373.魔女の弟子と親の因果が子に報い
俺は野次馬から飛び込んで来たカリナに詳しく話を聞いた、すると。
アレから俺と別れた後、ホテルに向かおうとレストランを飛び出した瞬間…、何者かがリオスとクレーを抱き上げ連れ攫ったと言うのだ。
まぁ普通に考えて誘拐、そんな誘拐犯くらいなんとかしてやろうと挑みかかったがこれが中々にやるらしくカリナの魔術を回避し追撃を振り払い逃げ去ってしまったという。
ウォルターさんはその誘拐犯を追跡し、カリナはこの街の衛兵に通報し俺を探していたらしい。俺がこの場で大手柄を挙げたとの噂話を聞いたおかげで俺を見つけられたようだ。
「ごめんっ…私っ…二人を守れっ…なかった!」
「…いや、俺も迂闊に離れて悪かった…」
泣きながら路上で蹲るカリナの背中を撫でる。俺が側にいれば…いや俺が側にいてもなんとかなったか危ういぞ。
だって攫われたのはリオスとクレーだぞ、あの二人がなんの抵抗もできず攫われちまうようなヤツを俺がなんとかできるのか?…いや、そこじゃねぇな。
「直ぐに助けに行こう!」
「うんっ…でもあいつ、メチャクチャ強くて…」
「そりゃあそうだ、犯人は恐らく世界最大の誘拐組織『悪魔の見えざる手』だろうからな」
「え?知ってるんですかレッドグローブさん」
ふと、レッドグローブさんが苦々しくその名を呼ぶ。悪魔の見えざる手…そういや昔聞いたことがある。マレウス中に留まらず世界中で人を攫って売り捌いてる最悪の人攫い屋だと、そんなのにリオスとクレーが攫われたって?なんだってそんな。
「こう言う人の多い街ってのは連中にとって最高の仕事場所だ、木を隠すなら森の中 人を隠すなら…ってヤツさ」
「つまり、奴等はこの人の群れの中に潜んで…人攫いをしてると?」
「ああ、恐らく子供だから狙われたんだ。ガキはよく売れるからな」
いやな話だ、凄まじく嫌な話だ。俺の母も昔奴隷だったんだぜ?その時の話をする母さんは本当に辛そうだったし…。
何より、姉貴も奴隷だった。今でこそあんなクソ姉貴なんて!と思いはすれど昔はそれを助けようとしていたからな…そこについては可哀想だと思ってる。あの人があんなに攻撃的な人間になってしまったのは、もしかしたらその時の影響もあるのかもしれないしな。
…もしかしたら、リオスとクレーも同じ目に遭わされるかもしれない。そう思えばみるみるうちに背筋が冷たくなり。
「た、助けないと!直ぐに!」
「でも…何処に行ったかなんて、まるで分からない…」
「弱気になるな!この街の衛兵には話をしてあるんだよな、なら直ぐに見つけられる。俺達も一緒に街中をひっくり返す勢いで探せば…」
「その必要はねえ、奴等の行った場所なら知ってる…案内してやる」
「は?」
またレッドグローブさんだ、この人…さっきから異様に悪魔の見えざる手に詳しくないか?なんで人攫い屋が行った場所に心当たりなんかあるんだ?…普通知らねえだろそんなもん。
「なんで、そんな事知ってるんですか」
「……今はいいだろ、それより早くしろ。モタモタしてると手遅れになる!」
「っ、分かりました!カリナ!行くぞ!」
「う、うん!」
人混みを掻き分け再び走り出すレッドグローブさんによって真っ二つにされる大通りの人の海。その間を追従するように俺達もまた走り出し彼の案内についていく。まぁなんで知ってるかとか諸々気になるところではあるが…。
「ありがとうございます!レッドグローブさん!助けるの手伝ってくれるんですよね!」
「…悪魔の見えざる手は俺達がこれから受ける依頼で相手にする組織だ」
「へ?」
「プリシーラの事を狙ってるのも悪魔の見えざる手なんだよ、もしかしたら奴等がここにいるのもプリシーラ狙いかもしれねえ」
「ってことはここで先んじてぶっ叩いておけば…」
「ああ、後の依頼も楽になる。丁度いいってだけさ!」
なるほど!流石だぜレッドグローブさん!
……ん?そういやさっき酒場で言ってたな。プリシーラを狙う組織とも因縁があるって。
レッドグローブさんは悪魔の見えざる手と因縁があるって事か?普通に生きてればそんな所と因縁なんか生まれない…が、今はどうでもヨシ!それよりリオスとクレーだ!
「こっちだ!連中の本部はプラキドゥム鉱山地帯にあるんだ」
「プラキドゥム鉱山地帯って…あの向こうの方に見えてる馬鹿でかい岩山っすか?」
理想街チクシュルーブの西方には天を突くような馬鹿でかい岩山がある。禿げ上がってて木の一本も生えてない岩山だ。ソイツから取れる鉱物資源は凄まじくチクシュルーブがこの場に街を作ったのもあの山の資源狙いだって話だしな。
しかし、だとしたら遠くね?
「ああそうだ、…理想街には二つの顔がある。一つはここを訪れた人間から金を巻き上げる娯楽街としての顔、そしてもう一つが…」
そう言いながらレッドグローブさんが足を止めるのは、人っ子一人いやしない薄汚い路地裏だ、俺たち三人が一列にならないと通れないくらい小さな隙間とも言えるような通路を渡り、ろくすっぽ掃除されてないだろう黒ずみだらけの湿気た路地の奥だ。
その奥に置かれた、奇怪な階段。右側のカジノと左側の娼館…その間にポツンと口を開ける下に続く階段だ。なんだこれ…。
「武器製造工場としての顔…この階段は理想街チクシュルーブの地下に作られた広大な武器工場に繋がってんだ」
「え?地下に!?」
「元々この地には大きな窪地があったんだ、それを埋め立てるように上に街を作って下のスペースには工場を作った。理想卿の奴…まるでどっかで手本を見ていたかのように鮮やかに地下空間を作り上げやがったんだ」
ってことはこの下空洞かよ。その上に街作るって…なんかあったら崩落しないか?大丈夫なのかな。
「でもなんでここに来たんすか?」
「この工場は資源の効率的な運搬を行うために、プラキドゥム鉱山に直接繋がるトンネルがあるのさ。ソイツをこっそり使えば…」
「アジトまで直行出来る!?」
「そうだ、お前らも今後冒険者としてやってくなら街の裏の構造までキチンと把握しとけよ。いざって時に使えるからな」
行くぞ というなりレッドグローブさんは階段を降り、その先にある鉄の扉を開こうとドアノブに手をかけ…、鍵がかかっていることを確認したのも束の間、一瞬でドアノブを破壊して無理矢理扉をこじ開ける。
「ちょっ!?レッドグローブさん!?いいんすか勝手に工場に入って、あの女に難癖つけられるんじゃ…」」
「この中に賊が入ったから追いかけた、それを咎めたりはしねえよ。さっきも言ったがあの女はメンツを気にする。自分が手塩にかけて作り出した大工場をこっそり賊に使われたならそっちの方にキレるさ」
「確かに…そうなのかな?」
「ねぇステュクス、あの女って誰のこと?」
「後で説明するよ、それより急ごう。レッドグローブさんの話がマジなら…アジトに連れ込まれてからじゃ救出は困難だ」
この工場から直通するトンネル。資源の鉱山資源を効率よく運搬する目的で作られているなら当然トロッコだのなんだのも置いてあるだろう、もしそれに乗って誘拐犯がプラキドゥム鉱山まで行っちまったら…追いつくのはほぼほぼ不可能。
その前になんとかして捕まえないと。
「そんじゃあ行くぜ、付いてきな」
「はい、…しかしまた工場か」
鉄の扉を開け階段を下れば、ついこの間まで聞いてた聞き馴染みのある機械音が聞こえてくる。ゴウンゴウンと音を立てて歯車が回る音や油の匂い…この間まで工場の警備兵やってたのがずいぶん昔のように感じるな。
おまけに、工場を退職した時も今回と同じようにリオスとクレーを助けに行ったのがきっかけだった。そしてまた俺は工場の中に二人を助けに行っている。
何かの縁なのか、はたまた嫌な偶然なのか…そんな風に適当な事を考えていると、階段はすぐに終わり、理想街チクシュルーブの地下に広がる工場の姿が見えてきて…って。
おいおい、なんだこりゃ。
「でっ…けぇ……」
目の前に広がっている工場の全容。とてもじゃないがヘリカル製鉄所なんかとは比べものにもならない。広大なそりゃあそうだ…この街はそもそも製鉄街ヘリカルよりもでかい、そしてヘリカルとは異なり地下に丸々工場を持ってるんだ、規模だって桁外れ。
街一つ工場にしてるようなものだ、ここで…武器を製造してるって?どんだけ大量の武器が出来上がるんだよ、マレウスはこれからどっかと戦争でもすんのか?
「ここで働かされてるのは、多重債務で首が回らなくなったクズや、地上で経営が立ち行かなくなった商人達だ」
見れば工場内部には凄まじい数の人間が存在しており、それらが全員同じ制服を着させられ死んだ目で機械を動かしたり手作業で武器を組み立てたりしている。まるでこりゃ…全員奴隷じゃねぇか。
…やはりそうだったんだ。理想卿は何も善意で金を貸してるわけじゃないんだ。楽園の如き様相で人を誘い至上の娯楽で人の感覚を麻痺させ大量に金を貸し与え夢を見せ。
そして債務で現実に引き戻す。当然ながら麻痺した感覚で使った大量の金を…返す宛が誰にでもあるわけじゃない。楽園で遊んだ人間の殆どはこちらに送られ二度と上へは戻れない。
娯楽と金という名の蜜で誘って食らう…まるで食虫植物みたいな街だ。
(ティンダーも…本当ならここに送られる予定だったのかな)
それを嫌がってとんでもないことやらかした結果、もっと酷い場所に送られることになっちまったわけだが。
「嘘でしょ、この街の裏側にこんなものが…」
「言っとくが外でこの事話したら速攻で地下行き、或いは理想卿の私室行きだ、絶対喋るなよ」
「私達今とんでもないことに巻き込まれてるんじゃない?」
この街に来た時点で薄々感じちゃいたが理想卿チクシュルーブ…マジで何者なんだ、あんな悪魔みたいな奴が今この国で幅利かせてるって、大丈夫なのかよ。
「見つかったらコトだ、人目を避けて行くぞ」
「う、はい…ん?」
ふと、機材と機材の間を通って進むレッドグローブさんに付いていこうとすると。うち一つの機材が目に入る。あれは…金属を加工する機械か?
しかし随分見たことあるデザインだな、ってかこれヘリカル製鉄所に置かれてたやつと同じじゃね?半年も勤めてたから流石に見間違えないよ。
でもヘリカル製鉄所に置かれてる機械は全部デルセクト製…なんで国交断絶してる筈のマレウスに魔女大国製の機械が。
いやそれだけじゃない、あっちには帝国製の魔力機構もある。この工場の殆どの機材が魔女大国製だ。
「なんなんだこれ、どう言う事なんだ…」
なんでマレウスに、こんなに大量の魔女大国製の品が…。
「おいステュクス、何ぼけっとしてんだ。間に合わなくなるぞ」
「あ、はい!」
いや今はそんな事どうでもいいか。全部終わったらどうせサイディリアルに行くんだ。そこで国王に…あいつに聞いてみればいい。あいつが知らないなら…今度こそレナトゥスを問い詰める。やっぱりあいつは信用出来ない。
…………………………………………………………
それから俺たちは工場の地図を見つけ、そこからプラキドゥム鉱山行きのトンネルがある区画を目指し進んだ。どうやらこの工場多重式の構造になっているらしく、複数の階層があるようだ。
一番上は整形されたパーツを整える区画、次が鉄材を加工しパーツを作る区画、次が鉄材を溶かし使えるようにする区画、次が鉄鉱石を鉄材をに変える区画…と、それぞれの階層に数千人規模の人間がおり、中には居住区画もあるようで中に入れられた人間はマジで外に出られないようになっているようだ。
そして、俺たちが目指したのが一番下…鉄鉱石を搬入する区画だ。そこには岩から鉄鉱石を取り出す機械や、岩を粉砕する機械などが大量に置かれており、まだ岩に包まれた鉄鉱石が山積みになって放置されていた。
当然だが下に行けば行くほど空気は悪く、布を口元に巻いていないとロクに呼吸も出来やしない。そんな地獄みたいな空間の最奥…、人気のない巨大な入り口の前にたどり着いた俺たちは、人影を見つける。
「あれは…」
複数置かれたトロッコ、そのうちの一つに詰め込まれているのは岩石ではなく、人間…否、子供…リオスとクレーだった。
「リオス!クレー!」
体を麻縄で雁字搦めに巻き取られトロッコに乗せられているのはリオスとクレーで間違いない、ただ二人とも気を失っているのかぐったりした様子で動く様子がない。
もう既にトロッコに乗せられている、まずい。直ぐにでも助けに行かないと…。
「もうここまで来たデスか、早くデスね」
「ッ!?」
刹那、ステッキが地面を叩く音がする。コツコツと闇の中から足音がする。まるで紳士が優雅にエントランスを歩くように…トンネルの奥から張り付いた笑みを浮かべた男がやって来て、リオスとクレーの乗ったトロッコに腕をかける。
「ステュクス!アイツよ!アイツがリオスとクレーを攫ったの!」
「アイツが?」
「そーデス私デス、もう聞いてますか?私悪魔の見えざる手の纏め役…名を親指のデッドマン。以後よろしく」
デッドマンと名乗る男は帽子を軽く上げて挨拶をする、こんな状況じゃなけりゃ緊張しちまうくらい優雅な所作だ。…けど、アイツが悪魔の見えざる手ってんならまた話は別。
しかも世界を股にかける誘拐組織の大元が、態々その手でリオスとクレーを攫ったんだ。別の意味で緊張しちまうよ。
「テメェ、やっぱり悪魔の見えざる手か!よくもリオスとクレーを攫いやがったなこのヤロー!!」
「おお、勘違いしないでくださいデス、私は何もお金を稼ぐつもりでこの子達を攫ったわけじゃありませんデス。まぁどの道売り捌くつもりではありますですが…今回の目的はそこじゃあないデス」
「はぁ?じゃあなんの言い分があって…」
「そこの男が、話していたからデス。故に攫いました…この子達を誘拐すればきっと。追ってくると信じてましたから、ねぇ?レッドグローブ?」
「……デッドマン」
「案の定ホイホイやって来てくれてありがたかったデスよ、…それに面白いのも連れてね」
は?なに人の顔見て面白いとか吐かしてんだあの野郎、失礼だろ。ってか…目的がレッドグローブさんだが?それを誘き寄せるためにリオスとクレーを攫って…あ!だからレストランを出たタイミングなのか!
恐らく連中、ずっとレッドグローブさんを見張ってたんだ。この人をここに誘き寄せる理由を作るため誘拐する人間を探していた…しかしこの人は今回単独行動を貫いていた。唯一一緒に行動してたのはマンチニール大臣。流石に大臣を誘拐するわけには行かないところで現れたのが俺達。
連中にとっては都合が良かったろう、単独行動していたレッドグローブがいきなり同行者を作った上でその側を離れたんだから。故に即座に行動を開始しレストランにいたリオスとクレーを誘拐した…ってところか。
「俺が目的なら、その子達を解放してやってくれ。そいつらは何にも関係ないんだ」
「貴方がそうやって頼み込む時点で無関係ってことは無いんデス。例えば私が…ここでこのトロッコを動かせば、それだけで貴方に不利益になる。それで十分なんデスよ」
そう言いながらデッドマンと名乗った男はトロッコの側に聳えるレバーに手をかける、あれを押されたらトロッコが発進するのか?じゃあそんなもんリオスとクレーの喉元に刃を突き立てられているのと同じじゃねぇか!
「やめろや馬鹿野郎!その二人に手を出してみろ!地獄に落とすぞ!」
「はっ、オマケは黙っててくださいデス。貴方はこの場では傍観者…貴方みたいな雑魚に用はないんデスから」
「ンだとこの野郎…!」
「ステュクス…、こいつマジで強いよ。ウォルターさんも私も手も足も出なかったの…」
カリナとウォルターが二人がかりで傷一つつけられない…か。ってなると俺の手に負えるかも怪しい。そもそも世界的な誘拐組織のドンだろ?弱いわけがねぇ、確実に大物…俺より格上。
そんな大物にイニシアチブを取られている、この状況は楽観できねぇか。
「それよりレッドグローブ、どういう風の吹き回しで?子供達を解放しろ?それ…貴方かー言えた口ですか?」
「…………」
「それに、そんな子供まで連れて…もしやまだ贖罪だなんだと言うつもりですか?」
「違う…ステュクスは関係ない」
「関係ないことはないでしょう、貴方がその子を連れているのは…あの旅役者に顔がそっくりだから。それを側に置くことで自身の罪に灯を当ててるつもりデスか?プッ!あはは!案外女々しいことするんデスねぇ!」
「そんなんじゃねぇ…!」
「……旅役者?」
ちょっと待てよ、なんだそれ。なんの話してんだ?ってかレッドグローブさんもデッドマンもなに親しげに話してんだ、そんな昔馴染みみたいに話してんだ。
傍観者にも分かるように説明してくれよ、俺今…ちょっと嫌な想像しちまってるんだ。誰か否定してくれ、この妄想を。
「フッ…そこの混乱してる冒険者君にいいこと教えてあげるデス」
「……やめろ」
「この男、レッドグローブは今でこそ冒険者なんて真っ当な職についてはいますが…その前、それ以前の彼は…!」
「やめろ!」
何やら言い合っている、何やら知っている様子だ、そしてそれをレッドグローブさんは口に出されたくないのか珍しく激昂しデッドマンの口を塞ごうと殴りかかるが。
トンネルの闇から飛んできた二つの影に道を阻まれ歩みを止める…。
「っ!お前ら…」
「ムフフフ、デッドマンがここにおびき寄せた時点…彼が一人な訳がないでしょう」
「よう、久しぶりだな。俺の事覚えてるかい?」
「ムスクルス…ロダキーノ…!」
現れたのは筋肉ムキムキのつるっ禿げの巨漢…ムスクルス、桃色の鎧を身に纏うナイスミドル…ロダキーノ、そう呼ばれる二人がデッドマンを守るように立ちふさがる。状況から見てこいつらも悪魔の見えざる手か?
チッ、こいつらもバカ強えじゃねぇか!ヤベェ…俺足手まといかも。
「ムハハハ、何をそんな他人行儀な…久しく会えたのです、もっと熱き抱擁を交わしませんかな?」
「そうだぜ、折角二十年ぶりの再会なんだ…楽しくいこうや、ボス…」
「違う、俺はもうお前らのボスじゃねぇ…!俺は人攫いの稼業から足洗ったんだ!」
…ボス?人攫いの稼業?足を洗った?
目の前で繰り広げられるやりとりに、思わず頭を抱える…何言ってるんだ、そりゃあまるで…。
「彼は私達のボスだった男デス。その名を『魔手のレッドグローブ』…我等五本の指を操る血染めの手こそが彼デスよ」
「は?何言って…」
「鈍い奴デスねえ、その男は元悪魔の見えざる手の頭領!我々を裏切り離反し冒険者になっただけの元人攫い屋!何千何万という人間の人生をぶち壊した悪魔そのものなんデスよ!」
「なっ…」
レッドグローブさんが、元人攫い屋?元々こいつらの仲間?…そりゃあ嘘だ、見え透いた嘘、俺を揺さぶろうと仕掛けてきた相手の心理攻撃だ。
だってそうだろ、レッドグローブさんは多くの人を助け 多くの人を守り 多くの人に慕われる男の中の男…そんな人が、そんな人が…!
「レッドグローブさんがそんな事するわけねぇだろ!」
「っ……!」
「あははははは!そうそれ!その言葉が欲しかったから態々ギャラリーにネタバラシしたんデスよぉ!『あのレッドグローブさんが人攫いなんてするわけないヨォ!』だってさ…でぇ?実際のところどうなんデスか?私達に人攫いの技術を叩き込み悪魔の見えざる手を世界最大の人攫いコミニティに育て上げた我等がボスのレッドグローブさん?」
「…………ッ!」
否定しない…というよりは、出来ない。レッドグローブさんは苦々しく顔を背けたまま拳を握りしめている。見つめたくない過去をひけらかされて…直面させられて。
つまりそういう事なんだな、今のは真実だってんだな。
人を攫って、奴隷にして、人生ぶっ壊すことの重大さってのはシャレにならねえもんだ。うちの母さんもそれで夢を潰されて…口にするのも悍ましい体験をすることとなった。それをアンタはやってたんだな、人を率いて…市場作って、私服肥やしてたんだな。
「けど貴方は我々を裏切りました、お陰で私達は柱を失い…マレフィカルム内部での求心力を失い、呆気なく築き上げた立場を失い賊同然の立場に逆戻り…全部ボスである貴方が我々を見捨てたからですよ」
「言ったろう、俺はもう…これ以上人様に迷惑かける生き方はしたくないんだよ」
「これ以上!?貴方がやったことは消えない!今更罪の意識に押し潰されて逃げ出すなんて狂っているとしか言いようがない!悪人は悪人らしく、悪党は悪党らしく!悪魔の手を伸ばし全てを掻っ攫う!それは貴方が私に教えた事デス!」
「…確かにそう言った、けどそん時の俺は…途方も無いバカだったんだ。気付かされた…あの女に、俺がどれだけ罪深く愚かだったのかを!」
「やはり…あの女に毒されてたんデスね。バカバカしい…、それで改心して今は冒険者としてみんなヒーローやってます!ってぇ?人を救って感謝されて罪滅ぼしデスか!ホントバカバカしい!」
「だが…俺は!」
「貴方は犯罪者なんデスよ!薄汚れた犯罪者!それが一人だけ逃げ出して真っ当な人間面して讃えられてるなんて反吐が出る!いい加減認めろ!お前がやってることはただの……」
「くっっだらねぇんだよっっ!!!」
「は?」
自然と口を割った言葉が、トンネルの中を木霊する。怒りと呆れで我慢出来なくなった言葉が爆発して轟き鳴り響く。ここの職員に聞かれてないかだけが不安だが…今はそれより。
「くだらねぇ事言ってんじゃねぇぞ!」
「はぁ?…あーあ、もしかして混乱してるデスか?一緒にいたレッドグローブが極悪極まりない元犯罪者だった事に。そりゃあ幻滅もしますデスよねぇ、みんなから慕われるレッドグローブがまさかクズの中のクズだったなんて…」
「ンな事どうだっていいんだよ!テメェはそんなクソくだらねぇ言い合いする為にリオスとクレーを攫ったのか?俺達巻き込んだのか?こんなところまで態々呼んでやる事が卑しい老婆みたいな詰り文句聞かせるだけか!?バカじゃねぇのか!他所でやれ!人巻き込むな!」
「…はぁ、じゃあもう帰っていいデスよ、貴方にはもう欲しい言葉を貰えたので」
「帰るわけねえだろうが、大体なんだ?お前ら…レッドグローブさんの事をクズだの犯罪者だの、極悪だの薄汚れてるだの!それでもこの人は…足洗ったんだろ!その時点で現役クソ野郎のテメェらより百倍マシだ!罵られる謂れはねぇ!」
「ッ…!ステュクス…!」
「なにも知らないくせをして…偉そうに!」
「テメェこそレッドグローブさんのなにを知ってんだ!この人がどんだけ優しいか、どんだけ慕われてるか知ってんのか!?この人はな…本気なんだよ!本気で罪償ってんだよ!」
「本気で?罪から逃げてる奴がなにを…」
「罪から逃げてる奴がここに来るかよ!この人は…お前らとの因縁にケリつける為に部下も連れずただ一人でここに来たんだ。全部…全部終わらせる為にな!キーキーキャーキャー喚くだけのお前と違ってこの人は本物の男だよ!」
聞き捨てならなかった、レッドグローブさんは本気だったから。この人は本気で罪を償おうとしていた。それなのにそれを無視して喚き散らすデッドマンの勝手な言い分に我慢がならなかった。
本気でやってる男の邪魔をするんじゃない、罪と向き合い苦しむ男を開き直って悪を成すクズが罵倒するんじゃない。
「ステュクス…お前」
「レッドグローブさん!確かにあんたはやっちゃあいけない事をやった!それは決して無かったことにならねぇ!けど…同時にあんたが救ってきた全てもなかったことにはならないんだ!胸張れよ!あんたが救った全てに!あんたは胸を張ってろ!」
「…………」
「あーあーあーあ、君…案外面倒な奴デスね。ムカつく顔してますし」
「お前にゃ負けるよ…!」
するとデッドマンは苛立った様子で、目の前のレバーに手をかける…、リオスとクレーが乗ったトロッコを動かすレバーをだ。それに咄嗟に剣を引き抜き。
「お前、分かってんだろうな。それを動かしたらテメェ斬り殺すぞ」
「君に出来ますデスか?見たところ覚醒も使えない雑魚みたいデスし、そんな雑魚が私に偉そうな口を聞いたらどうなるか教えてやりますよ…!」
笑う、悪魔の笑みを浮かべるデッドマンは静かに、そして確かにレバーを掴む手に力を入れて…、今リオスとクレーを闇の向こうへ連れ去る最後の一線を超えて…。
「ステュクスっっ!!」
「なっ!?ガッ!?」
刹那、突如側面から飛んできた拳大の鉄鉱石がデッドマンの側頭部を打ちバランスを崩す。
カリナだ、山積みになった鉄鉱石の影にいつの間にやら移動していたカリナが影から投石を行なったのだ。まさか魔術師のカリナが詠唱もなく飛び道具を使ってくるとはデッドマンも思っていなかったのか。無防備にそれを喰らい額から血を流す。
「ぐっ!?いつの間に…!このクソアマぁ!ぶっ殺して…」
「させねぇぇっっ!!」
「なっ!?」
その時俺はなにをしてたかって?そんなもん動き出してたに決まってる。カリナの声が聞こえた瞬間全力でデッドマンに飛びかかっていたんだ。
さっきの声音は俺に援護を求める時の声だ。いつもカリナと仕事してんだ聞き間違えるわけがない、だから俺はその声が聞こえた瞬間動き出していた…そうすれば当然、バランスを崩したデッドマンに先手を取る形になり。
俺の鋭い蹴りがデッドマンを弾き飛ばしレバーから引き剥がすことに成功する。
「ぐぅっ!この…雑魚のくせに!」
「バーカ、雑魚は雑魚なりに考えて戦うんだよ!」
「チッ!殺してやる…!」
「やってみろや!」
剣を構え突っ込んでくるデッドマンを相手に迎え撃つ姿勢をとる。本当なら即座にリオスとクレーを助け出して速攻トンズラかましたいところだが…。
「フッ!」
「ぐっ!」
振るわれるデッドマンのステッキ。強固な魔力を纏い硬質化したそれを剣で受け止め悟る。こりゃ助けに行く暇なんかありゃしねぇ…!
「ホラホラどうしましたか!口だけデスか?頭使うんじゃないんデスか?一撃入れていい気になるなんてやはり雑魚デスねぇ!」
「チッ、クソっ!」
右、左、突き、下、上、また右、袈裟、振るわれるデッドマンのステッキを弾くので精一杯だ。寧ろ防げてるかも怪しい、一撃受けるとそのあまりの重さに体が根底から揺らされる。
バカ強え。動きも速いし読みも的確、隙を逃さずまるで指摘するように着実に俺の粗を突いてくる猛攻。なんで人攫いなんかやってんだこいつ、剣を持ってそこらの国に赴けば士官も一発だろうに。
「仰々しい剣だけ持って、威勢だけデスか!?」
「グッ!?」
スパンと鋭い音を立てて太ももと肩口に殆ど同時に衝撃が走る、目視で確認出来ない程の鋭さで空を裂くステッキ。いや杖術か…!
ヴェルト師匠から聞いたことがある。元々ステッキを持ち歩く紳士の為に練り上げられた護身術から派生した武術であるが故に、その動きは完全に対個人に徹底していると。剣術は良くも悪くも戦場での術理…対するコイツは目の前の相手を無力化させるのに特化した術理。
しかもコイツの杖術は俺の目から見ても明らかに『極められている』。一朝一夕で手に入れようと思って手に入られるものでもない。悔しいが…使い手として完全に上回られている。
「ステュクス!」
「おぉっと、行かせませんぞボス。折角なので我等の相手を頼めますかな?」
「俺はアンタを潰して伝説になる、その日をずっと待ちわびてたんだ。今更お預けなんて悲しいこと言うなよっ!」
「チッ!」
レッドグローブさんの方も俺を助けようと動いてくれていたが、それも即座にムスクルスとロダキーノに阻止される。あいつら二人とも協会トップクラスの実力を持つはずのレッドグローブさんを相手にして一歩も引いてねえ。
援護は期待できねえか!
「ほら、どうしたデスか?雑魚」
「この…雑魚雑魚ウッセェよ!!」
「ははは、当たりませんデスよそんな剣」
痛み堪え、剣を振り回し逆に攻勢に打って出るが。即座に身を引きまるで地面の上を滑るかのように滑らかに体を動かすデッドマンには当たる気配さえない。ここまで俺の剣が通じなかったのなんて初めて…いや最近そんな場面があったな。
「逃げんじゃねぇよ!臆病者!」
「浅い挑発デスねぇ!」
振り下ろした剣を側面から叩き俺の態勢を崩すと共に鋭い一撃が再び俺に飛んでくる。ただ棒で叩かれてるだけなのに鮮血が舞う。ってか威力もシャレにならねえな!
…コイツのステッキは自分の魔力を帯びさせることにより常に魔力防壁を纏わせ強度を上げているんだ。鋼鉄よりも硬い防壁がステッキの軽さから生み出される神速を伴って飛んでくる。
木製のステッキで鉄製の剣を弾いているのも魔力防壁のお陰だ…けど。
…魔力なら!
「私に逆らった事を後悔しながら死になさい!」
「っ!『喰らえ』!」
「は!?」
魔力ならば、星魔剣の餌だ。俺にとどめを刺そうと突きを放ったデッドマンの動きに合わせ起動させる星魔剣の力。目の前の魔力を吸収して無効化する異能。それによりデッドマンの魔力防壁はベリベリと剥がれ失い。
代わりに星魔剣に光が灯る。よしきた!
「返すぜ!『魔衝斬』っ!」
「ぅぐぅっ!!」
吸い込んだ魔力を刃先で爆発させながらの切り返し、魔力を抜き取られ混乱するデッドマンの胸先でそいつをぶちかましその体を大きく吹き飛ばす。
確かに俺自体はなんの変哲も無いただの剣士でしかない。そこだけを見れば達人のデッドマンには到底及ばない…が、剣は別だ、悪いがコイツはあのアド・アストラが作り上げた超兵器なのよ!
「ぐぅっ!?防壁を貫通した?いや剥ぎ取られた?なんだその剣…!」
どんな達人でも魔力防壁が無けりゃその防御力なんてたかが知れてる。デッドマンは焦げて吹き飛んだ胸元の服を見て顔を歪める。
そりゃそうだろ、あんだけ雑魚雑魚言っときながらそのザマだしなぁ!
「やーい!ザーコ!ザーコザーコ!雑魚に負けた大雑魚〜!寧ろ稚魚だろお前〜!」
「コイツ…!」
「バカステュクス!煽るんじゃ無いわよ!」
「へんっ!これは今まで散々言われた個人的な仕返しだい。…んでもってこっからは怖い思いさせられたリオスとクレーの分だ、覚悟しやがれ…!」
魔力防壁をメインに戦うなら星魔剣との相性はいい、こっちもスイッチ入ってきたところだ。やるならとことんまでやろうやデッドマン、テメェのムカつく面に靴跡つけてやっからな。
「ふん、そうかい…やはり君も只者では無いという事デスね、ならこちらも本気を出してあげましょう」
「ハッ、本気を出すとか今まで手を抜いてましたとか。言っとくが格好ついてねぇぜ?出すべき力も見極められない奴なんかに負けるかよ」
「なんとでも言いなさい…『デッドマンズハンド』」
「あ?」
するとデッドマンは刺青だらけの右手を差し出すと共にまるでタネも仕掛けもありませんと言いたげに見せつけると…開いた手の小指をゆっくりと折りたたみ。
「『一指・死神の狩り鎌』」
詠唱じゃ無い、そんな魔術の詠唱なんかない。少なくとも俺の知る現代魔術とは毛色の違うそれを耳にして一瞬首を傾げそうになる。何をするつもりなんだってな。
しかしそれは直ぐに現象となって現れる。ヌルリとデッドマンの影が起き上がり大鎌を持ったフードの…それこそ死神のようなそれが出現し俺に敵意を向けてきたのだ。
「は?え!?え!?」
「死ね、雑魚!」
襲いかかる死神、これ魔術か?死神を生み出す魔術?…ってか。
(まだ星魔剣の力に気がついてないのか?)
この死神が魔術だとするなら、そんなもん格好の餌だぜ…?デッドマンはまだ星魔剣の力の正体に気がついていないのか。ならチャンスだ、今こそ仕掛けるべきだ。
そんな考えに突き動かされ俺は大きく振り下ろされる死神の鎌を横っ跳びに回避しながらその胴目掛け剣を振るう。
「『喰らえ!』」
すれ違いざまに叩き込まれた刃は死神を黒い煙としてスルスルとその中に吸い込み魔力に再変換する。このままカウンターとしてもう一回魔衝斬を叩き込んで…。
ん?あれ?
(デッドマンがいない?)
ふと、気がつく。デッドマンの姿がどこにもない事に…さっきまで死神の後ろに立っていたのに、今はどこにも…。
「いい物見せてもらいましたデス」
「ッなぁっ!?」
ヌルリと死神の黒い靄の中から顔を出すデッドマンはクスクスと笑いながら俺の耳たぶを舐める。やられた…ブラフかこれ!コイツやっぱり星魔剣の力に気がついていたんだ。その上で…俺が魔術を積極的に取り込みに行くと踏んでブラフを!
「貴方のその剣、魔術を吸っている間は他の魔力は吸い取れませんデスね」
「え!?」
そうなの!?と思い見てみればいつのまにか魔力防壁を纏ったステッキが星魔剣に押し当てられているのが見える。星魔権は死神を吸い込む事ばかりに集中しておりデッドマンの防壁を吸い込む気配はない。
吸い込める魔力は一つまで、吸い込んでいる間は…星魔剣は無防備になるのだ。
(俺知らなかったんだけど!?なんで初見のコイツがそれを一発で見抜けるんだよ…!)
「魔力を吸い込まなきゃただの鈍同然、…デスねぇ!」
刹那、甲高い音を立てて振るわれるステッキが俺の頬を射抜く。
「カハッ!?」
「何故そんなものを貴方が持っているのか、何故そんな物が存在するのか、貴方が何者なのか…今はどうでもいいデス。私にとって最高の復讐の機会に水を差したお前には死んでもらわないと収まりがつかないデスよ」
星魔剣が死神を吸い込み終わるまで凡そ七秒。その間にデッドマンは猛烈に俺を責め立てる。徹底的に頭を狙って叩き込まれる杖は最早俺の防御など意味ないと言わんばかりにすり抜け怒りのままに乱打する。
今この図を切り取った絵画に名前をつけるなら『滅多打ち』とか『タコ殴り』とか、そんな題名がつけられるんだろうなってくらい俺はもう一方的に叩きのめされる。
「グッ!」
「甘い甘い」
そして、俺が必死に振るった牽制の剣も軽く叩いて弾き。
「悪いデスが違いすぎたようですよ?実力も経験も格も何もかもッ!」
「ごはぁっ!?」
続けざまに胴に両断するが如き一撃を叩き込まれ、俺の体はあえなく後方へとゴロゴロ転がりダウン。情けねえ…自分から食ってかかってこのザマかよ。
「ステュクス!」
「呆気ないデスね、その顔…もしかしたらとも思いましたがどうやら違うようデスね」
「は、はぁ?…どう言う意味だよ…」
「…貴方にはもう関係ないデス」
するとデッドマンは改めてレバーに手を当てる、さっきの違う点があるとするなら…俺は未だ立ち上がるまでに至っていないと言うことか。
「やめなさいよっ!」
「何度も効きませんよ」
カリナの投石もステッキで叩き砕きデッドマンは一つ、息を吐く。溜息にも嘆息にも似たそれを吐くと共に俺を鋭く見下ろし。
「この子達を誘拐した理由…あなた方を誘き寄せた理由、それはこの一件にギャラリーが欲しかったから」
「急に…何言い出してんだ、お前…」
「そしてもう一つ、…お前だからここに呼んだ」
「は?…俺?」
剣を杖代わりにして蹌踉めきながらも立ち上がる。俺が俺だからここに呼んだ?けど俺は今日この場で初めてデッドマンに会った、俺にはコイツとの因縁なんかありゃしない。
「俺とお前…ここで初めて会ったよな」
「ええ、貴方とはね…一つ伺いたいのデスが、貴方ひょっとしてお姉さんいませんか?」
「えっ!?」
姉貴?…いるけど、いけるどどうしよう。惚けようかな。さっきこう言う場面で馬鹿正直にエリスの名前だして死にかけたしなぁ。ってか何でコイツエリスのこと知ってんだ?
「その反応はどうやら正解みたいですね、…レッドグローブ。どうやらこの男はただ似ているだけではないようですよ。コイツもまたあの女の…ハーメアの血を受け継ぐ者の一人のようだ」
「な!?何で母ちゃんのこと知ってんだよ!?」
なんで急にハーメアの名前が、…いや、もしかして。
「おいステュクス!どう言うことだ!お前マレウス生まれじゃねぇのか!?あの旅役者は…ハーメアはアジメクに行ったんじゃないのか!?」
「むはは!ボス!余所見は良くないですなぁ!」
「こっち見てくれよ!寂しくて死んじまいそうだぜ!」
背後でレッドグローブさんと悪魔の見えざる手の交戦する爆音が響く、…けど今はそんな事気にする余裕はない。
全部繋がってしまった、なるほどなるほど…つまり何か、レッドグローブさんとデッドマンは…コイツらは。
「お前らが、母さんを奴隷にした賊か…ッッ!!」
「ンフ、ご名答デス。やはり…因果とは怖いものデスねぇ」
「このクソ野郎…!テメェの所為で母さんがどれだけ苦しんだと!」
「勘違いしないでください?私は当時ただの一幹部に過ぎなかったデス。ハーメアを捕え売り捌く判断をしたのは…そこに居る我等がボスのレッドグローブなんですから」
「ッ……!」
「これでもまだ彼が高潔な男だと擁護できますか?貴方の母を不幸のどん底に追いやった男を…まだ庇いますか?」
レッドグローブさんが、母さんを奴隷にした張本人…レッドグローブさんのせいで母の全ては踏み躙られ、貶められ、…く…クソッ!!!
「許せないデスか?許せないデスよね、でもね?私も許せないデスよ…ハーメアを。ハーメアを捕えた時からボスはおかしくなった、ハーメアを売り捌いてからボスはおかしくなってしまった。奴がボスに何かを吹き込んだから…ボスは悪魔の見えざる手を脱退してしまった!」
「…………」
「貴方の母の所為で私は全てを奪われたデス、あの女の所為で!そう思えば毎日ハラワタが煮えくり返るほどに苛立ち夜も眠れませんでしたよ!頼むから不幸になっていてくれと頼むから苦しんで死んでくれと!毎晩呪うように祈るほどに!あの女は憎らしい…!私の全てを奪ったあの女がね!」
「…………」
「でもどうやらハーメアはもう死んでるみたいデスね、…まぁそこはもういいデス。けど代わりに付き合ってくださいよ、母に与えるはずだった憂さ晴らしに…ねぇっ!」
ガコンと音を立てて押し出されるレバー…、それと共にトロッコ内部に取り付けられた魔力機構が作動し金属音と火花を撒き散らし動き出すトロッコ…遠ざかるリオスとクレー。
そして、それを見て爆笑するデッドマン。
「あっははははは!ここに居る全ての人間よ!どうか不幸せに!全員纏めて地獄に落ちてくれ!」
「ッ……!!」
走り出す、走り出す、デッドマンに向けて剣を振り抜き走り出す。怒りに満ちたステュクスの顔をこそ望んでいたとばかりにデッドマンは嬉々としてそれを迎え撃つ。
「私が憎いデスか!私を殺したいデスか!いいですよ!来なさい!怒りと絶望に満ちたその顔と殺しあうことこそが!私の魂の真なる救済に…」
「喧しい!そこ退け!」
「は?」
「リオス!クレー!」
しかし、ステュクスはデッドマンを相手にすることもなく一目散に走り出したトロッコを追いかけていく、脇を潜り抜け眼中にもないとばかりに通り抜けるステュクスを見たデッドマンは一瞬放心する。
「な、何を…私が憎いんじゃないんデスか!レッドグローブと私は貴方の母を地獄に落とした張本人デスよ!それとも敵わないと知って戦うことをハナから諦めましたか!?どこまでも雑魚ですね!」
「喧しいってんだよ!…確かに母さんにした事は許せねえし、出来るならお前の顔にグーをかましてやりてぇ!」
「なら…!」
しかし、ステュクスは立ち止まらない、ドンドン遠ざかるステュクスの背中に縋るようなデッドマンの言葉を振り払いステュクスは叫ぶ。トンネルに木霊するほどの怒声で。
「意味ねえからだよ!母さんは死んだ!もう死んだんだ!今更仇討って何になる!それよりも俺は…今を!今を守る!」
「は…?」
もう死んだのだ、ハーメアはもう死にその生涯は絶たれたのだ。この世にはいない、そんなハーメアに対して何かをしてもそんなものただの自己満足にしかならない。自分のハーメアに対する気持ちを踏み躙られた事に対して仕返しや八つ当たりをしても自分の中でしか完結しない。
そんなものに意味はない、何かを犠牲にしてまでやらなきゃいけない事じゃない。それよりも今は…リオスとクレーという今を、そして未来を守るべきなんだ。
過去に囚われても、何にもならないじゃないか!
「なんなんだよ、くそ…!」
取り残されたデッドマンは悔しそうに地面を蹴る。ステュクスにも勝ってるし狙い通りリオスとクレーを向こうに送れた、レッドグローブに嫌がらせも出来た。
なのに、この場で一番惨めなのは誰なのか…それは言うまでもなくデッドマン自身が理解していた。
……………………………………………………
「リオス!クレー!くそっ!」
全力でレールの上を走りトロッコを追いかけるが追いつける気配はない、そりゃそうだよ、トロッコはタイヤから火を噴く勢いで突っ走ってんだ。人間の足でじゃ追い付けない。
このままリオスとクレーが向こう側に行ったら…俺はデッドマン以上に俺自身を許せない!
「行けるか?…いや行くしかねえか!一か八か!頼むぜ!星魔剣!」
この場で唯一状況を打開出来るのは星魔剣を置いて他にない。丁度さっきデッドマンの魔力を吸い込みパワーも十分!
なんとかなるかどうかは五分五分、ダメなら一巻の終わり…けど、もう迷っている暇はない。
「星魔剣!『エーテルフルドライブ』!」
星魔剣には七つの形態が存在している、吸収した魔力を消費して変化する七つの姿。一時的に魔力覚醒と同程度の出力を得る切り札『魔統解放』と同じく、この剣に隠された力…その一つを解放する。
「第五機構!『魔天飛翔』ッ!」
刹那、その掛け声に応じて星魔剣の柄部分が開きブースターへと変化すると共に内部の魔力を噴射しステュクスの体を前方へと飛び上がり推進する。
通常の加速魔術を上回る超加速、体にかかる負荷も物ともせずステュクスは一気にトロッコを飛び越し中で眠るリオスとクレーを目にする。
傷はないな、殺されてるわけでもなさそうだ。多分普通に気絶させられただけだろう…しかし。
(マジかよこれ!ブレーキ壊れてんじゃねぇか!デッドマンの野郎!最初っから二人を殺す気でいやがったな!)
内部に搭載されているブレーキレバー、それが根元から折れてるんだ。元々折れてたのか態々へし折ったのかは分からないが。ブレーキを使って停止させるのは無理だろう。
「っ…だぁぁぁ!!くそ!手ぇとどかねぇ!」
ならばとリオスとクレーをそのまま救出しようと試みるも、そもそもこの超加速の世界は俺なんかでは対応出来るようなものでもなく、加速したまま的確にリオスとクレーだけを拾い上げるなんて器用な真似は出来そうにない。
止めるのも無理、助けるのも無理、ならもう直接止めるしか方法がない!
「くそッ!ままよっ!!」
このまま突っ走らせれば向こう側に着くとかそう言う話ではなく、止まることなく加速し続けいずれ大惨事になるのは目に見えている。だからこそ俺はトロッコを追い越し真正面からトロッコに体当たりをかます。
「ヴッ!ゔぉぇっ!」
野太い声を上げながらもトロッコを止めるため全力を尽くす、星魔剣のブーストを全開にし、その上で自分の魔力も流し込み、真っ向から止めるため…全力を尽くす。
「ヴゥッ!ごの…止まれぇっ!!!!」
ガリガリと音を立てて空回りするタイヤ、徐々に減速するトロッコ、全身がトロッコにめり込むんじゃないかって勢いで全力全開で力を尽くし、そのまま手を下に回し…。
「ゔぅぅぉぉっっしゃぁっっ!!!!」
その瞬間ブーストを下に向け、俺の体を上へと跳ね上げる。するとそのままトロッコも引っ張られ釣られるように上へと跳躍し、ひっくり返る。
甲高い音を立て浮かび上がり中のリオスとクレーをも投げ出し宙を舞う、よし…今だ!
「二人ともッッ!!」
残った魔力全てを使う勢いで、ブーストを爆発させリオスとクレー目掛け吹き飛ぶ。そのまま宙を浮かぶ二人を抱きとめ…、壁を蹴って減速、着地…っと!
「ふぅ…」
地面に着地し一息ついた瞬間、超重量のトロッコが背後に落ち、レールを破壊し轟音を上げる。
…壊しちゃったけど、大丈夫だよな…うん。
「二人とも、おーい起きろー」
ともかく今はリオスとクレーだ、二人を縛る縄を剣で切り裂きぐったりとした二人の頬を叩く、傷つけられた様子はないから大丈夫だと思うけど…。
「ん…んん?あれ?すてゅくす…」
「あれ?…ぼくたちねてた…?」
「寝坊だよ、もう全部終わらせた…いやまだ何にも終わってねぇか」
「どゆこと?」
「説明は後だ、向こうに戻るぞ!」
「ふぇ?」
まだポヤポヤしてる二人を担ぎ上げ俺は来た道を戻る。二人は助けたがまだ悪魔の見えざる手が残ってる、向こうにはカリナと…レッドグローブさんがいるしな。
すぐに助けに行かないと!
………………………………………………
「お、見えてきた」
それから大体一時間くらいかな。結構な距離を歩いた俺はようやく坑道を抜けてみんながいた場所へと戻ってこれた。いやぁよかった、ずっと暗闇ばっかで気が狂うかと思ったよ。
「ステュクスー!早く早くー!」
「こっちこっちー!」
「おいおい二人とも、俺疲れてんだけど…?」
移動している最中リオスとクレーはようやく目が覚めたのかピョンピョン跳ねまわりながら俺の前を走る、一応何があったか説明してもらったところ。
レストランを出たらいきなり何者かに抱きかかえられ、状況を察する前に何か薬を飲まされ意識を奪われたようだ。傷つけられて気絶してたわけではなく薬を飲まされてのことだったようだ。
流石は世界最大の人攫い組織のボス、手際も見事だね、クソが。
「あ、戻ってきた」
「お、カリナ!無事だったか!」
「何が無事だったかよ、呑気に歩いてきてたくせに」
「途中までは走ってたんだって、でもいくら走っても戻ってこれなくて…、デッドマンは?」
戻ってくるとカリナが心配そうにライトを持ってトンネルで待っててくれた、レッドグローブさんも無事だ…って傷一つない。
そして、デッドマン達もまた消えていた。逃げられたか…。
「アイツらステュクスがどっか行った途端『面白くない』って言って帰っちゃった」
「帰ったって、帰したのかよ」
「しょうがないでしょ、止められないわよあんな化け物」
「それもそっか…、いや正解だ。下手に手を出してたらお前が殺されてた、そうなってたら俺いよいよアイツら許せなかったよ」
あははは と呑気に笑うが、カリナの表情は重い…まぁそうか、俺が勝手なことしたからカリナを巻き込んだわけだしな。いやそもそもリオスとクレーもか…。
「あー、そのごめん…変なことに巻き込んで」
「巻き込んで?別にそんなこと気にしてないわ、そんなことより…その、あんた…」
「ん?」
「…あれ、どうすんの?」
あれ…と指さすのは、さっきからそこで立ち尽くしてるレッドグローブさんだ。
「…………」
何も言わない、ただただ呆然としながら…いや確かにこちらを意識しながらも目を背けているんだ。まぁ…それもそうだよな。
だってこの人は、俺の母さんの人生ぶっ壊した張本人なんだから。
「レッドグローブさん、悪魔の見えざる手のボスだったんすね」
「……ああ」
「一体どれだけの人の人生ぶっ壊したんですか」
「ちょっとステュクス…!」
静止に入るカリナを押し退け、俺は強引にレッドグローブさんの目の前に立つ、しかしそれでもレッドグローブさんはらしくもなく目を逸らし続ける…。
それがあんたの本性かよ。正直…がっかりだぜ。
「ステュクス、お前…ハーメアの息子だったのか」
「はい、ステュクス・ディスパテル…ハーメア・ディスパテルの息子です」
「しかしお前、マレウス生まれだって…ハーメアはアジメクに行ったんじゃ…」
「行きましたよ、そこで地獄味わって…死んだふりして外に出てきたんです。そこで死に物狂いでマレウスまで逃げてきて、そこでとーちゃんと出会って俺が生まれたってわけ」
「…そうだったのか、似てるとは思っていたが…まさか息子とは」
「で、じゃあなんで俺を巻き込んだんですか?同じ冒険者だから…とかそういうんじゃないんでしょう?」
ここまでくりゃそんなの明白だ、俺を助けたのも誘ったのも…全部俺がハーメアの面影を残す男だったからだ。そこはわかった、けどだとしたらなんで誘う。
俺がハーメアの面影を残しているのに、貴方はそうも俺から目を逸らすのに、側に置きたがったんだ。
「…単純なことだ、自己満足だよ。ハーメアによく似た目に…俺が人を救いあの頃と変わった所を見せることで、少しでも救われた気になりたかっただけだったんだ」
「ハーメアを救わなかったのにですか」
「……ああ、そうだ」
ただでさえ皺だらけの顔がより一層ぐちゃぐちゃになる。救えなかったのではない、救わなかったのだ、なのに自分だけ救われた気になろうなんて都合がいいにも程があると自笑するレッドグローブさんはその場に座り居直ると、上着を脱いで俺に向かって首を差し出す。まるで…罰を求めるように。
「本当は別の奴にやらせるつもりだったが…、斬れ。ステュクス…俺を斬れ」
「……なんでだよ」
「俺はどうしようもないくらい馬鹿な男だ、罪の深さを知らず罪を重ねて、色んな人達に取り返しのつかない事やらかして、…とてもじゃないが償い切れるもんじゃない。もうこの命を以ってしてでしか償えない」
「…………」
「ハーメアの血を引く人間になら、いい。母親の仇を討て…ステュクス」
ハーメアを誘拐し、アジメクに売り飛ばし、そこでハーメアはこの世の地獄を見て、命からがらマレウスに逃げてきた後も後遺症に悩まされて、それで体壊して死んじまった。
全部全部レッドグローブとデッドマン達のせいだ。こいつらがいなけりゃ母さんは今も生きていたかもしれない…。
仇と言うのならそうなのだろう、恨むと言うのならそうなのだろう。ここで剣を持ちその首を刎ね落としても…良いのだろう。
…良いのだろう。
良い…のだろう?
……ンなわけあるかよ。
「馬鹿馬鹿しい…」
「…なんだと?」
「馬鹿馬鹿しいってんだよ、仇?俺の母さんは病死だ、誰かに殺されたわけじゃねぇよ」
「だが、俺はその人生を踏み躙って…」
「母さんの人生を否定するんじゃねぇよ。まぁ確かにアンタは母さんを誘拐して…とんでもない目に遭わせたけどさ、償いはしてるわけだろ?じゃあいいじゃねぇかよ。さっきも言ったけど罪と向き合わずヘラヘラしてるデッドマン達より余程立派だよ」
「…………」
…納得はしてないか、でも俺は殺さねえよ。それは師匠との約束でもあるんだ、だから俺は殺さないし…レッドグローブさんは殺されなきゃいけない人じゃない。
俺は知ってる、この人がどれだけ必死になって償おうとしているか。死に物狂いで人を助けて…罪を償おうとしている。そんな人間が殺されなきゃいけない道理があるとするなら、俺はそっちの方を憎むさ。
「立ってくれよレッドグローブさん、それよりも話を聞かせてくれないか?俺色々ありすぎて頭こんがらがって来たんだよ。貴方が何故人攫いをして、どうしてそれをやめて、冒険者をやっていて…そして何故今になってその因縁が姿を現したのか」
「…言ってどうする、お前には関係ないだろう…」
「デッドマン曰くこの場に関係ない人間はいないそうだ。だから俺にも知る権利がある、知らなきゃ…アンタの助けになれないだろ?」
「…お前は、…でっけぇな…懐が」
「アンタに言われると照れちゃうよ、さっ!それよりここを出よう!今思い出したけどここ入っちゃダメな場所だったんだ!」
手を叩き取り敢えずその場を締める。…レッドグローブさんからは色々と話を聞いておきたい。でなきゃ今から起こる出来事についていけない気がしたから。
…デッドマンと悪魔の見えざる手、母さんとレッドグローブ。複雑に絡まった因縁が今この街に集まりつつある、きっとこれは意味のないことではない。
何か意味がある、運命という名の意味が。
今はただそれを信じて、俺は彼と向き合おうと思う。