339.対決 幻月の???
大いなるアルカナに情報を渡していた内通者の正体、それは酒場のマスターとしてエリス達に協力してくれていたグリシャさん。
しかしてその本当の名を幻月のグリシャ・グリザイユ。三年前アルカナに手を貸していた八大同盟の一角『ヴァニタス・ヴァニタートゥム』の構成員が一人であった。
今までの情報を合算して、グリシャこそが内通者だと突き止めたエリスは彼の酒場ウォルフラムにて彼を捕縛するため証拠を突きつけたのだが…。
「この!ふっ!」
「激しいのは動きだけですか?貴方の喧嘩殺法が…私の武術にどこまで通用するか見ものです」
激しい抵抗という名の殴り合いど突き合いに発展していた。というか…本人をして新生アリエ最強と公言するだけありその実力は凄まじい。
エリスが拳を握り、疾風韋駄天の型で拳を振るい足を払い流れるような連撃を加えてもグリシャはそれを風でも受け止めるように全て捌き。
「『打勁衝』ッ!!」
「げぶふぅっ!!」
隙間を突いて飛んでくる掌底は、衝撃魔術を蓄えた一撃であり、一発貰う都度素手で内臓掻き回されてるみたいな激痛が全身に走る。
こいつの武器を『合わせ術法』。シリウスが使っていた魔術と武術の合わせ技を継承しているというのだ。ウルキさんが教えたとは言うが…にしても強い、強すぎる。
「ぐっ…かぁ…、まだまだ!」
「ふぅん、そうですか?ではどうぞ遠慮なく打ち込んでください?躱しますので」
両手を広げて挑発するグリシャに内心舌打ちする。グリシャの魔術の腕は然程ではない、衝撃魔術は強力だが範囲は広くないしそれ程の技量を感じるわけでもない。
問題は魔術に合わせている武術の方。発勁って言うんだったか?あれが思いの外効く…、さっきもそうだったがエリスとグリシャの近接戦の能力の差は歴然だ。それはエリスが扱う近接戦闘術は飽くまで我流の喧嘩殺法である…という部分が大きい。
エリスのパンチは言っちゃえばチンピラの喧嘩の延長線上だ、流石に殴り合いを術理として修めた者相手には劣る。
じゃあどうするか、必然。殴り合いには応じなければいい。
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』!」
全力で後ろに走りながら、後ろ手に放つのは風の大槍。取り敢えず牽制代わりに放ちつつ距離を開ける。衝撃魔術は飛距離が無いから遠距離からの撃ち合いになれば…。
「甘いですね『ポイントインパクト』」
「っ……!」
刹那、衝撃魔術を使った超加速と共に風槍の下を滑るようにすっ飛んできたグリシャの掌底がエリスに突き放たれ……。
「よっと!」
「おお?止めますか」
咄嗟にグリシャの手を掴み止める。甘かったか…そりゃそうだよな、このレベルの使い手がただ距離を開けられただけで何も出来なくなるわけがない。敵の攻撃を掻い潜って突っ込めるだけの技量がなきゃこの戦い方でここまで強くはなれない。
だが!
「距離を開けて大火力魔術で吹っ飛ばそうって魂胆ですか?」
「そうですよ…!焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ 『火雷招』!!」
片手でグリシャの手を掴みもう片方の手をその顔に突きつけ、零距離から放つ火雷招。これならば避けられまい…そう考えたエリスの発想はどうやら浅はかだったらしい。
「フッ!」
「なっ!?」
咄嗟に突き出されたエリスの手を拘束されていない方の手で叩き照準をずらすと共に、いとも容易く火雷招を不発に終わらせると共に驚愕するエリスの隙をつき拘束からも脱出。
まさかここまで容易く回避されるとは…、そんな事を考えている暇にグリシャは両手を蛇のように畝らせ。
『アトランダムインパクト』…」
「しまっ…」
手の中に今、衝撃魔術を握りこんだのが見えた。逃げなければならない…そう思いつつもわかっている、この距離なら…グリシャの方が速い。
「『七宝打勁衝』ッ!!」
放たれるのは両手による怒涛の連撃、次々とエリスの体に叩き込まれる衝撃波は全てこの体の後ろへと突き抜けていく。防いでも防げない、肉体そのものを貫通する衝撃波は防ぎようがない。
それに対してエリスは悲鳴をあげたか、そもそも悲鳴をあげる暇もなかったか。ともあれ連撃が粗方叩き込まれ終わる頃にはエリスは酒場の壁に埋め込まれ力なく地面に座り込んでいた。
「仰々しい雷だとか、大袈裟な炎だとか、世の魔術師は魔術の大きさや規模を強さの指標としていますが…私から言わせて貰えばそんなものハリボテの虚栄に過ぎない」
革手袋を付け直し、ニッコリと微笑みを浮かべるグリシャは断言する。
「人を壊すのに、雷も炎も水も風も要らない。ただ要点を突いてそこに軽い魔術を叩き込んでやれば…この通り。人は壊せるんですよ」
それはある種の真理だった、別に魔術が大きければ強いとか小さければ弱いとかそういうことは断じてない。要は必要か不必要かの話であり、個人を壊すならば魔術というのはそもそも過剰火力なのだ。
そういう無駄を省き、速度や精度に当てれば…それだけで人間と言う脆い肉の塊を壊すには十分過ぎるだけの力を得ることが出来るのだ。
「そういうわけです、では…」
「あぁ〜…くっそ、痛いなぁ」
「…おや?」
たしかにグリシャの考え方や戦い方は合理的だ。正直参考にしたいくらいには研ぎ澄まされている。だが…言ったでしょう負けられないと。
久々にここまで打ちのめされてちょっと面食らいましたが、エリスは雑魚を圧倒するよりもこう言う血みどろのど突き合いの方が性に合ってるんですよ。
「まだ立ちますか?」
「ええまぁ、まだまだやれるので」
「私の計算なら貴方はもう三度は血を吐いて倒れているところなのですが…、なんでそんなに元気なんですか?」
「そりゃ、慣れてるからですよ。打ちのめされてボコボコにされて負かされるのは。言っときますけどエリスのタフネスはちょっと尋常じゃないですからね」
エリスがこの長い旅で手に入れたのは何も強力な魔術ばかりではない。こう言う負けられない場面で歯を食いしばって立ち続けられる根性…そう言うモンをエリスは叩き込まれたんですよ。
他でもないアルカナからね…!
「ま…まぁいいでしょう、ですが貴方が不利なことは変わらない。寧ろ傷つき動きが鈍った貴方に勝ち目はありますか?」
あるよ!と言いたいけどそれがなんなのかは分からない。正直な話…やろうと思えば回避も出来ないくらいの勢いで魔術ぶっ放して制圧することは出来る、でもそれをして万が一グリシャが無事だった場合が面倒だ。
エリスはね、手加減が下手なんですよ。酒場の形を保ったままそんなド派手な真似は出来ない、やるならこの酒場の形も残さずやることになる…でグリシャが無事ならきっと奴は逃げるだろう。
せっかく逃げられない状況を作ったのに、自分から壊して逃げられましたなんて大ポカやらかせないだろ…ここまで来て。
(こうなったら魔力覚醒を使うか?)
別に魔力覚醒は使って…いや、ダメだ。
「ん?魔力覚醒を使わないんですか?」
「使ったら逃げるでしょ、貴方」
魔力覚醒を使えばグリシャはもう逃げの一手しか打たなくなる。あの速度を持つグリシャを相手に追いかけっこはしたくない。何より覚醒のタメ時間はエリスも何も出来ない…そこを突かれて逃げられたら終わり。
今こうしてグリシャがエリスと戦っているのはエリスを相手に逃げる隙を作るためなんだ。自分でその隙を作るわけにはいかない。
しかし参ったな、大規模魔術もダメ覚醒もダメとなるとエリスの旨味なんて…あ。
丁度いいや、あれ使うか。
「ふぅー…」
「何してるんですか?」
「んー?準備運動…」
軽くその場でポンポン跳ねて体を慣らす、丁度いい…久しい強敵だ。ここで試すのも一興だろう…。
「じゃあ行きますよ…『魔風捷鬼の型』」
「む……」
エリスが一つ構えを取れば、部屋の中に吹き荒れる紫の風。エリスのテリトリー内を定めその中で凡ゆる物を支配する風の領域…エリスが第三段階に至るために必要な行程を戦闘術に昇華させた戦法。
ライリーとの戦いでは不完全燃焼で終わったこいつを使う。未だ未完成のこいつを実戦で使う、ここで完成させる。
「紫の風…、ああそれが例の…」
「え!?知ってるんですか!?」
「はい、ライリー大隊長が楽しそうに話していましたよ。『英雄エリスは風の世界を作って、相手に手も足も出させない戦いをする』ってね、それがそうなんでしょう」
アイツ何ベラベラ他人の戦法の事話してんだよ!?ちょっと!?
ま…まぁいいか、別にバレても問題ない奴だし。
「戦い方を切り替えてきたと…、しかし良いのですか?魔力覚醒は使わずとも」
「ええまぁ、魔力覚醒ってのは初手から出すモンじゃないんですよ」
エリスが覚醒者なのは周知の事実、なんか対策されてたら逆にピンチになっちゃいますからね…。だから一先ずこいつで様子を見る。
「…ふむ、様子見と言ったところですか」
「ええ、まぁ…そんな及び腰では戦いませんがね」
ライリーとの戦いの時感じた妙な手応えのなさ。師匠曰くそれはエリスが作り出している領域がエリスが本来得意とする領域からズレているからだそうだ。
その人間が得意とする適正距離というものがあると言う。それは個人ごとに違うらしく山の向こうまで届かせる人間もいれば自分の手の届く範囲だけの者もいる。どちらにしてもこの領域という物を見極めない限り第三段階には到達出来ない。
結局あの後適正な領域を師匠に見極めてもらうって話は有耶無耶になっちゃったし。だったらもうここでやるしかないだろ。
エリスが適正とする距離を…ここで見定める。
(今エリスが抑えている領域は…半径三歩分くらいか)
大体大股で三、四歩歩いたくらいの距離を中心に円を描くように抑えている。…だがこの領域はエリスには合ってないようだ、なら…もっと広げてみるか!
(魔風拡大…!)
「む…領域が広くなって…」
グングンと魔風の範囲を広げ大体元の大きさから二倍程度にしてしまえば、グリシャの体はすっぽりとエリスの領域の中に入る形になり。
「むっ!?これはまずい…!」
「『魔風・紫玉天衣』!」
エリスの射程圏内に入った事を理解したグリシャは咄嗟に動く、がそれも遅い!エリスの領域の中ならその動きも手に取るようにわかる!
風を布のように束ねグリシャの手足を拘束するように魔風を吹かせ…。
「おっと危ない」
「あれ?」
必中の筈のエリスの攻撃はするりとグリシャに避けられあっという間に接近を許す。あれ?全然動きが感知できない……。
「なんだ、見かけ倒しですか?『払勁衝』!」
「ぅげっ!?っく!範囲が広すぎたか!」
スパーンと音を立てるようなビンタを加えられ膝がガタつくものの、なんとか足を動かして距離を取る。
ダメだ、風を広範囲に広げすぎたせいで感知能力も風の力も落ちてしまった。ということはエリスに合った範囲はもっと狭いのか?
(もっともっと風を凝縮して…)
「おやおや、今度は随分と小さく収まりましたね」
今度は一気に凝縮して大股一歩分。もう領域というには随分狭く、領域の外から一気に突っ込んでくるグリシャの攻撃に対応しきれず滅多打ちにされている…というのに。
(まだしっくりこない!どんだけ狭くしなきゃいけないんだよ!?)
次々突き込まれる掌底をなんとか風の動きで受け流しているが、正直対処しきれていないのが現状だ。
だがしっくり来ない、この感覚を言語化するのはとても難しいが。例えるなら不自然に腰を曲げて前方の物を取ろうとしているような…もっと正しいやり方がある事が明白なほどに不自然な感覚だ。
(広くしてもダメ、狭くしてもダメ、エリスの適正ってどこなんですか!)
「くだらない、これなら普通に戦った方が強かったですよ。貴方」
まるで光が差し込むような速さで叩き込まれる掌底はエリスのガードの上に叩き込まれ。
「『震勁衝』ッ!!!」
「ごぁっ!?」
そしてガードごと弾くようにエリスの体は弾かれ、吹き飛ばされる。確かにグリシャの言う通りだ…、でも普通に殴り合ったって光明は見えない。
起死回生はここにしかない、なら死ぬ気で張り続けるまでだよ。
「興醒めです、アドラヌスを倒したと言うから期待しましたが…残念ですね。もう時間もないのでここからで一気に決めるとしましょう…」
「ッ…!」
グリシャの纏う空気が変わった…、それと同時にエリスの歴戦の勘が告げる。グリシャは決め技を放つつもりだ。彼を必勝足らしめる最大の技を!
そう警戒すれば、案の定グリシャは構えを変える。片足で立ち両手をまるで翼を広げる鷹のように上へと掲げ…。
「アチョーッ!」
「へ?」
なんか変な掛け声と共に回転し始めたぞ?なんだこれ…。
「『ジェットインパクト』ッッ!!」
片足立ちで衝撃波を操り加速して、まるで独楽みたいにクルクルと回転するグリシャの有様に思わず唖然とする。
急にバカになったなこいつ。迫力は確かにすごいけど…。
「いやどう言う類のどんな技??」
「これぞ私の絶招!『羅刹螺旋勁衝』!この技を見て生きていた人間は…今の所いませんよ!」
「目とか回らない感じですか??」
「さぁ…どうでしょうね!!」
生きる竜巻と化したグリシャはそのまま傾きながらエリスの方へと迫り…。
「はぁあああああああ!!!」
「ッッッ!!??」
爆発した。と錯覚するほどの勢いでグリシャの手足が飛んできた。回転を活かしての連撃か!?これ見てくれはバカだけど威力はバカに出来ない!?
回転により打点を読ませず、遠心力がそのまま武器となり、尚且つ凄まじい速度での連撃…連撃…連撃、さっきまでとは比にならない程の勢いで放たれる拳の雨にもう防御とかどうとか言ってる場合じゃなくない。
「ぐっ!?ぁがっ!?がはっ!?」
「ホワチャチャチャチャチャ!!!」
防御が間に合わない、打ち返せない。ここは一旦引かないと…。
(ッ!ダメだ!引いたらこいつを逃してしまう!逃げられたら…エリスの友達の無念を晴らせない!)
メリディアを、メルクさんを、ドヴェインやフランシーヌ、クライヴ…全員こいつのせいで割食ってんだ!それがのうのうと逃げ延びていいわけがない!!
張れ!意地でもなんでもいい!張り続けろ!、一歩も…引くな!
「ぐっ…ぅぅうううう!!!」
「なっ!?この打撃を前に踏ん張ると?いつまで持ちますかね!!」
両手を前に突き出してクロスガードで発勁を防ぐ、防ぎ切れないけど堪え続ける、堪え切れないけど意地を張る。意地一つで耐えきる 防ぎ切る。
逃すな、こいつを逃すな、食らいつけ。食らいつくんだエリス…もっともっと!もっと意地を!
「…ん?紫の風が……」
力の全てを今ここに集めろ、両手に…体に、何もかもをかけてここを防ぎきり…そして。
そして…勝つんだ、友達のために!
「はぁぁぁぁあああああ!!!」
「ぬっ!?これ…は!?ぐぅっ!?」
刹那、エリスの体に拳を放ったグリシャが逆に態勢を崩す。まるで何かに阻まれたように、何かに防がれたように。
…え?あれ?なんで?
「それは、魔力防壁?…いやそれよりももっと濃い。なんだそれは…」
「え?」
そう言われて、ようやく気がつく。エリスの皮膚の本の数センチ先に紫の風が纏わり付いている事に。
いや、エリスがいつも張ってる障壁や魔風よりももっと濃い、もっと分厚い、もっと強い。
まさか…これか?
(これが、エリスの理想の間合い。エリスの本当の世界が…ここ?)
防御に徹している間に、どうやら無意識に魔力を凝縮させ魔風を縮小させてしまっていたようだ。がそのお陰でエリスの本当の間合いが分かった、エリスの世界がどの範囲なのか分かった。
けど……。
(狭ッッ!?ええ!?エリスの世界ってこんなに狭いの!?)
明らかに狭い。今までエリスが自分の領域だと思っていたのはそれでも大股数歩分の距離…、がしかし今しっくりきている領域は自分の皮膚に纏わりつくレベルの物でしかない。これじゃあ領域というよりは魔力を纏っているのと変わらないぞ!?
狭いと言われるアルクトゥルス様でも両手の届く範囲はあると言われていたのに、エリスは自分を中心として数センチしかないなんてそんな…、エリス才能ないのかな…。
「随分と凝縮させましたねぇ…」
「……ええ、こっから本番ですよ」
でも、凄くしっくり来る。魔風も今までにないくらい早く吹き荒れているし流障壁も今までとは比にならないくらい分厚くなっている。リーチはないけどその分強力だ…これならいけるか!
「まぁ何をしようとも無駄ですよ!『羅刹螺旋勁衝』!」
再び激烈なる回転を生み出し、生きた竜巻となって突っ込んでくる…。
奴の掌底は鋭く重い、エリスの流障壁さえも貫き打撃を加えられるくらい奴の一撃は研ぎ澄まされている。故にエリスは今の今までボコボコにされてきたんだ。
だが、それはさっきまでの話。今エリスの魔力防壁は…完成された。
「ッッ──ごぁっ!?な!?弾かれた!?」
エリスに一撃を加えようと掌底を放つが、まるで鉄板に弾かれたようにグリシャの拳は防がれる。
師匠は言っていた。エリスの間合いの認識が甘いから魔風捷鬼の型も流障壁も未完成なのだと。
そりゃあそうだ、エリスはこのどちらも『なんとなく広い方がいいから』で決めていたんだから。そりゃあ本当の間合いなんて掴めない。掴めてないからグリシャの攻撃も防げない…、当然だ。
エリスは勘違いしていた、広ければ広いほどいいと思い込んでいた。違ったんだ…エリスの真なる間合いはエリスが思っているよりずっと小さく、そしてエリスの想像を絶するほどに濃かったんだ。
「感謝しますよグリシャ、貴方が居なければエリスはこれを完成させられなかった」
エリスは間違えていたんだ。『魔風捷鬼の型』と『流障壁』を分けて考えていたから間合いを掴めなかった。…この二つは本当は一つだったんだ。
流障壁を広げたものを『魔風捷鬼の型』と呼びそれっぽい技として使い、魔風捷鬼の型を押し固めた物を『流障壁』と呼び別々にしていたから勘違いしてしまっていた。
この二つは一つだった、エリスの間合いとは…旋風圏跳を纏わせていた距離、つまり!この二つを合わせて!一つのものにした上で身に纏う距離!これがエリスの真なる間合い!
いや、真なる流障壁!名付けて。
「『流風の型』ですかね…」
魔風捷鬼の型と流障壁という二つの技に分解してしまい、バラバラになってしまっていたピースを組み合わせて一つの奥義に昇華させる。これがエリスの本当の新技です…エリスを次の段階へと押し上げてくれる、本当のね!
「流風の型…それが、…それはまるで…ボスの使う『絶神之域』と同じ…?」
「貴方たちのボスも使えるんですか?これ」
「…フッ、我等がボスの領域は最も広く、そしてもっと絶対的ですがね」
なるほど、やはり八大同盟のボス達はみんなこの『間合い』を理解した者達だったか。今までのエリスが戦っても勝てなかっただろうな。
危ない危ない…。
「なるほど、貴方もボスと同じ段階まで至ろうとしているということですか。ならなおのことここで殺さねば後の悔恨になるでしょうね」
「もうなってますよ、貴方達のボスだろうが八大同盟だろうが…エリス達の大切な世界を壊す奴は全員エリスが倒します!!」
「あははははは!貴方ごときが八大同盟を倒すと!?私如きに遅れをとる奴が何をいうか!『羅刹螺旋勁衝』!!!」
今まで以上の回転、今まで以上の速度、今まで以上の勢い、全力の衝撃にて加速したグリシャは一気にエリスに向かって突撃し。
「そんな小さな間合いで何が出来る!何が守れる!魔女の弟子!!」
回転、回転だ。よりにもよってエリスに向かって回転で挑むとは笑止千万。
さっきも言ったが今エリスが纏っているこの風は元を正せば流障壁と魔風捷鬼の型だ。つまり何にでも干渉出来る風をエリスは障壁として纏っていることになる。
当然その強度は魔風捷鬼の型よりも強く、そして流障壁よりも…鋭く回転している!
「はぁぁぁっっ!!!」
回転を強める、吹きすさぶ突風は竜巻となりエリスの周辺を一回転し、グリシャの生み出す回転とは逆に回り…それを、拳に集めて叩き込む。
「がぁっ!?私の絶招が…ただの拳に相殺されて!?」
エリスの領域は、エリスの間合いは、エリスの世界は、あまりにも小さい。指先からほんの少し先までしか伸びていない。これがエリスの間合いなんて言うとちょっと情けないが…誇らしい気持ちもあるんですよ?エリスらしいなって。
だって、この領域を相手に届かせるには相手に手を伸ばさないといけない。相手に向かって進まないといけない。
進んで、手を伸ばして、ようやく結果が得られる間合い…。
なんともエリスらしいじゃないか!
「エリスは守りますよ、両手を一杯に広げて…エリスの守りたいものを全部!」
「この…、小癪なんだよ!『ラッシュインパクト』!!!」
すると今度は手を変えたのか、凄まじい速度で部屋中を飛び回る。連射する衝撃を足から放ち飛び回っているのか?跳弾する弾丸みたいだな。
「世界を守る?友達を守る?魔女に選ばれて神にでもなったつもりか!馬鹿馬鹿しい!この世界に神なんかいない!要らないんだよ!!!」
飛び回り加速しながらピィピィ何か言ってるな。…なるほど、加速に加速を重ね最速の一撃でエリスの流風の型を抜こうって算段ですか。
ですが甘いですね、何が甘いって…。
(エリスを相手に何度も何度も同じ魔術を見せるなんて甘いですよ)
その加速はもう見飽きた、もう対策は出来ていますよ。
「死ね…死んでくれ!世界の希望と共に!」
究極の加速を得たグリシャは真っ直ぐ、弾丸のようにエリス目掛けて飛んでくる。
グリシャの発勁は地面に足がついていないと使えない。武術の真髄は踏ん張りにありますからね…だから最後は真っ直ぐで来るとわかってましたよ。そして、今エリスの足元には…。
(……よし)
足を軽く動かせば、先程の乱闘で割れた樽やら酒瓶で濡れた地面がチャプリと水音を立てる。
目の前を見れば、大地を駆け抜けるグリシャの姿…今だ。
「血は凍り 息は凍てつき、全てを砕く怜悧なる力よ、臛臛婆 虎虎婆と苦痛を齎し、蒼き蓮華を作り出り砕け!『鉢特摩天牢雪獄』!!!」
「なっ!?」
放つのは氷の魔術、それを大地に叩きつければ…凍る凍る。水気を帯びた地面がまるでスケートリンクだ。
さて、グリシャさん。貴方の加速ってただ単に衝撃で自分の体を吹き飛ばしてるだけであって別にのその加速を貴方自身が制御出来る訳じゃありませんよね。おまけに片足で立って回転する事が出来るくらいよく滑る靴で、はてさて…止まれますかね。
「氷の床!?しまっ!?ちょっ!!!!」
「それじゃあグリシャさん!地獄へ…」
跳ぶ、横に跳ぶ。必死に止まろうと足掻くグリシャさんを横目にエリスは横に飛び…氷の床の上に足を置く彼を眺め。
「行ってらっしゃいませ!」
「う…っ、うぉぉおおおおおおお!?!?!?」
エリスのウインクを手向けに、滑りながら奥の棚へと突っ込んでいくグリシャを見送る。
衝撃で加速していた彼は氷の上で足を滑らせクルリと一回転したまま棚へと突っ込み、棚を爆発四散させながら奥へと飛んでいき…ってやべ!
「このまま逃げられたりしてたり…って、その心配はなさそうですね」
砕けた棚の向こうに慌てて踏み込めば、…その奥で更に壁を崩して気絶しているグリシャの姿があった。よかったぁ…あのままの勢いでどっか飛んで行った結果見失って逃げられましたとかそんなオチじゃなくて。
「おーい、グリシャさーん?」
「ぁ…がっ、くそっ!まだ…ぅぐっ!?」
「やめといた方がいいですよ、今ので全身の骨が折れてます。今のグリシャさんは軟体動物みたいな状態ですからね…立つのもままなりませんよ」
両手足は明後日の方を向いて血塗れ、…イカみたいだ。
そんなグリシャさんを前に、エリスは椅子を置いて腰を下ろす。もう勝負ありだ、これ以上やるだけ無駄ですよ。
「くそっ、私とした…事が」
「貴方には色々聞きたい事があります、…いつもみたいに教えてくれますか?グリシャさん」
「貴様…、フッ…何かな?」
諦めたのか、彼は力の抜けた笑みを浮かべてぐったりと脱力する。もう足掻く気はないか、なら遠慮なく聞こう。
「メムはどこですか、あとはアイツだけなんです」
「フッ、知らないね」
「あ?とぼけます?ならこうですよ」
そう言いながらエリスは折れたグリシャの腕をグリグリ踏んづけ…。
「ぎゃぁあああああ!?!?!?」
「話す気になりました?」
「人でなしかお前は!?一応顔見知りだろう私は!」
「今それは関係ないですよ、で?言う気になりました?」
「だから!本当に知らないんだよ!」
んん?これマジっぽいな。マジでメムの居場所を知らないのか?そんなことあるか?
「貴方達仲間ですよね。知らないなんてことはないでしょう」
「仲間…いいや仲間じゃないさ、メムは私のことを仲間だと思っていなかったからね。アドラヌス達のこともそうさ、彼にとっては仲間と呼べる奴は一人としていない…いくら私が彼に献身的に尽くしても。ついぞ彼は私を仲間と呼ばなかった。本当は彼をヴァニタス・ヴァニタートゥムに勧誘するつもりだったんですがね?彼みたいな破滅的なのは我々の仲間になるに相応しいのですが…」
「そりゃないですよ、彼は今も…大いなるアルカナの構成員のつもりなんでしょう」
メムは今も、アルカナの幹部のつもりなんだ。新生アルカナじゃない…かつてのアルカナだ。だから自分と新生アルカナを分けて考えて居たんだろう。全く…自分で作っておきながら仲間としてみないなんて。
一途な男だ…。
「最後に連絡が取れたのは、一週間前ですかね」
「一週間前?…スタジアムのジャック事件ですか、なんて連絡ですか?」
「……まぁこのくらいなら別にいいですか。『用済みだ』…ですって」
「用済み?貴方捨てられたんですか?」
「みたいですね、或いはアドラヌス達も…無駄と分かりながらあんな無茶な作戦を任されたのかもしれません」
蜥蜴の尻尾切りじゃないか。危なくなったから全部まとめて捨てたってことじゃないか。仲間じゃないにしてももう少し手心とか情けってもんが…ん?
「じゃあ貴方なんでここに残ってたんですか?」
もう用済みならなんで酒場に残ってたんだ?メムに捨てられたならもうここにいる意味もないだろう。レイバンもいなくなっちゃったし。
まさか捨てられてもメムを待ってたとか、酒場のマスターに愛着が湧いたからとか、そんなお涙頂戴なくだらない理由じゃないよな。
そうエリスが睨みつければ、…グリシャは愉快そうにクツクツと笑い始め。
「んふふふ、そりゃ…手引きする為ですよ」
「手引き?」
「ええ、…ロストアーツ強奪事件の日。ロストアーツを盗みアルカナが無事ステラウルブスを抜け出せたのは私のお陰なんですよ」
「貴方そんなことまでしてたんですか、許せませんね」
まぁでも、かなり前からこの街で勤めてたみたいだから、そのくらいの事は出来るか…けどそれが今の話と何の関係が。
「ほら、私メムに捨てられちゃったので、ヴァニタス・ヴァニタートゥムの活動に戻ろうかと思いまして。丁度いい立場も得たことですし…ここらで一つ、ステラウルブスを攻め落とそうかと」
「…………まさか、手引きって」
「その通り!八大同盟の力を使ってマレウス・マレフィカルムの組織を掻き集めて教えてやったんですよ!どこからどう忍び込めばこの街に容易く侵入できるかを!!」
や…やられた、こいつ。アルカナだけじゃなくてマレフィカルムにまで情報を漏らしやがった!ってことはなんですか?メムに捨てられてから一週間…そのマレフィカルムの軍団を招き入れる手引きをしていたと!
くそっ!
「直ぐに対処しないと…!」
「無駄ですよ、もう彼等は動き出している…」
「そりゃ幾ら何でも早すぎでしょう。組織を掻き集めて動きを統制するにはまだ時間が…」
「だから、…私が彼等に情報を渡したのはロストアーツ強奪事件が起きるよりも前からです。時間は十分にありましたから」
「はぁ!?」
そんな前から!?じゃあこいつメムに捨てられようが捨てられまいが関係なく別行動するつもりだったってことじゃないか!どいつもこいつも連携取る気なさすぎだろ!
「じゃ…じゃあ」
「ええ、明日…朝日が上がる頃には一緒にこの街には火の手が上がることでしょう。あははははは!残念!もっと早く私を見つけておくべきでしたね!大間抜け!あははは!あははははは…いってぇっ!?」
あはははははは!とエリスを嘲笑うグリシャの腕に一発蹴りを入れて黙らせておく。しかしまずいぞ…直ぐに戦闘態勢を整えないと。またこの街が戦場になってしまう!直ぐにメルクさんに合流して…世界中に散っている戦力を集めて…。
間に合うか…!?
「ふふ、間に合いませんよ…もうなにもかも間に合いませんよ!」
「クッ……」
何か、何かいい手は…いい手はないのか…。
何か…!くそ!エリス一人の頭じゃ何にも思いつかない!こんな時…こんな時にこそ。
彼が…いてくれたら、直ぐにエリスを導いてくれるのに…、
「もう諦めろ魔女の弟子!終わりなんだよ!もう…もう終わり!!」
「ああ、終わりだぜ?テメェのくだらねぇ目論見はな」
その瞬間、音を立てて崩れるのは。エリスが氷漬けにした筈の扉。グリシャさえ破壊するのを躊躇った程の氷の壁が…向こう側から容易く蹴り崩された。
割れる氷、崩れる扉、轟音と共に聞こえた声は…いつもいつも、エリスの窮地に駆けつけて、救ってくれる彼の声…。
「まさか…」
「もう終わりだ、諦めろ…アルカナ、いや?俺達の敵」
「き…さまは…、その赤毛…まさか!戦王ラグナ!?」
たなびく赤髪、煌めく赤目、自信に満ちた顔つきとなんでも解決してくれそうなくらい逞しい佇まい…、間違いない…彼だ。
「ラグナ!」
「よっ、エリス…待たせたか?」
「ッ!ラグナ!」
思わず駆け出してしまう、彼の顔を見た瞬間…溢れる想いを止められなくなって。駆け出して彼の胸元へと飛びついてしまう。
ずっと…ずっと気になっていた、彼がどこで何をしているのか。でも努めて気にしないよう…口にしないよう努力してきた。だって彼の名前を出したら…会いたくなるから。
そんな彼が、ラグナが駆けつけてくれたんだ。
「おっと、…どうした?」
「…すみません、会いたい気持ちが…爆発してしまって。ずっと…我慢してたんで」
「そりゃ俺も同じさ、三年間ずっと…君を想い続けてきた」
「ラグナ…」
「なに人のこと置いてイチャコラ乳繰り合ってんだよテメェら!!」
「人が感動的な再会してるって時に水を差すなよ、これが本当の水商売ってか?」
「……ラグナ…」
「悪い、忘れろ」
やや頬を赤らめつつもおほんと咳払いをすると。ラグナは…。
「悪いな、テメェが掻き集めたって戦力は既に俺が片付けておいたよ」
「はっ!?なんで!?どうやって!?」
「どうやってもなにも…、アンタ俺達を舐めすぎだろ。俺達はマレウス・マレフィカルムと正面から睨み合う組織だぜ?そんな俺達が気がつかないと思うか?いくつもの組織が大連合組んで集まってるのにさ」
「え?ラグナ…もしかして」
ラグナは極秘任務についているとメグさん言っていた。その極秘任務が…グリシャの集めたマレフィカルムの掃討だった、ってことかな。
「どういうことですか?ラグナ」
「ん?俺は一ヶ月前にメグさんからとある連絡をもらってな、なんでもマレフィカルムに怪しい動きがある…ってな、しかもその旗本が八大同盟だってんだから俺が動かないわけにはいかないだろ?」
「それはそうですけど、なんでこんなに時間がかかって…」
「連中が全員集まってからじゃないと掃討にならないからな、…ただ。悪い、まさかアド・アストラの内側から手引きしてる奴に関しては後手に回った、エリスがなんとかしてくれてなきゃ俺達は連中を相当出来なかった。ありがとうエリス」
「そ、そんな…エリスはただみんなの役に立ちたくて…」
「で…魔女の弟子エリスがこの酒場で乱闘してるって聞いて来てみれば案の定ってわけだ。エリスが場所を選ばず戦う相手ってのはそれだけ悪い奴ばっかだからな」
「グッ…ゥッ!」
「テメェが集めた七百五十の組織は俺が潰した。その先頭で旗を振ってたヴァニタス・ヴァニタートゥムの幹部も纏めてな?…とここまで話したわけだが。まだ何か言いたいことは?」
「………………くそぉ…!!」
最早グリシャには打つ手なし、彼の目的であった組織の手引きもラグナによって潰された。アルカナのロストアーツ強奪事件ももう半ば解決された。
今度こそ、終わりなのだ。それを悟ったグリシャは力なく崩れ落ち…動かなくなる。
これで本当に決着…だな。
「さて、直ぐにここに応援の兵士達が駆けつけるだろう。そいつらにグリシャは任せよう」
「いいんですか?ラグナ」
「いいさ、…それより今は久し振りに会えたエリスともっと話しがしたい」
「ら、ラグナ…」
静かに抱き寄せられるラグナの腕に、力を感じる。三年前も凄く硬かった彼の胸板が今はもっと硬く感じる。あれだけ強かったのに…もっと強くなってるのか。
アド・アストラ軍の総司令官を務めながら、アルクカースの国王を務めながら、六王の責務を務めながら…もっともっと強くなってるのか?
本当に、彼は凄いな…、