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370.魔女の弟子と真に見えざる者達


「いやぁはっはっはっ、実に見事なライブであった!勲章を授けたいくらいだぞプリシーラ!」


「いえ、全部守ってくれたエリスさん達のおかげです」


ライブが終わり、一日経った明くる日の事。エリス達は揃ってパナラマの頂上にあるゴードンさんの居城へと招待されていた。要件はライブ成功の祝いと街人を無事を祝しゴードンさん自らがプリシーラさんに感謝の意を述べてくれている。


……エリス達は昨日あの後コンディオを牢に送ったエリス ナリアさん アマルトさんの三人、あれからずっとプリシーラさんに付きっ切りでいてくれたメグさん デティ ネレイドさんの三人。


そして、ヤゴロウさんの様子を見に行ってくれたラグナとメルクさん、全員で合流してそれぞれあったことや得た情報を共有し終え今後の方針を打ち立てた。


当然ながらマンチニール大臣についても共有した。この一件の黒幕がプリシーラさんの母親だってね…プリシーラさんには言ってないけど。


このライブツアー自体がプリシーラさんを狙う者の罠だったとしても、エリス達の依頼内容は変わっていない。プリシーラさんを最後まで守る…その事には変わりはないから今更アマデトワールに戻るつもりはないということで一致したのだ。


「…………」


けど、とエリスはプリシーラさんとともに来賓室のソファに座りラグナとメルクさんを見る。二人は聞きの姿勢に入り目を瞑っているが…、なんか二人の様子がおかしい気がする。ヤゴロウさんの様子を見に行った後…エリス達に合流した後の二人はなんだかちょっと言葉の節々に違和感を感じた。


もしかしたら何かを隠しているのかも知れない、けど…深くは聞かない。二人は意味もなく秘密を作ったりしない。話さないのだとしたらきっと意味があるのだろう、エリスもそこを尊重しようと思う。


「冒険者の皆も良くぞ働いてくれた!特にラグナ殿。昨日の働きは見事であったと兵士達より聞き及んでいる!」


「いえ、出過ぎた真似をしました」


ゴードンさんはウキウキだ、なんでも昨日のラグナの活躍を耳にして久しく忘れていた武人の血が騒いだという。


確かに、ラグナは単独で戦っても強いが人を率いると尚強い。兵士を率いて戦う彼の姿はさぞ格好良かった事だろう、その場にいなかったエリスも鼻が高い。


「どうだろうか、このままパナラマに留まって我がルクスソリスと共にこの地を守護する客将とはなってもらえぬか?」


「あはは、昨日も言いましたけど俺にはやることがあるので。お誘いは嬉しいですけどそこはきっちり断らせてもらいます」


「ガハハハハハハ!つくづく儂好みな男よ!出来るならお前とは若き日に戦場で相見えたかったぞ!ラグナ殿!」


「フッ、俺もですよゴードンさん」


二人は意気投合しているように見える。ゴードンさんはすっかりラグナという武人に惚れ込んでくれているようだ。…あ、そういえば。


「あの、ゴードンさん?あれからヴィンセントさん達の様子は…」


ヴィンセントさん達は大丈夫だろうか、昨日は戦いで負傷したと聞いている。いくらデティが治療したとはいえ心配なものは心配だ。


エリスがそう伺うとゴードンさんはやや顔を曇らせ。


「うむ、ヴィンセントか。体の方は無事だ…デティ殿の治癒魔術のお陰でかさぶた一つ残っていない、が…心の方がな」


「心?」


「はっきり言おう、儂は昨晩ヴィンセントと話し合い…叱り飛ばした。昨日の奴の行いは儂としては決して看過できぬ蛮勇であった、領主たるもの臣民を危険に晒してまで功を焦るとは何事か…とな」


ヴィンセントさんは領主になるため、いや正当な領主として認められるため悪魔の見えざる手を倒し手柄を挙げ凱旋するため、態々門を開け悪魔の見えざる手を招き入れようとしたのだ。


ちょっと信じられない話だ、エリス達がいたから良いものの一歩間違えば大惨事になっていたかもしれないんだ。しかもその理由が単純な名声を得るため…つくづくバカな話だ。


「儂がそう叱り飛ばした所。奴はかなり反省してな…昨日の負けがかなり響いたようだった。今まで甘くしてきたツケという奴なのかもしれん…」


「そうだったんですね…」


「…ただラグナ殿に礼を言っていたよ、お陰で目が覚めたとな。そして…プリシーラにも」


「え?私にも?」


「ああ、民衆が君のライブを見てはしゃぐのを見て…自分がすべきことがなんなのか。何を守るために戦うべきなのかを理解したと。奴はルクスソリスという家名にばかり囚われ領主としての己の本分を忘れていたようだ。そこを教えてくれてありがとうと…そう言っていたよ」


「い、いや私は別に…そんな大層なことなんか」


という礼くらい自分で言えよ、何甘ったれてんだ。


しかしそうか、プリシーラさんのライブを見て…ねぇ。確かに昨日の盛り上がりは凄かった、ただ前に出て歌うだけで暗い顔をした街の人たちが一気に明るくなった。彼女の歌にはそういう力があるんだ。


いいことじゃないか、目が覚めたなら…きっと立ち直れるはずだ。


「そういう面でも、其方達にはつくづく恩が出来た。重ね重ね礼を言わせてもらおう」


「いえ、こちらこそですよ。ゴードンさん」


「ふむ…ところでプリシーラ、その…母君は息災かな?」


「っ……!」


プリシーラさんの顔が歪む、エリス達の顔も歪む。プリシーラさんはその因縁から、エリス達は昨日の話から。歪む顔を必死に取り繕い不自然な無表情を作り上げるのに必死で返事ができない。


プリシーラさんの母…マンチニール・エストレージャ。代々マレウスという国の金庫番を務めており王家ネビュラマキュラに取り入って既に百年近い年月が経っている謂わば名家中の名家エストレージャの現当主。


王貴五芒星の一角 理想卿チクシュルーブと同じくレナトゥス派の一人とも知られ、後ろ盾も家柄も持たないレナトゥスが宰相になるに当たって便宜を図ったのがこのマンチニール。あの裏社会との繋がりを持ち目下のところマレフィカルムとの関与を疑われているレナトゥスの傘下の一人なのだ。


それだけでも怪しいってのに、昨日コンディオからこの誘拐騒ぎの黒幕はプリシーラさんを家に連れ戻そうとするマンチニールの策略…なんて話を聞かされた以上、警戒するなって方が土台無理だ。


「いや、すまんな。久しくマンチニール殿の顔を見ていない故。最後に見たのは…お主が小さな童であった頃か、懐かしいな」


そこで改めて理解させられる。そういえばルクスソリスもレナトゥス派の一員…というかこのマレウス西方を治める貴族の大多数がレナトゥス派なんだ。なんせ西方を仕切るドンであるチクシュルーブ自体がレナトゥス擁立の下で王貴五芒星になったのだから。


「ご、ごめんなさいゴードンさん、私冒険者になってから母とは会ってないの」


「そうなのか?だが母君もお主には大層期待していたではないか。後継者として教え込めるものは全て教えていると…いつ家に帰るのだ?」


「帰らないわ…!」


「なんだと!?帰らんだと!?だがそれではエストレージャはどうなる!後継者を失い未来のなくなったエストレージャを厚遇する程宰相殿は優しくはない!ともすればエストレージャ家そのものが取り潰されることもあるやもしれんぞ!」


「関係ない!私は私!私の名前はエストレージャじゃなくてプリシーラ!私なの…!私の人生くらい、私で決めさせて…!」


叫ぶ、絶叫と言ってもいいだろう。或いはそれが何にも勝る本音であったのだろう…彼女が胸の奥に秘め続けた心の炎なのだろう。自分の道を行きたい…自分の人生を生きたい、誰かのためにある人生ではなく自分のためにある人生を。


それは誰にも否定出来ない、だが誰にも肯定もできない。だから叫び続けるのだ。


そんな叫びを受けたゴードンさんは、難しそうに髭を撫で。


「エストレージャの爺…もう亡くなったお前の祖父とは、儂も長い付き合いであった。城の金庫番として数字ばかり書き記す彼奴を軟弱者と思った事もあった…だが、今は奴の国の為に心血を注ぐ生き方を儂は誇らしいとさえ思っている」


「…………」


「だから……、いや。孫の教育さえロクに出来ていないジジイが偉そうに語ることではなかったな。だがこれだけは覚えておいてくれ。マンチニールはお前の敵ではない、あれは…お前の親だ」


プリシーラさんはゴードンさんの顔を見ない、細かく口を震わせ『だからだよ』と息を吐く。


根深い、あまりにも根深いなにかを感じる。マンチニール大臣とプリシーラさん…二人の間に存在する溝は…もう飛び越えられないほどに広がっているのだろう。親子だから仲良くしろとは言わない、寧ろ親子だからこそ許容できない事もあるんだ。


「…っ、すみませんゴードンさん」


「いや良いのだ、儂も出過ぎた事を言った…。それより此度のライブの話だ、今回は誠に助けられた、本当なら祝いの場を持ちたいところでは在るが…」


「はい、私は直ぐにチクシュルーブへ向かわねばなりません」


次の目的地は理想街チクシュルーブ。色々と話に上がる理想卿チクシュルーブの治める街にしてマレウス西方部最大の街。プリシーラさんのライブツアーの最終目的地でありエリス達の依頼が終わる場所でも在る。


このライブが終わったから、また一週間後…いや今はもう6日後か。それまでにチクシュルーブに向かいライブ会場には入らなくてはいけない。


「うむ、チクシュルーブとパナラマは交易も盛ん故街道も整理されている。そこを通れば二日と待たずにチクシュルーブに入ることが出来るだろう」


今回で悪魔の見えざる手も殆ど壊滅させられたし、前回みたいな追手はないだろう。というか今更追手を出してもエリス達には通用しないことが今回の戦いで証明された。となれば敵も今回の移動には手出ししてこないだろうし…そのまま街道を通っていくのもいいかもな。


「なるほど、じゃあ次の旅路は楽なものになりそうですね」


「む、もう発つのか?半日でもゆっくりしていけば良い。そのくらいの時間ならあるだろう」


まぁ確かにゴードンさんのいう通りだ、そのくらいならゆっくりしてもいい、無理に旅路を急ぐ理由はない。けど…ね?プリシーラさん。と彼女にウインクを飛ばせば。


「うん、…私を待ってる人がいるので」


「ほう…」


輝く、プリシーラさんの笑顔が輝く。なんと輝かしく美しい笑みなのか…そりゃあそうさ。なんせこれは作り笑顔ではなく、本物の希望に満ちた笑みなのだから。


そんなプリシーラさんの希望の笑顔を見て、ゴードンさんは目を見開き…。


「なるほどな、…よく分かったよ。アイドル冒険者よ、頑張るのだぞ」


「はいっ!」


「……子とは知らぬ間に育っておるものよ」


踵を返し、エリス達を率いて来賓室を後にするプリシーラさんの背中を眺めて、笑みが溢れる。よい兆候だ…。


「ねぇエリスさん、ラグナさん 皆さん」


「ん?なんです?」


「どーした?」


ふと、来賓室を出たプリシーラさんはくるりと回り、満面の笑みで微笑むと。


「私のライブ、どうだった?」


あの歌は、エリス達に向けた歌だ。あのライブはエリス達への返礼として行われたものだ

故に何よりも聞きたいとばかりにエリス達に感想を求める。


…いや、けどさぁ。


「悪い、俺ライブ見てないや」


「すまん、ヤゴロウ殿を見に行っていた」


「あー、俺もコンディオの尋問に忙しくて聞いてなかったな」


「ごめんなさい、僕もです」


「わ、私も…途中からだよ」


「ふむ、すみません。我々もサビが終わった後ですね。プハシアナ達を連行してたので」


「…………ごめん」


「が…がーん…!」


みんなあの時は忙しかったからね。ライブ会場にはいなかったんですよ、ラグナ達も楽しみにはしてたんですけどね…。だからそんなに落ち込まないでください。


「じゃあ、エリスさんは?」


「勿論見てましたよ」


「どうだった!?」


「ん?んー…」


どうだったか、確かに歌はプリシーラさんのイメージに合ってなかったしステージの出来だって素人が作った物に毛が生えた程度のものだったし、なんなら課題の方が多かったですよ。


なんてエリスが言うと思いますか?答えなんて決まってます。


「最高でしたよ、楽しみにしていた甲斐がありました」


「っ!っっ〜〜!やった!やったー!エリスさんに褒められたー!」


「そんなに嬉しいですか?」


「嬉しい!…次も頑張るから、見ててね」


「勿論、今度はここにいる八人で見ましょうよ」


「そうだな!次の街じゃ…平和にライブが出来たらいいんだがな」


「波乱起きそ〜…」


歩き出す、次の街に向けて歩き出す。まだ旅は続くんだ、次があるんだ、なら歩みを止める意味はない。エリス達は九人で揃って城の外へと歩き出し…。


「ま、待ってくれー!ラグナ殿!プリシーラ殿!」


「ん?」


と思ったら、いきなり出鼻を挫かれた…誰だ?エリス達の旅立ちに水を差すのは。


そう振り向いて見れば、そこには城の奥から駆けてくるヴィンセントさんとシーヴァーさん、そして…ヤゴロウさんの姿があった。


「ヤゴロウさん!」


「と、ルクスソリス兄弟じゃん。どうしたよそんなに慌てて」


「どうしたもこうしたも!大恩ある貴方達が旅に出ると聞いて慌てて走ってきたんですよ!」


「僕達ラグナ殿のお陰で目が覚めたんです!武ではなく勇ではなく義によってこそ人を統率するに足ると!」


「そんな大層な事教えたつもりはねぇよ、でもまぁいいんじゃないか?これだって思えることがあるなら突っ走ってみるのもさ」


あれだけエリス達に険悪な態度を取っていた二人がこうも変わるとは、ヴィンセントなんか涙を流してラグナの手を取ってるし…余程のことがあったんだなぁ。


「プリシーラ殿のライブを見て喜ぶ民衆を見て、我らが守るべきは民の笑顔だと!」


「例えどれだけの武を誇ろうとも民なくして領主なし!民を危険に晒した時点で我々は貴族失格だったんです!」




「昨日は申し訳なかったでござるなエリス殿、せっかくエリス殿にいいとこか見せられると意気込んでいたでござるが」


感極まるヴィンセント兄弟を差し置いてヤゴロウさんが申し訳なさそうに頭をポリポリと掻いて寄ってくる。まるでなんか失敗した子犬みたいだ。まぁ失敗しはしましたがね。


「ホントですよ、ヤゴロウさんが本気で戦うところ見たかったんですよ」


「いやぁ面目無い、次会うまでには酒癖を治しておくでござるから、どうか許してほしいでござる」


「ふふむ、別に怒ってませんよ、それにラグナから聞いてます」


「…ほう、何を?」


な、何をって…昨日ラグナから何があったかは聞いている。ってだけなんですけど。


「昨日ヤゴロウさんは悪魔の見えざる手の奸計にハマって動けなかったんですよね?まぁそれも自力で撃退できたみたいなので良かったですが」


「撃退、そうでござるね。まさか宿屋の女将が敵だったとは驚きでござる」


そう言えばヤゴロウさんが泊まってたお宿、ヤゴロウさんの戦闘による傷が著しいため取り壊す…とか言ってたな。さっき見たら跡形もなかったし…一体どんな戦い方をしたんだか。


「本当ならば、この先もお供してエリス殿の力になりたいでござるが。拙者色々忙しい身でありこれより至急特別領事街のヤマトへ戻らねばならぬでござる。誠に口惜しいながらも拙者はここで一旦お別れでござるよ…」


「そうなんですね、残念です」


ヤゴロウさんも今は浮浪の身ではなく、立派に立場ある四ツ字冒険者。忙しい身といえば忙しいのだろう、そう思えば忙しい彼に休息を与えられたと考えればいいことじゃないか。


少し残念だけど…、でもこれが今生の別れではないしな。


「今度はエリスがヤゴロウさんを訪ねますね、特別領事街ヤマト。そこにいるんですもんね」


「おお!そうでござるそうでござる!特別領事街はマレウスの東部、神聖卿が治める地をさらに超えた極東の海沿いにあるでござる。是非また訪ねてほしいでござるよ、その時は本物の寿司をご覧に入れるでござる」


極東か…こっからじゃ馬鹿遠いな。それこそマレウスを横断するくらいの勢いじゃないとたどり着けないから直ぐには到達できないか。今すぐに…というか訳にはいかない、ある程度のことが一通り済んでから向かうことになるだろうな。


でも、絶対に行こう。今度こそヤゴロウさんとじっくり話すんだ。


「はい!ではエリスはそろそろ行きますね」


「ん、では達者で」



「もう行ってしまうのですね!ラグナ殿達!」


「おう、目的地がある旅だからな。チンタラしてられねぇのさ」


「なるほど、そうでしたか…しかし。確か次の行き先はチクシュルーブ…でしたか?」


「ん?ああ、そうだけど」


ヴィンセント達の方も一通り話がついたのかと思いきや、ヴィンセントはチクシュルーブの名前を聞くなり難しそうに顔を歪め…ううむと、唸りながら腕を組む。


「ん?どうしたよ」


「いえ、ただチクシュルーブに行くならば…注意が必要かと」


「注意?何が」


「いえ、領主の名を冠する理想街チクシュルーブは西方屈指の大都市でありその繁栄度合いは恐らくマレウス随一とも言える程でしょう」


ヴィンセントは理想街チクシュルーブの様に覚えがあるらしい…って、馬車を走らせれば二日の距離にあるなら行ったこともあるか。


しかし、チクシュルーブ…一体どんな奴なんだ、そして其奴が治める西方随一の都市 理想街なんというか色々大層なもんだよな。理想の街…だってさ、余程自身が無けりゃつけられないよこんな名前。


「そんなに繁栄してるのか」


「チクシュルーブが街を持ったのは三年前。何もない平原に一から街を作り上げ国内随一の街へと持っていった彼女の手腕はまさしく『辣腕』というに相応しいでしょう。悔しいですが俺と彼女とでは領主としての器…その格が違いと言わざるを得ません」


「三年で、そりゃすげぇ。そんなすごい奴なんだな チクシュルーブってのは」


「凄いなんてもんじゃありません、彼女を表す言葉を一つ選ぶなら俺は『天才』以外の言葉が見つからない。天才的商業センスや圧倒的頭脳から生み出される数々の製品。特に魔力を使わず火薬を使った銃火器を作らせれば彼女以上の天才はいないでしょう」


「銃?銃火器…」


「理想街は繁栄しています、しかしその裏には…その、あまり他言しないでほしいのですが。なんでもチクシュルーブ卿は極度の加虐趣味を持っているらしく、夜な夜な囚人を拷問するのが好きだ…なんて黒い噂が絶えません、気をつけてください」


「拷問ねぇ、凄い趣味だなぁ」


…んー?なんだぁ?ヴィンセントさんの口から初めてチクシュルーブについて詳しく聞かされているが、なんかすげー聞き覚えがあるワードばかりだな。


銃火器を作る天才で?異常なまでの拷問大好きな?絶対的な女領主?…このワードだけでエリスの脳内に検索をかければ一人該当する人物がいる。けど彼奴は今自由に身動き出来る状態にないし…多分めっちゃそっくりな人間なんだろう。


いやだとしてもあんなのが世の中に二人もいてたまるかって気持ちはあるけど…。


「…メルクさん?」


「…………まさか…」


ふと、その人物に深い関わりを持つメルクさんに目を向けると。すんごい顔をしていた…まるで何かを知っているような。


「あ!そうだラグナ殿!是非お願いしたいことがあるんですがいいですか!?」


「ん?なんだ?忙しいからやれることに限りはあるけど」


ふと、戦慄するエリスてメルクさんを置いてヴィンセントさんが更に畳み掛けるようにラグナに詰め寄り…最後の爆弾を投下する。


「悪魔の見えざる手と戦っているなら、是非奴らの本部も潰して頂きたいのです。実は…我が街も奴らの被害を受けていまして、少し前に街の子供が奴らに攫われるという事件が起こったのです。きっとまだ本部にいるでしょうから…是非助けて頂きたい!」


「なんだって!?ああなるほど、だから街に子供が……ッ!?」


ラグナが慌ててこちらを見る、様子を伺うようにエリスを見る。


けど今はそんなこと、どうでもいい。今…なんて言った?



子供が、攫われている?子供が?…奴らに?


………………………………………………………


エリス達がパナラマを旅立とうと城の前でヴィンセント達と話している時と、全くの同時刻。


所は変わり……理想街チクシュルーブ、その中心に位置する『摩天楼ロクス・アモエヌス』と呼ばれる施設の最奥。その暗闇の廊下の中を手を縛られ無理矢理歩かされる男が一人。


「おい!これどういうことだよ!俺なんもしてねぇだろ!カリナやウォルターはどうしたんだよ!おい!」


「黙って通れ」


「くそっ!なんだってんだ!?」


男の名はステュクス。エリスから逃げる為無我夢中で西方へ走り、アマデトワールよりも栄えている都市である理想街チクシュルーブへと転がり込み、そこで態勢を整えようと目論んでいた彼は今、突如として街を守る自警団によって囚われこの施設へと通されていたのだ。


それ以外なんとも言えない、どうとも説明出来ない。街に入り仕事を探していたらいきなり兵士に囲まれ剣を突きつけられて逮捕されたんだ。もう何がなんだか分からない、寧ろ説明してほしいのは俺の方だ。


カリナやウォルター、リオスにクレーとも逸れて俺一人でこんな暗い…意味の分からない施設の中に入れられて、一体俺はこれからどうなっちまうんだ。


エリスと出くわしたり街に着くなり逮捕されたり、ここ最近の俺の運勢は最悪の極みだよ!ホント!


「なぁ、俺ホント何にも捕まるようなことしてないんだって!」


「……………」


全身を甲冑で固めた兵士に銃を突きつけられたまま俺は前へ前へと歩かされる。捕まるようなことはしていない、少なくともマレウスに責められるようなことは何もな。


だってのに街に入るなりこりゃないだろ。そう訴えかけても兵士は心が無いのかまるで反応しない。


「ここだ、ここであのお方がお待ちだ」


「はぁ?どのお方…って銃口突きつけるのやめろって!怖いよ!」


いきなり目の前の扉が開き、銃口をグリグリと押し付けられ俺は無理矢理部屋の中へと入れられる。するとそこは廊下のような真っ暗な空間ではなく…綺麗な調度品が並べられ輝くような光の中にある豪華絢爛な広間だった。


なんだここ、すげぇ豪華…なんて田舎っぺ丸出しで周りを見ていると、気がつく。


部屋の中央に誰か座っているのを。


「…跪かせろ」


「へ?」


それは女だった、赤い髪に緑のメッシュと特徴的な髪色をしこれまた特徴的なマスカレードマスクで顔を覆った女が、こちらを見て跪けと要求してくる。


なんなんだあの女、変な格好…ってもしかして彼奴が俺を捕らえた張本人?


「おい跪け。理想卿様のご要望だ」


「り、理想卿!?理想卿ってお前!…あの王貴五芒星の!?」


「そー…その、王貴五芒星サマだよ」


女の声、と呼ぶにはあまりにも嗄れた声。まるで地面の底で大岩が動くような、そんな気味の悪い怨嗟の声を上げたままド派手なドレスを着込んだそいつは立ち上がる。


マレウスを五当分する王貴五芒星、その西方の覇者…理想卿チクシュルーブ。それが家名なのか名前なのか…そもそも本名であるかも不明。


三年前の宰相レナトゥスによるマレウス大改革に際して突如として現れた新参貴族。西方貴族の誰もが異議を唱える中実力と暗躍を以ってして全てを黙らせ玉座に座り続ける傑物はこの三年でマレウスを大きく変えた。


在るものは彼女を『黄金の錬金術師』と呼ぶ。ありとあらゆる方向やアプローチから金を作り出し、儲け、財産を築く彼女の金庫にはマレウス保有の財貨の四分の一が収められているという。


在るものは彼女を『マレウスの牙』と呼ぶ。天才的な兵器開発技術を持ち彼女が世に送り出す兵器の設計図はどれも数百年は先を見ていると言われ、この三年でマレウス軍事部門は百年の躍進を遂げたといわれる。特に魔力を用いない火薬兵器は魔力的資源の乏しいマレウスにとっては天の恵みに等しい。


そして、在るものは彼女をこう呼ぶ…『悪鬼羅刹』と。この世の何よりも下劣で外道で悪辣で残酷な女だ…と。


「な、なんでアンタが…。俺ただの一介の冒険者っすよ!?王貴五芒星様に謁見願えるような…そんな人間じゃ無いっすよ!」


「……あぁ?」


チクシュルーブは仮面の奥の鋭い眼光をギラギラと滾らせながら俺を不思議そうに見つめると…。クイッと首を傾げ。


「違うなぁ、コイツ男じゃんか」


「は?」


「おい、なんでこんな訳の分からねえの連れてきたんだ」


わけわからねえのこっちなんですけどぉ…、なんて言葉を噛み締めて俺はチクシュルーブを見上げると、彼女は俺を連行してきた兵士にどういうことか…と釈明を求める。すると兵士は音を立ててその場で規律正しく敬礼をし。


「ハッ!チクシュルーブ様の仰られていた人物と特徴が酷似していた為街を歩いているところを連行してきました!」


俺とよく似た人間と間違えました?つまり人違い!?俺人違いでここまで連れてこられたの!?ふざけんなよ!?


「だっはっはっはっ!そーかそーか、まぁ確かに顔はそっくりだ。年齢的にも近いし間違えても仕方ないよな」


「ハッ!申し訳ありません!」


「あっはっはっはっ!…はぁ〜」


刹那、重いため息…をかき消す轟音が俺の耳を劈く。爆裂音…いや発砲音だ、嗅ぎ慣れた硝煙の臭いが漂い、俺の背後に立っていた兵士が力なく倒れ不気味な水音を立てて血の海を作り出す。


「へ?」


背後の兵士は、頭が弾け飛んで死んでいた。死んでいた…誰が殺したのか?言うまでも無い、チクシュルーブだ。いつのまにか握られていた口から白煙を燻らすリボルバー式の拳銃が何よりの証拠だ。


「はぁ、私が探してんのは女だって言ったよな」


「なっ!?え!?ええ!?」


「ピーピー騒ぐな、お前も殺しちゃうぞ」


な、何言ってんだコイツ、なんで殺したんだ?え?間違えたから?ただそれだけでドタマ拳銃でぶち抜いたってのか!?頭おかしいんじゃねぇのか…この女。


しかし咎められない、今度はその拳銃がこっちを向いていたから。


「うっ、な…なんなんだアンタ」


「さぁ、なんだろうな?みんなからは悪人だのなんだと言われるが…お前は何だと思う?」


ん?と顎先に拳銃突きつけられたままじゃ正直に言えないよ。けどもし許されるなら…俺はお前をイかれた殺人者と罵ってやりたい。確かにそこの兵士はいきなり俺を逮捕してなんの説明もしない不親切なやつだった。けど…だからって殺していいわけがねぇだろうが。


「……怒った時の目はなおの事そっくりだな、お前は何者だ?なんでそんなそっくりなんだ」


「そっくり…?なんのことか、さっぱりで…」


「私が探してる女とそっくりなんだよお前は、探してるのは二人…一人は青髪切れ目高身長の女、まぁこっちは探そうと思っても見つけられるもんじゃねぇから別にいい。けどもう一人…金髪黒コートの、それこそお前の顔にそっくりな旅人が居るんだ。そいつを私は探してる」


金髪黒コート…俺の顔にそっくりな女旅人って、そりゃあまさしく…。


「エリスか?」


…そう口にした瞬間、チクシュルーブの顔つきが一気に変わる。ただでさえ悪人ヅラだったってのに今はもう悪魔そのものみたいな顔つきだ。


「お前エリスを知ってるな?」


その時ようやく悟る、口に出すべきじゃなかった。コイツはエリスの知り合いじゃ無い、エリスに恨みを持つ類の人間だ。そして俺は今そんな人間からエリスとの関与を疑われている。


兵器で人間一人ぶっ殺しちまうようなイかれた殺戮者に、俺は今疑われている。


「あいつは今何処にっ…いや?いやいや?いやいやいやいや?んんぅ、ここで聞くのはやめよう」


「は?え?」


「丁度いい、『聞く事が出来た』…理由が出来た、だからやろうか…拷問っ!」


「はぁっ!?」


拷問?拷問!?!?なんでそんな…急に!?しかもめちゃくちゃウキウキした顔してるし。


やばい、こりゃマジかもしれない、チクシュルーブは裏で債務者を拷問して楽しんでいるって、世界最強の加虐者だって、アレはマジかもしれない!ってことは俺…こ、殺される!


「待て!拷問なんてしなくても答えるよ!エリスは…」


「あーいい!いいって!答えなくても大丈夫!今から拷問して聞くからさ!…まぁ答えても拷問確定だけどなあ!あはははは!」


チクシュルーブは嬉しそうに俺に拳銃を向けたまま、近くの戸棚を開く。開いた扉に煽られた風はムッとするような血の匂いを帯びており、戸棚にティーカップのように陳列されたそれはどれもが血のついた拷問ばかり。


何に使うのかも考えたく無いような鉄の器具の中からチクシュルーブが取り出したのは。


鉄の槌だった。


「まず、ハンマーで指を潰す。指先ってのは一番神経が通ってるところなんだ…それを一つ一つ潰して、ぐちゃぐちゃにする。手ってのはいいよな?一番見えやすいところにあるから自分の指先がどうなってるかよく見える」


「っ…あんた、マジかよ」


「潰す前にな?指を綺麗にシルクの布で拭くんだよ。そうすると神経が指先に集中してなお痛い、おまけに恐怖も爆増!指を一つ一つ丁寧に潰して…十本潰し終えたら今度は治癒魔術で治してもーいっかい!、んふふそうだ!今度は神経をむき出しにして中途半端に直してからやるか!あははははは!」



目的だ、拷問とは何かを聞き出す手段であるがこの女にとっては拷問そのものが手段だ、拷問する事で満たされてそれ以降には興味がない。


そして俺はこの女に拷問をする理由を作ってしまった。拷問が終わった後はどうなる?ンなもん決まってる…終わらないのだ拷問は、俺が死ぬまで終わらない。


「ま、待ってくれ!なんか勘違いしてるよ!俺はエリスの関係者じゃ無いって!名前知ってるだけで俺は…」


とにかく逃げないと、こんなやばい奴の側にいたらガチで殺される。しかもただ死ぬだけじゃなくて多分この世で最も苦しい方法で殺される、殺されてたまるかよせっかくここまで来たのに!


しかし、逃げ出そうと足を後ろに下げた瞬間。


「断、…逃げ出すことはお嬢様は許していない」


「なっ!?なんだお前!?」


そこには俺を遥かに上回る巨体を持った鉄仮面のメイドが立っており、万力のような豪腕で俺の肩を掴み逃すまいと聳え立っていた。


なんだコイツ、ってか力強え!?俺じゃビクともさせられねぇってどういうことだよ!


「よくやった!そのまま抑えてろ!」


「諾、…お嬢様の意思のままに」


「ま、待て!やめろっ!」


「やめねぇーよー!これが私だ!私は私である限り…何にもやめねぇからよぉ!」


迫る、迫るチクシュルーブ。その手には拳銃と鉄槌。俺の背後には鉄仮面の大メイド。逃げられねぇ殺される、わけわかんねぇ理由でわけわかんねぇまま殺される!アイツの名前だしたばっかりに!ほんと疫病神だなあの女ァッー!



『失礼します、チクシュルーブ卿』


「あ?チッ、…んんっ!どうぞお入りください」


刹那、扉がノックされたかと思えばチクシュルーブは声音を変え背中に拳銃と槌を隠しいきなりやってきた客人の対応に入る。


た、助かったのか?


「いきなり失礼します、チクシュルーブ卿」


「おや、これはこれは。財務大臣様がこのような地まで如何されましたか?」


扉を開けたのは妙齢の女性。ドレスではなくスーツを着込み凛とした佇まいの女性がカールの髪を揺らしてカツカツと部屋の中に入ってくるのだ。


ってか財務大臣?マレウスの財務大臣っていうと、えっと名前は…マンチニール、マンチニール・エストレージャだ。


そんなのがなんでこんな所に。


「いえ、例の依頼の確認を…と思いまして」


「依頼?ああ、問題なく進んでいますよ。心配せずとも大丈夫です」


ニッコリと仮面の奥で微笑むのがさっきまで俺を殺そうとしていた女とは同じとは思えない。他所じゃ猫かぶるタイプか?あぶねぇ女…。


「そうですか、なら結構です。恙無く頼みますよ?」


「はい、…おや?そちらは?」


ふと、チクシュルーブは気がつく。マンチニールの背後に別の人間がいることに。引き連れて現れた男は弊衣破帽を指でなぞり…って!あの人!


「冠至拳帝のレッドグローブ!」


「ん?俺を知ってるのかよ坊主」


知ってる!知ってるよ!男の冒険者なら誰でも知ってる!なんせこの人は。


「知ってるよ!あんた全男性冒険者のヒーローだよ!漢気で人を救い時には礼を求めず、貧しい村からは見返りを得ずに助けて回る最高の冒険者だ!俺あんたに憧れてんだよ!」


かっこいいんだこの男は、俺が冒険者にヒーロー性を見出した原因がこの人。魔獣が出ればその身一つで村を守り 硬派に礼を求めず求められれば言葉もなく現れ颯爽と問題を解決する。


男でアイツに憧れない奴はいない、いたとしたら男じゃ無い。


「俺ぁそんなんじゃねぇよ…、ただやる事やってるだけさ」


お…おお!かっこいい…!


「…はぁ、で?その冒険者連れてきて、なんのつもりですか財務大臣」


「いえ、私の護衛を彼が引き受けてくれたのです。私は必要ないと言ったのですが」


「物のついでだ、女が一人で歩くにゃこの街は治安が悪い」


「それを私の前でいいますぅ?ってか物のついでで立ち入っていい場所だと思ってるんですかぁ?ここ私の居城なんですけどぉ」


チクシュルーブはあからさまにキレてる。けどさっきみたいに問答無用で撃ち殺したりしない辺り相手は選んでるようだな。なおの事タチが悪いや。


「まぁいいです、それより早く帰ってください。私はこれからやることがあるので…ねぇ?」


うっ、こっち見てる…逃す気ゼロかよ。


「そうかい、ところでお前…そこの金髪」


「え?俺ですか?」


「お前も冒険者だろ?実は俺これから依頼があるんだ。一緒にどうだ?」


え?あのレッドグローブと一緒に依頼?マジで!?ってか助かった!これなら。


「は、はい!行きます!行かせていただきます!」


「あ!おい!コイツは…」


「なんか問題でもあるのか?チクシュルーブ。それともこの男にこれから用でも?」


「………………」


チクシュルーブは答えない、これからこの男を拷問しますのは表立って答えられないからだ。故に苦虫を噛み潰したようにギリリと歯の奥を噛み締め。


「いえ、なんでもないですよ。連れて行くならどうぞご自由に」


ホッ…助かったァ…、レッドグローブさんが来てなけりゃ俺まじで死んでたよ。気がつけば鉄仮面のメイドも俺を解放している。好きにしていい…ってことだよな。


俺は胸を撫で下ろし、とっととこんな場所オサラバしようと歩き出すと。


「ああ待ってください?襟元にゴミが付いてますよ」


「へ?」


ふと、チクシュルーブが俺の襟をひっつかんで止めると共に、口を耳に近づけて…。


「さっきの事、他所で話したらお前地獄行きだからな」


…釘を刺された、言わねえよ。ってか忘れたいよこんな事。


俺はそれから逃げるようにレッドグローブさんの後ろに回り、今更ながら震えだした体を抑えてマンチニールとレッドグローブの隙間からチクシュルーブを見る。


アイツはまるで貼り付けたような笑みでこっちを見ている。…怖え、俺二度とこの街に立ち寄らねえよ。


「それでは失礼します、理想卿」


「はい、また…財務大臣?」


…この二人もあんまり仲良くなさそうだな。ほんと貴族云々大臣云々の世界はドロドロですね。

いやそれ差し引いてもチクシュルーブはヤバすぎる。ジュリアンなんか屁じゃねぇレベルだ、こんなやばい奴がマレウスに居たなんて知らなかった。


マンチニールとチクシュルーブは話し終えたのか、くるりと踵返して部屋を後にする。それに追従してレッドグローブさんも退室し、俺も生きてこの部屋を脱出することに成功する。


…よかったぁ。


「はぁ、助かりました、レッドグローブさん」


「いやいい、お前の目がどうにも助けを求めてるように見えたからな。余計な節介をしたな」


「いやいやそんな、っていうか依頼って?」


「ああ、俺はこれからアイドル冒険者の護衛をしなきゃならん。そいつにはどうにも人手がいるんでな。今回は俺もクランのメンツを置いてきちまった」


アイドル冒険者?そういや街にそんな張り紙してあったな。なるほど、そいつの護衛をレッドグローブさんは頼まれてるってことか。レッドグローブさんがいるなら大丈夫そうだけど…命の恩だ、俺もしっかり働かねえとな。


でもアイドル冒険者プリシーラかぁ、どんな人なんだろうなぁ。


…………………………………………………………


「プハハ、全員お縄とは笑えるね」


丘の街パナラマの頂上の地下に作られた地下牢獄。ここには先の事件で街を襲撃した悪魔の見えざる手の幹部補佐達が収容されていた。後日大監獄に護送される予定の者達だ。


全員ボコボコにされやる気なく倒れ、全身を縄で拘束された上で巨大な檻の中に揃って入れられている。脱獄しようにも、こうも強く縛られていたらどうにもならない。


こりゃ自分たちも終わりだなと、全員が悟る。


「プハッ…しかしさぁ、コンディオ。まさかあんたもしくじるとはねぇ」


「…………」


中でも今回の作戦の中枢を担っていたコンディオは先程から意気消沈してるのか一言も喋らない。ボーッと前を見たまま動かない。


コイツ、小物の癖して何どっしり構えてんだよと皆が思う。コイツは他人への変装を得意としてるだけで戦闘能力は皆無、それ故いつも泣き喚きながら危なくなったら自分だけそそくさと逃げる奴だった。


てっきり捕まったら一番取り乱すと思ってたんだが…それが殊の外静かで皆拍子抜けしてるのだ。


「…ってかさ、あんたいつの間にあんなに変装の腕を上げたんだい?聞いたけどコンクルシオの街長に変装した時は誰にも気づかれなかったっていうじゃないか。変身魔術って顔を変えるだけだろ?よく体型も違う人間に化けられたね」


変身魔術は顔を変えるだけ、体型や声までは変えられないし服装も自分で調達しなきゃいけない。なのにコイツはエドマンに変身していた、エドマンは肥満体型 対するコンディオは痩せぎすの枯れ枝みたいな体型。


変身魔術だけじゃカバーしきれないそこをどうやって補ったのだろうか。コイツにそこまでの腕があったなんて驚きだ。


「……なんか答えろよ」


「………………」


しかしコンディオは無言、光のない目で前を見て無言。それに腹を立てたプハシアナやムリキ達は口々にコンディオを罵り出す。


「お前何偉そうにしてんだ!」


「お前がしくじったからだろ!」


「なんか答えろよ!」


「…………」


しかし、何も答えないコンディオは…体を動かし。


ボキリ…と音を立てて自分の首を捻じ曲げた。


「…は?」


突如起こったコンディオの異変に皆が静まり返る。しかしコンディオの異変はそれにとどまらない。ゴキリボキリと音を立てて体を変形させみるみるうちに原形をとどめない程に体を崩し、自らを縛っていた縄すら抜け…形を崩した足で立ち上がる。


「ふぅー…やっぱ魔術使わない変装って疲れるわ〜」


ようやく異変が収まったかと思えば、そこにはコンディオではなく別の人間が立っていた。


スラリと伸びる足、肩まで届く紺色の長髪、そして豊満な胸…女だ、コンディオじゃない。


「あ、あんた…誰だ?ってかコンディオは?」


「ん〜〜ふんふんふん」


しかし女は答えない、答えることなくスルリと体を捻じ曲げ牢屋の格子の外に出ると。牢屋のすぐそこに置かれてきたロッカーを開く…すると。


ドサリと音を立てて、ロッカーの中から人が倒れる。…コンディオだ。本物と思われるコンディオが裸にひん剥かれた上で口から血を流し、死んでいた。


…まさか、私達がコンディオだと思って接してたアイツは、もう既にあの女にすり替えられていたというのか。


「悪魔の見えざる手、チクル隊隊長の幹部補佐コンディオは、牢屋に投獄の後精神異常を来し、発狂の後舌を噛みきり自害…ってことで」


女は自分が来ていた服を死んだコンディオに着せ直し、代わりに自分はロッカーの奥にしまわれていたメイド服を着込み、自分を縛っていた縄でコンディオを縛りなおし牢屋に戻す。


するとさっきまでそこにいたコンディオが自殺したかのような現場が出来上がる…なんなんだこれ。いつからコンディオは偽物に変わっていたんだ、というかあの完璧な変装技術はなんだ、私達でさえ全く気がつかなかったぞ…!?


「そんじゃーよろしくねー、私あがりまーす」


そう言いながら帰ろうとするメイド服の女…メイド服?


完璧な変装をするメイド…まさかあれ。


「ハーシェルの影…?」


「………………」


聞いたことがあった、現八大同盟の一角 暗殺一族ハーシェル家の一人に、完璧な変装を行う者がいると。神ですら見抜けぬ変装で敵陣に潜り込み、あたかも自殺したかのような手口で相手を殺すと。


このマレウスでの要人の自殺の殆どに関わっていると噂され、その仕事の総数の把握が不可能と言われている究極の殺し屋の一人。


ハーシェル最強の五人の殺し屋、ファイブナンバーの一人。


「第二の影…アンブリエルか!?」


「…あらぁ〜知ってんのか〜」


最強の影にして第一の影エアリアルに次ぐと言われる第二の影…完全模倣のアンブリエル。それに間違い無いとプハシアナが迂闊にも口にすれば。アンブリエルは足を止めて…くるりとこちらを振り向き。


「私のこと知ってるなら、殺さなきゃなぁ」


「ひっ!?」


「コンディオの自殺を目の当たりにして、全員発狂…獄中での集団自殺にて護送失敗、ってことにするかぁ、自殺に見せかけんの面倒なんだよなぁ…ったくさぁ」


「や、やめ…!」


ナイフを取り出し戻ってくる、やばい…やばい、ハーシェルのファイブナンバーは全員八大同盟の幹部クラス。少なく見積もってもプハシアナ達でさえ手も足も出ない悪魔の見えざる手の幹部達を遥かに上回る史上最強の同盟を支える怪物なのだ。


というか…というかさぁ!


「なんでお前が…ッ!?」


しかし、その声はアンブリエルの手によって塞がれ閉ざされる。


「しぃ〜、他所に迷惑かけずに自殺は静かにしようねぇ」


「ッッ〜〜〜〜〜!?!?!?」







────その後、パナラマの地下に囚われていた悪魔の見えざる手の構成員は幹部補佐も残すことなく全員が…『舌を噛みきり自殺した』と言われている。


他人が忍び込んだ形跡は一切なく、どう見ても自殺としか見られないそれは呆気なく自害と判定され、痛ましい事件として記録され終わることとなった。


「ふぅ〜、さぁて。終わりでいいよね、ったくこんな面倒な仕事押し付けられて…私ってば可哀想」


その痛ましい事件の中に蠢く真なる影に誰も気がつくことなく、アンブリエルは悠々と牢獄を後にする。


「さぁて、種は巻いたし…こっからどう動くかなぁ、魔女の弟子?そして…マーガレット」


ペロリと舌を出し、アンブリエルは消える。誰も見通せぬ闇の中へと消える。


アイドル冒険者プリシーラの護衛依頼、その裏で蠢く真なる闇。それは今もなお…口を開けて狙いを定め続けているのであった。





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