345.魔女の弟子と八魔女会議
照りつける太陽、輝く白い砂浜、冴え広がる青い海!エリス達は今この世の楽園と名高きスーパーリゾート地、魔女様達にだけ許された楽園『天番島』へとやってきて居ました。
「いぃぃいいいヤッホーーーーー!!」
ザパーンと打ち付ける大波を、サーフィンで滑るグラサンのあの男、エリスは会った事がないが彼はオライオンの邪教執行副官のジョーダンさんだとラグナ達は語る。彼の凄いところはあの極寒オライオンでもパンツ一丁で過ごしてる事にあるだろう。神経死んでるんじゃないのか。
「なんつーか、まるでお祭り騒ぎだな」
「ですねー」
波に乗るジョーダンさんを眺めつつエリス達八人の弟子達は砂浜に座り込みボーッと水平線を眺める。とはいえ今海は大量の軍艦に封鎖されている為お世辞にも情緒ある景色とはいえないが。
「んぁーー暑い、やはり私も泳ごうかな…メグ、私の水着はあるか?」
「はい、このメグがファッションセンスに掛けて選んだ水着を取り揃えております、メルク様は大人びた黒いビキニの…」
「私は金色のビキニがいい、かっこいいし」
「金っ…?いや、そんなのは…無いですね」
「いや、というかやめとこうぜ、一応六王ともあろうものがみんなが警備してる中水着着て泳いでました…は示しがつかねえ」
泳ぎたい気持ちは分かるけどよ、と言うラグナの言葉によって一応襟は正すが。みんななんだか落ち着かない様子だ。
エリス達は今この天番島にて時間を持て余している。魔女様達が会議をしている間警備という名目でこの島を訪れている…その上、今はもっと油断出来ない事柄も抱えている。
大いなるアルカナ最後の幹部…刑死者のメムがまだ残っている。その上魔女様達にはメムを倒したと嘘までついている。この二つがエリス達の落ち着きを奪う。
「メム…なんかこう色々会ってこないとかないかな」
ナリアさんが弱音を吐く、メムが来たらエリス達の嘘はどうあれバレる。だがこうでもしなければメムを確実に見つけられないのだ。彼がこの日まで隠れているつもりなのはもう分かりきっているんだから。
魔女会議まで隠れているつもりなら魔女会議の日に倒せばいいんだ。それを実現する為だけにエリスは魔女様に嘘をついた、その事については今も罪悪感を感じては居ますが同時に仕方ないとさえ思って居ます。
「メムが今日来なければそれはそれで面倒な事になります」
「だな、奴が現れないと言うことは今後二度と現れない可能性もある。ロストアーツを持ち逃げして逃げられでもしたら事だ」
「ですよねぇ…はぁ〜」
みんな憂鬱そうだ、エリスが言い出した事とは言え重荷を背負わせてしまった事がとてつもなく申し訳ないな。
「でもさー本当にメムってくるの?よくよく考えたらここ世界地図の端も端だよ?ステラウルブスに忍び込むのとはわけが違う難易度だよ、ここに来るの」
デティの言う通りこの天番島とはそもそも到達するだけでもかなりの難易度だ。ここに来るには帝国領から船を出してかなりの距離航海しないとたどり着けない。ポータルもないから転移も出来ないしやって来るには海路しかない。
メムが一人でボートを漕いでやってくるとも思えないし…。
「……いや、そうでもねぇさ」
するとラグナが立ち上がる。そうでもない…と、ここに来るのはそう難しいことではないと。
「そうなの?」
「ああ、あいつらだって命賭けて魔女に反旗翻してんだ。覚悟さえありゃ海だろうが山だろうが超えてくる。何より今日は魔女排斥を実行する最高の日だ、それを逃すようなら…連中に魔女排斥の旗を掲げる資格はない」
俺がもし向こうにいたら今日は何が何でもモノにするぜ?なんて怖い事を言うラグナにゴクリと唾を飲み込む。マレフィカルムにラグナみたいなのがいたら怖いな…。
「それにほら、来たみたいだぜ?」
「え!?」
「なんだと!?」
「嘘ぉっ!?」
ほれ…と指さされる先、軍艦に包囲された水平線の向こうに、影が見える。船影だ…複数の帆船の影が見える。
何かが来ている、あれは…メム?
「なんだありゃ」
「メム…でしょうか、かなりの数いるみたいですが」
「ってー!何みんな呑気に観察してるの!?あれ敵でしょ!?迎撃しないと!」
デティが小さな体をぴょんぴょこ跳ねさせ迎撃しようと叫んで回るが…多分、その必要はない。
「しなくてもいいよ…デティ」
「はぇ?」
頭に氷を乗っけて薄着になったネレイドさんが言う、迎撃する必要はない…と。そりゃあそうだよ、だって。
「あのくらいの戦力じゃ、この島の砂浜を踏むのは不可能だよ」
この島には今、魔女大国の怪物達が犇いているんだから……。
……………………………………………………
「ヨォーーーソローー!!あれが幻の島『天番島』かぁっ!聞いてるぜぇ!今あの島にゃあ八人の魔女全員が揃ってるってなぁ〜!!つまりあの島ごと沈めちまえば世界は俺たちのモンってわけだぜ野郎共ーー!!!」
「アホーイ!船長〜〜!」
掲げるはジョリーロジャー、被るは髑髏の船長帽、率いるは二十八の海賊船。海の王とも呼ばれる『海魔』ジャック・リヴァイアと海の覇権を争う大海賊団は海を引き裂きながら目の前に見える幻の島を眺め大いに笑う。
「魔女を殺せば世界中の財宝取り放題じゃあねぇか!略奪をしても殺戮をしても咎める奴はいなくなる!そうなりゃあジャックのクソ野郎を追い抜いて俺様こそがこの海の支配者になれる!俺様こそが海の王となれる!もう永遠の二番手なんて呼ばれる暗黒時代は終わりだぜ!!」
「アホーイ!船長〜〜!」
「そうだろうヤロウ共!俺達こそが…いいや俺こそが!このハーフグファ・バカリアルス様こそが海の王に相応しいよなぁ〜!!!」
傷だらけの顔、蓄えた粗雑なヒゲ、何より目を引くのは右腕の手首から先に取り付けられたフック。彼こそがジャック・リヴァイアの永遠のライバルを自称する『海王』ハーフグファ・バカリアルスである。
海賊団でありながら三年前の流れに乗ってマレウス・マレフィカルムに所属し魔女排斥組織と成った彼はこの三年で海賊団を凄まじい勢いで巨大化させていった。
マレフィカルムからの資金援助と武器の供与、何より人材の流入のお陰で彼のハーフグファ海賊団は一気に複数の船を率いる大海賊団へと成長。今や彼はハーフグファ船長ではなくハーフグファ提督だ。
そんな彼には一つの不満があった。ここまで海賊団を大きくし、各地で略奪の限りを尽くし、世界中に悪名を轟かせているにも関わらず。今だに彼は二番手なのだ…少なくともビッグホール島ではそう呼ばれている。
「へへへ、見てろよジャック!今日こそ俺が最強だって事を思い知らせてやる」
彼の宿敵、海魔ジャック・リヴァイアこそが本物の海の王であると皆が口を揃えることが不満でならない。確かに彼がマレフィカルムに所属する前は何度もジャック一人に船を沈められたもんだが…今は違う。船は大きくなった上に船員も増え海賊団は大船団になった。
乗組員の数ならジャックの船に乗る人間の凡そ十倍はいる。今ジャックとやり合えば海に沈むのはジャックの方だ。
ロクに略奪もせず宝探しに明け暮れるガキ臭い海賊のジャックの後塵を拝する時代はもう終わりだ、ここからは俺こそが最強最悪の海の王として世界に君臨し世界中の金銀財宝を得てみせる。
その為にも、魔女を殺す必要がある。魔女が死ねば世界中が一気に荒れる…そうなりゃあ賊の時代が到来するってわけだ!
「ギャハハハハ!思い知らせてやるぜぇ!海じゃあ俺達の方が強いってなぁ!」
そんな彼が前にするのは天番島を囲むように布陣する帝国の軍艦達だ。世界を統括する大組織アド・アストラが警備を行なっていることは分かりきってた。連中の恐ろしさはあちこちから聞き及んでいる。
…陸で戦えば勝ち目はないだろう。だがここは海…海の上、海の上は海賊の世界だ。アド・アストラにだって負けはしない、それにこちらには今大量の兵器もある、確実に勝てる。
「ヤロウ共!最新式の魔導砲の準備を!」
「アイアイ船長〜〜!」
用意するのはマレウスから買い付けた最新式の魔導砲。魔力を動力源とする道具を作る技術では帝国にも引けを取らないと言われるマレウスが作った最新モデルの魔力砲台。魔力で砲弾を射出するこいつの飛距離は火薬式のおおよそ三倍以上。これを使えば帝国の軍艦と火力面では互角となる。
なら、後は経験と技術の戦いとなる。陸にいる時間よりも海の上で過ごした時間の方が長い俺達と帝国の軍人、どっちの方が海戦の経験があるかは明白だ。
このままあの軍艦の包囲を抜けて一気に島に砲弾の雨を降らせてやるぜ!
「行くぜぇー!!ッッてぇぇぇーーーー!!!」
構える、驚くほどの速さと手際で砲弾が装填され、今見遣るは水平線の向こうの帝国軍艦達、海に浮かぶ棺桶共に向けて魔力で放たれた巨大な砲弾が雨霰のように降り注ぎ…、さぁ海戦の始まりだ────。
「は?」
その瞬間、放たれた砲弾達が…空中で全て切り刻まれ…。
ハーフグファの乗る船の、丁度隣に陣取っていた帆船が真っ二つに切り裂かれ、水柱を上げて沈み始めたのだ。
「せ、船長!船が一つやられました!?」
「な…なんだとぉっ!?、一瞬で一隻!?何が起こってんだ!」
「分かりません!ただ、向こうの軍艦から何かが飛んできて…」
何が起きたんだと甲板を駆け抜け、沈みゆく船を見るために手摺から身を乗り出し確認すると。
「誰だ…アイツ」
そこに居たのは、一人の茶髪の女剣士だった。
「いきなりぶっ放してくるなんて、危ないにゃ〜」
カツカツと剣を肩に置いて一撃で船を一つ両断した女剣士は高らかに笑う。
飛んできたんだ、向こうが撃ってきたと確認するや否や、彼女は足だけで跳躍し加速しハーフグファの大船団に飛び込み先制攻撃を仕掛けてきた。、
あり得ないだろう。砲弾が辛うじて届くかどうかの距離に陣取るこちらにジャンプして飛んでくるなんてどんな怪物…。、
「喧嘩売る相手、間違えてない?」
「ッッ!!!」
そこでようやくハーフグファは悟る。今目の前にしている存在の強大さに。
(アイツは…まさか世界最強の剣豪…タリアテッレか)
身体的特徴と今やってのけた怪物的な所業に思い当たる人間は一人しかいない、コルスコルピ出身のハーフグファは知っている。あれはコルスコルピの最高戦力にして世界最強の剣豪と呼ばれるただ一人の女…タリアテッレ・ポセイドニオスだ。
「テメェッ !!よくも俺たちの船をぉっ!!」
「んにゃ??」
すると沈みゆく船の中、船員達が真っ二つにされた甲板をよじ登って乗り込んできたタリアテッレに襲いかかるのだ。というかアイツら分かってない、相手が世界一の剣豪であることに!
「勇猛だなぁ、けど海賊風情が勝てるわけないじゃんかよぉ〜私ちゃんにさぁ、ねぇ?」
刹那振るわれる剣、本当に一瞬と呼べるかも分からないほどの速度で軽く振り払われた剣は海賊達の乗る船を細切れにし、瞬く間に木屑に変えてしまう。
もう沈没というより解体に近い所業を受けた船と乗組員達は纏めて海に叩き落とされ、タリアテッレはまた別の船に跳躍し同じように叩き斬る。
(なんじゃあそりゃあ…)
その様を見てハーフグファは目を見開くことしかできない。タリアテッレの実力…いや魔女大国最高戦力クラスというものを彼は甘く見ていたんだ。彼が魔女大国最高戦力を相手にするのはこれが初めて。
ただ噂で聞くところによるとジャックと互角と言われる山魔ベヒーリアが昔魔女大国最高戦力のカルステンを片手間に倒したと聞いて以来、彼の中に『三魔人の方が最高戦力より強い』という方程式が出来上がってしまっていた。
とんでもない間違いだ、あれは…三魔人なんかよりも強い。ジャックよりも強い…。
(いや待てよ?最高戦力クラスがあれ?向こうの最強じゃなくて、あくまで最高ランクがあれってことはまだあのレベルが向こうにはウヨウヨいるってことじゃ…)
「船長!なんか向こうの軍艦がすんごい勢いでこっちに突っ込んできます!」
「へぇっ!?」
ハーフグファが気がついた時には既に向こうの軍艦が凄まじい勢いで肉薄してきている、風もないのに向こうの軍艦は動くんだ…こんな馬鹿な。
──ハーフグファは知らない、帝国軍が開発した帝国軍艦は魔力機構を搭載しており風もなく動ける事。
そもそも帝国はハーフグファ以前にジャックのライバルを名乗っていた大海賊エルネスタ・ラクタヴィージャを擁するため特に経験不足ということもない事。
そして、向こうの海戦指揮を執るのは彼が一度も勝てなかったジャックでさえ裸足で逃げ出す海戦の鬼トルデリーゼである事。
これらの事実を彼は知らず、彼が如何に狭い世界で生きてきたかを露見したこととなった。
『おうテメェら!!海で喧嘩しかけるたぁいい度胸だ!お魚さんの餌になる覚悟は出来てんだろうなぁ!!』
吠えるトルデリーゼの怒号が響き渡り、帝国主力艦隊カノープス型四番艦イータ・カリーナが海の青を切り裂く刃となってあっという間にハーフグファ艦隊の正面につけ、次々と怪物じみた強者達が乗り込んでくる。
何故向こうは砲弾による応戦を行わないのか?単純だ、ちまちま大砲ぶっ放すより余程強力な存在が向こうには山ほどいるからだ。
「今日は陛下の大切な日、あの島は陛下の至宝、陛下の誇りを踏み荒さんとする者は如何なる存在であれ私が許さない…全員地獄に叩き落としてやろう」
ただの一撃で帆船を沈め、浮かぶ木片の上で海賊達を睨みつけるのは帝国最強の将軍が一人アーデルトラウト。少なくともハーフグファが見てきた如何なる存在よりも強く化け物じみた力の前に彼は甲板で腰を抜かす。
「ド派手にやるねぇ、俺サボってもいい感じかなぁ」
ハーフグファの背後の船が、まるで見えない巨人にねじ潰されたように一瞬でスクラップと化し、絞りれた雑巾のようた形に変形した船は乗組員と共に沈んでいく。そんな不可解極まる事象を生み出した張本人といえば既にハーフグファの乗る帆船へと乗り込んできており…。
「て、テメェ!何者だ!」
「何者って、喧嘩売る相手の名前も知らないわけ?やんなっちゃうよなぁ〜。おたくらみたいなのが居るから俺仕事しなきゃいけなくなっちゃうんだって。ホントは海で泳ぐつもりだったのにさぁ」
やってくれたよなぁと大きく肩を落とすのはサングラスを掛けたなんともやる気のなさそうな男。ボサボサに伸び切った髪と…何より彼が着ている黒コートは、帝国の将軍だけが着用を許された…。
「フリードリヒ…って言えば分かるかな、ほら最近将軍に引っ張り上げられた」
「フリードリヒ…?」
「あれ分からない感じか、だよな…でなきゃ喧嘩なんか売らねえよな」
フリードリヒ・バハムート…三年前の決戦の際に将軍へと昇格させられた眠れる獅子。世界でも未だ数少ないと言われる第三段階到達者、それが今目の前に立っている。普通の魔女排斥組織の人間なら失禁者だが…前述の通り狭い世界で生きたハーフグファは彼のことを知らない。
知らないが、分かる。彼の経験が物語る…今の目の前に立つ男は、ハーフグファ大船団の全戦力を投入しても勝てないということを。
(おいおい待て待て、どういう事だよ話がちげぇじゃねぇか!天番島にゃこんな強いのが居るって…聞いてねぇよ!)
彼は悟る、騙されたことを。彼がここに赴く為の資材や兵器、その他多くの武器を貸し与えてくれた『アイツ』は言っていた。
『これくらいの装備があればなんとかなるはずだよ、君が本当にジャックに匹敵する大海賊なら何の問題もなく天番島への上陸を果たせるはずだ』
そう言いながら俺の肩に手を置いた…空魔ジズ、裏社会でモースやジャックに匹敵すると言われる世界最強の殺し屋が与えた情報は今にして思えば明らかに必要な部分がいくつも欠落していた。
(まさか、騙された?アイツ…俺を捨て駒にしたのか)
ジズはどう考えても態とハーフグファに情報を与えていなかった、ハーフグファの狭い価値観と知識を逆手に取って…上手く特攻隊に仕立て上げた、そうとしか思えない。
「くそっ…どういう事だこりゃあ。アイツは俺の協力者じゃねぇのか…?」
「なんかおたくさんも大変そうですねぇ、もしかしてあれっすか?騙された感じ?」
「そ、そうだよ!騙されたんだ!俺達は騙されてここに来させられただけで…!」
「つっても欲はかいた訳でしょ?大砲ぶっ放してきてるし。『間違えました』は今更通じんだろうよ、アーデル先輩もトルデもやる気満々だし…」
ごめんねー俺アンタのこと倒さなきゃだわと語るフリードリヒは逃がしてくれる様子がない。どの道…生きてこの場から離脱するには戦うしかないって訳だ。
仕方ない…!
「っなめんなよ!確かに俺は騙されたが…俺ぁ大海賊ハーフグファ様なんだよ!海の王者!ハーフグファ様なんだ!」
「ハーフグファ?誰それ、海の王者はジャック・リヴァイアだろ?」
「違う!ジャックより俺の方が強えんだ!それを今証明してやるよ!」
「そーは見えないけど?」
そう息巻いて腰のサーベルに手を伸ばした瞬間。
「あ!待った!」
「は?」
フリードリヒが手を前に出し、待った待ったと待ったをかける。此の期に及んでどういうつもりか。ハーフグファはそこを読みきれず唖然としながら動きを止めると。
「お前の相手は俺じゃあねえ、あの島に乗り込もうとした時点で…お前の相手は決まってる」
「は?どういう…」
「あの島の守りを任されてる、帝国秘蔵の師団長…アイツが珍しくやる気なんだ。まぁ殺されはしないと思うが、死なない努力は必要だと思うぜ?」
「何を……」
そう、質問を繰り出そうとした瞬間。ハーフグファの耳は…海での生活に慣れた彼の耳捉える。
海というのは危険な場所だ。時に天候が時に波が…危険が差し迫ってから対処したのでは間に合わない、故に海を生きる人間は五感を研ぎ澄ませ迫る自然の猛威から逃げまわらなくてはいけない。
それが可能だから彼は今日まで海賊をやってこれた、そんな彼の五感が…聴覚が、捉えたのだ。
特級の危険を…、信じられないほど荒れ狂う波の音を。
「船長!大変です!海が…海が!」
「なんだ!?何が起きて……」
船員達が信じられないものを見たと騒ぎ立てる、ハーフグファもまた船員達の声に反応し目を海の方へと向ける。するとどうだ?そこには海が…海原が…海水が、ボコボコと盛り上がり見上げるほどの巨大な壁を作っているじゃないか。
波…というにはあまりにも唐突だ、水柱というにはあまりにも大きすぎる。何よりその水の壁は徐々に形を変えて、信じられないほど巨大な人の形を…海の巨人へと変貌していくのだ。
海賊歴三十年…こんな現象は見たことがない。
「第二十三師団長 アン・アンピプテラ…、かつては帝国師団長の中でも五本の指に入ると噂され、次期将軍候補の一人にまで上り詰めた怪物。そいつも例に漏れず空間を操る魔術を陛下より授かった特記組の一人なんだが…あの人は生まれつき魔力領域、間合いって言い方もされるそいつが異常にデカくてな、はっきり言ってあの人の領域のデカさは陛下に次ぐ二番目、将軍さえも追い抜くほどデケェんだ」
フリードリヒはヘラヘラ笑いながら海の巨人を見上げる。相変わらずシャレにならない空間占有力だと。
──特記組は皆空間や時間に作用する魔術を皇帝陛下から与えられている。しかしこの空間を操る魔術というのは非常にクセが強く人を選ぶ代物なのだ。何せ操れる空間は自身が得意とする魔力領域…レグルスの言い方を真似るなら『間合い』の中だけに限る。
生まれつき決められた魔力を飛ばし効果的に運用出来る範囲内にのみ魔術の効果は適用される。例えばリーシャのように領域が広ければそれだけ多くの場所に水を生み出せるし、トルデリーゼのように狭ければ自身の肉体にしか魔術を作用させられない。
空間魔術は領域・間合いが広ければ広いほど強い。ならその範囲が最も広いのは誰か?当然…アン・アンピプテラだ。
何せ彼女の間合いはあの島にいながらこの海原に届くほどに広いのだから。
「『フィアーズアルビオン』…別名空間同調魔術、アン師団長の使う最大級の空間魔術さ」
空間同調魔術、文字通り空間と自身の肉体・意識を同調させる大魔術である。使用すれば水だろうが空気だろうが彼女の肉体の一部になり自在に操る事を可能とする。つまり…今彼女は海に飛び込み、その圧倒的な広さを誇る領域内部にある全ての水を自身の肉体と一体化させ、操っている…ということになる。
それによって生み出される海の巨人となったアンは当然。
「し…島よりデカい」
今そこにある天番島よりも…巨大なのだ。
『お前か、陛下の至宝を汚そうとするのは…!』
ギョロリと海の巨人がこちらを見た、水で出来た顔に水で出来た眼、それが口を開いてこちらを見ている…あ…あ…ぁ。
「これ…どうしたら」
思わずフリードリヒに聞いてしまう。もうどうすればいいか分からない…が。
「あ、いない…」
気がついたらもうどこにも居なかった、フリードリヒもアーデルトラウトもタリアテッレも…何処にも。
…逃げたのか、巻き添えを喰らわないためにも。
『死に去らせ、陛下の敵…!』
巨人が海を持ち上げ…いや海原の如き腕を持ち上げる、固く握られた拳は瀑布となってハーフグファの率いる大船団へ降り掛かり───。
「ひ…ひぎゃぁあああああああ!?!?!?!?」
……………………………………………………
「見物する価値もなかったな」
「す…すごぉ、アンさんあんなに強い人だったんですか…」
「流石は陛下が認めたお方、ハイ拍手〜」
海の向こうで上がる水柱、色々あったが突然現れた海賊を突然現れた巨大化したアンさんが一撃で全滅させたって感じだ。
なんていうかすんごい魔術もあったもんだ。昔なら凄まじい範囲の魔術だと思うだけに留まったが間合いの概念を知り得たエリスにならわかる。アンさんが凄いのは間合いの広さだ、それが広いから魔力で掌握出来る範囲が広いんだ。だから当然一撃の範囲も広くなる。
まぁ幸いエリスの使う属性魔術は魔力を属性に変換して放つからあんまり間合いの影響は良くも悪くも受けないから狭くても問題ないが、やっぱ憧れちゃうな…一撃が派手だってのは。
「っていうか、終わっちゃいましたよ」
「だね、ここの戦力を一割も使わずに殲滅しちゃった」
「あの程度の雑魚ならそりゃそうだろう。もっと壮絶な大攻勢を期待したのだが…拍子抜けだ」
ラグナやメルクさんは拍子抜けとばかりにため息を吐く。まぁ確かにあの程度の戦力ならエリス一人でもなんとかなりそうだ…。
いやアンさんが強すぎたな、彼女の魔術と海戦の相性が良すぎる。彼女がいる限り海は全て彼女の武器になる筈だ。
「強いですね、アンさん」
「そりゃあ陛下の至宝を守る役目を背負った方なので、海でアン様と戦って勝ち目があるのは海洋魔術の使い手たる海魔ジャック・リヴァイアくらいだと言われていますのでね」
「寧ろ逆にあれとやり合って勝ち目があるジャック・リヴァイアってどんだけ強いんですか」
「海上での戦いなら世界最強との噂ですよ、将軍を相手にしてもまんまと逃げ果せるくらいには強いとか」
海魔ジャック・リヴァイアかぁ…。メグさん曰く海の上でならマジの最強らしい件の大海賊はマレウスの近海を根城にして世界中を旅しているという。他の海賊ほど略奪を行わない彼を一部では義賊と持て囃すらしいが…。
するからね?ジャックも略奪を。あんまりしないってだけで奴は近づいた商船は遠慮なく襲う、それはマレウスを旅している時に聞いている。まぁ襲うだけ襲って商船の乗組員は陸に返しているそうだが。
会うことはないだろうけど、そんなに強いなら出来れば会いたくないな。少なくとも海の上では。
「この分じゃメムも上陸する前にアンさんにぶっ飛ばされちゃうんじゃない?」
「さあどうでしょう、どれだけ言ってもメムも魔力覚醒を行える男。覚醒者相手には覚醒出来ないアンさんも部が悪いかと」
メムはあれで覚醒している。それもかつてのアリエに匹敵するほどに、あのレベルの相手は師団長クラスでは難しい。こっちの最高戦力をぶつけてようやく勝負になるだろう。
だから、上陸は確実にしてくる。
「そっかぁ、じゃあそれまで…メムが上陸してくるまで待つんだね」
「はい、…決戦までもうすぐです」
メムが現れたら、そこからノンストップで事が全て進む。それまで待つ…今出来るのはそれくらいだ。
「って事は今は暇だね!ねね!アマルト!」
「んだよチビ助」
「チビ言うな!、あのさ!砂で白亜の城作らない?」
「え?いいよ、やろう」
「ちょっと二人とも!」
「いーだろ?泳ぐわけじゃねぇんだから」
いつまでも集中してられないとばかりにデティとアマルトさんは立ち上がり砂浜の砂を掻き集め始めるのだ。いやいやこれから襲撃があるかもしれないのに…。
「お二人とも!道具は私にお任せを!バケツとか持ってます!」
「あはは、僕も昔雪でお城作ったことあったなぁ。…やるなら本気で作りますよ!みんな!品評会に出せるレベルの奴作ります!」
「メグさん…ナリアさんまで」
バケツとスコップを持ってフンスフンスと鼻息荒く砂場の建設に取り掛かるメグさんと面白いですねと言いながら話に加わるナリアさんを見て…どうする?とラグナに視線を向けると。
「いいんじゃないの?面白そうだし」
「気晴らしをしていなければ逆に疲れるだろうよ、よし!私も参加しよう。錬金術の使用はアリかな?」
「ナシー!」
「分かった。バケツを貸せ、水を取ってくる」
「じゃあ俺建材作るわ」
終いには二人まで砂遊びに参加してしまう。メルクさんはなんか嬉々として海水を取ってくるしラグナは砂をギュッと握って石に変えてるし。
エリスが…真面目すぎるのかな。
「エリス、正直俺白亜の城の構造とか覚えねえからお前の記憶力がいるんだが?」
「……もー、仕方ないですね」
とは言いつつ、誘われてなんだかんだ飛び上がりそうなくらい喜びながらみんなの輪の中に加わる、仕方ないなぁ。
メムが来るまで気を張っていたい気持ちもあるが、みんなと遊んでいたい気持ちもある。なので間を取ってメムが来るまで気を張りつつみんなと遊ぶことにする。
なーんて畏まって決意を固めながらエリスは流木を掴んで地面に絵を描き。
「白亜の城は、こーんな形でしたよほら見て!これ!図面です!」
「きったねえ絵だな…、少なくとも俺こんな城見たことないんだけど」
「何これ?バナナの王様?」
「悪魔だろ、人間の子供とか食べるタイプの」
「白亜の城ですって!」
地面に白亜の城の絵を描きながらエリスは、自分が自然と笑顔になっていることに気がつく。やはりエリスはみんなの事が大好きなようだ。
「むひー…暑い」
遊び始めるエリス達を尻目に、上着を脱いだネレイドは砂弄りに混ざる事なく日陰に寝転ぶ。やはりこの島は…暑すぎる。
…………………………………………………………
「やはり襲撃があったか」
「あんなもん無いも同然だろう」
シュンポシオン論議城内部、魔女の議会場にて外の喧騒を聞きカノープス達は嘆息する。がしかし慌てはしない、これは毎度の事だ。ここで会議をすれば毎度の如く刺客が差し向けられる。
その都度島の防衛を任せられた戦力が撃退し、偶に撃退し損ね上陸を許すこともあるがそれは魔女が直々に手を下し殺す…と言うのが通例となっている。
「彼らも、上陸出来なかったのは幸運だね」
「今回の戦力が過去最強クラスだったのが幸いしましたね」
上陸出来なくてよかったね、とプロキオンとスピカは顔を見合わせて苦笑いする。もし上陸したら魔女が相手をすることになっている…が、それで激怒するのはカノープスとアルクトゥルスだ。
カノープスは会議を潰され激怒し、アルクトゥルスは雑魚が挑んでくることに激怒する。故にカノープスは帝国を動かし、アルクトゥルスは自身が独りで乗り込んできた組織の本部に逆に乗り込み喧嘩を売った組織を血祭りにあげてしまうのだ。
勿論魔女と襲撃を受けて生還できるよう組織なんてのは殆ど無く、魔女抹消機関ゴルゴネイオンのような例外以外は須らく皆殺しにされている。
そんな物騒なことにならなくてよかったよかったと二人は安堵する。
「外の事は外の者に任せるとして、議論を戻そうか?アルクトゥルス」
「おうよ、さっきの話の続きだが…今のままでいいのか?アド・アストラの方向性ってのはよお」
アルクトゥルスはやや不機嫌気味に語る。先程まで行われていた議論…『アド・アストラの方向性に対する論議』が再開される。
「我は構わんと思っているが、お前は何が不満なんだ」
「不満だね、アド・アストラ内部で利益回す分には構わねえがあいつら非魔女国家にまで施しを与えてるじゃないか、それも殆ど無償でな!」
アド・アストラが掲げているのは世界平和だ。故にその庇護下には当然非魔女国家も入る。そんな非魔女国家にメルク達アド・アストラは物資の提供や利益にもならない商売をしたりしている、それがアルクトゥルスは気に入らないと言うのだ。
「良くないかい?メルクリウス達はそれを是としているんだ」
「いいわけねぇって!非魔女国家を魔女大国と対等には扱えない。政を健全に回す最大の要因は選民意識と差別対象だ。非魔女国家を下に見ている限り魔女大国は強固に団結できる、少なくともオレ様の国はそうしてるぜ」
アルクカースは確かに周囲の非魔女国家を隷従させ、逆らうなら殴り飛ばして言う事を聞かせてきた歴史がある。それ故にアルクカースは特別に強い選民意識と傲慢さを持って団結……出来ているか?
「そうは言うがお前の国じゃ反乱ばかり怒ってるじゃないか。選民意識が強すぎて暴走してるんじゃないのか?」
「グッ…!うるせえよレグルス!」
「ふんっ、別に差別するなとは言わんが少なくともアド・アストラの方向性を論ずる資格はこの場の誰も持ち合わせん。それはメルクリウスやラグナ達が決める事だ、いつまでも世界の支配者ヅラしてるとまた魔女排斥組織に嫌われるぞ」
「構わねえよあんな雑魚どもに嫌われても。いつだって消せるのにお目溢ししてやってるだけだろうが」
「それもそうだな、まぁアルクではないが魔女排斥組織を仮想の敵として設定し続け魔女大国の団結を図っていたのは事実だ。だがレグルスの言うように我らにはアド・アストラの方向性を論ずる資格はない、この論議は終わりでいいな?アルクトゥルス」
「チッ、仕方ねえな」
カノープスの一声によりアルクトゥルスの挙げた議論は終わる。昔はこうやって何をどうするかを決めていたが、今この世界を動かしているのはアド・アストラ。それは魔女の総意であるが故にラグナ達の邪魔をするつもりはないのだ。
「他に、何かあるものはいるか?」
「でしたら私から一ついいです?」
「なんだ?アンタレス」
するとアンタレスが怠そうに手を挙げて一つ意見を述べる。
「今までは異界の転生者をみんな殺処分してましたけどこれからはどうするんですか?」
「む、そうだな」
異界からの転生者、時偶に…それこそ千年に一度くらいの単位で生まれてくる死ぬ前の記憶を持って生まれた存在を魔女達は『異界からの転生者』と呼んでいる。
どう言う仕組みかは分からないが死んで生まれ変わるよりも前の記憶を引き継いで生まれてくる存在がいるのは確かだ、しかもそれがこの世界の記憶ではなく稀に異世界…この世界とは違う場所の記憶を持っていることもある。
それがこの世界より低俗な世界なら構わないが、もし今の魔女世界を遥かに上回る技術力を持った世界から生まれてきていた場合は技術抑制をしたい魔女達にとっては邪魔以外の何者でもない存在だった。
「今までは邪魔だから生まれた瞬間殺してましたけどこれからはどうするんです?もう技術抑制はしないんですよね」
もう技術抑制はしない、それはアド・アストラの誕生と共に決まった事だ。元々最近は抑止が難しくなってきており、シリウスの影響で魔女が正気を失った瞬間抑えがなくなってここ数十年で一気に技術が開花してしまっていたから、もうこの際アド・アストラに任せる形にしたのだ。
なら、これからはそう言う異界からの転生者などの存在の扱いも変わってくるのだろう。
「知らん、ラグナ達に任せる」
「そんな丸投げでいいのか?」
「いいんじゃないかい?ボクも昔話したことあるよ?異界からの転生者とね。何言ってるかわからなかったから殺したけど」
「どんな存在も生まれた時点で神の祝福を持って生まれたのですから。やはり殺すのは良くないですよ」
「にしてもどう言う原理なんでしょうね生まれ変わるって、折角なら…昔の知り合いとか生まれ変わってくれてればいいのに」
とスピカが嘆息した瞬間。ハッと彼女が何かに気がついたように目を見開き。
「そう言えば、ここ最近裏社会で生まれつつある新たな魔術体系…あれはどうしますか?」
その話にプロキオンも追従し。
「そうだ、前の会議の時話したマレウスにある聖櫃の回収、あれまだだったよね」
すると今度はリゲルが。
「先日外大陸からの使者がやってきました、この国の姫を娶りたいと。今後は外大陸との交流も増えますが…如何しますか?」
様々な議題が浮かび上がるが、カノープスは。
「ラグナ達に任せる、好きにさせればいい」
そう言うのだ。それを受けたレグルスは…さっきから聞いていれば、ずっと同じことの繰り返しだと憤る。
だってそうだろう、さっきから議題は上がるがその答えは『アド・アストラに任せる』ばかり。これでは話し合いの意味がない。
「おいカノープス、お前さっきからラグナに任せるだのアド・アストラに任せるだのと、これでは会議の意味がないぞ」
「そうだぜ!何のために集まったかわからねーだろうが!」
「ええ、そうですねぇ…」
非難囂々、皆も同じことを思っていたようで結局答えを出さないのなら何のための会議だ、何のために集まったんだと怒りが垣間見える。こんな辺鄙な所に連れてこられて意味のない問答を繰り返すなら私はもう帰るぞ。
「そう言うな、だが世界の情勢について論じても今はアド・アストラの世だ。我らにはもう決定権はない」
「なら何について話すんだ?世間話か?」
「……今後の我らについてだ」
「っ…!」
今後の我らについて、そう言われ皆顔色を変える。世界のことについてそもそもカノープスは論ずるつもりがもうないのだ、論ずるのは…我ら旧時代の遺産の処理法、といったところか。
「先も言ったがもう世はアド・アストラの物。この先どう進んでももう我らの預かり知るところではない」
「世界の再生は終わった、と言うことですのね」
「そうだ、シリウスに破壊し尽くされた世界はもう元に戻った…いや、弟子達の尽力でかつて以上の栄華を生み出そうとしている。ならばもう我らは不要だろう」
「そうですね、元々そう言う話でしたもんね」
「あんまりにも長く時間がかかったもんだから忘れかけてたぜ」
元々魔女達はシリウスによって崩壊の瀬戸際に追いやられたこの世界を再生させる為、壮絶な戦いに巻き込んでしまった責任を取るため支配者として君臨していたんだ。その責任も果たされたと言えるところまで来た。
土地は癒され、国は栄え、弟子と言う後継者も生まれた。
「後はシリウスという不安点だけですわね」
「だがそれを肌で感じた人類と弟子達はその対策も急いでいる」
アド・アストラが出来たのだってシリウスに対抗する組織になるため…というのが根っこにある。ならいつまでも我々がシリウスを睨んでいる必要はない。
「今はまだか弱いかもしれない、だが確かに灯った火種は燈になりいずれ月さえ照らす大火となるだろう。現にここにいる殆どの魔女はもう殆ど執政に関わっていないだろう?」
「まぁ、そうだね」
「…故に我は提案する、弟子の育成に目処がついたら我等はもう本格的に後世に後の事を託そうと思う、後は行く末を見守るだけの人生でもいいじゃないか」
「つまり、カノープスも皇帝の地位を捨てると?」
「勿論、次期皇帝候補はまだ見つからんがいずれ見つけて其奴もアド・アストラに参入させ、完全に魔女の残り香を消そうと思っている」
この話はシリウスが復活する前からされていた事だ。謂わばカノープスの根回しだな、その甲斐あってこの場で驚きを得る者はいない。だが今こうして会議にて議論として提示された以上。これは決定事項として力を持つことになる。
だが…まぁ。
「いいんじゃねぇの。オレ様もレグルスみたいな隠居生活に憧れてたし。なんならディオスクロア文明圏を出て外大陸に行くか?」
「いいですわね、もうこの世に未練もありませんし。後はもう静かに八人で暮らすと言うのも」
「我が子には未練はありますが、いつまでも世界の支配者ヅラは出来ませんものね」
別にいっかぁと軽い空気が漂う。というかここ最近はなんかもう私達いらなくね?と思うくらいにはしっかり世界を治めてくれてるし、隠居しよう!というまでもなく隠居してる魔女ばっかりだ。今働いてるのなんてカノープスだけだしな。
エリス達への教育がひと段落したら完全に現役を引退するのも悪くないだろう。まぁ私はそもそも治世には全く関与してないから最初から引退状態だけどな。
「じゃあ現役は引退するとして、いつ頃にします?」
「だから弟子達が一人前になってからだ」
「と言っても子達まだまだ全然弱っちいですわ、わたくしのメルクリウスなんか第二段階にも入ってませんし」
「ぎゃはははは!オレ様のラグナはもう第三段階が見えてきてるぜ!流石オレ様!」
「アルクトゥルスさぁんは単純にラグナ君の才能のおかげですねぇあの子はマジで才能の塊ですよまぁうちのバカ弟子も天才ですが」
「デティだって直ぐに第二段階に行きますからね!というか後三年で第四段階まで行かせます!」
「流石に無理だろう、弟子達が第四段階に行くには…少なく見積もっても、後二十年はかかるぞ、はぁ嘆かわしい。我等魔女は五年で第四段階に行けたというのに最近の若いのは」
「それは我らが師であるシリウスのおかげですねぇ、彼女の指導は今思えば的確極まりましたから」
「それはそうだね、こうして導き手になって漸く彼女が指導に関しても天才的だった事を理解出来たよ。ボクももうちょっとちゃんとしてあげないとなぁ」
我等が急速に強くなれたのはシリウスの辣腕あってこそ、それは認めよう。シリウスはそれこそ万能の天才だ、偶々魔術という方向に振り切った存在に育ちはしたものの、もし芸術や武術などの道に進んでいればやはりそちらでも新たな技術体系を確立して、偉人となっていたことはいうまでも無いだろう。
だが…。
「シリウスのおかげで?それはどうかな」
「何?」
レグルスは腕を組みながら水を差す。シリウスのお陰で我ら魔女は強くなれた?まぁそう言えばそうなのだろうが、決して要因はそれだけではないと私は思っている。
「レグルス、何が言いたい」
「確かに我等の指導者としての力量はシリウスにやや劣るやもしれん、だが弟子達の熱量や才能は決して我等に引けを取るものではない…なのに何故、成長が滞るのか…答えは単純だ」
今魔女達は焦っているんだろう、弟子達の成長が三年前から芳しくないからだ。新たな術を教えたり技術を継承したりと色々やっているようだが誰も彼もシリウスとの決戦を終えた後から伸びが劇的に悪くなったと言える。
あのラグナだってそうだ、奴の成長スピードなら本来ならとっくに第三段階に入っていると私は予測していたし、他の弟子達も軒並み第二段階へ至ったものだと思っていたが。結果は三年前と同じ、器用にはなったが決して強くはなっていない。
何故そんなことになったのか、そこを考えれば自ずと答えは見えてくるし、答えが見えてきたなら我らがするべきは一つだ。
「我らが強くなれたのは、シリウスの指導のお陰…ただそれだけか?」
「…………」
「…………違うな」
「うん、違うね」
「私達が劇的に強くなったのは『アレ』のお陰ですねぇ」
「はい、その経験があったからこそ大いなる厄災をも乗り越えることが出来ました」
「なるほど、そういうことか…我等は少々弟子達を甘やかし過ぎたようだな」
レグルスの言葉に魔女達は次々と頷き始める。分かってくれたようだ、今の弟子達の育成に必要な物が。奴等が次のステップに進むには今のまま優しく手取り足取り教えていては埒が明かないんだ。
故にここでレグルスは提案する、魔女会議に参加した理由はこれを他の魔女達に意見するため。
「どうだろうかみんな、ここは一つ私の意見に乗ってみないか?」
「乗るったって、どうするつもりだ?まさかオレ様達と同じことさせんのか?それこそ時間がかかりすぎだろ」
「いいや、丁度御誂え向きの存在がいるじゃないか、そいつらを使ってみよう」
「御誂え向き…なるほど、それは面白そうだ」
皆はどう思うとカノープスが纏めれば、皆賛成であるとばかりに首を縦に振る。やはり全員弟子の成長の滞りはよろしくないと思っていたようだ。
なら決まりだな。
「よし、では早速我らが弟子達には……ん?」
ふと、カノープスが意見を代表して答えを出そうと立ち上がった瞬間の事だった、全員の視線がこの部屋唯一の扉に注がれる。
視線はやがて険しくなり、鋭くなり、…チッ。
「これはどういう事だ、我らが弟子達よ」
カノープスの言葉と共に、扉はズタズタに引き裂かれ。木片となって弾け飛び…その奥から現れる、刃に身を包んだ男。
いや、…大いなるアルカナ最後の幹部…メム、だったか?
そいつがこの部屋へと踏み込んできたのだ。
「魔女……お前達が!」
「はぁ……」
ため息を吐く、やってしまった。エリス…。