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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十一章 魔女狩りの時代と孤高の旅人
378/835

338.魔女の弟子とロストアーツ強奪事件:解決編


「なぁ、ぶっちゃけ聞いてもいい?」


アマルトは宿にて真っ白な皿を机の上に並べながら、仲間達に問いかける。既に宿の中で片付けを始めているメルクやナリア、ネレイドにメグ。そしてチビ助の方を見ると。


「何?」


「なんでしょうか」


「いやさ、ラグナ今何処にいんの?」


ここには居ないただ一人の友、ラグナの居場所を問いかける。アイツはアド・アストラ軍の大元帥様だろ?それがアルカナとか魔女排斥派とかの話の渦中にいないのはおかしいだろ。


「気になってた…ラグナいない」


「ラグナさんは今何処にいるんでしょう」


アド・アストラに所属してない組もまたラグナの所在は気になっているようだ。ラグナってばカッコつけてるがあれでかなり俺たちのこと大好きだ。弟子のうち七人がここに集まっているっているのに寄って来ないのはおかしいよな。


すると。


「ラグナ様は今極秘任務についています」


「なんだと!?」


極秘任務、と聞いて一番びっくりしてるのしてるのは…メルク?


「ってなんでお前が一番驚いてんだよ!同じ六王だろ!?」


「私…何にも聞いてないんだが」


「いや、ずっと帰ってないんだろ?」


「ラグナは戦いに出たっきり帰ってこないのはよくあることだし…、メグ?お前私に黙っていたのか?」


「はい、極秘でしたので…それに、極秘任務をお頼みした時のメルクリウス様は…その」


「ああ、なるほど…納得!」


ああ、話に聞いてたメルクが精神的にヤバかった時期の話か。情けねぇよな、自分のことにかまけてダチのピンチに駆けつけられないってのはさ、でも同時にだからこそメルクにはラグナの事を教えられなかった。それだけやばい事案ってことか。


「すみません、メルクリウス様…そして皆様、今日まで秘密にしてきた事を謝罪させてください」


「構わんさ、私の不徳の所為だからな」


「いいっていいって、で?何処にいんの?」


「…そろそろお教えしても良いでしょう。ラグナ様は今…」


とメグが口を開いた瞬間……。


「待った!それ言うの…エリスちゃんが帰ってからにしない?」


挙手、デティがちっこい手を掲げながらそう言うのだ。ラグナの話はエリスが帰ってきてからか…、確かに一理あるな。


「ラグナの所在が一番気になってんのはエリスだろうしな、俺達だけ先に聞くわけには行かねえな」


「そうだね…エリスちゃんラグナの事好きだもんね」


「そうですね、じゃあエリスさんが帰ってきてもいいようにご飯の準備進めておきますか」


「さんせーい!」


エリスはラグナの事が好き。こいつはウチのグループの共通認識らしい…まぁ当人達を除いた、だけどな。


よし、エリスが仕事を終わらせて帰ってきた時、待たせないようにしてやらないとな。


「アマルト〜!今日の晩御飯なに〜?」


「キノコのシチューだよ、いいパンが入ったからな…ってか」


窓の外を眺めれば、既に外には星空輝く美しい夜空が…つまり夜だ。もうそろそろ帰ってきてもいいのに。


「エリスの奴、遅いな…」



…………………………………………………………


クラブ『ウォルフラム』酒場でありながらそのピークタイムは意外にも早く、夜には兵士達の大部分が家に帰る。明日が休みの人間ならいいが仕事がある人間はそう遅くまで飲んで明日の仕事に支障を来たすわけには行かないからだ。ここは良くも悪くもアド・アストラの直轄酒場…つまり一応仕事場の系列なのだ、あんまりだらしないことはできない。


チラホラ帰り始める客達の中、エリスはカウンターでグリシャさんのお話を聞く…探している人間がいると、その名と情報が書かれた紙をマジマジと見つめるグリシャさんは再度息を吐き。


「ふむ……」


「知っていますか?」


真顔で息を吐き、そして視線をエリスの方に移すと軽く微笑み。


「知りません、このような人物…聞いたこともありませんね」


「そうですか」


知らない、そう言いながら突き返される紙を受け取り…。


うん、知らないか。まぁ飽くまでこの人は本職の情報屋でもなければ探偵でもない。ましてや冥土大隊みたいな諜報部隊の人間じゃない。知らないこともあるだろうな。


「申し訳ありません、お役に立てるかと思ったのですが」


「いえ」


「しかし、エリス様なら私など頼らずとももっと頼りになる方がいるのでは?例えば、ほら第四師団の師団長メグ・ジャバウォック様などは列記たる諜報部隊の人間、聞けばエリス様とも交友があると伺いますが?」


「そんなことまで知ってるんですね」


「こう言うことには耳ざといのです、誰と誰が仲が良くて、誰が誰を好きで…なんて、そんな話の物種になる噂ばかりが、私の手元に転がり込んでくるのです」


噂の本質とはそうだろう、彼が集めているのは情報ではなく噂なのだ。知りたいことがあればメグさんを頼れば良い。そう言いながら彼はグラスを磨く作業に戻る。


そんな中エリスは再び手元の紙を見る、エリスが聞きたかった情報の書かれた紙。それを眺め…思う。


別に知りたかったのはこの紙に書かれている人間の所在じゃないんだ。だってエリスはこの人が今何処で何をしているか知っているから。


聞きたいのは…。


「でも、グリシャさん…貴方、本当は知ってますよね?この紙に書かれてる人の事。なんで嘘をついたんですか?」


「………………」


止まる、グリシャさんの動きが…。


だからもう一度突きつけるように見せてやる、ちゃんと思い出せるように紙に書かれた『イーサン・スフェーン』の名前を。


「貴方は知っているはずです、イーサン・スフェーンという男を」


「…何を仰られているのですか?、私は何も知りません」


「そうなんですか?珍しいですね。いつもなら何を聞いても答えてくれるのに…そんな貴方がただの商人であるイーサンの事を、まるで何も知らないとは」


「…………」


イーサンはアルカナを追っていた。アド・アストラを脅し味方につけていたアルカナの存在に気がつき独断で追いかけていたただ一人の男だったが、一ヶ月ほど前に仕事を辞めて故郷に向かったらしいんだ。


そんな事も知らないの?と煽るように笑うと。


「はははは、私もまだまだですね。魔女の弟子様のお耳と広さには到底敵いません、これからはもっと色々な方の話を聞かねば…」


「そうですか、で?どうなんですか?本当は知ってるんですか?」


「し…しつこいですね、だから知らないと…」


まだ惚けるか。なら…始めようか、話し合いをさ。


「イーサンという男は商人でした、デルセクトのマーキュリーズ・ギルドに所属する行商グループの一人です。グリシャさんは知ってるかもしれませんけどギルドの行商人はみんな担当エリアが決められていましてね?」


「ええ、存じていますが?」


「このイーサンが担当していたのは…『プランタ村』です」


プラントタ村…エリスがかつて言った小さな村で、山の一滴という名酒を作っていた…あの村だ。


エリスは知っている、あの村に一度行ったから知っている。行商人ニーアムさんが一ヶ月ほど前にプランタ村を担当していた人間が突如として居なくなったと言っていた、その居なくなった行商人が…イーサンだったんだ。


「おおプランタ村、私も知っていますよ」


「ええ、グリシャさんは各地の村に赴いてお酒を直に仕入れてるんですもんね」


「はい、この棚にも山の一滴はありますよ…しかし、だからなんだというのですか?彼がプランタ村の担当で一ヶ月ほど前に退職したから、どうだと?」


「これはエリスの仮定の話にはなりますが、…イーサンは辞めてません、退職届も多分別の人間が出したんでしょう」


「ほう?でしたらイーサンは今どこに?」


「多分ですけど、死んでるんじゃないんですかね」


死んでいる、イーサンは既に。いやこの言い方は少し正しくないな…どっちかっていうと。


殺された…って言った方が正しいか?


「死んでいる?何故でしょうか」


「殺されたんです、あそこの村の酒商人ザッカリー…の、率いる酒商人達に」


「…ほう、何故そう言えるのですか?」


何故?そんなもの決まっている。


「ザッカリーとザッカリー酒商会はアルカナの手先だからですよ」


「また、随分と突飛な話ですね。急に現実味がなくなってきました」


そうだろうな、まぁエリスもこの話はもう少し調べてからするべきだと思っていたが。そういうわけにもいかないんだ…この件について少しでも調べれば、きっと今までの努力は水の泡になるから。


「何故そう言い切れるか、聞いても良いですか?」


「ザッカリーはここ最近急激に儲けているようでしてね、コートは見るからに高そうなの着てましたし、ネックレスも純金…おまけに手にはもう色取り取りの指輪をはめてたんです」


「はぁ…、その…儲けていて羽振りがいいからが理由ですか?そのお金をアルカナが出していたと?しかし証拠には…」


「そのうちの一つに…赤い宝石がありました、レイバンがしていたのと同じ、ルビーにも似た赤いネックレスが」


指輪だ、レイバンと同じ宝石を身につけていた。そしてあれがただの宝石ではないことは既に証明されている。


連絡が取れる魔装…いや正確には魔導具だったか?どうでもいいが。あれはアルカナと連絡が取れる代物であり、そしてある日突然宛先不明の人物から送り届けられ…レイバンは脅され手先になっていたのだ。


……果たしてそれがレイバンだけに限った事象と言えるだろうか。


「レイバンはあの指輪を送られ、その指輪の送り主に脅されていました。それと同じように…脅されている人間が各地にいるのでは?」


「…だから、ザッカリーもその一人と?」


「はい、ザッカリーは恐らく…一ヶ月よりも前から、そう!もっと前からアルカナの手先になっていた筈です。ザッカリーはレイバンほどの大物じゃありません…きっとイーサンの前でいくつかボロを出したんでしょうね」


「ボロですか…、なるほど?それで?」


「イーサンはそこからアルカナの関与に気がついたんです、だから各地でその事を嗅ぎ回っていた。そしてその証拠を片手に逆にザッカリーや脅された者たち…果てはアルカナさえも脅迫しようとしたんでしょう。彼が金目当てで嗅ぎ回っていたことは既に調べも付いています」


なんとも強欲な話だ、軍よりも早くアルカナに気がつきながらその事を共有しなかったのは彼自身もまた脅迫しようとしていたからだ。軍に横入りされてはせっかくの苦労も無駄になるからな。


だが目的は何であれ嗅ぎ回っていた、アルカナを…そして当然それは知られて。


「それをアルカナに知られて…いや、知ったのは恐らく宝石の送り主でしょう。イーサンがザッカリーに証拠を突きつけている場面で…ザッカリーは送り主に連絡をし、そしてイーサンはザッカリーの元に遣わされたアルカナ構成員達によって殺された」


「ふむ、…ツッコミどころはないですね、それが妄想話である事を除けばですが。しかし何故そう言い切れると?ザッカリーが全く関係ない要因で殺したとは思えませんか?アルカナと繋がってもいないのに無理に迫ってくるイーサンに辟易して…とか」


「ありません、…イーサンだってバカじゃないです。きっとザッカリーの逃げ場を断つために自分の協力者…そう、同じ秘密を共有する仲間をその場で作ろうとしたはずです。それが…ザッカリー商会の『本来の酒職人達』です、彼は酒職人達を集めその前で秘密を暴露したのです」


「本来の?」


「ええ、ただイーサンに誤算があったとしたら…アルカナはイーサンの思う以上に危険な組織だったことでしょう。指輪の送り主が送った刺客はイーサンだけでなくアルカナの存在を知った職人もまたアルカナに殺されてしまったのです」


「しかしそれでは山の一滴は作れなくなってしまいますし、流石に気がつかれるのでは?」


「だからそのまま刺客が酒職人の代わりにザッカリーの見張り兼護衛に入ったんでしょう。だから落ちたんですよ…酒の味が」


山の一滴の味が落ちたのは本当に最近だ、ニーアムさんが行商に来て初めて知るくらいには最近だ。イーサンが消されたのが退職届が出された一ヶ月前だとするなら時系列も強ち馬鹿にできないくらいには保証される。


イーサンが消され、酒職人も消され、酒作り初心者のアルカナ構成員が現場に入り…そして味が落ちた。いくら環境や材料…レシピが同じでも酒ってのは誰にでも作れるもんじゃないんだ。


「山の一滴の味が落ちたのは、本来の酒職人が皆殺しにされ…職人が入れ替わっていたから、ですか。しかし…エリス様はプラント村に行ったのですよね?ならザッカリーの様子ももう少しおかしかったのでは?彼は何か怪しいそぶりを?」


「ないですね、極めて自然体でした」


「なら…」


「寧ろ彼は安心していたんですよ、自分に護衛が付いているんですからね?イーサンと言う脅威を失い自分にはアルカナの後ろ盾があると安心した、それこそレイバンのようにね」


「……安心ですか」


「でも彼は酒作りの加減を聞かれた時だけ異様に慌てていました。それは酒作りの場面を見られたら流石にバレるからです…アルカナの刺客達が初心者同然の仕事をしているとバレれば彼はアド・アストラに逮捕され…いや、あるいは宝石の送り主から命じられていたのかもしれません」


「なんと?」


「『バレずにいれば守ってやる、ただしバレれば殺す』と…」


ザッカリーはプラント酒商会の顔だ。そいつだけは入れ替えるわけにはいかなかった、だから生かされていただけに過ぎず何かあればきっと不慮の事故に見せかけて殺すだろう…それくらいの存在でしかない事をザッカリーは自覚したからこそ、自然体だったんだよ。


「なるほど、…だから山の一滴の味が落ちた…と。まさかアルカナの手先が潜り込んでいたとは驚きですね」


「エリスもびっくりです」


「で?それで何故私がイーサンを知っていることに繋がるので?」


「一人しかいないんですよね、今のところ」


「一人?誰がです?」


「ザッカリーにもレイバンにも接触できる唯一の人間が…グリシャさん、貴方しかいない」


レイバンには雇われのマスターとして、ザッカリーには酒の仕入れ先として、唯一目の前で会って会話出来るのは今のところグリシャさんしかおらず、態々ザッカリーを手先にする理由もグリシャさんにしかない。


「貴方言ってましたね、酒の仕入れと共に噂の仕入れをしてる…と」


「え…ええ」


「それは、各地でザッカリーのように人間を作り…耳を増やしていたからでは?、念話用の魔力機構を各地に配布し、時として脅し時として利用し時として見張り、自分に感づいた者を抹殺するために…」


「あはははは、その為に各地を巡って仕入れ先に宝石を送っていたと?もしそれが本当ならなんと限定的なのでしょうか。耳を増やしたいならもっと別の場所にするでしょう」


「それには理由がありますよ、…貴方が各地の村に耳を増やしたのは、本当はいつでも命令を出せるようにする為です」


「命令?なんの?」


「ファーグス支部の人間はみんな脅されていたそうです、彼等は何故か故郷の事を知っていたアルカナによって脅迫されていた。一体どうやってアルカナは兵士達の故郷の事を知ったんでしょうか」


「……さぁ、どうしてでしょう」


惚けるんじゃねぇよ。一つしかねぇだろ…そんなもん!


「ところでグリシャさん、聞いたことがあるんですけど…なんでも特技があるとか?」


「……!」


「確か、『相手の故郷を聞いたらその故郷のお酒が出せる』…とか?」


面白い特技だ、是非とも見たくなる上兵士も遠方から出向き故郷が恋しくなっていることだろう。故郷の味で望郷の思いを埋めたくなるのはよくあると思うよ…そこにフィットしたいい商売法だ。


「これは別に貴方の特技ではない、ただ相手の故郷を聞き出すためだけ用意されて誘い文句でしかない。だがこれに答えたら最後…アルカナに故郷の話を握られることになる、いい仕組みですね」


「ちょっ!ちょっと!?少しお待ちを?エリス様…先程から聞いていれば、まるで私がアルカナと通じているような物言いですが、まさか…私を疑っていると?」


「いやだなぁ、グリシャさんのことは疑ってませんよ!」


「あ…はは、ですよね…でもそんな言い方を…」


「疑ってるんじゃなくて確信してるんです、貴方がアルカナと通じている内通者だ、グリシャさん」


「……ッ!!」


疑ってないさ、もう確信してるんだよ。貴方がアルカナと通じている内通者…正真正銘の内通者だとね。でなけりゃここには来てませんからね。エリスは…


「何を…証拠に?」


「さっきのが証拠ですけど、まぁまだ形にならないと言うのならこれからメルクさん達に大部隊を率いさせて貴方の取引先全部を調べ上げます、何人か白状するでしょうし…ザッカリーのところに配置した構成員も締めれば吐きますよ、多分ね」


「馬鹿馬鹿しい、貴方の妄想話に国中を巻き込むと?」


「妄想じゃありませんよ」


「貴方は、仮定に仮定を重ねた空想の話をしているだけ、そこに一番都合が良かった私を当てはめているだけじゃないですか」


「空想?…言っておきますけど貴方を疑う列記とした証拠はありますよ」


「証拠?何を…」


「エリスって、記憶力が凄いんですよね。知ってます?」


「…一応」


「だから、色々覚えてるんですよ」


故にグリシャさんとの会話は一つ残らず覚えている。だからこそ…怪しむ点はあった事も当然覚えている。


「怪しい部分はいくつもありました、レイバンがメルクさんに刺客を差し向けたタイミングも完璧でしたし、アルカナがファーグスの街にエリスを誘い出すまでの時間が…正体を現してから短すぎる点など、どう考えても敵方の動きは明らかにエリスの動きを意識したものになっていました」


「…つまり?」


「それは貴方がアルカナにエリスの動きを漏らしていたからです、エリスがここでメリディア達と共に情報収集していたのを知っていたから貴方はそれをそのままレイバンやアルカナに流して奴らを動かした。まぁレイバンにはエリスの正体までは教えてなかったみたいですが?」


「っ…だから!その情報を私が流した証拠が…」


「なんで驚かないんですか?」


「へ?なにが…」


「エリスがここでメリディア達と共に情報収集をしていたのを知っていたから…なんでこれを聞いて、驚かないんですか?だって…、『エリスがここに来たのは初めてですよ』」


「ッッッ!!!」


そうだ、エリスがここを訪れた時はいつも変装をしていた、それを解いてここに来たのは初めてだ…なのに、それを匂わせても彼はそこに反応しなかった。つまり…。


「グリシャさん、貴方最初から新入り隊員エリスが魔女の弟子エリスだと知っていましたね」


「っ……」


「だからアルカナが動き出しエリスを誘い出すまでが早かった、リープが第七百七十二小隊を狙撃し殺したのも…元々はそこに新入りとして入っていたエリスを殺すためだったんですよ。全ては貴方からのタレコミでね、…けどここでどうやらズレが発生したようですね」


「あ、貴方は拘留中で…いえ、新入りとしての活動を一旦やめていたから…偶然あの場にはいなかった、ですか」


「そうです、その情報が行ったのは多分狙撃を行なった後…残念でしたね」


「…ですが、その情報の出所が私だとは限らないではないですか、アルカナの動きが早かったのはまた別の要因の可能性もまだ…」


まだとぼけるか、なら…。


「……山の一滴をください」


「は?」


「貴方は内通者じゃなくて酒場のマスターでしょ?、くださいよ」


「………………」


しぶしぶ、と言った様子で彼は棚から酒を取り出し、華麗な動きでグラスに注ぎエリスに山の一滴を、いや…アルカナが作った下劣な模造品をエリスに差し出す。


「どうぞ」


「……懐かしいですね、貴方これを一度エリスに飲ませようとしましたよね」


「なんのことやら」


「貴方はエリスに対して『拘留明け記念に一杯どうですか?』そう言いました、間違いなく」


「…そうかもしれませんが、それが?」


「でもその前にこんな事も言ってましたよね」


「?…、ッ!」


気がついたか、貴方が犯した決定的なミスに…。


「貴方は部下を失ったメリディアを励ました後、エリスに『凄惨な現場に居合わせて辛いだろうが』と言いましたよね。なんでエリスがあの場にいたことを知っていたんですか…!」


「それ…は……」


知るはずがないんだよ、少なくともただの酒場のマスターならあの場に居たのが『新入り隊員エリス』ではなく『魔女の弟子エリス』であることを!知っているはずがないんだよ?


「大方アルカナから受けた報告はこうですか?、『メリディアと一緒に現れたエリスの襲撃を受けたが、殺害に失敗した』と…それを聞いて貴方は咄嗟に魔女の弟子エリスではなく新入り隊員エリスの事だと思ってしまった」


「っ……」


「メリディアといつもここに飲みに来る時は新入りの格好してましたもんね、名前も同じですし勘違いしても仕方ありません」


「ですが…」


「知らなかったは通りませんよ、さっきも言いましたけど貴方は新入りの方が拘留された事も知っていた」


「………………」


「これはアルカナと繋がっていないと実現しない話だ、つまり貴方がアルカナに情報を漏らしていた…確たる証拠に他ならないんですよ」


拘留されたことを知りながら、エリスがファーグスにいた事も知っていたから。思わず出たのだろう。伝達ミスと勘違いが生んだ些細なミス…だがそんな些細なミスもエリスは忘れないんですよ。


残念ながらもう貴方は言い逃れできない、エリスは貴方がアルカナと繋がっている事を確信している。


「………………」


「これ以上言い逃れするなら、取り敢えず貴方の事を拘束させてもらいますよ。貴方にはその疑惑を向けられるだけの理由がある…」


「……あの」


「何を言っても、今更エリスの疑惑を拭えないことは理解してますよね」


「…………」


グリシャは静かに項垂れ、力なく手を垂らしたまま。空になった山の一滴の瓶を掴むと。



「ッッッ─────!!!」


凄まじい速度で瓶を叩き割り、鋭く尖ったガラス片となったそれを掴みエリスの首元に突き刺し……。


「無駄ですよ、エリスはもう貴方を敵として見ている。敵に隙は見せません」


「ッ!チッ!」


止める、キラキラと空を舞う濁った水滴、そんな酒の雨の中で輝くガラス片が突き刺さるよりも前にグリシャの腕を掴み。同時に椅子から立ち上がりグリシャを睨みつける。


「貴方はレイバンを利用していた!レイバンがこの場を情報収集の場として使っていたんじゃなくて本当は貴方がアルカナに流す情報を集めるためにこの場は作られた!」


「それは妄想か?それともまた証拠があるか?」


「なんとなくの妄想なので否定していただいて構いません、ですがそう考えれば納得も行きます。貴方のような外部の人間が潜り込む為のいい言い訳ができますもんね!レイバンから雇われてここで働いてますって言えばいいんだから!」


なんてことはない、兵士達の中に裏切り者がいたんじゃない。兵士たちに最も近く兵士達の話を誰よりも聞ける人間が裏切り者だった…それだけだ。


レイバンは最初から本当にこいつに利用されてただけなんだ、指輪で脅迫されて…スケープゴートとして。


「フッ、レイバンが捕まったと聞いた時は…お前もそれで納得すると思っていた。奴がロストアーツを盗ませた極悪人として終わらせてくれれば…私も楽だったんだがな」


「彼が言ってましたよ?指輪が送られてきて脅されてたって」


「まさかそれを信じたのか?あの豚男のくだらない虚言同然の話を?それでここまでたどり着いたと?」


「信じたのはレイバンじゃありません、エリスの友達の…メリディアですよ!」


メリディアがあの場から消えたから、エリスはまだ何かあると思えた。まだ探し続けようと確信できた。メリディアのあの行いがなければエリスはきっとグリシャの言うようにレイバンという用意された答えに行き着いて満足していたよ!


掴んだグリシャの腕を掴み直し、腰の力だけでその体を持ち上げカウンターから引きずり出すように投げ飛ばす。


が…。


「フッ、そうか…奴か。愚鈍だと思ったらここぞという時に、面倒な」


クルリと猫のように体を入れ替え地面に着地し、ガラス片を捨て恐ろしく鋭い構えを取る…それはもう酒場のマスターというより、一種の達人だ。


「な?なんだなんだ?」


「喧嘩か?って酒場のマスターと喧嘩してんのかよ!」


「噂に聞いてたけど孤独の魔女様の弟子ってやっぱ…」


すると騒ぎに気がついたのか酔った兵士たちがなんだなんだと席を立ち始めるが…。ダメだ、こいつら役に立たない、ベロベロに酔った兵士ならいない方がマシだ!


「皆さん!逃げてください!こいつは酒場のマスターなんかじゃありません!こいつは。こいつは大いなるアルカナの幹部!最後のアリエ…なんですから!」


「えぇっ!?アルカナ!?その幹部!?」


「ひっ!あの授与式の現場を襲った化け物達か!?」


「逃げろ!応援を呼ぶんだ!」


蜘蛛の子を散らして逃げていく兵士たちによりあっという間に酒場はエリスとグリシャだけの静かな、それでいてバチバチと殺意と敵意の入り乱れる闘技場と化す。


「最後の幹部か…そこまでたどり着いていたか」


「これは経験則です、アリエは全部で五人…アドラヌス達だけじゃあと一人足りないので」


「なるほどな、じゃあここまで来たら名乗ろうか。改めまして?魔女の弟子…私は酒場のマスターグリシャ、改めて大いなるアルカナが幹部…幻月のグリシャ・グリザイユ。よろしくお願いします」


「はい、ではエリスも改めまして…エリスはエリスです、孤独の魔女の弟子エリスです!」


探し求めた内通者、真なる裏切り者。全ての事件の裏で手を引いていた黒幕…その正体がまさかグリシャさんだったとはね。今までエリスのことを見て笑ってたんですか?嘲笑っていたんですか?


胸糞悪い!貴方のせいでドヴェインとフランシーヌは殺され!クラウドは重傷を負い!メリディアは尊厳を傷つけられ!メルクさんはその座を追われかけたんですよ!!


「貴方だけは絶対に許しません!!!」


「フッ、許しませんと言われましてもね!」


風を纏い突っ込みながら全霊で体を回転させ、速度と遠心力と全体重を加えた蹴りをグリシャに突っ込みながら放つ…が。


「甘い甘い!その程度ですか?魔女の弟子ィ?」


スパァッンッ!と音を立てて不思議な構えを取ったグリシャの放つ平手うちによりエリスの蹴りを弾くと同時に。


「『打勁衝』っ!!」


「ぐぼぉっ!?」


叩き込まれる肘、それがエリスの鳩尾を打ち。全身に痺れるような痛みが走りその衝撃がエリスの背を抜け…吹き飛ばされる。


つ…強ぉ…。


「もしかして、私のことただ情報を横流しするだけのパイプ役か何かだと思いました?残念ながら違うんですよねぇ」


キュッと音を立てて革手袋を嵌めるグリシャは笑う、それが纏う空気は…確実にアドラヌス達を上回っているようにも見えて。


「私…新生アルカナの最強の幹部なんですよ、といってもあんな急拵えの組織じゃそんな名前も意味なんかないのかもしれませんけど。それでもアドラヌス達如きと一緒にされちゃあ困りますよ」


「なるほど、もしバレても…貴方なら問題なく逃げられるようにと、そういう人選ですか」


「まぁね…、さて?ここで貴方を殺してもいいですけど。逃げた兵士達がどうやら応援を連れくるようなので、ここは…」


刹那、グリシャは凄まじい速度で反転し…走る。


ってしまった!今あいつの後ろには出口が…逃げる気か!


「させ…るかぁっ!!!」


咄嗟に近くに転がっていた樽を持ち上げ全力でグリシャの背に向けて投げつけるが。


「当たりませんよ!」


当然のように避けられる、クルリとその場で回転し樽を受け流してしまう…が。そんなもん最初から織り込み済みだよ!エリスの狙いは…。


「血は凍り 息は凍てつき、全てを砕く怜悧なる力よ、臛臛婆 虎虎婆と苦痛を齎し、蒼き蓮華を作り出り砕け!『鉢特摩天牢雪獄』!!!」


「なっ!?」


叩きだすのは零度の衝撃、樽の中に入った水が扉に当たり弾けた瞬間を狙い吹き荒れる吹雪は瞬く間に水を氷の壁に変えグリシャの逃げ場を奪う。


逃すわけにはいかないんだ、ここで逃したら今までの苦労が水の泡…全部パァだ、それにお前には借りと言う借りがあるんだから、全部返してもらわないと困りますよ!


「チッ…」


「逃げたいならエリスの後ろにあるカウンター裏の搬入口からどうぞ、まぁ通しませんけど」


「……そんなにやり合いたいですか、私と」


「ええまぁ、貴方は後二十回くらい殴らないと気が済みません…色々とやらかしてくれましたからね」


「はぁ〜〜、仕方ない。相手してあげましょう、どの道逃げられないのは貴方も同じです…」


ヌルリと腰を落とし構えを取るグリシャを相手に、エリスはステップを刻むように足を浮かして答えるように構える。やりましょうか…グリシャ!


「さぁ行きますよ…、『ポイントインパクト』」


「ッッちょっ!?」


刹那、エリスが見たのは構えを取ったまままるで地面を滑るようにスライド移動するグリシャの姿で…。


「『貫勁衝』」


「がぁっ!?」


放たれる掌底はまるでエリスの肩を貫くように衝撃を放ち、更に後ろへと叩き飛ばし酒の入った棚へと叩きつけ、乱れ落ちる酒瓶の雨に打ち付けられながら倒れる。


…マジか、流障壁が全く作用してない。グリシャの攻撃を防ぎ切れていないんだ…。っていうかあいつ…今使ったの。


「『衝撃魔術』ですか?…随分基礎的な魔術を使うんですね」


『ポイントインパクト』…通称『インパクト系』と呼ばれる初歩魔術の一つである衝撃魔術の一つだ。内容は読んで字の如き衝撃を飛ばして相手を攻撃する…極めて単純な魔術。


アロー系と並んで魔術初心者が習うような、言っちゃえばあんまり強くない魔術だ…けど。


エリスは知っている、フィリップという男もまた初歩のアロー系を使いながらもあれ程の実力を示している。使う魔術の質は…使う当人の技量と裁量で幾らでも跳ね上がることに。


「ええまぁ、飽くまで魔術はおまけなので。私のメインはこちらの武術…魔術と武術を合わせた、『合わせ術法』と呼ばれる技術なのですよ」


「は?合わせ術法…?」


それって、シリウスが使ってた技じゃないか?なんでグリシャが…。


「んふふふ、まぁ知ってますよね。ええそうですよ…これは我らが流祖シリウス様が用いた伝説の武技。我々はその継承者なのです」


「我々…?一体何を…」


と疑問を口にするよりも前にグリシャは再び姿勢を変えず、その場から土煙だけを残して消え───。


「ぐっ!?」


突如側面から飛んできた拳を受け止める、衝撃魔術を使って跳躍したんだ!インパクト系の強みは衝撃を溜めることが出来るところにある。つまり全身に衝撃を忍ばせ詠唱もなくいつでも発動させられることにあるんだ。


「私は何もメムの従僕では無いのです」


「がはっ!?」


グリシャの拳を受け止めた手を逆に掴み上げられ、こじ開けられたガードの向こうから飛んでくる掌底が再びエリスの肋骨を叩き、深々と衝撃が突き刺さる。


「ぐぅっ…」


「私は謂わば助っ人。本来は別の組織で活動していましてね?そちらからメムに手助けをするように言われ、彼と行動を共にしていたのですよ…あれは、そう…彼が帝国から逃げ出してきたその時からでしょうか」


「別の…組織?」


衝撃波に吹き飛ばされ、割れた酒瓶と溢れた酒で溢れた床に叩きつけられ、這い上がるように起きながら問う、別の組織からの助っ人?ってことは元はアルカナじゃ無い?じゃあ一体…いや待て。


帝国から抜け出した時?確かあの時って…。


八大同盟が大いなるアルカナに手を貸していた時じゃ…!


「私の本来の組織はヴァニタス・ヴァニタートゥム…八大同盟の出身でしてね」


ヴァニタス・ヴァニタートゥム…!、世界の終焉を本気で望んでいるという…マレフィカルムの中でも特級の危険思想集団か!殆ど何も分かっていないと言われるあの謎だらけ謎満載の組織まで、あの時アルカナに手を貸していたのか。


「メム君の話は実に興味深くてですね。私達も大いに賛同したわけですよ、何より彼の排他的で退廃的な目が良かった…本気で世界を終わらせようっていう気概が感じられてね。思わずここまで付いて来ちゃいました」


「それがなんでシリウスの技を!」


「それは我らがシリウスの継承者だからですよ、ヴァニタス・ヴァニタートゥムは大いなる厄災をもう一度地上に顕現させるために生まれた組織…だからでしょうか。だから羅睺十悪星ウルキよりシリウスの技を聞き及び、技術によってそれを蘇らせ…新たなるシリウスを作るために我等は集まった」


「新たな…シリウス…、何言ってんですか!シリウスが何をしようとしたか知ってるんですか!?大いなる厄災で人類の九割が死んでるんですよ!」


「知ってますよ?」


「なっ…」


こいつら、大いなる厄災の中身を知ってる?それを知って尚…いや知っているからこそ、大いなる厄災を再現しようと?


グリシャの顔は、エリスを脅かしてやろうとかビックリさせてやろうとか、そんな感情は感じられない。本気だ…本気で世界の終わりを望んでいる。


「いいじゃ無いですか、世界が終わる?いいじゃ無いですか!滅ぼしましょう!そうしましょう!こんな世界!纏めて地面ごと消し去ってやりましょうよ!アハハハハハハハハ!」


「く…狂ってます」


「狂ってる?生憎とこんなのばかりですよ。八大同盟ってのはね…!」


マレウス・マレフィカルムの頂点…、中枢組織を支える八つの柱『八大同盟』。それがこんな頭のおかしいやつらばかりだって?


実際そうなんだろう、エリスが今までぶつかった八大同盟の構成員。明のアルテナイもハーシェルの影フランシスコも、どいつもこいつも人が死のうが自分が死のうが構わないってスタンスの奴らばかりだった。


一筋縄じゃない、八大同盟は。


「さて、色々お話ししてあげたんですから、立ちなさい…やりましょう、私とあなたの殺し合いを」


「上…等ォ…!」


正直肋骨は逝ってるし、入れられた掌底はエリスの骨を軋ませているし、もう休んで泣きたい気持ちはあるが。それでもこいつをぶっ倒さなきゃならない理由は明らかになっている。


負けられるか!こんなとこで!



「やってやりますからね…覚悟を、してください」


顎を伝う酒の水滴を拭い。拳を握る、まだまだここからだ…と。



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