358.魔女の弟子とアイドル冒険者
「というわけで、この子がエリス達の新しい仲間、牝馬のジャーニーちゃんです」
「ブルルッ」
「おお…」
馬市場にて出会った四ツ字冒険者『冠至拳帝』レッドグローブさんとの一悶着により、あれやこれやという間にエリス達は彼から一頭の馬を与えてもらえる事となった。
その名も牝馬『ジャーニー』、店主曰く冒険者達の市場に自身の意志で勝手に入り込む程の知能と行動力を持ち、レッドグローブさん曰く四ツ字冒険者でさえ欲しいと思わせるポテンシャルを持ったと言われる名馬の卵。
それを連れてアマデトワールの郊外にて待つみんなの所に連れて行けば、皆 本物の馬の登場に沸き立つ。
「すごーい!おっきいー!毛並みツヤツヤー!綺麗〜!」
「確かに、良い毛並みでございます。冒険者の市場と聞いていましたが…こんな良い馬も取り扱っているとは驚きでございます」
「ブルフフー」
デティが近づいても、メグさんが触っても、ジャーニーは取り乱す事なく落ち着いている。この子の凄いところは異様に人馴れしているところ…というべきなのだろうか。まだ走っているところは見ていないがこれなら馬を操ったことのない人でも容易く御せそうだ。
「うん、いい馬…テシュタル神聖軍で扱ってる軍馬にも負けず劣らずの良い肉つき。それに…とってもいい子」
「分かるんですか?ネレイドさん」
「うん、一応将軍だから…。テシュタルには騎兵隊は存在しないけど基本的な足は馬だからね。良い馬を見抜けないと…行軍の時難儀する」
そう言いながらジャーニーをよしよしと撫でる手付きは誰よりも手馴れていた。そう言えばネレイドさんはテシュタル神聖軍の馬橇の管理もしているんだった。より早く移動出来るように自身が馬橇の改造に口出しをしたりするとも聞いたことがある。
ならば当然、動力源たる馬の扱いも出来て然るべきだ。
「この子賢いね。馬の中には人の言う言葉をある程度理解する子もいるけど…多分この子はその類。私達の言葉をちゃんと聞いて理解してる」
「そうなんですよ!この子すごく賢くて、自分の意思でアマデトワールの馬市場に来たらしくて、店主もこの子の頭の良さを絶賛してまして…」
「それ本当かぁ?セールストークじゃねぇの?」
と、一人懐疑的な視線を向けるのはアマルトさんだ。本当に人の言葉を理解するのか?なをてやや捻くれた事を言いながら彼はジャーニーの尻にポンと手を置き。
「やーい、バーカ!デカケツー」
そう朗らかな口調で罵ると…、刹那。ジャーニーの尻尾が鋭く振るわれ。
「へぶっ!?」
アマルトさんの頬を直撃する。見ればジャーニーは相変わらず大人しいままだが…そのつぶらな瞳には若干の怒りが滲み出ているようにも見える。…多分アマルトさんが失礼なことを言ったのはなんとなく理解しているんだろうな。
「これは確定だな」
「ですね、アマルトさんあんまり失礼な事は言わないようにしてくださいよ」
「あ、ああ。悪かったよジャーニー…お前を信じるよ」
「フンスッ」
二度と言うなよボケが、とばかりに尻尾を振り回しながらもエリスの手綱に従いジャーニーは馬車の前に位置取ってくれる。元々馬車馬として調教されていることもあり既にどこに行って何をすれば良いかを理解しているジャーニーは器具の取り付けが終わるまで大人しく佇み続ける。
「これでよし、行けそうですか?ジャーニー」
「ブルルッヒヒーン!」
行けそうだな、よし!任せましたよ!
「皆さん!出発出来そうです!早速向かいましょう!」
「おう、ありがとなエリス」
「ようやく旅らしくなってきたな」
「私は仕事があるから旅してる感ゼロだけどね…」
「あ、俺晩飯の仕込みの最中だったわ」
「次の目的地はアイドル冒険者プリシーラさんの居るコンクルシオの街ですよね!」
「うん、どんな街だろうね…楽しみ」
次々と馬車に乗り込んでいく仲間達、本来なら入り切らない筈のサイズに悠々と入り込む。
これで馬車と馬が揃った。今度こそ…エリス達の冒険を始められるんだ。
「よし、それじゃあ行きますよ!ジャーニー!エリス達の旅を始めましょう!」
刹那、ジャーニーの瞳が光を灯し。遥か彼方の地平ではなく前を見る、前を…己が歩くべき道を。
彼女が夢見た夢想が今…現実の物となったのだ。
「ヒヒーーン!!」
一つ、歓喜の嘶きを鳴り響かせると共に、ジャーニーの蹄は軽やかにも馬車を引いて走り出す。
向かう先は何処か、分からないから確かめに行く…それが旅だ、旅なんだよジャーニー。
………………………………………………
と、いよいよエリス達の旅が始まったところで現実的なお話がラグナからされた。
役割分担の話だ。まず食事当番だがアマルトさんとエリスとメグさんで交代でやっていくこととなった。ただアマルトさんの申し出により当番はアマルトさん七エリス二メグさん二くらいの頻度になりそうだ。
そして、ジャーニー君の手綱を握る御者は基本的にデティ以外の七人で回していく。一〜二時間くらいの交代制で。もし何か不足があればその都度変更していくそうだ。
夜間も野宿をする場合は夜の番を立てなくてはならない。これはみんなで一日交代でやっていく。八人いるからね、一週間に一回あるかないかくらいの頻度になる。
それ以外の時間は基本自由。と言ってもエリスとラグナは地図を見てルートを決めなきゃいけないし、メルクさんは魔伝から届く定期報告に目を通さなきゃだし、デティも仕事があるし、基本みんな暇って事はない。
の……だが。
「如何ですか?メルク様」
「ぁあ〜〜〜…生き返るぅ〜〜」
「いや寛ぎ過ぎだろ」
大きめのログハウスのように改造された馬車の内部で弟子達は思い思いの過ごし方をしている。今御者を担当しているナリアさん以外の面々はみんなリビングに当たる部屋に集まり体を休めているのだが…。
メルクさんはどこからか持ってきたシートの上に寝転がり、メグさんからのマッサージを受けているんだ。いやいや…幾ら何でも寛ぎ過ぎでは?とエリスとアマルトさんは二人で食材の吟味をしながらも苦笑いかを浮かべる。
「うぅ〜、そう言うなよアマルト。最初は三年間も国を出て旅をするなんて…と思いもしたが、考えてみれば私はこの三年間休日も取らずに働き続けてきたんだ…ならばこの旅は仕事から解放される期間とも言えるだろう」
「そりゃそうだけども」
「なら今を存分に楽しむべきだ、…あぁ!そこ…そこぉ〜!」
「メルク様、信じられないくらい体凝ってますね。むしろよくこれで動いてましたよ」
メグさんのマッサージの腕は達人レベルだ。エリスも一度味わったことがあるがあれはもう…あれだ、昇天に近い。エリスも後でやってもらおうかな…。
「いいなぁ〜、私もやってもらいたいなぁ〜」
「メグはマッサージも得意なんだね…」
「後でデティ様もネレイド様もやってあげますよ?」
「ほんと?嬉しい!」
ネレイドさんの巨体でも問題なく過ごせるまでに拡張された部屋の中、ネレイドさんは『ネレイドさん専用』と書かれた超巨大なクッションの上に座り、何故かデティは座り込んだネレイドさんの体の隙間に入り込み温まっている。
なんか、クマノミとイソギンチャクみたいだな…。
「なぁ〜アマルト〜、今日の晩飯何〜?」
「あ?アジメク風の鍋だけど?根菜が沢山手に入ったからな。そいつを使ってホロホロに煮込んで食べるんだ」
「いいねぇ、楽しみぃ〜」
そして、ラグナも先程までの緊張感を解き。今は地べたに寝転がって全力で脱力している。さっきメルクさんも言ってたがここにいるみんな普段は忙しさに喘ぐ程に多忙な人達、こうして何もない時間を過ごすと言うのも本当に久し振りな人達ばかりだ。
だからだろうか、自由にしろと言われてやる事が横になるくらいしかないのだ。
「しっかし、ジャーニーのやつよく動くな」
そうラグナが目を向けるのは馬車の出入り口。布の仕切りの向こうから覗くナリアさんの背中とグングン走るジャーニーの姿だ。
この馬車はメグさんの取り付けた重量軽減魔力機構によって本来の重さの三分の一ほどになっている。故にジャーニー一頭でも問題なく進めるのだが。
『凄いですねジャーニーちゃん。この子物凄く優秀ですよ!』
なんて外からナリアさんが声をあげる。エリスも先程手綱を握ったがジャーニーのポテンシャルは凄まじい。推進力もさることながら凄まじいスタミナと肉体の頑強性を持っている。
馬車馬に成るべくして生まれて来たみたいな体の強さを持ってるんだ。これなら三年間一緒に旅しても問題なさそうだ。
まぁとは言え、一日の終わりにはデティの治癒魔術で筋肉の疲労をとってあげたりケアはする予定ですがね。あの子が体を壊したら大変だし何よりエリスも悲しい。
「ジャーニーがいればかなり早く移動出来そうだな、いいのを選んでくれたな。エリス」
「エリスの手柄ではありませんよ、ジャーニーが頑張ってくれているだけです」
あの子には馬とは思えない欲求がある。前へ前へ進み地の果てを見てみたいと言う欲求、変わりゆく景色を楽しむ感性、それがあるから彼女はドンドン前へ進める。正直肉体的な才能よりもそっちの方が馬車馬としての適性の高さを物語っている。
「次の街は、コンクルシオの街…でしたね」
「そこがプリシーラのライブ会場になるんだっけ?」
「みたいです、なんでもマレウスをあちこち飛び回って色んなところでライブを披露してるとか」
「ん、まるで聖歌隊や聖女みたいだね」
「役割としては同じかもしれませんな、しかし懐かしい響きだ」
一応次の目的地確認のため、エリスは地図を開く。マレウス全土の細かい地形の書かれた地図…先程アマデトワールで買い付けた物なのでとても細かくいろいろなことが書き込まれている。
「コンクルシオの街はここですね」
マレウスの地図の右端、アマデトワール周辺に広がる平原を超えた辺りに存在するのがコンクルシオの街だ。ここはエリスも立ち寄ったことがないからどんな街か分からない…どんな街なんだろう。
「コンクルシオ…別名愛と熱狂の街と呼ばれている街ですね」
「え?知ってるんですか?メグさん」
「エリス様達が馬を買いに行っている間に帝国から取り寄せた資料を確認しておいたのです。次の目的地がどんなところかだけでも知っておこうかと思いまして」
馬車の改造と並行してそんなことまで。本当に仕事が早い人だな。
しかし、愛と熱狂の街か…なんだか楽しそうな街だな。
「ここはあの理想卿様が手ずから支援し発展を遂げた街なのでフーミスよりも大きく栄えているかと」
「…理想卿」
メグさんは言う、理想卿がコンクルシオの支援をしていると。『理想卿』…聞き慣れない言葉だが初めて聞いた名前ではない…確かフーミスでも聞いた。あの麻薬入りの煙草を容認しているとか言う。
でもおかしいな、エリスはその理想卿なる存在を知らない。と言うことはエリスがこの国を離れてから生まれた概念なのか?
「なんですか?その理想卿って」
「…ああ、そう言えばエリス様がマレウスに滞在していた当時は『王貴五芒星』が存在していませんでしたね」
「王貴五芒星…聞き覚えはありませんね」
「んっ、王貴五芒星とはな…」
すると、メグさんのマッサージを受けていたメルクさんが立ち上がり…徐にエリスの開いた地図を見下ろし。
「宰相レナトゥスが行った大改革に際し彼女によって任命された五人の大貴族達だ、彼らに絶大な権限を与え国内を五等分させたのだ」
そう言いながらメルクさんはマレウスの地図をそれぞれ五つの箇所を指差す。
「王貴五芒星にはそれぞれ異名が与えられる…」
まず西方を統べるのが『理想卿チクシュルーブ家』、そう言いながらメルクさんはエリス達のいる地点を指差す。
次に東方を統べるのが『神司卿クルセイド家』、マレウスで独自の発展を遂げたテシュタル真方教会を啓蒙する一族でありオライオンテシュタルに於ける教皇的な立ち位置にある家だと言う。
次に南方を統べるのが『魔導卿グランシャリオ家』、マレウス魔術御三家の一つが取り立てられマレウスの魔術界隈を纏めているとか。
次に北方を統べるのが『鏡面卿カレイドスコープ家』、全く同じ構成の二つの一族が対となって治める不可思議な大貴族なのだとか。
そして、王都サイディリアルに近い中央を統べるのが『黄金卿リュディア』。元ソフィアフィレインのメンバー『商人』が莫大な財産によって得た地位がこれなのだとか。
それぞれ置かれた点を結び合わせると綺麗な五角形が…否。
「まるで星型を描くように配置されているが故に、彼らは王貴『五芒星』なのさ」
「デルセクトの五大王族みたいな感じですか?」
「あれよりもっと強権的さ、なんせ任された土地の中ならその土地の貴族や諸侯の意見すら捻じ曲げることさえ許されているんだからな」
そんな凄い人達なのか。そして同時に思うのが…面倒だな。
「怖い人達じゃなければ良いのですが」
「大丈夫だよエリスちゃん、少なくとも魔導卿に関しては信頼できるよ」
エリスの不安を吹き飛ばすのはデティの一言だ、魔導卿グランシャリオ家は信頼出来ると…何故そう言い切れるのか、なんて聞く必要はない。何せグランシャリオと言えば…。
「ああ、グランシャリオ家って確かトラヴィス・グランシャリオの一族でしたか」
マレウスを代表する…いや魔術界を代表する大魔術師トラヴィス・グランシャリオ。魔術王ヴォルフガング 冒険者協会最高幹部ケイト…この二人に並び立つ最強の魔術師の一人でありデティのお父さんであるウェヌス様の師匠なのだ。
今はもう老齢に差し掛かり衰えて来ているが、もう少し若ければヴォルフガングから魔術王の名を受け継いでいたのは間違いなく彼だっただろうと言われるほどの人物である上に魔術界を統べる魔術導皇に対して教鞭をとったこともある…ちょっと信じられないレベルの偉人だ。
「トラヴィス様はとっても優しくて頼りになる方だよ、もし何かあったらグランシャリオ家を頼るのもいいかも」
「なるほど、王貴五芒星なんて大層な名前つけられているからちょっと怖がってしまいましたがそんなに怖い人達ではないのかもしれませんね」
「エリス、それは飽くまでトラヴィス卿が卓越した人格者…と言う話だ。王貴五芒星に対して警戒心を持つのは間違いではない」
トントンと西方を指差しながらメルクさんは言葉を溜めると…やや気怠げな顔で口を開き。
「何せこの西方を統べる理想卿チクシュルーブ家は所謂レナトゥス派と呼ばれる一派の一人だ、レナトゥスは大層な魔女嫌いで有名であり利益国益の為なら違法さえも合法と言ってのける人物だ、それに追従するチクシュルーブもまた信用はならん」
レナトゥス派か…彼女は明らかに魔女に対して敵意を持つような口振りだったし、何より先日のステラウルブスを騒がせたグリシャが手引きしていた魔女連合…あれを集めたのがレナトゥスであるとの疑惑もある。
魔女の敵であり、下手すりゃマレフィカルムとも関係があるかもしれないんだ。チクシュルーブ家に対しても警戒しておく必要があるだろう。
「ってかさ、それ聞いて思い出したけどレナトゥスがマレフィカルムと関係あるならさ。間怠っこしい事しないでレナトゥス縛り上げて尋問した方が早くね?」
ふと、エリス達の話をすっぱり叩き割るのはアマルトさんだ。チクシュルーブが魔女と敵対するレナトゥスの一派だと聞いて思い出したのだろう。
まぁそれはエリスも考えなかったわけじゃない、けどその手はないと直ぐに捨てもした。なぜなら…。
「アマルト…そんなことしたら大問題だろう。相手は大国マレウスの宰相だぞ、もしかしたら自身がマレフィカルムの関係者だと疑われるのも混み合いで活動している可能性すらある」
「ん?どゆこと?」
「戦争ふっかける理由作ろうとしてるかもしないってことさ」
メルクさんとラグナが首を振るう。レナトゥスはもし自身がマレフィカルムとの関係を疑われアド・アストラに問い詰められれば『侮辱された、アド・アストラとは分かり合えない!』と声高に叫び軍を率いて戦争を始める可能性が高い、軍を動員出来る理由をレナトゥスに与えるのは危険だ。
アド・アストラが大国とはいえただの一国であるマレウスに負けることはないだろう。だがマレウスに呼応して今まで六王達が計略を巡らせる封じて来た他の非魔女国家達の反魔女感情が大爆発を起こして世界中を巻き込む大乱に発展してもおかしくない…故に避けたい。
避けたいから、前回の魔女連合の一件でレナトゥスの名前が浮上しても迂闊には触らなかったのだ。
「もし俺達がレナトゥスの所に行けばその時点でマレウスという国は俺達を知覚して敵に回る可能性が高い。この国全体に追われ回されながらマレフィカルムの本部なんか探せないだろ?」
「それは…そうだな、ああいうのはもうごめんだ」
大国全体から追われ回される経験はオライオンでした。あの時と同じことをしながら何かを探す余力はエリス達にはない、だからレナトゥスやチクシュルーブを突くのは最終手段。ともすれば奴等に見つかるのも避けたいのだ。
「なんか思ったより面倒臭いな、マレウスの旅って」
「面倒だよ、過激な言い方すりゃここは敵国だからな。迂闊に目立つのは避けたいんだ」
「……私達が戦いたいのはマレフィカルムだけで、…マレウスと戦争したいわけじゃ…ないから」
その通り、エリス達はここに軍人として来ているわけじゃない。ただマレフィカルムを討伐に来ているだけなのだから。
「さて、それでコンクルシオの街に着くのは後どれぐらいかかりそうなんだ?」
「三日ほどですかね」
もう話は終わったよな?とばかりにアマルトさんは立ち上がり、吟味した食材を軽く木箱に詰めて奥のキッチンへと向かい…。
「んじゃあ俺晩飯作り始めるわな」
「エリスに手伝えることは?」
「ねぇ、煮込むだけだし」
「アマルトー!ニンニク入れてくれー!」
「では私は唐辛子を」
「小皿に分けるから個人で入れろ」
ピシャリとリクエストを全てシャットアウトして彼はキッチンに篭ってしまう。お昼ご飯も晩御飯も作ってくれるし、多分明日の朝ごはんもアマルトさんは作ってくれるのだろう。それもかラグナとネレイドさんが満足出来るだけの量を。
半端じゃない作業量だと思うんだが…、これはエリスの気のせいだろうか。キッチンに向かう彼の顔はもうなんとも楽しそうなものだったように思えたのは。
「アマルトは家庭的だな」
「なんというか、アマルト様は料理だけでなく家事全般が出来るようでございますね」
「アイツ長い事家出して一人暮らししてたからその辺の事は一通り出来るんだと」
「ラグナは出来ますか?」
「え?俺?………出来るよ、一応」
出来ないな、これは。っていうか学生生活の時必死に覚えてたじゃないですか、忘れちゃったのかな。
「っていうかさー!私凄い暇なんだけど」
「いや何言ってんだよデティ、お前仕事あるんじゃないのか?」
「終わらせたよ、一日かける仕事でもないしね。それより暇ー!ヒマヒマ!」
ネレイドさんの体をモゾモゾ這い回りながら暇だ暇だと口にするデティの気持ちも分からないでもない。いくら馬車の中が広くなったとはいえずっとこの中でボケっとしてるのはそれはそれで苦痛だな。
「ではそこのスペースに本棚でも設置しますか?本ならいつでも補充出来ますし」
「あー…なんていうか広くなった分殺風景だもんな」
そう言いながら馬車の中を見回すが、置いてあるのは小さな机や寛ぐためのソファとネレイドさん用ジャイアントクッション。あとメルクさんが言って飾ったよく分からない風景画だけだ。
広いんだ、馬車の中は。その辺のログハウスなんかよりもずっと広い、多分だが端から端まで競争できるくらいにはある。せっかくスペースがあるなら娯楽品を置いても良さそうだな。
「重量軽減魔力機構を調整すれば馬車の重量を増やさずジャーニー様への負担を増やす事なく内部に物を増やすことも可能なので、ご用命下さればなんでも調達しますよ?」
「いいねぇ、なんか秘密基地みたいでワクワクしてきた。じゃあ俺あそこに剣置きたい、でっっかいバスターソード」
「いや誰も大剣なんか使わないじゃないですか…」
「私!寝袋で寝てみたーい!」
「デティ?ベッドがあるじゃないでしょう?」
「彫像とかはどうだ?」
「それはもう必要不必要の段階を超えて娯楽ですらないのでは?バスターソードもですが」
「えっと、えっと、私は…私は…なんか変なもの言わないと」
「メグさん、乗るのはやめてください」
思い思いの物を言うのはいいが、だとしても思い思いすぎだろう。このままじゃこの馬車が混沌とした空間に…ってこの馬車元々エリスのじゃないですか!?
「みんな変なもの置くのやめてくださいよ!?」
「硬いこと言うなって、ネレイドは何おくんだ?プロレスのリングとか?」
「置けませんよ!」
「私?私は…」
ラグナに問われたネレイドさんはんーと顎に指を当て数秒まったり考えたあと…。
「トレーニング器具…ここでずっと大人しくしてたら、鈍りそうだから」
「…………それもそうだな」
「と言うかよくよく考えたら我々ここに修行に来てたな」
「流石はネレイド様、そこに気づきましたか」
「あー…私達いつもこのくらいの時間に修行してたもんねー」
思い返せば全員ロクな娯楽が出てこないのは全員遊ぶ暇もなく修行に明け暮れていたメンバーばかりだからだ。じゃあ空いた時間に何をするかと言われれば修行以外ないのが実情だ。
「じゃ、軽い器具も置くか。あんまり大掛かりなのは置けないけど」
結局その日は、本棚とちっちゃなダンベルを置くに留まったのであった…。
痛感したのは、修行以外自分達にはやることが殆ど無い…という事。今エリス達がやっているのは魔女様から与えられた最後の試練、これをクリアした後には今までみたいな修行に明け暮れた日々ではなくなる。
自分達の生活から修行がなくなったらどうなるか…、それは実用品以外置かれていないこの殺風景な部屋の景色が物語っているような気がして…ちょっと考えさせられてしまった。
……………………………………………………………………
コンクルシオの旅路、それは本格的な旅を経験したことのない面々にとっては初めての長期間の馬車の旅となった。
とはいえ、メグさんのおかげもあり初心者だらけでも意外になんとかなった。食料の心配もないしいつでも清潔な水が手に入るし、夜も夜営をする必要がなく夜の番を立てて馬車の中のベッドに入ればいいからそれで良し。
最初は暇を持て余したが、全員馬車旅の中で各々やるべきことややっておくべきことを見つけてそれに従事する日々を過ごした。
エリスとラグナとネレイドさんの三人は互いに馬車の中で静かに筋トレしてるし、デティは取り寄せてもらった魔術教本で新しい魔術論文書いてるし、メルクさんとメグさんは時界門越しにステラウルブスのアド・アストラ達に指令を送ってるし、アマルトさんは料理、ナリアさんは演劇の練習をしてる。
時たまに全員で他愛ない話をしたり、魔獣が出たら血気盛んな人達が出て行って退治したり、色々あった。
これなら三年間の旅路も問題なく終わらせられそうだと予感し始めた辺りで…ようやくエリス達は目的地であるコンクルシオの街に到着する。
「みんな!見えてきたぞ!コンクルシオの街だ!」
その日の御者当番のメルクさんが馬車の中に声を飛ばす。
「お!ようやく着いたか!」
「見たい見たい!」
「どんな感じの街ですか!?」
そして、その声に反応して馬車の中で過ごしていたエリス達は挙って出入り口から頭を覗かせ見えてきたというコンクルシオの街を眺める為視線を前に向けると…そこには確かに街が広がっていた。
「うわぁ〜〜!綺麗〜!なんて美しい街なんでしょう!」
ナリアさんが目を輝かせ『ね!』と同意を求めてくる。当然エリス達も同意見だ、丘の下に見えている街…愛と情熱の街コンクルシオはそれだけ美しかった。
真っ赤な屋根と小麦色の蓮臥作りの家々、その隙間にはピンク色の花が咲き乱れる大きな街。家と家の間には真っ赤な旗が括り付けられた縄が縦横無尽に街を包んでおり…一目見て入ってくる暖色系の景色は見ているだけでうっとりするくらいには綺麗だ。
あれがコンクルシオ、確かに愛と情熱の街っぽい。
「真っ赤な街だなぁ、俺ああいう雰囲気の街大好きだなぁ。アルクカースっぽいし」
「ううむ、あの彩色の見事さはデルセクトの紅国スマラグドスを思わせるな。出来るならセレドナ様にもご覧に入れたかった」
「わぁ、あったかそうな街」
その色鮮やかさには皆も満足げな様子だ。初めて見る街の初めての文化形態。この国の街は元々滅んだ小国の移民達によって作られていることもあり街それぞれが非常に個性的だ。
つまり、あそこにもあるんだろう。あの街特有の文化が、それもまた楽しみだ。
なんて思いを馳せているとメグさんが。
「愛と情熱の街コンクルシオ、元々は熱愛の国コンクルシオと呼ばれた国が滅んだ結果流れ込んだ移民達によって構成された街だそうです。コンクルシオ人はなによりも人との触れ合いを大切にしており、愛こそが最も尊ぶべき存在であると考えているそうですよ」
「へぇ、アルクカースにおける戦争 エトワールにおける芸術。それがあの街では愛情ってわけか、なんか凄い街だなぁ」
「友愛の国アジメクと被ってない?私としては複雑ぅ〜」
メグさんにおけるガイドが炸裂する。事前に色々と調査してくれていたのだろう。
しかし、愛が最も尊ぶべき物と捉える街か…なんか、ロマンチックな街だ。
「ちなみにあの街では挨拶代わりにキスするらしいですよ」
「はぁっ!?キスゥ!?」
「キスって…あのキス!?」
「挨拶に接吻だと!?ラブコメの気配…はしないな、むしろ胸焼けがしそうだ」
キス…唇と唇をむちゅーっと重ね合わせる行為であり、一般的に相手への愛情を示す行動だ。挨拶代わりに乱発していいもんじゃないだろ…。
「なんか、伝染病とか流行ったら一発で滅びそうな街だな」
「鋭いですねアマルト様、熱愛の国コンクルシオはそれで壊滅したらしいですよ」
「それを今も続けてんのか…、一周回って凄いわ」
「あの街行ったらキスされまくるの?なんかやだー」
「そうは言っても行くしかあるまい。ほら、もうすぐ郊外に着く。今回は全員で乗り込むぞ?降りる支度をしておけ」
「はーい」
手綱を一度振るい目の前に聳える愛と情熱の街へ急ぐエリス達。この街に待つというプリシーラを彼女を狙う誘拐犯から守る…言ってみればエリス達にとっての最初の仕事。
そして、それは同時にマレウスに来て初めての大きな戦いにその身を投じる事を意味していたのであった。
…………………………………………………………
「ここが、愛と情熱の街コンクルシオ…遠目で見たときは分からなかったが。その…随分」
取り敢えず街の正面門付近にエリス達の馬車を停め、戸締りをし警備をアリスさん達に任せ街に乗り込んだエリス達が最初に目にしたのは…。
『ようこそ愛すべき隣人よ、コンクルシオは貴方を愛します』
ハートの装飾がメタメタに貼り付けられ、そうデカデカと書かれた看板が正面入り口にドカンと配置されていたのだ。
そして、中からは陽気な音楽が響いてきて、街人達はなんとも愉快そうに踊るように歩いている。
凄い街だ、ここまで陽気な街は見たことがない。何にもなくても楽しそうだ。
「楽しそうな街じゃないか」
「まぁ感想は個人に任せるとしてだ。この街でアイドル冒険者プリシーラが待っているんだったな」
そうメルクさんが依頼書を片手にそう確認する…、確かにここが待ち合わせの場所だ。
だが。
「それで、この街のどこで待ち合わせなんだ」
「それは書いてないですね…」
「どうしろというんだ…」
依頼書にはこの街で待ち合わせ…と書いてあるだけでこの街のどこでかは具体的には書いていない。これではエリス達は何処に言っていいやら分からない、まさかこの街でプリシーラを探すところからスタートか?
なんて不安に思っていると。
「多分プリシーラさんは既に楽屋の方で待機してると思いますよ。大掛かりなイベントでしょうし会場は街中に既に設置されてるので街人に聞けば詳しい場所はわかると思います」
「お、こういう時は頼りになるねぇナリア」
「ちょっ!?やめてくださいよアマルトさん」
各地を巡って演劇を披露してきたナリアさんは言ってみればこの手の事柄に精通している。彼ならばある程度の事は分かるだろう。
「聞いてみりゃ分かる…か、じゃあとっととプリシーラの所へ行って後のことを詰めていこう」
「そうですね、エリス達の仕事は護衛ですからプリシーラさんとの連携も不可欠です」
聞けば分かるなら聞くまでだ。ハートとピンクだらけの街にみんなで足を揃えて踏み込んでみる…と。
一瞬目眩がした、街に入ってようやく分かる。街の至る所で咲き乱れているこのピンク色の花が放つ凄まじい甘い香りに街全体が包まれていることに。
あまりの甘い匂いに一瞬クラっとしてしまった。
「なんか一周回って嫌な匂いだな」
「こちらに生えている花は通称『テキーロフロル』と呼ばれるコンクルシオ独自の花、香水の原料に使われる物ですね、この匂いは一度服に染み付くと中々取れないとか」
「それ先に言えよ!?」
「鼻が痺れそうだ…」
フーミスの街とはまた違った雰囲気に思わず圧倒されつつ、鼻をあからさまに摘むわけにも行かずエリス達は街道を歩む…すると、街人の一人…華やかな服を着込んだを着た男性がこちらにはたと気がつくと。
「おや、貴方達旅人かな?」
「え?ああはい」
「この街に咲いてる花の匂いは慣れないだろう?大丈夫かい?」
「なんとか…」
いきなりフレンドリーに話しかけられてちょっとびっくりする。え?エリス達初対面だよね?なのになんでそんなに近くで話すの?ってくらい近くで話すんだ。
男性は親切に微笑みながらもエリスの体調を気遣い。
「それは良かった、ではこの街を楽しんで?んちゅー」
「ちょっ!?」
いきなり口をすぼめて顔を近づけてきたんだ、キスだ接吻だ、しかもこいつ口にしようとしてる!?いきなりもいきなりじゃないか!断りくらい取れよ!
「って何しとんじゃお前はー!?!?!?」
「おっと失礼」
咄嗟にラグナが間に入り激怒する、いきなり矢のように飛んできた接吻からエリスを守りコンクルシオの男に対して怒鳴り付けるも男は大して悪びれもせず。
「ごめんごめん、これウチの挨拶なんだ。親愛と友愛の証」
「だとしても唇にすんのはやめろ!挨拶なら手の甲とかにし…いや手の甲もダメだ!寄るな!」
「そんなに怒らなくてもいいだろう?、ほら仲直りのキス」
「しない!」
「仲直りくらいいいだろう?」
「キスの方をしないってんだよ!」
そこで初めて痛感する。話に聞くより目で見てこそ分かる。この街の人たちにとってキスとは挨拶なのだ…というのは事前に聞いていた話だが。
挨拶だからこそ彼らにとってはあまりにも当たり前過ぎる事なのだ、それが失礼に当たるとかそれで相手が怒るとかそういうのもまた理解出来ない。ここでラグナが怒っているのも男性から見ればふざけているようにも見えるんだ。
それほどまでに価値観が乖離している…。
これだよ、旅をする上で怖いのがこの価値観の相違。ディオスクロア一周の旅で何度も味わったカルチャーショック…。
懐かし〜!これこれ〜!これでこそ旅〜!
「あら?可愛い坊や。お姉さんとキスする?」
「え!?俺も!?ちょっと待って!?寄らないで!?」
「お姉さん綺麗ですね、あちらで僕とお茶しませんか?ちゅー」
「ちょっと待て、ちょっと待て」
気がつくとアマルトさんやメルクさんも街人に絡まれている。しかもただの挨拶というより明らかに愛情が込められている。メルクさんに至ってはなんか美少年に口説かれてるし。
「ねぇきみ」
「ん?何?」
「きみ可愛いね、ボクと遊ばない?」
「はあ?」
デティに至っては子供からも口説かれている。そうだ…この街は愛と情熱の街。キスだけでなく熱烈な愛情を見ず知らずの人に配って回るんだ。
なんか…凄まじいぞ、しかもなんかだんだん人寄ってきてるし。
「きゃー、可愛い女の子〜!こんにちわのちゅ〜」
「あはは、僕男なんですけどね」
「……私のところに誰もこない」
ナリアさんは流石というべきか、狼狽えること無くキスを受け入れ…そして、誰からもキスを求められないネレイドさんはそれはそれで傷ついてしまう。
街に踏み込んだ瞬間これとは本当に節操のない街だな、まるで羽虫か何かみたいに寄ってくる。これがチンピラとか敵なら容赦なく吹き飛ばしてもいいがこの人達は善意百%で近づいてきてるからそういうわけにも行かない。
というか。
「はい、ちゅー!」
「きゃっ!やめてください恥ずかしいです!」
恥ずかしい、ここの人達はなんとも思わないかもしれないけどやっぱりキスは破廉恥だよ…。
「エリス様、エリス様、なに生娘みたいな反応してるんですか」
「生娘ですが!?」
「それより聞くこと聞いて手早く立ち去りましょう、正直面倒臭いです」
面倒臭いって…まぁ事実か、でも逆にちょうどいいかもしれない。エリス達は街の人に話を聞くつもりだったんだ、そしてその街人が今ここにはうようよ集まっている。
ならとっとと聞いてプリシーラの所に逃げ込むとしよう。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ん〜、なにかな?」
「この街にアイドル冒険者のプリシーラさんが来てるって本当ですか?」
「おお、プリシーラ!僕達の天使の事だね。あぁ〜なぁ〜んだ、君達プリシーラのライブを観に来たんだね」
「まぁそんな所です、それでライブってどこでやるんですか?」
「それなら向こうの方に大掛かりな野外ステージが作られていたよ。でももうチケットは完売してると思うけど?」
「なるほど、向こうですね。みんな!向こうですって!行きましょう!」
「あ!?挨拶は…」
「また今度で!」
スルリとエリスは挨拶のキスをしようとすると街人達から身を引き、咄嗟にネレイドさんの足にしがみつき…。
「ネレイドさん!行きましょう!」
「ん…分かった、ごめんね?退いて?」
寄り集まった街人達もネレイドさんの巨体の前には道を開けざるを得ない。ネレイドさんが足を前に動かせば街人達も慌てて退く、そんなネレイドさんの背中にエリス達は張り付いて包囲網を突破するのだ。
「おおすげー!ネレイドすげー!」
「えへへ…そんなに褒められると照れちゃうよ、ラグナ」
「にしても凄い押しだったな、あと少しで茶の誘いを受ける所だったぞ」
「ってかアマルト〜、綺麗なお姉さんからキス迫られてたんだから受けてあげても良かったのに〜」
「俺は俺のパーソナルスペースを見知らぬ人間に侵されるのが嫌いなの!肌の触れ合いとかアホみたいな接吻とか真っ平だね!」
「あんたそういうところあるよね〜」
「うっせぇ、ガキから口説かれてた癖に」
「それ関係ないじゃん!!」
「それよりプリシーラさんのいるイベント会場はあっちみたいです!ネレイドさん!このまま先導してもらえますか?」
「大丈夫だよ」
キスだなんだと言っている暇はエリス達にはなく、一気に駆け抜けるように大通りを進んでいく。
すると、だんだん見えてくる。街のあちこちに貼られた『プリシーラ・ザ・スターライトライブ』との文字が書き込まれた宣伝用の張り紙とプリシーラを見に来たであろう観客達。
この街の人間特有の浮かれるような空気を持たない冒険者達は今か今かとソワソワするように街中を歩いて色めいている。
どうやらこの先にプリシーラがいるというのは本当らしい。
「…アレじゃない?」
「え?お…立派なステージ…」
恐らくこの街の大広間と疑われる地点に大きく聳える舞台が屹立していた。目の前の座席も広間を埋め尽くす程であり もうこれを見ただけでプリシーラがどれほどの人気なのかわかる。
こんな大掛かりなステージを用意してもらえるだけの人気の影響力がプリシーラにはあるんだ。
一体、どんな人なんだろう。
「なんて大きなステージなんだ。これは中止に出来ませんね、これを実現するために一体どれだけの人の協力を得てどれほどの資金を投入したのか…ちょっと計り知れません」
「そんなにか?」
「そんなにです、…あ!多分楽屋はあの辺にあると思いますよ、僕の経験則ではありますけど」
「あそこだね」
そう言いながらナリアさんはステージ脇にチラッと見える小屋を指差す。ステージの作りは全国共通らしくエリス達がそちらに駆け寄れば見るからに屈強な衛兵が槍を片手に扉を守っていたんだ。
いや、守ってるのは衛兵だけじゃない。
「プリシーラちゃんのライブまだかなぁ」
「怪しい奴は一人も通すなよ、今回こそ我らがプリシーラ様をお守りするのだ」
「人気絶頂の最中のプリシーラのライブがタダで見れるなんて、いい仕事だなぁ護衛って」
「凄い数の冒険者ですね」
ワラワラとステージの周りを冒険者が行き来している。その数はザッと百人と少し、軽い軍勢レベルの警備がステージの周りを練り歩いているんだ。
しかもその中には。
「我等プリプリ親衛隊ぃッ!今こそ力を発揮する時だ!全員!配置につけぇーっ!」
「押忍ッ!」
以前冒険者協会の入り口で出会ったピンク色の法被を着た甲冑騎士。それがこれまたピンク色の剣を片手に訓練された兵士の如く素早く配置についてステージを守る。
あの人達…プリシーラさんのファンだったんだ。
「プリプリ親衛隊って、プリシーラのプリだったのか」
「すげーアホみたいな名前だと思ったらちゃんと理由あったんだな、アホみたいであることに変わりはねーけど」
「やめろ、奴等の姿を見ていると古傷が痛む。心の古傷がな」
「エリスもです…」
プリプリ親衛隊だろうがシラシラ親衛隊だろうがもうこの際どうでもいい。奴らを見ているとカリストに操られていた時のトラウマが刺激される。今でこそカリストさんとは良い関係を築けていますが…それとこれとは話が別なんだ。
『前回のような失態は許されない!総員気合を入れろ!』
「しかし、この気合の入れよう。やっぱここで間違いなさそうだな」
「はい、ですね」
守らなきゃいけないものがそこにある…ってことだろう、そしてこの状況でそれは一つしかない。
故にエリス達は楽屋と思われる小屋へ立ち寄り、入り口を守る衛兵に軽い挨拶を投げかける。
「あの、すみません?」
「む、何者だ貴様ら!ここは立ち入り禁止だ、見て分からないか」
その中にプリシーラが居るならそちらに入る必要があるが…当然ながら衛兵はエリス達が近づいただけで鋒をこちらに向けてくる。まぁ今の段階だと厄介なファンでしかないからね…。
「あ、あの!エリス達はプリシーラさんの護衛の依頼を受けてきた冒険者なんですが!」
「ここにくる冒険者はみんなそう言うんだ、証拠を見せろ。さもなくば通すわけにはいかん」
「しょ…証拠!?」
証拠って…何?護衛の証拠?そんなものもらってないけど!?
どうしましょうラグナ、メルクさん。そう二人に助けを求めたら…。
「ん、これは証拠になり得るか?」
「ん?依頼書か?確認させてくれ」
メルクさんが取り出したのは依頼書だ。それを受け取った衛兵もまた胸元から別の紙を取り出して二つの紙を見比べ始めたのだ。なんだそれ…エリス知らないぞ。
「あの、何してるんですか?」
「何って、依頼の精査だ。お前達冒険者のくせに知らないのか?」
「は、はい…」
「……?まぁいい、見てみろ。お前達が渡したのが『依頼複書』そして私が持つのが『依頼元書』、これら二つは外縁の模様が全く同一になるように作られているのだ」
そう言いながら二枚をこちらに見せてくれる。するとどうだ?どちらも全く同じ内容同じ見た目の紙ではないか、それにあんまり注目してなかったけどこの外縁も同じだ。
紙の外周をぐるりと回るように描かれた複数の線が複雑に折り重なったような見た目の外縁、それを衛兵は重ね合わせると外淵が全く同一になるように重なるのだ。
「おお、ぴったり」
「依頼の横取り防止の為二年ほど前からケイト・バルベーロウの手により実施された物の筈なんだが…依頼は久しぶりか?」
「え?ええまぁ」
そっか、二年前から実施された機能なんだ、いやしかし画期的だ。確かに依頼の横取りは以前から複数確認されていた。依頼を受けた冒険者達が解決に向かっている間に別の冒険者が勝手に依頼主に達成報告をして報酬だけ持ち逃げすると言う事例が。
当然バレれば厳罰だが、それでも後を絶たなかったその事例に対する完璧な解決策。二つとして同じ物のないそれを依頼書に複製することにより報酬持ち逃げを封じたんだ。
「ほう、画期的なシステムだ…是非我々も取り入れたい」
相変わらず冒険者協会の実施する…というよりケイトさんが世に送り出すシステムは画期的なものばかり、興味津々とばかりにメルクさんもその依頼書を見ている。
「紋様が一致している、君達は正当な依頼を受けた冒険者のようだ。疑って悪かったね」
「いえ、勝手が分からず申し訳ない」
「でも、依頼も受けずにこの街にやってきて自分達がプリシーラを警護する!って言い張るって輩が後を絶たなくてね。君達も護衛をするならそういう輩に気をつけてくれ?何があっても変なやつらをプリシーラには近づけないでくれ」
「はい、分かりました」
「では、武運を祈るキスを」
「それはいいからーっ!」
咄嗟にラグナが間に挟まり再びエリスを守ってくれる。なんというか…この街は本当にキスが好きなんだな。この街にとってはそれだけ大切なことというわけだ、次からは受け入れてもいいかもしれない…まぁ、唇にではなく精々ほっぺたにだけど。
ラグナにキスを拒否され落ち込む衛兵には一旦退いて頂き、エリス達はプリシーラが待つと思われる楽屋の扉を開き、中へと足を進める。
「失礼します」
「んん?おお、ようやく来てくれたか!待っていたよ!」
「へ?」
楽屋に入り込めば、歓待してくれるのは可愛らしいアイドル冒険者ではなく。小太りのおじさんだった。アロハシャツに小麦色の肌、優しげな印象を持たせる口髭が特徴のおじさんが質素な楽屋の中でエリス達を待っていた…まさか。
「貴方がプリシーラさん?」
「だとしたら需要がニッチすぎるだろ」
アマルトさんから怒られてしまった…まぁ違うよね、でも一応聞いとかないと。
「あ…ははは、私はプリシーラではありませんよ。私はこのコンクルシオの街長のエドマンです、気軽にエディと呼んでください?」
よろしく?と握手を求められ思わず手を握ってしまう。人の良さそうな雰囲気の方だな、この人がコンクルシオの街長さんか…。
「あ、エリスはエリスです。冒険者やってます」
「ほう、エリス様で…しかし。皆様同じチームで?なんか…全体的にその、なんというか…お若いですね」
「え?まぁ…そうですね」
若いと言えば若いか、基本的にここにいるのは二十代。一番年上のメルクさんがも二十四歳だし…若手チームといえば若手チームかもしれないが、それが何か?と首をかしげるとエドマンさんは何やら苦笑いし。
「えっと、つかぬ事をお伺いしますが…字は幾つお持ちで?」
「字…エリス達はまだ一つも持ってませんが」
「ええ!?じゃあ字無しをこんなに!?ケイト様に態々直接依頼を出したのに一ツ字どころか字も持ってないこんな若者だけを大量に送ってきたと!?」
こんなって…いや、まぁそうなんだけどね。エリス達が字を持ってないと知るや否やエドマンさんは深くため息をつきエリスと交わした握手を振り解くとやるせないように近くの椅子に座り込み…。
「はぁ〜、前回の警護は三ツ字冒険者が居ても失敗しかけたというのに…今度はこんな役に立つかも分からないのを何人も送ってくるなんて、何を考えているんだか…」
「い、いや。確かに実績はありませんがエリス達はちゃんとプリシーラさんを守ってみせますよ、だから…」
「いやいいんです、ケイト様から見たらこんな街…四ツ字冒険者を送るまでもないってことでしょう」
なんか…嫌味な言い方だな。まぁでも受け入れるより他ないだろう、エリス達はまだ若く経験も浅い冒険者なんだ、それらがいくら『信じてくれ!』と言っても信じる材料がない以上信じられないだろう。
若手にできることは、信頼を勝ち取るため確かな仕事をする事だけなんだ。
「なんかやな感じ…」
「仕方ありませんよ、字がないのは事実なので。それよりプリシーラさんはどちらに?」
「プリシーラさんなら奥の部屋にて待機してます。案内しますよ」
エドマンさんはやややる気無さげにフラフラと立ち上がり、楽屋の奥に見える扉をコンコンとノックすると…。
「プリシーラ様?護衛の冒険者様方が到着致しましたぁ」
エリス達には決して使わなかった猫撫で声で挨拶をするエドマン、するとその扉の奥から…。
『ぁ!はぁ〜い!どうぞぉ〜』
鈴が鳴るようなかわいらしー声が扉の奥から響く。まさしく福音の如き天性の声色、歌うために持って生まれたかのような声に思わずエリスの方が揺れる。
アイドル冒険者…傾いていた冒険者協会の経営をたった一人で立て直しマレウス全土を巻き込む一大ブームを作り出した協会の救世主。エリスがくだらないと一蹴したアイドル冒険者に真摯に向き合い成功させたプリシーラの存在を感じて…胸が高鳴る。
一体どんな子が、あの話を受けたのか…ずっと気になってたんだ。
「では失礼します」
そう言いながらエドマンは扉を開き、楽屋の待機場をエリス達に見せるように…全開にすると。
すると、そこに居たのは。
「どうもぉ〜、マレウスに煌めく愛の一等星。流れ星キラリ☆彡アイドル冒険者のプリシーラ・エストレージャでぇーす」
キラリッと目元でピースをしてエリス達を受け入れる可愛らしい女の子がそこに居た。
ピンク色の髪を二股に分けるツインテール。目元に刻まれたハートマーク。黄色と桃色のフリルを揺らして全身から可愛いオーラを放つ…そんな少女が。
この子が…プリシーラ、アイドル冒険者?
「おぉ、相変わらず可愛いですねぇプリシーラ様。これなら次のライブも成功間違い無しですよぉ」
「えへへっ!ありがとうございます!街長さん!プリシーラ!頑張りまーす!」
えへっ!とポーズを決めながら笑い、全身からやる気を滲み出させるプリシーラ。その所作の一つ一つはなんだか作り物感を思わせるもののそれも気にならないくらいには可愛い。
うん、可愛い。なんか認めちゃったよ、エリスよりこの子の方が適任だったな…エリスああいうのやるの無理だもん。
「なんかすげーな、これが本物のプリシーラかぁ」
「ふむ、なんというか…可愛らしいな」
「私も真似したら…可愛いかな」
「あ、そちらにいるのが私の護衛さん達ですね!プリシーラの為に態々遠くからありがとうございます!」
ニコニコと微笑みながらプリシーラはそそくさとエリス達に肉薄するなりエリスではなくラグナの手を取り星が飛ぶようなウインクをしてみせ…て…って!?
何しとんじゃこいつは!?ラグナに色目使ってんじゃねぇーっ!?
「あ?いや、別にそんな遠くからでもないから大丈夫だよ」
ラグナ!そっちじゃない!
しかし、プリシーラはラグナのすっとぼけに対して何か反応するわけでもなく…いや、みるみるうちに顔色を変えてラグナの手を突き放すなり。
「きゃっ!ごめんなさい!私貴方みたいなイケメンとか苦手なの!」
「は?いやそっちから手を…」
「私の好みはぁ、髭が濃くて逞しくて身体の大っきな頼り甲斐のある人なの」
「聞いてないが」
手を取っておきながらラグナの事が苦手とかこいつ喧嘩売ってんのか?っていうかどんな好みですか…いや別に人の好みにまでケチはつけませんが…。
「だはははは、残念だったなラグナ。でもまぁ俺達顔はそこそこいいと思ってるしプリシーラもやり辛…」
「あ、貴方は大丈夫」
「喧嘩売ってんのか?」
「いやぁ上手くやれそうで何よりだよ、本当」
「お前の目節穴か?」
ともかく上手くやれそうだと満足するエドマンは無理矢理この話題を閉じるようにエリス達を部屋の中に突っ込むなりギッと目を鋭く尖らせると。
「とにかく、何があってもプリシーラ様はお守りするように。もし彼女に何かあったら冒険者協会本部に掛け合わせて頂くのでそのつもりで!」
「ああ、任せとけ」
「ライブの成功は絶対条件ですからね!それでは!」
エドマンの嘆息の混じった声にラグナは親指を立てて答えた瞬間、扉は閉じられエリス達八人とプリシーラだけがその場に残される…。
…えっと。
「それじゃあ、その。プリシーラさん?一先ず自己紹介をさせてください、エリスはエリスでこっちの赤毛の人がラグ…」
「あ、必要ないから」
「へ?」
突如響いたのは、可愛げもクソもないドスの効いた声。誰が出したか?んなもん決まってる、プリシーラだ。
見れば彼女は先程までの可愛らしい仕草をやめ、怠そうに目元を垂れさせ腰に手を当てふぅ〜と呆れたようなため息を吐く。
「外の話はこっちにも聞こえてたわ、あんた達トーシローの雑魚冒険者なんでしょ、そんなの役に立つ訳ないから名前とか聞かなくてもいいわ」
「はぁっ!?こっちはアンタを守りに来てんのよ!何さその言い草!」
「ちょっ、デティ…抑えて」
「ど〜せ超有名な私にお近づきになれるかも…なんて下心で依頼受けたんでしょ。見え見えだからそういういやらしい所」
ムギィーッ!と激怒したデティを抑えている間にプリシーラは椅子に座り込みこちらを見ることもなく鑢で爪を研いで形を整え始める。
こっちには何の興味もないって感じだな…。
「三ツ字冒険者が負けてるのに、アンタ達みたいな夢見るお子様達が勝てる訳ないじゃない。何が守りに来たよ馬鹿馬鹿しい」
「まぁ、信頼出来ないってのは分かるけどさ。それでも実際こっちは仕事に来ている、全力で職務に当たる事を許しては貰えないだろうか」
「生意気な赤毛ね、…まぁそうね。アンタ達も端役くらいには使ってやるわ。ありがたく思いなさい」
ハンッと鼻で笑うプリシーラの顔は悪意に満ちている。…これがきっとプリシーラの本性なんだろう。
言うなればまさしく傲慢。その歌声で人々を魅了し誰からも好かれるが故の傲慢。それが彼女の体からありありと滲み出ている。これがアイドル冒険者…いやプリシーラ・エストレージャという人間なのか、なるほどね。
「なーんか…ガッカリだな、みんなの天使様なんて噂聞いてたのに…やっぱ女の本性なんてのは信用ならねぇな」
「ちょっ!アマルトさん!」
「何よ、新入りが分かったような口聞いて。そっちの赤毛と言い生意気なのよ」
いきなりド悪態を吐くアマルトさんを見て思い出したが、この人そもそもこう言う人だった、友達といる時は柔和な態度を崩さないがその本音はディオスクロア大学園を混沌の坩堝に陥れた時から変わらない。
この人はこういう時忖度を言えない人なんだ。
「悪かった、ウチの仲間が口が過ぎたよ」
「ホントよ、…でもそうね」
すると、プリシーラは悪戯な笑みを浮かべながら何かを思いついたのかクルリとこちらを向くと足を組んで指をさし。
「とりあえず、ジュース買ってきてよ。街の反対側に売ってる『ラブロマンスジュース』、私あれが飲みたいわ」
「つまり…使いっ走りに行けと?」
「そうよ、あれがないと私歌えないわ〜」
「ふむ…」
明らかな嫌がらせ、エリス達が気に入らない…いやそれ以前だ。エリス達を完全にナメくさった態度、明らかに下に見た態度、それを隠すこともなくエリス達に街の反対側に売っているジュースを態々買いに行けと言うのだ。
それを受け激怒するのは二人、デティとアマルトさんのコンビだ。
「なぁっ!?俺たちの事召使いか何かだと思ってんのか?」
「そうだそうだー!私達護衛に来てるんだよー!離れちゃったら護衛できないじゃん!」
「だーかーらー!アンタ達の護衛なんか信用してないつってんのよバカなやつらね!それにね…アンタ達立場分かってる?」
「ああ?立場?」
「私はアンタ達の受けてる依頼の依頼主よ?アンタ達がいくら頑張っても…私が『アンタ達はなんの役にも立ちませんでした。寧ろ足を引っ張るグズどもでした』って報告すりゃそれだけでアンタ達の依頼は未達成になるのよ!精々グズどもが頑張って護衛ごっこでもしてればぁ?まぁどんだけ頑張っても私の機嫌損ねたらその時点で依頼失敗だけどねぇ!」
「ぐっ、お前…」
「あははははは!アンタ達みたいな素人甚振るのはホーント楽しいわねぇ!分かったら逆らうんじゃねぇよ!バーカ!」
露悪的に笑い、手に持ったヤスリをラグナの顔に向けて投げつける。だが依頼主と冒険者の関係性はそれほどまでに絶対的なんだ。
プリシーラがケイトさんに思うままに報告すればエリス達は内容はどうあれ達成の可否が決まってしまうのだ。まぁここまで悪どいのは珍しいけどね。
これには怒り狂ったアマルトさんもデティも口出しが出来ない。自分達の勝手で依頼を失敗には出来ないからだ。
「分かったらほら、買いに行きなさいよ」
「分かった、じゃあ俺が買って来よう」
「ラグナ!?言うこと聞くのか!?」
「聞くしかないだろ、ここに居座っても機嫌を損ねるだけだし彼女の言うことにも一理ある。悪いメルクさん、料金貰えるか?」
「構わんが…」
するとラグナは大して文句を言うでもなく一人で楽屋の外に出て行く。アルクカースの大王たる彼が使いっ走りに向かわされるとは…彼の国の国民が見たら凄い騒ぎになりそうだな…。
「じゃあ他のも使いっ走りに行って〜、そっちの女二人人は花弁の砂糖漬け買ってきて。この街で一番高い奴をね?もちろん自腹で」
「我々か?…仕方ない、行くしかないか」
「畏まりました、では向かいましょうか」
メルクさんとメグさんには花弁の砂糖漬けを買ってこいと命ずるプリシーラは、今度はデティとネレイドさんを指差して。
「そっちのデカブツとチビは街の端に売ってるプディング買ってきて〜、十分以内にね」
「はぁ〜!?プディング〜?ってかチィ〜ビィ〜!?!?!?」
「デティ、抑えて…一緒に買いに行こ」
「むぐぐ、…はぁ。分かったよう」
「ふんっ」
逆らうわけにはいかない、護衛をするにしてもプリシーラの言う事を聞かなければそもそも護衛すらさせてもらえそうにない。ここは言う事を聞くしかないんだ。
「で、そっちのは…そうねぇ。アイス買ってきて、私が好きそうなの」
「俺お前の好み知らねぇ〜!」
「本番前にそんなに甘いものばかり飲み食いして大丈夫ですか?」
「いいから行きなさいよ!」
「うぐぐ…しゃあねぇ、一番美味いの探し出してやるよ」
次はアマルトさんとナリアさんを怒鳴りつけお菓子を買いに行かせるのだ。その目つきは明らかにおかしく…露悪的と言うより、もはや何かの八つ当たりにさえ思える。
…っていうか、みんな使いっ走りに行かされちゃったんですけど。護衛は?
「あの、エリスは?」
「アンタは買いに行かなくていいわ、…そこに座りなさい」
「そこ?椅子とかは…」
「地面によ」
え?なんでエリスだけ残されたの?そんな疑問を残しながらもエリスはその場に正座をして目の前で足を組むプリシーラを見上げる。
その目はなんとも楽しそうだ、…こういう目は一回見た事あるな。狂気のサディストであるソニアと同じ目だ、誰かをいじめて楽しんでいる目だ。
「んふふふ、いい気味ね」
「えっと、エリスが座ってるだけで楽しいですか?」
「楽しいわ、すっごくね。だって私…ずぅっとこうしたかったんだもん。ねぇ?アイドル冒険者第一候補だった…エリスさん」
「っ!?知ってるんですか!?」
気が付かれていた、いや知っていたのか。エリスが元々アイドル冒険者の候補として選ばれていた事が。
その事実に気がつき、何処か背筋が冷たくなるのを感じると共に…プリシーラはニヤニヤ笑いながらエリスに向けて唾を吐き。
「私が気がついてないと思った?アンタがエリスって名乗った時点で…察してたわ、私よりも先にアイドル冒険者に選ばれ、そしてそれを蹴った女だってね」
「い、いやそれは…」
「ずっとずっと待ち望んでいたのよ私は、…アンタに復讐する機会をね」
「ふ、復讐…?」
「ええ、思い知りなさい…私の怨念をね」
グッ!とエリスの顔を掴むプリシーラはあいも変わらず笑う、悪戯に…そして復讐に。