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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十一章 魔女狩りの時代と孤高の旅人
374/835

334.魔女の弟子と最愛なる友よ


「………………」


レイバンを捕らえた翌日、エリスはアド・アストラ本部でもある白銀塔ユグドラシルの兵舎エリアに用意された個室にて目を覚ます。


簡素なベッドとそれなりのキッチン、落ち着けるリビングと簡易シャワーを兼ね備えた所謂寮でありこれが兵士一人一人に配れていると言うのだから驚きだ。


そんな部屋のベッドの上でシーツを擦らせ起き上がり、ボヤボヤする頭を動かしながらエリスは戸棚の中から下着を取り出し着用し…今日の予定を振り返る。



……先日レイバンを捕らえ内通者騒ぎには一旦幕が下りた、それと同時にエリスの隊長でもあるメリディアが姿を消し新入り隊員エリスを取り巻く状況は大きく変わってしまった。


簡単に言えばもう潜入する必要が全くなくなった、内通者は見つけたし潜入先である小隊は半ば全滅状態だし、これで無理して隊員を演じて何が得られるかって言うと特に何かを得られるわけでもない。


なら残った最後のアルカナを誘き寄せる為にもエリスはエリスとしてここにいた方が良いだろう。というわけで潜入はもうやめってわけです。


「ん…今日はデティが帰ってくる日でしたね」


目をこすりシャツのボタンを締めて時計を見上げる。今日はデティが帰ってくる日だ、アリナ曰くエリスの為にかなり日程を早めて帰還してくれるようだ。


とはいえそれでも仕事は残っているようで、日中行われるスタジアムでの天覧試合を観戦しなければならないようだ。エリスもスタジアムに赴いてデティを迎え入れてもいいが…一応試合の観戦も仕事だし、変に水を差すのは悪いかな。


ともあれ…だ、今日はデティが帰ってくる。それだけで今日は一日ハッピーだ。


「…他の皆さんにも会いたいですね」


むにゃむにゃと寝言のような独り言が口を破る。エリスがここに来て出会えた友達はメルクさんとメグさんだけ。他の人達には全く会えていない…。


テディは言わずもがな、ラグナも何やら忙しいらしく全く足取りが追えていない。


アマルトさんは多分学園で勉強してるだろうし…いやもう卒業したのか?。ナリアさんは風の噂で世界を巡る旅劇団をやってるらしいし、ネレイドさんは聖王様の護衛に着いてどっかに行ってるらしい。


みんな彼方此方で自分のやるべきことをやっている。だから前みたいに集まれるわけでもない…が、やっぱり顔は見ておきたいな。


「アルカナの一件が終わったら、会いに行きますか」


今までは成果も出せず放浪していた身として顔を見せるのが憚られたが、メルクさんと再会してエリスは考えを改めましたよ。やっぱり顔は見せるべきだ、今ならポータルもあるし午前中を開ければ直ぐに会いに行けますからね。


「よっし!!!」


コートに手を通し、顔を洗って両頬を叩き準備完了!エリス!始動!


「エリス姐!エリス姐!おはよーございまーす!」


「ん?アリナちゃん?」


朝っぱらからエリスの部屋の扉をガツンガツンと叩くこの声はアリナちゃんだ、…いや迷惑な音量ですね。ここ一応寮なので両隣にも人がいるんですよ?


「アリナちゃん、朝から声が大きいですよ」


「すみません!、ってかエリス姐なんでこんなとこで暮らしてるんですか!」


扉を開けるなりアリナちゃんは不満爆発といった顔でエリスに詰め寄ってくる、朝から元気だなぁ。


「こんなとこって、立派な部屋じゃないですか」


「いや幹部なんだからもっと…」


「別に住むところなんてどこでもいいですしねぇ…」


「ううむ、…流石エリス姐!」


何処らへんが流石かは分からないが、人生の半分以上を旅に費やして生きていると住む場所とかに頓着は無くなるんです。雨風が凌げる屋根と天井があってノミ君やシラミちゃんと添い寝しないで済むベッドがあればそれだけでいいんですよ。


「まぁいいです!エリス姐!デートしましょう!デート!」


「デート?なんで」


「だってメリディア居なくなって七百七十二小隊は実質機能不全、私達がこれからどうしたらいいかってメルクリウス様に聞いたら取り敢えず待機って言われたし、暇ならエリス姐とデートしたいなぁって」


まぁ、確かに今はこれをしなきゃダメ!っていう用事はないけども。いいのかなぁ…一応組織に所属する人間がそうホイホイ休んでも。


いやいいか、別に。メルクさんが言ってるならいいや。


「ねぇ〜え!いいでしょう?しませんか?私と!」


「分かりました、ちょうど暇してましたし、しますか?デート」


「やったー!!!」


本当に可愛い妹分だ。ここまで明け透けに好き好き言われるとエリスも好きになっちゃいますよ、ちょっとテンションが高過ぎで距離が近過ぎなのも今は愛嬌として受け取りましょう。というかそんな抱きつかないで…。


「じゃじゃ!外で朝ご飯食べましょう!」


「いいですよ」


「えへへ、ってもうメガネかけないんですか?」


「もう必要ありませんしね、一応持つには持ってますが」


ルーカスとかとエンカウントした時用に、喧嘩しないために。


「そですか!、まぁエリス姐はどんな顔でも可愛いですが」


「あはは……ん?」


アリナに手を引かれグイグイと外に連れ去られる中、エリスはふと師匠の姿が見えないことに気がつく。


そういえば師匠がいない、また隠密で姿を隠してるのかな?…うーんそんなけはいはないけど、どっかに行ってのかな。


まぁいいや、師匠も犬じゃないんだから自分の時間くらい作るか。エリスがどうこう言うことじゃないや。


「エリス姐!行きましょう!」


「はいはい」


そうしてエリスはデティが帰ってくるまでの時間を、アリナちゃんとのデートに費やすことになるのであった……。


……………………………………………………


ステラウルブスの大通り『食べ歩きストリート』、各地の名品名産珍味美味が揃うここはデートをするにはうってつけだ。何せ左右を見れば基本的に美味しいものか珍しいものが置いてある、金さえあればいくらでも楽しめるのだから。


そんなストリートの一角に解放されている休憩エリア、雰囲気のいい植木や花壇が揃えられ、落ち着いた木調の椅子とテーブルがあちこちに配置されたそこにて腰を落ち着け取り敢えず朝ご飯としてしこたま買い漁ったそれらを並べエリスとアリナちゃんはデートと称した散策を楽しむ。


「で、アリナちゃんはあれからケビンとはどうなんです?」


マスタードがガンガンにかかったホットドッグを頬張りながらエリスは向かいに座るアリナちゃんに目を向ける。


「私三年前の戦いが終わってすぐコルスコルピに留学に行ったので、あれからアイツとは全く会ってないですね」


「えぇ…」


対するアリナちゃんは朝から山盛りのイチゴをパクパクと食べ進めている。そんなので力がつくのかな…。


「一応お兄さんなんですし、ちょっとくらいは…ね?」


「嫌ですよ、アイツ自分で何にもしてないくせにエラそーに被害者ぶって。あーいうの大っ嫌いなんですよ」


「そうは言わず、ケビンだって頑張ってましたし」


「えー、…じゃあ逆に聞きますけどエリス姐は兄貴とか弟とかいないんですか?」


「えっ!?」


い…いるけどさ、一応…。


「もしその人達と仲悪かったとして、じゃあ今から仲良くしに行こうってきっぱり割り切って思えます?」


「…………」


思えないかも…、いやまぁステュクスに対してエリスは酷いことをしたなと今は思えます。魔女に対する無礼な物言いも今なら子供だからこその物と割り切れます。


けど、けどもだ。じゃあ今から会いに行って仲直りしたいかと言われれば微妙というか、向こうも『今更なんだよ』って思うだろうし、何よりエリスが彼を弟として見れていないというのもあるし…。


うーん、うん、無理だな。


「ごめんなさい、エリスが間違ってました。関係は人それぞれですね」


「分かってくれました?、私にはエリス姐がいるからそれでいいんです」


「あはは…」


ステュクスか…、今何処で何してるんだろうなぁ。今もソレイユ村にいるのかな?いやそういえばエリスを助けるためにアジメクに行きたいとか言ってたけどあの目的はどうなったんだろう。


分からない、今何処で何してるんだろう。


「はむちゅ、もちゃもちゃ、にしても…凄い人集りですよね」


「え?」


「ほら、あっち。あれですよ、スポーツを見に行く人達の行列」


とアリナが指し示すのは大通りの奥、特徴的な十字路を横断するように出来た人の壁…いや行列か。まるでヤギか何かの群れみたいにゾロゾロとみんな揃ってスタジアムに向かう姿はなんか滑稽だな。


「なんであんなに人が集まってるんですか?そんなに人気なんですか?今日やるスポーツって」


「何やるかまでは知らないです、けど魔術導皇が直々に見学に来る栄えあるグランプリですし、やっぱ人気なんじゃないっすかねぇ。私スポーツとかには全然興味がないですけど」


「エリスもないです、全然」





「例え専門外の分野だったとしても、興味がない分からないで済ませるのは二流の仕事だぞ。そんな事もわからんとは呆れてモノも言えない」


「あ?」


ギロリと突如アリナの視線が鋭くなる。理由は単純…エリス達の斜め向かいの席に一人で座るサングラスをかけた黒コートの女が突如としてエリス達を侮辱するようなセリフを吐いたからだ。


喧嘩を売っていると取られてもおかしくない言葉をアリナは文字通り喧嘩を売られたと受け取ったのだろう。席を立ち黒コートの女の元まで向かう。


「誰が二流だって?まさかとは思うけど私達じゃないわよね」


「アリナ、やめなさいって」


「……フンッ」


アリナはそのまま黒コートの女が座る席まで詰め寄り、机を叩きながら凄んで見せる。一応アド・アストラの大戦力ともあろうものが街中で人の喧嘩を買うなと止めようとするが。黒コートの女は一切動じない。


というか、動じているかも分からない。サングラスをかけているが故に顔色が伺えない……、ってかなんだろう、この女の人の声どっかで聞いたことがあるはずなのに誰であるかを思い出せない。エリスともあろうものが…思い出せないんだ。


「街中で売られた喧嘩をそのまま買うのか?お前は、コルスコルピの学園に留学しても中身は変わらなかったようだな」


「はぁ?、…あんたアタシが誰か分かってそんな口聞いてるわけ?」


「そうだ、そしてお前は私が誰かも分からずそんな口を聞いている…という事だ」


「……待ってくださいアリナちゃん、その女の人…」


誰かは分からない、だがアリナに凄まれ微動だにしない女の佇まいは何処と無く強者の風格を思わせる、この人相当強いぞ…。


「ほう、エリスは気がつくか…やはり、流石だな」


「貴方…もしかして帝国の人ですか?」


「へ?エリス姐この人誰か分かるの?」


「分かりません、声は何処かで聞いたことがあるのに顔を見ても思い出せません、…エリスともあろうものが思い出せない、つまりそのサングラス…正体を隠す魔装ですよね」


エリスがかけているメガネと同じ正体を隠す幻惑のメガネ、それと同じ物を彼女がかけているとしたら…それは帝国の人間しかありえない、そして帝国の人間でこれほどの風格を漂わせる女は一人しかいない。


「貴方もしかして、アーデルトラウトさんじゃありません?」


「え!?アーデルトラウトって…確か帝国の将軍の…」


「……ふふっ、一瞬で看破するか。やはりお前は油断ならんな…エリス」


ゆっくりと、サングラスに手をかけ顔から取り外せば…先程まで全く特徴を捉える事が出来なかったその顔が、瞬く間に判別できる。


間違いない。見るものを圧倒する切れ目と三年前より伸びた長髪を後ろで束ねる彼女は…帝国の大戦力、三将軍の一人アーデルトラウトさんだ。


「やぁ、三年ぶりか?エリス」


「ゲェッ!?アーデルトラウト…様…」


「お久しぶりです、アーデルトラウトさん。ってか貴方こんなところで何してるんですか?」


「今日は久しぶりの非番なんだ、だからお忍びで街の散策をしていた」


「そうだったんですね」


なんてなんでもない世間話をしつつもエリスは無性に気になってしまう。何がって…今目の前で話してるのアーデルトラウトさんだよな?


この人こんなに落ち着いた人だったっけ?昔はもっとギラギラして常に何かに飢えたように闘志を漲らせていなかったか?


「不思議そうな顔だなエリス」


「え?いや、なんか雰囲気変わったなぁって」


「そりゃそうだ、お前は知らないだろうが私はあれからルードヴィヒから直々に次の筆頭将軍として指名されたんだ」


「えぇ!本当ですか!おめでとうございます!」


などと言いながらエリスは自然とアーデルトラウトの座る向かいの椅子に座る、こう言ってはなんだが今のアーデルトラウトさんは昔の彼女よりもずっと話し易い。昔はなんか…隙見せたら噛み付いてきそうだったし。


「あと数年はルードヴィヒが筆頭将軍を務めるが、彼も衰えて来ている。そうなった時恙無く帝国の守護を引き受ける為に…私もいつまでも若気の至りを振りかざしている場合じゃなくなったのさ」


「へぇ〜、確かに今は凄く将軍っぽいですね」


「それは昔は将軍らしくなかったということか?」


「まぁ、ぼちぼち」



(え…エリス姐、あのアーデルトラウト将軍と向かいの席に座って談笑してる…、なんて胆力…!素敵!)


久しく再会したアーデルトラウトさんの雰囲気はとても落ち着いている。昔少し戦った事があるから彼女の実力は知り得ているが…あの凄まじい強さに冷静さを含む大器が加われば、決して人類最強の異名を持つルードヴィヒさんにも劣らぬ将軍になれるだろうと思える。


「お前が帰って来ていると、部下から報告があったからこうして顔を出したが。いい意味でお前は変わってないな」


「そうですか?」


「ああ、都合のいい時に飛んできて都合の悪い事を全部解決してくれる」


随分な言い様だな、まぁそうなんですけども。


「…悪いな、アルカナの一件を全てお前に託すような事をして」


「え?、アーデルトラウトさんって今アルカナ捜索に携わってないんですか?」


ふと、申し訳なさそうに俯く彼女を見て聞いてしまう。てっきりアド・アストラの全戦力を割いて捜索していると思ったが…。


同時に悟る、違うな…と。もしアーデルトラウトさんやグロリアーナさんのような絶対的な強者がアルカナ討伐に乗り出していたら、事態はこんなにややこしくなっていない…と。


「ああ、我々主力…魔女大国最高戦力クラスは軒並みアルカナの捜索には加わっていない、我々はマレウス・マレフィカルムの本隊と睨み合っているんだ」


「マレフィカルムと…?」


「そうだ、世界の風向きが変わり魔女派と反魔女派に二分されつつあるこの世界で、我々魔女派がアド・アストラという巨大な戦力を得たように、反魔女派もまた大きくなりつつある。奴等に与する組織も増え始めているし、奴等の動きも活発になりつつある」


今までひたすらに沈黙を貫いて来た巨大な魔物…マレフィカルムがここに来て動き始めている。


アルカナやロストアーツは恐ろしい問題ではあるが、それらを並べたとしても後に回さざるを得ないほどにマレフィカルムという存在は恐ろしいのだ。


「奴等の戦力は既に七大国の総力に匹敵するほどだ。魔女様という最後のセーフティラインが無くなった今ならば…或いは両陣営の戦力は拮抗していると見てもいい程だ」


「そんなにですか?」


「ああ、そんなにだ。奴等を率いる八大同盟はいずれも粒揃い…それに、我々の調査では奴等の戦力の中には将軍に匹敵する者が複数人いることも分かっている」


将軍に匹敵するって、つまり第三段階クラスが何人もいるって事か?。そりゃあちょっとヤバイな、三年前の話だが第三段階に至った宇宙のタヴを相手に帝国は師団長をほぼ壊滅状態に持っていかれている。


それクラスが何人もとなると…手がつけられない可能性がある。


「宇宙のタヴと同格な奴が…何人も?」


「噂では宇宙のタヴは『魔女殺し五本指』と呼ばれる者たちの中で大体四番目に入るらしい」


そう言いながらアーデルトラウトさんは手を開き、人差し指をクイクイと動かす。帝国に辛酸を舐めさせた男がマレフィカルムでは四番目…つまり。


「タヴより少し弱いくらいのやつが一人と、確実に強いのがあと三人いる…って事ですか」


「これも飽くまで噂、もしかしたらこの五本指と呼ばれている連中よりも強いのがまだいるかもしれない…となると。我々最高戦力もおいそれと別の仕事にはかかれない」


昔はそれでも魔女様がいるからなんとかなった、第三段階クラスなら魔女様一人で数十人は相手取れる。だからマレフィカルムも大人しくせざるを得なかった、だが今は違う…魔女様達の援助がないならもう怖いものはない。


奴等が動き始めているのは…アド・アストラもぶっ潰せると踏んでのことかもしれないな。


「で?どうだ?」


「……ん?何がですか?」


「惚けるな、勝てそうか?この凄まじい戦力に、お前は」


エリスが…マレフィカルムの最強戦力達に勝てるか?って?


……怪しい、エリスはまだ第三段階の実力者と戦った事がない。あれほど強かったシリウスもまだ第二段階の覚醒までしか使ってこなかった。エリスと第三段階に今どれだけの差があるかは分からない、だが。


「分かりません、けど向かってくるならエリスは死んでもそいつらを倒すつもりですよ」


例え相手がどれだけ強くても、どれだけ理不尽でも、エリスはエリスの守りたいもののために最後まで戦うつもりだ。倒さなくてはならないというのなら倒すつもりだ。


「恐れ知らずな点まで変わってなくて安心したよ。お前の無鉄砲さは私もよく知っている、だから。もしもの時は頼りにするぞ?」


「はい、してください」


「ふふはははは、やはりお前の顔を見に来て正解だった。お前が帰還したのはやはり朗報だったな」


「それほどでも…」


アーデルトラウトさんは愉快そうに笑うと徐に立ち上がり…。


「じゃあな、アルカナの件はお前に任せる。もし今後何かあったらお前に連絡することにするよ」


「はい、…ってどこに行くんですか?」


「フィギュアを買いに行く、人形集めが趣味なんだ…というか、多忙な毎日の中ではそれがもう生きる理由というか…はは」


人形集めが趣味なのか?なんていうか意外だな。やけに疲れた顔をしているのが気になるが…ってかもしかして落ち着いたというよりこの人単純に疲れてるだけなんじゃ…。


「そういうわけだ、私は限られた休日を謳歌して…ん?」


「おや?」


ふと、エリスとアーデルトラウトさんが同時に一点を見つめる。それは大通りの奥の十字路、先程まで行列が出来ていたその道を…物々しい鎧で武装したアド・アストラ兵達がものすごい勢いで駆け抜けていくのだ。


…走っていく方向は勿論スタジアム、何かあったのか?


「何かあったんでしょうか」


「…そう言えば今日はスタジアムにデティフローア様が来ている日だったな。…まさかスタジアムに何か!」


そう軽く身構えながらスタジアムに向かおうとするアーデルトラウトさんを…手で制する。


「待ってください」


「むっ!?なんだ!なぜ邪魔する!」


「アーデルトラウトさん今日は非番でしょ?、エリスが行ってきますよ」


「だが…スタジアムに何かあったなら十中八九騒ぎの渦中にデティフローア様が…」


「だからですよ、彼女に何かあったならそれを助けるのはエリスの役目です。親友であるエリスのね」


「……そうか、分かった。お前になら任せられる、頼んだぞエリス」


よっこらせっと椅子から立ち上がり仕事を引き受ける、別にエリス達は暇なだけであって休みじゃないからね。何かあったなら出動するのは役目だ…。


「よし、じゃあ行きましょうかアリナちゃん。スタジアムで何かあったかを確認しに行きましょう」


「あいあい!エリス姐!」


「…任せるからな」


「お任せを、非番を楽しんでください」


軽く手を振りながらアリナちゃんを引きつれて向かうのはスタジアム、デティがいるであろうスタジアムに向かうアド・アストラ兵の後を追うように…エリス達もまた大通りを歩むのであった。


……………………………………………………



「なんじゃこりゃ、何があったんですか」


そして、十数分の移動の後たどり着いたスタジアム前でエリスが目にしたのは、なんとも物々しい雰囲気の…少なくとも興行とは縁遠い殺伐とした雰囲気であった。


「なにこれ、まるで戦争ね」


とアリナが称するようにスタジアムの周りはまるで戦時中のような雰囲気だ。


丸く大きなスタジアムをグルリと囲むように布陣したアド・アストラ兵達が武器を片手にスタジアムを睨み、その当のスタジアムは分厚い魔力防壁を展開して兵士達を寄せ付けていない。


まるで籠城戦だ…一体なにがあったっていうんだ。


「あの〜、なにがあったんですか?」


「あん?なんだお前は」


取り敢えず現状を把握するためにエリスはスタジアムの包囲を行う兵団の一人に声をかけると、兵士はかなり苛立った様子で目を尖らせこちらを睨み。


「今は一般人の立ち入りは禁止している!見て分からないか!緊急事態なんだ!他所に行け!」


「え?いやエリスは…」


とそこでエリスは自分がアド・アストラの制服ではなくいつもの黒コート…私服で来ていることに気がつく。


しまった、これではエリスがアド・アストラの関係者だなんて分からないな、かといって身分証明出来る物は…ああ!星証があった、あれを見せれば…。


「おうおうテメェゴルァッ!ミソッカスの下っ端が誰に生意気な口聞かせてんだよぉ!おいっ!」


と思った瞬間エリスの背後から飛び出してきたアリナが目の前の兵士の胸倉を掴み上げ今にも食っちまうぞとばかりの形相で怒鳴りかかるのだ。


いやいやいきなり!?暴走機関車かこの子は!


「な!?なんだ貴様!?」


「なんだなんだはこっちのセリフじゃい!テメェ!」


「ちょっ!アリナちゃん…」


「まさかお前達もアルカナの一派か!?」


……え?、今この人なんて言った?、アルカナの一派?お前達『も』?。


そんなこの場にアルカナがいるみたいな…、まさか。


「おい!何事だ!」


「あ!トリトン大隊長!こいつらがいきなり絡んできて…」


「こいつら……あ」


するとこの兵団の指揮を取っていたのだろう。何故かユニフォーム姿の四神将…守神将のトリトンさんがエリス達を見るなり、何かを疑うように眼鏡をかけ直し。


「なにを…してるのかな?、エリス君」


「あ…はははは」


「え?エリス姐この眼鏡の知り合いっすか!」


「アリナちゃん、まず胸倉掴むのやめようね」


うう、トリトンさんの視線が痛い。あの常識を疑うような目が辛い、青筋を立て『このクソ忙しい時になにしとんじゃお前ら』と言わんばかりに体を怒りに震わせるトリトンさんを前にエリスはただただ萎縮することしかできないのだった。



…………………………………………………………


「応援に来てくれたのはありがたいがもう少し方法を考えてはくれまいか、部下達も殺気立っているが今来た君達がそれ以上に殺気立ってどうする」


「すみません」


「なんでエリス姐が謝ってるんですか!」


「貴方の所為ですよ……」


その後誤解を解いたエリスとアリナはトリトンさんに引き連れられ包囲網の只中に設置された簡易的な作戦本部へと招かれた。恐らくだがアルカナが関わっている以上エリスが関わらないと言う選択肢はないからね。


「それで、トリトンさん。なにがあったんですか」


そう言いながらエリスが見上げるのはスタジアム。巨大な防壁を展開し堅牢な要塞と化したそれを見上げ訝しむ。


このスタジアムは三年前の戦いの反省を生かし、もしこの都市が決戦の地になったことを考え、非戦闘員や民間人の臨時避難場になるように設計されているらしいのだ。それ故に展開される防壁は硬く、守りを固めたこの砦の中に入り込むのは簡単なことではない。


「ああ、実はな。どうやらこのスタジアムが大いなるアルカナのメンバーにジャックされたようなのだ」


「ジャック…立て籠もりですか?」


「ああ、奴等の要求は一つ。『数万人の民間人の命と魔術導皇の身柄、それを今アド・アストラが所有する全てのロストアーツとの交換』だ」


「なっ…!」


驚くと同時に、悟る。アルカナは一発逆転の手に出てきたんだと、デティフローアと言う要人が無用心にもスタジアムという誰でも立ち入りできる鉄の箱に入り込むのを待ち、そして仕掛けてきた。


奴等にとってこの時が挽回の機会であったからこそ、ロストアーツをこちらに奪われても構うことがなかったのか。


「私はこのスタジアムに選手として入場する予定だったのですが、私が入るよりも前に…この有様です」


「防壁を展開され中に入れないと。中にデティがいるんですよね?デティに護衛は?」



「付いていません、不覚をとりました」


「へ?」


声をかけられ振り向く、誰しもが無意識に行うその動作にてエリスは背後に立っているであろう声の主に目を向けた…が。


その瞬間写り込んだのは、エリスの背後に立つ血塗れ死神の顔で…。


「ぃぎゃぁっ!?」


「おっと失礼、脅かしてしまいましたかな?私ですよ、デズモンドです」


「デズモンド……」


私です私ですと無表情で自分の顔を指さすのは…、三年前デティの側近として働いていた人相の悪い側近、護国六花の一人にして暗黒軍師の名を預かるデズモンド・ヘリオトロープさんだ。あの人相が悪い割にデティから絶大な信頼を受けている男…。


デズモンドさんが血塗れで立ってる…血塗れで。


「ってデズモンドさん!?なんですかその怪我!?」


「あらデズモンドじゃない、顔に似合ういいメイクね。あんた程ボロ雑巾が似合う男もいないわ」


「おや貴方もいたのですか不良学生アリナ、ようやく留学費分の働きをする気になりましたか?」


「もう学生じゃないわ」


不良ではあるのか…。ってかそう言えばこの二人も護国六花同士、ある意味気安い仲ではあるのか。まぁアリナの気安さは言い換えれば無礼とも言えるが。


「と、今はアリナ殿と会話をして時間を無駄にしている場合ではありませんでしたな」


するとデズモンドは体を休めるように作戦本部の椅子に腰を落ち着け、濡れタオルで体の血を拭いながら息を整える。


「私はデティフローア様の護衛として共にスタジアムに入ったのです、が…そこでアルカナを名乗る幹部達に襲われました」


「幹部…何人ですか?」


「四人です、大幹部全員が大勢の部下を連れて今スタジアムにいます…そして全員がロストアーツで武装しており、私も一生懸命戦ったのですが…この有様です、精々彼等の部下を幾分か削る事しかできず外に叩き出されましてな」


そう言いながら彼は体の血を拭う、すると露わになった素肌には見かけほど傷が少ないようにも見える。恐らくあの血の殆どは返り血だったのだろう。


軍師とはいえ護国六花の一人、ただでやられるわけもないが…流石に幹部クラス四人同時の攻撃はキツかったようだ。


しかし幹部四人か、どうやらアルカナは本気らしいな。


「そして私にロストアーツを持って来いと要求を叩きつけ大いなるアルカナ達はスタジアム内部に立て籠もり、今に至るわけです」


「なるほど、それでデティは?」


「アルカナを刺激しない為、他の民を巻き込まない為、抵抗する事なく捕らえられました…私がついていながら情けない限りです」


「状況分かりました…」


まぁデディならそうするだろうとは思っていたが、なるほど。


つまり今デティの側に護衛は居らず、内部には幹部四人とその他大勢の部下がスタジアムを占領している状況にあると。デティは囚われた他の民衆の為に抵抗出来ずにいる。


助け出すためにはこの防壁を乗り越えてスタジアムになだれ込むか、或いはロストアーツを用意し逃げ出すところを追いかけるか…この二つだな。


さて…どうするのが一番か。


「何よ情けないわねえ、いつも偉そうなこと言ってるくせにデティフローア様を守りきれないなんて側近失格ねデズモンド。悪いのは人相だけにしてよね?」


「ちょっとアリナちゃん…、言い過ぎですよ」


「いえエリス殿、アリナ殿の言うことは事実です。悔しいですが主人を危険に晒した時点で側近は存在価値がないのです」


オラオラと傷だらけのデズモンドさんに対してなんか色々ラインを超えたことを言っているアリナに、デズモンドさんは言い返さない。もしかしてこの人今物凄いヘコんでるんじゃなかろうか。


「ったくー、仕方ないわねぇ。いつも私が尻拭いするんだから」


するとアリナちゃんは銀の錫杖をくるりくるりと回しながらデズモンドをバカにし…。


「まぁあ見てなさい、私が軽くデティフローア様を助けてくるから」


「は?、アリナ殿?何を言って…」


とデズモンドの疑問が問いかけとして成立するよりも前にアリナはカツカツと歩きながらスタジアムを覆う防壁を一瞥した瞬間。


彼女の目が剣呑煌めき、表情は影を帯び、口からは絶対零度の如き冷たさを感じる怜悧な吐息を吐き出し、その錫杖を勢いよく振り抜く…。


「『インカルキュレブル…』」


刹那、その杖の先に莫大な魔力が乗り。エリスの背筋に氷の柱でもぶっこまれたんじゃないかってくらい薄ら寒い感覚が漂う。これがこの国最強の…そして次代を担う魔術王の威容であると示さんがばかりの仰々しい、それでいて静かな詠唱が響き渡率…って。


え?アリナ何をしようとして…。


「『コンフリクト』」


───この世で最も可愛げのない魔術と言えば何か。この世の魔術師の八割はこの『インカルキュレブルコンフリクト』を上げるだろう。


別名最上位超破壊魔術と称されるそれはまさしく現代魔術学を隅から隅まで掻き集めて作られた叡智の結晶であり、皮肉なことにこの世で最も頭の悪い魔術だ。


魔力はより大きな同質の魔力に引きつけられると言う性質『魔力動態性理論』を利用し魔力導線を射線上に真っ直ぐ敷き、その導線の中で複数回…それも十や二十では効かない量の無数の魔力爆発を手元から射線に向けて発生させる。


魔力によって引き起こされた爆発同士が触れ合うと爆発同士が乗算される『魔力誘爆性』にて魔力爆発の威力を高める魔術こそがこれだ。


導線に導かれるように魔力爆発は射線を駆け抜け、その間に発生する爆発の威力を上乗せし続け威力を無限大に高めていく…と言えば聞こえは良いが所詮机上の空論だ。この魔術を使うには神懸かり的魔力配分と魔力爆発の波に指向性を持たせる魔力操作の腕が必要とされ、剰え複数の爆発を起こしてもへっちゃらな膨大な魔力が必要になるんだ。


誰も使えない、でも使えたらすごいよね、そんな魔術が『インカルキュレブルコンフリクト』。もし使えば理論通りシャレにならない大爆破を敵に叩き込み、要塞だろうが吹き飛ばす…そんな一撃を。


今、アリナは平気な顔してスタジアムに向けてぶっ放したのだ。デティと数万人の観衆が居るはずの…スタジアムに。



「────────ッッッ!?!?!?」


大地が震える、ひっくり返るかのような衝撃が駆け抜け砂塵が舞い上がる。アリナの放った超魔術が防壁に直撃し周囲を囲む兵士達も吹き飛ばし轟音が轟き……。



「あら、無傷。なかなかやるわね」


と、アリナは砂塵の向こうで未だ聳える防壁を見て面白そうに笑う。なら次は魔力覚醒をしてぶっ放してやる…と更に強く錫杖を握り。


「って貴殿は馬鹿ですかな!???」


「ちょっ!?邪魔しないでよデズモンド!」


咄嗟にデズモンドが止めに入る、馬鹿か?馬鹿なのか?いや馬鹿だろうと凄まじい数の青筋を立てて胸倉を掴み怒鳴りつける。


「貴殿がこれほどまで馬鹿とは…ッ!私としたことが今貴方を罵り言葉が見つからない程だ!想像を絶する馬鹿ですな!次はディオスクロア大学園ではなくプルトンディース大監獄にでも行きますか!?」


「馬鹿馬鹿うるさいわね!、何よ!防壁吹っ飛ばしてやろうとしただけじゃない!」


「スタジアムごと吹き飛ばすつもりですかな!?、もし防壁が耐え切らねば貴方はアルカナごとデティフローア様を吹き飛ばすところだったのですよ!?」


「あはははは、馬鹿ねぇ!そんなヘマするわけないじゃん!」


「誰かこいつを摘み出せ!話にならん!」


絶句、アリナの行った魔術の威力ととりあえず力押しで行こうとするスタイルにデズモンドは絶句する。危うくスタジアムごとなにもかも吹っ飛ばすところだったんだぞ!と…怒鳴る彼は痛みを忘れるほどに激怒している。


「…あ…アジメクの魔術師はみんなああなのかな?」


「なんでエリスを見ながら言うんですかトリトンさん」


まるでエリスが同じようなことをするみたいな目で見ないでくれ。エリスだってそこまで馬鹿じゃない…が。


うーん、スタジアムの防壁の堅牢さはこれで証明されたな。アリナの放った今の魔術はエリスの本気の火雷招に匹敵するかそれ以上だった、それで壊せないとなると…魔力覚醒を行なって古式魔術をぶっ放すしかないが、それをするとデズモンドさんの言うように今度はスタジアムまで吹っ飛ばしてかねない。


それにあんまりド派手に攻めると中のアルカナが凶行に出ないとも限らないし、防壁の破壊は現実的じゃないな。


「ともあれこれで選択肢が一つ消えましたね、防壁の破壊は実質不可能。なら別の方法を取るしかありません」


「つまりロストアーツを差し出す…と言うことか?」


「ええまぁ、それもありですけどそっちも正直現実的じゃないですよね」


じゃあロストアーツを差し出して、と言うのもエリスはあんまり良い手とは思えない。だってそれって相手の思惑に乗るってことだ、連中も馬鹿じゃないからロストアーツを無傷で持ち逃げする手段か何かを考えている可能性は非常に高い。


そしてまたまんまと持ち逃げされました、また全部振り出しですってなるかもしれない。そしてデティはそれを自分のせいだと背負いこむだろう、だったら別の方法を取ってみるのも悪くないと思う。


「じゃあ、他にどうするんだ。防壁はスタジアム全域を覆っているから突入は無理、かといってロストアーツも渡さないとなると…、今から何か作戦を立てている暇はないぞ。アルカナが次にどんな手を打ってくるかも分からんと言うのに」


「問題ありません、もう作戦は立ててあります」


「な!本当か!どうするんだ!」


「殴りに行ってきます、エリスが…アルカナを」


コキコキと拳を握りながらエリスはこの事件をなんとかするプランを練る、大丈夫…なんとかする方法は既に提示されている。ならそれに乗るだけだ。


待っててくださいよ、デティ。エリスが助けに行きますからね。


………………………………………………………………


「アー?なんだ今の衝撃…まさか攻撃仕掛けてきてんのか?馬鹿じゃねぇのアイツら」


見上げる、スタジアムの天井を。まるで世界を揺らすかのような大鳴動にスタジアム内部の客席に座る民衆達は怯えるように身を寄せ合っている。そしてそんな観客達を見張るように客席を巡回するのは武装した傭兵崩れ、大いなるアルカナの手の者達だ、それらが銃や剣などで民を脅かす。


楽しかったスポーツ観戦は一転、地獄のような大事件に発展したこの騒動の中心にいるのは…同じく客席で天井を見上げる男。


「ヒヒヒ、しかし流石はステラウルブスが誇る避難施設。多少のことじゃビクともしねぇみたいだな」


炎帝の名を持つアルカナ幹部 アドラヌスだ。先日ルーカスに敗北した彼が今再びステラウルブスに入り込み、部下を率いてスタジアムをジャックしたのだ。


いや、ここにいるのは彼だけじゃない。


「むっはははははは!、なんだいなんだい拍子抜けだね!敵が攻め込んでくるのかとワクワクしたってのにさぁ!」


分厚い脂肪と堅固な筋肉に身を包む恰幅の良い女、大威山の異名を持ちし巨女ザガンは腹をドンドコ叩きながら客席の一つを押しつぶしながら明朗快活に笑う。


「おお!我等を守りし神の加護に感謝せん!、神よ!願わくば我等の敵対者に死を!死を!死を!」


ズタボロの黒外套に身を包みし髑髏仮面の女、今は亡き邪教アストロラーベを統べる邪星求道司祭カース・ウィッカーマンはなんの神にかは分からないが祈りを捧げる。


「外にエリスが来ているのでしょうか、なら…リベンジを」


静かに復讐の炎に燃えるは皆殺士の異名を持つ殺し屋、トーデストリープが影に佇む。ファーグスの地にてエリスに屈辱的な敗戦を喫した彼は今もなお諦めることなくエリスへのリベンジを誓う。


揃っている、新生アルカナの新たなアリエ。四大幹部が全員揃っているのだ…この場に。


幹部全員で取り組み奪われたロストアーツと星魔城オフュークスの在り処を聞き出す為、スタジアムを乗っ取っているんだ。それだけアルカナも追い詰められているとも取れるし、捨て身ゆえアド・アストラを追い詰めているとも取れる。


「まぁ何にしてもよぉ、俺たちとしても早く帰りたいんだ。あんたもそうだろう?」


とアドラヌスは静かに隣の席に座る彼女に手を回す…、猫なで声でおちょくるように肩を抱きその強気な目を見て。


「なぁ?魔術導皇デティフローア」


「…………」


ここに残った数万人の観客を守る為、抵抗することなく静かに席に座るのは魔術導皇デティフローアだ。もう齢は二十を超えているだろうに子供のような見てくれをした彼女はアドラヌスの言葉にも特に動じることはなく…静かにチラリと視線を向けて。


「派手なのが好きなんだね」


「は?」


そう、口を聞くのだ。


「死ぬのにこんな大きな棺桶の中で死にたいなんて、派手好きなのねって言ってるの」


「そりゃ…つまりどういうことだ?ああ?」


「こんな所で立て籠もっても無駄、このスタジアムは貴方達の棺桶になるの。今のうちに埋葬方法を考えておいた方がいいよ、死んでからじゃ希望は聞けないから」


「……ハッ!ハハハハハハッ!気丈だねぇ!」


この状況下にありながらデティフローアは気丈だ。民達の前で不安を見せることもなくむしろ挑発的な事まで言って見せる。


だが分かっている、デティフローアには何も出来ないと。こいつは魔女の弟子の中で一番戦闘能力が低くおまけに民を人質に取られている以上何も出来っこない、それをアドラヌスは理解しているからこそ笑う、くだらない虚勢だと。


「だがあんまり生意気な口は聞かない方がいいぜ導皇サマよぉ。こっちにゃ人質がごまんといるんだ。その内の二、三人…鬱憤晴らしに殺してもこっちは全然構わねえんだからな」


「そんなことしてたら私は貴方達を許さない、民に指一本でも触れたら…地獄見せてやるから」


「クヒヒ、楽しみだねぇ…だが地獄を見せてやりてぇのはなぁ、こっちなんだよ!」


燃え上がるような苛立ちにのままに拳を振り上げるアドラヌスは、そのままデティフローアの頬を殴り抜こうと……。


「やめな!アドラヌス!」


「ッ!」


が、それを阻止するのは大威山のザガンだ。その言葉に従い冷静さを取り戻したアドラヌスはピタリと手を止め。


「デティフローアは一番重要な人質だよ!、ロストアーツと交換する時無事を確認させなきゃならんのにアザ作ってどうすんだい!」


「こいつはアジメクの導皇だろ…、テメェの傷くらいテメェで治せる」


「だとしても無用に手出しすんじゃないよ!、こういう交渉はあんたは素人だろ!黙ってあたしに従いな!」


「チッ」


この立て籠もりの主犯はザガンだ、元々山魔ベヒーリアの下で幹部を務めていた彼女には当然のようにこの手の犯罪の経験がある。故に此度のジャックも彼女の指示のおかげで手際よく進んだと言ってもいい。


故に従わざるを得ないとアドラヌスは静かに座椅子に座り、その怒りは不完全燃焼のまま燻る事になる。


「…ねぇ、貴方アグニ族の人だよね」


「だったらなんだよ」


「ううん、やっぱり私を恨んでる?アグニ族は私達アジメクの関与によって形を変えちゃったから」


元々アグニ族は国や街などに所属しない少数部落として長年生き続けてきた歴史がある。アジメクの国境付近で静かに炎を奉り炎と共に生きてきた。アドラヌスもまたそうやって生きてきた。


だが…。


「ああ、恨んでるさ。お前らのせいで俺のアグニ族は無くなったんだからな」


「…………」


ある日、部族が飢饉により崩壊しかけた時のことだ。他を寄せ付けぬ強きアグニ族の憂き目に漬け込んで魔女スピカが奸計を用いてアグニ族を誘惑したのだ。


我が国の人間になるならば、助けましょう…と。


それによりアグニ族は事実上の崩壊を迎えた。長きに渡る歴史を捨てアジメクへの恭順を誓い、炎を捨て灰となったアグニ族達はアジメク国民になり…散り散りになったのだ。


「俺達アグニ族の誇りの炎をアジメクは…スピカは踏みにじった、誇りを失い目先の飯に食らいついた連中はもうアグニ族でもなんでもない…猿と同じだ、そんな畜生に魔女は俺たちを貶めたんだよ」


「……でも、滅びてたんでしょ?スピカ先生の手がなければ」


「なんとかしてた、俺達の炎は潰えていなかった…だというのに部族長は、俺の親父は…!」


アドラヌスはアグニ族の族長を務めていた男の息子。次期族長として育てられていた男だった。彼は族長らしくアグニ族を誇りに思っていたし炎を心の底から崇めていた、炎さえあればなんとかやっていけると心の底から信じていた…のに、彼の父は違った。


父がスピカの手を取る決断をし、魔女大国の街転居する事になったあの日からアドラヌスの生活は一転した。次期族長ではなくただのアドラヌスになり、炎ではなく魔女を崇拝するよう強要され、剰え少数部族の子供としてアジメクの町からは奇異の視線に晒された。


何より許せなかったのが、魔女の街では炎は『忌避される存在』だったこと。庭先で炎を焚いて密かに崇拝をしていたところ、街の住人がやってきて。


『火事だ!』


と口にし、俺の炎に水をかけ、汚い靴で踏み、消したのだ。


それが許せなかった、何より許せなかった、この街の人間…いやこの国の人間とは思想が相入れないと理解した彼はくだらない決断をした父を殺し街に火を放ち街を出た。


俺の炎に水をかけ消した魔女大国の人間に同じ気持ちを味あわせるために、魔女を消してやるために、彼はメムの誘いに乗ったのだ。


「テメェら魔女大国の人間は全員揃ってクソだ。全員俺の炎で焼き尽くしてやるからな…」


「………そっかぁ〜〜」


彼は復讐に走る、己の信仰と信条を踏み躙られ悪鬼となった彼は思い知らせる。火の不始末の恐ろしさを。


「…………」


そして、デティは見る。アドラヌスの中に燻る炎を、その目は目で見える物以上に物を見る、アドラヌスの中に心を見て…少し表情を変えるも、すぐさま硬い顔つきに戻り視線をそらす。


「さぁて、そろそろ約束の時間だねぇ」


ザガンが口火を切るように時計を見上げる、デズモンドに突きつけておいたロストアーツ引き渡しの時間、もし遅れるようなら一分につき十人殺すと言っておいたが。


「おい、外にアド・アストラの兵達はいるかい?」


「はい!ザガン様!」


「上々…!」


するとザガンはゆっくりとスタジアム上部の窓に向かい、ベリベリと金具もガラスも引き剥がすように怪力任せでそれをこじ開け、外で無駄な包囲網を引いているアド・アストラの兵達を見下ろす。


「あんた達ィーー!ロストアーツの準備は出来たんだろうねぇっ!」


そう呼びかける、ザガンの要求に対し答えるように包囲網の中から現れるは護国六花のデズモンドだ。


『今掛け合っている、十分待て』


「ダメだ!約束通り後五分で殺す!、一分遅れるごとに十人ねぇ!、その十人の中にあんた達の魔術導皇が含まれてない保証はどこにもないって事を肝に命じな!」


『…………』


相変わらず死神みたいな顔でこちらを睨むデズモンドを見て、ザガンは思わず笑いそうになる。どれだけ睨んでも無駄無駄…どれだけ戦力を集め奸計を弄しようともこの防壁は崩されない。


防壁がある限り奴らはこのスタジアムに立ち入れないし、ロストアーツを確保するまで防壁を開けることはない。


そしてロストアーツを確保したら…『例の裏口』からチョチョイと逃げてやればいい。奴らもまさか我々が彼処から侵入したとは思うまい。


「ふふっ、あははははは!ほらほら!早く仕事を終わらせるんだねぇ!あははははは!」


あーーーっはっはっはっはっと高らかに笑うザガン、それを見やるアドラヌスやカース、トーデストリープは気がつかない。


「…………フッ」


「あ?、何笑ってるんだいあんた」


ただ一人、デティだけが笑う。万全の策を用意し必勝だとタカを括っているザガン達を見て笑う。


「ううん、ただ…今のところ作戦が思うように行って楽しそうだなぁと思ってね」


「はぁ?今のところじゃないよ、このままあたし達は…」


「無理だよ、行ったでしょ…ここはあなた達の棺桶、逃げ場を自分達で潰したって」


「…何言って……」


そうザガンが眉を顰めたその瞬間。


吹き飛んだ、スタジアムのコート…その選手入場口の扉が轟音と共に吹き飛びガラガラと音を立てる。


「なっ!?何事だい!?」


「さぁ選手入場だよ、貴方達の対戦相手が…ようやく来てくれた」


入場口を破壊しゆっくりとコートに踏み入ってくるその影を、デティは信じていたとばかりに視線を向ける。


はためく黒いコート、靡く金の髪、突き上げられる拳…。


それは。


「あれは…孤独の魔女の弟子…エリス!?」


「アルカナは…何処ですかッッッッッ!!」


誰も侵入できないはずのスタジアムの中に入り込んだ、最悪の存在…アルカナの仇敵、孤独の魔女の弟子エリスがエントリーを告げる。


アルカナを潰す為、友を救う為、彼女がやってきたのだ。私の友達が!。








エリスは気がつかない、デティも気がつかない、アルカナも観衆も気がつかない。スタジアムの観客席に座る…彼ら三人が、エリスの登場に目を剥いた事に。


「え?あれ、エリスか?」


そう…口にしたことに。

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