347.対決 刑死者のメム
刑死者のメム、三年前の時点ではその強さは死神のヌンや節制のサメフに劣り、アインやレーシュといった絶対的な強者を相手にすればそもそも勝負にならない程度の強さでしかなかった。
もしエリスとメムが帝国で邂逅していたら、きっとエリスの一撃でメムは倒れ殆ど印象も残すことなく消えていっただろう。
だが今は違う、エリスと魔女に対する憎悪だけに駆り立てられた彼は常軌を逸する修行と修練を乗り越え第二段階に入り、魔力覚醒まで会得し三年前のアリエに並び今ここでエリスと戦っている。
場所は南の絶島『天番島』その中央に聳えるシュンポシオン論議城がエリスとメムの。否…アルカナ最後の遺志との決戦の地である。
「はぁああああああ!!!!」
「なんのぉぉおおお!!」
乱れ飛ぶ火花、メムの放つ拳はその全てが斬撃となる。まるで鋭利な刃物を並べたような五指を引っ掛くように振るえばそれだけで人は死ぬ。そんな致命の乱打をエリスは拳で受け止め一歩も引かず怒涛の乱打戦に応じる。
エリスがこうやって全身狂気の刃人間と殴り合えているのは全てミーニャさんの作ってくれた真具ディスコルディアのお陰だ。拳まで保護してくれるガンドレッド型のこいつのお陰でエリスは何の気兼ねなしにメムに触れる。
いや寧ろ…。
「どりゃぁああああ!!!」
「ぐっ!?」
ガキン!と音を立ててメムの態勢が崩れる、見ればその手の刃が欠けてボロボロになっているんだ。メムの覚醒によって作られた刃さえも砕くほどの硬度なんだ。
オマケに覚醒したエリスの馬力はメムよりも上、というより。
「覚醒者同士の対決は初めてですか?メム」
「…………やかましい」
図星か、まぁそうだろう。エリスだってこの三年で覚醒者と戦ったのは今日が初めて、中々経験出来るもんじゃないからな。
だが覚醒者同士での対決ってのは経験しておかないとキツいですよ。貴方はきっと今まで魔力覚醒を行ったその地力のゴリ押しだけでなんとかしてきたんでしょうけど、相手も覚醒していたら話は別。ゴリ押しは通じません。
それにエリスはこれでもちょっとシャレにならないくらいの数魔力覚醒と戦っていますからね。経験というのは大事な場面で生きるモンなんですよ。
「悪いですね、取らせてもらいます。経験マウント」
「うるさいと言っている!『円転斬技』ッッ!!」
するとメムは軸足を針のように細め、野太く斧のように変形させたもう片方の足を上げ…独楽のようにその場で回転を始めたのだ。あいつの体の刃は伸縮も変形も自由自在か、見たところ刃をいくら潰しても即座に回復するようだし…ちょっと面倒な覚醒だな。
「死ね!エリス!」
「みんな回転好きですね!」
だが回転はグリシャよりも遅い、対処出来る範疇だ。何より…。
「フッ!」
「ッ!?消え…」
ていない、即座に伏せただけだ。だが回転してるから見失うんだよ!と同じく回転するように軸足を蹴り払えばメムはバランスを失い大きく倒れ…。
「っと!…中々やるな」
がしかし倒れることはない、全身の刃を伸ばし、まるでウニみたいにコロコロと回転し態勢を整える。器用なことをするモンだ。
「エリスはまだまだやれますよ!」
「俺もこのくらいで終わると思われては困るな」
何度か殴り合ってメムの覚醒の特性は理解した、これなら殴り合っていけばいずれ──。
刹那、突如煌めいた何かがエリスの頬を掠め、エリスの頬に一筋の傷を作る。き…斬られた?いや何が起こった!?まるで見えなかった!?
「ッ!?なんですか!?」
一体何をした!とばかりに頬から流れる血を拭うが、当のメムは『え?なに?』という顔をしている。ん?何か?これはメムの攻撃じゃない?というか一体なにが頬を掠めたんだと周囲を探ると…。
エリスの後ろの壁に、万年筆が刺さっていた…。え?これが飛んできてエリスのほっぺを斬ったの?
「おい!エリス!メム!テメェら態々覚醒しといてクソつまらねぇ戦いしてんじゃねぇぞ!」
万年筆を投げた犯人は観戦している魔女様…具体的に言うなればアルクトゥルス様だ。この戦場となった会議室にて、未だ席に座りながらエリス達の戦いを見据えていた魔女様達が辟易したようにため息を吐く。
「覚醒したのに殴り合いって、しかもあまり高レベルには見えませんわ」
「もう少しド派手な戦いを期待していたんですがぁ」
「ううん、まるでアクション活劇のように派手だね!。活劇のように派手なだけの攻防だ」
「な、なんだあいつら…」
やれやれと首を振る魔女様達はやや呆れ顔。魔力覚醒したんだからもっと派手に戦ってくれって本当に見世物扱いだな。一応こっちは命賭けて戦ってんですけど。
その魔女様の超然たるノリには思わずメムも眉を震わせ、刃で包まれた拳を握り怒りを露わにする。
「もっと魔術ボカボカ使えよ。魔力覚醒で手に入れる魔力事象なんざ所詮オマケなんだぜ?なんでオマケで殴り合ってんだよお前ら」
「うるさい!これは俺とエリスの戦いだ!口出しするな!」
「はぁ〜?じゃあこの部屋と島はオレ様達の物ですぅー!テメェの理屈通したきゃ海でやれ!」
「ぐっ、…なんと理不尽な。やはり魔女は暴君か…」
いやあの、アルクトゥルス様が際立って暴君なだけですからね。あの人理不尽がシックスパックになったような人ですから。
しかし、魔女様達の言葉も言い得て妙だ。確かにこのまま殴り合ってもこちらも余計に傷を作るばかり、何より…長引かせるわけにはいかないんだ。
それはメムにとっても同じらしく、彼は徐にエリスに視線を向け…握っていた拳を開く。
「まぁだが、魔女たちの言うことも納得は出来る。このままお前と殴り合っても勝ち目はなさそうだ」
「のようですね」
「…魔女の言うことを聞くようで癪だが、仕方あるまい!」
ユラリユラリと彼の腕が滑らかに動く。剣では絶対に再現出来ない動きにして軌道。どうやら彼もここからは本気で来るらしい…!
「真っ二つに引き裂かれて死ね…『ホークグラディウス』ッッ!!」
ブンッと一つ手を鞭のようにしならせれば、飛んでくるのは鋭利な斬撃。来た。メムの得意魔術、通称『切断魔術』と呼ばれる代物だ。
物体を切断する斬撃を様々な形で放つことが出来るこの魔術は、攻撃力は勿論殺傷能力も満点、喰らえば一撃で致命傷。そんな事分かっているからこうして側転を行い回避をするのだ。
切断魔術を使った以上、奴はもうどれだけ離れていてもエリスを攻撃出来る。
「へぇ!ありゃ切断魔術か!またマイナーな魔術を使うモンだなぁ!」
「フフフ、斬撃なんて剣を振れば出るのに、それを魔術にしてしまうなんて面白い人達だね」
「野次馬は黙ってろ!」
まぁ、魔女様達は放っておくとして。実際問題メムと戦う時、最も警戒するべき存在としてエリスがピックしていたのがこの切断魔術だ。通常時は手の動きに沿って放たれていた斬撃故回避も簡単だったが。
今は違う。メムの今の刃に塗れた体は切断魔術との相性は抜群だ。
「このままズタズタに引き裂いてやる!『ホークグラディウス』!!」
ここからが本番とばかりに連続して腕を振り回す。それと同時に放たれる斬撃は先程の比じゃない。何せ今の彼はヤマアラシの如く全身から刃が立っているんだ。その一つ一つが糸を引くように白銀の閃光を放ち何もかもを切り裂いてくる。
こりゃ近づけないな。
「『旋風圏跳』!」
「逃すか!『イレナケイウスジャマダハル』ッッ!!」
刹那動いたのはメムだ、エリスが斬撃を回避する為身を翻したその瞬間を狙い行うのは加速。全身の刃を肥大化させ変形するのはまるでハリネズミ。刃をスパイク代わりに大地を切り裂き人の足では実現出来ない超加速で一気にエリスに向けて飛んでくる。
「ぐっ!?」
放たれた斬撃を回避したと思い込んでいた、回避させられていたんだと悟ったのはエリスが低空飛行した瞬間、棘達磨と化したエリスに向けて突撃してきた瞬間のことだった。
鋼鉄に包まれた両手足を思い切り前に出しガリガリと音を立てながら食い止める。このまま魔術で吹っ飛ばしてやる…そんなエリスの意識を察知したのか。刃金のハリネズミは一瞬蠢動し。
「甘い!」
エリスの足が前につんのめる。今まで食い止めていた刃が一瞬にして消えたからだ。まるで脱皮でもするかのように肥大化した刃を脱ぎ捨て、右足一本を斧のように変形させたメムはその回転を虚空で強め。
「『ムステラ・フランキスカ』!」
射出した。足先の刃を回転と共に切り離すことにより投げ斧の如く跳ぶ刃が切断魔術を帯びて飛んでくる。その速度は凄まじくつんのめったエリスには回避の選択はない。故に両手をクロスさせ籠手を受ける選択をするが。
「だから甘いと言っている!『アルバトロス・スティレット』!」
メムの両手でが大きく変形する。それはまるで翼を広げた鳥のような形でくの字に折れ曲がった刃を両腕に生み出し、そのまま大きく振り回すようにメムはそれさえも射出した。
回転し風に乗るくの字の刃は…あ、いや違う。あれブーメランだ!グルグルと回転し部屋を一周するように飛ぶ二つのブーメランは空を飛びながら撒き散らすように切断魔術を、斬撃を雨霰のようにブチまける。
咄嗟に飛んでくる斬撃を避けようとしたが、それとほぼ同時に飛んできた投げ斧がエリスの体を防御の上から叩く。元々不規則な姿勢での防御だったが更にそこに斬撃による牽制も加わり防御がかなり薄くなった瞬間に飛来する大規模な投げ斧による一撃。
防ぎきれるはずも無くエリスの体は大きく吹き飛ばされ壁にめり込む達ように叩きつけられる。
「ぐっ!?…ぅぐ」
「この程度か…!そんなわけがないだろう!シン様を倒したお前はもっと強いはずだ!」
強い…メムは強い。本当にアリエと同格…少なく見積もっても攻撃能力はレーシュを上回りシンに迫るほどだ。どれだけの修練を積んだんだ、どれだけの覚悟でここに臨んでいるんだ。
…こいつは、一度勝ったからって甘くは見れないな。
「つ、強え…メムの奴あんな強いの?エリス一回勝ってるんだよな…の割には大苦戦だけど」
ふと、観戦しているアマルトさんが呆然と呟く。今目の前で行われている攻防は彼の目をもってしても以上に映るレベルに超常的だったようだ。
「メムの力は三年前の旧アルカナと比較してもかなりの物です。少なくともアリエ級と見てましたが…、もし今の彼が三年前の決戦の際帝国と戦っていたら。ともすれば結果が変わっていたかもしれません」
「…なるほど、新生アルカナを切り捨てたのも頷ける。今のメムからしてみれば新生アルカナなど数合わせに過ぎんな」
メグさんとメルクさんも舌を巻く。今まで相手にしていたアルカナと比べてメムの力はそこまで高い。異常な強さに二人も戦慄し…。
「我々弟子と戦っても、あそこまで対等に戦えるのは恐らくラグナ様とネレイド様だけでございますね…」
「ん、…どう思う?ラグナ」
「……、覚醒の理解度がかなり高い。全身の刃を代わる代わる変形させ射出や魔術との合わせ技と言った応用も完璧に出来ている、相当手強いだろうな」
ネレイドさんやラグナも難しい顔をする。メムは覚醒を使いこなしている、対覚醒者との経験が不足しているだけで彼自身の覚醒の練度はエリスとさして変わらない。いやこの三年ろくすっぽ使わなかったエリスより下手したら上かもしれない。
甘く見れる相手じゃないんだと意識を改めつつ壁から体を引き抜き痛みをかみ殺す。大丈夫…まだやれる。
「ふむ、アルクトゥルス…今のエリスの動きはどこがダメだった?」
「は?そりゃ初手だろ。斬撃を嫌って逃げ飛んだから続く二手目を許した、オレ様なら傷を覚悟で突っ込んで敵の出鼻を挫いてたな」
「そうですわね、まぁでもエリスの防御力も相当ですわ。魔力防御もありますが的確に攻撃力凌いでいます」
「あー確かに、事実エリスはまだ一滴も血を流してないからね」
魔女様達の雑談が耳をつく。痛い指摘だ…確かにエリスは下手に対処しようとして小賢しい手段に走ってしまっていた。
三年前ならきっと、斬撃の雨を前にして他無理矢理突っ込んでいった。追いすがり掴みかかって勝ちに行った、…日和過ぎていたか。
「一滴の血も…か」
「どうしたエリス、もう折れたか?」
「ンなわきゃあないでしょ、…ちょっと気合いを入れ直すだけです」
そう口にしながらエリスは足元に落ちたメムの刃の破片を一つ掴んで…。
「っっ!」
「なっ!?何をして…」
腕に突き刺した、当然鋭利な刃を腕にさせばドクドクと血が溢れる。それを厭う事なく他にも胸を切ったり足に這わせたり、あちこちに傷を作って血を流させる。
痛い、全身が痛い…脳みそがビリビリする。素手で刃をつかんだから手の中も血でべっとりだ…。
これだ、思い出せ。己の血の熱さを、流れる血潮の熱を味わえ、小賢しく立ち回るな、格上を気取るな、いつだって挑むつもりで戦え。
「……ぺろ」
「うぇぇ!?エリスのやつ何やってんだ!?」
「エリスちゃん!?いかれちゃった感じ!?」
「エリス様…何を……」
エリスが傷を作り、その血を舐めれば魔女の弟子達はエリスの身を心配し。
「だははははは!見ろよカノープス!エリスの顔!最高だぜ…!」
「ああ、若き日のレグルスを思わせる獰猛さだ。自らのスイッチの入れ方を心得ている」
「いいルーティンです、流石はエリス」
魔女様は絶賛する。そうだ…これは切り替えだ、血を流し血の味を思い出し、三年前のあの鉄火場を思い出せ。ぬるま湯から這い出て溶岩の中に身を投じるんだ。
流した血が沸騰する感覚を覚える。上がってきた…血圧がじゃない、魂がアガってきたんだ!
「エリス!」
「……師匠?」
すると師匠は立ち上がりエリスの目を見て、軽く微笑む。
「いい加減こいつらを黙らせろ。不甲斐ない戦いを見せるな、私の弟子ならこの汗臭い筋肉ダルマに好きに言わせることは許さん」
「オレ様は汗臭くねぇ!」
「師匠…」
「見せてやれ、お前の修行の成果を…。お前ならきっと出来るはずだ」
お前は私の…孤独の魔女の弟子なのだからと師匠はエリスに言葉を託す。そうだ、エリスはエリス…孤独の魔女の弟子エリスなのだ。
甘えるな、寄りかかるな、孤独でなくとも孤高たれ。それが孤独の魔女を継承するという事なのだから。
「分かりました、すみませんねメム。貴方の覚悟にエリスは生半可な信念で踏み込んでいました」
「…………」
「もう怠惰は見せません。いつぞやのように圧倒しますから安心してください」
覚醒を使わなければエリスが勝つ、じゃあ覚醒したらメムの方が強いのかといえばそうではない。
今この場のメムが際立って強いのだ。覚悟を決め死さえ厭わぬ勢いで戦いに臨むからこそ強いのだ。それは三年前エリスがアルカナに示し続けた姿勢と同じもの。
覚悟を決めた人間は強い、ならこの場でメムを上回る方法もまた一つ。
格上だという驕りを捨て、一度勝っているという慢心を捨て、覚悟を示す事だけだ。
「見せます、エリスの覚醒の真骨頂…そして新技。『記憶違い』を!」
「はぁ?記憶違い?なんだそれは…」
「見てからのお楽しみです…よっと!」
駆け抜ける。風を帯びて駆け抜ける。魔力覚醒『ゼナ・デュナミス』の真骨頂を見せるんだ…!
「行きます!『旋風圏跳』!!」
大地を勢いよく蹴り、飛び上がると同時に体をグルリと回しメムの側面に回し蹴りを叩き込む。だが…。
「効かん!効かんさ!!今更そのような打撃など!」
弾かれる、幾重にも重ねた刃を腕に纏わせ、盾のようにしつつ蹴りを防ぐ。もうエリスの打撃への最適解を見つけていたか。
「メムの覚醒の厄介な点は体を刃にするって点だろうな」
「ラグナ様?どうされました?」
「いや、もしあいつと戦うなら一番厄介なのはそこだと思ってな。刃の攻撃力に目が行きがちだが、考え方を変えればあいつの体は今無限に生成可能な鉄を自由に纏える状態にあるって事だ。当然防御力も鋼鉄級だ」
ラグナが言うようにメムは防御力も高い。彼の体は今無条件で鋼と同程度の硬度を持つようになっている、砕いてもすぐに再生すると言うおまけ付きで。これと殴り合いで勝つのは難しいだろう。
だが…まだまだここからです。
「行きます…『記憶違い』」
「……!?」
エリスが使うのは新たな技、魔力覚醒の特性を更に理解し訓練を積んで会得した新たな技術。その名も記憶違い、その変化を最初に感じ取ったのはメムだった。
「これは…風が、変わっている」
エリスが纏っている風の色が変わったことに気がついた。それは色持ち光を放ち…熱を帯びる。まるで炎の如く燃え盛るように…いや炎の如くじゃないな。
燃えているんですよ、エリスの放つ『旋風圏跳』が!
「くっ!?どう言うことだ!?貴様の旋風圏跳は風邪を纏う魔術の筈!炎熱系では…!」
ドロリと融解する刃を切り捨て逃げるメムは慄く。事前に仕入れていた情報とエリスの使い魔術が違うと。
事実、今エリスが加速に使っている風は炎に変わっている。燃え盛る風のような炎に乗って浮かび上がっている。
称するなり燃える風、燃え盛る炎の旋風圏跳だ。
「さぁ、どんどん行きますよ!『旋風圏跳』!」
「くっ!?」
炎は鉄を溶かす、そんな炎を纏って加速するエリスの猛攻を前にメムは防ぎ方を考える時間を欲する。
「なんだありゃ、炎で加速してんのか?」
ふと、アマルトさんが解説が欲しいそうにデティに目を向けると。デティは静かに首を振る。
「ううん、エリスちゃんは確かに今風属性の『旋風圏跳』を使ってる。炎の加速の仕方はあんなに滑らかじゃない、エリスちゃんは今ちゃんと風で加速してる」
「じゃあ何が起こって…」
「風を纏う旋風圏跳で戦ってる、なのに風だけが炎に入れ替わってる…こんなのおかしいよ。こんな現象あり得ない…まるで風の特性だけが炎に入れ替わってるみたい…」
デティですら困惑する炎の旋風圏跳。それもそうだ、普通の魔術じゃない…エリスが覚醒によって手に入れた新たな力『記憶違い』の力なのだ。
…人は、覚えていることでも間違えることがある。記憶違いを起こして勘違いすることがある。エリスにはよく分からない感覚だったがある日師匠が言った言葉で気がついた。
『昨日、晩に肉を食ったから今日は魚にしたい』と。
昨日晩に食べたのは肉じゃない、肉は昼に食ったんだ。そう伝えると師匠は『最近代わる代わる食べてるからごちゃごちゃになってた』と誤魔化していた…記憶していたのにそれが晩と昼が入れ替わっていたんだ。
そこでエリスは思いついた。もし記憶を意図的に混同させた状態で追憶魔術を使ったらどうなるのか?と。
追憶魔術は記憶を事象に引き出す魔術。なら引き出す記憶が間違っていたなら発動しないのか?
そんなことはなかった、見事に間違った状態で引き出されたんだ。例えばこの旋風圏跳と炎熱魔術の記憶を混同させた状態で使えば旋風圏跳を使っているのに炎が出る…と言う二つの魔術が合体した状態で生み出された。
エリスがよくやる合体魔術とは根本的に違う。二つの特性を持った新しい一つの魔術が無理矢理事象として発動してしまうのだ。
故にこの旋風圏跳も『機能はそのまま』なのに『炎を纏う魔術』に変わっているんだ。矛盾的にも思えるそれがあたかも普通の事のように発動出来ているのは…それだけエリスが多くのことを明確に覚えているから、克明に記憶されたそれを意識的に間違えているからこそ出来る芸当。
これの習得により、エリスは理論上どんな魔術も生み出すことが出来るようになったといえる。
「火の性質を持った風…とはまた少し違うけど、エリスちゃんは今真四角の球体…その一歩手前にいるんだよ」
「はぁ?なんじゃそりゃ」
「すごい事になってるってこと」
「なるほどねぇ」
これがエリスの新技、記憶を改変する事より新たな技として引き出す技術。記憶違い…それを使い、エリスはメムへの攻勢を仕掛ける。
「旋風圏跳改め『獄炎圏跳』!味わいなさい!」
「フッ!何を…虚仮威しだろうが!」
炎を纏い、火の中を泳ぐように滑空するエリスを相手に、メムは戦い方を変える。
パキパキと音を立て彼の爪が鋭く尖り、腕には幾多の鋭い刃がびっしりと鱗のように生えたかと思えば…。
「『駆動刃神』!」
「ちょっ!?」
その腕の刃が、爪が、一気にグルグルと火花を上げて回転し。両腕がドリル…いや鑿岩機の如く大回転を始めたのだ。そんな事まで出来るの!?その覚醒!
「『ラッシュホークグラディウス』ッッ!!」
回転した細かな刃一つ一つが切断魔術を放てば、当然生み出されるのは銀の雨…あの中に野菜や生肉を突っ込めばあっという間にペースト状になるだろう。正直恐ろしいが…きっとこれを避けたらまたメムのペースに持っていかれる。
逃げたら譲ることになる…それは出来ない、エリスが歩む道は魔女の道。誰にも譲っていいものではない!
「ナメるなぁっっ!!!」
咄嗟にコートを脱いで目の前に広げながら突っ込む、メムは知らないだろう…このコート、師匠の作ったコートの耐刃性能の高さを!!
「ぅぉおおおおお!!!」
「んな!?真正面から突っ込んで…!?」
師匠の作ったこのコートは如何なる刃も通さない。切断魔術の雨如きでは傷もつかない、それを目の前に展開すれば当然、魔術は滑るようにコートに弾かれ軌道を変える。故に真っ直ぐ突っ込む…多少防ぎきれなかった魔術が体を切り裂いてもなんのその。
目の前に敵がいるなら、叩きのめしに行くまでだ!
「『獄炎乱舞・蹴斗』ッッ!!」
「ごはっ!?」
魔術を弾き返し、無防備なメムの鳩尾にエリスの炎の一撃が炸裂する。
「『獄炎乱舞・斧手』!」
「ぎっ!?」
続くように放つのは大振りの右。振り下ろすように打ち崩すように放たれたそれはメムの顔の形を融解させ変形させる。
「『獄炎乱舞・鉄砲打』!」
刃が溶けたそこに突っ込むのは右の肘、炎熱風を纏いしか肘がメムの芯から揺るがす。
そして。
「トドメの『煌王火雷招』ッッ!!」
「ッッ────」
真っ直ぐ、ただただ真っ直ぐ放たれる赤雷はメムの顔面で爆裂し、その身の刃全てを叩き砕いて吹き飛ばす。エリスの怒涛の連撃を前に為す術なく打ち果たされたメムはそのまますっ飛び、弟子たちの頭の上を通り抜けて会議場の外へと消えていく。
「へぇ!拳の打ち方は相変わらずメチャクチャだが魔術の方はマジですげぇな、特に風と電撃使わせりゃ右に出るやつはいないレベルだ」
「レグルス仕込みの属性魔術…、相変わらず恐ろしいね」
「あの火力なら遠方から魔術連射するだけで島一つくらいなら消し飛ばせますつまりメムくらいなら最初から一方的に倒せたんです」
「……だが、ああいう泥臭い戦い方もエリスらしい」
魔女様たちさえ息を呑むほど絶大な威力を持ったエリスの属性魔術。いや褒められたのは『煌王火雷招』の方か。こいつは随分前から使い続け威力を高め続けてきた一撃だ。
だが、この一発だけではメムは倒せないだろうな。その前に加えた連撃も多分見かけ以上にダメージは入ってない。
そこが記憶違いの弱点の一つ。記憶を無理矢理捻じ曲げた代償か。記憶違いを使って無理に属性変更を行うと『ある一定の技』を除いて軒並み威力が下がってしまうのだ。だからメインウェポンにはならない、飽くまでエリスの主軸は魔術という点は変わらない。
その点で行くと、さっき記憶違いを使って殴りまくったメムにはそれほどのダメージは入っていない…ということになる。
(まぁ、無事でもないでしょうけどね)
吹き飛んでいった先から戻ってこない。仕方ない…こっちから迎えに行くか。
「すみません、エリス…メムを迎えにいってきますね」
「ああ、…俺達も一応ついていくよ。手は出さないけど念のためにな」
「ありがとうございますラグナ」
ラグナ達魔女の弟子はエリスの気持ちを優先して飽くまで観戦に徹するという。これはエリスにとっての決戦だ、半生に渡り戦い続けた大いなるアルカナとの完全決着。出来ればエリス一人で終わらせたい。
「では魔女様の皆様……」
「おう、行ってこい。オレ様たちは会議を続けてるよ」
「エリスよ、嘘偽りを述べた件は許そう。だから確実に奴を刈り取ってこい」
「やってやれ、エリス」
「……はい。師匠、魔女様」
エリスは魔女様達に一礼をして、弟子達を引き連れてメムの後を追う。このまま決着をつけて奴を魔女様達の前に引き摺り出そう…。
そう誓って、エリスは引き続き決戦に臨む。
………………………………………………
「ようやく行きやがったか」
会議室から立ち去るエリス達の背中を眺めて、アルクトゥルスは仄かに笑う。あの戦いも退屈な会議の間に挟まった余興と思えばそれなりに楽しめた。後はエリスが勝手にやるだろう。
アルクトゥルスはこの決戦がどうあれエリスの勝利に終わることを予見しつつ、カノープスに目を向ける。
エリスに一杯食わされる形になったカノープス。いつもならこの会議を邪魔した者の存在を許さず徹底的に叩いたあのカノープスが、今回はエリスを…弟子達を許した。それはある意味衝撃であり、ある意味当然と思える結果だった。
何故なら。
「なぁ、カノープス」
「なんだ」
「お前、本当はエリス達が嘘をついているって…知ってただろ」
メムはもう倒しました、アルカナは滅びました。その報告をカノープスは信じていなかったしまだメムが健在であることも知っていた。知っていて敢えてカノープスは知らないふりをしてエリスに対して激怒した。
その事をカノープスに問えば、彼女はクスリと笑い。
「まぁな、ただ真意を問いただしたかっただけだ」
知っていた、当然だ。そもそもの話疑問なのだ…何故エリス達はバレないと思ったんだ?
何故、その作戦を話していたあの場に姿を隠したレグルスが居なかったと思えた?
何故、それを聞いたレグルスがカノープスに報告しないと思えた?
魔女だって伊達じゃないんだ、その気になればメムの居場所くらいすぐ分かるしまだ仕事が終わってないことも直ぐに確かめられた。
敢えてそれをしなかっただけ、エリス達が何故如何してか嘘をついたのか、そこを聞いてみたかったから乗っただけなのだ。
「カノープスも意地悪ですわね、分かってて自分の弟子を叱り飛ばしたんですの?」
「ああそうだ、メグがあんなに怯える姿はなかなか見れんのでな。つい悪戯心が湧いてしまった」
「そういうフォーマルハウトやプロキオンだって、分かってたんだろ?」
「あははは、うん…分かってた。ナリアの演技は完璧だったけど、それでもそれが演技である事は分かったよ。彼にその演技を教えたはボクだからね」
「ネレイドは私に嘘を付ける子ではないのでね、むしろ私の方が気づいてないふりをする方が大変でしたよ」
魔女達だってバカじゃない。もう長ければ十数年間以上もいる仲である弟子の細かな違和感に気がつけないわけがない。何かを隠している事は分かっていたしどの部分に嘘が紛れているか分かっていた。
分かっていて乗った、何故なら。
「まぁ、あの子ならちゃんと上手い形で終わらせてくれるでしょうしきっと考えがあってのことでしょうしね」
そこには弟子への信頼があった。何を企んでいるかまでは知らないがきっとそれは大切な事であり必要な事なのだろう。ならそこに対して無闇に続くのはやめよう…それが暗黙の了解にして共通の認識であった。
そして、結果的にこうなったわけだ…。
エリスは見事カノープスが飲み込める答えを叩きつけ、カノープスが納得せざるを得ない理屈をこねて、カノープスを黙らせた。
まさしく見事…カノープスが口にする通りだった。
「フッ、流石だエリス…だからこそ、この結果は不甲斐なく思うぞ」
レグルスは誇らしげであり、それでいてやや険しい目つきだ。
結局、どうあれエリスはタイムリミットまでにメムを片付ける事が出来なかった。もしレグルスがエリスの立場に立っていたならばとっくの昔にメムは捕縛されて終わっていただろう。
それはエリスが未熟だからではない、甘いのだ…まだまだエリスは甘い。
「やはり、必要なようだな」
「さっき言いかけたやつか?」
「ああ、やはり弟子達には修行が必要だ。それも今までの物とは違う…新たな段階へ至る為の修行が」
レグルスは続ける。静かになった会議室にて続ける。弟子達の新たなる修行…それを魔女達に提示して、それで……。
…………………………………………………………
「『フェルス・フランベルジュ』ッッ!!」
「『打ち付ける風音は木々を揺らし、駆け抜ける疾風は大地を超える。この一息よ風神の加護ぞあらん『真風鑿拳』!!」
斬撃と突風の激突に城全体が鳴動する。戦場は魔女の会議室から場所を移し、城の大広間…何も配置されていない巨大なエントランスホールへと移りより一層激化していた。
斬撃を放つメムと旋風を叩き出すエリスの一撃に一瞬城全体がが膨張し揺れる…まさしく超常の戦いがそこにはあった。
「接敵するなりいきなりバトルとかアイツらどんだけ血の気が盛んなんだよ!」
そんな二人の戦いを城の柱の影から見守るのは魔女の弟子達だ。エリスと共にメムを追いかけこのかエントランスホールに辿り着いた瞬間、メムが襲いかかってきたのだ。
そこからはもう互いに遠慮なしの大激戦。魔女に囲まれ萎縮していたメムや魔女に遠慮して規模を抑えていたエリス…二人のタガが外れ互いに本気を解放し始めたのだ。
「『ラッシュホークグラディウス!』」
「『追憶・多段旋風圏跳』!」
暴れ狂うように斬撃を全方位に振り撒きながら城の中を駆け回るメムを追いかけながらも五月雨の如き煌めきを回避するエリスを見て、アマルトは思う。
(こりゃさっきまでとは完全に別次元だわ…、エリスの奴三年前とは別人レベルで強くなってやがる)
今のエリスは本気も本気だ。三年前シリウスと戦っていた時と同じ顔をしながらそれ以上の出力で魔力を吹き出しながら戦ってる。もうこの城がぶっ壊れようがどうしようが構わない…そんな勢いだ。
メムはそれほどの強敵なのか?それもあるだろうが違う。エリスが本気なのは…それだけの因縁があるからだ、メムにもエリスにも…死力を尽くすだけの因縁が。
「エリスッッ!!エリスゥゥウゥ!!!!」
メムの体の刃がより一層凶暴性を増す。魔力覚醒とは魂が具象化した現象だ、時としてそのものの感情にさえ左右される。
全身を刃とし 、最早人ではなく鋼鉄の獣へと変ずる程に形を変えたメムの中には…一体どれほどの憎悪が、激情が、狂気が秘められているのか
「もう止まれないんだよ!俺はもう!ここまで来てしまったのだから!」
より鋭さを増した体で突っ込みながらエリスに斬りかかる。その身動ぎがすでに一種の斬撃として作用し軽く動くだけで大地と擦れ火花が飛ぶ。そんな姿を振り回しエリスに食いかかる。
「もう今更魔女世界の歪みや狂気をお前に問うつもりはない!お前は俺達の言葉を全て聞いてきたんだろう!?」
「……ええ!」
飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ、エリスとメムの打撃が炸裂し火花が飛ぶ。空を飛ぶエリスに追いすがり壁に刃を突き刺し疾駆するメムは飛び上がり何度も何度もエリスに感情のこもった刃を叩きつける。
メムの言う通り、エリスは既にアルカナの恨み言を全て聞き届けてここにいる。ヘットの悪意を、アイン達の激情を、レーシュの狂気を、ヘエの憎悪を、シンの覚悟を全て見て聞いて戦って受け止めてここに立っている。
故にもう、どっちが間違っててどっちが正しいかなんて言い合いは不要なのだとメムは牙を剥く。
「俺達が争うのは!どちらかが間違っているからではない。俺達が俺達で!お前がお前である限りこの戦いは続く!そうだろう!」
「ええ、…貴方が魔女ではなくエリスを選んだのは。恨んでいる以上に望んでいるんでしょう…決着を」
語り合いにも似た殴り合いは続く。刃の拳と鋼の拳の応酬、時に魔術を交え時に覚醒を交えひたすら持ち得るすべてをぶつけ合うエリスとメムと間には…或いは憎しみと怒り以上に純粋な気持ちが流れているのかもしれない。
「ああそうだ。エリス…お前は俺が三年間どんな気持ちで過ごしてきたか分かるか!」
「忸怩!或いは後悔ですか!」
「その通りだ!情けなかったさ!地獄の修練など辛くはなかったさ!孤独の修行など堪えた試しはない。だが…この悔しさはなんとも耐え難いものだった!」
激突するメムは吠える。悔しかったんだと…情けなかったんだと。三年前のあの人にこれだけの事が出来ていればと誰よりも彼自身が思っていた。
自分には覚醒行えるだけのポテンシャルがあり、アリエは見上げるだけの存在ではなかった、追いつき共に肩を並べて戦える相手だったんだと…彼は気づいてしまったんだ。
何故もっと早くから修行をしなかったのか、何故あの時はあの程度の実力で満足していたのか、何故あの時の俺は逃げてしまったのか…。
それをずっと後悔して後悔して後悔し続けてきた。
そして今に至るのだ。
メムはエリスと決着をつけたかった、アルカナの仇を討つというのは飽くまでシンから受け取った使命であり。彼個人としてはあの日の後悔という影から逃げるために…エリスと決着をつけたいと望んでいた。
それは魔女への怒りを上回るほどの激情となっていた。
「だから、…こんな事は言いたくないが。感謝している…!」
「はぁ?なんで…」
「俺は死に場所を求めてここに来た。この命をアルカナの使命と魔女排斥に使う為に来た。そんな生ける屍たる俺の前に…お前が現れてくれた事に感謝する。お陰で…俺は死を間際にして再び生の炎に目覚めることが出来たんだからな!」
同時に放たれる『ホークグラディウス』でエリスの体を弾き、メムは肩で息をしながら笑う。
エリスが追いかけて来て、魔女と俺の間に挟まって、計画を阻止するために全霊をかけてくれたお陰で…あの日の後悔も忸怩も報われたのだと。宿敵であるエリスに対してメムは感謝する。
「お前がここに居てくれるお陰で、俺は最後までアルカナとして戦えたよ」
「……そうですか、そりゃ結構です、よっっ!!!」
「ぐぅっ!!」
追撃を仕掛けたメムを迎撃するエリスの蹴りが炸裂し、メムの体が弾き返され…膝をつく。
先にメムの方が限界を迎えた、いくらメムが気持ちに燃えていようとも体はついてこない。エリスの全力を生身で受け止め続けて平気な顔をしてられる程、彼は芯まで鋼じゃない。
「もう終わりですか?」
「…体はそう言っている、だがこの程度で終われないんだよ…三年間降り積もり続けたお前への怨讐は未だ尽きていない」
「そうですか、なら付き合いますよ?その都度叩き潰します」
「お前は……本当に強いな。或いは今の俺が三年前のお前に戦いを挑んでいても、今と状況はさして変わらなかったかもな」
流石はアルカナの宿敵だとメムは口の端から血を吐きながら獰猛に笑い立ち上がる。既にエリスの目から見てもメムは限界であることが分かる。
魔力覚醒ってのは負担が大きいんだ、そんなボカボカ使ってその状態を継続するなんてのは魔女様レベルにならないと不可能だ。だからエリスも余程のことがない限り使わないんだ。それをメムは乱用しすぎた…体力が底を尽きてもなんら不思議はない。
だがそれでも立つんだろう、立ち続けるんだろう。分かりますよそりゃ、だって三年前のエリスも同じような感じで立ち続けましたからね。
(まさか、アルカナ最後の敵が…エリスと被るなんてね)
一度敗北を経験し、そこから修行をしてリベンジを挑み、足りない部分は気合と根性で補い立ち続ける。エリスの必勝パターンですよ。
それを今はメムがやっている。アルカナがやっている。
「ふふ…くははは!もう体が砕けそうだ!足が言うことを聞かん!意識も曖昧で夢を見ているようだ!なのに…倒れる気がしない!」
「そうですね」
「なるほど、お前はこんな心地で戦って来たのか!そりゃ勝てないな…!」
「エリスは負けられなかったから負けなかった、それだけです」
「なら今回勝つのは…俺だな!」
深く腰を落とす、瀕死の重傷だと言うのにメムはまだ何かをやるようだ。それを注意深く観察すればメムの体に異変が起き始める。
まるで瓦解するようにメムの全身を包む刃の鱗がベリベリと剥がれていく。髪は硬度を失い鉄で覆われた体は元に戻り、ただ両手だけを刃に変えた状態でメムはぐったりと項垂れる。
…限界が来て覚醒の維持も出来なくなったのか?もう諦めたのか?
(いや違う。刃が取れただけで…『覚醒はまだ継続している』!?まさかこれ…!)
メムの考えていることが分かる、奴は今博打に出ようとしている…!まずい、これ本気で逆転しに来て─────。
「『鳴神縊り』ッ!!!」
放った、生身に戻ったメムが技を放った。それは覚醒を維持出来ない程に弱くなったメムが放つ悪足掻きではない。
メムにとっての正真正銘の最後の奥の手、それは…『引っ掻き』だ。
「がっ…ぁっ!?」
そんなただの引っ掻きにエリスは今血を吹いている。コートでカバーしきれなかった部分が切り裂かれ血を吐いてあまりの衝撃にたたらを踏んでいる。
見えなかった、メムが突っ込んできてすれ違いざまに爪で斬りかかる。そんな単純な動きをエリスは見落として気がついたらメムが後ろにいて斬られていた。
それ程までに『速かった』。神速と言っていいほどに速かった。
「カハァ〜…まだまだぁ…!」
口から蒸気を吐きいつのまにかエリスの背後に立ち、爪を血で濡らすが振り向く。
速い、速い、速い…と、しか言えない。何せそれしか感知出来なかった、血が流れてようやく斬られた事を知覚できた程だ。純粋なスピードならメルカバよりもずっと速い…今までメムが見せていたスピードとはそもそも次元が違う。
何故こんな事になったか?どうして急激にスピードアップしたのか?
…違う。
(スピードアップしたんじゃない、今までがスピードダウンしてたんだ…!)
いくら覚醒って言っても鋼の鱗をジャラジャラと身に纏って居れば重いのは当たり前だ。そこらの鉄よりもずっと硬度のある鋼鉄の鱗。それをメムは今まで爪先からつむじまで全部覆うように身に纏っていた。
それが武器だと思っていた、メムの力は『全身から刃を生み出す力』だけだと思っていた。
違うんだ、メムのあれは覚醒…肉体進化型の覚醒、つまりそもそも肉体自体が大幅に強化されているんだ。
つまりメムの覚醒は『全身から刃を生み出し、そしてその刃を纏ってなお阻害されないだけの身体能力を得る』と言う覚醒だったんだ。
(全身を鉄で覆ってるのによく動くと思ってましたよ、言ってみれば全身フル装備であんだけ動き回ってたって事ですもんね…)
その状態でエリスの旋風圏跳に追いつくだけのスピードを出していたのが異常なんだ。だから当然…刃の鱗を全部捨てればその異常なスピードが本来のものに戻る。重りを捨てた鳥が羽ばたくように…今のメムは何より自由だ。
(そう言う事でしたか、これは…)
メムは覚醒を維持出来なくなったんじゃない。敢えて防御を捨てる事で攻撃に全てを集中させたんだ。
なんと言う博打、あの状態で一撃貰えば確実に終わる…。
だが同時に分かる、エリスもまたこのような窮地に立たされれば同じように博打を打つから、打って来たから、そして勝ってきたから分かる。
今のメムは…強い。
「まだ…まだ俺は止まらねえ!」
止まるわけにはいかないんだとメムはまたも跳躍する。そこに技巧はない、単純な加速、だが…。
「ぐっっ!?!?」
速い、知覚した瞬間に攻撃が終わってる!守りを捨てて攻撃だけに集中しただけでここまで強くなるか!
「メム…!っていない!?」
咄嗟に振り向くが、居ない。
「ごはぁっ!?」
と思ったら腹を蹴り上げられた、刃を捨て素足になったメムの足が鞭のようにしなりエリスの腹を蹴り砕く。
なるほど、このコートを前にしたら斬撃も打撃もさして変わらない。だから別に刃は捨てても良かったんだ。なるほどぉ考えたな…。
なーんて軽く考えている間にもエリスは内臓を潰され口からゴポリと血を吐いて蹲る。
「ぐっ!がぁ…!」
まずい、相変わらずメムの姿が見えない。攻撃と共に跳躍して居場所を悟らせないようにしてるんだ。防御を捨てても攻撃されなきゃ同じだ…!
ダメだ、このまま考えていてもメムには追いつけない、何かするんだ…何かしないと!
「記憶違い『獄炎…圏跳』!」
咄嗟に全身を炎で包み空高く跳躍する。上からメムを探す…そう浅はかに考えたエリスを罰するは直ぐに飛んできた。
「オラァッ!!!」
「なっ!?ぐぎぃっ!?」
上からだ、エリスの動きを読んで上に飛んで天井を足場にして再加速。そこから打ちおろすように蹴りを加えたのだろうと仮定するより他ない、何せ見えないんだから。
「グァァアアアッッ!!」
「ごっ…ほぁっ…!」
そして蹴り落とされたエリスを更に追い抜き、地面に着地し勢いをバネのように体に伝え…落ちてくるエリスの胸を蹴り上げる。
強い…一歩後ろに下がれば敗北と死が待っている状況下に置かれたメムのなんとつよいことか、これがさっきまでボコボコにやられていた人間の強さか?
きっとこれがレーシュやヘットの気持ちなんだろう。寸前まで追い詰めて巻き返されていく感覚…。
「ッ…!やるじゃないですか!メム!」
「お褒めに預かり光栄…だ!」
「ぐっ!!」
蹴り上げられなんとか着地したかと思えば直ぐ様直線に蹴りが飛んでくる。こいつも防御し損ね直撃し今度はエリスが膝をつく事となる。
覚醒を使ってるのに押されるか、それだけメムも出し切って来ていると言う事だ。彼もそれだけ負けられないと言う事だ。本当に何もかもをベッドして勝負に来ている…。
「くっ…う」
「……エリス、お前が傷つき膝をつく光景を…どれだけ俺が夢に見たか分かるか?」
「さ…さぁ」
「死んでもいいくらいだ、この光景を見られるなら俺は死んでもいいと思っていた。お陰で夢が叶った…もう今生に悔いはない」
メムは穏やかに呟く。思い残す事はない…だから命を賭けられると。それがメムの覚悟の根底か。死んでもいいくらいの覚悟…エリスはちょっとしたことがないな。
エリスはいつだって、生き抜くつもりで戦って来ましたからね。
「一つ…聞いても?」
「なんだ」
「エリスを倒したら、あなたはどうします?」
「魔女のところに行く」
「流石にそれ使っても魔女様には通じませんよ」
「だろうな、触れることもなく消しとばされ俺は死ぬだろう。だが構わない…どこまで行っても俺はアルカナ、魔女打倒を夢見て散って行った同志達のため逃げるわけにはいかない」
「その人達の為にも生きる…って選択肢は?」
「無いな、というか…お前がそれを言うか?アルカナを潰した張本人が」
「それもそうですね…、よく分かりましたよ」
立ち上がる、もう十分休憩しましたからね。オマケにいい話を聞けました…メムという人間を今度こそ理解出来た。
メムはアルカナの為に戦い、その因縁からエリスと魔女を狙っている。というのはきっと…表向きなポーズだ、きっと彼が目指しているところは別にある。
きっと彼は……。
「メム、貴方本当にシンの事が好きなんですね」
「……は?、はあぁっ!?」
ギョッとメムがたたらを踏む、その顔は真っ赤っかだ…うーん、別に恋愛的な意味で言ったわけでは無いんだが。もしかしてそっちも脈ありだったのか?
まぁ今は別にどうでもいいですが。
「言い方が気に障ったなら変えましょう。貴方はシンの生き方に憧れた…違いますか?」
「…………」
今度は慌てない、静かに目を伏せ否定も肯定もしない。やはりそうか、メムはきっとシンになりたかったんだ。
なによりも鮮烈に生きたシンを、自分の理想たる戦いと散り方をしたシンを、最後の最後に見捨ててしまったシンを、彼はずっと見続けて来た。
忸怩と後悔、その幻影の正体はシンなんだ。
「この場でエリスと決着をつけて、最終的にその場で散る…シンみたいですね。そこまでしてシンの真似をしたかった…つまり憧れていたんでしょう?」
「…あの方の生き方は、当時の俺には眩しすぎた。だが今は違う…今度こそ最後まで俺は戦う、あの日俺に出来ずシン様が行った所業を…俺もまたなぞりあの方の元へ向かう」
「死してなおシンの背中を追うと?」
「ああ、…そうだ」
そっか、立派な覚悟だと思いますよ。けどね…メム、エリスだってあの場にいた一人にしてシンの生き様を刻みつけた人間の一人なんです。
あそこでシンを死なせてしまったことには幾ばくかの後悔がある。もしメムがあの時の戦いを模倣したいというのなら、またあの時の悲劇も再現するというのなら、エリスもまた…貴方を通して後悔を晴らさせてもらいますよ。
「なら、…エリスはそれを阻止しましょう」
「は?阻止?」
「アルカナの企みは悉く潰すことにしてるんです。だから貴方は死なせません…牢屋にぶち込んで他のアルカナメンバーと再開させてやりましょう」
「……何を言いだすかと思えば、ならやってみろ…死ぬ気でお前を殺す俺を生かしてみろ」
「ええ、貴方が生きたいって気持ちにさせてやりますよ」
メムはもうシンと同じ道を辿るつもりなんだ、けど…それはちょっと早いんじゃ無いか?だってそれはシンとメムが並んでいないと成り立たない。今のメムが当時のシンと同格になっていなければ意味がない。
つまりメムはもう実力的にはシンと互角だと言いたいのだろう。だが…飛んだ思い違いだ。
「貴方にはまだやり残した事があるでしょう」
「……思いつかんな」
「貴方はまだシンを超えていない、それを今証明しましょう」
「は?」
まだメムはシンを超えていない、それを証明する為…エリスはエリスにとっての最後の奥の手。メム同様切り札の中の切り札を使うかことを決意する。
これで決められなかったら負け確定、上等じゃ無いか…やってやろう!
「行きます…エリスの切り札!『超極限集中状態』!!」
「ッ!?それは…」
そう、シンを倒したエリスのもう一つの魔力覚醒。一日十分の制限がある代わりに識確魔術を使う事ができるようになる特別な状態、これとゼナ・デュナミスを合わせた今の状態こそがエリスの全力全開…間違いなく最強の姿……。
だった、少なくとも三年前までは。
今は違う、エリスは更にここから『もう一段上の状態』を開発することに成功した。あんまりにも強力すぎて実戦で使うのは初めてだが…、いいじゃ無いかその初めての相手がメムってのは。…御誂え向きだ。
「行きますよ、エリスも奥の手使いますから…よく見てなさい」
「奥の手…まだその先があるのか?」
「ええもちろん、…ッッはぁぁぁあ!!!!」
魔力を高める。ゼナ・デュナミスと超極限集中状態…この二つの魔力覚醒の同時使用こそが今までのエリスの最大の切り札だった、これより上は無いとエリスは思っていた。
だが、この二つを一つの状態にする鍵が偶然ポロリと手に入った。それが『記憶違い』だ、無理矢理属性を変換する記憶改変能力…、記憶違いはそのまま使えば単なる属性を変化させ威力が劣化した魔術を使えるようになる程度の技術でしか無い。
だが、エリスは発見した。属性変化による威力減退を起こさず寧ろ威力を高める方法を。
ゼナ・デュナミスの『記憶具象化能力』
超極限集中状態の『究極の分析能力』
記憶違いの『記憶改竄能力』
この三つ組み合わせ作り上げられたエリスの現行最強フォーム…それが、この…。
「追憶覚醒『ボアネルゲ・デュナミス』ッッ!!」
「な…ぁ!?」
轟く雷鳴、輝く閃光、その全てがエリスになる…光に包まれたエリスの体は白く輝き、髪もまた白く染まり、コートも赤い文様が消え純白に染まり…エリスの何もかもが白く染まる。
真っ白のシルエット、そして電撃と一体化する形態。そう…それはまさに。
「シン様…!?」
審判のシン…そのものだ。三つの能力を使いシンの魔力覚醒『アヴェンジャー・ボアネルゲ』を再現し更にそれを加え新たに一つの覚醒として束ねたエリスの今現在使える最強のフォームだ。
何故…そんな事が出来るかって?そりゃあ単純だ。エリスの中にはシンの記憶がある、シンとの戦いで読み込んでしまったシンの一生分の記憶、シン自身も忘れてしまっている彼女の生涯に渡る記録がエリスの中には存在している。
それを記憶違いで可能な限り一時的に改竄し、『シンの記憶』と『エリスの記憶』を混同。意図的にエリスはシンであると誤認し膨大なシンの記憶から必要なものだけを超極限集中で抜き出す事により、一時的にだがエリスはシンの記憶からも魔術を使う事が出来るようになる。当然魔力覚醒も使用可能だ。
そうやってエリスの二つの覚醒とシンの覚醒を合わせた三つを融合させ、全く新しい覚醒『ボアネルゲ・デュナミス』として昇華させたのがこれだ。その出力は単純計算で魔力覚醒の三倍。
その上今のエリスの力はシンと同等……ではなく組み合わせているから乗算、つまりシンとエリスを足した二人分の戦闘能力を持つことになるんだ。
こう言っちゃなんだが、エリスとシンのタッグは強いぞ?少なくともアリエを全滅させて偽羅睺十悪星と張り合うくらいには強い。
シンとエリスを掛け合わせた最強形態、エリスはこれを『シン・エリス』と呼ぼうかと思ったんだが師匠から酷評を食らったので『ボアネルゲ・デュナミス』と呼ぶことにした。
「シンを超えたつもりか?ずいぶん大きな口を利くじゃないか、メム」
「ッ…!?シン様…?いや違う、そのモノマネをやめろ!」
「真似をしているわけじゃないんだがな」
まぁ弊害として口調がシンに寄ってしまうという点があるんだが、まぁ別にいいだろ。口調だけだし。
いやもう一つあるわ、…これを使っているとシリウスを思い出す。エリスがシンの口調で喋って戦う場面を思い浮かべるとどうしても師匠がシリウスの口調で戦っているところを思い出してなんだか陰鬱な気分になるんだ。
とはいえ弱点と言える弱点はそれくらいしかない、言っとくが完全無欠だぞ?今のエリスは。
「シンを超えたかどうかは、今のエリスに勝ってから考えてもいいんじゃないのか?勝てればだがな」
「クッ…どこまでもアルカナを…シン様を愚弄して!ただの猿真似で!俺を止められるか!『鳴神縊り』!」
メムが吠える、動き出す、だが超極限集中状態でもある今のエリスにはその動きが手に取るように分かる。遅い…あまりにも遅く見える。
「猿真似じゃないと…言っている!『ライトニングステップ』!」
「なっ!?それはシン様の…!?」
さっきも言ったがシンの記憶からも追憶魔術を撃てる、ということはつまりシンの魔術もエリスは使えるんですよ。
シンの魔術は記憶違いで再現していますが、どういうわけかシンの魔術だけは記憶違いによる威力減退が起こらないんですよね。だからエリスが見た『全力全開のシンのライトニングステップ』をそのまま再現出来てしまう。
これについてはまだ研究の途中だ、どうしてシンの魔術だけは威力が下がらず完璧に再現出来るのか分からない。或いはこれが…『思い出補正』ってやつなんですかね。
「遅いぞ!メム!」
「っ!?速い!?」
全身を電撃に変え加速すれば、メムの速度をあっという間に追い越してし……。
「『ヴァジュラボルト』ッッ!!」
「ぐぁぁぁぁあ!??」
電流を身纏い、電流と同じ速度で放たれる一拳がメムの無防備な体を打ち付ける。分かるよメム…シンの一撃は痛いよな。もらうと衝撃と共に電気が体を駆け巡って全身を針で刺されたような激痛が走るんだ。
血を吹き吹き飛ばされるメムを見ていると、やや辛い気持ちになる…それはエリスの中にあるシンの記憶が物語っている。
シンはメムに組織を抜けて帝国から離脱しろと命令していた。その時の記憶はエリスの中にもある。
だからその時シンが何を思っていたか、エリスは知っている…シンが何を思ってメムを逃したかを知っている。
けどそれをエリスの口から言うわけにはいかない、シンが言うから意味があるんだ…エリスが言ったら侮辱にしかならない。
だからせめて、メムの気概にエリスは応えますよ。
「ぐぬぅっ!!!まだまだァッ!!」
守りを捨てもう瀕死だと言うのにメムは立ち続ける。全身を焼かれ黒煙を巻き上げながらも絶対に倒れない覚悟を示して立ち続ける。もう殺さないとこいつは倒れないんじゃないかと…そうエリスに思わせるだけの物を今のメムは持っている。
「シン様の幻影を見せ、アルカナを侮辱して、…許さない…絶対に!」
「ああ、恨め。恨んで恨んで恨み続けろ、死んでは恨むことも出来ないからな」
「喧しい!!!」
ガクガクと震える足を魂の炎だけで支えてメムは再び走り出す、もう止まれない止まる気もない。死するその日その時まで彼は走り続ける。アルカナがそうだったように、シンがそうだったように、彼もまた同じ道を辿る為…何かに縋り付くように。
…終わらせる必要がある、全てを。
「死ね…死んでくれ!エリスゥッ!!」
死にませんよ、誰も。
足を開き、深く突き刺すように踏ん張る。この戦いを終わらせるには半端な手向けではダメだ、彼らの意思を挫いた者として最大級の力と技でエリスの意思と意地を示し続ける必要がある。
だから行きますよ、必殺技。だから死なないでくださいよね…メム。
「必殺…!」
エリスの必殺技は『旋風 雷響一脚』だ、エリスの辿り着いた境地の一つたるこの技。されど今から放つのはこの技ではない。
今から放つのは合わせ技だ。
「ッッッ────」
踏み込んだ足から電流が漏れる。全ての電力がこの足一つに収集している。そのあまりの電圧に大地は融解し空間が滲むように歪む。
これは『もしシンがエリスと同じ旋風 雷響一脚を使えたら』という構想の元作り上げられたシンの幻の必殺技『天脚之武甕雷』、シンが常に放出している電流を片足に束ねて放つ究極の一撃…をエリスが勝手に作った。
それを更にエリスの『旋風 雷響一脚』と合わせて放つ複合技。エリスの雷とシンの雷が同一の形をしているからこそ可能な奥義。
それこそが……。
「『霹靂 雷神双脚』………!!」
「──────シン…様……!」
その一撃はまさしく一閃、メムも観測者達も『始まった!』と感知した瞬間にはもうすでに終わっていた。両足がそれぞれ別の輝きを放ちその肉体を電流に変換し放つエリスの最高最強の一撃はメムに抵抗も反応も許さず…その身を蹴り砕く。
エリスとシン、この世に於ける最強クラスの電撃魔術の使い手の技を合わせたそれは、着弾と共に一気に電流を解放し敵対者を弾き飛ばす。その衝撃は城全体を一つ大きく揺らし床も壁も何もかもを破壊し…終わらせる。
「メム、終わりだ…いや、終わっていたんだよ。もう…随分前に」
電流を放つ足で地面を削り、停止したエリスは目の前に空いた大穴を見て目を伏せる。エリスの必殺の一撃を受けたメムはそのまま吹き飛ばされ壁を砕いて外に叩き出され意識を失った。
殺すつもりで打っていなかったからね、死んではないだろう。だがこれで終わりなのだ…メムが倒れた時点で大いなるアルカナは本当の意味で息絶えたのだ。
エリスの手で、終わらせた。
「………ぁー…」
電流の足跡を残しながらエリスは山のように重なった瓦礫を一撃で吹き飛ばし、中にいるメムの顔を見る。
目は開いている、歯を食いしばっている、まだ両手は拳を握っている。でも意識はない、感電してるんじゃない…意地でも最後まで戦うつもりだったのだ。
それほどまでに、付いて来たかったのか…。エリスの中のシンがそう呟いた気がした。
───シンは、三年前のあの日…帝国との抗争の最中負けを悟った。いやそれよりも前からもうどうしようもないことは分かっていた、それでも振りかざした拳の行き場を失った彼女はもう何処にも行けなかった。
もう風前の灯となったアルカナという居場所に固執した彼女はその場に残り続ける選択をしたが、それは飽くまでシンの決断に過ぎなかった。
シンはあの日決断し最後の幹部であるメムに離脱を勧告した。
その本意は…生きて欲しかったからだ。もう逃げることが出来なくなった自分と違いメムには新たな居場所を見つける機会があったら。だからアルカナを出て自分の新しい居場所を見つけて欲しかったんだ。
アルカナに固執するな、アルカナは所詮私とタヴ様の居場所でしかないんだ。この世にはきっとメムだけの居場所が何処かにあるはずだ、だからもうアルカナに縛られず生き続けて欲しかった。
死ぬのは、私だけで良かったんだ。
「メム…シンは貴方に仇を討って欲しくて生かしたわけじゃないそうですよ」
「………………」
メムは返事をしない、意識がないから当然だ。
…これはエリスの口からは伝えられないよな。アルカナを潰したエリスには『アルカナの為に戦うな』なんて言えないよ、これはシンがその口で伝えるべきだった。
なのに、アイツは死んだ。伝えるべき事を伝えられず死んでいった。死ぬってのはそういうことなんだよ、死んでしまうということはそういうことなんですよ…。
「はぁ……」
アルカナは悪だ、多くの物を壊し多くの人を傷つけた。許されざる存在だ…けど、アルカナにも意思があった。
アルカナだって人間なんだ、エリスたちと同じで信じるものはあるし守りたいものはある、エリスはそれを壊して前に進んだんだ。なら中途半端なところで止まることは許されない。
進み続けよう、アルカナを潰したエリスにはその義務があるんだから。
「さて、すみませんデティ。メムの治癒をお願いしてもいいですか?」
「へ?ええ!?なんで!?!?」
「こいつにはまだやってもらわないといけないことがあります、…情けってわけじゃありませんが。まぁエリスにとってのケジメの一つです」
「い…いいけど」
メムには最後に仕事をしてもらう、エリスはエリスが正しいと思えることを貫くつもりだ。それを成し遂げるには…今日はあまりにも絶好の日過ぎるからな。
(……シン)
天を見上げ、そこに居るであろう我が宿敵を睨む。貴方は敵です…けど、いやだからこそ借りは作りませんからね。
エリスは、アルカナとの本当の意味での決着をつける為…最後にもう一仕事するつもりですよ。
今章も後少しですが、ここで書溜めが尽きてしまったので一週間時間をください、次回更新は5/2になります。お待たせして申し訳ありません。