼受けるもんじゃないのか?それとも四ツ字冒険者は別か?」


「ちゃんと複数人で行動してるだろ、お前らがいる」


「俺ら宛にしてたって事か…」


「ああ、まぁこの街にウチの舎弟を連れてきたくなかったってのもあるんだがな。アイツら金遣いが荒いからな、一瞬で貯金崩しちまう」


それはなんとなくわかる、大拳闘のメンバーはみんな…こう、刹那的というか短絡的というか。一瞬一瞬今を生きると言えば格好はつくもののひっくり返して言えば計画性がないという事。


その手の人種はカジノだのなんだのには死ぬほど向かない。


「お前らも気をつけろよ、この街は人を喰うぞ」


「…人を喰う?」


「ああ、聞いてるかもだがここの領主である理想卿チクシュルーブはちょっと普通じゃねぇ。詳しくは言えないがまぁかなりキてる奴だ、警戒はしとけ」


「わかってるさ」


そう語るレッドグローブさんの言葉にエリス達は特に驚きもなく受け止める。まぁそうだろうと言った感じだ、しかし街が人を喰うか…やっぱりこの街もああいう感じなのかな。


「しかしそちらの状況は理解した、ところでレッドグローブさんはどこまで状況は把握している?敵の情報は?」


「分かってる、悪魔の見えざる手だろ?それがそこにいるプリシーラを攫いに来ている…と」


「…………」


「怖がらせたか?」


レッドグローブさんの視線を受けやや怖そうにエリスに寄り添う彼女を見て、エリスもそれを抱きしめる。大丈夫ですよ、ちゃんとエリスが守りますから。


「悪魔の見えざる手に関しては前回のパナラマでその幹部補佐の大多数を捕縛する事に成功した、手勢は未だある程度は存在しているだろうが、戦力面では五人の幹部以外無いと見ていい」


「ほう、幹部補佐を…。連中はその辺の三ツ字級の強さがあるってのに…よく倒したもんだ」


「…詳しいんだな、レッドグローブさん」


「こういう荒事を稼業にしてれば、嫌でも詳しくなるもんだ」


「それもそっか。まぁ戦力差って点じゃ少なくとも今のところ怖い所はない、真っ向から戦えばこっちは人数で勝ってるしな、一人が後ろから羽交い締めにしてもう一人が真正面からボコせば勝てる」


「嫌な勝ち方を選ぶんだな?赤毛の冒険者…ラグナだったか?」


「勝ち方選べる権利があるだけこっちは有利って話さ」


ラグナとレッドグローブさんの話は進む、こういう弟子達を代表した会談とは基本的にラグナ主体で進む、彼はこの中で一番弁が立つし何より風格があるからね。風格威厳ゼロのデティや口下手なネレイドさんやほっといたらノンデリカシー爆弾発言マンのアマルトさんなんかを表に出す訳にはいかないからね。


「それもそうだな、ライブの会場に関しては理想卿殿が劇場を貸し切りにしてくれるそうだ。当日はその周辺をチクシュルーブ私兵団が護衛するらしい」


「レッドグローブさんから見てその私兵団は頼りになりそうか?」


「なる、武装面でも統率面でも国内随一の規模と実力だ。なんなら俺達ナシでも悪魔の見えざる手の迎撃は行えるだろうし悪魔の見えざる手もチクシュルーブと事は構えたくないだろうな」


「へぇ、そんな凄いのか…その私兵団ってのはさっき街中で影から俺たちの事を見てた奴らか?」


「……気がついてたのか?」


「視線くらいは感じられる、と言うかこの街…異様に見張りの数が多いな」


街中で影から見てた…って、エリス全然気がつきませんでしたよ?しかし言われてみれば酒場の外で妙に動いている連中がいるな、あれが私兵団か?


「っ…メグ、例のセットを」


「へ?畏まりました?」


するとメルクさんは私兵団から隠れるようにメグさんと何やらコソコソ話し始める。どうしたんだろう…。


「ともかく劇場を借り受けるに当たって理想卿殿に顔合わせて義理立てする必要があるだろう」


「それもそっか、じゃあ今から行くか」


「今行ってもあってもらえねえよ、アイツは忙しいからな。俺が今から行ってアポを取ってくる…今日の晩辺りに会えるよう調整してくるよ、それまでこの街で遊んでな」


「ああ、有難い」


そういうとレッドグローブさんは椅子を引いて立ち上がり、ポッケに手を突っ込んで酒場を出て行こうとする。なるほど、エリス達みたいな新米の雑魚冒険者が行くよりも彼みたいな立場ある人間が『会ってくれるよなぁ!』って言った方が効果的か。


「…街で遊ぶのはいいが、何度も言うがこの街で気は抜くなよ」


すると去り際にレッドグローブさんは忠告にも似た言葉を残して去っていき…出入り口付近でくるりとターンして戻ってくる、なんだろう…忘れ物?


「どうした?」


「いや、俺この店の席使うだけ使って何にも注文してなかった、流石にそりゃ店主に失礼だろ?だから席代がわりにちょっと飲んでから行く」


「あんた…意外に律儀なのな…」


律儀だなぁ、確かにエリス達酒場を会議室代わりに使うだけ使って席を占領して注文もせず居座っていたな、店からしたら迷惑以外の何者でもない。なら席を占領した時間分の売り上げに貢献しようとレッドグローブさんは席に戻ってきて酒やらツマミやらをいろいろ頼んで黙々と食べ始めてしまった。


「どうする?俺達も酒頼むか?」


「お前は酒飲むな、お前悪酔いするだろ」


「そうだっけ…、全然記憶ねえや」


「そういうのはレッドグローブ殿に任せよう、勿論支払いはこちらで持とう」


そういうなりメルクさんは懐から金貨を数枚置いて立ち上がる、お酒を飲むには日が高すぎるし…何よりラグナにはお酒を飲ませちゃいけない、絶対いけない。


ま、前飲ませた時なんか大変だったんですかね、今思い出しても顔が熱くなりますよ…!


「どうしたの?エリスさん」


「へ!?いや!別に!なんでも!?それより早速自由時間が出来ましたしみんなでどっか行きませんか!?」


誤魔化すために手で顔を扇ぎながら話題をすり替える。せっかく歓楽街なんだしさ!遊ばね!?と…先程プリシーラさんも何やら気になるような素振りを見せていたし。


「そうだな、俺闘技場行きたい」


「僕は劇場行ってみたいです!」


「温水プール!」


「ううむ、意見が分かれたな。かといって全員バラバラになるのはちょっとあれだしな…ここはプリシーラ殿に決めてもらうか?」


「私?私が決めていいの?」


「構わん、君が好きなところに行こう」


「うーん、それじゃあ…」


メルクさんの誘いに乗って考え込むプリシーラさん、本当ならライブまで大人しくしているのが良いのだろうがここまで一緒に旅をしていてなんとなくプリシーラという人間の人となりが分かってきている。


彼女はプロ意識が高い余り緊張しやすい一面があるようだ、なら変に本番を意識させるよりも楽しい時間を過ごさせた方が彼女の精神衛生上よろしいだろう、という建前をエリスは用意してあるので自由に遊びましょう。


「じゃあ私、カジノ行ってみたい」


「カジノか?賭け事が好きなのか?」


「ううん、やった事はない。やった事ないから気になる」


「なるほどな、分かった。ならカジノに行こうか」


カジノで決まり、その決定が出た瞬間皆特に文句を言う事なく立ち上がり早速カジノへ向かうことになるんだが…。


カジノかー…、うーん、エリスは遊ばないようにしないとな。負けるし。


…………………………………………………………


「当カジノ『アルカディア』へようこそ、当カジノでは独自の通貨を使って賭けを行っていただきます。銀貨一枚分のブロンズコイン、銀貨十枚分のシルバーコイン、金貨一枚分のゴールドコイン、そして金貨十枚分のダイヤコインの四種類をこちらで購入していただきます」


「ではシルバーコインを一人二十枚…全部で百八十枚貰おうか」


理想街チクシュルーブの目玉とも言える巨大カジノ『アルカディア』、まるで超高級ホテルの如き煌びやかな内装と至る所で落ち着いた曲調のBGMを響かせる音楽隊が配置された幻想的なこのカジノは賭博街アルフェラッツの大カジノに並ぶ二大賭博施設とも言えるだろう。


スロット、ルーレット、カード、競馬にコロシアム、他にも色々ととにかく大量のゲームが存在しており単に遊ぶだけならこれ以上の場所はないだろう。


そんなカジノに訪れたエリス達はメルクさんの支払いによってカジノアルカディアの独自通貨シルバーコインを二十枚ほど買ってもらえた。


エリスはいらないって言ったんだけど…『みんなで遊ぶんだからお前も使え』と押し付けられてしまった。


「はぇ〜、すげぇカジノだな…」


「なんか居るだけで楽しいですね」


ラグナはポカーンとカジノを眺めてちょっと気圧されているようだ。彼はあんまりこう言う場所には来ないんだろうな、エリスも来ないですけど。


「私カジノ初めて来た…」


「私もー!」


「おや?ネレイド様やデティ様はカジノ初心者ですか?では私が手取り足取り教えてあげましょう」


「メグさんカジノによく来るの?」


「いえ、私も初めてきました」


「なんでそんな自信満々なの…」


魔女の弟子達の多くがカジノに縁遠いようだ、まぁラグナ達は王族だしエリス達みたいな庶民はあまり立ち寄らない場所だしな。そんな中一人腕まくりをするのは…。


「へへへ、腕が鳴るぜ…!」


アマルトさんだ、この街に来た時からカジノに興味を示していた彼はシルバーコインをケースに入れながら目を輝かせている。


「アマルトさんってギャンブル得意なの?」


「お?まぁ得意ってか好きだな、こう言うヒリつく感じが昔から大好きでさ。旅先でもよくカジノに立ち寄ったもんだぜ」


プリシーラさんの問いにやや自慢げに答える。そういえば以前ヘットが作った犯罪者の街クライムシティに行った時も賭場でバカ稼ぎしてたな、イカサマが横行するあの賭場で一人勝ち出来るってことは相当強いんだろう…。


ん?いや待て、それよりも前に…。


「そういえばアマルトさん、前アルフェラッツに行ったことありますよね」


「え?あ…うん、行ったことあるけど…なんで知ってんの?アレ随分前の話だよな」


「エリスも前アルフェラッツに立ち寄ったことあるんですよ。確かアマルトさんそこで凄い勝ち方して稼いだメダルを地面にばら撒いて群がる人達を冷たい目で眺めてたんですよね」


「それも知ってんの!?うそぉ!やだぁ!あん時の俺はほら…荒んでたからさぁ!ついやっちゃったのよ!やだぁ黒歴史なのに…」


以前師匠と一緒にアルフェラッツのカジノに赴いた時にアマルトさんの話を聞いたんだ。思えばあれがアマルトさんの名前を聞いた初めての場面だったな、まさかあれからアマルトさんと色々あって…今こうして友達として付き合ってるなんて思いもしなかったな。


しかしそう思うとこの人カジノで負けた事一度もないな。もしかして賭け事にめちゃくちゃ強いんじゃないか?


「ってかさぁ、カジノの中まで九人揃ってゾロゾロ歩くのやめねえ?流石に連中もこの中まで攫いには来ねえだろ」


「確かに、カジノの出入り口は厳重に封鎖されているし…、ならどうする?分かれるか?」


「せっかくならよ、何組かに分かれてどのチームが一番このコイン増やせるか勝負しようぜ、九人なら三組に分かれられるしさ」


そのアマルトさんの提案を聞いた瞬間、弟子達の中の何人かは目が輝く。ウチの弟子達は勝負事が大好きでみんな揃って負けず嫌いだ。勝負を持ちかけられて逃げ出す臆病者は一人としていない。


「面白え提案じゃねぇかアマルト…、乗ったぜ?俺は」


「ふんっ、多少自信はあるようだが…稼ぐと言う事柄で私に勝てると思うなよ?」


「やってやろーじゃんかよー!アマルトには負けないからね!」


「おやおや、皆さん熱くなってますね。ですがこのメグの座右の銘は『人生一発逆転』、生きてるだけで丸儲けでございます」


「カジノは初めて来たけど…勝負なら負けない…!」


わぁ、みんなやる気だぁ。けどエリスはその…遠慮したいなぁ、勝てないし。けど自分が勝てないからってスゴスゴと勝負を降りるのも癪だ、やれるだけやってやろうじゃないか。


「へへっ、じゃあ決まりだな。チーム分けは…そうだな」


こうして、エリス達のギャンブル対決が始まったのだが…、果たしてエリスは勝負に参加出来るのか。



………………………………………………


チーム分けは以下の通りになった。


ラグナ、メルクさん、プリシーラさんの三人で構成された総合年収最強チーム。


ナリアさん、メグさん、ネレイドさんの三人で構成されたポルデュークチーム。


そして。


「エリスちゃん!あれで儲けよう!あれ!」


「待て待て、こういうのは観察から始まんだよチビ助」


「チビ言うな!!」


エリス、デティ、アマルトさんの三人で構成された玉石混合チーム、ちなみにエリスが石でアマルトさんが玉だ。


エリス達三人はみんなと別れてこのコインを増やす為にカジノの中央ホールにやってきていた。右を見ればスロットが、左を見ればポーカーが、前面にはルーレット、あちこちのテーブルには既に多くの冒険者や旅行客が座っており…。


『よし!よし!よし!来い!』


『よっしゃー!あははははは!』


『行ける行ける、分かってきた分かってきた…!』


「賑やかだね、みんな楽しそうな魔力してる」


あっちこっちで喜色に満ちた声を上げる客達を見てデティが呟く、楽しそうといえば楽しそうなんだろう。なんせ現金かけてるわけだしね、大勝ちしたらそれこそ大金持ちよ…まぁその逆もあるが。


「ここ、上の階層もあるみたいですね」


「さっき店員さんが言ってたよ、二階はVIPフロア、三階はスーパーVIPフロア、四階はノーブルVIPフロア、五階ゴージャスVIPフロアだって、カジノで沢山勝ってる人が行けるんだって」


「何ですかそれ…、頭の悪そうな名前ですね」


上を見上げれば吹き抜けになった上の階層が見える。このカジノは塔になっており全部で五階層、デティ曰く上の階に行けば行くほど高倍率のゲームに挑めるらしく上へ行くに連れて客層が富裕層へと変わっていくそうだ。


とはいえ上に行く条件はカジノで得た儲け分によって決まるらしく、それこそ勝っていれば普通の冒険者でもゴージャスVIPフロアへ行けるそうだ。メルクさんなんかは本当はゴージャスVIPフロアで遊ぶような人なんだろうなぁと感じていると。


「ふぅん、上手い作りだな…まるで蟻地獄だ」


「へ?」


何やら怪訝そうな顔で上の階を見上げるアマルトさんは、やや呆れたように肩を竦める。上手い作り…なのだろうか、エリスやデティは分からないとばかりに首を傾げていると。


「ほれ、あれ見てみろ」


「あれ?」


そう言ってアマルトさんが指差すのは、先程からポーカーで大勝ちしてるらしい冒険者の姿があり…。


「よっしゃ!また勝てた!沢山資金を用意してきた甲斐があった!これで俺も大金持ちだ!」


何やらこのカジノに挑むに当たって大量に資金を用意してきたらしく、その甲斐あってかなり儲けを出しているようだ…すると。


「お客様?どうやらお客様は相当運がある様子、ここはノーブルVIPフロアで一つ勝負に出てみませんか?」


「え?そうかなぁ!あはは!ノーブルVIPって言えば富豪や富裕層の遊び場だろ?そこで今みたいに勝てば…、よっしゃ!行こう!」


何やらカジノの店員に話しかけられる上機嫌になって台車の上に設けた分のメダルを山のように積み重ねて、一気に四階のノーブルVIPへと駆け上がっていく。確かにあれだけツイていればこんな低レートで勝負するよりも上階層に行った方がいいのかもしれないな。


なんて考えているとアマルトさんは苦笑いしつつ。


「アイツ、上でボロ負けしてケツ毛まで毟られるぜ。多分二、三回は勝てるがそっからトンと勝てなくなる」


「え?そうなんですか?」


「何スレた事言ってんのアマルト〜!そんなの分かんないじゃん、カジノなんだから運が良ければ凄い勝てるかもよ!」


アマルトさんは言うのだ、今の男がボロ負けすると。だがデティの言うようにカジノは運勝負。あれだけ運のいい男ならもしかしたらやるかもしれないだろう、しかしアマルトさんはチッチッと指を立て。


「ンなわけねぇだろ、アイツが勝ってるのは運がいいからじゃねぇ。ありゃ接待を受けたのさ」


「接待?」


「そう、金を持ってると判断されたから適当に勝たせて調子に乗らせ、その上で高倍率のゲームに誘い一気にイカサマゲームで丸呑みにしようって算段さ」


「え!?…じゃああの人は…」


「網にかかった魚だ、あのまま厨房へ招待されてそこで料理されるだろうな」


こ、怖…じゃあここの人達はみんな客を罠に嵌めようとしているってことか。あの誘いに乗ったが最後…勝ち分も持ち込んだ分も全部没収されて叩き出されて無一文になってしまうのだ。おっかねぇ〜…お金だけにね。


「人間って生き物はな、上機嫌になって調子に乗ってる時こそカモにしやすいもんだ。『今なら大丈夫』って多少のリスクを勘定に入れなくなるからな」


「確かに…調子乗ってる時こそ怖いもんね…」


「そして人間が一番上機嫌になる瞬間ってのは…地位を得た時だ、他の人間よりも際立っていると認められ上へ昇った瞬間だ。人ってのは愚かなもんでな、地位を得ても直ぐにその地位に飽きて上を目指そうとする。『もしかしたらノーブルを超えてゴージャスにも行けるかも』…ってな?このカジノはそこを上手く突いてるんだ」


「それが、上の階層…?」


「そうだ、貧乏人と富裕層を線わけすることにより地位を精神的にも物理的にも明確にするんだ。そして上へ昇った人間は更に上を目指すために大きく賭ける…、勝ち続けて運が向いているから今なら行ける!そう思うその場面を狙っているんだよ。このカジノを作った奴は余程の天才か余程の悪魔か…或いは」


その両方か…。そしてこのカジノを作ったのは件の理想卿チクシュルーブ、もしコイツがエリスの予想している人物だとするなら…まぁやるだろうな。


そして予想通りなら、多分無一文になるどころの騒ぎでは済まない可能性がある。レッドグローブさんの言っていた『気をつけろ』とはこの事なのかもしれないな。


「怖いですね」


「カジノはこう言うもんさ、胴元が儲かるように出来てんだからそもそも運勝負じゃない。俺達客は胴元の儲けを阻害しないようにコソコソお零れ貰う立場だって事を忘れちゃいけねぇ」


「でも…あの人あのままじゃお金無くしちゃうんですよね。止めた方が…」


「いいよ別に、言っても多分聞き入れないし。そもそも使っちゃいけない金に手をつける方が悪いんだなこう言うのは。ギャンブルなんて所詮遊びなんだ、生活に遊びが食い込んだ瞬間遊びは遊びじゃなくなる。程々にガス抜き程度に嗜む…これがカジノで上手くやるコツだ、分かったか?」


「分かった!でもつまりこの階層はそれなりに儲けられるって事でしょ!ならここでコツコツやれば儲けられるんだよね!」


「あ?まぁ…そうは言うが限度が…」


「私スロットで稼いでくる!あれ7を揃えればいいんだよね!楽勝!」


「ではエリスはルーレットやってきます!赤か黒の二択ですよね!一番楽そう!」


「あ!おい!お前ら…大丈夫か…?」


エリスはルーレットへ、デティはスロットへ向かう。上の階層はもう半分罠みたいもんならここで堅実にやればそこそこに儲けを出せるはずだ。そして誘いが来ても乗らない…これでいい!


そうエリスとデティは瞳を燃やして各々決戦の舞台に向かい。





………………十分後。



「エリスちゃん、メダル持ってる?」


「いえ……」


「えへへ、私も」


負けた、無一文。もうビックリするくらいぜんっぜん勝てなかった。ルーレットに挑んだはいいもののこれが全然勝てない、途中から同席した客達も『あ、コイツが賭けた方には絶対来ないな』と察したのか明らかにエリスを避ける動きをしてたし。


情けねえ、メルクさんにもらったメダル全部溶かしちまった…へへへ、情けなくて涙が出てくらぁ。


「私ね、全部スロットにメダル食べられちゃった」


「エリスもです、ルーレット台叩き割りそうになりました」


「アホかお前ら、マジで速攻で負けてんじゃねぇよ」


ふと、休憩席で座り休んでいるエリス達を見て呆れ果てたアマルトさんが半目でエリス達の負けっぷりを見てため息を吐く。言い返したいが負け犬に吐ける文句はないのだ。


「なにさ!そう言うアマルトはどうなの!」


「ほれ」


と彼が差し出すのは先程大勝ちしていた冒険者と同じ台車。その上に乗せられているのはシルバーメダルやゴールドメダルの山…ザッと数百枚は乗せられており…。


「え!?このもうこんなに増やしたんですか!?」


「お前らの溶かす速度には負けるよ」


「ねぇ〜!アマルト〜!ちょっとだけ分けて〜?次は絶対勝つからさぁ〜!」


「ダーメ、そもそもアホみたいなチョイスするお前には分けられねぇよ〜」


「なにさ!ケチ!」


「そもそもお前人の心読めるならポーカーとかすりゃよかったじゃん」


「あ!そうだった!」


「エリスも、動体視力半端ねぇんだからスロットで目押しいけんだろ」


「ああ!そうでした!」


「お前らなぁ…」


にしても凄い勝ち方だ。この低レートの最下層でこれだけ儲けられるのは最早才能だろう。まさかアマルトさんがここまでギャンブルの才能があったとは…。


「凄いですねアマルトさん、憧れちゃいます」


「そういやエリスはギャンブル苦手なんだっけ?」


「はい、ルーレットもエリスが選んだ出目ばかりを避けて入るんです。エリスが選んだ出目には絶対に入らないんですよ…」


「偶然じゃねぇの?」


「偶然なんかじゃありません!エリスは今まで沢山のゲームをしてきました。カード、スロット、ルーレット、競馬、そのどれもが大外れ!カードで役を作ったことは一度もありませんしスロットが揃った事もない、ルーレットはエリスのかけたところを避けるし競馬なんて…エリスが応援しただけで馬がいきなり興奮して負けてしまうんですから!」


「そ、そりゃある意味すげぇな。逆に才能だろそれ、或いは呪われてるか何かか」


そう思いますよ、師匠もエリスは賭け事に向かない星の下に生まれているとさえ言うほどだ。これはもう才能というか宿命なのだろう…エリスはギャンブルに絶対に勝てないのだ。


「まぁ、こんだけあれば他のチームに負けるこたぁねぇだろ」


「そうですね、待ち合わせの時間までここで休みます?」


「そうだなぁ、俺ももう十分遊んだしなぁ〜」


なんてメダルが大量に乗った台車を動かしていると…。


「失礼?お客様?」


「ん?」


寄ってきた、先程大勝ちしていた冒険者に声をかけていた店員が。やはりというかなんというか同じく大勝ちしているアマルトさんに目をつけたのだろう。


「どうやらお客様は相当運がある様子、ノーブルVIPフロアで一つ勝負に出てみませんか?」


「あー、いいよそういうのは。俺みたいな庶民は一番下が性に合ってるんだ」


「ですが上の階層ならばもっと大きくかけられます。ここにあるメダルが十倍になれば…それだけでこの理想街の一等地に豪邸を構えられますよ」


「つっても金に困ってねぇーしなー」


「ならば尚更…」


「いやしつこいなお前も」


是が非でもアマルトさんを上に連れて行きたい様子の店員。しかしこの店の狙いに気がついているアマルトさんは絶対にその誘いには乗らない、二人の会話は平行線を辿りあの手この手で誘う店員とイヤイヤと首を横に振り続けるアマルトさんの話は続き…。


「ねぇ、エリスちゃん」


「ん?どうしました?デティ」


「あれ…」


ふと、デティが上に指を向ける。その指は遥か上…遠視の魔眼がなければ見えないくらいの上。このカジノの最上階ゴージャスVIPフロアを指差しており。


その吹き抜けの天井付近に見える手摺に寄りかかる男の背中が見える。


桃色の髪を垂らし、このカジノで鎧を着込んだ特異な男…その背中がだ。


「ねぇ、確かラグナがコンクルシオで戦ったって幹部の男。桃色の髪に鎧を着てる…って言ってなかった?」


「そう言えばそうですね、確か名前は…桃源のロダキーノ…」


ラグナが戦った悪魔の見えざる手の幹部…、ラグナが言うにアルクカース出身の武闘派幹部が丁度あんな格好をしているんだ。


まさかあれ本当にロダキーノか?ならこの街にやはり悪魔の見えざる手が…。


「ッ、ラグナ達に合流を…」


「ううん、私達はロダキーノと顔を合わせてないしもし私達に気がついてるならもうとっくに仕掛けてきてるはずだよ」


「つまり、エリス達に気がついていない?」


「うん、…今ならこっそり近づいて接触できるんじゃないから、上手くやれば情報引き出せるかも」


「…………」


少し危険な気もするが、確かにエリス達はロダキーノと顔を合わせていない。奴もエリス達を見ても直ぐにはその正体に気がつかない可能性がある。なら…情報を引き出せるか?


例えば奴らがこの街にどれだけ来ているか、集合場所…それこそ奴らが今どこに潜伏しているかとか聞き出せれば先手を打てるかもしれない。


「…行きましょう」


「うん、ねぇアマルト」


「ああ、聞いてたよ。なぁ店員よ、やっぱその話に乗るわ」


「本当でございますか!ではノーブルVIPフロアへご案内を」


「ノーブルか…」


アマルトさんは上を見る。ノーブルVIPフロアは四階、対するロダキーノは最上階のゴージャスVIPフロアにいる。これじゃ足りない…。


「なぁ、ゴージャスVIPフロアにはいけないのか?」


「ゴージャスですか?ですがそれですと少し足りませんね。ノーブルで更に稼いで頂かないと…」


…これじゃあ店側の思う壺だ、このままノーブルに行けば増やすどころかメダルを毟られる。そうなったらロダキーノに接触するどころじゃなくなる…どうしよう。


「…わかった、じゃあノーブルでいい」


「え!?本気ですか!?アマルトさん!?」


「さっき自分で言ってたじゃん!ノーブルは勝てないって!」


「大丈夫大丈夫、必勝法があるんだなこれが」


「必勝法…?」


なんか凄い胡散臭い事言いだしたぞ…。そう言う事言う人はみんな負けるんですよ…これはダメそうだな。


なんて考えている間にも台車は店員によって運ばれて昇降機へと連れて行かれる。それに追従するようにエリス達も昇降機に乗り込み…。


「アマルトさん、大丈夫なんですか?必勝法なんて…」


「大丈夫だって、それとも俺のこと信用できない?」


「そんなことはありません、けど…」


「いーんだよ、ほれ着くぞ」


昇降機は二階、三階を一気に飛ばしノーブルVIPフロアの四階へと到着しチンと音を鳴らし扉が開く。


「おおー…!ここがノーブルVIPフロア!」


目に入る光景は一階よりもなお煌びやかなカジノ。ポーカー台やスロットに至るまで金ピカのまさしく楽園みたいな様相。


しかし、その正体を知っているならこれ以上なくおぞましく見える。これはきっと誘い込まれた人間に特別感を与えるための演出。自分は選ばれた人間であると思い込ませる為の飾り。それに飲み込まれれば何もかも失う。


ここは楽園ではない、悪魔の潜む祓魔殿なのだ。


「こちらノーブルVIPフロアに なります、こちらではベッド制限が解放されて一度に好きなメダルを百枚までかけられるようになります」


「ほーん」


カジノアルカディアのルール、それは一度に賭けられるメダルの制限がある事。一階では一度に十枚までしかベッド出来ない…それが上の階層に行く都度解放されていきより大きく賭けられるようになる。


それは、失うスピードの速さも加速することになるのだ。エリス達の持ちメダルはザッと見て三百枚と少々。一度に上限まで賭ければたったの三回でオケラになる計算だ。


「メダルが多くなっているようなのでこちらでダイヤメダルに交換いたしますがーいかがしますか?」


「このままでいい、ダイヤメダルはディーラーから貰うよ」


「左様でございますか、ではどうぞごゆるりと」


「うーい」


ここで稼げば更に上の階層へと行ける。そうすればロダキーノに接触出来る…だけど。


『あ…ああ!俺の金が!俺の金が!三年かけて貯めた金がぁぁあああ!!!』


「お、さっきの」


響き渡る悲鳴、先程大勝ちしていた筈の冒険者が先程見せていた幸福そうな顔つきを消し去り、亡者のような顔つきでルーレット台にしがみつき喚いている。


『頼む頼む頼む!入ってくれ入ってくれ!借金までしたんだ!取り戻さないと帰れない!頼む頼む!!』


よだれを垂らし少なくなったメダルを握りしめて回るルーレットに向かって怒鳴り散らす、さっきまでとは別人のようだ…。


あれだけ勝てていたのに、たったの十分であの有様…。これで勝てなければ彼は。


『あ…ああ…あああああああああああ!!!』


『残念でしたね、お客様』


しかし、彼の決死の大勝負も不発に終わったのか…膝から崩れ落ちる男。見てられないよ…。


しかし、目も背ける暇もなく男は黒服を着込んだ男達に取り囲まれていく。


『な、なんだよ!何するんだよ!離せー!』


『お客様は当カジノに合計ダイヤメダル二千枚分の借金がございます。金貨に換算すると疎か金貨二万枚…しかし返済能力が無いことを今しがた確認いたしましたので、ご退場願うのです』


『ヒィ!?ど…どこに連れてかれるんだよ!やめて!やめてくれ!助けてぇーー!!!』


あっという間に何もかも失った男は、エリス達の乗ってきた昇降機ではなく黒い幕に包まれた謎の昇降機へと乗せられて何処かへと連れていかれてしまう。このままカジノの外に追い出される…ってわけじゃなさそうだぞあれは。


…エリス達も負けが込めばああなってしまうんだ。流石に借金まではしないけどさ、だったの十分で何もかも失ってしまうんだぞ。大丈夫なのかな…。


「っていうかこんなの見せられたら他の客も…」


ふと、あんな惨劇を見せられ意気消沈した所で思う。あんなの見せられたら他の客も怖がるんじゃ無いのかと思って周りを見てみれば。


『クスクス…』


『あの顔見たかい?』


『いいものが観れたね』


笑ってる、周りの客は笑ってる。冒険者とは違い身なりのいい本物の富豪と見られる人々が酒を飲みながら天井付近に設置されたテラス…それがぐるりと壁を囲んでおり、それらがギャンブルをしている人達を見下ろしている、連れて行かれる者達を見て笑ってる。


まるで…良い見世物を見ているかのように。


いやまさか、…このノーブルVIPフロアって。


「なるほど、このカジノが儲かってるわけだぜ…」


アマルトさんも思わず冷や汗を流す。ここは文字通り見世物小屋なんだ、一攫千金を夢見て人生を破壊される小市民を見て富豪が笑い飛ばすための見世物小屋。


きっとあの富豪はここにギャンブルをしに来ているわけでは無い。恐らくカジノの出資者かチクシュルーブの友人達なのだろう。彼等に金を支払わせ面白いものを見せているんだ…。


ここは富豪の為の娯楽の場。優越感を味あわせるためだけの地獄。チクシュルーブはその為だけにこのシステムを作り罪もない冒険者達を地獄に叩き落としているんだ。


『おや、今度はまた新しい冒険者が来たようだよ』


『あらまぁ、まだ若いのに…可哀想なこと』


そして、今度はその地獄がエリス達に牙を剥く。エリス達を食べようと…大口を開ける。


「さぁお客様、何で遊びますか?負けても大丈夫…こちらでお金を貸しますから」


「…………」


ディーラーが笑う、富豪達が笑う、…思ったよりも…ヤバイところに来ちゃったかも。


頼みますよアマルトさん、貴方だけが頼りなんですから。


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