341.魔女の弟子と新たな武器
「…………」
眼を覚ます、朝起きてシーツを退けてベッドから這い出る。その一連の動作を終えようやく脳みそが体に追いつき覚醒した時点でエリスは気がつく。
(早く起きすぎてしまった)
エリスは師匠と違って早起きであることは自覚している。だが今、窓の外に目を向けたところ…今の時間帯は『未明』と言ったところ。朝ですらない、これは少し早く起きすぎたな。
チラリと視線を窓から部屋の中に移せば大部屋に並べられたベッドにはエリスの友達が四人並んでいる。
魔女の弟子達だ、奇妙な偶然でまた勢揃いし特に理由もなくみんなでまた暮らす流れになって同棲しているんだ。
見ればあのメグさんさえまだ寝てるような時間帯。ここでエリスがごちゃごちゃと動いたらみんなを起こしてしまうかもしれない。もう少しベッドの中で大人しくして…。
「ッ……!」
ふと、何かが聞こえた気がした。世界が眠っているこの時間に…外から物音がした。
そんなあり得ない状況に…エリスはデジャヴを覚え、極力音を立てないように窓辺に走る。そう…いつかの時のように。
気配を殺し息を殺し、ガラスに触れて…外を見れば。
(やっぱり…)
窓の外には庭が見える。師匠と初めてアジメクを訪れた時…クレアさんやフアラビオラさん達と修行をした宿の中庭、そこに…影が見える。
いつかの時のように…そう、今みたいに魔女の弟子達で同棲していた。学生時代の時のように…彼は一人で修行していた。
「………………」
ラグナだ、学生時代同様彼は朝早くからたった一人で型の練習をしていた。中庭で見えない何かをど突き倒すように激しい動きで、攻めて守って…。
(巧くなってる…)
だが一つ違う点があるとするなら、エリスの記憶の中にあるラグナの演舞よりも今のそれの方が遥かに研ぎ澄まされているという点だろう。
当たり前だが彼はあの時からずっと強くなってる。強くなるスピードで言えばエリスよりも遥かに速く彼は高みに登っている、王としての役目の傍での修行でだ。
…昨日みんなの前で語らされた『ラグナの素晴らしいところ』、それに一つあげ忘れているものがあったな。
彼の素晴らしい点は…誰よりも真面目なところだ、誰よりも強くなって誰をも守る為に誰よりも鍛える。そんな真面目なところが素敵だ。
「…………」
(前は音が出てたのに、今は殆ど無音…か)
ラグナが拳を振っても音が出ない。踏み込んだ時に草が折れる音がするだけで風を切る音はしない。きっと無駄な衝撃が一切出ていないんだ…ただ威力があるだけの拳から進化して、今は途方も無い技量の詰められた技へと昇華しているんだろう。
流石だ。
「…………エリス」
「…へ……?」
ハッとする、ラグナ今エリスの名前を呼んで…って。
「気がついてましたか」
気がついたらラグナがこちらを見ていた、…覗き見してるの、バレてたか。昔よりも気配察知能力も向上してるようだ。
「降りてこいよ、みんなもう起きてるんだろ?」
「え?」
みんなもう?何言ってるんだ。まだみんな寝て…。
「おや、バレていましたか」
「チッ、いつぞやみたいにラブコメが見れると思ったのに」
「おはよ、エリス…ラグナ…みんな」
「ってみんなもう起きてたんですか!?」
起きてるっ!?みんなもう!?メルクさんもメグさんもネレイドさんも…あ、デティは寝てるんだ…まぁこの子は朝弱いからな。
「皆さん、起きてたんですね」
「メイドですので、早起きは得意でございます」
「私も、惰眠を貪るには些か偉くなりすぎたのでな」
「私は…なんか起きちゃった」
「くこー…」
『ちょいどいいや、アマルトがもう朝飯作ってるからみんな外に出てこいよ。朝焼け見ながら食べよう』
外から響くラグナの誘いに声に呼応して、みんなゾロゾロとベッドから降りて朝支度を始めていく。それに吊られてエリスがパジャマのボタンに指をかけた瞬間に地平線から朝日が覗く。
魔女の弟子達が揃った一日が始まる。
………………………………………………………………
「なんだよデティ、まだ寝てんのか?」
「みんな朝早すぎー…」
「眠いならまだ寝てても大丈夫ですよ」
「やー…私もみんなとご飯食べりゅ…」
朝、エリス達は宿の中庭にシートを引いてみんなで揃ってその上に座る。今日はここがエリス達の食卓だ。
アマルトさんが朝から作ってくれた朝ごはん。山盛りサンドイッチをどデカイバスケットに入れてシートの上に置けば、気分は朝食というよりピクニックだ。
「悪いな、起こしちまって」
「いえ、ちょうどみんな起きてたので」
そう語りながらラグナはアマルトさんの作ったベーコン肉肉サンドに齧り付き頬を膨らませる。彼の好みを把握したアマルトさんが作ったから朝ごはんとは思えないボリューミーな仕上がりとなっている。
「庭先にシートを引いて、そこで食事をするだけでも…なんだか新鮮な物だな」
「そうでございますね、メルクリウス様」
「……ところでメグ、お前そんなの食うのか?」
「はい、美味しいですよ」
レタスとトマトにアマルトさん特製のドレッシングをかけたスッキリ仕上げのサラダサンドを口にするメルクさんは差し込む朝日を全身に受けて寛ぎ。メグさんはパクチーと唐辛子とホースラディッシュしか入っていない罰ゲームサンドを美味しそうにちまちま食べる。
「美味しいですね、ネレイドさん」
「ん、流石アマルト…、テシュタル教に配慮した良い朝ごはん」
ジャムだけを塗った簡素なサンドイッチを食べるナリアさんと野菜など出来るだけ加工を加えていないテシュタルサンドを口にするネレイドさんは共に見つめ合いながら微笑み合い。
「おいチビ、寝ながら食うな」
「ねへはいよ…すぴー」
鼻提灯を膨らませたデティはイチゴと生クリームだらけのケーキサンドを口にする。皆が想い想いのサンドイッチを手に取り、早朝に吹く静かな風とキラキラと差し込む朝日を一身に受けながら、エリス達は豪勢な食事に舌鼓を打つ。
幸せだ、ここ最近で一番幸せだと感じた瞬間かもしれない。友達と一緒にいい雰囲気の中で美味しいご飯を食べる…これ以上ないと思える瞬間だ。
「はふっ…美味しい」
そんな光景を目にしながらエリスはチーズとハムとレタスを挟んだサンドイッチに被りつく。美味しいなぁ…。
「こうしてゆっくりするのもいいものだな。…とは言えこれから忙しくなるわけだが」
ふと、メルクさんがシャリシャリと音を立ててサンドイッチを咀嚼しながらそんな事を言うんだ。これから忙しくなる…と。
「忙しく?」
「何言ってるんだラグナ、昨日も言ったが八魔女会議がもう目の前なんだぞ。会議の段取りやその他の手回しは我ら六王の仕事だ」
「えぇっ!?そうだっけ!?」
「そうだ、魔女様はただ集まって会議をするだけ。それを『八魔女会議』と由緒あるものにするのは私達の仕事なんだ。既に護衛の人員配置や天番島の会議場の再建などに手をつけてあるから期日までには間に合うと思うが…」
「ギリギリか?」
「この間まで私とヘレナとイオの三人だけで回していたからな、ベンテシキュメもよくやってくれているが彼女はまだ為政者としては素人だ。フォローが居る」
「そういやそうだった…」
「ごめんね〜メルクさ〜ん、こんな大事な時に出張したりしてぇ…」
アド・アストラを指揮して魔女様達の会議をサポートする、ならその先導をするのは六王の仕事だ…が。先日までデティとラグナが抜けて六王ならぬ四王状態、ベンテシキュメさんはこの間二代目教皇に就任したから三人で回していかなければならなかった。
まぁラグナもデティも遊んでたわけでないんだから、仕方ないことではあるのだが。
「いや、それを言ったら私もこの間まで使い物にならない状態だったんだ。…だが二人には今日からバリバリ働いてもらうぞ」
「おう、任せろよ」
「任せて!鞭でバシバシしてみんな働かせるね!」
「フッ、頼もしい限りだ」
「あー、ちょいといいかい?」
するとそんな会話に挟まるようにアマルトさんがおずおずと手を挙げ…。
「八魔女会議もいいけどよ、俺達にはまだ問題が残ってるんじゃねぇの?『大いなるアルカナ』って名前のさ」
そう、昨日中断した話だ。大いなるアルカナがまだ残ってる、こっちも対処を進めないといけない…それも早急に。
「お師匠さんの話じゃ八魔女会議当日までにアルカナを倒しておかないとやばいんだろ?」
「ええ、魔女様の手を煩わせてしまうことになるのでね」
もし八魔女会議までにアルカナを討伐出来ていなかった場合、魔女様がアルカナの討伐に向かいその手でメムを殺すだろう。魔女様達の力にかかれば隠れているメムを見つけるのも殺すのもわけないだろう。
だが手を借りたら、アド・アストラは終わりだ。だから八魔女会議までにメムを倒しておきたいんだが。
「そのメムさんってよぉ、部下も組織も幹部も協力者もなにもかも失って…まだなんかしようと思うのかね」
もうメムの手元にはなにも残っていない、組織もロストアーツも残っていない。今更何ができるのか、まぁ出来ないだろう。半ばエリス一人に全滅させられるような連中がラグナが戻って協調性を取り戻したアド・アストラ軍を相手に何ができるのか。
「地獄を経験したやつは恐ろしいってお前らは言うけどさ、実際問題何が出来るんだ?」
「さぁな、けどエリスが言うにグリシャはメムに『用済みだ』つって捨てられたって言うじゃねぇか。だよな?エリス」
「え?はいそうですけど…」
「そして、それはアドラヌス達がスタジアムに襲撃をかけた日と同日…。つまりメムは自分で全部を捨てたってわけか、ヤケになって…ってわけでもなさそうだな」
その通りだ、もう無理だから騒ぎ起こして自分だけ逃げてやろう!と考えるような男なら態々帝国から逃げ延びて大いなるアルカナを再編なんかしないだろ。
「…絶対何か企んでます、メムは損得とか自己の保身とかを考える男じゃありません。エリスを殺すため…そして大いなるアルカナの大願たる魔女の抹殺のためなら自身の死さえ厭わないはずです」
「気合い入ってんなぁ…」
「でも、企んでるって言っても。メムが消えてもう一週間…今まで音沙汰もなし、何を企んでるんだろうね…」
ネレイドさんはゆっくりと首を傾げる。みんなも傾げる。何かを企んでいる筈だ、そしてその為に隠れているのだろう…その計画を事前に察知出来ればメムを見つけ出すことも出来る筈なんだが…。
如何にせよヒントが無さすぎる。きっとアドラヌスやグリシャを尋問しても何も出てこない…メムがたった一人で考え行動している以上、それを察知するルートがない。
ここで、なんとか推理するしかない。
「いや、分かるわけなくね?」
「だよね、ここに居ない人間の脳味噌の中なんて分かるわけないよ」
早々に諦めサンドイッチを頬張る作業に戻るアマルトさんとデティ。分かるわけないで済むならエリスも済ませたいですよ。けどそうも行かないじゃないですか。
「アマルトさん、メムがどう動くかだけでも考えておいたほうがいいですよ」
「そうかもしれないけどさ、いくら考えてもヒントなんてないし、そもそもそれが当たってるかのチェックだって出来ないし」
「でも……見つけられないと、アド・アストラが…ピンチ……」
「そうだけどさ…、メムがどう動くかって言ったってなぁ」
「動くタイミングだけでも掴めれば…」
どう動くか、いつ動くか、皆がその事について頭を悩ませている中…。
「……動く?」
ラグナだけが眉を顰める、指先を遊ばせるように動かして考え込む…すると。
「…もしかしてメムは、動かないつもりなんじゃないか?」
ポツリ…と呟いたラグナの言葉は、エリス達の喧騒の間を縫って浸透し。全員がその言葉に耳を傾ける。
動かないつもりなんじゃないか、と言うのはある意味盲点だ。エリス達は動く前提で話を進めていたから最初から動かない…と言う選択肢はない。
だが。
「いや動かなきゃ何も出来ねぇーじゃん」
「そーだよラグナー、何をするにしても行動あるべし!今動かせる手駒がないメムは自分で動くしかないんだよ?」
「そりゃ分かってるさ、けど…思ったんだ。メムはグリシャという情報源から八魔女会議の存在を聞き及んだんじゃねぇか、ってさ」
あり得る話ではある。六王が先導しアド・アストラを動かして八魔女会議の段取りを進めているんだから内通者たるグリシャがそれをメムに教えていた可能性は大いに…。
「ってまさか!メムは八魔女会議を襲撃するつもりなんじゃ!!」
どうせ一人しかいないのなら、出来るのは命賭けるくらい…ならアイツは命を賭けるだろう。理由や理屈は必要ない、アイツはそれをする男だ。
八魔女会議のことを知っていたなら、その当日を狙うのは当然の事。騒ぎに乗じてエリスを殺すもよし、魔女様相手に刃を突き立てるもよし。目的のエリスと魔女が揃っているんだから逃す手はないよな…!
だからメムの狙いは八魔女会議を襲撃する事だ!と立ち上がりながら述べるが。
「…無理じゃね?普通にさ」
「あはははは!そうだよ無理だよ!八魔女会議に乗り込んで魔女様を襲う?これは特攻じゃなくてただの自殺だよ」
「まぁ、難しいだろうな」
皆は言う、そんな事をしても意味がないと。出来る出来ないじゃない、『無駄』なのだ…メムはきっと会議場に乗り込むことさえ出来ないだろう。
「外を固めるのはアド・アストラ軍、警備の担当にはクレア団長やグロリアーナ総司令、帝国の将軍や神将もつく。当日の警備体制はまさしく鉄壁…これを抜いて会議場に入り込むのは無理だ」
「無理じゃなくて無駄だ、こう言う言い方したかねぇが…やったところで犬死確定だろうな」
みんなの反応はやや冷ややかだ。そりゃあもう当然だろうよ、だって当日の警備はアド・アストラの一級戦力が揃う。そのままマレウス・マレフィカルムと戦争出来るレベルだ。
だからメムは会議場に立ち入ることもなく、ただただ迷惑な奴として処理される…なんの意味もない。
…本当にそう思うか?
「いくらメムが第二段階に入っていようとも、今のアド・アストラには覚醒を扱う者などそれこそゴロゴロと…」
「……そっちじゃない」
「え?」
ネレイドさんが首を振る、そっちじゃないと…そうだ、気にするのはそっち…『メムが襲撃してきたことによる被害』じゃない、問題は。
「問題は、メムが…『八魔女会議当日まで出てくる気がない』ということ」
「え?…ん?あれ?それって…」
「ああ、このまま行けばメムは一切姿を見せることなく八魔女会議の日を迎える…。魔女様が動き出すタイムリミットまでな」
ゾッと全員の背筋が冷える。きっとメムはそんな事情知らないだろう。八魔女会議の日までにアルカナを滅ぼさなきゃこっちがやばいという事情なんか知りようがない。ただ単にその日に襲撃をかけるのが都合が良かったから…その日に自殺覚悟で行ってやると覚悟を決めただけであって、エリス達を追い詰めてやろうという意識はないだろう。
だが事実、今エリス達は信じられないくらいの窮地に立たされている。魔女様が動き出すタイムリミットまでにメムを倒さなきゃ行けないのに当のメムはタイムリミットまで雲隠れする気満々なのだから。
「ど!どうするの!?これ!ヤバくない!?」
「ヤバイですよ!どうしましょうラグナさん!」
「八魔女会議までにメムを倒さなきゃならんというのに、そのメムが八魔女会議まで出てくるつもりがないだと…?」
「め、メム一人くらいよくね?魔女様に譲っても」
「ダメです、メムは今回の事件の首謀者。それをアド・アストラが倒せず魔女様が始末したとなれば…アド・アストラは魔女様の代わりにはなれない、世界を変えることは出来なくなります」
「…メグの言う通り、メムは私達で倒さなきゃ…でも、出てこないか…」
みんな蒼褪めて慌てふためく、どうしたらいいのかと慌てて考えを巡らせる。
「有効な手は…無いな」
肝心のラグナさえもお手上げとばかりにがっくりと肩を落とす。どうしようもない、メムを倒さなきゃアド・アストラの絶対性は崩れてしまう、が肝心のメムは雲隠れ…これを見つけ出すのは至難の業。
当日まで打つ手なし…そんな絶望的な空気がエリス達の間に広がる中、エリスは…。
(…………メリディアさんどこ行ったんだろう)
全く別のことを考えていた。メムの事はやばいとは思うけど…何故かふとメリディアの件が頭を過ぎった。
メムという存在を見つけるに当たって今までのヒントや情報を整理していたら、未だに解決されていない謎であるメリディアが頭の端に引っかかったんだ。
メリディアはレイバンの屋敷で内通者の存在に気がついて、失踪したのだとエリスは考えている。しかしもう内通者は見つけ出し解決した…なのに未だにメリディアは出てこない。
それどころかグリシャを捕まえてもメリディアがロストアーツをなんで持ち出したかは分からなかった。
……まだ、暴いていない謎があるんだ。エリスがグリシャの存在に気がついた時感じた違和感…ロストアーツの担い手の中に疑わしい人物がいるという疑念。
あれもまだ解決していない、…だってグリシャの計画を聞いてもなお、『彼の計画を完全に立証するにはもう一人彼の協力者がいないと説明出来ない部分があるから』。
(というか、そもそもの話…なんでメムとグリシャはこんな作戦をやったんだ?)
今にして思えばロストアーツ強奪事件は『前提から崩れていた』、ロストアーツを強奪して星魔城オフュークスを奪う?そんな作戦どうやっても上手くいくわけがないんだ…、『あれが起こった時点で』メム達はどうやってもこの計画を完遂する事は出来なかった。
なのになんで、乗ったんだ?
(もしかしてメムもグリシャも知らなかった?ならあの時あんなことを言った理由も頷ける。ってことは…もしかして、そもそもこの計画を立てたのはメムでもグリシャでもなく…あの人?)
内通者ではなく、そもそもこの事件の大局的な絵を描いた奴がまだ居る。しかもアド・アストラの中に…。
それなら全部説明がつく。
『ロストアーツ強奪事件という前提から達成不可能な事件を起こした理由』
『グリシャの完璧な計画に足りないピース』
『メリディアが消えた理由』
これを全て説明する事が出来る人物は…ただ一人、たった一人しか…居ない。
(マジですか…メリディア、貴方はもしかして…この事に気がついたから)
なんて重荷を背負わせてしまったんだ。彼女になんてことを…。
「まぁ落ち着けよみんな!」
ふと、アマルトさんの声が響き渡る。落ち着けよと…それはきっとエリスに言ったものではない事は、彼がみんなの方を向きながら立ち上がっていることから容易に想像出来る。
「なんだアマルト、妙案でも浮かんだか?」
「浮かんでねぇよ?でもさ、皆さんこういう時に誰が一番頼りになるか…忘れちゃ居ませんかってんだ」
「こういう時?」
「そそ、こういう時こそ…こいつだろ?」
と、アマルトさんが後は任せたとばかりにポンと肩に手を置く相手は……え?エリス?
「ええ!?エリスですか!?」
「ああそうよ、ヤベェ状況と言えば!もうすげーピンチと言えば!逆転必至の場面と言えば!エリスしかいねぇだろ。こういうなんともならないって時はいつもお前のアイデアでなんとかして来たんだから。今日もサクッと頼むぜ?」
「何無茶なこと言ってんですか!?エリスそんな便利な存在じゃありませんよ!!!」
「でもさっきなんか思いついた顔してたじゃん」
「それは……」
それは、全然関係ない事で…、いや全然関係なくないのか。
メムとグリシャという事件の中心にいるこの二人を上手く使っていた人間がいる。内通者とも裏切り者とも言える存在がまだ居る。そいつが何を企んでて何をしようとしているかは分からないが…きっとメリディアはそいつを止めようとしている。
…こいつがいる限り安心は出来ないよな。でもあいつを引きずり出すのはメムを引きずり出すのと同じくらい難しい…。
「……………………」
……いや、方法はあるな。
「一つ、思いつきました。メムをなんとかする方法」
メムの一件を解決しつつ、その裏切り者を引きずり出す絶好の方法。
それをエリスが口にすればみんなは『おお』と口を丸く開き、何故かアマルトさんが自慢げにヘラヘラ笑う。
「な?言ったろ?でぇ〜?エリス?どうすりゃいいんだ?名案があるんだろ?」
「あります、まず───」
今思いついた計画をみんなに話す。真なる意味でロストアーツ強奪事件に幕を引くにはこれしかないんだ。
……どうやら、エリスが思ってたよりもこのロストアーツ強奪事件は、ずっと複雑だったようですしね。
……………………………………………………
「な…………」
「嘘…だよね、それ冗談だよね」
「わ、笑えねえぜ?エリス…他に案があるんだよな?な?」
魔女の弟子達は先程までの期待と希望に満ちた顔から一転、皆顔を青ざめさせる。エリスの話す『作戦』を聞いて肝が冷えきってしまったのだ。
メルクさんは唖然とし、デティは震え、アマルトさんは動揺を隠せない苦笑いを浮かべる。彼らでさえ…震えざるを得ない作戦、それがエリスの思いついた逆転の一手だ。
「え…エリスさん、やめましょうよ…それ」
「そうです!エリス様はきっと慌てているのです。もっと落ち着いて考えましょう…まだ時間はありますから」
「うん、…考え直そうよ」
ナリアさんはあからさまな拒否感を示し、メグさんはどうか冷静にとエリスの肩を掴む、ネレイドさんも賛成はしてくれない。
わかってるさ、今エリスが言ってる事がどれだけやばいのか…。
「わかってますよ、けどこれしかないんですよ」
「だがあまりに危険過ぎる!」
メルクさんが立ち上がる、危険だと…わかってるよ。
「危険なのは重々承知です、もし失敗すれば…アド・アストラが無くなるかも」
「アド・アストラだけで済めば御の字だ、最悪我々全員…!」
「分かってます」
「なら別の手を選ぶべきでは!?」
「そうですよ!エリスさん!流石にダメですよこれは!」
止められる。エリスだってきっと別の立場からこの話を聞いたら『気でも狂ったか!目を覚ませ!』ってど突き倒す自信があります。
ですが……必要なんですよ、奴を確実に引きずり出すにはこれが。
「メルクさん、さっきも言いましたけどアド・アストラにはまだ…」
「分かってる、内通者と思わしき者がいるかもしれない…だろう。だがそれは後回しでも良いのだ。もう繋がっている先のアルカナはない…、メムを探し出してから時間をかけて見つければ…」
「ダメです、こいつは信じられないくらい用意周到です。グリシャなんかよりもずっと…きっと八魔女会議が終わったら二度と尻尾を見せません」
「…だが……!」
エリスの味方はいないか、まぁみんなの気持ちも分かりますよ、こんなとんでもない事出来ないですよね…。確かに少し慌てすぎたかもしれない。ここは一旦落ち着いて別の手を…。
そうエリスが諦めかけた瞬間、静寂を砕く乾いた音が響き渡る。
「っぷふ!あはははははは!!!」
「え?」
「ど…どうした、ラグナ」
ラグナだ、ラグナが膝を叩きながら目尻に涙を浮かべて大笑いしているのだ。もう堪え切れないとばかりに腹を抱えて笑いに笑う。そして彼はエリスの方を指差して。
「最高だぜエリス!それいい!その案で行こう!」
「なっ!?」
「ラグナ…!?」
行こう!お前のアイデア最高だよ!。そんな風にエリスを指差しもうこれ以上ないくらい笑う。腹筋崩壊破顔一笑そのまま転がって足をバタバタさせてもうひと笑い…いや笑いすぎだろ。
「いやぁ〜まさかその手があったとは、お前にゃ敵わねえや。やっぱエリスは最高だな」
「何が最高なものか!ラグナ!お前ちゃんと聞いていたか!?」
「聞いてたよ、聞いて考えて…これ以上ないくらい最高の作戦だと思った。俺は乗るぜ?」
「だが失敗したら…」
「失敗しなきゃいい、それにエリスがこういう土壇場勝負を外した事があったか?」
「それは…ないが」
するとラグナは笑い涙を拭って立ち上がると。
「なぁみんな、聞いてくれ」
「なにさ…」
「俺はエリスの作戦で行くべきだと思う、まぁみんなも抵抗感があるのは分かるよ?エリスだってそこは否定しないと思う。けど…状況や状態、それから敵の狙いや残り時間も考えて今エリスが提示した作戦以上の物は多分ない」
「ですが、エリス様の提示した作戦は危険すぎます」
「分かってるさ、だからこそ俺たちで補うんだ。お前らいいのか?いくらエリスがここぞという場面の作戦を考えるのが上手いからって、それに全乗りするだけでやり過ごすってのはさ」
「ッ…!」
ラグナの瞳が皆を映す、それでいいのか?みんなはいいのか?そう逆に問いかける形に彼は持っていく。相変わらずというかなんというか…こういう風に弁舌を振るう場面を見ると彼が王なのだと。そんな当たり前の事実をまざまざと再確認させられる。
「エリスに任せて、エリスに頼んで、後は全部押し付けて…それでいいのか?」
「うっ…いい訳…ないだろう」
「そーだよ!…うん、そうだよ!確かに怖いけど…私エリスちゃんを信じるよ!」
「そうだな…チビ助とラグナの言う通りかもな、っていうか俺がアイデア出せつっといて気に入らないから反対しますはないわな。悪かったなエリス、俺もその作戦に乗るよ」
「私は…いえ、私もエリス様を信じます」
「はい、全部任せて押し付けて…それで友達ツラなんて出来ませんから」
「……ふふふ、そうだね」
あっという間だ、あっという間にみんなを納得させて信じさせた。論舌と口先で拐かし誑かしたのではなく、真正面からエリスを信じられる理由と信じたいと思わせる材料を用意し突きつけ、これならみんなが信じられるという土壌を用意した。
『必要だ』の一点張りのエリスとは違う。人を纏める論舌の力…これが人を信じさせるということか。
「いえ、…すみません皆さん」
「なんでエリスちゃんが謝るのさ。エリスちゃんが居たから話が纏まったんじゃん」
「それに、エリス様だからこそ信じられるのです。やっぱりちょっと怖いですが…もう大丈夫です」
みんなも…、信じてくれてありがとう。お陰で…あいつを引きずり出せる。
もしもこの作戦が上手くいって、エリスの目論見通りになって、本当に…彼が裏切り者だったら。
…………エリスは、どうしたらいいんだ?殴るのか?倒すのか?説得するのか?…。
どうすればいいんだ。
…………………………………………………………
『ともかく俺達はエリスの作戦に乗った!後は作戦決行の日まで各々自由!というわけで俺は仕事してくるよ!』
とラグナが言い。
『んじゃあ俺イオに会ってくるわ、あいつの仕事手伝って来たいからよ』
とアマルトさんが食器を片付け。
『では私とデティも六王会議の調整をしてくる、何か必要な事があればいつでも言えよ?エリス』
『私もこっちで仕事が溜まってるから、行ってくるね』
『私もメルク様とデティ様のサポートを』
とメルクさんとデティがメグさんを携えて消えて。
『じゃあ僕はアド・アストラの劇場を見て来ます、お忍びで!』
『私はあっちの方に行くね』
ナリアがサングラスをかけて劇場に向かい、ネレイドさんはなんかどっかにフラフラと消え。みんなは瞬く間に各々の場所へと向かっていった。
皆が皆、自分のやるべき場所へと向かった。メムを見つけ出す作戦はその時が来るまで一旦忘れ今は今やるべきことをやるのだ。
そうして当たり前のように散り散りになった弟子達の中、エリスがどこへ向かったかというと。
……………………………………………………
「よく来てくれた!待ってたぜぇ」
「いえ、それより…例のアレは」
「完成してるぜ、納期より一週間早く出来るなんて流石あたいだね!」
ポータルを使い兵器開発局『獣王の牙』の存在するアルクカースへと赴いていました。要件は一つ、ここの局長であるミーニャさんに呼び出されていたから…、なぜ呼び出されたかなんて、考えるまでもなく分かる。
「出来たんですね、エリスのディスコルディアの改造が」
「ああ、昔のお粗末な技術から進化した今のあたいの技術と力を全て注ぎ込んだ最高傑作、これ以上の防具は今現状の世界には存在しないよ」
ミーニャさんにお願いしておいた宝天輪ディスコルディアの改造。それが上手くいったのだ、ミーニャさん曰く一ヶ月はかかると言っていたが実際はそれよりも早く仕上げてくれるんだからやはり彼女は一流だ。
獣王の牙の局長室、黒鉄の鉄材に囲まれた部屋の中機材に腰をかけるミーニャさんは自慢げに鼻の頭を擦っている。どうやら余程の出来のようだ。
「じゃあ早速見せてもらっていいですか?」
「おうよ、しかと刮目しな?これがアンタの新しい武器にして防具…その名も」
そう言いながら、散らかった机の上の物を薙ぎ払って床に落とし。代わりに黒い布に包まれたそれをドン!と机に乗せ、彼女はもったいぶるように布をハラリと取り払うと。
「『真具ディスコルディア』…!」
宝天輪改め真具ディスコルディア。それは相変わらずの黄金の光を携えた…籠手だった。
「籠手?」
今までのディスコルディアのように腕輪型ではなく、本当に腕にフィットするような形の籠手になっていた。肘から二の腕を覆い、手の甲にまで伸びた金属はエリスの五指の形に分かれ、指の第一関節まで守るような形をしている。
簡単に言えば金属製のグローブのような形だ、それを二つ持ち上げてみるとこれが思ったよりも随分軽い、なのに…硬い。これならどんな攻撃でも弾けるぞ。
「聞けばお前あの腕輪型の防具を籠手みたいに使って戦ってたって言うじゃねぇか。器用な事するもんだと思ったから大幅に形を変えてホントの籠手型にしてやった」
「なるほど、…エリスの腕の形にフィットしますね」
「ああ、いい防具ってのは足枷にならないんだ。第二の皮膚のように着用者の体に吸い付く、全部お前に合わせて調整されているからそいつはお前以外には使えないぜ」
腕を通してみたらこれがびっくりするくらいエリスの体にフィットする、キチンと装着出来てるかどうかを目視で確認しないといけないレベルだ。
試しに腕を軽く動かすが、全然苦にならない。
「以前のように魔力を高める杖としての機能に加え、内部に大量の魔力導線を組み込んである」
「魔力導線ですか?」
「言ってみれば魔力が通る一方通行の道だ。だから魔力が体から腕を使って手先に集中するようにしてある。お前言ってたろ?『魔術を撃ちやすくしてほしい』って」
言った…そして確かに魔力が今までよりもスムーズに手先に集中するようになってる。例えるならこの籠手は水を通すホースだ、一箇所に集中させ今まで以上のパワーと勢いで放つ事ができるホースなんだ。
これなら火力アップも期待出来るぞ。
「ただ気をつけな?魔力導線が損傷したら無理に魔術は撃つなよ?」
「え?損傷したらどうなるんですか?」
「導線は血管も同然だ。損傷したらそこに魔力が溜まって…ドカーン!だ」
まぁ余程のことがない限り損傷はしないがな!と笑うが…いやいや怖いよ、ドカーンじゃないよ。エリスそんなのつけて戦うんですよ…。
しかしミーニャさんは気にする様子もなく笑い、エリスにいそいそと近づいてくる。
「そ・れ・に〜〜?、ここ押してみ」
というとミーニャさんは真具ディスコルディアに取り付けられた突起部分をコツリと押し込むと。
「お?変形した」
籠手が変形し展開して、腕に装着する盾のような形に変わる。すげぇ…本当に変形した。
「もう一回押すとガンドレッド型になったり色々な形に変形するよ」
「凄いですねこれ、どんな仕組みになってるんですか?」
「魔力機構の中に金属変形機構ってのがあってね、そいつを組み込んであるのさ」
「へぇ…」
「おまけに自己修復機能もついてるからアンタがどれだけ魔力機構を破壊するのが得意でも安心さ!」
コツリコツリと何回か押すとその都度変形するディスコルディアを見て思う。貴方も芸達者になりましたね…。
でも…。
「これだと足には取り付けられませんね」
今までは単純な腕輪型だったから足に付けたりと応用も効いたが、完全に腕型の籠手になってはもう足には取り付けられない。便利になったが失ったところもまたあるな。
「んふふふ、そういうと思ってなぁ、ちゃんと準備してあるぜ」
「え?準備?…ってこれ!?」
するとミーニャさんは取り出すんだ。もう一つ…黒い布に包まれた何かを、当然その中に収められているのは。
「真具ディスコルディアは籠手と脚甲の四つで1セットなのさ!」
「ぅおおお!!凄いですね!ってこれ普通に倍になってるじゃないですか!!」
もう一つ取り出しされたのは脛に取り付けるタイプの脚甲、籠手とは別にもう一つ用意されてるんだ。同じレベルの防具が…!
「こいつにも全く同じ機構が取り付けられている。手か足か…なんてみみっちいこと言わねえで両方につけろ!」
「おお…凄い!凄いですよ!これ!」
足にもつけられる、今まではどちらか一方にしかつけられなかったけどこれからは両手足に防具をまとって戦えるんだ。これはかなり大きな進歩だぞ…!
「そして、使わない時はこうやって組み合わせて、ここをこうしてこうやって、ボタンを押したら」
と今度は籠手と脚甲を組み合わせてガチャガチャと形を変え、ボタンを押すとそのまま一気に籠手と脚甲が縮み…。一つの金の指輪になってしまった。
「エリスのリクエストの一つ。使わない時の収納法を用意してほしいって奴を叶えた結果がこれだ。これなら指につけてもポッケにしまってもオーケーだろ?使う時はお前が魔力を流し込めば自動で腕と脚に装着されるようになってるから即座に戦闘態勢に移行出来る」
「おお…何から何まですごい…」
今までのディスコルディアから考えるとすごい仕掛けの凝りようだ。魔力機構というギミックを手に入れたおかげでアルクカースの兵器開発技術も爆発的に進化しているんだ。
指輪をはめて、もう一度魔力を込めれば、即座に光に包まれ両手足に移り防具が装着される。これならすぐにでも戦闘出来そうだ…、まさに傑作というより他ない。
「防具にしても魔力機構にしても、これ以上の代物はないと断言出来る…、魔力機構とアルクカースの鍛治技巧を組み合わせた新たな技法、これがあたいの完成させた魔練術だ」
「これ、ロストアーツ並みですよね…」
「ああ、この技術力ならロストアーツ技術になんか頼らなくても、同レベルの武器が作れる。このディスコルディアだってロストアーツに匹敵する代物だよ」
出来ることの多さや防具としての有用性、ロストアーツのような特殊な能力は持たないがロストアーツにだって決して劣らない物だ。メルクさんもこの技術があればもうシリウスの血なんか使わなくてもいいだろう。
「もっと早くこの技術を確立させられてたらよかったんだがな。あたいはハナっからロストアーツは好かなかった」
「好きじゃないって…なんでですか?、エリスもロストアーツはあんまりいいものとは思いませんが…」
するとミーニャさんはどかりと機材の上に乱雑に座り、機嫌が悪そうな顔で足を組み。
「アレは全技術者への冒涜以外の何物でもないんだ、だってそうだろ!何千年も前の技術の方が今の物より優れてるって言ってるようなもんだ!俺の親父や!工房のみんな!その先輩やさらに先輩!何百年何千年と築き上げてきた技術体系を全部否定してるんだぜ!許せねえよ!」
武器を作る防具を作るってのは簡単なことじゃない。幾多の人間が生涯をかけて確立した技術を誰かが受け継ぎ進化させ更に誰かに継承する、そんな事をずっとずっと繰り返して今の真具ディスコルディアに行き着いている。
その努力を全部ひっくり返すのがロストアーツ、今の技術で作っているとはいえその設計図や構想は古の時代の物だ。今の技術者はそれを受け入れられないんだ。
「とはいえ、ロストアーツプロジェクトが立ち上げられた当時はロストアーツに匹敵する技術がなかったのも事実。だから…メルクリウスから仕事を回された時は断ることが出来なかったんだ」
……ん?メルクリウスから仕事を回されたって、それってもしかして。
「あの、もしかしてロストアーツを作ったのって…」
「ああ、大元の骨組みを作ったのはあたいだよ、全部あたいが作った。No.1からNo.13まで全部ね」
「え…ええ!そうなんですか!?」
「そりゃそうだろ、このアド・アストラの何処にあたい以上の鍛冶屋がいるよ」
確かに、その通りだ。ミーニャさんは世界一の鍛治職人、世界一の武器を作ろうと思えば彼女以外に頼れる人間はいない。
するとミーニャさんは散らかった棚の中にその丸太のような腕を突っ込み、何か紙の束のようなものを取り出し。
「ほれ、ロストアーツの設計図。昔の文献を頼りにあたいが今風に書き直したのがこれだ」
ロストアーツの設計図、そこには星魔槍アーリエスや星魔鎌スコルピウスのような武器の数々が書かれ、内部構造が事細かに書き込まれている。
これ全部ミーニャさんが書いたの?なんて綿密な設計図なんだ…あの野太い腕でこんな細かな作業をしてたのか。
「うわぁ、細かぁ…っていうかこの線ってさっき言った魔力導線ですか?ビッシリ張り巡らされてるじゃないですか」
「そりゃ、例の無限のエネルギーから供給される魔力を事細かに伝えるにはそうするしかないからな。この導線のバランスや配置を考えるのにあたいは一週間徹夜したよ、…気に入らないがそれでも一生懸命作ったのさ」
やるからにはやる、全霊を込める。それが彼女のプロ意識なのかもしれないな…なんて考えながら一つ一つ設計図を読んでいく。これを作り上げたミーニャさんは間違いなく天才だな。
ん?…この設計図。
「あの、ミーニャさんこれ」
「これ?ああ、星魔城オフュークスだな。こいつの設計は一番苦労したねぇ、ただ思い切りやっていいって言われたから思い切りやったが…ちょいとやりすぎたねこりゃ」
設計図の中には、当然謎に包まれた星魔城オフュークスの設計図もある。あの日メルクさんに見せてもらったやつと同じ…。
ならもしかして、この人なら知ってるんじゃないか?
「あの、ミーニャさん」
「なんだい?」
「星魔城オフュークスって、何処にあるんですか?」
星魔城オフュークス、この世界に存在する最悪の兵器。使えば魔女大国だって滅ぼせる最悪の大要塞、それが今何処にあるか…メルクさんはそれを隠したがっているけどエリスはそれを知る必要がある。
なんせ、メム達の狙いがそれなのだから。
「オフュークスの所在?メルクにゃ口止めされてるが…アンタならいいだろう。教えてやる、オフュークスがあるのはな…白銀塔ユグドラシルの内部だ」
「な、内部!?あの塔の中にあるんですか!?」
「ああ、ほれユグドラシルって塔の上の部分が広がってるだろ?」
そう言われて思い出すのはユグドラシルの構造、確かに最上階付近は…それこそ六王の間がある地点な傘のように広がってる。まるで白銀の大木…あるいはでっけえブロッコリーみたいな形を、ってまさか!
「その広かった部分がオフュークスだ。外壁で覆って隠してあるが中にはこのオフュークスが隠れてる」
「そんな…大丈夫なんですか!?」
「だから最上階は六王以外立ち入りが出来ないのさ、六王の間はオフュークスの内部だからね」
なるほど…そういうことだったのか。だがなんとなく納得出来る、なんでってそりゃこれを計画したメルクさんならそうするだろうから。
一番大切で一番恐ろしい兵器は絶対に手元に置く人だ、あの人はそういうことをする人だ。
「こいつは恐ろしい兵器さ、悪い奴が使えば気に入らない人間を皆殺しに出来る」
「そうですね、それだけの代物です」
「だけどね、あたいは…武器を殺す為の道具にしたくないのさ」
「え?武器は殺すための道具では?」
何を言ってるんですか?武器とはそもそもそういうものだとエリスが言えばミーニャさんは首を大きく横に振り。
「ちげぇよ、人を殺すのならそれはもう武器じゃなくて凶器だ。…そもそも殺すってだけなら刃渡り10センチ程度のナイフで事足りる、それに技術が必要か?あたいはそうは思わねえ」
「それは…そうですけど」
「武器の理想はな、抑止力なんだ。腰に剣をぶら下げるのは喧嘩を売られないようにするためだ。カタログスペックをより派手にするのはそれを知った相手が尻すぼみするからだ、それはナイフには出来ない…洗礼された技術によって生み出された力でなくては実現出来ない」
するとミーニャさんはエリスから設計図を取り上げ一つにまとめると。何かを決心したように目を閉じて。
「殺戮の為だけに兵器を作り始めたら人間は終わりだ、その先に待ってるのは果てのない軍拡と兵器開発競争…いずれ星を砕く最悪の兵器が生まれるまでそれは続き、頭のおかしな支配者がそれを握って人類を終わらせる。そんな未来しかやってこない」
「…………」
「ロストアーツはその一助になっちまう。あたいの理想とする抑止力になり得ない…作るべきじゃなかったのは分かってる。けど…こいつらもあたいの子供みたいなもんなんだ。どんだけ言われても可愛いもんなのさ」
ロストアーツは危険だ、そんなもの百も承知だがそれでも未練はある。そこに愛情は確かにある、それは作り手たる彼女にしか分からない感情だ。エリスには全然分からない…けど、今彼女が目に涙を溜めてるのは分かっている。
「ロストアーツは解体されるんだろう?仕方ないことだよ。けどここに設計図がある限り何度でも生まれちまうし、その都度解体されなきゃいけなくなる。この世の何処に殺される為だけに子供を産む親がいるよ」
「…………どうするんですか?」
「決まってるさ、子が苦しみ続けるなら…一思いに親の手で消してやるのさ」
するとミーニャさんは決心をつけ、ロストアーツの設計図を焼却炉の中へと突っ込み。その全てを燃やしてしまう。これでもうロストアーツを作ることは出来なくなったと言ってもいい。
「エリスがこんなこと言うのはあれかもしれませんが、よかったんですか?」
「ロストアーツには無理だった、だがあたいが確立させた魔練術なら…もっといい物を作れるはずだ、この子達はその礎となった。それで十分だ…」
「……そうですか」
「ああ、あたいは必ず抑止力を作るさ。そんでもってこれ以上の兵器を作る必要がない!って馬鹿な権力者が思えるくらいのものを作る。その時にこそ真の戦争が出来るのさ」
「ミーニャさん…………え?戦争?」
ん?え?結局戦争するの?ミーニャさんが作りたいのは抑止力による平和では…ってそうだった、そういえばこの人。
「ん?当たり前だろ?戦争ってのはやっぱり健全じゃないとな?大量殺戮兵器を並べるだけでカタがついちまうなんてのは健全じゃねぇよ。やるなら互いに拮抗させた状態でやらないと」
「……殺すための技術は嫌いでは?人を傷つけるのはいいんですか?」
「別に殺すのがダメとは言ってないし、そもそも刃がついてる時点で傷つけるのは確定だろうが。あたいが言ってるのは軍拡と兵器開発競争をより健全な方向へ…殺戮ではなく勝利に向かって進める兵器を作ることなのさ」
「結局戦争はいいんですね」
「争いのない世界はあり得ない、なら適度にガス抜きできる程度の戦争の範疇で収めるのが一番なんだよ」
この人もアルクカース人。戦争は大好きなんだった…。闘争そのものを否定してるわけじゃないんだったな。
うーん、やはりこの人達の価値観はわからないなぁ…と思いつつ、エリスはアジメクのある方向へ想いを馳せる。
星魔城オフュークス…あんなところあったなんて、だがいいことを聞いた。奴等の最終目的のある場所…それを知れたのは大収穫だな。
そう思いつつ、エリスは次なる目的地へと急ぐことにした。あとやることと言ったら一つしかないからね。