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364.魔女の弟子とデティ・システムの猛威


マレウスの名もなき森の中にて砲腕のロットワイラーより受けた襲撃は、エリス達を窮地に追いやっていた。夜の暗闇の中入り組んだ森を高速で動き回りながら仕掛けてくるヒットアンドアウェイの連撃。


馬車に乗りながら反撃する事も出来ず防戦一方だったエリス達…しかし、メグは言うのだ。この馬車にはただ一つ反撃出来る機能が存在していると。


「この馬車をエリス様よりお預かりしたその時より、私は凡ゆる場面を想定して出来得る限りの改造をこの馬車に施して来ました」


外から矢を射かけられ、揺れる馬車の内部にて…メグは静かに弟子達に語りきかせながら部屋の中央へと向かう。


そもそも、メイドの真髄とは『こんな事もあろうかと』である。いつ如何なる時何事が起ころうとも混乱する事なく、また手間取る事なく問題解決を行う必要があるのがメイドという職業…否、人間である。


故にメグはこの骨董品同然の馬車だけでは凡ゆる問題への対応は不可能であると考え、早急に改造を施した。アリスとイリスの手を借りてなるべく迅速に。


その結果がこの広い部屋と寝室やベッドなどの別室だ。だがその改造は何も居住面の改善にのみ留まる話ではないのだ。


当然、敵対者がいるこの旅でこの馬車が標的にされる事も想定していた。そうなった時この馬車がやられれば我々弟子達は一気に一網打尽の危機に陥る。言ってしまえばこの馬車はマレウスの旅に於ける最終防衛ライン…、是が非でも死守しなければならない絶対領域なのだ。


だからこそ、彼女はこの馬車を守る機構を取り付けるため働きかけていたが…まさかこんなにも早くその時が来るとは思っても見なかった。未だその改造は途上であり完全に起動する保証はどこにもない。


それでも使わなくてはならない場面になってしまった以上、やるしかないのだ。


「準備はいいですか?デティ様」


「え、いや、だからなんで私…」


この反撃機構を作ろうと考えた時、メグの頭には様々なプランがあった。デルセクト性の銃火器を搭載するか、或いは帝国の魔装を搭載するか。だがどちらも取り付ければ目立つ上マレウスの住民を余計に刺激しかねない。


そうなった時、必要なのは『見えない武装』…そんなものこの世に存在するのか。そう考えたメグは一つの答えに行き着いた。


それこそが、魔術導皇デティフローアという存在そのものだった。この世で最も優秀な魔術師の一人である彼女がいれば全ての問題が解決する…。


「ふぅ、行きますよ…よっと!」


そう口にしながらメグは部屋の中央、メグが敢えて『そこには何も置かないでくれ』と懇願した地点の床を触ると…。


ガコンッ…と重厚な音を立てて中央の床が開き、ハッチのように開いたのだ。


「この馬車…地下もあるのか?」


ラグナが口にする。そしてそれに対してメグは返答しない。返答しなくとも皆が理解する…その通りであると。


壁に取り付け薄い壁の中に一室作る最新の空間拡張魔力機構。それによって男子部屋や女子部屋…キッチンを作ったように、当然それを用いれば馬車の中に地下室を作る事だって出来るのだ。


普段は巧妙に隠されており、扉自体もかなり分厚い為上を歩いても気がつかなかったが…、たしかにこの馬車には地下室が存在するのだ。


「こちらが、この馬車の反撃機構になります。さ?デティ様?中に入って」


「え、やだ怖い」


開けられたハッチ、中に灯りはなく何よりその薄気味悪い空気にデティフローアは思わず竦む。というかそもそも何故自分が必要で何故自分じゃなきゃダメなのかがまだ理解できないのだ。


そんなデティをアマルトは軽く持ち上げ。


「まぁまぁそう嫌がるなって」


「アマルトー!他人事だと思ってー!離せー!」


「反撃機構ってきっと大砲だぜ、お前を詰めて飛ばすんだ」


「ャッ…ヤダーッ!ヤダーッ!助けてエリスちゃーん!」


短い手足をブンブン振り回して抵抗するも、アマルトからすれば小鳥の抵抗に等しい。軽く持ち上げられたままデティは地面に開いた真っ黒な穴の側へ連れていかれ、ほかの弟子達もその穴の中を見てみる…すると。


「なんだこれ、地下室ってかこれは…」


「ん?思ったよりも狭いな」


「はい、これじゃあ僕も入れないですね」


「私…足も入れられないかも…」


狭いのだ、小さく円柱型に空いた穴のサイズはほかの部屋とは比べ物にならないくらい狭く、弟子達の中では比較的小柄なナリアでさえ入ること出来ず、ネレイドに至っては足も入らない程小さな小さな空間。


それこそ、デティしか入れないような…小さな一室がそこにはあった。


「何これー!私何されるのー!」


「何されるではなく何をさせられるでございます、ともかく詳しい話は中に入ってからです。アマルト様、中へ」


「おいよ、ジタバタすんなよ」


「ヒィーン!」


なんて、言ってる間にもデティはその一室にすっぽりと頭まで入れられ綺麗に収まる。悲しいかな、どれだけ狭くてもデティにとってはそれなり寛げるサイズなのだ。


「うう、なにここ…あ、クッションある、ってかこれ椅子?」


いれられてから分かる。椅子や様々な魔力機構が搭載されたハイテクな空間であることが。ふかふかなクッションの置かれた椅子に腰をかけてデティはプルプル震えている…すると。


「では蓋を閉めますね、よろしいですね?」


「よろしくなーい!」


バタン…と虚しくもハッチは閉められデティは狭苦しい空間に閉じ込められることになる。虚しい…なんて薄情な友達なんだ…。


「うひぃーん、暗いよ狭いよ怖いよー、出してー」


『落ち着いてくださいデティ様、何も怖いことはありません。近くのボタンを押して魔力機構を起動させてください』


すると外からではなく手元の魔力機構からメグの声が響き渡る。何が何だかよく分からないがそれをしない限り出してもらえそうにないのでデティは渋々と言った様子で暗闇の中手をもぞもぞ動かす。


「ボタンったっても…暗くてよく見えない、あ…これかな?」


手探りで色々探していると、一つ…ボタンがあることに気がつく。そいつを指先でコチリと押してみると、その変化はあっという間に巻き起こる。


「お?お?お?なになになに!?」


駆動音を鳴らして動き始める魔力機構、それは青い光を放ち部屋の中をあっという間に包み込むと…そこには。


「あ、これ…」


ようやく分かる、光で照らされたそれは水晶で形作られた複数の魔力機構の集合体、その隙間にデティは入っていたのだ。


それにこの水晶…見たことがある、確かこれは。


(ヴィスペルティリオ大学園にあった対天狼最終防衛機構と同じ…)


かつて、学園で見た対天狼最終防衛機構。魔女カノープスがシリウスとの最終決戦に備え、ディオスクロアの首都を守る為作り上げたそれと同じ。水晶で周囲の物事を探知したり物を動かしたりするあれだ。


悪魔のアインの大攻勢の際学生達が動かし私達をサポートしてくれたアレと同じものが目の前にある。もしかしてこれ…。


『気がつきましたか?それはカノープス様が直々に考案・設計された『対決戦用魔力機構』。周囲の物体を魔力として使用者に伝える魔力機構でございます』


「魔力として?」


『はい、この魔力機構を中心に魔力を放ちソナーのように探知する為のものでございます、ただこれだけの規模の物を扱うには通常数十人規模の人員が必要となります』


周辺…三百六十度全域を知覚するというのは本来人間の脳では想定されていないことだ。その情報量を捌きなおかつその情報を運用しこの魔力機構も扱うとなるとするにはそれなりの人員が必要である。


事実としてディオスクロア大学園のそれも生徒達が何十人がかりでようやく一つ動かせるかどうかというレベルのものであった。


……だが。


『ですが、そこにデティ様独自の魔力感知能力も加われば…その性能は本来ものよりも何倍も大きくなると私は確信しております』


デティには生来より尋常じゃないレベルの魔力感知能力がある。それは目の前の人間の魂の揺らぎ…感情さえも感じることが出来るほど凄まじい規模のものである。


故に、そのデティの感知能力とこの魔力機構をの探知能力を合わせれば、一人で扱えるどころかその性能を何倍にも高めることが出来るのだ。


「なるほど、確かにこれは私にしか出来ないね」


『はい、デティ様ならこの暗闇でも敵の位置を正確に把握できるはずです。目の前に突起があると思うのですが…それを掴んではいただけませんか?』


「突起?これかな」


ふと、目の前に突起があるのが目に入る。それはまるでなにかの持ち柄のようにも見え、それをデティはがっしりと躊躇なく両手で掴む。


『この馬車には多数の魔力機構が搭載されています、余すことなく張り巡らされています。…それはつまりこの馬車全体に魔力を通す道があるということ。即ちこの馬車を一つの杖として捉えることも出来るのです』


「つまり、この杖を使って…敵の位置を探れってんだね」


『その通りでございます』


『なになに?中どうなってんの?ってかその棒でデティと話してんのか?』


『アマルト様は向こう行ってて!』


『はい…』


杖とは即ち魔力を通すための第三の腕だ。魔力が通るならそれは自身の肉体に相違ない。つまりこの魔力導線で敷き詰められた馬車は、魔力を通せばデティの一部とも化すのだ。


(なるほど、この突起はこの馬車の制御菅か…)


魔力を通せば全てが分かる、この突起はつまり魔力を通して馬車全体を制御する為の謂わば脳髄。それをデティが引っ掴めば馬車に付随する魔力機構の制御を自らの手で行えるということだ。


いくつか接続されていない魔力機構があるな、これは多分メグさんの言っていた調整中の魔力機構なのだろう。接続されていないから今回は使えないが…、今あるものだけで十分だ。


(魔力探知機構か、これを使えば…)


魔力探知機構…周辺に魔力を放ちそれを水晶に反応として映し出す索敵魔装。それをデティが制御して扱えばその性能は高まるという話であった。


探知機構の機能にデティの感知能力を足し合わせ乗算すれば、感じ取れる幅と精度は大幅に上がる…うん。


(見えた!)


不思議と馬車の外のことが手に取るように分かる。森に生える木々が放つ僅かな魔力、馬車を必死で追いかける犬の荒々しい魔力、それに跨り襲い掛かる悪魔の見えざる手の邪な魔力。


私達を逃がそうと懸命に走るジャーニーの優しげな魔力、そしてそれを守ろうと力を振るうエリスちゃんの温かな魔力。それが形を伴って目を閉じたデティの脳内に鮮明に浮かび上がるんだ。


どこに誰がいて何をしようとしているか…見える。


(けど、まだ馬車そのものに攻撃機構は取り付けられてないんだ…)


メグさんが期待しているのはきっと私に敵の位置を正確に捉えさせること。敵の位置が分かれば後はメルクさんなりメグさんが対応するという心算なのだろう。


……だけど。


『デティ様、敵の場所は分かりましたか?』


「うん、分かったよ…けどその前に一ついい?」


『?…何でございましょうか』


「周りの追っ手の動きを止められたりする?場所は教えるからさ」


だけど、こんなにいい物貰ったんだ。


せっかくなら仕留めるところまでやってやろう。


………………………………………………………


「追っ手の動き…でございますか?」


手元に握った筒。デティの居る地下室に声を届ける為の魔力マイクを握ったまま首を傾げるメグ。デティには索敵のみをお願いしようと思っていたのだが…何やら彼女にも考えがある様子。


『うん、出来そう?』


「動きと言われますとやや困りますが…」


で?どうです?と周りを見る。少なくとも今メグの頭の中には名案という名案はない。それは他の皆も同じらしくさっぱりと首を傾げる。


「四方八方に散った追っ手の動きを一時とはいえ止めるのはやや難しいな」


「幻惑魔術なら出来ないでもない、難しいには難しいけど」


そうネガティブな意見が出る中…一人腕まくりをするのは。


「よーし、じゃあそれは俺に任せろ」


ラグナだ、彼はデティの声に応えて腕まくりをして気合いを入れるようにシャカシャカと両手を動かす。その顔は一か八かに臨むギャンブラーの顔ではなく、確かな一計を含む挑戦者の顔つきだ。


『ほんと?ラグナ!なんか出来る?』


「勿論さ、俺も俺でなんとか時間が稼げないか色々考えててさ。それで思いついた作戦が役に立ちそうだし…いっちょやってみるよ」


『流石ラグナ!じゃあ敵の場所教えるね。えーっと…』


「必要ない、それよりなんかするつもりなんだろ?だったらそっちに集中してくれ。ちゃんと敵の動きは止めてやるから」


こっちは任せろとばかりに彼は拳を突き上げ馬車の出入り口へと向かう。そうして仁王立ちした彼は…その場で大きく息を吸うのだ。


「すぅー!」


大きく大きく息を吸った彼はそのまま口元に手を当て、そして…こう叫ぶ。


「『野郎共!一旦様子を見る!一時停止!』」


彼の口から放たれた…そう、間違いなく彼の口から放たれたその言葉は何処からどう聞いても…敵の隊長砲腕のロットワイラーと全く同じものだった。


彼の師匠アルクトゥルスより授けられた技、その数多くの技の中にある声帯模倣による変声。これを使うことにより彼は女の甲高い声から不男の野太い声までどんな声でも出すことが出来る、当然一度聞いた声ならば再現だって出来る。


それを用いた変声によって響いた彼の声真似は、ロットワイラーの部下達の耳に届き。


「あいよ!隊長!」


「え?あ?え?俺何にも言ってな…」


急速に停止する、隊長の命令だから部下達も聞く。犬達の手綱を引いて減速した部下達はなんの疑いもなくラグナの指示を聞いてしまったのだ。


この暗闇で彼らが連携を取れているのはロットワイラーが声を上げ意思伝達をしているから。その一連の動きを何度か見ていたラグナはこう考えた…、『声真似で指示を出せば、確かめる術を持たない部下達は言うことを聞くしかないのでは?』と。


そしてその予測は見事的中。暗闇の中響いた高精度の声真似により彼らはそれを『隊長の命令』と誤認し全く疑うことなく実行に移してしまった。周囲の部下達が立ち止まったのを受け、ロットワイラーもまた立ち止まり。


「馬鹿野郎!今のは俺じゃねえ!敵の罠だ!」


「え!?でも今のどっからどう聞いても隊長の声じゃ…」


「なんで敵が逃げてんのに立ち止まるんだよ!とっとと追うぞ!」


「あ、あいよ!」


その一瞬の停止で馬車とかなりの差が出来てしまった。急いで追わなければ逃げられる、故に彼らは直ぐに犬に命令を出して再び動き出すが…。


………………………………………………


「ナーイス、ラグナ、ナーイス」


ほくそ笑む、地下室でその光景を観測していたデティは見事に立ち止まったロットワイラー達を見てしめしめと笑う。


よくぞやってくれた、敵は今立ち止まり一箇所に固まっている。それがここからよく見えるのなんのって、これならやりやすいってもんじゃありないですかぁ!


「さてと、それじゃあちょっとカッコいいところ見せちゃおうかな?」


デティは首をコキコキと鳴らし、指を伸ばし、格好だけの柔軟体操を終えた後…再び目の前の持ち柄をがっしりと掴む。


……この馬車にはまだ攻撃機構は搭載されていない。銃もボウガンも付いてないし、魔装だって乗せられていない。ただ索敵が出来るだけ…そうメグは言っていた。


だがここに誤算があったとするなら、メグはデティフローアという魔術師の技量を見誤っていた点に限るだろう。


「……魔力臨界ッ!!」


『!?!?、で デティ様!?何をされてるので!?馬車全体が凄まじい魔力で覆われていますが!?』


メグはデティフローアが『戦う場面』と言うのを見たことがないのだ。彼女が治癒魔術を使って味方をサポートする場面しか見たことがないのだ。


だからこれは情報という形でしか知らない、耳で聞いた程度にしか知らない。デティフローアが『この世全ての現代魔術』を扱えるだけの技量と実力を持つ事を…彼女が魔術師としてなら普通に強いという事を。


「魔力探知最大展開、魔力源極限追尾、全魔力導線稼働、誰も私の目からは逃れられない…!」


デティの目には見えている、暗闇の向こうで慌ててこちらに向かって来ようとする悪魔の見えざる手の一団が。その魔力反応が的確に把握出来ている。


「闇の中でも木の裏にでも!好きなところに隠れなよ!ムダだから!」


それ故に自身の魔力を最大まで高め馬車全体に流し入れる。この馬車が魔術杖の代用品になるというのなら…杖そのものとして使えるなら、きっと可能なはずだ。


この馬車そのものを媒体に、魔術を放つことが。


「『アマラズド・シャイニングレイン』!」


その詠唱と共に、デティの座す地下室が…弟子達の乗る馬車が眩い光に包まれ、そして。


………………………………………………


「くそっ!追え!逃すな!奴等の匂いが残ってる限り見失うことはないはずだ!」


ロットワイラーは大犬の手綱を握り締め、漆黒に包まれた森の中を駆け抜ける。複数の部下達を引き連れ全力で追い縋る。平地ならまだしもこの入り組んだ森の中だ、さしもの馬も全速力を出すことは出来ない。


ならば小回りの効く戦犬でなら追いつける。そう部下達を鼓舞しながらはるか前方を進む馬車の背中を見据える。


「どうせ反撃は来ねえんだ!こっからでもガンガン撃て!撃て撃て!」


奴らはこの森というフィールドの所為で殆ど反撃が出来ない状況にある、反撃が無いなら一気に攻め立てる。そう口にすると共に構えるボウガンと砲腕、その銃口が馬車を捉えた瞬間だ。


背中を見せていた馬車が、眩い光を放ったのは。


「え……?」


光?なんの光?まさか反撃────。


そう考える暇もなく、その光は入り組んだ森の木々をジグザグと直角に曲がり回避しながら真っ直ぐロットワイラーの元まで駆け抜け…。


射抜く、その身を。


「ぐぇぎっ!?」


爆裂する光線はロットワイラーの胴体に的確に当たり犬の上から吹き飛ばし叩き落とす。いやロットワイラーだけじゃない。


「な、なん…げはぁっ!?」


「ちょっ!?なんだこれ…ぐぼぁっ!?」


「あ、あ、あぎゃぁっ!?」


当たる、一つの無駄もなく一つの不発もなくきっちり揃えるようにこの場の全員にロットワイラーと同じく胴体へと光弾が命中し、炸裂すると共に犬の上から叩き落される。既に高速の疾駆を始めていた犬の上から落ちれば当然、ロットワイラー達は地面に引きずられるようにゴロゴロと転がり暗い森の中へと投げ出されることとなる。


「…な、なんだったんだ。今の攻撃…!?」


ロットワイラーはよろめきながらも立ち上がる。あの馬車にゃあ反撃の手段がなかったはずだ、なのにいきなり飛んできたあの攻撃…寸分違わぬ正確な狙撃。それをこの暗い森の中で行ったというのか。


おかしい、これはおかしい。デッドマンから聞いていた話ではあの馬車に乗っているのは字無しのガキだけ、デッドマンの隙を突いてうまく逃げ果せただけのガキが八人だって…。


いや…まさか、デッドマン…アイツ何か知ってて俺達に黙ってたのか。街には入れなかった俺達に敢えて情報を伏せて、俺達を捨て駒にしたのか?


「ふ、ふざけんな…」


じゃあなんなんだよ、あの馬車の中にいるのはなんなんだよ!こんなふざけた芸当やらかす怪物がなんで冒険者協会にいるんだよ!


ま、まさか…まさか、奴らがそうなのか。


まさか奴らこそが…話に聞いていた…。


「ッハ!?」


ふと顔を上げる、犬と言う足を失い動けなくなった俺達に向けて地を這う流星群が瞬いている様を。闇の森を引き裂く閃光の五月雨…先程飛んできた光弾が、今度は凄まじい数飛来して…。


あれは逃げられない、避けられない、防げない。


終わった……。


「ッくそ!デッドマン!!俺達で…俺達で奴等を試したなァッ!?」


叫ぶ、俺達を利用し捨て駒にした男の名を叫ぶ。


こんな事なら奴等に攻撃など仕掛けなかった!奴らが…ケイト直属の『マルス・プミラ』達だと知っていれば!こんな…こんな!



彼の叫びも虚しく、光はただ…愚者を哀れむように爆炎にて包み込むのであった。


…………………………………………………………


遥か後方で炸裂する無数の光弾、デティの目によって探知された者はその光から逃れることは出来ない。どこまで逃げようとも追尾し、何が間にあろうとも回避し、ただただ敵対者のみを裁く裁定の燐光。


もはや確認するまでもない、ロットワイラー達は今の攻撃で戦闘不能となった。魔力から彼らの残存体力を読み取りそれと同程度の威力をぶつけたんだ。余程の誤差がない限り彼らは意識を保ち続けることは出来ず、そしてデティに限ってその誤差は生まれ得ない。


つまり…。


「ふっ、喧嘩売る相手、間違えたナッ!」


バゴーンと地下室の扉を自力でこじ開けてキラキラと決めポーズを取るデティは己の凱旋を己で祝う。この馬車に攻撃機構は必要ない、デティが搭乗している限りこの馬車は最強の剣と最強の盾…そして無敵の瞳を持ち合わせているに等しいのだから。


「流石です!デティさん!」


「まっ!それほどでもっ!」


「御見逸れ致しました、このメグ…デティ様の実力を見誤るとは、一生の不覚でございます」


「苦しゅうないかなッ!」


手放しに褒め称えるナリアに鼻を伸ばし、ぺこりとお辞儀をするメグに胸を張り、この大戦果を誇りに誇る。何せラグナにもネレイドさんにもなんとも出来なかった敵をこのデティフローア様が倒したのだから。


これは魔女の弟子最強ですわ。そう胸を張るデティを見たプリシーラは呆然と口を開けて。


「あ、あんた戦っても強いのね。チビなのに…」


「チビは余計じゃい追ン出すぞ!?」


「ご、ごめん…」


「ま、私これでも魔術師としてはそれなりだから。ま、私戦えば普通に強いから。ま、背丈で人の強さって決まらないから。ま、私の事尊敬してくれちゃってもいいから」


よっこいせと地下室から這い出たデティはもう凄まじく偉ぶりながらプリシーラの肩を叩…こうとして届かなかったので膝を叩く。偉そうで自慢げで腹立つ物言いだが実際その凄みを目の前で見たプリシーラとしては何も言えない。


何も、言えない。


「流石だ、デティ」


「でしょ?ラグナ。私最強?」


「ああ、最強だった。やっぱお前頼りになるよ」


「でへへ」


「あ、褒められてるところ悪いけどよ」


ラグナに褒められいい気になっている所に水を差すのはアマルトだ。何やら慌てた様子でデティの肩を叩くと。


「なにさ、私を地下室に閉じ込めた薄情者」


「言い方!?いやいや仕方ないだろあれは…ってんなことよりも、お前昨日食ってた花びらの砂糖漬け、あれまだ残ってたよな」


「え?うん、美味しいからチマチマ食べようと思って残してあるけど、そこの戸棚に」


「食い掛け菓子を保存するな…湿気るぞ、虫も湧くし…まぁいいや。貰うぞ」


「え?貰うって…」


するとアマルトはデティの残しておいた花びらの砂糖漬けを戸棚の奥から引っ張り出す。おしゃれな瓶に詰められた花びらはあと半分ほど残っており、それを見たアマルトは『これくらいなら足りるか』とばかりに静かに頷くと、その残りを纏めて清潔な布の上にぶちまける。


「あー!?なにすんのさアマルトー!私の菓子をー!」


「元はと言えばプリシーラのだろ」


「そーだけどー!ってかアマルトもいつも言ってんじゃん!食べ物を粗末にする奴は許さないって!」


「だから粗末にするつもりはねぇーの、ちょっと待ってろ」


デティの声も無視してアマルトは花びらの砂糖漬けを布で包んで、さらにその上から木の棒で殴打しまくり、砂糖で固まったそれを粉々に砕いていくのだ。


ああ、もったいない…そんな声をかみ殺すデティはアマルトの作業をジッと見る。さっきも言ったが彼は食べ物を粗末にしたりおもちゃにしたりする男じゃない。


デリカシーもなければ気も使えない男だがその点では誰よりも信頼出来る。故に黙って見ていると。


「細かく砕いて粉末状にしたこいつを…水で溶かしてと。よし!完成!」


「なにそれ、不味そう」


細かく砕いて粉となったピンクの花びらを瓶の中へ戻し、さらにそこから水を加えて匙で四回五回と大きくかき回すと…出来上がるのは桃色の液体だ。とてもじゃないが美味しそうには見えない…。


「なにって、あの犬共は俺たちの服についたコンクルシオの花の匂いを元に寄ってきてんだろ?倒したにしてもまた同じような手段で追ってくるかもしれないからな。だから同じ匂いのこいつをその辺に振りまきまくってカムフラージュにするんだ」


「おー!頭いいー!」


「これでも学園首席卒業なもんでね、うっし…おーいエリスー!無事かー?」


『問題ありません!皆さん流石です!ありがとうございました!』


カムフラージュ用の匂い液を持ったままエリスの元へ向かうアマルト。あれだけの矢に晒されていたにも関わらずエリスは全くの無傷で馬車とジャーニーを守り抜き、アマルトの声に難なく答えて見せる。


「しかし、今回の戦況は惨憺たるものだった、これは何かしらの対応策を打たねばならんな」


「ああ、ちょっと考えてみるか」


一方ラグナとメルクは戦いが終わったにも関わらずすぐさま対応を打ち出すため会議を始める。


こんな事もあろうかとアイスウッドの樹液を用意していたネレイド、魔術で敵を一掃したデティ、ただならぬ知識と技を持つナリア…。


今、プリシーラの目の前で動く八人の冒険者達。


(…この人達、もしかして本当に凄い人達?マジで何者なの…?)


あれだけの襲撃も物ともせず弾き返すエリス達、その凄まじさを前にしたプリシーラは今一度ゴクリと唾を飲み込み戦慄する。


どう考えてもここにいる人間全員が三ツ字冒険者の範疇に収まっていない。今まで護衛に現れたどの冒険者よりも…強く、優しく、賢い。


これなら本当に、私は誘拐されずに済むかもしれない。


これなら本当にライブをやり切る事が出来るかもしれない。


これなら…悪魔の見えざる手も退けられるかもしれない。


退け…られるかもしれない。


(…………私は、どうしたらいいの)


故に、彼女は後悔する。


こんなにも私に良くしてくれるエリスさん達に。



私は、とんでもない嘘をついているのだ…と。


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