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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十一章 魔女狩りの時代と孤高の旅人
391/835

351.魔女の弟子と事件解決


「ん、…んん」


「メリディア!メリディア!!」


「おいエリス、あんまり揺さぶってやるな」


「ご、ごめんなさいラグナ」


星魔城でのルーカスとの決戦、それを終えラグナ達と共に天番島の砂浜に再度戻ってきたエリス達はそこで回収したメリディアとルーカスの治療を行った。


一応ルーカスはアーデルトラウトさん率いる軍部の方で拘束した上で治療と言う事になったが、…彼が此度の一件の犯人である事ともし何か沙汰を下す場合その時はエリスに声をかけてほしいことも伝えておいた。


そしてメリディアはこちらでデティに治療してもらったが、どうやら彼女が気絶しているのは傷やダメージのせいではなく彼女の中の魔力が枯渇しているからだと言われた。


やはり、星魔城が爆発したのはメリディアのお陰だったようだ。とはいえかなり無茶な事に変わりはないが…。


ともあれデティにかかれば失われた魔力も即座に回復させられる。故にこうして治癒魔術を浴びた途端メリディアの瞼が揺れて…。


「あれ…私、生きてる?」


「メリディア!」


「え?エリス?…これは…って、うぇええ!?」


思わず抱きついてしまう。よかった、目を覚ました瞬間ようやく心の底から彼女を助けられたのだと言う実感が湧いてきて…もうどうしようも無くなって感極まって抱きついてしまう。


「ちょちょ!エリス!?なになに!?どう言う状況!?」


「よかった、無事で…」


「エリス…、もしかして私のこと、心配してたの?」


「そうですよ!何考えてんですか!無茶しすぎですよ!」


「よ、喜ばれてるの?怒られてるの?どっち?」


どっちもだよ!怒ってるし心配してる。オフュークスが自壊を始めたのはメリディアのお陰だ、だが一歩間違えば…いやラグナ達が駆けつけなければ間違いなく死んでいた。それが分からない貴方じゃないでしょう。


「貴方なんですよね、星魔城オフュークスを破壊したのは」


「う、うん…」


「お陰で助かりました、ありがとうございます。でも…どうしてそれだけの無茶を。いやそもそも助かる見込みのない無茶をエリスは無茶とは呼びません。あんなの自殺行為ですよ」


「……うん」


「なんで…そんなことを」


そう問い詰める、いや助けられたんだからそれでいいだろうって…問い詰める必要はないだろうって、エリスの冷静な部分が叫ぶ。今は一旦終わりにして後日カフェにでも誘ってそこでゆっくり話をすればいいって。


でも、今は今しかないんだ。メリディアが無茶をして死にそうになったと言う事実をこの勢いで聞けるのは今しかない、悠長に構えて彼女に言い訳や冷静に考える時間を与えたら…きっと上手くはぐらかされる。


だから彼女に余裕がない今は、今しかない。聞くのは今しかない。メリディアの中にある何かを解決出来るのは今しかないんだ。


「その…ね」


するとメリディアはエリスの剣幕にされて、目を伏せ告解を始める。


「貴方に…認められたかったから」


「え?」


「私には力がないから、こうでもしないと貴方の役に立てないと思ったから…」


「…………」


絶句する。エリスのため?つまり何か?エリスのためなら死んでもいいとメリディアは本気で思っていたのか?そんなにエリスの事を思っていたのか?初耳なんだけど。


「どう言うこと…ですか」


「そのままの意味だよ、…私はさ。ずっとエリスの役に立てる存在になるために剣の修行をしてきた。けどどうやらその方面じゃ役に立てそうにない…そう思ってたところにあの場面が来たから、今ここでやり抜けば貴方に認めてもらえると思ったから…たとえ死んでも、やり抜けば…」


「ッ ……!」


思わず、思わずメリディアの胸倉を掴み上げてしまう。何を言ってるんだ、なんでそんな目で語るんだ、なんでそんな事を言うんだ。


そんな、そんな事されてエリスが喜ぶと?そんな風に…思われていたんですか。エリスは…。


「メリディア…!」


「エリス…?」


「死んだら、終わりなんですよ。そこから先には何もないんですよ!認めるとか認めないとか、役に立つとか立たないとか、そんな物も全て無に帰してしまうんですよ…!例え戦いがどんな結果に終わろうとも…友達が死んだら負けなんです。だってエリスは…友達を…守りたいから、戦っていたんですから…!」


エリスがここに来たのは守る為だ、友達を守る為だ。敵を倒す為じゃない、それは飽くまで手段でしかない、目的は…守る為なんだよ。


だからそんな…そんなこと言ってくれるなよ、死んでも役に立つなんて、そんなこと言わないでくださいよ。


「エリス、泣いてるの…?」


「泣きますよそりゃ、泣きたくもなりますよ。エリスは…貴方が死んだらどうしようって、本当に心配してたんですから」


「……でも、私…ラグナ様達みたく、強くないし…賢くないし、勇気もない…貴方の役に立つならそれこそ命を賭けるしか…」


「エリスは!ラグナ達が強いから友達でいるわけじゃありません!大好きだから友達だって言ってるんです!貴方も!貴方のことも!大好きだから…!」


「ッ……」


今度はメリディアが絶句する、エリスにそんな言葉をもらえると思っていなかったから…或いは、それを見落としていたことに対しての絶句。


深く項垂れ、迷う。メリディアは、迷う。


そんなメリディアに対して…声をかけるのはエリスじゃない。


「メリディア…」


「っ…、ステンテレッロ?」


ふと、エリスも気がつく。いつのまにかステンテレッロさんが肩で息をしながら汗をかいた必死な顔つきで…こちらに駆け寄り、メリディアの姿を見て息を吐いている。


「…よかった、無事帰って来てくれたんですね」


「う、うん…」


「そして、貴方の友人であるエリスさんとも再会出来たと」


「うん…」


「なのに、何故貴方はまだ辛そうな顔をしているんですか?」


「え?…」


分からない、メリディアには分からない。何故ステンテレッロがそこまで必死で懸命な顔つきでメリディアの身を案じているのか。だって彼とは出身地も違うしそもそもロストアーツ強奪事件の前は話すらしたことがなかったのに。


何故そんな心配されなくてはならないのかと。


「別に、貴方には関係ないじゃない」


「ええ、ですが…放っておけなかったんですよ。ロストアーツを奪われたあの日から、貴方の憂いを帯びた顔を見たあの日から、私は喜劇の騎士として…悲劇に暮れる人を放っておけないんです」


「まさか…それだけの為に?それが理由で貴方、あれからずっと私に関わって来てたの?」


「……はい、私はまだ未熟なので…貴方を笑顔にすることは出来ませんでした。喜劇の騎士失格です」


ステンテレッロの笑いと戦いの師匠たるプルチネッラは常々言っていた。


『勝つだけなら強い者なら誰でも出来る、喜ばせるだけなら気の利いた奴でも出来る、だが目の前の人間の全ての涙を拭うことが出来るのは喜劇だけ、喜劇の名を冠すると言うことはこの世の全ての涙と悲しみに立ち向かう事を意味するのだ』と。


故にステンテレッロは見逃さなかった。エリスへの劣等感と自身の力の無さを嘆くメリディアの憂い顔を、だからずっと彼女を喜ばせられないかと一緒に居た。


時として寂しさを紛らわせる為に共に歩み、彼女の苦慮が例の事件が揺らいだと言うのなら解決に協力し、彼女が失踪したなら慌てて探し。


彼は足掻きに足掻いた。足掻いて足掻いてメリディアの心に潤いをもたらそうと手を伸ばし続けた…けど結果はご覧の通りだ。


だからこそ分かる、メリディアの憂いを消しされるのはきっと…どんなギャグでもどんな気の利いたセリフでもなく。


「メリディア、迷わなくてもいいんです。貴方は貴方のしたい事をすればいい。資格とか使命とかそんなの気にすることなく…貴方の心赴くままに。仲良くしたい人と仲良くしてればいいんですよ」


「……ステンテレッロ、貴方…」


背中を押す、メリディアはきっとエリスと言う人間と友達になりたがっていた。その為の資格と理由を探していた。だから…その為に背中をそっと押してやる。理由ならステンテレッロが用意する。


「…………」


ジロリ、メリディアの視線が動く。眼に映るのは視線、視線、視線。エリスの視線、ラグナ達の視線、ステンテレッロの視線。


全員が固唾のを飲んでメリディアの答えを待っている。メリディアがなんと言うかを黙って見ている。


それを受け、彼女は観念したように…空を仰ぎ見ると。


「……そうね、死んでもいい…は言い過ぎだったかも」


「メリディアぁ〜!」


フッと微笑むメリディアの瞳に光を見たエリスは安堵する。やや照れ臭そうに頬をかく彼女の顔にはもう憂いはない…その代わりに、今宿るのは…。


「ねぇエリス」


「はい!」


「私の目標は貴方の役に立つことだった、あの時の…砦での恩を返す為に。でも…本当は、役に立ちたいんじゃなくてさ、隣に立ちたかったんだよね…貴方の」


「はい…はい!」


「だからさ、…私…貴方の友達を、名乗っても…いいのかな」


「いいに決まってんでしょー!エリスは…エリスはずっと!ずっと貴方と友達になりたくて!側にいて!ずっと!思ってたんですよ!」


「そっか…そうだったんだ。…ん?側に居て?」


友達になりたかった、本当は友達のつもりだった。けれど…今こうして笑顔を取り戻した彼女を前にしてそれはエリスの独り善がりではなく、今事実になったんだ。


こんなに嬉しいことはない、だってエリス…ムルク村のみんなに嫌われたと思ってたんですから!よかったぁ嫌われてなくて!よかった!


「ね…ねぇ、エリス?側に居てってさ、もしかしてあんた…この間の新入り…」


「メリディア〜!改めて無事で良かったですよぉ〜!」


「コラ!抱きついて誤魔化すな!」



「いや、だが…確かに良い働きだった」


「え?あ…メルクリウス首長…」


メリディアに抱きつき甘えるエリスを見て、この確執にも決着がついたことを理解したメルクさんはエリスに抱きしめられるメリディアを見て、その場に腰を下ろし…メリディアに語りかける。


「その…すみませんでした、勝手にロストアーツを持ち出して消えて。この罰はどんな形でも…」


「いやいい、君はいち早くルーカスの存在に気がついて動いていてくれたんだろう?君が先んじて動いていたからエリスも迷いなく動き…結果として事件解決に至ったわけだ。君の功績は大きい」


「そんな…っていうか、その…メルクリウス首長…前となんか人が変わりました?」


「ああ、エリスのおかげでな。…そう言えば君には辛く当たり冷遇した件でも正式に謝罪しなくてはならないな」


「いえ、そんな…。あの時ロストアーツを奪われたのは間違いなく私の過失ですし…」


「だとしても君への処遇は余りに過剰過ぎた、この件については後日穴埋めをする。それで我が謝意を表せるかはわからないが…楽しみにしておいてくれ」


「っ…はい!」


この一件は終わった、ロストアーツが奪われたことに起因した事件は真犯人の捕縛により余すことなく全て解決した。メルクさんも元に戻ったしメリディアも帰ってきたし、アルカナは滅亡したし、グリシャという潜入工作員も捕まえたし、ロストアーツも…今は水底だが直ぐにでも回収出来る。


終わったのだ、この事件は…ロストアーツ強奪事件は完全に閉幕した。



「よっし!んじゃあなんか全部解決って空気だな!いやぁ〜!俺なんーもしてないけどなんか嬉しいぜー!」


と、話の終わりをなんとなく悟ったアマルトさんが大きく伸びをしながら高く笑う。それを皮切りに弟子達の張り詰めていた緊張も解れていき、なんだか緩んだ空気感が漂い始める。


「そうですね!アルカナもいませんし!真犯人も捕まえましたし!ロストアーツもなんとかなりました!これでハッピーエンド!僕も嬉しいですよアマルトさん!」


「おう、これで俺もようやくコルスコルピに帰れらぁ。故郷に残してきた生徒達が泣いてないかいい加減心配だったんだよ」


「そっか、もう終わりかぁ…なんか最後の方はバタバタしたけどマジで一件落着なんだねぇ!」


「ん…、何事もなくてよかったよかった…」


「ええ、星魔城が飛んできたときは焦りましたが。流石は魔装をぶっ壊すことに関しては達人級のエリス様。あの星魔城さえ跡形もなく吹き飛ばすとは…」


「いや壊したのエリスじゃなくてメリディアですからね」


「そういう問題かな…、っていうかエリスの友人って改めて見るとすごいメンツぅ…、私エリスに恥じない友達にならないと…」


いやそういうのはいいんだって、友達に恥ずかしいも恥ずかしくないも何にもないんだから。なんだったらエリスの友達にはもっとずっと変なのやロクデナシもいますよ。ザカライアさんとかね、そういう人に比べたらメリディアは随分立派だ。


「もう終わり、でいいんだよな?ラグナ」


「ああ、事件を一番追ってたエリスがこんだけ気ぃ抜いてんだ。もう何もないんだよな?実は真犯人の奥に更なる超真犯人が隠れてて…とかないよな?」


「はい、ありません。ルーカスの野望は誰に促されたものでもありません。彼こそが此度の事件の発端でしょう」


強いて言うなれば、彼を動かしたのはエリスへの憧れや先方から。そこを突けば今回の真犯人はエリス…ってことになる。まぁそういうことを言い始めたら因果とはどこまでも遡れてしまうからキリがないんだけどさ。


…そこだけは遣る瀬無いよな。あの時エリスがルーカスと出会わなければ、あの時レオナヒルドが子供達を攫わなければ…これだけ事態は拗れなかったと思うと、どうにもね。


しかし、そんな風に若干プチ凹むエリスを放ってアマルトさんは大きく屈伸運動を始め。


「ならもう泳ごうぜ!もう終わりならもういいだろ!」


「いや、だから軍の手前…」


「軍はみんなあっちに行ってるしさ」


そう言いながらアマルトさんが指差すのは星魔城が墜落した地点。そこに群がる軍艦の数々、聞いた話ではアンさんが主軸となって星魔城跡の調査をしてくれているらしい。


つまりここにはエリス達を咎める軍の目はない…ということだ、ならば…ちょっとくらいいいんじゃないのか?


「あー…確かに」


「なら泳ごう!ここまで来てさ!この世の楽園って言われてる天番島まで来といてさ!泳がないってのはやっぱねぇぜ!」


「はーい!このメグ!アマルト様の意見に乗っかりまーす!水着はこちらで用意致します。魔女様達の会議ももう直ぐ終わると思うので時間は余り残されておりませんのでやるならお早めにー」


シュババ!と時界門から水着を取り出すメグさんは何故か既に水着に着替えており。泳ごう!早く!とエリス達を急かすような視線を向けてくる。


…エリスはいいと思う。せっかくみんながこの場に揃ったんだ、ならば…うん!泳ごう!


「エリスも泳ぎます!」


「エリスまで!?…仕方ないか、んじゃあ全力で遊ぶぜー!」


「さんせーい!」


と、全員が水着に着替えようと走り出した瞬間。


「おい、メルクリウス…」


「え?」


水着を手に取ったメルクさんの肩を掴むのは…、アーデルトラウトさんだ。しかもすんごい怖い顔をしたアーデルトラウトさんだ。あの顔は久々に見るな、あれはエリスがシリウス討伐を邪魔した時以来の激おこ顔だ、エリスは昔あの顔をしたアーデルトラウトさんに殺されかけたことがある。


だからこそ、メルクさんも頭から塗料を被ったくらいの勢いで一気に顔を青く染める。


「お前何遊ぼうとしてんだ、お前は向こうであの城に関する事を我々に説明する仕事があるだろうが…」


「あ……」


「グロリアーナ総司令もカンカンだぞ、当然私もな」


「ひぇ…」


「そう言えばお前はこの事件が解決したら責任を取るとか言っていたな」


「はひぇ…」


終わった、そんな空気が場に漂う。きっとメルクさんはアーデルトラウトさんに殺される。もう遊ぶどころの騒ぎではなくなった…そう誰もが息を飲んだところ。アーデルトラウトさんはエリス達の顔をちらりと見て。


諦めたように息を吐く。


「はぁ、だから白銀塔に帰ったら…ちゃんと説明して責任取れよ」


「え?つまり…」


「ここは見逃してやる。…流石に今回の事件解決の立役者にそんな顔をされたら…な」


アーデルトラウトさんはエリスを見て、軽くウインクしてくれる。『今回だけだぞ』と言わんばかりのスペシャルなウインク。


驚いた、昔の彼女なら問答無用でこの場でメルクさんをぶちのめしていただろうに…、彼女の言った通り、アーデルトラウトさんも大人になった…って事なのかな、いや分からないけど。


「ありがとうございます!アーデルトラウト将軍!」


「見て見ぬ振りをしてやるから、好きに遊べよ」


「はい!…はぁ、でも帰ったら大変だ」


とメルクさんは肩を落とすが、ごめんね?そこに関しては庇えないよ。どうあれあの兵器を作ったのはメルクさんなんだしね。厳しいかもしれないがそこは受け入れてもらわないとダメだ、…まぁ、エリスも助けますから。


「こうなったら全力で今を遊ぶぞ!メグ!私の水着は!」


「メルク様のはこちらです」


「って殆ど紐じゃないか!?」


「メルク様はおっぱいが大きいので」


「意味わからんが!?」



「メルクさん!僕は!」


「ナリア様はこちらです」


「いや女物じゃないですか?これ」


「ナリア様が乳首を露出させるのは良くないので」


「何が…」



「メルクさーん!私のはー!ってもう分かる!子供の物!」


「はい、デティフローア様のはこちらの女児用水着でございます」


「喧嘩売っとんのか!」



「私のは?」


「ネレイド様はこちらです」


「ん、…おっきいね」


「オーダーメイドです、メイドのオーダーで仕立てました」


「そっか」


「なら私も女児用じゃなくてオーダーメイドにしてよー!」


あはは…と乾いた笑しか出てこない、どうやらメンバーの水着選びはかなりメグさんの独断と偏見により行われているようだ。そのくせ自分は無難な水着を着ているあたりメグさんらしい。


そして目を背ける、みんなが水着を取った後、その場に残った最後の水着…恐らくエリスの物と思われるその水着がなんか貝殻に紐をくっつけただけの物である事実から。あれを着て泳ぐの?エリスは。


「……ねぇ、私も泳いでも、いい?」


「え?メリディアも?」


「……ダメ?」


やや潤んだ目でエリスを見上げるその瞳は、なんだか甘えるように輝いている。メリディアも一緒に泳ぎたい、そんなに海に入りたいのかな?


なんて鈍感な事を言うつもりはありませんよ、メリディアも一緒に友達として遊びたいんだよね。


「ダメかって?そんなのオッケーに決まってるじゃないですか!」


「っ…ありがとっ!エリス!」


「はい!」




「なぁネレイド!ちょっと遠泳付き合えよ、どこまで行けるか勝負しよう」


「別にいいけど…私多分ポルデューク大陸まで行けるよ…」


「上等だ!行くぜ!」


「ダメ、準備運動が先」


何だかんだ力を持て余したラグナは海パンに着替えるなり海に飛び込もうとするが、ぬるりと伸びるネレイドの白い手に持ち上げられ阻止される。あの二人には監視をつけておいたほうがいいと思う。下手したら本当にポルデュークまで泳いで帰ってしまいかねない。


「おいデティ!お前もっとこっち来いよ!何でそんな浅瀬でチャプチャプしてるの?」


「これ以上先は足がつかないからだよチクショー!」



「ふぅ、よし…ナリア。日焼け止めを塗ってくれるか?」


「あ、分かりました。メルクさんって肌白いですもんね」


「いや…君には負ける」


早速海で泳いでいるアマルトと浅瀬チャプチャプのデティ、あの二人はなんだかんだ遊ぶ時は意気投合しているが…そういえばそもそもの話デティは泳げるんだろうか。メチャクチャ乗り気で水着に着替えてたけど。


そして極小の水着に着替えながら日焼け止めを塗りこむメルクさんがなんだか青い顔をしてナリアさんを見ている。あのあと一応男物の水着に変えてもらったみたいだが…なんというか、ナリアさんが上裸だと混乱するんだ。


明らかに女の子な顔なのに体はどう見ても男。しかも結構がっしりしてるんだからビビる、オマケに超美肌、どこを切り取っても美しくない部分がない。対するメルクさんは水着が小さいのかはたまた別の理由なのかは分からないがちょっと…お肉が余ってるように見える。太腿も太いし…なんか水着に着替えなきゃよかったって顔してるし。





「申し訳ありませんメリディア様、メリディア様の水着は市販の普通のやつになってしまいますが…」


「え、普通にそれでいいんですが…」


「ではエリス様はこちらの魅惑の貝殻ビキニを…」


メリディアと一緒に泳ぐ、友達として…あの日の別れたエリスとメリディアは今ここで、本当の意味で友達になれた事を心の底から喜びながら、エリスは貝殻のビキニを受け取り…。


「ふふふ、メグさん」


「はい、なんでございますか?」


手に持った水着を、貝殻を手の中に収め、エリスは……。


「着るかッッッ!!こんなもぉーーーんッッッ!!」


ぶっ壊し吠える。この天番島の変わらぬ青空の下、輝く白い砂浜の上、穏やかな世界の端っこで…エリスは友達に囲まれ、星々に届く勢いで…思い切りブチ切れる。


……………………………………………………………………


「いやぁうれしいな、友達ってのはいいよね。友達を家に招いて一緒にご飯を食べるなんて私は初めてで、年甲斐もなくワクワクしてしまうよ」


暗い、暗い、暗澹とした石造りの城の中。窓から差し込む唯一の光たるそれが照らし出す白い机とそれに着く者共、それらを眺めた片眼鏡の男性はそれこそ心底嬉しそうに友人達を出迎える。


今日は友を家に招いての食事会だ気合を入れないといけないね。


「今日はみんなの好物を用意したんだ、是非とも舌鼓を打ってくれたまえ」


「ハッ、かの世界一の暗殺者様のジズ・ハーシェルが飯を奢ってくれるってよ。どんな毒が入ってるか楽しみだぜ」


「何を言うんだか、殺すつもりなら毒なんか使わないよ。やだなぁ」



あはは、と作り笑顔を浮かべる片眼鏡の青年。いや若いのは見てくれだけか…、生命力と艶に満ちた白髪と皺一つない美しい美肌。齢を九十を上回ると言うのに如何なる妙技か今の今まで一切の加齢を見せる事なく今日まで世界最強の殺し屋の座に座り続けている男こそ彼。


世界地図に記載のない虚ろなる城。『空魔の館』にて客人を出迎えているホスト、空魔ジズ・ハーシェルが無数のメイド達を…いやメイド服姿の殺し屋達を携えて部屋の最奥に座る。


「まぁ、殺し屋の出す酒は飲めないというのは立派な危機管理だと私は思うよ。私も同業者から出された食べ物なんて死んでも食べないからね、あははは」


「分かってんならよくもまぁこの場を議場として貸し出したもんだぜ」


「う〜んオウマ君には私の献身が伝わらないようだ。半世紀もの間マレフィカルムという機関に尽くしてきた私のいじらしさを信じてくれないかなぁ」


「お父様、お酒をお持ちしました」


「ああご苦労、エアリアル」


そんなジズの傍に立つのはジズ・ハーシェルという男が作り上げた最強にして最高の傑作。彼が保有する戦力たるハーシェルの影における序列一位エアリアル・ハーシェル。水色の髪と紅蓮の瞳を持つ彼女が恭しくワインボトルを持ち、ジズの手元のグラスに血のように赤い酒を注いでいく。


そんなエアリアルを見て、同じ卓に着く八人の客人達はそれぞれ息を吐く。


「それがお前んところの最強か?えげついな、なんでそのレベルの奴が殺し屋なんかやってんだ?」


「俺の見立てにゃなるが、そのエアリアルを向かわせれば六王全員を音も無く暗殺することも可能だろうに、それともそいつも殺し屋なら金を払えば依頼を受けてくれるのかい?」


まるで自慢の品を見せつけるようなジズの姿に若干の苛立ちを覚えながらも賞賛する。エアリアルはそれだけの存在なのだ、どこの組織にも一人はいる最強の存在。魔女大国に倣うなら最強戦力こそが彼女なのだ。


「残念ながらエアリアルは非売品だ、私の指示しか受け付けていない。だけど金さえ積んでくれれば他のファイブナンバーなら融通するよ?みんなは私の友達だからね」


「殺したい奴がいるなら自分の手で殺すからいいよ」


「あら、そう?残念」


ジズは笑う、手元の酒をくるりくるりと交わらせ目の前に座る八人の客人を見る。


これは癖なんだが、齢を十代にして人を殺して稼いでる食べて来た弊害か。目に入れた全ての人間に対して『どうすれば殺せるか』を考えてしまう悪癖がジズにはある。


といっても凡その人間は一秒も掛からず殺せる…という不毛な結果に至ってしまう為ジズ本人はこの癖を悪癖と呼ぶのだが、今彼はその悪癖を楽しんでいる。


(相変わらず、凄いメンバーだね…)


ジズの目を以ってしても『殺せるか分からない者が四名』、ジズの腕を以ってしても『殺せない者が四名』。世界最強のジズでさえワクワクしてしまうような強者達が今ここに集っている。


こんな事中々無い、けど今日は特別。何せ今日はマレフィカルムを統べる『八大同盟』達が一堂に我が館に集っているのだ。完全実力主義のマレフィカルムにて頂点に君臨する八人の頭目達を一度に視界に収められて、ジズは今大変満足だ。


(半世紀もの間八大同盟の椅子に座り続けて来たが、今の八大同盟の顔ぶれは間違いなく歴代最強…これはしばらく変動はなさそうだ)


八大同盟は入れ替わり式だ、組織同士が争って負けたら降格勝ったら同盟入り、そんな単純なシステムをもう数百年前から続けている。直近の例で言えば逢魔ヶ時旅団が元同盟組織の退廃のレグナシオンを破り同盟入りを果たしたりとかね。


だが今のメンバーからは入れ替わるような気配を全く感じない。この入れ替わり方式を作った総帥が夢見た『完全無欠の八大同盟』の形が今のこれなのだろう。


「オウマ様、お料理をお持ちしました」


「あ?…、おう…そこ置いとけ。蓋は俺が開ける」


その同盟入りした組織・逢魔ヶ時旅団の総団長、最悪の傭兵だの歩み潰す禍害の異名を持つオウマ・フライングダッチマンがメイドの持って来たクローシュを前に吐き捨てるように睨みつける。


彼は疑り深い男だ、若い頃のジズを思わせるくらいギラギラした情熱と冴え渡るような冷静さを併せ持った期待の有望株。それがジズの彼への評価だ。


「畏まりました、こちらオウマ様が所望され『牛肉ステーキのハンバーグになります」


「……毒の気配はねぇな、まぁ毒なんざ俺には効かねえが」


分厚いステーキをレタスと一緒にパンで挟み込んだだけの簡素な料理を頬張るオウマは警戒しつつも食事を口に運ぶ。まぁ毒は本当に入ってないんだけどね?ここで毒殺しようものなら他のメンバーに私が殺されかねない。


「相変わらず下品な食べ方をするねオウマ、見ていて不快だから君は外の豚小屋で食べなよ」


「あ?ンだとイシュキミリ…!」


「ふんっ、それより僕のはまだかな、早めに食べて家に帰りたい」


「はい、イシュキミリ様。こちらになります」


そんなオウマに突っかかるのは女みたいな金の長髪を靡かせ長い睫毛をパチクリと動かす魔術師、裏世界に於ける魔術の王にして魔術導皇と対を成す存在と自称する男。魔術解放団体『メサイア・アルカンシエル』の代表 魔術道王イシュキミリがやや苛立った様子で手を挙げる。


資質はピカイチ、才能も随一、だがちょっと世の中をナメた節があるのがちょっと気になるところだがそれでも彼の魔術の腕は本物なのは確か。それがイシュキミリに対するジズの評価だ。


「こちらイシュキミリ様がご所望の『白魚のポワレ レモンソース掛け』でございます」


「フンッ、まぁ及第点か…。いいかいオウマ?これはナイフとフォークといって文明的な人間はみんなこれで食事をするんだ、君は知らないかもだけどね」


「ぶっ殺すぞお前…」


メイドから運ばれて来た料理を前にしてオウマを煽るイシュキミリ。二人は歳が近い事もありやや不仲なのは言うまでもない、武力のオウマと魔術のイシュキミリ…この二人が協力してくれれば言うことなしなんだけどなぁ…。


「相変わらず二人とも仲悪いなぁ、お食事の席くらい仲良くしましょうよぉ。マヤさん怒っちゃいますよ?」


「マヤ様、料理をお持ちしました」


「お!キタキタぁ!」


紅蓮の髪と紅蓮の瞳、そして腰に巨大な徳利をぶら下げたあの女は死蝿の群れの異名を持つ最悪の危険思想集団『ヴァニタス・ヴァニタートゥム』の頭目マヤ・エスカトロジーである。


性格は温厚、多少突いても怒る事はないし活動に対しても消極的。されどジズは彼女を評価する。何せ彼女は強い、マレフィカルムの最強の個人に送られる称号たる『五本指』に入る実力を持ち、なおかつあの宇宙のタヴを上回る数少ない人間の一人なのだから。


あれを殺す方法だけは、ちょっとジズには分からない。もしアイツがこの場で本気でキレて暴れたら私は他の八大同盟に泣きつくより他ないのかもしれない。


「こちらマヤ様がご所望の『トツカ寿司五十貫セット』でございます」


「待ってましたー!おいしそー!」


「生魚を米に乗っけて食うとかイカれてんのか?衛生観念どうなってんだ」


「そう言えばオウマ君は魔女大国出身でしたねぇ、生も存外悪いもんじゃありませんよぉ?特にこれお醤油かけて食べると格別でねぇ?」


「それより君、君のところの構成員…グリシャ・グリザイユがアド・アストラに捕縛されたそうだが…随分気楽なんだね」


「ん?んー、まぁね。あれ私の指示じゃないし、ってかあの組織私の言う事聞かないし」


「は?どう言う事だよ」


そのままの意味だ、そもそもヴァニタス・ヴァニタートゥムという組織は組織であって組織ではない。その実態は『マヤという女の強さを利用しようと目論んだ人間の群れ』…マヤと言う肉に群がる死蝿の群れがヴァニタス・ヴァニタートゥムなのだ。


だからマヤの下にいながらヴァニタートゥムはマヤの命令を受け付けていない。マヤも組織を率いていると言う感覚が希薄だ。だから彼女たちに団体行動を求めるのはいささか酷だろう。


「相変わらずメチャクチャだなマヤ、だがお前のそう言う無欲なところは嫌いじゃないぜ」


「おお、叔父貴はマヤさんのこと好きです?」


「ああ、お前みたいなのはいい金蔓になるんだ。そう言う面じゃ大好きさ」


顔に刻まれた無数の傷と皺。洒脱なスーツを着込んだ壮年の男、『世の見る悪夢』パラベラムを纏めるセラヴィ・セステルティウス社長だ。裏社会の全てを牛耳る商売人たる彼にとってみればマヤみたいな無欲な人間こそ付け入る隙があると言うものだ。


彼もまた大組織を率いる頭目としてかなりの実力を持つ、オウマやイシュキミリに匹敵する怪物レベルの強さと言える。だが…彼の組織パラベラムは八大同盟屈指の軍事力を持つ組織。その組織にはいるのだ…明確にセラヴィより強い男が。


「失礼します、こちらセラヴィ様がご所望の『フォアグラのテリーヌ』でございます」


「ん、あんがとさん。どうだいラセツ…お前も食うか?」


「…………」


セラヴィの横に立つ彼の護衛件パラベラム最高戦力…名をラセツ。天を衝くような背丈と黒鉄の鉄仮面を被った男は憮然として立ち続ける。パラベラムという組織は彼がいるからこそ八大同盟になれたと言ってもいい。


何せその実力はマヤとタヴ同様マレフィカルムの『五本指』の一角に選ばれるほど、あのタヴに次ぐ五番目の使い手こそが彼なのだ。


セラヴィを越え、他の同盟の頭目の殆どを下に見る超人こそがこの、仮面の男。


「………………」


ラセツはセラヴィにフォアグラをくれてやると無礼にも言われると、険しい視線をセラヴィに向け……。


「ええ!?ホンマでっかぁ!?いやぁ流石社長サン!太っ腹ですわぁ!」


「ハハハッ、お前は本当に口を開くと色々台無しだなあ」


「そんな事言わんでくださいよぉ、これはもう生まれつきの訛りみたいなもんで今更直せませんのですわ」


その荘厳な雰囲気に似合わずペコペコと頭を下げ、やや訛りのキツい話し方でフォアグラを食べようとするラセツ、まぁ…雰囲気はあれだが、彼の実力は間違いなく本物なんだ。


「ってかお前、仮面したままじゃ食えないだろ。取れよその仮面」


「ええ!?それは堪忍ですっていつも言うてるやないですか。オレってば人見知りやもんでこんな…、こんなぎょうさん人がいる前で仮面なんて取れませんわぁ」


「ならフォアグラはなしだ」


「えぇ〜!、嗚呼…折角役得やと思って護衛引き受けたのに、飯抜きとかそりゃないですやろぉ社長さぁん」


「………………」


「ルビカンテ様?ルビカンテ様のお食事をお持ちしました」


「ん、ありがとう」


そんな皆の話にも混ざらず一心不乱に絵を描く真紅の髪を持った痩せこけたあの女はルビカンテ・スカーレット。至上の喜劇マーレボルジェを率いる彼女は魔女排斥の戦士にして史上最悪の芸術家の異名も持つ。


私もよく『狂ってる!』なんて褒められるけど彼女を前にしたら謙遜せざるを得ない。私が見てきたどんな人間よりも彼女は特に狂っている。本物の狂人だ。


「こちらがルビカンテ様のご所望の…あの、これでいいんですか?」


「何頼んだんだよルビカンテ…、えぇ…お前なにそれ」


ルビカンテがメイドたちに頼んだ料理を覗き見たオウマが顔をしかめる。そりゃあそうだよ、私もそれを注文されたときは思わず笑っちゃったよ、それを食うのかい!?ってね。


何せ彼女に差し出された皿の上には…なにもなかったんだから。


「ああ!ありがとう!これが欲しかったんだァ!」


「欲しかったって、何も乗ってないが…」


正確に言うなれば何も乗ってないわけじゃない、皿の上にはソースと油がやや残っている。あれは元々ソースをかけたステーキが乗っていたんだ…だが彼女はこう注文した。


『一度ステーキを作って皿に乗せて、それをメイドさん達で完食した後の皿を持ってきてほしい』と。


つまりあれはもう既に食べ終えられた皿なのだ、しかし彼女はその皿を嬉しそうに受け取ると。


「んべぇ〜〜…」


舐め始めた、皿についたソースと油をネズミのようにベロベロと舐め始めた。そして美味しそうににっこり笑う。


「ん!美味しい!」


「そんなに美味しいなら…肉も食えばいいのに」


「それじゃあ意味がないよ!態々食べ終えた皿を持ってきてもらったのに!こうしていると私は私を卑屈なネズミとして捉えられる。最高の気分だ」


「こいつ頭の中どうなってんだ…」


ね?頭おかしいだろう?…彼女はいつもそうなんだ、時として卑屈になり時として尊大になる。その移り変わりは双極であり規則性もない。故に彼女の動きは誰にも読めない…今この場で舌を噛み切っても誰も疑問には思わないだろう。


ルビカンテという女はそう言う女なのだ。


「お待たせしました、クレプシドラ様…」


「ん、時刻通り。問題ありませんわ、そちらに二秒以内に置きなさい」


すると、いつの間にやらクレプシドラの元に料理が運ばれていた。八大同盟の中でも屈指の組織力と強さを持つ三つの組織…三大組織と呼ばれるそれの一つ『形なき王国』クロノスタシスの現女王クレプシドラ・クロノスタシス。


彼女の強さは…なんて語る必要はないだろう、何せマレフィカルム最強の一角だ、組織でも個人でも彼女は圧倒的だ。


私でさえ末恐ろしいと思う魔力と凡そ無敵と思われる『あの魔術』を持つ彼女に勝てる人間は果たしてこの世にいるのか。帝国の三将軍でさえクレプシドラには無傷では勝てまい…ともすれば敗れることさえあるだろう。


そんな彼女が頼んだものに、必然的に注目が集まる。クレプシドラは時間の使い方にうるさい女だ、故に人前で食事をとることはない。だからだろう…みんなクレプシドラの皿を凝視し、その品名を伺う。


彼女が頼んだのは。


「お待たせしました、こちら『子牛の脳みそ』になりま』」


「ご苦労」


「の…脳みそ、そんなもん食うのかよ」


脳みそだ、子牛の脳みそを繰り出し良質なバターで焼いたのがあれだ。なんでも脳みそ料理は彼女の大好物なのだとか…、なんというか『っぽい』というか『らしい』というか。


「…………」


「おいクレプシドラ、それ美味いのか?」


「………………」


「答えろよ!」


「これを二分三十四秒で食べ終える予定なので静かにしてください、はむっ…」


「相変わらず時間にうるさすぎたろお前」


クレプシドラは時間にうるさい女だ、定刻通り物事を成さなければ気が済まない女だ、今日もここに待ち合わせ時間ぴったりに来たし普段から秒単位の狂気的なタイムスケジュールで動いているんだろうと察せられる。


「騒々しい、…余はここに談笑をしにきたわけではない」


そして、その品のない空気にやや苛立ちを見せるのが…我等がマレフィカルム八大同盟の三本の柱の一つ、マレフィカルムが成立するよりも前から魔女に争い続けてきた最古の大組織にしてこの業界の一番の古株魔女抹消機関ゴルゴネイオンの今現在治める支配者。


紫の髪と紫の髭、燃える赤い三白眼を持ちし壮年の男。神人イノケンティウス・ダムナティオ・メモリアエその人が喝を入れる。


彼とは長い付き合いだ、彼がゴルゴネイオンのボスになるよりも前から私は彼と親交がある。まぁ昔はもう少し気安い人物だったけどね。

だからこそ彼という人間の強さを知っている。実力云々じゃない、彼は人間としてあまりに強すぎる。あんなにも強いのにこんなにも完璧から程遠い、まるで人という文字の擬人化のような男…それが彼さ。


「まぁ怒らないでくれよイノケンティウス。君の分も直ぐに来る」


「イノケンティウスも食事を…」


「興味があるな、やっぱクレプシドラみたいにゲテモノ食うのか?それともお前みたいに気取ったモン食うのか?」


イシュキミリとオウマの若い組が運ばれてくるイノケンティウスの料理を見て興味を浮かべる。何せイノケンティウスとはマレフィカルムから見ても天上人、今現在最大の組織規模を有しそれをたった一人で指揮する彼は一部では神同然の扱いすら受けている


そんな彼が何を食うのか、気になるだろうが…私としては正直心配だ、だって。


「お待たせしました、こちらイノケンティウス様が所望された…」


「む、ご苦労」



「なんじゃありゃ、トーストと…ベーコン?」


正確にいうならイノケンティウスに渡されたのは、カリカリに焼いたトーストとベーコン、そして焼いた卵だ。まるでそこらの平民が食べるようなメニューにオウマ達はなにやら落胆する。


ほうら、言ったろうイノケンティウス。君みたいな男が…昔みたいな食事を続けてたらそれだけでガッカリされるってね。


「……食事も来たのだ、早く本題を始めよ」


「うにゅ!始めるでち!」


「………………」


イノケンティウスの号令に同調する赤子の声、それにイノケンティウスはやや脱力したように視線を外す。


「ティーちゃんのミルクも来たことでちゅち!早く始めるでち!」


「…ティーちゃんよ、お前が赤子であるにも変わらず喋ることに関してはもう何も言わん。だが何故お前は何年経っても赤子のままなのだ?最後に顔を合わせた三年前も赤子だったなお前は」


声をあげたのは世界最強のスーパーベイビー、通称ティーちゃんと呼ばれる緑毛の赤子だ。その子は仰々しい錫杖を手に哺乳瓶を片手で持ってぐびぐび飲んでいる。


あの子…一応女の子であろうあの赤子も、あれで立派に魔女排斥組織のリーダー。しかも今現在マレフィカルムにて最高の戦力を持つと呼ばれる『五凶獣』のリーダーなのだから笑える話だ。


彼女に関しては未知数だ、戦闘能力があるのかどうなのかも不明だ。だが彼女に付き従う四人の従者は全員が怪物級。今この場で全ての組織が全戦力を用いて戦えば…最後に立っているのは彼女とその従者達だろう。


「ジジュ!ティーちゃんは今凄く忙しいでちゅ!それなのにいきなり呼びだちて!お前達の要件はいつも急でちゅ!」


「あ…ははは、悪いねティーちゃん。いきなりみんなを呼びつけた理由はもう聞いているよね…今日我々マレフィカルムに新たな同胞が加わるから、我々で歓待しようって話さ」


「加わるなら勝手に加わっていればいいだろ、ここ最近じゃ私達に挨拶もなしに勝手にマレフィカルムに入ってきて幅きかせてるバカとかいるじゃないか」


今日皆を呼び出した理由はマレフィカルムに新たなる同胞が加わるから、そう言えばイシュキミリが文句を垂れる。


何も言わないだけで他の者達もそうだろう、確かに八大同盟は一々新参の組織に対して『これからよろしく』と挨拶をしたりしない。むしろ挨拶しに来るのは向こうの役目だ。


だがここ最近じゃそれも無くなってきている。三年前から一気に組織が増えて爆発的に魔女排斥組織がマレフィカルムに加入したことで組織の秩序を乱すバカが溢れかえっているのだ。


「ああ、最近加入してくる連中かぁ。アイツらどうにかならんもんかね…別に入ってくるなとはいいやしないがウチの商売邪魔するバカが増えて困ってんだ。で?そういう奴に限ってちょいと脅すと鼻水垂らしてこう言うんだ…」


「『すんません!何も知らんかったんです!堪忍してください!』ってなぁ!前の奴なんか傑作でしたやろ社長さん!」


「…ハァ、ラセツ…一旦黙ってなさい」


「うーい」


「まぁ確かに最近加入してくる新参は粋がるばかりで役に立たないのはそうだね。でもそれは仕方ないことだよ、そういう子達には先輩として諌めてあげたり導いてあげたりしなきゃね、後…今回我々が歓待するのはそう言う取るに足らない雑魚とは違う、大型新人さ!」


「大型新人?」


ハイ拍手〜と一人で楽しそうにしているジズに全員の顔色が曇る。そのことについては聞かされていないからだ。八大同盟が迎えねばならないほどの大型新人なんてのは限られている…だと言うのに一切話しが聞かされていないと言うのは組織としてどうなんだ、そしてそれ以上にアホみたいなサプライズを演出するジズに対して人としてどうなんだと眉をひそめる。


しかし、そんな事御構い無しにジズは立ち上がり。


「我々は今アド・アストラ以外の新たな外敵を得て緊張感も高まってきているところですよね。ならば得られる戦力はとにかくかき集めておきたい…ですよねぇ!」


「外敵?ああ…あれか」


「ええ『アレ』です、なので私も一つツテを頼りましてね。彼を…アド・アストラに招くこととしました!ハイ!入ってきてぇ〜!」


やけに楽しそうなジズは部屋の奥にある扉を指差す。…すると、開かれた扉の向こうからジズの言う『彼』が入室してくる。


「おい〜っす」


お世辞にも綺麗とは言えない身格好。動きやすさを重視したシャツからはみ出る大胸筋。野太い腕に巻きつけられた金銀財宝の腕輪達、頭に巻いたバンダナから溢れる黒茶の乱髪と顔に伸びる眼帯…全身から溢れる『賊オーラ』から八大同盟達は彼が何者かを察する。


「驚いた、あれだけ余達の干渉を嫌った『海魔』が遂に我らの同志になる事を心に決めたか」


「あんたらが例の八大同盟かい?こりゃ驚いた。陸にはこんなとんでもねぇ怪物達がいたんだなぁ」


男は海魔、彼を前にすれば津波も道を譲り鮫すら恐れる海洋の王者…名をジャック・リヴァイア。世界最強の海賊として裏表問わず有名な彼がマレウス・マレフィカルムの一員となることを決めたのだ。


「彼からの交換条件を飲んでね、その条件を飲む代わりに我らの仲間になる事を了承してくれたのさ!」


「まぁ、俺と同じ『三魔人』なんて呼ばれ方してるジズ爺の頼みとあっちゃあ断りようがねぇし、何より俺もそろそろ動こうと思ってたしな。都合が良かったんだわ!がはははは!」


この八大同盟達を前にして豪快に笑うジャック。普通これだけの使い手を前にすれば恐るか萎縮するかのどちらかだろうに、彼は一切自己を見失う事なくいつも通りの平静を保つ。


その時点で、少なくともイノケンティウスの評価は高いだろう。彼は荒れ狂う世界の中にあって自分を見失わない者が大好きだからね。


「しかし海賊か?この間も新入りが入ったよな?なんだったか?なんたら大船団とか言ってマレフィカルムに入っただけでデカイ顔してたあの小物海賊」


オウマが言っているのは例のハーフグファだろう、ジャックよりも前に入ってきた小物海賊。海洋戦力が欲しかったからそれなりに重用したが…正直彼にはがっかりさせられていたのがジズの正直な感想だった。


人数が増えただけで組織が強くなったと思い込み、海では自身が無敵であると増長し、魔女排斥組織のなんたるかを一切理解していない彼からは伸び代を感じなかった、だから。


「ああ、ハーフグファなら消したよ。天番島に向かうようにけしかけたんだ、もっといい人材が入ったからね…」


だから、無理難題を押し付けて消した。今頃天番島を守る帝国軍辺りに壊滅させられているだろう。


魔女排斥組織のなんたるか、それは『どれだけ勢力が巨大化しても絶対に魔女大国には組織力では敵わないと理解する』事にある。何せ我々が相手にしているのは世界に名だたる最強国家達なんだよ?どれだけ組織が大きくなったって頭数と統率力では絶対に勝てない。


だから、組織の人員個々人の実力を大きく向上させる必要がある。なのに人数を揃えて強くなった気になるようじゃあ彼には期待は出来ない。だからもっと強い海賊であるジャックを招いたわけだ。


まぁ、とある交換条件を飲む事にはなったがね。


「ハーフグファはやられたか。まぁアイツは正直嫌いだったし、何より海賊は自己責任の仕事だ。手を出す相手と乗り込む島を間違えた時点で野郎の船は沈んでいたってわけだな、だははははは」


「これからは君達海賊団に我々は援助を惜しまない、人員でも資金でも武装でも欲しいものはなんでも言ってくれよ?ジャック。君は私と同じ『三魔人』…この私と同格と語られる三人のうちの一人なんだから」


これからはジャック達海賊団を大きくしてディオスクロアの海を抑える。それがジズの狙いだが…その誘い文句を受けたジャックはイマイチ喜ぶような仕草を見せない。


「…人員はいらねぇ、俺は俺が認めたやつしか船に乗せない。資金も要らない、欲しいなら探し出し奪うのが俺らのやり方だ。武装もまぁいらねぇな、今んとこ困ってねぇし」


「おやおや、なら何が欲しいのかな」


「言ったろう、俺がここに来た理由…最初に欲しいものは提示してた筈だ。俺はそれ以外いらねぇ」


…交換条件だ、彼はマレフィカルムからの誘いを今の今までずっと拒み続けてきた。


『海に出る理由は俺が決める、誰の指図も絶対に受けない』と、マレフィカルムの使者を全員海に沈めてきた。


時には覚醒を会得した者をを向かわせたりもしたが結果は同じ。海の上にいるジャックはまさしく無敵の強さだった。その強さからマレフィカルムでさえ手出し出来なかった男が遂に首を縦に振った。


一つの物を我々が差し出す事を条件に…だ。


「交換条件?賊風情が妾達に条件?ナメた口を利くモノね、殺されたいのか」


「まぁまぁクレプシドラの姐さんよ、今は抑えて…それよか、なんだい交換条件ってのは。金や武器なら俺でも用意出来るがそれ以外となると見当がつかねえな」


セラヴィは難しい顔で首をひねる。だが違うのだ…ジャックはそう言う打算的な物で動く男じゃないのはジズもよくよくわかっている、彼が欲しがっているの物…交換条件に提示したのは。


情報なんだ。


「俺が欲しているのは『海の秘宝アウルゲルミル』の情報だ」


「海の秘宝?」


「アウルゲルミル?…聞いた事ないな」


オウマとイシュキミリは分からないとばかりに首を振る。出来れば分からなくとも分かるフリくらいはしてくれないと駆け引きが出来ないんだけどね。


ともあれこれがジャックの条件、味方をする代わりに『海の秘宝アウルゲルミル』なる代物の情報を聞きたいと言ってきたのだ。だがジズももう百年近く生きている身だがそんな秘宝なんて名前も聞いたことすらなかった。


だが、その情報があれば彼が味方をしてくれると言うのならこちらとしても飲み込まざるを得なかった。


「おい、なんなんだその秘宝ってのは…随分金になりそうな匂いがするじゃないか」


とその話に食いつくのはセラヴィ社長だ。金になる…そう言われたジャックはやや面白くなさそうな顔をすると、仕方ないとばかりに頭をかくと。


「アウルゲルミルってのは俺達海賊の間に伝わる伝説の大秘宝の名前だ、実在するかも分からないモンだが…噂じゃそれを手にした者はこの世界の海を全て好きに出来る力を得る、だそうだ」


「へぇ!そいつはいい事を聞いたぜ…、海を好きに出きりゃ魔女大国を遥かに上回る面積の領域を手に入れられるじゃないか」


「別に海を支配する力に興味なんかねぇ、だがそれが誰も手にしたことのない財宝だってんなら海賊なら誰だって欲しがるよな?だから俺は終生をかけて秘宝を追ってるんだが…、もうロクな情報源は海には残ってないんでな。だからこうしてどでかい組織を頼ってきたんだが…どうやら知らないみたいだな」


「ああ、知らない。けどこの組織力を使って必ずや有益な情報を探してこよう、だから…」


ジズはやや焦ってジャックを引き止めようとした、その瞬間だった。


魔女狩りの王イノケンティウスが、ふと…何かを思い出したように口を開き。


「アウルゲルミルか…懐かしい名だな、昔聞いたことがある」


「な!?本当か!アンタ!」


「知ってるのかいイノケンティウス…」


「ああ、昔の話だがな…しかし秘宝アウルゲルミルか、フッ…面白い物を狙っているものよ」


ジズも誰も知らないものをイノケンティウスは知っている。だが彼なら知っていてもおかしくはない…、何せ彼はゴルゴネイオンのボスになる前に一度……。


「なぁ!アンタ!アウルゲルミルを知ってるのか!?知ってることがあったら教えてくれ!」


「悪いが、余が知っているのはアウルゲルミルがある場所だけだ、そこへの行き方や実在の可否までは知らん」


「チッ!…それは俺も知ってんだ。アウルゲルミルが何処にあるかまでは突き止めてんだ。だけど辿り着く方法が無いんだよ…!」


「そうだろうな、彼処は魔女でさえ接触していない領域だ。…だが一つ、思い当たる節はあるぞ?試したことはないがもしかしたら…と言う方法にな」


「マジか!?」


「ああ、だがこれを教えたら…お前は我らの首輪を嵌めることになるが、良いのか?お前の冒険に水を差してしまうぞ?」


「構わねえ!だが秘宝を手に入れるまでは待ってくれ!」


「よろしい、ならばそれで行こう。真なる海の王となったお前の方が我らにとっては魅力的だ」


流石はイノケンティウスだ、誰からの指図も受けないはずのジャックをああも手玉に取るとは、いや違うか?


イノケンティウスはもしかしたらジャックの志を尊重しているのかもしれない。イノケンティウスにとって手の届かない秘宝を求め抗い続けるジャックの姿は…きっと昔の自分に被っているんだろう。


「よし!なら決まりだ!今日から俺はアンタらの味方になってやるよ!」


「ふふふ、心強いね…君の海上での強さは確かなものだ、君がいれば心強いよ」


「世辞はよせよジズ爺、アンタ…モースにも同じように唾かけてんだろ?」


「まあね、彼女も君のように交換条件を提示してきたから、同じように協力した」


「…解せねえな、そうまでして今更なんで戦力を欲するんだ?マレフィカルムは今十分デカイだろ」


「ああ、だけどこれからは兵隊が必要なんだ。『王』の為にね」


「王?」


そう、王だ。マレフィカルムは数万の組織が寄り集まった巨大な集合体だ。故にその実態を今まで魔女大国に掴ませてこなかったが、総帥は語る。それ故にマレフィカルムはいつまで経っても烏合の衆に過ぎないのだと。


我等にも王が必要だ。アド・アストラの六王のような絶対の統治者が、彼が我等の玉座に座り我らを導く王となり、我らは王の手先となる。そうなって初めて我々は魔女大国と張り合えるだけの存在になれるのだ。


「…王ってのは、例の総帥か?マレフィカルムを作ったとか言う」


「違う、総帥の弟子さ…」


「弟子…それがお前らの王だって?一度顔を拝んでみたいねえ。俺の王様にもなるわけだろ?」


「ああ、それなら丁度来ているよ?そこにね」


チラリと視線を向けるのは、この長机の奥。我らの八人のお客様…未だ料理が運ばれて来ていない彼に向けて視線を尖らせる。


すると、一人のメイドが慌てた様子で彼の元へパタパタと走って来て。


「申し訳ありません!その…料理の用意に少々手間取りまして」


「…クチャクチャ……」


謝られても特に気にすることもなく彼は椅子に座り、足を机に置いてクチャクチャと何かを咀嚼している。


白い髪、赤い瞳、ギラついた獣のような歯、彼を連れて来たウルキ曰く選ばれし者だと語る彼こそが我等の王となる男だ。


「あいつは?」


「彼はバシレウス、蠱毒の魔王バシレウス・ネビュラマキュラだ。君にとっての王様にもなるから言葉遣いは気をつけてね」


「ふ〜ん、魔王ねぇ〜。そいつはそんだけ強いのかい?俺よりも?」


「ンアッハッハッ!君より強いかって?何言ってるんだい。彼はこの場にいる誰よりも強いよ…恐らく単独で我々を皆殺しに出来るくらいにはね」


「マジか…」


バシレウス・ネビュラマキュラ…彼は三年前にマレフィカルムへやって来てセフィロトの大樹の幹部になった男だ。


その時点で既に元八大同盟のアスピスを無傷で屠殺出来るくらいには強かった、つまり三年前の時点で八大同盟を相手にできるくらいには強かった、しかもその時点で彼はロクに修行などせず素質だけでそのレベルにも至っていたと言うのだから驚きだ。


それが総帥ガオケレナからの修行を受けたこの三年間でその実力は爆発的に上昇、今の強さは私にも計り知れない程だが、少なく見積もっても…今の彼はマレフィカルムで最強だ。


いやぁ?下手をすると最強の文言がつくのは『マレフィカルムで』ではなく『世界で』かもしれない程には強いよ。


世の中には天才ってのがいるもんだねぇと呆れているジャック、するとその背後から数人のメイド達が一つの巨大な皿を神輿のように担いで入室してくるのが見える。


「あん?なんだあれ?」


「あれはバシレウスが頼んだ料理さ、道を開けてくれジャック。我らの王の晩餐だ」


「お…おう」



「お待たせしました!バシレウス様!こちらバシレウス様が所望した…」


がつん!と音を立てて机の上に置かれる盆と蓋、それを無感情に眺めるバシレウスを前にメイド達は慌てて蓋を外して…披露するのはバシレウスが食べたいと所望した料理…料理?ちょっと怪しいな。


だってあれは。


「バシレウス様が所望された『クロマグロ』でございます」


「……クチャクチャ、ペッ」


バシレウスが所望したのはマレウス近海を回遊するマグロと言う大魚だ。それも切り身とかそれを使った料理ではなく丸々一匹…しかも生きたままの奴をだ。


鎖で更に繋ぎとめられたマグロは未だにビチビチとヒレを動かし逃げようとするくらいには元気だ、そんなマグロを彼は所望したのだ。


「こちら先程外で釣り上げたばかりの代物で…、捕獲に難儀いたしまして…ってバシレウス様!?」


「んあー…」


それを、生きたマグロを。バシレウスは一切の躊躇なく食べ始めたのだ、まだ生きて抗うマグロにガブリと噛みつき肉を抉り取りむしゃむしゃと血塗れになりながら食い出した。


ボタボタと床に溢れる血、返り血で真っ赤になりながらも肉と血を啜るバシレウス。その光景はとても人間によって作り出された物とは思えない。当然他の同盟達もドン引きだ。


「アイツ頭おかしいんじゃねぇの?釣り上げたばっかの魚とか寄生虫の温床だ、死ぬぞアイツ」


「彼は…生食が盛んなマレウスの王様だから…」


「マレウスでもあのレベルの食い方をする奴はいねえよ…」


ジャックも引く、とても理性のある人間の食事とは思えない。陸に打ち上がった魚を食う狼か何かだと言われた方がまだしっくりくるのは確かだ。まぁでも人の食事に対してあれこれケチをつけるのは好きじゃないから何も言わないけどさ。


するとバシレウスはマグロの骨をバキボキと咀嚼しながらふと立ち上がり…、今まで沈黙を保っていたその口を初めて咀嚼以外に使う。


「ジズ・ハーシェル…」


「ん?何かな我が王よ、その魚は口に合わなかったかな?」


「…テメェが、コルスコルピに居る魔女の弟子にお前のところのメイドを差し向けたと聞いた」


「おや、耳が早いね」


どうやらバシレウスは例の一件を知っているようだ、コルスコルピに居る魔女の弟子アマルト・アリスタルコスに向けて私はペルディータを差し向けた。


『アルカナからの依頼だ』と偽ってね、本当はどこからの依頼でもない、私自身の目論見の為にペルディータには死んでもらった、まぁ代わりのメイドはまた攫って育てればいくらでも補填が効くから構わないんだけどね。


「何故、魔女の弟子を一箇所に集めた…」


「コルスコルピの弟子は中々外に出てこない出不精な弟子だったからね。強引にでもアルカナの一件に挟み込みたかったのさ」


「俺が聞いてんのはその狙いの話だ、イライラする喋り方をするんじゃねぇ…!」


「悪い悪い、そうだね…狙いは。そろそろ弟子達には動き出してもらわないと困るからさ」


困るから、チェスト同じさ。いくらこちらが駒を並べ終えても向こうが席についてくれなきゃゲームは始められないだろう?


だから、私はアマルトを誘き出した。そろそろゲームを始める為に…。


「我らが王は席につかれた、ならば向こうにもそろそろゲームの準備を初めてもらわないと…魔女大国対魔女排斥組織の総力戦、血を血で洗う最悪の戦争を始める為にね」


もうバシレウスは完成しつつある。故にそろそろ弟子達にも動いてもらわないと困る、決着をつける為にね。


「戦争か…つまり、弟子達が俺のところに来るって事か?」


「或いはその可能性もあるかもね」


「クッ…キヒヒヒ、なら楽しみにしないとな…。エリス…俺の花嫁…もうすぐだ、もうすぐアイツを俺の物に出来る…」


彼は孤独の魔女の弟子エリスを欲している。花嫁にすると言って聞かない。彼がここまで一個人に執着するのはエリスに対してだけだ…何故エリスをそうまでして手に入れたがるかは分からない。


だが一つ言えることは、彼がエリスを手に入れようと思い立ち、弟子達に襲いかかる日が来たら…その時は魔女の弟子達はエリスを除いて殺される尽くすだろう。


最強の肉体を持ち、最強の魔術を手に入れ、今総帥より最強の存在に仕立て上げられている彼が魔女対魔女排斥の席に座った瞬間…全てが始まり全てが終わる。


「なら早く始めようぜ、…戦争を。もう嚆矢は放たれ狼煙はあげられたんだろう!なら始めようや!俺はもう我慢の限界なんだよ…!」


口元から血をポタポタと流し凶悪に笑うバシレウスを前に我々は悟る、もうすぐだ。



もうすぐ、世界を二分する二つの勢力がぶつかり合う…史上最大規模の大戦争が始まると。



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