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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
三章 争乱の魔女アルクトゥルス
40/840

36.其れは弱さ故の強さ、或いは強さ故の弱さ

争乱の魔女 アルクトゥルス、そのエピソードはどれも豪快な物ばかりだ


拳一つで地形を変え 蹴りの一つで国を滅ぼす、剛力無双 万夫不当の士として伝わり、魔術師でありながら拳による接近戦を好む異色の魔女、その実力は高く戦闘能力は八人の中でも随一…こと接近戦においては魔女相手でも負け無しという


まさしく史上最強の戦士だ



かつて、エラトス王国とアルクカースの戦争の最終局面に現れ、小賢しく籠城を続けるステュムパロスに対して、一撃放ったらしい


その際の踏み込みで大地が砕け 放たれた拳が山ごと城を吹き飛ばした、たった一撃だ…たった一撃でエラトスという国はボコボコの地面と不自然な山々が立ち並ぶ住み辛いことこの上ない国に変えられてしまったのだ


神話の一撃、いや神の怒りそのものであったと当事者達は語る


だが、嘘ではない 誇張もない…アルクトゥルスという女はそれが出来るのだ、レグルスは知っている、奴の戦いとその力を


レグルスも昔、ついカッとなってアルクトゥルスを殴り飛ばし喧嘩を売ったことがある…、結果は惨敗、私はありえないぐらいボコボコにされ地面に転がされた、私はこれでもある程度白兵戦をこなせるつもりでいたが 手も足も出なかったよ


強い…いや強すぎるんだアルクトゥルスは、それがもし暴走している 本気で世に災禍を撒き散らすことを望んでいるのだとしたら 、とんでもないことになる


少なくとも奴が本気で暴れれば、このカストリア大陸は三日で焦土と化す …こう言っちゃなんだが、治癒魔術しか使えないスピカとは危険度が段違いだ


それに対して今、私は 対話に赴こうとしている…アルクよ落ち着けと戦争なんてやめろと


「………………」


レグルスは一人、馬車の中で重苦しく目を瞑る


スピカに頼まれた以上、アルクトゥルスの説得を行うことは確定だが、説得を遂行できる自信はあまりない


かと言ってもし、力づくで止めることになったら…果たして私は勝てるか?


戦闘開始時点で 私とアルクトゥルスの距離が離れていれば私が勝つ、魔術戦なら私の方が強いからな、だが近ければ私は負ける…そして説得が決裂した時点で戦闘になるから、おそらく戦闘はかなりの至近距離で始まることとなる


…やめよう、そもそも戦うこと前提の心算で行けばきっと争うことになる、…私はこれから久々に会う友人と再会しに行く そして昔話に花を咲かせて、その流れで戦争なんてやめろよぉ〜と言う、ダメそうなら相手の言い分を聞き ちょうどいい落とし所を探す


うん、これで行こう 、説得 はいダメ 戦闘 …は気が早すぎる、時間はどれだけかけてもいいから、しっかり説得するんだ、アイツは傍若無人だが頭は悪くない むしろいい方だ、道理を解けばきっと分かってくれる


「よし…」


レグルスは頬を叩き、気合いを入れ直し 今目の前の光景に集中する


今私とエリスはフリゲイトを発ち、エラトス王国の街道を行きアルクカースを目指し旅路の中にいる


フリゲイトに一日滞在し、パトリック達に惜しまれながらも別れ旅に出て一週間、その後ブリガリンティンと言う街に立ち寄り、ここでも一日滞在 軽く飯を食い出発


その後復興街ケッチや元要塞街ジャッカスパーク等を経由 どれも一日の短期滞在で済ませ外へ外へと向かっている、…フリゲイトを出てから彼此 一ヶ月近く経っている…


なぜこんなに時間がかかったか?、それはアルクトゥルスのバカが地形をめちゃくちゃにしたせいで凄い迂回をさせられているからだ、未だエラトス国内でも 完全な地図も作られておらず、殆ど星を見て方向を確認しているので、凄い…凄い時間がかかる

直線で進めば二週間足らずで外に出れた筈なのに…、アルクカースに近づけば近づくほど地形は荒くなり、馬車で進もうと思うと苦労するのだ…


「おっと!?」


また、大きな岩にでも躓いたのか車輪が大きく跳ねる、…スピカが言っていた通りこの馬車、見かけ以上に相当頑丈に作られているようで、こんな無茶な行軍にも悲鳴一つあげずに付き合ってくれている、本当なら車輪の一つでもダメになってそうだが、傷ひとつ付いていない


スピカに今度あったら礼を言わねば、いや礼を言うのはこれを作ったカノープスの方か?


ともあれ、今我々はエラトス王国辺境のバーゲンティンと言う街に向かっている、バーケンティンは辺境でありながらアルクカースの援助を最も受けている街であり、もう殆どアルクカースと言ってもいい状態らしい


アルクカースからフリゲイトへの援助の中継地点でもあるため街そのものも潤っているらしい、どこも自分たちの生活だけでいっぱいいっぱいと言う様子だったので物資の調達ができなかったが、ここでなら潤沢な物資調達ができそうだ、いい加減 スピカから貰った保存食も食い尽くしつつあるから、そろそろ食糧を調達したい


「悪いな、随分馬車が揺れた 大丈夫か?エリス」


「……ッ…はい、…師匠」


背後のエリスに声を飛ばす、最近エリスはデティとの手紙のやり取りで、何やら魔術についての話をしているらしい、何を話しているかは分からないが、それがエリスの成長につながるならばと 殆ど放任している


真面目に修行にも取り組んでいるし、今のところ順調だ



「もうすぐバーケンティンだ、そこを通り過ぎれば、アルクカースは目と鼻の先」


「…はい…師匠…」


私が思っている以上に時間はかかりはしたものの、ようやくアルクカースに入れる、アルクカースに入ればある程度落ち着くと思う、アルクカースに着いたらエリスの修行をもう一段階上の物へ上げようと思ってるんだ


エリスはもうすでに魔力制御を極めている、もう黙々と修行をしても得られる物はない領域まで来ている、最近は魔術もどんどん取得しているし 次からはその魔術を使いこなす修行に移る


はっきり言って今のエリスは古式魔術を使えるだけで使いこなせてはいない、私とエリスが同じ魔術を同じ詠唱で同じだけの魔力を込めても 威力に天と地ほどの差がつくのは、魔術そのものの技量が関係する

これからはその技量を上げていき、威力を上昇させる方面に修行をシフトする 極めればエリスは攻撃力だけなら魔女級にまで成長出来る、その下地はもう作ってある


「エリス …今日までよく修行を頑張ったな、次からはもっと上の段階に移るぞ」


「はい……ししょ…う…」


…ん?、なんかさっきからエリスの様子がおかしくないか?、さっきからはい師匠しか言わないし、声にも覇気がない


「おい、エリス…?」


「はい…ししょう…」


ふと、振り返って後ろのエリスを見る、いつもなら魔力制御や黙って集中力を高める瞑想しているエリスが、今日は…


「…ぁー…ししょう」


「なっ!?エリス!どうしたんだ!」


顔を真っ赤にし、虚ろな目でフラフラと頭を揺らしていた…いや違うこれは!


急いでエリスに駆け寄り、そのデコを触れば…案の定熱い、しかし こんなにも熱いと言うのに汗を一筋もかいていない…熱が中に篭っている、風邪…いや分からん 、ともあれ病気であることは分かる


「エリス!、す すごい熱だぞ!大丈夫なのか…!」


気がつかなかった…エリスがこんな状態であることに、一切気がつかなかった エリスも私にそんなこと一言も言わなかったし



いや言うわけがない、言うわけがないんだ エリスは弱音も泣き言も絶対に私に言わない、きっと 少し前から辛かった筈なのに、私に心配かけまいと 不調をひた隠しにしてきた筈だ!


思えば、私は常に前しか見ていなかった…遅々として進まない道行きに苛立ち 街にも殆ど滞在せず休み抜きで殆ど馬車で移動、移動中も常に修行…旅慣れしていないエリスにはどれほどの負担がかかっていたか…


慣れない環境 移動続きで溜まる疲労…食生活だって保存食続きで最近はいいものでなかった、体調を崩して当然だ、魔女である私は大丈夫でもこの子はそうではないのに…なのに 文句ひとつ言わずに私に着いてきて…


くそッ!師匠失格だ私は!


「大丈夫ですよ、師匠…ただちょっと…ボーッとするだけです、修行も…問題なく行えますから」


「いい!、今日は休みだ…くっ!」


急いで馬車の中の積荷を漁る、薬…薬は! 無い…あるのはポーションだけ、ポーションではダメだ、ポーションは傷には聞いても病に効かん、高度の治癒魔術であれば病にも効くが…ここはアジメクでは無い、マズい マズいぞ…ここではエリスの治療ができない


仕方ない!


「エリス、少しの辛抱だ 直ぐに楽にしてやるからな」


「ししょう…?」


エリスを抱きかかえ、馬車を捨て外に出る…空を見ればもう 赤く染まり始めている、もう夜になる…間に合うか、いや間に合わせる 私は魔女だ 不可能なことなどない


遠視の魔眼透視の魔眼熱視の魔眼流視の魔眼 四つの魔眼を並列使用し周囲を見回せば、それはすぐに見つかった…我々が今目指している街 バーケンティンだ、馬車で行こうと思えばまだ一日かかるが…


それはこの入り組んだ地形の所為で馬車での移動が難しいからだ、しかし 私単体であるならば話は別


「『旋風圏跳』ッ!」


エリスを抱え そして跳躍、馬車を放棄し全霊で跳ぶ いや飛ぶ、射線上にあるもの全てを打ち砕きながら空を駆けるように真っ直ぐに飛ぶ、間に山があろうが何があろうが全て突き抜けて最短ルートを行く


エリスに負担が掛からぬよう必死に抱きかかえれば、燃えるような熱が彼女から伝わってくる…むしろ今気づけたことを幸いと思うべきか、このまま放置して野宿でもしていれば取り返しのつかないことになっていたやもしれん


十を数えぬ間にバーケンティンの街の外れに着地し、ここからは魔術抜きで走る、流石に風を纏い高速で街中を走り回ったら衝撃波で街を吹き飛ばしかねない、そうなればエラトスとアルクカース双方を敵に回してしまうかもしれんしな…、それに私は乱暴者のアルクトゥルスとは違う



固い大地を踏みしめ走る、大地が砕け砂埃を立ち上げながら全霊で走る 魔術は使ってない …使ってないが、悠長なことを言ってられる状態じゃ無い、周りに被害が出ないギリギリのスピードで走る


「な なんだあの砂埃!?魔獣の群れか何かか!?」


「くっ、今街にはあの方が…なんとしてでも止めねば!」


フリゲイト同様 魔獣対策のバリケードがバーケンティンにも施されている、いや 王城の存在するフリゲイトよりも強固かつ重厚だ、単なる魔獣対策というだけではなさそうだ…おそらくエラトス王国が反乱した時のため、アルクカースに侵入されることを防ぐための防衛都市としての役目もこの街にはあるのだろう


つまり、一刻国相手にしても足る防御力がこの街にはある という事だ


「ここは通さん!」


何を勘違いしたか、衛兵と思わしき重装備の兵が十人二十人わらわらと門を塞ぎに現れる、誤解を解くのも面倒だ…、だが吹き飛ばす訳にも行かん


「邪魔だ!退いてくれ!」


速度を緩め魔獣では無い 敵意は無いと示すに衛兵たちに叫ぶ…が


「ひ 人!?」


「何という闘気…滾ってくるわ!!」


「…っふふふ!やっちまえ!あの身体能力 相当なやり手だ!」


「くかかか!ここで引いちゃあアルクカースの戦士の名が廃るぜ!」


急に、本当に急に さっきまで落ち着いていたというのに私が人であると、相当な使い手であると気がついた瞬間、衛兵たちの目の色が変わった…比喩じゃ無い 本当に変わったんだ、急に充血し 真っ赤になり筋のような血管が湧きたち濃厚な戦意が辺りを満たす、なんだいきなり…急に闘気や気配が濃厚になったぞ


こいつらエラトスの人間じゃ無い、となるとアルクカース側の兵士か…!


「うらぉぁっっ!」


「チッ」


問答無用で 私が何者かなど関係ないと言わんばかりにいきなり詰め寄り武器を振るってくる、しかも速い上に鋭い、くそっ 戦闘民族が!


そう戦闘民族…アルクカースは何よりも戦闘を好む 特に強者との、それを前にすると居ても立っても居られなくなるとは聞いたが…ここまで見境がないのか!、爆薬みたいな奴らだな!


「ちょわっー!」


「ま 待て!話を聞け!」


ある者はレイピアを振るい ある者は斧を振るう、斬撃の嵐の中を縫うように避けながら説得を試みるも、誰一人として効く耳を持たない


というか、今の私は両手でエリスを抱えている状態、手が使えない上にエリスに傷一つつける訳には行かない…


「ふはははは!思った通り!強い!強いぞ!辺境に追いやられて犬猫の相手ばかりさせられて体が鈍るところだったんだ!」


しかもこいつら強い、動きが制限されているとはいえこの私が抜き切れない、間を縫って突破しようとすると 先んじて進路を塞いでくるし、回避に専念するとここぞとばかりに一致団結して攻めてくる、ここの戦闘力もさることながら連携が並みじゃない


振るう武器も素早く鋭い、力任せではなくそのどれもが列記とした技術と研鑽の下に編み出された技の数々であることが伺える、世界最強の戦闘民族アルクカース人…場末の衛兵でさえこの強さか


「いい加減にしろ!、子供を抱えているのが見えんのか!」


「なら子供を下ろして俺たちと戦え!命尽きるまで戦え!」


話も通じん馬鹿共に、いつまでも付き合ってられん!穏便に済ませる予定だったが相手が先に白刃を抜いたのだ 穏便もクソももう関係あるか!


「勝手にやっていろ!アホども!」


「おっと、来るかぁ?」


片足を上げ、蹴りの姿勢を取る…だけで奴らの攻撃が止まり即座に距離を取り始める、勘のいい奴ら…だが 、甘い


「なっ!フェイント!?」


蹴りを警戒し防御の姿勢をとった瞬間奴らの連携が途切れる、その隙を突き 後ろへ抜ける、奴らは攻撃や闘志と言った類のものに敏感 故に本気のフェイントにも容易く引っかかってくれた、やーいバーカ


「あっ!逃げるな!」


「後でいくらでも付き合ってやる!だからここは通してくれ!すまんな!」


とだけ言い残して、門を飛び越えバーケンティンに転がり込む、時間を食ったが街に入れば 風邪に効く薬も置いてあるはず、というか そうでないと困る


「ああ、後で付き合ってくれんだって、ならいいか」


「そうだな、なんか戦い辛そうだったし 全力のアイツと戦った方が楽しそうだ」


「でもアイツ街の方に入っていったけど、通して良かったのか?」


「あー…ダメかも」


「追うか?」


「でも門守らないと…」


「だよなぁ、門の外を守るのが俺たちの仕事だし、中までは管轄外だしな」


「でもでも、今街にはあの方が…」



……………………………………


要衝街バーケンティン


元々はエラトス王国の国境付近に存在する辺境の街…いや農村であった、アジメクと違い固く養分の少ない土を必死に耕し細々と農耕を営み 少数の農民と老人が貧しくも穏やかに過ごすだけの村、エラトス王国内においても大した価値のない小さな村であった…


十八年前まではな…


先のアルクカースとの戦争の際最もアルクカースに近く存在するバーケンティンは、真っ先に侵攻を受けアルクカースによって占領の憂き目に遭うこととなる


幸い、農民と老人だけのこの村から屈強な戦士達に反抗しようという者もおらず、真っ先に降伏した為人的被害は皆無であったが支配権をアルクカースに奪われしまった


その後はアルクカースのエラトス侵攻の前線基地として使われ、次々と流入するアルクカース兵達によって開拓 増築されどんどん発展を繰り返していき


今では国王の住まう筈の中央都市フリゲイトよりも壮健かつ巨大な都市に生まれ変わった、アルクカース人は戦えない者には基本的には襲いかからない為 元々の住民達も悪い思いはしていないようだ、村も豊かになったしな



この街で特筆すべきは物品の豊富さだろう、アルクカースよりも北側の国々がアジメクに赴く際 最初に立ち寄る街でもあるため数多くの行商人が立ち寄る、お陰で物資も潤沢… 右を見ても左を見ても、ざまざまな文化の行商人が店を開いており 多くの物が手に入る


イフリーテスタイガーがアジメク側付近に縄張りを作ったという噂から今はそちら方面へ立ち寄る商人は少なくなってはいるが、それでもここは大国アルクカースのお膝元 商人が来ずカツカツとなっていたフリゲイトと違い 商人は多く居る…


そして当然、薬品の類も店先に置いてある…


「これだけか!たったの!」


バーケンティンの街中、黄昏時も過ぎ去りやや暗くなった大通りの中腹にてレグルスは目の前の行商人に怒号をあげる、普段 そこまで怒りを表に出さぬ彼女も流石に苛立ちを隠せない様子


何せ、ここまで無理に移動してきたツケが今、熱を出し息を荒くするエリスに身に降りかかりつつあるのだから


「お前行商だろう、ここまで物資を運んできたんじゃないのか」


「む 無茶言わないでくださいよ、その辺の国で薬を仕入れるよりもこれから向かうアジメクで薬品を仕入れた方がよほど儲かるんですから、薬やポーションの類は殆ど運ばないんですよ」


「ッ…」


それもそうだ、他国の作った薬とアジメクの薬では品質に天と地ほどの差がある…態々アジメクの隣国であるエラトスで他国の薬を売るよりも、そのままアジメクに向かって薬を仕入れてから売った方が利益が大きいことは私もわかる


じゃあアジメク側からこちらに来た商人を探せば薬も手に入るのでは…、とそこで思い至る


フリゲイトに殆ど商人が立ち寄っていなかったことを、恐らく あのイフリーテスタイガーがアジメクとフリゲイトを繋ぐ街道を塞いでいたから、アジメク側からは殆ど商人がやってきていないのだ


パトリックの存在があれだけ喜ばれていたのだ、恐らく彼以外の商人はまだ殆どこちらにやってきていないと見るべきだろう、多分 アジメクとの流通が回復するのは…まだ少しかかるだろうな


くそっ、ここにくれば薬が手に入ると思ったのに この商人から手に入ったのは極少量の薬のみ…、いや もうこれでいい 宿で安静にしながら栄養を取ればある程度回復するだろう、する…筈だ


「すまん、怒鳴って悪かった…なぁ この子が休めるような宿はあるか?、あと 医者とか診療とか…」


「い いや、品揃えの悪さはこちらの落ち度なので…、ああ 宿はこの街には一つしかないですね、そこの通りを曲がったところに、ここには立派な診療所はなかった気がするな、医者は…どうだったかな いた気がするけどどこにいたかまでは、私も別にこの街に住んでるわけじゃないので」


そう言って大通りの脇を指差す、そちらか…分かった、なんかわからんが衛兵も追ってこないし、今のうちに宿をとってしまおう、宿を取ってエリスを落ち着かせて それから医者を担いで連れて行こう


そう思い、行商人に金貨を押し付け 話もそこそこに言われた通りの道を行く


「ま 待ちなって!、確かに宿はあるが今はそこは…!」


行商人が何か言った気もするが、もはやそんなことを気にする余裕はない


「フゥ…フゥ…」


「エリス、もう直ぐだ もう直ぐ、落ち着いた場所で眠れる…もう直ぐ…」


慌てて走り込み、角を曲がれば行商の彼が言った通りこの街唯一の宿が目に止まる、立派ではない 立派ではないが…、十分だ というかもうベッドがあって看病出来る環境があればいい、馬車では寝泊まりは出来ても落ち着けん…床は硬いし


「すまん!、部屋を一つ貸してくれ!」


ともあれドアを蹴破り 中にいる店主に声を飛ばす、金ならいくらでもある 今はともあれ部屋をとって…………




「部屋が…取れない?」


カウンターで申し訳なさそうに、いや私に早く帰って欲しそうな店主に 静かに首を振られた、部屋を取りたいと言っても今はダメだと 金を積んでもダメだと 、一瞬頭が真っ白になる


「な なんでだ、部屋が全部埋まっているのか!?、頼む この子が熱を出してるんだ…寝床の一つでも貸してもらえればそれでいいんだ!」


「い いえいえ、そういう問題では…その無くてですね、ただ少し今はお客様を受け入れていなくて…ですね?、あの声をもうすこし小さく」


モゴモゴとハンカチで汗をぬぐいながら歯切れの悪い物言いを返す店主の親父を前に、頭に血が上っていくのを感じる、なんだこいつ私が必死こいて頼み込んでるのにさっきからチラチラと部屋の奥の方に目をやって、ダメならダメとその理由を話せ


「頼むよ…頼む、なんでもする なんでも差し出すから、この子だけでも休ませてほしいんだ…頼む」


「いえ、あ あの頭あげてくださいよそこまでされても困ります」


エリスを抱いたまま頭を下げる、魔女としての威厳もクソもない なんなら五体投地でもするか…靴でも舐めるか、なんだってする なのに店主は相変わらず帰って欲しそうに冷や汗をぬぐっていて…


「この街にはここしか宿がないんだろう…、私の弟子を休ませてやれる場所はもうここしかないんだ…、このままではこの子が死んでしまうかもしれないんだ」


「それでも、そ その今はダメなんです、今日はあの方が宿を貸し切っていて…他のお客様を受け入れる余裕なんて…」


…ッ、くっ このくそオヤジぶっ殺して…い 嫌々ダメだ、昔のように怒りに任せては何も解決しない、余裕がないからと力任せにしていい理由はどこにもない…でも でも本当にどうすれば、私が不甲斐ないばかりにエリスをここまで追い込んでしまったというのに、私はそれを助けることさえできないのか…私が師として未熟なばかりに…


「だから早く帰ってください、あの方が気づかれる前に…」


「誰に気がつかれる前に…だって?」


「む…?」


ふと、頭を下げる私に向けて 声が響く、顔を上げて確認すれば 店主が頻りに確認していた奥の扉から、誰かが現れたのだ…


男だ、だが大人ではない見たところエリスより二~三歳くらい年上に見える、見ようによっては未だ少年と見れる彼、だがその意思の強そうな翡翠の瞳は ナイフのように切れており、淡い赤色の髪と共に彼の芯の強さを表しているようだった


身なりは少し良く、軽装ではあるが鎧を身に纏っている…アルベルのような新米の冒険者かと思ったが、その立ち振る舞いは彼らのようなナヨナヨとしたものではない


何者…そう口にしようとした瞬間、店主が顔を青くして叫ぶ


「ら らら ラグナ様!?、申し訳ありません直ぐに追い返しますので!」


店主にラグナと呼ばれた彼は、私と 私の手の中で高熱に喘ぐエリスを見て、一つ息を吐くと


「俺たちが…いつ他の客を追い返せと言った?」


「い いえ、ですがラグナ様たちが今日宿泊される以上この宿は…」


「貸切にした覚えもない、俺たちはただ普通にこの宿に泊まっただけだ、他の客が泊まったからと怒るほど、俺は狭量な男にお前は見えているのか?」


「い…いえ、とんでもございません」


「というかだな、熱を出して苦しむ子供と それを助けてくれと頼み込む夫人を、ただただ己の思い込みだけで追い返し見捨てようとする行いの方が、俺は見過ごせない…」


凄まじい怒気…エリスと殆ど変わらないということは齢は十かそこそこの筈なのに、彼の体からは確かな怒気が溢れていた、というかこの雰囲気 …彼 アルクカースの人間か?


すると、先程までの怒気がフッと消え、頭を下げる私の側までラグナが寄ってくる、な なんだ…


「どうぞ、俺の部屋のベッドで良ければ貸しますよ、濡れタオルと栄養のつくものを用意します、まずその子を休ませてあげましょう」


「た 助けてくれるのか?」


「当然、苦しんでる人間がいるのなら 、助ける為力を尽くすのは当然のことです」


ニッと気持ちよく歯を見せ笑う彼を見て、ああ…なんとなく安堵した、助かったと…


…………………………………………



エリスは、数日前から 体の不調をなんとなく自覚していました、ただご飯を食べて寝れば治る 修行の疲れが出ているだけだろうと思い込んでいたのですが


いくら休んでも体のダルさが抜けず、日に日に体が重くなっていきました…マズい このままでは修行に支障が出る、師匠に心配をかけるわけにはいかないと無理をすればするほどエリスの体は動かなくなり


…遂に、エリスは倒れた 朝からボーッと頭が動かず、エリスとしたことが何も思い出せず、何も考えられず…意識を保つので精一杯で…


最後に、師匠の青い顔を見て その意識もプツリと途切れてしまった、ああ 師匠に心配をかけてしまったと、己の不甲斐なさを噛み締めながら


それからはなんだかフワフワとした、よく分からない心地でした 多分師匠が抱きしめてくれているのは分かるんだけれど、意識は朦朧として 考えはまとまらずそれこそ夢見心地で…


ああ、意識も思考も上手く纏まらない…変な夢が見える、多分夢だ…デティが五人くらいに増えたり、クレアさんが巨大化して暴れたり あれも夢だ…夢…夢…夢…


「んんぅ、やめて…クレアさん…馬車の車輪はドーナツじゃありません…ん?」


…あれ?、ここどこだ?なんだろうエリスは夢見てたのかな?


ここは一体、エリスは馬車の中に居たはずなのに と漸く明瞭になり始めた意識と視線で周囲を見渡せば…見えるのは覚えのない景色だ、木の壁木の天井 宿か? 、見ればエリスは今ベッドの上で毛布を被っている


前にもこんなことあったな、確かあの時は師匠に拾ってもらった時だ、気がついたらベッドの上で師匠に濡れタオルを変えてもらっていて…それで


「ん?起こしちゃったか?悪いな」


そんな感じで声をかけてもらって…ハッ!?


「ッ!?ど どこですかここ?」


突如響く聞き覚えのない声にばっ!と毛布を跳ね飛ばし起き上がろうとして 力が入らずぐたりと横になる、そうだ ベッドの上だ、多分ベッドの上…ああダメだ体が熱い


「目が覚めたみたいで良かった、けど 無理はダメだ、今君は風邪をひいているんだ、病気の時はベッドの上で寝るに限るから」


「…誰ですか?貴方…一体なにを」


混乱しているエリスのおデコに濡れタオルを乗せてくれる男の人、身に覚えのない人だ 赤い髪 綺麗な緑色の目…エリスと変わらないくらいなのにすごく落ち着いた雰囲気の人だ、誰だろう


「俺?俺は君の師匠に君の看病を頼まれてるんだ」


「師匠に…、あ エリスの名前はエリスです 師匠の弟子のエリス…あの、エリスは一体」


「うん、エリスだな…まぁ 気がついたら知らない男が側に居たんだ、混乱もするか 一応知ってる限りのこと教えるよ」


そう言ってエリスを看病している彼は一つ一つ、エリスが気絶していた間のことを説明してくれた


ここはバーケンティンという街だとの事、この街に立ち寄る前にエリスは熱を出して倒れた、そこで師匠は馬車を捨ててエリスを抱えバーケンティンに駆け込み、薬を手に入れこの宿に転がり込んできたらしい


そこで一悶着あったが そこで彼が師匠を宿に引き入れてくれて、部屋も貸してくれた…おかげでエリスは宿のベッドでぐっすり眠り体を休めることができたと彼は語る


その後師匠は街中を走り回り医者を連れてきてエリスを診てくれたり彼は濡れタオルやエリスの看病をしたりしてくれたおがけでエリスの熱は一晩のうちに下がり、今に至るらしい


今師匠は夜が明けエリスが落ち着くと共に馬車を一旦取りに戻ったらしい、まさか 師匠が馬車を取りに出ている間に目覚めるとは思わなかったよと彼は笑っていた


そうか、エリスは熱で倒れていたのか…情けない…


「ありがとうございます…、おかげで助かりました」


「いやいや、無事で良かったよ 」


そう言って彼は優しげに笑う、よく見ればかなり疲れているように見える…多分、師匠がエリスを治すために奔走する間 タオルを変えたり面倒を見たりしてくれたんだろう、…恐らく夜通し…、一体この人は誰なのだろう…


「あの、貴方の名前を聞いてもいいですか?」


「俺はラグナ…ラグナ・アルく…〜?あー…えっと、おほん ラグナ・グナイゼナウ、よろしく エリス」


なんか言い淀んだな…けど、ダルい 怠くて問い詰める余裕がないからなにも言わないけど、そうか ラグナさんか…


「では改めて、ありがとうございます ラグナさん」


「ラグナでいいよ、今テオドーラが元気の出る物作ってるから もう少し待っててね?」


「テオドーラ?」


とラグナさん…いやラグナは軽く笑う、元気の出る物…そう聞いた瞬間なんだかいい匂いが漂ってきて、というか誰か近寄ってくる足音が聞こえて


「ちょいやっ!一丁上がりだよぉ〜、って!起きてるじゃないっスか若ぁ!」


「テオドーラ…病人のいる部屋なんだから静かに」


部屋の扉が蹴破られ、外から湯気立つ皿を片手で持ったなんだか軽そうな雰囲気の女性が入ってくる、肌は浅黒い…というか 結構日に焼けており、対照的に映えるギンギラな金髪を振りながらテオドーラと呼ばれる女性がやかましく騒ぐ


「ごめんごめん〜、よっと…エリスちゃんだっけ?顔色良さそうで良かったぁ〜、あ!ウチ テオドーラ!テオドーラ・ドレッドノートっていうんっスよぉよろしく!テオって呼んでネ!」


「あ、はい エリスはエリスです、よろしくお願いします、テオドーラさん」


あぁ〜ん!テオでいいのにぃ!と言いながら近くの椅子に座り、ピースを目の横に持っていきポーズを決める、なんだか ナタリアさんやクレアさんより軽そうな人だなぁ


というかよく見るとテオさんは皮の鎧や鉄の金具をつけており、…騎士 というより戦士みたいな格好をしている、腰には剣を下げてるし…冒険者かな?、新人って歳には見えないけど


「というか、若?ラグナのことですか?」


「ああ、まぁ あだ名みたいなもんだと思ってくれ…というかテオドーラ、料理作ってきてくれたのか?」


「ああうん!、ウチってば女子力最強ですんでぇ 料理でもなんでもチョチョイのちょーい!なんで?ほい!元気でるやつ!間違いなし!」


さぁ!喰らえー! と言いながらエリスの隣にお皿が置かれるが…なんだこれ


「あの、なんですか?これ」


「ん?元気でるやつ!」


「バカ!テオドーラ!、病人にニンニク炒めなんて出してどうするんだよ!」


「えぇー!、元気でるやつっていたじやないっスか!これ食べると元気モリモリ!スタミナガツガツ!」


「病人に食わせるものじゃないだろ!、…悪いエリス、今ミルクとパンを持って来させるから、それで我慢してほしい…」


「いえそんな…」


でもそう言ってくれるのはありがたい、にんにくを炒めソースをかけただけのこれを、今モリモリと食べる元気は流石にない、ラグナの言葉を受けブーブー言いながら皿を引っ込め厨房に戻るテオさん、どうやらにんにく炒めはテオドーラさんが自分で食べるらしい


ん、また別の足音がこちらに駆けてくる、というかかなり慌てた足音だ…ダカダカと木の床を蹴りつけるように走ってきて…


「エリスッ!」


「師匠!」


「目が覚めたか!良かった!どこも悪くないか!?大丈夫か!?すまんエリス!お前の不調に気がつけない未熟な師を責めてくれ!」


部屋に入ってくるなり飛びつくようにエリスに抱きついてくるのはレグルス師匠だ、どうやら馬車の回収は終わったらしい


ああ、ギュウギュウと力強く抱きしめてくれる師匠、風邪で気怠いはずなのに師匠に抱きしめられているだけで元気が出る、師匠の匂いが肺を満たす…ああ師匠


「すまない…すまないエリス」


ふと見てみればエリスを抱きしめながらポロポロと涙を流しているのが見える、…師匠が 責任を感じている…


「し 師匠の所為ではありません!、エリスの所為です…エリスが…なにも言わなかったから」


「違う、旅慣れてしていないお前の不調に気付くのは師の役目だ…なのに私はそれを…くっ、許せエリス」


…エリスは、師匠に心配をかけさせたくなかったけど…きっと師匠もエリスのことを想ってくれていたのだろう、だからこそ こうやって涙を流してまで 責任を感じている、エリスのために 涙を…


「ありがとうございます、…でも師匠は悪くありません これからはエリスもちゃんと相談します、一人では決して抱え込みません」


「エリス…、ああ 分かった、分かったよエリス…私も旅のプランやスケジュールを少し見直すよ、無理な強行軍をしてすまなかった」


それからエリス達は暫く、黙って抱き合い続けた、汗でベトベトなはずなのに師匠はそんな事気にせずヨシヨシと頭を撫で続けてくれた、テオさんが牛乳瓶とパンを持ってきてからも 暫くずっと…



……………………………………………………


「さて、落ち着きましたかね」


ラグナさんが手を叩き、場をまとめる…彼のいう通り既に落ち着いた、エリスもテオドーラさんの持ってきたパンを食べ終わり、お腹も膨れた…


ラグナとテオドーラさん…この二人にはものすごく世話になってしまった、特にラグナ やはり彼は一晩中起きて甲斐甲斐しくエリスの世話を焼いてくれていたらしい、テオドーラそさんは早々に寝たらしいが


「ありがとうございます、ラグナ…何度お礼を言っても足りません」


「ああ、君は我ら師弟の恩人だよ」


「や やめてください、そう揃って礼を言われると 些か照れます…」


二人でぺこりと頭を下げればやめてくれと照れ笑いをするラグナ、見返りでも要求されるかと思ったが、そんなこともなく『エリスが元気になって良かったよ』とだけ言うばかりだった


「まぁ、まだエリスも元気になったわけじゃないですし 暫くこの部屋を使ってください、俺たちは別に部屋もとっているので」


「そんな、ラグナ…悪いです」


「悪くない悪くない、実はさ 俺たちこの先にあるフリゲイトって街の近くに巣食った大型のイフリーテスタイガーを倒しに行くところだったんだけど、なんかもう誰かが先に倒しててくれたみたいでさ、予定が空いて帰るところだったんだ」


「イフリーテスタイガー?」


フリゲイトの街の近くに巣食ったって、なんだか聞き覚えが…というかいやもしかしなくてもそれって


「ああ、多分私達が倒した奴だな」


「…え?、いやイフリーテスタイガーってあれですよ、冒険者協会で 小型でもCランク判定、大型の物になるとAランク特級討伐対象って言われるあれですよ?」


そう、それだ あの後アルベルさんから聞いた話だと…


冒険者協会は魔獣討伐を専門とする機関であり、冒険者達が無闇に戦いを挑み死人を出さないようにする為、その強さを分かりやすくする指標を打ち立てているらしい


基本的にはGからA そして特別階級の特Aまで魔獣にもランクが存在する、Gランク…エリスが道中蹴散らしたのはGからEランクの雑魚らしいのだが


イフリーテスタイガーは別だった、アイツは子供でもCランク 大人になるとトップクラスのAランクにまで昇格する正真正銘の怪物なのだ


協会側もC以上からの単独討伐は推奨しておらず、Cは最低五人以上 Bは十人 Aになると百人単位で挑むのが通例らしい…、うん まぁなんとなくわかる…

イフリーテスタイガー一匹現れただけで流通はストップしてフリゲイトが滅びかけていた、アイツは国の存亡に関わるレベルの魔獣だったのだ


「ああ、そのイフリーテスタイガーだ 、倒した証拠…となると難しいが、一応成体のイフリーテスタイガーの肉は食用に保管してある、見せろと言うなら見せるが?」


「い…いえいいです、…いいですけど 本当にイフリーテスタイガーを倒したんですか?、だとしたらお二人とも何者ですか?Aランクの魔獣を単独討伐なんて まさか四ツ字級の冒険者…?」


「いや、恩のある君達だ…我が名を明かしても構わんだろう、その上で見返りを要求するならば出来る限り応えよう、私の名は……」


とレグルス師匠がラグナ達に対して名を明かそうとした瞬間、再び エリス達の部屋の扉が勢いよく開け放たれる、ここには扉を静かに開けると言う風習はないのか


そう苛立ちながらふとそちらの方に目をやると…


「我ッ輩!、推参であ〜る!」


ふふん と胸を張る謎のお兄さんがいた…古めかしい 、おじさんくさい喋り方をする若いお兄さんだ…、身なりは良く 貴族のような礼服と艶やかな髪質は美しいと形容するに足る物であるが、彼の尊大とまで言えるドヤ顔が全てを台無しにしている


なにこいつ…


「おやおや、なにやら話をしているようであるなぁ…この頼まれごとはしっかりやってくる男サイラスを差し置いて会議とは感心せんぞぉ〜?」


「…はぁ、テオドーラ やれ」


「はぁ〜い、空気が読めないバカの関節は向こう側に折り曲げちゃいましょうねぇ〜?」


「ちょっ!?まっ!?なな 何!?なんで我輩怒られてるの!?せめて理由教えて理由!」


いきなり入ってきたかと思えばいきなりテオさんに組み敷かれるサイラスと名乗る男性はみっともなく叫び声をあげてヒィヒィ助けを求め始める、ここ最近見た人間の中で群を抜いて情けないなこの人


「あの、ラグナ…この人は?」


「彼はサイラス、サイラス・アキリーズ…テオドーラと同じく俺の仲間さ」


「ふふふ、我輩は単なる仲間ではない、若の腹心!右手と言っても良いのだ!フハハハハ!っふぎぃっ!?我輩の右手折れちゃう!」


「話の腰を折ったからアンタの腕の骨も一緒に折ろうとしただけッスよ、何か悪いっすか?」


「一番悪いのは貴様の頭だバカ者め!」


…サイラスさんと彼の関節の悲鳴が木霊する


なんだか急に騒がしくなってきた、しかしそうか この人達がエリスを助けてくれた人たちなのか、サイラスさんも酷く情けないけれど エリスの命の恩人にであることに変わりはない


「というか若!、我輩ってば若に頼まれた仕事ちゃんとこなして来たであるぞ!」


「仕事?、何か頼んでいたのか?」


ふと、師匠が不思議そうにラグナに問う、師匠の口ぶりからすると サイラスさんが何をしていたか、師匠も預かり知らぬということだろうか


師匠に質問されると、ラグナもあからさまに言いにくそうな顔をしている…まるでここでいうなよみたいな顔だ、なんだか気になる


「それは、そのぉ…」


「若、こういうのは変に隠すと後から蟠りを生みます、ちゃんと正直に言う方が案外さっぱりするもの、…我輩は 若に頼まれてそこのお二人について色々調べていたのである、どこから来た 何者かを」


「私達の?」


言いにくそうなラグナに代わりにサイラスさんが指差すのはエリスと師匠の顔…調べてたって、エリス達のことをか…なぜそんな事を!と怒るよりも先になぜそんな事を?と言う疑問が勝つ、何せわざわざラグナが調べねばならないほどエリス達は怪しくない…はずだ


「…はい、実は少し気になったもので調べさせてもらいました、…ご婦人 あなたはアジメク方面から来たと言いましたよね?、アジメク方面は今イフリーテスタイガーが跋扈する危険地帯、そこを無傷で乗り越えて来たあなたが何者か…と少々疑問に思いましたので」


まさか倒して進んできたとは思いもよりませんでしたがね と苦笑いしながらラグナはそう言う、確かに女子供の二人旅で危険地帯を踏破と言えば只者ではないようにも思える、ただイフリーテスタイガーと偶然遭遇せずたまたま無傷で通りすぎることができた可能性もあるが、だとしても調べておくに越したことはないのだろう


「そこで我輩が様々なコネを利用し一晩で調べた結果…ふふふ、とんでもない事実が分かりましたぞ?若…、びっくらこいて腰抜かさないようにお願いしますよ」


「なんでもいいから早く言え」


ふふふ衝撃の事実をしかと聞け!と言っているが…、別にエリス達はもう自分達の正体を隠すつもりとかないんだけど、師匠だって完全に名乗るタイミングを失ってオロオロしてるし


「まず、調べた結果 そこの黒髪の女性は、あの伝説の八人目の魔女 孤独の魔女レグルスであることが分かりました」


「…はぁ、テオドーラ…やれ」


「はぁ〜い、ガセネタ掴まされるバカの関節は増やしちゃいましょうねぇ」


「ちょちょちょ!?ガセじゃないガセじゃない!本当に魔女レグルスなんだって!、ですよね!レグルスさん!黙ってないでなんとか言ってください!我輩の腕三節棍みたいになっちゃうから!」


「あ…ああ、私はレグルスだ、一応本物だぞ…と言うと偽物っぽいが、本物だ うん」


うんうんと必死に首を縦に降るレグルス師匠を見て、むむむと視線を送るラグナさん…彼に魔女の真贋を見抜く力はないが、嘘か真かくらいは見抜けるようだ、直ぐにレグルス師匠から目を離すと 神妙な面持ちに戻り


「マジか、まさか本当に魔女レグルスとは…いや、確かに発見され今は旅に出ているとの噂も聞いたことがあったが、こりゃ 凄い人を助けたもんだ」


参ったなこれは と驚きすぎてなんとも言えないのか、ただ顔に手を当て驚いている…、魔女レグルスが旅に出ているとは聞いているものの 八千年も行方不明だった存在と、しかも魔女と道端でばったり会う なんて誰も想像だにしないから、案外分からないものなのだな


「今は弟子との修行の旅の最中でな…、お忍びでと言うわけではないが、無用な面倒ごとは避けるため名を伏せていたんだ」


「弟子と修行、っていうとエリスちゃんは魔女の弟子か」


「はい、エリスはレグルス師匠の弟子です」


「若!、まだありますよ!衝撃の事実が!、というか驚き具合ではそちらのエリスちゃんの方が大きいやもしれません」


エリス?別にエリスはそんなすごい存在じゃないと思うが、それこそ変なガセ摑まされたんじゃなかろうか…


「若も聞いたことはありませんか?、アジメクの廻癒祭 当日…凶悪脱獄囚によって魔術導皇が拐われる未曾有の大事件が起こった事を…、彼女はその事件を解決した天才魔術師、齢を七にして数多くの強力な魔術を手繰り既に腕前は並みの魔術師を遥かに上回る!、魔術導皇の朋友にして魔女の弟子エリス!、彼女 これでいてかなりの才女ですぞ」


うっ、と思ったら全部本当のことだった、確かに廻癒祭でエリスは魔術導皇のデティを助けたが、一人では絶対に無理だったし、強力な魔術を使えるには使えるがまだまだ課題も多い…自分を並み以上の魔術師とは今だに思えない


だがデティと親友なのは本当だ、才女かは分からないけど


「これでいては余計だろう、しかし エリス…君凄い人だったんだな、廻癒祭の事件の話は聞いていたが、その渦中にいたばかりか解決に導いたとは恐れ入ったよ」


「いえ…言われている程の者じゃないです、デティとは親友ですけどね」


「魔術導皇と親友というだけでも、ひっくり返りそうなくらい凄いことだけどね…才能ある魔術師であり魔術導皇の親友であり未来の魔術界を担う大人物か、いや本当に助けておいてよかったよ…」


あのまま追い返していたらほんとどえらい事になってたと ラグナは額を拭う、別に助けられなかったからといって腹いせに何かをするつもりはないのだが…


すると、先程までのドヤ顔が何処へやら、サイラスさんが真面目な顔でポツリと呟く


「若、それにエリス君は魔女の弟子です…、エリス君の出現で 今この世界で確認されている魔女の弟子は三人になったってわけですぞ、未曾有の力を持つ魔女の弟子 全員まだ歳若いからなんとでもなりますが、今のうちに対策を考えねば…十年後には魔女の弟子達があっという間に世界のパワーバランスを書き換えてしまうやもしれません」


「そうだな…と言ってもできることなんて限られてるだろう、俺に出来ることなんか特にな」


そう神妙な面持ちで語るラグナとサイラスさん、エリス君は自分のことだからイマイチ自覚を持てないが、確かに魔女の弟子は危険な存在だ、魔女自体が世界を揺るがす程の大存在、それの教えを直々に受けた者が現れれば、今まで保たれていた均衡は容易く崩れ去る…


しかも、そんな魔女の弟子が今は三人だ…そりゃ彼らも神妙に、…ん?、三人?魔女の弟子ってエリスとデティと…あと誰だ?


「え?魔女の弟子って三人いるんですか?」


「ん?、なんだい知らないのかねエリス君、ならば我輩が教えよう…今この世界に存在する魔女の弟子は三人 七年前友愛の魔女に弟子入りしたと言われる魔術導皇デティフローア・クリサンセマムと同時期に弟子入りしたと思わしき孤独の魔女の弟子エリス、そしてそれより更に前 、十年前に夢見の魔女リゲルに弟子入りしていたとされる、闘神将のネレイド!」


じゅ 十年も前、エリスやデティが生まれるより三年も前に弟子入りしていたなんて…、エリスよりも八年分多く魔女から技を授かっている人物がいる、それを聞いただけでなんだか胸のうちから何かが燃え上がる、これは…負けたくないという対抗心か?


「夢見の弟子ネレイドは若干十歳にして、既に教国オライオンの国防の長を担う地位にいる実力者です、付近の盗賊を全て魔術を使わず叩きのめし盗賊や周辺諸国から、まるで闘いの為に神が天から使わせた将軍のようということから闘神将との二つ名を持ち…」


闘神将ネレイドか…ってか十歳って一体何歳の時にどうやって弟子入りしたんだ、おまけに既に相当な実力を持っているようだし…、魔術を使わず周辺の盗賊全てシメるなんて今のエリスではとても出来ない、八年後は…分からないけれど


ネレイドは夢見の魔女リゲルの弟子、夢見の魔女は確か教国オライオンを統べる魔女だ、そしてオライオンはエリス達の旅の終着点でもある、顔を合わせるのはかなり先になりそうだ…それまで前に立っても恥ずかしくないくらい強くなっておかないと


「リゲルが弟子をねぇ…一体どんな育て方をしているやら」


夢見の魔女とも知り合いである師匠的には、彼女が師匠としてどんな修行をしているか ということの方が気になるらしい


「まぁ、ともかく二人の素性は知れたわけだ、魔女レグルスと才女エリス…拾った石が宝石だった気分だよ」


「ですなぁ、いやしかし ここに来て魔女にその弟子の登場…ですか、些か誂えたかのようにもみえるこの状況…若?どうします?」


「やめろサイラス、彼女達を巻き込むつもりはない…」


なにやらヒソヒソと小声で話し合うラグナとサイラス、エリス達には聞かせたくないのか手で口元を覆いながら話してるが…あからさま過ぎて逆に分かりやすい


「…ラグナ、何か困り事があるなら言ったらどうだ?私達のことばかり調べておいてお前達の事はナイショって、それはないだろう?…それに受けた恩は返さねば背中が痒くてしょうがない」


そんなラグナ達のイマイチはっきりしない態度にあからさまに嫌そうな顔をするのは師匠だ、確かにラグナ達はエリス達の事を調べその素性まで把握しただろうが、エリス達はラグナのことを何も知らない…これでは不公平だ


エリスもなんとなく抗議の意味合いも込めて頬を膨らませ唇を尖らせる


「うっ、…いや…まぁ 困っていると言えば困ってますね、実はそこのテオドーラがウチの馬車ぶっ壊しまして、帰りの足がなかったんですよ…もしよろしければ俺たちも途中まで乗せてもらえればなぁ〜と思ってまして、ここに来たって事はアルクカースに行くんでしょう?」


「まぁそうだが、ラグナ達もアルクカースに行くのか?」


「まっ!ウチらアルクカース人なんで?、行くというか帰るというか?、ってか!若!ウチは壊したんじゃなくて!何にもしてないのに壊れたんスよ!」


「アホか…我輩見てたぞ、馬車の下に潜り込んだ猫を追いかけて馬車ひっくり返すの…あれを破壊と呼ばずしてなんと呼ぶか」


なるほど、うん 整理するとラグナ達はアルクカースからイフリーテスタイガーを退治しにやってきたが、この街で馬車が壊れてしまい足を失って立ち往生、そこへ現れたのがエリス達、エリス達は既にイフリーテスタイガーを倒しておりラグナ達はもうこの国に用はない


だが馬車はない、帰ろうにも帰れない…だからエリス達の馬車に乗せてほしい、ということか、うんうん なんとなく理解できた


が、不可解だ その程度の事で言い淀むか?、裏で相談するようにコソコソ会話する程の事か?、多分だが…ラグナ達はまだ何か隠している、というか一番の本題をエリス達に伏せているんだと思う、頑なに隠すのはエリス達にとって不都合な事か あるいは本当にただ隠したいだけのことなのか


「…別に乗せるのは構わん、だが…本当に それだけか?」


ズシリと肩に重くのしかかる師匠の低い声が、鋭い眼光と共にラグナに襲いかかる


別に疑っているわけじゃない、ただ 本当にそれだけで良いのだな?という問いだ、下手に魔女を欺こうとしているのなら、やめておいた方がいい…という忠告だ


だが、そんな恐ろしい師匠の威圧を前にしてもラグナは身動ぎ一つせず、寧ろ以前よりも頑なな視線をレグルス師匠に返し、静かに頷く


「…そうか、分かった …ならこれ以上は聞くまい、ではエリスが治り次第我々はアルクカースに入る、それでいいな」


「はい、十分です…同行の許可 感謝します、魔女レグルス様」


拳を手で掴み胸の前に持っていき固く礼を言うラグナ…見たことない礼の仕方だ、いや実物を見るのは初めてだがこれは本で読んだことがあるぞ、確か抱拳礼というものだ …主にアルクカースの方で用いられる礼の仕方だったはず


ディオスクロア文明圏では基本的には言語は一緒だが、文化が違う場合が多いと聞くが…まさか礼一つとっても違うこともあるのか


「様はいらん、お前達も頑なに敬称を拒んでいるだろう?なら私も様付けはいらん」


「たはは…、案外意固地な方なんですね、レグルス…さんって、所でまずアルクカースの何処を目指して進むのですか?」


「む?、いや詳しくは決めてないが 取り敢えずアルクトゥルスに謁見したいと思っている、奴の居場所って知ってるか?それともやはり中央にいたりするのか?」


「ッ…!?、魔女アルクトゥルス様にですか?」


ラグナの顔色が険しくなる、数瞬考え 慎重に選択肢を選ぶように口を閉じたり開いたりと何かを悩んでいるようだ、なんだろうか…不思議な反応だが そんなにアルクトゥルス様に会いに行くのは良くないことなのだろうか


「なんだ?不都合か?」


「いえ不都合ということは、逆に都合が良いと思いましてね…、アルクトゥルス様なら今 すぐそこに居ますよ、国内視察の名目で もうすぐここに到着する予定なのです」


「えぇっ!?来るんですか!?もうすぐここに!?」


目を閉じて、重く静かに…窓の外を見る、唐突に伝えられた 魔女の到来に、エリスは緊張と驚愕からただ押し黙ることしか出来ず、ただ未だ得体の知れない何かの始まりをこの時のエリスは漠然と感じていたのです



このラグナとの出会い アルクトゥルスと到来が、レグルス師匠の…いや エリスのアルクカースでの大波乱と戦いの連続の始まりであることを示す、そんな微かな闘争の 争乱の匂いが…静かに場に漂い始める


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― 新着の感想 ―
[気になる点] レグルスって人物紹介では近接戦闘能力がSSだったと思うのですが、アルクトゥルスに勝てないんですね。近接では二番手以降、今のところ友愛や無双のような特殊な魔術が使える描写もないのでもしか…
[一言] 表記揺れが多いので報告送りましたが、それよりも計算がおかしい部分が気になりました。 整合性が取れるよう書き直してみましたが、今後の展開に影響があるか自分にはわからないのでご確認下さい。
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