343.魔女の弟子とタイムリミット
『メリディアこそが、グリシャを動かし、メムを誑かし、ロストアーツ強奪事件の絵を描いた真犯人である』
ステンテレッロさんの風雲急を告げる報告に混乱し頭が真っ白になったエリス。
グリシャとメムに協力していた裏切り者がいることはエリスもわかっていた。それがロストアーツの担い手の中にいるのではないかと言うことも突き止めていた。
だが、それがメリディアだと…他でもないグリシャが吐いたと。ステンテレッロさんはそう言うのだ。
呆然として何も出来ないエリスに、ステンテレッロさんはこう続けた。それはメリディアが真犯人である証拠と動機だ。
ステンテレッロさんはこう言った
『そもそもグリシャがロストアーツの保管場所を突き止めることが出来たのは、メリディアからのタレコミが由来だったんだ』と。
…それはエリスの推理に合致する。そこはエリスもおかしいと思っていたんだ。
だってそうだろう?ロストアーツ強奪事件は非常にややこしく情報が流れているから一度整理すると。
まず、レイバンがアルカナにロストアーツの保管場所を教えた。がそもそもレイバンにロストアーツの保管場所を匿名の手紙で教えたのはグリシャだ。だがグリシャはエリス達に『偶然酒場でロストアーツの保管場所を聞いた』と口にしていた。
おかしいだろ、確かにウォルフラムはグリシャがアド・アストラの情報を集めやすいようにと利用されていた場所だ。そこでレイバンが保管場所の情報を聞いたと言われても納得できてしまうくらいには情報が集まる場所だった。
だがそれでも、…グリシャがロストアーツの保管場所を聞くには『偶然に頼る他ない』事に変わりはなかった。だっていくら情報が集まるとは言えそれは飽くまでやってきた客が口にした物しかグリシャは探れないんだから。
何処かの誰かが酒場で偶然ロストアーツの保管場所について口を滑らせない限りグリシャは保管場所を知ることが出来ない。メムのロストアーツ強奪事件は成立しないんだ。態々グリシャを潜入させておきながらその大事な根本的なスタート地点をそんな偶然に頼るなんておかしいだろ。ロストアーツの保管場所を授与式までに知れる確かな根拠が何処にもないのにこんな大博打打つか?打たないだろ普通。
だからエリスはロストアーツの担い手の中の誰かが、最初からグリシャ達アルカナと繋がっていて。そいつが意図的に酒場でグリシャに教えたんだと考えていた。保管場所について詳しく知る担い手の誰かが…保管場所を教える事で、強奪事件は確実に成立するんだから。
……その内通者こそがメリディア。確かにメリディアも担い手の一人、彼女がグリシャに保管場所の事を教えれば…確かに成立する。
『メリディアはロストアーツを全て奪い、アルカナと共に魔女大国を破壊する事で莫大な金を得る事になっていた。だからグリシャの誘いに乗りロストアーツの情報を売り渡したんだ』とステンテレッロさんは語るが。
そんなわけあるか。…メリディアがそんなことするわけがないだろ。
『だが彼女はレイバンまで捜索の手が回った事でいずれ自分に辿り着かれる事を危惧し、ロストアーツを盗み逃げ出したんだ』と…エリスの想像するメリディア像からかけ離れたメリディアの真相を語るステンテレッロさんに次第に怒りが燻り始める。
確かにメリディアなら可能だ。彼女がタレコミをしたならエリスが疑問に思っていた部分は解決する。彼女が居なくなった理由もそれで説明がつく。
だが…だが!
「そんなわけないでしょ!彼女はアルカナに部下を殺されてんですよ!」
ステンテレッロさんの胸倉を掴み上げ吠える。殺されてんだよメリディアは、アルカナに部下を!二人も!幼馴染のクライヴも瀕死の重傷負って今もベッドの上だ。もしメリディアがアルカナと通じてたらあの一件は説明がつかないだろうが!
「それも、メリディアが命令した事だと。部下に自分の秘密がバレそうになったから…殺したと」
「彼女は泣いていたんですよ!エリスはそれを目の前で見てます!この目で見てるんです!あれは嘘や演技じゃない!!」
メリディアが部下と幼馴染を態と殺すよう指示したと?あり得るか!彼女は泣いてたんだ。自分のせいだと責任を感じてアルカナを捕まえる事を目的としていたんだよ。仇を討つために…なのに。
彼女がアルカナと通じてたなんてことがあるわけが…!
「メリディアはそんなことしません!彼女の騎士としての責任感の強さをエリスは知っているつもりです!なのに…そんなくだらない事を言うなんて!」
「ちょっ!く…苦しいです…」
「落ち着けエリス!ステンテレッロが言い出した事じゃないだろ!」
刹那ラグナに引っ張られ思わずステンテレッロさんを手放し、咄嗟に冷静になる。そうだ…別に彼が疑ってるわけじゃない。ただグリシャがそう言っただけ…それを教えてくれただけだ。
「っ…すみません…」
「い、いえいえ。…ただ、グリシャの報告は既にアド・アストラ中に広がっています…」
「え!?もう!?そんなバカな…!」
「あの酒場のマスター・グリシャが裏切り者だったと言う事で、今回の件はかなり注目されていたので…何処からか情報が漏れたのだと思います」
それじゃあアド・アストラ中でメリディアが犯人扱いされてしまうじゃないか。こんな…こんな事あっていいはずが…。
「落ち着け、落ち着けよエリス」
「ラグナ…、貴方は疑ってませんよね。メリディアの事を…」
「疑う疑わない以前の問題だ。まだグリシャが…今まで嘘ついてアド・アストラに忍び込んでたクソ野郎が言った事を根っこから鵜呑みする事は出来ない。先ずは状況と事実関係の確認、メリディアがどうのはその後だ」
「グリシャは今冥土大隊の預かりだ。そしてメグは今メルクさんの指示で動いてる、メルクさんの所へ行け、緊急事態だ」
ラグナはエリスの心境を慮りながらも、だからこそ今は冷静に対処して状況を見極めろと言うのだ。エリスは…そんなラグナの言葉を振り切って暴れられるほど、頭悪くないです。
「分かりました…、すみません。仕事手伝えなくて」
「構わねえよ、その代わり分かったことがあったら俺に報告してくれ。くれくれも一人で動くなよ」
「はい!」
勢いよくお返事をし、それを聞き届けたラグナはよしいけ!とばかりにエリスの背中を叩き。エリスはゴーサインを出された猟犬のように走り出す、グリシャが何を考えてメリディアを真犯人であるかのように語ったかは分からない。
だが、もしエリスの友達を侮辱したかったなんてくだらない理由だったら…今度は四肢の骨どころか全身の骨という骨をすりつぶしてスライムみたいにしてやる!!!
「っとと!」
と、執務室を出る前に…一つ確認したくてエリスは振り向く。部屋の中には『え?まだなんかある?』と首を傾げるラグナと。
こちらを見ずに、ジッと立ち尽くすステンテレッロさんの後ろ姿が見える。
そういえば、ステンテレッロさんは…なんで態々この事をエリスに伝えたかったんだ?
「あの、ステンテレッロさん」
「はい?なんですか?エリス様」
「エリス達が以前会ったのって、いつか覚えてます?」
「…エトワールですよね、我が師プルチネッラが貴方とナリア様を連れて来た時に少しお会いしたはすですが」
「……ですね」
つまり、エリスが変装して会っていた事には気づいていない…と、少なくともステンテレッロさんはそう言うんだな。
なら尚更気になるじゃないか、彼からしたらエリスは殆ど他人。そんなエリスに血相変えて息を切らせて報告に来るなんて。
「なんで、態々エリスに報告を?」
「……幹部である貴方には、報告義務があるかと思い…」
「貴方にはないでしょ、そんな義務。貴方はエリスの部下でもなければ側近でもない…そんなこと言い出したらみんなエリスのところに報告に来なきゃいけなくなりますよ」
「それは…そうですが」
歯切れが悪いな、そもそもステンテレッロさんはそんな逐一なにかを幹部に報告しなきゃ気が済まないタイプでもないだろう。
「本当の事を言ってくれますか?」
「……貴方なら、メリディアを探してくれると。思っていたからですよ?」
「メリディアを…?」
「ええ、彼女の姿をここ最近見ないと思ったので。探してたんですよ私も…でも見つからないので」
「この報告を幸いとエリスを動かそうとした…ですか。分かりました、すみませんね?変な質問して」
「いえ」
彼はメリディアを探している、メリディアを見つけたいからエリスを動かそうとした。エリスはアルカナもグリシャも探し出した人探しの達人だ、だからこの報告を聞いた時都合がいいと思ったんだろうな。エリスとメリディアが幼馴染なのは彼も知ってるだろうから。
確かに言いづらい話ではあるだろうが、それでも初手で真面目に話さなかったのはまずかったぞステンテレッロ。エリスは今貴方に疑念を抱いてしまった。
だって今の説明には根本的な部分が抜けてるじゃないか。
(ステンテレッロさん、貴方はどうしてメリディアを探しているんですか?)
そもそもどうしてメリディアを探しているのか分からない。事件以降ステンテレッロさんが急速にメリディアに接近して来てメリディア自身も困惑していると語っており、彼が何を思ってメリディアにくっついていたのか…まだ誰も知らないのだ。
さて、何を考えているんですかね…貴方は。
……………………………………………………………………
「失礼します!メルクさん!メグさん!」
そのままエリスはもう歩き慣れたユグドラシル内部を走り回って今度はメルクさんの仕事場たる執務室へと走った。ラグナとメルクさんそしてデティとそれぞれ別のフロアの別の場所に執務室があるのはなんとかしてくれませんかね…行き来する身としては大変ですよ、隣部屋で仕事してくれ。
「エリス様…」
「やはり来てくれたか、エリス」
すると既に深刻そうな顔で机の上の資料と向かい合うメグさんとメルクさんの姿があり、二人もいずれエリスが来るものと思っていたらしい。
が、今はそんな事どうでもいい。今メルクさんとメグさんが見てる資料はなんだ?今ちらっとメリディアの名前が見えたぞ?まさか二人も疑っているのか?
「あの、メリディアの件ですけど…」
「今その件についてメグと話していた、グリシャがメリディアこそが真の犯人だと供述した…という話だな」
「はい、二人はどう思っていますか?」
二人は聡明理知だ、ラグナみたいに簡単に物事は信じないと思う。ましてやグリシャは噓偽りをは吐いてエリス達を騙していた男の話だ、簡単にそいつの供述を信じるわけがない。
そう信じつつも伺う。どう思っているかを。
するとメグさんは小さく溜息を吐き。
「エリス様はその話を誰から聞きましたか?」
「え?エトワールの喜劇の騎士ステンテレッロさんからですけど…、というか二人はメリディアの事をどう思って…」
「やはり既にこの件は相当広範囲に流布されているようだな」
「ええ、捜索隊ももう動き出しています」
「そ、捜索隊!?何言ってるんですか二人とも!?」
捜索隊が動き出してるって、まさか二人はメリディアを探しているのか!?犯人として!?ちょっと待ってください。落ち着いて考えてみてください!そう叫ぶためにエリスはメグさんの隣に座り。
「違いますよ!メリディアは犯人じゃありません!メグさんも見たでしょう!メグさんがアルカナに部下を殺されて泣いているところを!あれは嘘なんかじゃありませんよ!」
「エリス様?」
「なんですか!」
するとメグさんは資料を置いてエリスの方をジッと見つめる、酷く深刻そうな顔をして…彼女は。
「まだですよ」
というのだ、何が…どうまだなんだろう。まだ…なに?
「まだ?なにが…」
「グリシャの傷は相当深刻でしてね、流石はエリス様と言えるほどにもう完膚無きまでに叩きのめされていましてね。治癒魔術でもあと一週間は傷が癒えない状況なのですよ」
「そ、それはその…すみません。手加減出来る相手ではなかったので」
「別にそれは構いません、奴はそれだけのことをしましたからね。ですがそれ故に彼への尋問は彼の傷が癒えてからという形になっているのです」
へぇ、まぁ四肢の骨が折れた上にエリス色々やったからな。あれじゃあ椅子に座らせるのも難しいだろう…し…、ん?
尋問は傷が癒えてから?一週間は癒えない傷が癒えてから?ってことは。
「え?もしかして…」
「はい、まだグリシャへの尋問は行われていません。なのに今アド・アストラ内部で『グリシャがメリディアを真犯人だと自供した』という噂が広まっています、自供も何も…我々はまだグリシャから何も聞き出していないのにです」
「ど、どういうことですか!?グリシャの尋問の内容が外部に漏れたってもうあちこちで噂が…」
「メグがそんなヘマをするわけがない。…漏れたんじゃなくて、何者かが嘘偽りを述べて偽りの噂を流布したのだ」
「誰がそんな事…」
「このくだらない噂から引用するなら、グリシャと繋がっていた真犯人の仕業だろう。姿を消して反論出来ないメリディアに罪をなすりつけるつもりだ」
…まず、メムが噂を流した可能性はない。グリシャが確保されてからまだ一日しか経ってないんだ。メムがどこにいるかは分からないが、姿を隠したメムがグリシャが捕縛されたという情報を掴めるわけがない。
捕まった事が分からなければ、グリシャが尋問に答えた…なんて話にはならないはずだから。
なら、やはりアド・アストラ内部にいるんだろう。内部にいるならグリシャが捕まった事は直ぐに察知出来る、そして噂を流すのも簡単だ。そいつが勝手に言い出せばそれだけで話が勝手に進むんだから。
……やはり居るんだ、グリシャに協力してロストアーツ強奪事件を成立させた黒幕が、まだ何処かに。
「全くやってくれたよ。メリディアが星魔槍アーリエスを持ち出した事は内密だったのに…この噂のおかげで隠してた事がバレてしまった」
「また幹部達から非難轟々でございます、まぁ今のメルクリウス様ならそれを力業でねじ伏せられますが。レイバンという筆頭居なくなった反六王派閥なんて烏合の集ですからね」
「だが力業で捩じ伏せる手間が必要。それに何を考えたのか既に勝手に捜索隊が動き出している…これも止める必要がある、今の勢いではもしメリディアが発見された場合…最悪殺されかねない勢いだ」
「メリディアが…殺される…!」
今のまま勝手に編成されたメリディア捜索隊がもしメリディアを見つけたらどうなる?まぁ少なくとも彼女は勝手にロストアーツを持ち出している。この部分に関しては反論も擁護もできない、そこにアルカナと通じてアド・アストラをメチャクチャにしたとなれば…腹の虫が治まらない奴が何人も出てくるだろう。
その勢いはメリディアの生死に関わらない物に………。
「まさか真犯人の狙いはそこか」
「何?狙い?」
「真犯人の狙いは…その勢いのドサクサに紛れて、メリディアを殺し…全ての罪をメリディアになすりつけるつもりなんじゃ…」
「っっ!!」
死人に口なし、メリディアが殺されればメリディアが身代わりであるということを証明する完全に手段は無くなる。
そうなったらもう…『そういう事』としてこの事件は終わってしまう。もう真犯人は何かを成し遂げようとしていない、この話を一刻も早く終わらせまたアド・アストラの中で虎視眈眈とチャンスを伺う態勢に戻ってしまう。
引きずり出すことも出来なくなる!
「ダメです、メリディアは殺させちゃダメです!」
「そういうことか…!メグ!直ぐに連絡を!」
「もうしています!ですが冥土大隊だけでは止めきれない勢いで…」
「エリス行ってきます!捜索隊は何処に!」
「ユグドラシルの正面門に…」
その話を瞬間エリスは立ち上がり部屋の窓を開き身を乗り出し…。
「っておい!ここ百階だぞ!」
「関係ありません!!」
飛び降りる、目が回るような高所から飛び降り……。
「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を『旋風圏跳』!!!」
風を纏い滑空する。滑り落ちるような勢いで下へ下へと飛んでいけば…見える。ユグドラシル正面門に集まる集団が!
あいつらが捜索隊か!?…って、あの捜索隊を率いてるのって…。
「ガニメデさん!?」
「む?何処から…ってエリス君!?」
ガニメデさんだ、エリスの学友にしてコルスコルピの国防大臣、そして星魔鎌スコルピウスの本来の担い手として選ばれていた彼が、数十人強の集団を率いて正面門に立っていたのだ。
まさか彼が捜索隊を率いているのか!?ともかく止めなくては。エリスは立ち塞がるようにガニメデさんの前に立ち。
「ガニメデさん!」
「エリス君!まさか君も救援に来てくれたのかい!?我々はこれから裏切り者のメリディアを討伐しに…」
「違います!止めに来たんです!メリディアは犯人じゃありません!!」
両手を広げ大の字になって立ちふさがれば、捜索隊のメンバーにやや肝を冷やす。ガニメデさんだけじゃない…ガイランドさんやゲーアハルトさん、…さっきエリスに報告してくれたステンテレッロさんまでいる。
みんな、ロストアーツの担い手達だ。
「止めに来た?犯人じゃない?どういうことだい!」
「そこを退いてくださいエリス様ァッ!!我々は王に仇なした逆賊を倒しに行かねばならないのですゥッ!!」
魔女大国屈指の声量を持つ熱血漢コンビ、ガニメデ&ガイランドの大声に思わず圧倒される。この二人喧しいとは思ってたけど二人揃うともう災害だな。
「違います!グリシャが自供したって情報自体虚偽の物です!まだグリシャは尋問すら受けてません!!!」
「何!?それは本当かい!?あの報告が嘘だって…じゃあメリディアがロストアーツを盗んで逃げたというのも…」
「あ、…それはその…本当です」
やべ、突かれたくない所を突かれた…。事実それを聞いたガニメデさんは目を剥き。
「ならやはり捜索はするべきだ!今や殆どのロストアーツが我らの手元に集まりつつある。後はアルカナのボスであるメムのロストアーツを取り戻すのみ!彼との決戦を前に後顧の憂いは断つべきだ!!」
「そーです!ガニメデ大臣の言う通り!真実はメリディア殿から聞く方が良いです!」
う…うるさぁ、耳キーンってなるよこの人たちと話してるとぉ…。
ガニメデさんの言うことは最もだ、状況が違えばエリスも同行を申し出たくらいだ。だが…それでも今は行かせられない。
捜索隊には担い手メンバーが殆ど勢揃いだ。エリスが怪しんでいる真犯人と思われる人間が勢揃いなんだ。もしかしたらこの中にいる真犯人が『抵抗が激しく、交戦の末殺してしまいました』なんて言ったらそれだけで終わりだ。
もう捜索すること自体許すわけには行かない。
「ダメです!行かせられません!!」
だがそれを伝えるわけにもいかない。お前ら怪しんでるから行くな!なんて馬鹿正直に言えるか。それに…何よりロストアーツの担い手達はみんなエリスの顔馴染み。要らない疑いは見せたくない。
「何故だ!聞けばメリディアは君の幼馴染だろ!君は…心配じゃないのかい!?」
「心配ですよ!!!心配に決まってます!!だから行かせられないんです!」
「君は、…どうしたって言うんだ!」
ダメだ、平行線だ。ガニメデさんの言い分は正しい…止めきれない。押し切られる…、どうする。力尽く?ダメだろ…流石にガニメデさんは殴れない!
「エリス君!ともかく今は一刻の猶予もないんだ!この話が広まった以上メリディアが何処か遠くへ逃げないとも…」
「だから!」
と、エリスとガニメデさんの言い合いが白熱した…その瞬間。
「待った…!」
「うっ!?」
「ひゃわっ!?」
突如ガニメデさんとエリスの間に鋭い白刃が差し込まれ互いに思わず距離を取ってしまう。何事か!と刃の先に視線を向ければ…。
「ルーカス…?」
「ルーカス君、君は…」
「往来で言い合うな、幹部と大臣が。アド・アストラの威信と沽券に関わる」
ギロリと差し込まれた白刃…星魔鎌スコルピウスの切っ先よりも鋭い眼光がエリスを睨みつける。ルーカスさんだ…捜索隊には加わっていなかった筈のルーカスがエリス達を止めて…。
「それは悪かったね!だが今からメリディアの捜索に行こうと思っているんだ!それをエリス君に阻止されて…我々はその理由を問いただしたいんだ!」
「…なるほど?」
相変わらずルーカスの視線は厳しく、エリスを突き刺すような目線でジロジロと睨みつつ首を上げより一層見下ろすような格好を取る。
嫌な時に嫌な人に会ってしまった。
「まぁ許してやってくださいガニメデ大臣、こいつは流浪の風来坊。愛国心もなければ組織に対する義理人情もない。だからこう言う軽率な行動を思いつきで出来るんです。本当に情けないったらありゃあしない」
「な、何も僕はそこまで言っていないよ。エリス君が止めたがる気持ちにも一応理解は向けているつもりだ」
「こいつが止めたがっているのは単なる哀れみですよ、同じ土地で幼い頃育ったと言うだけの浅い認識でメリディアを庇護して自己満足に浸ろうとしてるんだ。本当に守りたいなら…十年もアイツを置き去りにするわけがないからな」
「うっ…」
ルーカスの視線はエリスだけを見ている。険しく鋭く細めた目を向けながらエリスを狙うサメのように周りをクルクルと歩き、詰るように責め立てる。
彼にとっては、そう言う認識なのだろう。それを否定することはエリスには出来ない、事実としてエリスは旅に出る時メリディアの気持ちとかムルク村のみんなの気持ちを考えてはいなかったから。
「さっき聞こえたぞ、幼馴染だって?笑わせるなよ。お前がいつムルク村に馴染んだよ!」
「…っ」
「る、ルーカス君!ちょっと落ち着こうよ、そんな風に言ったらエリス君だって可哀想だよ。彼女は師匠の命で各地を回っていた、そこに彼女の責任はない筈だ」
いつのまにかガニメデさんとエリスの言い合いではなく、ルーカスがエリスを責め立てるだけの舞台と化したこの場で。ガニメデさんは逆にエリスの肩を持ってくれる。
すると、ルーカスは視線の先をエリスからガニメデさんに変え。
「だからこそ、言わせていただきたい…ガニメデ大臣」
「え?僕?」
「はい、どうか…メリディアの捜索は待っていただけないでしょうか!」
と、ルーカスが勢いよくガニメデさんに向けて頭を下げた。会釈なんかじゃない…腰を直角に曲げて深く深く頭を下げて嘆願した。メリディアの捜索を待って欲しいと。
あのプライド高いルーカスさんが、メリディアの為に。
「な…君までメリディアを…」
「俺とメリディアは同郷の出です。一応…幼馴染ってやつでもあります、ここにいるエリスの…浅はかな気持ちが俺にも分かるんです」
「ルーカス…」
「俺の知ってるメリディアは、他人に恥じるような行いをする女ではなく、またもしそんな事をしてしまっても…逃げるような奴じゃありません。ロストアーツを持って逃げたのならきっとそこには愛国心と組織への忠義があったと俺は断言出来ます、幼い頃からアイツを知る俺は…そんなアイツの、馬鹿正直なところを何度も見ていますから」
庇っている。エリスとは違う本物の幼馴染…エリス以上にメリディアを深く知る彼が、ともかく深く頭を下げて頼み込むもんだからガニメデさんも強くは言い出せず。
「本当に、メリディアは犯人などではなく。ロストアーツの持ち出しも何か意味のある事だと…君は断言出来るのかい?」
「はい、出来ます」
「もし彼女が一時の気の迷いで悪事を働いていたら」
「俺が、責任を持って止めます。…それが彼女の、友として出来る最善ですから」
「………………」
ガニメデさんは黙る。黙るしかない。ルーカスの覚悟と誠実さを目にした彼はきっとルーカスの言葉を飲むだろう、なんてもう彼からは先程までの勢いを感じない…。
「分かった、今は君に免じてメリディアを信じるとしよう。エリス君の言った事が本当なら…メリディア捜索よりもしなきゃいけないことはありそうだしね」
「感謝します、ガニメデ大臣」
「いやいいよ、みんな!そう言うわけだ!ごめんよ!集まってくれたのに!メリディアの捜索は状況が落ち着くまで一旦保留とするよー!」
するとガニメデさんはクルリと踵を返し、余った兵士達をユグドラシルの中へと押し込み帰っていく。一旦ではあるが…メリディアの捜索は諦めてくれたようだ。
ホッと一息、よかったぁと安心すると共に。ルーカスを見遣る、まさか彼がここまでしてくれるなんて…と思っていると、ルーカスは即座に頭を上げこちらをまたもや睨み。
「この下手くそが」
「え?ええ!?」
「やり方が下手くそなんだよ、物の頼み方も知らないのかお前は」
もっともな事を言われてしまった。慌て過ぎて横着し過ぎた、確かにあれじゃ止められる物も止められない…ルーカスと言う通りだ。
「すみません…」
「まぁ、元よりお前に頭を下げるなんて活躍は期待していなかったがな」
「…でもエリス嬉しいですよ、ルーカスがあそこまでメリディアの事を思ってるなんて」
「はぁ?俺がただ単にメリディアが心配だから…なんて言う理由だけでこの頭の標高を落としたと思うか?」
「違うんですか?」
なんて言えばルーカスは『はぁ〜』と溜息を吐き、やれやれと肩を竦める。
「少し考えれば分かるだろ、メリディアの一件は嘘偽りだ。ならこの嘘には必ず意味がある…何者かが流したこの嘘はきっと俺達を嵌めるための罠だ。他人が用意した罠に自分から嵌りに行くバカもそのバカを見て見ぬフリをすることも、俺には出来なかっただけ」
お、おお。そこまで掴んでいたのか、流石はエリート…頭がいいな。
「なんて事を考えていたらお前が必死に止めていたんでな。恐らく俺の推理は当たってるんだろうと確信したわけだ」
「え?エリスですか?」
「お前はメルクリウスや第四師団の師団長メグとも通じている。一般の兵士では知り得ない事情を知っていてもおかしくはないからな」
「なるほど…」
この人は本当に侮れない人だ。レイバンの件と言いメルクさんの件と言い、独自で動いて独自で考えエリスがかき集めた情報を一人で処理して動いている。
この人が…もっと協力的に動いてくれたなら、やりやすいんだろうが。
「全く……」
この人の当たりは相変わらずキツい。エリスが正体を現しているから凄く口が悪い。そこまでエリスの事を嫌っているのは分かっているけど…。
「もっと、ちゃんとしてくれ」
「え?」
ふと、ルーカスがいつもとは違う。柔らかな声音でエリスに呼びかけたのを聞き…思わず彼の顔を見ると。彼は背を向け顔色を伺わせないようにして、こう続けた。
「ムルク村の連中がみんなお前に憧れていたのは知っているか?」
「エリスを追いかけて…ってのは聞いてます」
「そうだ、お前の背中を俺達は追いかけたんだ。終生をかけて超えるため俺達はお前を目指したんだ。お前が魔女の背中を追ったようにな…」
「そう、なんですか?ルーカスさんも」
「…………、揺らぐな。お前だけは何があっても揺らぐな、でなきゃお前を目指したクライヴやメリディアが、…俺がバカみたいだろ」
「ルーカス…!」
エリスを目指して、エリスを追いかけて、エリスを目標にして、彼らは強くなり今ここでこうして騎士として戦っている。その根底にある行動理念はエリスなのだ。
…そんなエリスが不甲斐ないところを見せたら、そりゃあ…怒るよな。
彼やメリディアやクライヴが、ムルク村のみんながそう思っていたのは知らなかったけど。…そうか、そうだったんですね。
「すみませんでした、ルーカス」
「ふんっ、感謝される謂れはない」
「でもエリスを目指してくれてるんですよね、貴方も…メリディアも。エリスてっきり貴方やメリディアに嫌われているもんだとばかり思ってましたよ!」
「嫌いだよ!」
そんな捨て台詞だけを置いてルーカスは鎌を背負い直し、プンスカと音が聞こえてきそうな程荒い足取りで立ち去り…。
「エリス」
「ん?まだ何か?」
ピタリと足を止めて、こちらを振り向くと。
「メリディアは俺が探す。邪魔したら殺す」
「え!?あ!ちょっ!」
とそれだけ言い残してまたどっかに消えていった、嫌いなのは分かったけどせめてコミュニケーションくらいはとってくれないと困るんだが。
っていうか、メリディアを探す?邪魔したら殺す?
(まぁ、探さなくてもアテはあるので大丈夫ですけど)
メリディアは探す必要はない…というところまではルーカスも読めていないようだ。メリディアが今の今まで隠れていたのはきっと真犯人に気がついてのこと。ならばエリスが真犯人を引きずり出すかそもそもこの事件を解決さえしてしまえれば今度こそメリディアは姿を現わすはずだ。
これは楽観的な上希望的かもしれないけど。今の今まで見つからなかった以上メリディアの隠密技術はシャレにならないレベルのものだ、何処に潜んでいるかは分からないが…きっと出てくる。
むしろ不安なのはそれまでにメリディアが真犯人に見つかるか、アド・アストラに見つかるかして殺されてしまう方が怖い。
…エリスの方でメグさん辺りに話を通しておくか。
(さて、まずメルクさんのところに戻って、状況をラグナと共有して…それから)
「何だかんだ大変そうだな、エリス」
「んぇ?あ!師匠!?」
ビクゥッ!と全身が震える。聞き馴染みのある声…ここ最近聞かなかった声。師匠の声がしたからだ。
咄嗟に振り向き、師匠の顔色を伺う…。
「いつから、側に?」
「………、今さっきだが?」
今さっきか、ってことはこの騒ぎを聞きつけてきただけか。なんだなんだ…ビビりすぎか。
「もう師匠!何処行ってたんですか!急にいなくなって!心配したじゃないですか!」
師匠が居なくなったのはデティと出会った日、つまり一週間も前だ。一週間もの間何処をふらふら歩いていたんですか!とやや怒って…いや心配して問いかけると。
「八魔女会議の段取りについて聞かされていた。当日何も分からないまま会議場に放り込まれてもそれは会議に参加したとは言えんからな。ある程度の流れと当日の日程などを聞かされていた」
「一週間もの間ですか?」
「ああ、会議場となる天番島まで引っ張り込まれたよ」
天番島…、帝国海域の南にあると言われる孤島の名前だ。一年を通して温暖な気候で所謂常夏の島と呼ばれる地、一応ポルデュークの帝国の領域内に存在しているが魔女の手を加えずとも楽園と呼ぶに相応しい環境を保つ不思議な島の名前だ。
そこは古来より魔女様達が集まって会議をする『七魔女会議』の議会場として利用されており、当然ながらこのディオスクロア文明圏屈指の立入禁忌領域に指定されている。その事から通称『幻の楽園』…なんて呼ばれ方もするんだとか。
勿論、エリスは行った事がない。如何に魔女の弟子でも許可なく立ち入れば即お縄。天番島を守ると言われる最強クラスの師団長に捕まってしまう。
「どんな所でした!?天番島!」
「あ?ああ…、妙に暑かったな」
それだけ…、幻の島に立ち入ってそれだけ…。まぁ師匠は世界を回った経験があるから、似たようなところをいくつか見てるだろうし、物珍しさはないか。
「それに当日はお前も出席するんだ。その時の楽しみでいいだろう」
「そう言えば魔女の弟子も出席するんでしたね。今から楽しみです!」
「ああ、楽しみにしておけ」
にして幻の楽園かぁ、どんなところなんだろうなぁ。魔女様達が態々指定していく場所だし…きっとすんごいだろうなぁ。久しく旅のワクワク感が戻ってきて…。
「ところでエリス」
「…はい?」
ふと、師匠に呼び戻されるような…そんな冷たい声音に現実に戻される。見ればその視線はいつもの慈しみに溢れたものではなく。冷たく…それでいて見抜くような、そんな鋭い目で。
「魔女会議はもう目の前だ、大いなるアルカナの事件は…解決したんだろうな?」
魔女会議が目の前。つまりタイムリミットはもうすぐそこだという事。もしタイムリミットまでにメムを殺せていなければ…、魔女様達が動き出しアド・アストラの時代が終わる。つまりエリス達の組織は終わるという事だ。
けど…。
「大丈夫ですよ、その件についてはもう弟子達の間で話は終わっています」
出来る限りの笑みでそう答える。大丈夫、もう策は半ば完成しつつある、というか…。
「本当か?」
「はい、だってもうメムは倒してありますから」