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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十一章 魔女狩りの時代と孤高の旅人
369/835

329.魔女の弟子と旧友


不慮の事故(故意)で正体を隠すメガネを失ったエリスは、不可抗力とはいえ本来の姿でアド・アストラに改めて帰還することとなった。


全てはアド・アストラ内部の裏切り者を炙り出すため…だったのだが、その前にメグさんからもたらされた新情報。


『アジメクの南西の街ファーグスにアルカナ幹部らしき人物の目撃情報有り』との噂話。もしこれが本当でアルカナ幹部を捕まえる事が出来れば裏切り者云々なんて話すっ飛ばして事件解決。


故にエリスはその噂話の真意を確かめる為、今度はメグさんと一緒にファーグスへと向かうことになったのだが。


「この街に、メリディア達もいるんですよね」


「らしいですね、嫌ですか?エリス様」


「嫌…ってわけじゃあないんですけどねぇ」


イオさんからお話を頂いてから直ぐにポータルステーションに移動し、メグさんと一緒にたどり着いたのはアジメク南西の街ファーグス。


近未来的な様相の星見都ステラウルブスとは違い、国の中心地から離れているからかこの街はまだかつてのアジメクらしい風光明媚な様を残していると言える。


煉瓦の家、牧草の積まれた山、あちこちに咲き乱れる花と、街の中心に聳え立つ名物の時計塔。なんともアジメクらしいじゃないか、こっちの方が故郷感がありますね。


ただ、どうやらこの街に先遣隊としてメリディア達第七百七十二小隊の方々が来て先に調査をしているらしい。しかしメリディア…一週間の休暇を取ったと言っていたのにそれも三日で終わりなのか?。


「メリディア小隊長はオライオンでの戦いの後、直ぐにこちらに移動したようですよ」


「え?知ってるんですか?」


「ええ、彼女を取調室から解放した理由が『仕事に向かった部下達を助けに行くため』ですから。その時は内容を伺う時間もありませんでしたが…なるほど、こういうことでしたか」


アルカナの目撃情報という大きな仕事を前に休暇を早めに切り上げクライヴ達と合流したってところかな。メリディアはあれで仕事が出来るからそういう面でこき使われているのだろう…彼女も大変だな。ちょっと同情する。


「なるほどなるほど、大体分かりました。…じゃあ行きますか、メグさん」


「はい、そうですね。エリス様」


何にせよ動き出さないと始まらない。この街にアルカナがいる『かもしれない』のならもしかしたら既に捕捉されている『かもしれない』し、エリス達をいつ襲おうかと算段を立てている『かもしれない』。


かもしれないを前提に動くなら、同時に色んな『かもしれない』を警戒する必要があるんだ。


「あ、お待ちをエリス様」


「なんですか?…って、なんでスーツケースなんか持ってきてるんですか」


「パジャマとかトランプとか…」


「遊びに来てるをわけじゃないんですよ?」


「でも久々にエリス様と遠出するわけですし…」


むにゅっと唇を尖らせながらスーツケースを抱えてついてくるメグさんに、思わず吹き出してしまう。師団長になってもそういうところは変わらないんだな。


「そういえば三年ぶりですね、こうやって二人で遠出するのは」


「はい、もう懐かしいですが…あの旅路は私に取って刺激的でしたから」


「今思えばメグさんとはエトワールからアジメクまでの付き合いでしたね」


「奇しくもポルデューク横断を共にしましたね」


そう思うと連続してずっと付いてきてくれた仲間の中ではメグさんが一番長い時間一緒にいたかもしれない。最初会ったときはなんて奴だとも思いもしたが、仲良くしてみればこんなにもいい人なんだ。


「またみんなと旅に出たいですねぇ」


「それは流石に難しいかと。ラグナ様やデティ様やメルクリウス様は今はもうそりゃあ忙しいですから…」


「わかってますけど…、エリスみんなと海行きたいです」


「海ですか。いいですねそれも」


なんて無駄話をしながらエリス達は二人でファーグスの街の大通りを歩く。こうしてみている感じ普通の街だな、なんだってアルカナはこんな街に潜んでいたんだ?。


「…しかしエリス様」


「うん?、なんです?」


「実際、どうします?メリディア様とは連携を取られます?」


「あー…」


メリディアと連携を取るかどうか。と言われれば取らない手はないのが実際のところですよ。だってエリス達はここに来たばかりなわけですし、少し前からここで情報を集めているメリディア達と連携した方が立ち上がりとしては完璧なわけでして…。


「ん、連携しましょうか」


「…あまり乗り気ではなさそうですね」


「ええまぁ、かなり嫌われてますからね」


「何故そこまで嫌われているのでしょうか」


「こっちが聞きたいですよ、でもまぁエリス自身そんな人に好かれるタイプではないのでね」


「あら、私はエリス様のこと大好きですよ?、ほら。ギュー」


「あはは、それは分かってますよ〜」


腕に抱きつきながらエリスと一緒に歩いてくれるメグさんの頭をややぞんざいに撫でつつ、二人で街中を歩く。コート姿の女とメイド姿の女が抱き合いじゃれつきながら歩く様はそれなりに注目を集めるが…まぁ、別にいいか。


「では先にメリディア様を探す…ということでいいですね」


「……ええ、お願いします。何処にいるか分かりますか?」


「恐らくマーキュリーズ・ギルド系列の宿屋に宿泊していることでしょう」


そういえばアド・アストラの職員が遠方に出張した際は無料で使えるんだったか。ということは一応星証を持つエリスも無料で使えるということになる。って…いうことはだ、メリディアと同じ宿に泊まることになるというわけで…。


やめよう、彼女を腫れ物を扱うみたいに考えるのは。


「それはそれとしてお腹空きません?」


まぁそんなこと今考えても仕方ない。それよりいつ襲われてもいいように腹拵えをしておこう。エリスの経験談から言わせて貰えば一度事態が進んでしまうともうご飯もトイレもする暇がない、だからエリスは常にそういう生理的欲求は直ぐに解消するよう心がけているのだ。


「む、買い食いですか?いいですね」


「エリスあれ気になってるんですよ、メルティーサンド」


「マーキュリーズ・ギルドの参加で勢力を伸ばしている軽食店ですね。確かにあの店のサンドイッチは美味しいですよね。私のオススメはパクチーハムサンドのマスタードマシマシです、辛くて美味しいですよ」


「たはは、そういうお話をしてたらますますお腹が減りますね。よっし!じゃあ早速食べますか!」


チラリと大通りに視線を走らせれば…やはりあった、メルティーサンドの看板。というか流石は魔女大国…見渡す限りマーキュリーズ・ギルド傘下の系列店ばかりだ。こりゃあ大儲けしてそうだな。


「あらお嬢ちゃん達、ウチで買っていくかい?」


「そうしようかなと思っています」


「そりゃあいい、存分に選んどくれ」


快活そうなおばさんが店番を務める店先へとメグさんと共に立ち寄ると、二人で顎に指を当て何にしたものかと考え込む。因みに金銭面に関しては今エリスはかなりの余裕がある。


というのもですよ。実は幹部として復帰する旨をアド・アストラに報告したその時にエリスの手元に莫大な量のお金が届いたんですよ。


メグさん曰く『今までお渡しできなかった分のお給料でございます』とのこと。一応エリスはアド・アストラ創立前から所属していることになり、所属している以上給料は発生する…それも幹部となればかなりの額の。


デティが『エリスちゃんは仕事してないから給料なしね』にはしなかったからこそ、エリスは今金銭的に余裕があるんだ。彼女には何処までも感謝しないといけないな。


さて、何を食べようか。メルティーサンドの売りはなんといっても具材から味付けまでこちらが口出しできることにある、とくれば…。



(朝から動きっぱなしで正直お腹ぺこぺこですね。ここはがっつりベーコンで飢えを癒すとしましょう、となれば必要なのはレタスの水気と食感…味付けには何がいいでしょうか。やはりやや重くなりますがチーズも捨て難いですね、後はメグさんの言ってたマスタード、いら…もう少しまろやかにハニーマスタードで行きますか)


「熟考してますねエリス様…」


当然だ、街に来て最初の食事は妥協してはいけない。ここはしっかり選んで…。


「ではエリス様、まずは私から注文しますね、すみませんおばさん。パクチーいっぱい挟んでください、それにマスタードガンガン掛けてください。それとハバネロあります?おまけでハム挟んでください」


「お…お嬢さんそれ食べるの?」


「はい、お願いします」


相変わらずの趣味ですね。まさかそこからさらにはあれ掛けないよな…あの劇物を。


なんて呆れているとチラリとおばさんの視線がエリスに。『お前は何にするんだよ』と伺うような目…、よし。じゃあエリスの注文は。


「じゃあエリスは…」


「あ、すみません!おばさん注文いいですか…え?エリス?」


「へ?」


ふと、エリス達の横に並ぶように現れた人影が、エリスの名前を復唱し…エリスとほぼ同時に、見合わせるような形で視線を合わせお互いに相手を確認し。


「なっ!?」


「め…メリディア」


メリディアだ、この街にいると言うメリディア隊長にいきなり出くわしてしまった。


「な…なん、なんで…」


対するメリディアの顔はみるみるうちに青くなる。まるで怪物か死神にでも出くわしたみたいな顔だ。


新入隊員エリスに向けるそれとは全く違う嫌な顔。遠ざける視線。どうしてそこまでエリスのことを…なんて聞くことさえできないくらい今のメリディアはエリスとの邂逅を望んでいなかった事が分かる。


「…あんた、エリス…よね」


「え、ええ。エリスはエリスですけど」


「なんでアンタがここにいるのよ、旅に出て行方不明だったんじゃないの…?」


「いやその、アルカナからロストアーツを取り戻すためにメルクリウス様から呼び出されまして…それでこの街に……」


「フッ、ああそう…私の尻拭いのために。そっか…そっか…」


尻拭いって、別にエリスは誰かのお尻を拭きにきたわけじゃない。だが彼女からすればそう思えるんだろうな。


何せ彼女はロストアーツを盗まれた側、盗まれたからエリスが取り返しに来た。立派なケツ拭きだ、例の事件を心苦しく思う彼女にとっては望ましくないのかもしれない。


「メリディア様、少々いいですか?」


「え?、って!あんた!第四師団の…!」


「はい、メグ・ジャバウォックです」


すると今度はエリスを庇うように立ちふさがるメグさんにやや厳しい視線を向けるメリディアは、そのまま拳を握り怒鳴り声をあげ。


「あんた…、いつまで私の部下を拘束しておくつもりよ!あの子は何もしてないって言ってるでしょ!ただメルクリウス様を守っただけ!、なのになんでこんな長い期間も勾留されないといけないのよ!」


おそらく部下とはエリスのことだ、エリスはエリスでも新入り隊員の方のエリスだ。ややこしいな。


新入り隊員の方のエリスは今第四師団によって拘束されている…と言うことになっている。と言うかそうでもないとエリスが大変だからだ。魔女の弟子エリスと新入り隊員エリスは同時に存在できないからね。


だからそう言う措置を取っているのだが…、これまたメリディアからしたら部下を不当に長期間拘束されていることになるのだ。黙ってなんかいられない。


「彼女は重要参考人です。何をしたかではなくあの場に居た時点で聞かなければならないことは多くあります」


「じゃあ私を代わりに…」


「貴方には仕事があるでしょう。新入りと小隊長たる貴方とでは優先順位が違うのです」


だが残念。メグさんはこう言うペテンを利用した口先の論争ではメチャクチャ強い。なんかそれっぽい理由を真顔でツラツラ並べてあたかも完全無欠の理由があるとばかりに胸を張る、そんな彼女を前にメリディアも言い返せない。


「そして我々は貴方達第七百七十二小隊を援護に来たのです。それにエリス様はアド・アストラの幹部…、助けに来た幹部を前に小隊長が出会い頭に挨拶もなしにそんな態度を取っていいとは知りませんでした」


「っ…も、申し訳ありません」


「私的感情はあるでしょうが、今は置いておいてください」


「……はい」


カッと燃えたかと思えば今度は死んだ魚みたいに冷たくなってしまうメリディアを前に、ちょっと同情する。そんなに言わなくても…。


「さ、ちょうどいいので食事をしつつ状況報告を…、店主さん?テラス席お借りしても?」


「構わないけど…注文を、してくれないかい?」


……………………………………………………


と言うわけでだ、エリス達は早速メリディアとの合流に成功しメルティーサンドの店先にあるテラス席と言う名の路上に放置された椅子と机に腰をかける。注文を終えエリス達好みにトッピングされたサンドイッチとメルティーサンド特製のブレンドコーヒーを片手に、優雅な作戦会議としゃれこむわけだ。


「それで、この街に来てから情報収集した結果は…どうでしたか?」


「うん、えっとね」


メグさんが間をおかずメリディアへの質問を繰り出す。既にエリス達より先にこの街での情報収集を終えたメリディアなら何か知っているかと思ったが。


どうやらそうではないようだと言うことを、彼女の暗い表情が物語る。


「悪いけれど、情報はないよ。街の住人に聞き込んだり怪しい場所がないか探してみたり、変な金の動きや人の出入りがなかったかまで調べたけれど、成果なし」


「おやまぁ、それだけ調べて手応えなしですか」


「うん、というか…私の感想になるけど、言ってもいいですか?」


「なんでしょう」


「この街にアルカナは居ないと思います」


これまた思い切った断言だな。先に来て探していたと言っても精々数日だろう。結論を出すには些か急ぎすぎな気もするが。


「はて、何故でしょう」


「私の経験則になりますけど、犯罪者や犯罪組織が街に潜伏する場合って隠れ場所ってそれなりに限られるんです。空き家とか使われてない倉庫とか…でもこの街にはそう言う外から来た人間が入り込める隙間はない」


「ふむ…なるほど?」


木を隠すなら森の中、人を隠すなら街の中とはよく言うが。森の中に入れなければ木は隠せないし、街に入る隙間がないなら人も隠せない。この街にはそう言う人の目が当たらない死角となる地点がないのだと言う。


たしかに、この街はそれなりに大きいが隅々まできちんと整理されている印象を受ける。空家や廃屋などの放置された建造物もなさそうだし、アド・アストラのお膝元たるこの街には怪しい場所ってのもなさそうだ。


「アルカナが隠れるなら、こう言う街は狙わないと思います」


「そう言う心理の裏を突く可能性は?」


「ありますけど、心理の裏を突くってのはそれなりにリスクが伴います。今のアルカナにはリスクを背負わなきゃいけないほど切迫詰まっている印象は受けません」


「まぁ、筋は通ってますね」


「だから、今私達が探してるのはアルカナと言うより半ば帰る理由を探してるって感じですかね。この街には居ない。そんな前提で」


メリディアの理屈はなんとなくわかる、彼女も素人ではないからそう言う経験則のようなものは持ち合わせているしそれに則った理屈ならエリス達も飲み込める、この街にアルカナがいる可能性は低いのだろう。


だが、それでもエリスは聞かなくてはいけないことが一つある。


「一ついいですか?メリディア」


「な…なに、ですか?。エリスさん」


よそよそしいな、まぁいいけど。


「この街で聞き込みを行なったんですよね?」


「ええ、行いました」


「でも、この街にはそもそも目撃情報があったはずです。アルカナと思われる不審人物の目撃情報が…、それはどうなったんですか?」


エリス達がそもそもこの街に来ているのはアド・アストラの兵士が持ってきた『アルカナらしき人物の目撃情報』が由来だ、つまり目撃情報が自体は存在する。なのに聞き込みを行なっても全く情報なしってのは不自然じゃないか?。


「ああ、それなら一応行いました。兵士からのタレコミって話でしたけど…ここの支部に問い合わせたところその目撃情報の出所ってのが分からないんです」


「分からない?どう言うことですか?」


「兵士って言ってもこの街の支部には数十人近い兵士が駐在してるらしいんですけど、その中の誰がタレコミをしたのかわからないんです」


「…妙ですね」


あまりにも妙だ、情報は出てきてるのにその発信元が分からないなんて話を疑うなって方が難しい気もするが。とエリスが訝しげに顔を歪めるとメリディアは。


「悪戯じゃないかなって…思うんですけど」


「悪戯?」


「はい、ウチの新入りの子が言ってたんですけど…飲みの席での話がそのまま上に上がって来ちゃって、言うに言い出せなくなってるとかって」


まぁ…あり得る話だ。冗談半分で言った話が冗談の通じない奴の耳に入って冗談じゃ済まなくなるって話はよく聞く。これもその類だとするなら…確かに本部から調査のために部隊が派遣されてきた時点でもう冗談じゃ済まない。


だから実は冗談ですと言えずに…こう言うことになってると言われれば納得もできる。


「メリディアはどう思ってるんですか?、この話は冗談や嘘まやかしの類だと?」


「…………、まだ。決定的な物が出てないのでなんとも言えないですけど、少なくとも後数日調査してなにも出て来なければ私はその可能性を上に報告するつもりです」


まだメリディアも完全になにもないと見たわけではないようだ。もしこの街に本当にアルカナが居なかった場合、居ないことを証明するのは居ることを立証するより難しい、故に後数日を目処に立てているようだ。


「分かりました、ではこれからエリス達もその調査に協力します、他の小隊メンバーはどこにいるんですか?」


「今はギルド傘下の宿に泊まってますけど…、え?。エリス様も…来るんですか?」


嫌そうだなぁおい、そんな露骨そうな顔されるとエリスも傷つくよ。でも、まぁそれしかないかな…と思っていると。


「いえ、エリス様は私が用意する宿に泊まりますのでご心配なさらず」


「え?」


とメグさんがきっぱりと断る、あれ?さっきと言ってること違わないですか?。


「そうですか、…それなら」


「はい、また後で合流しましょう。我々も個別にこの街を見て回るつもりなので」


「分かりました…では」


そそくさと逃げるように立ち去っていくメリディアの背中を見ていると、やはりエリスは彼女に相当嫌われていることを自覚して傷ついてしまう。


後で合流する…か。一緒にとは言ってくれないんだな…メリディア。


「ふぅ、と言うことに決まりました、エリス様」


「ありがとうございますメグさん。でも…宿の件、さっきと言ってること違いません?メグさんギルド傘下の宿に泊まるって言ってませんでした?」


「ええ、最初はそのつもりでしたけれど…」


そういうとメグさんはやや…いやかなり遣る瀬無い顔で深く溜息を吐き。


「エリス様が悲しそうな顔をされていたので」


「え!?」


「メリディア…彼女はエリス様の昔の知り合いだと聞いていましたし今の関係性はよろしくないとも聞いていました。けどあの態度な些か行き過ぎです」


「つまり、エリスを気遣ってくれたと?」


「…私だって、友達を邪険にされたら怒ります…」


プクッとほっぺたを膨らませてエリスのために怒ってくれるメグさんの姿に思わず感動してしまう。メグさん…エリスの事を気遣ってそんな…。うう、本当にメグさんって…。


「メグさん…ありがとうございます」


「大丈夫ですよ、それよりエリス様?早速聞き込みを行いましょうか」


「はい、分かりました…」


と、食べかけのサンドイッチを頬張り、立ち上がったメグさんに続いてこちらも腰を上げた瞬間…。


「む…」


「どうされました?」


どこからか…視線を感じた、遠くからエリスを見つめるような、そんな視線に。


思わず振り返り探してみるが、視線の正体ははっきりとは確認できなかった。道行く人の誰かがこちらを見たのか…或いは。


「誰かに見られているような気がしました」


「アルカナですか?」


「分かりません、そこまでは。けど…敵意はあんまりなかったような気がします」


エリスは師匠程視線に敏感じゃないが、それでもその視線に殺意や害意が乗っているかどうかの判別くらいはつく。そんなエリスから言わせて貰えば…先ほど感じた視線からはそう言った薄ら寒い物は感じなかった。


恐らくエリス達の異様な佇まいが視線を引いたのだろう。


「そうでございますか、まぁエリス様は目立ちますからね」


「年中メイド服姿のメグさん程ではない気がしますが…」


「あら、そうですか?ならもっと世情に溶け込める格好をした方がいいでしょうか」


「いや、メイド服姿以外のメグさんを想像できないのでやっぱりやめてください」


それにメグさんにそう言ったファッションを期待出来ない。この人は酔狂と悦楽で生きてる人だ…アホみたいな格好をしかねない、それこそ隣を歩くのもはばかられるような…。


「さて、ではまず支部に向かいますか」


「ええ、本当にただの冗談だったのか…、確かめに参りましょう」


そう語りながらエリスは視線を上にあげ時計塔で時間を確認する。どこからでも見えるあの大きな時計は現在昼頃を指している、今から支部に行って…調べ終わるのは夕方頃になるだろう。その時またメリディアと再会するようにしようかな。


なんて頭の中でスケジュールを立てながら、エリスは口の周りについた食べかすを舐め歩き出す。


……………………………………………………


アド・アストラ・ファーグス支部。それなりに栄えている街に存在する支部だけあって建物の威容もそれなりに立派であり、森の中に半ば放置されているズュギア支部とは比べものにもならない大きさを持っている。


所属人数約五十名を越すそれなりの大所帯へアルカナ目撃情報の信憑性を確かめるため、エリスとメグさんはファーグス支部を電撃訪問し─────。



「すみませんっ!!あれ!俺たちの冗談だったんです!」


「…冗談」


エリス達が支部を訪れてより数分、今エリス達はゾロゾロと支部の中から現れた隊員達に挙って頭を下げられ、例の件が嘘であったと告白されていた。


事の始まりは簡単だ。エリス達が支部を訪れ受付のお姉さんに身分証明を行なった所。ビールッ腹の支部長さんがすっ飛んできて。


『こ、これはこれはエリス様にメグ様!このような所にいかなる様で!』


と…血相変えて飛んできた。まぁ一応大幹部であるエリスと師団長でもあるメグさんがセットで現れたらそりゃあびっくりもするし顔色も変わる。


そんなエリス達が来た要件…アルカナの目撃情報について聞きたいと伺うと、支部長は難しい顔をしながらヒゲを撫で…そうして連れてきたのがこの支部隊長セオドアを含む数十人規模の隊員達だった。


「まさか、こんな大事になるなんて思わなくて」


と目を泳がせながら頭をあげる彼こそがセオドア、ワイルドなドレッドヘアーに厳つい顎髭が特徴の兄貴分気質な男であり、この支部の隊員達を纏める隊長の地位に立つ男でもある。


そんな彼が部下の兵士達をワラワラと連れ、いきなり例の件は俺たちの冗談だったとカミングアウトする。


「実は、俺が酒の席で街で見かけた怪しい風体の奴を『もしかしたらアルカナだったりしてな』なんて冗談めいて言ったのを誰かが本気で受け取ったらしくて、そのまま上に報告して…こんなことになってしまいました」


「その怪しい風体の奴というのは本当にアルカナじゃないんですか?」


「はい、この街にゃアルカナなんて居ません…なのに、それを確認するために小隊が来て俺たちに話を聞き始めて…、今更冗談でした…なんて言い出せなくて」


メリディアが語った大凡の予想が的中する形になったな、冗談だったけど今更言い出せなくてその場では誤魔化してしまったと…。


「で、幹部が来たからいよいよ誤魔化せないと」


「はい、ここで誤魔化したら…マジでやばいことなっちまいますから、支部長にもお話しして…本当のことを言おうかと」


「なるほどなるほど」


支部長もセオドアさんもすげー申し訳なさそうにしてる。ただの冗談が幹部と師団長を動かしてしまった件を本気で気に病んでいるようだ。とはいえエリス達がここに来たのはエリスが急いでこの場に急行したから。本部は彼らが思うほどにこの件をそれほど重く見ては居ない。


いや、大きくしてしまったと言った方がいいか?。メリディアが来た段階で正直に言ってりゃあ…、と言うのは厳しい意見だろうか。


「エリス様…」


「はい、少し気になる点はありますがそれをここで問い詰めても仕方ないでしょう」


「本当にすみません、わざわざ本部からお越し下さったと言うのに」


相変わらず申し訳なさそうな支部長とセオドア支部隊長にエリスは吐くため息を隠さず肩を落とす。せっかく何かしらのヒントを得られるかと思ったが…、そう簡単なことではないか。


メグさんの情報網に引っかかってない理由もこれで説明がついたし、これは…仕切り直しが必要そうだ。


「いえ、まぁ今回の一件はちょっとした悪戯が大きくなってしまっただけだとエリス達は判断しました。これで実害が出たわけでもないですし罰則はないと思いますよ」


「助かります…」


「ですが今後はこう言う迷惑なお話は控えていただく様、部下の徹底的な指導の方よろしくお願いします」


と、最後はメグさんの厳しいお言葉で締められ今回の迷惑な事件は幕を閉じることとなった。支部に集まった人々に陳謝されつつエリス達はすっかり夕暮れに染められた街を歩く。


アルカナはこの街には居ない、この街は至って平和、エリス達は収穫なしの間抜け損。それでこの話は終わった。


「ではエリス様、この街には何もない様ですしメリディア様に報告して帰りますか?」


と、人気のなくなり始めた夕暮れの街を二人で歩き、伸びる影に視線を向けながらメグさんは帰ろうかと提案してくれる。


この話は終わった、ここで帰れば完全に終わる。けど…。


「いえ、ちょっと引っかかるのでもう少し街を見ていきませんか?」


「引っかかる?何がですか?」


「分かりません、ただ…ここで区切りをつけるには早い気がします」


もう終わり、さぁ次。そんな風に方向転換するにはまだこの街の事を知らなさすぎる、だってエリス達はこの街に何も居ないことをメリディアやセオドアからしか聞いていない。


まだこの目で確認していない。安心するにはまだ早い…そんな気がするんだ。


「…こう言う場面でのエリス様の嗅覚は、はっきり言って魔女の弟子達の中でも群を抜いていると私は思います。貴方はこの私でさえ見抜けない何かを見つける天才です」


「つまり?」


「もう少し見て回りましょう、貴方が懸念を抱くならそこにはキチンと材料がある」


嬉しい評価だ、アド・アストラの情報を司る暗部たる冥土大隊の総長様にそう言っていただけるのはありがたい。


「じゃあブラブラしますか」


「ええ、………」


歩き出すメグさんを置いて、エリスは一旦立ち止まり背後を見る。


街は日に染まり赤く輝き、不気味な静けさを保つ。ある意味夜よりも気味の悪い時間帯…、逢魔ヶ時ってんだっけ?こう言うのを。


魔に逢う時…、この妙な胸騒ぎはきっと嫌な予感なんだろう。


「如何されました?エリス様」


「センチなポエムを心の中でしたためていました」


「あ、それ私もよくやります」


「気が合いますね、さ!いきましょうか」


木を隠すなら森の中、人を隠すなら街の中、なら夕暮れを迎えか人のいなくなったこの街はエリス達に何を見せるんだろうか。


若干の胸騒ぎを胸にエリス達は伸びる影に従って歩き出す。まずは見て回って判断しよう。


………………………………………………


支部を発ち、それから二時間と歩き続け。ますます人のいなくなった道を更に歩き続けこのファーグスの街を隅々までぐるりと一周するエリスとメグさん。


「エリス様エリス様」


「なんですかメグさん」


「この世界には上り坂と下り坂、どちらが多く存在しているか分かりますか?」


「さぁ、坂なんて見る方向によって上りか下りか変わるので答えは出ないのでは?」


「その通りです、アリスとイリスにも同じことを言われました」


「あまり二人を困らせないでくださいよ…」


「答えは出ないとは言われましたが私は思うのです、見る方向によって変わると言うことはですよ?観測する人間の数がどちらに寄っているかを考えれば答えは出ると思うのです、今この時坂上り坂と見ている人間が何人で、下り坂と見ている人間が何人で、それらを統合すればどちらの坂が多いのかを観測することができます」


「つまり?」


「山の上に住まう人間はいませんよね?、皆山の麓かそこから続く地平線に家を構える人間が大多数の筈ですし、山を下から望めばそれは上り坂です。つまり坂を上り坂として観測する人間は常に下り側よりも多いのです。ですのでこの世には上り坂の方が多いと結論づけられます」


「なるほど」


ポケットに手を突っ込みながらエリスとメグさんは雑談に耽る。最初は真面目に街を見て回り怪しい箇所がないかを調査していたが、真面目さとは魚よりも足が速い。こんなにも長い時間歩き回ればとっくに失われる。


それにここまで見て回ってやはり成果は無し。真面目にやる方が馬鹿らしい。


「で、エリス様」


「なんでしょう」


「そろそろ外周は見て回りましたが。所感は」


もう既にグルリと街を回っていたようだ。とはいえ外周からこの街を見て回った結果得られたのは何も得られなかったと言う結果だけ。やっぱりただ漠然と見て回るだけで見つかるわけないか、それで見つかってんなら目撃情報も出てますよって話だ。


「あと見てないのはあの時計塔だけですね」


「あそこですか?」


後はあの時計塔だけだ。この街の象徴にしてビッグシンボル。街のどこからでも時間を確認出来る巨大建造物、外周を見て回ったからあそこはまだ見てない。


「彼処に潜むでしょうか。昨今はポータルのお陰で外部から観光客が大量に訪れています、連日数百人規模の人間が出入りする彼処は…人の目の巣窟ですよ。あんなところに潜めばあっという間に見つかって…」


「或いはそれが森なのかも知れませんね、一応見ておきましょう」


「なるほど」


今ならその森もあるまい、奴らがもし潜んでいるなら粗探しする良いチャンスだとエリスは爪先をくるりと転換して時計塔に向かおうと…。


「あ」


「え?」


と、そこでエリスはその先にいた人物と目が合う。丁度時計塔に向かおうと道を変えたら…そこにいたメリディアと目が。


「メリディア」


「ッ……」


偶然の邂逅、と言うよりは…突然の接敵みたいな反応だな。見たところ彼女もあちこちを巡っていたようだが…、なんだよ。そんなにエリスを遠ざけなくてもいいじゃないか。


「エリス様…」


「いいですよメグさん」


咄嗟にエリスを守ろうと前へ出ようとするメグさんを手で制し、エリスは夕暮れを背にして顔を背けるメリディアに一歩近づく。


「メリディア、久しぶりですね」


「…いや、さっき会ったじゃないですか」


「さっきは挨拶できなかったので」


「そう……」


「そんなによそよそしくしなくてもいいじゃないですか。エリスとメリディアは同郷の出でしょう?同じ故郷を持つ者同士でしょう」


「でも、ただ…それだけですから。私とエリス様はなにもかも違いますから」


そりゃそうだ、同じ人間なんかいるものか。立場も身分も経緯も人生の歩き方も歩幅も違うから人間で、だからこそ友になりえるのでしょう。


だから、エリスとメリディアも…。


「メリディア、エリスは貴方と再会するのを心待ちにしていたんですよ。旅に出て各地を巡ってまた貴方と再会する日を」


「…やめてください」


「何故ですか!、なんで…エリスをそんなに嫌ってるんですか」


「嫌ってるわけじゃないんです。ただ…貴方といると、私が惨めになる」


「惨め……?」


惨めってどう言うことだ、エリスの存在が貴方の存在を貶めていると。そう言いたいのか?でもエリスそんなこと…。


「昔は、そりゃあエリスに追いつきたいと、隣に立って一緒に戦って貴方を守りたいと思ってましたよ。けど…今貴方の隣に居るのは誰?、アルクカースの大王や同盟首長…そして帝国の師団長。みんな私とは格が違う、そうだよねそもそも貴方と私では根底から違うから!」


「……………………」


それは…………………。


「私は、もう…惨めな自分を見つめたくないんです。だからもう…そう言う風に友達扱いしないで」


厳しい目だな。…でもそっか、そう言うことですか、貴方がエリスを遠ざけたい理由はエリスという存在が貴方の触られたくない部分に悪戯に触れてしまうからなのですね。それが意識的にしろ無意識的にしろエリスという存在がそうさせる以上これはもうどうしようもないな。


「分かりました、分かりましたよメリディア。貴方が苦しむなら…もう気安い真似はしません」


「そうしてくれると…助かります。私はただの小隊長で貴方はアド・アストラの大幹部…そもそも身分も違いますから」


「………そうですね」


そして流れる微妙な空気、エリスとしてはメリディアと仲良くしたい気持ちはある。数少ないムルク村で友人と呼べる人間だから、あの時の記憶はエリスの中に今も鮮明に残っているし別れ際かけてくれた言葉も明瞭に思い出せる。


けど、メリディアはそうじゃないらしい。


悲しいな………。


「さて、では切り替えます。メリディアはここで何を?」


「え?あ、いや…聞き込みというか見回りというか」


「他の部下達は」


「みんなは先に宿に帰りました私だけわがまま言ってもう少しだけ見て回りつつ、エリス様達を探そうと思いまして」


「見て回りって…さっきも言ってましたけど、やはりメリディアも何か引っかかってるんですか?」


「……、この街にはアルカナは居ない。そう思ってるんですけど、それでも安心するにはまだ早いかなって、しっかり全て隅々まで確認してからじゃないと。敵がいるかもしれない街じゃ眠れません」


その通りだ、と同意したいけど…またそういうことしたら嫌がりそうだなぁ。けどメリディアのやってることと言ってることは正しい。頭では無いと分かってても確実な確認というのは必要だ。


「エリス様達は何か見つけましたか?」


「ええ、…ここではなんですからメリディアの部下達も交えて話をしたいのでその宿とやらに向かいましょうか」


「………、分かりました」


メリディアたちがいる宿はアド・アストラ傘下のマーキュリーズ・ギルド系列の宿だ。星証を見せればタダで泊まれる便利な宿。そこでみんな部屋をとって休んでいるというのだ。


なら、そこでエリス達も休憩しつつ情報を共有し、この街から手を引くかどうかを決めよう。メグさんもそれでいいですよね?と目で問いかけると勿論と言わんばかりの首肯が帰ってくる。


なら決まりだな。


「では向かいましょう、案内お願いできますか?」


「はい、こちらに」


時計塔から進路を変えて向かうのはアド・アストラの支援を行う宿。大通りを抜けて広場に出るとその一角に豪勢な宿が見える。



看板に掲げられた星証に似たエンブレムはこの宿がアド・アストラの傘下であることを証明しており、同じ星証を持てば無料でサービスが受けられるお宿だ。


「ここですね」


「比較的豪勢な出来をしているのですね…、エリス様?」


そんな豪勢な宿を前に、扉を潜ろうとするメリディアとメグさんについていかず、エリスはこの宿を正面から眺めるようにジッと睨む。


………この宿…。


「どうされました?」


「いえ、この宿…目立つなって、思いまして」


「目立つ?」


「…なんでもありません、それより中で話を進めましょう」


今はそんなことウダウダ話してる暇はないな。そう見切りをつけエリスはメリディア達と共に宿の門を潜り、中へ踏み入り…。


「…ん?」


ふと、メリディアが宿に入った瞬間違和感を感じたように眉を顰める。


「どうしました?メリディア」


「受付のおばちゃんが居ない。というか…さっき来た時は居た人達が一人もいない」


確かに言われてみれば宿の中は相当広いというのに受付には誰もおらず従業員の姿が見えない。街の中同様に…人の姿が見えない。


人がいない、どこにも居ない、店の中にも居ないのはちょっとおかしいぞ。


そんな言い知れない違和感が充満し、何やら冷や汗が頬を伝うのを感じる。エリスだけじゃなくて…メリディアもメグさんもだ。


「…こっちです」


何やら慌てた様子で宿の中を早足で歩くメリディアに着いて行く。人のいない店の中を歩き、人のいない廊下を歩き、人のいない階段を登りー人のいない二階に上がり、そしてメリディアの部隊が駐在している一室へと急ぐ。


「…クライヴ、ドヴェイン、フランシーヌ、お客さんを連れてきたわ。もう休憩は終わりよ」


そう口にしながら部屋の扉に手をかけるメリディア、その瞬間エリスの背後に立つメグさんがエリスの肩を掴み。


「エリス様」


「どうしました?」


その目は、顔は、信じられないほど剣呑な物で…。


「妙です、血の匂いがします。警戒を」


「え?…」




その言葉と同時に開かれた扉、その向こうには……。



「ッッッ!?クライヴ!ドヴェイン!フランシーヌ!」


響くメリディアの絶叫、開かれた扉と共に充満するむせ返るような血の匂い。それは部屋の中の惨劇を伝える序章に過ぎない。


思わずエリスも目を見開き、全身が強張る…なにせ、部屋の中にいたのは。


「みんな…そんな…」


ソファに座り、頭から血を流し、絶命する、ドヴェインとフランシーヌの…遺体。


そして地面に倒れ、血の海に沈むクライヴの姿。


惨状だ、惨劇だ、メリディアの部隊が部屋の中で…殺され…。


「誰がこんなことを!、あ…ああ、ドヴェイン…フランシーヌ!」


「嘘でしょう、これ…」


唖然とするエリスはイマイチ現実味を掴めずにいる。なんでもないような部屋の中でこの間話した人間が殺されている。その事態に脳が受け入れるのを拒んで…。


「う…うう、メリディア…か」


「クライヴ!」


しかし、唯一の救いがあったとするなら。この中で唯一クライヴだけが生きていた事だ。とはいえ全身を血塗れにする彼は動くことも出来ずメリディアを探す。


これは早くしなければ手遅れになる。そう察したメリディアは咄嗟にクライヴの元へ駆け抜けて、エリスもまたそれに続こうと…。


「違います!罠です!」


「え?」


しかしメグさんが止める。罠だと。


「窓に弾痕があります!彼等は狙撃されて…」


刹那、窓が割れ外から銃弾が飛び込み、クライヴの元へと駆け寄ったメリディアに向けて飛び…。


「メリディア!!!」


「ぅぐうっ!?」


メグさんの言葉に咄嗟に反応したエリスはメリディアの体を掴み無理矢理投げ飛ばす形で引き寄せ弾道から逸らし、外から放たれた弾丸はメリディアではなく床を撃ち抜く。


…これは狙撃だ、窓から見える位置に座っていたドヴェインとフランシーヌは窓の外から狙撃された。そしてきっとクライヴも狙撃されたのだろうが…見れば彼は頭ではなく背中を撃ち抜かれている。


態と即死させなかった、彼を救おうと駆け寄った人間を撃ち殺すために疑似餌にしたのだ。メリディアをおびき寄せ殺すために…!。


「離して!エリス!クライヴまで死んじゃう!」


「このままじゃ貴方も死にますよ!メグさん!」


「すでに動いています!、アリス!イリス!クライヴ様を運び出し治療を!」


クライヴを救おうとするメリディアを取り押さえている間にメグさんは既に時界門を作り出し窓を塞ぎ、それと共にアリスとイリスを時界門から呼び出し重体のクライヴを運び出す。クライヴは大丈夫だ…重傷だがあの二人の医療技術にかかれば死にはしない。


だが問題はまだ片付いていない。…三人を狙撃したやつが残ってる!。


「あ…ああ、ドヴェイン…フランシーヌ…私が…私がもっとちゃんと…」


「嘆くのは後です!、狙撃した奴はメリディアを狙っていました!第二撃が来ます!その前になんとかしないと」


まだ終わってない、狙撃犯を見つけ出して叩きのめさないと終わらない。


故にエリスは先程打ち込まれた弾痕を見る。ここは二階だ、だというのに弾は床に当たった、つまりここより高い場所から狙撃されている。となるとこの街には一つしかない。


「時計塔です!時計塔に狙撃犯が居ます!」


「時計塔に…」


「メグさんはメリディアを頼みます!エリスが今から行ってぶちのめしてきます!」


「あ!ちょっ!?エリス!」


突き動かされるようにエリスはメリディアを跳ね除け咄嗟に走る。今は怒りや嘆きに支配されている場合ではない、今の状況はそれだけ危険だ。


(どこからだ、どこからエリス達は嵌められていた…!)


転げ落ちるように階段を下りながら考える。一体どこからメリディア達は嵌められていたのかと。


だってそうだろう。狙撃は時計塔からされた、窓から狙撃された…つまり窓が時計塔の側を向いている部屋にメリディア達は通されたのだ、これは偶然か?。ここの受付の人が消えているのはこの狙撃とグルだったからじゃないか?。いやそもそもすり替わっていた可能性さえある。


もっと言えば外から見てこの宿はアド・アストラ傘下と分かり易過ぎる。星証掲げてんだから時計塔から見てもすぐに判別出来る。…もしかして、そもそもここにアルカナがいるって情報そのものも誘き寄せるための罠って可能性も。


そう一つの可能性に気がついた瞬間、玄関先の扉を捻り…開ける。


「そうか、…そういうことだったんですね」


ギロリと視線を前に向ける、宿屋の前に群がる影…そこには。


セオドアが率いるアド・アストラ兵達が剣を片手にエリスの事を睨め付けていた。


「妙にアルカナがいない事を強調していると思えば、貴方達アルカナと繋がっていたんですね…セオドア」


「悪く思わんでくださいよ幹部さんよ」


結局こいつらもアルカナと繋がっていたんだ。アルカナの目撃情報は悪戯でもなんでもなく故意で流された物で…狙撃しやすい宿のあるこの街に誘い込み、殺すために。


アルカナとセオドアは裏で繋がり宿をも掌握し、メリディア達を部屋に誘い込み狙撃し殺したのだ…。同胞を売り!殺したのだ!こいつらは!。


「自分達が何をしたか…分かってますよね」


「知るか、あんたさえ死んでくれりゃそれでいいんだよ!!」


そうかい、本当ならぶちのめしてふん縛って話を聞きたいところだが。


「……速攻でいかせてもらいます」


見上げるのは時計塔、その長身の上に見える人影…あれが狙撃を行なった犯人。


セオドア達は後だ、とっとと叩きのめして…狙撃犯を叩きに行く。



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