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360.魔女の弟子と五人の悪魔達


「プリシーラ様!お疲れ様です!」


「はぁーい!みんなお疲れー!今日も護衛ありがと〜!」


誘拐組織『悪魔の見えざる手』からアイドル冒険者プリシーラを守る為、コンクルシオの街へやってきたエリス達。


そんなエリス達を出迎えたのは依頼対象のプリシーラ・エストレージャ…なのだが、彼女はまぁ結構なワガママというか悪どい性格というか。


新入りたるエリス達をこき使い、エリスに対して言いがかりじみた恨みを持ち、護衛をするどころでは無い状況にまで追い込まれてしまった。


そんな中、他のみんなを使いっ走りに向かわせる中。特段の恨みを持つエリスを連れて彼女が向かうのは最後のリハーサル。コンクルシオの街の中央に据えられた巨大ステージの裏がを、大幕に覆われた舞台裏にエリスとプリシーラさん。


それを見るなりワラワラと群がってくるのは例のピンク甲冑騎士。通称プリプリ親衛隊…プリシーラさんのファン達だ。彼らは舞台裏にて待機してプリシーラさんが姿を現わすなり小道具やタオル、飲み物を持ってやってくるのだ。


…扱いはエリス達とあんまり変わりないように思える。


「プリシーラ様!お飲み物です!」


「後でもらうね〜」


「プリシーラ様!小道具です!」


「そっち置いといて〜」


「プリシーラ様!魔導マイクです!」


「ありがと〜」


群がる親衛隊達を猫を被りながら彼女は舞台上で淡々と準備を進めている。しかしこうして見ているとプリシーラという人間がよく分からなくなる。


エリス達に見せていたあの露悪的な態度は態と辛く当たっているのか?それともこの猫撫で声はただ猫を被っているだけなのか?彼女の本性はどっちなんだろう。


エリスには師匠みたいに人を見る目ってのが無いから彼女の本心ってのは分からない。


「はいみんなー、舞台から退いて。一連の動きを確かめるから」


「はい!かしこまりました!…おい、お前もこっちに」


「え?あ!はい!」


親衛隊に襟元引っ張られてエリスは舞台袖へと連れて行かれる。こき使うって言った割には彼女エリスの事使わないな…、いやそもそも彼女自分で準備をして親衛隊さえも使ってなかった。


冒険者としての活動には取り巻きの冒険者は使うが、アイドルとしての活動には使わない。それは彼女なりのポリシーか…或いは取り巻きが普通に役に立たないかのどっちかだな。


「ふぅー…、大丈夫…私はやれる、みんなは私を見にきてる、私はみんなの見せたいものだけを見せればいい、ただそれだけ…」


ブツブツと唱えるように彼女は目を伏せ、魔導マイクを手に持ち口元に当てると…。


「───ッ!」


トントンとリズムを足で取って彼女は口をパクパク動かし無音のまま彼女は踊り出す。きっと本番には歌と一緒に音楽が鳴り響くんだろうが、これはきっと彼女が自主的に行う最後の動きの確認なんだろう。


しかしまぁ…凄いなあ。


「─────ッッ!!!」


ポンポンとステップを踏み、真剣な顔で踊る彼女の横顔を見ているとなんだか鳴り響かないはずの音楽が聞こえてくるんだ。それだけ彼女は真摯なんだ、踊りに…いやアイドルという活動そのものに。


彼女はお世辞にも人格者では無いけれど、…真剣にやってるんだな。


「プリシーラ様はな…」


「ん?なんですか?」


ふと、エリスの隣に立つ親衛隊が口を開くのだ。びっくりした…いきなり話しかけられたから独り言かと思いましたよ。


「プリシーラ様はな、昔はエトワールに行くことを夢見ていたんだ」


「エトワールに?行けばいいじゃ無いですか、コルスコルピ行ってジェミニ号に乗りゃ一発、いや今だったらポータル使えば直ぐですよ」


「簡単な話じゃ無いんだ、今マレウスと魔女大国の国交は殆ど断絶に近い状態にある。エトワールも魔女大国の一つ…マレウス出生の彼女がエトワールに行くのは大変なのさ、何よりこれだけの影響力がある彼女が魔女大国に渡ることを王宮が許可するわけがない」


「そうだったんですね」


「我々はプリシーラ様の才能を信じているからファンをやっているんだ、これだけの数の人間を傾倒させる彼女にはやはり特別な才能があるに違いない。…魔女大国だとか非魔女国家だとか…そんな分け隔てがなければ彼女はきっと今頃エトワールで名を馳せていただろう」


「プリシーラ様ならきっとエトワールでも天下を取れていたさ、きっと今よりずっと明るい舞台で踊れていたはずなのに…」


「それもこれも魔女がいるからだな…。奴らがいる限り人類は分断され続ける。我らは皆同じ人なのに…嘆かわしい」


…ふーん、プリシーラさんってエトワールに行きたかったのか。確かにあそこはやや実力主義的な部分もあるがあれだけの実力があればきっとエトワールでも上手くやっていけだだろう。


でもマレウスとアド・アストラの仲は悪いからな…。魔女を信じる国と信じない国だもん、思想の違いとは想像するよりもずっと深い溝を生む。ラグナでさえマレウスを『敵国』と呼ぶくらいには。そんな状態じゃエトワールには渡れないか。


…しかし、エトワールにねぇ。どんな奇遇か偶然か…。


「…………」


「フゥ…フゥ、ハァ…ハァ」


エリスはそのままプリシーラさんが一曲分踊りきるまで黙って見守り続ける。腕を組んで壁にもたれかかり何を言うでもなくジッと見続ける。


そうやって踊り終わる頃にはプリシーラさんの肌はやや汗ばみ始めており、一度のライブがどれほどの負荷なのかを如実に表す。


汗は本気で取り組んでいる人間にしか流れない、彼女はやっぱりこのアイドル活動に本気なんだ。ちょっと迷いのようなものは見えるが本気であることに変わりはあるまい。


「もう一曲…!」


「プリシーラさん、本番が近いのにそんなに練習していいんですか?」


「ちょっ!?お前!」


親衛隊が止めるのを差し置いて、逆にタオルを奪いプリシーラさんに投げ渡すと…、ありがとう!なんてお礼の丁度対角線に存在する険しい視線がこちらに向けられる。


「素人が邪魔しないで、完璧なものに仕上げるのが私の仕事なの。最後の最後まで詰めないと」


「額から粒みたいな汗流して、必死の形相で歌って踊られてもお客さんだって困惑しますよ。ここまで来たらどっしり構える方が…案外本番の為になるもんですよ」


「汗…?顔?…」


するとプリシーラさんは自身の顔をタオルで拭いて、そこでようやく自分が汗をかき顔が強張るほどの勢いで踊っていたことに気がついたようだ。必死で本気で真摯なのは構わないが、度が過ぎればいずれも毒だ。


大一番の勝負で物を言うのは直前の練習ではなく今までの積み重ね。そして彼女は十分積み重ねている、なら今更あれこれする必要はない。


「ッ…!意味分かんない…!」


「そんな不安を紛らわせる為だけの練習ならしない方がマシって意味です。楽屋に戻りましょう?ライブまで一時間を切ってますからそれまでゆっくり息を整えて休みましょう」


「…………」


練習は自分の為にあるのであって本番の為にあるわけじゃないんだ。ここで無理して体壊したりスタミナ使い切っても意味なんかない。厳しい物言いだろうが自分の額の汗にさえ気がつかないほど熱中してるならこれくらい言わないと響かない。


事実彼女はエリスを睨みはすれど無視はしない、無視は出来ない。彼女だって分かっているから。


「…ッ 、…アンタ分かって言ってるの?」


周りには聞こえない小さな小さな声で、恨み節のようなそれがエリスに投げかけられる。その視線は舞台と舞台裏を隔てる幕に向いており。


「もう既に向こう側には多くのお客さんが待ってるの、チケットだって安くないしここに来るまでに危険だってある、それでも他の街から集まってくれた人達が数百人来ているの」


「…………」


「私は彼らの覚悟と支払った対価とライブ中の二時間三十分に責任を持たないといけないの、半端なものは絶対に出せない…」


信念か、義務感か。彼女にとっての『アイドル冒険者』とは何かの一端を垣間見せる。


名声が欲しいからとか、お金が欲しいからとか、ただただ何かを見返したいとか。そんな感情で立ってる人間がこんな顔をするだろうか。


気持ちは分かるとか簡単な事は言えないけれど、エリスには彼女が何処か…強く見える。


ま、だからってこのまま練習するのは容認できませんがね。


「でも、だったら尚のこと休むべきですよ」


「うるさいわね…まだステップに納得がいってないのよ、第一私の雇った護衛ごときがコーチ面して邪魔してこないで、クビにするわよ」


「身を守るのが仕事ならこれも仕事の一部では?」


「屁理屈が聞きたいって誰が…!おほん!」


危うく声を荒げそうになり咳払いをして話を一旦切るプリシーラさんは、ニコリと可愛らしく微笑み。


「心配してくれてありがと〜、分かったからタオルちょ〜だい?」


「分かりました、どうぞ」


「チッ」


これ以上ここでエリスの相手をすること自体が時間の無駄と理解したのか彼女はエリスからタオルを強奪して近くの椅子へ座り込む。


彼女のライブに対する熱意は本物だ。きっと今日まで凄まじい量の練習を積んで来たんだろう。それも誰にも悟らせないように、それでいて誰の力も借りずに。


それは強さでもあり弱さでもある。彼女の足は鋼鉄じゃない、酷使すればいずれ折れて倒れる事になる。故に適度に休むことも重要だ、師匠も休息は鍛錬の一部だって言ってたからね。


「ライブまで後数十分…打ち合わせも終わったし、擦り合わせも終わったし、やれる事は全部やった…やったよね…うん」


椅子に座りながらブツブツと唱える彼女は落ち着いているようには見えない。…かと言ってこれを落ち着かせる言葉をエリスが持ってるわけでもないし…うーん。


こう言う時こそ彼女の頼んだお菓子が…ラグナ達が買いに行ってるお菓子があれば良いのだが…、いや本番前に飲み食いするのはどうなんだ?うーん。


というか、ラグナ達…遅くないか?






「あ!お前!ここは立ち入り禁止だぞ!」


「ッ!!!」


刹那、厳粛とした場の空気が砕け散るような…そんな悲鳴にも似た怒号が飛び、エリスは弾かれるように声のした方へ首を向ける。


声がしたのは舞台と舞台裏を仕切る幕の方。見れば観客席側から何者かが幕を開いて舞台裏に乗り込んでいたのだった。


「おい貴様!観客が舞台に乗り込んでくるな!ライブを台無しにしたいのか!」


「ここがどこか分かってるのか!?誰かあの行かれた男を外に放り出せ!」


「おやまぁ、騒がしいデスな」


乗り込んできたのは男だ。第一印象だけで語るなら…とても位の高い人物にも見える男性。細身でスラリとした体を黒いフォーマルなスーツで覆い隠し、それをカジュアルに着崩し。ハットからはみ出た黒赤の髪を肩口まで伸ばしながらも後ろで束ね。一見すれば女にも見えるような華奢な顔つきでニコニコと笑う。


奴はコツコツと杖をついてまるでそこが己の舞台であるかのように振る舞い、そして辺りを見回すと…。


「おお!いたデス!貴方がプリシーラ…デスね?」


「な、何よ…アンタ」


「アンタではないデス、私は『悪魔の見えざる手』を率いる纏め役でしてハイ、『親指のデッドマン』と呼ばれておりますデス。今日は差し当たって貴方サマを攫いに来たデス」


「ッ!?はぁっ!?アンタが悪魔の見えざる手…!」


「こ、こいつ!堂々と真正面から攻め込んできやがった!プリシーラ様を攫いに来た誘拐犯が!堂々と!?」


突如現れデッドマンと名乗った男はにこやかに微笑み、手元でクルリと杖を回し…ルーレットのようにプリシーラさんを定め、攫いに来たと公言するのだ…その余りの堂々さに護衛達も驚愕する、エリスも驚愕する。


こいつ、また今回も堂々と正面から襲撃を仕掛けてきたのか?前回と同じく。いやでも今回は前回の反省を生かして外にも冒険者が…、まさか。


「うぉおおおおお!!プリシーラ様には指一本触れさせん!」


「やっちまえ!この狂人ぶっ殺せ!」


「あ!ちょっ!ちょっと待ってください!こいつは…!」


咄嗟に事実に気がついたエリスの制止も聞かずピンクの甲冑騎士達は剣を抜きデッドマンに突撃を繰り出すのだ。完全武装の鎧の行進、それはただそれだけで威力と威圧を伴うものだ、並大抵の存在ならそれだけで圧殺出来るだろう。


だが、だが…!それは奴が並みの存在ならの話だ。だって外にいた護衛が黙ってアレを通すか!?舞台裏にいる護衛よりも数で勝る外の護衛が…纏めて全部撃破されたのだとしたら。


あのデッドマンの実力は…!


「クフフ…『デッドマンズハンド』」


そう言うなりデッドマンは右手を前に差し出し、大きく広げて見せる。その手には複雑な文様が刻まれており…デッドマンはクイッと人差し指を折り曲げる。すると…。


「『四指・死者の業風』ッ!」


突如として吹き荒れるのは魔力を伴った凄まじい業風。それは刃のように鋭く尖り切れ味を持ち目の前に群がる甲冑の騎士達に向かい放たれ…。


「ぐぉっ!?」


「ぐゃぁっ!?」


まるで馬車に跳ねられた小石のように甲冑騎士達が吹き飛び、それでもなおも止まらぬ風は舞台裏に巨大な大穴を開けて、背後の家屋までも削り去り、空へ消える。


凄まじい威力の魔術だ…いや魔術か?


だってあいつ、今詠唱してなかったぞ?今のはただ『技名』を言っただけ、魔術師のエリスにはあれが詠唱ではないことが分かる、分かるからこそ分からない。


あいつ今何したんだ…!?


「くそっ!怯むな!強いのは最初から分かってただろ!」


「ええ!私強いデス!貴方達の百倍程ね」


それでもまだ残った甲冑の騎士達は怯まない。全員が全員剣を抜き放ちデッドマンを四方から囲み串刺しにしようと襲いかかるが、ダメだ…あれではダメだ。


…見えるんだ、奴の間合い。奴の世界が。


魔力が迸り、完全に制御出来るデッドマンにとっての世界。それは彼を中心として…。


『この舞台全域を覆っている』…つまりこの場に奴の死角はない。アイツ凄まじく強いぞ…!?ただの人攫い屋じゃないのか!?


「『一指・死王の狩鎌』」


今度は小指を上げて変わるように小指を曲げる。するとどうだ…また詠唱もなく魔術が発動する。


彼の足元から伸びた影が巨大な死神を象る。鎌を持ち赤黒いローブを身に纏った死の象徴へと。


「ッハハハハ!雑魚散らしと行きますかね…!」


振るう。死神が鎌を、小指を握ったままのデッドマンが杖を。


影が実体化した鎌は容易く甲冑を切り裂き内側から血を噴き出させ。高密度の魔力防壁を纏わせ鉄棍よりもなお硬く変貌した杖は鎧ごと騎士達を叩き砕き、次々と打ち倒される。


まるで庭先の枯葉を掃いて捨てるように容易く冒険者達を片付ける。その余りの強さは騎士達を寄せ付けず、もはや戦いではなく彼の言う通り雑魚散らしにしかなり得ない。


「ご…はぁ…!」


「ハァーイ!他には居ませんか?今なら特別に相手してあげるデス」


戦闘が始まって凡そ一分、この場にいた甲冑の騎士達が全員大地に伏して動かなくなる。


圧倒だ、絶望的なまでに強い…。そして納得する、これは三ツ字冒険者程度では勝てないわ。少なく見積もっても旧アルカナのアリエ級…下手すりゃそれ以上。その辺フラフラうろついてていいレベルの怪物じゃない。


ヤバイな、思ってたよりこの仕事危険そうだぞ…。


「おや?まだ一人残ってるデスね。懸命そうな方デス」


「……フンッ」


そして、ようやくデッドマンはエリスに気がついたのか。ステッキで地面をつきながらエリスの方へ手を振ってくる。


こんなヤバイ奴になんでプリシーラさんが狙われているのか分からないが、それでもやる事は変わらない。


「プリシーラさん、エリスから離れないでくださいよ」


胸のペンダントに手を当て、両手両足に黄金の装甲を纏い真具ディオスクロアを展開し構えを取る。デッドマンは強い、エリスが全力で戦っても恐らく決着にはそれなりの時間が必要だ。


なら側にいてもらった方がむしろ安全、だってデッドマンはどう考えても単騎じゃない…こいつは『悪魔の見えざる手』のボス、ならば既に外には奴の部下がうろついている可能性さえあるんだ。


だから……ん?


「プリシーラさん?」


クルリと振り向き、椅子に座っているはずのプリシーラさんの方を確かめると……。


そこには、誰もいなかった。椅子の上には汗を拭いた後のタオルだけが残され…彼女は既に一目散に逃走した後だった。


まだ外には悪魔の見えざる手がいるかもしれないというのに…。


「え…ええ!?プリシーラさん!?」


逃げたの!?護衛を置いて一人で!?なんのための護衛!?いやまぁ騎士達が紙吹雪のようにやられたのを見れば逃げたくもなるだろうが…悪手だ、悪手過ぎる!


「おや、逃げましたデスか…なら、追いかけるまでデス」


「ッ!!」


消えたプリシーラさんを追いかけようと動き出したデッドマン、彼はエリスの横を通り過ぎ舞台裏から出ようと駆け出す…のを、回し蹴りにて弾いて止める。


「おっとっと!」


「行かせませんッ!!!」


「おやおや、貴方はそれなりにやるようで」


放たれるエリスの黄金の蹴りとそれを防ぐ防壁を纏ったデッドマンのステッキ。両者共に一歩も引かずにぶつかり合い衝撃を放ち大地を鳴動させる。


行かせない…行かせたらプリシーラさんが捕まる。


けど相手して暇もない!直ぐに追いかけないと!だって外には…こいつの部下が!


……………………………………………………………………


「ムゥッンッ!!」


「フンッ!!」


コンクルシオの街の南方、プリシーラに言いつけられプディングを買いに出かけていたネレイドとデティフローアは…プディングを無事手に入れさぁこれからプリシーラの所に帰って文句の一つでも言ってやろうと意気込んでいたところで、想定外のトラブルに見舞われていた。


激突するのは拳と拳、鉄球の如き巨大な拳骨が打ち鳴らされ周辺の家屋を揺らすほどの突風が吹き荒れる。


「…結構やる」


「ムハハハハハハ!無論!この筋肉法師の拳骨を前にいつまで立ち続けられるかなァッ!」


拳を握るネレイド・イストミアの目の前に立つのは筋骨隆々の壮年男性…と呼ぶには些か奇天烈過ぎる格好をしていると言えるだろう。


着用している衣服は下半身を隠す袴のみ。上半身は膨れ上がった筋肉を晒す上裸スタイル。首には数珠をぶら下げ口元から垂れる鯰の如き二本のヒゲを生やした個性の塊みたいな男は自らを『筋肉法師』と名乗りいきなり襲いかかってきたのだ。


ステージ周辺を守る冒険者や街人を襲撃しその全てを破壊したのだ。鎧を着込んだ冒険者の鎧を拳で叩き砕き、蹴りの一撃で家屋を崩し人人を混乱のさなかに叩き落とすこの男の暴虐を見過ごすネレイドではない。


だからこうして戦いを挑んでいるのだが。これが中々にやるもので…若干の苦戦を強いられているのだ。


「…お前は何者だ、これ程の力を持つ男がただの賊であるわけがない。名を名乗れ」


「私か?私は無敵の筋肉老師!筋肉の素晴らしさを伝道し筋肉の鍛え方を伝授する筋肉の申し子!そして悪魔の見えざる手が幹部の一人『小指のムスクルス』なりっ!」


ウゥンッ!とサイドトライセップスを決める男は自らを薬指のムスクルスと名乗りテカテカと筋肉を見せつける。


よく分からない、悪魔の見えざる手がなんなのかはさっぱりだが。少なくとも慈善団体って感じではなさそうだ。


「街を破壊するのを今直ぐにやめろ、そして傷つけた人々への謝罪を行い即刻立ち去れ」


「断る。今我らがボスがプリシーラの身柄を確保しに向かっているところだ。我らはその間の陽動…護衛の冒険者達は全員ここで私が叩きのめすのだァッ!」


アァゥンッ!とダブルバイセップスを決めるムスルクスの言葉にネレイドは悟る。なるほどこいつらが誘拐組織か…、三ツ字冒険者がどれほどのものかは分からないがこれ程の幹部を複数人有するならばそれなりの使い手が数人集まっただけでは迎撃は不可能だろう。


恐らくだがステージ周りにいた甲冑の騎士達では太刀打ち出来ない。今プリシーラの近くにはエリスちゃんが居てくれた筈だからもう連れ去られているってことはないだろうが…。


「そうか、ならお前を倒す義務が私にはあるようだ…悪いがここで潰れてくれ」


「ヌゥォンッ!なんて威圧!お前ただの冒険者ではないな!その全身の筋肉…良いぞ!」


「やかま…」


刹那、ネレイドの重厚な足がブレ、あれほど巨大な体が風のように輪郭があやふやになり。瞬きの間にムスクルスの目の前にその巨影が現れる。


「ンムゥッァッ!!??」


「しいッッ!!!」


ネレイドの踏み込みにムスクルスが気がついた時には既に遅く、ネレイドの肘がムスクルスの側頭部を打ち据え、筋肉法師の体が地面を砕くほどの勢いで叩きのめされる。


並の人間ならば頭蓋が砕けてトマトみたいに爆ぜているであろう一撃、さしものムスクルスも地面に頭を埋めた状態で倒れ伏し動かなくなる。


「ふぅ…」


「ネレイドさーん!すごーい!めちゃつよーい!」


「デティ、危ないからそのまま隠れててね」


なんて声を上げるのは近くの瓦礫の後ろに隠れていたデティだ、ムスクルスに戦いを挑むにあたって近接戦を苦手とする彼女が側にいるのは危険と判断し退避させていたのだ。


勝負がついたと見るや否や彼女は小さな頭を出し、短い手をプンプン振ってネレイドの勝利を祝ってくれる…が。


「ナグゥァッ!…フッフッフッ中々やるな!流石の筋肉だァ…!」


「まだ立つか」


「ムロォォッンッ !立つ!心頭滅却し筋肉を鍛えれば如何なる痛みも超克出来るのだァッ!」


立ち上がる、あれほどの一撃を受けたにも関わらずムスクルスは平然と立ってくる。確かに近接戦ではネレイドが一枚上手だが、そんな中ムスクルスは何度打ちのめされてもダメージなどないかのように立ち上がり続けるのだ。


自分もタフネスには自信があるけど、これはちょっと異常すぎる。


「ゲェーッ!まだ立つの!?しつこすぎだよー!筋肉ジジイー!」


「これが筋肉だ!そこの豆粒のような女も体を鍛えろ!そして筋肉を信じろ!さすれば救われん!」


「嫌だよ!私知ってるからね!筋肉つけ過ぎると背が伸びにくくなるって!」


「そんな話は聞いたこともないわァッ!」


「……デティには手を出さないでよ」


何度立ち上がろうとも打ちのめし続ける。どれだけ体が耐えられてももう立ちたくないと思えるほどに心をへし折れば立ち上がってくることはないだろう。


闘神将として、友達を守るためネレイドはムスクルスの前に立ち塞がるが…。


「そうだ!何よりもお前だ!どうだ!私と筋肉の伝道師にならないか!」


「私…?」


「ンソォゥッ!お前だッ!お前ほど立派な筋肉は見たことがない!私と共に筋肉を崇める宗教を作り上げよう!信者全員にプロテインを配ろうではないくぁっ!」


「宗教の勧誘?…悪いけど間に合ってるし、異教ってんなら殺すけど」


「ムゥァハフゥ!ならばお前にも筋肉の素晴らしさを理解してもらうしかあるまい…。さぁ!打ってこい!私の筋肉の鎧でお前の攻撃を全て弾き返してみせよう!」


そう言いながら両手を広げるムスクルス。ネレイドの攻撃を全て受けきるというのだ、もし彼女の故郷のオライオン人がこれを聞けば『なんて手の込んでいる上に手間のかかる自殺なんだ…』と戦慄したほどだろう。


だがそれでも、ここで情け容赦を加えるほど…ネレイドは甘い人間ではない。


「うん、わかった」


「フハハハハ!さぁ!来…え?」


ムスクルスの体をヒョイと片手で持ち上げると共に、高く高く振り上げたネレイドはそのまま軽々とムスクルスの体を急降下させ…。


「ポセイドンドライバー!!!」


「ぐげぇっ!?」


割れる地面、頭から叩きつけられたムスクルスは情けない断末魔をあげ…るが、それでもネレイドの猛攻は終わらない。


「殺すけど死なないでね」


そこからのネレイドの猛攻は凄まじかった、打ってこいと言われたから遠慮せず打つ。叩きつけ投げ飛ばし蹴り飛ばしどつき回しもしムスクルスが抵抗をしようと思っていたとしてもそれさえも許さないほどの打撃と投げの嵐、それを無表情でやってのけるネレイドに対して恐怖を覚えるのは。


「え、えぇ〜。ネレイドさん強ぉ〜」


デティだ、瓦礫のそばに隠れたデティはネレイドのあまりにもあんまりない猛攻を見て思わず口をあんぐりと開ける。


ムスクルスは強い。デティが学生時代に戦った節制のサメフよりも何倍も強い、もしあいつと出会ったのが学生時代なら魔女の弟子達は大苦戦を強いられていたのは間違いないと思えるほどに凄まじい魔力を持っている。


だがそれを差し引いてもネレイドさんが強過ぎる。一撃一撃振るわれる都度響き渡る轟音はどう考えても肉体一つで出せる物でじゃない、強い強いとは聞いてたけど流石はラグナ エリスちゃんに続く魔女の弟子屈指の武闘派だ。


寧ろあのネレイドさんに殴り勝ったエリスちゃんって本当に化け物だね!と感心しながらパン生地のように練りくり回されるムスクルスを見守る…すると。


「ふぅ…どう?お望みどおりにしたけど?」


「ぐ…ぐ…ぐ…」


全身ありとあらゆる箇所にダメージを置い、地面に倒れふすムスクルスを見下ろすネレイドはオライオンの吹雪の如く冷たい瞳でそう投げかける。あれはもういくら頑丈でも耐え切れる量のダメージではない。


だが…。


「ぐ…グヌォゥオンッ!素晴らしい攻撃だったぞ」


「なっ…!?」


それでも立ち上がるムスクルスにネレイドは驚愕を隠せない。あれほどの連撃を食らってもムスクルスは平然と立ち上がってくるのだ。これはもうタフとか頑丈とか言っていられるレベルじゃない。


異様だ…そしてその異様さにネレイドは顔をしかめ一歩引き下がる。


「筋肉…?これが?」


「その通り!いくら傷つけられようとも私は無敵!何せ私は無敵の筋肉を持ってるからだ!お前も私と共に筋肉を鍛えようじゃないか!ぬぅあはははははははは!!!」


いつは幾ら傷つけても倒せない…こいつはもしや不死身なのか?そんな嫌な考えが脳裏を過ぎった、その瞬間だった。


「んぅ〜?ん?ん?あぁー!お前ー!」


「ぬぅ?なんだ豆粒チビ。お前も筋肉を鍛える気になった?」


デティだ、彼女は瓦礫の側から飛び上がりその身を表すと共にその指でムスクルスを指差し。


「テメェー!このやろー!何が無敵の筋肉だ!お前『ロンドリジネェ』…継続治癒魔術使ってズルしてるだろ!」


「あ…!」


しまったとばかりにムスクルスが顔を歪める。そうだ、ムスクルスは別に無敵の筋肉を持ってるわけじゃない、不死身の如き防御力を持っているわけでもない、時間経過と共に常に傷が治り続ける継続治癒魔術『ロンドリジネェ』を全開で使ってネレイドから傷つけられる側から自分で傷を治しているだけだったんだ。


本当に効いてないなら痛がったりはしないはずだ、痛がりもんどり返って時間を稼いでいる間に傷を治していただけだったんだ。その事実に気がついたデティは烈火の如く怒り。


「ずっけー!ずっけー!超ずっけー!なーにが無敵の筋肉よ!馬鹿馬鹿しい!治癒魔術使ってズルしてんじゃない!」


「ぐっぐぬぅ…!バレてしまったか!、然り!私はこれでも治癒魔術の達人なのだ、如何なる傷も即座に癒す組織のヒーラーこそ!私だぁ!」


「見るからに武闘派な見た目して治癒係なんだ…」


なっはっはっと高らかに笑い声が木霊する。小指のムスクルス…その真骨頂こそ卓越した治癒魔術であると自称する。いや、それが自称でないことは他でもないデティには分かるのだ。


継続治癒魔術『ロンドリジネェ』は治癒魔術の中でも上位に位置する大魔術、しかも微々たる量しか回復しないはずのそれで即座に自身の傷を癒し、それを常に行使しながら戦い続けるなんて卓越した治癒魔術の技量がなければ出来ない事。


業腹な話ではあるが、あの筋肉法師はアジメクの治癒魔術師団さえ凌駕する程の腕を持つのだ。ほんっっっとに業腹だけど。


「でも無敵じゃないなら…倒せる!」


「フッ!それはどうか…ぐぬぉぁっ!?!?」


刹那、弾丸のように飛んできたネレイドの巨体に轢かれ、ムスクルスの体が空中で錐揉み崩れた家屋に突っ込んでいく。ネレイドには間違いなく全身の骨を砕いた感覚があった…しかし。


「無駄よ無駄無駄、『ロンドリジネェ』全開ィッ!」


淡い光に包まれたムスクルスの体は、砕けたはずの骨を接着し、体の傷を次々と直して再び五体満足の状態にまで戻すと徐に立ち上がるのだ。


「また戻っちゃった…!」


「無駄と言った筈!この無敵の筋肉と無敵の治癒魔術がある限り私は絶対に負けん!誰にも止められん!この街とこの街にいる冒険者全てを破壊するまで絶対に止まらんのだぁっ!」


「ダメ、そんなこと絶対にさせない…!」


「グッフッフッフッ!!!それはどうかな?…お前は治癒魔術の…いや、医学の真の恐ろしさを知らぬようだなァッ!!」


「恐ろしさ…?」


不敵に笑うムスクルスの笑みにデティはまさかと口元を引き締める。


治癒魔術は飽くまで戦闘の補佐にしか使えない補助魔術系統の魔術。直接的な破壊力は通常は持たせられない、治癒魔術で物体を破壊するのはスピカ先生クラスの究極の治癒魔術の使い手くらいじゃないと用いることは出来ない。


だが、…先程から頻りに自慢する筋肉、あそこまで鍛え上げられた筋肉、そして…卓越した治癒魔術の知識、それらが揃い意味する符号は一つ。


もしかしてあいつ、あれも使えるのか!?


「気をつけて!ネレイドさん!其奴多分経絡の使い手だよ!」


「へ?…ケーラク?…ッ!」


刹那、凄まじい速度で肉薄するムスクルスの手がネレイドに伸びる。何より異質なのはその手の形…握り拳ではなくまるで鷹の爪の如く半端に開いた手で、ネレイドの右腕を突いたのだ。


「チッ!離れろッ!!」


「くかかか!」


ネレイドでさえ反応できない速度での突きに戸惑いながら腕を振り回しムスクルスを引き剥がすと、気がつく…体の違和感に。


「ッ…え?腕に魔力が通らない…?」


右腕から魔力が完全に消失しているのだ。まるで腕がなくなったかのように右肩から先に魔力が届かず力が入らない。先ほどムスクルスに突かれた腕が使い物にならなくなっているのだ。


「な、なにこれ…!?」


「やっぱり…!ッ!ネレイドさん!来るよ!」


「くっ!」


「むははははは!!!」


次々と襲い来るムスクルスの連撃、先程の奇妙な手の形から繰り出される異質な突きを避けようとネレイドも応戦するが、右腕が殆ど機能しないのだ、震えて脱力し使い物にならない。


流石のネレイドも左腕一本では応戦も出来ず、次から次へとムスクルスの指がネレイドの体を打つ、肩、太もも、脇腹、突かれた地点にまるで爆薬でも仕込まれたかの如く激しい鈍痛が走りネレイドの鋼の肉体をいとも容易く傷つけ。


「ぅぐっ…」


あのネレイドが、膝をつく。ムスクルスを前に膝をつき痛みに悶えるのだ。ただの拳であったなら弾ける、魔力防壁もあるし防御力なら弟子の中随一のネレイドならば多少の打撃も防げる。


しかし、ムスクルスの攻撃は違う。高い防壁破壊術と防御力を貫通する不可思議な突き…これがネレイドを苛むのだ。


「ぬははははぁ…どうであるか、我が経絡術は」


「くっ…うぅ」


「ネレイドさん!…くそぅっ!」


混乱するネレイドとは異なりデティにはあの術に見覚えがあった、というかあれはアジメク伝来の医術だ。


経絡術…肉体の気血栄衛の通り道たる経脈を把握し刺激することにより様々な効果を生み出す医術なのだ。経脈には様々な物がある、突く場所によっては疲労回復や鎮痛などの効果もある。

と、同時に…その逆もある。痛みを与え肉体に負荷をかけることもまた容易いのだ。恐らくネレイドさんはその右腕の魔力動脈を一時的に閉鎖されその力を封じられたのだろう…。


経絡術は肉体に対する深い知識と理解が無ければ使用できない、そしてその知識で理解はそのまま治癒魔術の腕にも直結する。奴が卓越した治癒魔術の使い手ならば経絡もまた扱えるということか。


「むはは、なぜ私が筋肉をこそ至上と崇めるか分かるかね?筋肉こそが己を守ってくるからさ。如何なる疾病如何なる傷害如何なる危害からも守ってくれるからさ」


「はぁ?いきなりなにを…」


「私はこれでもかつてはアジメクで開業医をしていた身でね。私はあそこで凄まじい数の患者を診てきた経験から辿り着いた答えが…この体だ」


「あんたそんなナリして本業医者なの…?」


ムスルクスは再び鷹の手を作ると共に今度は己の肉体を突き、自らの経絡を刺激する。


経絡には様々な効果がある、ネレイドに与えた悪い効果もあれば…良いものも。そう例えば魔力の流れを止めるのとは逆に、その力を強化するものも当然ある。


「病を退け、傷を弾き、危害を叩きのめす。医師たる私の見解としては…この筋肉こそが!最強の健康なのだ!故に君達も筋肉を鍛えよう!さすれば幸福にならん!」


盛り上がる、隆起する。ただでさえ隆々だったムスクルスの筋肉がネレイドの体を上回るほどの巨大さにまで膨れ上がり膝をつくネレイドに立ち塞がる。


これが筋肉法師、これが小指のムスクルス…世界最強の誘拐組織の幹部が一人、その力。


「さぁ筋肉を鍛えろ、さもなくば死ね…!」


「チッ、…デティ下がってて!」


「ネレイドさん…!」


倒しても倒しても起き上がり、力を奪い自らの力を強化する不死身にして無敵のムスクルスにネレイドは辟易と顔を歪める。どうやらこれは倒すのにかなりの時間を要しそうだ…。


(ごめんエリスちゃん、そっち行けないかも…)


再び膠着状態に陥ったネレイドとムスクルスは、瓦解する街の中…睨み合うのであった。


…………………………………………………………


一方、コンクルシオの街西方もまた悪魔の見えざる手の襲撃を受け、街は破壊され住民は混乱し護衛の冒険者達は皆打ち倒されていた。


死屍累々の如く地面に倒れ伏す冒険者達、そんな中未だに大地に立ち構えを取る二つの影がある。


「うふふ、可愛いわね」


「うっせいぇやい」


剣を構えるのはアマルトだ、街にアイスを買いに出ていた彼は偶然…いや、混乱を聞きつけこの場に駆けつけ今目の前に立つ女との戦闘に陥っていた。


「私を前にしてたった一人でここまでやれる人間がまだ冒険者協会に居たなんて驚きだわ」


目の前に立つ女の姿を述べるなら、アマルトは奴を『ベリーダンサー』と呼称するだろう。


露出の多いレースのような服を着て、臍を出しながらも口元をベールで隠した扇情的な女はクネクネと腰を振りながらアマルトを誘う。


何より恐ろしいのはその両手に握られた二本のカトラス。鍔や柄…そして刃にも無数の鈴がつけられて奴が腰を振るうとそれに合わせて『シャンシャン』と音を鳴らす。


そんな変な格好の奴がいきなり街を襲って暴れ回ってるんだから流石に止めに入る…、何より。


「テメェがあれか?あのワガママアイドルを攫いに来たって無法者かい」


こいつらはきっと例の誘拐組織の人間だ、アマルトはそれを確信しているからこそここでこの女を逃すまいと戦っているのだ。


すると女は腰をより一層くねらせ。


「んふふ、正解。私は悪魔の見えざる手の幹部…『中指のラクス』よ、よろしくねん」


「よろしくするつもりはあんまねぇかな」


ラクスと名乗った女は踊りながら右手に刻まれた髑髏を掴む悪魔の手の刺青を見せ嬉しそうに笑っている。


奇妙奇天烈な格好と妙ちきりんな振る舞い。街中で踊り出すヘンテコさとは裏腹にこの女は凄まじく強い、修行を積んでそれなりに実力をつけたはずの俺が抑えるので一杯一杯なんだからその年のゴロツキじゃないのは明白だ。


「しかしお前ねぇ、こんな盛大に暴れる人攫い屋が何処にいるよ。せせこましい賊は賊らしくせせこましく影に隠れて仕事してろよ」


「あら随分な言い方ね、でも私達をただの人攫い屋と一緒にしない方がいいわよ?私達は世界最強の誘拐組織なんだから」


「へぇ?世界最強?狭い界隈でご苦労なこったぜ」


だが事実としてこいつが強いことに変わりはない、そして今言った幹部の一人って言葉も気になるな。


まさか他の幹部は既にこの街に入り込んでるとかないよな、…そう言えばさっきから中央広場の方が騒がしい気もするが。


…いや、プリシーラの側にはエリスが付いている。アイツは確かに初戦に弱いところはあるが肝心な所は落とさない女だ。プリシーラをみすみす攫われるようなことはないだろうが…。


(このクソ女とっととぶっ倒した方がいいのは変わらねぇかな)


事実、こいつによって数多くの冒険者や罪のない街人が傷つけられ、血を流しているのだから…。


「うふっ、うふふふふ!いいわねぇ〜好きよ〜生意気な坊や、微塵切りにしてあげる!」


「上等!ならこっちは膾切りだ!」


両者の踏み込みが重なり黒剣とカトラスが激突し火花を散らす。ラスクの動きは剣士のそれとは違う。


「さぁ!踊りましょう!」


「チッ!」


ラスクの動きがどれ程に異様か。アマルトの剣が直角に、直線を描くように正確に振るわれるのに対してラスクの剣はまるでプニプニのスライムのような捉えようのない不規則な流線型を描いている。


真っ直ぐ振るわれたかと思えば急に方向を変え、踏み込んだかと思えば止まり、まるで…舞踊だ。


ラスクが使っているのは剣術ではなく、剣を使ったダンスなんだ。


「情熱的な剣撃ね!私も答えたくなっちゃうわ!」


両手の剣を高く振り上げたラスクは、そのまま鋭く振り下ろしアマルトに攻撃を仕掛けて来た…と思い込んだアマルトが防御姿勢を取った瞬間剣はアマルトをすり抜け空振りし、地面に食い込むとともに、それを軸に体を持ち上げ逆立ちすると共にかかと落としを繰り出す…。なんて不規則極まる動きをしてくるんだ。


初見で対応しろって方が無茶だろこれ。


「ぐっ…!」


「けど、どんな剣術の私の前では無力。私の剣舞の前ではね!」


剣を大きく横に振りながらその遠心力で繰り出す鋭い蹴りを脇で受けたアマルトは大きく咳き込みながら半歩後ろに下がる。


厄介だ…、言うまでもなく厄介だ。こいつは剣を使うが剣士じゃない、だから剣での攻撃に固執しない、普通に剣を手放すし剣の重さを利用して蹴りを放つし、剣術が相手だと思ってたら面を食らうなこりゃ。


…くそっ、『アレ』も厄介なのに普通に戦っても強いのかよ。


「ふふっ!隙あり!大技行くわよ!」


(ヤベッ!『アレ』が来る!)


アマルトの隙を見たラスクが述べる大技、それはアマルトが先程見たラスクの使う『魔術』だ。


鈴のついた剣を高く掲げ、それを大きく大きく振り被るそのモーションはさっき見た奴と同じ、なら使う技は一つ。ラクスの動きを確信したアマルトは両手で両耳を覆い歯を食いしばり…。


「『サウザンドサウンド』ッッ!!」


それはラスクが現れると同時に放った物と同じ魔術。名を『サウザンドサウンド』…学園で真面目に勉強していたアマルトはその魔術の名を知っている。


通称『拡音魔術』。ほら…王様とかが民衆に語りかける時使う拡声魔力機構があるじゃん?アレとタネは同じさ。その場の音を何倍にも拡大して周囲に放ち音をより遠くに届けるあの魔術。


それをラスクは攻撃に使っているのだ、鈴のついた剣を大地に叩きつけ鳴り響く鈴の音を何百倍何千倍に倍増させ、音の爆弾として炸裂させるんだ。


「ぐぅっ!」


全身を打つ音の衝撃波、馬鹿みたいな爆音はそのまま不可視の鉄槌となるのだ。見えない並みに体を打ち付けられ内臓が肉叩きにぶっ叩かれたみたいに歪み、全身から血を吹きながら錐揉み吹き飛ばされる。


不規則な剣技もあれだが、正直こっちの方が脅威だ。だって防ぎようがないんだから。


「ぅぐ…いってて…」


「ほう、耳を塞いで鼓膜の破裂は防ぎましたか。咄嗟のその判断が出来るのは見事ですね」


「なんでお前は無事なんだよ…」


剣を杖代わりに立ち上がり、ズキズキと痛む全身を引きずってラスクを睨み付ける。…どうする?使うか?魔獣の血を。けどまだ敵がどんだけ残ってるかも分かんねえのに回数制限のある血のブレンドを使うのは怖いなぁ。


全体的な把握が出来ればいいんだが…、やっぱ不意打ちを受けたのがまずかったかな。


「うっふふ!喜びの舞ぃ〜!」


「うっぜぇ…」


仕方ねえ、どの道こいつ倒さなきゃ先がねぇんだ。今は他の弟子もこの街にいる、最悪俺が役立たずになってもなんとかしてくれるだろ!


そう覚悟を決め腰のバックルに手をかけた…その瞬間だった。


「アマルトさーん!西門の閉鎖!終わりましたー!」


「ナリア!終わったか!」


門の方から走ってくる、小さな影。…ナリアだ、俺が頼んだ仕事を終わらせてきてくれたんだ。


「アマルトさんの言う通り西門が開いていてそこにゴロツキが大量に屯してました!多分侵入者の入り口は西門で…す」


「あら?」


そして立ち止まる、今俺が戦っているラスク…喜びの舞と称して腰を振るラスクを見たナリアはみるみるうちに深刻そうな顔をして…。


「ダンスバトルですか!?負けません!」


「どう見ても違うだろっ!!」


ラスクに対抗して腰を振り始めるのだ。もしダンスバトルだとしたらこの場は些か血生臭過ぎるだろう。


「あらぁ!いい舞踊ね!貴方名前は?」


「サトゥルナリア・ルシエンテス!」


「いいわね!ならダンスバトルよ!激情の舞!」


「僕も!閃光の舞!」


「俺置いてかないでくれる?」


しかもそれにラスクが乗っかり、二人で激しくダンスを見せ付け合うのだ。なんか急に俺話に置いてかれてない?え?俺も踊った方がいい感じ?


なんて思っている間に二人のダンスは白熱し、そして…。


「……負けた!」


「アマルトさーん!勝ちましたー!」


「勝つんかい!」


膝をつくラスク、両手を掲げるナリア。もう何が何だかわからないからこれでいいや。


「で!西門は!」


「はっ!そうでした!やっぱりアマルトさんの言う通り閉鎖されているはずの西門が開いていて…ってこれさっき言いましたね!そこからゴロツキが入り込んでいたので僕が全部外に追い出して西門を魔術陣で封じました!もう中には入ってこれません!」


やはりか、さっき裏路地で聞いた話が引っかかって一応西門を見に行ったらこれがビンゴ。閉まってる筈の西門が開いていて、そこからゴロツキが大挙して入り込もうとしていたのだ。


こいつはいけねぇ!と西門を閉じようとしたら…ラスクに襲われたんだ、だから俺はこいつの相手を申し出てその間にナリアに門の封鎖を頼んだんだが…ラスクに入り込まれていた時点でもう手遅れだった感が強い。


いや、きっとゴロツキは悪魔の見えざる手の構成員だ。ナリアが閉じてなけりゃ今頃もっと惨憺たる状況になってたに違いない。


「よくやった!やっぱお前頼りになるよ!」


「でへへ、アマルトさんのお陰ですよぅ…で?この人は」


「幹部だとよ、すげぇ強えから下がってろ」


「うふ…うふふふふ!」


雑魚の侵入は防げた、だが肝心の幹部が入り込んでいるんだ。他の幹部が入り込んでいてもおかしくはない。


…もしかしたら他の幹部と他の弟子達が既に戦闘に陥っていてもおかしくはない。早いとここいつ倒して合流を…。


「うふふっ!門を閉じられて物凄く悔しいの舞!」


「なんの!魔女の舞!」


「っ負けた!」


「勝ったー!」


「もうそれでいいよ…」


なんか色々馬鹿馬鹿しくなってきた…。


……………………………………


コンクルシオ名物『テキーロフロル』、この街にのみ咲く桃色の甘い香りの強い花がある。


香りが良いと言うこともあり、この花は街を飾る装飾以外にも食用に用いられることもある。花弁の砂糖漬けや『ラブロマンスジュース』なんかが代表例だ。


しかもこのラブロマンスジュースには一つの逸話がある。いや名前見れば分かると思うがこのジュースを異性に贈ると恋が成就する…と言うのだ。


理由は不明、理屈も不明、実際そうであったかの報告もないし確かめる手段もない。


だが、その話を店主から聞かされたラグナは一も二もなく。


『やっぱ二つください』


そう言ったのだ、一つはプリシーラから頼まれた分。そしてもう一つは…エリスに贈る分。


この手の恋愛的ジンクスなんて普段は気にしない。学園にいた頃はメルクさんから恋のおまじないを教えてもらった気がするが残らず忘れるくらいには興味がない。


けど…、店主の語り口が上手かったのかな。俺は物の見事に乗せられたんだ、これを贈ったら想い人も喜びますよって。


このジュースを受け取って嬉しそうにお礼を言ってくるエリスを見たかった。ただそれだけだったんだけどなぁ。


(失敗したかなぁ)


お洒落な桃色の筒に入れられたラブロマンスジュースを両手に持ったラグナは、ちょっと後悔してる。


なんでかって?そりゃあ…。


「む?まだいたか、まぁ何にせよ…ここで悉く滅ぼす事に変わりはないがね」


「はぁ〜〜ぜってぇ敵じゃん」


敵がいた、街の大通りで無数に倒れる冒険者達を山の様に積み重ねたその頂に、桃色の髪を後ろに纏めた鎧武者が佇んでいた。


使い込まれた鋼の鎧に武器を持たずニタリとニヒルに笑う桃髪の男はゆっくりとこちらに向き直ると共に凄まじい敵意を向けてくる。どうやらもう誘拐組織の襲撃は始まってしまっているようだな。


ヤベェ…、面倒なタイミングで面倒な事になっちまった。


「ん?君…かなりやるね、この俺でさえ隙を見つけられないほどとは。名を聞いてもいいかな?」


「人に名前聞きたきゃ自分から名乗れや」


「それもそうだ、俺は悪魔の見えざる手…五大幹部が一人、『薬指のロダキーノ』…別名桃源のロダキーノってんだけど、知ってる?」


ロダキーノと名乗った彼は無精に生やした顎鬚をゆっくり摩りながら笑みを向けてくる。悪魔の見えざる手…ってのはあれか、有名な誘拐組織だよな確か。アルクカース国内にも連中が開いてた闇市がいくつかあった。まぁ今は全部俺がぶっ潰して跡形もないが。


その元締めが今回の事件を引き起こした首謀者か、こりゃ以外に大物が相手だな。


「悪いがロダキーノって名前にゃ聞き覚えがないな」


「ありゃ、そっかぁ〜俺もまだまだだなぁ、あっはっはっもっと伝説にならねえと」


剛毅、そう思わせる笑いと共にロダキーノに打ち倒されたであろう冒険者達の山を踏みつけ、堂々と目の前に降りてくる。


チラリと視線を向けるのは倒された冒険者達の体、血が流れてる…裂傷か。ってことはロダキーノは刃物を使うのだろうが、その手には武器はない。斬撃系の魔術を使うのか?


まぁ、どっちにしてもこいつ…結構強いな、少なくとも魔力覚醒は会得しているようだ。


「ところでお前も冒険者だろ?」


「まぁな」


「だよなぁ、いやな?相棒からこの街の冒険者全員ぶちのめせって命令受けてるんだわ」


「ってことは、俺もやる気か?」


「それ言う必要あるか?でもよかった。この街の冒険者はどいつもこいつも雑魚ばっかりでさ…まるで弱者いじめしてるみたいで気分が悪かったんだ。俺の伝説の1ページをこんなしょーもない戦いで埋めるところだったよ、お前みたいな歯ごたえあるやつが来てくれて助かった」


「へぇ、その1ページとやらでお前の伝説は終わりになるけど、それでもいいのか?」


「言うねぇ…、俺君みたいな大胆な奴好きだわ」


ロダキーノは相変わらず俺を値踏みするように顎を撫でてジロジロと見下ろす。両手がジュースで塞がってるんだけど…取り敢えずこれだけでもエリス達に届けに行きたいなぁ。


「で?名前は?」


「……俺はラグナ、お前みたいに大層な二つ名はないよ」


「そっか、なぁ?ラグナは桃好きか?」


はぁ?急に何言ってんだ?…桃かぁ。


うーん、好きか嫌いかと聞かれるとどちらでもないとしか言えない。別に苦手ってわけじゃないけどあんまり甘い物は好んで食う方じゃない。桃しかなかったら普通に食べるけど、桃以外に何かあったらそっち食うかなぁ。


「うーん、微妙」


「そうか、俺は好きだぜ?俺の髪の色と同じ色だし、何より花言葉がいい」


「花言葉?どんな?」


「ん?あー…」


ロダキーノの顎を撫でる手が止まる、その笑みを含めた口元が更に醜悪に歪み…その目が、眼光が、鋭く俺を睨みつけ。


「『天下無敵』、俺の伝説に相応しい花言葉だ」


「ッッ!!」


刹那、ロダキーノの足が高く振り上げられ俺の顎目掛け鋭い蹴りが振り抜かれる。


鋭い、あまりに鋭い蹴撃。殆ど態勢を崩さない状態から放っていいレベルじゃない。あまりにも咄嗟の蹴りだったもんだから、俺も体を反らして回避するのがちょっぴり間に合わず顎先に擦り、摩擦で白煙が上がる。


「っと!あぶねぇな!!」


「今の避けんのかよ…、いいねぇ。ますますいい、他の奴らみたいに一発で倒れねぇんだなお前は」


「なぁ、俺ほらこれ、ジュース持ってんだよ両手に。これ届けないとめっちゃどやされるんだよな。だから一旦これ届けてきていい?その後だったら相手するから」


「へぇ、そうなんだ。お前両手塞がってるんだ。じゃあチャンスじゃんよォッ!」


「おまっ!?歯応えとかなんとか言っときながら卑怯だろ!」


振り回されるロダキーノの足、突き出されるロダキーノの拳、苛烈なる徒手空拳で攻め立てる奴の攻勢を前にピョンピョンと飛び跳ね回りながら逃げ回る。このジュース…蓋してないからあんまり激しく動くと溢れちゃうんだよな。


おまけにこの猛攻の中だ、地面に置く暇もない…!


「っお前、何が目的だ!」


「目的?知ってんだろ?プリシーラの誘拐さ。まぁそっちは相棒の担当だから今の俺の目的はお前ら冒険者をぶっ潰す事かな!」


チッ、やっぱエリスの方にも行ってるのか!まぁ彼女はその辺はしっかりする子だ。初戦には弱いし負けることも多々あるが、それでも守らなきゃいけない最重要の一線は必ず守り抜く。きっとプリシーラのことも守るだろう。


ってか俺が聞いてるのはそこじゃないんだよ。


「お前らほどの大組織がなんでプリシーラを狙う、冒険者協会を敵に回してでも攫わなきゃいけない程の人間か?」


ロダキーノの蹴りの乱打をステップで回避しながら伺う。プリシーラは今絶賛大人気のアイドル冒険者だ。そりゃあ確かに拐えばそれなりの値段で売れるだろう。


だがそれだけだ、リスクに見合ってないし悪魔の見えざる手は大博打に手を出さなきゃいけない程に逼迫していないはずだ。なのに何故プリシーラを狙う。


「あはは、まぁそうだよな。俺もそう思うよ、あんなケツの青い女を攫って売るくらいなら、もっといい女を…それこそこの街の女を二、三人さらった方が収益も出るし、何より無難だ」


「胸糞の悪い話だなぁ…でもなら何故」


「そんなもん決まってる、依頼だからだよ。アイツを誘拐しろって依頼が来たのさ」


「は?依頼?」


ロダキーノの連撃を前に壁際に追い詰められながらもスウェイで拳から逃げ回れば、背後の家屋に拳型の穴が綺麗に開く。まるで弾丸のような打撃…五月雨の如く降り注ぐそれを回避しながら俺は考える。


依頼が来た、依頼が来たか。一体誰が依頼したんだ?拗らせた厄介なファン?いやいやそういうのもいるにはいるだろうがそれで世界最大の人攫い屋を動かせるか?何よりそう言った依頼が来たとしても悪魔の見えざる手には受けるメリットが皆無だ。


金には困ってない、だから金以上の何かを…こいつらは求めてる?


「さてはその依頼主から何か約束されてるな?金に困ってねぇなら何を貰う予定なんだ?」


「お、勘が鋭いねぇ。確かに俺たちは金には困ってない…金なんざいくらでも手に入る、けどそれでも得られない物があるのさ。いくら金を積んでも取り戻せない物…それを取り返す絶好のチャンスが巡ってきたんだ!悪いがこんなところでは引けねぇのさ!」


「っとと!」


ロダキーノの大振りのラリアットが炸裂し風圧で家屋を吹き飛ばす。まるで息を吹きかけた枯葉のように飛ぶ煉瓦造りの家の下を掻い潜りとにかく距離を取る。


やっぱこいつめちゃくちゃ強えな、世界最大の人攫い屋は伊達じゃねぇか。そうひと息つく間もなくロダキーノは土埃をあげて疾駆し俺に肉薄する。


「ははは!すげぇすげぇ!俺を相手にここまで逃げ回れる奴なんか初めて見た!これでも俺…悪魔の見えざる手最強の幹部なんだぜ!?伝説の人攫い屋なんだぜ!?」


「聞いてねえよ…、そんなもんッッ!!」


「おっ…」


しかし、抵抗出来ないと踏んでメタメタに攻めてくるロダキーノの攻撃一辺倒の動きを見切るくらいなら簡単だ、大振りの攻撃を事前に見切り、くるりと体を反転させ逆に奴の土手っ腹に蹴りを見舞う。


まるで銅鑼を鳴らしたかのような大音量の金属音と共にロダキーノの体は後方へと引きずられるように吹き飛び……ってまじかよ。


「なんだその鎧、かってぇ…」


踏み止まる。俺の蹴りを食らっても大してダメージも通っていないかのように奴は倒れることも痛がることもせず笑みを崩さず、無傷の鎧を誇るように胸を張る。


俺の蹴りを食らって砕けない鎧なんて初めて見たぞ、なんじゃあの鎧…鋼かと思ったらそんなレベルじゃない。


「へへへ、いい蹴りだな…だけど残念、俺の鎧は特別製でね。こいつはアルクカースのカロケリ山で取れる特有の魔鉱石をふんだんに使って作られた超硬度の魔鉱鎧なのさ」


「はぁ!?カロケリの!?なんでテメェがそんなもんを…!」


「裏市場じゃこのくらい簡単に手に入るのさ、向こうの貴族は馬鹿ばっかでね。最新鋭の武器と引き換えに大量に横流ししてくれるのさ。そいつを掻き集めて作られたこいつを砕くのは…ちょっと難しいかもな」


ンだとそりゃ、裏に横流ししてるやつがいんのかよ!カロケリ族との協定で他国へ流すのは禁止してるってのに…野郎、俺もナメられたもんだなぁ。


しかし魔鉱石か、そいつの硬度は俺自身よくわかってる。俺がもうすげー昔に使っていた剣…宝剣ウルスも同じく魔鉱石を大量に使って作られていた。見た感じあっちの鎧の方が含有率が高い上に精錬技術も上、確かにあのレベルの硬度の鎧はそこら辺じゃ見かけないかも。


「そして、この鎧の硬さは即ち武器にもなる…!伝説的な本気出してやるから感謝しな。『三重付与魔術』!」


「は!?付与!?しかも多重!?」


「『斬撃属性三連付与』ッッ!!」


光り輝くロダキーノの腕、それは鋭い剣の如き輝きを秘めると共に振るわれ、空を裂く斬撃を生み出す。


付与魔術だ、しかも俺が昔使っていた付与魔術の上級技術『多重付与』。こいつ…もしかしてアルクカース人か!?


「ぐぅっ!!あ!」


鋭い斬撃は音を超えて走り抜け、瞬く間に俺の首元に迫る。流石にこいつは受けられないと咄嗟に屈むが…間に合わなかった。俺の手に持っていたジュースの器が抉られ中身が血の如く地面にぶちまけられた。


やっちまった…ジュースが…エリスにやる分のジュースが…恋愛成就のアイテムが…!!!


「おっと、外したか…」


俺の背後の家屋が軒並み切り倒される。包丁で切った玉ねぎみたいに綺麗に断面を残したまま切り離された上部だけが滑り落ちて地面へと崩れ落ちる。


…あいつ、今腕から斬撃を放たなかったか?まさか肉体付与?いや違うか。鎧だ、鎧に付与魔術を纏わせてるんだ。なんてめちゃくちゃなことするんだ。


「…ジュースが…」


「残念、だけどもいいじゃねぇか。自分がこれからどうなるか先に見れたんだから。その器はお前の体、溢れたジュースは差し詰め血ってところか?」


「…野郎、調子に乗ってんじゃねぇぞ…!!!」


「お?やるかい?いいぜぇ…『三重付与魔術・破砕属性三連付与』。相手してやる」


今度は破砕属性を鎧に乗せて軽くステップを踏んで構えを撮り始めるロダキーノ。この野郎…懐かしい技ばっか使いやがって。そいつは俺が師範から最初に教えてもらった技だぞ。


「ッ上等だ、付与魔術の手本を見せてやるよ!」


上等じゃないか、向こうが付与魔術使ってくるならこっちも使うまで。それにここでこいつをぶちのめして尋問すりゃ敵の情報もすっぱ抜ける!


エリスのこともあるし秒で終わらせてやる…!


「行くぜ…!」


「あっははは!最高だぜお前ッ!楽しもうぜ!この伝説の戦いを!」


魔力を高め、練り上げ、燃え上がらせる。滾り迸る烈火の魔力を一箇所に纏め上げ気合いを入れるように地面を蹴り抜き…俺は付与魔術を発動させる。


「え?」


つもり…だったのだが、ガクンと視界が下に落ちる。勢いよく踏み込んだ筈の足が地面を捉えず下に落ちたのだ、いや比喩でもなんでもなく今俺は『落ちている』


何事かと地面に視線を向けると、そこには俺の体をすっぽり飲み込めるような大穴が開いており、いきなり開いた穴に気がついた頃には俺は下半身まで飲み込まれており、抵抗する暇さえなく俺は……。


「ってなんじゃそりゃぁぁあああああ!?!!!?」


落ちた、路上に開いた穴に…。


そしてラグナを飲み込んだ穴はスルスルと水でも抜けるように縮小し、消えた。


「は?え?どゆこと?…伝説の決闘は?え?逃げられた?」


取り残されたロダキーノは目を丸く見開いて呆然とすることしか出来ないのであった。




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