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374.魔女の弟子と永遠の貸し


デッドマン達を取り逃がしつつもリオスとクレーを取り戻した俺たちは理想街の衛兵達と共に誘拐犯を探していたウォルターさんと合流、ついでに衛兵達に事の顛末を伝えておいた。


まぁ真っ当に対応してもらえるとは思ってない、でも一応ね。ああ地下に行ったことは勿論内緒だ、口封じされかねないから…。



まぁそんなこんなで俺は黙りこくったレッドグローブさんは連れて、人気の無いカジノ通りの裏へやってきていた。そこの通路の段差を椅子代わりに座って…彼に問いかける。


「じゃあ、色々聞いてもいいっすか?レッドグローブさん。悪魔の見えざる手とか…母さんのこととか、色々」


「…分かった」


レッドグローブさんは俺の母を奴隷にした張本人だった、だからどうしようってことはない。俺は彼の償いの姿勢を見ているからかな…彼を恨む気にはなれなかった。彼は今も罰を欲しているようだが…まぁそこについては諦めてほしい。


それよりも詳しい話が聞きたい、俺たちの前に現れた悪魔の見えざる手とレッドグローブさんの因縁、そして母との関係を。


「しかし、いいのか?お前にとって…あんまり気分のいい話じゃない。もしかしたらその…幻滅するかもしれないぜ?」


「幻滅なら今してるよ、アンタそんなナヨナヨした奴なのか?ってな。…安心してくれよレッドグローブさん、俺はただ聞きたいだけなんだ。聞いておかなきゃ向き合えないから」


「それもそうだな、分かった…そうだな、長くなるが少し聞いてくれ」


するとレッドグローブさんは両手を握り締め。ゆっくりと…そして暗闇の中で何かを探すようにしっかりと、語り始める。


……………………………………………………………………


お前には言ったよな、俺が昔ロクでもない人間だったと。ああそうだ、祖国が滅びて俺はその身一つで他の国に渡り…生きる為に何でもした。


死にたくない…それが唯一の感情だった、薄汚れた裏通りでチンピラ達相手に食物を奪い合い、戦って戦って戦い尽くす毎日だった。


時には相手がナイフを取り出すこともあった、時には剣や斧なんて時もあったし、十人二十人相手にするのなんざザラだった。


そんな戦いの毎日を過ごす中で…俺ぁある日、とある街にたどり着いた。


名をミールニア、デルセクト国家連合群の中央都市と呼ばれる街さ。そこで俺はこの世のものとは思えないほど立派な塔を見た。同じ人間が生きているとは思えないくらい立派な家を見た、俺と同じくらいの歳の奴が信じられないくらい高価な服を着て綺麗な飯を食って呑気にブクブク太ってるのを見た。


…妬ましかったんだ、その幸せが恨めしかった。荒んで犯罪者同然だった俺と幸せそうに生きる其奴の違いが殊更に感じられて…。


俺は其奴を連れさらった、とある貴族だか王族の令嬢で…まだ年端も行かないそいつの首根っこを掴んで持ち去った。信じられないくらい呆気なく捕まえられた其奴を倉庫に閉じ込めた。何をしようってわけじゃなかったんだが…攫った其奴の親が身代金として莫大な金貨を俺に渡してきたんだ。


『どうかその子を返して欲しい、金ならいくらでも払うから』…そう言って大量の金貨を渡された俺は、ただ呆然と突っ立つしか出来なかった。今まで持ったこともないような大金をそんなつもりもないのに得てしまった。


…その時思った、『ああこうすりゃ人から幸せを分けて貰えるんだ』ってな。つくづくバカだ…もしあの頃に戻れるなら俺は俺を殴り殺してやりたいよ。


そっからはもう落ちるばかりだ、最初は子供をさらって身代金を要求してたが…偶に払わねえ奴もいた、そういう奴はデルセクトの裏市場に流せばそれなりに金が貰えた。いつしかそっちの方が本業になって がめつく金をかき集めるような毎日を送ってた。


デルセクトが俺を捕まえようと躍起になった辺りで俺は隣国のマレウスに拠点を移しそこでも人を攫って攫って攫い尽くした。


…その頃だったな、デッドマンと出会ったのは。


『ぼくを貴方みたいに強くしてください』


…連れさらった貴族のガキが俺にそう言った。何でも其奴は…ややこしい出自の人間らしくてな。元々は貴族のエロ親父が愛人との間に作った所謂隠し子だった。しかもちょっと表沙汰には出来ないくらいヤバい出だったらしく…身代金を要求しても。


『そんな子供はいない、存在しない』の一点張りだったよ。オマケに奴隷市場に売ろうにも無表情で薄気味悪いってんで買い手もつかなかった。


まるで死人だ、この世に生存を認められず、死人のように表情を変えない其奴を俺はデッドマンと名付け側に置いた。


それが悪魔の見えざる手の始まりだった。一人でやるより複数人やってた方が仕事の効率が上がることに気がついた俺はデッドマンと一緒に各地で人を攫いまくった、マレウスにに留まらずデルセクトやコルスコルピ、時にはエトワールなんかにも赴いて誘拐を繰り返した。


そのうちマレウス・マレフィカルムって馬鹿でかい団体からも声がかかって、都合がいいから所属して…思えばあそこが人攫い屋としてのピークだった。


マレウス・マレフィカルムは俺が想像するよりもずっと凄まじい組織だった。世界中に根を張っているから世界中の裏市場にコネを持てた。そこで利権を手に入れるために俺はマレフィカルム内部で頂点を目指した。


当時八大同盟の一角だった組織のボスをタイマンでぶっ潰し…俺は絶頂を手に入れた。


手元には金、着てる服だってデルセクトの貴族にも負けやしねえ、あの日信じられなかった高級なメシも毎日のように喰らい、組織もデカくなって市場もパラベラムと二分するほどの影響力も得て…俺は幸せになった。


筈だった。



『貴方は、幸せなの?…ほんとに?私にはそうには見えないわ…』


ある日マレウスで捕らえた女が独房で俺に言った。ハーメアと言った女はまるで俺の中の何かを見抜いたかのように…そう口にした。


『幸せってのはね、花と一緒なの。欲しかったら自分で育てなきゃダメ…他所から摘み取ってきても、いつか枯れる』


貴方の幸せは、まだ咲いてる?…そう言ったハーメアの言葉に俺は言い返せなかった。


幸せか?幸せなのか?俺がいつか羨んだ幸せは金を持つ人間にしか与えられないものなのか?


違うんじゃないのか、…俺が本当に羨んだのは。金を払ってでも助けに来てくれる親を持っていることだったんじゃないのか。助けてくれる誰かがいることを…羨んだんじゃないのか。


そんな風にその場で思えていたらよかったんだがな。俺がそのことに気がついたのはハーメアを売り払ってから数日後。凄まじい違和感を感じながら…街を歩いていたある日のことだ。


立ち寄った街の人間が…ハーメアを探していた。


『この間ここで公演をやった劇団を探してるんだ、あの人の劇がまた見たい。貴方も一緒に探してくれませんか?』ってな、誘拐した張本人にだぜ?


……その時、俺は必死に見ないふりしていた罪悪感が一気に吹き出した。ハーメアがこの国で残した功績で軌跡を見せつけられる都度に、なんて輝かしい人生なのだと感動した。人伝いにその劇を聞くだけでどれだけ素晴らしい物を生み出す人だったのかと感服した。


そして、奪うばかりの自分とはあまりにも違うことに愕然とした。自分は何をやっていたんだ。吹き出した罪悪感はもう止められない、俺は奴隷市場に単独で突っ込みハーメアを取り戻そうと必死に走り回った。


だがもう全て遅かった、ハーメアはもう既にアジメクの貴族に買われてしまっていて…俺じゃあ手の届かない所に行っていた。


全ては俺のせいだ、いやハーメアだけじゃない。今まであまりにも多くのものを俺は奪いすぎた、多くの人を不幸にしすぎた、返そうにも返せない…。


…もう奪えなかった。もうなにも奪う気になれなかった。そうなったらもう人攫い屋は出来ない、俺は部下達に悪魔の見えざる手の解散を宣言した。この立場さえも奪ったものだ…もう奪ったものを手元において置きたくなかった俺は身勝手にも部下達に人攫い屋から足を洗うことを宣言した。


だが、猛反発したのはデッドマンだ。


『今更何を言ってるんデスか、もう奪いたくない?な…なにをバカな、変な冗談はよしてくださいデスよ、ボス!』


コイツは俺がガキの頃から育てた生粋の人攫いだった、奪う以外の事を知らない。それを教えた張本人がこいつにとっての全てである『略奪』を否定したんだ。心穏やかじゃいられない。


『ふざけるな…ふざけるな!お前がそれを否定するな!お前がそれを無かったことにするな!お前までぼくを殺すのか!ぼくという存在を殺すのか!!』


泣きながら縋り付くデッドマンの肩を取り、俺はハーメアのように奪うのではなく与えて生きていきたい。そうやって生きなければ…今まで奪ったもの達の償いにならない事を説明した…が。


結果はあの通り、聞き届けられないばかりか恨まれ戦う羽目になった。


まぁ、そん時はなんとか逃げられたが。俺という柱を失った悪魔の見えざる手はどの道瓦解するしか道がなかった、直ぐに別の組織に取って代わられ…そっからは知らねえ。


何もかもを失った俺は、最初から持っていた唯一の物…この腕っ節だけで人々に与える道を選んだ。それが…冒険者ってわけだ。


冒険者になってからは…日々を償うに捧げた。それでハーメアの人生が救われるかといえばそうでないのは分かっていた。全ては俺の自己満足…だがそれでも俺は初めて満足出来たのだ。


利害関係ではなく俺を純粋に慕う子分の存在、俺の手を取り感謝を述べる村人、俺の手を求める人々、その全てが俺に初めての充足を与えてくれた。


やはりハーメアの言う通りだったと思えばその都度自身の罪深さを自覚してより一層償いに身を捧げていったんだ。


気がつきゃクランもデカくなって、四ツ字なんて大層な名前も貰って、それで良い償いを止めることなく冒険者として活動を続け二十年の月日が経ったある日の事だ。


……今まで影に伏していた悪魔の見えざる手が、俺が育て上げた組織が、…罪の象徴が再び動き出したとの話を聞いたのだ。


………………………………………………………………



「つい先日の事だ、ケイト支部長からいきなり魔伝が入ってよ。…悪魔の見えざる手がプリシーラを狙ってるって聞いて。居ても立っても居られなくなったんだ、あいつらがまた大掛かりに動き始めたのなら…止めなきゃならねぇ。それが俺自身の責任だからだ」


「そうだったんすね」


レッドグローブさんの話を聞いて、ちょっと姿勢を直す。思ったよりも深刻な話だった…でもそっか。なんか納得だ。


レッドグローブさんは冒険者協会に入った時からぶっちぎりに強かったという。魔術師の登録試験でも当時歴代二位の大記録を打ち立てての鳴り物入りだったからな。今はもう抜かれて三位になったが…それでも彼は最初から強かった。


それは裏社会でそもそも地位を築く程の人間だったからだ。そのマレウス・マレフィカルムってのがなんなのかよく分からんが世界中にコネがあるってことは相当でかい犯罪組織なんだろうな。


「それでプリシーラの護衛に名乗りを上げたって事ですか?」


「ああ、この一件にゃ俺の子分達は巻き込めない。アイツらはなにも知らないからな…せめて幻滅させないように、俺単独で挑むつもりだった」


「そこに俺が現れたと」


「…そうだな、パッと見た時驚いたよ。これから悪魔の見えざる手と決着つけようって時に…ハーメアそっくりの男が現れたんだからな、しかもまさか息子とは…」


「偶然というか運命というか、あの時レッドグローブさんが来てくれて無けりゃ俺死んでましたよ、いやぁよかったよかった」


「死んでたって、あんた軽いわね…」


でも話を聞いて分かったよ、レッドグローブさんが口だけじゃなくて本心から後悔して、必死に改心しようとしているのは分かった。ならもう俺から言うことはないよ、もう二十年も償いに捧げてきて更にここから一体なにを求められようか。


彼はもう十分償ったと俺は思う。だから責める気にはない。


「レッドグローブさんの気持ちはよく分かりました、やっぱり貴方は…漢ですよ」


「ハッ、言うなお前も」


「へへへ、…じゃあもう一つ聞きたいんすけど。なんで悪魔の見えざる手はプリシーラを狙ってるんですか?なんか…分かります?」


悪魔の見えざる手はアイドル冒険者プリシーラを狙ってる、そしてそれを守るのが俺たちの仕事だ。まぁぶっちゃけ顔も知らない奴をそこまで必死に守ろうって気にはならないがそれでも気になるじゃんか。


レッドグローブさんという柱を欠いたとはいえ、今もなお世界的な犯罪組織である悪魔の見えざる手が何故マレウス国内に留まっているプリシーラを狙うんだ?


同じ芸能関連なら世界で大人気のスーパースターのサトゥルナリア・ルシエンテスって完全上位互換みたいなのもいるし、狙うならそっち狙えばいいのに。…いやサトゥルナリアは確か魔女の弟子なんだっけ?なら狙わないか、怖いし。


「……分かんねえ、あんまりこういう事を言いたくはないが人攫い屋としての観点から見るならプリシーラは疑似餌みたいなもんだ、触ってもいいことがない」


「疑似餌?あの釣り針につける小魚の人形みたいなのですか?」


「ああ、確かに一見すれば稼ぎになるように見えて…伴う代償はエゲツない。プリシーラを攫えば冒険者協会を敵に回す。今の悪魔の見えざる手に冒険者協会そのものと事を構えるだけの戦力はないからな」


あー、まぁ…そっか。悪魔の見えざる手で最強だったのはレッドグローブさんだ。今はその人がいない上冒険協会に所属してすらいる。そしてそんな冒険者協会ではレッドグローブさんでさえ最強ではない。


マレウス最強の剣士と名高い『一刀鏖災』のヤゴロウや、冒険者協会に於ける現行最強最悪の冒険者と呼ばれる『天禍絶神』のストゥルティなど化け物もゴロゴロいる。協会だってメンツを潰されりゃ黙ってない、総所属人数が数千万にの昇り仮にも世界規模の組織である冒険者協会が本気で悪魔の見えざる手の殲滅にかかれば…奴らは終わりだろう。


確かにいい事ないな、攫ってもそこからどうするんだって話だ、メリットとデメリットが明らかに釣り合ってないじゃないか。


「つまり、悪魔の見えざる手にはプリシーラを攫う事自体にはメリットはない…って事じゃないかな?」


「は?何言ってんだウォルターさん、そういう話してるだろ?」


何故か自慢げに話すウォルターさんに首を傾げる。悪魔の見えざる手にはプリシーラを攫うメリットがない、それは今しがたレッドグローブさんが言った事だろ?何を分かりきった事を…。


「ッ!なるほど!そういう事か!」


「へ?」


しかし、それに反応するのはレッドグローブさんだ、手を打ちウォルターさんの方を向き直り納得したとばかり頷く、ウォルターさんも分かったかい?と頷く、首を傾げてるのは俺達子供組だけだ。


…どゆこと?


「つまりね、ステュクス。悪魔の見えざる手にはメリットがないってだけで別の人間にはある可能性が存在している。つまり奴らは依頼で動いている可能性があるんだ」


「い、依頼!?」


「そしてその依頼主は悪魔の見えざる手にデメリットを遥かに上回る何かを差し出す用意がある…、つまりこの一件には黒幕がいるのさ」


確かにそれなら筋は通るな、しかし黒幕?そんなのが悪魔の見えざる手を裏から操ってるって…なんだなんだ?適当に受けた仕事の筈が思ったよりも大事になってきたぞ?


黒幕という単語を聞いてリオスとクレーもワクワクし始めてるし。


「黒幕が…って、誰なんだ?冒険者協会敵に回す事よりもずっと優先出来る何かを差出せる奴なんてそこらにゃホイホイいないだろ。レッドグローブさん、心当たりは?」


「………ある、というか多分奴しかいない」


「おお、心当たりあるんすね!じゃあ今からソイツぶっ潰しに行きましょうよ!その黒幕が悪魔の見えざる手のデメリットを帳消しにしてるならソイツが消えりゃ後はもう割りに合わない仕事しか残らねえ、そうすりゃ事が起こる前に事件解決、俺達は観客席でジュース飲みながらライブを見るだけで依頼達成じゃんかよ!」


事件ってのは起こらないに越したことはない、なんにもなきならそれでいい。悪魔の見えざる手の戦力は正直バカにならねぇし戦わないんならそれでオッケーだ。なら今からその黒幕ぶっ潰して依頼を取り下げさせればいいんだ。


しかしレッドグローブさんは小さく首を振り。


「ダメだ、ソイツには手が出せない。ってかもし黒幕がアイツなら手を出さない方が正解だ」


「え?そうなんすか?誰なんすかその黒幕って」


「知らない方が幸せだ」


ええ、なにそれ…。


「ともかく黒幕に手を出すってのはナシだ、もし黒幕に手を出そうとしたら俺がお前ら全員ぶん殴ってこの仕事から下げる。分かったな」


「そ、そんなにやばいんすか?」


「死ぬぞ、確実にな」


「ひぇ…じゃあ無しで」


名前を聞くのもアウトってどんなやばい案件なんだこれ。リオスとクレーも『ええー、ラスボス倒さないのー?』と不満げだが我慢してくれ。俺死にたくないんだわ。


「ここは大人しくプリシーラを攫おうとする悪魔の見えざる手を撃退するしかないね」


「またあの怪物達が攻めてくるってわけね…、正直私達じゃ戦力になれそうにないわ」


ウォルターとカリナは正直お手上げといった様子だ。そんなこと言ったら俺もだよ、リオスとクレーも抵抗すら出来ず無力化されてるしはっきり言って事を構えりゃ俺達は秒で全滅だろうな。


悔しいけど、俺じゃあデッドマンには敵わない。


「フッ、安心しろよ。戦力なら既に揃ってる、今プリシーラと一緒に行動してる連中は既にコンクルシオとパナラマで悪魔の見えざる手を撃退しているそうだ」


「え?マジっすか!?スッゲー!」


「ソイツらは既にデッドマンと戦った上で逃げ果せ、幹部補佐達も全滅させてるって話だ。戦力面に関しては問題ねえよ…お前らは裏方にでも回ってればいい」


「そりゃありがたいっすね、いやぁ流石はアイドル冒険者。凄腕が守ってるんですね〜そんな凄腕と一緒に仕事するとか今更ながら恐縮しちゃうなぁ」


あのデッドマンと真っ向から戦って無事に撤退出来てるってのも凄い話だよな、流石は協会肝いりのプロジェクト。それを守る冒険者も凄腕だ、なんせレッドグローブさんに加えそんな強い人達が一緒になって行動するんだから。


俺達みたいな雑魚は端っこに寄って邪魔しないようにしないと。


「なにが恐縮だよ、お前もやりやすい相手だと思うぜ?」


「へ?なんでっすか?」


「今プリシーラを守ってるのはお前の姉貴、ハーメアの血を引くもう一人の人間…エリスだからだよ」


「えっッッ!?!?!?」


ズテーン!とすっ転んで腰抜かす、今なんて言った!?プリシーラ守ってるのが姉貴!?な…なん、なんで…なんで!?!?


「お、おいどうした急に腰抜かして…」


「どどどどどうしようカリナ!ウォルターさん!姉貴がこの街に向かってきてるよ!?」


「嘘!?あの化け物が来るの!?殺されるー!?」


「参ったね、まさかこんな偶然が…!」


「どうしようステュクスー!荷物纏めて逃げる!?逃げよう!」


「あの人…シャレにならないくらい強かったよ、僕と姉ちゃんの二人掛かりでも片手一本で弾かれたし…、お父さんよりも強い人になんか勝ち目ないよ!」


ワタワタと仲間内で騒いで逃げる算段をまとめる。まさか知らずのうちに姉貴と同じ仕事を受けてるなんて思いもしなかった。オマケに今この街に姉貴が向かってきてるって?


偶然!?偶然なのか!?もしかして実は全て計算のうちで俺を殺す大義名分のために仕事を受けてこの街に向かってきてるとかじゃないよな!?それともなんかの計画かー!?何にせよ急いでこの街離れないと…!理想卿チクシュルーブなんかよりも数万倍怖えよ!


「おいおいお前ら何言ってんだ殺されるって、第一エリスはお前の姉貴だろ?まさか姉貴が怖いなんて言わねえよな」


「怖えよ!俺姉貴にアマデトワールで一回ガチで殺されかかってんだよ!次は初手で魔術撃ってくるよ!太刀打ち出来ねえよ!」


「…冗談って感じじゃなさそうだな。…なんでそんなに恐れてんだ、仲良くないのか?」


「俺と姉貴が仲よかった事なんて一度としてない。そもそも…一緒に暮らしてもいなかったんだ。家族と言えるかも怪しい…」


「そうなのか?…でもアイツはハーメアの…」


「……エリスは、ハーメアが奴隷として連れ去られた先で。生まれた子供なんだよ、ハーメアはアジメクで性奴隷にされたんだ」


「なッ!?!?」


ハーメアの奴隷時代に生まれた子、それが俺の姉貴エリスだ。半分血は繋がってないし一緒に暮らしたこともない。こういう言い方したくはないがエリスはハーメアの負の側面から生まれていると言ってもいい。


苦しみ悲しむハーメアから生まれ、彼女の悲哀しか見て育たず、親から愛されず受け入れられる事なく生きたのが俺の姉だ。だからかな…あんなに凶暴になっちまったのは。


「つまり、エリスはハーメアが奴隷になったせいで…生まれたと?」


「ああ、あんまりそういう言い方は好きじゃないけどな」


「……そうか、そうだったのか。つまりエリスこそが…俺の罪の象徴ってわけか」


何やら深く考え込むレッドグローブさん、…本当ならもっと話を聞いてやりたいが…。


「悪いけど…、俺この仕事降りるよ」


「…そんなに姉と会いたくないか?」


「ああ、姉弟仲が悪い…なんてレベルじゃねぇんだ俺達は。俺はエリスから恨まれてさえいる。次顔合わせたら多分次は問答無用だ」


「……そうか」


「でもまぁ強さに関しちゃ保証するよ、あの人の強さはシャレにならない。多分デッドマンよりも強いぜ?あの人」


強さに関しては信頼出来る。あの人の強さは本当にシャレにならない段階にある、噂では帝国軍数百万を相手に一人で立ち回ったとか魔女大国でも手を焼くような世界的な犯罪組織を一人で潰したとか…そういう武勇伝に関しては事欠かない人間だ。


デッドマン達悪魔の見えざる手を真っ向から退けたってのも頷ける。だからこそ…会うわけにはいかない、会えばそのやばい強さの奴が俺を殺しに来るんだから。


「…分かった、変な仕事に誘って悪かったな」


「……うい、すんません。お世話になったのに」


「いやいいさ、…でも。お前にとっては唯一の肉親なんだろ?…いつかはどっかで折り合いつけろよ」


「……出来るなら、そうします」


多分無理だろうけどな、あの人と分かり合えた事なんて一度もないんだから…。


そう軽く挨拶を告げると俺達はそそくさと立ち上がり、逃げるようにみんな揃ってレッドグローブさんから離れていく。この街を離れないと俺達を殺そうとする一団がやってくる、早く逃げて…一刻も早く遠くに行かないと。



「何してんのよステュクス、早く荷物纏めて逃げるわよ」


「……お、おう」


逃げるように歩いている最中、俺は立ち止まって後ろを振り返る。そこにはもう小さくなっているものの…さっきと同じ場所に座り込んでずっと何かを考えているレッドグローブさんが見える。


…何を考えているんだろうあの人は。


いや、そういえば…あの人、俺がハーメアの息子と分かった途端俺に殺せと言ってきたな。それを断ったら俺以外にアテがあるって言ってたな。


…もしかしてあの人。


「早く、行くわよ!もう数日しないうちにエリスが来るのよ!あんた一番怖がってんでしょう!」


「わ、分かってるよ…」


しかしその思考さえカリナにかき消され、俺はカリナに手を引っ張られながら…トボトボと理想街の中を歩くのであった。


これで、よかったのか?………いや、いいわけないよな。




「悪い、カリナ…逃げる前に一ついいかな」




……………………………………………………………………


「これで良かったのかよデッドマン、あの場で殺そうと思えば殺せたろ?俺とムスクルスとお前の三人がかりなら牙の抜けたボスくらい楽勝だったぜ」


「それをおめおめと逃げて、我らの二十年の怨讐はどうなるというのだ」


「……うるさいデスね」


プラキドゥム鉱山地帯の最奥に存在する岩山の城。悪魔の見えざる手の本部…『魔手城』の廊下を歩く三つの影。レッドグローブを前に撤退をしたデッドマン達だ。


彼等はあれからすぐに別のルートを使って本部へと戻ってきていた。久しく顔を合わせたボスと再び別れて…だ。


「でもさぁ、お前…ボス殺すつもりだったんだろ?それとも今更日和ったか?」


「…ロダキーノ、口が過ぎるようなら貴方から殺しますよ」


「へいへい」


さっきからロダキーノとムスクルスはボスを殺せなかった事に対してやや不満げな様子だ。彼等もまた私同様二十年前にボスに捨てられた身…立場を追われ何もかもを失う悔しさを知っている奴らだ。


…ボスの勝手な心代わりに付き合わされたんだ、私同様彼等もボスに恨みを募らせているんだ。だが仕方ないだろ、あれ以上続けていてもいい事はなかった。


「奴に接触したのはそもそもオマケデス。彼に対する復讐はこの仕事を終えてからデス」


「それもそうだな」


「うむ、優先順位を履き違えてはいけないな」


我々の目的は飽くまで依頼の達成。その依頼は我々に巡ってきた二十年ぶりのチャンスなんだ、達成出来ませんでしたはありえない。何が何でも達成しないと…私達には未来がないのだから。


そしてこの依頼を終えたら今度は確実にレッドグローブを殺す。その為の力は蓄えてきた…ぼくを裏切ったあの男を、ぼくを捨てたあの男を、ぼくに全てを与えておきながら全てを奪ったあの男を、殺してやる…殺してやる!!


『えぇーん!おかぁーさーん!』


『ひぐっ、ひぐっ、出してよう』


『お腹すいたよぉ!帰してよぉ!』


「…ああ?」


ふと、廊下を歩いているとガキの泣き喚く声が聞こえる。丁度パナラマから攫ってきたガキどもが檻の中で泣いているんだ、こいつら…よくもまぁ毎日毎日ピィピィ泣けるもんだな。


「クソ喧しいぞガキども!ぶっ殺されたく無けりゃ黙ってろ!!!」


『ヒッ…!』


そんなガキどもを脅すようにステッキで鉄格子を殴りつけ黙らせる。ただでさえイラついてんのにカンに障る声出すんじゃねぇよ…!


ったく!ガキは本当に嫌いだ!大嫌いだ!泣いて助けを乞う事しか出来ない、なんの力も持たず泣き喚く事しか出来ない、そのくせ自分が守ってもらえる存在だと勘違いしてるのもなお腹ただしい。


こいつら全員、不幸せになればいいんだ。


「ふふふ、安心してくださいデス。ここにいるみんな…全員他国に売ってやるデス。一体どんな変態が買うんでしょうねぇ?それとも人体実験場に送られて全員バラバラにされて殺されちゃうかもデスねぇ!」


『ひぐっ…うぅ…!』


鉄格子を掴みガキどもに顔を近づけ笑う、笑ってやる。バーカ!そんな顔してもぜってぇ出してやんねーよ!バーカ!アハハハハ!


「けひひひ!泣きたいデスか?でもざんねぇん。お前ら全員助かりませぇん、みんなみんな苦しみながら死ぬんデス、恨むならこんな地獄に産んだ親を恨むんデスねぇ!あはははははは!!」


『うぅ…あァ…』


「あはははは!落ちろ!地獄に落ちろ!あははははは!」



「ったく、一番ガキなのは誰なんだか」


「品がないですぞデッドマン、第一あんまり苛め抜くと返って商品価値が落ちる。もう取引先は決まってるのだからあまり…」


「うるせぇよカス共!テメェらも勝ち馬に乗りたけりゃ黙ってろよ!ぼくが居なけりゃテメェら全員路頭に迷ってたろうが!拾ってもらった恩を返せよ!ぼくに逆らうな!」


「チッ、わーたっよ」


「ううむ…」


ロダキーノもムスルクスも私を敬わない、ラスクもチクルもそうだ。レッドグローブの事は兄貴分や親分として慕ってた癖に…なんで私がボスになったらそんな目で見るんだ。今のボスが誰なのか分からないのか…!


「…やはり何とかしてレッドグローブ殿にボスの座に戻ってもらえないだろうか」


「それが一番いいんだがなぁ…、ボスん下で働いてる時が一番やりやすかった」


「お前ら…!!ぼくよりもあんな裏切り者の方を選ぶのかよ…!」


なんでだよ、なんでだよ!なんでなんだよ!!レッドグローブもみんなも親もなんでぼくを捨てるんだよ!ぼくが何か悪いことしたか!?


なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!分からない!分からない!分からない!…ボスは…ぼくに教えてくれなかった…!


「この、そんなにぼくの下が嫌なら今からでも…!」


「おーい、化けの皮…剥がれてるぞ、ボス〜」


「お仕事ご苦労様〜、何を喧嘩してるのかしら?私の舞でも見る?」


「あ?…チクル?ラスク?」


ふと、ガムを膨らませる青年が廊下の奥から現れる。チクルだ…それともう一人…ラスクもいる。二人は荒れ狂うぼくを見てペシリと頭を叩いて落ち着かせる。


…化けの皮、そうだ。昔アイツに言われたんだ…『お前は口調が幼過ぎる。立派な幹部として見られるためにも口調だけでも大人っぽくしろ』って…。


「おほん、すみませんデス。ちょっと荒れすぎましたです、ごめんなさいデス二人とも」


「お、おう…」


「いや我らも申し訳なかった、今は仲違いしている場合ではなかった」


そうだ、落ち着け落ち着け。今私は大きな仕事を目の前にしている、大きな仕事ほど一人では達成出来ない、みんなの助けがいるデスよ。うん…うん…。


「それで?久々のボスとの再会はどうだった?」


「はい、やはりボスは昔から衰えていたデス。牙は抜け爪は丸くなりまるでぬいぐるみの獅子のようでした。あれなら敵じゃないデス」


「ってことは、次のライブで一番の障害はエリス達…ってことか?」


エリス…コンクルシオで戦ったあいつか。確かにアイツは強かった、あれと同レベルのが後七人もいて、そこにさらにレッドグローブも加わるとなると少々厄介だ…だが。


「いえ、障害にはなりえませんデス。…奴等はそもそもこの事態の裏側まで察知していない」


「ああ、…確かに。アレに気がつかない限り…止めようがないね」


「そうデスそうデス、バカな話デスよ…我々が真正面から攻めると思い込んでいる」


そもそもこの誘拐の全容を把握していない限りプリシーラを守り抜くのは不可能だ。本当はコンクルシオの時点で決まる予定だったのだが色々と計算違いが発生していたましたが。


それももう問題ないところまで来ている。エリス達は精々見えない我らを警戒していればいい。


くふ、クフフフ…悪魔の手は、いつだって見えないところで這い回っているのだからね。


精々吠え面かきなさい、エリス…そしてレッドグローブ。


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