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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十一章 魔女狩りの時代と孤高の旅人
373/835

333.魔女の弟子と魔女へ至る道


大いなるアルカナに通じていたのはレイバンだった。彼はクラブを作りそこで偶然手に入れたロストアーツ保管場所の情報をアルカナに売り渡し、メルクさんの凋落を呼び自らが天下を取るために利用した。


ロストアーツ強奪事件は全てレイバンによって引き起こされた物だった、そしてそれはエリスとルーカスの手によって白日の下に晒され彼は見事お縄につく事となったのだ。


レイバンを連れ帰ったルーカスは即座にレイバンの身柄をメルクさんに引き渡し此度の顛末を報告。メルクさんはそれを顔色一つ変えず聞き受け、レイバンを冥土大隊の預かりとし情報の精査を行うとして一旦この件は幕を閉じた。


メルクさん曰く直ぐにこの件はアド・アストラ全域に広がり、誰が正しく誰が誤りであったかを周知のものとするそうだ。


おまけにロストアーツまで確保し戻ってきたルーカスさんは後日表彰される事になる…とのこと。


「ご苦労だったな、ルーカス大隊長」


「いえ、アド・アストラの一員として、護国の戦士として。当然のことをしたまでです」


「フッ、その愚直なまでの使命感…悪くないぞ」


「光栄です」


此度の働きを称してメルクさんがルーカスさんを執務室に呼び出しお褒めの言葉を与える。それに対してルーカスさんのなんと自慢げなことか、彼はどうやら名誉を得ることが大好きなようだ。案外俗物的なところがあるんだな。


「おまけにロストアーツまで奪還するとは言うことなしだ、君におかげで私は救われた。今回の一件を深く覚えておくよ」


「感謝します、メルクリウス様」


「ああ、正式な賞与や褒美はまた後日追って伝える。今日はもう疲れただろ?今日はもう帰って休みなさい」


「御心遣い痛み入ります、では…」


クルリと礼儀正しく反転し退室しようとしたところ。ルーカスさんの脇で一部始終を眺めていたエリスと目が合い。


「エリス、お前の働きもまぁまぁよかったぞ。特に余計なことをしないのがとてもいい、また機会があったら今度は俺の部下として働け」


「あ、ありがとうございます。ルーカスさん」


「正当な働きには正当な評価を、それが俺の信条だ。じゃあな」


横顔から伝わる程に今の彼はウッキウキだ。まぁ彼が打ち立てた功績はまさしく偉業、なんたって六王どころかアド・アストラを裏切り者の手から守ったんだ。もう立派に英雄といってもいい。


「ずいぶん気に入られたな、エリス」


「ええ、偽りの顔の方が…ですがね」


そんなルーカスさんを見送り、扉が閉まるのを見届けた後。執務室に二人っきりになったエリスとメルクさんは視線を合わせ、ホッと一息つく。


何はともあれこれでひと段落、ようやく息を落ち着けられるところまで来た。


「しかしレイバンが裏切っていたとはな。彼の立場を鑑みて早々に容疑者から外したのは間違いだったか」


「ですね、やっぱり怪しいですよレイバンは」


「だな、そして君はそれにいち早く気がつき解決してくれた。感謝に尽きないよエリス」


「解決したのはルーカスさんですよ」


「だが君がいたから…だろ?」


どうだろうな、ルーカスさんはかなりレイバンを怪しんでいる素振りを見せていた。エリスが関与しなくともいずれ彼はレイバンに辿り着き証拠を抑えていた可能性は非常に高い。


今回の行動にだって、エリスが関与した点は非常に少ない。なんならついていっただけと言ってもいい、それだけルーカスさんは行動的だった。やっぱり出世する男は違うな。


「何にせよ内通者は炙り出せた、今レイバンを締め上げアルカナとの連絡経路を抑えているところだ」


「ああ、あの指に嵌めてた赤い宝石が連絡用の魔装なんですよ。あれに向かってこう…口を近づけて話してました」


「それは把握している、だが…あの宝石。少し面倒な物でな」


「え?もしかして何か仕掛けが?」


「いや仕掛けは何もしていなかった、問題があるとするならあの宝石が作られた場所とでも言うべきか。まぁ今は確定したわけでもないから言わないでおくが…」


あ、内緒なんだ。まぁ一応エリスは幹部とはいえ中枢にいる人間じゃないしね、別に構わないが…何かあったのかな。別段普通の魔装に見えたけど…。


「オホン!ともあれ面倒な仕事はこれで片付いた。後はアルカナを見つけ出し一網打尽にすれば一件落着だ」


「見た感じ連中もそれほどの規模の戦力を有してなさそうでしたしね」


「ああ、故にここからは連中も慎重になるだろうがお前がここにいる限りアルカナも逃げることはない。引き続き頼むぞエリス」


「はい、任せてください」


これで内通者云々は片付いた。後はアルカナを片付けて仕舞えば今回の騒ぎは終焉。エリスのお役も御免ってわけだ。最初はどれだけの時間を擁するかとヒヤヒヤしたが、蓋を開けてみればたったの一週間ちょっとでのスピード解決。


いつもの戦いに比べればこの上なくイージーなものだった。気負いすぎたかな…これなら予想よりも早く終わりそうだ。


が…まだ一つ気になる点があるとするなら。


「あの、それで…メリディアは」


メリディアだ、レイバン捜査の最中に消えてしまったメリディアはあれからエリス達に合流することなく夜の闇の中へと消えたままだ。まだ戻っていないとなると…ちょっと色々考えなきゃならない。


「それなら既にメグに話をつけてある。彼女の事ならすぐに見つけてくれるさ」


「そうでしょうか…、なんか嫌な予感がします」


「嫌な予感?」


「はい、こう…なんかきな臭いというか」


「ならそれは口に出さないことだ、悪い予感とは口に出すと実現してしまう…っと、噂をすれば報告だぞ?」


虚空にヌルリと穴が開き、その奥から一人のメイドが颯爽と現れる。メグさんだ、彼女が時界門ですっ飛んで来たのだ。


メリディアの捜索を行なっているという彼女がここに来たということは見つかった…ってわけじゃなさそうだぞ。


「申し訳ありませんメルクリウス様」


「ん?メリディアはどうした?」


「まだ見つかっていません、彼女はどうやら本気で我々から逃げているようで足取りが全く掴めていないのが現状です」


メリディアだって雑魚じゃない。特に彼女の脚力はエリスを遥かに上回る程の健脚、あれで逃げ回ったのなら…え?逃げる?。


「逃げるって、なんで逃げてるんですか?」


「報告はそこです。メルクリウス様…どうやらメリディア小隊長は保管してあった星魔槍アーリエスを持ち出し逃げ出したようです」


「は?」


思わず聞き返す、なんて?なんて言った?メリディアがロストアーツを持ち出して…逃げた?。


…………なんで?。


「またか!?」


「はい、というより今回は彼女が正式に持ち出し申請をしていたようで。ご丁寧に書類まで書いて来たので…」


「う…ううむ、アーリエスは元々メリディアが使う予定だった所為で申請を通してしまったのか…」


「恐らくは、しかし持ち出した後忽然とメリディアは姿を消し、持ち出し期限の時刻になっても現れず…我々は彼女が持ち逃げをしたものと判断して…」


「ちょっ!二人とも!待ってくださいよ!」


それはあまりにも過敏な反応過ぎないか?、持ち出して返すのが遅れたから奪って逃げたと判断したって、そりゃあ幾ら何でも判断が早すぎる。そもそもメリディアがそんな事するわけないじゃないか。


「しかしエリス様…」


「もっと冷静になって考えてみましょうよ、メリディアがロストアーツを持って逃げるわけないじゃないですか。もしかしたら持ち出した先でアルカナに襲われたのかもしれませんし、もしかしたら今メリディアはエリス達の助けを待ってるのかもしれません。そんな裏切り者みたいに言うのは……」


「では聞くが、そもそも何故メリディアはアーリエスを持ち出した?」


「う…それ……は…」


答えられない、もっと言えばレイバンの屋敷からいきなり消えたことさえエリスは説明出来ない。だが違うだろう、持って逃げるような人じゃないしその結果どうなるか分からない人ではない、それはエリスが保証する。


だから、そんなメリディアを悪者みたいに言うのは…やめてよ。


「でも違うんです、メリディアには何かのっぴきならない事情があったんです。もっと…もっとみんな冷静になってくださいよ!」


「冷静になるのはお前だエリス、いきなり消えていきなり軍の重要兵器を持ち出し、そして帰ってこない…これは立派な違反ではないのか?」


「それは…形だけ見れば、そうかもしれませんけど…!」


「エリス様、言いづらいですが今は動機とか理由とかを探している場合ではないんです。この一件がまた幹部陣に知られればメルクリウス様はまた窮地に立たされる事になるのですよ」


「……そう…ですけど……!」


「この一件は秘密裏に事を進める、メグ…くれぐれも外部には知られるな?」


「ちょっとメルクさん!事ってなんですか!メリディアを見つけてどうするつもりですか!」


「それは彼女に聞いてみないと分からないな。…エリス、君には辛いかもしれないがメリディアはやってしまったんだ。軍規に違反する重大な罪を、やっていることはレイバンとそう変わらないのにメリディアだけに温情をかけるわけにはいかん」


「ッ……!!」


拳を握り吠えようとしたところで、エリスの冷静な部分が囁く。


『メルクさんの言っていることは正しい』と。


確かにメリディアにどんな理由や動機があろうとも、ロストアーツを持ち出した行方を眩ますなんてあっていいことじゃないし、やっていいことでもない。それこそロストアーツを奪わせるよう手回しをしたレイバンとやっていることの本質は同じ。


なのに知り合いだから、と言う一点だけでレイバンとメリディアを区別するのは不公平だ…。


「なら、せめて…その捜索をエリスに…!」


「ダメだ、悪いが君には任せられない」


「なんで!」


「今の君は冷静じゃない、君がどれだけ友達想いかは私も身を以て知っているつもりだ

だからこそ…この一件に君を関わらせるわけにはいかない」


「そんな…」


メルクさんの目は冷徹だ、冷徹で冷静だ。エリスを関わらせまいと言う確たる意志が垣間見える、そしてそれはエリスを邪険に扱いとか信用していないとかそんな理由からくるものでないことをエリスは知っている。


メリディア捜索がどんな形に終わるか分からない以上エリスは関わらせられない。そんなメルクさんの優しさからくる拒絶だと理解出来るんだ、理解出来るけど…けどさぁ。


このままじゃメリディアが犯罪者になってしまう。いくら彼女がエリスのことを嫌ってもここまで一緒にやって来たメリディアを心底疑うなんてこと、エリスには出来ないんですよ。


「君はアルカナに集中してくれ。内通者がいなくなった以上奴等の手は限られる、いつ攻めてくるか分からない以上…君は待機するんだ」


「…………はい、分かりました」


「エリス様、辛いかもしれませんが…我々も真相解明に努めるつもりです。ここは我々を信じてください」


「…分かり…ました」


「ともかく事態が動くまでは君も休みなさい、いいね?」


コクリと頷く、メルクさんが気を使ってくれているのにこの態度はないだろうとエリス自身も思いますけど、それでも飲み込めない自分がいる。


どれだけ御託並べたってそれでもメリディアは他人じゃない、他人のレイバンとは違う。エリスの中でくらい特別扱いしたってもいいだろう。そんなメリディアが不可解な行動を取り行方知れずになってもしかしたら手酷い罰を与えられるかもしれないと言う状況に陥れば心配もします。


でも…動かない、エリスが探すわけにはいかない。エリスが動けばまた大事になる、大事になった結果またメルクさんと立場が危うくなったら元の木阿弥でありそれこそメリディアの罪を決定的なものにする事になる。


だからエリスに出来るのは祈る事だけなんだ。…今はただ祈ることしか出来ないんだ。


…………………………………………………………



ポツポツと、雨垂れのように力なく歩む足は行く当てもなくエリスはユグドラシル内部の廊下を歩く。


何処かに行きたくて歩いてるんじゃない、纏まらない頭を纏める為に歩いているんだ。


何故メリディアがアーリエスを持って消えてしまったのか、その理由が分からない。メルクさんからは関わるなとは言われているけど考えるくらいならいいだろう。


…しかしなんだ、なんでそんな事をしたんだ。


いくつか考えられるのは…。


1.誰かに脅された。

何者かから脅迫を受け仕方なくメリディアは従いロストアーツの持ち出しを行った…、いや。これはない、脅迫を受けていたならエリスも気がつくし何よりレイバンの屋敷から消えてロストアーツに直行すると言う動きが分からない。


2.メルクさんへの怨恨。

やっぱりメルクさんを許せず彼女の失脚を心の何処かで望んでいた、レイバンが危ういと知るや否なやまた新たな火種を作るために自分で…、無いな。メリディアは騎士として誇りを持って戦っていた、例え思うところのある主人でもそんなことはしない。


3.実はアルカナと通じていた。

メリディアはアルカナと協力関係にありここに来てその本性を現した。まぁこれもないだろう、これはエリスの希望的観測ともう一つ…今ここで本性を現す理由が全くないからだ。やるならもっといいタイミングはある…例えばロストアーツを全てこちらが揃えた段階で裏切ればアド・アストラは痛恨の打撃を負うことになるから。


…うーん、色々理由を考えてみるがどれもしっくりこないな。けど理由も無く変なことする人でもないし。


「悩んでいるな、エリス」


「あ、師匠」


っと考え事に耽っていたら師匠からお声かけがあった。なんかずっと近くにいたんだろうけど話しかけられるの久しぶりな気がするな。


「今までずっと付いてきていたんですか?」


「無論だ、上手くやったな?おかげでレイバンを追い落とせたぞ」


「ああ…それは運が良かったですね、あいつが内通者だったから諸々の問題が一気に解決しました」


「甘いなエリス、私ならレイバンが例え無罪であったとしても奴に罪を被せていた、だってそうだろ?そうすれば敵は消えるしそれを解決したお前は一気に昇進…だからな」


相変わらず師匠の発想は…なんというか振り切っているな、まあエリスもそれを考えなかったわけではないが。


「別に昇進したいわけじゃありませんからね」


「ふむ…、そうか。それもそうだな」


「今はそれよりメリディアです、師匠…メリディアが何処にいるかとか分かります?」


「もちろん分かる」


まぁそうだろうな、師匠の遠視は凄まじい範囲を見渡せる。その目でならメリディアが何処へ行ったかくらい見通せるはずだ。なら…。


「なら何処にいるか教えてもらえます?」


「ダメだ」


「なんで…」


「手は貸さないという決まりだろ?」


「決まり?つまりメリディアはアド・アストラの存続に関わるような件で今行方を眩ませているってことですか?」


「なっ!?」


だってそうですよね、師匠はアド・アストラに手を貸さないと言う盟約に従いエリスに手を貸さないんだ。つまりメリディアの居場所を教えないと言うことは彼女の居場所を教えると言うことはアド・アストラの手助けになってしまう…ってことですもんね。


「それはズルだろ!」


「すみません」


「全く、小賢しい知恵ばかり身につけておってからに。だがまぁいい、今のは私が迂闊だった…確かにメリディアはアド・アストラの存続に関わる理由で今逃げ延びている」


「なんで…」


「…………」


師匠の視線がジトッとしたものに変わる、変なことを言ったらまた探られかねないと警戒しているのか…悪かったですよ。


「もう探りません」


「ん、この一件に関してはメルクリウスが請け負ったんだ。アイツを信頼して任せてやれ…きっと悪いようにはしない」


「分かりました…」


じゃあエリスはアルカナが来るまでフリーって事か。暇…と呼んでいいかも分からないが、それでも久々に時間も出来た。


「これからどうするんだ?」


「分かりません、けどエリスの所属している第七百七十二小隊はもう暫く活動は出来ないでしょうし…」


メリディアは行方不明、クライヴは重体、ドヴェインとフランシーヌは殉職。今動ける小隊メンバーはエリスとアリナだけ…任務に行こうにも行けないよこれは。


だから暫くは上から沙汰がない限り動けないし、そもそも内通者が見つかった以上もう小隊に潜入する必要はないしな。


「これからは暫く魔女の弟子エリスとして活動します。正体を見せていた方がアルカナも寄ってきやすいでしょう」


「ん、そうか」


「ってわけなんで、奴らが来るまで…修行お願いできますか?」


「構わん、とは言え人目のつくところでは無理だ。この塔の修練場では野次馬が寄ってきそうだしな」

「それもそうですね、なら軽く星惑の森まで飛びます?あそこなら…」




「おんやぁ〜?エリス君じゃないですかぁ〜」


「ッ!?」


咄嗟に師匠へ声をかけるのをやめ、ちゃんと顔にメガネが掛かっているかを確認する。危ない危ない…廊下にあんまり人の気配がないもんだから油断した。


エリスの姿を確認して前方から駆け寄ってくる陽気な立ち姿の男に、心臓をバクバクと鳴らし冷や汗をドッと流しながらも悟られないように真顔で。


「どうされました?ステンテレッロさん」


「いえ友人の顔が見えたのでぇ〜って…メリディアは居ないんです?」


ステンテレッロさんだ、彼は愉快な格好でエリスに声をかけるや否やメリディアは何処だ…と聞いてくる。


残念だが、メリディアは居ないのだ。だがメルクさんからその件については何も言うなと箝口令を敷かれている為本当のことも言えない、だから。


「メリディア隊長は居ませんよ、何処にいるかは…私にも』


「そうですか…ふむ」


居ない、そう告げた瞬間の事だった。いつもニコニコ楽しそうに微笑んでいるステンテレッロさんの顔から笑みが消え…。


「でしたら、メリディアに次会ったら伝えておいてください。ステンテレッロが探していたと」


真顔…一度としてみたことのないステンテレッロさんの険しい顔つきにエリスはギョッと戦慄する、この人…こんな顔出来たのか?。


「なんで…メリディア隊長を探してるんですか?」


「…………貴方には、関係ありませんよ。ねっ!」


エリスの肩に手を置き…パッと弾けるような笑みでエリスを問答無用で黙らせる。


何も言えない、何かを言えばよくないことが起きそうな予感さえしたから。だから黙るしかなかった、黙って手を振る彼を見送ることしか。


「凄まじい…気迫です」


現喜劇の騎士…エトワールに於ける最高戦力の一人。あれが…。


「フッ、道化師か…悲しいものだな」


「へ?」


だが師匠はエリスとは違う感情を抱いたようで、まるで嘲笑するよな…憐憫を向けるような、そんな笑みで立ち去るステンテレッロさんの背後に視線を向けていた。


それがどういう意味のどういう言葉だったのかは…その時のエリスには、まるで分からなかった。


……………………………………………………………………


「メルクリウス様、こちらでございます」


「ああ」


カツカツと鉄製の床を軍靴で叩くように歩く。ここは冥土大隊の本部…アガスティヤ帝国領内に存在する鉄の城、機密転移魔装でなければ内部に侵入することさえ不可能と呼ばれる謎多き建造物。


ここの主人たるメグはこの城を『冥土の花園』と呼ばれる極秘情報拘留施設である。


そんな冥土の花園に招かれたメルクリウスは冥土大隊の隊長たるメグに案内されながら薄暗い廊下を歩む。


「アガスティヤ領内にこんな施設があるなんて知らなかったな」


「ええ、極秘施設ですので」


「六王にもか?」


「ええ、必要でしょう?」


「…フッ、違いない」


メグの悪戯な笑みにメルクリウスもまた笑う。メグはこの三年徹底してアド・アストラの影に徹してくれている。誰に賞賛されるわけでもなく、評価されるわけでもなく、我々の治世を裏から支えてくれている。


本当に良い友を持ったとメルクリウスは誇らしく胸を張る。


「こちらには世界各地から集めた情報資料などを保管してあります」


「資料?」


「ええ、形ないものから形あるものまで数多く存在します。そして…」


「なるほど、その資料には『人間』も含まれる…ということか」


「ご明察でございます、その人間からしか得られない情報を保管するならその人間そのものを保管するよりありません」


そうして行き着く一等頑丈そうな鉄の扉…それを前にしたメルクリウスはここに招かれた要件を思い出す。ここに来たのは…、その情報を確かめる為。


「中です、中にいます」


「ん、ありがとう」


ギシギシと不快な音を立てて開かれる鉄扉。この奥にいる存在こそが私の目的…そう。


「やあ、レイバン」


「ッッ!!メルクリウスさ…ひっ!?」


小さな個室だ、石と鉄で作られた小さな個室の真ん中には、頑丈そうな鉄椅子に縛り付けられたレイバンがいる。此度の騒動の首謀者にしてアルカナと通じていた愚か者だ。


それが私の顔を見るなり何か言おうとしたが、ここでは許可されていない発言は許されない。咄嗟にあげた声も両隣に控えていたメグの部下である冥土大隊の隊員が突きつけた銃口により阻止される。…よく躾をされているな。


「銃を下げても構わん、私は彼に話を聞きに来たんだからな」


その私の命令を聞き、無言の敬礼を見せた後、私用の椅子をレイバンの前に配置し場は整った。


「まさか、君がアルカナと通じていたとはな。一杯食わされたよ」


「違うのですメルクリウス様!違うのです!私は違うのです!」


「違う?何がかな?」


椅子に腰をかけメグに上着を預けながら話半分にレイバンの弁明を聞く。


「私は嵌められたのです!政敵によって私は無実の罪を着せられたのです!」


「そうか、誰に嵌められたんだ?」


「それこそアルカナに通じている者です!私と一緒にそれを見つけて成敗を…」


「だが、君も通じていたんだろ?アルカナと。君の身につけていたルビーの宝石を見せてもらったよ。まさか宝石の中に念話魔装を仕込んでいたとは驚きだったよ」


「あ…いや、それは…」


「そして君がそれを用いてアルカナを呼び寄せたとの報告も貰っている、これはどういうことか。説明してもらえるか…いや、その前に説明してもらいたいことがあるな」


私が片手を出せばメグが待ち構えていたのように件のルビーの宝石を私の手の中に転がす。これは一見すれば宝石にしか見えないがその内側に超小型の魔力機構を仕込んでいるんだ、これに声をかければ向こう側に声を届けられる…まぁこの『冥土の花園』はそういった類の物は全てシャットアウトされるようになっているがな。


だが、もう今更確定したことなんてどうでもいいんだ、私が聞きたいのはそれじゃない。


「レイバン、君に聞きたい」


「な…なんですか」


「この指輪…正確には『魔力機構』じゃないな?」


「ッッ!?」


レイバンの顔色があらかさまに悪くなる、やはりこれは魔力機構じゃなかったか。


これを解析したメグは直ぐに言った。あらゆる魔装を扱い魔力機構の修理も手がける程の知識を持ったメグが『こんな物見たことない』と言ったんだ。


これが意味する物はなんだろう、魔力機構の製造を一手に引き受ける帝国も知らない魔力機構?違う、これは…。


「これは『魔導具』だな」


「ぁ…いや…その」


魔力を使って動く機械、というのは何も帝国だけの特権ではない。技術さえあれば作れる事は証明されている…誰によって?。決まっている、この世界で唯一帝国と同程度の技術を持つと言われる『非魔女大国マレウス』だ。


『魔力機構』と『魔導具』の形や仕組み、そういった諸々の所は同じだ。何せ帝国から魔力機構を盗み出し鹵獲し解析しマレウスが自国で作り上げたのが『魔導具』、違うのは呼び名くらいなものだ。


問題はこれが帝国で作られた魔力機構ではなくマレウスで作られた魔導具であるという事。


「なぜ貴様がマレウスの魔導具を身につけている、何故お前がマレウスに通じている、お前の背後にいるのはアルカナではないのか?」


「ッ…ッ…」


マレウスは唯一アド・アストラに対抗する国家だ。非魔女大国ということもありその内部には数多くの魔女排斥組織を抱えるテロの温床ともなっている国と何故レイバンが通じている。もしこれがマレウスから貸し与えられたものであるなら…話はアルカナだけでは済まなくなってくる。


「これは…送りつけられたものなんだ」


「送りつけられた?マレウスか?」


「違う、いや分からない…。宛名のない手紙に同封されていて、それで連絡を取れと…」


「そんな見苦しい嘘を信じろと?」


「嘘じゃない!本当だ!嘘だと思うなら私の自室の机の中を……あ」


「……焼けてしまったな、お前の館は」


腕を組み考える、もしかしてレイバンの言っていることは本当じゃないか?、だからアルカナは証拠の隠滅も込み込みで館を焼いたんじゃないのか?。そう考えると館の焼失は手痛かった、アルカナと確実に繋がっているだろう証拠が丸々無くなってしまったのだから。


「本当だ…本当なんだ」


「まぁお前のその話を信じるとしても、アルカナに情報を渡して夢を見たのは事実だろ」


「それは……」


「そしてまんまと敵の狙い通り動かされて、アド・アストラは今火の車だ」


「私だって…脅されてやっただけなんだ。知らなかったんだ…相手が魔女排斥組織だったなんて」


「は?どう言うことだ?」


「ロストアーツ強奪事件が起こった翌日に…私は情報を相手に渡してしまったことを知ったんだ、手紙で…『お前のお陰で任務が成功した』と」


「待て、お前は自分の意思でロストアーツの情報を渡したんじゃないのか?」


「違う!、…私を脅した奴が居るんだ。それも恐らく…アド・アストラの内部に、どうやら私は知らず知らずの内にロストアーツの情報を漏らしてしまっていたようだ…だが、いつ漏らしたかなんて記憶にない…」


「………………」


ちょっと待て、それじゃあ何か?レイバンほまたファーグス支部の面々と同じように脅されて動いていただけで、本当にアルカナに通じてる奴が他にいる?。


…じゃあまだ、この事件は終わってないってことじゃないのか?。


「おい、その内通者が誰か分かるか?」


「…分からん!分からんが奴は私の事をあまりにも事細かに知っていた!私が酒場で情報収集していることも!ロストアーツの情報を偶然手に入れていることも!全部だ!」


「……メグ」


「はい、どうやら内通者は我々が思っている以上に頭が切れるようでございますね」


レイバンは切られた蜥蜴の尻尾でしかなかった、本当にアルカナに通じてる内通者はまだ何処かにいる。それも…相当なキレ者、我々を翻弄し未だ尻尾も見せないほどに、キレ者が。


すまんエリス、まだお前の戦いは終わりそうにない。




……………………………………………………


「ぶげぇっ!?!?」


「エリス、魔障壁の層がまだまだ薄いぞ。もっと厚くしもっと回転を速めなければ弾く物も弾けんぞ」


「ぅぐぐぐ」


一発、殴られ背後にあった木に体を叩きつけられると同時にへし折れた木の下敷きにされてエリスはもがく。


今エリスと師匠は久々に星惑の森に戻ってきて、そちらにて修行を積んでいるのだ。こう言う実戦形式での修行は本当に久しぶりだ。


「うう、師匠のパンチ痛いです」


「甘ったれるな、弾けば痛くない」


「そうですけど…」


体の上に乗った木をヒョイっと退けて座り込む、師匠のパンチはエリスの魔障壁を軽々突き破ってエリスの体を吹き飛ばした。凄まじい威力の癖して師匠はまるで本気を出していないような気がする。


……こうして師匠に殴られるのは三年ぶりと言えるかな。


「師匠、なんか三年前の戦いよりも強くなってません?」


「三年前?、ああ…シリウスに乗っ取られていた時のことを言っているんだな」


「はい、あの時もエリスは師匠の体にメタメタに殴られましたけどこんなレベルじゃありませんでした」


三年前…エリスの人生最大の戦いとも言えるシリウスとの決戦。シリウスは師匠の体を乗っ取りエリス達に戦いを挑んできた、あの時もとてもじゃないがエリス一人では太刀打ちできないくらいの膂力はあったが、その時よりも師匠の拳は強い。


「当たり前だ、あの時シリウスが体を動かしていたんだぞ?。奴は確かに凡ゆる魔術と凡ゆる武術に精通した最強の達人だが…私の体を動かすのは私の方が上手い。あの時は私もシリウスも万全ではなかった」


「つまりあの時のシリウスよりも師匠の方が強い?」


「ああ、そしてシリウスも本来ならば私の数倍は強い。あの時の結果に驕るなよ?あれは幾重にも奇跡が重なった上での勝利だ、次シリウスが蘇りそうになった時…以前のことを思い返すな」


分かっちゃいたけどやはりそうだよな。師匠もシリウスも本来ならエリスなんかが触れられる相手じゃない。あの時はマジのまぐれ勝ちなんだなぁ。


「だがそれでもよくやったがな」


「えへへ、…でもシリウスはまだ復活を諦めてないんですよね」


「あいつは存在し続ける限り諦めるような真似はしない女だ、また蘇ろうとするだろうな」


「じゃあその時はもうちょっと太刀打ち出来るようになってないとなんですけど…」


「ですけど?」


「ぶっちゃけ師匠から見てエリス…第三段階に行けそうです?」


エリスは今ちょっと挫けかけている。この三年間ロクな進歩が無くて本当に強くなれるのか懐疑的になっている。もしかしたらここがエリスの限界なんじゃないか?ってさ。


もしまたシリウスで戦うなら第四までとは言わず第三段階に入っておきたい。けど入れる気配はない…どうなんだろう。


「なんだそんな事か、案ずるな。お前の技量は既に第三段階に到達出来てもおかしくない領域にある」


「本当ですか!?でも出来る気がしません!」


「そりゃそうだ、第三段階も第二段階同様入る為の条件があるからな」


やはり、…第二段階から第三段階に入る為の条件があるんだ。シンとかいつ第三段階に入ってもおかしくないくらい強かったのに彼女は第二段階に留まっていた。


…シンも満たせなかった条件、一体なんなんだ。


「なんですか?また心技体すべてを極める…!とかですか?」


「違う、魔力で肉体の殻を破るのだ」


「……?」


余計わけわからんのが来たぞ。肉体の殻を破る?、こう…魔力を内側から高めて体をボーンッ!と爆裂させたらいいのかな、そんなことしたら死ぬけどさ、普通に。


「お前の魔力は飽くまで自分の肉体の中で自己完結している」


「魔力を外に出したらいいんですか?それなら出来ますよ。ほら」


と言いながらエリスは手の内側から魔力球を浮かべると師匠は呆れたように溜息を吐き。


「そんなもの誰でも出来るぞ、…まぁ口で伝えるのは難しいから今の修行をしているんだ」


「今の…魔力防壁の修行ですか?」


「そうだ、魔力を外側に展開する感覚を体に覚えこませ、自分のテリトリーを把握し、そこの領域を自分にする感覚で身体と言う枠に囚われず魔力を押し拡げるのだ」


なるほど、それが今の修行か。しっかり意味を聞いたのは初めてかもしれない、けど…ここで一つ懸念点があるのだ。


「そうだったんですね、でもエリスこの間 捷鬼魔風の型。流障壁を用いた戦法を使ったんですけどイマイチしっくりこなくて…」


ライリー大隊長との戦いで用いた風で自身のテリトリーを覆い戦うスタイル…『捷鬼魔風の型』、高い空間制圧能力を持ちテリトリー内部なら敵に攻撃も防御もさせない結構強い戦法…だと思っていたんだが。これが思ってたよりも強くなかった。


まぁライリー大隊長相手には勝つには勝てたけどそれはエリスがライリー大隊長より強かったからだ。相手がシンとかレーシュみたいな格上だったらきっとエリスは負けていただろう。


つまりエリスはその第三段階の修行であるテリトリーの確立に失敗していると言うこと。


「しっくりこない?」


「あんまり強くなかったんですよ、って師匠みてませんでした?オライオンの戦いの…」


「ああ、あれか?上手くやれていると思ったが…そうか、しっくり来てないか。ならきっとお前の領域が狭いか広いか、ともかく範囲の調整をミスしているんだろう。少し見やる…やってみろ」


「はい、では…『魔風捷鬼の型』!!」


吹き荒れるは紫の風、エリスの領域の中一杯を満たす風はエリスと師匠の間を彩る。これがエリスの領域…なんですけど。


「しっくりきません」


「そうか、ふむ…大体大股三歩分か」


師匠はチラリとエリスが作り出した魔風の領域を見て、大股三歩分と評価を下す。それはエリスがいつも領域として魔風を広げている範囲だ。この中ならばエリスは風を操りどんなことでも出来るんだが。


妙にしっくりこない。


「次だ、これを解除して流障壁を作れ」


「え?あ!はい!流障壁!!」


咄嗟に魔風捷鬼の型を解除して今度は魔力を回転させる障壁を作り出す。すると師匠はそれを見て…。


「こちらは大股一歩分か…さっきと範囲が違うな」


「え?あ…はい、ダメですか?」


「ダメだな、お前自身が自分の領域を掴み切れていない証拠だ」


ドキリとした、何がダメか全然分からなかったからだ。


「一つ聞くが、お前は何故この障壁の範囲を大股一歩分に設定した?」


「え?特に意味はないです。強いて言うなればこれが一番広いからでしょうか」


これ以上広げると障壁の形が安定しないんだ、だから一番広くて一番効果がある範囲に限定しているんだが、それ以上の意味はない。


「そうか、すまなかったな。これについては私がきちんと教えるべきだった」


「え?」


「魔力を使った領域…自身のテリトリー設定とは、魔力を扱う者にとってはとても重要なことなんだ」


すると師匠はその場に魔力の球を作り、その上にどかりと座ると講義モードに入り。


「魔力を使い戦っているうちに、人は自身の世界を形成していく。この範囲なら負けない…そう思える距離だ」


「距離…ですか?」


「一番分かりやすいのはアルクトゥルスだ。奴の領域は自身の腕が届く範囲内…その範囲内なら奴は無敵だ」


「そりゃアルクトゥルス様が単純に殴り合いに強いからでは?手の届く範囲ってことは殴れる範囲ってことですし」


「そうだ、つまりはそういうことだ。拳が届く範囲こそがアルクトゥルスの理想の間合いなんだよ、それと同じようにお前にも理想の間合いがあるはずだ。それは決して広ければ良い、大きければ良いというものではない」


理想の間合いか、確かにちょっと分かるかもしれない。


魔術を使って戦ってからいつ頃からか、エリスは戦いの中で『この距離はまずい』『この距離ならいける』と相手との距離で戦いの優劣を見る癖がついていたような気がする。


例えば魔術を当てやすい距離だったり、相手の攻撃を見てから避けられるだけの距離だったり、色々あるが少なくとも戦いやすい距離は存在する。それが理想の間合いなのかな。


「じゃあエリスの間合いはどれくらいなんですか?」


「さぁな、もっと広いかもしれないしもっと狭いかもしれない。だが一つ言えることがあるとするなら…お前の流障壁はそれを見極めない限り永遠に完成することはない」


「…完成しない…ですか」


確かにエリスの流障壁は未完成だ。ある程度の攻撃なら防げるが…ある程度以上の攻撃は防げない。それはエリスの理想とはほど遠い。


エリスの理想はシリウスみたいな鉄壁の障壁だ。あれくらいのことが出来たら…。


「お前の障壁形成技術はもう円熟の段階にある。そろそろ自分の間合いを見定める頃合いだろう」


「ありがとうございます」


「…励めよ?きっと、これからの戦いに必須になる技術だろうからな」


「え?そうなんですか?」


「そうさ、…エリス?今の障壁で銃弾は防げるか?」


「た…多分防げます」


「なら大砲は?」


「大砲は流石に無理ですかね…」


受けたことはないが分かる、今のエリスの障壁で受け止められる限界は銃弾までだ。大砲を受けたら普通に貫通してエリスはバラバラになる。


「なら聞くが、お前が『こいつは強敵だ』と感じた敵の中で…大砲以上の攻撃力を持った奴は何人いた」


「…………」


大砲以上、まぁまず間違いなくシンは入ってくるしレーシュもパンチ一発で建物を倒壊させてたから入る。ヘエも入るしアインも…って思うとエリス結構やばいのと戦ってなぁ。


「沢山います」


「だろう、そしてお前はきっとこれからそいつらよりも強い奴らと戦うことになるだろう。そんな強敵を前にして…こんな脆い障壁でお前は自分を守るのか?」


と言いながら師匠は人差し指をエリスの流障壁に押し当てる。すると一度は流れに弾かれるも…直ぐにその指はエリスの障壁を貫通し、ガリガリと奥まで進んできて、エリスの胸をトンと突く。


これが剣なら…エリスは死んでいたな。


「励め、これから先お前が挑む戦いでは、この障壁がお前を守る盾であり鎧なのだ。戦場で紙でできた鎧を着る奴はいないのと同じように。これではまだ足りないのだ」


「はい…」


「ここから先は自身の間合いと領域が重要になってくる。如何にして適切な距離を掴み、自分の陣地を守り、相手の陣地を突き崩す…そんな段階の戦いだ。単純な魔術のぶつけ合い殴り合いで勝てる世界は終わりだ…それが」


師匠は目を細め、まるで迎え入れるかのように両手を広げ。口にする。


「それが…『魔女へと至る道』だ」


ようやく、エリスは魔女様を目指せる道の、スタート地点に立ったんだ。


領域…間合い、テリトリー…陣地、言い方は色々あって定まらないが言ってみれば己の世界ということだろう。


一体エリスの世界はどれほどの大きさなんだ。まずはこれを掴むところからだな。


「よし、ではまず魔風捷鬼の型と流障壁を使い自身の間合いを掴む訓練だ、しっくり来るまで大きくしたり小さくしたりしてみろ」


「はい!師匠!」


とエリスが構えを取った瞬間…。



「あ!いたいた!エリス姐〜〜〜!!!」


「おん?あれ?、アリナ?」


突如天高くより光を纏って飛来する我が妹分アリナが草木を切り裂いてすっ飛んでくる、ってかこの子アニクス山飛び越えてここまで来たのか?根性あるなぁ。


「もう〜!酷いじゃないッスかぁ!私の事置いていくなんて!」


「いや修行するだけなんで別に言う必要はなくないですか?」


「ありますよ!アリナにはあるんですぅ!せっかくエリス姐と過ごせるのに…ってあれ?この人」


と、アリナの視線は師匠に注がれ。


「あ、レグルスさん。お久しぶりです」


「ああ、アリナだったな?大きくなったな」


どうやら今は師匠の隠密も機能していないようでアリナも珍しくヘコヘコと頭を下げる。この子に礼儀を重んじるとかそう言う事できたんだ、まぁ師匠に生意気な口聞いてたらエリスが池に沈めてましたけども。


「ムルク村にいた頃から素養はあると思っていたがまさかこれほどとは思わなかったぞ」


「えぇ!レグルス様にそう言ってもらえると嬉しいですよぅ!」


「まだまだ伸び代もある、お前なら極めれば更なる高みに登れるだろう。励めよ」


「はいっ!いやぁ、えへへ。聞きましたエリス姐!私褒められちゃっ…ってなんで睨んでるんですか!?」


別に…、エリスは全然褒められてないのにアリナだけずるいなとか思ってないですけど、師匠と一緒の時間邪魔されて怒ってるとかないですけど、エリスの目はいつも怖いって言われてますけど。


「嫉妬をするなエリス。…アリナ?良ければ見学していくか」


「いいんですか!…ってそうじゃないや、エリス姐聞きました?」


「え?何がですか?」


「明日デティフローア様が帰ってくるって話ですよ」


む、そういえばそんな話だったな。色々立て込んでて思考する暇もなかったが明日はデティが帰ってくる日だ。久しぶりにデティに会えるんだ…嬉しいな。


「いいですね、会いに行きたいです」


「きっとデティフローア様もそう言うと思います。でもその前に一つ仕事があるみたいです」


「仕事?なんでしょう」


「ステラウルブスのスポーツスタジアムで天覧試合の見学ですって、本当は外大陸にあるウルス帝国の大皇帝様を招いての天覧試合になる予定だったみたいですけど…」


「ウルス帝国?なんですかそれ」


聞いたことない国だ、って外大陸なら当然か。エリスが知ってる外大陸の国なんてトツカしかないんだし。


「えっと、なんでも外大陸にある大国の一つらしくて。そこで急激に魔術が発展し始めたからそちらと連絡を取る予定だったみたいですよ、実際ウルス帝国の武皇ボルテギスとも連絡が取れてたみたいですし」


「でもそれがダメになったのって…」


「エリス姐が帰還したからですね、親友が帰ってきたからって武皇ボルテギスにお断りを入れたらしいです」


え…えぇ〜〜っ。そんな大丈夫ですかぁ〜!?他所の皇帝様との重要な会談を棒に振ってまでエリスに会いに来てぇ〜。


「だ…大丈夫なんですか?関係悪化しません?」


「大丈夫なんじゃないですか?、流石にデティフローア様もそこまで政治音痴じゃありませんし帰ってくるなら帰ってくるなりの理由があると思いますよ」


「だといいですけど…」


でも…そっか、デティはそんなにエリスに会いたがっているのか。


…むへへ、そっかそっかぁ。嬉しいなぁもう、よしよし!なら会いに行こうかな!久々にさ!。


…………………………………………………………


「ふぃ〜。もうアジメクに着きやがった…ほーんとに便利な世の中になったよな」


「ですね、これのおかげで僕も全国公演やりやすかったですし」


「ん、運動不足になりそう…」


民間用ポータルステーションの扉を開けて、臨むのはこの世界で一番の大都市ステラウルブス。三年前来た時とはすっかり様変わりしたその威容を前に少ない手荷物だけ持った彼は快活に笑う。


「すげぇ都市だな、ついでに観光でもしていくか?ナリア、ネレイド」


そう一つ振り返り相棒達に意見を伺う男…アマルトは陽光を背にステラウルブスに降り立つ。


「いいですね、どこに行きますか?」


アマルトの声に深く頷き満面の笑みを見せる少女…否、少年ナリアもまた続き。


「ならスポーツスタジアム…、スポーツはオライオン人の魂…観戦する」


最後にズシリと音を立てる巨人…ネレイドは目を輝かせ始めてみる都会に心を踊らせる。


「お!いいねぇ!俺スポーツ見るの初めて!」


「じゃあ直ぐにでもチケットとか取った方がいいですかね」


「流石に今からじゃ間に合わない、取れて多分…明日だと思う」


「そっか、まぁいいじゃねぇの。時間はあるんだし明日にでも見に行こうや」


「あ!でも目的を忘れないでくださいよ!アマルトさん!」


「わかってるわかってる、ラグナ達にアルカナのこと伝えんだろ?」


ヴィスペルティリオ小学園の襲撃を受け、友に迫る危機を伝えるため、多くの観光客に紛れた三人の魔女の弟子達もまたステラウルブスに到着した。


そこに待ち構える、新たな試練と運命を知る故もなく。



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