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271.魔女の弟子と理想の街


「たんたんっ!たんたんっ!そのリズムですよプリシーラさん!」


「はいっ!ナリアさん!」



「今日も元気だねぇ、熱心で結構結構」


「毎日練習してますもんね。エリス達も若い頃を思い出します」


「お前は今も若いだろ…」


パナラマを離れたエリス達は次のライブ会場である理想街チクシュルーブを目指す旅路の中にあった。いつものように馬車を走らせパナラマとチクシュルーブを繋ぐ交易街道を使って進む。


パナラマに行くために使ったあの名もなき森と違ってこちらは整備された道であり地面はしっかり慣らされている為ジャーニーも歩きやすそうだ。まぁこの馬車には振動軽減の魔力機構も取り付けられている為あんまり変わらないが。


今は、馬車を止めて昼休憩の最中。お昼ご飯を食べ終えた後のお休み時間だ、ジャーニーも休ませなきゃだから、今は原っぱの上で彼女を寝かせてる最中だ。


「次のライブはみんなに見てもらうんだからね、前のよりもずっと良くしないと」


「プリシーラ…真面目」


「だな、ああいうの見てると俺達も修行したくなるよな」


「って言いながら腕立て伏せしてるじゃないですかラグナ様」


「まぁそうなんだけどな」


背中の上にネレイドさんを乗せて片腕で腕立て伏せするラグナや、ソファに座り寛ぐエリス達は部屋の中央でステップを踏むプリシーラさんを眺める。パナラマでのライブを終えたプリシーラさんはより一層明るくなりあれからずっと毎日練習三昧だ。


全ては次の街、チクシュルーブで行われるライブツアーの締めで全力を尽くす為。あの直向きさにはエリス達も励まされますよ。


「はいっ、そこまで。一旦休憩しましょうか」


「ふぅふぅ、今日もありがとうナリアさん」


「いえいえ」


特にナリアさんはプリシーラさんの指導役として一役買っている。毎日彼女の連中に付き合って毎日いろんな事を教えている。劇の中で踊りを踊ることもあるナリアさんからしたら踊りの指導もお手の物なんだろうけど…すごいよなぁ、ナリアさんは本当になんでも出来そうだ。


「プリシーラ様、冷たいお水を持ってきました」


「こっちも、レモンの蜂蜜漬けだ。汗かいた後には効くぜ?」


「メグさん、アマルトさん。本当にありがとう…本当にみんな私にこんなに良くしてくれて」


「いーって事よ、次のライブも楽しみにしてるぜ?」


「ふふ、うん!任せて!」


グッ!とマッスルポーズで気合を示すプリシーラさん。これなら次のライブも大丈夫そうだなとエリスは背凭れに体重を預ける…。


でも、こうしてゆっくり休んでいると…色々と考えてしまうな。


思考の内容は基本的にマイナス方面のことが多い。特に気にするべきは…パナラマの子供達が悪魔の見えざる手に攫われている、と言う事実だ。


考えもしなかったが可能性としては大いにある子供の誘拐。マレウス中に手を伸ばす連中が子供を攫わないわけがないのだ。


…その話をヴィンセントさんから聞かされたエリスは即座に。


『今すぐ助けに行きますよ!みんな!行きましょう!』


そんな風に意気込んで奴らの本部がある西側へ向かおうとした、しかし速攻でラグナに襟を掴まれ。


『待てエリス!気持ちは分かるが今すぐつっこんでどうなるよ!』


ってさ、あんまりにも冷静な意見だったのでエリスはカァーッ!と頭に血が上って。


『ラグナ!貴方は子供達がどうなってもいいって言うんですか!』


とチクシュルーブまで届くんじゃないかってくらいの大声で叫んだんです。けどラグナは冷静な目つきを変える事なく懇々と。


『そうは言ってない、けど今の俺たちには守るものがある。今連中の巣を叩いて総力戦に持ち込むにはリスクがある。それともお前は自分の意見一つでプリシーラを危険に晒したいのか?』


そんな風に言われたらエリスも何も返せない。そんなつもりは無いんだ、プリシーラさんを危険に晒してまで無謀をしたいわけじゃ無い。でも子供達を放って置けない。


大人に暴力を不当に振るわれ、狭い場所に押し込められる恐怖は…エリスもよく知っている。あんな思いする人間なんか一人だって居なくてもいい、そんな恐怖を味あわせる人間だってこの世に一人もいなくていい。


だからどうしても助けたいとラグナに涙ながらに頼み込むと。


『勿論、助けに行かないとは言ってない。プリシーラを無事送り届けたらかましに行こう。連中には聞きたいこともある、だから全部終わったら全員で本部が『ある』場所を本部が『あった』場所に変えに行こう』


そう言ってくれたんだ、冷静になって考えてみれば結構無茶苦茶言ってた気もするが、それでもエリスの事を汲んでくれる彼には感謝しかない。


……けど、エリスがこうしてゆっくりしている間にも、子供達の涙がまた一滴地面に落ちていると考えると、血が出るまで頭を掻き毟りたくなる。


「怖い顔してんな、エリス」


「ラグナ?」


「隣いいか?」


「はい、どうぞ…」


するとラグナは一通り修行を終えたのか、汗を拭きながら隣に座り…その瞬間ハッとして。


「あ、悪い!汗臭いか?」


「今更気にするんですか?…ふふふ、気になりませんよ」


「そっか、…後で水浴びするよ」


そんなこと言ってもラグナって基本的に馬車の中でいつも汗だらけになるまで特訓してますし、今更ラグナの汗の匂いを気にする人はいませんよ。エリスだって気にしません。


「……なぁ、やっぱ攫われた子供の件。気にしてるか?」


するとラグナは膝の上に体重を預け、そんな風に切り出すんだ。気にしてるかだって?そんなもの決まってる。


「気にしてます、今もこうしている間に…子供達が傷ついていると思うと。居ても立っても居られないです」


「そっか、エリスは子供に優しいもんな。そこは分かってるんだが…悪いな、今は分かってくれ」


「勿論理解してますよ、だから…我慢します、本部を攻撃する時までこの怒りには蓋をします」


「ああ、頼むよ」


子供を傷つけるやつはみんなハルジオンと同じクズだ、ハルジオンはクズだから死んだ、ならば同じクズも死ななければならない。


連中…ハーメアの人生をぶち壊すに飽き足らず、どこまでもエリスの神経を逆撫でするとは、よほど死にたいらしい。


「…エリス?凄い顔してるぞ」


「え?どんなですか?」


「師範と喧嘩してる時のレグルス様みたいな感じ」


「じゃあ良くないですか?」


「よかないだろ…」


いいじゃないか、師匠の顔かっこいいしエリスも普段から真似しようと頑張ってるんですよ。


「プリシーラさん、いい調子ですね。この分なら次のライブも安泰ですよ」


「よかった、ナリアさんにそう言われるとなんだか自信つくなぁ。ねぇ?この依頼が終わってからも私のプロデューサーになってくれない?」


「あはは、まぁ〜…考えときます」


「にしてもナリアさんって本当に何者?見たところ私と同じくらいの年齢なのに、経験や知識はもうベテラン級。こっち関連の仕事してるんだよね?歴ってどのくらいなんです?」


「え?歴かぁ…」


するとナリアさんとプリシーラさんが床に座り込み疲れを癒しながら談笑しているのが見える。ナリアさんの歴か…まぁ確かに彼はもうこの道十数年のベテランだ、何で彼は…。


「うーん、五歳の時からやってるから、十五年くらい?」


「ご、五歳から!?うそぉ!?」


「もっとちっちゃい頃はお手伝いとかしてましたし、本格的に舞台に立ったのはそのくらいですかね」


「生粋の人間じゃない…、そんなちっちゃい頃から役者目指してたの?どうして…」


「色々理由はありますが、一番は両親も役者だったからってのが大きいですかね。その人達みたいになりたいって思ったのが最初です」


ナリアさんは微笑みながら語るが、彼の始まりはそう簡単なものでもない。彼は物心ついた頃から既にクンラートさん達旅劇団に預けられる身だったから、多分選択権なんてなかったのかもしれない。


それでも拗れず真っ直ぐ役者を目指せる純真な子が育ったのは、全てクンラートさんやクリストキントのみんなが同じように劇に対して真っ直ぐだったからだろう。あの人達本当にいい人達だったからなぁ。元気でやってるかなぁ。


「へぇ、…親が理解ある人だったんだね。いいなぁ、私の親は…私の歌が嫌いだったの」


「えっと、エストレージャさん…でしたっけ」


「うん、この国の財務大臣」


ナリアさんの顔は暗い、と言うかみんなも『あっ…』って感じで何かを察したように笑みが消える。みんな知ってるからだ…悪魔の見えざる手を裏から操っているのがマンチニールだと言うことを。


それを知らない唯一の人間であるプリシーラさんはその場で膝を抱えてぐったりと力を抜いて。


「ほんと嫌い、あの人…私を縛って私から歌を奪って、どこまでも私に干渉しようとする。エストレージャなんて厄介な家名なんて要らなかった…こんな事ならあんな家になんか産まれるんじゃなかった」


む?そりゃあ幾ら何でも言い過ぎってもんじゃあ、ありゃせんか?確かにマンチニール大臣は今んところいい話は聞かないがそれでも親は親だろう。


まぁエリスが言えた事じゃないかもしれませんが、いやエリスだからこそ言える。どれだけ恨んでも嫌っても親は親だ、血の繋がりは消えないんだ。それを否定するのは良くない。


「プリシーラさん、流石にそれは言い過ぎですよ」


「そんな事ないわ、あんな母親大っ嫌い」


「いやでも…」


「なによ、みんなもあるでしょ!お母さんがうざったくて堪らないって時くらい!普通でしょ!?」


…………あー、うー、えーっと…それはその。それ言うかぁ…言っちゃうかぁ…エリス達に。


「あー……」


「え?え?なに?わ、私…言葉が過ぎたかしら。ごめんなさい…カッとなっちゃって」


「いやそうじゃないんだ、そうじゃないんだけどな…」


ラグナがやりづらそうに頬を掻く、みんなも苦笑いをしてる。そりゃあそうさ…何せここに集まってるメンツはみんな。


「えっとな、ここにいるみんな…幼い頃に母親を亡くしてるんだ、なんなら半数くらいは両親がもういない」


「えっっ!!!?!?!?」


そう、如何なる奇遇か魔女の弟子はみんな早いうちに母親を失っているんだ。凄い言いづらい事でみんな敢えて触れないでいたが…そう言う運命なのかな。魔女の弟子は親を失ってる率がえぐい。特に母親に関しては百パーセント、エリスもみんなのお母さんの顔すら知らない。


「そ、そうなの?」


「ああ、俺の母親は兵隊でさ。俺がまだ小さい頃に戦争で死んだ、まぁ幸運なことに親父はまだ生きてるけどな」


ラグナは苦笑いする。彼の母親は忠国の兵士だった、ラグナがまだ小さい頃に国に尽くすとはなんぞやを説いて戦に赴き死んだと言う。彼が本気でアルクカースのために尽くすルーツになった人だ。


「私の母はその…間男を作って家から逃げてな、逃げる最中野盗に襲われ死んだ。父も家に帰ったら首を吊っていたよ」


メルクさんはこの中でもかなり悲惨な部類かもな。まだ領主になって間もなかったソニアから金を借りた両親は借金地獄に陥り彼女の拷問から逃れるため二人とも死んだ。しかもその後しばらくメルクさんが返済するために働いていたんだから悲惨も悲惨だ。でもそっから今や世界一の大富豪ってんだから凄いよな。


「俺の母親はちっちゃい頃に病死、父親に殆ど見殺しにされてな。ああ親父は生きてるぜ?生き汚くな」


アマルトさんの母親は病死、しかも病床に伏した妻を置いて夫たるフーシュさんが仕事に専念したせいでほぼ見殺しにしたような形になっていたんだ。これがアマルトさんとフーシュさんの確執の始まりでもある。…思えば彼も大変な人生だったんだな。


「僕の両親もその。顔を見たことがないんです、二人とも僕を劇団に預けて旅に出て…その先で事故にあっちゃって…」


かく言うナリアさんも両親にあったことがない。先程も言ったがクンラートさんに預けられていたから名前と話でしか親を聞いたことがないのだ。二人はハーメアを助けに行くため船に乗り込み水難事故で死亡。決して両親が理解ある人物だったから役者をやってたわけではない。


「私は小さい頃に二人とも殺されました、殺し屋に」


淡々と語るメグさんも両親はいない、空魔ジズに両親を殺され姉のトリンキュローさんと共にジズに攫われ十代まで殺し屋としての教育を受け続けていたらしい。しかも聞く感じ両親が目の前で殺されてるっぽいんですよね…よくもまぁ今こうしてノホホンと生きてられますよ。


というか、…メグさんの両親は何をされていた方なんだ?一般人が空魔ジズに狙われるとは考えにくい、聞いたことないがメグさんの親って何者なんだ?


「私は…捨て子、本当の親は…知らない」


そう言う意味ではネレイドさんは両親がいるかいないかもわからない。ある日港に捨てられていたのをリゲル様が拾ってそれ以来本当の親子のように過ごしているだけ、親が生きているのかも死んでいるのかもわからない。


けど、そう語るネレイドさんの顔はやや難しいようにも思える。…まだ見ぬ両親を思って悲しんでる、って感じじゃないな、なんだろう。


「私のお母さんは小さい頃に洪水に巻き込まれて死んじゃった、お父さんも病死、まぁ仕方ないよね、そう言うもんよ」


デティもまた両親がいない。母親はエリスと出会う少し前に大雨の洪水で亡くなったらしい。大雨ってのはあれだ…エリスと師匠が出会った日に降っていたあの雨だ、つまりあの日デティのお母さんは死んでいるんだ。


というか、ド重い!重いよ空気!プリシーラさんってばもう聞いたことを後悔しているどころかもう半泣きだ、さっきから小さくごめんなさいごめんなさい聞いてごめんなさいと嗚咽交じりに呟いてるよ。


…魔女の弟子ってみんな、大変な幼少期を送ってるんだなぁ。


「みんな大変ですね」


「お前にゃ負けるよ」


「うん、エリスちゃんには勝てないかな」


なんてアマルトさんに突っ込まれてしまった。そうかな…、と言うか不幸に勝つも負けるもなくないか?そう言うので張り合っても虚しいだけな気がするが。


「え、エリスさんも…凄い過去持ってるの?」


聞くんですか?プリシーラさん、ここまできたら怖い物見たさってやつですか?うーん…まぁいいか。


「まぁ、エリス…奴隷の子供だったんですよ。それで奴隷だった母はエリスの事を捨てて逃げ出して遠方で病死。エリスの事を虐待してた父も事故で死にました」


「〜〜〜〜……」


ほら、凄い顔してる。やめときゃよかったのに…。


そう言う顔されるから、あんまり昔のことは言いたくないんですがね。


「ごめんなさい…ごめんなさい、バカなこと言いました、ごめんなさい」


「い、いやいやまぁ別に気にしてる人なんていませんよ。でも…どんなに嫌いでも仲直りできるのは親が生きてる間だけですよ、死んだ後後悔しても遅いですから」


「うっ、…はい」


もはや文句も言えない、みんな揃ってうんうんと頷く様を見てプリシーラさんも何も言えない。どんだけ親が嫌いで恨んでてもエリス達の前で母親の愚痴は言えないのだ。


「……はぁ、そっか…そっかぁ…、みんな大変なんですね」


「まぁ大変っちゃあ大変だったけど、寂しいとは思ったことないぜ?なんせ、みんな母親代わりになってくれた人がいるからな」


「そうですね、いい人に出会えました」


でも寂しいとは思わなかった、母親のように接してくれる人にみんな出会えているから、その人達に育ててもらったから寂しくないんだ。あの人達の教えを胸に抱えて…エリス達は生きていけること、それ自体が幸運なんですよ。


「そうなんだ…、ならなんか、よかったかな…」


「ふっ、なんでプリシーラが泣いてんだ?」


「あはは!案外涙脆い感じ〜?」


「泣くよ!?泣くって!そんな話聞かされたら!」


うわーん!と何故か泣き出すプリシーラさん、もしかしたら今の話を聞いてエリス達の親が死んだ時の悲しみを想像してしまったのかな?だとしたら感受性豊かだな。


「さて、雑談もそろそろ終いにすんぞー。馬だそうぜ?次の御者番誰だっけ?」


「貴方ですよアマルトさん」


「あ、俺か。悪い悪いすぐ行くわ」


スゴスゴとジャーニーを戻しに行くアマルトさんを見送り、エリス達もそろそろ出発の準備を整える。もうチクシュルーブは目の前なんだ…そして、チクシュルーブに着いたら、きっとまた忙しいからね。


ああそう言えばチクシュルーブでも四ツ字冒険者が援護してくれるでしたね、今度は役に立ってくれるといいんですが。


…………………………………………………………


「アイドル冒険者の護衛依頼!?アンタいきなり逮捕されたかと思ったら何言い出すのよ!」


「まぁ落ち着けってカリナ、本当に色々あったんだって」


「そうは言うけど…!」


場所は変わり理想街チクシュルーブ、天上レストラン『アルカディア』の展望、そのテーブルを囲むようにステュクスとその仲間カリナはやや言い合うように相談をする。


時間にして一時間前、この街を訪れたステュクス達はいきなりこの国の兵士に囲まれ罪状を特に告げられぬままステュクスだけが逮捕され、そして何事もなく解放されたかと思えばこれだ。


仲間達に断りもなくいきなり持ってきた依頼…『アイドル冒険者プリシーラの護衛』。はっきり言えばその辺の魔獣を狩るのとは別次元の仕事だ、こういう要人警護系の依頼は得てして高難易度…それに。


「アンタ、一年前のアレで懲りたんじゃないの!?」


「いや…まぁ…」


ステュクスは一度要人警護の依頼を受けて痛い目を見ている…というよりとんでもないことに巻き込まれたのだ。正直今回の逮捕も一年前のあの依頼関連かと思いもするくらいとんでもない目にあったし、とんでもない事をしでかしている。


とはいえ、ステュクスはあの依頼で懲りた…という感覚はない、寧ろあの依頼を受けて良かったとさえ思っている。まぁ今のカリナにそれを言っても通じないだろうけどさ。


「まぁまぁカリナ、いいじゃないか」


「でもウォルターさん…!」


「ステュクス〜!無事でよかった〜!」


「僕達ステュクスが処刑されちゃったかと思った〜!」


「あはは…俺もされちゃうかと思ったよ…」


宥めるウォルターさん、涙ながらにステュクスに抱きつくリオスとクレー。仲間達に助けられこうして再会して…ようやく生きた心地がした。


そりゃ確かに俺だってこんな街にげだせるなら今すぐ逃げ出してやりたいが、そうもいかない事情が出来た。だって。


「悪りぃな、勝手に誘ってよ」


「いやいや!レッドグローブさん!全然いいんですって!」


俺達と同席するのは四ツ字冒険者レッドグローブさん、弊衣破帽を申し訳なさそうに深く被るこの人は俺の命の恩人だ。あのチクシュルーブとかいう狂人から俺を助けてくれた恩人だ。


今回の依頼だって元を正せばこの人が誘ってくれたもの。命の恩人が提示してくれた話に乗らないってのもアレだろ?まぁ、俺が単純にこの人と仕事したかったってのもあるが。


「レッドグローブ…こんな大物も連れて帰ってくるし、ホントに逮捕された先で何があったのよ」


「あはは…色々。それより仕事だ、どの道俺たちには金がいる。そして金を手に入れるには仕事がいる。前回受けた討伐系の依頼は断っちまったし、この仕事でそれなりに稼ぐしかない」


前回、俺が受けた討伐系の依頼は…計算外の事態が起こって受けられなかった。それにあの人がもうこの国に入っているとならば時間的な猶予はない、いつまた俺を追いかけて目の前に現れるとも限らないのだ。


出来るならここで稼いでサイディリアルまで行きたい。はぁ…本当はこの街で金だけ確保してとっとと旅に出る予定だったんだよなぁ。


理想街チクシュルーブは理想卿自身が金貸し事業をやっていることもあり即座に金を確保するのに向いているのだ。けど…なんかあの女から金を借りるのは危ない気がする、やっぱ金は真っ当に稼ごう。


「そりゃそうだけど…、まぁ四ツ字冒険者様が出張るような仕事ならそれなりにお金も出そうだしね」


「しかし、アイドル冒険者の護衛とは言うけど、当のプリシーラはまだこの街には来ていないのかい?」


「ああ、プリシーラは今パナラマでのライブを終えてこっちに向かってる。話じゃ冒険者の一団が既に護衛を務めているらしいから、其奴らがこの街に来てから合流して一緒に護衛…って形になるな」


あ、もう既に別の冒険者が護衛を引き受けているんだ。まぁそりゃそうか…アイドル冒険者は今現在協会の懐を支えている重要な収入源。大掛かりに守って当然か。


「協会から受けた報告じゃ既にプリシーラはコンクルシオとパナラマで二回も襲撃を受けているらしい」


「え、普通に中止にしなさいよ」


「そうもいかねえ、このライブにゃおエラい人達が何人も関わってる。そしてそう言う奴らはメンツを気にする…特にあの仮面女は手前のメンツを汚されたら何をするかわからねえ類の人間だ、大人しくライブは開いとく方がいいだろうな」


レッドグローブさんは背凭れに腕をかけ、吐き捨てるように展望台から見えるチクシュルーブの居城を見る。確かにアイツは自分のメンツを汚されたら何するかわからねえな。というよりあの女に何かをする理由を与えるのはマジでヤベェ。


「そうなの?分かったわ」


「物分かりがいいな、ともかく依頼の開始はプリシーラが到着してからだ。それまではこの街で好きに過ごしな…俺も好きにやらせてもらう」


「え?あ!ちょっと!?」


するとレッドグローブさんはそそくさと立ち上がり、まるで慣れ合う気は無いとばかりに何処かに行ってしまう。まぁあの人にもあの人の動きがあるだろうし、そもそも俺達とは別のチームだから別行動は構わない……んだけどさ。


「待ってください!レッドグローブさん!悪い!カリナ!俺ちょっとあの人についてくわ!」


「はぁ!?アンタまで!?」


「そう!俺まで!後でホテルに集合な!散財は控えるにように!以上!解散!」


「ステュクスー!…行っちゃった」


椅子を弾いて立ち上がり俺は去っていくレッドグローブさんを追いかけレストランの人混みを掻き分け走る。別に放っておいてもいいし仕事をするだけなら関わりなんて必要最低限でもいい。


でも、放って置けない気がした。レッドグローブさんの背中から感じる哀愁というか悲しげな雰囲気…、話に聞けばいつも豪快に立ち振る舞うと言われる彼には似つかわしくないしみったれた空気に俺は何かを感じ取った、そして感じ取った何かを俺は信じた。


放っておくべきではない、打算や理屈じゃないんだ。


…………………………………………………………


『表裏一体』と言う言葉がある。どれだけ正反対のものでも裏と表で繋がっており結局は一つであると言う意味合いだ。


どんな物事も突き詰めれば正反対の概念に辿り着く場合が多い。破壊を突き詰めた物は創造に辿り着くし、創造を突き詰めた物は破壊に傾倒する。剣を極めた者は剣を捨てる道を選び勉学を極めた者は己を無知であると嘲る。


それと同じ事がここでは…この『理想街チクシュルーブ』では起こっていると言えるだろう。


俺は見た、理想卿と呼ばれる女の本性を…アイツはこの世の苦痛全てを熟知した悪魔だ。


そんなアイツが作ったこの街もまた苦痛に満ちた物なのか?…答えは否。


この世の全ての苦痛を熟知した女が作り出す街は、この世の全ての悦楽が詰められたまさしく理想の楽園なのだ。


人が嫌がる事をとことんまで突き詰めたからこそ、人が好むものも理解している。


それがここ…通称『此岸の楽園』。理想街チクシュルーブ…マレウス屈指の歓楽街だ。


『おーい、次はこっち行こうぜ〜!』


『次は何を飲もうか、何を食おうか。この街にゃなんでもあるんだ、とことんまで食い尽くそうぜ!』


『でももうお金がないわよ、このままじゃ宿屋にも泊まれない…』


『ならカジノで増やせばいいって、ダメなら理想卿様が金を貸してくれるって言うし、大丈夫だろ』


この街には美食がある、娯楽がある、美術がある、刺激がある、金がある、全てがある。人間が楽しいと思える全てがありそれをどんな人間でも楽しむ事ができる。


美食に舌鼓を打ち、美酒を片手に、ギャンブルを嗜み、娼婦を抱いて、この世の覇者だけが味わえるそれを金と引き換えに一時的にでも楽しむ事ができる。


金が尽きかけてもカジノで増やせる、カジノがダメでも理想卿がばら撒く金を受け取りまた楽しめる。


娯楽によって人を骨抜きにする魔性の空気がこの街には漂っている。それをステュクスも最初は『いいもんだなぁ』と思っていたが…今はそうは思わない。


感じるのは真逆の印象。『薄気味悪い』だ…だってこの街を作ったのがあの悪魔だぞ。絶対に何か裏がある…。


だからこそ、ステュクスはなるべくこの街で金を使わず娯楽を避けて…街の大通りを走る、確かこの方角にレッドグローブさんが歩いていった気がするんだが。


「クッソ、人が多い」


周囲を見ればみんな気味悪く笑って楽しそうにフラフラと店から店へとハシゴしている、そんなのが数百数千単位でそこらの道を往来してるんだ、すぐそこにいる人間が誰なのかさえ視認するのも困難だ。


「…あの人が行きそうなところってどこだ?カジノ?いやいやあの人は硬派だからそんなことしないだろ、じゃあ闘技場?いやあの流れではいかないだろ。ってか俺あの人のことなんも知らねえじゃん」


途方にくれる、カリナ達に無理言って出てきたはいいけど『ごめん、見失っちゃった、てへっ』って言ったら流石に怒られるよな。いやもう何しても怒られるのは確定なんだろうけどな、勝手に依頼受けて勝手に立ち去ってさ。


まぁ毒を食らわば皿までだ、とことんまでレッドグローブさんを探そう。


「えっと…えーっと…、レッドグローブさーん!うぉーい!俺だー!ここだー!うぉーーい!!」


しかし特に何か策が思いつくわけでもなく、全力で叫び散らしながら人混みを疾走する。まるで迷子のガキンチョだな…情けねえ、と言うか周りの人間の目が痛い、完全に奇人を見る目だ、いやまぁ奇人なんだろうけどさ実際。


でもきっとこうしていればあの人なら、きっと。


「ッ馬鹿!喧しいわ!」


「あ!いた!」


ほら出てきた!、人混みを押し退け顔を真っ赤にして口元の葉っぱを揺らしてズカズカと下駄を鳴らしてレッドグローブさんが出てきてくれた。ほらね!こうすればあの人なら出てきてくれると思ったよ、だって…。、


「人様に迷惑だろうが!」


「いでっ!」


ゴツンと殴られる、そう…そうだよな、この人なら自分の名前を出されて怒るより先に自分の名前で他人に迷惑をかける事を嫌う、だから出てきてくれると思ってたよ…。


う、しかし痛い…まるで拳骨が鋼のようだ。


「ったく、お前何しに来やがった」


「い、いやすんません。けど俺…なんか放って置けなくて」


「は?誰を」


「貴方をです、レッドグローブさん」


「俺は幼女か何かか?俺からすりゃお前の方が危なかっしくて放っておけねぇよ。ほれ見ろ」


「へ?」


ふと、レッドグローブさんの野太い指が通りの脇を指差す。するとそこには通りの脇に通じる小道の陰から…武装した兵士が目を光らせている。ありゃ理想卿チクシュルーブの私兵?俺を逮捕したやつと同じ格好だ。


「この街はアイツの庭だ、自分の名前をつけた街で余所者が騒いでりゃ当然アイツのメンツは丸潰れだ。あの女がテメェのツラに泥引っ掛けられて黙ってると思うか?」


「お、思いません」


「この街で迂闊に騒ぐなよ、またあの部屋に逆戻りだぞ」


「は…はい…、善処します」


やべぇ、そうだった。街で騒げば街の持ち主として理想卿は狼藉者を罰さなければいけなくなる…つまりあの悪魔女が相手を好きにする大義名分を得ることになる。そうなりゃ今度こそおしまいだ。


「そういうことだ、分かったら護衛当日までホテルに籠もってろ。分かったな」


「はい、仲間にはそう言いました!でレッドグローブさんはどこに行くんすか?カジノ?闘技場?一緒に行きましょうよ」


「はぁ、あのなぁ?お前は俺のクランのメンバーじゃないだろ、弟分でもない、ウロウロ付いて回る必要はねえ」


「はい!仲間っすよね、同じ依頼を共にする仲間、だからついていかせてくださいよ」


「だぁ〜くそ、変なの拾っちまった」


俺を振り払おうと早足で歩くレッドグローブさんに食らいつくように後に続く。せっかく会えたんだし一緒にいましょうよ。ね?なんて笑顔を向けてもプイッとそっぽを向かれる。


「お!レッドグローブさん!あそこでなんかショーやってますよ!見ます!?」


「見ねえ」


「あっちに闘技場あるみたいっすよ!見ます?」


「見ねえ」


「あ!闘技場って自分も参加できるんだ、出ます?」


「出ねえ」


「そんなに急いでどこに行くんすか?俺も一緒に行ってもいいですよね」


「ダメだ」


「へぇ、どこに行くんだろ、興味あるなぁ」


「お、お前案外しつこいのな」


もう一周回って呆れられている気がするが、それでもついていく。人を押し退けレッドグローブさんが目指す先を俺も目指す。半ば俺が勝手についていく形にはなっているがレッドグローブさんがようやく足を止めた先は…。


「酒場?」


酒場だ、街の端っこにある安っぽい酒場。なんか親しみを感じる木製の建物にボロい看板。この街にはこんなボロい酒場もあるんだな…いやあるいは親しみを感じさせるそれもまた商売戦略か?


流石は同じ王貴五芒星である黄金卿を上回る商才を持つと言われる女だ、拷問癖さえなきゃマジの賢人なんだろうなぁ。


「ってかここが目的地っすか?」


「ああ、ガキのお前は入れねえよ。とっとと帰りな」


む、そう来たか…だが甘いな。未成年にゃ未成年のやり方ってのがあるんだよ、例えばこんな風にレッドグローブさんの手を掴んで…。


「親子同伴って事で」


「どこの世界にガキ連れて酒場入る親がいるんだよ!ってか誰が親だ!」


「僕そこの酒場に行きたいよパパ」


「テメェ終いにゃぶっ殺すぞ」


ダメか、こうやって手を繋いでりゃ親子に見え…るわけないか。うん、無理があったかな、最近リオスとクレーが甘えてくるからそれを参考にしたんだがまだ十も行ってないガキンチョの真似をするには俺も歳をとりすぎたか。


…なんか急に恥ずかしくなってきたな。ほっぺた熱う…。


「顔赤くするくらいなら最初からやるんじゃねぇよ、ったく…店先で騒ぐのもなんだ。もう入れ」


「え?いいんすか?でもお酒ならさっきのレストランにもありましたよね。なんでこの酒場に来たんです?」


「お前を巻くつもりだったんだよ!…はぁ、俺が浅はかだった」


とは言いつつなんだかんだで俺も一緒に連れて行ってくれるようだ、掴んだ手を強引に引っ張りレッドグローブさんは酒場の扉を片手で押し開け中への入れてくれる。


酒場の中というのは全国共通なのか、その街がどれだけ栄えていようとも酔うことだけに執着した人間が集まる場所とは得てして小汚い。俺としてはとても馴染みのある人相の悪い男の溜まり場がそこには広がっていた。


「わぁ、負け犬の吹き溜まりみたいっすね」


「お前怖いもの知らずか?思っても口に出すな」


いやしかし本当に負け犬の吹き溜まりだぞここは、外の人間はあんなに楽しそうなのにここにいる人間は全然楽しそうじゃない。むしろ酔ってないと気が狂いそうだと言わんばかりに酒を飲み続けている。


あの顔見てると、こっちもおかしくなりそうだ。


「お前が連中の顔を見て何か思う必要はねえぞ、ここにいる人間は全員自業自得でここまで落ちたんだ」


「へ?」


「連中は楽して稼ごうとしてギャンブルで金スッたのさ、所持金無くして借金してまた負けて、なのにそこから這い上がろうともせず酒に溺れてる連中だ。誰かのせいになんて出来やしねえ」


まるで俺の心を察してくれたのか、レッドグローブさんは気にするなとばかりにフォローを入れてくれる。この人…やっぱ優しいなあ。


「ふぅ、おいオヤジ。安いの一杯…こっちのガキにはミルクでもくれてやってくれ」


「俺を巻くために入った店なのに、結局酒飲むんですか?」


「入るだけ入って何にも飲まずに帰るのは失礼だろ」


「それは確かにそうですね、でも俺お金…」


「奢る、形とは言え俺が連れ込んだわけだしな」


この人本当に面倒見いいな。流石は数百人の弟分を持つ大クランの頭領だ、この人に迷惑かけてる現状が恥ずかしくなってきたぞ。


カウンターに座り慣れた様子で注文を済ませれば、耄碌してそうな店主はその辺の酒を適当に注ぎ、俺には木のコップに牛乳を削いで渡してくれる。それを受け取り口をつけ牛乳を飲んでいく。


久しぶりにミルク飲んだな、お母ちゃんのヤツ以来だ。


「それ飲んだらいい加減帰れよ、関わるなって話じゃねぇ。この街はフラフラウロつくには危な過ぎる」


「はい、すみません…」


「いいってことよ、…それよか折角の酒の席だ。これ飲み干すまでは話に付き合えよ」


「レッドグローブさん…!」


なっ?とニタリと笑うレッドグローブさんの言葉に思わず体をそちらに向けて頭を下げる。この人が何人もの男達に慕われ兄貴と呼ばれる理由がなんとなくわかった気がする。そりゃあ慕われるわ、俺みたいなのにもこんなにも付き合い良くしてくれるんだから。


だからこそ、気になる。…どうして貴方の背中はこんなにも大きいのに、そんなに身を縮こまらせているんだ。


「…じゃあ、その…聞いてもいいっすか?」


「なんだ?」


「どうして、一人で依頼を受けたんですか?しかもアイドル冒険者の依頼なんて…」


「…ん、いきなり打っ込むんだな。間怠っこしくなくていい」


するとレッドグローブさんは酒を一口仰ぐと、ただでさえ岩のような顔を更に顰めて、何を見るでもなくただ前に視線を向ける。


「この依頼は、俺にとって大切なものだからだ。誰かを巻き込めない…ましてや俺を慕う人間にはな」


「アイドル冒険者がですか?」


「そうじゃねぇな、先にこの依頼を受けていたヤツ…今プリシーラを護衛している冒険者と俺には因縁がある。そしてどういう因果か…プリシーラの身を狙う奴ともな。ここまで来たら運命って言葉が嫌いな俺でもソイツを感じちまう」


「因縁…、だから一人で依頼を?」


「ああ、…これは俺の過去の清算なんだ。手前の過去に決着つけなきゃ…男じゃねぇ」


嗄れた声で一言喋ると、他にも湧いてきていただろう言葉を酒で流し込み。深くため息を吐く…余程の過去なのだろう。彼ほどの男がここまで深く思い悩むとは。


だから、こんなにも寂しい雰囲気を纏っていたのか。今の彼には自信もプライドもない、イタズラがバレて怒られる寸前の子供みたいに、心の中で目の端に涙を浮かべているんだ。


「…なぁ、こっちもお前に質問してもいいか?」


「へ?いいですけど…」


ふと、レッドグローブさんの弊衣破帽の隙間からチラリとこちらを見る目が見える。俺に質問?なんだろう、いつまで付いて来るつもりとかそんな感じかな…いやでもこの人はそんなグチグチ言うタイプでもなさそうだし。


「お前、生まれは?」


「生まれ?俺はマレウス生まれのマレウス育ちですけど」


「マレウス?…そうか」


「…え?聞きたいことってそれですか?」


お見合いかよ、いやお見合いだとしてもそんな話題振らないよ。


「ああ、ともすればお前も……いやなんでもない」


なんでもない事はないとは思うがね、俺だってバカじゃないんだよレッドグローブさん。カリナからはよくバカだの大バカだの言われはするが意味ありげに嘆息しながらお茶を濁す人を見て『なーんだ、なんでもないんだ』って言えるほどバカじゃない。


そしてそのことについてこれ以上根掘り葉掘り聞くほどバカでもない。


「そうですか、…レッドグローブさんは何処の生まれなんです?」


「はぁ、その質問にゃどういう意図があんだ?」


「いや、生まれ聞かれたので聞き返そうかなって」


「そんないいもんでもねえ、俺はガスレッジ王国って小国の生まれだ」


ガスレッジ王国?うーん困ったぞ、聞いたはいいが知らないな。そんな名前の国この近辺にあったか?いやもしかしてポルデュークの方か?だとしたら本格的にわからない、なんで返そう。


「聞いたことない…だろ?無理もねえ、俺が十代の頃…三十年以上も前に滅びてるからな」


「え!?もうないんですか!?」


「ああ、他国と戦争ブチかまして滅んだ。手前で喧嘩売ったくせにいざ戦ったら速攻で屋台骨が折れて自壊…間抜けな話だぜ」


祖国が無くなるってのは…相当なもんだと思うけど、俺にはその感覚が分からない。けどもしマレウスが滅んで跡形も無くなったらやっぱりショックだと思う。


「祖国が滅んだ後の人生は…色々悲惨だったな。家もない家族もいない頼りになる街もない…だからチンピラ蠢く路地裏で飯を確保するために戦って戦って。剣も槍もないから拳一つで戦い尽くして、どんな手を使ってでも金を稼いで生き抜いて、死ぬ気で勉強して勝ち抜いて、気がついたらこんなにも生きちまった」


「凄い人生っすね、俺想像出来ないです」


「そうでもねえ、ロクでもなかったさ」


フッと今度は自笑するように鼻で笑い酒を一仰ぎ、なんとも自信なさげな様子だ。そのロクでもないがどんなロクでもなさなのかは分からないし俺はこの人の経験した試練の殆どを知らないから偉そうには言えないけどさ。


でも…。


「でも凄いじゃないですか、ロクでもない事なんて無いです」


「はぁ?」


「だってレッドグローブさん、今凄いじゃ無いっすか。数千人の弟分に慕われて、何万人の困ってる人たちから頼りにされ、何十万何百万…ともすればもっと多くの人たちからお礼を言われて生きる人生を歩めている。昔はロクでもなかったかもしれないですけどレッドグローブさんはそこから這い上がろうとして諦めなかったからここまで来れてるんです。それって俺凄い事だと思います」


「…………」


「レッドグローブさんは、男の憧れる男の中の男…そんな冒険者です」


ドン底まで行って這い上がるってのは凄い事だ、それ以上にドン底まで落ちてもまだ這い上がろうと思えるのは凄い事なんだ。諦めないってのは 貫き通すってのは…十分凄い事なんだ。


それを昔のレッドグローブさんはやり通した、それは賞賛されるべき偉業だと俺は思いますよ。なんて伝えればレッドグローブさんは何もいう事なく一瞬俺の方を見ると…。


「分かったような口聞くんじゃねーよ」


「そ、それはそうですけど…」


「…フッ、だがまぁ。お前の真っ直ぐな目に免じて許してやるよ」


表情を隠すようにグラスを大きく傾け手元の酒を飲み干すと、勢いよくグラスをカウンターに叩きつけ立ち上がる。


「おい、お前名前は?」


「へ?俺ですか?俺はステュクスです」


「そうか、ステュクス。お前と話せてよかったよ、お陰で覚悟が固まった」


「覚悟ですか?でも俺何にも…」


「俺はこの街に決着をつけに来た。手前の因縁の全てに決着をつけに来た…それは何かに突き動かされて迷いながらやるもんじゃねぇ。お前の言うような男の中の男として 憧れられるような冒険者として、恥じないようやり遂げてみせるさ」


ニッと笑うと共にカウンターに俺の分の支払いをして踵を返し、黒い長丈のポッケに手を突っ込み…。


「それ飲んだらお前も帰れよ、男の約束に二言はねぇだろ?」


「はい!ありがとうございました!レッドグローブさん!」


「よし、んじゃあ俺はそろそろ…」


そう。俺達が座席を後にし別れようと酒場を出た時だった。さあ約束だししょーがないから帰ろうかと…ホテルのある方角を見たら。


「え?あれ?なんだ?」


「……ッ!?」


なんか見えんだよ、濃い鉛筆で書いたみたいな線が空に、空からその線が垂れて…俺の泊まってるホテルの方角に伸びて…。


いや違う…違う!あれ黒煙だ!燃えてんだホテルが!



「まさか、火災!?リオスとクレーは…!」


一瞬頭をよぎるのは仲間たちの顔、まさかまだあの中に居たりしないよな!!


「馬鹿野郎!何ぼさっとしてんだ!行くんだろ!?助けに!」


「え?あ…」


「男ならしゃんとしやがれ!」


するとレッドグローブさんは俺の背中を叩いて走り出す、ホテルの方角へ…。もしかして仲間を助けてくれるのか?いや違う、助けて『くれる』じゃない。


『俺も助けに行く』んだ!仲間たちを!


「待ってください!レッドグローブさん!」


「へっ、おせぇぞ!」


駆け出す、今はともかく仲間達の身を守るために。俺とレッドグローブさんは黒煙を上げるホテルの方へと走り出す。


読んで頂きありがとうございます、今日から書き溜め期間に入ります。

次回は一週間後の7/7になります、お待たせして申し訳ありません。

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