342.魔女の弟子と急速に動く物事
「ん?手伝いに来た?」
「はい、何か出来ることがないかなって」
ユグドラシル内部の軍事施設『ニーズヘッグ地下要塞』へと、ラグナと共にやって来ていた。みんながみんなやるべき事がある場所へ赴いたのなら、そこはエリスにとってここ…ラグナの隣だ。
「っていうけどさ、メムの一件が動き出すまでお前暇だろ?せっかくの非番なんだから休むのもいいと思うけど?」
「そう言わず、一緒にいさせてください」
「まぁ、エリスが居たら仕事が捗るのは事実だし。ありがたいことに変わりはないんだけどね」
たははと笑うラグナと共にエリスはニーズヘッグ地下要塞の石畳の廊下を歩む。もう既に表向きにはアルカナの一件は片付いたことになっておりアルカナ対策室長だったエリスもお役御免。ただの幹部に戻ってやる事もないのでラグナを手伝うことにした。
というかエリスが手伝えそうなのがここくらいしかなかったというか、なんというか。
決して、決してラグナと一緒に居たいとか…そういう下心があったわけではないですからね。
「それでラグナの仕事って何ですか?」
「んー?、八魔女会議当日の警護隊の再編と配置の確認かな。ああ、後俺が長い間不在にしてたアド・アストラ軍がどうなってるかの確認をしたいところだが…、そういえばエリスは新入り隊員として軍に潜入してたんだよな?俺が居ない軍はしっかりやってたか?」
ラグナは先日アジメクに戻ってきたばかりだ。今のアストラ軍の状態を知らない、とはいえアストラもしっかり軍としてやっていたとは思う。エリスが潜入したのは下っ端だから全体的な評価は分かりませんがね。
「上手くやってたと思いますよ、みんな訓練してましたし…でも」
「でも?なんかあったのか?」
でも一つ気になることはある、エリスには解決出来ないしエリスが解決することでもないけど。報告はしておくか。
「実は、アジメク人の差別が…アド・アストラで広がっているようでして」
「人種差別か?…うぅむ、師範なら肯定しそうだが俺は許せないな。アド・アストラは今まで以上に各国の連携が必要になる組織だ、そこに貴賎は存在しないんだが…詳しく教えてもらえるか?」
「はい、実は……」
アジメク人は各国から見ても戦力的に劣る。だからアジメク人は弱い、そんな風潮が流布されか今は民衆にも広がっている。アジメクは治癒魔術ありきの粘り強い戦闘法が売りだ…けど、そんなもの他国から見たら弱くも感じるだろう、なんせ戦いに勝った時トータルで傷ついた量としてはアジメク人が一番多いのだから。
だからライリー大隊長を筆頭としてアジメク人に訓練は必要ないから訓練場の敷地を寄せと騒ぎが起こった事をラグナに伝えると、彼は眉を顰め顔色を悪くし。
「なんつー話だ、馬鹿らしい」
「馬鹿らしい…ですか?」
「ああ、…いやアルクカースは元来選民意識の国だからそういうのもあるのか。嘆かわしい」
「それにアルクカースの末端の兵士の規律も悪かったですよ。彼らピンチのメルクさんを置いて『あいつを助けたくないから』って言って逃げ出した兵士もいました」
「なんだと?そいつらの顔覚えてるな?…アルクカースの戦士が他国の戦士を侮辱した上で俺の友達を置いて剰え敵前逃亡とは、君の前じゃなきゃ声を荒げて激怒してるところだったよ」
「大丈夫ですよ、そいつら全員殴り飛ばしたので」
「あははは、なるほど。まぁそれはそれだ…そっちも俺で対応しておく」
ニコッと微笑んだラグナだが、目が笑ってない…ギラついている、怒っている。アルクカースの王として決して許せないことを聞いたとばかりに彼は無言でパキポキと拳を鳴らし、廊下の最奥に存在する『元帥執務室』と名札が掛けられた部屋の扉を開く。
「あ、ラグナ元帥!」
「これはこれは…」
「む、ラグナ大王、…それに…、エリス様」
すると元帥執務室には既に三人の若者が起立して待っていた。全員見たことある人たちだ、彼らは…。
(ラグナの魔女排斥連合討伐の現場にいた…)
メグさんが見せてくれた映像、そこに映っていた三人だ。確か名前は。
「嗚呼、なんと悲しいことか。私の働きは王さえも魅了するとは」
おお!と態とらしく演技をするのは落涙のハムレットさん。悲劇の騎士団の副団長…、つまりマリアニールさんの部下でありステンテレッロさんと切磋琢磨するライバル、ということになる人だ。
立ち振る舞いはステンテレッロさん同様妙ちきりんだが、彼の斬ったら涙が止まらなくなる剣というのは少しだけ厄介だな。
「任務が終わったら今度は呼び出し、憂鬱だ」
頭の上に小型の雨雲が常に降り注ぐ陰気そうな青年、確か彼は天流神のユピテルさん。アマルトさん曰く小さい頃一度だけ会ったことのある親戚だそうだ。なんでもディオスクロア大学園ではアリナと鎬を削り…そして負けたらしい。
しかし彼の頭の上にある雨雲…あれはなんだ?いやまさか、あれ魔力変換現象か?シンやアドラヌスのように属性魔術を極めた人間にしか現れない独自現象。つまり彼は最大規模の属性魔術たる天気属性を極限まで極めてる…ってことか。こりゃ強そうだ。
そして…。
「……エリス、様」
そしてもう一人はライリー大隊長だ、ラグナが言うに張り込みは彼一人で行い攻め入る瞬間になってから頼りになる戦力を急遽集めてあの戦いに挑んだと言っていたな。…見ないと思ったら彼女もその集められた人間の中の一人だったか。
ライリー大隊長はやや申し訳なさそうにエリスの方を見ている。彼女とは色々あったからな…。
「ん、三人ともご苦労。態々呼びつけてすまなかったな」
「嗚呼、王が私を労っている。他国の王でもこれは嬉しくて涙ちょちょぎれ」
「僕の強さを認めてくれるのはラグナ様だけですよ…」
「感謝します、王よ」
「感謝したいのはこっちさ。お前ら三人には昇格と賞与を与える。次からも励んでくれ?頼むぜ?」
ここにいる三人は三年前の時点ではまだ一介の才能ある若者程度でしか無かった人達だ。この人たちは三年で一気に頭角を表しアストラの主力の中に食い込んできた。もしかしたらこの中から今現在の最高戦力を打倒し新たな魔女大国最高戦力と呼ばれるようになる人もいるかもしれないな。
「お前らにはみんな期待してるんだ、ドンドントレーニングしてドンドン実戦に出て一日も早く魔力覚醒を習得してくれよ?やり方は俺やネレイドが教えるから」
なるほど、ここ最近魔力覚醒を使える人間が急増したのはラグナ達によって魔力覚醒の訓練を行えるようになったからか。以前までの魔女大国の在り方では覚醒者は一国につき一人づつ…と言う状態だった。しかも覚醒したらしたでそれなりの役職を任され後進を育てる暇なんか一切与えられなかった。
良くも悪くも覚醒者が使い潰されていたのが今までの状況。それがアド・アストラ結成により覚醒を使える人間が一箇所に集まり魔女の弟子達も教導に加わることにより、一気に覚醒条件を満たしていた人間達が開花したのだ。
エリスが今まで出会った人たちの中には、『なんでこの人覚醒してないんだ?』って人は何人かいたしね。
しかし…
(こう言う新しく頭角を現した人間の中に、アジメク人はいないんですね)
ここにいる人達は未来の主戦力達、それらに経験を積ませるためあの戦場にこの子達を連れて行ったんだろうけど…その中にアジメクの人間は選ばれなかった。
ハムレットはエトワール人、ユピテルはコルスコルピ人、そしてライリーはアルクカース人…ここにもアジメク人が弱いと見られる一因があるのかな。
「アジメク人は居ないんですね、ラグナ」
「いや、本当はアジメクの中からも呼び出そうと思ってたんだ、だけどそいつの都合が合わなくてな」
「え?誰ですか?」
「ルーカス・アキレギアとメリディア・フリージアだ。この二人は経験さえ積めばいずれ魔力覚醒まで行けると踏んでたんだが。だがルーカスは当時別任務についていたしメリディアはまぁ…うん、呼べなかった」
今は一人でも覚醒できる人間を増やしておきたかったんだがな、と語る彼の口から聞かされたのはルーカスとメリディアの名前だった。
あの二人が…、そもそも護国六花であるルーカスはともかくメリディアまでもがそこまで評価されていたとは驚きだ。ますます彼女が小隊長をやってたのが不可解なレベルだな。
「ラグナ大王、アジメク人を、評価しているのですか?」
「あ?」
ふと、ライリーが口を開く。ラグナ大王はアジメク人を評価するのかと。それは彼女自身がアジメク人は非力であると感じているが故に王の真意を問いたいのだろう。
だがその問いにラグナは目つきを厳しくし。
「前提が間違ってるなライリー、俺は何処の国で生まれた誰だから重用する…なんてみみっちいことはしねぇよ。あるのは一つ…そいつ個人が強いかどうかだ」
「ですが…、私は…、アジメク人には後方支援を任せるべき、と…考えています。非力な人間が態々戦線に立つ必要はない、矢面には…、私が、立ちます、そうすれば、死人は、少なくなります、から」
独特の語り口でライリーが言うのは、彼女なりの用兵論か。弱い人間が無理に戦う必要はない、無理に戦って死ぬくらいなら自分が出る。それはある意味彼女なりの優しさなんだろう、やり方や言い方は強引だが…彼女はアジメク人に無駄な死人になって欲しくないから、その一心からくる『迫害』だったのだ。
「だとしても言い方とやり方があるだろ」
しかしラグナが返すのは信じられないぐらい鋭利な正論。それを言ったらもう何も返せないだろ。
「あのな、相手だって一人の戦士だ。誇りと愛国心を胸に戦っているんだ、それをお前…弱いから下がってろなんて言われたらそりゃあプライドだって傷つく。そこんところを慮ってやれるような…そんな歴戦の勇士だと、俺はお前を評価してたんだが?」
「っ……!」
「相手が弱いから排除するのではなく、一緒に強くなれる道を模索しろ。相手に腕がないのならお前が腕を貸せ、みんながみんなそうやって支え合えばアド・アストラは今よりも強固な軍になる」
俺にはそれが出来るだろう?そんな風に語る彼の言葉にライリーは深く…ただ深く頭を下げてお辞儀をするのみである。それしか出来なかった…ラグナの言う言葉は簡潔でありながらライリーの痛いところをつき、彼女に道を再び選ばせる機会を与えた。
見事だな…。
「それによ、俺はアジメク人だから何人だからって弱いとは思わない」
「そう、ですか?」
「おうよ、まぁ俺も昔は思ってたよ?アジメク人は平和主義の日和見主義で戦いなんか出来ないってさ。でも…エリスに会って考えを改めた」
「え?エリスですか?」
ふと、ラグナがこちらを見ていることに気がつきギョッとする。というかラグナもそんな風に考えていた時があったのか。
「エリスはな、治癒魔術が使えないんだ」
「え?、そう、なのですか?エリス様、アジメク人なのに?」
「う…、悪かったですね。アジメク人のくせに治癒魔術が使えなくて」
そうですよ、エリスは未だに治癒魔術を使えない。師匠が治癒魔術を使わない人だったからエリスの頭の中にも治癒魔術は存在しない。
別に、習得してもいいけど。師匠が教えないことを勝手に覚えて使おうと思えるほど、エリスはまだ一人前じゃない。
「だが代わりにエゲツないくらい強い。オマケにアジメク人なのにアルクカース人よりも勇猛だ。エリスを見てたら人種で人を分けるなんて馬鹿馬鹿しくなってくる、ライリーももっと深くアジメク人を知るといい…きっと、そういう人種で分けるなんて考え方がバカバカしくなるはずだ」
「……分かりました、ありがとう、ございます、大王よ。そして、失礼をしました、エリス様」
「いいってことよ」
「エリスも気にしてませんよ」
元々アジメク人を不当に低く見ようが何しようがエリスには特に関係ないと思ってたし、別にいいんですよと彼女に伝えれば。ライリーは『寛大な、お心遣い、感謝します』と更に深く頭を下げる。
これで彼女のアジメク人への偏見が消えてくれることを祈る。いやきっと変わるはずだ、何せこの軍団にはラグナが戻ったんだ。彼なら何もかも完璧に全て解決してくれるはずだ。
「流石はエリス様、ラグナ様、懐の深さに感服致します。それで、お二人はいつ、婚姻の儀をされるので?」
「へ!?」
「は!?」
あまりにも突拍子も無い言葉にエリスもラグナもギョッと顔色を変える、いきなり何言ってんだこいつは。婚姻の儀?しかもなんてタイムリーな。
昨日そんな話をしたばかりですよこっちは!
「おいライリー何言って…」
「無礼は存じています、ですが、叶うならば、どうか、お二人のお子の、親衛隊を、させていただきたく、願い上げます」
そう言いながらライリーはその場で跪きそう言いだすのだ。お子の親衛隊って…、いやいや、いやいやいや。ちょっと困りすぎてコメントが上手くできないんですが。
「必ずや、継承戦に勝たせ、次期国王に、してみせます」
「だから!いきなり何言ってんだってんだよ!」
「?、もう、エリス様は、孕んでいるのですよね」
「バカかオメェは!ンなわけねぇだろうが!ど突き回すぞ!」
「なるほど、これからですか、では、ベッドは、私が」
「こいつ、こんな話聞かない奴だったのか…」
今更気がつきましたかラグナ、そうですよ。彼女は人の話を何にも聞かないんですよ。え?側頭部についてるあれ?耳じゃ無いですよ、飾りですあれは。
「おお、まさか魔女の弟子二人に子供が出来ようとは!感動で私!泣きそうです!」
「俺が泣きたいよ」
「はぁ、惚気に付き合わされるとか憂鬱ですよ」
「多分俺のが憂鬱だよ」
「エリス様、身重の体で、執務はお子様の体に、障ります」
「だから!まだ妊娠して無いですよ!やっても無いです!ってか貴方エリスと戦いましたよね!」
ダメだ、こいつら全員話聞かないタイプだ。エリスも人の話はあんまり聞くタイプじゃ無いけどこれは…困る、なんか…困るよぉ!
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星見の都ステラウルブス、完成して三年しか経たぬこの街には未だ建設途中の区画が多く存在する。例えばステラウルブスの西方はその殆どが骨組み剥き出しの建物が乱立する建設予定区画だ。
「建設の進捗はどのくらいだ」
「ええ、イオ陛下。マーキュリーズ・ギルドの支援のおかげで建材が山程入ってくる上人手にも困りませんので、来年の春頃には箱だけでも出来ると思いますよ」
「そうか、順調だな…カリスト」
そんな建設予定地にはコルスコルピの国王イオが主導で作り上げようとしている学園が出来る予定だ。幼年期から入学が可能であり、望めば士官学科への進級も可能なアド・アストラ直下の教育機関。それが今のところイオが掲げる大目標の一つでもある。
その為に祖国の財務大臣たるカリスト・ケプラーを建設代表に引っ張ってくる力の入れよう。メルクリウスがロストアーツに全霊を込めたように、イオにとってもこの計画はなんとしてでも成功させたいプロジェクトの一つなのだ。
「箱は出来上がるか、なら中身の用意が必要だな」
「入学希望者は既に多く居ますよ?しかし、それに見合う教員や教育プロジェクトはまだですね」
「そうか、ディオスクロア大学園からシステムから何からそのまま引っ張って来れればいいんだが、あそこはコルスコルピ政府の支配から外れた存在だからな」
ディオスクロア大学園は言ってしまえば国王にさえ縛られない最強の教育機関だ。あそこには王でさえ口出しできない程強固な地盤と力がある。下手に教員などは引っ張って来れないというのが現実。
だが…。
「あら、いいんじゃ無いんですか?あと数年待てばアイツが学園長になるわけですし」
「数年じゃ遅いんだ、来年には出来上がるんだからそれまでに…」
と、イオが小さく俯いた…その瞬間であった。
彼の背からいきなり接近してきた影は、国王イオに飛びつき…。
「へーいーかー?なにやってんすかー?友達が遊びに来てやりましたよー!」
「な!?アマルト!?」
アマルトだ。イオの背中に抱きつきそのまま手を回しうりうりと体重を預けじゃれて来ているんだ。これを普通の人間がやれば無礼千万と引っ捕らえられても文句は言えないが。
残念、イオもアマルトのことが大好きなのでやや困った顔をするだけで抵抗とかは特にしない。なんせ幼馴染だ、ガキンチョの頃から一緒にいるんだ、これくらいでなんのかんの言う仲じゃない。
「うらうらー!構えー!俺に構えー!」
「ちょっ!おい!アマルト!今仕事中だ!」
「あらアマルト、来てるって聞いてたけどマジで来てたのね」
「お?カリストじゃん」
と、イオの体を持ち上げ構え構えと振り回した所で、ようやく周囲の状況を理解したのか。カリストの姿を見て首を傾げつつ周りを見て。
「なにやってんの?」
「見てわかんない?学校作ってんのよ」
「ああ、この間言ってた奴ね。ってもうここまで作ってんのかよ!今日の午後には出来上がってんじゃね?」
「そんなわけあるか!お前の作るシチューじゃないんだぞ!というか離せ!周りの目がある!」
「悪い悪い」
よっこいせとイオの体を下ろしたアマルトは考える、出来上がりつつある学園の規模と形を見て思う。この規模とこの立地、周囲には住宅街がありポータルで他国からの移動も可能…おまけにこのステラウルブスにある大学校。
これはいい学園になる、教育機関として最高だな。
「良さげなデザインだな、俺もこの間自分の小学園作ったからなんとなくわかるぜ」
コルスコルピにある小学園、あれはアマルトもまた設計に携わっているのだ。各地で教育機関を見て勉強し、自分で建築学を学んで、色々と考えて作った学園だ。故に彼にもこの学園の気合の入りようは十分にわかる。
「そうだアマルト、君もこの学園の設計を見てくれないか?」
「見てくれないかって、お前もうここまで出来上がってんのに今更口出し出来るかよ」
「いいから、君のお墨付きが貰えれば私も安心して眠れる」
「俺のお墨付きで?なら見るよ」
カリストの手元にあった学園の大まかな設計図を受け取り、そのままアマルトに差し出せば
。彼は珍しく真面目そうな顔でマジマジと眺めて。
ほうと息を吐く。大した力の入れようだ、内部には多くの魔力機構や機関を入れ込んで生徒達の健全な教育に万全な環境を作り上げている。なんていうか…最新の学園モデルって感じだ。古いだけのディオスクロア大学園とは根本から違うね。
「いいんじゃねえの?寧ろ嫉妬しちまうよ、ディオスクロア大学園よりずっといい」
「本当か!それは良かった…君にそう言ってもらえると安心するよ」
「おいおい自信持てよイオ、お前の手腕は大したもんだよ。国王としてもしっかりやってるし最高の王様だ」
「ははは、…だがラグナ殿やデティフローア殿の敏腕ぶりには劣るさ」
「馬鹿野郎お前、他所の王様と比べてどうすんだよ。俺達のコルスコルピの王様はお前だけだ」
自信持てよ?な?そんな事を言いながらアマルトが肩を叩けばそれだけでイオは自信を取り戻したのか、安堵したのか、ホッとした顔で脱力したような笑みを浮かべる。
それを眺めるカリストは思う。周りの誰が言っても硬い表情を崩さず心の何処かに不安を抱え続けていたイオが、アマルトの軽薄な軽口で心を研ぎ解している。やはりイオにとってアマルトはそれだけ大きな存在なのだ。
(ほんと、学校の先生にしておくには惜しい人材よねコイツ。アマルトがアド・アストラに加入してイオの秘書でもやってくれればどれだけ楽か)
アマルトがアド・アストラに来てくれればそれだけで上の空気は随分変わる、ラグナやメルクにとっても大きな存在である癖をして彼は目立つ事を嫌う。自分は一介の教師でしかない…なんて言って生徒達にも自分の正体を隠して教育に尽力している。
彼の学園の生徒に知らしめてやりたい、アンタ達に物を教えている先生は世界じゃマジでやばい扱い受けてる偉人だって。
「ってかさ、この後飯食いいかね?」
「はぁ?私は今日夜まで仕事だ。それに食うなら君の手作りがいい」
「えー、夜はウチの腹ペコ達に飯作らないといけないしな。ならウチくるか?ラグナとかもいるぜ?」
「お、いいな。そう言えばラグナ殿も帰ってきていたな、挨拶をしておかないと失礼だろう」
「アイツはそんなの気にしないと思うけどな。…あ、いやわかんねえ。ラグナ礼儀とかケジメにはマジで真面目だから」
「……ねぇアマルト、イオとイチャイチャしてるところ悪いけど質問一ついい?」
「あ?なんだカリスト。お前も来るか?一緒にうちで飯食ってけよ」
「いや、アンタの手料理はマジで食べたいけどそうじゃなくて。アンタいいの?」
ふと、カリストが投げかけた質問にコテンと首を傾げる。それを見たカリストは本当にアマルトが変わった事を悟る。学園にいた頃のコイツはもっと暗澹とした顔つきをしてた…いや、イオが言うに学園にいた頃のアマルトがおかしかっただけで本来の彼はこんな風に人懐っこかったんだろう。
「なんだよ、いいのって」
「いや、私達が作ってるのは学園よ?アンタがこれから運営していくディオスクロア大学園の商売敵なの。それの建設を手伝ったり意見したりしていいの?」
もしステラウルブスの学園が完成したら、今のどこの国からどこの学園でも通えるようになったこの世界ではディオスクロア大学園のシェアを奪う可能性がある。ディオスクロア大学園の生徒が減るのはアマルトも本意ではないはず、なのにこんなことしてていいのかと問いかければアマルトは…。
「あははは、お前頭はいいけど馬鹿だよな」
「は!?私はね!アンタの心配して言ってんのよ!」
「あ?そうなの?悪い悪い、けど別にいいぜ?ってかさ。商売敵ってのも変な言い方じゃねぇか?」
「え?なんでよ…事実でしょ?」
「別に学園も教育も商売じゃない、勉強出来なくて将来泣く子供を一人でも減らすために学園はあって、俺達教師はその為にいる。そりゃお金貰わなきゃ生活できないけどさ、金稼ぐ為に教師やってるわけじゃないから…商売ってのはちょっと違うな」
うん、そうじゃないそうじゃないとアマルトは一人で深く頷く。別に金が欲しくて教師をやるわけじゃない。金を稼ぎたいならもっと別のことしてると断言するアマルトの姿を見たカリストは自分がどこまでいっても財務大臣であり、彼は心底教師なのだと悟る。
立派になったじゃないのよさ、学園で腐ってた頃よりずっといい男だわコイツ。
「もしステラウルブスの学園に生徒みんな取られて、ディオスクロア大学園に生徒が二、三人しかいなくなったら俺はその二、三人のために授業をする。もし生徒が誰もいなくなったら学園畳んで勉強したがってる子供のところに行って授業をする。それでいいかなぁって思ってるかな」
「アンタ…ほんと子供が好きね、ロリコン?」
「茶化すなよ、真面目なこと言ってんだからさ」
「ごめんごめん、さっきのお返しよ」
「そうかよ、んじゃ俺も前言った教育システムの構築?あれやってやるよ。どこまで出来てるか見せてくれやイオ」
「ああ、君になら任せられる。是非一緒に論じよう」
アマルトは理事長になって子供達に教育を施すのが夢だ。それは伝統とか仕来りとかではなく彼自身がそうしたいからそうするんだ。彼はきっとアリスタルコス家の望むような理事長にはならない、ディオスクロア大学園を守ろうとはしない、彼が守るのは生徒達の未来だけなのだから。
その為なら他所の学園だって助ける、…きっと彼はこの世界の未来を真の意味で支える男になる事だろう。
「あ、そういや他の連中は居ねえの?」
ふと、アマルトが顔を上げ周りを探す。他の連中とは…恐らく彼らのことだろう。
「ガニメデとエウロパか?」
「そうそう、アイツらも今アド・アストラで働いてんだろ?折角なら顔を見ておきたいからさ」
国防大臣ガニメデと司法大臣エウロパ、両名共にアマルト イオ カリスト達同様ディオスクロア大学園卒業の学友達。全員が国の要職に就き、昔はノーブルズなんて呼ばれて持て囃されてた連中だ。
国の要職に就くなら当然、全員がアド・アストラに所属している…のだが、ここにはいない。
「エウロパはコルスコルピで裁判やってるわ、彼女最高裁判官だもの」
「そういやそうだったな、ガニメデは?」
「ああ、ガニメデなら探しに行ったわよ」
「誰を?」
そうアマルトが聞くと、イオもカリストも顔を見合わせ不思議そうな表情する。それを見てアマルトは持ち前の嗅覚でそれを悟る。
何か嫌な気配がする…と。
「アマルト、あんた聞いてないの?メルクリウスと一緒にいたのよね」
「…ああ、聞いてねえ。なんかあったのか?」
「何かあったも何も、今アド・アストラは凄い騒ぎなのよ。何せ────。」
そう、カリストが今アド・アストラで引き起こされているある事件について口にすると。アマルトはより一層難しそうな顔をして…。
「マジ?」
嫌そう〜な顔でそう言う。また面倒なことになり始めたと。
……………………………………………………
元帥執務室にて、若手三人の悪ノリに翻弄されつつ、エリス達が仕事を終えようと無理矢理三人を黙らせ、次に進もうと話を区切り。
「それじゃ、お前らみんな訓練に戻れ、正式な昇格は後ほど…」
と、ラグナが話を終わらせ早速仕事に取り掛かろうとした。次の瞬間だった。
「失礼しますっっ!!」
「うおっ!?何事!?」
刹那、扉が思い切り開かれると共に大音量の爆声が響き渡り、エリスもラグナも肩を跳ねさせて驚いてしまう。
一体何事ですか、そうエリスが振り返ると。騒がしく入室してきた人物の顔を見て再度驚く。何せ入ってきたのは…。
「ステンテレッロさん?」
「やはりここに!エリス様!ラグナ様!探しましたよ!」
珍しく血相を変えた喜劇の騎士ステンテレッロさんがエリス達に詰め寄るように駆け寄ってくる。
あのいつも剽軽飄々なステンテレッロさんがだ。エリス達を探していたと…途轍もなく嫌な予感がする。
「おや?どうしたんだいステンテレッロ、君が斯様な顔を見せるなんて珍しくて私は泣きそうだよ」
「ハムレット…いや、悪い。今君に構っている暇はないんだ」
「無視!?ショックで泣きそう…」
「それよりエリス様!貴方にどうしてもお伝えしたいことが!」
ガッ!とエリスの肩を掴むステンテレッロさんを見て一つ思い出したことがある。
そういえば、エリスがアド・アストラに入ってから本来の姿でこの人に会うのは初めてだ。この人と会うときはいつも新入り隊員としての顔で会っていたから。なのになんでエリスのところに…。
「実は先ほど、…アド・アストラ内通者のグリシャ・グリザイユが尋問により口を割ったとの報告を聞きました」
「え!?」
グリシャが?口を割った?…一体何を。
「それで、その…グリシャが言うに。まだアド・アストラにはアルカナと通じている人間がいると!」
ああ、それはなんとなくエリスも察してますよ。…と既に知っている情報が出て安堵した瞬間。
ステンテレッロさんの放った一言は、エリスの安堵を容易く吹き飛ばす程の威力を持ち…全てをひっくり返してしまうのだった。
「そして、その内通者こそが…メリディア・フリージア。貴方の幼馴染であると!」
「は…はぁ?」
メリディアこそが、全ての糸を裏で引いていた真犯人だ。そんな報告を齎したステンテレッロさんの顔を再度見つめ、エリスは…エリスは……。
え?メリディアが真犯人なの?