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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
三章 争乱の魔女アルクトゥルス
38/844

34.孤独の魔女と争乱への旅路



みしり みしりと音を立てる、内から出でる衝動が その身を打ち破らんと溢れ出る


めらめらと音を立てて我が身を燃やす、憎悪でもなく 悪意でもない、純粋な闘争心と言う名の炎が 理性を燃やす


戦いたい 戦いたい 戦いたい 戦いたい 戦いたい


勝ってもいい 負けてもいい 死んでもいい 殺してもいい、剣撃輝き弓が空を裂き 悲鳴と怒号と勝鬨の鳴り響く戦場に在りたい


何故世はこうも平和なのだと何度嘆いたことか…何故ゴミのような平和主義者が語る耳障りな偽善がこうも罷り通っているのかと何度憤怒したことか、しかしそれももうすぐ終わる


永遠なる戦い 終わらぬ戦乱…夢の世界の実現は もうすぐだ



………………………………………………



「せっせっ!」


切り刻んだ木材を丁寧に並べ火をつけ焚き火を作る、その手際は鮮やかそのもの


「せっせっせっ!」


鍋を用意し水を張り、予め用意した食材を煮込んで行く、その手際は見事と言わざるを得ない


「せっせっせっせっ!」


その隙にもあちこちを巡り何もない平原に着々と大人数が一夜過ごすに足る空間を作り上げるその様は、圧巻の一言


「あ…あのエリスさん、俺たちは何を…」


近くにいる男達が目の前でせかせか動く小さな少女に…エリスにおずおずと声をかける、異様なのは男達の方が遥かに歳上であるにも関わらず、少女に対して申し訳なさそうに指示を仰いでいるのだ…異様と言う他あるまい


「むっ?」


声をかけられると彼女は慌ただしく動く手を止め、肩口まで伸びた金色の髪を振り男達の方をやや不機嫌そうに見る、すると即座に人数と状況を把握すると…


「では行商人の皆さんは荷物の整理をお願いします、その後は寝床の確保とみなさんの馬車馬のケアの方もやっていただけると嬉しいです、それ以外はエリスがやっておきますので」


「あ あの、近くに森があったんですけど、そこで食料の確保とかは…」


「もう日が暮れます、近くにアニクス山がある以上ここもすぐに暗くなるでしょうし、帰る頃には見通しも悪くなっているでしょう、人手と松明が勿体無い上 森の獣は基本的に夜行性です、暗い中での狩りは危険ですし食料にはまだ困っていません、今日はこれで事足りるのでしなくてもいいです」


「あ はい」


男達に指示を飛ばしながらも野営の準備を次々と進めていく、まさに彼女の仕事ぶりには立ち入る隙さえない、少し大人びてはいるものの未だに子供と取れる年齢の少女に男達は口すら挟めず呆然とする


「ん…?、何をしてるのですか?もう日が暮れますよ、夜になるまでに一夜を越す支度を済ませておかないと後で大変ですよ!」


「は はい!エリスさん!」


エリスの急かすような手拍子に肩を震わせ、蜘蛛の子散らして指示された通りの場所向かっていく、男達も…新米とはいえ冒険者なのだが、彼女の手際の良さにはタジタジのようだ





「…い いやまさか、ここまでとは思いませんでしたよ 賢人の姐さん」


「言ったろう、エリスは優秀な子だと…野営やキャンプの設営、(こと)に 野外での活動は全て会得している、まぁ 私もここまでとは思わなかったがな?、役に立つだろ?彼女は…パトリック?」


やや小太りの男 パトリック・パーメンジュール…デルセクト国家同盟群出身の行商人である彼は、エリス達の作業する場から遠く離れたそこで、隣に立つエリスの師であるレグルスに向けて声をかける


いや予想以上を通り越して常識外れだろ、なんであんな小さな子が歴戦の探検家のように野営を進めてるんだ?


と言うかどうしてこんなことになった…、あれは 確か…そうだ


それはあっしがアジメク皇都で品を揃えて国外へ出ようとした時のことだったな、順を追って話すと あれはそうだなとパトリックは追憶する………




…各地を移動する行商人にとって、一番の敵は魔獣や野盗と言った物理的そして暴力的なリスク達だ、それを除外する為に行商人達は大規模な移動を行う際はお抱えの用心棒を囲い込み同行させるのが普通だった


がパトリックは用心棒を雇っていなかった、何故か?金が惜しいからだ 、そんな平時は金食い虫に成り下がるような奴を雇い入れるような余裕はウチにはないと用心棒を雇わずやってきたのだ、


パトリックはアジメク国内の危険地区を全て把握している、そこを避けて通れば危険はないし危険でなければ用心棒などなくてもやっていける、と言うか事実やってこれた


が、そんなある日 大きな仕事が彼の元に舞い込んだのだ、内容を簡単に説明するなら隣国エラトスへ商品を運び そこで商売をすると言うもの


…そう、アジメクを出て国を跨ぐ大仕事だ、パトリックは一も二もなくこの仕事を受けたが…、受けた後気づく これは少しまずいんじゃないか?と


アジメクは魔女の加護で殆ど魔獣が出ないから魔獣の被害は皆無と言ってもいい、山賊だって普段から国内を騎士団達が見回っているから主要な街道には現れない…言ってみればアジメクは非常に平和な国だ、用心棒など雇わずともやっていけるくらいには



だが隣国エラトスは違う、魔女の加護がないから普通に魔獣が出る…人間を遥かに超える力を持つ魔獣達に襲われればこんな馬車一撃で吹き飛ばされてしまう、馬車が吹き飛べば大赤字だ、パトリックは血相を変え大慌てで同行してくれる冒険者を雇おうと皇都中を駆け回ったが…


しかし運の悪いことに、この時期 大貴族オルクスが国内に集まったほぼ全ての冒険者達を魔女討伐の反乱軍として雇い入れてしまっていたため、パトリックの元にはまだ冒険者を始めたばかりの新人…木っ端な雑魚しか集まらなかったのだ


これじゃあエラトスの魔獣どころか山賊に襲われてアジメクから出ることも叶うまい…、しかしもはや行かないわけにも行くまいと、頼りない彼らを用心棒として雇い決死の思いで皇都を発ったのだ


…その後だよ、彼女たちに会ったのは



旅慣れしてない新米の冒険者達に足を引っ張られながらえっちらおっちらエラトスへ旅をしている最中の事 アジメク辺境の平原、 そのど真ん中でそれを見たのだ


異様だった、其奴を目に入れた最初の感想はそれだ


何せ、馬車を引いてるのが淡い光を放つ半透明の馬…曰く魔術で生み出したという謎の馬だったのだから、そしてそれを手綱を無しに操るのは黒髪紅眼…伝説に伝わる孤独の魔女と同じ見た目をした女魔術師、言い知れぬ雰囲気を漂わせる其奴の馬車が俺たちの近くを通りかかったんだ


最初は、そう世間話のつもりで話しかけたのだ…同じ馬車移動の仲だし、それに 人とは出来る限り仲良くした方がいい、どの縁がどういう風に回りどんな利益を生むか分からないからだ、軽く縁を結ぶくらいの気持ちで声をかけた


女性一人で旅なんて大変ですね そんな感じで話しかけたと思う…、すると彼女は宝石のような瞳を軽く向け 、無感情にこう言った


『いや、弟子とアルクカースまで二人旅だ 、だが正しいルートが分からない、もし良ければ途中までで良い、道案内を頼めないか?』


そう、持ちかけてきた…正直言おう 断ろうかと思った、こっちは大切な商品に加え、役に立つかも分からん新米冒険者数名 、正直足手まといばかりだ、その上更に女とその弟子を抱えて旅をする余裕ははっきり言ってないからだ



すると女はこちらの心情を察したのか交換条件を出してきた


『ふむ、もし道案内をしてくれるなら、道中の護衛は私と弟子が受け持とう…見た所そちらに戦力になりそうなのはいないようだし、丁度良いだろう』


見ての通り魔術師だ 腕っ節はあると売り込んできた、…ううん 道案内をするだけで魔術師二人を雇えるなら、まぁいいか 腕前は分からないが、彼女の言った通り戦力はかなり心許ない


暫しの熟考の後、同行することを許した、パトリックの価値観は金を払う必要があるかないかと二択のみ、金がかからないなら別にいいか 、役に立たないと思った瞬間 切り捨てていけばいいわけだし…そう判断したのだ




そしてその選択は正解である事を直ぐに理解した


名前を名乗らず ただ惑いの賢人と名乗る黒髪の彼女、そしてその弟子 エリスちゃんの圧倒的な実力の高さを目の当たりにして…



彼女らを同行させてよりすぐ後のことだ、旅慣れてしてない一団である我々に目をつけた山賊、数にして二十人程度がぞろぞろと何処からともなく現れたのだ 我々は逃げる暇もなくぐるりと囲まれ断たれてしまった


直後悟った、廻癒祭の騒ぎで騎士の巡回が一時的に滞っているこの時期は、安全と思われる街道にも山賊が出るんだ…やってしまった 普段ならこんなミスしないのにとパトリックは顔を青くした


山賊御一行の彼らの手には大振りの剣を持ちおちょくるように舌を出す、彼等にはたんまりと物資を運ぶ割に女子供とへなちょこしか居ない私達はさぞご馳走に見えた事だろう


事実、こんな時のために雇い入れたはずの冒険者達は屁っ放り腰で剣を構え 馬車を周りに固まっている始末、ああこれはダメだ 物資を全て投げ打ち命乞いでもしようか…でも赤字になるくらいなら死んだほうがマシか?と一瞬、考えたその時


幼い金髪の少女エリスちゃんが 馬車から躍り出るなり、瞬く間に屈強な山賊を全員薙ぎ倒し吹き飛ばしてしまったのだ、唖然もう一度言う 唖然、口を開け驚いている暇もないほど素早く事を終わらせてしまった…


あんな小さな子が一流の騎士と同程度の働きをしてみせたのだ そりゃあ驚くだろう…、山賊を蹴散らし 脇道に放り投げエリスちゃんはこう言った


『この程度ならエリス一人でも十分ですので、お任せください』と…軽く微笑みながら




そしてまぁ、なんだかんだあり 今に至る


不甲斐なく山賊に怯えていた新米冒険者達はみんな纏めて危機を救ってくれたエリスを崇拝し始め、エリスはあっという間にこの一団のリーダーに就任、何故か雇い主であるあっしを差し置いてエリスが移動のスケジュールまで組む始末


しかもそのスケジュールに穴がない上、指示も的確だ…本当に子供かこの子は



「エリスさん!キャンプの設営終わりました!」


「エリスさん!馬達に餌をやり終わりました!」


「ありがとうございます、夕食はもう直ぐ出来上がりますので、皆さん装備の点検を終わらせておいてくださいね」


「はい!」


ほら見ろ、彼等の憧憬の眼差しを…新米の彼等からしてみれば、エリスは正にヒーローだ、歳下だろうと関係ないのだろう


「いやぁ、あんなに小さいのにそこまでキビキビと動けるとは、あのエリスちゃんという子 相当旅慣れされているんでしょうなぁ」


「いや、これが初旅だ…しかもまだ旅に出て三週間と少ししか経っていない、あそこでエリスの指示を聞いて動いている彼等の方が旅をしてきた経験はあるだろな」


「はぁ?、いや それは流石に…」


流石に嘘だ…と思いたいが、こんな変な嘘をついたところで何の得があるのかわからない以上…多分、本当なんだと思うが、 だとするならいよいよ何者なんだこの子達は


「言いたいことはわかるさ、だが事実なんだ…最初は私が火を起こしたり薪を揃えたりとしていたんだがな、三日で仕事を覚え一週間で仕事を取られ、二週間目にはもう私のすることがなくなっていた」


師の面目が…と虚ろな目で語るレグルスの視線はここではなく、少し前の事を想起しているようだった、なるほど彼女はここで弟子を見守っているのではなく、単純に仕事がないから突っ立っているだけなのか…


「師匠!お夕食の支度が出来ました!、どうぞお食べください!」


「ああ、…む?随分豪勢だな」


「はい、冒険者の皆さんが積荷の食べ物を分けてくださったので 今日は豪華です」


あ!あのやろ!勝手に積荷の中のもん渡しやがったな!、いや…いやまぁいいか 、エリスちゃんの手際や実力は少なく見積もっても二ツ字冒険者に匹敵する、それが殆どタダで同行してくれるんだ、積荷の中を少し空けたって 黒字もいいところだ

使った商品分はあの冒険者達への報酬から天引きすればいいし、うん黒字黒字


そう思い、エリスちゃんが煮込んだ鍋の中を見てみるとこれまた驚き…シチューだ、しかも相当出来がいい 、ここ最近ずっと干し肉やビスケットをお湯で戻したものとか 節制を心がけていただけにこのメニューはありがたい


使ったのうちの商品だけど


…まぁいい、この際文句は言いっこなしだ 、偶然腕のいい魔術師を雇えてこちらも気分がいいし山賊相手に生き延びたりもした、宴会とまでは行かずとも多少豪勢にやるのもいいかもしれない、エリスちゃんの言う通りまだまだ食料にも余裕があるしな


そうパトリックは木の皿にシチューを注いで貰いに行くのであった




………………………………………………


エリスが遂に他の一団の指揮まで取り始めた…、アジメク辺境の平原にて私は一人呆然としていた



アジメクを発ち、さぁ これから長い旅が始まるぞと意気込んで馬車で移動が始まったのが三週間前、デイビッド達に送ってもらった時と違い 今回は自分たちのことは自分たちでしなければならない


食料確保 ルート確保 水や身の安全だって気にしながら旅をしなければならない、大変なことだ、様々な知識と技術が必要とされる


エリスは今まで、そういった経験 所謂長距離の旅 と言うものを経験したことがない、それが悪いとは言わないが、やはりあるのとないのとでは行動できる範囲が違ってくるからな


幸い私には旅の経験がある、旅をしたのは八千年前だが火の起こし方や寝床の整え方はいくら時が経っても変わらない、と言うわけで移動がてら色々教え回っていたのだ


最初の三日はとても気分良く教えられた、あれをしてもこれをしてもエリスは目を輝かせ黙ってそれを見つめていたのだ、まるでエリスと出会ったばかりの時を思い出して色々新鮮だったが


それも一週間と経たないうちに終わった、いつのまにか私がやるよりも前に準備が終わっているのだ、あれ?おかしいな?と思ってるうちに着々と私の仕事はなくなり


今ではこうして呆然とエリスの仕事ぶりを眺めることとなっている、いや 鮮やかだ…エリスに限って『やり忘れ』や『ど忘れ』はない、昨日の仕事のリピートを見ているかの如く テキパキと作業をこなしてる…いや昨日よりも確実に手際がいい、ものの一週間で旅の基礎を殆ど覚えたのだ、相変わらずの記憶力だ


そしてついに、別の一団の野営の支度にまで口を出し始めた…いや 向こうが受け入れてくれてるからいいんだがな


「美味しいです!美味しいですよエリスさん!、皇都で食べたどの料理よりも美味しいです」


「流石エリスさんだ、料理まで上手いなんて!」


「いえ、この程度楽勝です」


そう口々にエリスを褒め称えるのは道中道案内を頼んだパトリックと言う行商人…の雇った用心棒代わりの冒険者らしい、どいつもこいつも剣を持てば誰でもある程度戦えると思ってる類の素人で、危うく山賊に身ぐるみ剥がされそうになっていたところエリスが助けたのだ


それ以来これだ、冒険者…全員新人だろうか?年齢は11~2くらいの青年と呼ぶには些か幼さの残る男の子達が数人寄ってきてエリスを褒めている、それにしても若いな…冒険者は十歳を超えてれば一応見習いという形でなる事は出来る、貧乏な子とかはそれで生計を立てたりもするらしいが…恐らく彼らは今回が初仕事なのだろうな


そんなエリスに言いよる彼等新米冒険者諸君の胸中にあるのは二つ 、純粋な憧憬と単純な下心だろう


エリスには山賊をなんなく打ち倒せるだけの腕がある、その上野営の巧さや的確な指示、冒険者として是非とも我らの仲間に と誘いたいのだろう


そしてもう一つ、エリスは同年代から見ても相当顔が整っている、可愛い と言うよりもうあの年齢で綺麗の領域に片足を踏み込んでいる、恐らく母の旅役者ハーメアの血が濃く出ているのだろう、まさしく舞台役者の如き顔立ちの良さにあわよくばそう言う関係に 、そう思い描いているのだ


「それにしたっても凄いですよ、こんな凄い腕前を持った仲間がいれば きっと僕たちの旅も楽になるんだろうなぁって思います」


特に積極的に声をかけてくるのは、新米冒険者達のリーダーであろう青年、確か名前はアルベル・オンシジュームだったか、うん 顔つきは悪くない…いや冒険者としては甘ったれな顔つきをしてるか、山賊相手にもブルブル震えていたり まだちょっと根性が足りないな


しかしそんな彼が思い切ってエリスを勧誘する、魔術が使え 野営の腕もある 旅の勘も冴えておまけに美少女、逃す手はないと言わんばかりの攻め具合だが


「そうですね、楽になるでしょうね、頑張って探してください」


「あ、いや違くてその、出来れば僕たちはエリスさんに…」


「あ!師匠!、おかわり大丈夫ですか?」


どうやらアタックは失敗に終わったようだ、そうだな 私が分析するに彼の敗因は 遠回り過ぎたこと、そして優柔不断だったこと…後は弱かったことか…

それにエリスはまだ七歳、冒険者にはなれないよ諸君


「ん、もらおうかな」


おかげでアルベルの言葉はエリスにかすりもせず袖に振られる、興味がないのか はたまた眼中にさえないのか、冒険者諸君には悪いが エリスを口説き落とすのは難しいと思う、エリスは興味を示さない人間に対しては非常に塩対応だからな


しかし、男か…エリスもいつか連れてくるのだろうか、生涯の伴侶を


この人と結婚します と言えるような素晴らしい男性、それをいつか見つけたりするんだろうか…、するとするなら どんな男を連れてくるんだろうか


もうメチャクチャムキムキで強そうなやつかな、それともエリス以上に頭のいいやつかな…いやエリスみたいに特異な奴ほど平凡な相手に惹かれるものだ


何にせよ優しい奴ならそれでいい、相手がエリスを泣かせるようなら私が殺す…


「…?、師匠?どうしました?」


「いや、なんでもない」


エリスからシチューを受け取り、即座に考えを切り替える…まぁ 私がどうしようともエリスは自分のパートナーを見つけるだろう、その果てに結婚という選択を取るかどうかも私の意志が及ぶ所の話ではない


私に出来るのは杞憂と分かりきった心配をするよりも、結婚式に呼んでもらえるよう邪推し過ぎないことだし、何より旅の最中に気にするような話でもない


「しかし、態々安全なアジメクを出て あのアルクカースに向かうなんて、一体どういう用事があるんで?」


そう声をかけてくるのはパトリック、偶然拾った道案内役だ 、だだっ広い平原をなんのアテもなく走るより、ある程度安全な道を確保しているであろう行商人について行った方が得策だろう と言うことで今ひと時を共にしている男だ、ちなみに名前は名乗らず惑いの賢人で通している、レグルス…と名乗ると面倒そうだから


しかし、態々安全なアジメクを…か、確かにアジメクは安全だ、魔獣は出ないから危険はないし、医療技術が発達しているから多少怪我をしてもやっていける、何よりスピカの平和主義が国民全体に行き届いており 皆争いを好まない


その分盗賊が幅きかせてるってのもあるが、こんな平和な国でイキリ散らしてる小物なんざ世界全体から見れば雑魚も雑魚 超雑魚だ



対するアルクカースは、まぁどちらかというと危険な国だな…いやすごく危険か?すごくすごく危険か


「パトリックさん、アルクカースがどういう国か知っているのですか?」


「ん?ああエリスちゃん、あっしはこれでもデルセクトの出でね 、アジメクに渡ってくるとき アルクカースを横断したことがあるんだ」


そう語るパトリックの目はやや疲れているようにも見える、デルセクト…アジメクから見てアルクカースの向こう側にある魔女大国で 栄光の魔女フォーマルハウトが統べる国だ、世界一の経済大国であり世界一金持ちな国とも言われている、そこからアルクカースを超えてアジメクへか…長旅だったろうな


この話は経験になるぞと思ったのか、エリスも姿勢を正しパトリックの話を聞きいる


「軍事国家アルクカースはな、多分 世界で一番危険な国だ、知ってるか?アルクカースではアジメクと違って山賊が出ないらしいんだ、なんでか分かるかい?」


「山賊が出ない?平和ってことですか?」


「とんでもない、山賊よりも街人のが強いからさ 、アルクカース人ってのはな 世界屈指の戦闘民族なんだ、老いも若いも男も女も八百屋も魚屋も宿屋もパン屋もみんなまとめて強い上に戦うのが大好きなんだ、そんな奴らがうようよいるところで賊なんか出来ないよ」


彼のいうことは正しい、そもそも国を統べるアルクトゥルス自身が超好戦的なのだ、そんな奴が八千年治め続ける国だぞ?そりゃあ国民全員戦いが大好きにもなる…


おまけに好きなだけじゃなくてみんな強いのだ、他国の雑多な兵士よりアルクカースの街人の方が強かったりするレベルで強い

アルクカースでは弱虫として知られた奴が他国へ逃げた結果、その国では勇猛無双の名将として扱われた…なんて話はザラに聞く


「おまけに何かあれば殴り合いで決めようとする、聞いた話じゃ国の要職…大臣やらなんやらを決めるときは武闘大会を開き生き残った奴が選ばれるらしいんだ、…あの国じゃ 権力よりも腕力が優先されるのさ」


「おっかない国ですね」


「ああおっかない国さ、街中じゃそこかしこで常に殴り合いが起きてる…しかも酔っ払いやチンピラの殴り合いじゃない、魔獣も取っ捕まえて食っちまうような化け物達の殴り合いさ、巻き込まれないようにするだけで精一杯だよ、危険も危険…超危険さあの国は」


はぁ と吐かれる彼のため息を重さから、彼の語る話が冗談半分で誇張されたものでないことが分かる、アルクカースでは『戦い』と『強さ』だけが優先される…この両者を好まない者には居心地の良い場所ではないだろう


「で?、そんな恐ろしい国に なんの用事があって行くんだい?」


「エリスは武者修行と…あと 少し用事があるので」


チラリとエリスがこちらに視線を向ける、ちなみにエリスにはスピカの頼み…アルクトゥルスが起こそうとしているデルセクトとの大戦争を止めるという使命を伝えてある、一も二もなく了承してくれた


故にエリスは既に覚悟を決めているのだ、戦いが全ての争乱の国で 一波乱ある事に…


「武者修行か、確かにアルクカースはそういう意味じゃあもってこいの国ですしなぁ 、あっしはまっぴらですけど…」


「はい、エリスは頑張ります!」


「あ、ぼ 僕たちもアルクカースまでついてこうかなぁ」


と エリスとパトリックの会話に混ざってくるのは先ほどのアルベルだ、エリスが行くなら自分たちも行こうかな?そんな可愛らしいノリだろう


「やめとけやめとけ、お前らじゃあ行っても何にもできない 、少なくともアジメクの山賊にビビってるうちはまだまだ早い、それにお前らはエラトスまであっしの積荷を護衛するって仕事があるだろう」


なんて、当たり前のようにパトリックに正論をぶつけられるアルベル、そりゃそうだ あの屁っ放り腰じゃあなぁ…、もう少しアジメクで経験を積んでから行ったほうがいいだろう


「あ…そうだった、でも男なら憧れるよなぁ アルクカース最強…なんて肩書き背負ってみたいよ」


アルクカース最強は魔女であるアルクトゥルスを置いて他にないだろう、なんて無粋なことは言わない、彼のいう最強とは魔女を除いての最強の事だろう、男ならいや冒険の道を生きる者なら誰しも最強に憧れるものだ


ええと、魔女を除いたアルクカース最強は…確かデニーロとかいう老将だと聞いたことがある、ちなみに世界最強はアガスティヤ帝国の筆頭将軍らしい、名前は知らん 別大陸の奴だし


「ね!エリスさんも憧れませんか!、エリスさんは凄く強いしもしかしたらなれるかもしれませんよ!アルクカース最強」


「うーん、エリスは最強の座には興味ありません、ましてやエリスはアジメク人…そんなエリスがアルクカースで最強になってもしょうがないですし」


「そ そうですよね、エリスさんはこんなに料理とか上手ですし 馬車もあんなに立派ですし、育ちも良さそうだし…な なんかこう、貴族みたいだし… 最強とか興味ないですよね」


彼も、悪気があったわけではないのだろう、あの手この手でエリスの気を引こうと慣れない口であれこれとおべっかを使っていたのだろう、だが…どうやら言葉遣いを間違えたようだ


「……貴族みたい?、何を言ってるんですか そんなわけないじゃないですか」


「へ…い いや僕は…」


エリスの視線に 言葉に、アルベルは思わず尻餅をつき総毛立つ、何を恐れたのか?地鳴りのように低いエリスの声か?刺すような怒りの視線か?その身に纏う激昂の気配か


激怒だ、激怒している、あのエリスがアルベルのたった一言で、まるでその一言だけは絶対に言ってはならぬと言わんばかりに、静かにそれでいて激しく、怒っていた


「エリスはエリスです、師匠の弟子です それ以外の何者でもありません、次から…くだらないことは言わないでください」


「ご、…ごめんなさい」


エリスのあまりの迫力に尻餅をつき、目に涙を溜めるアルベル…マズイなこれは、エリスのキレ方が尋常じゃない


「エリス、口が過ぎるぞ」


「ッ!…す すみません、怒りすぎました」


私の言葉で我に帰ったのか、即座にアルベルに詫びを入れ始めるエリス…なんだったんだ、あの怒りっぷりは


エリスはよく、周りから出来る子とか要領の良い子だとか褒められることが多い、それはまぁ確かにそうなんだが、その一方で感情的になりやすく 怒りやすい一面もまたある…


今回もアルベルの言葉の中にエリスの逆鱗に触れるような、聞き捨てならない何かがあったのかもしれないが、それでも 力を持つ者としてそこはグッと堪えてほしいものだ


しかし…なんで貴族みたいって言われただけであそこまで怒ったんだ?、相変わらずよく分からない子だ




その後エリスはアルベルに詫びを入れ後片付けをしたのちに私達の馬車へと引っ込んで行った、ありがたいことにアルベルも詫びを入れられたらもう引きずるまいと割り切ってくれた、伊達に冒険者を目指してはいないということか…いや冒険者云々は関係ないかもだけど


ともあれ、折角得た協力関係をぶち壊すことにならなくて助かった、別に私達は道がわからずとも星を見たり地図を見たりすりゃアルクカースに辿り着く事自体は出来る、だか。パトリックのような商人の持つルートが分かれば時間短縮になるしな


それに、あのへなちょこ冒険者達だけでエラトスに向かえば パトリック達は間違いなく魔獣に襲われて死ぬだろうしな、流石に同じ釜の飯を食らった奴が死ぬのは心が痛む…ここで関係性が破綻してお別れ なんてことにならなくてよかったよ






そして、空を星が埋め尽くす頃合いに皆寝床に潜る、普通なら誰かが起きて夜の見回りをする夜通しの番が必要だが、ここは私が受け持つ…私は別に睡眠なんぞ取らずとも十全に動けるからな、眠いには眠いけど魔女は寝落ちしたりしない


「…師匠、すみませんでした 先程は師匠の顔に泥を塗って」


すると、馬車の中からエリスがひょっこり顔を出して 、夜の番をする私の隣に座ってくる、皆既に寝息を立てており焚き火も消え、星空だけがエリスと私を仄かに照らす


眠れないから外に出てきたわけではない、眠るために外に出てきたのだ…エリスは相変わらず私の隣じゃないと眠れない、だからこうして外で夜の番をする私の元にやってきたのだ


「別に構わんさ、ただいつも言っているがあまり感情的になるな、何がお前をあそこまで怒らせたかは知らんが、それでも相手に悪意はなかっただろう」


「…はい、でも アルベルは少ししつこいです、ずっと話しかけてきて…」


それは言えてるが、それにしたってもあしらい方があるだろう


やはり、エリスと上手くやり合えるのは同じく魔女の弟子であるデティくらいしかいないのか、デティフローアに対してはエリスも最初から敬意を持って接していたから友人と言えるほどに仲良くできたが


…私としてはもっと交友関係を広めてもらいたいものだがな…


「はぁ、デティが恋しいです、デティはエリスのことをよくわかってくれますから」


「そうか…そうだな」


そうポツリと呟くエリスの顔は、うん 確かに寂しそうだ…だが戻りたいとは言わないあたり、彼女もこの旅を続ける覚悟は揺らいでいないのだろう、ただ少し 寂しくなっただけで


デティフローアに会えるのは、多分十年後…それまで一切やり取りをすることができないのは、やはり寂しいだろうか、旅のどこかで一度アジメクに戻るべきだろうか?


「ああ そうだ、あれがありました」


なんて考えていると馬車の奥から何か引っ張り出してくる、…それは 紙とペン?


「どうした?、何か書くのかい?」


「はい、デティに手紙を書きます」


手紙って、ここは平原のど真ん中だぞ…いや言うまい、デティフローアに伝えたいことは山とあるだろうし 何も今すぐ届けなくとも良いのだ、エラトスに行けば大きな街もあるだろう、そこでアジメクへ向かう行商人を探し出して届けて貰えば良いのだ 、アジメク周辺の国にいる間はそういうやり取りも出来よう


流石に離れれば離れるほどアジメクに手紙を届けるのは難しくなるだろうがな


なんて、私が一人で納得しているうちにエリスはサラサラと今日一日の事を軽く書き留めると便箋をクルクルと纏めて、見慣れないよく分からん筒に入れてしまう…


「…ん?、エリス?大事な手紙だろう そんな小さな筒に仕舞わなくとも…」


「え?ああ、違いますよ師匠 別に手紙をしまったんじゃなくて、この筒でデティに手紙を送ったんです」


??…?、え 全然分からん、何言ってるんだ?送ったって筒にしまっただけじゃないか


「実はこの筒、この馬車と同じで空間魔術が刻まれている特別製らしくて…、この筒に入れたものはもう一方の筒に届くって仕組みらしいですよ、どれだけ離れていても物のやり取りが出来る優れものです、ほら 今日もデティから手紙届いてましたし」


そう言いながら筒の説明をしながらそれを渡してくれる、パッと見た感じ木の筒に見えるが、確かに僅かに魔力を宿しているし、中を見てみると淡い光を放っていてよく見えなかった 多分中は空間が歪んでいるせいで上手く視認できないのだろう


事実エリスが手渡してきたデティの手紙も、インクの染み具合から確かに今日書かれた物だということがわかる


「…エリス、毎日デティと手紙のやり取りをしていたのか?」


「はい、毎日今日一日あった事を書き、お互いに届けています、デティも今は魔術導皇見習いとして頑張っているようですよ」


知らなかった…というか今はこんな便利なものがあるのか、遠くにいても好きなようにやり取りする手段、一応遠くにいるものに声を届ける魔術はあるものの こんな容易いものではない


「というか、空間をつなげる魔術か…凄まじいな」


「ですよね、空間と空間を繋げちゃうなんて…師匠も出来ますか?」


「出来ん、これに使われているのは時空魔術と言ってな、今現在使用可能とされる魔術の中で最も取得難易度が高いと言われる魔術なのだ、使う際は大掛かりな仕掛けや道具を介しての使用になる…単一での使用など 私には無理だ」


「し…師匠でもですか」


時空魔術…空間や時間を操る極大魔術だ、使うとなれば多くの道具と下準備 そして多大な人員の投入が不可欠だ、こんな風に道具に宿らせるならまだしも人間が一人で使おうと思うと超絶した空間識別能力が必要になる、つまり才能がなければ使えないのだ…


私…というか個人での使用は魔女でさえ簡単では無い、多分 個人で使用できるのは 時空魔術の使い手である無双の魔女カノープスを置いて他に居まいよ


しかし そっか、…これがあれば遠くの友ともやり取りが出来るのか…、現代の魔術も侮れないな

というか、アガスティヤ帝国…カノープスのところの国はどれだけ文明が進んでいるんだ、少なくともアジメクとじゃあ比較にならないくらい技術が発展しているように見えるが


「なぁエリス、これがあるんだったらあんまり寂しくないんじゃないのか?」


「え?…いやまぁでも会えないのは確かに寂しいです、それでも デティも頑張ってるのでエリスも頑張ります、この旅を終えて…立派な魔術導皇となったデティの隣に立っても侮られないくらいの魔術師になりたいです」


そう言いながら馬車から毛布を引っ張ってきて、その小さな体を包むと私に寄りかかるように眠る姿勢をとる、彼女の温かな体温と全幅の信頼が私の肩にのしかかる…


しかし大きく そして重くなったな…、惑いの森で拾った時よりも幾分も大きく立派に育ってくれているのを感じる


「それもそうか」


「はい……」


エリスはこの旅で着実に強くなっている、まだ旅立って三週間だが それでもだ


その僅かな期間でエリスは多くのものを学び、一日全てを修行に当てているため魔術の腕も増している、やはり エリスは一所に留まるよりも旅をした方が良い子なのだと改めて実感する


「エリス、…流石に外で寝たら風邪をひくぞ」


「だい…じょうぶです」


「大丈夫なわけあるか、ほら 暖かくしなさい」


そう言いながら私のコートを羽織らせる、エリスの年齢は今どのくらいだったか?確かにアジメクを出る頃には既に七歳くらいだったか、アルクカースにいる間に八歳になってそうだが、最近みるみる背が伸びている…将来どのくらいの背になるのか楽しみだな


「…師匠の方が 風邪引いてしまいますよ」


「大丈夫だ、魔女は風邪など引かん」


「それ…は…あう」


ウトウトと目をこすり始めるエリスの肩を抱き夜風からその小さな体を守ってやる、私の腕の中で安心したのか瞬く間に瞼がくっつき、安らかな寝息を立てて始めるのを確認して、なんか…私も頬が緩んでしまう


普段は子供らしからぬ優秀さを見せているが、こうして寝顔を見ていると やはりこの子は未だ年端もいかぬ子供である事が理解できる


「…いつまで、子供でいてくれるのだろうな」


「すぅ…すぅ…」


こうやって素直に甘えてくれるのは子供の間だけかもしれん、でも もしエリスが大人になったとしても、この子とは仲良くやりたいな…


「さてと、見張りに集中するか」


ここはアジメクの辺境…主要な街も全て通り過ぎて後は関所からしかないような場所だ、そこまで過敏になって見張りをする必要性はあまりないが、それでも昼間のように国外から入り込んできた賊がいないとも限らんしな…気を抜く理由もない


まぁ、山賊も夜眠るだろうけど


「しかし、何もない平原だ…」


平原には何もない…


あ いや 一応横道にそれればムルク村があるのか…まぁ、立ち寄るつもりはないがな エドヴィンには別れは済ませてあるし、家には特に大事なものとか置いてないし 、今更立ち寄る必要もないだろうし


それに、関所はもう目と鼻の先だ 、明日の夕頃には国を超えエラトスに入るだろう、そうなればもう少し気を入れなければならないだろう


何故か?エラトスは非魔女国家だからだ、魔女の加護がない世界は過酷だ…夜も平然と這い回る魔獣がそこかしこに居る、山賊も魔獣相手に戦えるほどに強い…何より今のエラトスはあのアルクカースの属国だ、何があるか分からないのだ


エリスにとっては初めて魔女の加護が存在しない世界での旅になるな…、そこできっとエリスは このアジメクがどれだけ恵まれた国であったか悟るだろうな


だがそれさえもきっとエリスは成長の糧に……


アジメク最後の夜が、今 深けていく

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