336.魔女の弟子と弟子集合
「みんな久しぶり〜!元気してた!?ってかみんなすごく強くなってるしぃ〜!!!」
「元気だなオイ」
「あはは、いいじゃないですかアマルトさん、僕もみんなと再会出来て嬉しいです」
「確かに、最高」
「エリスもですよ、まさかアマルトさん達までここにいるなんて思いませんでしたよ」
大いなるアルカナによるスタジアムジャック事件。それはエリスと偶然居合わせたアマルトさん達の活躍によりアルカナの幹部全員の撃破という形で幕を閉じた。
人質になっていた観客は皆無事保護され、ここにいたアルカナ構成員やアドラヌス達幹部も防壁が解除され雪崩れ込んできたアド・アストラ達により捕縛され一件落着。
今は残った構成員やボスであるメムが潜んでいないかスタジアム全体をアド・アストラが見回っている最中。そんな中エリス達は揃って無人となった観客席でコートなどの被害状況を確認するアド・アストラを見下ろしながら談笑していた。
え?今日の試合?そんなもの中止ですよ中止。
「んー!エリスちゃんだぁー!三年ぶりのエリスちゃんー!むぎゅー!ふんすふんす!」
「あはは、デティ!くすぐったいですよ!」
全て終わったんです、こうして笑い合うくらい良いだろうと言うデティの発案により、エリス達は今こうして観客席に座って怠けているわけなんですが。
さっきからエリスに抱きついてくれるデティが可愛い、本当に可愛い。よしよししたくなる。
「よしよし」
「もー!子供扱いしないでよー」
「いやいや、実際お前子供だろチビ助、ってか三年経っても全く背が伸びてないってどんな体してんだ?もしかして魔女様みたいに不老?」
「うっさいわい!これから伸びるんじゃい!」
「これからってお前もう二十歳だろ!?」
こう言うアマルトさんとデティの不毛な言い争いを見るのも久し振りだなぁ…っていうか。
「ねぇアマルトさん」
「ぁん?なに?」
「なんでスタジアムに居たんですか?、それも三人揃って」
「あー、そういや後で話すって言ったな…面倒くさいから割愛していい?」
「分かる範囲でなら割愛しても大丈夫ですよ」
「冗談だよ、つっても何から話したもんかね…」
するとアマルトさんは困ったように頬をかき苦笑いを浮かべる。三年ぶりにこうしてアマルトさんと会うが…彼はなんだか三年前よりも大人になったように感じる。久しぶりに再会したメルクさんやメグさんは前から大人っぽかったからあんまり感じなかったが。
今の彼は、学生というより一端の『大人』って感じがする。
「実はさ、俺殺し屋に命狙われたのよね」
「え!?大丈夫ですか!?」
「こうして口聞けてるってことは大丈夫なんだろうな?、でよ…そいつの口割らせて話を聞いてみたら、その依頼人ってのが『大いなるアルカナ』だってんだよ」
「え?」
思わず眉間に皺が寄る、アルカナが…アマルトさんの命を狙った?なんで?
「大いなるアルカナの怖さってのは俺も身に染みて分かってる。お前が三年前滅ぼした筈の連中がまた現れた、このまま捨て置けばまたアイン達みたいな騒ぎを起こすかもしれないしな。だからラグナ達に報告を…と思ってな」
「なるほど、でなんでナリアさん達も一緒に?」
「あ、僕はオマケで付いてきました。偶々居合わせたので」
「私も…、久し振りにみんなに会えるかもって思って」
「じゃあなんでスタジアムに?」
「真面目な話する前に遊んどこうと思って」
つまりここに居合わせたのはマジの偶然だったのか。運命ってのを感じるね本当に。
しかもナリアさん達が一緒にいたのもまた偶然と…、ナリアさんは確か世界中を回って公演をしてたはずだし、ネレイドさんも聖王の護衛をしてたはずだし。
「しかしアルカナのお話しする前にまさかアルカナとぶつかって、おまけに幹部四人ぶっ倒す羽目になるとはな。後何人残ってんだ?」
「あれで最後です、あとはボスだけですね」
「なんだよ、じゃあもう終わりじゃん」
「いいえ、まだ一番厄介なボスが残ってます…」
多分だが、メムはこの場に居ない。居たなら奴が戦いの場に現れない理由がない、アド・アストラを怖がって物陰に隠れるような奴でもないし。
どこで何をしているのかは分からないし、何を考えているかも分からない。ある意味一番厄介で怖いのが残ったとも言えるな。
「ふーん、まぁその辺の詳しい話はメルクかメグに聞くよ。多分あいつらのが詳しい情報を知ってるだろ?」
「そうですね、二人もみんなに会いたがってると思うので」
「俺も会いたいしな、メルクには礼も言わなきゃならないし。ところでエリス?」
「なんですか?」
「俺達の身の上話したんだ、お前のも頼むよ。正直俺達八人の弟子の中で一番お前が何してたか興味がある」
「あぁ〜確かに、僕も三年間あっちこっちで興行してましたけどエリスさんの話はホント噂程度にしか聞きませんでしたし」
「私は聞いてる…、ベンちゃんと会って話したんだよね。ごめんね…その時、私忙しかった」
「そんな面白いものでもないですが、まぁ話の物種くらいには…」
と、エリスが話し始めようとした瞬間…。
「んー?あれー?そこにいるのって」
「ん?」
スタジアムの入り口から、観客席を歩いてこちらにやってくる子が一人。今回の事件にも参加していたエリスの可愛い妹分、アリナちゃんだ。
「あれー?アマルト先輩じゃん」
「おう、アリナ後輩。そういやお前もこっち戻って来てたんだな」
先輩後輩、そう呼び合う二人を見て思い至る。そう言えばアリナちゃんは三年間ヴィスペルティリオ大学園に留学してたんだ、なら学園の生徒であり生徒会長でもあるアマルトさんとは当然面識も交流もある。
「就職活動はうまくいってるかね?」
「うんやってるよー、ってかアマルト先輩学園どうしたの?理事長やってるんじゃなかったっけ?クビになった?」
「何をどうやったら俺が建てて俺が経営してる学園をクビになるんだよ…、普通に用があって出て来てんの。今は休職中」
「あっそ、んでさー?アマルト先輩戦ったの?メチャクチャにしたわねぇーホント、こんなに被害出すなんてどんな頭悪い戦い方したのよあははは」
「俺が壊したのはあそこの壁だけ、あとはほとんどエリスだよ」
「周りの被害に竦まず敵を倒すことに全力を注ぐなんて流石エリス先輩!マジでリスペクトです!」
「お前なぁ…、ホンット可愛くない後輩だよ!お前は!」
「結構でーす」
仲良いなぁ、まぁ一緒にいた時間ならエリスよりも二人は長い。それこそ学園で毎日のように顔を見せていたことだろうし、そりゃ距離も近くなるか。
「仲良いですね、二人とも」
「ああ?いやまぁ一応顔見知りの新入生だし面倒くらい見てやらねぇとな。ってか聞いてくれよエリス、こいつ入学してからしばらく緊張しまくってガチガチに固まってたんだぜ?まるで借りて来た猫みたいによぉ!」
「もー!アマルト先輩それはエリス姐には言わない約束でしょー!、ところでこれから地獄行きません?」
「飯誘うみたいに殺害予告しないで!?」
「ふふふ、本当に仲がいいですねぇ…それにしても、理事長ですか」
先程アリナが口にしていた理事長か。もしかしてアマルトさんもう夢を叶えたのかな?と思ったら色々察したアマルトさんが。
「理事長つってても小等部…新しく作った子供用の小学園の方のな?」
「ああなるほど」
子供用の学園か、確かに学園は十歳からじゃないと入学出来ないし丁度いいんじゃないのかな。それにアマルトさんは何だかんだ本当に面倒見がいいし、向いてると思うな。
「アマルトさん、いい先生してましたよ」
「おいやめろよナリア」
「生徒さんの事すごく考えてて、とっても笑顔で、あんな先生の下でなら多くのことを学べると思います」
「やめ…いややっぱやめなくていいわ、もっと褒めて」
「凄いですねアマルトさん」
「アマルト…いい先生、私も感謝してる」
「凄いじゃんアマルトー!」
「でへへ」
先生になっても、大人になっても、アマルトさんは相変わらずアマルトさんだなぁ。
三年ぶりにこうして友達と揃ってお話をする、エリスにとってやはりここが居場所だと思えるそんな時間の中…ふと、アリナが。
「あ、そういやエリス姐。なんかメルク様が呼んでましたよ、用があるとかって」
「用?なんでしょう」
「わかんねぇけど行ってみようぜ、ここに来た用件の殆どは片付いたけど俺もメルクに会いたいしな」
「それにエリスさんの話もまだ聞けてませんしね!」
「うん、みんなで…行こう」
「行こう行こう!、またみんなで集まってパーティだぁー!…それはそれとしてこのスタジアムどうしよう」
そうして偶然ここに集まった五人の弟子達は、メルクさん達二人の弟子達の元へと急ぐ。久しく集い始める親友達に…エリスは静かに胸が高鳴り始めていた。
この先何があるかわからないけど、みんなと一緒ならなんとかなる気がして来た。
………………………………………………………………
「終わったか……」
ステラウルブスを一望出来る小高い建物の上に座り込み街を望むレグルスはクスリと笑う。スタジアムの方で起こっていた騒ぎはどうやらエリスの活躍により解決されたようだ。
それを証拠に上がっている黒煙、流石は我が弟子、やることが派手でよろしい。
「流石は私の弟子、やはり派手じゃないとな」
「派手でいいわけがあるかよ、今日の試合オレ様楽しみにしてたってのによぉ〜。一等席取ってたのに試合がおじゃんだぜ」
「全くですわ、エリスったら最近ますますレグルスに似て来て…わたくし将来が心配ですわ」
「……貴様ら、来てたのか」
背後よりいきなり響く声に特に驚くこともない。私と同じように屋根に座り込むのは私と同じ魔女のアルクトゥルスとフォーマルハウトだ、大方私がここで物の見物をしているのを見て寄って来たのだろう。
暇な連中め。
「で?何見てたんだ?」
「…あの塔、白銀塔ユグドラシルだ」
「ああ、わたくし達の弟子の仕事場ですわね。翡翠の塔よりも大きな塔がこの世に現れるのは思っても見ませんでしたわ」
三人で屋根に座りながら見上げるのは弟子達が作り上げた新たなる支配の象徴白銀塔ユグドラシル。まぁこんな風に言いつつもこの塔の建造には魔女達も関わっているんだがな。
「……全く」
しかし、と見上げる白銀塔は陽光を跳ね返し荘厳にも立ち尽くす。人々はあの塔の美しさと力強さに希望を抱いているという。確かに見てくれは美しいと言えるだろう。
真っ直ぐ伸びる白の塔…その上に広がるように作られた城、まるで巨大な杭のような形は唯一無二のものであり、唯一無二とは美しいと考えるのが人のサガ。
私もあの塔を最初に見た時は圧倒された…が、悪いがとても美しいとは思えなかった。
「一体誰だ?あの趣味の悪いデザインにしたのは」
抱いた感想は『薄気味悪い』だ。決して弟子達の感性を否定するわけではないが…我々にはあの『形』を肯定することは出来ない。一体どこの誰が設計したのだと友を見やれば。
「普通にエトワールのデザイナーだよ、オレ様達魔女は土台を用意しただけでデザインとか細かなところにゃ関わってねぇ」
「ええそうですわ、もし関わっていたならあんな縁起の悪い形になんてしませんわ」
「……だよな」
魔女達もまた白銀塔の形を『薄気味悪い』と捉えているようだ。そりゃあそうだ、何せ…あれは。
「何故…よりにもよって『星砕の大樹』にそっくりなのだ」
白銀塔ユグドラシルは星砕の大樹にそっくりなんだ。長く伸びた白い塔のその上に広がるように城が配置されたあのデザインは八千年前シリウスが作り出した最後の極大魔術であるあの星を貫く杭…或いは天を覆う大樹に。
「なんの因果か知らねぇけど、嫌な形になったもんだよなあ」
「ですが折角弟子達が積極的に取り組んだ事ですし、わたくし達が昔の事を差して変な指摘をするのもあれですわよねぇ」
「だな…、だがあれを見ているととても嫌な気分になる、ついうっかり切り倒したくなる」
シリウスが星の記憶を取り出す為、地表に穴を開け星の心臓部にまで手を伸ばすという目的を持たされた魔術こそが『星砕の大樹』だった。
天に届くほどの白く発光する大樹、あれの完全開花が即ち我等魔女の敗北を意味していたが為に我々は死ぬ気であの大木の伐採に向かい、そしてそれを阻止するために現れた羅睺十悪星とぶつかり合い、結局あれが奴等との決戦になった。
最後は我らの勝利で終わり、魔女達の総力を持ってして星の核にまで伸びていた大樹をなんとか破壊することが出来たが、それに激怒したシリウスと…そのまま決戦になったんだ。
その後、大樹が生えていた大陸の中心。オフュークス帝国の首都テトラヴィブロスは消し飛び海の底に沈んでしまったが。『星砕の大樹』が開けた穴はまだ残っている。
星の核の寸前まで伸びた長い長い回廊の如き穴はまだ残っている。星の記憶に通ずる扉はまだ開いたままなんだ。出来れば塞ぎに行きたいが…テトラヴィブロスは我ら魔女でさえ到達出来ないほどの深海にある。何せこの世で最も星の核に近い程の地下不深くなのだ。
我々魔女でさえ到達することは難しい、今あの穴がどうなっているかさえ…分からない。
「まだあの大樹、そして星の扉を気にしているようですね」
「君らしい憂いだね、まぁボクもテトラヴィブロスの事は気にかけているけどね」
「お前らもきたのか…プロキオン、リゲル」
目を向けずともまた背後に魔女のお代わりが来たのは分かる、そして何故か私達に並ぶように同じく屋根の上に座ったのも分かる。何やら簡素なジャージを着込んだプロキオンといつも通りのシスター服のリゲルだ。
「にしてもあの塔っていつ見ても『星砕の大樹』にそっくりだよねぇ!」
「今その話をしていたんだ」
「あ、そっか…だからテトラヴィブロス、ううん星誕神殿の話をしてたんだね」
「ああ、正直アウズンブラにあるあの穴は八千年前の遺産の中でも特大級の負の遺産だからな」
「かと言って埋められるものでもないですしねぇ」
「困ったよねえ」
プロキオンとリゲルもまた腕を組んでウンウンと唸る。がしかしここで答えが出るなら八千年もあれを放置していない。あの穴は本当に危険なんだ、何せシリウスの目的が後一歩で成就するという所まで行った…そのやりかけの作業なのだから。
「よし、アルク!お前今から行って塞いでこい」
「無理だったよ、何回か試したがオレ様でも最下層まで行けなかった。馬鹿みたいに深いから水圧えげつねえし、何より穴から漏れ出てる力かなんか知らないが海の底はメチャクチャになってんだ」
「メチャクチャ?」
「ああ、ありゃ半ば幽世だな。多分穴から漏れ出た星の力のせいで現世と幽世が接続してる状態にある。生きてる人間が半端に近づいたら幽世に魂が引っ張られてあの世行きだ」
「そういえば近寄った艦船が帰ってこないって話だったね、あれってそういう事だったのか」
「多分な、今のアウズンブラに関しちゃ分かってる事は本当に何もないから所感にはなるが」
「ええそうですよあの穴は完全に未知なんですから普通に立ち寄らないでくださいよ」
「え?皆さんなんでアジメクにいるんですか?」
「…またか、来るなら一気に来い」
もう言わずとも分かるだろう、また来たんだよ魔女が、相変わらず不潔な格好をしたアンタレスと水着を着たスピカが私たちの隣に並び…って。
「おいスピカ、貴様何で水着着てるんだ…?」
「え?いや…久々に暇になったので、フォーマルハウトさんにデルフィーノ村の別荘借りてリゾートバカンスを…」
「彼女、久々に遊べるとウキウキして海に飛び込んだ挙句溺れて、最後には泣く泣く浮き輪膨らませたり砂浜で白亜の城作ってましたわ」
「お前本当に魔女か?」
「溺れるなよ情けねえ」
「う、うるさいですね!いいじゃないですか魔女が浮き輪使っても!砂場で城作っても!そういうの差別って言うんですよ!」
八千年ぶりなんで泳ぎ方忘れてただけですよ!と顔を真っ赤にして怒るスピカをよく見ればまだ髪が濡れている。どうやら海に入っている最中に我々が集まっているのに気がついたんだろう。そして大方魔女会議の日取りを間違えたと思い込んで慌てて飛んできた…ってところか。
相変わらずそそっかしいやつだ、こいつが八千年間国を治めていられた事自体が半ば奇跡だな。
「スピカさぁんが溺れるのはいつものことなので置いておくとしてですね?アウズンブラに開いた穴通称『星回廊』に関しては今後誰も立ち入らないでくださいよ絶対に」
「どうしてでしょうか、教えてくれますか?アンタレスさん」
「それは単純ですよリゲルさぁん?あの穴は先も言った通り星の力が溢れている上星の心臓部に最も近いから何が起こるかわからないんです例えるならこの世で一番爆弾に近いところなんですから」
「爆弾か…」
「魔女みたいな強力な存在が下手に近づいてなにがしかの反応を起こしたらその瞬間星がドカン!ってこともあり得ますから」
「ひ…ひぇええ…」
あわわと口を震わせ顔を青くするスピカは一旦置いておいて、アンタレスの言うことには一理ある。あそこは本当に何があるか分からない…まぁアンタレスは物事を誇張して言う癖があるから一概にそうとは信じきれないが。
「ま!近づこうにもボク達でも近づけないし、怖がる必要はないんじゃないかな?ね?スピカ」
「さて、一概にそうと言い切れるかな?」
「む……」
思わず振り向いてしまう、ここには既に七人の魔女が集まっている。なら最後に訪れるのは奴しかいないからだ…。時間を操り空間を司るくせに、遅い到着だったな。
「遅かったな、カノープス」
「フッ、我は仕事があるのでな。無職連中と違ってな」
「おいカノープス!オレ様達の事煽ってんのか!?」
「まぁまぁアルクさん、落ち着いて落ち着いて」
「そ、そうですそうですリゲルさんの言う通り、ここで喧嘩はやめましょ?一応ここアジメク、私の国、やるなら自分の国でどぞどぞ」
相変わらずの優しさで止めるリゲルと単純に目の前で喧嘩されるのが嫌なスピカの二人になだめられアルクトゥルスも溜飲を下げる。全く筋肉バカのせいで話が折れた…。
「座れ、カノープス」
「ああ、レグルスの隣がいいんだが?」
「へっ!残念だったな!ここはオレ様の席だよ!」
「む…」
何やらくだらない事で喧嘩してるな。別に席とかを決めたわけではなく勝手に私の隣にアルクとフォーマルハウトが座ってその外周に魔女が座り続けた結果この形になっただけなのだが…。
「仕方ない、我はここで我慢する」
「あ!おい!そこはズルいだろ!レグルスの背中って…」
「やめろ!カノープス!落ちる!」
ドン!と私の背中に背中を預け座るカノープス…っておいおい、落ちるよ!ここ屋根の上だぞ!
と言うがカノープスは相変わらず私の話は聞かない。全く、昔からこいつはそうなんだよ…。
「それより星回廊の件だが、あまり安堵は出来んぞ」
「……どう言う意味だ」
もうカノープスが私の背中に体重を預けていることに半ば納得しつつも、私は聞く…聞くしかない。何か懸念材料があるのかと。
「そのままの意味だ、シリウスはまだ復活を諦めていない。前回は我等が事前に察知出来たから良いが…もし次、我等の与り知らぬ所でシリウスが復活した場合奴は間違いなくアウズンブラに直行する」
「っ…確かに、奴の体ならテトラヴィブロスの水圧や星の力にも耐えられるだろうな」
我等魔女でも行き着けないテトラヴィブロス深海、だが我等に行けずともシリウスには行ける。確証や実証はないがシリウスなら確実に行けるし行けずとも方法は作る。奴はそう言う女だ。
「もし次を奴に与えたら、その瞬間我らの敗北が決まる可能性は十二分にある。塞げるなら塞ぎたい」
前回は私の体を使っていたからシリウスは穴を放置した、私の体では深海まで行けないから。だが次…シリウスの体が完全復活を果たしたら。アイツは穴へ向かいそして押し広げ、我らの介入を許す事もなく星の魂に手を伸ばす。
シリウスの開けた穴がそのままと言う現状は、謂わばチェックメイト寸前で放置されたチェス盤のようなものなのだ。次の一手がシリウスに回った瞬間…終わる可能性は十分ある。
「だから次の魔女会議ではその事について話し合うつもりだ、あと各々の国での報告とかも聞きたい」
「なるほどねぇ、そう言う議題か…」
「また難題が降りましたね」
「それまでに色々考えておかないと」
「出来れば子供達の時代に負の遺産は残したくありませんわ、わたくしも脳みそフル回転で考えます」
「…………フンッ」
とはいえ、今更会議で話し合って答えが出るテーマとも思えん。考えはするがきっと纏まらないだろう。
それよりも、…私が提案する『もう一つの議題』はどうなるだろうか。通るだろうか…。
「それよりも、皆の者…あの白銀塔は見たか?」
「ん?おお、どうしたよカノープス」
「見たかと言うより嫌でも見えるものですが」
と、いきなりカノープスは白銀塔を指差すと。
「今見るとあれ、『星砕の大樹』にそっくりじゃないか?」
「その話はもうし尽くしたよ!」
「と言うか今終わった所ですわ!」
「空気を読めカノープス!!」
「あ、そうなのか」
こいつ…、どこまでマイペースなんだ、全く。
…こいつらと来たら、次から次へと寄ってきて中身のない話ばかりしおってからに。魔女という立場になっても、そしてもう用済みとなっても、変わらない連中だ。
ずっとずっと、変わらない…バカな連中、そして愛すべき連中だよ、本当に。
………………………………………………………………
メルクさんが呼んでるよ、そんな伝言を受けたエリス達はその伝言に従いメルクさんに会うため白銀塔ユグドラシルの最上階…ではなく。
案内されたのは宿だった、それも例の宿だ。ほら、エリスとレグルス師匠が始めて皇都に来た時泊まった宿であり、シリウスとの決戦前夜に八人の弟子で泊まったあの思い出の宿だ。
そちらの方にみんなで通されると、既に宿の大広間でメルクさんは座って待っており。
「おお、本当に来ていたか。久しいな、みんな」
と優雅に紅茶を飲んで待っていた。当然その傍らにはメグさんがいる。きっと彼女がアマルトさん達も戻ってきていることをメルクさんに報告し集会の場所として思い出深いここを選んだんだろう。
「おーう!メルク!メッチャ久しぶりだな!学園の件マジでサンキューな!」
「わぁ!メルクさんにメグさん!久しぶりです!あー!あと公演の出資ありがとうございます!」
「ああ、久しぶりだなアマルト ナリア ネレイド。また三人に会えて嬉しいよ」
「はい、お久しぶりでございます。またこうして皆さんと会えてこのメグ感涙ものでございます、いえーい、再会のハイターッチ」
「はいたー…ち」
メルクさんの姿を拝むなりサンキューなと駆け寄るアマルトさんとナリアさん、そして何故かメグさんとハイタッチするネレイドさんのおかげで、一気に場の空気は魔女の弟子達が集まった時に生まれる特有のカオス空間へと早や変りだ。
「ただいま、メルクさん」
「ああ、デティもおかえり」
「…持ち直したみたいだね」
「…すまなかったな、心配をかけた」
「ほんとだよ、でもこっちも助けになれなくてごめんね?」
「いやいいさ、私が勝手に落ちぶれてただけだ」
ああ、そう言えばデティが最後にメルクさんと話したのはメルクさんがレイバンに追い詰められていた時以来だったか。デティも心配だったろうし彼女なりになんとかしようとはしてくれていたんだろう。
「なになに?メルクのやつなんかあったの?」
「後で話すんで、取り敢えず席に座りましょう」
既にメグさんが人数分の椅子を用意してくれてますからね、とアマルトさんを宥めつつエリス達は席に着く…と同時に。
「どうぞ、お茶でございます」
「ありがとうございます、メグさん」
あっという間にお茶が出てくる。本当に仕事が早い人だな。
「おお!久々のメグ茶!相変わらず出すの早えな」
「わーい!メグさんの絶品のお茶ですね!」
「ん…美味しい」
「いえいえ、喜んでいただいて幸いです。はいデティ様にはデティフローアスペシャルでございます」
「お!いいねえ!これこれ、仕事の終わりはこの一杯が染みるんだよねぇ〜」
それぞれメグさんの絶品茶に舌鼓を打ち、戦いの疲れを癒す。デティに至っては何故か腕まくりをして気合を入れて例の糖分しか入ってないみたいなコーヒーを飲み。
「うま〜」
全員でホッと一息、やっぱりいいもんだなぁ。
「メグから報告を聞いた時は耳を疑ったぞ。まさか三人揃ってステラウルブスに来ていたなんてな、全く気がつかなかった」
「幸い私の部下が遠目からネレイド様の姿を視認したお陰で三人のステラウルブス到着に気がつくことが出来ましたが…、どうされました?ネレイド様はともかくアマルト様やナリア様がステラウルブスを訪れるなんて珍しい」
「ステラウルブスで公演の予定はあんまりないですからね、確かにここに来るのは珍しいかもです」
「珍しい…ってか始めてだな俺は、最近は忙しくてヴィスペルティリオの外にはめっきり出てないから…。まあこっちも色々あってな」
「その色々を聞きたいんだが?」
「それはこっちも同じだ、今のアド・アストラの状況やさっきの事件に至るまでの顛末を聞きたい。今はみんなの事情がごちゃごちゃに絡まって複雑な状況にあるし…どうだろう、ここは一つメルク達の状況から先に聞かせてくれないか?」
「私達の?」
「ああ、多分だが事件の主流はそっちだ、そっちの事情を知った方が俺達も話しやすい」
「お…おう、アマルト…お前見ない間に随分理路整然と話すようになったな」
「これでも教師だぜ、さ!頼む」
するとメルクさんはメグさんへと目配せをする。冥土大隊の隊長としてこの場で最も状況に詳しい彼女なら事細かに説明出来るだろうと思っての願い立てだろう。
そしてその期待に応え、メグさんは今までの状況をアマルトさんに事細かに説明していく。
一ヶ月前ロストアーツがアルカナに盗まれてしまったこと。それを手引きした裏切り者がいるかもしれない可能性がある事。そしてそれを探すためにエリスを連れ戻した事。
メルクさんの立場が危うくなりオライオンに身を隠していた事、エリスがそれを助けた事、幹部の一人レイバンが裏切り者だった事、そしてアルカナが最後の抵抗とばかりに先ほどの事件を起こし今に至るという事。
全てをアマルトさん達に共有し、アマルトさん達もそれを聞き届け難しい顔をして頷くと。
「なんか大変だったんだな」
と、ちゃんと聞いてたのかどうか分からない簡素な答え一つで終わらせる。まぁ何を言ってもこれらはもう終わった事だ、そこについて騒がないのは彼らしいと言えるかもしれない。
「まぁな、色々あったがエリスのおかげでアルカナの壊滅まで持っていけた」
「物の二週間足らずでこの成果です、流石はエリス様」
「いやぁそれほどでも」
「流石エリスさん、事件解決はお手の物ですね」
「うん…エリスは頼りになる」
「エリスちゃんすごーい!」
「えへへぇ、褒められるとむず痒いです」
「エリスは問題とか事件を惹きつける体質みたいなモンを持ってるからな、こいつ置いておくだけでアルカナもホイホイ寄ってくるんだろうな」
「エリスのことなんだと思ってるんですか?アマルトさん?」
まぁ…エリスもそれは自覚してますけど。なんか行く先々で色んな敵とか窮地がホイホイ寄ってくるから。
「で?アマルト達は何故ステラウルブスに?もう話しても大丈夫だろう?」
「ああ、と言っても今の話を聞くに俺達の用件は半ば解決してるらしい」
「というと?」
「俺、アルカナが差し向けた殺し屋に狙われたんだよ。まぁそいつ自体は偶然居合わせたナリアとネレイドのお陰でなんとかなったんだが…、もし本当にアルカナが復活してるならみんなに伝えた方がいいかもって思ってな」
アマルトさんの判断は正しい、アルカナの恐ろしさを知るが故に復活してたらやばいということでラグナ達に連絡しようと来てくれたのだ。まぁ実際は着いた時には既にアルカナの存在は周知な上終わったも同然の状態だったわけだが。
だが気になる点は一つある。
「殺し屋にだと?」
殺し屋だ、これが引っかかる。
「おう、メイド服を着た殺し屋でハーシェルの影って名乗ってたぜ?名前はペルディータだったか…」
「ハーシェルの影!?」
「ッッッ!?!?」
思わず立ち上がるエリスとメグさん、その正体を知る二人は互いに顔を見合わせる。ハーシェルとは八大同盟の一角にして殺し屋としての側面を持つ暗殺一族だ。それがアルカナから依頼を受けてアマルトさんを殺害に来ていたと。
「ッ!アマルト様!そいつは…ペルディータはどうなりましたか!?」
「…死んだよ、体の中に爆薬を仕込まれてたみたいでな」
「……なるほど、まぁそうでしょうね」
するとメグさんはそれだけでストンと椅子に腰を落とす、エリスも一度フランシスコというハーシェルの者と戦ったことがあるからわかるけど、…アイツらすごい強いんだよなぁ。それを平然と跳ね除けるなんて流石アマルトさん。
「しかし、参ったな。大いなるアルカナは八大同盟とも繋がりがあるのか?だとしたらいくら幹部を倒しても八大同盟から戦力の供与の可能性がある限り安心は出来んぞ」
「我ら帝国と戦った時のように…でございますね、ですがメルクリウス様…私はそうは思いません」
「ん?思わない?どういう事だ」
「ああ、その件についてはエリスも同意します。多分ですがアルカナとハーシェルは恐らく、無関係かと」
「何!?」
無関係だ、恐らく。この二つの陣営は繋がっていない…それがエリスとメグさんの大凡の見解だ。それを述べれば皆目を剥き。
「いやいやエリス、俺は確かにハーシェルの影に狙われたぜ?そして奴の口から確かにアルカナの名前が出た。多分だがこれは嘘じゃない…ペルディータは確かにアルカナから依頼が来て…」
「それはきっと頭目たるジズ・ハーシェルが『これはアルカナからの依頼だ』と言っただけでございましょう、それを聞いたペルディータはアルカナからの依頼だと誤認した」
「……何故そう言い切れる」
何故言い切れる…か、ハーシェルをよく知るメグさんはともかくエリスは現場での証拠だけになるから確かなことは言えないが、それでも言い切れるだけの証拠はある。
そう…例えば。
「アルカナがハーシェルの影に依頼するわけないんですよ。『ハーシェルの影を超えると公言しているトーデストリープがいる限り』」
「ッ!そういやアイツそんな事言ってたな!」
そう、リープだ。裏社会ではハーシェル一族に次ぐと言われる二番手の殺し屋たる彼はあのスタジアムで確かに『ハーシェルを超える』と宣言していた。きっと永遠の二番手たる彼にとってそれは己の命をかけるに相応しいほどの命題だったに違いない。
なら、そんな彼が誰かを殺そうとした時ハーシェルを頼るのはおかしくないか?だったら自分がやるよと言い出すだろう。でなきゃ超えたことにはならないからだ。
「リープが殺し屋としての矜持を持つ限り、彼がいるアルカナがハーシェルを頼ることはないでしょう」
「…なら、本当の依頼人は誰だったんだ?」
「………………」
エリスは考える、腕を組んで考える。誰が依頼をしたんだ?態々アルカナの名前を騙ってアマルトさんを狙う理由とはなんだ。これによって得られるメリットとそのメリットを欲しがる人間は誰だ。
というか、アルカナの名前を騙る以前に、なんでアマルトさんなんだ?六王でもなければアド・アストラの一員でもない彼を…。
そう考えながらエリスは目の前に座るアマルトさん達を見て…ふと思う。
アマルトさん達は…アルカナの名前を聞いてここに来たんだよな。ならその犯人はアマルトさん達を、ここに連れてきたかった…ってことか!
「もしかしたらそいつはアマルトさん達をステラウルブスに連れて来たかった…ってことでしょうか」
「ええ、恐らくはそうでしょう。誰が依頼をしたかまでは分かりませんが…犯人の狙いはそこにあるかと」
「ってことは何か?俺達ぁまんまと敵の狙いに乗ってここに来ちまったってことか?なんでそんな事…ッ!まさか敵の狙いは小学園か!?」
「いやそれはないでしょう、もしアマルトさんの学校が狙いならアマルトさんを引き剥がすなんて回りくどいことはしませんし、そもそも引き剥がすなら先にタリアテッレさんの方をやるでしょう」
「それもそうだな…じゃあ、あれか?敵は魔女の弟子をこの街に集めたかった、とか?」
「多分……」
だが何故それを行ったかまでは分からない。ああくそ、嫌な感覚だな。敵の狙い通りになっているのにエリス達はその狙いに気がつけていない。
与り知らないところで手を回されている、そんな気持ち悪さを感じる。
「ともあれ、アマルト様の暗殺を企んだ者の狙いはアルカナとは別にある様子ですね。アルカナは半ば売られたも同然の扱いですから」
「…所詮、今も昔もアルカナは尖兵扱いですか」
マレフィカルムにとって、アルカナは今も昔も都合よく突っ込んでくれるバカ程度の認識でしかないのか。そう思うとシンやタヴ達が惨めでならないな、シンの記憶を読み込んでもシンは自分達がそういう扱いを受けていたことを理解してたっぽいし…。
ちょっとだけ、遣る瀬無いかも。同情はしませんがね。
「ま…いいさ、俺達ぁ神じゃないんだしいくら考えても分からないだろ。だったら放置でいいよ」
「放置って…敵の狙い通りに進んでるんですよ?」
「だが目の前には別の敵もいる。だろ?アルカナはまだ完全に死んでないんだ」
「ッ…確かに」
そうだ、アルカナはまだ完全に潰えたわけではない。確かに幹部は全員捕まえたがまだメムという唯一の『本物のアルカナ』が残っている。
「その件についてなんだが…エリス」
「ん?なんですか?」
ふと、メルクさんが神妙な面持ちで座り直しエリスの方を見遣る。一体どうしたのだろうとエリスも姿勢を正して聞きの姿勢に入ると。
「実はレイバンを取り調べたところ。奴は本当の内通者ではなかったようだ」
「……まじですか?」
「ああ、奴は脅されて動いていた。ロストアーツの情報を流したのも脅されての事らしい」
「………………」
マジか、まだ内通者の一件は終わってないのか?いやロストアーツを売った内通者という一件ではある意味決着はついたのかもしれない。だが…正真正銘の、真の内通者はまだ何処かに潜んでいると。
…確かに、不可解な点はいくつかあった。レイバンが内通者だとしても納得のいかない点はいくつも。
例えるならまぁキリがないが、一番は…。
(まだメリディアが帰ってきていない)
師匠はメリディアの行方がアド・アストラの行く末を担う事柄であると言っていた、つまりまだアド・アストラを包み込む暗澹とした危機の霧は晴れていないのだろう。
もしかしたらメリディアは…本当の内通者がレイバンではなく別にいると気がついていたのか。
「一応こちらに取り調べの際の全会話を記録した資料がございますが…」
「見せてください」
「はい、どうぞ」
パラパラとめくりながら考える。まだ内通者がいるなら考えなければならない、この組織の何処かに潜んでいるはずの内通者を…。
「いや、俺は今ここに来たばっかりで状況とか分からないけどそのレイバンってのが嘘をついている可能性はないのか?」
「そこについては私も考えたが…」
「いえ、多分本当ですよ。エリスもずっと可能性については考えていましたが…レイバンが内通者ではなかった事でようやく確信しました。やはり内通者は他にいます」
「なんでそう言い切れるの?エリスちゃん」
と聞いてくれるデティの疑問は最もであり、それについてエリスは答える必要がある。その可能性について考えていたのはエリスがアルカナの幹部達について調べていた時のことだ。
「アルカナの大幹部達、新生アリエについて調べていた時…思ったんです」
「アリエ?、ああ今日戦った四人のことか」
「はい、四人なんです」
「……ん?え?どういうこと?四人なんですってどういう意味?」
「そのままの意味です、新生アルカナにはアリエが四人しか居ないんです」
「はぁ?だからなんだよ。四人だからどうってこと…」
「ッッ!!そうか!そういうことですか!エリス様!」
ガバッと立ち上がり冷や汗を振りまくメグさんはこちらを見て頷く。流石はメグさんは気がついてくれるか。そうなんだ…新生アリエには四人しかいない、おかしくないか。だって…。
「どういうことだよメグ」
「アリエは全部で『五人』なんです!少なくとも旧アルカナはそうでした!、くっ!なんでこんな事に気がつかなかったのか…!」
そうだ、アリエは五人なんだ。ヘエ カフ レーシュ シン タヴの五人揃ってアリエなんだ、カフ…ザスキアさんとは戦っていないがエリスは覚えている。アリエは組織の中で『五本』の指に入る切り札達のことを言う事を。
しかし、新生アリエにはアドラヌス リープ ザガン カースの四人しかいない、ここにメムは入らない。旧アルカナでもボスである世界のマルクトがアリエには入っていなかったようにメムはアリエには入らないのだ。
「そんなのただ人数が足りなかったとかじゃねぇの?四人でもアリエってことにしてるとか」
「あり得ません、メムは本来のアルカナに固執していました。でなければ新しく作った組織をアルカナ…なんて損な名前にしないですよ」
「まぁ…確かに、アルカナって名前を聞いただけで俺達がすっ飛んでくるくらいには警戒されるし、思い入れでもないとそんな名前にゃしないか…」
「はい、その思い入れがあったからこそ幹部をアリエと呼んだのです…なら、必ず五人いるはずなんですよ、アリエなら五人必要なんです」
「つまり、最後の最後まで顔を見せなかった最後の五人目が…内通者?」
「そう考えるのが妥当でしょう、まだ一人…アルカナには幹部が残っているんです」
レイバンは飽くまでアド・アストラ側で利用されただけの者、それに引き換え真の内通者は正真正銘のアルカナ…と言うことになる。
「…なるほどな、なんか難しそうな話だ」
「でも、…まだアルカナは終わってないんだね」
「はい、この真の内通者を見つけない限りメム達アルカナにはまだいくらでも挽回のチャンスが生まれてしまう…、早急に見つけないと」
「そうだな、だがエリス…その内通者が誰かの目星はついているのか?」
目星か…、この資料を見て今までの記憶を思い返して、思い当たる人物は一人いるが…。
「まだ…その人物を追い詰めるだけの証拠がありません」
「そうか…、なにか手伝えることは?」
「ありません、この一件…エリスに預けてもらえますか?」
「預ける…か、ああ。任せた」
メルクさんは一瞬考えるも詳しく聞くことなくエリスにこの一件を一任してくれる。正直助けは欲しい…けど、レイバンの話や今までの動きを見るにこの内通者はかなり切れるタイプの奴みたいだ。
こちらの動きを悟られたくない。捕らえるなら一手で捕らえたい。
「…………じゃあ、私達はどうする?アマルト」
「え?何が?」
「いや、もうアルカナ云々はエリスに任せて…帰る?」
「あー…そうだな、それもありかもな」
「え?帰っちゃうんですか?アマルトさん」
フッと内通者云々に対して冴えていた頭が切り替わる、アマルトさん帰っちゃうの?なんで?折角会えたのに。
「まぁな、さっきも言ったが俺ってば、今学園を運営してるんだ。小規模な学園ではあるが…それでも生徒はいる。俺不在の間は俺の親父に任せてあるけどさ…流石に理事長不在の時間は短い方がいいだろ?」
「まぁ…そうですね」
そうか、そういえばそんな事も言っていた。確かに先生が居ない時間はできる限り短い方がいい。用事が済んだならチャチャっと帰る、アマルトさんも昔みたいに暇じゃないんだ。
「えー、折角来たのにー?アマルト帰るのー?」
「帰るの、悪いなエリス。最後まで付き合えなくって」
「いえ、後のことはエリスに任せてください。必ずアド・アストラは守りますから」
「おう、頼んだぜ」
ニッといつもみたいに八重歯を覗かせた愛嬌ある笑顔を見せた後、彼は椅子から立ち上がり、手を振って宿屋の外へと出て行き……。
……そして、アマルトさんは再び後ろ向きに歩きながら戻ってきて、また同じ椅子に座った。
ん?んん?なんだ?なんで戻ってきたんだ?
「忘れ物ですか?」
「え?いや…か、体が勝手に、ってか立てねぇ!?」
「なにさー!やっぱり帰りたくないんじゃーん!」
「ちげぇよチビ助!なんか体が勝手に動いて戻ってきちまったんだよ!」
動けねぇっ!?と冷や汗をダラダラ流しながら前進で痙攣するアマルトさんを見て、ネレイドさんもナリアさんも分からないとばかりに首を傾げている。当然エリスも傾げている。なにが起こっているんだ…。
「まだ帰ることは許さないわバカ弟子」
「ハッ!?このクソ忌々しい声は!?」
「口慎みなさいよバカ弟子」
アマルトさんによって開かれた扉から、何者かが入り込む。長年雨晒しにした布みたいに薄汚れたローブをダラダラと地面に引きずって、現れるのは人相の悪いメガネの女性…否。
「お師匠さん!?」
探求の魔女アンタレス様だ。なるほど、出て行ったアマルトさんを呪術で操り無理矢理椅子に繋ぎ止めたのはアンタレス様だったか。
「ってかあんたには学園任せて出てきたよな!?なにやってんだよ!?ここで!」
「私ならすぐ戻れますしそもそもあの学園には沢山先生もいるから大丈夫でしょう」
「そう言う問題じゃ…だぁー!くそー!動けねぇのなんとかしてくれませんかね!」
「それより話が先です…ジャンケンに負けて貴方達に伝言を伝えるように言われてしまったので」
「ジャンケン?伝言?」
一体なんの話だとエリス達が目を白黒させるのを態々慮るタイプの人ではない、少なくともアンタレス様はそう言うのを無視するタイプの人だ。
だからアンタレス様はエリス達の疑問に答える事もなくフラフラと宿屋の中を歩き、適当な安楽椅子を見つけると、そこにどかりと腰を落ち着け。
「…これから二週間後に魔女達による会議…魔女会議が行われることになりました」
「はぁ?なにそれ、魔女会議?」
「…もうそんな時期か」
「参りましたね、思ったよりも時間がないです」
二週間か、師匠曰くその会議が行われる時までに解決出来ていなかった場合、魔女様達自身がアルカナの殲滅に乗り出し事件の解決を図ると言っていた。
魔女様達にかかれば内密者もメムも一瞬で見つけ、そして抵抗の暇もなく殺してしまう。きっとそこにアド・アストラの出る幕はないほどに鮮やかな手並みだろう。
…ただそうなったらアド・アストラの面目は丸つぶれ、新たな時代を作るどころの騒ぎではなくなる。
急がないと…。
「その会議に貴方達弟子も参加することになりましたので暫くの間ステラウルブスに居なさい」
「えぇー!俺学園があるのに!?」
「貴方あんだけ感動的に父親と別れておきながら一日二日で戻る気ですか?感動税です…後二週間ここに居なさい」
「面倒〜!でもま!エリス達と一緒にいれるからいっか!」
「そのバカっぽい切り替えの速さは美徳です…ネレイドとナリアもここに居なさい…そしてエリス」
「え?あ…はい」
「急ぎなさい…カノープスさぁんは五分前行動がモットーですから何かが罷り間違って先んじてアルカナを殺さないとも限りません」
「そ…そんな事もあるんですか?」
「ありますだから急ぎなさい」
…時間をかければアルカナの問題は確実に解決出来るところまで来ている。だが同時にのしかかる『八魔女会議』によるタイムリミット、こいつに間に合わせるとなるとかなり難しい…やれるか?
いや、やるしかない。みんなで作ったアド・アストラなんだ、絶対に守ってみせる…!