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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十一章 魔女狩りの時代と孤高の旅人
375/835

335.対決 新生・大いなるアルカナ


スタジアムに入り口はない、防壁が張られている以上何処からも入ることは出来ない。だがその情報を前にした時エリスはこう思いました。


『彼らは一体どうやってロストアーツを手に入れた後逃げるんだろう』と。


だってロストアーツを確保した後は速やかにその場から逃げなければならない、もし魔術導皇が人質に取られたと伝われば流石にグロリアーナさんやアーデルトラウトさんみたいな面々が来る可能性が高いから。


しかし防壁を張ってちゃ逃げられない…とそこまで考えエリスは一つの可能性に行き着きました。


『そもそも、アルカナはどうやってスタジアムに入り込んだのだ?』


彼らもみんな揃ってチケットを買って中に入ったのか?そんなバカな話があるか。下っ端はともかく幹部はみんな顔が割れてるんだ。そんな中呑気にチケット買って表から堂々と入ってくるわけがない。


きっと、裏口があるんだ。誰も思い描いていないような裏口が…きっとそこから入り込み、帰りもそこを使うつもりなのだ。


とくればあとは単純、エリスはその裏口に覚えがあるからエリスもそこを使えばいいだけだ。


なら…その裏口ってのはどこにある?それは……。


「やっぱりここですか」


エリスが飛んできたのはステラウルブスの外。街の外に配置されている…『用水施設』だ。


山から流れてくる水をステラウルブス中に配分する為街の外に置かれたこの用水施設にやってきたエリスが見たのは、襲撃を受け気絶させられた職員達の姿だ。


そして、水を送り込むためのポンプの一つが破壊され穴が開けられていた。近くの水源から吸い上げた水をそのまま街の地下にある地下水道に送るためのポンプだろう。ドバドバと開けられた穴から水が溢れてはいるが…通れなさそう、って感想は抱かないな、行けそうだ。


きっとここからアルカナは入り込んだのだ、あのスタジアムには演出用として水を噴射し虹を作る機構が配置されていた、そしてそれを支えるのはスタジアム地下に張り巡らされた用水路と莫大な貯水槽…つまりここから繋がる地下水道を通ってアルカナ達はスタジアムに入り込んだんだ。


「待っててくださいね、デティ」


そうしてエリスは単身スタジアムに乗り込むため地下水道へと入り込んだ。アリナやデズモンドさん達にはここのことは伝えていない…、下手にアクションを見せればアルカナが人質を殺すかもしれない。


乗り込むなら不意打ちでなければならない、そしてエリスならたった一人で乗り込んでもなんとか出来るから…。




………………………………………………………………


と、そんな判断の後エリスは地下水道を全力で泳いでスタジアムの地下まで戻り、噴水口の一つを破壊しスタジアムの中に乗り込み。


「アルカナは…何処ですかッッッッッ!!」


ショータイムの開幕を知らせる鬨の声を発する。今日の演目はアルカナぶっ潰しショーです、任せてくださいよ。得意なんです、アルカナ潰すの。


「エリスちゃん!」


「デティ!」


「…久しぶり!」


客席からニパッと笑顔を見せるデティに思わず表情が綻ぶ、相変わらずあの子は可愛いなぁ、背も全然伸びてないけど…、


本当なら直ぐにでもかけ寄り抱きしめてあげたいのだが…それをするには邪魔な奴がいるなぁ。


「貴様!魔女の弟子エリスだね!」


「はぁ…感動の再会の最中に、そうですよ太っちょ!貴方アルカナですね!潰します!」


客席には大量の観客達が囚われており、それを見張るようにこれまた大量の…つっても百人ちょっとのアルカナ構成員が粗悪な銃や剣で武装して見張っている感じだ。


(かつてのアルカナに比べて構成員の質もかなり悪いな)


少なくともヘットならもっといいものを部下に与えていただろうし、彼なら自分たちの使った用水路をそのままにするなんてヘマはしなかった。きっと見張りを立てていただろうしブラフも多数用意して…。


「まさかあたし達の使った地下水路に気がついて…、中々やるじゃないのさ!だが」


恐らく、今エリスに対して叫んでいるあのガタイの良い女。彼女は幹部の一人 大威山のザガンだろう。彼女が軽く手を挙げると銃を持った構成員達が一斉に向けて銃口を輝かせる。


「飛んで火に入る夏の虫とはこの事だね!、まんまとこの場に現れた事を後悔しな!」


「…見たところ普通の銃、というよりそれより幾分粗悪品のようですが」


「あんた相手には十分さ!撃て!」


放たれる、一切の躊躇なくエリス一人に向けてスタジアム全方位からエリスに向けて一斉掃射が加えられる。まさしく鉛の雨とも思える銃声の嵐の中、エリスはただ…何もする事なく腕を組み。


展開する、流障壁を。


「なっ…嘘だろ…」


「銃弾が…弾かれてる?」


「アイツ…怪物かよ」


金属音を鳴り響かせ、迫る銃弾が次々と虚空で叩き落とされ弾かれる。腕を組み何もしていないエリスに対して銃の雨は傷一つ与えることさえできず、地面に銃弾の残骸が転がり続ける。


「銃が効かない…ってか、ふざけた奴だねあんたは!」


「出会い頭に銃ぶっ放すような奴よりはまともなつもりですよ」


「言うねぇ、だったら…あんた達!直接ぶちのめしにかかりな!」


あくまで自分は行かないらしい、でっかい体の割に慎重な奴だ。


銃が効かないと見るや否やアルカナ構成員達は次々と剣を抜きエリスのいるコートへと降りてくる、彼らも大変だな。


「覚悟しろ…魔女の弟子エリス」


「あの、銃弾が効かなかったのに貴方達の剣がエリスに通用すると思います?」


「…………」


「今、貴方達には二つの道が提示されています。痛い思いをして捕まるか…自分から自首するか。エリスはどちらでもいいです、無意味に痛めつけられたいってんなら…覚悟だけはしておく事ですね」


エリス的に思う限りの怖い顔をしてみせる、もうすんごい顔だ。昔師匠がしてみせた所謂敵を竦ませる威圧、それの見様見真似で降りてきた構成員達を睨めば。


「ヒッ…!」


「か…怪物」


「無理だ…」


効果は抜群だ。まぁ直前に銃弾を弾いてみせると言うパフォーマンスをしてみせたと言うのもあるんだろう。


それで?どうするんですか?地獄が見たいなら好きにすればいいと思うが。


「何ビビってんだい!かかりな!」


「ぅ…ぅわぁあああああ!!!」


がしかし、そんなエリスの威圧もザガンの叱咤には敵わず、構成員達はケツに火をつけられたように叫び声をあげながらエリスに向かってきて…あー。


はぁ、仕方ない。


「仕方ない!全員纏めて地獄に送って…」


大きく大きく手を上げて…。


「やりますよ!秘めたる大地の奥底に、眠る魂を叩き起こす、安息の時は今終わる!起きろ!『大王墳墓大荒し』!」


「うぉぉっ!?」


「地震が!?」


叩きつける、地震を引き起こすその魔術で大地を叩き衝撃波によって迫る構成員達の連携を崩し。


「『旋風圏跳』ッ!!」


「と、飛んで来…ぐげぇっ!?」


地震に足を取られて竦んだ所に飛びかかり蹴りを加え吹き飛ばす、さぁ!アルカナぶっ潰しショーの始まりです!。


…………………………………………


『オラオラァ!雑魚ばっかですね!』


『ぎゃぁぁああああ!!!』


ザガンは見る、客席からコートで暴れるエリスを見る。百人近く連れてきた部下達がまるで庭先に積もった枯葉でも片付けるように一掃されていく様を見て、もう笑うしかない。


「ありゃ災害だね…」


地震を操り、風を纏い、目にも留まらぬ速度で飛び交いながら攻め立てる。それでいて銃や剣も通用しない、こんなの一体どうやって倒せばいいんだい。


(…エリスも、『そう言う人間』の一人…ってことかねぇ)


ザガンは思う、彼女は元々山賊としてそこそこ名の知れた人物であったし山賊としてそれなりの修羅場も潜ってきた。時に国を相手にしたこともあるし、時に騎士団の追跡も受けたことがある。


そう言うのを全て搔い潜って今も裏社会の一員として一定の地位を築いている自分は、それなりの人物であると言う自覚はある。


だが…それでも時折思う、いくら自分が功績を残しても『そう言う類の人間』には敵わない。


なんと言おうか、天に選ばれた?才能を持った?そんなチャチな言葉では片付けられない特別な人間というのは確かに存在する。そしてザガンはこの長い山賊人生でそう言う人間を何人か見てきた。


特に代表的なのが…大団長、三魔人の一人にして世界最強の大山賊、山魔モース・ベヒーリア…かつてザガンが所属していた山賊団の団長なんかは特に特別だった。


神懸かり的な肉体、大したトレーニングも積んでないと言うのに一流の戦士さえ圧倒する才能、堅牢な精神に鋼の肝っ玉。山賊として必要な全てを生まれながらにして持ち、ザガンが終生をかけて超えようとしているあのお方は確実に何かを持っていた。


(初めてあの人の戦いを見たときと同じ気配がする。モース団長にゃ及ばないが…エリスも相当やるようだね)


初めてモース団長の戦いを見たとき感じた心が折れる感覚、全力でぶつかっても微動だにしなかったモース団長を見た時と同じ感覚を感じる。


つまりエリスも特別な人間ということだ。…なら丁度いいじゃないか。


(あたしはモース団長を越えるためにメムなんかの話に乗ったのさ、ここで団長と同じ特別な人間たるエリスを超えられるなら…都合がいいってもんさ)


モース団長を超えて世界最強の山賊になるため、ザガンはメムの誘いに乗って危ない橋を渡っているんだ。ならモースを越える予行演習として同じ特別な人間たるエリスを越えるのも悪くはないだろうよ。


「いいねぇ、メムの話に乗った甲斐があるよ」



『何ヘラヘラ笑ってんですがァッ!』


「っ!!」


その瞬間飛んでくるのは…人だ。コートからエリスが殴り飛ばした部下がザガンに向けて飛んでくるのだ。もはや人間業とは思えない所業と迫る構成員に対してザガンは。


「無駄だよ」


「むっ…」


何もしない、何もする必要はない。殴り飛ばされた構成員がザガンに迫りあわや激突という寸前までいった所で、まるで見えない壁に阻まれたように構成員の体は虚空で止まり激突音とともに逆に弾かれ飛んでいくのだ。


「残念だったね、当然あたしも持ってるのさ。ロストアーツを」


と腰にぶら下げている盾を見せる。星魔盾リブラ…周辺に魔力防壁を張るこのロストアーツがある限りザガンは無敵だ。エリスの魔術だって或いは弾けるかも知れない。


「魔力防壁ですか…」


「ああそうさ、あんたのそれと同じ…けど、どうやら強度じゃこっちのが上みたいだね」


「借り物の力でよく言いますよ」


「借り物だろうがなんだろうが!今はあたしの力だよ」


しかし盾があるだけで剣がないのが現状だ。今はエリスの攻撃を防げているかもしれないが奴が本気で攻めてきたらどうなるかは分からない、だから…その前に仕掛けさせてもらうよ!


「ってか降りてきなさい!こんな雑魚相手じゃエリスの相手は務まりません!」


「さて、それはどうかねぇ…例えばこうすりゃ分からないんじゃないかい」


「え?…あ!」


エリスの弱点は分かっている、ここに誰を助けに来たかも分かっている、ならそこをつかない理由はないだろう。


そう、ザガンはその大きな手で客席に座る一人の少女…否、デティフローアを掴み上げたのだ。


「ッッ!!デディッ!」


「ぅ…ぁ、エリスちゃん…」


「その薄汚い手ェ離せこの野郎ッッ!!」


と、エリスがこちらに向かおうとするのを読んだかのようにザガンは手に力を込め、デティの体を締め付け縛り上げ。


「おっと!それ以上近づいたらこいつを握り潰すよ!」


「ぐっ!」


こうすればほら、エリスもまた動けない。こっちに人質がいるのを忘れたかい?。


「ぐふふふふ、さぁさっきの魔力防壁を消しな…そして動くんじゃないよ」


「っ…卑怯者」


「そりゃ褒め言葉だよ!」


エリスは言うことを聞くしかない、デティフローアもこの状況じゃ詠唱は出来ない、エリスも抵抗は出来ない、これで詰みさ。


「だ…め、エリスちゃん…私は…大丈夫だから…」


「っ……」


「熱い友情だねえ!それじゃあ仲の良い友達同士で!一緒にあの世に行って来な!ほらお前ら!銃を構えな!」


魔力防壁がなければ銃も通用する。故にこれなら…エリスを殺せる!


(力技で越える必要なんてないのさ!結局生きてた奴が勝者なんだからね!)


ゆっくりと向けられる銃口、抵抗出来ず悔しそうにこちらを見つめるエリス。苦しそうに弱々しい抵抗をするデティフローア。他の戦力はいない…もうこの場に私の邪魔をする奴はいない。


「これで終わりだ、魔女の弟子エリス…!」


ザガンが勝利に酔い、その歯を見せ笑った……その時だった。



「やっぱ、変わってねぇな」


「ッ!?」


突如、男の声が響いた。不適でニヒルな…卑しい声、その声に弾かれるようにザガンは慌てて振り返れば、背後にいたのは。


「なっ…アッ!あっ!?」


その体躯をして二メートルを超える筈のザガンが、まるで子供に見えるほど…凄まじい巨躯を持った水色の髪の女が、私を見下ろしていた。


(誰だこいつ、なんだこいつ、こんな奴居たか?っていうかなんだその目…というか、この人…)


「お前、誰に何をしている」


「へ?」


巨躯の女が、ギロリとザガンを睨んだ瞬間…。


「その手を離せ…私の友達から!!!」


「ぐっ!?ぐぶぇっ!?」


飛んできた、魔力防壁の展開さえ間に合わない程の超高速で、巨躯の女が持つに相応しい巨大な手による突っ張りが。それはザガンの顔面を捉え…一瞬意識を奪う程の威力を発揮し、彼女の体を客席からコートに叩き落とす。


「うわわ!落ちる!」


「っと…危ない危ない」


そしてザガンの手から解放されたデティもまた、巨躯の女によりキャッチされこと無きを得る。


一体何が起こったのか、一体何がザガンを襲ったのか、誰も分からず目を見開いている中…エリスだけが、その者の正体を口にする。


「ネレイドさん!?!?」


「ん、エリス…久しぶり」


そこに現れたのは、ネレイド・イストミア…オライオンの最高戦力であった。



……………………………………


デティを人質に取られあわや大ピンチ!ってところに颯爽と現れたあの巨影!エリスは一発で彼女だって分かりましたよ。


世界で一番おっきいんじゃないからと思えるほどの体格とは裏腹に、誰よりも優しく誰よりも力強いエリスの大切な友達の一人…ネレイドさんだ。


「ネレイドさーん!」


「ん、ナイスタイミング」


「あ!ありがとうネレイドさん!助かっちゃった!」


「ん、ナイスキャッチ」


ザガンの手からデティを救出し誇らしげにキャッチしたネレイドさんはドヤ顔…ではなく無表情で嬉しそうにピースしてる。いやぁしかしネレイドさんがデティを抱っこすると本当デティが豆粒みたいに見える…というか!?


「なんでネレイドさんがここにいるんですか!?」


「私だけじゃない…」


「え?」



「そのとーおり!」


「ネレイドさんだけじゃなくて!僕達も居ますよ!エリスさん!」


「え?え?この声は…」


その瞬間、観客で見張りをしていた構成員達が纏めて切り飛ばされ、吹き飛ばされる。


何者によってか?言うまでもない、こちらもエリスの大切な友人達による獅子奮迅の働きがあってこそだ。


「あー!アマルトさん!ナリアさん!!!」


「よーっす!相変わらずの猪ぶりだな!エリス!」


「でもエリスさんが注意を引いてくれたおかげで僕達も動きやすかったですよ!」


アマルトさんとナリアさん、エリスの大切な友達が観客席にいる見張りを蹴散らしたのだ。エリスが戦い注意を引いている間に…なんて早業だ、アマルトさんはともかくナリアさんもメチャクチャ強くなってますね!?


「よっと、しかしマジで偶然だな。ってかまだアルカナと戦ってんの?好きだねぇ」


「どう言う状況かは分かりませんが、助太刀しますよ!」


「デティ?大丈夫?」


「うん!大丈夫!」


なんてことだ、デティだけでなくアマルトさんやナリアさん、ネレイドさんとも再会できるなんて…夢にも思わなかった。


あまりの嬉しさにジーンと涙を堪えていると、アマルトさん達もまた客席からコートに飛び降りてきてエリスと合流してくれる。


「なんでみんなここに!?」


「いやぁ、アド・アストラに用があって来たんだが…その前に噂のスタジアムで観戦して楽しもうとしたらさぁ」


「なんか偶然事件に巻き込まれちゃって、デティさんも人質に取られてて僕達もう大焦りで!」


「でも、なんとか救出するため目立たないように頑張ってたら…エリスまで来た」


「えぇ!?三人ともいたの!?全然気がつかなかった!」


なるほど、三人がここに来たのは本当に偶然だったのか。いや…これはもう運命として捉えておこう、みんなにまた会えた…それもこんな場面で!こんなに嬉しいことはないんだからきっと運命に決まってる!


「アストラに用ってなんですか?と言うかなんで三人揃って一緒に行動を…」


「まぁ待てよ、それは俺たちも聞きたいぜ?お前が三年間何してたかとかどこ行ってたかと、でもその前によぉ…まだ連中やる気みたいだぜ?」


「む…」


コートに揃って弟子達で、叩き落とされたザガンを見れば。まだ立ち上がってくる…まだやる気か?と思ったが何やらザガンの様子がおかしい。顔を青くして全身で震えて…。


「そんな…バカな、なぜ…何故あなたがそこに…」


「あん?何言ってんだアイツ」


「さぁ…」


ブルブルと震えながらこちらを見ている、なんだ?どうしたって言うんだ。


「おいザガン!何ビビってんだよ!」


「ッ!アドラヌス…!」


「らしくないね、こんな絶好の機会を前にして臆するなんて」


「いひゃひゃひゃ!魔女の弟子がこんなにも揃うなんて!やはり私は神に愛されている!ここで皆殺しにすればそれだけでも大手柄じゃないかぁー!」


ザガンの元に続々と寄ってくるのは新生アルカナの幹部達、アドラヌスとリープと…見たことない髑髏仮面の女、消去法的に彼女が例のカース・ウィッカーマンなのだろう。


ガーランド・ウィッカーマン…プルトンディースでアマルトさんを見捨てたあのイかれ野郎の娘と噂の女だ。邪教アストロラーベの関係者まで仲間に引き込んでいるとは驚きだ。


「うるさいね!ビビってないよ!…ただあの人は、くっ!」


「なんでもいいじゃねぇか、…魔女の弟子が五人も揃うなんて最高だぜ」


「ああ、ここで皆殺しにしてやろう…エリスには借りもあるしね」


「神は言っている、奴らを殺せと!神よ!仰せの通りに!」



「賑やかな連中だな、だがアインやペーに比べると見劣りするな」


「はい、というかあの赤髪の男の人…なんかアグニスに似てるような」


「…あれはカース・ウィッカーマン?なんでこんなところに。…以前の征伐の時は見逃してやったと言うのに、まだくだらない活動に精を出していたか」


「皆さん気をつけてください、アイツらメルクさんの作ったロストアーツで武装してますよ」


睨み合う四人の幹部と四人の魔女の弟子、いいねぇ…丁度コートの上だ、チーム戦と行くか?


「デティ、あなたは下がっていてください」


「え?大丈夫?」


「もう大丈夫ですよ、それに向こうは四人なんです…フェアじゃないでしょ」


「フェアって…まぁでも大丈夫だよね、エリスちゃんだもん」


「はい!、エリスはエリスですから!」


グッ!と拳を握る。久しく会えたデティを抱きしめてあげたい気持ちはある、話をしたい気持ちもある、だがそれは後だ…ここでアルカナの幹部を四人潰す、デティを傷つけた借りは返してもらうからな!クズどもが!


「よーし!んじゃ!軽くぶちのめして感動の再会パート2と行こうぜ!」


「はい!アマルトさん!」


「やりましょう!今回は僕も…足を引っ張りませんから!」


「潰す…」


「やっちゃえー!!みんなー!頑張れー!」


魔女の弟子チームがコートに踏み入り、皆で肩を並べて敵方を見やる。


「誂え向きのフィールドだ、悪くねぇな」


「くれぐれも邪魔はしないでくれよ」


「イーヒャヒャヒャ!殺そう!殺そう!殺してやろう!」


「…あの人は、間違いない…」


そしてアルカナチームもそれに続いてエントリーする。四対四…両チーム見合う形で共に構えを取り。


今、アルカナと魔女の弟子の決戦が…。


「行くぜェ!魔女の弟子ィッ!」


「来なさい!アルカナァッ!」


始まった。


……………………………………………………


トーデストリープは一流の殺し屋である。齢を十五の時から殺し屋を続け第一線で戦い続けた一流…いや超一流の殺し屋だ。


裏社会ではある種の神格化を受けている彼だが、彼には唯一人生の汚点とも言える過去があった。


それはやはり『同盟首長暗殺失敗』だろう、それ以外の仕事なら全て成功させて来たがそれでも彼の中でメルクリウスを殺せなかった事実は消えなかったし、日を追うごとに大きくなってさえいた。


凄まじい労力の末に書き上げられた美しい絵画、その上に垂らされた一滴のインクが何もかもを台無しにするように。彼の輝かしい功績はその失敗一つで輝きを落としていることは間違いない。


だからこそ、メムの話を受けた。殺し屋としてではなく魔女排斥組織としてメルクリウスに挑んだのだ。


だが…結果はどうだ、組織に所属したばかりに身を縛られ今もメルクリウスの暗殺に迎えていない現状はどうだ。


剰え…彼はさらにもう一度敗北してしまった、魔女の弟子エリスに敗北してしまった、メルクリウスだけでなくエリスにまで…もはやこれは捨て置けない。


皆殺士の名の通り、全員殺さなきゃ収まりがつかないところまで来てしまった。


故に……!


(エリス!君にはここで死んでもらうよ!)


開戦の狼煙が上がると同時に動き出したのはリープだった、誰よりも早く動き持ち寄ったロストアーツを取り出す。


持って来たのはNo.8星魔弓サージタリウス、銃型のカンケールを奪われたのは正直痛かったが…なに、弓も使えないわけじゃない。


それに近距離戦ならば、或いはこのサージタリウスの方が強い!


「『エーテル・フルドライブ』!」


手に持つ銀の弓が緑色の光を放ちその力の全容を顕現させる、この弓を使いエリスを殺す、そしてその後はメルクリウスだ。僕の人生の汚点を全て全て消し去るんだ!


「死ね…エリス、『散華之白椿』」


ギリギリと魔力で出来た弓を引きしぼり全力で放つ。


星魔弓サージタリウス、それは帝国の師団長フィリップの持つ特異魔装カウスメディアをベースに古の技術を加え作られた史上最強の弓だ。


作り出した矢の軌道を自在に操れ、その上無限に放てる…というカウスメディアの特性に加え、この弓は更に二つの機能が追加されている。


それは、『矢の縮尺変更』と『魔力が物質を貫通する』という二つの力。射程距離という点ではカンケールには劣るが破壊力ではサージタリウスの方が上だ。


「ッッ!!」


その矢がエリスに向かって飛ぶ、いくら早かろうとも矢より早く動けるか?動けたとしてもこの矢は地獄までお前を追い詰めて……。


「おおっーとっ!いきなりやってくれるねぇ!」


「なっ!?」


しかし、エリスに向けて飛んだはずの矢が虚空で細切れにされ四散し消えたのだ。…魔力の矢が斬られただと?一体何者が…。


「テメェあれだろ?殺し屋とかそういう類のヤツだろ?最近そういうのと戦ったから分かるんだよ俺もさ」


「誰だお前は!」


「誰だお前はって?フフフフ」


立ち塞がるのは茶髪の男、漆黒の剣を片手に持ち余裕綽々とコートの芝を踏みしめ矢を番えるリープを前に両手を広げ。


「ディオスクロア小学園初代理事長にして探求の魔女の弟子アマルト・アリスタルコス…よく覚えとけよこの野郎」


「探求の魔女の弟子が何故ここに…」


「アマルトさん!すみません!助かりました!」


「おう、アイツは俺に任せな。ああいうのの相手は俺得意なの」


ニィー!と笑いながらエリスの方を向いてピースをしているアマルトを見てリープはなにを思うか?そんなもん決まっている。


怒りも怒り、激怒だ。


「ナメやがって…!」


既にリープのプライドはズタズタだ!メルクリウスとエリスに敗北し積み上げて来た自信は打ち崩されているというのに、ここに来てまた新たな魔女の弟子にコケにされるような事があってたまるか。


もう負けは許されない、私は…私は!。


「僕は空魔を超える殺し屋になるんだ!誰も彼もが僕を恐れるべきなのだ!!」


矢を天に向けて放つ、それは虚空で分裂し分裂し分裂し、鼠算式に拡大して軈て鏃の雨となってアマルトに襲いかかる。それは凡ゆるものを貫通する魔の矢を用いた絶対屠殺弓術、名付けるならば。


「『枝垂死桜』ッッ!!死ね!魔女の弟子!」


確実に殺してやる…!そんな意思が垣間見えるリープの殺意を前にしても、アマルトはなおも揺るがない。


「ひぇー!いきなり本気じゃん!じゃあ仕方ない、こっちも出しちゃおうかなぁ〜本気」


ベルトのバックルから、小さなアンプルを取り出すと共にそれを飲み込みゆっくりと腰を下ろし。


「その四肢 今こそ刃の如き爪を宿し、その口よ牙を宿し 荒々しき獣の心を胸に宿せ、その身は変じ 今人の殻を破れ…『獣躰転身変化』!」


「なっ!?」


詠唱と共にみるみるうちに変わり果てるアマルトの体、皮膚は黒く染まり背中からは飛龍の如き翼が生え、瞳は赤く染まり頭から角が生え…簡単に言うなればそう。


悪魔のような姿になり…。


「なんだそれは!?」


「テメェが喧嘩売った相手の本性だよ!」


アマルトがビーストモードと呼ぶ呪術による変身。複数の魔獣の血をブレンドしそれらの特徴を絶妙な塩梅で引き出した姿こそがこれ…。悪魔の如きその有様はただの見掛け倒しではなく、人間を遥かに上回る魔獣の如き力を得たアマルトは…静かに、それでいて雄々しく翼を広げ飛躍する。


「は…早…!」


追いつけない、リープの放った矢の雨をスルスルと回避し、空を踊るように飛ぶアマルトに魔力の矢がまるで追いつけていない。


これが…魔女の弟子?これがメルクリウス達と同じ存在?こんなのが…あと七人はいるのか…アド・アストラには!


「さぁ仕上げ行くぜ!とっとと終わらせてダチと再会のハイタッチをしなきゃならんのでなァッ!」


向かってくる、向かってくる、向かってくるのは分かっているのに頭が既に結論を出している。


あの悪魔からは、逃げられないと。


「『呪装・紅呪の酷棒剣』ッ!」


アマルトの腕から流れた血が、彼の持つ黒剣を更に覆う。意思を持ったかのように動く血は彼の腕ごと剣を包み込み、真紅の棍棒となって空を裂く。


天を翔び、肥大化した腕を振るい、牙を見せ、角を輝かせ、影を纏う漆黒の悪魔。


嗚呼、なんと…なんと恐ろしいのだ。身が震える程に恐ろしい、これが真なる恐怖…死神さえも畏怖させる最強の───。


「『テンタライザ・ライノセラス』!」


弓矢より早く翔び、魔獣の質量を持った血で作った、鉄よりも鋼よりも硬い、体程大きな棍棒。これで殴られればどうなるかなど言うまでもない、


「───────ッッッ!?!?」


リープの体は打ち出されたボールのように綺麗な直線を描き、コート際の壁に激突し、その崩落に飲まれ動きを消し去る。


「っと、この程度か?案外口程にもねぇんだな?アルカナってのもよ」


変身を解き、小型のナイフを鞘に納めるアマルトは鼻っ柱を掻いて勝利を示す。ロストアーツを持っているはずのリープが…僕が物の一撃で沈められた…、その事実をリープは霞む意識の中で思い馳せる。


(つ…強い、信じられないくらい強い…。エリスだけじゃないのか…メルクリウスだけじゃないのか、魔女の弟子は一体…どれほどの…)


思うことは一つ、喧嘩を売った相手が悪かった…それだけだ。


…………………………………………………………


「イーヒヒヒヒヒヒ!!!逃げよ!惑え!我がダークダムドに触れればその心は狂気に囚われよう!」


「あわわ!なんかあの人の魔術大きくありません!?」


アマルトがリープと戦っている中、ぶつかり合うのはサトゥルナリアとカース・ウィッカーマンだ。


星魔杖ヴィルゴの力にて魔術を拡大させ、邪闇魔術『ダークダムド』を拡大させ巨大な骨の腕を顕現させナリアを追い詰めているのだが。


「ぬぅうう!何故!逃げる!」


「いやさっき自分で逃げよって言ったじゃないですか!?」


サトゥルナリアの動きにダークダムドがついていけていない。サトゥルナリアは特段速いというわけでもなくダーグダムドが特別遅いというわけではない、だが骨の腕の横薙ぎを跳躍で避け叩きつけを側転で回避してみせるナリアの動きはどれもが的確だ。


「何故!何故!何故何故何故当たらぬゥッ!」


「このくらいなら幾らでも、僕もこの三年でコーチに死ぬほど鍛えられたんですから!」


サトゥルナリアは三年前の戦いを栄光の勝利としてではなく、酷く苦い記憶として刻んでいた。あの戦いでは明らかに自分だけが劣っていたからだ。


魔術の腕でも身体能力でも、だから度胸と根性でなんとか乗り越えたものの…もっと強ければ、そう思わない瞬間はなかった。


だからこそこの三年でコーチにしがみついて教えを請うた。


『もっともっと強くなりたいです!友達を守れるくらい!』


その願いを聞き届けたプロキオンはサトゥルナリアに一つの技能を与えた…、それこそが。


「ハァッ!」


サトゥルナリアを捕まえようと振るわれる二本の骨の腕の間を、クルリと空中で横に回転し回避する。その動きはまさしく…『軽業』。


これがプロキオンが彼に与えた一つの技能、その名も『軽業回避』。驚異的バランス感覚と機敏さで観客を魅了するアクロバットアクションを戦闘に活かした技能であり、こいつのおかげでサトゥルナリアの演技の幅は大幅に広がったとも言える。


「おお!?」


その身軽さと華麗な動きに思わずカースも驚き、見事!と手を打ってしまいそうな感覚に陥る。魅せられているんだ…サトゥルナリアの動きに。


「演技で魅せるだけが役者じゃありません、時に快活に!時に激しく!身体の躍動にて人々を魅了するのも演劇の一つなんですよ!」


「何をぉっ!ならば我が神業で他を圧倒しよう!我こそは神の子!我こそが神!我こそは…!」


だが、カースとて生半な覚悟でここに立っていない。


幼き日より神の子として父ガーランドに育てられるという歪な幼少期を過ごした彼女には生きる目的とか人生の目標とかそう言ったものはない。


ある意味アドラヌスやリープのような身を焦がす情熱は持ち合わせていない、と断言出来る。


「『ダァァァァク!ダムドォォオオオ』!」


「なっ!?骨の腕って追加できるんですか!?」


出来ない、ダークダムドは本来二本の骨の腕を振るう魔術だ。だがやってしまった…やれてしまった、後になってどんな副作用や反動が来るかも分からない、だが。


それでもやるだけの覚悟はある。彼女は父より与えられた一つの言葉だけを寄る辺に生きているのだから。


『お前は星女神レイシアが残した神言を世に伝える使命がある、それを伝えお前こそがレイシアになるのだ』と。


何をして生きるとか、何をどうするとか、そんな自由を持たなかった彼女はただその命令だけが生の原動力だった。たかだか一時の気の迷いが起こす情熱なんかよりもずっとずっと熱い生命の躍動から来る覚悟はなによりも強固なのである。


「星女神レイシアよ!我が偉業を見届けよ!貴方の残した神言は我がしかと継承した!その神言!今こそ世に伝えん!」


彼女がメムの話に乗ったのだって、言ってしまえば効率が良かったからだ。


注目を集めて、神言をより多くの人間に伝えようと思ったなら、世紀の大悪事を成そうとするメムについていくのが一番効率が良かった、ただそれだけだ。


そして今、その機は成った。故に言おう…神の残した言葉、それは。


「『思考と真理に歪められた世の民よ!生命を捨て今こそ教会を寄る辺とせよ』!!!」


絶叫、何度も口遊み。意味は分からずとも口にしたその言葉と共に四本の骨は一斉にサトゥルナリアに襲いかかり…。


「死ねぇぇぇええ!!!!」


「もっと、他にないんですか?」


フッ…と、蝋燭の火がかき消されるように。サトゥルナリアの顔から表情が消える。


「え?」


確かにさっきまで我が魔術を恐れていた筈なのに、四本の骨の腕が同時に動き彼に襲いかかった瞬間、…まるで本性を現すようにサトゥルナリアは顔を変えた。


「本当は…もっと窮地を演出する予定でした、その方が勝てると…でも。どうやらそれをするまでもないみたいです」


「なに…を」


クルリとサトゥルナリアが手の中で光輝くペンを回したかと思えば、次の瞬間彼の腕が…まるで流れる水のように形を失った、ように…見えるほどの速度で振るわれる。


「『魔筆剣』ッ!!」


凄まじい速度で動くサトゥルナリアの手は高速で魔術陣を書き上げていく。


…なにもプロキオンはサトゥルナリアに『アクロバット』一つを教えるのに三年もかけたわけではない。寧ろアクロバットはオマケ…メインはこっち。


プロキオンという魔術陣の達人は扱う魔術陣だけでなくそれを書き上げる腕もまた超絶しているのは言うまでもない、彼女はその筆で如何なる場所にも魔術陣を書き上げる。


紙だけでなく、時として炎を切り裂き魔術陣を描く『炎筆剣』、時として風に描き空を飛ぶ魔術陣を作り上げる『風筆剣』、時として水を弾き魔術陣を沈める『水筆剣』。数多くの奥義を持ち…そしてそれを弟子に伝えるのもまた当然。


これはそのうちの一つ、『魔筆剣』…その特性を相手の魔術に魔術陣を書き上げる絶技である。


「な!?な…あぁっ!?我が魔術が動かぬ!?」


サトゥルナリアの高速の執筆により書き上げられた光の軌道は、カースの作り上げた闇の腕…『ダークダムド』の上にしかと魔術陣を書き上げていたのだ。


魔術陣を書き上げられた魔術はカースの意思ではもう動かすことが出来ない。主導権を完全に握られている…魔術を奪われた。


「『簒奪陣』…これを書き上げられた物体は僕の意のままに動く、書き込まれた魔術もまた…僕の意のままに」


サトゥルナリアは指揮者の真似をして筆を振るう、すると彼の言った通り本来はカースの物であるはずのダークダムドが、狙いを変える…こちらを向く。


「そんな…バカな、魔術を奪う魔術など…聞いたことが…!」


「そんなバカな…いいですね、僕が一番聞きたいセリフですよ…、役者とは相手を驚かせてこそですから。さぁ!行きますよ!!」


「ひっ!?」


魔術を奪う魔術、この簒奪陣の最も恐ろしい点を挙げるなら何だろうか?魔力の消費なしに相手の魔術を使えることだろうか。だがそれを言うなら魔術を倍にして返す反魔鏡面陣の方が恐ろしいと言えるだろう。


なら何か?、簡単だ…この魔術の恐ろしい点とは、ただただ純粋に『恐ろしい』ことが恐ろしいのだ。


「や…やめ…やめて」


怯える、怯えて震えていつもの口調を崩し尻餅をつき駄々っ子のように手を前に突き出しやめてくれと懇願する。そりゃあそうだ…だってそこにあるのはダークダムドなのだ。


なにがそんなに恐ろしいのか?そりゃあ恐ろしいだろう。だって奪われたその魔術が相手を傷つける様を最も見ているのは誰だ?その魔術で相手を倒している場面を最も見ているのは誰だ?その魔術の恐ろしさを最も肌身に感じているのは…誰だ?


当然、本来の持ち主だ…カースはこの世の誰よりもダークダムドを上手く使えると自覚していると共に、この世の誰よりもダークダムドの恐ろしさを自覚しているんだ。


それが今奪われた、自分の魔術が奪われた、この世で最も恐ろしい魔術が奪われ剰えこちらを向いている。


怖くないわけがない。


「やめて?アハハ!なに言ってるんですかぁ…嫌に決まってるでしょう」


「ヒィッ!?」


サトゥルナリアの影が濃くなる。開かれた瞳孔がカースの終わりを見据える。奴は本気だ…本気で私を殺すつもりだ。最も小さく最も非力に見えた筈のサトゥルナリアが今何よりも大きく見える…恐ろしく見える。


や…殺られる!


「粉々にしてやります…行け!『ダークダムド』ッッ!!」


「ひ…ひ…ひぃぃぃい!??」


真っ直ぐ飛んでくるダークダムド、あれの威力は何よりも分かっている。星魔杖の効果で肥大化したあれがどれほどの脅威になるか…そ、想像しただけで。


迫るその腕の迫力とこれから訪れる最悪の結末を前に遂にカースはその股から恐怖の証を漏らし…。


そして…!




「なんちゃって」


がしかし、ダークダムドはカースの目の前で軌道を変え、風圧で彼女の髪を揺らすに留めた。ズラしたのだ、態と外した、そもそも当てる気がなかった、だって。


「これ食らったら狂っちゃうんですよね?そんな可哀想なことするわけないじゃないですか、だって僕は殺し屋とか戦士とかではなく役者…魅せる役者なんですから」


ね?とキュートなポーズをしてみせるサトゥルナリアの仕草を前に、カースは怒ったりなんかしない。ただの虚仮威しかとも嘲笑わない。


何故なら…。


「ぁ…あ…ぁ、きゅう…」


既に意識はなくそもそも事の顛末なんか見てなかったからだ。あまりの恐ろしさと迫力に意識が限界を迎えてしまったのだ、故に彼女は体に傷一つ作る事なく気絶し…今ナリアに敗北した。


「気絶しちゃいましたか、…うーん迫力がありすぎたかな」


三年前はただの役者だったかもしれない、三年前はまだまだ弱かったかもしれない、三年前はみんなに守られるばかりだったかもしれない。


だが、もう違う。三年の修行は彼を変えた、故に彼はきっとこの勝利を前にして高らかにこう名乗れるだろう。


『閃光の魔女の弟子、ここにあり』……と。



………………………………………………


「………………」


「何故仕掛けてこない、私を倒したいんだろう」


そして、また別の地点で戦うのはネレイドとザガンのビッグサイズ同士の戦い。共に肉弾戦を得意とする巨躯の二人の戦いは激しいものが予想されていたが、その実…未だ静寂を保っていた。


「…………」


「…分からないな」


大威山のザガン、彼女が一切の攻撃を仕掛けず無言のまま突っ立っていたからだ。せっかくみんなの前でかっこいい新技を使えると意気込んでいたネレイドもこれにはガン萎えだ。


「戦う気がないなら帰ったら?、…私は戦う気のない人まで攻撃するつもりはない」


「…………貴方は」


「……ん?」


すると、ザガンは徐に口を開く。よく見ればザガンの頬には冷や汗が伝っており…何かに焦っているような気さえする。その問いかけにネレイドは小さく首を傾げ。


「貴方は、名前は何という…のですか?」


「名前?ネレイド…だけど」


「ネレイド…、嗚呼何という事だ。まさか魔女の手先になっていたなんて」


「…?なにを言ってるの?」


「ではもう一つ聞いてもいいですか?、貴方…自分の母親を知っていますか?」


「…………」


むむっとネレイドの顔が険しくなる。そんなもの言われずとも知っていると口にするよりも前に、ザガンはそもそも答えを聞いていないかのように続けざまに言葉を続ける。


「知らない筈だ、貴方は恐らく拾われた子供…本当の親を知らない筈だ」


「……なにが言いたい」


確かに、ネレイドにはそう言った過去もある。母曰く私は貨物船の荷物の中に捨てられていた子供で今日まで実の親が見つかったとの報告は聞いていない。だがそれが何だというのだ、私には魔女リゲルという母がいて神将という家族がいて、エリス達という友がいる。


それ以外に何かを望むことも誰かを望むこともないというのに…だというのに、今ネレイドはザガンの言葉に集中している。


まさかこいつ…。


「なにがもなにも…、私は貴方の実の母を知っている!」


「ッッ!?」


思わず言葉を失う、二十年以上探してきた私の母を…この賊が知っている。その事実にやや目眩を覚える。どういう事だ…なにを言っているんだ、私の母?何故今さらになってそんな…。


「なにを根拠に…」


「根拠ならある、その他の追随を許さぬ巨躯…圧倒的身体能力、おかしいとは思わなかったのか?そんなものただの人間が持っているわけがない」


「…………」


「それは貴方の母から遺伝したものだ。貴方の母もまた貴方同様の巨躯を持ち凄まじい身体能力で世界最強の名を得るまでになった…」


私のこの体が…母親譲り?、いやいやそれならとっくに見つかってるだろう。私がいうのもなんだが私は迷子になったことがない、どの街に行っても私以上に目立つ存在がいないからだ。なんなら待ち合わせ場所に指定されたこともある。


そんなデカイ奴がなんで二十年も…いや、まさか。ザガンが言おうとしている私の母親って…。


「ま…まさか」


「ああその通りだ!お前の…いえ貴方の母親は、山魔の名を持ちし山賊の女王!モース・ベヒーリア大団長だ!」


「なっ…ぁ…!」


今度は頭を殴られたようにクラクラと後ろに下がる。どれだけ殴られても微動だにしないネレイドがこの日ばかりは引き下がるよりほかなかった。


私の母親が…モース・ベヒーリア?モースって確かプルトンディースから脱獄した最悪の犯罪者じゃないか?カルステンおじさんを殴り倒し我々テシュタルの正義を嘲笑った張本人じゃないか?


そんな悪魔みたいな奴が…山賊が。私の…本当の母親。


「違う…!」


「違うものか!貴方はモース大団長と同じ凄まじい背丈と圧倒的な強さを持っている!それが何よりの証拠!貴方は元々モース大団長の跡を継ぎ世界最強の山賊に成るべくして生まれた存在なのだ!なのに…そんな貴方が、魔女の手先になんて」


「違う!私の母は魔女リゲル!それ以外にいない!」


「残念ながら事実だ、…モース大団長は貴方を探している。二十年前のある日貴方を不慮の事故で手放してより今日までディオスクロア文明圏全域を旅して貴方を探し続けていたんだ!」


「モースが…私を…」


プルトンディースに入ってきたモースの様子は私にも伝えられている。まるで誰かを探すようにあちこちを徘徊し居ないと分かるや否や脱獄したと。その探していた人間が…私だったのか?


ありえない、ありえていいわけがない。私のこの体に悪を成す賊の…それも賊の王の血が流れてるなんて、正義を愛し全うするテシュタル教の象徴たる神将がそんな有様であっていいはずがないのだ。


「違う…信じない!私は…私は…」


「何を言っても事実は覆らない、悪いがあんたはモース大団長のところにあたしと一緒に来てもらうよ、あたしも山賊団を抜けた身だが…あの人には恩義があるんでね。二十年も探して回った娘の居場所がわかったことを伝えてやらにゃ」


するとザガンをドスンと一つ脚を開いて腰を落とすような構えを取り…ん?あれ見たことあるな。確かあれって…四股か?


「もしかして貴方、スモウ使うの?」


「然り、我が武闘術を古式相撲!貴方の母モース大団長の扱う武器を継承した者こそがあたいさ!」


モースもスモウを使うのか。確かに私くらい大きくて力が強ければあの押し合いも強いと思うけど…って!モースが私の母親みたいに思うのはやめよう。私は魔女リゲルの娘、母さんも言ってたじゃないか。


何より…。


「……侮るな、それはお前が勝つ前提の話だろう」


「ああそうだよ!」


「ナメられたものだ、賊風情がオライオン最強の神将を前にそこまでの大口を叩くとは…!」


私が誰の娘で、誰が私の母親かなんてのは今はどうでもいいことだ…囀る必要も惑う必要もない。ただ今、目の前にいる敵が悪であるならば、それを打ち倒すのが神将としての役目…私の使命だ。


「構え一つとってこの迫力か。…こりゃあ正々堂々やっても勝てなさそうだねぇ」


腰を落とし相手に手を向けるレスリングの構えを見せればザガンは竦んだように冷や汗を一つ垂らす。ネレイドの巨体とその迫力に思わずビビったから…ではない。


構えを取った時の目があまりにもモースにそっくりだったからだ。普段は安穏とした目つきで部下に手を引っ張られながらも、いざ戦いが始まれば誰よりも勇猛果敢…その姿勢があまりにも酷似していた。


これは真っ向から戦っても勝てない、ザガンは自分が未だモースの段階に至っているとは思っていない。このまま戦えばモースにやられたように張り手の一つで倒される…ならば。


「『エーテルフルドライブ』!!」


「…なにそれ」


「メルクリウスが秘密裏に開発したロストアーツさ!悪いがこいつを使って戦わせてもらうよ!」


「…ロストアーツ、確かメルクさんがそんな話ししてた…もう完成してたんだ。別に構わないよ…なに使っても私が勝つから」


「へへへ、そうかい?なら…試してみようか!」


星魔盾リブラを腕に嵌め、両拳を地面につけ戦闘態勢をとるザガン。かつての団長にして恩人であるモースより伝授された古式相撲…、元々極東の国『トツカ』にて生まれたと言われるこの武術は、全体重と全筋力を用いて相手を押し倒すことに特化した力業の如き術理である。


体格の大きな者同士がただドカンとぶつかり合うだけの見てくれはなんとも鈍重だろう、だが…ザガンは思う。


この世に相撲以上に一瞬の駆け引きが重視される武術は無い。体がぶつかるその瞬間にありとあらゆる手を尽くさねばならぬこの武術は他のどんな武技武術よりも速い…ある種最速の武闘法と呼んでも差し障りはないと。


「八卦良しッッ!!!」


気炎の雄叫びと共にザガンはその大きく膨らんだ体を前へ傾け…。


「残ったッッ!!!」


相撲の掛け声と共にネレイドへと飛びかかる、このまま行けばネレイドとの取っ組み合いに発展するだろう。…が、悪いがザガンは力士ではなく山賊なのだ、ご丁寧に基本に忠実に戦うわけがない。


(魔力防壁展開!)


ネレイドに突っ込みながら展開するのは魔力のシールド、如何なる攻撃も通さない魔力の壁を自身の前方に展開したまま突進を繰り出したのだ。


星魔盾リブラ…防御に特化した唯一のロストアーツ、防壁を作りことしか出来ないが故に攻撃力は皆無。だがそれもザガンが使えば話は別。


全身を使い一瞬で最速に至るザガンの突進と共に鋼よりも硬い壁を敵に叩きつける。リブラの守りは鉄壁であり、そして硬さとは即ち武器にもなる。肉の塊であるザガンが突っ込む以上の威力を悠々と叩き出しつつ、敵の攻撃は完全にシャットアウトする。


ただ守ることしか出来ないリブラが一転、防御不可の大火力を繰り出す無敵の武器へと早変わりだ。


(あんたの肉弾戦は通用しない!あたしには指一本触れることも出来ない!、この勝負もらったよ!)


こうなったザガンはもう止められない、鉄砲だろうが大砲だろうが全て弾き返して鋼のぶちかましを叩きつけ殺す。きっとこれにはモース大団長と言えど手も足も出ないだろう。


無敵の戦法、必勝の形、未だ逃げることなく構えを続けるネレイドを見て勝利を確信するザガンは更に加速を加え、一気にネレイドに突っ込み──。


「……フッ、そんなに怖いか」


「え…?」


刹那、ネレイドが浮かべた笑みに…ザガンの血の気が引く。


その言葉、その顔、その在り方が…モースに重なったから……。


「フンッッ!!!」


「なっ!?」


しかもネレイドはザガンの全霊の突進さえ、魔力防壁ごと片手で軽々と受け止めてしまうのだ。これだけの体重と筋力のあるザガンの突進を…片手でだ。


前にもこんなことがあった、あたしの全力の突進を片手で受け止めて、あの人はこう言ったんだ。


『そんなに怖いでごすか?』


と……。いやそれだけじゃない、それだけでは終わらない。ザガンを軽々と受け止めるネレイドはますます記憶の中のモースと重なっていく。


「武術とは、殴り殴られるからこそ成立するもの…。一度武を修めた人間が今更殴られることを忌避してなに何になる」

『相撲ってのは、『相』手を『撲』ると書くでごす。当然撲るのだから撲られる事もある…それを怖がってちゃ始まらないでごす』


「あ…あぁ」


「殴られるのが怖くて、盾で守る?…そんな覚悟で私に勝てると思っているのか」

『撲られるのが恐くて、防具で守る?…そんな覚悟ではあーしには勝てないでごす』


「も…モース大団長ぉ…!」


言っていること、やっている事、その全てが大団長と重なる…これはもう間違いない。ネレイド・イストミアは…モース・ベヒーリアの…娘だ。私の勝てなかった存在の全てを継ぐ山賊の王を継ぎし者が彼女なのだ。


「…分からせてやろう、私の前では如何なる守りもお前の安寧を保つに至らぬことを」


「ハッ…な!?」


とそこでようやくザガンは追憶から現実に戻ってくる、目の前で起こる不可解な現象に戻って来ざるを得なかった。


何せ、ザガンを守りネレイドの攻撃を阻んでいる筈の鉄壁の魔力防壁が…ヒビ割れていたから。


「何!?何故あたしの魔力防壁が!世界最高の防御力を持つ鉄壁の防壁だよ!?それを…素手で壊せるわけが」


星魔盾リブラの生み出す魔力防壁は鉄壁だ。このスタジアムを覆う防壁よりも硬い筈なのに、ネレイドがただ掴んだだけでヒビが入り崩壊しかけているなんてどう考えてもおかしい…、それ程までにネレイドの握力が人外じみているのか?


混乱の極地にあるザガンは捕まれ砕ける防壁を前に何も出来ない。何をすればいいかを知らない。これがもし自前の魔力防壁だったなら今ネレイドがやっている神業の正体にも気がつけただろうが…彼女は借り物の力で満足してしまっていた。


「確かに硬いね…けど、それだけだ」


ベリベリと玉子の殻を砕くように防壁を剥がしていくネレイドは笑う。確かにこの防壁は硬い、きっとネレイドが全力で殴っても壊せないだろうくらいには硬い…だが防壁を壊す手段とは何も物理攻撃だけではないのだ。


三年前の決戦でシリウスの魔力防壁の分厚さに辛酸を舐めたネレイド、いくら殴りつけてもロクなダメージが入らないシリウスを前にしてネレイドは痛感した…魔力防壁という存在がある限りネレイドの攻撃は意味をなさないと。


そこで彼女がこの三年で師匠の教えにより会得したのが…この『防壁破壊術』だ。


当然ながら魔力で防御すると言う技術があるなら、その防御をなんとかする為の技術が開発されていて然るべきであり、魔女達卓越した存在もまた皆この技術を習得している謂わば上位者の技術の一つである。


内容は単純、相手の魔力防壁に自身の魔力を突き刺し、内川から解くように突き崩す事で防壁の防御性能を限りなくゼロに近いものにすることにより破壊を可能とする技術だ。これがある限り魔力防壁は無敵ではなくなる…それは鉄壁を誇るリブラに対しても同じ。


故に上位者達は魔力防壁を張りつつ、相手の魔力防壁を突き崩す防壁破壊術を繰り出し殴り合う。この段階まで行くと互いの魔力精密性の勝負になる為…必然上位者達は両者を認識出来る程の至近距離で魔術を叩きつけ合う殴り合いをせざるを得ないのだが…まぁ今は関係ないので置いておこう。


問題はネレイドにこの技術を教えたのが魔女リゲルであると言う事。


『私もアルクさんと戦うために色々研究してたんです、その技術を貴方に伝えましょう』


恐らく硬度だけならば魔女中最高レベルの魔力防壁を持つアルクトゥルス、彼女の持つ防壁を破壊するには通常の破壊術ではそもそも通用しない。破壊する為に魔力を突き刺すと言う過程でそもそも魔力が防壁に弾かれてしまうからだ。


アルクトゥルスに傷をつけるならシリウスのように真っ向から破るかレグルスのように超絶した魔力精密力を用いるより他ないとされるその防御に対して、リゲルが考案した対アルクトゥルス用防壁破壊術、それをネレイドに伝えたのだ。


世界最高の守りを抜く為の術、それはつまり…今現在存在する如何なる存在が作り出す魔力防壁をも消し去れる力をネレイドに渡した…と言う事である。


彼女はこの極意をして『防壁破壊術』を超えた新たなる力として、こう名付けた。


「『神通術・解脱掌』…ッ!」


「なァッ!?」


まるでスナック菓子でも砕くように防壁を破壊したネレイドの腕が伸び、ザガンの顔面をガシリと掴む。普通の人間の数回りは大きいであろうザガンの頭がすっぽりネレイドの手の中に収まり…。


「お前が何者で、私の母が誰で、私が何で、そんなもの…今は何の関係もない」


「ぁ…いや、だから…貴方は…山賊の王モース大団…」


「だから!」


力が篭る、ネレイドの手に剛力が篭る。それはザガンの頭と共に悲鳴すらも押し潰し、彼女の体を後ろへ後ろへ、下へ下へ押し流していき…。


「私は神将!ネレイド・イストミアだァッ!!」


「げぶぅっ!?!?」


叩きつける、ザガンの頭を果実でも叩きつけるかのようにコートの床面へと押しやり、そのまま地面を叩き砕きその巨体を丸々半分、地面へと埋めてしまう。


「私は私、それ以上の何者でもない」


「ご…げぇ……」


力を失いだらりと垂れるザガンの足に決着を見たネレイドは、敵ではなく己の腕を見る。


大きく太く逞しい己の手、そして他の誰よりも高くを見る己の目と頭、何より圧倒的なまでの自身の力。


これが、私を生んだ母親から受け継いだもの?そして母はこれを使って…賊をしている?


(……そんなの、許されるわけがない)


ザガンの言葉の真意は確かめようがない。だけど…ずっと私の生みの親を探し続けてきたお母さん…魔女リゲル様は、この話を聞いたら…どう思うだろう。


私が…賊の子供だったと知ったら。母は悲しむだろうか。


「……決めた」


この真偽は、私の手で調べよう。


そしてもし、…もし本当に私が賊の娘だった時は、私は…生まれながらにして悪に穢れた私はきっと、魔女の娘にも母の弟子にも相応しく無いはずだ。


だから、その時は…魔女の弟子をやめて、オライオンを去ろう。


……………………………………………………


「魔女の弟子ィィイイイ!!!!」


「やっかましいんですよ!」


燃え盛る炎が乱れ飛ぶ、豪炎が世界を焼き焦がしエリスの逃げ場を奪いなおもコートを焼き尽くす。


「頑張れー!エリスちゃーん!」


「合点!」


「チッ!すばしっこいヤロウだなぁ!」


コート端でぶつかり合うのはエリスと炎帝アドラヌスだ、焔を纏い暴れ狂うアドラヌスと向かい合うエリスはあまりの灼熱に思わず汗を地面に垂らす。


(なんか面倒ですね…、ようやくロストアーツの本当の恐ろしさを味わっている気がします)


「……あ?なんだよもう全員やられてんじゃねぇか。情けねぇ」


今目の前で荒れ狂うアドラヌス、彼の強さはランメルスでのルーカスとの戦いで大凡理解していた、故にエリスの分析から彼の相手は問題なく倒せると言う評価でしかなかったが。


ここに、ロストアーツと言う外付けの因子が加わったことによって全てが狂った。


(星魔帯ピスケス…ですか)


メルクさんの元で一度資料を確認したから知っている、今アドラヌスが持っているあの大きな紅布…、あれが星魔帯ピスケスだ。


見てくれの通り、実体はただのタオルだ。剣や弓のように殺傷能力はゼロ、強いて言うなれば水に浸して殴ればまぁ痛いかなってくらいの代物でしかない。


が…それはあれがただの布だった場合の話。問題は付属する効果…こいつがまぁ面倒だ。


星魔帯ピスケス…、あの布を構成する繊維一本一本が魔力機構と言うイカれた代物であり、メルクさん曰く最も再現に苦労したロストアーツの一つであるらしい。


あの布は物質でありながら極限まで魔力と同調する力を持っており、どんな属性魔術とも同化できる効果があるんだ…だから。


「仕方ねぇ、俺だけで全員やってやる…まずはテメェからだ!『スカーレットムスペルヘイム』!」


そうアドラヌスが炎を全身から吹き出し、グルリと手に持ったピスケスを振り回せば彼の吐いた炎がみるみるうちにピスケスに染み込んでいくじゃないか。まるで水でも吸うかのように炎を吸ったピスケスは燃えるのではなく炎と同化した流体と化し…。


「死に去らせボゲェッ!」


振るう、炎を纏ったピスケスが。問題はここから…。


ピスケスは魔力と同調する力を持つ。だから持ち主…アドラヌスの魔力とも同調する、故にアドラヌスの魔力と意思に従いピスケスはどんな風にも動く、伸縮自在で拡大縮小も自由、ああ言う風に炎を染み込ませれば無限に操れる火炎の布が出来上がると言うわけだ。


「チッ!」


だからエリスがこうやって風で空へと逃げてもピスケスは追いかけてくる、何もかもを焼き尽くす紅蓮の炎を纏いながら盛大に火炎を振りまいて追いかけてくる。


魔力を吸うピスケスと属性魔術の達人であるアドラヌスの相性は抜群だ。これを元々与えられる予定だったローデさん…、彼女も一応雷属性の使い手だがもしかしたらローデさんよりも相性がいいかもしれない。


エリスが今まで見てきたロストアーツ使いは殆どが『ロストアーツ頼りで実力を活かせない』とか『ロストアーツとの相性が悪い』とか。良くも悪くもロストアーツに振り回されていた。


だが今のアドラヌスは違う。完全にロストアーツの使い方と選び方を理解している、先日のルーカスとの戦いで学んでいたんだ、全くやってくれたよルーカス!


(お陰でやり辛いったらないよ!)


「ヒハハハ!初めて実戦で使うが…なんだよ、見てくれの割に強えじゃんか!」


乗ってんなぁ、調子に…。


しかし、いつまでも逃げてていいものか。そう思い観客席に目を向けると。


『ゲホッゲホッ…、だ…大丈夫なのかしら』


『火…火がこっちにまで…』


アドラヌスがやたらめったら炎を撒き散らしたせいでもう半ばスタジアム内は火事同然の状態だ、というか黒煙の所為で上にも逃げられない。下には炎上には黒煙…なんとかしないとエリス、美味しいく炙られちゃいますよ。


「ボオボオ火ィ放って危ないでしょうが!大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん!『颶神風刻大槍』!!」


クルリと空中で反転して放つのは風の大槍、火を切り裂き吹き飛ばし真っ直ぐアドラヌスに飛び…。


「無駄だよ!効かねー!」


しかし風の大槍を目の前にしたアドラヌスはピスケスを振るい、風の槍を包み込むように広げればあら不思議。エリスの風が瞬く間に消えてしまいました。


…魔力と同化出来るってのはつまりああいうこともできる。エリスの魔力だろうが包み込んで受け流してしまう、攻撃にも防御にも転用できる。


(厄介だなぁ、アドラヌスとの相性がいい上…属性魔術を使うエリスを相手にした時の相性も最悪と来たもんだ)


長引かせるわけにもいかないし、されど簡単にはあの守りは突破できない。


もう魔力覚醒しちまうか?…。いやその前炎をなんとかするのが先か…。


(炎か…)


「いつまでも逃げ回ってんじゃねぇ!『イグニッションバースト』!」


「む、こっちきますか!」


イグニスも使っていた火炎による加速、それを用いて空高く飛び上がる、その背には炎を抱きかかえたピスケスが追従し、宛ら天に昇る炎龍の如くエリスに迫り来る。


「聞いたぜ!エリス!」


「何がですか!?」


「テメェ!アグニスとイグニスをぶっ倒したんだってな!」


「…やはり、あなたアグニ族ですね!」


火炎を纏った布となったピスケスを両手に巻きつけ文字通り炎の化身となったアドラヌスは、火の玉の如き拳を振るいエリスに追いすがる。それから逃げ惑うようにエリスもまた風を纏いスタジアム天井付近で黒煙の中攻防を繰り広げる。


「ああ、そうさ!俺はアグニ族の族長の息子…お前達アジメク人によって存在を否定された炎の末裔だ!!」


「……!」


アグニ族、確かアジメクの国境付近に集落を持っていた少数部族で、二十年程前に飢饉で飢えていたところをスピカ様に助けられてアジメク人として国に招かれた存在だと聞いている。所謂カロケリ族のような魔女大国内にありながら魔女大国に属さない部族だ。


一応、アグニスやイグニスというアグニ族出身の人間とは会ったことはある。…こいつもまたアグニ族だったか。


「あの二人には手を焼かされましたよ。まさか二人の敵討ちの為に?」


「ちげぇ!アイツらとは会った事もねぇし顔も知らねぇ!」


「ならなんで!」


「テメェが!アグニ族の存在を否定する者だからだ!」


「はぁ!?」


別に否定なんか…。


と言おうとした瞬間、槍のように鋭く伸びたピスケスの赤閃の一撃がエリスの頭を狙い…。


「熱ッ!?」


刹那の隙に首を傾けなんとか躱すも、メラメラと燃える炎は容赦なくエリスの頬を焼く。なんて熱い炎なんだ…。温度の話をしてるんじゃない、相手を殺そう…そんな嫌な情熱が伝わってくる『熱い』炎なんだ。


「会ったことはないが、それでも分かる。アグニスもイグニスも俺と同じ気持ちだったことが。部族の誇りの為に戦っていたことが!」


「部族の誇りぃ?」


「そうだ!俺達アグニ族は誇り高き火の民だ!燃え盛るように生きる猛き一族だ!例え魔女にそれを踏み躙られようとも変わらない!変わらせない!その為に…二人も俺も戦っていた!」


攻める攻める、最早後先考えない烈火の攻め。焼き尽くした後自らが黒炭になろうとも構わないと思わせるほどの激烈なる炎拳の乱打。龍の尾のように容赦なく振るわれるピスケスの攻め。それを相手に回避しか道を見出せないエリスは黒煙の中を翔ぶ。


「それをお前は否定した!そうだろう!あの二人がどんな気持ちで戦っていたか!お前に分かるか!俺が今!どんな気持ちで戦っているか分かるか!分かるわけないよな、だってお前は!俺達アグニ族の炎を否定したアジメクの民なのだからッ!!」


「ぐぅっ…!」


そして遂にアドラヌスの炎の蹴りがエリスを捉え、虫でも落とすかのように地面へと叩きつける。


アドラヌスは他の幹部と根本から違う。強さが…とかそんな所からじゃなく根本から違う。他の幹部からは感じなかった徹底的な敵意を感じる。激しい憎悪と激憤…それに駆り立てられるアドラヌスは…。


……強い。


「いてて…」


「だから俺は殺す!焼き殺す!お前達が否定した炎で…アジメクの全てを焼き焦がす!ギャハハハハハハ!」


上空で炎を纏い黒煙を侍らせ高笑いするアドラヌスはまさしく炎帝の名に恥じない様相だ。なるほど…つまり奴は自分の部族の誇りの為に戦っていたと。確かにアジメクに迎合された結果彼の愛した『アグニ族』そのものは無くなってしまったかもしれない。


そこは分かる、彼にも愛するものがあったことは認める…だが。


「くだらない…!」


「はぁ?」


「くだらないって言ってんですよ!貴方の言い分は!」


「なんだと…!」


だってそうだろう、部族の誇りの為とか誇り高き炎がとか口にしながらこいつは…。


「これが…貴方の誇りですか?」


エリスは両手を広げる。そこにはコートを焼き尽くす炎の海、そしてそれから立ち上る黒煙が人々を苦しめる姿。これがアドラヌスの口にする誇り高き炎の姿なのか?これが貴方の信仰の対象なのか?


「……ッ 、こいつらは炎を否定したクズどもだ!焼いたって構わねぇ!」


「そう思っているのは貴方でしょう」


「あ?ああ…そうだよ!それの何か。。」


「貴方個人の怨恨を晴らす為に!炎を復讐の武器に使うのは良いのですか!?人を殺し物を壊し貴方の苛立ちを発散させるための手段でしかないのですか!?貴方の誇りは殺しの道具ですか!」


「なッ…!?」


アドラヌスは炎の誇り口にしながら、その炎で物を焼き人を苦しめ…結果それが如何に恐ろしいものであるかを証明しているに過ぎない。そんなものが誇り足り得るか…どうなんだ、アドラヌス。


そう問いかければアドラヌスは痛いところを突かられたように動揺し顔色を変える。ようやく自分のやっていることを自覚しましたか。


「炎は恐ろしい物です、炎は消し去るべきです、炎は人にとって害でしかない。水ぶっかけて靴で踏んで鎮火するべきです!」


「ッテメェッ!!!」


「この言葉を今の貴方に否定する権利はない!炎で人を苦しめる…『炎帝』の貴方には!」


アドラヌスやアグニスとイグニスのように、アグニ族出身の人はまだまだアジメクに沢山います。中にはアジメク人とアグニ族の価値観の違いに苦しんでいる人も多いでしょう。


だが、アドラヌスのしていることは何の解決にもならない。他のアグニ族達の持つ誇りを貶めより一層アジメク人との溝を深めるばかりだ。アグニ族の事を思うなら…貴方は部族長の息子として他にやるべきことがあったはずだ!


「うるさい…うるさい!うるさいんだよアジメク人が!テメェに説教なんかされたかねぇぇ!!!」


しかし最早冷静になるには彼は熱くなり過ぎた、彼を纏う全身の炎は彼の怒りに呼応し火力を上げ赤熱し天井を焼き焦がし破裂するように爆炎は広がっていく。


「全部全部燃やしてやり直す…、焼けた大地から立ち上がるのはアグニ族だけだ。だから死ね!アジメク!」


纏める、手の中のピスケスて炎を…それは彼にとっての奥の手であり、最大の一手。炎熱魔術を極限まで極め抜いた彼…炎帝が使う最強の炎。


「全てを燃やせ!『ウルカヌスラース』!」


炎熱系最強と謳われる『カリエンテエストリア』、それと共に最強格の大魔術と称される最上位大魔術『ウルカヌスラース』。凄まじい火力の炎を広範囲に振りまき全てを破壊する大規模破壊魔術に部類される一撃。火力ではカリエンテエストリアには劣るが驚異的なのはその範囲。


スタジアムの天井全てを覆うほどの大量の炎が振りまかれ流石は最強の格の炎と圧倒されるほどの威容。おまけにそれをピスケスで煽り操り下方目掛け飛ばしてくるのだ。


エリスどころか観客やアマルトさん達、剰え自分の仲間ごと焼くつもりか…!


「そんな事させてたまるか…!」


それを迎え撃つようにエリスは、静かに地面に伏せ…大地に手を置く。悪いがもう逆転の一手は思いついているんだ。


確かにアドラヌスの炎は室内という環境に於いては強力だ、撃てば撃つほどアドラヌスにとって都合のいい環境が出来上がるのだから彼にとってこれ以上戦いやすい戦場はないと言える。だが…このスタジアムは別。


このスタジアムだけはアドラヌスにとって最悪の環境であることに彼は気がつかなかった。何せここにはあるんだよ…。


「大量の…水がね!水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』!!」


放つ先は地面、コートの芝を突き破り大地を超えて届くのは地下の用水路。


このスタジアムには水がある。スポーツを盛り上げるための演出として水を噴射し虹を作る為の機構が。つまりここには水と天に向けた噴射口があるという事で…。


「ッッ!?水!?」


エリスの水を受け入れた地下の用水路は一気に氾濫を起こし、唯一の出口たる噴射口目掛け一気に吹き上がる。スタジアム全域を覆うように配置されたそれらはエリスの操る水と共に凄まじい水量でこのスタジアムの全てを水浸しにしていく。


当然、アドラヌスもアドラヌスの出した炎も…だ。


「炎が…俺の炎が!!」


下から吹き上げる雨によりアドラヌスはの炎は消えていく。いくら強力でも炎は炎…水ぶっかけりゃ消えるんですよ。


「やめろ…やめろ!やめろ!炎を消すな!俺の炎を!消すなぁぁぁ!!」


「鎮火完了…!あとは火元の対処だけですね」


「ハッ!?」


ようやくアドラヌスは気がつく、風を纏い飛び上がるエリスの存在に。もう何処にも…お前を守る炎はないんですよ!


「や…やめ!」


「火遊びなら!人に迷惑のかからないところでやれっっ!!!」


一閃、神速へと至ったエリスの拳がアドラヌスの顔を居抜き、そのまま焼け焦げた天井へと飛んでいき…尚も止まる事なく飛び、天井さえ突き破り青空目掛けて吹き飛ばす。


アドラヌス…貴方の気持ちはわかりますが、それでも貴方のやってた火遊びは…行き過ぎだったんですよ。


「が…はぁ…」


積もり積もっていた黒煙もまたエリスの開けた穴により外へと抜けていき、やがて薄暗く包まれていたスタジアムに陽光が差し込める。


「っし!…終わり!」


天井に引っかかり動かなくなるアドラフスと、黒くなったコートへと飛び降り、全て終わった事を伝えるようにエリスはみんなの方へと振り向き親指を立てる。ぶっ潰してやりましたよ!アルカナを!


「……いややり過ぎだろ…」


「え?」


気がつけばアマルトさんが呆れたようにこちらを見て…やり過ぎ?え?何が?。いやまぁ確かにコートや天井は焼けましたけどそれはエリスの所為ではないですよね?


まぁ、壊れた天井とか明らかにもう直せないくらいぶっ壊れた噴射口や用水路はエリスの所為で、この場にいる全員水浸しになったのもエリスの所為ですけど…ん?


「これエリス責められる流れです?」


「…さぁ?まぁでもお前らしくていいんじゃねぇの?なぁ?チビ助」


「チビ助言うな!って言うよりエリスちゃん!」


「デティ!」


咄嗟に両手を広げる構えを取る。膝をついてこちらに向かってくる友を迎える支度をする。色々あったが…これで。


「エリスちゃーん!待ってたよーー!!」


デティと、三年ぶりの再会を果たせたんだ。


これでめでたしチャンチャンでもいいだろう。そうエリスは半壊したスタジアムから目を逸らしデティを深く抱擁するのであった。




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