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367.魔女の弟子とライブ前日の下準備


翌日、プリシーラさんのライブを明日に控えたエリス達はこの丘の街パナラマでの一日をプリシーラさんのライブ成功の為に使うこととなった。


エリス達はただ勝てば良いというだけではない、悪魔の見えざる手とただ戦って勝利を収めれば良いというわけではない。プリシーラさんのライブの成功までが仕事の内…ならばそちらに力を貸すのも自明の理。


なのだが。


「何?ライブステージの建設が間に合いそうにないだと?ライブは明日だぞ…」


「す、すんません」


丘の街パナラマの頂上にて、ステージ建設の進捗を見に来たエリス達の元に舞い込んだステージの建設が間に合いそうにないという衝撃の話。それを聞いたメルクさんはくらりと額に手を当てて愕然とする。


「もう殆ど出来てそうだけど?この上で歌って踊れるだろ」


「いえ、アマルトさん。これは骨組が出来ているだけでまだ完全に完成したわけではありません、何よりプリシーラさんをこんな無骨な舞台でなんか踊らせられませんよ!」


「そ、そうか?俺にはよくわかんねえけど」


確かに舞台は殆ど完成している。木組みのステージに垂れ幕がついて舞台としての体裁は整っている。だが…うん、それだけだ。ナリアさんのいうようにこんな無骨な舞台でプリシーラさんのライブなんかさせられない。


「…まぁ、よしんば間に合わんのはいいとしよう。だが何故その報告を昨日しなかった、いやそもそもゴードン殿の耳には届いているのか?」


「いやぁ、それが…」


『届いているわけがないだろう、こんな些事でお祖父様の手を煩わせるまでもない』


「はあ?」


声が響く、白岩の城の門より二人の男が現れ声を轟かせる。傲慢にも肩で風を切り威張るように胸を張り二人の若者はエリス達の前にドンと陣取る。


猪のような若武者、ヴィンセントとシーヴァー…この領地の領主ゴードンさんの孫に当たる次期当主の二人が何故か自慢げに現れるんだ。


「届いてない?じゃあどうするつもりだ、ヴィセント…シーヴァー」


「無論このまま開催する、これよりこのパナラマに襲撃があるやもしれんのにくだらない事に人員は裂けない」


「なんだと?お前それ…正気で言ってるのか?」


「当然のことを言っているんだ」


愕然とする、何を言っているのかよく分からないレベルでヴィンセント達の理屈が理解出来ない。パナラマに襲撃があるかもしれない、だから人員を強化したい、それは分かる。


だがその為にステージ建設の人員を割いていたら元も子もないじゃないか。悪魔の見えざる手はなんのためにここに来るのか、エリス達は何を守るのか、事象の根本を無視して目の前の戦いにだけ目を向けているんだ。


「建設の人員を削って防衛に当ててるだと?まだ襲撃まで時間があるだろう!寧ろ残り一日、総出でステージ建設に取り掛かるべきじゃないのか!?」


「ふんっ、既に敵が潜り込んでいるかもしれないし、なにより今日襲撃をかけてくるかもしれないんだ。それに我々から言わせて貰えば充分なステージは用意してやったと思うが?」


「き、木組みの台に布をかけただけだろう…。そもそも予算の配分はどうなってるんだ。チクシュルーブや協会がライブ開催のために支払った費用…それがこんな見窄らしい舞台に消えたと本気で言うつもりはあるまいな」


「それをお前達にいう必要はないだろう、雇われの冒険者風情にな。何を言われようともパナラマが用意出来る舞台はこれだ、文句があるならライブなど開かなくとも良いし好きな文句を言ってくれても構わない。我々はこの街に迫る危機と対峙する大義があるのだ、こんな瑣末な事に構ってられるか」


飽くまでヴィンセントにとってはライブやプリシーラさんは『瑣末な事』らしい。一応西方を治めるチクシュルーブやマレウス全土に勢力を伸ばす冒険者協会が主導でやってる事なので決して規模の小さな話ではないのだが、彼らにとっては瑣末らしい。


彼等には『パナラマ防衛の為』という言い分がある。それ自体は別に構わないしいい事だとは思うがその為に色々なものを削りすぎている気がする。どうせライブ開催のための予算の殆ども防衛の為の軍備費に使ってしまったんだろう。


「我々は悪魔の見えざる手という脅威から街と市民を守る義務がある。それに対して全力を傾ける…我々は何かおかしいことを言っているかな?」


「おかしいことだと?そんなもの…」


「まぁ、いいんじゃねぇの?言いたいこと自体は間違ってないし」


「なっ!?ラグナ!?」


驚愕するメルクさん、したり顔のヴィンセント。そんな二人に対してラグナは大して怒ることも反論することもなく、ただ当然の事とばかりにあっけらかんと口を開く。


「ふっ、そうだろう?だから君達は…」


「だけど、…馬鹿は戦の前に剣ばかり研ぎたがる」


「は……?」


「血気盛んなのも大概にしないと、コケて怪我するぞ。お前ら次期当主なんだろ?いつまでも猪武者気取ってるんじゃねえよ」


「ッ……!?」


ラグナの物の言い方ははっきり言えば不遜だ。一冒険者風情が次期当主に聞いていい口じゃない。だが…その言葉の節々から滲み出るのは夢から醒めさせるような現実感と叩き上げるような威圧感。


それもそうだろう、ラグナには実績がある。十代で国を治め今日まで統治し国土を繁栄させ守り抜いてきた実績がある。ヴィンセント達がそれを知らずとも言葉の節から漂うそれを感じ取ることはできる。


ラグナとヴィンセントでは、悪いが格が違う。


「な、何を偉そうに。冒険者程度にごちゃごちゃ言われる筋合いはない」


「そっか、まぁいいさ。あんたらはあんたらの思うようにやりな、こっちはこっちで好きにさせてもらう」


「言われずともそのつもりだ、言っておくがもううちからは人員は出さない。やりたいことがあるなら自分達で勝手にやれ」


吐き捨てるようにそれだけ言い捨て、ヴィンセント達は歩調荒く踵を返し城へと引き返していく。ライブがやりたいならここでやれ、不満があるなら自分達でなんとかしろ…か。


「言うだけ言って行っちゃった…、やな感じー!」


「なんと言うか、若い奴らだな。ゴードン卿の苦労も偲ばれる」


「あはは、…ごめんな?勝手に俺達でなんとかするって言っちゃってさ」


とラグナは謝るが多分誰も何言わなければエリスが言っていた。『お前達の助けは借りない!エリス達でなんとかします!』ってね。


だってあの場でいくらこっちの主張や正論じみた意見をぶつけて、彼等を言い負かしたとしても多分何も変わらない。ならそんな意味のない議論に時間と身を割くくらいならもう自分達でなんとかしちゃった方が早いからね。


「いえ、ラグナが言わなきゃエリスが言ってました」


「そうか?ならいいか。でも実際問題…この舞台でプリシーラを踊らせるのは可哀想だしな」


その通りだ、旅劇団時代のクリストキントだってもうちょっといい舞台で演劇してましたよ。それだけ用意された舞台は簡素かつ見窄らしい、折角プリシーラさんを守り抜いても肝心のライブが地味だったら意味がない。


「いいのよラグナさん、昔はもっと酷い舞台でライブしてたから。協会がお金出してくれなかった頃は果物入れてた木箱の上に立って踊ってたわけだし…それに比べれば幾分立派、だからこれで…」


「でも今は違うますよね」


「へ?」


声をあげたナリアさんの顔を見て、エリスもまたギョッとする。サトゥルナリアという人間を知っているならば誰もが驚きの声を上げる程に…彼の顔は怒りの形相を滲ませていた。


「確かに昔はそう言う舞台で踊っていたかもしれません、けど…今は違いますよね。今の貴方はアイドルなんですよ?民衆のスーパースターなんですよね?貴方には夢を見せる義務がある、支払われたチケット代と待たせた日数分の夢を保証する義務が貴方にはあるんです」


「な、ナリアさん…」


「その為にはプリシーラさん、まずは貴方が夢を見なくてはいけません。誰よりも強く、誰よりも華やかで輝かしい夢を…!貴方が見なきゃいけないんです。…貴方の夢は、彼処にありますか?」


「……ッ」


強い、あまりに強い言葉。夢を見せる者は誰よりも強く夢を見る者でもある…そんな人間が『これでいい』なんて諦めの言葉を吐いていいわけがない。


プリシーラの夢はそこにあるのか、簡素な舞台の上で夢を見るのか。その問いにプリシーラは声をあげない、ただ俯きがちに小さく首を振る…その小さなメッセージをしかと受け止めたナリアさんはこちらをくるりと向き直り。


「そして、それを支える義務が…僕たちにはあります。やりましょうラグナさん!僕達でプリシーラさんの舞台を作り上げましょう!」


燃えている、ナリアさんが燃えている。普段滅多に怒らない彼が怒りと情熱に燃えている。一人の役者として、舞台に立つ者として…決して看過出来ないとばかりに拳を握り誰よりも高く高く吠えるのだ。


ちなみに言うまでもないが大賛成だ、みんなも力強く頷いている。ここまで来たんだ、やるなら派手にやろうじゃないか。


「うん!やろー!」


「ああ、奴らひよっこ領主に教えてやろう。興行が治世に於いてどれ程重要な割合を占めるのかと言うことを」


「私、趣味程度だけど…大工できる、任せて」


「皆さん…、ありがとう…!」


別にお礼なんていいんですよ、けど…ちゃんと受け取りましたからね、そのありがとうは。受け取ったからには…絶対にやり遂げますから。


「でもさ、どうすんの?いや俺も舞台作るのには賛成だけど…一体全体どうしていいやらちんぷんかんぷんなわけよ」


アマルトさんの指摘は確かなものだ、やる気だけでは物事は完結しない。実行に移すには確かなプランが必要で、プランには知識が必要だ。だが…知識を持つ人間ならここにいるじゃないか。それは聞くだけ野暮ってもんよ。


「そうだな、俺達はこう言う方面には疎いし…ナリア?全体の指揮を頼めるか?」


「え!?僕が!?でも僕裏方なんてやったことないし…指揮なんて、ううん。僕がやろうって言い出したんだ、やり遂げますよ!任せてください!」


ドンと胸を叩くナリアさん。確かに彼は裏方をやった経験はないだろう、なんせ彼はエリスと出会った頃からクリストキント一番の花形役者だったから表に出ずっぱりだった。


とはいえ、そこはナリアさん。宣言すると同時に即座に普段魔術陣を書いている紙を取り出しサラサラとペンを走らせ。


「プリシーラさんが持つイメージと披露する楽曲、あとダンスの振り付けとあれやこれやと…こんな感じでどうでしょうか」


書き上げる、シャッシャッとペンを走らせただけのざっくりとした落書きではあるものの不思議と何を伝えたいかはっきりしている。ナリアさんが書き上げた理想の舞台は今ある木組みの家に更に装飾などを追加し補強する案だ。


「わぁ、凄い…けどこれ一日で作れる?」


「納期については今は考えていません、時間がない現状だからこそ半端な目的を立てれば妥協してしまいますから。だから目指すは最高最大!」


「そっか、…うん。是非お願いしたいわ」


「けどこれを実現するには追加でそれなりの木材が必要ですが…、どうしましょう」


そう言いながらナリアさんが視線を向けるのはメグさんの方だ、暗にメグさんの方で追加の木材を用意できないか…と聞いているのだろうが。残念ながらメグさんの答えはNO…詳しい理由を口に出して説明はしないが理由はなんとなくわかる。


メグさんの倉庫に無いからだ、少なくともステージの飾りを作るだけの大量の木材は。なら帝国から取ってくればいいとも言えるが残念ながら帝国の木材は帝国のものであり国家運営に必要な大切な資源だ。それを勝手に持ってくるにはそれなりの手続きが必要で…それを行う時間が今は不足しているのだ。


「…そうだ、確か丘の下に森があったよな」


「え?ええ、ありましたけど…どうするつもりですか?ラグナ、まさかそれを切り倒してみんなでここまで運んでくると?」


「いや、俺が下まで行って木を数本引き抜いてここまで投げるからさ、みんなでキャッチして?」


「ごめんなさい、今エリスってばラグナの正気疑ってます」


馬鹿じゃなかろうか、丘の下からここまで引き抜いた樹木を投げ飛ばすからキャッチしろ?そりゃラグナはここまで投げ飛ばせるだろうが誰がキャッチ出来るんだそんなもの。


というか一歩間違えて城に直撃したらそれはもう立派な攻城よ?またヴィンセントに文句言われそうだ。


「ではこうしましょう、私とラグナ様で丘の下から時界門で木を運んでくるのでそれをアマルト様とデティ様とメルク様で木材に加工し、エリス様とネレイド様で木材を組み立て、ナリア様が全体の指揮を執る…これで行きましょう」


「ま、妥当だな。少なくとも丘の下からすっ飛んでくる木をキャッチするなんて死をも恐れぬチャレンジに身を投じるよりもウン百倍はな、なぁ?ラグナ」


「悪かったよぅ、冗談だよぅ」


取り敢えずの指針をメグさんが定めてくれたおかげでエリス達にも仕事が出来た。こう言う段取り決めの鮮やかさは流石メイド長と言ったところだ、適材適所を理解してる。


パンパンと手を叩いて各員持ち場に就くよう指示を出せば、エリスも含めみんな早速作業に取り掛かる。エリスはまず設計図を確認して…。


「あ、あの。私は…?」


「プリシーラさんはこの間にレッスンです。僕も現場の総指揮を執りながらレッスンを見ますので」


「でも、みんなが頑張ってくれてるのに私だけなんて…」


「みんなが頑張るのは明日のライブの為です、なら明日のライブの為のレッスンだって根本は同じですよ」


「…ナリアさんには敵わないな、分かったわ。…みんなありがとう」


いいんですよ、大丈夫ですよ、気にしないで、みんなで微笑みながらプリシーラさんの肩を叩いてエリス達は動き始める。大丈夫…何がどうなろうとも貴方のライブは、貴方の歌はエリス達が守り抜きますからね。


…………………………………………………………


やる事が定まった魔女の弟子達の行動力ってのは、ちょっと馬鹿にできないものである。


エリスはそれを胸を張って言える。パナラマの人員をヴィンセント達に奪われ最早ステージの建設は出来ないのでは無いかと気を揉む暇もなくエリス達は動き始めステージ建設の為作業を始めた。


ステージは白岩の城の真ん前に建設されている為、その作業は当然パナラマの兵士達の目にも触れることになり……。


「な、なんじゃあありゃ…」


「あれが、冒険者って…?」


兵士達は目を丸くしてそれを眺める。プリシーラのライブは楽しみだったがヴィンセント様が最早これ以上作業の必要なしと口にしてしまった以上、申し訳ないがこれ以上何かしてあげることは出来ないと後ろ暗さを感じていたものの…。


そんな後ろ暗ささえ吹き飛ばすほど、エリス達の作業は凄まじかった。


「ほーい、これで五本目ー。木材はこれで足りるか?」


「そうでございますね、ナリア様の設計図通りならこれで足りそうなので私達は別の作業の手伝いに入りますか」


赤毛の冒険者ラグナはメイドが開いた不可思議な穴を潜って何処かから木材を調達してくる。いや木材というか…樹木そのものだ。


切り倒した木ではなく、まだ根っこがついたままのそれを肩で担いで軽々と広場に持ってくるのだ。木を持ち上げる時点で意味不明なのにまるで庭先の雑草でも抜くように成長しきった大木を抜くって…どんな怪力だ。


「うーい、『ラッシュホークグラディウス』」


そして持ってこられた樹木を裁断するのはデティだ。見かけはまだ年端もいかない少女が軽々と扱うのは上位の切断魔術。指先からビュンビュン斬撃を飛ばし木の皮を剥ぎ成形し瞬く間に木材へと変えていく。


そしてそれを。


「こんな感じの形でいいのかな…」


「大雑把で構わん、錬金術で加工する時大まかな部分は私が修正する」


「便利だよなぁ錬金術」


「フッ、工業と生産の国デルセクトらしい魔術だろう?」


アマルトさんが小型のナイフで成形された木材を更に切り刻み整え、本来なら数日かかる木材の加工を錬金術を用いて一瞬で終わらせるメルクさん達の連携により持ってこられた木のはあっという間に建設に使えるレベルの木材へと早変わりするのだ。


あそこにいる八人、全員が全員常軌を逸した能力を持ちそれを的確に役割分担して用いているのだ。聞いた話ではまだ新米冒険者だと伺っていたが…ヤゴロウ殿といい一体何者なのだと兵士達は目を剥く。


「いくよ、エリス」


「はい、ドンと来いです」


そんな中エリス達が担当するのは組み立てだ、ナリアさんが事前に指示したそれを記憶しその通りに組み立てていく。頭の中に細かい設計図が入っているエリスならば一々確認する事なくどこに何をやってどのように釘を打つか分かった上で作業を手伝える。


みんなによって作られた木材を持ち上げ、これを木組みの舞台の壁面に貼り付ける。それを釘で固定するのはネレイドさんの役目なのだが…。


「よっと…」


なんて軽い掛け声で彼女は布にマチ針でも刺すように釘を木材に突き刺し、親指でグッグッと押さえつければそれだけでトンカチで叩いたように釘が頭まで木材にめり込むのだ。


まさしく工具要らず、休日は大工を趣味として嗜んでるとは本当だったんだな。


「手慣れてますね、ネレイドさん」


「休みの日に遊びでやってただけだけどね…。でもそんな遊びがみんなの役に立てて嬉しい」


「大助かりですよ、前回の襲撃の時だってネレイドさんの事前の準備がなければどうなってたか…」


「うん、あれは私も自分で自分を褒めてる。ナイスだった…むふー」


なんて話している間もネレイドさんは次々と釘を差し込んで行く、その手際の速さもあり木組みの舞台は瞬く間に立派なものに変わっていくのだ。これは思ったよりも余裕で間に合うな…。


「…ねぇエリス」


「はい?なんです?」


「ライブ…絶対成功させようね」


刹那、ネレイドさんの指にこもる力が増してより一層深く釘が木材にめり込む、彼女のライブにかける情熱が漏れ出すように口から放たれた言葉は、彼女が今回のライブをどれだけ大切に思っているかを物語る。


「エリスはさ、オライオンに聖歌隊って言うのがあるのは…知ってる?」


「え?ええ、ローデさんの部隊ですよね、見たことはないですが」


聖歌隊ってのはあれだ、オライオン国内を巡ってテシュタル教の賛美歌を歌う人達のことでオライオンの旅にてラグナ達がズュギアの森ですったもんだしたローデさんが率いている部隊だ。


聖歌隊や聖所を巡って色々あったようだが、その時エリスは牢屋の中だったのでよく知らないんですよね。


「うん、そう。ベンちゃんも昔所属してたんだよ」


「ベンテシュキメさんも!?え!似合わない!」


「うん、私もベンちゃんも思っててね?それでね?…あ、違った。話したい事これじゃない。…えっとね、聖歌隊…聖女の活動理念は歌を以ってして人々に希望を与える事なの」


「それでオライオン中を巡ってるんですもんね、凄いよね」


「ね、…私はそれがとても立派な事だと思ってる。だからこそプリシーラちゃんのライブもまた素晴らしいと思ってる」


ネレイドさんの視線の先には街がある、相変わらず人気のない街並み、出歩く人も何処か不安げに見える、何故そうも怖がっているのかは分からないが…少なくともコンクルシオみたいな楽しそうな雰囲気はまるで感じない。


「今この街は絶望の暗雲に覆われている。ここの人達には今何よりも希望が必要…そしてそれを与えられるのは」


「プリシーラさんだけ、ですね」


「うん、だから絶対成功させようね」


「ですね」


二人の視線が横に走る。その先にいるのは…希望の歌姫プリシーラ。


「こうかしら!ナリアさん!」


「もっと上半身を意識してステップを刻んでください、足先だけでは観客には見えませんから」


「わかったわ!」


プリシーラさんは舞台の側でナリアさんと一緒に細かくステップを刻みダンスを踊っている。その姿はコンクルシオで見た何かを誤魔化すような…何かを遠ざけるような、不安とストレスから逃げるようなレッスンではなく。


ただただ、己に付いた余分な部分を削ぎ落とすような激しくも静かな鍛錬へと変わっていた。


…しかし、プリシーラさんも凄いけどそれ以上に凄いのは。


「ナリア様、手が空きましたが何か仕事はありますか?」


「ではメグさんは街に行って赤い布を買ってきてください、ここに使いたいので足りる分だけでいいです」


「俺はどうする?」


「ラグナさんは今のうちに楽器などを舞台裏に搬入しておいてください。明日はこの街の楽団が演奏してくれるそうなので」


「わかった、任せな」


プリシーラさんのレッスンも見ながらエリス達に全体の指示を飛ばしているナリアさんだ。経験者故段取りが分かっていると言うのもあるがそれでも裏方が初めてとは思えない。


今にも自分の劇団を持って独立出来そうなくらいにナリアさんの手際は華麗かつ機敏。彼がこの場にいたことを本当に感謝したい。彼がいなければエリス達はステージを一日で作るなんて無茶は出来なかっただろうな。


「この分なら明日には間に合う、…絶対成功させてみせる」



「ナリア君の為にも頑張らないとね」


「いえ、ナリアさんだけじゃありません。ラグナもメグさんもアマルトさんもメルクさんもデティも、エリスもネレイドさんも。街を守ってくれるゴードンさんやヤゴロウさん、見に来てくれる街の人たち。色んな物がもうこのライブには乗っかっているんです…失敗は許されません」


「そうだね」


とくれば仕事を急がねばなるまいな、よーし…気合い入れるか!


……………………………………………………


「に、兄様。あいつら本当に自分達だけで舞台完成させそうですよ」


「…………」


城の外、これ見よがしにステージの建設を続けるエリス達を城の最上階から見下ろすヴィンセントとシーヴァーはその圧巻の光景に目を奪われていた。


「兄様、あいつらどう考えても普通の冒険者じゃないよ。お祖父様も彼らのことはかなり気に入ってたし…もしかしたら凄い人なんじゃ…」


「関係ない、俺達には関係ないことだシーヴァー…」


別にヴィンセント達はライブの失敗が目的なわけではない、成功するならしてもいいし失敗でもいい。本当に眼中にないのだ。


だが、今ヴィンセントはそう割り切る事が出来なくなりつつある…。


(ラグナ…なんだあの冒険者は)


ヴィンセント達を前にしても怒ることなく、寧ろ諌めるように辛辣な口を聞いたあの男。冒険者達のリーダー的なポジションに立っているであろう彼にヴィンセントは心を奪われていた。


彼が口にした『馬鹿は戦の前に剣ばかり研ぎたがる』…気になって先程書籍で調べたところ、あの武装大国アルクカースに古くから伝わる諺である事が分かった。


意味は、蛮勇に暮れて功を追い求める愚かな戦士は目先の剣ばかり磨いてそれ以外を疎かににする…という意味だ。戦争に必要なのは剣と己の武勇ばかりではない、大局を見る戦略や被害を最小限にする根回し…多くのものが必要になる。


それらを無視して己の剣ばかり磨く者に立てられる功はない。そういう意味合いの諺だ、まるで今のヴィンセントの逸る気持ちを言い当てたかのような物言いにヴィンセントは寧ろラグナという男に驚嘆していた。


(あのヤゴロウとか言う侍然り、ラグナ然り、…腹ただしい)


ヴィンセントは何も冒険者という者に対して無理解で彼らを信用していないわけではない。彼等の殆どが兵士登用から溢れた半落伍者の集まりである事を理解している。いくら四ツ字冒険者とは言えそこは変わらない。


ヴィンセントはもっと凄まじくもっと強い奴を知っているから、彼等を特別な存在として崇めるつもりにはなれない。


自分だって、いざ戦場に立てば…あれくらいの事は出来るのに。今平和を保っているマレウスが今はとにかく恨めしい。


こんな事なら二年前の誘いに乗ればよかった、俺が乗っていたらきっとあの企みは成功していただろう、そういえばあの企みを阻止したのも流れの冒険者だったか。


「全く、冒険者という存在はどこまでも憎らしいな…」


「国家に従属しない彼等を戦力として扱う今の国王のやり方には賛同出来ませんね」


「ああ、こんな事なら先代国王の方がまだよかった。それに聞いたかシーヴァー…現国王は裏でアド・アストラとの協力関係を締結しようと動いているらしいぞ」


「なっ!?あの薄汚いアストラと!?奴等を国内に入れれば瞬く間に我等は奴らの支配下に置かれる事が王には分からないのか!?」


「分からないんだろう、あの王にはな。今の日和った王権にはうんざりだ、もしアド・アストラが国内に入ってくるような事があれば…俺とお前で最後まで抵抗しよう」


「はい!兄様!」


見る、自らの脇に置かれたよく磨かれた剣を。…その刃に映る自らの姿を…、そうやって自分を見ているうちに先程のラグナの言葉が蘇り…。


(そういえば、アド・アストラを統べる六王の名も…ラグナだったか)


マレウスと魔女大国は殆ど国交断絶に近い状態にある為六王の名など殆ど聞きゃしない、他のメンバーの名前なんて分からない。けどヴィンセントとしとも捨て置けない国であるアルクカースは別だ。


そこの国王も、ラグナという名の赤毛の男だと言う。


(まさか…いやいや、流石に違うか?)


一瞬疑うものの流石に馬鹿すぎる話と気がつき否定する。大国アルクカースの王があんな子供なわけないし何よりそんな大物がこんなところで冒険者なんてやってるわけないよな。


「兄様?どうしました?」


「いや、なんでもない…」


そう首を振り思考を振りほどくと…。


『ヴィンセント!シーヴァー!居るか!返事をしろ!』


「む、お祖父様」


奥の扉を叩き、鳴り響くは領主ゴードンの怒号…それはこちらの返事を待つまでもなく扉をぶち破り、怒り心頭といった様子で呼気荒く二人を睨みつけ。


「お前達!外の有様はどう言う事だ!聞けば会場の建設を止めさせただと!?何を考えている!」


「お祖父様、落ち着いてください」


怒鳴りつける。珍しく視線を鋭くさせ威圧しながらゴードンは外の有様。ラグナ達に建設をさせている事態を厳しく追及するのだ。


そもそも今回のライブもゴードンが無理を言ってねじ込んだ枠だ、この大変な時にゴードンは街に芸人を呼んで芸を披露させるなんてトンチンカンな事をやらかして、剰えそれに執心しているのだ。


全く、お笑いだよ。


「落ち着いてだと…?お前達あの催し物が街にとってどれだけ大切かわかっているのか!?」


「ですから会場は一応用意しましたよ、それに不服を申し立てたから冒険者達に労働をさせているだけです」


「やはりまだ納得していなかったか…!」


「ええ、今…街は悪魔の見えざる手に脅かされている、狙われてるのはプリシーラじゃなく我が街の子供達だ」


そうだ、ヴィンセント達は何もプリシーラを守るために躍起になってるんじゃない。元より悪魔の見えざる手に脅かされていたから躍起になっているのだ。


事態は数ヶ月前、街で遊んでいた子供達が十数人単位で攫われると言う事件が発生した、犯人は悪魔の見えざる手…世界的な誘拐組織だ。奴等によって子供達を攫われた所為で街は今恐怖のどん底に陥れられた。


子供を攫われた親は日がな日な泣き続けて、攫われていない親も子供を家の中に匿い次は自分達の番だと怯えながら毎日過ごしているんだ。我々にはそれをなんとかする義務がある。


この上で更に余所者のアイドル冒険者に構っている暇はない。


「子供達の件に関してはチクシュルーブ卿やエクスを通じて王宮に声をかけていると言っているだろう!!」


「何故そこで自分で解決すると言う言葉が出てこないのですか!戦の申し子とまで呼ばれた勇将ゴードンが!武名で知られたルクスソリスの当主が頭を下げて他人に助けを請い誇りを捨てたか!!」


「違うのだ…これは戦でもない、この事件に武名も何もない。子供達の身が第一なのだ、涙に暮れる民の心が第一なのだ…、民や未来ある子供達を守れぬ誇りなど必要ないのだ」


「だから我々は己の武力によってこの事件を解決する、その為にただ人員が必要だと言うだけ、下賎な仕事など冒険者にやらせておけばいい!」


「お前は…あれだけ領主たる者のあり方を説いたと言うのに、まだ猪武者のような事を言うのか」


「なッ……!」


ゴードンの口からも、ラグナと同じ言葉が出た。そんなのまるでゴードンやラグナが正しくて…俺が間違ってるみたいな…!


み、認めてなるものか。怒りと恥辱に打ち震える体は殊更ヴィンセントの尊厳を際立たせる、この場で思いとどまるなんてこと最早出来るはずもない。


「俺は間違ってない…間違ってない!悪魔の見えざる手を成敗してルクスソリスに相応しい男として認めさせるんだ!ルクスソリスの後継者はエクスヴォート・ルクスソリスではなくこのヴィンセント・ルクスソリスであると!貴方に!この国に!」


「待て!ヴィンセント!どこへ行く!」


答えることはなくヴィンセント歩き出す、シーヴァーを連れて歩き出す。俺は何も間違ってない…悪魔の見えざる手を倒せば何もかも解決するんだ。子供達は帰ってくるし民は安心するし、なんならあの冒険者達の言うライブとやらも守れるだろう。


だから軍を整え明日ここにくるであろう悪魔の見えざる手を成敗する。そこになんの間違いがあると言うのだ。


騒ぎ立てる祖父を無視して、ヴィンセントは剣を片手に練兵場へと向かう。


「シーヴァー、明日は戦だ。今のうちに武器の整備を………」


そう言いかけ、自らの剣を見る。よく研がれて よく磨かれて 一度として物を切った事のない剣。戦を前にして今もなお磨きをかけようとする剣を見て…ラグナの言葉を思い返す。


馬鹿は戦の前に剣ばかり研ぎたがる…か。


「チッ…!」


威勢良く輝きながらも傷一つないこの剣はまるで戦に出たこともないのに大口を叩くヴィンセントのようだと、誰かに嘲られた気がした。


本当に本当に、最悪な気分だ。


………………………………………………


「だいぶ形になったな、これならライブも出来るんじゃないか?」


「どうです?ナリアさん」


「そうですね、細かい部分に磨きをかければ完成です」


「ってことはまだ終わりじゃないのね、あいよー」


あれから日が暮れるまで作業を続け、ようやくエリス達は舞台をまぁ見れるくらいの見栄えに改造することができた。本当ならこのくらいパナラマの人員があれば瞬く間に作り上げられたと言うのに。


「立派な舞台…、まさか本当にここまで作り上げるなんて。みんな本当に何でもできるのね」


「あはは、そう褒められると照れてしまいますね」


プリシーラさんも舞台の出来には満足らしい。これなら無事明日のライブを迎えられそうだな。


…ときたら次は。


「ん、じゃあ取り敢えず作業しながらでも明日の動きとか…話しとく?」


「そうだな、…明日はきっと悪魔の見えざる手が現れるだろうしな」


プリシーラさんのライブツアーの日程は悪魔の見えざる手も把握している。ってこと明日ライブが開かれるこの街にはプリシーラさんが確実に現れることが奴等にはバレてるんだ。


なら、明日は奴らにとってもチャンスなんだ。きっと仕掛けてくる。


「一先ずの案だが、部隊を二つに分けようと俺は思ってる」


「ほう?戦力を分けるのか?」


舞台の飾りにヤスリをかけるラグナは部隊を分けると口にする。前回は戦力が分散していたからこそ後手を取ったのだ、それなのに部隊を分けるのか?と!メルクさんはトンカチ片手に舞台の釘を打ち直す。


「ああ、一箇所に集まってもライブ会場に攻めてこられたらライブは台無しだ、だから二つに分ける部隊は『ライブを守る部隊』と『プリシーラを守る部隊』って感じで役割分けをする」


「ん?ってことは何?敵が攻めてきてもライブは続行すんの?」


「それなんか危なくなーい?」


舞台の床を拭いて木屑を払うアマルトさんとその背中に乗って作業をサボるデティから不満が紛糾する。流石に敵が攻めてきたら中止にしない?と。だけど。


「んー、敵が攻めてくるのは確定だし…日程をずらせない以上。仕方ない」


「そうでございますね、当日は街の人たちも丘の頂上たるこのステージに集中するでしょうし、ある意味街中で戦闘になっても安全でございます」


ネレイドさんに肩車され天井の照明を確認するメグさんの言う通りである。


「警戒すべきは敵幹部と変身魔術を使う者ですね、というか今分かっている敵の戦力がこのくらいしかないというのが現状です」


「森で僕達を襲ってきたロットワイラーみたいに幹部補佐クラスでも結構な強さでしたしそっちも警戒した方がいいですね」


でかい組織ってのはそれだけ人材も豊富だ。幹部じゃないからといって弱いなんてことは決してない。相手は元とは言え八大同盟の一角だ、人材の厚さは未だ健在だろう。


「結局はライブが終わるまでステージに近づけなきゃいいのさ、んでライブが終わったらステージの撤収全部街に丸投げして高速で退散。追いかけてきたらデティが迎撃して煙に巻く、これでいいだろ」


「確かに、それが理想ですね」


「ああ、んじゃチーム分けは…プリシーラの護衛はエリスとアマルトとナリア、それ以外の五人はみんな街の側に待機して趨勢を伺う」


ラグナが立てたプランの説明を懇々としてくれる。プリシーラさんの側にプリシーラさんを抱えて高速で移動できるエリスと魔術陣による防衛を得意とするナリアさん、そして変化の呪いにて弟子達の中で随一の柔軟性を持つアマルトさんを配置。


街の側にはラグナやネレイドさんと言った戦闘特化とデティメルクさんの遠距離特化型、そして不測の事態に備えてメグさんを配置し咄嗟に合流出来るようにする。


うん、文句はない。これなら前回のように合流に四苦八苦することもあるまい。


「街の見回りは気合入ってるのがいるしそっちに任せよう」


「ああ、ヴィンセント達か…明日は気合を入れて悪魔の見えざる手を探すだろうな。…そういえばヤゴロウ殿はどこへ行った?」


ふと、メルクさんが周囲を探す。こちら側の最大戦力でもあるヤゴロウさんの姿が今日は見えないのだ…、昨日は夜遅くまでご飯をご馳走になって、エリス達は帰るというとヤゴロウさんは『拙者はもう少し飲んでいくでござる』とそのまま宿に残ったんだ。


…するとメグさんがやや呆れたように。


「ヤゴロウ様はあの後かなり遅くまで飲んでいたようで、起きたのは昼過ぎ。そこから更に呑んでまた寝てます」


「マジかよ、どんだけ飲むんだよ…」


「姿が見えないので先程様子を見に行ったら、宿の女将様に酌をしてもらって上機嫌で飲んでましたよ」


「………あの人もあの人で大丈夫か?」


ラグナ、それをエリスに聞かないでください。


確かにヤゴロウさんは強いし優しいから頼りにはなる、だがあの人は自己管理能力が恐ろしく低いのだ。エリスが彼を拾った時も『つい寝食を忘れて修行してて死にかけました』だからなぁ。


一度遊びだすと止まらないタイプの人なのかもしないな…。


「ま、まぁ当日は流石に酒気は抜いてるでしょうから、多分大丈夫です」


「そう信じよう」


なんて話し合っていると、…ふとデティがアマルトさんの背中の上ではたと何かに気がつき。


「ん、来るよ」


「は?誰が?ってかお前降りろ!雑巾掛けづらい!」


来る、その言葉の通りデティの視線の先にある白岩の城の門を開き、やや焦った様子でこちらに走ってくるのは…ゴードンさんだ。


「ゴードンさん?どうしました」


「いや何!謝罪を述べに来たのだ。ヴィンセント達がライブ会場の建設を放棄したと聞いてな!こちらで何が対応をしようと思っていたのだが…どうやら力になれそうになくてな!申し訳ない」


ステージの上で作業するエリス達に向けて声を投げかけるゴードンさんは、孫であるヴィンセントさん達の行いを知ったようでかなり申し訳なさそうに…いやいつも通り豪快な風体で笑っている。


「いやいいさ、俺達が勝手に文句つけたんだから」


「そう言って頂けるとありがたい!この分の働きは報酬に上乗せするようケイト殿に掛け合おう!」


って言ってもエリス達報酬出ないをだけどね、まぁ別にいいですけども。


「別にいいさ、それよりヴィンセント達の様子は?」


「うむ、儂の声も届かないほどに功を焦っておる。明日ここに悪魔の見えざる手が来ると知って嬉々として軍議をしている」


「そうかい、そりゃ頼りになる」


なんて皮肉めいて笑うラグナはステージに腰を下ろし、難しい顔で腕を組むと…。


「だが、アイツら異様に功を焦ってたな。なんかあったんですか?」


「ほう、やはりラグナ殿には分かりますかな?」


「分かるさ、さっきのアイツらの目は良くない目だった。死んでも功を立てようとする無謀者の目だ、昨日よりなおの事悪くなってる。ありゃどんな戦いに行かせても戦死する」


エリスには分からないが、確かにヴィンセントさん達の様子はちょっとおかしかった。


まるで、星魔城オフュークスで対峙した時のルーカスさんのような、自らの働きを周囲に認めさせようとする感じ、それにとても良く似ていた。そしてルーカスさんは結果として今も目覚めないほどの傷を負った…あのルーカスさんでさえそうなったんだ。


ヴィンセントさんとルーカスさん、この二人は比べるまでもなくルーカスさんの方が格上だ。故に…もしヴィンセントさん達が焦って何かしようとしているなら、その結果はルーカスさんより酷いものになるだろう。


「そうだ、…もう少し落ち着きを手に入れてからそれなりの経験を積ませようと思っていたのだが、どうやら儂は奴等の焦りを侮っていたようだ」


「かもな、でもただ焦っただけじゃああはならない、何か理由があるんじゃないですか?」


「……ああ、ある。恐らくヴィンセント達は自らの姉を超えようと躍起になっているのだ」


「姉?」


あの二人お姉ちゃんも居たのか。と言う割にはこの城には居そうにないが…あ、もしかして。


「もしかして、エクスさん…って人ですか?昨日ボソッと呟いてた」


昨日、ゴードンさんはヴィンセントさん達の情けなさを嘆く時『エクスがいれば』とぼやいていた。今この状況に合致するのはそのエクスなる人物のみ。


「ああ…そうだ」


そうエリスが伝えるとゴードンさんは静かに頷く、やはりエクスさんなる人物が二人のお姉さん…すると、ラグナはその言葉を聞いてコテンと首をかしげる。


「エクス、昨日も気になったんだよなぁその名前…どっかで聞いたことがある気がするんだよ」


「え?そうなんですか?」


聞き覚えがあると小さく首を右へ左へ傾くどうにかこうにか記憶を呼び起そうとウンウン唸る。そういえばラグナってルクスソリスって言葉にも聞き覚えがあるって言ってましたね。


「うん、聞き覚えがある…エクス、エクス…エクス…ルクスソリス…エクスルクスソリス…エクス…ヴォート…!、エクスヴォート・ルクスソリス!そうだ!思い出した!エクスヴォート・ルクスソリスだ!」


そこでようやく思い出したのか、がばっ!と立ち上がったラグナが口にするのは『エクスヴォート・ルクスソリス』と言う名前。だけど残念、エリスには覚えがない…そんな名前。


他もまた似たような感じだ、ネレイドさんもメルクさんも誰それ?って感じ。いや唯一メグさんだけは何か知っているのかハッと口を開いて直ぐに大口を開けてしまったことを恥じて顔を赤くしてる。


「知ってる人ですか?」


「知ってるも何も有名人だよ!俺でも知ってる!、エクスヴォート・ルクスソリスってマレウス王宮所属の近衛団長だろ!?」


「いえ、エリスは聞いたことがないですけど…」


しかしすごい話だな、国交断絶したマレウスの近衛団長が魔女大国の大王の耳に入っているとは、余程武名で鳴らした者なのかもしれないと予測を立てる前にラグナは述べる。


「エクスヴォートはマレウスに於ける最高戦力だよ、デルセクトのグロリアーナ司令やアジメクのクレア団長みたいにな」


「え!?そうなんですか!?」


どの国にも一人はいる、国内最強の実力を持った人間。デルセクトのグロリアーナさんやアジメクのクレアさん そしてアルクカースのラグナと言ったようにその者はまさしくその国の顔とも言える扱いを受け…そしてまた、その戦力は他の追随を許さない場合が多い。


思えば考えたこともなかったけど、マレウスにもいるよなそりゃ、最高戦力が。それがエクスヴォート…エクスさんなのか。


「エクスヴォートの強さは他国にも轟くほど凄まじい。…噂じゃ既に第三段階にまで辿り着き帝国の将軍に比肩する程の実力を持つとまで言われ、マレウス史上最強と名高きマレウスの英雄さ」


ちょっと待てよ?うん?なんて?将軍と互角?そりゃ幾ら何でも強すぎやしないか?しかも第三段階に入ってるって…。そんなとんでもないのがマレウスに居たのか…!


「そういえば私も聞いたことがある。名前は知らなかったがマレウスにはグロリアーナ司令に匹敵する程の傑物が居ると」


「将軍に匹敵…と言われてややアーデルトラウト将軍は不機嫌になっていましたが、恐らく事実です。帝国もマレウスに第三段階到達の可能性がある人間がいることはかなり早期から確認していましたから」


メルクさんとメグさんが小声で話す。どうやらマレウスがプロパガンダで流した噂ではなく本当のことようだ。そんな凄い人がマレウスで近衛団長を…。


しかし、マレウスの国王ってバシレウスだろ?あいつに護衛いるのかな…。


「でもそっかぁ、あのエクスヴォートを姉に持ってたらそりゃ焦りもするか」


「なーんでぇ!アイツら自分達の姉貴が国内最強って呼ばれて僻んでるだけかよ、にしても国内最強の弟にしては随分器が小せえじゃなさいのよさ、大笑いだぜ!」


「それアマルトが言える?」


「俺器ちっちゃくねぇだろ!」


劣等感か…、まぁそりゃ劣等感の一つも感じるよな。姉はマレウス中から実力を認められながらもルクスソリスを継がずに騎士をやってる、片や己は未だに祖父から後継者と認められず手柄の一つもあげてないんだから。


姉を、祖父を、国を見返したい、彼らはその一心なのかもしれないな。まぁそんなのエリスやプリシーラには関係ないからいい迷惑だけど。


「儂も昔はエクスに当主の座を明け渡すつもりで育てていた、彼奴が継いでいてくれていれば…こうも事態はややこしくならなかったのだがな」


「拒否でもされたか?」


「分からん、エクスは口下手故な…最後に話し合った時も結局彼奴が何を考えていたのか全然読み解くことが出来ず…。そして気がついたら居なかった」


猫か。


口下手にも程があると思うが、まぁ何にしてもそのエクスさんは今ここに居ない。多分継いでくれって言っても通じないだろうな。


「ともあれ、ヴィンセント達は未だにエクスを超えようと躍起なのだ。その為に手柄を立てることに執着している…明日も一応パナラマとしては防衛の姿勢を取るつもりだが」


「ヴィンセント達は打って出るだろうな、そしてそこから敵に付け込まれて少なくとも街の中には敵の手が伸びるだろう」


「……情けない限りだ、だが儂とて老いぼれようともかつてはマレウスを守り抜いた剛牙。民だけは何としても守り抜くつもりだ…お前達も手を貸してくれ」


「分かってますよ、任せてください」


ニッとラグナは人好きする笑みを浮かべて親指を立てる。なんとも頼りになるお言葉だ…けど。


はぁー、なんかややこしくなってきたな。ただライブを開くだけだってのになんじゃらかんじゃらと乗っかってきて。


エリスはただプリシーラさんにライブを開いて欲しいだけなのに…はぁ〜。



暮れていく夕日、なんだか面倒ごとに巻き込まれ始めるエリス達。悪魔の見えざる手とヴィンセント達という特大のお荷物を抱えて…果たして無事ライブを敢行できるのか。


今エリスは、とっても不安ですよ。



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