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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十一章 魔女狩りの時代と孤高の旅人
372/835

332.魔女の弟子と全容解明


岩都ランメルス。デルセクト北部に位置する国家『冷厳なるクリオライ』の主要国家の一つだ。

元々頑強な岩山が多く存在する土地という事だけあり商人の往来は元々少なく、商業大国として知られるデルセクトの中では比較的貧しい国、と言うか貧しいからこそ魔女フォーマルハウト様とデルセクトの援助を頼みに同盟入りした国だしね。


そんなランメルスも今ではアド・アストラのご加護により立派な大街に…なってはいない。


この街を開拓するには件の岩山をなんとかしなくてはいけない。だが冷厳なるクリオライは古来より岩山の岩壁に足場を立てて街を宙吊りにするように住処を作ってきた街だ。開拓しようと岩山を切り崩したら一緒に街まで滅んでしまう。


二進も三進も行かないが故にこの街の開拓は後回しにされており、今もなお昔のまま他国から運ばれてくる物資を頼りにする生活を続けているそうだ。


「ここがランメルス…、おお!?」


そんなランメルスの街にポータルを使い飛んできたメリディアは、外に一歩踏み出した瞬間顔を青くして地面を見る。


「なんか今地面揺れたんだけど…」


「当たり前だ、この街は巨大な木の足場を鎖で繋いで宙吊りにしている街だ、風が吹けば揺れる」


なんてメリディアの驚きを嘲笑するように肩を竦めるルーカスは俄かに揺れる地面を踏みしめ一足先に街へと向かう。


「く…鎖でぇ!?、重さで落ちないわよね…」


「さぁあな、日頃のダイエットに自信があるなら気にする必要はないんじゃないか?」


「何よあんた、これでも毎日引き絞って…」


「知ってる」


「ぐぅ、もういいわ。行きましょうエリス…アリナ」


チラリと振り向く、こちらを見る。そんな悔しそうな視線にエリスは苦笑いで返しつつ。このランメルスの街を眺める。


ここに来た理由は一つ。レイバンはやはり疑わしい、調べるべきだ。そんな答えに行き着いたエリスはこの街に戻ってきていると言うレイバンを調べる為この街へと急いだ。


もしレイバンが内通者ならきっと叩けば埃が出るはずだ、そして奴が内通者ならメルクさんを取り巻く問題も一気に解決する。一石二鳥だ。


「ふぁあ〜、何この街。まさかアジメク以上に辺鄙な街があるとは思わなかったわ」


「確かに変わった街ですね、山の中腹に街全体を吊ってるなんて…面白い街ですね」


足で地面を叩けば、土とは近く変わった感触が足に広がる。面白い街だ、エリスもこの三年で面白い国をたくさん見てきましたけどこう言うのは初めてです、なんでこんな形になったんだろう。農耕とかはどうしてるんだろう、鎖って壊れないのかな。


…見て回りたい。


「おいエリス、あんまりチョロチョロするなよ。この街は今レイバンの街だ、町長も支部長も街一番の商会も全てレイバンが取り仕切っている、どこに奴の手があるか分からんからな」


「それもそうですね、ルーカスさん」


ルーカスはそんなエリスの好奇心を見て悟ったのか、動き回るなとエリスの動きを遮る。


「お前はこの中で特段の問題児だ、あんまり好き勝手ウロチョロされたら迷惑だ。俺の側にいろ」


「そ…そんな問題児では…」


「乱闘騒ぎを起こされたら敵わん」


そこまでじゃないですよ、と言い切れないのが痛いところ。まぁ彼の言う通り側にいよう…。


「じゃあいくつか聞いてもいいですか?」


「またか……」


「またです。ルーカスさんはさっき迷わず歩き出しましたけど、何処か目的地があるんですか?」


「お前ここに何しに来たんだ?レイバンの所に決まってる」


「レイバンは今どこに?」


「あの権力と金銭欲に肥え太った成金豚が質素な丸太小屋に住んでると思うか?、ランメルスで一番でかい屋敷にレイバンはいる。そこに忍び込んで内通者だと言う証拠を探す」


とルーカスが指差す先には街の中心にある大きな大きな屋敷が見える。金と銀とガラスを散りばめたその有様はまさしく成金。商人から成り上がったレイバンらしいお宅ですね。


というか。


「そういえば、なんで内通者の事知ってるんですか?」


聞きたいことはそれだ。ルーカスがなんで内通者の事を知っているんだ、これはメグさんが掴んだ極秘情報…知っているのはメグさんに繋がりのある人間とメルクさんから任務を与えられたメリディアとアリナだけ。


ルーカスはこのどれとも繋がりはない、だとしたら一体どこから…。


「…最初は、単なる疑念だった」


「疑念?」


「状況から考えてアルカナがロストアーツの保管場所を知ることは出来ない、誰かが奴等に情報を漏らした可能性がある…と疑っていた」


「…………』


「で、もしやと疑っている最中にお前達が現れた。試しにお前達に内通者の話を投げかけたら…別に驚くこともせず受け入れたからな。事実なんだろうと思い至っただけだ」


「つまり我々の反応を見て?」


「そうだ、わかりやすくて助かったよ」


しまったな、顔に出過ぎていたのか。だがそれ以上にルーカスは元々内通者の存在を疑っていた。そこにエリスの存在が加わり疑念は確信に変わった。


つまり彼は元々一人で内通者の存在にまでたどり着き、たった一人で探し回っていたというのだ。


「そうだったんですね」


「そうだったんだ、で?満足か?」


「はい、満足です」




「……ルーカスってあんな奴だっけ?、名前の通りカスな奴だって記憶しかないんだけど私が留学してる三年間の間に変わったの?」


「多分、自分の言うこと聞いてくれる格下の子だからじゃないかな。ルーカスは昔から自分の言う事を聞く奴が大好きだし」


「納得ぅ〜。私死んでも言うこと聞かないもん、あいつカスだし」


「あはは…」


何だかんだルーカスはエリスに付きまとわれて悪い気はしていない気がするとメリディアは感じる。幼馴染感覚の抜けない私やクライヴの事は遠ざけ後輩や年下の子は近づけ可愛がっている。それの延長線上にあるのだろうと幼馴染たるメリディアは分析する。


「しかし不思議な街ですよね、鎖で繋いでるなんて」


「お前なぁ、それ今の用件に関係あるか?。…この山の上流あたりに巨大な湖があるんだ、そいつは軽い雨が降るだけで決壊し洪水を起こすんだ、雨季の間はそれこそ隔週で起こったりもするらしい」


「へぇ、じゃあその洪水から逃げるために?」


「そうだ、岩山の隙間を縫うように降りてくる洪水から逃げるには山の上に作るしかないからな」


「ってか詳しいですね、何でそんなこと知ってるんですか?」


「趣味なんだよ、地図を読んだり地理を調べるのが。休日はいつも部屋に篭って世界地図を眺めてる」


「おお!私も好きですよ!そう言う地理について調べるの!」


「はぁ?お前がぁ?見えんなぁ」


「はい、今気になってるのはやっぱりマレウスの北西にある『レーヴァテイン遺跡群』とかですかね、ロマンがありません?」


「ああ、あったなぁそんなの。渋いところをついてくる奴だが…地理に詳しいのは本当らしい」


「今度行ってみようと思ってるんです」


「バカ、マレウス行きのポータルはないから行くとしたら徒歩だぞ?時間がかかる」


「でもそれなら道中の景色も楽しめますよね」


「フンッ、わかってるなお前。今回の一件が終わったら長期休暇でも取っていってこい」


「ルーカスさんは行かないんですか?」


「もう行った」


「ずるい!」



「………………」


「………………」


にしても仲がいい、ルーカスとエリスは何処と無く波長や趣味が合うのかなんだか仲良さげに話を進める様をメリディアとアリナはジッと眺めて下唇を噛む。


(あんにゃろう…何エリス姐と仲良く話してんだよ谷底落とすぞッッ!!)


(エリスは私の部下なのになぁ…)


「ああ、ギャラクシア大運河になら行ったことありますよ」


「何?本当か?」


「ええ、おっきい川でした」


「お前なぁ、他にもっと見るところだろ?」


妙に距離が近いエリスとルーカスにやきもきしながらもムルク村出身の四人は進む。目指すはレイバンが保有する大館…を前にして、メリディアは。


(まぁいいや、…それより今回ばかり活躍しないと。だって私は…)


と、深く深く、メリディアは息を飲み込む。


…………………………………………………………………………



「ここからは不法侵入だ、バレれば懲戒免職待った無し。故に四人でぞろぞろ動くのは避けたいから二手に分かれてレイバンの館の中を探るぞ」


レイバンの大館を前にしてルーカスは人気のない路地裏にエリス達を集めて指揮を取る。今からあの館に入り込んでレイバンが内通を行なっていたかの証拠…あるいはそれに繋がる何かがないかを探る。


だがエリス達には何か大義名分があるわけでもないし突きつけられる決定的な証拠があるわけじゃない。故にこっそり忍び込んでこっそり覗かせてもらうわけだ。


「忍び込むの…大丈夫かな」


「ここまで来て臆したか?メリディア、そんなんだからお前は出世出来ないんだよ」


「うるさいなぁ、でも何の目的もなしに忍び込むのは危ないわ、何か目安はないの?」


「そんなもの俺が知るか、だがもしレイバンが大いなるアルカナに通じていたならその連絡手段があるはずだ。正規の方法では考えづらいから…恐らくは魔伝とかな」


「魔伝…魔力遠距離伝達機構か」


確かに、もし密に連絡を取り合っていたなら一々会う必要があるし怪しい素ぶりが生まれてしまう。だがもし魔伝があれば仕事のフリをして連絡もできるか。


「アド・アストラが仕事用に配布している物とは別の非正規の品を使っているはずだ。怪しい魔伝があれば回収しろ、そいつがあれば連絡先も把握できるからな」


「わかったわ、無断で回収するのは怖いけど…やってみる」



「んー、忍び込むなら今かもよ」


「む?」


ふと、アリナが物陰からレイバンの屋敷の様子を確認しながらそう口にするのだ。


「今レイバンは二階の仕事部屋で何かしてる、屋敷内を巡回する兵士の数も間取りの広さに比べたら異様に少ないし潜入にはもってこいだよ」


「何故外から見て分かるんだ?」


「私、透視の魔眼使えるから」


ええ!?と思わず声を上げそうになる。透視の魔眼と言えば魔眼術の中で最高位に位置する技術、エリスでさえまだ習得していない神業じゃないか…、それをアリナは使ってるって?。


どんだけ天才なんだよ…なんかすごい悔しい。


「透視か、それはいい。なら俺とエリス、メリディアとアリナで別れて行動しよう。俺達はレイバンを調べるからお前達は怪しい魔伝がないか探せ、わかったな」


「いやいやいやちょいちょいちょい、何勝手に組み分け決めてんのよ」


と意義を申し立てるのはアリナだ、何勝手に決めてんだよと目を見開き青筋を立てて胸倉に掴みかかる。しかしルーカスは顔色一つ変えず。


「は?ベストだろこれが」


「ンなわけないでしょうが、私とエリスが組むわ」


「入って一週間そこそこのエリスと今日入隊のお前達二人を一緒に?ありえないだろ」


「関係ないじゃない、私はずっと前から宮廷魔術師団長で…」


「だが軍人としての経験はない、実力だけのお前に任せられん。そしてエリスとメリディアが組む線も無しだ、俺とアリナの護国六花組が一緒に行動してもメリットはないしそもそもお前と組みたくない」


「私情じゃないの!私も嫌だけど!」


「そういうことだ、俺とメリディアは軍人としての経験もあるからな。お前達新人組の面倒を見てやる」


「こいつ…今度ぶん殴ってやる」


「好きにしろ、さぁ行くぞ、来いエリス」


「わわ!?襟引っ張らないで!」


そしてエリスはルーカスと行動することになった、当然エリスの意見なんか聞いてない。かなり強引だがルーカスの言う意見にはどこにもおかしい点はなかったから別にいいんだけどね。


まぁ今はそれよりレイバンだ、レイバンを探って怪しい点があれば即刻メルクさんに報告…これでよし。


「じゃあ忍び込むぞ」


「あの襟伸びちゃうんで離してもらえます?」


何で気がつけばいつのまにかレイバンの屋敷の側面…窓が乱立する壁の側へとエリスは引っ張られていた。いつまで襟を引いてるんですか。


「っていうか、忍び込むってどうするんですか?窓割るとか?」


「バカ、俺達は泥棒じゃないんだ」


というなりルーカスは懐からナイフを取り出し…。


って、何だそのナイフ…なんか変な形して…。


「なんですかそれ」


「解錠用魔装、俺が兵器開発局に掛け合って作らせた代物だ」


「何のために」


「こういう時のためだ」


というなりルーカスはナイフ型の魔装を窓を閉じるロックに合わせてツツーっと這わせると、窓の向こう側にあるはずの鍵が切断され窓が開くようになる。なるほど、向こう側にあるものだけを傷つけるナイフか…それで鍵を切断し必要最低限の労力だけで解錠すると。


便利だな、エリスも欲しいな、何に使うかは知らないけど。


「おい、入るぞ。靴の泥は落としておけよ」


「やけに手慣れてますね」


「やかましい、今時綺麗事だけじゃのし上がれないんだ」


とはいうがエリスだってこういう潜入は初心者じゃない。基本的なノウハウは分かっているとばかりに靴の泥を落としルーカスと共にレイバンの館とへと入り込む。


「見張り、いませんね」


「アリナの言ったことは本当らしい、あいつは性格と口は悪いが腕は悪くないからな」


小声でこそこそ話しながらエリス達はこっそりと屋敷の闇の中を歩く。しかし異様な見張りの少なさだ、少なくともアド・アストラの大幹部様の邸宅とは思えない…。


「何でこんなに見張りが少ないんでしょうか」


「やましい事をしている人間ってのは得てして他人の事も信じられないものだ、相手も自分と同じように裏切りを働いているかも…そう思えば多くの人間を手元に置く気にはなれんのだろう」


「なるほど、或いは別の可能性も考えられません?」


「ん?何だ?その可能性とは…と聞いてやるほど今はお気楽な状態じゃない。長居すればするほど露見の可能性は高くなる。とっととレイバンの部屋に行って奴が今何をしているか探りに行くぞ」


「はい、ルーカスさん」


ルーカスさんの言う通り、今は出来る限りおしゃべりは控えた方がいい時間だ。それにエリスの考える『別の可能性』についたって別に共有しておく必要はない。もしそれが実現したならば…エリス達にとって好都合なのだから。


………………………………………………


「うぅ……」


「んー、ないわねー、こっちかなー」


「……ゴクリ…」


「こっちはハズレかしら、ふぁあ〜…ねむぅ」


「ちょっとアリナ、もう少し静かに…!」


一方エリス達と別れたメリディアとアリナもまた屋敷の中に別のアプローチで潜入していた。アリナの魔術にかかれば一切侵入を気取られる事なく入り込むことなど容易いとばかりに彼女はちょちょいとこの資料室までやってきていた。


がしかし、何にせよ緊張感が欠ける。見つかったらどうなるかわかったもんじゃないのに。


「この近くに見張りはいないし、うっかり見つかって迷惑かけるようなヘマはしない」


「……そう?」


なんて資料室の資料をひっくり返して諸々を調べるアリナは語る。


確かにアリナはアジメクどころかアド・アストラ全体で見ても上位に入る実力者だ。魔術取得数はデティフローア様に次ぐとも言われており魔眼術は全て体得したと語られる彼女の力ははっきり言ってメリディアではその全容を把握しきれないほどだ。


ここに来るまでの間だつてそうだ、アリナが魔眼術で屋敷全体を見回し暗視の魔眼で迷わず資料室へと直行し透視の魔眼で敵を探り魔視の魔眼で罠を看破する。


はっきり言おう、私はここに来るまで何もしていない。多分私がいなかったとしてもアリナの働きには何も変わりがないし、恐らく彼女が出す結果も変わらない。


居ても居なくてもいい存在、それが今の私だ。


(少し前の私なら、ここで自分の無力感に打ちひしがれて動く事をやめていた…けど)


今はそうじゃない、今の私を動かす原動力は確かに胸に灯っている。


それは……。


『これから頼りにさせていただきます』


(エリスが私を頼りにしてくれた…、この仕事はしくじれない)


エリスが言ったんだ、私の方を見て頼りにしてるって。あのエリスが…ずっとずっと憧れてきたエリスが私を頼りにした。なら、やって見せないと…私にも出来るんだってところを。


(それにレイバンはやり過ぎている、メルクリウス様の暗殺の件も有耶無耶になってるし、その上で私の部下を殺した一件にも関わってたとなれば…)


或いは、私の仇はレイバンかもしれない。


「ん?…」


ふと、私は気がつく。あれやこれやと探して回るアリナが散らかした資料のうちの一枚を。それが…何故だかとても気になって、私は。


「ッッ!!!??」


そして気がついてしまう、その資料を見た瞬間…ビリビリと脳天を穿つような閃きに感電するように、その資料を見て…一つの疑念が頭をよぎってしまう。


「ん?どうしたの?アリナ…、ってその資料見てんの?それなら私ももう目を通したわ、別に変なことなんか書かれてないでしょう」


そう、特段変な事は書かれていない。内容そのものは何ら疑うべき点はない…一見すると。


だがメリディアは『とある点』に気がついてしまった、故にこれがただの文ではなく『暗号』である事に気がついてしまったのだ。


(もしかして、これって…)


頬を流れる嫌な汗の感触を覚えながらメリディアは考える。こんな時に限って私の頭はなんと冴えている事か。


巡る巡る、エリスほどの記憶力は持たないにしても…それでも覚えているほどに強烈な違和感を感じる場面がメリディアの脳裏には焼きついていた。


思えば、アルカナがロストアーツを強奪し授与式に現れた時に発したあの言葉、当時はなんとも思っていなかったが…。


思えば、先日メムが現れメリディア達の前で語ったあの言葉、何故あんな事を言ったんだ?。


思えば、この間クラブで…聞いたあの言葉。


もしこれらが全て繋がっているのだとしたら、もしも…今私が考えていることが全て全て正解だとするのなら。


内通者はあの人だ、そしてエリスが考えているほど内通者云々は簡単な話じゃない…!。この絵を描いた奴は……。


(嘘でしょ、…なんでなのよ…私達の事を騙して監視して、裏で嘲笑っていたの?)


力なく項垂れる、あまりの遣る瀬無さに…メリディアは酷く落ち込み。


そして……。


決意する。


(もし私の推理が正しいなら、…ロストアーツは集めちゃダメだ!)







「あーだめだめ、なーんも見つからないわ。そっちはどう?メリディ…ア……」


ふと、アリナが物色を終えくるりと振り向きメリディアに意見を乞うと、そこには。


「……あれ?いない」


居なかった、メリディアがそこに。さっきまでそこに突っ立ってたのに居ない。あれれ?おかしいなぁ本当にさっきまでそこに居たのに、まるで霧のように消えてしまって…。


「や…やばァ!」


ゾッと背筋が冷たくなる。これヘマこいた?メリディアが行方不明になりましたってエリス姐に報告したら私どうなる?、ンなもん決まってる。エリス姐は何よりも友達を大切にしているしそれを蔑ろにする奴は絶対に許さない。


そんな怒りが私に向けられる、や…やばい!。


「ちょっ!メリディア!どこ行ったのよ!バカ!ふざけてないで出てきなさい!」


散らかった資料を片付ける事もせずアリナは慌てて部屋を飛び出しメリディアを探し始める。このままじゃ…エリス姐に怒られる!。


………………………………………………


「時にエリス、知っているか?」


「何がです?」


「極東の外大陸の一つトツカには『忍者』なる存在がいるそうだ」


「へぇ、なんですかそれ」


「いわゆる密偵だ、特殊な訓練を受け凡ゆる場所に入り込み情報を取ってくる存在なのだという、そう…例えば」


「今の私達みたいに、ですか?」


「そうだ」


そう他愛もない会話しながらエリスはなるべく地面に体を密着させるように体を平らにする…ルーカスも同じだ、何せエリス達が今潜んでいる空間がそれほどに狭いから。


この部屋に名前はない、暗く狭く埃っぽく居住するのにあまりに適していない空間。強いて名前をつけてあげるならここは…屋根裏だ。


もっと具体的に言うなればここは屋根と部屋の境目にあるなんらかの空間だ。この屋敷を立てる上で何となく生まれてしまっただけの隙間、そこにエリス達は猫みたいに入り込んでいた。


何のためって決まっている。


「この下にあるんですよね、レイバンの部屋が」


「その通りだ」


この薄い木の床の下にはちょうどレイバンの部屋が存在するのだ。エリス達の目的はレイバンを探る事、だが馬鹿正直にレイバンの部屋には入れない、故にこうして天井裏に潜んで進みレイバンの部屋の頭上までやってきたんだ。


いやぁビックリしましたよ、ルーカスさんが徐に天井を外して中に入り込んだ時は。というかこの人忍び込むのにやけに慣れてないか?空き巣とかやってないよな。


「さて、これ以上喋るなよ」


「はい」


ともあれこれでレイバンを探る準備は出来た、エリスとルーカスさんは懐から小型のナイフを取り出し音もなく天井に小さな穴を開けて下の様子を伺う…。するとそこには。





『おのれ…おのれおのれ』


(あ、レイバンだ。本当にいた)


別に疑っていたわけではないが、エリスは小さな穴から覗くレイバンの姿に確信を得る。


部屋の様子は豪華な調度品や大量の資料が並んでおり、いかにもレイバンらしい部屋と言える。そんな部屋のど真ん中でレイバンはウロウロとウロつきながら悪態を吐いている。


親指の爪を噛みギリギリと歯ぎしりをしてなんとも楽しそうじゃないか。


『ロストアーツを二つも取り返されましただと?、それもいきなり現れたポッと出の女に?、ふざけおって…!』


チラリとルーカスさんがこちらを見る、その視線にエリスも静かに頷く。何やらレイバンは怪しいことを口走っているぞ…?。


『話が違うではないか!、メルクリウスを潰す計画はもう詰めの段階に入っていたというのに!それをいとも容易くロストアーツを奪われ全てが台無しになった!おい!聞いているのか!』


(……?、あれ?レイバンの奴独り言を言ってるかと思ったけど、誰かに話しかけているのか?)


レイバンの口ぶりは怒り狂った独り言…というよりは、まるで誰かを責め立てるような口ぶりだ。しかしこの部屋にレイバン以外の人間の気配はない、どういうことなのだろうか…。


『私は私の務めを果たしたぞ、お前の言う通りに動きロストアーツを奪う為の助けをしただろう、ならばそちらも私の要求に従い全うするのが筋ではないのか?この役立たずどもめ…誰が橋渡しをしたから忘れたか?』


ロストアーツを奪う為の助けをした…か。決まりだな、やはり内通者はレイバンだった。クラブを建設し情報収集をし偶然か必然かは分からないが手に入れたロストアーツ保管場所の情報をアルカナに流していたんだ。


そしてメルクさんの零落を引き起こし、今の立場を手に入れたのだ…。それら全てはレイバンの計算によるものだった、これは明確な裏切りだ。


『言い訳はいらん!今すぐここに来い!お前とでは話にならん!メムを出せ!』


「おざなりだな、この屋敷に見張りを最低限しか配置していなかったのはこれを聞かれたくなかったからか」


レイバンは誰も聞いていないと油断し、面白いように自らの失態を吐露してくれる。もう探るとかどうとかそんなレベルの話ではないな。


どうする?とルーカスに視線を送り指示を仰ぐ、すると。


「…奴はどうやってかは知らんが、今アルカナと交信しているようだ。そして今の会話から推理するに…」


「アルカナはここにやってくると?」


「奴らがそれに従うかは別の話だが…、ともすれば今押さえればアルカナも引きずり出せるかも知れん、攻めるなら今だろう」


ルーカスの言う通り、レイバンがアルカナと通じている内通者なのはもう疑いようがない。ならば今レイバンを確保するべきだ、奴がどうやってアルカナと連絡しているかを調べるためにも…そして、うまく行けばエリスの考えるもう一つの可能性が現実のものになるかもしれない。


と…くれば、やることは一つ。


「分かりました、行きましょう」


「よし、では一旦戻って廊下に降りてから…」


「何悠長なこと言ってんですか、やるなら今…そして今攻めるなら…」


力を入れる、全身に力を強張らせ今エリスの体で出せる最大の馬力を足に溜めて…。


「お、おい…何を…」


「ッッッッッおぉぉおおおりゃぁぁああああああ!!!」


「なぁっ!?」


蹴り砕く、天井の木の板を破壊し大穴を無理矢理開けるとともにエリスは天井裏からレイバンのいる部屋へと飛び込み。


「ななな!?何だ!?何事だ…って貴様は…」


「話は聞かせてもらいましたよレイバン、やはり貴方がアルカナと通じていた内通者だったんですね!」


「誰だお前は…!」


誰だって、分からないのか。まぁ分かんないように眼鏡かけてるから構わないんだけどイマイチ締まらないなぁと思っていると。


「この…ふざけた真似しやがって、いきなり天井を砕く奴があるか!」


「あ、ルーカスさん」


ふと、ルーカスが青筋を浮かべながら天井の穴から降りてきて、服に付着した埃を手で払い苛立ったようにエリスを睨む。だって…すぐに行こうと思ったらあれしか方法が。


「ルーカス?…お前、何を…」


すると、レイバンはルーカスの顔を見るなり呆気を取られた表情を見せ、何が何だか分からないと言った様子で目を剥いて。


「何を?決まっている…大いなるアルカナに通ずるお前を、取り締まりに来てやったんだ。大人しくお縄につけ…裏切り者」


「裏切り者!?私が!?そんなバカな…」


「バカな?ならさっきの話は何だ…アルカナと連絡を取り合っていたんだろう」


「う…いや、私は…ただ、…違うんだルーカス!信じてくれ!私は…私は…」


瞳孔を泳がせ、わなわなと唇を震わせ、弁明になっていない弁明を繰り出すレイバン。その様子は…何故かとても違和感を覚えさせた。


レイバンは大幹部であり一流の商人。論舌の滑らかな事は言うまでもない。ましてや責任逃れの言い訳くらい考えてありそうなものだが…、この場に来てレイバンはしどろもどろと冷や汗をかきながら口を開閉しているばかりだ。


なんだ…、この態度。


「話を聞くのは俺じゃない、…アド・アストラの軍法会議にかけるからそこで好きなだけ言い訳をしろ」


「ひ…ヒィッ!」


背中の鎌に手をかけるルーカスを見て、最早これまでと悟ったレイバンは徐に赤い宝石の指輪が嵌められた指を口元に持って行き。


「は…早く来い!私の存在がアド・アストラに露見したぞ!早く!早く助けに来い!!」


そう指輪に向けて怒鳴りかかる。いや…あれはまさか連絡用の魔装か?、指輪に見せかけていつでも連絡出来るように装着して…なるほど。あれなら個室を借りれば何処からでも連絡が取れるからいくら部下を囲っていても怪しまれる事はなく……。


ってやばい!救援を呼ばれた!。


この瞬間屋敷の玄関付近で何かが壊される音がした。恐らく救援要請を受けて突っ込んできたアルカナの手の者だろう、凄まじい音とスピードでみるみるうちにこちらに向かってくる。


「チッ、救援か…面倒な」


「ルーカスさん!守ってください!」


「はぁ?自分の身くらい自分で守れ」


そうエリスに対して悪態を吐きつつ徐に鎌を手に部屋の入り口を睨む…が、そうじゃない。


「違います!守るのは私じゃありません!」


「は?」


その瞬間、レイバンの部屋の扉が…破裂し───。


「レイバンです!奴ら救援に来たんじゃありません!これは口封じです!」


「ッッッ!!!!」


そこからのルーカスの反応は早かった、エリスの言葉に突き動かされるように背中の鎌を大きく振るい扉を突き破り燃え立つ炎を伐採し虚空へと消し去る。


そうだ、これはレイバンを助けにきたんじゃない。レイバンを消して口封じに来たんだ、だってそうだろう?アルカナにとってレイバンが失い難い存在であれば助けにも来る。だが今はそうじゃない…レイバンが内通者であることを突き止められてしまった時点でもうアルカナにとってレイバンはお荷物でしかない。


とくれば、もう殺すしかないんだ。


「大慌てで来てみりゃ大ピンチじゃねぇっすか、レイバンさんよぉ」


「…お前は」


燃え上がる廊下は延焼し、徐々に屋敷全体を覆っていく。全ては扉の向こう側から現れた人型の炎災によって全てが燃やされていく。


全身に炎の刺青を入れた赤髪の男。こいつの情報は既に持っている…。


「炎帝アドラヌスか」


「あ?テメェ…」


奴の名はアドラヌス、炎帝アドラヌスと呼ばれる新生アルカナの幹部の一人だ。卓越した炎魔術の達人だと聞いていたが…、見ればアドラヌスの体は常に燃え立つように炎を吹いている。


あれは一つの属性を極めすぎたが故に起こる弊害、魔力の呪いにして祝福…魔力変換現象。シンが常に体から電流を放っていたように奴は常に炎が吹き出る体質のようだ。あそこまで極めている時点で相当な使い手であることが分かる…、少なくともリープ以上だ。


それにあの刺青と独特な民族衣装。あれは間違いなくアグニ族の民族衣装…アグニスやイグニスが着ていたものと同じだ。


「テメェ…なんでテメェがここにいやがる」


「フッ、決まってるだろ」


睨み合うルーカスとアドラヌス、、確か報告によると例の授与式襲撃の際。ルーカスは星魔鎌スコルピウスを操るアドラヌスに攻撃を仕掛け、見事の星魔鎌を奪還したと言う経緯があるようだ。


つまり、アドラヌスからすればロストアーツを奪い返された屈辱の相手…と言うことになる。


「…まぁなんでもいいや、俺ぁお前が一番気に食わねぇんだ。ここで殺せるなら御の字だぜ」


「さて、出来るか?お前に…」


「前回は油断しただけだ、今回はこいつも持ってきた…扱い辛い鎌じゃなくてな」


と言いながらアドラヌスが手の中で回すのは銀色のナイフ。あれはNo.10 星魔刃アクアリウスか?。


「鎌とかさぁ、武器じゃねぇじゃん。あんなの庭の芝刈る為の道具だろ?使い辛いったらねぇんだよなぁ」


「だから今度は果物ナイフを持ってきたか?お前みたいな不器用な奴が何を使っても同じだと思うがなぁ」


「言ってろよゴミカスが、焼き殺してやる」


「はっ、悪い悪い。思ったよりも挑発の効きがいいから言いすぎたよ」


燃え上がり黒煙が充満し始める室内にて構えを取るアドラヌスとルーカス、ここでおっぱじめるのか。まぁこの部屋唯一の出入り口たる扉をアドラヌスが抑えている以上…ここでなんとかするより他ないんだが。


「お…おいお前!」


「え?」


「わわ、私を助けろ!」


するとレイバンがダラダラと涙を流しながらエリスに掴みかかり頼む頼むと喚き始める。助けろってあんた…。


「あいつ呼んだの貴方でしょ」


「それは…そうだが、まさか殺しに来るなんて」


「殺しに来るに決まってるでしょう、あいつらにとってアンタはそれだけの存在でしかないんです。…連中は目的達成のためならなんでもします、組む相手を間違えましたね」


「ならなおのこと助けろ!なんでも喋る!なんでも教える!だから!」



「根性なしが、だがまぁいい。こいつを殺した後はお前だからなレイバン!」


「エリス!アドラヌスは俺が殺す、お前はレイバンを連れて外に逃げろ!」


「っ……」


何言ってんですか!エリスも戦いますよ!とは言えない。だって…。


「焼き殺す…、『イグニッションバースト』ォッ!!」


「やってみろ…!」


ぶつかり合うアドラヌスとルーカスの刃と刃。火を噴き高速で飛び回るアドラヌスの刃入り混じる炎撃を的確に鎌で弾くその速度と的確さは凄まじく、一兵卒程度では入り込む余地もない。


「ヒャハハ!炎は俺の力だ!」


「こんなボヤ騒ぎ程度でイキるんじゃない…、煩わしいぞ!」


「カハハッ!『イーラ・エルプティオ』!」


炎帝アドラヌスはその呼び名の通り炎を巧みに操り戦う。周囲を囲む炎の中を魚のように泳ぎルーカスに縦横無尽の斬撃を加えながら更に炎を吹き出す。


魔力変換現象により炎と一体化したその体から噴水のように噴き出す液状の炎をルーカスに浴びせ掛けつつ更なる延焼を生む。そんな怒涛の炎を前にルーカスの体捌きもまた見事だ。


着実に迫る炎を鎌を振るいかき消しつつ、大型の鎌を手繰りアドラヌスの脱兎の如き攻撃を全て弾き返す。炎もアドラヌス自身も寄せ付けないその戦いぶりは宛ら全てがルーカスを避けているかのようにさえ見える。


(流石は護国六花…)


ルーカスは三番手だ、クレアさん アリナに次ぐアジメク三番目の使い手…それも史上最強の布陣とさえ呼ばれる大国アジメクに於ける三番目の実力。半ば最高戦力クラスに片足突っ込んでいる彼の強さは覚醒こそしていないものの魔女世界指折り、少なくともエリスの知る騎士団長デイビッドさんの数倍は強い。


何をされても絶対に揺るがない彼の戦い方をして流麗なる猛火と称される程だ。本来の得物は剣であり慣れない大鎌での戦いだと言うのにここまで強いか。


「アア…クソ、強えなぁ…」


「当たり前だ、お前みたいなゴロツキに崩されるようじゃあアジメクの看板は背負えないんだよ」


何をしても崩されるアドラヌスは炎の中に潜みルーカスを睨む。ルーカスの持つ星魔鎌スコルピウスは凡ゆる物を切断する絶対の刃だ。それは形ない炎さえも斬り伏せ寄せ付けない。その性質がルーカスの戦闘スタイルとあまりに合致しているため攻めあぐねているのだ。


だが…、それでもアドラヌスは余裕の笑みを崩さない。彼にとってこのフィールドが依然として絶対有利であることは変わらない。


「しゃーねぇえや。下品だが…お前を殺せりゃなんでもいい」


炎とは恐ろしい、法律においても『放火』とはある意味殺人以上の罪となる場合も少なくないほどに炎とは恐ろしい。


何故なら炎は人の文化にとって天敵以外の何物でもないからだ。


「カハハハッ!死んでくれや…ルーカス、『スカーレットムスペルヘイム』ッ!!」


「むっ、この屋敷ごと燃やし尽くすつもりか…」


メラメラと火力を上げる炎は意思を得たかのように館の中を駆け巡り次々と燃やし尽くす。柱を燃やし壁を焼き、屋敷が丸々火の塊とっていく。


結局のところ、アドラヌスは最初からこうすれば勝ち確定だった。館ごと燃やして仕舞えば中にあるものは全て燃えてなくなる。火に耐えきれず焼け落ちる屋敷の下敷きにすればどんなに強い人間も死ぬ。


建造物の中でならアドラヌスは無敵なのだ。炎がそうであるようにアドラヌスもまた人類文明における天敵なのだ。


「熱い!も…燃える!私の屋敷が!」


逃げ場を取られた、直ぐに屋敷は燃え尽きる。跳ね上がった火力はエリス達を蒸し焼きにし燃えるよも早く殺すだろう。或いは屋敷の方が先に耐えられないか…?、燃える瓦礫に押し潰され死ぬのが先か。


最早出入り口どころか廊下も玄関も炎に包まれてしまっている以上五体満足での脱出は不可能。


となれば…解決するにはエリスの古式魔術を使うより他ない、がそう言うわけにもいかない。


そもそもこの戦いにエリスが参加できていない理由は一つ、ルーカスがいるんだ。


他の人間ならまぁ最悪正体がバレても内緒にしててねが通じる可能性もあるから奥の手としてエリスの古式魔術は有用な手ではあった。だがここによりにもよってルーカスがいるんだ。


エリスの事か大大大大大嫌いなルーカスだ。下手をすれば正体を明かした瞬間『よくも騙したな!』とかなんとか言ってエリスに斬りかかってくる可能性もあるし、今後の協力は最悪不可能…悪い想像を重ねればキリがないほどにルーカスにだけは正体がバレてはいけないのだ。


が…そうも言ってられない状況だ、このままじゃマジで全員死ぬ…。


よし、まずルーカスを気絶させよう。後ろから殴りかかればなんとか出来るはずだ、その後魔術で火を洗い流して……。


「くだらない、それがお前の余裕の理由か?…浅ましいんだよ、逆賊風情が」


ルーカスが鎌を大きく振りかぶる、横に薙ぐ様に体を捻り、脚を開いて、木でも切り倒すかの様なフォームを取る。


そこから発せられるのは圧倒的な闘志…そして殺意、信じられないほど凝縮された鋭敏な敵意がギラギラとルーカスを中心に湧きたち始める。


そのあまりにも異様な立ち姿にエリスもレイバンも、そしてアドラヌスも目を剥く。


そこでようやくエリスは気がつく。アドラヌスもそうだが…ルーカスはまだ一度も。


星魔鎌スコルピウスを…解放していないことに。


「『魔力解放』…!」


それは、ロストアーツを起動させる詠唱に近い合図。その一言によってロストアーツは内に秘めた無限機関を駆動させ溢れる魔力を形にする。シリウスの力の一端を引き出し使うのだ…。


メムも行なっていた魔力解放、だがメムが使ったそれよりも…ずっと鋭くずっと分厚く…ずっと熱く。


溢れ出たシリウスの魔力はやがて刃にまとわりつき形を成すと。待ち侘びたかのようにルーカスは一つ…鎌を大きく大きく振り抜き。


「『鏖断』」


ブンッ!と音を立てて巨大な鎌をくるりと自分の周りを半周させるように大きくスイングさせた。見事な素振りは空を切り周囲を威圧する。が…別に誰に当たったわけでもなく、炎は依然として────。




──────その瞬間、風が吹いた。



「え?」


風だ、清涼感のある谷風がエリスの頬を撫で熱気にやられたエリスの皮膚を冷やしていく。どう言うことだ?ここは屋敷の中で…炎に包まれていて、風なんか吹くわけがないと言うのに。


と、そこでエリスはようやくこの場に起こった変化に気がつく。


炎は消えていない、アドラヌスはまだ立っている、だが…だが…。


「え…天井が…ない」


上を見れば、星空が広がっていた。否、天井が丸々なくなり外から風が吹き込んでいたのだ。


見れば先ほどまで天井だった部分が丸々屋敷から切り離され、宙を舞い、街の外の奈落へと落ちていくのが見える…。


って、まさか…今の一振りで屋敷を両断したのか。


「マジかよ…」


アドラヌスが思わず呟く、ルーカスの放った規格外の一撃に茫然自失と立ち尽くす。


違い過ぎる、メムやリープが使ったロストアーツの力とは次元が違う。たったの一撃でこの巨大な屋敷を真っ二つにしてしまうなんて、そんなの…。


「悪いな、お前の言う通りこいつは使いづらくてな…次は外さないから安心しろ」


「ッッ!?」


そして今の一撃は全身全霊を込めた最後の斬撃などではなく、ただの一振りでしかない…と言うことは、ルーカスは放てるのだ。このレベルの斬撃をいくらでも。


その事実に気がついたアドラヌスは顔色を変え慌てて構えを取るが…もう遅い。


「すぅー…『鏖断』ッッ!!」


振り下ろされた一撃は、驚くほど呆気なくこの屋敷を縦に割った。


野菜を包丁で縦に割るみたいに、ザックリと縦に割る。まるで世界が消えるみたいに屋敷はその形を変えふざけた勢いの一撃によって燃え盛る屋敷は二つに分かたれ、その軌道上に居たアドラヌスは…。


「ぐっ!?」


鮮血を空へと舞わせ、星魔刃アクアリウスを取り落としながらもなんとか直撃だけは避けつつも、地面へと転がり這い蹲る。


違う、違い過ぎる。ロストアーツの担い手としてアルカナとルーカスの格はあまりに違い過ぎる。


「お前の敗因、教えてやろうか?」


「な…何がだ!」


殺すつもりはない、ただ脅かしただけだとばかりにルーカスは笑い、大鎌を肩に背負いニヒルに笑う。


「お前、そのロストアーツを使いやすいって理由で持ってきたようだが。知ってるだろ?そのロストアーツの力」


「…………」


「星魔刃アクアリウスは、指揮棒でしかないんだ。水分を操る力を持つ星魔刃そのものに攻撃力はほぼない上炎を操るお前との相性は最悪、故にお前は攻撃力のないロストアーツをそのまま使わざるを得なかった」


その通りだとエリスは手を打ちたくなった、星魔刃アクアリウスに付与されている力はその名も『水流操作』、一滴の水を瀑布に変え無尽蔵の津波を槍のように局所的なものに変え、或いは大量の水を押し固め刃に乗せることで攻撃力を生み出したりと…ともかく水が必要なロストアーツだ。


これを本来託される予定だったステンテレッロさんは水魔術の使い手ではないが、だからこそ適任とも言える。彼は属性魔術を使わないし使えない、故にステンテレッロさん自身の戦法と星魔刃の能力が互いに邪魔することなく共存出来る。言ってしまえば外付けの水魔術として機能させられるし、何より彼の魔術なら水の携行も容易い。


比べてアドラヌスは炎魔術の使い手、属性魔術の中でも相反する炎の使い手だ。こんなものアドラヌスが持ってもなんの意味もない。


ロストアーツは強力だが適した持ち主が持たねばその力は半減どころの騒ぎではないのだ。


「もっと合うロストアーツを持ってくるんだったな」


「ぐっ…くそ、お前…俺を殺すのか!」


「ああそうだが?」


鎌を持ち直し、指で刃を一つ叩くルーカスは容赦なく殺すと口にする。


「……アルカナ、お前達はこの世の膿だ。俺の祖国に弓を引く下劣な存在には粛清が必要だろう」


「ッ…」


一瞬の隙に鎌を振るい、アドラヌスの首に刃を突きつけたルーカスは…粛清の言葉と共にその刃を思い切り────。


「大変よー!!!大変大変!メリディアがぁーーー!!!」


「ん?」


突如、響き渡る甲高い声。そして告げられる知り合いの名前のそれに加えられた『大変』の言葉に、エリスとルーカスは声のする方に視線を移す。


そこには加速魔術で何処からか飛んでくるアリナの姿が見えて…。


「アリナ?どうした」


「た 大変!メリディアが…あ」


「は?…ッッ!?」


アリナは口を開けて『やべ、タイミング最悪じゃん』とばかりにバツの悪そうな顔をする。と同時に再び視線を戻しアドラヌスを見遣れば…。


既に、アドラヌスはそこには居なかった。


「チッ、逃したか」


恐らく一瞬の隙に炎を用いた加速で逃げたのだろう。星魔刃アクアリウスを取り返すこともせず生還を第一の目的として逃げたのだ。


また、アルカナを逃してしまった。


「ご、ごめん!私がすぐ追うから!」


「いやいい、見逃してやれ」


「な…なんで?」


「エリスも…魔女の弟子エリスもアルカナを一度逃している、なら俺もここで逃す。それで成果としては対等だ…次に俺が成果を上げれば、俺は真の意味で魔女の弟子エリスを超えたことになるからな」


「はぁ?なにそれ、わけわかんないんだけど」


「これは俺個人の勝手な価値観だ、好きに批判しろ。で?メリディアがどうした」


「そうそう!メリディアが居なくなっちゃったの!」


「はあ?」


エリスに対抗するため、エリスと同じ戦果をあげるため。ここで一度アルカナを逃す選択をしメリディアを優先させたルーカスは思わず首をかしげる。


メリディアが居なくなった、そんなよくわからない報告を聞いて髪をくしゃくしゃと苛立ちのまま搔くと。


「どう言うことだ、報告はわかりやすくかつ丁寧にしろ」


「だから、私と一緒に資料とかなんだとかを漁ってたメリディアが、いきなりなんの予告もなしに居なくなっちゃったの!探したけど何処にも居なくて」


「………………」


居なくなった…、いきなり行方不明になってしまった。メリディアが一人でフラフラ歩くとも考えられないし、なんなら屋敷はこの有様だ。彼女が炎に巻かれて死ぬとは思えないし…となると消えたのはこの場からではなく、もしかしたら一人で何処かに行った可能性が高い。


が、やはりメリディアがそんなことするとは到底思えない。一体…何処へ?。


「まぁいい、今はレイバンをアド・アストラの本部へと連れて帰る。こいつからは聞きたいこともある…このままこの場に留まれば口封じの第二陣がこないとも限らない」


「え?メリディアは?ってかレイバン捕まえたんだ」


「メリディアは後だ、この場でウダウダ考えても出てくるかわけじゃないからな。ならアド・アストラの軍団を動かして本部の人員で探したほうが早い」


「それも…そうね」


「と言うわけだ、俺はエリスと一緒にこいつを本部に連れて行く。お前はここの消火をしておけ」


「えーー!!!なんで私がそんな…」


「見逃す選択をしたのは俺だが見逃さざるを得ない原因を作ったのはお前だ、それくらいやれ」


「うっ…」


「エリス、レイバンを連れいくぞ」


「あ、はい」


がっくりと肩を落とすアリナを尻目にルーカスは鎌をしまい、新たに確保した星魔刃を手にしながらエリスを引き連れ本部への帰路につく。


メリディアが何処へ行ったのか、メリディアが何故居なくなってしまったのか。エリスには全くわからない物のルーカスの言うように今それを解決する手立ては何処にもない。


なら、今は今目の前に存在する成果を一度持ち帰るべきだ。


「…行きますよレイバン」


「あ…ああ」


顔面蒼白、この世の終わりみたいな顔でエリスの言葉に大人しく応じるレイバン。彼はアルカナと通じていた、それが確かに今エリス達の目の前で立証されてしまった以上…彼はもう言い逃れは出来ない。


アルカナと通じてメルクさんを陥れ自らの権力の確保に走り、凄絶な野心を覗かせはしたが…それももう終わり。レイバンの作り出した六王反対派はレイバンを失いどうなるか。


まぁ多分新しい奴が指導者として立ち上がるだろうが…レイバンほど強力な奴なんて向こう側には居ない、いずれ空中分解するかメルクさんによって取り込まれどの道消える。


…内通者もメルクさんの問題も一気に片付いた。後はもうアルカナを叩くだけだ。


それで終わり…だと思うんだが。さぁて、どうなるかな。


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