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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十一章 魔女狩りの時代と孤高の旅人
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外伝・魔女英雄譚最終章


歴史書を開き、一番最初のページの第一行。魔女が世界を統治し始めた…その一文よりも更に前。


世は八千年前、十三の大国が大陸を治めていたあの頃、突如として引き起こされた大いなる厄災により全てが破壊されたあの時。


……魔女が、英雄と呼ばれる所以となったあの瞬間。世界は間違いなく…岐路に立たされていた。




荒れる狂う風は木々を薙ぎ倒し、空には重たい赤黒の暗雲が伸し掛かり、大地には血が染み込み、希望と言う文字が掠れ皆の記憶から消え始め、地獄と成り果てたこの世界の中心に…八人の魔術師が立っていた。


「遂にこの時が来た」


小高い丘に立ち、雷鳴を轟かせる暗雲を見上げる女は…八人のリーダーカノープスは鎧の上から王者の外套を身に纏い、瓦礫と成り果てたあの国の健在を示すように力強く立ち続ける。


「決戦だろ、…後手後手に回りまくった結果人が多く死にすぎた。いい加減もう終わらせようぜ」


「ええ、これ以上こんな戦いを続ければ…人は残らず絶滅してしまう」


「…………もう、やるしかないんだよ」


そんな悲壮に満ちたカノープスを肯定するように、他の魔女達もまた立ち上がる。


欠けた鎧を大事そうに握り締めたアルクトゥルスは、硬く口を引き締めたフォーマルハウトは、光を失った瞳で血に汚れた剣を持つプロキオンは…この戦いの終わりを望んでいる。


「…結局みんな死んでしまった、私達はみんなに生かされてここにいる。だから…勝たないと」


「もう時間もありませんこれ以上彼奴の好きにさせたら何もかもが無駄になります…多少無茶でも博打に出るしかありません」


「……そうです、我々には彼らを止める義務もありますから」


そして泥だらけのローブを引きずるスピカが、目の前のそれを眺めて最早一刻の猶予もないと嘆息するアンタレスは、今日この日までの全ての死者を弔う覚悟を決めたリゲルもまた戦列に並ぶ。



長かった、あまりに長かった戦いはいよいよ最終局面を迎える。各地で転戦し時に退け時に敗れ、そんな繰り返しを続けて…世界は疲弊し弱り切り、もうこれ以上耐えられないところまで来てしまった。


もう終わりにするべきだ、そうする為にカノープス達は今…敵の本拠地たるオフュークス帝国の中心地。帝国首都テトラヴィブロスまでやってきたのだ。


ここには奴がいる、奴等がいる。


「ここからはもう後には退けない戦いが続く、覚悟はいいか?レグルス」


きっと奴等も既に迎撃態勢を整えていることだろう。敵方の戦力ももう殆ど削った…後は互いに互いを潰すまでの総力戦が続く。


後はもう、覚悟だけが必要だ。そう問いかけるようにカノープスは最後の彼女に目を向ける。


この戦いで誰よりも果敢に戦い、誰よりも傷つき、誰よりも人を殺し、誰よりも血を流し浴びた彼女に問いかける。準備はいいかと…。


そんな問いかけを受けた彼女は、静かに立ち上がる。漆黒の髪を風になびかせ真紅の瞳をやや潤ませ、それでも強く…ただ強く立ち上がる。


「無論だ、カノープス。終わらせよう…こんなくだらない戦いを」


最愛の姉を殺す覚悟を決めたレグルスは、今まで死んでいった仲間達の分までこの世界を生きる意志を示す。


その答えを聞いたカノープスは満足そうに一瞬微笑み、視線を戻す。


丘から見下ろすのは敵の本拠地テトラヴィブロス。かつては世界で最も大きく、最も繁栄し、最も人が住んでいた、世界最強の都市と呼ばれたその大都市に今は人は住んでいない。


あれほど栄えた街は既に『アレ』の影響で崩れ去り瓦礫と化し、住んでいた人間は残らず『アレ』の養分になった。


今残っているのは養分にさえならずかつての栄光を残す瓦礫の街と、その中心に聳える大城と…その背後に屹立する巨大な樹木だけ。


樹木だ、…だが魔女達が今まで見てきたそのどれよりも異質にして異様。その大きさは既に天を支える程高く高く成長し、空に根を張るよう枝葉を広げる白銀の大樹がそこには立っていた。


あの木の正体は分かっている。『アレ』はシリウスが作り出した極大魔術式『星砕きの大樹』だ。アレは今もなおシリウスの力によって成長を続け、地表を削り星の中心を目掛けて進んでいる。


アレを止めなければいずれシリウスは星の魂にまで到達し、この星の記憶を手に入れてしまう。そうなれば世界は終わる、魂を崩されたこの星は死にその上に暮らす我らもまた皆死に絶えあらゆる生命体は絶滅する。


ここまで来て、最後はみんな死にました…で終われるか。


「チッ、思ったよりも大きく成長してやがる」


「猶予は全くありませるわね、直ぐにでもアレを伐採しなくては」


「…直ぐにでも、それが出来るならね」


カノープス達の目的はあの木を完全に破壊する事、そしてシリウスの目的はアレを死守すること。両者の目的が完全にかち合っている以上…血戦は避けられない。


この場での戦いが全ての決着になるだろう。故に敵も全力を出してくる。


「ッ…!来ましたよ!あそこ!」


「城から悠々と出てくるとは…ナメられてますね」


全員の目つきが険しくなる。光を放つ大樹を背にした大城の城門をゆっくりと開き。シリウスの十人の下僕達が悠然と魔女達の迎撃に現れたからだ。


全員の足並みは揃っていない、全員に信頼関係はない、奴等はただ力だけを買われてシリウスの下に着いただけの存在。だが同時にその恐ろしさもレグルス達は知っている。


奴等とはこの戦いの中で何度もぶつかった、その都度こちらも犠牲を払ってなんとか退け…或いは奪われ、少なくとも顔を見る都度嫌な思いしかしてこなかった連中だ。


それらの頭目たる彼は…何もかもを分かったような含み笑いで、魔女達を見上げる。


「やあみんな、来てくれて嬉しいよ」


歓迎する。そう言わんばかりに両手を広げるのはシリウスの右手にして羅睺十悪星の頭目…ナヴァグラハ・アカモートだ。


この世界において、万能の存在シリウスを知識で唯一上回る男。この世の摂理の大部分を解き明かした哲学者が筋骨隆々の腕を広げて魔女達を待ち受ける。


「来てくれたのは嬉しいけど、今日は君達を全員追いかえさなきゃいけないんだ。我々の目的もあと少しで成就する。今日はそんな喜ばしい日なんだ…また用事なら後日付き合うからさ、今日のところはお引き取り願えるかな」


「吐かせイカれた哲学者が!後日付き合う?…明日など来ないだろう!」


レグルスは吠える、最早世界は崩壊の瀬戸際にある。誰よりも賢い彼はそれを何よりも分かっているはずなのに…何故ああも出来るのだ。


そう怒鳴りつければナヴァグラハは困ったように自分の拳で頭をコツンと叩くと。


「イかれたか、言ってくれる。真理とは得てして狂気の中にある、認められざる物こそが真理であるが故に真理を追い求める我等はそもより正気を必要としていないだけだ」


「何を…!」


「というか君達はさ、私達と同じくらいの数殺しておきながらまだ正気のつもりなのかい?私はそちらの方が怖いな。人はね…殺しちゃいけないんだよ?」


ニッコリと微笑むナヴァグラハを見て悟る。こいつはそもそも人として欠落している。正しく在ろうとする倫理観が欠落している。人を殺すのは良くないことだと理解しながら人を殺す、


この世界を壊すのは良くないことだけど壊す…そんな説明も立証も出来ない感覚で、奴は動いているのだと。


「まぁなんだ、今日は互いの大一番なんだろう?だったら正気だ狂気だ善だ悪だは抜きにしよう。俺はお前を殺したい…そんな原初的な衝動に身を任せようじゃないか。私達の関係は…そう言う物だ、そうだよね?みんな」


歩む、歩む、地獄の亡者の手を踏み躙り悪鬼羅刹を慄かせ、世に破滅の福音を鳴り響かせる悪星の同志達へ同意を求めるように、そして決戦を前に鼓舞するようにナヴァグラハ振り返る。


「カノープス…!ディオスクロアの憎き寵児めぇえええ!!!!貴様が死ねば!貴様さえ死ねば!我がオフュークス帝国は無限の繁栄を得るのだ!邪魔をするなぁぁああ!!!」


「哀れだなトミテ、自国の民をあのような木の供物にしておきながら未だ国の繁栄を望むか。最早正道すら見る気がないお前は…もうこの世にいるべきではない」


怒り狂った暴帝トミテは玉座さえかなぐり捨てて、自身の自慢の魔力武装の数々を捨てて、己の最たる武器たる『自分自身』のみを携えて戦場に立つ。


今この場で見ているのは憎き仇敵カノープスと、カノープスを殺した先に『在る』と言われた…シリウスが言っていた無限の繁栄、ただそれだけである。


そんなトミテの姿を見て、カノープスが向けるのは怒りでも憎しみでもなく。憐憫…最早憐れむことしか出来ないとばかりに目を伏せる。


「アルク姉!やっぱり来てくれると思ってたよ。アルク姉と戦えて最近は毎日が楽しいんだけどさぁ…そろそろ決着つけようよ!ねぇ!」


「アミー…、そうだな。今日は殴り合うにゃあいい日取りだ」


アルクトゥルスとアミー。二人が魔女と羅睺十悪星になるよりも前から続く因縁、親を殺されたアルクトゥルスと親を殺したアミーの激闘はここに至るまで数十とも繰り返されてきた。


はっきり言おう、アルクトゥルスはここに至るまで未だ一度としてアミーに勝てていない。アミーの強さはまさしく武神そのもの…、奴の弱点だとか必勝の策だとかそんなもの考え尽くしても出なかった。


だからアルクトゥルスは考えるのをやめる、今はただ雑念を払いアミーを倒すことだけを考える。


「ガーシャガシャガシャ!今日は出会い頭に襲いかかってこないのか?フォーマルハウト」


「ええ、まぁ…そうですわね」


「ガーシャガシャガシャ!ガーシャガシャガシャ!遂に吾輩を恐れたか!そうだ!そうだ!怖れよ!怖れよフォーマルハウト!我輩を!」


「…貴方に用はありません、ミツカケを出しなさい」


「何を言うか!我輩こそがミツカケ!不死身の大魔神ミツカケ様だぁ!」


フォーマルハウトにとってもこの戦いは雪辱の戦いだ。今こうして前にしているあの大鎧ミツカケはフォーマルハウトにとって親の仇だ。彼女から全てを奪った存在こそがミツカケだ。


だが、アルクトゥルスと違う点があるとするならフォーマルハウトはミツカケに一度勝っている。全力のミツカケと戦い半死半生となりながら勝っている。だが殺せなかった…『ミツカケの正体』を知った彼女にはあの時ミツカケを殺す決断が出来なかった。


だが、今は違う。アレはもう殺してやる方がいいのだ…止めてやるべきなのだ。


「お、プロキオン」


「…スバル、もう言葉は要らないよね」


「最初から必要ないと思ってたけど」


「……そっか」


睨み合う二人の剣豪、プロキオンとスバルは互いに腰の剣に手を当てる。


分からなかった、結局分からなかった。プロキオンはスバル・サクラという男の何をも理解することが出来なかった。何を思っていたんだ 何を考えていたんだ。


何も分からない、だからここにきた。ここでスバルの真意を問いただすため。


そしてもし、彼が真性の外道だったならば。一層の事ここで殺してやるために。


「アンタレス!お前この間はよくもやってくれたな!」


「ええ…この中で私に声かけますか普通」


「俺は俺より賢いつは許せネーんだよ!俺より賢ぶってやる奴は特にな!」


「……はぁ…まぁいいですよ別に私も貴方のこと嫌いなんで今度こそ絶滅させてやりましょう」


アンタレスが珍しくやる気を見せる相手は巨大な大斧を持った青年イナミ。恐らくこの世にただ一人生き残ったと思われる特殊な人類であるイナミを殺せばもうあの危険な血は後世に残らない。


アレはここで始末する。アレに対して思うところはない。いつものように殺すだけだ。


「…………」


「私に対しては何もないんですか?お父様」


「……無い、強いて言うなれば…これが神の意志だと言うのなら、私はシリウスに感謝する…それだけだ」


「そうですか」


リゲルは目を瞑り、想いを馳せる。相変わらず彼の…ホトオリの言うことはよく分からない。彼が自分の父であること以外に私は彼のことを何も知らない、本当は彼と互いに座って膝を突き合わせて話をしたかったが。


彼は私との会話を望んでいない、ここで私と殺しあうことに感謝するとまで言っている。やはり彼にとって私と言う娘の存在は…邪魔でしかなかったのだろう。


(私には誰も話しかけてこない…)


一方皆それぞれ因縁の相手と睨み合う中スピカは誰にも声をかけてもらえない事をやや寂しく思う。まぁスピカは別に羅睺のメンバーの中に親を殺されたとか親族とだとかそう言う因縁は皆無だ。羅睺のメンバーもみんな私のことはただの回復薬としか見てないだろう。


だが…一つ、気になることがあるとするなら。


「ぁぁああああああ!エリス!?エリス何処だ!?お前なら…魔女の危機にいつも駆けつけるお前ならここに居るだろう!何処だ!隠れていないで出てこい!エリス!!」


ハツイ…いつもエリスさんを探している彼女の事が気になる。会ったことはないがプロキオンの友達にエリスなる人物がいて…その人の事を探しているとみんなは言ってるが。

ハツイの発言を聞くになんだか『別のエリス』を探しているような気がする。私達魔女と関わりが深いエリス…そんな人間一人としていないのに。


ハツイはそもそも、何処からやって来たんだ?何をするためにここにいるんだ?彼女に関しては何にも分からないんだ。


「エリス…何処だ、出てきてくれ…私はお前を…エリス。まさか…死んだのか?そんなバカな、奴は何度殺しても死なない…」


「喧しいなコイツ、エリスってのはもう死んだんだろ?言って聞かせろよナヴァグラハ」


そんなハツイに対しては羅睺達もやや不満を持っているようで、皇帝トミテはため息混じりにナヴァグラハをけしかける。すると。


「まぁ落ち着けよハツイ。君の探している『エリス』の事は私もよく知っている」


「本当か!?今何処にいるんだ!」


「そうだね…この戦いが終わったらきっと直ぐに会えるよ、だからその為にも魔女と戦わないとね」


「ああ…ああ!そうだな!あはははははははは!!エリス!!エリス!!お前が出てこないのが悪いんだ!魔女を殺してしまうぞ!殺してしまうぞ!私から魔女を守るんじゃなかったのか?エリス!!私を追ってこい!」


「ふう、元気がいいね…さて、こちらも準備は万端だ、後は互いにぶつかり合うだけだが。君は出来てるのかい?ウルキ」


そして、最後の羅睺にナヴァグラハは視線を向ける。並み居る羅睺達の後ろに立ち、ゆっくりと躊躇うように歩くのは…。


「はい、覚悟出来てます。ナヴァグラハさん」


ウルキだ、悲壮な顔つきで防具を身につけ決戦を思わせる様相のウルキは。…かつての魔女達の弟子は血塗られた手でグッと拳を作り、魔女達を睨み返す。


「ウルキめ…貴様を弟子に選んだ我の目が如何に節穴であったか。我は我に失望しているぞ」


「この野郎、よくもオレ様達を裏切りやがったな…!」


「やはり弟子なんぞ取るべきではなかったのですわ」


魔女達はウルキの存在を強く後悔している。ウルキを拾い育てたのは間違いだった、弟子を持ったのは間違いだった。もう二度と弟子なんぞ取るまいと魔女達に痛感された人物は視線を見て辛そうに顔を背ける。


「ッ……」


「何を悲しそうな顔をしているんだい?ウルキ。これは君が望んだ事だろう?君はこの状況に置かれて本望なんだろう?辛い顔をする意味はないと思うが?」


「…ナヴァグラハさん、貴方は本当に賢く聡明なお方ですが…人の機微には疎いのですね」


「私なりの発破だよ、決戦は間近だ…覚悟を決めてくれよ。ウルキ…私達は相棒だろう」


「ぅ……」


ナヴァグラハはウルキの肩に手を回す、その柔和な態度や優しげな物言いとは裏腹に…その身から放たれる気配はまさしく悪魔そのもの。まるで蛇のように人を絡めとり死ぬまで甚振る…そんな凶悪極まる気配に、ウルキは身動きすら出来ず怯えたように顔を青ざめさせる。


「さて、互いに挨拶も終わった事だ。そろそろ始めようか…シリウスもこの戦いを観戦している。彼女の弟子が勝つか彼女の下僕が勝つか。どちらに転ぶにしても彼女にとっては見ものだろうね」


「フンッ、直ぐにお前達など蹴散らして我等はシリウスの下まで向かう」


「いいね、意気込み十分…これは楽しめそうだ」


ナヴァグラハは歩く、まるで自分は戦う気がないとばかりに戦列を他の羅後に任せ…自らは星砕の大樹の守護に入ると共に手を掲げ。


「ならば始めよう、これはこの星と世界と文明を懸けた最後の戦いだ。両者共に思い残すことがないよう全力でぶつかろう。…では」


ナヴァグラハが魔力を解放する。ただそれだけで天が割れ地が割れ世界が割れる、そしてそれに呼応するように羅睺十悪星が魔女達が…戦闘態勢を取り。


「決めようか、未来を」


その言葉と共に、この世界の未来を、次の時代を決める最後の戦いの火蓋は切って落とされた。


「あははははは!やろうか!アルク姉!!」


「皆殺しにする!この素晴らしく偉大な僕様に楯突く全てを!」


「ガーシャガシャガシャ!戦争である!」


羅睺達は気炎に燃え、廃墟と化した街を砕きながら魔女達に襲いかかる。


「皆!気を入れよ!奴等を倒せねば先はないぞ!」


「アミィィイイイイ!!!!テメェをぶっ殺す為にオレ様はここまで来たんだよ!!」


「ミツカケ…!!」


魔女達も構える、これは最後の決戦ではない。後にはシリウスも控えている、だがそれでも加減をして温存をして勝てる相手じゃないのも分かってる。


何より、奴等を倒す為にここに来た者達もいる。故に全員が揃って足並みを揃え…、丘から飛び降り廃墟群の戦場へと降り立つ。


刹那。


「死ね!死ね!死ね!我が血を供物に捧げ天を彩る新たなる光を灯せ!『血命大芒星』ッッッ!!!」


発動する。魔女達が廃墟へ降り立った瞬間先陣を切った狂人ハツイが咆哮と共に極大魔術をいきなりぶちかます。


この街の半分と同サイズという規格外の大きさの鈍色の球体を複数も生み出し空へと浮かべる魔術。いや…『星』を生み出したのだ。


「うぉっ!?いきなりか!?」


アルクトゥルスが足を取られる、空中に浮かび上がっているあの球体は一つ一つが一個の星なのだ。それは重力を生み出し本来の重力を無効化し逆に地表を引き寄せる。


大地がベリベリと剥がれあの星に吸い込まれていく。それは魔女達も例外ではない…彼女達の体はフワリと宙に浮かび上がり、いきなり八人の魔女達は分断を図られる。


「チッ!面倒だ!レグルス!潰せ!」


「無論だ…、──────『滅雷千星運河』ッ!!」


レグルスが腕を一つ振るえば宙に浮かび上がる重力源たる鈍色の星達を次々と一撃で破壊する雷の束が一気に飛び放たれる。

だが既に遅い、魔女達は先手を取られている。


「あぁあああああははははははは!アルク姉!!」


「ぐっ!?アミィィィイイイッッ !!」


雷よりも速く飛んできたアミーの飛び膝蹴りを受け連れらされるように吹き飛ばされるアルクトゥルスはギッと魔女達に視線を向け。


「アルクトゥルスさん!!」


「構うな!こいつはハナッからオレ様の相手だ!どっか遠くでやろうぜ!アミー!」


「んんんんんんぅぅうううう!!!最高ぅおおおおおお!!!」


空中で身を整え、迎え撃つアルクトゥルスとアミーの乱打と乱打。踏ん張りの効かない空中だというのに二人の激烈なる殴り合いは既に他の魔女では間に入ることもできないほどだ。


「アミー!!オレ様はなぁ!テメェを倒す事だけを考えて生きてきたんだ!今日この日まで!」


「嬉しいよ…嬉しいよアルク姉!もっと!もっと私だけを見て!私だけを!私を見たまま生きて私を見たまま死んでよ!ねぇっ!!」


「ぐっ!」


残像を残す両者の拳、それが先に相手にたどり着いのはアミーの拳の方だ。力では確実にアルクトゥルスが上回っている筈だ、だが技量という面ではアミーはアルクトゥルスでは太刀打ち出来ない程に鋭い。


冷拳一徹、彼女の冴え渡り凍え冷えるような拳には一切躊躇や迷いがない。


「ほらほらほらアルク姉!アルク姉!?この程度!?タウルスで殴り合った時と何にも変わらないじゃんかッッ!!」


次々と吸い込まれるようにアルクトゥルスにアミーの拳が突き刺さり、大規模破壊魔術くらいなら素肌で弾ける彼女の筋肉の鎧がひしゃげ血を噴き出す。


アミーの強さの真髄はその心にある、武の極意とは即ち心なのだ。アミーの拳には鋭い殺意が乗っている、そこに『反撃されたらどうしよう』『回避されたらどうしよう』なんて迷いが一切ない。


ただ、目の前の相手を殴る事だけで頭の中を一杯にすることが出来る。故にアミーの拳は常に100%全開の威力が付随する。


「ぅぐっ…!げはっ!」


「今日ここで終わりなんでしょう?なら今日はここで殺さないと…」


大地に叩きつけられたアルクトゥルス目掛け右足を高く掲げ、力を込める。薪でも悪かのように高く掲げられた足は鋭く振り下ろされる。


「ねっ!『鉞殺両断脚』ッ!!!」


叩き落とすような踵落とし、それは空気を切り裂き甲高い音を一つ鳴らしたかと思えば即座に地面へ…いや、未だ悶絶するアルクトゥルスの上目掛け振り下ろされた。


問題はその威力である。人間一人が足を下ろして放った踵落とし、それが命中するとともに大地にヒビが入り割れたのだ、それも破砕ではなく文字通りの両断。綺麗に一筋ヒビが入り地面がまるで本が閉じられるように両側に隆起し岩盤同士が激突するという異常事態が引き起こされる。


最早曲芸だ、ただ力が強いのではなくその力を的確に狙った場所にしか通さないからこのような奇妙な割れ方をするのだ。


「っ…アミィィィ…!」


「まだ倒れない?なら続けよう。文字通り死ぬまでね!」


ギリギリでアミーの足を受け止めていたアルクトゥルスがギラついた目で睨みつける。負けられない…もう負けられない、今日この日までの修練は全てこのアミー・オルノトクラサイを撃破する為だけに存在していたのだから。


全身の鍛え上げられた筋繊維一つ一つに魔力と根性を流し、一層隆起させ…アルクトゥルスは吠える。


「秘奥義…!」


「ハハッ!いいねぇ!なら私も奥義を使おうかな!」


深く腰を落とすアルクトゥルス、そしてそれに答えるように空中にクルリと舞い上がるアミー。


二人とも元とする流派は同じ化身無縫流。凡ゆる事象や動植物を模倣する形意拳の一つである、しかして二人はその超常的な達人。最早武術に於ける師の教えはとっくに凌駕しその流祖さえも超えた二人は…化身無縫流に伝わる十大奥義を自らに適応した新たな形。


自らにしか使えぬ『秘奥義』を解放する。


「『迦陵頻伽之大飛輪』ッ!」


「『欣求浄土之朏』…!」


ぶつかり合う、絶大な威力の二つの武は空間を染め上げ擬似的な臨界魔力覚醒を作り上げるまでに研ぎ澄まされる。アルクトゥルスが模倣せし『太陽』の拳とアミーが模倣せし『三日月』の対極にあるそれは彼女達の立つ空間を『赤』と『青』に二分する。


『赤』の髪を持ち『黒』の肌を晒し、『熱』を操り『拳』を得意とするアルクトゥルス。


『青』の髪を持ち『白』の肌を晒し、『冷』を操り『脚』を得意とするアミー。


全てが相反する二人の全霊の一撃は世界そのものを歪め…やがて。


……………………………………………………


「アルクトゥルスさん!!」


リゲルが叫ぶ、今しがたアミーに連れられ彼方まで飛んで行ったアルクトゥルスの居る地点から、絶大な爆裂が発生したのを。まるで地底火山が噴火したかのような爆裂はあっという間に大地を砕き衝撃波はこちらまで飛んできた。


「皆さん!アルクトゥルスさんを助けに行きませんか!!」


リゲルは提案する、このままいけばアルクトゥルスはアミーに敗北すると。これは予知でも予言でもなく今までがそうだったから。


この厄災での戦いでアルクトゥルスは一度としてアミーに勝っていない、肉体を極限まで高め究極の技術を手に入れ『武術家』として限界地点に到達し『これで勝てなければもう無理だ』と称されたタウルス王国での天頂決戦でもアルクトゥルスはアミーに敗北している。


アルクトゥルス一人ではアミーは倒せない、それはそうなのだが…。


「リゲル!この状況のどこに助けを出せる余裕があるように見える!」


「ヒャハハハハ!!レグルス!この間はよくもやってくれたなァおい!」


「ガーシャガシャガシャ!まずはお前からである!レグルス!!」


「くっ!」


既に魔女と羅睺の戦いは始まっている。レグルスは今斧を持った少年…壊し屋イナミと巨大な大鎧…不死身のミツカケを相手に立ち回っている。他のみんなもそうだ。


そもそも羅睺十悪星は全員で十人。そこからナヴァグラハとアミーが戦線離脱しても八人。


対する八人の魔女は文字通り八人。そこからアルクトゥルスが抜ければ七人。


人数でも実力でもこちらは劣っているのが現状だ。


「「血の一献 肉を腐らせ、鉄の一陣 国を崩す、凡ゆる形は今失われ死と生の円環より外れる『牛執没罰』ッ!!」


「くっ!邪魔だ!─────ッ『火雷招』ッッ!!」


「うぉっ!?」


凡ゆる物体を腐敗させ崩壊させる毒の一撃を放つイナミの斧をレグルスは高速詠唱から放たれる炎雷で弾き返す。だがそれでもイナミに傷を与えられたとは言えない。イナミの肉体は特別製だ、そう簡単に傷をつけられない事は分かりきっている。


故にレグルスも気を抜かない、全員が全員気を抜く事の出来ない状況下にある…アルクトゥルスの方になんてとてもじゃないが救援を出せない。


「リゲル!アルクは大丈夫だ!奴は決して弱くはない!寧ろ我らの中でも上位の強さだろう!」


「ですが…アミーは」


「分かってる!だが、正直アミーをこの場から遠ざけてくれるのは逆にありがたい」


カノープスは羅睺達と戦いながら苦虫を噛み潰したような表情で述べる。アミーはアミーで羅睺屈指の使い手だ、奴がこの場にいれば確実にこの均衡は崩されていたであろうほどにアミーは強い。


アミーを止められるのはアルクトゥルスだけだ、ならここでアルクを助けに行くより、我々は我々で羅睺の撃滅に注力した方が余程いいのだ。


「って言っても相当キツいですよこの状況」


「そうだね…!アルクがいなければ魔女八手型が使えない…!ボクとレグルスだけじゃ前衛は維持できないよ!」


次々と繰り出される羅睺十悪星の攻撃の雨、この世界における『個』の頂点達。それぞれがそれぞれ悪夢のような強さを持つ羅睺十悪星は決して連携をしない。我々が勝つにはそこを突いて突破するより他ない。


その為に魔女全員が力を合わせられる最高の陣形『魔女八手型』を編み上げたというのに、初手でアルクを持っていかれたのはキツすぎる。


だが、それでも…。


「臆するな!我ら個々の力は決して羅睺には劣っていない!各人ターゲットを一人に絞り連中を引き離しながら戦うんだ!」


カノープスの指示が飛ぶ。それでも羅睺は強いが決して蹂躙されるばかりではない、勝てるように今日まで修練を積んできたのは皆同じ。ここは踏ん張りどころだ…全員が全員羅睺を引き離しながら戦い邪魔が入らないようにすれば負け戦にはならない。


そう判断したリーダーの言葉に魔女達は即座に反応する。


「分かった!ボクも個人的に決着をつけたい相手がいるからね!!」


煌めくは眼光、魅せるは閃光、駆け出すプロキオンは蒼く輝く細剣に指を這わせ…一瞬にして陣形を書き上げる。睨みつける先にいるのは…ただ一人。


「刃烈陣『天羽々斬』ッ!!」


「……やっぱこっち来るかぁ〜」


踏み込むプロキオンに合わせて怠そうに首を鳴らすのは…彼女にとって憎き仇であり無二の友だった男…スバル・サクラだ。


そんな彼は相変わらず怠そう剣をふらりと構え…、振るう。


「スバルッッ!!」


「プロキオン…!」


激突する両者の剣、世界最速とも揶揄されるプロキオンの斬撃をいとも容易く受け止め鍔迫り合いの形に持ち込んだスバルは目を細め彼女を見る。そこにあるのは憎しみでも怒りでもない…無だ。


「どうして!どうして君は!エリスの!彼女の愛を裏切った!お前だって分かっていたはずだ!彼女が君を好いていると!彼女には君が必要だったことを!!」


「………………………」


空を切る刃、鳴り響く金属音、跳ね飛ぶ火花とぶつかり合う二人の視線。互いに一歩も引かず足を入れ替えステップを刻み、相手の斬撃を回避し防ぎ叩き落としながら斬りかかる。


プロキオンは吠える、怒りに吠える。怒りに怒り激怒し攻める。慎重な彼女がここまでの攻めを見せたことなどない。今プロキオンは力でスバルを圧倒しようとしている。


それもこれも、スバルが…プロキオンの友エリスの愛を裏切ったからだ。


「何故君は羅睺十悪星になんか成り果てた!どうして…君は!!」


「ッ……!」


プロキオンの足捌きがより鋭くなる。踏み込みが強くなる。剣を掴む手がより強く強く力を発すると同時にスバルもまた答えるように力を抜いていた構えに一つ…力を入れて──。


「『光神閃剣』ッ!」


「『幾条乱れ琴線』」


日の出の朝露の如く、二人の間に幾つもの煌めきが迸る。


と──次の瞬間であった。二人が立つ舞台を中心に大地が 廃墟が 空気が、全てが粉微塵に切り刻まれ吹き飛んだのは。


切り結んでいるのだ、互いに光すら追い越す速度で剣を振るい弾き返された斬撃が周囲に乱れ飛び二人以外の全てを切り裂いて吹き飛ばす。


「ぅぉおおおおおお!!!!」


「ふんっ…」


激突する二振りの剣撃、目にも止まらぬ速度でぶつかる二本の剣。この世界における剣術の頂点を争う二人の剣士は一歩も引く事なく大地を耕しそれでも止める事なく切り結び…そして。


「『骸神覇道』ッ!!」


「なっ!?」


「む?」


刹那、ぶつかり合う二人目掛け唐突に飛来する光の槍に反応した二人は咄嗟に飛び上がり光の槍を回避すれば、地面に着弾した槍は切り刻まれた全ての岩を一瞬にして融解、辺りが白い光に包まれそのまま爆炎と共に燃え上がる。


「ガーシャガシャガシャガシャ!破壊である破壊である!仕留め損ねたが気持ちいいのである!」


槍を放った犯人は不死身の魔神ミツカケだ、その口から放たれた熱戦が街一つ吹き飛ばすのを見てケタケタと笑う。スバルごとプロキオンを消し飛ばしてやろうかと思ったが些か遅かったようだ。


「邪魔すんじゃねぇよミツカケ」


「なぬっ!?吾輩はお前を助けてやろうと思ってやったのではないか」


「余計なお世話だって…のっ!」


「スバル!!」


しかしプロキオンとスバルはそんな爆炎など気にも止めず相変わらず飛び回りながら神速の斬り合いに興じている。どちらもミツカケなど眼中にない様子だ。


「ぐぬぬぅ〜、吾輩を無視するとは。ならば今度は辺り一面…全て破壊し尽くすまでよぉ〜!」


カパリと兜の口部分を開き…内から発生するのは紫の光。それが口だけでなく鎧の隙間からも溢れ出す、今度はさっきの軽い一撃などとは比べものにもならぬ程大規模に…そんなミツカケの意思に呼応し、この国一つを消し飛ばして余るほどのエネルギーが集まり、そして。


「『骸神大々覇…』」


「極大錬成『大灼天 厭世落胤流星群』」


「ぬ…」


ミツカケが何かに気がつく。自身の頭上に光を感じて見上げる。するとそこには…暗雲を切り裂いて現れる巨大な火球が、否…無数の隕石が自身に迫っていることに気がつき。


「なぬぇっ!?『骸神大々覇道』ッッ!!」


咄嗟に標的を前方から頭上に変換し、頭上から降り注ぐ巨大な隕石の群れを迎撃するように熱線を放つ。あの火球はそれぞれが地上で言うところの巨大山脈と同程度のサイズを誇る超巨大な隕石である。


がしかし、ミツカケの鎧から連射される光線の数々は一瞬にして頭上の隕石を粉々に破壊し、細かく砕けた隕石が次々と地上に落下し彼方で爆発音を立てる。もしあれがまとめてこちらに落ちていたらそれだけで羅睺が全滅だっただろう。


「ガシャガシャ、危なかったであ…」


「まだ終わっていませんわ!『極冠瑞光之魔閃』ッ!」


「ガシャーン!?!?」


砕けた隕石を見上げたミツカケの胴体に飛んでくるのは魔力光に自らを錬成したフォーマルハウトの掌底、光速で飛んでくる一撃にミツカケの体は容易く吹き飛ばされ、遥か彼方に見える街の外の岩山に激突し、跡形もなく吹き飛ばすほどの衝撃を受ける。


「ぐぬぅあ〜!!!小賢しいぞフォーマルハウト!」


「相変わらず頑丈ですわね!ですが…!どの道ここで貴方を倒すことに変わりはありませんわ!!!」


フォーマルハウトだ、ミツカケにとっても因縁のある相手である彼女が自身の肉体を光に変換したまま突っ込んでくる。光の速度と化したフォーマルハウトの飛び蹴りを剣一本で受け止めたミツカケはギロリと虚空の瞳で彼女を睨む。


「くどいわ!いい加減にしろフォーマルハウト!何度も何度も!そうまでしてお前の父の仇を取りたいか!」


「違いますわ!わたくしはただ…わたくしの義務を果たすまで!極大錬成!」


「ぬぅあああ〜〜!それがくどいと言うのだぁ〜!!!」


閃光と化し自らを乱反射させミツカケの魔刃から逃げ回るフォーマルハウトはその手に魔力を貯める。それと同じくミツカケもまた鎧の隙間から魔力を漏らし…。


「『天頂極土』ッ!」


「『骸神大々々々々覇界』ッ!」


辺りの瓦礫全てを魔力に変換し爆裂させるフォーマルハウトと自らの体から発せられる魔力全てを高圧噴射で吹き出すミツカケの爆発がぶつかり合い、空に純白の光柱が巻き起こる。それはこの星全域を揺らすほどの衝撃波を伴い、それでもなお…ミツカケとフォーマルハウトの激闘は終わることはない。



…………………………………………


「『煌神大火雷掌』ッ!」


光芒を残すレグルスの火雷の拳が火を吹き聖人ホトオリを殴り飛ばす。


「むぅ、流石の攻撃力だ…レグルスよ」


しかし、神に愛された究極の肉体を持つホトオリの肉体には傷一つつくことなく…静かに黒煙の中から姿を現し、その手を掲げ。


「『神羅堂鼓掌』!」


「くっ!」


咄嗟に躱す、振り下ろされたホトオリの拳は高周波を放ち地面にぶつかると同時に世界全体を揺らす大地震を発生させ、地割れと隆起により足場を崩し…。


「死ねぇ!レグルス!」


「今度は貴様か!イナミ!」


揺れる大地に足を取られた瞬間雄叫びをあげるのは壊し屋イナミ、その手に持った超巨大な斧を大きく振り上げ斬撃を放つ、いや…あれはもう斬撃ではない。破壊の津波だ、斧が放つ風圧によって抉り出された大地が津波のようにレグルスの視界を覆い尽くす。


「──『颶神風刻大槍』ッ!」


そんな規格外の斬撃を真っ向から迎え撃つレグルスは拳から竜巻を放ち、土の津波を一撃で粉砕する。しかし…。


「エリスぅぅぅううううう!!!」


飛んでくる、イナミの斬撃の中から狂人ハツイが真っ赤な瞳と髪を揺らしながら牙を剥いてレグルスに襲いかかる。


「その魔術は間違いなくエリス!孤独の魔女の魔術を使えるのはエリスしか居ない!!」


「だから誰の話をしているんだ貴様は!私は…私だ!」


「ぐぶぅっ!?」


しかしハツイの凶行じみた攻撃など通じるわけもなく、レグルスの一拳を顔面に受け吹き飛ばされる、が…ハツイはあの程度ではダメージなど受けやしない。羅睺屈指の防御力を持つホトオリも体が特別製のイナミも耐久面では化け物だ。


「まずはお前から倒そう、レグルス」


「お前!ディオスクロアでの借りは返すからなぁ!」


「エリスぅ!今こそ復讐の時間だァッ!!」


「チッ、埒があかん…こうなったら」


レグルス一人に三人の羅睺が襲い来る。そんな状況の中レグルスは一本指を立て…。


「───『星王・天涯光明』ッ!!」


「ぬぉっ!?そりゃ!?」


放たれるはシリウスの作り出した最高傑作と名高き星辰魔術。凡ゆる魔力防御を無効化し相手にダイレクトに攻撃を伝える星の光を用いた最高の属性魔術。その第一とも言える魔術を放つ。


辺り一面に爆発的に白光が届きシールでも剥がすように大地が捲れ遍くを吹き飛ばす。


「ぐぅっ、これは…」


「いってぇ〜!」


「う?う?エリスはそんな魔術使わなかったが…さてはお前エリスではないな」



「これでも殆どダメージは無しか…」


レグルスを中心に綺麗に円形を描くように巻き起された光の乱流に押しやられ、体から燃えたぎるような白煙を放ちながらも今の一撃を防いで見せたホトオリ達。星辰魔術はレグルスにとっても切り札…あまり使いたくない手なのだが、それでもあまり効果がないとは。


「だが時間稼ぎは出来たし、これで良いか」


「何───」


その瞬間、疑問を口にしたホトオリの体が黄金の巨刃によって真っ二つに両断され血を吹き倒れ……。


「ぐっ!?」


た…という幻影を感じ、ホトオリは膝をつく。当然幻影であるが故にホトオリの体に傷はない、だが屈指の防御力を持つホトオリでも…存在しない刃は防げない。痛覚と触覚を直に刺激するこの幻惑魔術はある意味神に愛されしホトオリに有効打を与えられる唯一の魔術とも言えるだろう。


皮肉なことに、それを使うのは…。


「リゲル…ッ!」


「……、すみませんレグルスさん、遅れました」


「遅れすぎだ!」


リゲルだ、リゲル・エクレシア。聖人ホトオリの娘と呼ばれる彼女がその手から幻惑魔術を放ち世界を編纂しながらレグルスを庇うように立つ。最初から決まっていた、ホトオリの相手はリゲルがすると、それは戦略的な話でもあり…因縁的な話でもある。


「ようやく、こうして話せますね…父様」


「………………」


「貴方は私の父なのですよね、シリウスがそう言っていました。…何故アストロラーベの聖人たる貴方が…こんな神をも恐れぬ蛮行を」


「…………」


「……それ以前に、どうして口を聞いてくれないんですか」


「……」


ホトオリは口を閉じたまま開かない、ただ自らの相手がリゲルであることを感じ取り。静かに静かに筋肉を隆起させリゲルに向く…その手を振るう。


「『神羅風鐸掌』」


言ってみればそれは手で扇ぎ風を起こすだけの仕草。されど神より愛されしホトオリがその手で同じことをすれば…引き起こされる風は人知を超えた暴風と化す。


レグルスが魔術を以ってして引き起こす烈風を超えた颶風。それはリゲルに向け放たれたにも関わらず被害をそれに留めない。風は世界を抉り遥か彼方まで届き、まるで世界を巨大な鑿で削ったかのような痕が残る。


「闇雲に力を振るわないでください。貴方の一挙手一投足は最早災害でしかないのだから」


「っ…!?」


しかしその攻撃はリゲルには届かない、風を受けた筈のリゲルは黄金の粒子となって消え…ホトオリの背後に立つ。いや本当に背後に立っているかも怪しい、そもそもこの場にいるのかも分からない。


「『夢見之万華鏡』…貴方は私が止めますから」


ホトオリは既にリゲルに囚われている。ホトオリの周辺は万華鏡のように摩訶不思議な景色へと変貌しておりホトオリの超感覚を用いても自分が今どこに立っているかさえわからないのだ。


唯一リゲルだけが、ホトオリに対して有効打を持つ。肉体を頼りに戦うホトオリに対してリゲルは圧倒的アドバンテージを持つのだ。


「レグルスさん、ここは私がやります…貴方は先へ。彼女に会いたいんですよね」


「ああ、感謝する…死ぬなよリゲル」


各個撃破に舵を切ったその時からレグルスは誰を標的にするか決めていた、アイツはこの手で止めなければならない…、それが私に残された数少ない使命の一つなのだから。


「何処行くんだよレグルスゥァッ!オレがまだいるだろうがッ!」


「エリス…エリス何処なんだ、私はここにいるぞ。殺しにこい!壊しにこい!!」


「チッ、狂人どもが!」


しかしそんなレグルスの道を阻むのは壊し屋イナミと狂人ハツイのイカれコンビ。イナミはまぁこの間落し穴にはめてタコ殴りにしたから恨まれても仕方ないけど、ハツイに関しては恨まれる覚えがない。そもそもエリスって誰なんだ。


「死に去らせ!全て全て!ディオスクロアの血を引く人間は!全員!オレが壊すッッ!!」


「ダメェーッ!レグルスさーん!!!」


「ッ!?」


しかし、そんなレグルスを守ろうとする者もまた立ち塞がる。斧を振り上げたイナミに向けて飛んでくる鋭い樹木の槍によってイナミは攻撃の中断を余儀なくされ咄嗟に飛んで回避する。


木の槍くらいならイナミだって弾ける、だが受けるわけにはいかない。だってこの攻撃は…。


「スピカァッ!!」


「ひぃん、怖いぃ」


スピカだ、友愛の魔女スピカが黄金の錫杖を抱きしめながら半ベソをかいてイナミに相対してきたのだ。本来は回復役であり決して前線に立たなかった彼女が今…戦う覚悟を決めているのだ。


「お前かぁ〜!オレの殺した奴を治して!オレが壊した物を直したお前かぁっ!」


「ひぃ〜怖ぁ〜!で…でもみんな戦ってるし、私が戦わないと人数的にヤバいし、やらないと…戦わないと」


スピカがトンと地面を錫杖で叩けば治癒魔術を応用し生命力を得た樹木がメキメキと成長し壁を作りレグルスの道を作り出す。


スピカは弱い、八人の魔女最弱かもしれない。当然イナミと戦っても勝てるわけがない…かもしれない。だがそれでもレグルスはスピカにこの場を任せる。


「頼んだぞ!スピカ!」


「はい!レグルスさん!怪我してもいいですから!死なないで!」


「邪魔をするなァッ!!雑魚がァッ!!!」


次々と地面引き裂き成長し迫る木々を斧の一撃で切り倒しスピカに肉薄するイナミの威容たるや万軍の放つ威圧さえも凌駕する程、常人であれば前にしただけで昏倒してしまうそれを前に…弱虫のスピカは泣き出すか?許しを乞うか?


否、スピカは弱虫で泣き虫でヘタレで卑屈でおっちょこちょいだが…根性ナシではないのだ。


「雑魚で結構!絶対に行かせません!『大森界・枝襖』ッ!!!」


牙を剥くイナミと森を操り迎え撃つスピカ。スピカはイナミに勝てるかどうか分からない、だが絶対に負けない。アイツは魔女の中で…いや全人類の中で一番根性があるんだ。尻に火がついたスピカを倒すのは絶対に不可能だ。


そこだけは胸を張って断言できるとレグルスは荒れ狂う森から目を離し…先を見据える。あそこで待つ…アイツの元へと。


「逃げるか!逃すか!絶対に!エリス…エリスゥッ!!」


「ハツイ!お前に構っている暇はない!そこを退け!」


「断る!その姿…黒衣の装束を翻すその姿!貴様何処からどう見てもエリスだな!」


先ほど自分で私はエリスではないと否定した癖に、ハツイはまだ私をエリスなる人物と間違えているようだ。前会った時はここまで分別のない女ではなかった、…こいつの精神はもう限界を迎え瓦解し始めているようだ。


いや、壊れているという点ならばこいつはとっくに壊れていた。だがエリスなる人物への怨讐と執念だけで自我を確立しているんだ。


一体、こいつとエリスにはどれほどの因縁があったのか…。今はもう確かめる方法もない。


「邪魔だ!退けろ!アンタレス!」


その呼び声に呼応し私の影がハツイに向けて伸びる。ドロリと地面を這う赤黒い液体のような影は狂人ハツイの体を切り刻むような刃を作り出すと共にその身を露わにする。


「仕方ないですね前座は引き受けますよレグルスさぁん」


「ぐぅっ!?呪術…アマルトか…?」


「はぁ?誰ですかそれ」


普段は前線には立たずスピカと共にサポートに徹する魔女のうちの一人、探求の魔女アンタレスがハツイを食い止めるべく…今日は珍しく戦闘用の装束である身綺麗な皮の鎧を着込んで現れる。


アイツもサポートが得意というだけで戦えないわけじゃない。いつもはただ面倒というだけで前線に立たないだけ、本気で戦えばどれほどの強さを秘めているかレグルスでさえ分からない。


そして、今日のアンタレスは本気だ。


「言っときますけど私は他の皆さんみたいにお行儀よくバトルする気とかは全然無いので…初手で死んでください」


自らの人差し指の皮を噛み切りその内から血を溢れさせる。彼女は面倒なのが嫌いだ、それはつまり牽制とか読み合いとかをすっ飛ばして…いきなり本気を出す。ということになるのだ。


「永劫なりし問い、汝 魔道の極致を何と見るや」


「っていきなり臨界魔力覚醒か!?シリウスまで温存するんじゃなかったのか!?」


血が滴る指を前に突き出すアンタレスは静かに述べる。彼女がこれまでの戦いの中で得た究極の答え、探求の魔女化見せる探求の果て。


「永劫の問いかけに、我が生涯、無限の探求と絶塵の求道を以ってして 今答えよう」


彼女の周りに魔力が迸る、魔女にとっても切り札とも言えるそれを切ったアンタレスの魔力が世界の魔力を押し退けハツイを飲み込み始める。あれに巻き込まれたら私もアンタレスの世界に引きずり込まれる!クソ!あのバカ!私の尻を突いたつもりか!


慌てて速度を上げる私を尻目にアンタレスは答えを告げる。彼女が見つけた魔道の極致…それは即ち


「魔道の極致とは即ち『餓える欲求』である」


極致とは即ち欲求にある、何も求めない者に掴める物はなく、何も求めない者に辿り着ける場所はない、欲求に飢えて 飢えて 飢え続ければ人は極致へと至る、逆説的に 餓えることこそが極致になり得るのだ。


欲求の果てに人は探求を続ける。それこそが彼女の答えであり 彼女なりの正当である。それを証明するように渦巻いた魔力は一つの現象を生み出す。


「臨界魔力覚醒『呪死咒殺/毒血屍界』!!」


「ぅぬっ!?!?」


真紅の血飛沫が津波となり渦潮となり、ハツイをアンタレスの中に取り込んでいく、それと共にアンタレスもまた血の海へと消えていく。どうやら彼女の内面異世界『呪死咒殺/毒血屍界』へと消えたようだ。


『呪死咒殺/毒血屍界』…我等魔女の持つ臨界魔力覚醒の中で最も容赦ない覚醒だ。その力は『異界化させた自身の肉体の中に相手を取り込む』事にある。


今頃ハツイは血の海が膝下まで迫る暗黒空間に囚われている事だろう。そこはアンタレスの内臓の中、内部は常にアンタレスの呪血に満たされており敵対者の魔力を超高速で吸い上げアンタレスの物へと変換する。やがて相手の魔力は尽き…その後はこの世の如何なる毒物をも凌駕する呪血によって肉体を溶かされ後には何も残らない。


ましてや常に毒に浸されているが故に常にアンタレスの全ての呪術が発動可能状態になるオマケ付き。


発動させれば確実に相手に痛手を負わせることが出来る最悪の臨界魔力覚醒、タネに気がつけなければ確実に死ぬ最恐の内面異世界。


あの中に引きずり込まれた時点でハツイは終わりだ、後はどれだけ悪足掻きが出来るかだ。相変わらず恐ろしい奴だよ、アンタレス。


「まぁいい、お陰で道は空いた」


既に全員が全員の相手を見つけている。後は私だけだ…みんなに気を使わせてアイツとの決着の場を設けてもらったのだ。…今日こそお前と決着をつける。


「タマオノッッ!!」


「レグルス…!」


私が倒すべきは魔獣王タマオノ。奴だ…奴しかいない、最初は奴によって無限の魔獣が生み出され、そのせいで世界中の人々が死に続ける現状を止めるために奴を殺そうとしていた。


だが、何度も何度もぶつかり合う中で…私はタマオノに同情を抱きつつある。私も同じくシリウスの都合によって形を歪められた身、奴の気持ちはよく分かる。


奴を許す気は無いがそれと同じく奴に対する同情を捨てきれない己がいる。だからこそ…殺すのだ、奴はもういっそ殺してやった方が楽になれるのだ。


だからこそ、終わらせに来たんだよ!タマオノ!


「今日こそお前と…ぬっ!??」


刹那、タマオノに向けて駆け出す足が大地から離れる。その直後ようやく私は横から蹴りつけられた事を理解し…鈍痛に歪みながらも咄嗟に態勢を整え砕けた大地の上を滑る。


邪魔された、別の者に…。


「私は無視…ですか。レグルス師匠」


「ウルキか…!」


蹴りを放ったのはウルキだ。アルクトゥルス仕込みの良い蹴りを放ちやがる。私達の教えを受けながらシリウスに寝返った裏切り者の元弟子め、私達の与えた技で民衆を殺したように…今度は師匠である我々にも牙を剥くか。


「貴方なら、私を真っ先に殺しに来てくれると…信じてたのに」


「ウルキ…、何故我らを裏切った」


「貴方に言ったって分かりませんよ、私はただ…貴方を止めたいだけ、なんて言っても分かってくれないでしょ」


分からんな、全く分からん。ウルキが何を考えているのか…まるで分からない。


私達が例えシリウスと相打ちになろうともその後の世界を纏めていける、それこそかつてのシリウスのように魔術を以ってして世界を救える存在として弟子に取ったのがウルキだった。だからこそ私たちは彼女に対して惜しむ事なく修行をつけ力を与えた。


だというのにこいつは、何もかもを裏切ってシリウスに着いたのだ。裏切ったんだ全てを…!


「分かっているのか、お前にどんな目的があったとしてもシリウスに与している限りお前にも未来はないんだぞ。世界を滅ぼすというのは冗談じゃないんだ…シリウスは本気なんだぞ!」


「わかってますよ、…別にシリウスが星の記憶を手に入れるとか真理に到達するとか、そういうのはどうでもいい。ただ世界が滅ぶという一点で私と彼女は利害が一致しているだけなんです」


「……この世界を滅ぼしたいのか、お前は」


「私はね、もう次を作る必要はないと思っているだけです。これ以上を求める必要はない、連綿と続く刻にここで終止符を打つべきと…そう思っているんです」


「この破滅主義者が…」


「違うんだけどなぁ…、そうじゃないんだけど…やっぱり分かってくれませんよね」


何が違うというんだ、お前がやろうとしていることは破滅の呼び水となる事であり、求める先には世界の崩壊しかない。そこにどんな目的があろうとも意味なんかないんだよ。


「師匠が言ったんじゃないですか。私に教えてくれたじゃないですか。この世に永遠はないんだって…だからですよ」


「…………」


ウルキの要領を得ない言葉に苛立ちを覚え頭をガシガシと搔きまわす、つまり?どういう事だ?何が言いたいんだこいつは。タマオノのところに向かいたいが…ウルキは私を逃してくれる様子はないし。


仕方ない。


「で?お前はどうしたいんだ?」


「……貴方を殺したいです」


「なら簡単だ、…やってみろ」


「……はい、師匠」


「もう師匠と呼ぶな。お前はもう私達の教え子ではない」


「そう…でしたね。あはは…はぁ」


タマオノはこちらの戦いを観戦するように距離を置く。私はウルキを…ウルキは私を睨みつける。決戦を前にして取る構えは全くの同じ…魔女の弟子ウルキ。ここで我らの道行きの汚点を潰すとしよう。


「来い!」


「はいっ!烈風よ この覚悟を聞き届け給う、傷を厭わず 死を恐れず 滅びさえも打ち砕く我が信念を魔の深淵を以って示さん『疾風拳闘』!」


噴き出す、ウルキの拳にまとわり付く乱気流が一気にウルキの背を押し加速する。私がウルキに教えた風による加速魔術…それを応用し拳に風を作り出すとともに、突っ込むウルキが放つのは…。


「『神速穿通拳』っ!」


拳を抉り込み大気に穴を開けると共にその中に拳を突っ込み、真空による吸引と一時的な真空による速度減衰を消し去り、文字通りの神速を作り出す。そんなデタラメな技をウルキはアルクトゥルスより教わっている。


それに魔女達から修行を受けることにより手に入れた抜群の戦闘センスは…最早我らとなんら違いがない。


「ッ…─────『光断無量之手刀』」


対する私が用いるは光速の手刀。手元に光を這わせ光と同程度の速度で振るう近接魔術の秘奥にてウルキの神速の乱打を光速の迫撃が迎え撃つ。


一秒…と言う僅かな時間の中、我等は激しく打ち合う。ただ殴るだけではダメだ、時にフェイントを時に引いて時に蹴りや頭突きを織り交ぜた超至近距離の光速の読み合い。その衝撃は容易く大気を割り大地を砕く。


戦いの波はその場だけに留まらず虚空を飛び交い何度もぶつかり合う。激しさを増し速度を増していく戦いはやがて一定の法則性を得る。その法則性の有無に先に気がついた方が…次なる手に移ることができる。


「ここだ…ッ!」


「しまっ!?」


今回の場合気がついたのは私…レグルスの方だ、ただ惰性で打撃を続けるウルキの腕を掴み上げそのままの速度で大地に叩きつけ縫い止める。


「ぐぅっ!…ぁが…!」


「…………」


大地が割れるほどの勢いで叩きつけられウルキが悶絶する。苦しみに悶える…バカなやつ、どこまでもバカなやつ。私の前に立つからこうなるんだ…痛い思いをしたくなければ我等の後ろにいれば良かったものを…!


「─────ッ『天旋星光一柱』!」


「ッやば…!」


大地に縫い止められたウルキに向け手を向ける、情け容赦などなく放つのは星辰魔術。この身に溜めた星の光を一気に魔力で増幅させ解き放つ極大光熱魔術。その素振りを見たウルキは慌てて足を動かし。


「彼方は此方に、其方は途方へ、右は左に左は右に、我が道は世界すら阻めず閂を開ける、今こそ世界の呪縛を破らん『時界門』!」


私の手が光を放つよりも前に時空の門をこじ開け中に体を突っ込み、星の地表すら灼く絶光から逃げ出し 雲につむじがつくほどの超上空へと一気に逃亡する。


「ッ〜〜!全然容赦なしかぁ〜…」


風の吹きすさぶ空へと逃げたウルキが見るのはレグルスの放った光が地殻を焼き尽くし辺り一面を灼熱の光で覆い尽くす場面であった。今の一撃でオフュークスの街は完全に焼き尽くすされ地上から消える…そんな光景がこれほどの上空からでも見えるのだ。


(下手に回避してたら死んでた…)


レグルスは最も容赦や情けから程遠い魔女だ、そこをありありと理解したウルキは冷や汗を流し──。


「なんだ?容赦して欲しかったのか?ウルキ」


「─────ッ」


声がする、遥か下にいるはずのレグルスの声が背後から。それに気がつくとともにウルキは振り向き様に拳を放つ、がしかし。


「ハズレだ」


「なっ!?」


空を切る、それと共に目にする。私の背後で言葉を発していたのは…小さな魔力の球。あれで空気を振動させて自分の声を再現していたのか?そんな事が魔力で可能なのか…そんな考察をするよりも前にウルキは血をグングンと下に下に下げながら考える。


(じゃあレグルス師匠は何処に!?)


魔力球がここにあると言うことは居場所がバレていると言うこと。そしてウルキは今レグルスの罠にかかって攻撃をして好きを晒してしまった。つまり…レグルスは今から、間抜けにも動いたウルキに折檻を加えるだろう。


「─────『聖来 天枢流星拳』ッ!!」


その瞬間、ウルキの頭上の重たい暗雲を真っ二つに割る極光が大地を照らす。はたと見上げれば…見える。大気の壁をぶち破り炎と光を纏い、隕石の如く勢いで飛来するレグルスの姿が。


ドンと一つ音の壁をも突破すると同時に流星の如き拳は隙だらけのウルキを再び大地に連れ去り叩きつける。今しがたレグルスの星辰魔術によって焼き尽くされ平にされた破壊の大地へと。


「がっ…ぁがぁっ!?」


天からの落し物、流星が大地を穿つ。その衝撃波は先程の比ではなく巻き上がった砂は天へと登り暗雲を覆い尽くし更なる闇を作り出す。


まさしく自然災害、レグルス・アレーティアという女が周囲への被害や敵への情を捨てればかくも恐ろしいものかと周囲に知らしめるが如く世界ごとウルキを破壊しにかかる。


「もう終わりか?ウルキ…」


あまりの熱に燃え上がった大地の中、レグルスはウルキを見下ろす。これでもシリウスから羅睺随一の使い手と称されていたにも関わらず…ウルキは今レグルスに手も足も出ずに大地に倒れ伏している。


実力差…というわけではない、ウルキとレグルスの間にそれほど実力差はない。覚悟だってきっと同じくらいだ。だがウルキはレグルスに圧倒されている。


その理由は単純…。


「そんなに、私を殺したいですか…師匠」


「師匠と呼ぶな、気分が悪くなる」


今のレグルスは最強なのだ。長きに渡る戦いを経て もう数え切れないだけの命と死を背負って、信じられないほどの信念で乗り越えて今ここに至ったレグルスは、全盛期なんて生易しい状態にない。


人間一人の人生で、数度ある極限の数時間。言うなれば彼女の最高の状態を維持した『極限期』にある。レグルスだけじゃない 魔女全員が今偉業を成すため極限状態にある。これはもう実力云々以上に強いのだ、絶対に勝つ…そう思わせる程に今の魔女達は絶対的だ。


「相変わらず…クソ容赦ないですね。これがアルクトゥルス師匠やフォーマルハウト師匠ならちょっとは手加減してくれましたよ」


「残念だったな、私の容赦のなさはお前も知っているだろう」


「…だから貴方を選んだんですけどね。半端に手加減されたら…戦えない」


立ち上がる、それでも立ち上がる。ウルキは自らの体を治癒魔術で回復させながら立ち上がる。その目には確かな物が見える…レグルスは相手の目を見ればある程度の思考を見抜く力がある。


そういう能力…という程便利なものではない。だが元々人の機微に鋭かったレグルスがこの長い戦いの中で身につけた人心認識能力は最早超常的なレベルにあると言っていい。


だがそれでも見抜けない、今のウルキが何を考えているか見抜けないのだ。ここまで壮絶な覚悟を決めるだけの何かがあったのか。そうまでさせるほどの何かがお前にはあったのか。


なのに、何故私はそれを知らない。…私は、この子の師匠なのに。


「………、ウルキ。お前はもっと強いだろう、私達が育てたお前はそんなもんじゃないはずだ。手加減されたくないと言うのなら…貴様も手を抜くな」


「…本気ですか」


ふぅ〜、とウルキは一つ息を吐く。大きく項垂れるように…そして。


「本気出しても…いぃ〜んですかぁ〜?」


ニタリと笑う。出してきた…本性を、こいつが街を焼き尽くし国を滅ぼし人を殺している時にする顔…我々に隠していた本当の顔。ギラリと並ぶ鋭い牙を光らせてウルキはこちらを見る、修行の時のようにお行儀良く戦うのはやめだとばかりにウルキはトントンとその場で軽くジャンプをしてストレッチをしてみせる。


スピカの教えた治癒魔術でさっきの傷は全快したか。まぁそれを待っていたからいいんだけどな。


私はここに決着をつけにきた、お前と決着をつけにきた。今ので終わっていたら不完全燃焼もいいところだったからな。


「構わん、…それがせめてもの責任だ」


「ああそうですか、なら…思いっきりやりますからっ!」


スルリと流れるように構えを取る。右足を前に左足を後ろに、突きつけるように右腕をこちらに向け左手を添える…我々の教えていない構えだ、なるほど。お前もそちらに行ってから色々学んだようだな。


「ここから先は『魔女の弟子ウルキ』ではなく『羅睺十悪星ウルキ』なので…悪しからず!」


「ッ…!」


ウルキの動きが急激に加速した、まるで獲物を前にした蛇のように一瞬の隙を突き私の喉元に貫手を…。


「効くか!」


と貫手を拳で弾き返せば…ウルキの顔が歪む。嘲笑と狂喜によって。


「掛かりましたね…縛蛇陣『宇迦之御魂』」


「ッこれは!?」


気がつく、今になって気がつく。先ほど弾いたウルキの手に塗りたくられた血が紋様を描いていることに、それを弾いた我が手にも…まるでハンコのように魔術陣が転写されている事に。


だがもう遅い、既に魔術陣は光を放ち血のように赤い蛇が私の体を縛り上げ…。


「面倒な!」


これ自体は問題ではない、このサイズの簡易的な魔術陣で生み出された現象程度全身から魔力防壁を体の内側から押し広げればそれだけで破壊出来る。


でもそうじゃないんだ、私は今ウルキに踏まされた、奴にとって都合のいい行動を踏まされワンアクションを無駄にした、大技が来る!


「炎を纏い 迸れ轟雷、我が令に応え燃え盛り眼前の敵を砕け蒼炎 払えよ紫電 、拳火一天!戦神降臨 殻破界征、その威とその意が在るが儘に、全てを叩き砕き 燃え盛る魂の真価を示せ『煌王火雷掌・絶火之陣』ッ!」


次の瞬間、炎の雷を纏い煌めく拳…煌王火雷掌がウルキの手に握られたと思えば、その輝きが消え失せる。発動に失敗したか?違う。アレは電流と炎を全て熱量と爆発力に変換した破壊特化の形式。煌王火雷掌の応用型…!


「ぐぅっ!?」


その一撃は私の顔面を居抜き、この私が蹌踉めくほどの破壊力を発生させ…周辺の炎さえ焼き尽くされるほどの衝撃波を発生させる。


「まだまだぁ!鬼に会うては鬼を穿つ、仏に会うては仏を割る…我が手には山を割る剛力を 我が足には海を割る怪力を、我が五体に神を宿し…我今より修羅と成る『紅鏡日華・三千大千天拳道』」


続けざまに発動するのはアルクトゥルスが得意とする肉体付与…いや違う。アルクのそれと違いウルキの付与魔術は奴の内側から光を発している。これは…いやこれも!


「『狂血式』ッ!」


これも応用だ、アルクトゥルスでは出来ない応用型の肉体付与。


肉体付与とは本来全身に付与魔術を滾らせる物だ、アルクもそう使っているしウルキにもそう教えているはずだ。だがウルキはそこから発展させ肉体ではなく『己の血』に強化付与を植え付けたのだ。


「ぅぐ…ぅがぁああああ!!!」


「ごはぁっ!?」


放たれる拳が見えなかった。理解した瞬間には数度殴られていた。…血に付与魔術を通した結果がこの爆発力。アルクトゥルスが用いる付与魔術の数段は上の出力、それもそうだろう…魔力を最も通す血に直接魔術を付与すれば凄まじい勢いで全身に付与魔術が駆け巡るんだ。一度の魔術で数十回重ねがけしたに相当する効果が得られる。


が、その代わり…。


「ぐぶっ…!」


殴り抜いたウルキもまた血を吹く。これもまた当然、魔術が付与された血は同時に高速で体内を駆け巡る。その勢いは血管を突き破りながら心臓に殺到する。そうなれば薄い肉の袋である心臓なんぞ二秒で張り裂ける。


アルクもそれを分かっているからやらない、血管と心臓はいくら鍛えても丈夫にはならないから。


だが、ウルキは違う。


「がぶふっ…癒せ…我が手の中の小さな楽園を 、癒せ…我が眼下の王国を、治し 結び 直し 紡ぎ 冷たき傷害を 悪しき苦しみを、全てを遠ざけ永遠の安寧を施そう『命療平癒之極光』…!」


狂気に満ちた目で血を吐きながら治癒魔術を用いて肉体の損傷を治す。張り裂けた心臓は一時的に元に戻り引き裂かれた血管も繋がる…一時的に。


ウルキは治癒魔術を使うことができる、お陰で肉体の欠損を意識せず戦える…アルクトゥルスでさえ忌避した方法を取ることができる、だが…だが!


「それが本気だと!?ウルキ!貴様ァッ!!!」


「なんとでも言いなさいレグルス!あなたを殺すためなら私はなんだってします!なんだって!!」


そんなのただの自殺行為だ!治癒魔術のお陰で辛うじて死なないだけで…いや死んでる!死んでるんだぞ!高速で生と死の狭間を行き来しているだけだ!何かかけ違えれば即死するような戦い方を…教えた覚えはない!


「私達は!お前に!自らの命を捨てさせるためにお前を救ったわけじゃない!!」


全身の魔力を滾らせ、複数の加速魔術を重ねがけしウルキの生み出す命懸けの速度についていく、私とウルキの拳と言葉が交錯する。何度も何度も交錯し鈍い轟音を響かせる。


「私を代替え品にするために救ったんですよねぇ!後のことぜ〜んぶ私に押し付けて自分達はあの世に仲良く昇天ってか!?」


「違うッ!あの時…お前が生きる事を望んだから、私達はそれに答えただけだ!なのに…何故自分の命を自分の手で捨てようとする!」


「今私を殺そうとするテメェが言うんじゃあねぇよ!」


「ぐっ!?」


命を削り合う打撃の応酬を制したのは、今度はウルキの方だ。私の拳の雨を無理矢理こじ開けて頭突きをかまし隙を作ると共に。更にウルキは命を削って魔術を使う。


「人を呪わば穴二つ、この身敵を穿つ為ならば我が身穿つ事さえ厭わず『呪装・黒呪ノ血拳』ッ!」


ドロリと溢れたウルキの血がその拳に纏わりつき、籠手のように押し固まる。アレはアンタレスの血を固める呪術…!まずい、今のウルキの血液は付与魔術を得て強化されている、それを元に作った籠手が如何程のものかなど語るまでもなく…。


「『爆血装』ッ!」


「ごぁっ…!」


殴り抜くと共に煮えたぎり灼熱となった籠手が更に爆裂し、触れるだけで皮膚が爛れる毒血を振り撒き私を吹き飛ばす。


ぐっ…ぅ、まずった。呪毒を食らった…全身が針で刺されたように痛い、スピカに治癒してもらわなくては…だが。


「死に去らせ!彼方は此方に、其方は途方へ、右は左に左は右に、我が道は世界すら阻めず閂を開ける、今こそ世界の呪縛を破らん『時界門』!」


更にウルキは二つの時界門を作り出す。右と左に…それぞれ蒼の輝きを放つ穴と紅の光を放つ穴を…。時界門の行き先は術者が認識している範囲ならば何処にでも繋げられる、つまりあの穴の先にあるのは。


「『蒼紅之双子穴』ッ!」


穴の向こう側から溢れるのは大量の水とマグマだ。地下に流れる大量のマグマの中と深海に穴を開けることによりその二つをこちらに向けて流し出したのだ。


圧倒的圧力がかけられる地下の溶岩と凄まじい水圧のかかる深海の海水。それはその圧力によって押し出され大砲もかくやという勢いで私に飛来する。


応用に応用を重ねた魔術。本来の使い手である魔女達とは違う魔術の使い方…相変わらず魔術に対する理解度の高さは群を抜いているな。


「くっ…───ッ『旋風圏跳』ッ!」


「逃すか!一色を写し 十元を象り 百影を伸す 、移る代わる無限無形の理、其れ則ち『千景空掌』!」


旋風圏跳でマグマと水から逃げようとする私に向けて、ウルキが放つのは千の景色を相手に見せつけ一時的に相手の思考回路をショートさせる幻惑魔術。常人なら受けただけであまりの情報量に昏倒してしまうだろう。


だが…魔女はその程度の幻惑如きで思考回路はやられない、その魔術は通じない…それを理解しているウルキは更にそこからぐるりと突き出した腕を回転させ。


「『乱回酩酊式』!」


「ぅおっ!?」


見せつける千の景色、頭の中に叩き込まれる景色をウルキは更に回転させる。強制的に頭に叩き込まれる景色がグルグルと回転しながら次々と入れ替わるのだ。思考回路がショートする事は無くとも…一瞬で目が回る。


リゲルではこんな使い方出来ない、そんな感想を抱きながら私は一瞬目を回して離脱の為の風を散らしてしまい。


「くっ!ぅぐぉぉぉおおお!!!」


飲まれる、溶岩の波濤と深海の怒濤に。極限の熱と究極の冷 に挟まれた私は全力で魔力防御を展開するが…この二つは更に私を飲み込んだ状態で固まってしまう。溶岩が冷やされ島を形成するように。黒い岩石となって私を石膏像のように固め拘束する。


「ッ…………!?」


「ふぅ〜〜〜〜、行くぜぇ〜?」


何も見えない、岩に包まれ何も見えない世界の中ウルキの声だけが響く。何か来る…逃げなくてはならない、故に全身に力を込めて岩を砕こうとするが、…ダメだ、遅い!


「狂い咲け魔性の死花、枝葉を伸ばし世界を崩し血煙で全てを彩れ!『魔破羅闍金輪』ッ!!」


──それは、ウルキが私達から習わなかった唯一の、そしてこの世でウルキだけが使える無二の魔術。『鏖壊魔術』…シリウスが私の虚空魔術の亜種として作り上げた万物破壊魔術。


その光は如何なるものも破壊する。相手の強度と密度に関わらず根底から揺るがし破壊する、それは魔女の魔力防御でホトオリやアルクトゥルスのような究極の肉体さえも破壊する。


動きを封じられた私に向けて飛んでくる赤黒の光は触れた全てを粉々に砕き虚空に消し去っていく。当然その射線上にいる私もまたその対象内だろう。



……ウルキ、お前が欲しかった魔術はその魔術なのか?私達に向けて頭を下げて『魔術を与えてください』て頼みこんできたのは…それがしたかったからか?


お前はどう思っていたか知らないが、私はこれでもお前を…大切に思っていたつもりなんだぞ。そりゃあ厳しかったかもしれないし無愛想で優しくもなかったかもしれない、それでも…私はお前に生きて欲しかったんだ。


全てが終わって平和になった世界をお前に生きて欲しかった。そりゃあお前の過去を聞けば人を憎んでも仕方ないと思えるしこの世界に絶望しても仕方ないとは思う。だがそれでも…お前ならそれを乗り越えられると信じていたし、乗り越えたんじゃなかったのか?


それでも、そんなに力を得て…この世界を壊したいとお前は願ってしまったのか?


だとしたら、それはきっと私達の不出来さが原因だろう。そう思わせてしまったのが原因だろう。


力以外、何も与えなかった私達が。力以外、必要だと思わなかった私達が。お前もを使ったのかもな……。




なら、いっそここで殺してやろう。


「一切皆空、我忘我失の極致。世に開きし虚ろなる大穴は万象を飲み込みその意味と姿形を闇に溶かし、全なる有を一なる無へと誘いやがて収束させる。そこにあるのは終焉か創世か、或いはその意義さえも虚空へ消えるか」


魔力を振動させ擬似詠唱を口にする。今目の前に迫る崩壊を前に私もまた魔術を放つ。鏖壊魔術のような『純粋な破壊』とは如何なる属性でも防げない、如何なる魔術でも防ぎようがない。


ただ一つ、同じ線上にあってその上位とも言える魔術を除いて。


「『無空神无之流穴』」


「あッ!」


私を包む岩石が消失する、私に迫る赤黒い魔力の奔流が消える、私に触れた全てが『無』となる。メラメラと燃え立つように私の周囲に上がる白い炎…に見える虚空が私に迫る全てを消し去る。


「使って来ましたねぇ〜、星辰魔術以上の秘奥…『虚空魔術』、貴方が私にだけ絶対に教えてくれなかった魔術〜」


「…言っただろ、これは誰かに伝えるつもりのない魔術だと」


虚空魔術、触れた物全てを消し去る恐るべき魔術…それは結果だけ見ればウルキの鏖壊魔術と大して差はないだろう。結局相手が消えるという点に変わりはないからな。


だが、根本的なところが違う。ウルキの鏖壊魔術は物質を微粒子レベルに至るまで破壊し尽くし消し去るのに対し、こちらは『有』を『無』に強制的に入れ替えるのだ、即ち魔術や魔術によって起こった現象さえ消し去れる。


例えそれが『破壊』であってもだ。


「ふぅむ、虚空を身に纏って自信を虚ろなる穴に見立てる魔術ですか…厄介ですねえ」


私が今身に纏っている白こそ、虚空。触れた物を奈落の穴に落とすように消し去る虚空の流穴、これを凡ゆる攻撃を消し去る無敵の力と思うか或いは触れた物を全てを消し去る恐るべき力と見るか…。


ウルキはきっと…。


「羨ましいです…それがあれば私の願いは叶うのに」


きっと前者だ。だから与えなかった…お前が虚空を求める目付きは当時からおかしかったからな。


「そのお前が求める力で…お前を殺してやるよ、ウルキ」


「わはー!嬉しいなあー!…でも死ぬのは貴方ですよレグルス、私はもうここから先を求めていない」


するとウルキもまた…私と同じ構えを取る。


「魔神の巨手は万物を砕く、悪神の大脚は営みを踏み潰す、邪神の眼は滅びを見る。全てを壊せ 総てを殺せ 凡てを鏖せ!『魔神無常之冥々魂』!」


纏う、私と同じように…対象的に赤黒い炎を身に纏う。当てつけのように、或いは私を真似るようにウルキは白い炎を纏う私の前に立つ。


「その術式ごとぶっ壊してやりますよ!何もかも!貴方ごと!全部!」


「上等だ…やってみろ!ウルキ!」


もうここから先には死しかない、どちらかが死ぬまで終わらない…そんな血戦を前に私とウルキは白と黒の炎を身に纏って、再びぶつかり合い──────。




「お?」


その瞬間、私は声を上げる。一瞬で景色が光に包まれたからだ、いや違う…『天から光が降り注いだ』からだ。


何が起こったか把握するよりも前に光はそのまま熱を持ち、世界に穴を開ける程の大爆発を以って私とウルキを覆い隠し……。



「チッ、なんなんだ…」


砕けた足場の上に着地する。突如降り注いだ光とそれによって巻き起された大爆発、しかし虚空を纏う私からすればこのような攻撃も全て無駄。ウルキもまた傷一つなくビックリした顔で天を仰ぐ。


今の攻撃…いや、流れ弾が飛んできた天空を仰ぎ見る。


すると、そこには。


「カノープス…!」


「大帝陛下!危ないじゃないですか!」


天へ浮かび上がり睨み合う二つの影があった。片方は我らがリーダー…愛しき王カノープスと、そしてもう一人は史上最悪の大暴君トミテだ。



「中々やるな、トミテ陛下」


「ッるせぇ〜なぁ〜!早く死ねよ!この素晴らしく偉大な僕様が死刑だと言っているんだ!なのになんで自刃しない!何故誰もお前を処刑しない!世界は一体どうなってしまったんだ!」


普段は浮かび上がる玉座に座り、凡ゆる魔導装備を使い決して自分からは戦わないトミテが…今はそれら全ての装備を捨ててその身一つでカノープスと戦っている。


トミテは魔術の天才だ、私達でさえトミテの才能には全く及ばないほどの天才だ。武器など使わなくともあいつは…いや使わない方が強いのだ。この世の何よりもトミテを超える武力を発揮出来ない、…私より明確に強いあのバカ皇帝が本気で戦っている。


それを単身で押さえ込んでいるカノープスも、珍しくその身に傷を作り満身創痍といった様子だ。


おそらくさっきの光はトミテとカノープスの戦いの最中間違って飛んできた流れ弾に過ぎないのだ。


「理解しろトミテ、お前の国は滅んだのだ。他ならぬお前の手で滅んだのだ」


「はぁ〜?なぁ〜に言ってんだよ。あるじゃないか…ここに。僕こそがオフュークス…僕が滅びない限りオフュークスは健在だよ!」


「国とは民があってこそ国たり得る!国がなければ皇帝など道化に過ぎん!何故それが分からん!大帝を名乗り呼ばれるお前が!何故そんな簡単な事もわからない!」


「お前の理屈だろうがそれは。例え民が死のうとも!城が崩れようとも!国旗が燃え尽きようとも!僕は皇帝!素晴らしく偉大なトミテ・ナハシュ・オフュークスのままなんだよ!あはははははは!」


トミテが笑う。ゲタゲタと笑えばただそれだけで暗雲が渦巻き荒れ狂う。あんなバカ皇帝が…あれほどの力を持った事自体が世の不幸に他ならないだろう。


「オフュークスは滅びない!絶対に滅びない!だってそう言った!セバストスがそう言ったからそうなんだ!」


「セバストスが…?」


セバストス…トミテがこの世で唯一信頼する男にして元オフュークス帝国魔術師団長。そして恐らくこの地上で唯一トミテを止められた存在こそが彼奴…セバストス・ネビュラマキュラだ。


セバストスは常にトミテの側に立ち、時にトミテを諌めたり注意をしたりしていた謂わばトミテ唯一のストッパーこそが彼だった。それを証拠にセバストスが何処ぞに姿を消した今…トミテの暴虐はいつにも増して最悪を極めていった。


そんなブレーキ役であるセバストスがトミテを煽るような言葉を残していたとは些か考え辛いが。所詮は奴も羅睺側の人間ということか。


「つーかさぁ!早く死んでくれないかなぁ!お前ら死なないとセバストスが帰ってこないんだよ!」


「無駄だ、何をしてもお前の側近は帰ってこない。大方愛想でも尽かされたんだろう」


「は…はぁ?はぁ!?はぁ〜!?!?んなわけねぇだろうがセバストスの事何も知らないくせしてさぁ!セバストスが僕を裏切るわけがないないだろ!絶対に!お前達の所為で帰ってこないってシリウスも言ってたぞ!」


「はぁ…シリウスめ」


トミテはバカな男だ、為政者が持つべき思考も思慮も持ち合わせない大間抜けだ、そこに漬け込んで…上手いこと利用されているようだ。これがただの暗君愚公であったならなんの問題もなかったのだが…。


「天よ!荒れ狂え!地よ!悶え苦しめ!光を以って空を引き裂き炎を従え遍く都市を焼き付けせ!『天上雷来大剣』!」


「チッ『円環時界門』!


荒れ狂う天から降り注ぐのは極大の雷、一撃で都市さえ消し去ってしまうような大規模な雷を指先一つ振るうだけ生み出してしまう。レグルスを遥かに上回る属性魔術の猛攻を前にカノープスが展開するのは円形に押し広げた時界門を自身を中心に展開させる。


するとトミテの雷はカノープスを通り抜け向こう側へと抜けていく、時空を歪め穴同士を結合させているからこそ、その攻撃はカノープスに届くことなく通り抜けるのだ。


「それをムカつくぅ〜!もぉ〜!詠唱怠い!メンドくさい!もう死ねーーっ!」


最早詠唱するのも面倒とばかりに闇雲に自身の魔力を振り撒くトミテ、その魔力の波は一気に世界に伝播しオフュークス帝国全域に夥しい数のクレーターを作り暴れ回る。


威力・範囲・破壊力…どれも凄まじいものではあるが。そんな闇雲な攻撃…カノープスには通じない。


「神よ、我が手に無常の祝福を。全知にして全能なる力を以って、我今こそ無辜なる民を遍く救おう」


「なぁっ!?」


円形に展開した時界門を複数に分裂させ、四方に転移しながら撹乱し、一瞬のうちにトミテに肉薄するカノープス…その拳には絶大な魔力が、そして…罪無き民衆を殺し尽くした許されざる為政者に対しての激烈なる怒りが篭り。


「『阿毘羅雲拳』ッ!!」


振り下ろされた拳は空間を凝固させ、世界そのものを一つの巨大な拳に見立て無防備なトミテを殴り落とす。その一撃たるやトミテの鉄壁の魔力防壁を一撃で叩き砕き彼の口から血を吐かせ大地に叩きつける。


「ぐぅっ、あっ…この素晴らしく偉大な僕様の最も尊ぶべきオフュークス帝国の至宝たる血液が…このぉ…!」


「トミテ、やはり貴様は大帝に相応しくない。この国の為政者の席に貴様が座った事こそ、繁栄を極めたオフュークス帝国最大の不幸と言えるだろうな」


「ッるせぇよ…弱小イかれ国家のディオスクロアに言われたくねぇよ!クソ雑魚の片田舎のくせしやがっていつまでもいつまでも残ってんじゃねぇぞ!」


「残ったのではない、残したのだ。それが…王女たる我の役目だからな」


トミテを見下ろすカノープス、あの二人の因縁は互いに十三大国の皇族であるというところから始まり…その大戦の中両者の共に相手を恨んで行った。


かつてはオフュークス帝国に対して憧れもあったカノープスからしてみれば、今のオフュークスの凋落ぶりは許しがたいものだろう、それを招いたトミテは特に…。


「チッ、クソ何が王女だ…んぁ?」


「あ、トミテ陛下…」


「ウルキぃ…新入りが何遊んでんだよ!そいつ殺すのにいつまでかかってんだよ!処刑するぞ!」


地面に叩き落とされた先は奇遇にもレグルスとウルキが睨み合う地点であった、そこで目があったウルキに対して八つ当たり気味に吼えたてるトミテ。


面倒なのが来た。トミテの攻撃は特に範囲が広い、あれの流れ弾を気にしながら戦っていては余計な傷が…おぉっ!?


「レグルス、無事か?」


「ひゃっ!?お、おい!カノープス!」


いきなり腰を抱き寄せられ変な声が出てしまう。見ればいつのまにか私の隣に転移してきたカノープスがキリッとしたカッコいい決め顔で私に微笑みかける。アホかこいつ…今そんなことしてる場合か、全く。


「ウルキはどうだ?手強いか?」


「まぁな…」


「だがお前はタマオノも倒すつもりなんだろ?ウルキは私が受け持つか?」


「いやいい、お前はトミテをやれ…ウルキは、私がやる」


だって、ウルキを拾ったのは私だからな。始めたのが私なら終わらせるのも私であるべきだ。


「そうか、そういうところも好きだぞレグルス」


「や!喧しい!」


「はははは!」



「イチャコラしやがってこのやろうが…、おい新入り!あいつら殺せ!命令だ!」


「はぁ〜、陛下も戦ってくださいよ…!」


既に決戦は始まっている、魔女達は互いに大陸の端々に渡って羅睺十悪星達と戦っている。全てはこの場で決着をつけるためだ…そしてそれは、私も同じだ。


「さぁ行くぞレグルス!こいつらを蹴散らして世界を救うぞ!」


「無論だ、もう終わりにするぞ」



「終わりになるのはお前らだよ愚民どもが!」


「いいえ終わりですよ、私達も師匠達も、みんなここで終わるんです…世界はもうこれ以上続きません。この世に永遠がないのなら、この世もまた永遠ではないのだから」


睨み合う羅睺と魔女…、この最終決戦は未だ序章、世界を包む暗雲は未だ晴れない。


……………………………………………………


「ん…んふぅ…あ、夢か」


パシパシと目を開き、見えるのは黒の天井…灯りのない暗い室内で私はベッドの上でもぞもぞと動き、毛布を蹴飛ばす。


窓の外を見れば未だ星空の浮かぶ真夜中であることが伺える。変な夢を見て超絶早起きしてしまいましたか。


「おお?、どうした?ウルキ。嫌な夢でも見たか?」


「シリウス様…」


ふと、机の上に置かれた小箱の中から、首だけになったシリウス様がニタニタと笑いながらこちらを見ている。まぁ…私の顔を見れば楽しい夢じゃなかったのは明白か。


「ええ、八千年前のオフュークスでの決戦…その時のことを夢に見ていました」


「なんじゃあ負けた時の夢か?縁起悪いのう」


「確かに、縁起は良くないですね」


あの頃の私はまだまだ未熟だった。精一杯足掻けばどうにかこうにか私の心を他人に理解してもらえると思い込んでいた。バカな話だ…私のこんな心や感情を理解してくれる人なんているわけがない。


ましてや、魔女達やレグルスが…私を理解出来よう筈もない。シリウス様だって結局理解してくれなかったんだから。


「フッ、夢とはな。自らの深層心理を写す鏡とも言われておる。お前がその時の夢を見たならば…決して無意味ということはない」


「つまりどういうことですか?」


「さぁのう、お前があの時の事を思い出すに足る出来事があったか…或いは、その時の決戦に想いを馳せていたか…そのどちらかじゃ、ワシには分からん」


そもそも理解する気もないとばかりにあっけらかんと笑うこの人のドライさは、余計な詮索も無い分ある意味やり易い。


それにきっとシリウス様の言う事は正しい。きっと私はあの時の決戦に想いを馳せて…私の妹弟子エリスのことを思い出していたからだろう。彼女が今どこで何をしているか…ちょっと気になってましたし。


(エリスちゃん…か)


彼女は私の敵だ。魔女の弟子だから…ではなく私と彼女は根本的なところで相容れない。彼女は私のなり損ないだ、或いは私は彼女のなり損ないだ。互いに互い、成れない存在だからこそ受け入れる事はできない、例え根っこが同じだとしても。


でも、それでも私とエリスちゃんの始まりは同じ。ならきっと誰も理解してくれない私の心は…エリスちゃんだけは理解してくれるだろう。或いは誰よりも強く拒絶してくれるだろう。


出来るなら今すぐ彼女のところに飛んでいって問いかけたい。


『私はこう言う理由で魔女様達を裏切ったんだけど…エリスちゃんなら分かるよね?』と。


でもそれは許されない、さっきも言ったが私とエリスちゃんは敵同士。次顔を合わせる時はきっと全ての戦いに終焉を齎す最終決戦の戦場でだけだ。


私の願いが叶うか、エリスちゃんの目的が果たされるか。どちらか一つしか選ばれない最後の戦い…あの大きな木の下で、きっと私たちはもう一度出会う。


その時だ、その時こそ…私と彼女の賭けが成立する。


「ふぅー…だからエリスちゃん、早く強くなってくださいよ。私と対等に語り合えるまでに…」


私は待ちませんよ、急いで追いついて来なさい。


『失礼します、ウルキ様…まだ起きていらっしゃいますか?』


「ん…?」


ふと、部屋の扉を恭しくノックする音が聞こえる。もしかしてリーヴでしょうか。


「どうしました?リーヴ。もう夜中ですけど…」


『実は伺いたいことが…、シリウス様もいいですか?』


「ああん?」


「はぁ〜、熱心だことで。分かりました分かりました、今向かいますよ」


私はまだ諦めていません、私達の戦いはまだまだ続きます。今私が着手している計画もあれから着々と形を成しつつある。


…この調子で考えれば、三年後には動けそうですね。







──世界は動き出す、エリス達の旅立ちとウルキの新たなる計画により無数の可能性は潰え一つの答えに向け走り出した。


世界を救う『十人の英雄』


世界を破滅させる『十人の弟子』


史上最後の魔女の誕生『流星の魔女』


天と地を繋ぐ『星砕の大樹』


その全てがテーブルに揃った時、ウルキとエリスの二人は……。

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