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357.魔女の弟子と復讐と贖いの定め


時は少し巻き戻り、エリスがケイトさんと共にお話している時のことです。


「チームに…入る?」


「ええ、そうですよ私のチーム…『ソフィアフィレイン』にね」


ケイトさんに呼び出され、支部長室で聞かされた…提案。エリス達の冒険者協会入りを認めその支援をするにあたって取引という形でならそれを飲んでくれると口にしたケイトさんが述べる。


伝説の冒険者ケイト・バルベーロウが率いるチーム『ソフィアフィレイン』に入る…と言う提案を受け、エリスは唖然としていた。


「え?ケイトさんのチームですか?」


「ええ、と言っても私が現役引退した時に解散したのでもう何十年も稼働していないお飾りチームですが。まだ一応私はそのチームのリーダー…と言うことになっているんです」


「……ああ、なるほど」


その一言で総てを察した。なるほどそう言うことか。


ケイトさんが危惧しているのはラグナ達アド・アストラの権威者達を冒険者にした上で、マレフィカルムの捜索を行わせるのは冒険者協会内部のマレフィカルム構成員達を刺激する可能性がありとてもリスキーだから。


それでなくとも冒険者協会がアド・アストラの権威者を迎え入れたとあれば反魔女感情が盛んなマレウスでは到底受け入れられないだろう。


だからこそ、チームに誘うのだ。自分が最も管理出来る立場にエリス達を置き、もしもバレても伝説の冒険者たるケイトさんのチームなら余計な詮索もされない。それに変なことになってもケイトさんが一応エリス達の手綱を握っている構図なら協会内からの紛糾も抑えられる。


それでも危険であることには変わりはないが…。


「分かってくれました?貴方達を受け入れることは私にとってもリスキーです、チームに入れてもまた別の危険性を生み出すことも分かっています。けど…それでも貴方達を受け入れチームに入れる利点が私にはあるんです」


「聞いてもいいですか?」


「聞くまでもないと思いますよ、…マレフィカルムが潰えるなら私にとってもそれは都合がいいからです」


ニコッと微笑みながら語る彼女のあり方は、魔女様達が放つ異様な威圧にも似た何かを纏っている。半世紀に渡り世界の最上位に立ち続けた伝説の冒険者にして魔術師たる彼女がその腹の中を見せる…、それがもたらす緊張感は凄まじいのだ。


「少し前までのマレフィカルムはまだ闇の中に潜み蠢くだけの存在だったので別に気にしなければ特に害のない存在でした。しかし…三年前のあの日、シリウスの呼びかけに呼応し爆発し始めた反魔女感情に駆られて魔女排斥組織が乱立し、それがマレフィカルムに雪崩れ込んだ事により…」


「マレフィカルム本来のキャパシティを超えて人員を受け入れたせいで制御が効かなくなってるんですね」


「そうですそうです、わかってますね。以前のマレフィカルムは八大同盟達により末端まで管理されていましたがここ最近はどうも管理が行き届いていないようで…新興組織が街を荒らすこともあるんです」


こう言ってはなんだが、よくある話だ。最近出来たばかりの比較的若い魔女排斥組織が街を荒らす…というより、彼らの言い分的には『魔女を倒す崇高な目的の為市民から物資を援助してもらっている』という感覚らしい。


店先に現れ品物を強奪し金も払わず帰っておいて、援助だってんだから笑える話だ。それでいていざアド・アストラに捕縛され問い詰められそこでようやく『市民に嫌がられていたことを知った』なんて口にする奴も少なくない。


魔女への嫌悪感と敵対感、それに満ちた集団の中に身を置くと自分の意見が世論だと思ってしまうものだ。だから民衆は自分たちの味方だと誤認しそういうめちゃくちゃをやらかす。それがマレウスでも起こっているのだ。


「なので秘密裏ではありますが協力します、ですがその条件として私のチームに入り私が出す依頼をクリアして頂きたい、当然いくつか私からの条件も提示させていただきます」


「依頼?なんですか?」


「それを今から説明するんですよ…、ところでエリスさん?今の冒険者協会を見て何か思うところはありますか?昔と変わったところとか」


「昔と変わったところ…?」


昔と変わったところ…まだここに来てすぐだから分からないけれど、うーん…ああ、一つあるな。


「なんか景気がいいですね」


景気だ、昔はもう少し協会の設備が古かったように感じる。壁の塗装も前来た時と違って塗り替えてあったしね、恐らく儲かってるんだろう。


では何故儲かっているのか?当然ながら舞い込む依頼の量が増えれば協会の実入りが良くなる、収入源だしね。そして増えた理由は魔獣の増加だろう。エリス達がこの街に来る道中に本来は人里近くに出ないような強力な魔獣が沢山出てきた、あれを退治するために冒険者達はさぞ駆り出されていることだろう。


「ここに来る最中見ました、南側の壁の塗装を塗り替えてありました。ロビーの席数が1.5倍に増えてましたし職員の数も増えてましたね。儲かっているようで何よりです」


「……マジで気持ち悪いくらい記憶力があるんですね、普通何年も前に一度来ただけの協会の事そこまで鮮明に覚えてる人いませんよ…」


「で?正解ですか?」


「正解です…と言ってもいいのかな?少しだけ違いますね。今冒険者協会は勢いに乗っているんです」


「勢い…ですか」


なんだ、違うのか。


「資金も増えましたし冒険者志願の数も年々右肩上がり、依頼の数が増えたのだって単純に魔獣が増えたからだけでなく協会の権勢が高まったからです」


「凄いですね…、三年前は相当ヤバそうな状況だったのに」


「ええ、ヤバかったですよ…エリスさんに見捨てられてね」


「う……」


いやだってしょうがなくない?誰があんな話受けるよ。アイドル冒険者…なんて碌でもない計画に乗っかってもエリスになんのプラスもなかったしさぁ…。


「そう、我々の権勢が回復したのはエリスさんに見捨てられ、頓挫しかけた計画…『アイドル冒険者計画』が上手くいったからですよ」


「え?え!?その計画まだ生きてたんですか!?」


「生きてるどころか今絶好調ですよ」


そう言いながらケイトさんが引き出しから取り出したのは一枚の簡素な張り紙。そこに描かれた絵と文字列…そこには。



『空前絶後のさいきょーアイドル冒険者、プリシーラ・エストレージャの単独ライブツアー開催!!』


と書かれており、ど真ん中には桃色の可愛らしい女の子の絵が書かれている。イラストだとちょっと分からないが結構可愛めな感じだな…。


「アイドル冒険者…マジでなる人居たんだ」


「エリス様に断られてこれからどうしようって路頭に迷っていたところに彗星の如く現れた美少女冒険者!この子が歌って踊って戦って活躍してあっという間に今やマレウス1の大スターになってくれてもう冒険者協会はウハウハ!」


「そんなに凄いんですか?」


「ええ、今マレウス中にファンがいます。マレウス中を依頼を受けながら旅をしてライブをして…、興行収入以外にも彼女に憧れ冒険者になる人も増えて!彼女と会いたいから依頼を出してくれる人も増えて!今や冒険者協会はかつての栄光さえも飛び越え最盛期にあると言ってもいいでしょうね!」


…そんなことになってたんだ。エリスがアホらしいと蹴って捨てたアイドル冒険者計画に乗っかって台頭した子が居て、その子のおかげで傾いていた冒険者協会の情勢は回復。今や最盛期にあるという。


ウハウハと立ち上がりながら小躍りをするケイトさんの様子から見るにその稼ぎは凄まじいようだ。存外バカに出来ないんだな、これ。


「彼女が本に軽くサインを書くだけでその価値は三十倍!彼女が依頼を受ければそれだけで依頼料は百倍!街でライブを開けばドカーン!って金が入り私達も笑顔!プリシーラ様々なんですよ〜!」


「…で、それが今のエリス達とどんな関係が?やっぱりエリスにもアイドルやれってことですか?」


「いえ、アイドル冒険者はしばらくプリシーラちゃんだけでいいです。プロデュース体制がまだ全然整ってないので、残念でしたね」


別になりたいなんて言ってないだろうが…。なんてエリスがジトッと見ればケイトさんもエリスが真面目に話してほしいと思っていることが通じたのか、軽く咳払いをして姿勢を正し。


「おほん、お話というのはですね。…プリシーラちゃんの護衛をして欲しいんです」


「護衛?…穏やかじゃないですね」


「ええそうですとも。…なんせ協会にプリシーラちゃんの誘拐を示唆するメッセージが届いていますから」


「誘拐、悪戯か何かじゃないですか?」


「それは思いました。実際その手の脅しが協会に届いた事がありますからね…ですが今回は本物です」


「何故そう言い切れるので?」


「実際に誘拐されかけたからです、そのメッセージを無視してライブを開いたらプリシーラちゃんの護衛を切り倒して彼女の楽屋に謎の集団が押し入ってきたんですよ」


その話を聞いてエリスも悪戯という線を捨てる。実際に事が起こっている以上悪戯では済まされないだろう、ましてや護衛を倒してまで楽屋に突っ込んでくるなんて普通じゃない。


「その時は偶々プリシーラちゃんがお手洗いで席を外していたから事なきを得ましたが…、当時護衛についていた冒険者達は皆二ツ字から三ツ字の強者達ばかり。それが突破されてしまった…これが問題です」


「協会としてはそれ以上の戦力を出せないのに誘拐集団はそれを難なく突破してきたわけですからね」


「ええ、三ツ字以上となるとあとは四ツ字しかいませんが四ツ字はウチの切り札でもあります。けどこのままではプリシーラのライブツアーが開けない、と…そこで白羽の矢が立ったのが貴方!エリスさん達一行です!」


「エリス達がその誘拐集団を蹴散らせと?」


「エリスさん達三ツ字より強いでしょ?それに言ってみれば…貴方はこの協会の誰よりも信頼出来る」


信頼出来る…か、それもそうだな。だってエリス達はケイトさんと利害の一致で協力している。エリス達が裏切ればエリス達は目的を達成できない、故に裏切りはない。それは失うものの無い冒険者達に比べればずっと信頼できるだろう。


「故に貴方達に依頼します。プリシーラの次回ライブツアーを無事終わらせ誘拐を企む謎の集団を撃破・捕縛していただきたい!」


「分かりました、ではそれを達成したら…」


「ええ、マレフィカルムに関する情報を私が全力で確保すると約束しましょう」


それはありがたい。なんのヒントもなしにエリス達が闇雲に探し回るより一つの大組織を動かせるケイトさんが国中を探した方が余程効率がいい。その為ならこの依頼に時間を使ってもいいくらいにはありがたい。


「では、契約成立。詳しい内容はこちらの方に記載しておきますので皆様とご覧ください」


「はい、ラグナ達もそろそろ登録が終わっている頃だと思うので合流してきますね」


「どうぞ」


手で退室を促すように扉を指し示すケイトさんに一礼をし、エリスは彼女に背を向けラグナ達と合流する為支部長室を出て……。


「…………」


振り向く、そこに何か意味があったわけでも無いし何かを聞きたかったわけでも無い。ただなんとなく引っかかってケイトさんのいる方を振り向いたんだ…。


するとそこにはにっこりと微笑みながら手を軽く振っているケイトさんの姿がある。別に変なところはない…けど。


(やっぱり、あの人の笑顔はなんか変だ)


三年前の去り際に見せた彼女の能面のような笑み。そこに変な不気味さを覚えつつ、エリスは軽く頭を下げ扉を潜り…そして。


……………………………………………………


「ソフィアフィレインとアイドル冒険者プリシーラ…ね」


そして、やや一悶着あったもののみんなと合流を果たしたエリスはロビーの机に座りながら八人揃った魔女の弟子達に依頼内容を告げる。


ラグナは考え込むように腕を組みふむふむと依頼内容の書かれた紙を見下ろしている。そこには期日…二日後までに『コンクルシオの街』に向かいアイドル冒険者プリシーラと合流するように、と書かれており。


そして。もう一枚の紙には契約内容…ケイト・バルベーロウと結ばれたこの冒険者協会で活動するにあたっての守ってほしい条項がいくつか書き込まれていた。


「ソフィアフィレイン…ケイト・バルベーロウが率いた伝説のチーム。チームメンバーは四十年ほど前に離散し、今はマレウス各地に散って国家の為に尽力している…と」


「知ってるんですか?メルクさん」


「一応な、隣国の話はいやでも耳に入る。特にそれが伝説と言われる者達ならばな」


ソフィアフィレインとはかつてケイトさんが率い、ケイトさんが伝説の冒険者と呼ばれる所以となったチームだ。クランに所属せず活動し冒険者協会を通さず直に依頼が舞い込むほどの影響力を持ち、マレウスの数多くの艱難を振り払ったと言われる。


メンバーは五人。『魔術師』ケイト・バルベーロウを筆頭に『勇者』『戦士』『僧侶』『商人』の五人。


うち冒険者協会に残ったのは『魔術師』ケイトのみ。『戦士』はマレウス王宮に召し抱えられ『僧侶』はマレウスのテシュタル真方教会の大司祭となり『商人』は自分の街を持ち。


そして『勇者』は外大陸に旅に出たそうだ。


みんなで冒険者協会で活躍したのにチームが解散したらみんなそそくさと冒険者協会をやめてどっかに行っちゃうなんて寂しい話だな。


「まぁケイトの偉業はこの際置いておくとしてさ。この契約内容…大丈夫そうか?」


アマルトさんが指差すのはテーブルの上の契約書の一部分。ソフィアフィレインとして活動するにあたっての注意事項…というより守ってくれなきゃ契約破棄レベルのタブーが書き込まれている。


内容は簡単。


1.『基本的には世間に正体がバレないように活動してください』


これはバレたら大ごとになるのは明白だからだ、特に魔女大国の盟主達を招き入れて裏でこそこそしてたなんてバレたらケイトさんの身も危ないから。


2.『依頼達成時の報酬は出ません、飽くまで協力という体裁で』


これは冒険者協会が魔女大国との間に関わりがない事を証明する為にも、金品のやりとりが無い必要があるからだ。支給品は受け取ることが出来るが依頼達成時にお金は貰えない。


こちらに関してはまぁ問題ない、お金はメグさんがいつでもメルクさんの金庫からお金を引き出せるから資金に関しては多分困らない。


問題は3つめ。


3.『自分達でマレウス・マレフィカルムの捜索は行わないでください』


これに関しては…真意は分からない、エリス達で独自に行動してマレフィカルムを捜索した場合協力関係は帳消し。その代わり捜索自体はケイトさんがやってくれるらしい。


「本末転倒じゃねぇか?マレフィカルムを探す為の協力の条項にマレフィカルムを探さないことがあるなんてよ」


「エリス的には、ケイトさんがエリス達のことを信用してないからなのかなって思います。勝手に行動されたくない的な」


「だとしたら俺もそのケイトって奴を信用してないぜ、腹の底の見えねぇババアに全体重預ける理由が見つからねえ」


「それはそうですけど…、でもしょうがないじゃないですか。条件提示されちゃったんですから」


「それはそうなんだけどよ。ラグナ?お前的にはどう思うよ」


「ん?ああ…、別にいいんじゃないか?ケイトさんの捜索に意味がないって分かったらこんな契約破っちまえば」


凄い話だな…。契約を破る前提で契約に乗るって…いやでもそうか。


「破ったら冒険者協会追い出されるぞ?」


「俺達はケイトさんの協力ならマレフィカルムを見つけられると思って冒険者協会に接触したんだ。でもケイトさんじゃ見つけられないなら冒険者協会に寄りかかる必要はない、取り敢えず一年くらい様子を見てもいいんじゃないか?」


ケイトさんの力が欲しいからここに居るんだ、その為に契約も守るんだ。でもケイトさんに力がないなら契約を守る必要もない、あとは自分達で探せばいいしその事をケイトさんに咎められても無視すればいい。


義理も人情もない話だが、少なくとも今のエリス達はそういう話が出てくる程度にはケイトさんを信用していない。お互いまだ相手への信頼度を手探りで確認している最中なんだ。


「ううむ、私的には冒険者協会は敵に回したくないが…」


「そこはケイトさんの働きが上手くいくよう祈ろうぜ、だから俺達は俺達でケイトさんの祈りに応える為に…こいつを完遂しよう」


今エリス達に出来ることは誰かを疑うことはではなく、今目の前に鎮座する仕事…アイドル冒険者プリシーラの護衛だ。


「アイドル冒険者…世の中色んな奴がいるもんだよなぁ。冒険者って魔獣退治屋だろ?それが歌って踊って…それが罷り通るんだなぁ」


「すみませんラグナ、勝手にこんな話を受けてしまって」


「いやいい、寧ろベストだ。取引という形ならケイトさんも俺達の要求を飲まざるを得ないからな、だから依頼を受けたことはいいんだ…けど、俺ぁアイドルとかそういうのには疎くてさ、ナリア?何か知ってるか?」


「はい、知ってますよ。アイドル冒険者プリシーラって言えば今マレウスで人気爆発中のスーパースターです。マレウスに限れば多分僕より有名なんじゃないかなぁ」


と、ラグナに話を振られたナリアさんは感慨深そうに頷いてみせる。流石は芸術方面のプロ、やはりアイドル冒険者のことを知ってたか。


いや、どうやら知ってたのはナリアさんだけでなく。メルクさんさんやアマルトさんもプリシーラの名前を聞いて驚いている。


「驚いたな、まさかプリシーラの護衛を受けることになるとは…。我々デルセクトも彼女に倣ってアイドルプロジェクトを進めているくらいには彼女の経済効果はバカに出来ん」


「いや俺は寧ろプリシーラを知らなかった方に驚きだぜ、今超イケイケだぜ?学園にも態々長期休暇にプリシーラを見るためにマレウスに行く生徒が百人規模でいるレベルだ、活動自体は二、三年前からだけど…こんくらい売れ出したのは一年くらい前からか?」


「そんなに有名だったんですね…知りませんでした」


マレウスの隣国であるコルスコルピとデルセクトにもその名が轟いているところを見るにプリシーラの活躍やその知名度はどうやら本物なようだ。


全員が机の真ん中に置かれた依頼書を眺めてやや考え込む。依頼を受けた以上護衛をしなくてはならないし、この以来の達成は即ちエリス達の本来の目的であるマレフィカルムの本部を見つけ出すことにも繋がる大切な依頼。


だからこそ、考える。


「…っていうかさ、狙われてるんならライブは開かない方がいいんじゃないかな」


そして沈黙を突き破りド正論を述べるのはオライオン国軍の総指揮を取るネレイドさん。公的な機関の人間からすると危機が迫ってるならそもそもライブは開かず解決してから開催すればいい…という意見なのだろう。


事実依頼内容は『プリシーラの身柄の保護』ではなく『次のライブを誘拐を示唆する集団から守ってほしい』だからね。もしプリシーラの身を案じるなら次のライブは開かない方がいい…んだが。


「んー難しいんじゃないんですかね…」


ナリアさんが難しい顔をして苦笑いする。一応プリシーラとは同業者に部類される彼が言うにライブ中止は非常に難しいらしい。


「そうなの?」


「はい、この規模の公演となると冒険者協会の独力では開催出来ません。恐らく地主たる領主の協力と地元の商会などによる宣伝など色々な契約が既に結ばれているものと思われます。当然中止にすれば莫大な違約金を払わないといけませんし既にチケットを買った人達からの紛糾は避けられません、その損害は多分協会も傾けてしまうんじゃないでしょうか」


「そんなにするんだ…」


「止むに止まれぬ事情ならまぁ仕方ないかもしれませんが、出来るなら開いた方がいい…って感じですかね。何よりこれライブじゃなくて『ライブツアー』ですからね、複数の街を横断するレベルの話ですから下手すりゃ街どころかもっと大物も関わってるかもしれませんから」


いくら景気が回復した冒険者協会とは言えその損害は痛い事に変わりはない。プリシーラのライブ開催には多くの人間が関わっている…今更引けないと言ったところか。


「まぁ何にしてもライブ開くなら敵も尻尾を見せるだろ。探し出すのに向こうから顔出してくれるならそれに越したことはないさ」


「そうは言うがな…もしプリシーラに何かあったら我々にも責任が来るんだぞ?」


「そりゃそうさ、一度守るって啖呵切ったんだからな。だから守り切ればいい、それだけだよ」


するとラグナは依頼書を手に取り立ち上がると。親指で出口の方を指し…。


「ともかく動き出そう、重要な件の共有は出来たし、残りの話し合いなら道中すれば良い。今はまだやることもあるんだしな」


「それもそうでございますね。馬も買わなきゃいけませんし」


「うへ、そうだった…やる事がたくさんってのも面倒だなぁ」


ともかく今は行動第一。プリシーラの護衛をする為にもそもそもプリシーラと合流しないことには始まらないしね。時間に余裕があるからって余裕綽々で居ていい理由はどこにもない。


今はこの依頼を…エリス達の冒険に於ける一番最初の仕事を終わらせよう。



…………………………………………………………


とりあえず、アマルトさんは協会からの支給品である食料を馬車へ。メグさんとネレイドさんは馬車の改造がまだ残っていると言うのでそちらに。デティは魔術導皇としての仕事が冒険中にもあるので一旦馬車に帰還。


残ったエリスとラグナ、メルクさんとナリアさんの四人で向かうのはアマデトワールの馬市場だ。当初の目的である馬車を引く馬を買わないとエリス達は一々誰かを馬にして進んでいかないといけなくなるからね。


なので四人で一旦冒険者協会を出て、アマデトワールの街を歩く。冒険者達によって発展した冒険者達の街と言うだけあり街の景観はお世辞にも綺麗とは言えず荒い蓮臥を組み立てて作った簡素な建造物の間に出来た小さな隙間を道と言い張り多くの冒険者が往来している。


中央通りを外れればその様は一層荒くなり、街というより一種のバザーのような様相へと変わるがやはり人通りは多い。この街は余すことなく冒険者の為にあるが故に冒険者達にとって用のないところはないからだ。


そんな細い路地を歩いて街の反対側に出た所でエリス達は辿り着く。街の外周の一つを大きく占領する巨大な市場…、各地を移動する冒険者にとっての生命線『馬車馬市場』に。


「さぁ!よってらっしゃい見てらっしゃい!これから旅立つ未来の英雄の皆様!新たな足を所望するベテランの皆様!貴方の旅路の一助を我々が担いましょう!」


「我が商会が誇る馬は千里を駆けても息の切れぬ駛馬ばかり!依頼達成の速さもまた冒険者の腕の一つでございまーす」


「どうぞどうぞ、こちらに寄って見ていってください?我々のところは毛並みが違うでしょう」




「凄い賑やかなところですね…」


そこには複数の馬小屋が並び立ち、複数の商人が自身の馬を宣伝している。それを聞いて冒険者は馬を見て回り商人から話を聞いたりして自身の旅の足となる馬を選んでいる。


ここはマレウスで一番と名高き『アマデトワール馬市場』だ。市場という名の通り複数の馬商人が各地から集まりこれから旅立つ冒険者達に馬を売っているんだ。


そこに訪れたエリス達は予想外の活気の強さに思わず呆気を取られる。ここまで人で賑わっているとは思わなかったな…。


「ここまで賑わっているとはな」


「冒険者が集まれば、それだけ買い手も増える。買い手が増えればそこには売り手が集まる…ってか?」


「これなら馬に困ることはなさそうですね」


ともあれ、馬がこれだけ居るなら良い馬が見つかりそうだなとエリス達はフラフラと馬小屋の群れへと誘われるように歩いてあちこちの馬を見る。


そこにはもう色んな種類の馬がいる。細い馬太い馬黒い馬白い馬…中にはオライオンの固有種ブレイクエクウスなんかも混ざってるんだからもうここには居ない馬なんていないんじゃないのか?


「ところでラグナ、どんな馬が欲しいんだ?」


「あー、メルクさんの予算的には?」


「今は手持ちが少ないからな。メグに頼んで金庫から持ってきて貰えばまだまだあるが…、今はここに居る馬を半数くらいしか買い取れないな」


「そんなに要らないかな、自分で引いた感じ…メグの重量軽減機構のお陰で馬車自体がかなり軽かった。多分馬は一頭だけで十分だ」


「ほう、ならどれでもいける…あれなんてどうだ?」


メルクさんは懐から麻袋を取り出しつつ、手近な馬小屋を指差す。するとそこにはなんとも麗美な白馬が佇んでおり、王侯貴族が乗り回してそうな美しさから周囲の冒険者の目を引いている。


「ああいう綺麗な馬は嫌いか?」


「あんまり美醜は重要視はしないかな。ただ見た感じあの白馬は肉つきが良くない、恐らくだけど走らないんじゃないか?」


「うーむそうか、デルセクトには馬を走らせる文化があまりないからな。馬の目利きは他に任せよう」


とメルクさんはエリス達に任せてくれるが別にエリスだって馬の目利きはが出来る訳じゃない。旅はしていたが馬を使っていたわけじゃないからね。


だからここは軍馬の選別を行なったこともあるラグナと実際に馬を使って旅をしていたナリアさんに任せよう。


「うーん、ナリアはどう思う?どの馬がいいと思う?」


「え?僕ですか?もう少しよく見てみないと詳しいことは分かりませんけどあの馬とかよくないですか?毛並みもいいですし蹄もきっちり整ってます。多分育てた人がいい人なんだと思います」


「ん?ああいい馬だな、じゃああっちは?気合いも入ってるしその癖従順だ。ああいう馬は御しやすい筈だ」


「いいですねぇ、でもカストリアの馬ってみんなヒョロヒョロですね」


「そっちがガチムチすぎるんだって…」


ラグナはナリアさんとあっちこっちの馬を見て回り互いに意見交換している。こういう時ナリアさんの知見はとても頼もしい。旅をしてた期間で言えばエリスと殆ど同じだからね。


「エリスさんはどう思います?」


「え?エリス?」


なんて油断してたらナリアさんから意見が飛んできた。いや一応付いてきたんだし黙りんぼは良くないか、一応エリスの命を預ける馬でもあるんだからエリスも考えるべきだ。


とはいうが目の前には数十棟の馬小屋、馬そのものの総数で言えば百体近く居るのが現状…その中から良い馬となると。あー…えー…んー。


「…あ、あそこなんてどうでしょうか」


「ん?彼処?…あのどデカイ馬屋か?」


そう、この馬小屋の群れの中で一番大きな馬屋を占領している商人を指差す。一人で数十頭の馬を連れ多くの冒険者達が殺到するそこを選ぶ。


エリスには馬を選ぶ目は無い、だが馬を見ずとも良い馬は選べる。だってあんな大きな馬屋を使って大量の馬を売り捌いているんだからきっとこの市場でも大手の商会なのだろう。


そして、商会とは大手になる為にはそれ相応の実力が必要とされる。つまり彼処の商人はそれだけの実力と信頼がある…ということにもなる。


「きっと彼処は大手の商会ですよ、埋もれた金を探し掘り出すよりも既に店頭に並べられた宝石を手に取る方が余程確実です」


「大手か、確かに悪くないな」


「ぶっちゃけ、こういう市場で大切なのって商会が信頼出来るかどうかですしね。エリスなら彼処で選びます」


「ん、ならそうしようか。一旦見てみよう」


そうエリス達が一際大きな馬屋に向かおうと爪先を揃えて歩き出した…その瞬間だった。


突如としてエリス達の前に壁のように並ぶ冒険者の一団が現れ、そしてその集団のリーダーと思われる男がこう言うのだ。


「おい店主、ここに並べである馬…全部寄越しな。支払いは全額オレ持ちでな…文句ぁねぇよなぁ?」


ドサリと音を立てて男は店主の前に巨大な麻袋を放り投げる。地面に落ちた衝撃で麻袋の中身が少し飛び出るのを見ると…あのデカイ袋の中身、全部金貨だ…。


「おい!待てや!この馬は今俺たちが買おうと思って話を…うっ!?」


しかしそんな男の買い占め宣言に腹を立てた別の冒険者が文句を言おうと振り向き、其奴を目にした瞬間竦む。


そこに立っていたのは筋骨隆々の見るからに強そうな武闘派集団。そしてそれを率いる大男…どデカイ金貨袋を放り投げた男。羽織ったコートの色は黒 金のボタンを全開にしその中から鋼鉄の如き腹筋と胸襟を晒し相手を威圧する威容。


そして何より恐ろしいのは顔だ、割れたケツアゴに目深く被った黒の帽子の鍔に入った鋭い傷の隙間からギラリと剣の如き眼形が光、口元に加えた葉っぱを揺らしながら文句でもあるのかとばかりに大男は冒険者を睨みつける。


…なんだあいつ、見るからに強そうというか…実際強いぞ。体から立ち上る魔力を見るに、少なくとも魔力覚醒を習得している。あんなやばそうなのがマレウスに居たなんて…。


「おう、ワレェ…オレの買い物になんか文句があんのか?」


「あ…あんた、まさか『冠至拳帝』のレッドグローブか…!?」


レッドグローブ、そう呼ばれた男はやれやれとばかりに溜息を吐き帽子の鍔を指で撫でる。


あれがレッドグローブ…、魔術師でありながら近接戦闘を得意とする異色の魔術師であり冒険者協会屈指の使い手。四ツ字冒険者『冠至拳帝』レッドグローブ。


以前エリスが冒険者協会で試験を受けた時、当時のエリス以上の記録を出して冒険者入りを果たした数少ない強者の一人、あれがそうなのか。


「はぁ、相手の肩書きと顔を見て拳を引っ込めるシャバ増と喧嘩する拳は持ってねぇ。気概通す気がねぇなら退きな」


「うっ…!こりゃ…相手が悪いか」


流石に四ツ字冒険者相手では分が悪いと見た他の冒険者達はすごすごと逃げ去っていき、見事にレッドグローブは邪魔者を全て消し去ることに成功する。ただのひと睨みで屈強な冒険者を黙らせ引かせるとは…。


ところで当の商人はというと、馬を全部寄越せと言われたにも関わらず嬉しそうに揉み手擦り手でレッドグローブにへこへこと頭を下げる。


「いやぁまさか四ツ字冒険者のレッドグローブ様にお買い上げ頂けるとは、ウチの馬も幸せでしょう」


「いや、オレの愛馬は既にいる、軟派な浮気をするつもりはねぇ。今日はウチの舎弟達に馬をやろうと思ってな」


「ヒュー!流石兄貴!」


「流石の男気ッスー!」


今日は舎弟に馬を買いに来た。恐らく彼の率いるクラン『大拳闘会』の新入り達に馬をプレゼントしてやろうという魂胆なのだろう。四ツ字の大冒険者たる彼が態々新入りのために馬を自費で纏め買いする…か、ありゃあ好かれるな。


事実彼の後ろに控える筋骨隆々の冒険者達はレッドグローブを『兄貴』と称え太鼓を持つ。


「なるほどそうでしたかぁ!」


「金はここにある分で足りるか?」


「足りるなんてもんじゃありませんよ、お釣りが出ますよ、少々お待ちを…」


「釣りは要らねぇ。迷惑料だ、とっときな」


「ぉほほー、そうですかぁ!」


男気、そう称するに値する度量で決して安くはない額を纏めて商人に明け渡し、馬も部下達に分け与える。あれがクランという組織を率いるということなのか、冒険者の頂点に上り詰めるということなのか。


凄いな…なんか。


「っていうか…全部買われちゃいましたね」


「あ…そういえば」


ナリアさんに言われて思い出す。そう言えば彼処でレッドグローブが手に入れた馬…エリス達も欲しいんだった。しまった先を越されたな。


「ま、こういうのは早い者勝ちさ。仕方ないから諦めようぜ」


「ああそうだな、幸い他にもいい馬は…」


仕方ない、他の馬を選んでそちらを買おう。そんな結論がエリス達の間で生まれた瞬間のことだった…、目の前で馬を買い付け大騒ぎしている大拳闘会の一人が…クルリとこちらを振り向くのだ。


「あ?この声は…あ!お前!」


「む?って貴様は…!」


大拳闘会の一人…スキンヘッドの男がメルクさんを指差してワナワナと震えるのだ。え?二人って知り合いなんですか?なんて聞くまでもない。男のしている顔は旧友に偶然再会した顔じゃない。


憎き仇敵を見つけた時の三下の顔…、まさかとは思うが。


「もしかしてこいつらがですか?さっき絡まれたってチンピラは」


「ああ、大拳闘会と聞いた時はもしやと思ったが…まさかあの時の連中も混ざっているとは。確か名前は…タン…いやコン…?」


「初っ端から違うわ!ミゲル!ミゲルだってんだろ!」


「ああ、自爆隊長の」


「特攻隊長!」


ミゲルと呼ばれた男は先程メルクさん達に突っかかってナンパを仕掛けてきたという三下のチンピラだ。幸いカリナさんが助けてくれたから大事にはならずに済んだが…まさかこんなところで再開するとはな。


そして多分だが、再会を驚いているのは向こうも同じだろう。ミゲルはニタニタと粘ついた笑みを浮かべながらエリス達に向かって歩いてきて。


「おうおう、なんだよさっきは居なかったかわいー女がいるじゃんかよ」


「エリスの事ですか?」


「へぇ、エリスって言うんだ。…どうだい?やっぱ俺達のチームに入らねえか?…ここには協会の職員もいない、助けは来ないことだしよ」


なぁおいと無理矢理エリス達を自分達の物にしようとする姿勢を見せるミゲル。どうやら彼は余程女の扱いを知らないようだ、口説き文句の一つも言えないんじゃしょうがないか。


「ふーん…、メルクさんが袖に振ったのも分かりますね。女のエスコートの仕方も知らない下衆に着いて行く程阿婆擦れに見えますか?」


「ああ?テメェ…新入りの癖して大口聞くじゃねぇかよ」


「新入りに尊敬されたけりゃ相応の態度身につけなさいって話してる事も分かりませんか?そんなんだからモテないんですよ。とりあえず鏡みるところから始めなさい」


「こ…このクソアマァ…!」



「凄いです、エリスさん秒で喧嘩に持ってきましたよ」


「ああいうタイプの相手はある意味慣れているからな。こういう場合に限ってはエリスの気性が頼りになる事この上ないな」


ミゲルとガンの付け合いに持ち込んだエリスを見てナリアさんとメルクさんが距離を取る。分かっているのだ、キレたエリスが何をするかが。


そうだ、キレてるんですよエリスは。エリスには許せないことが三つある。


一つは子供を傷つけること。


二つは友達を傷つけること。


三つは魔女様を貶すこと。


こいつはその二つ目に抵触した。エリスの友達に向かってそんな不躾な口を聞いて怖がらせたんですよこいつは…。


やる理由はあろうよなぁ!


「…ハッ!こんな細っこい体して、大拳闘会に勝てると思ってんのかァッ!」


「ッ…!」


来る、容赦なく握られた拳はエリス目掛けて一直線に飛んでくる。だが明らかなテレフォンパンチ、素人の拳の振り方、ただただ力任せに振るった拳になんて当たるわけはない。既に開戦のゴングは鳴っている、ここでエリスがこの男の拳を掴んでそのまま腕を捻り回しても何にもおかしなことはない。


だが作る必要がある…既成事実を、エリスはこの三年で学んだ。どれだけ相手が悪くても先に殴った方が最終的には悪い空気になると。攻撃よりも反撃の方が心象的には良いと。だからここは止むに止まれぬ反撃を演出する為にも一発受ける必要がある。


なに、魔力防壁があるから効かないんだけどね。


そうエリスがミゲルの拳を受ける前提で仁王立ちし待ち構える…すると。


「なっ!?」


止まった、ミゲルの手が。エリスの魔力防壁に触れるよりも前に…横から差し伸べられたラグナの手によって受け止められたのだ。


「おうゴラァ…テメェ誰に手ェ出してんだよおい」


「ンだテメェ!この女のツレかッ…って!抜けねぇ!」


ラグナがミゲルの拳を掴めば、ただそれだけでミゲルは動けなくなる。押しても引いても横に伸びたラグナの手を動かすことが出来ない。拳が抜けず右往左往するミゲルを相手に青筋を浮かべたラグナは燃えるような真っ赤な眼光でミゲルを睨め付け。


「俺の目の前でエリスに手は出させねぇ、やりたきゃ俺を殺してからにしろや」


「くっ!?なんだこいつ!?こいつ新入りじゃねぇのかよ!?」



「ラグナさんも喧嘩に加わっちゃいましたよメルクさん」


「アイツはエリスのことになると頭に血がのぼるからな…」


はぁ…、そんなため息がメルクさん達の方から聞こえる。だが止める気配はない、もう止めてどうこうなる段階は通り過ぎている、相手はメルクさんを狙っているし傷つけられたプライドの仇を取らねば気がすまない段階まで来ている。


しかし、もう既にミゲルにはなにかをしてやろうと言った横暴な気配は感じない。自身の拳を受け止めたラグナの威圧にすっかり気圧された彼は声を震わせながら…。


「あ…兄貴!兄貴!助けてくだせえ!!!」


そう、兄貴分に…レッドグローブに助けを求めるのだ。馬の会計を済ませこれから馬を自分達のアジトに連れて帰ろうとしている所で弟分の助けの声。それに反応しないレッドグローブではなく…。


「ああ?どうした?喧嘩か?」


そう巨体を翻してこちらに歩いてくる。カランコロンとこの辺では見ない下駄という履物を鳴らしながらポケットに手を入れ咥えた葉っぱを揺らしながらレッドグローブはエリス達を見つめ目を細める。


「っへへへ!死んだぜお前ら!俺の兄貴はな!四ツ字冒険者『冠至拳帝』レッドグローブなんだよ!このマレウスの総番長様だ!」


「総番長だぁ…?」


総番長…そう呼ばれたレッドグローブはやや面白くなさそうに弊衣破帽を被り直す。


番長という単語には覚えがある。確か昔…学生時代に聞いたことがあるんだ。ラグナを倒してこの学園の番長になると息巻いて喧嘩を売ってきた後輩がいたんだ。聞くに番長とは学園の不良や輩の頂点に立つ統率者の名前…、それを名乗ってる割にはレッドグローブは学生には見えないけど…社会に出てからも番長名乗ってんのか?


「テメェらか、さっきうちの可愛い舎弟のミゲルに恥ィかかしたってアマ共は」


「…ええ、そうですよ。今度は貴方がお礼参りですか?」


「ってかそっちから仕掛けてきておいて恥もクソもねぇだろうが、売った喧嘩に負けた奴が恥を口にするんじゃねぇよ」


「ハッ、イキがいいじゃねぇか。さっきの娑婆い冒険者に爪の垢煎じて飲ませてやりてぇな…ん?」


面白そうに笑うレッドグローブはふとエリスの顔を見て、何かに気がついたように弊衣破帽の隙間から覗く瞳を見開き何かに驚くのだ。


え?なんでエリス見てんの?


「…………お前は…」


「な、なんですか。エリスに何か用でも?」


「エリス……か」


意味深に閉じられる瞳、それがなにを意味するのかは分からないが少なくとも意味がないとは思えなかった。彼の体から立ち上る理解不可能な…それでいて何かエリスの胸の中の何かを刺激する心地、一体なんだというのか。


そう問いかけようと思ったが、それよりも早く動いたラグナがエリスを守ろうと前に立つ…。


「おいテメェ、他所の女に色目使いなんて随分高尚な漢気だなぁオイ」


「フンッ、悪かったよ。だが気に入ったぜお前ら、ミゲルじゃないがウチに来ないか?俺はお前らみたいな跳ねっ返りが大好きなのさ、気の強い女も向こう見ずな男もどっちもな」


「はぁ?だからスカウトは受けねぇって言ってんだろ」


「ってか兄貴!?何言ってんスか!俺こいつらに恥かかされたんですよ!?それをなに勧誘して…」


「うるせぇな、俺はテメェの用心棒じゃねえんだよ。そこの赤毛の兄ちゃんが言ったようにテメェが売ってテメェがおっ被った恥はテメェで濯げ。それが出来ねえなら最初からデカい口を利くんじゃねぇ」


「そ、そんな…」


お、おお?案外『よくも俺の弟分を!』と襲いかかってくるタイプではないようだ。むしろこの場で一番冷静まである。存外に直情で動くタイプじゃないようだ…。


「で?どうだ?俺と組まねぇかい?新入りだから助けてやる…なんて言いやしねぇ。お前らがお前らのまま意固地を貫けるように俺が背中を押してやる」


「……正直、申し出はありがたいけど俺達はアンタとは組まねぇよ」


「ほう?それはなんでだ?理由を聞いてもいいか?」


「ンなもん単純に、興味がねぇからさ。それ以上の理由があるか?」


そう言うなりミゲルの手を離し解放し、ラグナはレッドグローブの誘いに興味がないと斬って捨てる。ある種の不敬とも取れるその物言い、さっき冒険者になったばかりの新米がもう何年も前から冒険者達の頂点に立つ男に向かって利いていい口じゃない。


だが、それでもレッドグローブは剛毅に肩を揺らし大口を開け笑うと。


「ガハハハハ、まぁ…そりゃあそうだな。俺がもしお前の立場なら俺も同じように誘いは蹴ってた。無粋だったな」


「ああ、そうだな」


「しかしつくづく気に入ったぜお前ら。俺に向かってここまで豪胆に振る舞える奴はもう何年も見てねえ。そうだ、組むのがダメなら一匹馬をやるのはダメか?ここに来てるって事はお前らも馬が欲しかったんだろ?」


ちょうど今大量に馬を手に入れたんだ、と言いながら馬房から出され手綱を握られている馬達を手で指し示すレッドグローブはエリス達に馬を贈ろうと申し出てくれる。


正直ありがたい話だ、これも蹴る理由はないんじゃないか?とラグナを見やると彼も同じ意見だったようでコクリと静かに頷く。


「よし、なら決まりだな。好きなのを一頭選びな」


「ちょっと兄貴!?いいんですか!?せっかく兄貴が買ったのに」


「どの道ここに居る連中の頭数よりも馬の方が多かったんだ、余らせるよりよく使ってもらえるところに行った方が馬達も嬉しいだろ。それに…漢に二言はねぇ」


「あ…兄貴、流石の漢気だぁ!」


そう腕を腕を組み弊衣破帽を深く被り直すレッドグローブはエリス達を馬達の元へ連れて行ってくれる。四ツ字冒険者たるレッドグローブが選んだ馬達と言うだけはありどれもこれも活力に満ちている。


黒、白、茶。様々な体毛を持った馬達がいきなり馬房から出されやや混乱しつつも元気よく嘶いているのだ。


「この中から選んでも?」


「好きなの持ってきな」


「ん、じゃあエリス…君が選べ」


「え!?エリスが!?」


てっきりラグナが選ぶものと思っていたところで、いきなりラグナはエリスに全てを任せるとばかりに背中を押して馬達の目の前へへと押し遣る。


当然集中する視線。仲間達の視線とレッドグローブの視線と舎弟達の視線、そして馬達もエリスの決断に集中しているのか見つめてくる…。う、なんか急に大舞台に上げられた気がするんだけど。


「な、なんでエリスなんですか!」


「今から選ぶ馬はこれから三年間の旅路を共にする仲間だ、そしてエリスはその仲間達を集めて来た…みんな君に導かれてここに居る。なら馬も同じさ、君に導かれた馬ならばきっと良くやっていける」


「そんなぁ…」


選べと言われても、さっきも言ったがエリスには馬の良し悪しなんて分からない。ここでもし大外れを引いたらみんなに合わせる顔がないよ…。


うーん、とは言え選ばないわけにはいかない。よくよく馬を観察して良さげなのを選ぼうと馬を見つめてみる。


よく見ると馬はそれぞれいろんな部分が違う。体格や足の長さ、顔つきや性格、色々な部分が違う。


元気よく跳ねる馬や、嘶いて口を開ける馬、拘束を振り払おうと首を振るう馬や勝手に何処かに行こうとする馬…どれもいい馬に見えるし悪い馬にも見えて…。


「……お?」


…すると、一匹。目に留まった馬がいる。


いきなり馬房から出されて皆混乱する中、その混乱にも流されずどっしりと構える一匹の馬。陽光を反射し黄金にも見える茶色の鬣を持つその馬はまるで何かを待つように立ち尽くす。


何を待っているのか…。これはエリスの希望的な妄想かもしれない、だが…あの馬はなんだか待っているようにも思えるんだ、旅立ちを。


「…貴方もしかして」


その馬が持つ瞳の輝きは、ひたすらに遠くを見ている。果てなき平原の向こう側…それを見てみたいと望む好奇心にも似た輝き。エリスの秘める心の衝動にも似た旅への憧憬。


もしかしたらあの子、エリスと同じで…旅に出てみたいのかな。


「あの子です、あの子がいいです」


迷わず選ぶ、茶色の鬣を持つ馬を。そうレッドグローブに伝えると。


「む、…あの馬か」


とやや苦い表情を見せるのだ。くれると言ったのになんだその表情…それともあの馬はやめた方がいいのかな。


「いやいいチョイスだ。あの馬は正直舎弟にはやらず俺が欲しかったくらいいい馬だ、あれは名馬に育つぜ」


「そうなんですか?」


「ああ、そうだろ?店主」


「え、ええ…この子は、正直調教の段階から気質を見せていたので今回ここに連れて来ずもっと位の高い市場に連れて行こうかと思っていたくらいなのですが…。彼女が…この馬がここに来たいと望んだので」


「望んだ?」


「ええ、まるで冒険者達の市場に行く事が分かっているかのように勝手について来てしまったのですよ」


嘘だろ、そりゃ幾ら何でも賢すぎないか?でも…でも分かる、この馬はきっとちゃんと理解してここに来ているんだ。ついていけば冒険に出られると分かってついて来たんだ。


「…貴方も冒険に出たかったんですね、ならエリス達と一緒に来ますか?」


「ブルルッ!」


その嗎は、不思議と肯定の意を持っているようにも思えた。この子も旅に出たいか…そうかそうか、なら連れて行ってあげよう。


「その馬だな?エリス」


「はい、今日からこの子がエリス達の旅を支えてくれる新しい仲間です」


「…ブフッ」


「仲間…じゃあ名前決めないとな、エリスが選んだんだしエリスが決めていいよ」


「そこもエリスですか、…うーん」


名前をつけろと言われても。普段はオリジナルの技に適当に名前をつけたりしてるくらいで…人や動物に対して名付けたことは…。


見つめる、相変わらず遠くを見つめている栗毛の馬を見つめる。…この子に相応しい名前があるとするなら、きっと。


「では、ジャーニーで」


「ジャーニー…旅路か、いいんじゃないか?」


「適当に言ってません?」


「え!?いや別に、俺は本当にいい名前だなって思ったから…お前もそう思うよな?ジャーニー?」


「……ブルルッ!」


それは肯定の嗎き…なのだろうか、こちらはよく分からないが悪い気はしていないと思う。


うん、ジャーニー…名付けてみれば愛着も湧く。この子は今日からジャーニーで、ジャーニーは今日からエリス達の大切な仲間だ。


「これからよろしくお願いしますね、ジャーニー?」


「ヒヒーン!」


「うん、いい感じだな。んじゃあオレ達は手前らのアジトに戻らせてもらうぜ?」


「あ、ありがとうございましたレッドグローブさん。先程は無礼な口を聞いてすみませんでした」


「いいってことよ、せめてもの罪滅ぼしさ」


罪って、そんな大層な話かね。それに実際やったのはミゲルだし当のミゲルも萎縮して縮こまっている。レッドグローブさんは悪い人ではない…なんて今言ったら凄く現金な話になっちゃうか、馬貰ったわけだし。


それでも、悪い人とは思えなかった。レッドグローブさんが見せる照れ隠しにも見た笑みからは悪意を感じなかったから。不器用で口下手ではあるけど…いい人なんだ。


「じゃあな、また出先で一緒になったらそん時こそは一緒に組んで仕事しようや」


「はい、ありがとうございました」


「いい感じに丸められたな、総番長なんて名乗ってるからどれだけ喧嘩っ早いのかと思ったら。向こうの方が断然大人だった」


「う…」


なんて立ち去るレッドグローブさん達を見送ると、今まで静観を貫いていたメルクさん達が何やら苦笑いを向けていることに気がつく。


まぁ、向こうの方が大人な対応をしてくれたってのは本当ですよね。というよりレッドグローブさんだけが異様に優しかったとも言える。ミゲルみたいな下衆とはいえ自身の舎弟が迷惑かけたら自分で詫びを入れる…か、あれが番長として在り方だというのなら。


取り巻きが讃えるように、彼の漢気は大したものだ。


「それより!この子が新しいウチの仲間ですか?ジャーニー君…でしたっけ?」


「いや、この馬は牝馬だからジャーニーちゃんだな」


「なるほど、よーしよし 大人しくていい子だねジャーニーちゃんは」


「ブルルッ…」


ナリアさんが首回りを撫でても暴れることなく寧ろ受け入れる様子を見せるジャーニー。ナリアさんを自身の主人の一人である事をもう理解したのかジャーニーは静かに首肯し彼の手に首を擦り付ける。


…可愛い。


「良い馬を選んだな、エリス」


「そうですか?そう言ってもらえるとエリスも嬉しいです」


「これからはこの子の足に、我らの目的の成就の可否がかかっているのだ、真摯にそして丁寧に扱って行こうな?」


「はい、…そうですね」


新たな仲間、エリス達の旅を支え目的達成まで導いてくれる栗毛の馬ジャーニー。彼女がこの先の旅にどれほどの影響を与えるのかは分からない、だが彼女がエリスと同じ目をしている以上…同じ『果てを望む心』を持つ以上。エリス達には彼女を最後の最後…旅の終着まで連れて行く義務がある。


これから三年間、よろしく頼みますよ。そう願いを込めてエリスはジャーニーの手綱を握りしめるのであった。


……………………………………………………


「へへへ、兄貴!いい馬をありがとうございやす!」


「これで俺たち方々に仕事に行けるぜ!兄貴の勇名を…兄貴?」


エリス達と別れ、馬を連れ郊外を歩む大拳闘会の面々とレッドグローブ。自分達では到底手の届かない良質に馬を買い与えてもらい気合を入れる舎弟達はふと気がつく。


いつもなら可愛い舎弟達の喜びを自分のことのように誇る兄貴分が…今はなんとも難しい顔をしていたからだ。


「どうしたんですかい?兄貴」


「もしかしてさっきの女に馬取られたのが…」


先程出会ったエリスとかいう女に一番良い馬を取られた事を気にしているのではないか、そう邪推する舎弟達の言葉を聞いた瞬間レッドグローブはそれにクギを刺すようにギロリと睨みつけ。


「漢に二言はねぇと言ったはずだぜ、何度も同じ事を言わせるな」


「ひっ!す…すんません」


「馬の事はいい、オレには愛馬がいる…アイツが居るから浮気をするつもりはない。ただあの馬はオレでさえ惜しいと思う程だっただけ、モノにしようってつもりはハナッからなかった」


「そうだったんですね、じゃあ…何を気にされているので?」


レッドグローブは男の中の男だ。窮地にあって窮地を笑い 危機にあって危機に挑む。例え何があろうとも立ち続け子分と弟分を守り抜く最強の男だ。


そんな舎弟達の思う史上最高の兄貴が、今…難しそうに頬に汗流し何かに悩んでいるのだ。こんな異常事態見たこともない。


「…気になることが一つあってな」


「気になること?何でしょう。俺たちに出来る事ならなんでもしやすぜ!」


「なんでも?…そうさな」


するとレッドグローブは割れた顎を手で撫で何かを思い悩み。いつものように目を見開き決断を下す。


「なら、あのエリス…という冒険者の素性を洗え」


「エリスですかい?あの女が気になると?おいお前ら、なんか分かるか?」


「んんぅ〜?そういやアイツ、昔冒険者協会に居た瞬颶風のエリスに似てねえか?まさかアイツ復帰してたのかな」


「うぅ〜む、じゃあもしかして魔女の弟子か?」


「分かんねえ、調べてみないと」


レッドグローブが気にしているエリスという女。昔居た瞬颶風のエリスに酷似した女冒険者を気にする兄貴分の悩みが分からないとばかりに弟分達はコソコソとその場で言葉を交わすが…どれもレッドグローブの悩みを解決するには至らない。


「あのぉ、よけりゃあ聞かせてもらっていいですかい?何であの女が気になるのか…」


もしかしたらあの女に惚れた?だとしても兄貴は惚れた女にはその場で惚れたと口にする。思い悩んでモジモジするような軟派な男じゃ決してない。だとするならなんだ…そう問われればレッドグローブは弊衣破帽を深く被り、表情を隠しながらこう言うのだ。


「もし、あの女がオレが今考えている通りの女なら…オレは、オレは…」


そう口にするレッドグローブの瞳は、決意を固めたようにも…或いは諦めたようにも見え。


「オレは…エリスに殺されなきゃならねぇかもしれない」


「え……」


青ざめ絶句する舎弟達を置いてレッドグローブは立ち去る。


数奇な運命か、或いは定められた必然か。奇遇にも複雑に絡み合う運命が…決して交わることのないと思われた因縁が、テーブルの上に出揃ってしまった。


そうして、出来上がってしまったのだ。



血に塗れた終焉にしか向かわぬ…最悪の定めが。


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