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372.魔女の弟子と男の約束


「火災が発生してるのは向こうのホテルだな!」


「…俺やカリナ達が宿泊してるホテルだ!なんだってあそこが燃えて!」


ザワザワと騒めく理想街チクシュルーブの一角、小高く聳えるホテルから上がる火の手と黒煙を見てステュクスは走る。あそこには俺達が部屋を借りていたホテルだ…あそこが燃えてるってことは先程分かれた仲間達が今あの中に閉じ込められている可能性が高い。


「どけどけどけ!野次馬はどっか行きやがれ!」


「レッドグローブさん…」


そんな危機に際して手を貸してくれるのはレッドグローブさんだ。彼はホテルに火の手が上がっているのを確認するなり俺に発破をかけた上でこうして力を貸してくれている。


彼にとっては先程会ったばかりの弱小冒険者でしかないのに。彼はここまで本気になってくれている、あれだけ人に迷惑をかけるのを嫌っている彼が今野次馬を押し退けホテルを目指している。全ては俺たちのために。


「な、なんだよあんた!」


「いいからどけ!あの中にまだ人は残ってるのか!」


「え?、確か上層に冒険者達が一組が取り残されてるって聞いたけど…、確か七階です!」


野次馬の一人から話を聞き出したレッドグローブさんは俺の方を見て確かめる様に睨む。上層…あのホテルは全部で十階建て、俺達が借りていたのは七階…おいおいこりゃあ!


「居ます!その階に俺の仲間が!」


「なら死んでも助けねえとな!」


野次馬を押し退け、辿り着くは黒煙を吐くホテルの入り口が見える…なんじゃこりゃ、シャレにならねぇ燃え方してるぞこれ…!


「おい!誰か詳細がわかる人間は!」


「わ、私です…このホテルの、フロントを担当していた者です…冒険者様達ですね!」


するともう全身を黒炭で汚した男が野次馬の中から現れる。もう命も辛辛でなんとか逃げだせたって感じだ…。


「何があった!」


「魔術師です!カジノで大負けした魔術師がこのホテルと街を人質にとっているんです!」


「人質だと?」


「はい、『俺がカジノで負けた分全額返さなきゃこのホテルを焼き尽くし、街も燃やし尽くすって、返還されれば炎は全て消し去り街を壊さない』と…」


「バッカじゃねぇのか!」


レッドグローブさんが悔しそうに炎を吹くホテルを見上げる。つまり何か?カジノで負けたので腹いせに暴れてますって?


けど、ある意味効果的なのか?魔術師なら自分の炎は自分で消せる。放置されれば焼き尽くせばいいだけ…こんな大掛かりな建築物がある場所ならこれ以上なく恐ろしい脅し文句だ。


「で!?その要求!理想卿は聞いてんだろ!対応は!」


「それが…まだ何も返答がありません!このままでは中のお客様達が!」


「チッ、しゃあねぇ!助けに行く!」


するとレッドグローブさをは一も二もなく近くの井戸から水を組み上げ頭に被り…って!


「まさか一人で突っ込むつもりっすか!レッドグローブさん!」


「理想卿の返答や対応を待ってたら中の人間が死ぬ!それよりも前に俺が対応すりゃいいだけだ!なんか文句あるか!」


「あるに決まってんでしょ!一人で突っ込まないでください!」


「じゃあどうすんだよ!中にお前の仲間も…」


そう言いかけたレッドグローブさんの口を閉ざすように指を立てる。


「一人で突っ込まないで…俺と二人で突っ込みましょう。そう言ってるんですよ、レッドグローブさん」


「……へぇ、いいねぇ」


そんな俺の言葉が気に入ったのか、レッドグローブさんは続けざまに俺に水を頭からぶっかける。


そうだよ、ここには俺の仲間がいるかもしれない、なら他人任せになんてさせられるか!俺の仲間は俺が守る!レッドグローブさん一人に背負わせてたまるか!


「いい男気だ!よし!行くぞ!ステュクス!」


「はい!レッドグローブさん!」


理想卿チクシュルーブの対応を待ってたらホテルが炭になる。いや下手したらアイツは何もしないかもしれない、それくらい信用出来ない奴なんだ。だったら俺とレッドグローブさんの二人で行った方が早い。


何より…。


(あの炎、魔術師が生み出した炎なら…!)


炎を吹き上げるホテルの入り口に突っ込みながら俺が抜き放つのは星魔剣ディオスクロア。あの炎が魔術師由来のものならあれは元を正せば魔力によって生まれた炎!


ならば行けるはずだ、この星魔剣の力で!


「『喰らえ』ッッ!!」


火を吹き出すホテルの入り口に向けて剣を薙ぎ払えば、まるで通気孔でもあるかのように俺の剣は炎をスルスルと吸い込み己の力に変えていく、やはりこの炎…吸い込めるぞ!


「ステュクス、お前変わった事出来るんだな…」


「まぁその、色々ありまして。それより早く行きましょう!」


炎を吸い込めると言っても吸引出来るのは剣が薙ぎ払える範囲だけ、このホテル全体を消火なんて出来るわけがない。だったらこれで炎を切り裂いて進んだ方が早い!


「よし!分かった!行くぞ!」


「はい!」


剣を振り回し俺が先導するように燃え盛るホテルの中に入れば…まぁ酷い有様だ。これは今から鎮火したとしてももうこのホテルはどうにもならないだろう。カジノで負けたからってこんなことするか?どんなバカなんだ、ツラを拝んでやりたいぜ!


「チッ、思ったよりも煙が酷いな…こりゃ急いだ方が良さそうだ」


「そうっすね、…あ!見てください!昇降機がありますよ!これ使えば一気に上まで行けます!」


理想街は技術と高階層建築物の街だ。何階層にも積み重なったこの街の居住を便利にするため理想卿チクシュルーブが開発したとされる画期的な技術がこれ…昇降機。


簡単に言えば上や下に移動する鉄の箱だ。どういう原理かはまるで分からないがコイツを使えば上の階層まであっという間。幸いまだ動きそうだしこのレバーを引いて動かせば…。


「ってアッツぅっ!?」


「バカかお前は!こんな火の中でそんな鉄の箱に入って、テメェは蒸し焼きになりてぇのか!」


レバーを触った瞬間ジュッ!と音を立てて掌を火傷する。そうだった…今このホテルは竃の中みたいなもんなんだった、竃の中から取り出した鉄の棒握ったらどうなるかなんてちょっと考えりゃ分かる話だったな。


「階段使って行くぞ。ステュクス、口元隠せよ!」


「は、はい!レッドグローブさん!」


レッドグローブさんは燃え盛る火炎の中にあって極めて冷静だ、まるでこういう状況慣れっことばかりに彼はすぐさまハンカチを用意して口元を隠し、俺の分とばかりに大きめのタオルを投げ渡してくれる。


…慣れっこといえば慣れっこなんだろうな。何せ彼は日常的にこういうことをやっている。


時に依頼を受けて魔獣を倒し、時に依頼されずとも人を助け、普段から火の中同然の場所に身を投げ込んでいるんだ。


「階段があった!ステュクス!火をなんとか出来るか!」


「任せてください!『喰らえ』ッ!」


火の中の階段を見つけ、俺は剣で道を作り出しながら段差を駆け上がる。…七階となるとかなり上だな。


「頑張れよステュクス、お前が頼りだ」


「はい!」


でも不思議と諦める気にはならなかった、仲間がピンチというのもあるが…それ以上にこの人に背中を押されるとなんだかやる気が出るんだ。これって結構凄いことなんだぜ?誰かを励まし進ませるってのは簡単なことじゃない。


この人にはそれを可能とする言葉の重みがあるんだ。


「あの!レッドグローブさん!こんな時に聞くのもなんですが聞いてもいいですか!」


「なんだ!」


「なんで…そこまで必死になれるんですか」


振り向けば炎に追われながらも俺の背中を押し背後を守るレッドグローブさんの姿が見える。何故そうも必死になって人を助けられるのだろうか…と。


気になった、この極限状態にあって正常な判断ができていなかったと言えばそうなのかもしれないけど…なんだかこう感じたんだ。


『これは聞いておかねばならない、彼を理解する上で、今聞かなければならない』と…。


だから伺う、するとレッドグローブさんは。


「今聞くか普通、…簡単な話だよ。俺はこうやって生きなきゃ行けない人間なんだ」


「ん?どういう意味?」


「借りた物は返さなきゃいけない、俺は昔…いろんな人に色んなものを借りた、だから…今はそれを返すために命賭けてるだけさ」


思ったよりも抽象的な答えが返って来たな。おまけに妙にセンチだし、こう…『漢たるものォッ!』的な精神論が返ってくると思ってたら変に湿っぽくてびっくりした。


でもそれが彼にとっての本音なんだろう、彼は何かを返す為に人助けをやってる…それも今この場だけの話ではなく何十年も前からあちこちでだ。そうまでしても返せないものって何をどれだけ借りたのか気になるが。


(こうも抽象的に語るってことは、本当は言いたくないんだろうな)


言いたくない事を肩揺すって聞き出そうと思えるほど俺は図々しい性格をしてない、言いたくないならここはそっとしておこう。


「でも立派っすね、レッドグローブさんってやっぱり漢っすよ!」


「そんなんじゃねぇよ」


そんなんではあると思うけど、そんな言葉を押し殺し俺は炎を剣で切り裂く。


しかし凄い量の炎だな…もうすぐ星魔剣の容量がいっぱいになりそうだ、この量の炎を一気に出して燃焼させ続けるって…もしかして犯人は相当な使い手なんじゃ。


「おいステュクス、この辺じゃないか?」


「え?ああもう七階!?ここか!カリナ!リオス!クレー!ウォルターさん!」


気がつくと階段に設置された看板は7の文字を記しており、ここが俺の宿泊した七階層であることがわかる。いつも昇降機で上がってたから分からなかった。


七階層に辿り着くなり俺は叫び声を上げて乗り込んでいくが…返事がない。まさかもう火に巻かれて?そんな嫌な汗を流しながら俺は廊下を走り借りていた部屋を目指して走り……。



「ん…?」


そして部屋の前に着くなり首を傾げる。あれ?この部屋…。


「どうしたステュクス!居たか!」


「居ません…、この部屋無人です」


燃え盛る扉に鍵を使ってなんとか開けると共に部屋の中を確認すると…無人だ、荷物も置いてないしカリナ達はあれから返ってないのか?


ってことは、ホテルにいたのはカリナ達じゃない?まぁそうだよな、このホテルには山ほど人が泊まってるんだ、そうピンポイントに俺たちだけ取り残されることはないか。


「はぁ〜よかった〜、カリナ達無事なんだ」


「馬鹿野郎ステュクス、逆だ…最悪だぞ」


「へ?なんでです?」


「ホテルマンはこの階層に人が残されてると言った。つまりここに誰か取り残されているのは確かなんだ…」


そう言いながらズラリと並ぶホテルの廊下を見る。そこには無数の扉が同じように並んでいるんだ…このフロアだけでも二十近い部屋がある。つまりこの部屋達のどれかに人が取り残されていて…。


これでまだカリナ達が残されていたなら俺が居場所を特定出来た。だがもう今はそれが出来ない…。


俺たちはここに取り残された人が何処にいるか分からないのだ。


「ど、どうしましょうレッドグローブさん!」


「一つ一つ開けるしかねぇ!」


「一つ一つったって…」


チラリと扉を見る、炎に炙られた頑丈な扉は壊すのにも一苦労しそうだ…かといって普通に開けることも出来ないし。


これ全部開けてたらその前にホテルが崩れちまう。


「無茶な気がしますけど…」


「無茶でもなんでも!今目の前で失われようとしている命があるのに…それを見過ごしたら男じゃねぇ!」


そういうなりレッドグローブさんは炎の吹き出る廊下を走り頑丈な扉を一撃で吹き飛ばし、それと共に爆発するように燃え盛る部屋の中に首を突っ込み『誰かいるか!』と声を上げる。


ダメなら次の部屋へ、一つ一つの部屋を必死の形相で捜索する。


本当に…人助けに命を懸けている。彼の言う何かを返す為にレッドグローブさんは口だけじゃなくて命を懸けてるんだ。


「おい!居たら返事しろ!助けに来たぞ!」


俺はこれを見て立派と称したが、もうそんな易い言葉では語れない。彼は本気なんだ…本気で人を助けようとしてるんだ。


なら…俺も、俺も本気にならねえと!


「よし、…よっしゃァーッ!誰かいるかー!」


レッドグローブさんが探していない部屋の扉を切り裂いて中を探す。燃え盛る部屋の中を見れホテルの宿泊客達の殆どは荷物も持たずに着の身着のまま外へ逃げ出したのだろう。荷物が放置されている様子が散見された。


「居たか!」


「居ません!」


「チッ、俺はあっちを探す!お前は向こうを頼む!」


「あ!ちょっ!」


するとレッドグローブさんはより炎が激しい方へと走り出し、もう自分が焼かれることなんて気に求めず火炎の中へと消えていく。あの人俺と違って炎を消せないのに…熱くて熱くて堪らないだろうに。


「人助け…か」


人を助けるってのは、口で言ったり耳で聞いたりする以上に大変なんだ。そして同時に…凄いことなんだな。


俺は炎の中に消えたレッドグローブさんの背中に感銘を受けながら少しでも彼の役に立つ為に、剣を握り直し…。


「おいしょーっ!誰かいるかー!ステュクスさんが助けに来たぞー!」


ドアを剣で切り裂いて中を見る、居ない!


ドアを剣で切り裂いて中を見る、居ない!


ドアを剣で切り裂いて中を見る、居ない!


ドアを剣で切り裂いて中を見る、居な…あ居た!


「居た!?」


何度目かになんルーティンで危うく見逃しかけたけど居た、部屋の中に人影が見えた。そいつはベッド脇に苦しそうに蹲っているじゃないか。マジで居たよ…いや疑ってたわけじゃないけどまさか本当に見つかるなんてさ…。


って!そうじゃねぇ!


「おいあんた!大丈夫か!助けに来たぞ!」


「…………」


「お、おい…助けに来たって言ってるんですけれども…」


しかし蹲ったそいつは俺の声に応えず起き上がらない。まさか死んでるとかじゃないよな…いや生きてるっぽいけどな。


「ステュクス!」


「あ!レッドグローブさん!」


すると炎の中からこちらに向けて駆け出してくるレッドグローブさんの姿が見える。よかった!無事だったんだ!


「レッドグローブさん!見つけました!逃げ遅れた人…で…す…?」


「あ?そっちにも居たのか?」


「…ん?」


するとレッドグローブさんの背中には、気を失った女冒険者が二人ほどぐったりとしている。


あれれ?おやおや?んぅ〜?取り残された冒険者って一組って話じゃありゃせんしたか?もしかして俺が見つけたのもその組の一人?いやでもなんで別の部屋に。


「あの、俺あそこに人が蹲ってるように見えるんですけど、あれ幽霊とかそういうオチじゃないですよね」


「…バカ、違うだろ。居るじゃねぇか…このホテルにはもう一人、俺達と逃げ遅れた奴以外にもう一人」


「へ?…ま、まさか」


居る、確かに居る。逃げ遅れた人と俺達以外に…一人。


それは、このホテルを燃やした犯人だ…つまり今俺が見つけたのは。


「んぅ〜ぁ〜、喧しいなぁ…人が折角金稼いでるってところによ」


すると蹲っていた人間は…黒いローブを着込み鳥のくちばしのようなマスクをした人相の悪い男はゆっくりと起き上がりこちらを睨む。


男の足元にあるのは鞄だ、恐らくこの部屋の本来の持ち主の所有物と思われる鞄をうずくまって物色していたんだ。それを証拠に男の手には財布が握られている。


もしかしてこいつ…。


「火事場泥棒!?」


こいつ、火をつけてホテルを燃やし街に対して脅迫を行なった上に火事場泥棒までしてたのかよ!ってか火の中に突っ込んでって物取っていく火事場泥棒なんているのかよ!?


「失礼なガキだなぁ、俺ぁこれでも冒険者だっての」


「冒険者!?冒険者がこんな事してんのかよ!お前自分が何してるか分かってんのか!?人が死ぬところだったんだぞ!いや…このままじゃもっと大勢の人間が死ぬ!」


「知ったことかよこんなクソみたいな街、燃やしてやったほうが世のため人のためだろ…」


するとくちばしマスクの男は赤い宝石が取り付けられた杖を取り出し下劣に笑う。こいつやっぱ魔術師か…。しかもすげぇ魔力だ…ホテル一個燃やしてしまうのも頷ける。


「俺は『焱炎火』のティンダー・バーナー…三ツ字冒険者さ、知ってるか?」


「いやぁ、そんなパッと思い出せないんだけど…」


「知ってるぜ、焱炎火のティンダーって言ったら。冒険者協会屈指のクズ冒険者だ」


レッドグローブさんは語る、焱炎火のティンダーという冒険者の悪辣さを。


なんでも彼はあの冒険者協会に於ける現行最強の冒険者にして史上最悪の冒険者ストゥルティ・フールマン率いる極大クラン『リーベルタース』傘下のチームにてリーダーを務めていた男。


そのやり口をして極悪、依頼人の脅迫や魔獣の暴走をわざと引き起こしたりとやりたい放題。貧困にあえぐ村から過剰に報酬を徴収したり応じない人間には炎を使って脅しをかけるクズの中のクズ。


あまりのクズさ加減に最悪の冒険者と謳われるストゥルティ・フールマンからも見放された…まぁ言っちまえば冒険者としての肩書きを持ってるだけの犯罪者だ。


「詳しいねえ、ってあんたよく見たら冠至拳帝のレッドグローブかい!偽善塗れの目立ちたがりだってストゥルティ団長もよくバカにしてたぜ!」


「ストゥルティ『元』団長だろ、テメェはあのクソ野郎からも見放されて追い出されたんだろ?『やりたいことは全部やる』を公言してるアイツからも放り出されるなんて余程だなお前」


「へっ、ウッセェよ。あの人は金が大好きなんだ…山のような金貨を献上すりゃ直ぐにクランに復帰させてくれるに決まってる」


「どうだかな、あいつはアレで一本筋通ってるぜ」


「いいやそんなはずねぇ!だからこの街に来て稼ごうとしたってのによぉ!ンだよあのカジノ!イカサマだらけじゃねぇか!ふざけやがって!有り金全部持ってかれた!」


苛立ちのままに鞄を蹴り飛ばすティンダーは激昂し街への恨み言をほざく。追い出されたクランに戻るために金を稼ごうとして…、こいつはカジノに向かってその手持ちの金もまるごと毟り取られたってか。


追い出されるのも頷ける馬鹿さ加減だなおい。


「ふざけんなはこっちのセリフだよ!俺やレッドグローブさんが来なけりゃお前!人殺しになってたんだぞ!いやもう人殺しとかそういうレベルではないけどもね!」


「なんだこのガキ、レッドグローブん所のクランメンバーか?ぐはははは!天下の大拳闘会も落ちたもんだなぁ!こんな青臭いガキを連れ回してるなんてよ!」


「はっ、お前よりは気骨があって頼りになるぜ?」


「れ…レッドグローブさぁん…」


俺のことそんなに信用してくれてたんすね。この依頼終わったら俺レッドグローブさんのクランに加入しようかな…。


「ともあれ、ティンダー。悪いことは言わねえ…直ぐに火を消せ、今はまだホテルだけで済んでるがこれが他の施設に燃え移ったらとんでもないことになるぞ。街の魔蒸機関に燃え移ったら大爆発を起こす。この街が吹き飛ぶぞ、そうなりゃ金だなんだの話じゃなくなる」


「いやだね、取られた金を取り戻すまで…いやそれ以上のもの貰うまで引けるかよ」


「欲をかいてる場合じゃねぇだろ!この街の私兵団は他所とはレベルが違うんだよ!理想卿がお前の討伐に乗り出せば瞬く間に殺される!同業者として言ってんだよ…!」


「…ストゥルティ団長の言う通り虫酸の走る偽善ぶりだな」


ダメだ、ティンダーはレッドグローブさんの話に耳を貸そうとしていない。これじゃあいくら説得しても仕方ない…。むしろ見ろよあいつの杖、こっちを向いている。


俺たちの事も攻撃するつもりなのか。


「ってかよ、お前が背負ってる奴らは人質の一部なんだから置いていけよ」


「断る、こいつらは煙を吸い込んじまってる!すぐに医者に見せなきゃ死んじまう!」


「あっそう、まぁ死んでてもそれがバレなきゃ人質に使えるだろ!あはははは!」


「ゴミカス野郎が…!」


「オラ置いていけよ!さもなきゃ…!」


ダメだ、今のレッドグローブさんは逃げ遅れた冒険者達を抱えるのに両手が塞がっている!これじゃ戦えない!だったら!


「レッドグローブさん!その二人を外へ逃がしてください!」


「は!?お前は!」


「俺はこのカス叩き斬ります!」


俺がこいつの相手をしてここにとどめる。どこにも逃げられないようにここで足止めするんだ。その間にレッドグローブさんが逃げ遅れた冒険者を外に逃す。その為に俺たちは二人いるんだ…。


「馬鹿野郎!相手は三ツ字だぞ!お前殺されるぞ!」


「それでもです、俺だって…レッドグローブさんみたいに誰かを助けたい!」


「…お前」


「俺だって男っすよ、誰かの後ろでやいのやいの言ってるだけで満足するような奴じゃないんです。覚悟があるからここに来たんですよ!」


「へっ、…言うじゃねぇか。わかったよ…漢にそう言われちゃ仕方ねえな!任せる!、ただし男の約束だ!死ぬなよ!」


するとレッドグローブさんは俺の腰をドンと足で叩くとそのまま廊下の奥へと走っていく。大丈夫だよ…俺魔術師の相手は得意なんだ、直近は負け越してるけども。


「…ガキが俺の足止めか?」


「不服かよ、クズにゃ勿体無い相手だろうが」


「ナメられてんなぁ、俺も…!」


そうして炎の世界の中残された俺とティンダーは静かに睨み合う。相手は三ツ字…協会のエリート中のエリート。俺みたいな木っ端な雑魚じゃ相手にもならない、それでも…引けねえんだなこれが!


「しゃあねぇか!だったら生意気なガキ一人ミディアムで焼き上げてレッドグローブへの嫌がらせに使ってやるよ!」


「ンな脅し文句で止められるか!こちらともう約束しちまったんだよ!」


踏み込む、燃える室内に向けてティンダーへと襲いかかる。こいつは魔術師!なら接近戦に持ち込めば俺の領分に…!


「甘ぇよ!『レッドブロークン』ッ!」


「ッ!く…『喰らえ』!」


しかし、凄まじい反応速度で俺の剣を避けたティンダーはすぐさま杖を振り回し、放つ…真っ赤な爆炎を。その火力・熱量共に致死性のものであることが見て取れるほどに盛る大火炎を星魔剣の力で吸収して防ぐ…が。


「ぐぅっ!?」


吹き飛ばされる、炎は吸収できたがそれによって生まれた衝撃波は自然現象。そいつまで無かった事にできず俺は惨めにもゴロゴロと転がり廊下の壁へと叩きつけられる。いや壁熱っ!?


「ああん?なんだその剣…魔術を吸収出来るのか。そんな剣聞いたことも…まぁいいや、いいモンならいい値もつく、テメェ殺して奪うとするか」


ヌルリと黒いローブを引きずって廊下へと現れるティンダー。あいつのあのローブ…まさか耐熱性か。ってことはこいつこう言う火事場泥棒やるの初めてじゃねぇな!


「この…ちったぁ恥を知れやクズ野郎!『魔衝斬』!」


帯びる熱を歯を食いしばって耐えながら、立ち上がりざまに放つのは魔力の斬撃…吸収して己の力に変えたそいつを思い切り放つ。ここに来るまでに吸収した魔力がたんとあるんだ!返してやるよ!


「む…そんなことまで、っと!あぶねぇ…なっ!」


しかしそんなもの避けるのに大した労力も要らないのか、ティンダーはスルリと飛翔する魔力の斬撃を回避すると共にその手の杖を振るい俺の胴をブン殴る。


「かはっ!」


その威力と来たらまぁ凄いもんだ。こいつも伊達に三ツ字じゃねぇ、実績を積み上げたからこそその地位にいるのだ。まだまだ若造の俺とは経験も実力も次元違い。


「ぐっ、お前…そんだけ強いのになんでする事がこんなロクでもねぇんだよ!」


「バカかお前!世の中金だろうが!自分の懐温める為に強くなって何が悪い!」


剣を振るう、炎の中で何度も振るう。しかしティンダーは的確に杖を操り俺の剣撃を防ぎ寧ろ逆に押し返してくる。この凄まじい技量があるならお前だってレッドグローブさんみたいに誰かを助けられただろう。


それなのに金欲しさにカジノで負けて、自分で使った癖して金返せって暴れて、それに街や人を巻き込んで!ロクでもねぇにも程があるわ!


「悪いに決まってんだろ!悪いに決まってるから!俺やレッドグローブさんが止めに来たんだよ!」


「はっ!尻の青いガキに説教されたくねぇよ!『ヒートファランクス』!」


「うっ!?『喰らえ』!」


杖の打撃の応酬の中、いきなり飛んでくる魔術。周囲の炎を巻き込み爆裂する熱波は衝撃波となり俺に向かって襲いくる。星魔剣で魔力自体は吸い込むが…それでも炎の乱気流によって発生した熱までは防ぎきれず、焼かれる皮膚の痛みに一瞬怯むと。


「ほらよ隙だらけ!」


「しま…ぐへぇっ!?」


怯んだ瞬間飛んでくる杖のフルスイング。腰を捻って放たれたそれは的確に俺の顔面をぶち抜き体を吹き飛ばす。だめだこれ…やっぱレッドグローブさんの言った通り俺じゃ歯がたたねぇ!?


「ぐっ、くそ…!」


転がりながらも態勢を整え、杖代わりに剣を地面に着いて立ち上がる。くそ…ただでさえ息苦しいのにこんな全力で動いて。これマジで死ぬかもしれねぇ。


「苦しそうだなぁ、それもこれもお前が向こう見ずなガキだからだ」


「ガキはどっちだよ、テメェがやってることはおもちゃ屋の前で手足バタつかせる子供の駄々と何にも変わらないだろうが…」


「正論言って勝ったつもりか?だがな、殺し合いの場じゃあ正論なんて何の意味もない、正しさなんて何の力もない。勝った奴だけが『正しさ』を証明できるんだよ…冒険者の世界ってのはそう言う世界さ」


「そんなんじゃねぇよ…!」


勝った奴が正しい?生き残った奴だけが正しい?バカな話だよ。俺はさっき…本当の正しさをレッドグローブさんの背中に見た。あの人こそが答えだ。


どんな暴論振りかざしても、どんな暴力に訴えても、あの人の正しさが揺るがないように…人を助けようとする人間こそが正道を歩めるのだ。


少なくとも俺の師匠はそう語った、だから俺はその理屈を信じるんだよ。


「今逃げりゃ見逃してやるぜ」


「逃げねえよ、俺は今正しいことしてるんだ。なんで間違ってもないのに尻尾巻かなきゃいけないんだよ」


「まるで正義に酔ったクソガキだな」


「あんたは悪徳に溺れた嫌な大人だよ」


はぁとティンダーはため息を吐くと、短く持った杖を持ち直し…今度は長く持つ。武器としての杖ではなく魔術具としての杖の持ち方に変える。ただそれだけで威圧によって炎が揺らぐほどだ。


「ガキには、世の道理を教えてやらねえとな…『フレイムタービュランス』!」


「っ…!」


放たれるのは炎の竜巻、回転する紅蓮の炎から次々と火矢が飛び出し雨霰のように俺に向かって飛んでくる。凄まじい火力と勢い…それにやや気圧されながらも俺は剣を立て。


「『喰らえ』星魔剣っ!!」


振るう剣で火の矢を叩き斬りティンダーに突っ込む。何が世の道理だ、そりゃアンタ中心の世界の話だろ!他人に目を向けず自分の利益ばかりに目を向ける人間の戯言だ!そんなもの到底受け入れるわけにはいかない!


「ぅぉおおおおおお!!」


「レッドグローブに触発でもされたか!あんな偽善のどこがいい!」


「偽善でも!善だ!テメェみたいなクソよか千倍マシだ!」


「はっ!そう言うのが一番嫌いなんだよ!『グレイトバーナー』!!」


「ぐ…『喰らえ』!」


接近する俺に向けて放たれるのは高出力の火炎の噴出。それを防ぐために剣を盾にするが。凄まじい勢いだ、前に進めない…!けどこのままいけばきっと…!


「魔術が来たら剣で吸収。馬鹿の一つ覚えだな…そう何度も見せられたら、いやでも対策しちまうよ」


「へ?」


刹那、ティンダーが魔術を解き…彼の手から放たれる炎が姿を消す。一体何がと反応するよりも前に…ティンダーが動き出す。剣を構え足を止めた俺に向けて、その手を翳す。


「『クリムゾンエクスプロージョン』っ!」


「ッ!く くら…」


足を止めさせられた俺に向けてティンダーが魔術を放つ、それを吸収しようと剣を振るうが…違う。ティンダーの狙いは俺じゃない。先程の炎の噴出を受け止めた俺の真下。足元に向けて煌めく閃光を放ったのだ。


光は俺の足元に着弾するとともに爆裂し、眩い光とともに爆炎を放ち…俺の体を包み込む。


「ぐぁっっ!!!?!?」


俺の体はまるで風に煽られた紙だ。吹き飛ばされると言うより爆ぜ飛ばされる。気がついたら廊下の床を転がっていたんだからどうしようもない。


まだまだ何くそ!と起き上がるにはちょっとダメージがデカすぎる。


「ひゃははははは!吹っ飛んだなぁ!いい武器持ってるからって調子に乗ったか?」


そいつはちょっと否めない。特別な武器を持ったからって俺自身が特別になったわけじゃない。強い武器を持っても強くなれないように俺自身は何の変哲も無いただの冒険者なんだ。


「そのままほっといても炎に巻かれて死ぬだろうが…ここはとどめ刺しとくか」


「グッ…」


ダメージのデカさに蹲る俺を見たティンダーはメラメラ燃え盛る火炎の中を悠々と歩いてくる。卑怯だろあいつばっか燃えない服着てるなんて…こっちはこんなに熱いのに。


「さぁ死ね…『炎よ』!」


そんなティンダーの言葉に従い周囲の炎が蠢き螺旋を描き俺を囲み始める。熱い…このままじゃ焼き殺される。


けど、…やっぱ諦められねえ。死なねえって約束したから死ねない、立ち上がれ…立ち上がれ俺!


「くっ…ぅ…はぁ…はぁ…」


「立ったか、だが今更何ができるよ…お前に!」


そうだな、何が出来るんだろうな。ちょっと考えてみよう。


まず俺の十八番たる近接戦はちょっと勝ち目がない。じゃあ斬撃を放つかって言っても通じないだろ?かといって距離を置いても向こうは魔術師、炎の波濤が直ぐに俺を焼き殺す。


これを防ぐとなると俺もあいつみたいな燃えない服が必要になる。…けどそんなものないし。


いや無いなら別の何かを使えば…、なんか無いか?炎を防げるようなやつ!なんか!


「……っ!」


そういやあの扉、この炎の中でも焼けてねえな。あれを使えば火を避けられるか?いやでもそこからどうする。炎を避けたからってその後どうするんだよ、それで逃げ回るって!?


「………………」


迫る炎の波の中考える。色々散らばったピースを頭の中で手当たり次第に組み込んでいく…すると。


「…ぁ」


一つ、うまくハマるピースがあることに気がつく。いけるか?これいけるか?これやったら…いやいやマジで言ってる?こんな博打みたいなことやって勝てるか?


……うん、勝てるな!あいつは今しがたギャンブルで負けてここにいるんだ!なら向こうはツイてない!風はこちらに吹いている!はず!


「よし…!『喰らえ』!」


「またそれか!逃がさねえよ!」


咄嗟に動き出し俺の周りを囲む炎を吸い込み道を作るとともに走り出す、方向はティンダーとは反対方向…つまり後ろにだ。当然ティンダーも追いかけてくる。


「ひゃははははは!ほら逃げろ逃げろ!臆病者め!『フレイムインパクト』!」


「ふっ!よっと!」


次々と飛んでくる炎弾を右へ左へ飛びながら俺は走る、やがて俺の体は炎の幕によって隠され…ティンダーの視界から消え失せることになる。


「チッ、よく見えねえ。だが関係ねえ!廊下ごと焼き尽くしてやる!『ブラストスターマイン』ッッ!!」


炎魔術の達人として名を馳せたティンダーが持つ最大火力。複数の爆炎を同時に発生させ大規模に甚大な熱波を叩き込む炎熱系の大魔術。それが今密室で使われた、まるで竃の中のように膨れ上がる炎は真っ直ぐ廊下を駆け抜け向こう側にいるであろうステュクスを焼き焦がす。


如何に魔力吸収が出来ようともこの熱量に囲まれてはあの小僧も生きてはいられまいとティンダーは笑う。


そうだ、笑うのだ。何せティンダーは自身の炎に誇りを持っているから。


この分野なら誰にも負けない自信があった。だからその中でも最大級の魔術『ブラストスターマイン』を放ったことにより勝利を確信してしまった。


…そう、確信しただけ。勝負はまだついていない。


「へっ、バカなやつ。っと!派手にやり過ぎちまった、このままじゃホテルが崩落するか。流石に炎が効かなくても瓦礫に押しつぶされちゃ一溜まりもねぇしな」


ここは一度場を移すか…そう踵を返そうとした、その瞬間だった。


「ぅぅぅうぉおおおおおおおおおお!!!」


「は?」


ふと、声が聞こえて振り向く。そこにはブラストスターマインによって焼け焦げた廊下、燃え盛る火の海が見える…いや、それだけではない。炎の向こうに何か影が…。


「あ、あれは!あのガキ!生きてたのか!?」


「逃すかぁぁああああ!!!」


ステュクスだ、それが切り離した扉を盾に突っ込んできたのだ。


…そう、逃げ出したステュクスが目指したのは『自室』だ。鍵を差しっぱなしにして開けておいた扉の中に咄嗟に飛び込み飛んでくる魔術を回避し、ブラストスターマインの波から身を隠していたのだ。


廊下を如何に焼き尽くそうとも廊下にいないんじゃ効果は薄い。そしてそのままその扉に剣を突き刺し脆くなった蝶番を蹴り壊し。盾のように構えて炎を突っ切ってティンダーに駆け出しているのだ。


「あいつ!この…『フレイムインパクト』!」


突っ込んでくるスティクスに向けて炎弾を連射する。しかし防音の為分厚くそして頑丈に作られているこの扉はそれくらいじゃあ燃え尽きない。寧ろ炎弾を弾きながらステュクスを守り抜く。


「逃がさねぇって!言ってんだろ!!」


「アイツ…!チッ!だったらその扉ごと全部焼き尽くしてやんよ!」


仕方ないと再び杖を構えてブラストスターマインを再装填するティンダー。まだステュクスとティンダーの間には距離がある。この距離ならステュクスだがこちらに到達する前に焼き尽くせる…そう計算したティンダーは足を止め魔力を高め。


「させるかッ!『魔流爆』ッ!」


しかし、それを阻止する為ステュクスが放つのは魔力爆発。吸い込んだ魔力を鋒で爆発させる『魔流爆』を放ち…そのまま突き刺した扉を射出したのだ。


凄まじい勢いで飛んでくる扉、それは矢の如くティンダーに迫る。


「なぁっ!?ひぃ!?」


さしものティンダーも高速で飛来する鉄の板を前にしたらビビる、しかしそれでも熟練冒険者たる彼は咄嗟に身を引いて鉄板を回避する。


回避する…回避した、つまり。


「ハハハァッ!バカなやつ!折角の盾を捨てたか!」


折角の奇襲が不発に終わったのだ。板はティンダーの背後を転がり飛んでいく、これでステュクスを守る盾は無くなったことを意味して…。


「あれ?」


しかし、振り向いたティンダーの目の前には…何もいなかった。


扉を吹き飛ばした筈のステュクスが何処にも居なかった。何処かの部屋に隠れたのかと思い見渡すもそういう気配はない。


「…………まさかッ!!」


そこでティンダーは思い至る。ステュクスが何処に消えたか…その答えは一つ。


「後ろか!」


「遅えッッ!!」


後ろだ、つまりステュクスは吹き飛ばした扉にしがみついて自分ごとすっ飛んだのだ。避けられることも混み合いである意味捨て身の攻撃を行ったのだ。もしティンダーが扉を炎で撃ち落としていればステュクス諸共焼け焦げていただろう。


これは賭けだった。ティンダーがビビるか勇敢になるの…そしてステュクスは勝った。ティンダーこそが臆病者だったが故に。


そして賭けに勝った彼への配当は。ティンダーの背後を取り、肉薄するという圧倒的アドバンテージ。


剣を振りかぶり突っ込んでくるステュクスに向け、咄嗟に振り向き杖で応戦しようとするティンダーだが。


「動きに慣れるのはお前だけじゃねぇんだよ!」


読んでいた、ステュクスはティンダーが咄嗟に杖で防御することを読んでおり。防ごうとした杖を逆に叩き落としティンダーから武器を奪った。さっき打ち合った時にその動きは見た…ステュクスだって剣士の端くれ。そのくらい見抜ける!


「ぐっ!?ひ…ひぃぃぃい!!!」


杖を奪われもう目の前のステュクスを止める術を失ったティンダーは怯える。この距離じゃ魔術は間に合わない。剣の方が早い、だってもうステュクスは大きく剣を振りかぶっているのだから。


「こ、殺さないでくれぇぇえ!!!」


「うるせえ!師匠直伝!『枯葉落とし』ッ!」


命乞いをするティンダーに向け、ステュクスが放つのはアジメク流軍剣術の使い手ヴェルトが授けた剣技。落ちる枯葉的確に切り落とす程鋭い振り下ろし、それがティンダーの体を正眼が真っ二つに切り裂き……。


「ぅぐぅっっ……あ?」


切り裂いて…はいなかった、咄嗟に目を閉じたティンダーは自身の体に傷がないことを確認し、呆気に取られる。…外したのか?


「俺はな、師匠との約束で人は殺さねえって決めてんだ」


「は?…はは…ははははは!ここに来て偽善か!バカなやつ!」


笑う、笑う笑う笑う嘲笑う。偽善を笑う、何が殺さないだとティンダーは笑う、最大のチャンスを自分で棒に振ったステュクスを大いに笑いティンダーは両手を広げる。


「だったらこのまま焼き尽くして…」


「でもな、同時に言われてんだ」


「は?」


そこでふと、気がつく。


確かに斬られてはいない、ただしそれは自分の体は…という話。


ステュクスが斬ったのはティンダーではなく、ティンダーの着る服…防熱服だ。


「あ!?お前…!」


そうだ、ステュクスは最初からティンダーの服を狙っていたのだ。故に彼は正面からティンダーの服を切り裂き…彼の正面を無防備にした。大きく開いた防熱服はティンダーの皮膚を熱に晒して焼いていく。


最初から、これが狙いだった。


「師匠に言われてんだ、人は殺すな…だが!悪党は見過ごすなってな!!」


「お、おぉ!?!?!?」


「後悔しろよ!テメェは俺に火ィつけたんだからな!!」


するとステュクスは再び剣を構える。その先には炎…刃を振りかぶりながらその刀身を火で炙るのだ。その熱は刃の中に篭り始め赤熱し…燃え上がる。


「知ってるか!火で炙られた鉄ってすげぇー熱いんだぜ!」


「この…クソガキ…!!」


全身を前へと飛ばす、吹き飛ぶような踏み込みでティンダーの胴体に一撃、横にした剣を叩き込み…そのまま


「『鑽火魔流爆』ッ!」


「ぐぎゃぁっっ!!?!?!?」


放たれる爆炎の一撃。熱に対する耐性を失ったティンダーの胴に叩き込んだ刃は魔力を放ち赤熱した熱ごとティンダーを焼き飛ばす。自身の生み出した火と自身が生んだ状況に焼かれる自業自得のティンダーは胴に火傷を負い吹き飛ぶと共にがくりと項垂れる。


「ふぅ〜…楽な方に楽な方に逃げるお前に、俺が負けるかよ」


火の中にあって火を恐れず、窮地にあって自己を見失わないステュクスと。


カジノという楽な手段に逃げたティンダーの差が。


今、勝敗という形で分かたれたのだ。


…………………………………………………………


「ステュクス!無事か!」


「レッドグローブさん!」


その後ティンダーをぶっ倒した俺は如何に放火犯とはいえティンダーを見捨てるわけにもいかずそいつを背負ってそのまま階段を飛び降りるように駆け下り、見事脱出することに成功したのだ。


「お前…まさか一人でティンダーを倒したのか!?」


「いやぁ時間稼ぎのつもりだったんですけど、なんとかなりましたわ、あはははは!」


「無茶しやがって…この!いい男だなお前は!」


全身炭まみれの俺はレッドグローブさんに抱きかかえられながら、野次馬の中喜びを分かち合う。


…それから暫くはボーッと過ごさせてもらった。俺の仕事は終わったしな。


ティンダーは後から駆けつけた私兵団が連れて行った。どうやらあいつカジノで負けた上に借金もしてたらしく、債務の取り立てから逃げてこの事件を起こしたらしい。故にこのまま連れて行かれて罰を受けるらしい。


あの理想卿チクシュルーブが直々に…だ。可哀想だがアイツが招いた結果だ、そこまでは守ってやらん。


それからレッドグローブさんは休む間も無く私兵団と共に燃えたホテルの処理に向かった。火を消してもホテルの崩落は免れないが、あのままじゃ他所に飛び火してえらいことになるからな。


俺はそのまま私兵団から手渡されたポーションをストローでチューチュー飲みながら疲労を癒す。なんかえらいことになっちまったなぁ。



「おーい!こっちは消火できた!そっちは!」


「ダメです!火の手が強く…!」


「よし、俺がなんとかする!」


レッドグローブさんはずっと動き続けている。一応魔術師である彼はあっちこっちでいろんなことをしている。水を出したり建物を壊したり…色々だ。


俺も手伝う!って言ったら『お前は戦いで疲れてんだろ?休めよ』と言ってくれた。


…でも俺が最後まで諦めずに戦えたのは、あんたのおかげなんだぜ?あんたが正しさを示してくれたから。俺は最後まで諦めなかったんだ。


憧れちゃうよ、そこまで誰かのために生きられるなんてさ。


「大分鎮火できたな」


「お疲れ様です、レッドグローブさん」


「こんなのなんでもねぇ、本当ならお前を助けに行ってやりたかったんだが。それが出来なかったからな」


「…俺だって子供じゃないんですよ、それに約束しましたから…男の約束をね」


「…へへ、そうだったな。お前は一人前の男だよ!」


そう笑ってくれるレッドグローブさんの顔を見て、リオスとクレーの気持ちがわかった気がする。


嬉しいもんだな、大人から認められるってさ。


…っていうか、あれからホテルに帰った様子がないカリナ達はどこに行ったんだ?先に戻ってるって話だったのに─────。



「ステュクス!!!」


「へ?カリナ?」


ふと、カリナの声が野次馬の中から響いて…俺はギョッとそちらを見る。するとそこには顔面蒼白のカリナがおり、…ってかお前今までどこに。


「大変!リオスとクレーが攫われた!ごめん!!」


「は?…なんだと!?」


唐突に齎されたリオスとクレーの誘拐…そこで俺は、この長い一日がまだ終わらないことを何となく悟るのだった。





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