330.魔女の弟子と獄死の縊鬼
「離して!離してよ!」
「そういう訳には参りません!、エリス様は貴方を頼むと私に命じたのですから!」
暴れる、暴れる、血の匂いに満ちた部屋の中でメリディアは暴れる。暴れて暴れてエリスを追いかけようとする。が、それを阻止するメグは彼女を上から押さえつけてその動きを封じる。
騎士として、兵士として、訓練を積んでいる筈のメリディアを封殺する的確な拘束術を前に動けず地面を叩く。
「いかせてよ…、このままじゃエリスも殺されちゃう…!」
視線の先には血みどろのソファ、私が…私がしっかりしていなかったから死なせてしまった二人の部下が座っていたソファだ、既にどこからともなく現れたメグの部下により回収されてしまったそれを見て私は…脱力する。
「…もう死なせたくないの。もう…」
私がヘマをするのは今に始まった事じゃない。でも、今回のはちょっと次元が違う。
死なせてしまったんだ、二人も。幼馴染のクライヴも今は生死の境を彷徨っている。私が一人で調査を続けずみんなと共に居れば…。
「死なせたくない?、二人を死なせたのは貴方だと?」
「そうでしょ…、私は二人の隊長だった。私が一緒にいれば…」
「どうにかなった…と?、それこそ思い上がりですよ」
「…………ッ」
それは…そうだ、最悪私も殺されて終わりだった可能性もある。だけど、だけどそれでも何も思わずにはいられないよ。目の前で二人も…死んでいるんだから。
「それに今貴方がエリス様を追いかけて何になると言うのですか」
「…………そう、よね。私は足手まといだから…置いていかれたんだものね」
エリスは、私についてこいとは言わなかった。当然だよ、私はそもそも戦力としてすらカウントされていないのだから。
今まで彼女を守る為一緒に戦うために訓練を積んできても、実際はこれだ。エリスからは頼りにされず守るべきものも守れず、こうして私が守られている。
私は…何になりたかったんだ、何をしたかったんだ、私の人生…なんだったんだ。
「貴方がエリス様にどんな感情を持っているかなんて私にはどうでも良いです。私はただエリス様を信じています、あの人は殺しても死にませんから」
「だから…、私は黙ってここにいろって?」
「ええ、…私はあの人を信じています。あの人の友達ですから…私はね」
もう私に抵抗の意思がないと悟ったのか、メグは私から手を離し立ち上がると共に部屋の中を見て回る。
「さて、例の狙撃犯ですが…妙ですね。時計塔から狙撃したんでしょうけど、現状の銃火器の中にあれ程遠くから的確に鉛玉を着弾させられるものはないはず」
対する私は地面に突っ伏している。またこれだ、また私は失敗を前にくじけていじけて泣いて喚いて倒れている。もう何度これを繰り返せばいいんだ。
私は隊長なのに、ドヴェインとフランシーヌを守れない…私じゃなければと何度も思う。
「おや、この弾痕…鉛玉がない。まさか飛ばしたのは高密度の魔力弾…とすると」
私は…私は…。
「いつまで、そうしているんですか?」
「え?」
ふと、メグに声をかけられて顔を上げる。そこには厳しい視線でこちらを睨むメグの姿があって…。
「拘束が外れたのに、いつまでも突っ伏して。貴方はエリス様を追いかけたかったんじゃないんですか?」
「え…いや、貴方は…行くなって」
「止められただけで止まるんですか?じゃあ行かない方がいいですね。…いい事を教えて差し上げましょうメリディア様」
ヌルリとメグは覗き込む。私の目…いや心を。
「貴方は…何のために戦っているんですか?」
「え?…」
「自分の為?誰かの為?名誉の為?忠義の為?、どれでも良いですどれも素晴らしいですから。でも貴方は…時に部下の為と言いながら今は自分の責任の為に戦おうとし、それでいてエリス様のことを見ている…」
確かに、私は今…何のためにエリスを追いかけようとしているんだ?。部下の仇討ちの為?それとも自分の責務を果たす為?それともエリスを守る為?。
い…いや、そもそも私が今まで悩んでいた『ロストアーツ強奪事件』は何で悩んでいたんだ?。
自分の名誉を傷つけられたから?、主人に忠義を果たせなかったから?、それともエリスに近づくことが出来なかったから?。
一貫としない。私はただただ自分を責める事で自分の尊厳を守ろうとしていた…?。
「良いですか?強さとは貫くことです。脇目も振らず一つのことだけを求めろ…とは言いません。多くを望むのは良いことです…ですけど。動かぬ者には何も得ることは出来ない」
「ッ……」
「今の貴方は多くの物を背負い過ぎて逆に雁字搦めになっている。故に自責が諦念に変わっている。それでいいのですか?貴方は部下の命を奪われているんですよ?」
「いいわけ…ない」
「なら選びなさい、何のために戦うのかを…それを見失ったままならば私は貴方を拘束してエリス様の命令を遂行しなければならない」
……私は、何のために。
私は何のために剣を取ったか、私は何のために鍛えていたか、剣を振るう都度理由は増えて、増える理由に応えられず足を踏み外して。背負うものの重さに負けて突っ伏して。
でも、それじゃあダメなんだ。私がここで倒れたままだと…本当に全ての物を失うことになる。
だから今は、一つでもいい…他の全てを忘れてでも、たった一つの理由のためだけに立つべきなんだ。
最初、エリスの憧れ一つで剣を持ったあの日のように。
だから…だから。
「私は………」
私の目的は、一つ。
私の目的はエリスに並び立つ女になる……。
では、無い。
「…私は、隊長としての責任を選ぶ」
「忠義や、自責や、憧憬は?」
「今は…忘れることにする。多くの物を抱えていてはきっと何も出来ないから」
捨てるわけでは無い、ただ今は見ないふりをする。それを全部両手に抱えて走ったところできっと何も成せず手から溢れていく様をまた眺めるだけになるから。
それはダメだ、私は剣を握りこの地位を得て隊長になった、それが望むべくものでなかったにせよ私は二人の若者の未来に責任を持った、それは何よりも重い。
だから、今は部下の為だけに戦う為に…捨てるんだ。迷いを。
「よろしい、でしたら付いていなさい…今の貴方になら同行させても良さそうです」
「…なんで、私に発破をかけるような真似を?」
「なんでって、それが命令ですから」
「命令?エリスは貴方に私を止めるように…」
「言われてません、エリス様は私に『メリディアを頼む』と言われました。つまりこの場でエリス様がしたかったことを私に代わり頼んだのです。エリス様ならきっとこうしたでしょうから」
つまりさっきのは私を動かすためのハッタリ?…か。そうか…、だがいい。
今は、今は動くべきだ。
「…エリスならそうしたか、そっか。わかった…でメグ師団長?この狙撃の犯人は分かりましたか?」
「ええ、この狙撃は間違いなくNo.3星魔銃カンケールによるもの。つまり…アルカナの仕業です」
「ッ!そっか…なるほどなるほど」
よかった、立ち上がってよかった。このまま悲しみと悔しさに足を止めていたら私は二度も大切なものを奪われたまま奴等に逃げられるところだったんだから。
そうかそうか、アルカナかぁ…。なるほどねぇ!。
「メグ師団長…」
「分かっています、エリス様を援護に向かいますよ!付いて来なさい!」
「はい!」
駆け出すメグ師団長について私も動く…前に、部屋に飛び散った部下と友の血に軽く一礼する。
ごめんね、みんな。守ってあげられなくて、でも…役目は私が果たしてくるよ。二人が果たせなかった願いを私が代わりに果たしてくる。
だから…見ててね。
「よし、行くよ!」
大地を焦がす程の勢いで走り出し階段を降りて下の階へ向かいメグ師団長を追いかける、私はもう迷わない…迷わないつもりだ!。例え後から後悔や慚愧に塗れようとも、今だけはこの足は止めない。
「狙撃は時計塔から行われました、そちらに向かえばエリス様は…っと」
「え?どうしました?急に立ち止まって…え?」
ふと、宿屋の扉を開けて外へ出れば…そこに広がっていたのは。
「なるほど、そういう事でしたか」
「これ、ファーグス支部のセオドア支部隊長達?…」
そこには顔面をボコボコに腫らしたファーグス支部の兵士達が数十人規模で纏めて簀巻きにされて地面に転がされていた。
え?なんでセオドア支部隊長達がこんなところで…。
「恐らく、彼らはアルカナに協力しメリディア様方を陥れたのでしょう。ですよね?」
「………………」
とメグ師団長はセオドアに問いかけるが、セオドアは目を閉じ気絶したままで…。
「はい、寝たふりはやめましょう」
そんなセオドアの指を掴み、親指の爪の付け根を自分の爪でグイッと全力で押し…。
「ギィッ!?いってぇっ!!??」
「おはようございます、お加減いかがですか?」
「ま!待ってくれ!違うんだ!俺たちはアルカナの協力者じゃねぇ!」
どうやら気絶したふりをしていただけのようでメグ師団長の拷問により叩き起こされ、その瞬間言い放つのは弁明。
だが、確かに思ってみれば私達はこいつらの情報により招き寄せられた、こいつらがアルカナと通じているのは明白。こいつらのせいで…私の部下は死んだんだ。
「あら?そうでございました?。ですが状況証拠を見るに貴方達はどう見てもアルカナの協力者…もしや、貴方達が内通者でございますか?」
「な…内通者?何言ってんだよ、ちげぇよ!俺たちは何も奴等に情報なんか渡してねぇ!むしろ…こっちが情報握られて、脅されてやったんだよ!」
「脅されて?」
何やら事情がありそうな様子でセオドアは脱力したようにがっくりと項垂れる。協力したことは事実…だが、それは心からではないと口にする。
「アイツら…アルカナは、今から一週間くらい前に…いきなり俺たちの前に現れて、そこで俺たち全員に対して脅しをかけたんだ…」
「従わなければ殺す…と?」
「違う、殺すのは『俺たちの家族』だ。アイツらどうやってかは知らないがファーグス支部の職員全員の実家を割り出してやがって…、もし従わないならお前達の故郷を焼き払うって…、俺ぁ故郷に残して来たおふくろや妹を守るために…仕方なく…仕方なく従ったんだ…、それが…こんな」
「なるほど、そういう手で…」
アルカナは職員全員の故郷を特定していた。それがどうやってかは知らないがともあれ彼らは家族を人質に取られていた。だから…偽の情報を流し私達を引き寄せて…。
いや待てよ、なんで私達なんだ?ただの一小隊でしかない私達を狙うか?。というか私達がここに来たのは本当に偶然仕事を割り当てられただけで…。
……違う、違うんだ。アルカナが態々ここにいると情報を流して引き寄せたかったのは私達じゃなくて。
「奴等の狙いは…エリス?」
「恐らくそうでしょう。…急ぎましょうメリディア様、これはエリス様を仕留める為の罠です、あの人がそう易々とやられるとは思いませんがそれでも心配です!」
「ええ、…セオドア支部隊長。貴方達の事情は分かったけど、貴方達のせいで私の可愛い部下が二人も死んだ…その事だけは覚えておいて」
「う……」
「そして後々ここに冥土大隊がやってくると思うので、そちらであなた方の身柄は確保しますね?それまでお待ちを…」
エリスは時計塔の方へ向かったようだ。メグ師団長の言う通りエリスが簡単に殺されるとは思わない。だけど…もし奴らが最初からエリスを殺すつもりで来ているのだとしたら、エリスも危ないかもしれない。
急がないと。
……………………………………………………
「ここにいるのは分かっていますよ、…アルカナ」
宿屋の前でエリスの邪魔をして来たセオドア達を殴り倒し、ちょっと軽く拷問してアルカナの関与を聞いたエリスはそのまま時計塔内部へとやって来ていた。
入り口はもう鍵がかけられて閉鎖されていたので鍵を破壊し扉を蹴破り、上へ上へと登り…この巨大な時計を動かす機構の中にまで捜索の手を伸ばす。
グルグルと回り続ける歯車が辺り一面に広がる機械仕掛けの闇の中を、僅かな足場と外から差し込む夕日を頼りに歩き…周囲を見回す。
さっきこの辺で人影を見た、宿屋の窓に狙撃を行うにはこのくらい高い位置からじゃないと出来ない。
それに…奴はまだここから逃げていないとエリスは推察する。だって奴らの目的がエリスなのは明白だからだ。
「………………」
カツンカツンと鉄の足場の上を歩きながら油断なく探る。
アルカナが態々メリディアを嵌める理由がない。メリディア達は巻き込まれただけ…本命はエリスだ。ならエリスがここに来るのを待っているはずだ。
だが、なら何故ドヴェインとフランシーヌを殺した?。エリスを誘うだけならもっとやり方はあったはずだ、何故二人を殺す必要があった?。
まぁこれも理由は読めてる。
無いんだ…理由なんて、ただエリスを確実に誘き寄せられたらいいなぁくらいの無思考であの二人は殺された、殺されてしまったんだ。二人の命と未来が…そんな単純な理由で。
絶対に許さない、絶対に。
「……ここ」
ふと、立ち止まる。
目の前に見えるのは鉄の扉、恐らくはこの時計の駆動を操る管理室。
隠れるなら…ここか?。そうエリスは静かに考え…ゆっくりと扉の開き、そして…。
「……いない」
いない、誰もいない。扉の向こうの管理室には誰もおらずアルカナの人間と思われる存在もまたいない。
一体何処へ消えたんだ?エリスが狙いならとっとと顔を見せりゃあいいのに…。
「はい、動かないで」
「っ!?」
刹那、部屋に足を踏み入れた瞬間、後頭部に突きつけられる鉄の感触…これは。銃口か?つまりこいつが。
「大いなる…アルカナですか?」
「ええ、そうですよ?魔女の弟子エリス…ようやく会えたね僕は新たなアルカナにてアリエを務めている。トーデストリープ…リープって呼んでね」
リープと名乗った男はエリスの頭に銃口をグイグイと押し付けエリスを部屋の中に押し込み、扉を閉める。
相変わらず背後を取られているから姿は見えないが、こいつがリープ…新しいアリエの一人か。なるほど、全く気配が探知出来なかった…雑魚では無いか。
「まんまと僕の罠に引っかかってくれたね、嬉しいよ…来てくれて」
「招待するならエリスに連絡を寄越しなさい、関係ない人間を巻き込まないでください」
「関係なくはないだろう、彼らは敵で彼らも僕を敵としてみている敵対関係。排除し合うのは至極当然だろ」
「エリス達がやってるのは殺し合いですか?」
「そのつもりだが?」
「そうですか、…シンが聞いたら泣きそうですね」
大いなるアルカナは人殺し集団じゃない。犯罪者集団だったし人だって殺したけれど…殺す為に彼らは存在していたわけではない。魔女排斥を旗として掲げその志を第一にしていたと…少なくともシンは思っていた。
ただ殺す為に殺したこいつの存在はシンならば許さなかったと、彼女の心と記憶を持つエリスには断言できる。
「何を訳の分からないことを…、おっと!動かないでくれよ?君の魔力障壁についてはこちらも把握している。言っておくがこの銃は特別製だからね…知ってるだろ?星魔銃カンケール、ロストアーツさ」
そう言って突きつけられる銃から漂うのは濃密なシリウスの気配。確かにこれはロストアーツだ…シリウスの血を使った超兵器。
そのうちの一つ、No.3星魔銃カンケール。
「この銃の凄いところはね、無限の魔力で作り出される弾丸もまた無限…そして射程もまた事実上の無限。対遠距離戦最強の武装…魔術でさえ届かない距離から一方的に殺す。殺し屋の僕にはぴったりの武装だろう」
「その武器は危険ですよ」
「危険じゃない武器はないと思うが」
「そうじゃありません、それに使われているのはシリウス…災厄の種です。いつか自我を持って貴方に牙を剥くやもしれません!」
「自我を?…ふふふ、君って結構ロマンチストなんだね」
まぁ信じてもらえるとは思ってない。けどシリウスという存在を一度体感したならば誰もが納得する筈だ。奴ならば血液を通じて自我を持ち武器そのものを媒介として人を操るなんてお茶の子さいさいだ。
ロストアーツは存在するべきではない。全て破却すべきだ…けど、言って聞いてくれる奴らでもないか。
言って聞かない奴は力づく、いつもの話だ。
「それより君さ?メルクリウスの友人なんだろ?」
「ええ、大々の大親友です」
「そりゃあいい、君が死んだらメルクリウスは嘆き悲しむだろうね…君を狙った甲斐があったよ」
「いや、メルクさんは嘆かないし悲しみませんよ?」
「ほう?君ってもしかして嫌われてる?それともメルクリウスは案外冷酷無情とか?」
「いえ、エリスがここでは死なないからです」
「フッ…、君も…面白いね」
引き金にかけられる指、澄まされる狙い、リープは何のためらいもなくエリスの後頭部に狙いを定め…そして。
…………………………………………………………
「こっちですね」
「のようですね、入り口の鍵が壊されています。エリス様ならこうやって侵入するでしょう」
「あの子…そんなパワータイプな子なの?」
「ええ、この世九割の事象は力で解決すると思っている方なので」
時計塔へとたどり着いたメグとメリディアは壊された入り口の鍵を見てエリスがここにいることを確信する。つまり犯人がいるであろう空間に既にエリスは到達していることを意味している。
もう一刻の猶予もない、エリスがどんな罠に嵌められているか分からないがきっと助けが必要な筈だ。
そう確信したメリディアは暗くなった時計塔の内部のへと押し入り。
「じゃあエリスを探しましょう、きっと上層にいるだろうから急いで上に……」
そう、メリディアが口を開いた瞬間のことだった。
突如弾けるような爆発音が響き渡る、大地が崩れるような振動と共に時計塔の天井が崩れメリディアの目の前に瓦礫が落ちる。
圧倒的な破壊と凄惨なる破壊、そして…落ちてくる人影。
「がは……」
「え!?なに!?、って…こいつ」
咄嗟に振り向きなにが起きたかを確認すれば、そこには瓦礫の山と共に見覚えのある男が倒れていた…、こいつは。
「アルカナの幹部…トーデストリープ」
アリエと名乗った大幹部の一人、貴族風の格好をした殺し屋トーデストリープが全身をズタズタに傷つけられ無様にも大地に倒れ伏している。
こいつが…狙撃の犯人、こいつがエリスをはめようとしたら犯人…っていうかなんでもうボロボロに。
「こんなもんですか?、新しいアリエってのは…案外他愛無いんですね」
「エリス!?」
「あ、メリディアさん」
すると上から階段の手すりを滑り、スルスルと降りてくるエリスの姿が見え一旦安堵する。
と、共に…アルカナの幹部でありロストアーツを持っているリープに罠に嵌められながらも一切の傷を負わず余裕の表情で現れたエリスに度肝を抜かれる。
「あ…貴方一体」
「時計塔に入ったらこいつに戦いを挑まれたんです。アリエって聞いたから本気を出して戦ったら…このザマです、ロストアーツは第二段階レベルの力を持つって聞いてたんですけど…別に大したことありませんね」
倒れ伏し、エリスに一切の傷を与えられないまま敗れたリープを無情にも見下ろすエリスの姿は、…今まで以上に遠く見えた。
大したことない?そんなわけないだろ。こいつらに私達はいいようにやられた、ロストアーツさの凄まじさも知っている、だと言うのに…エリスからしてみればこの程度の相手でしかないのか。
どんだけ強くなってるんだ…エリスは。
「ぅ…ぐっ、強…過ぎる、なんだこれは…あり得ない。ロストアーツを手に入れた僕が…こんなあっさり」
「メルクさんからロストアーツの話を聞いた時から思っていたんです、ロストアーツは第二段階レベルの力を持つって話…。あれは別にロストアーツを持つだけで第二段階レベルの力が手に入るってわけじゃあないんじゃないかなって」
「ど…どういう、意味だ…」
「力ってのはただ持ってるだけじゃ意味ないんですよ。使い方を知らなきゃその本来のパフォーマンスを発揮出来ない、故に人は修行をするんです…つまり、ロストアーツはその使い方を理解し熟知し鍛錬を積んで…初めて第二段階の力を引き出せる。ただそれを持って強くなったつもりでいるうちはまだまだ二流ってことですね」
「そんな…バカな…、話が…違う」
「そこに気づけない時点で貴方はその程度ってわけです。…やはり本来のアリエには遠く及びませんか」
期待して損しましたとエリスは軽く肩を竦める。そうだったのか…、だが納得出来る。
ロストアーツからは並々ならぬ力を感じたがあくまで感じるだけ、それを引き出す術を知らなければそれはただの道具に過ぎない…。
だから、メルクリウス様は持ち主を吟味していたんだ、使い手は誰でも良かったわけじゃないんだ。そして…私はその持ち主に…選ばれていたんだ、使いこなせると期待されて。
ちょっと…誇らしいな。
「ぐ…くそ」
「さて、貴方には色々聞きたいことがあります。ですがすみません、エリスは師匠から自白魔術を教えてもらってないんですよね…なので、手荒な方法で聞くことになります」
「勿論その身柄はこちらで抑えさせていただきますよ?、エリス様?拷問の道具なら多数取り揃えています」
「よし、なら取り敢えず麻縄で縛りましょう…こいつには、ドヴェインとフランシーヌの件でも償いをしてもらわないと」
「っ…」
「おっと、こいつ舌噛み切ろうとしましたよ」
「なら猿轡を噛ませましょうか…ってそれじゃあ拷問出来ませんよ」
驚くべき速度と手際の良さで瞬く間にリープを縛り上げ、唯一の抵抗の手段として行った舌を噛み切っての自害もメグ師団長のファインプレーにより布を噛まされ封じられる。
あまりにも慣れている。こういう鉄火場に…、エリス今までどんな人生を送ってきたのよ。
なんて…彼女の人生に想いを馳せて、その上で想像して、きっと彼女も私みたいに立ち上がってそうやって強くなっていったのかなと思えるくらいには、今の私には余裕があった。
だから…。
「二人とも、ちょっとそいつ一発殴らせてよ」
「え?いいですよ?棒要ります?」
「グーでいいわ。よくも私の部下をやつてくれたわね!」
部下の無念を晴らすため、全力でリープを殴りながら私は決意する。
ドヴェインとフランシーヌの名に誓って必ずやアルカナを捕まえる。私の名誉回復とか忠義とか今は置いておいて、ただそれだけのために戦おう。
………………………………………………
「で?何か喋る気になりました」
「………………」
「流石は強情、皆殺士の名を馳せたトーデストリープ様でございますね」
「………………」
突如エリスに襲いかかってきたトーデストリープと格闘をし軽くぶちのめしてより数分。あっけなく捕縛されメリディアにボコボコにされ顔を腫らしたリープは今時計塔内部にて椅子に縛り付けて色々と質問をしているところだ。
が、リープも元殺し屋だけあって口は堅い、エリスがいくら聞いても何も答えず今はメグさんに任せているが…特に何も答える気配はない。
これは本格的に痛みを用いる必要があるか…、いや痛みでも答えるか怪しいところがあるな。伊達じゃないんだなぁ殺し屋ってのは。
「しかし、これがロストアーツですか…」
そう言いながらエリスが地面から拾い上げるのはリープの持っていた不思議な形の黄金銃。無限の射程と無限の装弾数を持つ遠距離戦最強の魔力兵装だとリープは語っていた。
確かにカタログスペックの高さならフィリップさんの持つ星穿弓カウスメディアを上回る物だろう、けどこれを扱ったトーデストリープがフィリップさん以上だったかと言えば…少々怪しい。
やはりメルクさんが選んだ担い手でなければその真の力は発揮されないのだろう。
「ねぇ、エリス」
「ん?どうしました?」
ふと、メリディアが声をかけてくる。さっきまで見せていた気兼ねある声音ではなくやや気安さも感じるそれにちょっと嬉しくなるが、顔には出さない。あからさまに喜んだらまた嫌われそうだし。
「そのロストアーツ…どうするの?、エリスが使うの?」
「エリスは武器を使うのは好きません、それにこれは危険な代物なので破壊します」
「壊しちゃうの?でもそれがあったら…」
「確かに戦力にはなります、けど…それ以上のリスクを負うことになる。エリスはロストアーツは全て残らず破壊するべきだと思っていますから」
この銃の中にはシリウスの血液が込められている。それがどう作用するのかは分からないがシリウスならどのようにでも利用してくるだろう。奴に付け入る隙を与える恐ろしさをエリスは知っている、なら一つ残らず壊すべきだろう。
けど…ここでは無理だ、この場で星魔銃カンケールを破壊するのは簡単だけどそうしたらシリウスの血がこの場に飛び散ることになる。エリスがなんとかしたいのはこの中に入っているシリウスの血の方だ…。
然るべき場所で、然るべき処置を取った上で破壊すべきだ。だからこいつを今は回収しメルクさんの力を借りて破壊するつもりだ。
「こいつは無い方がいいです」
「そっか、それもそうだね…」
「エリス様〜、ダメですこいつ。なーんにも喋りません」
「…………」
「やはりですか」
さしものメグさんも伺うだけでは情報は引き出せないようだ、とはいえここで鞭で打ったり水に沈めたり出来るわけでもないし、仕方ない。
「ならここは、リープの身柄を確保しアド・アストラに連れて帰りましょう。そいつからは聞きたいことが山ほどありますからね」
そうエリスがカンケールを片手に立ち上が───
「それは困る」
───った瞬間、エリスの目の前に人影が現れ…え?。
「エリス様!」
「エリス!」
轟く二人の叫び声、エリスの身を案じる声、それと共に放たれる人影からの拳…攻撃だ、襲撃だ、敵だ、こいつは!。
「ぐっ!!」
咄嗟に体がいつもの癖で籠手で受けるように防御してしまい、防御しきれずやや後ろに後退する。
凄まじい拳だ、恐ろしいまでに研ぎ澄まされた攻撃だ。エリスの魔力防御を突き抜けて来やがった…、少なくともリープの十倍は強いぞ。
「ってて、何者ですか…!」
「何者か、敢えて名乗るなら…アルカナか?、魔女の弟子エリス…我らが宿敵よ」
「ッ…おっとっと、こりゃあいきなり」
エリスに向けて拳を放った男、それは薄汚れた外套を纏い両手足に甲冑のような装備を身につけた…死神。
旧アルカナの残党、No.12刑死者のメム…新生アルカナのボス様がいきなり目の前に転移して来たのだ。
「メム!」
「おや?お前は何時ぞやの…メリディアだったか?、自分のロストアーツでも取り戻しに来たか?」
「違う!私はお前達を捕まえに来たんだ!」
「同じことだ、どちらも無理という点ではな」
「何を…!」
「それに今日はお前などどうでもいい、…私が会いに来たのはそこの女、エリスだ」
メムはエリスの事を指差し憎々しげに手をワナワナと震わせる。エリスとメムは初対面だ…だがエリスはメムのことを知っている。シンの記憶に刻まれた存在だからこそ彼のことは分かる。
だから同時に驚く、シンの記憶にある姿よりも…随分と荒んでいる。まるで今のメムは幽鬼…死にぞこなった亡霊のようだ。オマケに奴の身から吹き出る魔力はかつてのそれよりも数段高く研ぎ澄まされている。
少なく見積もってもアリエ級…下手をしたらレーシュやシンに匹敵するかもしれない。たった三年でそこまで持っていくとは、余程エリスの事が憎かったのだろう…。
それに今のメムは…。
「気をつけてくださいエリス様!、今のメムはロストアーツを複数装備しています!」
シリウスの匂いがする、それもこのカンケールよりもずっと濃い、少なく見積もってもロストアーツを四つは装備しているようにも見える。
外套の隙間から見えるあの手足、恐らくあれは『星魔拳タウルス』と『星魔脚カプリコヌス』…あと二つは見えないが、ううむ。
「お前に…復讐する瞬間だけの為に、俺はあの日屈辱を受け入れた。シン様やタヴ様を見捨てでも…俺はアルカナのために生き延びた」
「結果生み出したのがアルカナの劣化模造品ですか?、ちゃんちゃらおかしいですね」
「その劣化模造品に…お前達は随分追い詰められているようだな」
「追い詰めているのはアド・アストラでしょう。エリス狙いなら最初からエリスを狙いなさいよ、やる事が相変わらず姑息なんですよあなた達は」
「口が減らないというのは噂通りだな」
「ふんっ」
軽く構えて、チロチロとメムの立ち姿を見るが隙が見当たらない。こいつは強いぞ…、だけどこれはある意味ちょうどいいなかもしれない。
彼等には聞かねばならない事があったから、メムなら答えてくれるだろう。
「一つ質問いいですか?」
「………………」
「貴方達、なんでこんな罠張ったんですか?」
「何を聞くかと思えば、分からないのか?お前を嵌める為……」
「そこがおかしいんですよ、早過ぎる…エリスが正式にアド・アストラに姿を見せてまだ数日も経ってない、なのに貴方達の動きはあまりに早かった…時系列的に歪みを感じるほどに」
「…………」
「貴方達、エリスがアド・アストラに姿を現わす前からエリスがどこにいるか知っていましたね。何処からそれを知ったんですか?…やはりいるんですね、貴方達に情報を垂れ流してる裏切り者が!」
「……フッ」
エリスがアド・アストラに姿を現し、正式に参入を発表をしたのとメリディアがこの街に来たのはほぼ同時のタイミングだ。そいつはちょっと早すぎないか?。
エリスが思うに、こいつらはエリスがアド・アストラに幹部として現れるよりも前からエリスが潜入している事を知っていた。この回りくどいおびき寄せの罠も本当は正体を隠したエリスを誘き寄せる意味合いも込めてのものだったと考えれば辻褄も合う。
やはりいるんだ、内通者が…。
「やはりお前は、油断ならない女だ…シン様があれほど警戒した理由が今なら分かる」
「答えませんか、まぁいいです…ここで貴方も叩きのめして吐かせるまでです」
「やってみろ…!」
メムの姿がブレ───。
「ぅぐう!?!?」
───気がついたら、エリスはメムの拳により殴り飛ばされ時計塔の壁にめり込んでいた。
見えなかった、一切…全く…これはちょっと早すぎじゃないか?。
「お気をつけを!エリス様!メムの装備している星魔脚カプリコヌスは持ち主に韋駄天を与える装備!その最高速度は弓さえ優に凌駕します!」
「そういう事だ!」
メグさんの助言と共に飛んでくるメムの影、振り抜かれる拳はエリスのめり込む壁を網目状に砕く勢いで放たれ時計塔を着々と破壊する。
が、その拳がエリスを捉える事はない。
「なっ!?避けられた!?」
「速く動くのが分かってるなら、それも折り合いでこちらも動くまで!疾風韋駄天の型…!」
「チィッ!」
速いのは分かった、だが速さ勝負ならエリスも負けない。手足に風を纏いメムの懐に潜り込み怒涛の乱撃を繰り出す。それを嫌がり逃げるメムを追いかけさらに拳を振るう。
迎撃のメムと追撃のエリス、両者が時計塔内部で飛び交い飛び回り互いの鎬を削る。
「うそ…速い、なんて速さなの…私より速い奴なんて…初めて見た」
そんな戦いをメリディアは観戦することしか出来ない。出来るならエリスに助太刀したいと考えていた彼女は即座にレベルの違いを悟る。
メムは強い、ただでさえ強いメムは今ロストアーツの加護を受け最早手のつけられないほどの強さになっている。
が、それにエリスは何も使わず追いついている、そればかりか互角に戦い追い詰めようとさえしている。
エリスの戦いを間近で見るのは初めてだが…。
(こんなに差があったなんて)
愕然とする、そんなメリディアを置いてエリスとメムの激戦は続く。
「様子見の小手調べでは勝てんか…」
「ッたり前でしょうが!よっと!」
「ふん…」
星魔脚カプリコヌスの加護を受けたメムのスピードはエリスの旋風圏跳さえ上回る、オマケにその力をフルに引き出して使いこなしてもいる。
故にそこから生み出される加速で瞬く間にエリスとの距離を離すと。
「『ホークグラディウス』ッ!!」
「っ!これは…!」
放たれたのはメムの腕から発せられる銀色の閃光…否、斬撃だ。
一直線に放たれた斬撃はエリス目掛け飛来し、その回避によって空を切れば代わりに時計塔の壁に直撃し、これがまた綺麗すっぱり切れてしまう。
これが刑死者メムの本来得意とする魔術、シンの記憶にある通りの魔術。
その名も『切断魔術』、あらゆる物体を切り裂き切断する最高段位の攻撃性能を誇ると言われる魔術の一つであり、人間に向けての使用は禁じられているものの一つだ。
が…シンの記憶では三年前の時点ではこんな鋭く大規模に放つような魔術ではなかった、どうやら魔術もかなり鍛えたようだ。
「逃すか!『スネークフランベルジュ』!」
「わわ!ちょっ!ちょっ!」
次いで放たれるのは無数の光り輝く蛇の如き斬撃の雨。それから逃げるように四つ足をついて地面を駆け抜け大地を疾駆する、あれはちょっと受けられない、明確な防御手段が今のエリスの手元にはない。
どうするべきか、そんな悪態混じりの視線を斬撃に向けた瞬間気がつく。
(あれ?メムがいない)
その瞬間エリスの不意をつくように放たれる蹴りが側頭部に叩きつけられ思わずつんのめりバランスを崩しゴロリと地面を転がる。
「わかるか、エリス」
「っ…何が?」
見ればいつの間にかエリスの側面に立ち足を上げていた、カプリコヌスでの超加速で斬撃の雨を迂回してエリスの側面を叩いたのだろう。厄介だな…あれ。
「俺は今四つ装備しているロストアーツのうちカプリコヌス一つしか使っていない。それでこの差だ」
「…………」
「四つ全て解放すればお前を殺すなど容易いのだ、俺はお前を超えた」
「なるほど、道具に頼ってエリスを超えたつもりですか?」
「そうだ、お前の人生をかけた修練などその道具によってひっくり返される程度のものでしかなかった…というわけだ」
見てみろ、メムの嬉しそうな顔を。あいつはきっとエリスの事を…いやエリスの人生を否定したくてしたくて堪らなかったのだろう。
だがそのセリフを言うのは早かったな。
「それはエリスが本気を出してから言うべきでは?」
「…なら使ってみせろ、魔力覚醒を」
「いいえ、貴方には使いませんよ。だってそれをしたらエリスの負けじゃないですか。貴方の言うエリスの修練の否定をエリス自身が肯定することになる、だから…使わずに勝ちます」
「無駄な虚勢を」
「そりゃあどうですかね」
メム君も分かってないなぁ、貴方がロストアーツを一つしか使ってない?それを言ったらねぇ…。
エリスも魔術を一種類しか使ってないんです。
「メグさん!」
「はい?」
「メリディアとリープを連れて外に!後…」
「わかってますよ、ここ…ぶっ壊すんですよね」
「いえ、結果的に壊れるだけですのでまた謝っておいてください!」
「……はぁあ〜〜」
何やら頭痛に悩まされるようにこめかみに指を当てため息を吐くメグさんには申し訳ないが、このレベルの奴と街中で戦おうと思ったらそりゃ…この時計塔一つで済むならか安いくらいだと思ってしまうのは…エリスが彼女の言う通りの暴れ馬だからかな。
「分かりました、ただし外には被害は出さないでください」
「アイアイ!」
「くだらん、覚醒を使わず俺を倒せるものか!」
時界門を使い呆然とするメリディアを連れて消えるメグさんを確認した瞬間。コキコキと指を鳴らし…。、
「さぁ!行きますよ!」
まず握るのは拳、それを高く掲げ…メムではなく、時計塔の石畳へと叩き込み。
「光を纏い 覆い尽くせ雷雲、我が手を這いなぞり 眼前の敵へ広がり覆う燎火 追い縋れ影雷!、紅蓮光雷 八天六海 遍満熱撃、その威とその意在る儘に、全てを逃さず 地の果てまで追いすがり怒りの雷を!『若雷招』!!!」
「それはシン様の…ぬぉっ!?」
流し込む雷はその熱量で大地を砕き、さながら電撃の噴火の如く床を引き裂き大爆裂を引き起こしメムの体を光の中へと消し去り吹き飛ばす。
「そこ!絶地絶天の煌めきよ、今この時のみ我が手に宿れ『雷紋金剛杵』!」
次いで飛ぶのは黄金の一閃。否、電撃を纏ったエリスの拳だ。雷芒を残し真っ直ぐにメムに飛び叩き込まれるそれはメムのローブを焼き焦がし衝撃と共に拡散された電流がメムの背を抜ける。
「ごはぁっ!?」
「まだまだぁっ!!」
内臓を焼き焦がされ口から血を吐くメムの頭を掴む、まだ終わると思うなよ…テメェがアルカナであるならエリスに手を抜く理由はないんだからな。
「天を引き裂く雷轟、神の作りし鉄槌を模倣し人の業として今顕現せん…」
「ま…」
「『雷冥鳴神落とし』ッ!」
電流を放ち宛ら落雷の如き勢いでメムの頭を地面に叩きつけ轟く雷鳴にメムの悲鳴がかき消される。至近距離で叩き込まれる雷と衝撃は応えるだろう…。
「ほら、早く他のロストアーツも使わないと…。見せる前に終わっちゃいますよ」
「……ごの…、上等だ!使ってろう!星魔拳!『エーテルフルドライヴ』…」
刹那拳を包む星魔拳タウルスの魔力を解放しながら起き上がり…。そして────。
「『魔訶劫殺十方暮』ッ!!!」
「げふっ!?」
しかし、立ち上がった物のその拳を振るうことなくエリスの魔術が先制する。全方位に放たれる風の槍襖に全身を引き裂かれ吹き飛ばされ、吐血と流血にまみれ地面を転がり…。
「ご…がぁ、こ…こうなったら…星魔鎧『エーテルフルドライヴ』!」
「出し惜しみしてるんですか?」
ローブを脱ぎ去りその下に着込んだ黄金の鎧を露わにするメムは、籠手と脚甲の上にさらに星魔鎧レオンまでも解放する。
「この鎧…星魔鎧はあらゆるダメージを吸収し魔術として相手に自立反撃する無敵の守り、最早お前に打てる手は…」
「アホらしい、反撃が来る?なら…」
足元に転がっているネジを拾う、あの鎧はダメージを吸収して的に反撃する力があるらしい、あらゆるダメージを吸収するその鎧はある種の無敵にも聞こえる…だがわからないかメム、そんなものに意味はないと。
「穿て神を、貫け天を、我が一閃は何物にも阻む事叶わず」
「負けるわけにはいかん…シン様の名にかけて!『グリズリーエクスキューショナー』!」
加速を齎す星魔脚カプリコヌス、爆発力を増加させあらゆる攻撃を三段階上の攻撃へと昇華させる星魔拳タウルス、そして全ての攻撃を吸収し自動的に反撃する無敵の防御を持つ星魔鎧レオン。
そしてこの三つを解放したことによるシリウスの血から得られる魔力的バックアップを受けたメムが繰り出すのは両腕を覆うほどの斬撃を纏っての突撃、如何なる攻撃もレオンで弾き瞬く間にカプリコヌスで接近し、タウルスで敵を切り砕く…そんな戦法なんだろう。
だが、エリスは構わない。何も構うことなく握り締めたネジを電撃で多い…圧倒的な電磁力で遂に浮遊させ。
「死ね!エリス!」
「しかして刮目しその威容を拝んで死ね、『雷挟光煌破星砲』」
かつて、ヘッドが見せた『電磁力砲』。圧倒的な電磁力で物体を浮遊させ信じられない程の勢いで射出する大砲…それをエリスは片手で作り出し撃ち放つ。
その威力はネジ一つで巨大な鉄門を吹き飛ばしたヘットの大凡五倍。発せられるエネルギーも破壊力も桁違いのそれが一瞬…音も光も凌駕しメムへ放たれ…そして。
時計塔の一階部分に相当する地点が融解し、歪んだ。
……………………………………………………
「おや、一撃で吹っ飛ばせばいいかと思いましたが…存外丈夫ですね、その鎧」
「ッ…………」
ドロドロに溶けた地面の上に膝をつくメムの着ていた鎧は、その本来の役目を発揮することなく熱で歪み…バチバチと電気を迸らせ生き絶えるように静まり返る。
「いやぁ危ない危ない。勢い余ってその鎧を粉砕するところでした…壊すにしても粉々にするつもりはないんですよね、エリス」
「ッ……」
エリスの言う通りレオンは停止した、受けた衝撃が開発段階で想定されていた最大威力を遥かに上回っていたせいで吸収しきれずキャパシティオーバーを起こしたのだ。そしてそれでも吸収しきれなかった余剰分だけでもこの威力。
メムはこの鎧を身につけていなければ今の一撃で死んでいた。
(リープのみならず、俺までもが通じないだと…)
メムは戦慄していた。エリスが全力を隠していることは知っていた、だがこちらも魔力覚醒とロストアーツの完全解放という手を残しているが故に最終的には自分が上回る算段を立てていたのだ。
だが今エリスが見せた戦いは、全力ではなくともエリス本来の戦闘スタイルだった。圧倒的な破壊力で周囲を粉砕しながら相手を撃滅するスタイル…単純明解でありながら強力無比、エリスの絶大な実力も相まって一度勢いづくと止められない。
恐らく、エリスがこのまま魔力覚醒の完全解放まで持っていけば、メムの今持てる全ての力をぶつけても…。
(あれほど修練を積んで、魔女の技術に魂を売っても…届かないか)
言い訳をすれば、メムはここに決着をつけるつもりで来ていない。メムがいるのは保険…リープがしくじったから回収しに来ただけ、だがエリスを見たら…辛抱が出来ず有り合わせの装備で挑んだだけ、いや挑んでしまった。
まさかこれほどに差があるとは思わなかった、魔力覚醒を会得しアリエに並ぶだけでは倒せないどころか全く通用さえしないとは。
(今のエリスの実力はどう軽く見積もっても八大同盟の大頭目クラスでなければ相手にもならん領域にある…!)
メムが一生修練を積んでも届かないと思い知らされたマレウス・マレフィカルムの八大同盟を統べるボス達。どいつもこいつも深い闇を見下ろすような底無しの力を持った悪魔達。
奴等のような真性の怪物でなければエリスには勝てない。今ここでメムがどう足掻いても…。
(通じない…敵わない、…だが諦められもしない。仕方ない…か、もう手段は選んでられない)
本当は受ける気は無かった、本当は自分自身の力だけでなんとかするつもりだった。
だが、もう手段を選んでられない。エリスは独力では倒せない…なら、奴に魂を売るしかあるまい。
「さぁ、ロストアーツを返しなさい。ボスである貴方がこうして敗れた以上新しいアルカナに未来はありませんよ…大人しく捕まりなさい」
そう手を伸ばすエリスに、メムは最後の力を振り絞り……。
「魔力覚醒…!」
「む…」
メムがこの三年の間行った死すら厭わぬ拷問の如き修行により会得した極技。憧れ手を伸ばしたアリエ達と同じ段階に立った証拠…、それを今解放する。
「『獄死之縊鬼』」
皮膚が破けて刃と化し、爪は尖り穂先と成り、髪はザラリと音を立てて針となる。全身を鋼鉄へと変じさせ瞬く間に銀色の鬼と化す魔力覚醒『獄死之縊鬼』。身体を進化させるタイプの魔力覚醒だ。
これを用いてエリスと戦えばさっきよりもまだマシな戦いが出来るだろう。だが…勝てるかは怪しい。
勝てるかどうか怪しい戦いではダメだ、俺は何が何でも絶対にエリスに勝たなければならないのだ。
でなければ志半ばで散った多くの同志やその尊厳を踏み躙られた仲間達の無念が浮かばれぬ、何より…命懸けで最後まで戦ったシン様にあの世で顔向けできん!。
故に。
「『エーテルフルドライヴ』…星魔槍アーリエス」
「それは…なるほど、本気で来ますか」
四つ目のロストアーツを解放する。星魔槍アーリエス…伸縮自在にして千変万化の槍、それを取り出し…。
「荒れ狂え!『波濤突き』!!」
銀色の槍は俺の言葉に従い穂先を伸ばす、まるで海原の上で荒れる大シケの如く槍は右へ左へ直角に曲がり無数に枝分かれし即座に部屋の中を刃の森を顕現させる。
そうすれば自然とエリスもまた受け身の姿勢を取り、その瞬間隙が生まれる。
そこを突く。
「ぎぃぃいいいい!!!」
「え?あ!まさか!」
そう、そのまさか。メムがこの場で行ったのは攻撃ではない…逃亡だ。
即座に槍を手に刃だらけの肉体を強引に動かしエリスの脇を抜けカプリコヌスの加速にて一気に駆け抜け逃亡したのだ。
だがタダで逃げるわけにはいかない。こうなってはカンケールの回収は不可能、だが…せめてこちらだけでも。
「あ!なんか出てきた!って…メム!?」
「しまった…!逃走か!」
時計塔の壁を食い破り、外で待機しているメグとメリディア…そして二人が拘束しているリープを目指し、再度カプリコヌスで加速し襲いかかる。
「させるか!!」
そこでいち早く動くのはメリディアだ、剣を抜いて逃走しようとする俺の道を阻むが…。
こいつ程度に今更止められるか。
「邪魔だ!雑魚は退いていろ!!」
「なっ!?は…早い!」
体をグルリと回し全身の刃でメリディアの攻撃を退けると共に、スラリと一筋の刃が煌めく太ともを鎌のように振るう回し蹴りならぬ回し斬りにてメリディアを剣ごと吹き飛ばす。
「メリディア様!…させません」
逆に冷静にその場から動かずリープを守るように立つメグは強敵だ。師団長であり魔女の弟子であるこいつは一蹴出来ない…があんまりモタモタしてるとエリスが来る。
(それだけは避けねばならない、仕方ない…どうせ今持っていても仕方ないのだ)
ナイフを構え迎え撃つ姿勢のメグに向け、突進しながらメムはその腕を振るう。
斬りかかったのではない…投擲だ、手に持った星魔槍アーリエスをメグ向けて投げ放つのだ。
となれば当然。
「な!?ロストアーツを!?」
冷静なメグはロストアーツを受け止めてしまう。奴らにとってもこれは取り返したい代物。だからこそ確保する為に槍を受け止めざるを得ないのだ。
両手を使い槍を受け止めたメグの隙を突き、リープの首根っこを掴みその麻縄と猿轡を引き裂き屋根の上に引き上げる。
「しまった!」
「待て!メム!エリスと決着つけるんじゃなかったんですか!」
ようやく追いかけてきたエリスが時計塔の瓦礫の中から現れ、既に月登る夜空を背に町の屋根に立つメムの影を睨みつける。飛びかかってこないのは既に手遅れであることを理解しているからだろう。
「ごめんねメム、助かったよ」
「構わん、俺も負けたからな」
「それより良かったのかい、槍を与えてしまって」
「それも構わない、事情が変わった…剣の確保が難しいことが分かった。計画を軌道修正する必要がある」
「なるほど、分かった…」
「………………」
「エリス様?追いかけないのですか?」
「無理です、向こうにカプリコヌスがある以上この距離で追いかけっこをしても勝てませんし…何より闇雲に追いかけて罠に嵌められたら本末転倒です」
「そうですか…なら」
「いえ、時界門もいいです…、どの道奴が全力で逃げに走ればそれを止める手立てはありません。今は無駄なアクションは避けるべきです」
エリスは何考えているのか、既にこちらの追跡を諦めているのか、ジッとこちらを見据えて何かを考えている。まぁもし追いかけてきても振り切れる自身がある、メグ・ジャバウォックが転移を使っても然りだ。
つまりこの距離がついた時点で、俺の逃走は成功している。
「そういうわけだ、今回は見逃してやる」
「エリスは絶対に見逃しません、貴方が例え穴の中に隠れようが岩の下に隠れようが必ずこの腕が貴方の首を掴むことを約束しましょう」
アイツ目が本気だ、覚悟も信念も兼ね備えた本当の本気だ。こんな恐ろしいのを相手にしてたのか…他の幹部たちは。
だが俺は他の幹部のように負けるわけにはいかない。ここは涙を飲んででも逃げるべきだ。
「行くぞ、リープ」
「分かった…」
「…覚えてろ、エリス」
今は逃げる、三年も追い求めた存在を背に俺は逃げる。次は確実に殺すため…本格的に計画を始動させる時が来たようだ。
………………………………………………
「行ってしまいましたね」
「どうせ戻ってきます、奴等の狙いは分かりましたから」
闇に消えるメムとリープを見送るようにエリスはただただそちらの方角を見て立ち尽くす。追いかけても結果は変わらない、なら無闇に行動するべきではないと判断した。
そして奴等の目的も分かった、奴等はエリスを狙ってる。ならまたエリスに対して仕掛けてくる筈だ、その時捕まえればいい。実力の程は分かったしね。
「それより状況の確認です。メグさん、宿屋の入り口に放置したあれはどうしました?」
「アリスとイリス率いる冥土大隊に見張らせています。連れて来させますか?」
「お願いします、奴らからは聞きたいことがあります」
「畏まりました」
メグさんは返事をしてから行動が早い。瞬く間に時界門で何処かに転移しその場から消える。
きっと直ぐにセオドアたちを連れて戻ってくるだろう。
「…メリディア、大丈夫ですか?」
「なん…とか。くそっ…情けない…部下の仇たちをみすみす逃しちゃうなんて」
「そこについてはエリスも謝罪します。もっとエリスがしっかりしていれば逃げられずに済んだのですが…、それにドヴェインとシーヌはエリスが巻き込んでしまったようなものですし」
「…………、ううん。あの二人は軍人だよ?任務についた時点で己の命に責任を持ってた筈だよ、でもそれはそれとして私は部下の仇を取るつもりだけどね」
「強いですね、メリディアは」
「私が?…強い?、よく分からないことを言うのね、エリスは」
チラリとメリディアを見てみれば、うん…身近な人間が死んだことを悪い意味で引きずっていない。エリスがリーシャさんを失った時みたいな…茫然自失として自分を見失うようなことにもなってない。
悲しみや諦念を塗り替える目的を…この短時間で生きる目的を見つけたんだ、メリディアは強いな。
「エリス様、首謀者たるセオドアを連れてきました」
「しゅ!?首謀者って!やめてくれよそんな言い方…あてて」
すると、エリスの予想通り時界門を潜ってメグさんと両腕を拘束されたセオドアが戻ってくる。セオドア…こいつにゃ色々聞きたいことがある…と睨みつければ先程の戦いを思い出したのか、セオドアはそそくさと目を逸らす。
「他のはどうしました?」
「アリスとイリスに護送させました、こいつはあの中で一番口が軽そうですので」
「なるほど、さて?セオドア支部隊長…今回の顛末は知っていますか?、貴方のせいでここにいるメリディアの部下二人は殉職し時計塔もこの有様です」
(時計塔はエリス様のせいな気が……)
「ま、待ってくれって…俺達は脅されただけなんだよ、家族を人質に取られて…俺は家族を見捨てられねぇよ。悪いとは思ってる…けど」
「そういえばそんなこと言ってましたね」
そのことについては聞いている。セオドア達はアルカナ達に家族を人質に取られていた。拉致されていたわけではないが家族のいる故郷をアルカナに知られていた、もし断れば確かに何をされるか分からないな。
まぁ、そこに関しては同情の余地があるからエリスも特に何かをしようとは思わない。彼を裁くのは軍法会議だ。
それより聞きたいのは。
「貴方達はアルカナにどういう風に接触を受けたんですか?」
「どうやって…って、普通に支部を訪ねて来たんだよ。最初は客人かと思ったが奴等の態度と手に持ったロストアーツで本物って気がついて。それからはもう…脅しに従うがままだ」
「つまり最近までアルカナはこの街に潜伏していたと?」
「それは分からねえ、ただ…いつでも見張ってるって。軍に告発したらこちらからは警告もせず処罰を与えるって…」
「そうですか、…何か奴等について知ってることは?」
と聞くが、セオドアは静かに首を横に振る。まだ奴等を庇ってるって可能性が消えたわけじゃないから完全に信じるわけにはいかないが、とりあえずこれは真実であるという過程で進めておこう。そうしないと話が前に進まない。
「アルカナについて調べようとも思わなかったんですか?」
「思わねえよ…バレたら怖いし。…あ、でも一人居たな…アルカナを探って逆に脅してやろうなんて言ってたやつが」
「誰ですか?この支部の隊員?」
「いやこの街出身の男だ、アド・アストラの職員とは聞いていたけど…兵士かどうかまでは。ただそいつはどっからかこの街の話を聞きつけて来てな?、アルカナを追ってるから情報をくれって言ってたんだ、あいつらに痛い目見せてやるって」
「名前は?」
「ま、待てよ?えっと…確か。イーサン…スフェーンとかそんな名前だった気がする」
気がするってそんな曖昧な、こいつこの場を切り抜けるために法螺吹いてるんじゃないだろうな。
でももし真実なら、そのイーサン・スフェーンなる人物を追えばアルカナについて何か分かるかもしれないな。アド・アストラの一員でありながら上に報告せず一人でアルカナを追ってたんだ…きっと軍も知らない何かをつかんでいる可能性が高い。
「知ってますか?メグさん」
「いえ、聞いたことがないですね…。後日冥土大隊に探らせます」
「お願いします」
もし何か分かれば、例えば奴等の潜伏先でも分かればこちらから仕掛けることもできるし…もしかしたらそれ以上の何かが分かるかもしれない。情報は多く取るに限る、今度は逃げられることなく確実に捕まえるために。
「……なぁ、俺はどうなるんだ?」
「私からは何も、ただ隊員二名の殉職という被害を出してしまった以上…無罪放免はないでしょうね」
「そうか…、なぁ?メリディア…だったか?」
「……私?」
「ああ、悪いことをしたな…なんて言っても償いになるわけじゃあないが。今の俺にはそれしか言えない、すまなかった…」
「…………ん」
自分がしでかしたことの重大さは理解している、その上でもアルカナに従うより他なかったという選択をしたセオドアは申し訳なさそうに項垂れる。
もう彼から聞けることはない。少なくともこの場で精査出来る情報には限りがある。だから後はプロにお願いするべく回収にやって来たアリスさんとイリスさんにセオドアを手渡し一旦この街での騒動は幕を引く。
「謝られちゃった、無体な態度とっててくれた方が楽だったのに…」
「メリディア…」
「…………」
割り切ったとは言え辛そうだな。…アルカナの攻勢はなんというか狡猾だ、今回は逃してしまったが…あんまり放置していてもいい問題でもない。これ以上被害が出る前に早く捕まえたいな。
「さて、失う物もありましたが成果をありました。奴等の動向を少なからず掴めたのと…ロストアーツを二つ奪還出来ました」
「これでこちらのロストアーツは三つ、向こうは七つ…エリスが一つ壊したので使えるものは六つですね」
「エリス様は魔力兵装を壊す天才でございますね」
「褒めないでくださいよ、…それよりも気になる事がいくつか出来ました。早く本部に戻りましょう」
「おや?気になる点とは?」
「アイツらがロストアーツに拘った理由です。まだエリスの知らない何かがありそうですし、何よりアド・アストラ内部に奴等の手がどれだけ伸びているのかも確かめたいです。もしかしたら内通者云々どころの騒ぎではないかもしれませんから」
セオドアも言ってみれば内通者だ。エリスが探している人物ではないにせよアルカナと通じていた、これがセオドアやファーグス支部だけの話とは思えない。
一体どれだけの支部が奴等の毒牙にかかっているのかを確認する必要がある。
「なるほど、確かに些か状況が変わりましたね。では一旦」
「ねぇ、エリス…様とメグ師団長」
「ん?」
「はい?」
ふと、呼び止められるメリディアに足を止めて振り返る。まだ何かあるだろうか…、なんて思うわずとも彼女の言いたいことはわかる、それくらい覚悟を秘めた顔つきをしていたから。
「二人はアルカナを追っているのよね」
「……ええ」
「内通者とかなんだとか、色々気になることはあるけれど…。ねぇ、私にも協力させてくれない?」
「…………」
「軍を通さず二人は独自に動いているんだよね、…このまま私が戻ったらきっとこの話には二度と関われない、あるいはそれでもいいのかもしれないけれど…隊長としての私はそれじゃダメだと思う」
「…………」
「部下二人の仇を取りたい、名誉何も要らないから…だから」
「…メグさんはどう思います?」
メリディアの言いたいことはわかる、部下二人殺されておいてお前は黙って見てろよとは言えない。仇を取りたいというのならそれもいいだろうとは思うし…きっとメリディア自身今回の結果には納得がいかないだろう。
だがエリスに決定権はない、いや一応幹部だからあるんだろうけど…メグさんに聞いてみる。すると。
「いいんじゃないんですか?その方がエリス様もいいでしょう」
「え?…ああ」
チラリと、メグさんが眼鏡を直すようなジェスチャーを見せる。つまりエリスがまたメリディアの小隊に戻った時メリディアがエリス達と同じ目的で動いていた方がやりやすいだろうからだ。
なるほど、それなら願ったり適ったりか。
「そういうことですね」
「?、何?なになに?どういう事?」
「メリディアにも協力をお願いしたいって事ですよ、これから頼りにさせていただきます」
「ほんと!…ありがとう。絶対に役に立つから!」
やや頬を紅潮させながらやる気満々とばかりに両拳を握るメリディアさんを見て思わず笑みが溢れる。これは頼もしい限りだ。
さて、ならもうこの街には用はあるまい。またメルクさんのところに戻って情報を改めてこれまた行動だ。
まだまだ時間的に余裕があるとは言え、今回の一件には一応一ヶ月以内というタイムリミットがあるし…早いところ解決してしまおう。




