355.魔女の弟子と冒険者協会へ
「うひゃあ〜〜」
「マジかぁ〜…」
見上げる、上へ上へ視線を向ける。あまりの大きさにエリスは度肝を抜く。
どんな風になるのだろうと軽く想像していたが、そんな想像を軽く超えてきたのがラグナとネレイドさんだ。…いやその二人が変身した馬とでも言うべきか。
「デッカ…強そ…」
あんぐりと口を開けるデティが豆粒に見えるほどに巨大な馬が二頭、エリス達の目の前に悠然と立ち尽くす。
……結局フーミスの街で馬車馬を確保できなかったエリス達は次の街である始点の街アマデトワールに向かう為、アマルトさんの呪術で誰かを馬に変えて馬車を移動させると言う方法を取らざるを得なかった。
そこで次に馬車を引くことになったのがラグナとネレイドさんだ。みんなでアマルトさん謹製のシチューを昼食として食べ終えた後、呪術でその身を馬に変えたのだが…。
この呪術は対象となった人間の特性を引き継ぐ傾向にある。最も分かりやすいのがデティだろうな、彼女が先程馬になった際は子供が乗るみたいなポニーになっていたし。
なら、肉体的にも精強なラグナと神に選ばれし肉体を持つと言われるネレイドさんが馬に変わればどうなるか?…そりゃ、想像を絶するモンですよ。
「グゴゴゴ……」
「………………」
見上げるほどに巨大、筋肉は隆起し目はちょっとヤバいくらい尖ってなんか肉食獣みたいな声あげてる。
元はラグナだった馬は彼の髪色を反映した真紅の鬣を持ち炎のようにゆらめいている。凶暴そうな瞳は赤く輝き、体から溢れた汗が即座に蒸発し常に蒸気を身に纏っている。
元はネレイドさんだった馬もまた大きい、こちらはネレイドさんの水色の髪よりも濃い青鹿毛の巨馬だ。彼女の故郷の固有種たるブレイクエクウスが可愛く見える程にその身はずっしりと重く、蹄がエリスの頭くらいある。
これに馬車引いてもらうの?壊れない?逆に。
「凄まじいな、我等弟子の中でトップクラスの身体能力を持つ二人が馬になったらこうも圧倒的になるか」
「僕達の時とは全然違いますね」
「そうですね…、って言うかこれ…言うこと聞いてくれるんですか?」
「まぁこんなおっかない見てくれだが元はラグナとネレイドだ、ちゃんと言うこと聞いてアマデトワールまで連れてってくれるさ、なぁ?ラグナ」
そう言いながらアマルトさんは真紅の巨馬の足をポンポンと叩くと、巨大な馬はギロリとアマルトさんを見下ろす。馬の威圧じゃないよこれ…。
「あ…えっと、ラグナ?」
「………………グルル」
するとラグナは何故か悍ましい嗎きを響かせながらエリスの方に頭を下げ、大口を開けてベロベロとエリスの頬を撫で始め…え?
「ちょ!?ラグナぁっ!?」
「ベロベロ…」
「どう言うことなんですか!?アマルトさん!?」
何故かエリスをベロベロと舐め始めたラグナの行動に動転する。だが分かる、エリスも一度は馬になったから分かる。いくら元は人だとは言え今は馬なのだ、故にその本能に引っ張られるのは分かる。だけどなんで舐めるの!?
それが分からず、呪術の使役者ゆえ唯一ラグナの言葉が分かるアマルトさんに助けを求めると。…何故か目を逸らされた。
「あー…えっと」
「ベロベロ…(エリス…番い、エリス…俺の番い)」
「ラグナの名誉の為に言うのはやめとくわ」
「どう言う事!?ってちょちょっ!?」
何故かエリスを舐め回すラグナはエリスの首元を咥えて持ち上げると共に投げ飛ばし、その大きな背中に乗せる。って…乗せてくれるの?え?
動揺するエリスを放って、ラグナはエリスを背中に乗せたことを確認するとともに…走り出す。
「ッッッ〜〜〜〜!!??」
そうだ、走り出したのだ。化け物みたいな馬となったラグナが全力で走り出したのだ。そのスピードがそこらの馬に劣るわけがない、地面に蹄の穴を開けて駆け出したラグナのスピードは瞬く間に風を追い抜き、何もない平原を全力で走り出す。
「ぎゃぁあああーーー!!早いですー!!!」
「ブルルッ…!」
速い、あまりに速い。あまりにも悠然たる走りに思わず頬が熱くなる。エリスの中に残った雌馬の本能がラグナを立派な雄として見てしまう。こんなにも逞しいところを見せられたら変になるぅー!!
「助けてくださーーーーいぃ!アマルトさーーーーん!」
「ごめーん、無理ー!」
「そんなぁーーーー!!」
走り回るラグナの鬣に必死に捕まって振り落とされないようにしがみつく。一体どう言う事なんですかー!!ラグナー!!
「おいアマルト、あれ止めなくていいのか?」
馬車の周りを駆け回るラグナを見て、メルクリウスはやや辟易しつつアマルトに問いかける…が、止めなくていいかと聞かれても、そもそもあのラグナがどうやったら止まるのか皆目検討がつかない。アマルトは馬に変えることは出来ても変えた相手がどう動くかまでは管轄外だ。
「どー止めんだよ」
「それはそうだが、しかしラグナが急に荒れ狂ったのは何故なんだ?」
「それも知らねー」
ラグナという男は別に理知的ではないし理性的ではない。元々は荒々しい性格であり暴れて戦うのが何よりも好きな根っからのアルクカース人だ。それを国王としての責任や国を背負うに恥じない人間として得るべき理性で強引に抑え込んで皆のリーダーとして振舞っているだけなんだ。
それが馬になって色々箍が外れたんだろう。奥ゆかしさを失ったラグナはエリスを自らの番いにするた自分が番いに値する逞しく生殖能力に長けた雄であることをアピールしてるんだろう。
と…アマルトは予測するが、それを言ったらラグナが頑張って築き上げてきたイメージと言う名の尊厳が崩れるような気がしたので、色々配慮できる男アマルトは黙っていることにした。
「にしても、ネレイド様の方は大人しいですね」
「ほんとだねー、草食べるー?その辺の雑草だけど」
「もしゃもしゃ」
「きゃー!食べたー!食べたよメグさん!かわいーねー!」
「あんまり変なものは食べさせないでくださいね…」
対するネレイドの方は先程から一歩も動かない、まるでこちらの命令を待っているかのようにデティから差し出されたよく分からない草をもしゃもしゃと食べている。
「もしゃもしゃ…ふんすー(命令、まだ…。それまで待機…)」
「こっちも食べるー?名前も知らない花だけど」
「ぎゃー!!!!だれかたすけてー!!」
「ブルルッ!(エリス…エリス、番…番)」
「はぁ、…出来れば次の街で馬が欲しいなぁ。正真正銘の馬が」
誰かを馬に帰る都度こんな馬鹿騒ぎしてたんじゃ時間がいくらあっても足りない。出来れば次の街でちゃんとした馬を手に入れたいな…と遠い目で苦笑いするアマルトは取り敢えずラグナが落ち着くまで待機することとした。
………………………………………………………………
そして、ラグナとネレイドさんが落ち着いたのを見計らって馬車に繋いでエリス達は煙の街フーミスを発ち 始点の街アマデトワールを目指すこととなった。御者はエリスが務めることとなり、他のみんなは邸宅のように改造された馬車の中に入り出発の準備は完了した。
「よし、行きますよ二人とも」
「ブルルッ…」
「フンスー…」
二人ともアマデトワールを目指すことは分かっているのか。馬車を引くことに関してはやる気満々だ、よし…これなら行けそうだと方角を地図で確認し、エリスは手綱を握り…。
「よーし!出発しんこー!!!」
さぁ行くぞ!とばかりに二人に合図を送るように鞭を振るった…その瞬間であった。
エリスは…吹 殴り飛ばされた。
「ッッッ!?!?」
違う…!殴り飛ばされたんじゃない!?殴り飛ばされたかと思うくらい速いのだ。
圧倒的加速、初速から全速力、走り出したラグナとネレイドさんによって馬車が吹き飛ばされるように駆け出したのだ。エリスとナリアさんの出したスピードがヨチヨチ歩きに思えるスピード、あまりの速さに体が動かない。
「ぉっ…ラグ…ネレイ…待っ…!」
「────────!!!」
「────────!!!」
静止しようと手綱を引こうとするが、引けない。体かにかかる重圧で腕が動かない、死ぬ、死ぬかもこれ。
しかもラグナもネレイドさんも走るのに夢中で全然スピードダウンする気配がない、むしろどんどん加速してる。エリスが全速力だと思ったあれが初速だったというのか。
っていうか!ちょっと!?進路上に岩が見えますけど!?
「ラグナ…ネレイドさん…!岩…!岩あります…!」
しかも結構大きめの岩、あんなのにぶつかったわ馬車が大破しちゃいますよ!と言いたいのだが、ラグナもネレイドさんも止まる気配がない。寧ろその圧倒的加速によりあっという間に馬車は巨大な大岩に吸い込まれるように激突し……。
岩を跡形もなく砕いた…。
「どういう事ですかそれ!?」
ラグナとネレイドさんの突進を受けた岩が砕けて道を開けた、もうそれは馬の芸当じゃないでしょうが!?
「って!今度は魔獣!誰か!魔獣の退治を…!」
今度は魔獣だ、さっきエリス達に襲いかかってきた魔獣と同じ、エダークスアラネアだ。それが近くの林から飛び出してきてエリス達の進路を塞ぐ。っていうかアイツ…こんなに大量に出てくる種だったか?昔はもっと人の気配のない山奥に数体住んでる程度のレアな魔獣だったはずなのに。
っていうかラグナもネレイドさんも止まってください!流石に馬のままじゃ魔獣に食べられね……。
「きしゃあああ!!!」
「グゴァァアア!!!」
「ブルルッ!」
……うん、なんか…うん。あっという間に踏み潰しちゃった。ラグナが軽く蹴りを入れればエダークスアラネアの体がバラバラに吹き飛び、ネレイドさんが足を前に出せばぺったんこに踏み潰されて居なくなってしまった。
もうこれ馬じゃないどころか魔獣の一種では?
(これエリス何もしなくていいな)
もう諦めた、進路に何があっても止まらないんだもん。岩があっても撥ね飛ばすし 魔獣が出てきたら轢き殺すし 森があっても木々をへし折って進むし、もう止めようがない。
これはもうアマデトワールに着いたら立ち止まってくれることを祈るしかない。
「……二人とも頑張れー」
「なんかすげぇことになってんな」
一方御者をする為外に出ているエリスとは裏腹に、馬車の中はなんともまったりした空気が漂っていた。
「ん?もう出発していたのか?凄いな、内部には殆ど衝撃がないぞ」
邸宅のように拡張された馬車の中にはカーペットが敷かれ、ソファや本棚や椅子や机が配置され、移動中は休息を取れるようにとメグがリフォームしてくれている。
そのお陰でメルクは今質素な木製の椅子に座り、優雅に読書を楽しんで居られるのだ。
「ええ、衝撃吸収機構など多数の機構を内部に搭載致しましたので外でどんな無茶があっても内部には殆ど衝撃はないのです。なのでこの通り、外があれだけ荒れ狂っていようとも優雅にお茶を入れることも出来ます」
カップに紅茶を注ぎ、メルクの目の前に置く。するとカップの中に注がれたそれには殆ど波紋も立たないのだ。外から聞こえる音は戦争でもしてるのかってくらい凄まじいが…これなら睡眠を取っても問題ないだろうな。取らないが。
「これなら三年間宿を取る必要はあんまりなさそうですね。馬車がそのまま宿になっちゃうなんて夢見たいです」
「そっか、ナリア君もエリスちゃんみたいに馬車旅してたんだっけ?いいなぁ。憧れちゃうなぁ」
「そ そんな事無いですよ、劇場を持ってからは殆ど移動もしてませんし。アド・アストラのお陰で態々大掛かりな準備をしなくても各地に行けるようになりましたから最近はめっきりで」
「でも凄い事に変わりはないよ。あ!メグさーん!こっちにも飲み物頂戴!私デティスペシャル!」
「畏まりました」
「メグが居ると、マジで旅が一段と楽になるな」
アマルトは三年前のオライオンでの一幕を思い出す。メグが居てくれたお陰でエノシガリオスまでかなり楽に移動出来たのは確かだ。だが同時にかなりメグに無理を強いてしまったのも今も覚えている。
だからラグナ同様メグの顔色に注意を払っているが、特に今のところキツそうな雰囲気はない。この楽な状態を全て魔力機構で賄っているからメグ自身に負担がない…というのは本当らしい。
これなら三年間の旅も問題なく行えるだろう。
「ってかメルクよぉ、な〜に読んでだ?」
「ん?いやこれから冒険者をするらしいからな、事前に勉強だ。ほら」
そう言いながらメルクが見せるのは『冒険者のススメ』と書かれたなんだか胡乱な本だ、多分さっき馬車の中に本棚を設置する際アリスとイリスに頼んで仕入れたものだろう。
こんなもん読んでもあんまり意味はないと思うけどな…。まぁ勉強に励むのはいい事だと思う、一応教師なのでその辺は否定しない。
「そうかい、じゃあ俺ちょっと寝室の方で生徒の宿題作ってくるよ」
「へ?アマルトさん宿題作るんですか?」
ナリアは不思議そうにアマルトの顔を見る、宿題を作ると言ってもここはマレウス。コルスコルピの生徒にどうやって宿題を届けるのか…と言った顔つきだが、実は。
「いやな?実はさっき師匠達に掛け合ってよ。三日に一回くらいの頻度ならコルスコルピに帰って教師やってもいいって言われたんだよ」
「何!?そうなのか!?」
「はい、アマルト様が必死に『俺達大人の一日と子供達の一日の重さは違う。三年間帰れなければ今いる生徒達の未来に責任を持てない』と掛け合った結果、この馬車の中に三日に一回だけ開く転移魔力機構の設置が許可されたのです」
「そういう事、いやぁよかったぜ。学校開くだけ開いて三年居ませんって流石にヤバいしな」
本当は三年間国に帰るべきではない、それを言ったらデティやメルクだって三日に一回でも帰って仕事がしたいだろう。だがアマルトの場合は違う、生徒達の未来とは国の趨勢よりも重いとカノープス様が判断してくれたのだ。
とはいえ旅の状況によっては帰れないかもしれないし、戻ったとしてもこちらの事情もあるので長居は出来ないが、それでも顔を見せることは重要だろう。
「なら頑張れよ、アマルト先生」
「揶揄うなよ…」
「頑張れ〜、もし魔術的な話で困ったことがあったら私に言ってもらえれば簡単な教科書だけでも書くよ〜」
「お前魔術に関しては死ぬほど頼りになるなホント」
そして、みんなもそれを理解しているから『アマルトだけずるい!』とは言いやしない。みんな分かっている、アマルトのやっていることの重要性と彼が受け持っている責任を。
そんな彼の背中を見送り、寝室へと消えるアマルトに鼓舞を投げ掛け、皆一息つく。
「さて」
パラリラと手元の本を捲るメルク。これから冒険者をやるって話だから冒険者の心得を勉強しようと言うのだ。
初めての分野に足を踏み入れる時はこうやって取り敢えず基礎だけ抑える。これはメルクリウスが同盟首長として、そして数多くの事業を受け持つに当たって学んだ姿勢の一つだ。
それに…。
(冒険者協会の組織体系は案外バカに出来たものではない、寧ろかなり出来がいい)
冒険者協会という組織は今現在存在する表向きの組織の中でもトップクラスの歴史の深さを持つ。魔女大国絡みの組織を除けば世界最大規模と言ってもいい。
そしてそれほど大きな組織でありながら細部にまで事細かく取り決めが存在し、民衆から有志で構成員を集めているというのに非常に規律的だ。協会の組織体系はアド・アストラを作るにあたってモデルケースにした程に凄まじいと言える。
そう考えつつ、冒険者のススメを読み進めれば…その組織体系を作り上げた偉人の名が載っていた。
(今の冒険者協会を作ったのは…ケイト・バルベーロウか)
ケイト・バルベーロウ…魔女大国に属さない魔術師の中ではマレウスの大魔術師トラヴィス・グランシャリオに勝る世界最強の魔術師と呼ばれる魔術界の偉人。その腕前は帝国の魔術王ヴォルフガングに匹敵するとも言われているとか。
突如彗星の如く協会に現れ瞬く間に頭一つ飛び抜け幹部となった彼女によって冒険者協会はただの魔獣退治屋集団から一つの組織に成長した。
特別な力を持った冒険者を優遇する『字持ち制度』、冒険者の活動を補佐する『冒険者優遇制度』、冒険者に不適合な人間を弾く『免許制度』と『免許再発行試験制度』。他にもあげれば枚挙に暇がない。
ある意味今の冒険者協会を作り取り仕切っているのはケイトだ、大冒険王ガンダーマンだけではこうはならなかった。
(これ程の人材が在野で生きていたこと自体が驚きだ、王宮にも属さずよくもまぁ…)
そんなケイトとこれから会って話をする…。三年前皇都に顔を見せていたそうだが当時私はアド・アストラの設立の為奔走していたから会えなかったんだよな。
そうだ、魔術師と言うのなら…。
「デティ?」
「んぇ?」
メグの作ったクリームたっぷりの甘々コーヒーを飲んでいるデティに声をかける。魔術師なら彼女も知っているかもしれない。
「これから会うケイト殿だが、面識は?」
「一応あるよ、トラヴィスさんの紹介で一回顔を合わせたことがあるかな。いい人だよ?仙人みたいな生き方をしてる癖になんかちょっと俗っぽいし高名な魔術にありがちなプライドの高さもないし、付き合いやすい人だと思う」
「ほう、それは良かった」
「だけど…」
その瞬間、デティの顔が引き締まる。それは何かを思い出すように…それでいて警戒するように、鋭く目を尖らせると。
「油断はしちゃダメだよ、あの人の魔力は凄まじくすぎて私でも感情を読みきれないの。そしてどれだけ俗っぽくても『っぽい』だけ。あの人は間違いなく歴史に名を残す大魔術師の一人…普通なわけがないんだから」
かつて、マグダレーナが衰え ルードヴィヒが台頭するまでの間の空白の期間、その一時期とは言え世界最強の名を得たことのある人間。たった一人で組織を立て直し自らもいくつもの伝説を打ち立てた極大魔術師。それがケイト・バルベーロウ…。
甘いだけの人間がそこまでやれるわけがない。奴も間違いなくこの世界に於ける怪物の一人なのだ…それを前に油断すれば、ペロリと平らげられる可能性さえあのだから。
「油断はダメだからね」
「無論だ…」
ケイト・バルベーロウ…如何なる人物か、会って話が出来れば幸いだが。
…………………………………………………………
「生きてる…エリス生きてる」
あれから一時間、ラグナとネレイドさんの猛突進によりエリス達は本来なら一日かかる旅路を一時間足らずで終え、今アマデトワールの郊外に馬車を停めている。
何より思うのは生の実感、あの世界最強の暴れ馬二頭を一時間御して心身共に疲れ切りしぼんだ風船みたいになっているものの…生きてる。
「んんぅ〜、ぁー…人参食いてえ〜」
「楽しかった」
そして当のラグナとネレイドさんはあれだけの全力疾走を一時間も続けたと言うのにケロッとしてるんだから驚きだ。
「お疲れさん、エリス」
「うっ、大丈夫ですよラグナ…」
「悪いな、手加減するつもりだったんだが…こう、鞭打たれるとなんも考えられなくなるのな」
「張り切りすぎた」
「いえいえ、頼もしかったですよ…でも出来ればこう言うのはこれっきりにしたいです」
「そうだな、出来るならここで馬を手に入れておきたい」
それは本当にそう、こんなのが続いたら本格的死ぬ。
「お!着いたか!って街の外からでも見えるくらいデカイな!あの建物!」
「うおーっ!でっけー!すげー!」
「おぉー!なんか凄いですー!」
「あれが冒険者協会で二番目に大きな施設。アマデトワール支部か!」
「まぁ趣のある」
次々と馬車の中から転がり出てくる弟子達、そんな弟子達が見るのは…目の前に広がる大きな街。
雑多にごった返した街の風景とその中央に屹立する巨大な塔の如き冒険者支部。協会支部を中心に据えるデザインから分かる通りこの街は正しく冒険者の為にある街、冒険者たちの街。
その名も始点の街アマデトワール。多くの冒険者達がこの街で冒険者登録をしてこの街を拠点として動くことからそう呼ばれている街…、以前師匠と訪れた時と変わりがない、ここはマレウスの変化に呑まれずそのまま残っていたんだな。
「なんだか騒がしい街でございますね」
「住民の殆どが元冒険者か現冒険者ですからね、冒険者は刹那的で短絡的な生き方が好きなので基本的に騒がしいです、下品ですしね」
「酷い解説だな…」
「それより早く行こうぜ!」
「さんせーい!何があるんだろあの街ー!」
「あ!ちょっ!アマルトさん!デティさん!待ってくださいよー!」
初めて訪れる街を前にアマルトさんやデティ、ナリアさんの三人は急ぎ足で街の方に向かってしまう…けど。
「ねぇラグナ、この馬車どうします?」
「ん?んー…あの街の雰囲気から察するに治安はあんまり良くなさそうだしな」
冒険者はお世辞にもお行儀が良い人達ではない。『足がないぞ、困ったな、あ!あんなところに無人の馬車が!頂き!』とか平気でやらかして来る人達も多くいるし、そうでなくとも貴重品の入ったこの馬車を無人にするのは怖い。
「見張りを置くか?」
「では馬車の中でアリスとイリスを待機させましょう。一応入り口は鍵を閉めて封鎖出来ますし何かあったら私に直ぐに連絡が行くようにもしておきますので」
「二人の事酷使し過ぎな気がしますが…それが一番ですかね」
「後でアリスとイリスに礼を言っておかないとな」
アリスさんとイリスさんはなんだかんだでいつもエリス達を助けてくれる。戦闘能力は無いしいつも一緒にいるわけじゃ無いが二人の存在はとても大きい、二人に感謝しつつここはアマデトワールに全員で向かうとしよう。
先に行ってしまったアマルトさん達を追いかけるようにエリス達は芝生を踏みしめ走り出し、アマデトワールの入り口へと急ぐ。
すると、アマデトワールの街の入り口。ドンと二つ大きく建てられた柱…一応入り口として機能しているそこの前でアマルトさん達は待っていてくれた。いや…待ってると言うより何かを見上げてる感じだな。
「おーい、三人とも〜?」
「ん?おお、来たか」
「来たかじゃ無いぞアマルト、先に行くな」
「悪い悪い、それよかあれ見ろよ」
規律を重んじるメルクさんがややプンスカ怒りながらもアマルトさんの指差す方を…上を見上げる。
するとそこには、入り口として機能する二本の柱にかけられるように乗った巨大な物体…いや、巨大な牙を見上げる。大きい、あまりに大きい、見上げるような柱と同じくらいの牙がデーンとエリス達を出迎える。
「でっけー牙、すげーよな?」
「ああ、なんだあれは…」
「あれはキングフレイムドラゴンの牙ですね」
「ん?知ってるのか?エリス」
そりゃ一度来たことあるから知ってますよ。あの巨大な牙はオーバーAランクの大魔獣キングフレイムドラゴンの牙だ。
協会指定危険度の頂点たるAランク…そこから明らかに逸脱した災厄級の魔獣をこそオーバーAランクと称する。大体百年に一度の単位でしか現れない巨大な魔獣であり一匹で小国を滅ぼしてしまうようなヤバいやつがここに入る。
「オーバーAランクの大魔獣キングフレイムドラゴン、その危険度は魔女大国に現れれば魔女大国最強戦力が駆り出され…時として魔女様自身が討伐に当たる事もあると言われるレベルの魔獣の牙です」
「うげぇ、そんなの居るの…!?」
「ああ〜聞いたことあるな、アルクカースも百年くらい前になるがジャイアントハイドロジェリーって言う空飛ぶクラゲ型の魔獣が出たって。そん時は当時のアルクカース最強の戦士も民間人もバタバタ死んでやばかったらしいぜ。師範でようやく相手になったとか」
「ん…オライオンも五百年前に出たって言うよ、名前は知らないけど…おっきい白熊」
通常の魔獣が異常な成長をした結果、魔獣王に近づき進化したのがオーバーAランクだと師匠が述べていた。エリスは見たことありませんが相当強いらしい。
ちなみに悪魔のアイン…いや五大魔獣たるアクロマティック達魔獣王の寵児はこのオーバーAランクには入らない、オーバーAランクの上が五大魔獣…つまり奴らこそ現行世界最強の魔獣なのだ。
「そんな凄い怪物の牙がなんでこんなところに…」
「それは冒険者協会の現会長、大冒険王ガンダーマンの偉業の一つだからですよ。彼はたった一人でキングフレイムドラゴンを討伐し、その栄光から冒険者協会の会長になったのです」
そうメグさんが語る、そしてこれは事実であるとも補足しよう。若かりし頃のガンダーマンはマレウスに現れ当時のマレウス最強の騎士が焼き殺され、国軍も崩壊し冒険者協会も壊滅の危機に瀕し、マレウス滅亡の危機にたった一人で立ち上がり、半死半生になりながらもキングフレイムドラゴンの首を叩き斬り討伐を果たしマレウスを救ったのだ。
あの自己顕示欲に満ちたおじさんがだ。前会った時はロクでも無い人間だと思いもしたが…彼も昔は本当に凄い人だったんだよ。
「ふーん、しかしドラゴンか…」
「ん?どうしました?ラグナ」
「……いや、別に気にすることじゃ無いからいいか。それよりさ、冒険者登録って彼処でやるんだろ?」
巨大な入り口の向こうにあるのは一本真っ直ぐ続く大通りの向こうにある塔のようなフォルムの施設、世界で二番目に大きな冒険者支部のアマデトワール支部だ。他の支部でも登録は出来るがここには人も依頼も集まるし、設備もちゃんと揃っているから態々ここに来てから登録をする人も多く居ると言うのは有名な話だ。
「はい、そうですよ」
「ねーエリスちゃん、登録って試験か何かあるんでしょ?何するの?」
「それはその人の技能によりますかね、冒険者は登録する前に職業…ジョブという言い方をしたほうがいいですかね。それを設定するんですよ、戦士とか剣士とか魔術師とか盗賊とか」
みんなで一丸となって歩き出しながら話し込む。これから登録するにあたって試験について事前に説明しておいたほうがいいだろうしね。
「それ意味あるか?」
と疑問を口にするのはラグナだ、そんなものに意味があるのか…か。一応ありますよ。
「登録した時に冒険者であることを証明するカードを貰うんです、そこにジョブが書き込まれその人が何の技能を持ってるか人目で分かるんですよ」
剣士の職業なら剣術が得意、魔術師なら魔術が得意、いちいち説明するまでもなく自身のアピールポイントを一撃で伝えることができるんだ。まぁエリスみたいに魔術師でありながら徒手空拳も出来るタイプにはあんまり意味はありませんがね。
「へぇ〜、じゃあその場合俺は戦士?」
「武闘家とかもありますよ、まぁそれは支部についてから一覧を見ればいいと思います。試験はその職業によって変わるので得意なのを選べばいいかと」
「なんかワクワクしてきたな」
「ラグナ、頼むから手加減してくれよ?」
「わかってるよ、なははは」
「にしても凄い街だね、なんか活気が凄い」
「ですね、エトワールにはこう言う街はないですね」
デティが目を向けるのは大通りの商店だ、この街は冒険者のための街だ。だから売ってるものも旅に役立つものばかり。剣や盾から研石や防具を洗うための洗剤、ランタンの油やロープと言ったあると便利な物。他にも事細かな地図や情報なんかも売ってたりする。
旅人として言わせてもらいますけどここの品揃えはまさに天下一だ、普通の店じゃ取り扱ってないマニアックなものや普通は必要にならない物まで旅に役立つものならなんでもかんでも売ってる。ここまで冒険に特化した街は世界にここだけだ、ここを拠点にして働く冒険者の気持ちがわかりますよ。
「歩いてる奴らもみんな武装してるし、いい雰囲気だよな」
そのラグナの言葉にはちょっと同意しかねるが、この街の人間は全員武装してる。それが依頼書を片手に歩いていたり、メンバーで集まって必要なものを買い揃えていたり、なんだか忙しない印象を受けて…。
「ん?」
ふと、店先に気になるものが置いてあったので思わず足を止めてしまう。冒険者の為の街…だと言うのにその店に置かれていたのは団扇や鉢巻と言った比較的優先度の低いアイテムだった。だと言うのにその店が意外に繁盛してる。
なんだ?あの店なんであんなのに儲かってるんだ?
「どうした?エリス」
「あ、いえ…なんでもないです」
以前来た時はあんな店無かったけど…一体なんなのか。それを考える時間は今ではない、今はとりあえずとっとと冒険者になってこの街で馬を買おう。何をするにしてもまずその二つが無ければ冒険は始められない。
今はともかく冒険者登録だとエリス達は並み居る冒険者を掻き分けて協会支部へと向かい、みるみるうちに大きくなる支部を見上げる。
「近くで見ると大きいね」
「ね」
見上げる、その門構えが目視できるくらいまで近づくとより一層人は多くなり協会の大きさがより目立つ。
協会の周辺は広場となっており、そこでは冒険者が馬鹿騒ぎしたり喧嘩したり大騒ぎしたりしている。ちなみに言っておくと外で騒いでいる連中は底辺冒険者達だ、外には格安で飲める屋外酒場が並んでおり、儲かってる冒険者は協会内部の酒場で飲んでいることが多い。
そう言うところでも冒険者の格というのは見えてくるものだ。
『テメェこのやろう!俺の財布に触んじゃねぇ!』
『ああ!?何言いがかりつけてきてんだこの野郎ッ!』
「お?喧嘩か?」
「参加しないでくださいよ?ラグナ」
「いや流石にしないよ…」
外で飲んでる、オマケに冒険者活動に適した真昼間から酒場にいるってことは。受けられる仕事がなくお金を持っていない冒険者が大半だ。そしてどういうわけかそういうのは荒くれ者が多い。
腕っ節だけで成り上がれると勘違いした奴らだろう。だが残念…この冒険者界隈で腕っ節だけで成り上がろうとするとアルクカース人レベルの身体能力が必要なのだ。
「喧嘩に巻き込まれる前に早く協会に入りましょう」
「おう、とっとと試験を…」
「おおっと、待ちな」
喧嘩に巻き込まれたくない、そんな態度で冒険者協会に入ろうとすると。入り口を封鎖するように強面の冒険者がエリス達の前に立ち塞がる。
…何の用だか。
「…退いてくれ、俺達これから試験を受けなきゃいけないんだ」
「ってぇ事は、お前らこれから冒険者になる新入りか?だったら先輩は敬わないとな。取り敢えずここ通りたきゃ、一人銀貨一枚な」
「…………」
ガラの悪い冒険者はエリス達に向けて手を差し出す。銀貨を寄越せと…まるで、いや乞食そのものだな。
さっきも言ったが外にいる冒険者は底辺だ。実力がないから依頼がない、依頼がないから金がない。金がなければ人間は品性も無くなる。この街に来たての冒険者をカモにして酒代を稼ごうとしているんだ。
当然こんな事冒険者間では禁止されている…が、冒険者になる前なら話は別。コレは冒険者協会には咎められない。けどそれはそれとして民間人から金を巻き上げるのはそれはそれで犯罪だろ。
「…悪い、俺達ここに来るまでの道中で金が無いんだ」
「嘘こきな、お前らの身なり…民間人じゃねぇだろ。特にそこの女!」
「わ 私?」
指をさされたのはメルクさんだ。こいつクズのくせして慧眼だな…いやメルクさんの着てる服は見るからに高そうだしな。多分メルクさんの上着を売ればそれだけで家が建つくらいには値がつくだろう。
「その身なりからして…貴族かそこらの出身だな。金が無いってのは嘘だろ」
「私は貴族じゃあないぞ」
そう、貴族じゃない。デルセクト同盟の国王達を傅かせる同盟首長様だ。
「嘘こきな、ここ通りたきゃ金目の物寄越すんだな」
「とは言うけどよ、そこまでして金が欲しいか?実際。酒が欲しいなら後で依頼を受けた後買ってくるからさ」
「ちげぇよ!酒代じゃねぇ!今早急に金がいるんだよ!」
「はぁ?」
ガラの悪い冒険者の目はガチだ。今すぐに金がいる…そう語る彼は何かに追い立てられているような、そんな酷い目をしていて…。
『おいお前!そこで何をやっている!』
「げっ!親衛隊…。チッ!運が良かったな!」
すると冒険者協会の中から響いた声と共に甲冑の鎧騎士がこちらに向かって走ってくる。それを見たガラの悪い冒険者は慌てて逃げ出してしまうのだ。
「そこの君達、大丈夫かな」
「ああ、お陰で助かった…よ……」
駆けつけた甲冑騎士に礼を述べたラグナが、呆然とする。こちらにやってきた甲冑騎士の姿が…なんと言うか、そうだな。言葉を選ぶなら奇抜、選ばないなら変人じみていたからだ。
具体的に述べるならば、まず甲冑の色。目が痛くなるようなピンクの甲冑を着込みその胸部分には歪んでいてよくわからないが恐らく女の子と思われる絵が書き込まれて。甲冑の上から『親衛隊』と書かれな法被を着ていたからだ。
「うっ…」
「うげ…」
その姿を見て思わず口もとに手を当てるのはエリスとメルクさん。いやでも思い出す、カリストに操られ彼女の親衛隊にされた時の記憶を…。
「ん?どうかしたかな?」
「あ…いやぁ、あんまり見ないタイプの鎧だったから、その…びっくりしたと言うか何というか」
「ああ!この格好の事かい。悪いね?これは私の所属するクランの正装のようなものなんだ、『プリプリ親衛隊』というんだが…聞いた事は?」
「無いな」
あるわけがない、なんだその馬鹿さ加減を煮詰めて出来た煮凝りみたいな名前は。いいのかそんなバカみたいな名前のクランに所属してて…。っていうかラグナもよく真顔でいられますね。
「そうか、まぁまだ冒険者になって無いなら仕方ないか。君達も試験に受かって加入したければ我々に声をかけたまえ、みんな私と同じ姿をしているから直ぐに分かるはずだ」
「そっか、多分無いと思うけどありがとな」
「いや礼は結構さ、ではさらばだ。私は協会内部の見回りがあるのでね」
そういうなりピンクの甲冑騎士はそそくさと支部の中へと消えていく。見た目は変だったが見てくれほど変な人ではなかったな。むしろいい人だった。
「何だあれ、冒険者ってのはああいうのが多いのか?」
「奇抜な鎧でしたね、ああいうのを傾奇者って言うんですかね」
アマルトさんはやや呆れたように口にする、先程のガラの悪い冒険者然りピンクの甲冑騎士は然りだ。まぁ冒険者は民間から有志を募って構成された組織だから良くも悪くも個性的な人が多い。
エリスはもっと変なの見たことありますよ。猫耳つけた半裸のマッチョマン集団の冒険者とか。
でも…少なくともエリスが以前来た時にはあんなのは居なかったな。
「エリスもあんな格好のクランは見たことありません。エリスが離れていた数年間で冒険者協会内部にも色々変化があったのかもしれませんね」
「まぁ、そりゃ冒険者協会だって組織だしな。数年も開けば変わりもするさ」
「まぁ何にしても、あまり長居していい空間ではなさそうだ。試験を受けるならばとっとと受けてしまおう、エリス 試験はどこで受けられるんだ?」
「ああ、それなら…彼方の受付です」
メルクさんが急かすようにため息を吐く。確かにずっとこの場に居て楽しい空間では無いな。アマデトワールは良くも悪くも人が多過ぎる、さっきみたいな追い剥ぎみたいな目にまた合わないとも限らないからね。
早く登録してしまおうと指を指すのはアマデトワール支部内部にある冒険者登録専用窓口。始点の街として各地から冒険者を目指す若者達が集まっているが故にそこには大蛇の如き行列が出来ている…。ん?なんか前来た時よりも冒険者登録を行う人が多い気がするな。
冒険者協会は不況だと聞いていたけど、もしかして持ち直したのかな。
「では、…冒険者としての最初の試練です。無事みんなで突破してこのマレウスでの冒険の足掛かりを手に入れましょう」
「おう、まぁ見た感じ落ちる様子はないし。気楽に行こうぜ」
まずは冒険者になる事。そうする事でマレウスでの冒険は格段にやりやすくなる、上手くやればケイトさんからもマレフィカルムの情報を貰えるかもしれない。この二つがあるだけで冒険者になる価値はある。
…………………………………………………………
冒険者登録。それは文字通り冒険者になる為に必要な形式であり そして冒険者としての門出を意味する儀式でもある。
「いらっしゃい、今日は登録に来たのかしら?未来の英雄さん」
受付で待つ綺麗なお姉さんが微笑みかける。その優しげな瞳と共に差し向けられるのは一枚の用紙、造紙技術に長けたコルスコルピの影響で質のいい紙が潤沢に存在するマレウスだからこそ 冒険者登録にもこのように紙が使われているのだ。
「ここの用紙に、名前と年齢と職業…ジョブを書き込んでね、勿論だけど嘘はダメ。もしもの時に協会が庇えなくなっちゃうから」
冒険者登録に必要な情報はとても少ない、名前と年齢と技能…この三つさえあれば誰でも門を叩けるのが冒険者の良いところだ。
そしてお姉さんは嘘はダメとは言っているが、別に嘘をついたら登録出来ないなんてことは無い。ただこれから一緒に仕事をしていく協会相手に嘘をつくなんて最低限の筋も通せない奴は、何か問題があった時協会に助けてもらえないだけだ。
因みにだが姓を書き込む必要はない、故にラグナ達立場ある人達には姓を書き込まないように伝えてある。もし指摘されても同じ名前でゴリ押せるようにね。
「職業は分かる?言っておくけれど貴方が持ってる仕事じゃないわよ?冒険者では技能の事をジョブと呼ぶの。なんでかは知らないけれど…まぁ古い儀礼が今でも残ってるのね」
ジョブという概念は冒険者特有のものだ。数多くあるチェックリストの中から一つ自分が出来る物を選ぶ。
例えば戦士なら近接戦に優れた者。その中でも剣術に優れれば剣士、槍に優れれば槍士、拳に優れれば武闘家。
魔術師も治癒に長けた僧侶、補助に長けた補助術師、攻撃に長けた魔術師。
中には盗賊とか踊り子なんて職もある。
これらのジョブは自己申告制だ。これによって登録試験の内容が変わるし冒険者になった後も『自分は魔術師です!』と言えば何が出来るか一通り分かるって寸法だ。
中には依頼にも『魔術師限定』とか『戦士限定』とか職業指定の依頼もあるし、協会から支給される武具や武装もこの職業によって変わったりするし…実は結構重要な項目だったりする。職業を変えようと思うともう一度登録試験を受け直さなきゃいけないしね。
さて、エリスは何の職だろう。昔は魔術師一択だったが今なら多分武闘家でも通るしやれと言われれば踊り子も出来る。だが今回もまた魔術師を選ばせてもらおう、やはり一番得意なのは魔術だからね。
「終わりました、お願いします」
一度やっている事なのでエリスはスラスラと用紙に書き込み、必要な情報を纏めて受付さんに提出する。ふと…隣を見てみるとエリスの仲間達、ラグナやデティ達がちょっと悩みながら職業を考えている。
「うーん、私魔術師?それとも治癒が出来るから僧侶?」
「俺は…戦士なのか?武闘家なのか?」
「おい、銃士の欄がないぞ。銃を扱う場合はなんと職になるんだ?何?猟師!?…ううむ、背に腹は変えられんか…」
「俺は剣士一択〜…え?料理人なんてジョブもあんの?冒険者マジなんでもありだな」
「踊り子と歌い手…どちらにするべきか」
「このチェックリストにある職業全部出来るのですが全部にチェックしてもいいですか?ダメ?なるほど、ではメイドで…え?メイドはない?そんな…」
「…ん…私は……」
みんなあれやこれや受付の人に聞きながら職業を決めている。本気で冒険者をやるなら重要だけど一応資格が欲しいだけなのでそんなに思い悩むことはないとは思いますが。
言いませんよ、無粋なことは。分かります、ちょっと楽しいですよね?こういう経験はあんまりないですから。
なんてほっこりした目でみんなを見ていると…。
「エリス…もしかして貴方、元三ツ字冒険者の『瞬颶風』のエリス様では?」
ふと、受付の人がハッとした様子でエリスの顔を見る。瞬颶風はエリスが昔冒険者をやっていた時に貰った『字』だ。
冒険者は卓越した実力者に協会が特定の『字』を送る制度がある。一ツ字から四ツ字まで…冒険者達の中では字持ちと呼ばれ憧れの的とされるその存在は冒険者協会でもかなり優遇される存在だ。
特に最高ランクの四ツ字は凄いらしい、協会から活動拠点となる施設をプレゼントされるらしい。まぁ四ツ字冒険者の実力は魔女大国最高戦力に次ぐとも言われているからそんなに人数はいないんですがね。
「分かるんですね、一応前使ってた証書は持ってますけど…」
と、エリスが昔使ってた冒険者証明書をカバンから取り出す。半年に一度の再発行試験を受けていなかった為にもう失効してしまっているが、身分証明とかに使えるので未だに捨てずに持ってるんだが。
それを見て、受け取った受付さんの顔がやや難しくなる。
「そうですね、ではエリス様は再度冒険者登録を行いたい…ということですよろしいですか?」
「はい、出来ますかね…」
「それは問題なく出来ます、しかし再発行となると以前持っていた字は戻ってきませんが…よろしいですか?」
「ああ、大丈夫ですよ」
寧ろ無い方がいいとさえ思ってしまう、字持ちは否が応でも目立つ。昔はこの字の所為で受ける恩恵をトントンにするレベルで厄介ごとも色々舞い込んできたからな。
「ではそのような形で再発行させていただきますので少々…」
なんて言っていると、カウンターの奥からやや年老いた受付おばさんが現れる。恐らくここを統括する受付主任とでも言おう人物がエリスの応対をする受付さんを呼びつけ、何やらコソコソと話をし始める。
…なんかあった…んだろうな。懸念があるならさっきも言ったがエリスは冒険者協会の会長ガンダーマンに嫌われている。別れ際にもう冒険者にはしない的なことも言われた。
それがまだ生きていて、瞬颶風のエリスは冒険者協会出禁…ってことになってる可能性もある。そうなったらどうしようかな…まぁみんなが冒険者になればみんなは恩恵を受けられるし、エリスが無理に冒険者になることは…。
「エリス様、申し訳ありません。エリス様をこのまま登録試験に向かわせることは出来ないようです」
「あ…やっぱエリス冒険者になれません?」
「いえ、ただ…支部長が、ケイト・バルベーロウ支部長がお呼びとのことです」
「ケイトさんが…?」
ん?どう言うことだ?試験は受けない代わりにここの支部長であり冒険者協会の最高幹部に会えって?なんかきな臭いな。
でも、…願ったり叶ったりかな。エリス達はどの道ケイトさんに会うつもりだったんだし、向こうから会いたいってんならそれに越したことはないか。
「分かりました、ケイトさんは今どちらに?」
「上層の支部長室にてお待ちです。案内しますのでこちらにどうぞ」
「あれ?エリスちゃんどこいくの?」
「ちょっと支部長に呼ばれたので行ってきます」
「え!?いきなり!?…うん、頑張ってね」
デティは愕然としながらも綺麗な筆捌きで慌てて書類にサインをしていく。流石は魔術導皇、書類へのサインはお手の物…なんてからかうのはやめておこうか。
と言うか受付のお姉さんも早くしてくれと言わんばかりの目つきだ、エリスの案内をしている間ただでさえ忙しい登録受付の人員が一人割かれるのだから当然か、ならば手早く済ませるとしよう。
「今行きます」
軽く手を挙げ、受付のお姉さんについていく。当然周りの冒険者志願組からの目は惹く。
何せ登録用紙に記入していた女がいきなり支部の奥へと連れていかれているのだから。自分達と同じ新入りだと思っていたらいきなり特別扱い…、目立つつもりがなかったのにいきなり目立ってしまった。
まぁいいか、どうせ遅かれ早かれ目立つだろ。だって今は八人の弟子で行動してるんですよ?あの人達が目立たず慎ましやかに冒険出来るわけがないんだから。
「……支部長室はこちらです」
人気のない廊下の奥、支部の職員以外立ち入り禁止の区画に通され奥に存在する階段を登って登って登って…、受付のお姉さんの息が上がるくらい登った頃…エリスは支部長室と書かれた部屋の前へと通される。
「ここにケイトさんが?」
「はい、この部屋に入る際は必ずノックをしてください」
「この部屋に限らず基本入室する時はノックをするものでは?」
「冒険者の中にはそう言う最低限のマナーを持ち合わせない方もいるので、規則化する必要があるのです…とケイト様が言っていました」
……あの人も大変そうだな。言ってみれば荒くれだらけの冒険者達を一つの組織として束ねて率いた人だ。そう言う細かな規則も作っていかなくてはいけないくらい苦労したんだろう。
「分かりました、では…失礼します!」
受付のお姉さんが早足で職場に戻るのを見届けた後、エリスは襟を整えノックする。今から会うのは顔見知りとはいえこの組織の最高幹部。それも冒険者協会を盛り上げた立役者にして伝説の魔術師の一人。
傲慢にはなれない、故に強く…そして区切りよくノックすると。
『入ってください』
やや、硬い声が返ってくる。歓迎って感じではなさそうだ。だが今更引き返せない、エリスは声を上げて挨拶しつつ支部長室に踏み入る。
すると、そこには眺めのいい大窓とそれを背にするように置かれた長机…、そこに座るように黒髪白肌の麗人が待っていた。
…ケイトさんだ、三年前見た時と寸分違わぬ姿だ。
「お久しぶりです、ケイトさん」
「…ええ、まぁ…お久しぶりですね、エリスさん」
既に老齢に差し掛かりながらも独学で開発したと言う劣化版不老の法にて、魔女様同様永遠の若さを手に入れた彼女こそマレウス随一の魔術師。魔術王ヴォルフガング 大魔術師トラヴィスに比肩する魔術師の一人であるケイト・バルベーロウがエリスを見て目を細めながら軽く挨拶をする。
…もう会うのは三年ぶり、しかも出会いも別れも最悪だったあの時以来だ。
「まさか、貴方がマレウスにやってくるとは…。呼びつけておいてなんですけどよくもまぁ冒険者協会に戻ろうと思えましたね」
嫌味だ、まぁ嫌味の一つも言われるだろう。エリスは彼女とガンダーマン会長が持ち寄ったくだらない計画を蹴ったんだから。まさしくどのツラ下げて…だよな。
「はい、エリスも戻るつもりはありませんでしたが事情が変わりました。マレウスを冒険するにあたって冒険者になろうかと思いまして」
「そうですか、まぁ私ももしかしたら戻ってくるかもって思ってエリスさんがこの支部を訪れたらここに通すように言っておいたっちゃあ言っておいたんですがね」
「そうだったんですね」
だからあの場で即座に呼ばれたのか…。エリスが戻ってくる可能性、どれだけそれが小さな可能性でも部下達に言い含めておく分ならタダだしね。
「しかし、まさか…あんな爆弾を抱えて戻ってくるとは思わなかったなぁ」
「爆弾?エリス爆弾なんて使いませんよ。無くても強いですから」
「爆弾も爆弾…超巨大爆弾を持ち込んだんですよ。…魔女の弟子達という名の爆弾をね!」
「ああ、ラグナ達の事ですね」
「『ああ、ラグナ達の事ですね』じゃないですよ!?分かってます!?ここマレウス!ここ冒険者協会!そこにアルクカースの大王やデルセクトの同盟首長に魔術導皇!…いえ、そもそも魔女の弟子全員連れてきましたね貴方!」
今にも泣き出しそうな顔つきで机を叩き立ち上がり、エリスに詰め寄ってくるケイトさんの勢いは今にもエリスほどの胸ぐらに掴みかかりそうな勢いだ。
だが、確かに思ってみればとんでも無い事ですよね。みんなも言ってましたけどアド・アストラの六王が冒険者なんて前代未聞か。
「もしこれが表沙汰になったらどうなると思います!?どうなると思います!?私にも分かりません!前代未聞過ぎて想像もつきませんが確実に良くないことになるでしょう!」
「でもエリス達はマレウスでやることがあるんです、その為にも冒険者になる方がお得なので」
「お得で協会傾けないでくれます!?はぁ〜〜〜。このちょ〜大事な時になんて事に…」
「大事な時?」
「…………」
しまった…とばかりに一瞬ケイトさんが目を逸らす。何かあるのか?もし何かあったらエリス力になりますけど…。
「ああそうだ、態々魔女の弟子の皆さんが勢揃いでマレウスに来るなんてただの旅行ってわけじゃ無いんですよね。何かあったので?」
すると視線同様話も逸らす。力になりたいけれどケイトさんはそもそもこの一件にエリス達を関わらせたく無い様子だ。まぁ彼女の中でエリスはかなり信用出来ない部類に入る人間みたいだし仕方ないか。
「えっと…、エリス達は今この国に居るであろう組織…マレウス・マレフィカルムの本部を探していて…」
「マレフィカルム!?!?!?!?」
ギョギョギョーン!とばかりにあからさまに取り乱すケイトさんの様子を見るに…この人ひょっとして何か知ってるのか?だとしたら是が非でも聞き出さねば…。
「もしかしてケイトさん何か知ってます?」
「し…知らないです。あいや!本当に何も知らないんですよ!?マレウス・マレフィカルムって言えば裏社会で一番やばくてデカイ組織でしょ?そんなの繋がりを持つだけでもアウトじゃ無いですか!」
それをケイトさんが言うんだ…、まぁいいけど。しかしだとしたら何故答えてくれないんだろうか。
「じゃあなんでそんなにキョドッてるんですか?」
「いや…だって、魔女の弟子達が一堂に会してこのマレウスを捜査してるってことはつまり。始まるんでしょう?親魔女派と反魔女派の一大決戦が…、その口火がウチで切られようとしてるってことでしょ!?」
「別にそう言うわけでは…、そもそも迷惑はかけませんよ」
「かかるんですよ全自動で!!!いいですか、ここはマレウス!反魔女思想の国!もし親魔女派と反魔女派が世界中でぶつかり合えばこの国は反魔女派として動くでしょう!そんな中冒険者協会だけが親魔女派の筆頭たる魔女の弟子達の援護をしてマレフィカルム捜索を手助けしたとなれば…あわ、あわわわわ…!殺されるーッ!怒り狂った民衆に貼り付けにされて殺されるーっ!」
うぎゃー!!とその場でのたうち回り恐怖に怯える。しかし確かにその通りだなとも思える、エリス達が迷惑をかけるかけないに関わらずエリス達は反魔女を掲げる全ての敵だ。つまりマレウスからすればそもそもが敵。
その援護をすればケイトさん達は所謂裏切り者のレッテルを貼られる事になるのか……。
うーーーん、まぁいいか別に。もしやばそうならアド・アストラで助ければいいだけだし。
「ううっ!特に私みたいな美しい女は殺される前に犯されるんだ…、しこたま犯されて慰み者にされて殺されるんだ、美しいから…私が美しいから、ああ!美しいのは罪とは言いますがちょっと厳し過ぎませんか!世間!」
なんか元気そうだし…。
「そこをなんとか」
「今の一連の私の取り乱しようを見てまだ交渉の余地があると思ってます!?無いですからね!これっぽっちも!もう冒険者になるのは許してあげますから我々には関与しないでください!私も知らなかった事にしますから!」
だからお願い!騒ぎは起こさないで!と涙ぐんでエリスに縋り付く彼女を見ていたら、これ以上無理にお願いするのはなんだか心苦しい気がしてきたな…。
冒険者になるのは許してくれるみたいだしそれでいいのか?でもケイトさん…なんか知ってるはずなんだよなぁ。マレフィカルムについて彼女は確実に知っているはずなんだ。
エリスはその証拠を『記憶している』。
「分かりました、では最後に一つ聞かせてください」
「聞いたら帰ります?」
「答えによります」
「ならどうぞ…」
「じゃあ遠慮なく…、ケイトさんってラクレスさんと仲いいんですよね」
「え?ええ、まぁ…」
そこに関しては否定しない。一応ラクレスさんも魔女大国の王族ではあるもののそことの繋がりを否定しないのはラクレスさんが冒険者協会への根回しとしてアルクカース内での冒険者達の活動を援助していた過去があるからだ。
あの継承戦もその一環…そう、あの継承戦も。
「でしたら継承戦についてもよく知ってますよね」
「ええ、知ってますよ。私がラクレスさんの依頼で冒険者を百人規模で派遣しましたし、それが何か?」
「ならラクレスさんが裏でマレウス・マレフィカルムと結託してクーデターを企んでいたのも知ってますよね」
「…………」
答えないか?知ってるはずだろ。だってラクレスさんはマレウス・マレフィカルムの口車に乗せられ裏で巨大兵器ジャガーノートの建造をしていた。そしてその建造の作業には…ケイトさんが派遣した冒険者が関わっていた。
ケイトさんが寄越した冒険者がマレフィカルムと結託して行動していた。それはラクレスさんの指示とも取れるが、それでもまるっきり繋がりがないわけじゃ無いだろ。
「ラクレスさんはマレフィカルムと通じていた、そしてそのラクレスさんはマレフィカルムと一緒に冒険者を使っていた…貴方が派遣した冒険者を」
「知りませんよ、私達は所詮雇われですよ?依頼主の依頼に答えはすれどその中身にまで突っ込むのはタブーなんです。ラクレスさんが勝手にやったことに私を巻き込まないでください」
「勝手にやった事なんでしょうか、エリスはそうは思いません。ラクレスさんはあの場に自分の軍団を連れていなかった…それは彼が自身の軍団から情報が漏洩することを恐れたからでしょう。信用出来ない人間以外は使わなかった…のに冒険者は使った。それは歪だと思いませんか?」
「思いませんよ、蜥蜴の尻尾切りのつもりでバレた時は冒険者に責任を押し付けるつもりだったのでは?」
理路整然、ケイトさんは先程までの取り乱しようが嘘のように真顔で淡々とエリスの追求を避ける。老獪にして老練の舌撃、付け入る隙がない理論…。
だがエリスはケイトさんがマレフィカルムの活動について何か知っていたのではないかと踏んでいる。ラクレスさんは事前にある程度のことをケイトさんに伝えていたのではないか?そしてそれをケイトさんが了承したからあの場に冒険者達がいたんじゃないのか?
…けど、生憎それはもう十年近く前の話、今更詳しく調べることも出来ない。
「…なんて、ここまで必死になって隠そうとする時点で答え合わせをしているようなものですね」
するとケイトさんは諦めたように笑い、立ち上がると共に再び冒険者協会最高幹部だけが座ることを許されたその座椅子に腰をかける。
「…私は今嘘をつきました。マレフィカルムのことを何にも知らないのは嘘です」
「やはりそうなんですね…、ならケイトさんは…」
「勘違いしないでください、私はマレフィカルムにこき使われるような人間じゃありませんよ。ただ…マレウスに冒険者協会がある以上マレフィカルムの干渉は避けられないんです」
…マレウスにある以上?つまりそれは。とエリスが言葉にする前にケイトさんはクスリと微笑み首肯する。
「ええそうです、マレウス・マレフィカルムの本部はここ…、このマレウスの地の何処かにあります」
確信めいていた疑惑が今確信そのものへ変わる。マレウス・マレフィカルムの本部はこの国の何処かにある…それをケイトさんは断言するのだ。
「協会内部にも奴らの手の者が居ます。大型クランのいくつかは丸々マレフィカルム所属の魔女排斥組織との噂も聞きます。我々冒険者協会は奴らにとって最高の隠れ蓑…私が最高幹部の座についた時から既に切除不可能なレベルにまで食い込まれていたんです」
「ならなんでそれを嘘までついてエリスに黙っていたんですか」
「だって貴方それを聞いたら手当たり次第に冒険者を襲うでしょう、マレフィカルム本部の情報を得るためとか言ってね?言っておきますけどそういう意味合いも込めての爆弾です。魔女の弟子が冒険者になったと表沙汰になれば協会内部のマレフィカルムも黙ってない、確実に協会内部で抗争になる。それは避けたいんですよ」
我々には民間人を魔獣から守る義務がある、親魔女派と反魔女派の抗争になんて巻き込まれたくない。それがケイトさんのスタンスだ、冒険者には魔女云々言っている暇はない…本来は。
「はぁ、財政難に喘いだ結果ラクレス様の申し出を受けたのが間違いでしたね。いや…断っていたら協会内部のマレフィカルム構成員に何をされていたか…」
「なんか、大変そうですね」
「大変そうではなく今現在も忙しいんですよ、貴方のおかげでね。とはいえ…追い返したら追い返したで後が怖いので文句は言いませんがね」
「エリス達は別に何もしませんよ」
「子供の口約束を信じられる程若くないのでね、ともあれこれではっきりしました」
「はっきり?」
「ええ、貴方の事情と私の言い分…双方が出揃いました、なので一つ取引をしませんか?」
「……してくれるんですか?」
「しますとも、だって話をするつもりがなければそもそも貴方をここに呼ばず出禁にしてますから」
確かにそれはそうだ。ケイトさんはエリスに言いたいことがあったからここに呼んだのだ。
エリス達魔女の弟子を受け入れれば協会内部に蔓延っているというマレフィカルム構成員達とかち合い彼女の言う通り抗争になる可能性が高い、そう言うトラブルを避けるならそもそもこんな回りくどい話なんかせず入り口で追い返すことも彼女には出来た。
だがそれをしない、つまりそこには理由があると言うことだ。
「何をしたらいいんですか?」
「ん〜、まぁ細かい契約の内容はすっ飛ばして先に契約内容を述べるなら…」
するとケイトさんは立ち上がり…こちらに手を差し伸べて。
「私のチームに入りませんか?魔女の弟子八人全員で、我がチーム『ソフィアフィレイン』に」
それは、チーム参加のお誘いであった。
………………………………………………………………
「お、揃ってるな。みんな結果はどうだった?」
登録試験が終わり冒険者になることを夢見た若者達が悲喜交々の表情を見せ試験会場から出て行く中、特徴的な赤髪を揺らしながらラグナが余裕綽々といった様子で寄ってくる。
「無論だよラグナ、余裕だった」
そう答えるのはメルクリウス…私だ、私達はこの国での足掛かりを得る為冒険者の資格の取得を目指し全員で登録試験に挑んでいたのだ。
私が受けた職業試験は『猟師』のジョブだ。銃を扱い戦うジョブをそう呼ぶらしく私に合った職業がそれしかなかったからこの試験を受けたのだが…正直余裕だった。
試験内容は動き回る兎型ゴーレムを狙撃するという内容。デルセクト同盟軍にて銃の取り扱いについて正式に訓練を受けている私からすればお遊びみたいな試験だったが…他の試験者達の有様は見ていて酷いもんだった。
殆どが銃の取り扱いが危なっかしいのなんの。恐らく我流の取り扱いだろうが…はっきり言って試験に落ちる不安よりも近くにいるやつが暴発や誤射しないかの方が不安だったよ。
ともあれ私は楽々試験クリア、試験会場の出入り口で正式な冒険者認定カードを受け取りロビーに戻ると、既に他の面々…アマルトやデティ ナリアにメグ ネレイドと揃っていた。
「へぇ、みんなはなんの試験受けたんだ?」
「俺ぁ剣士でもよかったけど、『料理人』ってのがあったからそれにしたぁ。なんか職業によって協会から支給品がもらえるらしいじゃん?それ目当てー」
「僕は踊り子です!僕踊り踊れるんですよ!」
「私は魔術師〜、だってほら…魔術導皇だし」
「皆さま流石でございます、私は『薬学博士』としての資格を取得しました。理由は特にありません」
アマルトは料理人として試験を通過し、ナリアは踊り子、デティは魔術師、メグは薬学博士として試験を通過したらしい。別のこの職業に関しては我々は特にどれでも良いのだが…、それでも得意なものを受けた方が確実に試験も突破できるし、何より協会から職業ごとに支援も受けられるらしいしな。
「ラグナはなんだ?」
「ん?俺戦士」
「…手加減したんだろうな」
「あー…うん」
本当かぁ?確かに得意な分野で試験を受けた方が確実ではあるが…あんまりにも得意分野過ぎると手加減が効かなくなると言うデメリットもある。下手に目立てば今後動きづらくもなる…と言い出したのはラグナなのだが。
『見ろよあそこの新入り、配られた武器を一つとして使わずに教官を素手でぶちのめした怪物だ』
『マジかよ、ってあいつアルクカース人じゃね?』
『ありゃ将来有望だぞ…今のうちに声かけるか?』
ほれ見ろ!と言うか全然加減できてないじゃないか!配られた武器を使わず?戦士の試験は武器を使って戦闘するという最も単純な試験だったんじゃないのか?そこで何故武器を使わなかったんだ…。お前の拳はどんな武器より強力だろうに。
「ま…まぁさ!ともかく!全員試験受かったようで何より…」
「……私、落ちちゃった」
「へ?」
落ちた、試験に落ちた。そう口にするのは先程から俯いているネレイドだ。…そんなバカな、あのネレイドが試験に落ちただと?彼女は魔女大国最高戦力であり魔女の弟子達の中でもトップクラスの実力の持ち主だぞ。
そんな彼女が落ちる試験って一体…いやまさか。
「ネレイド、君は何の試験を受けたんだ」
「……僧侶、だって私テシュタル教徒だから…元々僧侶みたいなもの」
全員が己の顔を叩きやっちまったと後悔する。しまった…ネレイドは職業云々についてよく理解していなかったのか。
違うのだ、僧侶とはテシュタルの教えに殉じて生きる方の僧侶ではなく治癒魔術に長けた者を僧侶と冒険者協会では呼ぶのだ。というのもマレウスでは僧侶が神の施しとして無償で治癒魔術を行使する文化があるのだ、それが冒険者に帯同して依頼を受けることもあるため冒険者達の中では『僧侶=治癒魔術』の印象が強いんだ。
その事を上手く理解できていなかったか、或いは僧侶と見て飛びついてしまったか…シスターたるネレイドはガックリとうなだれ涙ぐむ。
「うう…、試験で…治癒魔術を使えって言われたけど…私使えないから…、教官に論外だって言われて…怒られちゃった」
「あー、なるほどねー。魔女大国と非魔女国家の文化は違うもんな。そういう凡ミスも仕方ないって。次はお前の良さを活かせる職でチャレンジすりゃいいさ、気にすんなー?」
「でも、一回試験に落ちたら…次受けられるのは半年後だって…、ごめんね…私のせいで…みんなの足引っ張っちゃった」
グスグスと鼻をすすり始めるネレイドを見て、彼女もまた一人の乙女なのだと悟る。ただでさえ馬車の一件で負い目を感じていたのにそこに追い打ちをかけるようにこれだ。
なんとかしてやりたいが…出来ないもんか?とラグナに目線を送ると、彼も軽く頷き。
「よし、じゃあ協会側に掛け合ってみよう。受ける登録試験を間違えてしまったと言えば通じると思う」
「いけるかな…」
「治癒魔術も使えないのに僧侶の試験を受けた…、これは向こうも異常な事態だと分かってくれるはずだ。なに 次受ける試験を一発クリアすりゃ文句も言われないって」
「そうかな…」
恐らくだが通じるだろう。流石に受ける試験をミスしたとしても次の試験は半年待て…とは言わないはずだ。ネレイドは治癒魔術を使えないだけ、或いは武闘家の試験でも受ければ一発クリアは確実だ。何せ彼女は祖国オライオンのレスリング界にて無敗のチャンピオンとして君臨している存在なのだから。
「そうそう。ってわけでネレイド、俺と一緒にもう一回受付に行こうな?後アマルトも付いてきてくれ」
「え?いいけど、なんで俺?」
「序でに協会から支給品がも受け取っておきたい、この中で一番もらえる支給品が役立ちそうなのは料理人のアマルトだけだしな。戦士の支給品の剣とか槍とかもらってもって感じだろ?」
「ま、そっか。アイアイ行きますよー」
ネレイドの再試験のついでに支給品も受け取っておきたいというラグナは二人を連れて再びロビーを出て受付へと向かう。支給品か…、冒険者のランクが高ければ高いほど良いものがもらえるらしいが…はてさて新人の我々にはどんな物が支給されるのやら。
「さて、…では残ったメンツはここで一旦待つとするか」
「そうですね、ここ飲食も出来るみたいですが何か飲み物持ってきますか?」
「いや、いい…この喧騒の中をナリア一人で歩かせるのもあれだしな」
チラリとロビーの様子を見ると、相変わらず冒険者協会内部は荒くれの冒険者達でごった返している。髭面の冒険者から若い冒険者、気品ある女性から皺だらけの老人まで選り取り見取り。それらが全員げたげたと笑いながら騒いでいる。
ああいう刹那的な騒ぎ方には見覚えがある。私が昔いた落魔窟…そこの酒場によく似ている。あまり好きな雰囲気ではないというのも差し引いて酒を飲んで気が大きくなった人間達とはなにをするか分からんからな。ナリアみたいに華奢な子は下手に出歩かない方がいい。
「それにエリス様がまだ戻ってきませんしね」
「む、確かに」
そうだ、エリスがいない。まだエリスが戻ってきていないんだ。唯一冒険者の経験を持つ彼女がまだ戻ってきていないのは少しおかしいな…。
「デティ、君は何か知っているか?」
「んー、なんかエリスちゃんここの支部長のケイトさんに呼び出されてたよ」
「なに!?本当か!?」
「うん、って言ってもなにを話すかまでは知らないけどね」
ケイト・バルベーロウに呼び出されて?ううむ、大丈夫だろうか。いきなり呼び出されたとはいえ向こうは冒険者協会の最高幹部…立場があるが故に迂闊なことはしてこないだろうが。
ぶっちゃけ不安なのはエリスの方だ、なんか変なこと言われてブチ切れないよな。彼女は自分がバカにされたり貶されたりしても怒らないが、彼女の中にいくつかあるポイントを刺激すると彼女は秒速で激怒する。
もし彼女が何か言われて最高幹部のケイト・バルベーロウを殴り飛ばすなんてことになったら…。
(いやいや、考え過ぎか。エリスだっていきなり最高幹部をぶっ飛ばすなんてことはないだろう)
不安だ、正直不安だ。彼女の事は信頼してるし頼りになるとは思ってはいるが…彼女のやる時はとことんやる姿勢が裏目にでる事もあるんだ。
「不安に思っても仕方ないよメルクさん、大丈夫だよ」
「そ そうか、うむ…そうだな」
なんてデティ達と共にロビーの丸卓を囲むように座り、ともかく今は仲間達の合流を待っていると…。
「あれ、美人の新入りちゃんがいるじゃんかよ」
「む…」
すると、何やらニタついた男達が寄ってくるのが見える…と思った頃には既に囲まれている。なんだこいつら…。
「何者だ」
「何者か?へへへ、俺達は超大型クラン『大拳闘会』…あの四ツ字冒険者『冠至拳帝』レッドグローブ様が率いる協会屈指の実力者集団、ちなみに俺はそこの特攻隊長ミゲルってんだ」
ミゲルと名乗ったスキンヘッドの男はへへへと下卑た笑いで己を高く見せようと大きな主語を使ってみせる。
自分達で実力者集団と言ってしまうとは、余程の自信があると見受けられる。だが『冠至拳帝』レッドグローブの名は我がデルセクトにまで轟くほどの大人物である事は確かだ。
魔術と拳闘術をハイブリットさせた独自の戦闘術を持つレッドグローブ。その実力の高さは確かに屈指と謳われるほどの物であり、若かりし頃の神将カルステンに匹敵するとも言われる協会最強の魔術師の一人だ。
それが率いる大型クラン。幾多のチームが寄り集まり出来た組織『大拳闘会』…その権勢は協会内部でも相当なものだろうな。
「ほう、あのレッドグローブの」
「そうそう、流石に新入りでも知ってるよな」
「で?その大層なクランの末端が何の用だ」
「末端って…酷いこと言うじゃないか」
そうは言うがな、いきなりこちらを取り囲んで置いて穏便な話し合いが出来ると思うか?こちらの警戒心を煽りたくなくばまずは相応の姿勢を見せろ。
「まぁあ?言ってみれば勧誘だよ、おたくら新米チームだろ?それも女子だけのさ」
「女子だけ?…そう言うわけでは…」
そこでふと気がつく。今この場には華奢な人間しかいないことに。私はともかくデティは子供だしメグも見た目はお世辞にも強そうには見えない、ナリアは…男だがそれを一々指摘するのは野暮なくらい女子だ。
ラグナやアマルトと言った男、ネレイドやエリスといった立ち姿だけで威圧出来る人間がこの場にはいないことに気がつく。しまった…変な虫が寄ってきてしまったか。
「えっと、僕は女子では…」
「君達みたいな華奢な女の子達だけで依頼になんか出たらあっという間に魔獣に食べられちまうよぉ!俺達としてはそれは心苦しいからなぁ、どうだいここは俺たちのチームに入るってのは」
「君達の?」
「そうそう、見ての通り俺達のチームは男所帯でさ。ってかそもそもうちのクランが男ばっかってのもあるんだけど…、そこに君達みたいな可愛い女の子達が入ってくれたら俺達としても嬉しいしさぁ!」
「可愛い女の子だから入れたいと?」
「そうそう、キチーンと守ってあげるしさ。まぁ偶に?お酌とかしてくれたりするだけでいいからさ」
寄ってくる、目の前の男が言い寄ってくる。舌なめずりをして性欲に満ちた顔を寄せ付けながら私達をチームに誘ってくる…というか、無理矢理入れようとしていると言ったところか。
囲い込んで威圧して無理矢理チームに加入させて自らの自尊心と股座の調子を整えるためだけに女を浪費しようとするか。
グズどもめ…。
「悪いが今は人を待っているんだ、そこにはキチンと男もいる。彼らがいる以上私達のような華奢な女の子でも大丈夫というわけだ」
「何?男いんの?でも多分そいつより俺の方が強い屈強だよ?なんせ俺は『大拳闘会』の一員だ、魔獣だって殴り倒せるぜ?」
ほらほらと言いながら筋肉を見せつけたりその場で虚空を殴る動きを見せたり…、お世辞にもこいつらがラグナより強いとは思えない。動きは私から見ても構えも動きも突きも素人同然だ。
どうやらクランやレッドグローブは強くとも、末端までそうとは限らないようだ。まぁ組織とは得てしてそういうものだが。
「で?どうだい!」
「私の顔が乗り気に見えるか。そもそも私は彼らを裏切るつもりはない、誘いはありがたいが他を当たってくれ」
そもそも私には決定権がない。旅をするにあたって全体的な動きの決定はラグナが、指針はエリスが取る。それはオライオンの時から決められている流れだ、ここで大拳闘会に入る決定を私だけでは出来ないし。
そもそも、女をそんな目でしか見ていないグズに私が傅くわけがないだろう。
「…お前らさ、状況分かってる?」
すると男の目つきが途端に険しくなる。睨みを利かせているのだろう…ようやく本性を見せて…、いやそもそもそんなものは見え隠れしていたか。
「俺らが優しいうちにこの話受けといた方がいいよ」
「っていうかそもそもさー、冒険者協会って無理矢理チームに勧誘するのってアウトなんじゃないのー?」
するといよいよ呆れ果てたのかデティが口を開く。いつの間にやら把握していた冒険者協会の取り決めを出して男達を威嚇するが。
「はぁ?うるせぇよガキンチョ!ンなの俺達には関係ねぇーんだよ!」
「ガキンチョ言うなやこの性欲鬼盛りドグサレチン◯ンピラがッッ!!!」
「なっ!?なんだとこのガキッ!」
キレるデティに呼応し周りの男達もまたキレる…というかキレさせたな。最早衝突は避けられないか?まぁどの道我々が懇切丁寧に断っていても奴らは襲いかかる気満々だったし結果が早いか遅いかの話でしかないか。
しかしここで乱闘はまずい、なんとか場を収めなければ…。
「ちょっとあんた達!」
「あ?」
「ん?」
すると、そんな我々の諍いを見て仲裁に入るように声が響く。ズカズカと鋭い足音を立てる声の主は私よりも色素の薄い青髪を揺らしてローブの女は現れる。
「新入りを無理矢理脅してチームに加入させるのは協会の規約違反よ、勿論それを理由に活動を妨害するのもね。今協会の職員呼んできたところだけど…このままここに居ていいの?」
「ぐっ!?テメェ…」
するとローブの女を守るように、一緒にやってきた壮年の男がズイと前に現れる。
「悪い事は言わない、退くんだ。レッドグローブはこう言う無理矢理婦女子を従えるやり方は好かないはずだ。もしバレれば君達はクランを放逐されるだろう…そこまでの覚悟はあるかい?」
「うっ…、チッ…行くぞお前ら」
突如現れたローブの女と壮年の男の二人組みによって大拳闘会の冒険者達はスゴスゴと消えていく。流石に職員を呼ばれたとあっては彼らも引かざるを得ないのか…或いは周りから助けの手が入った事により事態拡大を恐れたか。
何にせよ助かったな、危うく我らは乱闘するところだった。エリスのことを悪く言えないな。
「すまないな、助かったよ」
「いいってことよ、それよりあんた達新入り?だったらあんまり無警戒にこの辺にいない方がいいわよ。さっきみたいのが出るからね」
「そっか、ありがとねー!」
「助かりました!お名前を伺ってもいいですか?」
ありがとうございました〜と乱闘にならずホッと胸をなで下ろすナリアはローブの女と壮年の男に礼を述べる。この二人のおかげで我等は助けられたのだ、ここは礼を述べるのが礼儀だ。
故に、その名を聞くと。二人はこう答えるのだ。
「私はカリナ、こっちの男はウォルター。私達も冒険者なの、よろしくね?新米ちゃん達」
そう、にこやかに微笑みかけるのだった。