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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十一章 魔女狩りの時代と孤高の旅人
367/835

327.魔女の弟子と幹部昇進


アド・アストラ幹部会議。それは各地の支部長や本部勤めの幹部達が一斉に召集され行われる行われる会議であり、世界の行く末を話し合う六王円卓会議とは異なり今後の組織運営に対する旨が殆どである。


だが、今その様相はやや変わりつつある。六王の中でも随一のカリスマ性と軍部からの絶対的な信任のある大王ラグナとアド・アストラとは独立した魔術界の頂点として凄まじい権威を持つデティフローアの二人の王が席を空けていることもあり今現在六王円卓会議よりも幹部会議の方が実質的な決定権を有する自体になってしまっているのだ。


特に、ここ最近は幹部の中にも六王に対する反発を表明する者も多く。その筆頭たるレイバンを神輿にこの幹部会議こそが未来の世界を作る『評議員会』になるのだと、息巻く者も多い。


……アド・アストラ七十五階層、一般の兵卒では立入りできないこの区画が幹部の集まる会議室となる。


重苦しい黒をメインにした彩色の部屋に配置された重厚かつ巨大な机がいくつも並び、そのそれぞれに幹部達や六王が着くという形で進行するこの会議。既に机には多くの幹部が付いており…そのそれぞれが皆視線を爛々と輝かせる。


皆待っているのだ、新たなるアストラの誕生を、その為に六王を討つその瞬間を。


そうレイバンは感じている。部屋の中でも一際大きな机を自らこさえて配置しどっしりと構える男はふてぶてしく息を吐く。


会議はまだか、待ちきれない。


「いやしかし、いきなりの幹部召集とは驚きましたねレイバンさん」


そう言いながらレイバンに擦り寄って来るのはレイバンも古くから知る仲であり、同じ幹部のリアム・アベンチュリンだ。禿げ上がった頭に口元を隠すように蓄えた髭が特徴の彼は元々デルセクト貴族の一人であり、類稀なる慧眼を評価され幹部となった経歴を持つ。


元デルセクト商人のレイバンと現デルセクト貴族のリアムとでは本来リアムの方が上の位に居るのは言うまでもないだろう。だが、今やリアムもレイバンの顔色を伺い取り巻きのように彼に媚びへつらっている。


元々リアムは小賢しく立ち振る舞うのを是とする男。最初はメルクリウスに擦り寄っていたがレイバン優勢と見るや否や即座に鞍替えし今こうしてレイバンに対して揉み手擦り手を見せている。


「メルクリウスのいきなりの召集とは、今度はどんな言い訳を聞かされるのでしょうなぁレイバン殿」


「何を言われようとも我らレイバン派の優勢は揺るがぬでしょう」


「全く、見ものですな」


リアムだけではない、デルセクトの幹部達はその殆どが今レイバンを神輿に担いで自分達の地位を一寸でも上にあげようと必死なのだ。そしてレイバンもそれ理解しているが故に彼らを使う。


メルクリウスの足元であるデルセクトの幹部がこうしてレイバンについてる以上メルクリウスの力は当然大きく削がれていることを意味する。彼等を捕まえているこの状況ならばレイバンはメルクリウスには負けない。


「さぁ、なんでしょうな。ともあれ彼女には此度の責任をとっていただかねば」


ニタリと笑うレイバンは口にする。全てはメルクリウスをその座から引きずり下ろし自らの天下を作ること。平等な議会制を謳い文句に周りの野心家気取りの幹部を上手く丸め込み最終的には自分一人が頂点に立つ…その算段を既に済ませてあるのだ。


そして、今日…その算段が計画として成る日が来た。


「メルクリウスは今日も私を不当な言いがかりで責め立てるでしょうが、私は負けませんよ」


今日、いきなりメルクリウスによって開かれたこの会議。内容は既にレイバンの方でも予想がついていた、故にこうしてほぼ全ての幹部を自らの力で掻き集めて乗ってやった。


内容は…先日の暗殺未遂の件だろう。アルクカースの筋肉バカを手練手管で上手く使い、奴らを暗殺者に仕立て上げメルクリウスを暗殺するつもりだったが、どうやら要らぬ邪魔が入って失敗に終わったことは既に承知している。


なら次メルクリウスが取る手はこの暗殺未遂の件でレイバンを糾弾する事だろう。レイバンは残忍で卑劣だと幹部達の前で訴えかけることだろう。


だがレイバンは賢い、リスクマネジメントは徹底している。既にアルクカースとレイバンを結びつける証拠は全て消し去ってある。故にアルクカース側の証言かメルクリウス自身の言葉しかレイバンを責める証拠はない。


あるのは追い詰められた愚王の奇声だけ、そんな物一体誰が信じるというのだ。寧ろレイバンを追い詰めようと暗殺未遂の話を暴露したメルクリウスを逆に話術でやり込め自作自演という事にだってレイバンには出来る。


そうなればメルクリウスの零落は決定的な物になる。偶々生き残ったようだが…ここで終わりだ。メルクリウスという巨大な砦を一つ落とせば、後は簡単だ。不在のラグナに代わって軍部を支配し膨大な影響力で魔術界さえも下に組み敷いて、レイバンは正真正銘の…王となる。


そうする為に虎視眈眈と三年間埋伏を続けてきたのだ、レイバンはただ頂点に立つ事だけを心待ちにしていた。そして今それが叶おうとしている。


「おや、どうやら現れたようですぞ」


「しかし最近急に居なくなったかと思えばいきなり現れて、どこに行っていたのやら」


ボヤき始める幹部達の声と共にメルクリウスが会議室へと現れ、部屋の奥の大門を開き壇上へと姿を現わす。


何も知らない取り巻きの幹部達とは違い、全てを知っているレイバンはただ一人…声もなく驚愕する。


驚いたのはメルクリウスの姿だ、何もない。他の幹部達が一切気がつかないほどに以前と変わりがない。


(どういう事だ、受け取った情報ではメルクリウスは逢魔ヶ時旅団との戦いで負傷していたはず…)


逢魔ヶ時旅団との戦いにより負傷したメルクリウスはオライオンの別荘にて秘密裏に療養を行なっていた。それを知っていたからレイバンは彼処に刺客を差し向けたのだが…今のメルクリウスからはそのような手傷は感じられない。


(療養により傷が完治した?いや、療養に入って数日しか経っていないはず。数日の治療で治るケガならメルクリウスも身を隠す選択はしないだろうに…、一体何があった)


ただメルクリウスが元気な顔で姿を現した、ただそれだけでレイバンはなんだか言い知れない嫌な予感に襲われる。ここまで上り詰めた彼だけが持つ野性的な勘が耳元で囁くのだ…『何か違う』と。



「諸君、急な呼び立てに応じてくれた事感謝する。それと同時に数日の間この本部を留守にしたことも合わせて謝罪しよう。すまなかった」


「…………むぅ」


レイバンの片眉が上がる。いつもならここで開口一番レイバンに対して罵詈雑言でも述べそうなところを、理路整然と感謝と謝罪の前置きまで置いている。


…これでは昔の自信と気迫に満ちていた頃のメルクリウスに戻ったようだ。それはまずい…せっかく時間をかけて精神的に痛めつけ弱らせたというのに。


(いや待て、もしかすると…私の尻尾を掴んだと勘違いし、優位に立ったと思い込み、精神的な安定を一時的に取り戻したのか?)


レイバンに対してようやく反撃出来ると思い込んだメルクリウスが、一時的に精神的な安定を取り戻した可能性は否めない。とすると。


問題にすることはないか、そう決め付け背もたれに体重を預けるレイバン。


「私不在のアド・アストラをよくぞ守ってくれた。諸君らの働きには感謝が尽きることなく…」


「前口頭はいいんですよ首長!」


すると、レイバン寄りの幹部が一人。苛立ったように席を立ちその指で何やら飄々としたメルクリウスを指差し。


「いつまで責任から逃れるおつもりですか!、ロストアーツを盗まれた件に関して貴方は未だなんの責任も負っていない!そればかりか関係のない部下や現場の人間に責任転嫁する始末!。あなた不在の数日で我々は理解した!あなたは必要ない!即刻六王の座から降りていただきたい!」


若い幹部の演説に他の幹部たちが賛同するように手を叩く。さぁて、これでメルクリウスの余裕はどう剥げる。嬉々として私の罪を暴くか?ならば受けてたち…その上で返り討ちに。


「ふむ、そうか。それが貴君の申し立てか?」


「え?あ…」


(む!?、なんだ…)


責任から逃れるでもなく、焦るでもなく、レイバンに責任を押し付けるでもなく、メルクリウスは真正面から堂々と若い幹部の言葉を受け止める。その顔つきは未だ揺らがない。


初めての出来事にレイバンの『商売人センサー』が唸る。この事業に手をつけるべきだ!この事業からは手を引くべきだ!そんな彼の商人としての活動を支えてきた一級品の直感が今。


『メルクリウスから手を引け』と警告するのを感じる。


(あれは、浅ましい安心感からくる余裕ではない…。あれは、覚悟だ…!)


「君の言いたいことは十二分に伝わった、他の幹部達の言い分もよくわかった。故にここで君の願い立てに返答をしよう」


するとメルクリウスは壇上の上で、凛々しくも雄々しく。猛々しくも神々しく背筋を伸ばし。


「今回の一件、私は必ず責任を取る事を約束する」


と…そう明言した。道端の雑談でではない、正式な会議の場で彼女は責任を取る事を初めて約束した。


本来ならば『これで引きずり降ろせる!』と歓喜すべきなのかもしれないが、レイバンは言い知れない恐怖に駆られる。


(何が目的なんだ、何の打算もなしにあの様なこと言うはずがない…だが何を、メルクリウスはこの会議で何をしようと言うのだ!?)


「皆の言う通りだ、ロストアーツは危険な兵器…元々あんな物作るべきでも頼るべきでもなかった。だと言うのにそれを強行した結果が今の事態、これは確かに由々しき事態であり看過できない状況だ。故に私は今回の一件にキチンと責任を取る」


「六王の座を…降りるのですか?」


「今、責任の内容を明言することはよそう。だがそれも頭にはある…だが、その前に私にはやらなくてはならないことがある」


するとメルクリウスは拳を握り、高らかに叫ぶ。


「今回の一件を収める事、それもまた私自身の責任であると私は捉えている。故に私は大いなるアルカナの壊滅とロストアーツの回収を約束する」


「約束って、そう言って出来もしない事を約定に責任から逃れるつもりでは…!」


「いや、解決出来る人員は連れてきた。この件を私が心から任せられる人物…そして君達にとっても頼りになる人間をな」


連れてきた、つまりメルクリウスは何かしらの人間の協力を取り付けたと言うこと。だが今メルクリウスの周辺にそれだけのことを出来る人間はいない。


彼女が持ち得る戦力はグロリアーナとシオとミレニアの三人くらいだ。だが今この三人を解決に当てたとて問題は解決しない。この三人は既にアルカナ捜索に加わっているし…結果は軍部全体を見回しても出ていない。


(なら外部から連れてきたのか?、だが外部にそんな実力者など…)


「紹介しよう、私がこの数日で連れてきた助っ人だ…入れ」


そうメルクリウスが背後の門に向けて口を開くと、その言葉と同様に門は開かれ厳かにもその姿を現わす。


「はい、メルクリウス同盟首長」


カツン…と、軍靴にも似た硬い靴音が会議室に響き渡る。


開かれた門から、黒いコートと金の髪が覗き、同時に漏れ出るような威圧感が一気に場を支配する。


それはレイバンも見知らぬ人物、幹部の大部分が見知らぬ人物、だが…それでも分かる。


あれは只者ではないと。


「紹介しよう、我が盟友にして八人の英雄の一人。孤独の魔女の弟子エリスだ、彼女をアルカナ壊滅の担当者として推薦する」


「……どうも」


エリス…その紹介の言葉に応じる様にエリスはギロリと視線を走らせ幹部達を威圧する。


そして、その威圧と名前に場には少なからぬ動揺が響く。レイバンにもだ。


「エリス…だと」


孤独の魔女の弟子エリス。師匠に似てその素性が一切知れぬ放浪者、しかしてその実力の高さは各国の最高戦力達が手放しで褒め称えるほどに凄まじく、彼女の名とともに語られる逸話の数々はどれも馬鹿げた規模のものばかり。


何より、彼女の逸話の中にあるのだ…。


「彼女には実績がある。旧アルカナを壊滅に追い込んだ経験と力は此度の問題に役立つと思ってな。遠方から呼び寄せたのだ」


あるのだ、エリスには実績が。今のものよりも何倍も強大であった頃のアルカナをたった一人で事実上の壊滅に追い込んだ話は、今この『対魔女排斥最盛期』たる魔女大国にてまさしく伝説とさえ語られる。


何より…まずいとレイバンが感じるのは全くの不確定要素がメルクリウスの手札に現れた事だ。メルクリウスが頼りにしている手札は全て調査済みだったのにここにきて全く得体の知れない存在がメルクリウスの横に立った。


なるほど、恐らくオライオンでの刺客を退けたのはエリスなのだろう。フル装備のライリー大隊長を難なく退けられる実力となると。…今レイバンが動かせる私兵や戦力を総動員させても、奴の排除は難しい。


(やられた、まさしく隠し玉…。エリスの登場で挫かれていたメルクリウスの勢いが再び蘇りつつある、これは…ここでトドメを刺すのは無理そうだな)


「彼女にはこれよりアド・アストラの問題は一任するつもりだ、頼めるか?エリス」


「はい、メルクリウス首長。これからは大いなるアルカナやロストアーツに関する話は全て一任されたエリスを通してくれる様お願いしますね…皆さん」


「ぐっ」


メルクリウスは既に責任を取る旨を明言しその上でアルカナ排除もその責任に盛り込んだ。

エリスという新たな人間を連れ込んでそれにアルカナの排除を一任させることにより完全に今回のロストアーツの一件からメルクリウスが切り離された。


やられた、メルクリウスを表立って批判する材料の中で最たる要因を封じられた。このまま六王解体まで持っていければと思っていたが…ここに来て上手い具合に逃げられた。


それどころかメルクリウスに『アルカナ排除のまでの間』という猶予まで与えてしまった。今までは彼女自身がアルカナ問題に追われているからこそこちらから一方的に殴れたがこれからはそうもいかない。


別にレイバンは構わない、だが…他の取り巻き達はどうだ?。


「う……」


「ここに来て息を吹き返すとは…」


「なるほど…」


意気消沈…とでも言おうか、エリスという不確定要素を相手に完全にビビっている。何をしてくるか分からない奴というのはそれだけ怖いのだ。


だがこのまま黙って流されてたまるか、せっかく追い詰めたのだ。何よりここでメルクリウスが息を吹き返せば、今度死ぬのはレイバン自身かも知れないのだから!


そう思い立ち声を上げるのはレイバンだ。


「ま…待ってくださいメルクリウス首長、そんないきなり現れた人間にいきなりアルカナ対策の全権を握らせるというのは些か苦しいのでは?数日も行方知れずだったかと思えば次は独断専行とは些か我等幹部をナメすぎではないでしょうか?」


「ふむ、だが彼女は事実大いなるアルカナを潰した実績もある、彼女は適任だと思うが…君は違うというのだな」


「え…ええ!そうですとも!、第一そいつが本物の魔女の弟子かどうかも怪しいところで…」


刹那、レイバンの机の上に置かれたマグカップが…弾け飛んだ。


「え?」


二度見する、なんでカップが吹き飛んだのか。それを探るために目を走らせれば犯人はすぐに見つかった…エリスだ。


エリスがこちらに指差し、指先から電流を放っている…魔術を放ったのだろう。


「な…何をするんだ!」


「見ましたか?これがエリスがエリスである理由です」


「はぁ!?何が!」


「詠唱なしの…魔術行使、か」


フッと笑うメルクリウスによりレイバンは蒼ざめる。確かに今エリスは詠唱なしで魔術を使った、噂では孤独の魔女の弟子エリスは詠唱なしで魔術を使える魔術の天才だという。


そしてそれが今目の前で示された以上、レイバンのつけた難癖は挫かれたことになる。


「まだ物たりませんか?」


「い…いやいや、私は君には任せられないと言っているんだ。いくら魔術が上手くとも幹部としての信用のない君がいきなり大仕事を担うというのは…ねぇ?」


「それに関しては問題ありません、どうしても信用出来ないというのなら結果を出せなければいくらでも更迭なり降格なりしていただいても結構ですが」


エリスの視線はあまりに強い、これは脅しや誘惑などでは折れないタイプの目だ。


言い返せない、ここでいくらレイバンが論舌を活かしてもエリスが一度アルカナを潰したという実績がある限り攻めきれない。


まずい、計画が崩れる。


まずい、流れが変わる。


まずい、まずい、まずい。


何よりまずいのは。


「さて、アルカナの一件は既に全てエリスに任せた事だし。ここ最近アルカナに手一杯で進められなかったプロジェクトを進めていこう。リアム君?以前君に任せていた海洋資源の回収計画についての定期報告が遅れている様だが何かあったのか?」


「え!?あ、いえ!ただ最近魔獣の動きが活発化しており、特に深海の資源回収が困難を極めており……」


メルクリウスはもう既に別の方向を向いていることだ。責任は負う、アルカナはエリスに任せる、それでこの話は終わり。まるでそう言いたげな…いや実際終わってしまったのだ。


もう彼女の責任を問い詰めることはできない、彼女は責任を負うと言った以上そこから更に踏み込むのは難しい。そしてアルカナの一件はもうメルクリウスの管轄下にない、もうこのタネで彼女を追い詰めることはできない。


となればもう祭りは終わりだ。あの騒ぎなんて一過性の物でメルクリウスがちょっと休んだらそれも終わりまたいつも通りの運営が始まった。


これで、レイバンに夢を見ていた連中は一気に現実に帰ることになる。熱狂は冷め所詮夢は夢だったと割り切って、あそこまで追い詰めても無理だったという現実がレイバン達を襲うのだ。


…揺らぐ、レイバンという男に見ていた夢という基盤が。たったの一手打ち返されただけで。


「では外大陸との貿易計画の進捗はどうなっている?一ヶ月前は航路の剪定段階だったと思うが」


「その件に関しましてはアルカナの一件で協力を取り付けるはずだった海軍隊が動員されてしまい…」


「なるほど、分かった。では私の方から海軍隊の皆には伝えておくよ」



話が進んでいく、レイバンが頭を巡らせメルクリウスを引き摺り下ろす算段を立てている間にも話の旬は過ぎていく、このままでは…。




「貴方が、レイバンですね」


「む」


メルクリウスが持ち前のカリスマを取り戻し、議会を正常な形へと力業で戻していく中。レイバンという男の前に立ち見下ろすのは今しがた部屋に入ってきた女…エリスだった。


「…これは、あの英雄エリス様に名を覚えて頂けているとは光栄です」


「さっきは疑ってたくせに、もう信じてくれたのですか?」


「いえいえ、先程は申し訳ありませんでした…」


「いえ、大丈夫ですよ…ええ、あなたが何をしようとも今は許します、何をしていようともね」


ニコッと微笑みながらも瞳孔は笑っていない、先日の暗殺未遂はやはりこの女が…。


「あ…はは、それは…有難い」


と惚けて見るとエリスは顔色一つ変えずにクルリと振り向き、レイバンに背中を見せながら会議を進行するメルクリウスを視界の中に収める。


「レイバン、エリスはこれからメルクリウス首長の補佐につきます。もし何かあればまずエリスを通しなさい」


「ほう、貴方が補佐に…貴方は六王にはならないのですか?」


「貴方と違って、顎で扱き使える人間の数が増えようが減ろうがエリスにはお構いがありません。…貴方と違ってね」


立ち振る舞いは王者のそれ、威圧だけで見ればラグナ大王にも匹敵するこの女が野心も持たず野をウロついている事実にやや頭が痛くなる。まるで大貴族の如き気品の高さも持ち合わせオマケに背負う看板のデカさも十分と来た。


(これは厄介なのが現れた…、なんとかしなくては)


エリスの出現、それは確実に『メルクリウス排斥』の潮目を変えレイバンのスケジュール帳さえ書き換えさせた。今すぐに全てが解決したわけではないし未だレイバンが優勢である事に変わりはないが…。


それでもレイバンは恐れ慄く。エリスという人間がどれだけ恐ろしいかを知っている彼は…色取り取りの宝石が取り付けられた自らの指輪達を撫でて、考えに耽る。



……………………………………………………………………


「なーんか、流れ変わっちまったな」


「もうメルクリウス首長も付け入る隙がないって感じだ」


「結局レイバン殿も何にも出来てなかったし、やっぱり無理なんじゃないか?六王を引き摺り下ろすなんてさ」


そうして終了した会議の余韻を残す部屋の中で、レイバンという名の勝ち馬に乗ろうとした軽薄な幹部達はコソコソと会話を交わす。


今回の会議で決定的に何かが変わったわけではない、だが何かが変わり始めた。今まで追い詰められ喚くしかかできなかったメルクリウスが元に戻り業務を滞りなく進め始めただけで周囲の幹部は気圧される。


というか、メルクさんが劣勢と言うだけでレイバンに流れるような軽薄な連中は、やはりメルクさんが息を吹き返したと言う理由だけでか平気な顔で鞍替えをする。そう言った連中は結局のところどっちが上かのバロメーターでしかない。


だから、そいつらがどっちに傾いているかは実のところあまり関係はない。


問題はレイバンという男が諦めているか諦めていないか、そして先ほどエリスが目を見たところ。…あれは諦めていない目だった、まだどうにかしてメルクさんを引き摺り下ろしてやろうとする目だった。


まぁ、その為の最たる理由であるロストアーツ強奪の責任はなんとかしたし、アルカナの問題もエリスが引き受けたからもうどうしようもないんだけどな。


「フンッ…」


そうエリスは会議室の壁にもたれかかり鼻で笑う。ちなみにエリスはあれから特に会議で発言することもなく座る席も分からなかったので格好をつけながらこうして壁にもたれていたわけですが。


「あれが…孤独の魔女の弟子エリスか」


「恐ろしい恐ろしい、二時間の会議で一度として自分の席に座らなかったぞ」


「おそらく我らとは言え隙を見せるのを嫌ったのだろう。ラグナ大王が認める武人と言うだけはある」


「しかもあれでアド・アストラの創設メンバーの一人というではないか、メルクリウスにあんな強力な味方がついたとなると…、レイバンの快進撃もここまでか、飛び火する前に元鞘に収まるか?」


ヒソヒソと話す幹部達の声が聞こえてくる。どうやらエリスはかなり大きな存在に見られているらしい。というか、昨日自らを大きく見せる方法というものをカノープス様より伝授していただいたのだ。



『見掛け倒しの雑魚と弱く見える強者では、前者の方が長生きするだろう。後者はナメられ侮られ損を被り続けるからだ、無用な争いを避ける為にも自らを必要以上に大きく見せる方法は心得ておいた方が良い』


とはカノープス様のお言葉、八千年と皇帝の座に就き続け世界を相手に萎縮させ続けた彼の方の『威圧術』は本物だ。曰く強いかどうかと強く見えるかどうかは別らしくカノープス様曰くエリスは結構弱そうに見えるらしい。


だから教えてもらった、目つきの尖らせかたや立ち方。何より魔力を常に焚き続け周囲に垂れ流し続ける事により周りの人間の本能を刺激し恐怖させる方法。これにより幹部達はエリスを必要以上に大きく見ている。


エリスが何者でどれだけの事を出来るのか、そういう事は実際のところ関係ない。エリスを敵に回しても勝てない…そう思わせるのが重要だ。


「失礼?エリス殿」


「ん…?、なんですか?レイバン」


ただ一人例外を述べるならこの男、壁にもたれこれからどうしていいか分からずボケっとしているエリスを前に爽やかな笑顔で歩み寄るレイバンだけはエリスの虚仮威しに屈さない。


怖がっていないというより、怖いからこそ立ち向かってくるタイプだ。やはり伊達じゃないなこいつは。


「いえ、先程はしっかりとした挨拶をできなかったので改めまして自己紹介をと思いまして」


「…貴方はレイバンでエリスはエリス、それ以上の何かが必要ですか?」


「剛毅なお方だ。ですがもう少し私の事を知って頂きたい。私はレイバン・タングステン、貴方と同じアド・アストラの幹部として日々励んでおります。ああ、後…最近マーキュリーズ・ギルドの統括顧問に就任しましてな?貴方も知っているでしょう…私のマーキュリーズ・ギルドを」


「ええ、『メルクリウス首長』のマーキュリーズ・ギルドなら」


こいつはメルクさんが必死こいて育てて大きくした組織を横から掠め取ったドグサレだ。おまけにその上で命まで狙ってヘラヘラエリスに話しかけてくるなんていい度胸しているよ本当に。


ですけど、…そこもいずれ清算しますからね。


「ふむ、何やら貴方とはお話しする必要がありそうだ。どうです?これから私の作ったクラブで一杯」


「エリスは酒は好みません、飲むならお一人で」


「そうは言いますが、私も貴方も同じくメルクリウス様に尽力する幹部同士。仲間として…親交を深めるのは良いことでは?」


誰がテメェと仲間だァッ!脳天ズゴーン!と出来れば幸いなのだが、レイバンの言う事は至極真っ当。エリス達は本質的には敵同士じゃない、故に仲良くするのは悪いことではない。


だが…。


「エリスを貴方の側に引き込もうと言うのなら、無駄ですよ」


「………………」


「エリスはここに友の為に来ました、歪んだアストラを正して…友が真っ当な世を作る手伝いをする為にね。エリスが誰かの味方になると言うのならそれはエリスの友だけです」


レイバンの魂胆は分かっている、他の幹部同様エリスも引き込みメルクから引き剥がそうと言うのだろう。だがそれをわざわざ無駄だと教えてやらなければならないとまでは思わなかった。


エリスはメルクさんの味方です、そう伝えながらレイバンを睨みつければ彼もまた表情を変えず…ただただ冷たい瞳でエリスを見つめ。


「なるほど、やはり貴方はそう言う人間ですか」


「…………」


「貴方はアルカナに狙われる身、貴方を引き込めば要らぬ飛び火を食らいそうだ。仲間になりたくないと言うのなら…ありがたいことこの上ないですな」


「………」


とりあえず聞いてみただけって感じだな、仲間に誘って手応えがあればよし、そうでなければまぁそれもよし。結局のところ大した後ろ盾も何かしらの特権を持つわけでもないエリスに出来る事はそう多く事をレイバンは的確に見抜いている。


このハッタリじみた虚仮威しが他の幹部達に効いてる時間もそう長くはなさそうだな。


「では失礼しますよ、英雄エリス」


「そうですね」


敢えて敵意を見せる為素っ気なく返事を返し、どこぞへと消えるレイバンを見送りつつエリスは腕を組み直し今後のプランを再確認する。


取り敢えずメルクさんを見つけられたからエリスはようやくアド・アストラ内部に潜む内通者…裏切り者を探す事に専念できる。だがエリスがアド・アストラに来て数日経つが…やはりと言うかなんと言うかそんな奴の影は見えない。まぁメグさんでも見つけられないような奴らだから数日居ただけでは見つけられないのも無理はないか。


ともあれエリスがこうして姿を見せた時点でアド・アストラには少なくとも激震が走っている。揺れる塔からコロッと裏切り者が転げ出てくれれば御の字なのだが、ともあれ今は怪しい奴の情報を集めるより他ない。


今はまだ手探りの段階だ。


「エリス様」


「ん?あれ?メグさん」


ふと、考えに耽っているとお隣から行儀のよろしい仕草でメグさんが突如として出現する、恐らく時界門による転移で現れたのだろう。今更驚きやしない、この人はいつも唐突に現れるから。


「どうしました?」


「メルクリウス様がお呼びです、こうして正式に幹部として戻られたので正式にお話を…と」


「なるほどな、分かった…行こうか」


「……ところでそのクールぶった態度は一体…」


「カノープス様から言われて、師匠の真似です、似てます?」


「似て…るかは分かりませんね」


そっか、人に畏怖を与える存在のモデルケースとして師匠の真似をカノープス様から仰せつかっていたのだが、あんまり似てないのかな。


まぁいいや、ともあれメルクさんが呼んでるなら行きましょうと合図をすればメグさんは徐に歩き出し会議室を出て行く、どうやら時界門は使わないらしい。このアド・アストラ内部は転移魔力機構に溢れてるからね、態々使う必要はないんだろう。


それか単純に歩いていきたい気分か。


「こちらです、エリス様」


「あ、はーい」



「あれが…」


「もしかしてあの人…」


廊下に出てメグさんに案内され転移魔力機構に乗り込むなり、道行く隊員達が一斉にエリスの方を見る。エリスがアド・アストラに正式に姿を現してまだ二時間ちょっとなのに既にエリスの顔は売れているようだ。


あの第四師団の師団長にして魔女の弟子でもあるメグさんがこうして案内する金髪の魔術師といえば誰でしょうと言われればまぁ間違いなく真っ先にエリスの名前が出てくるだろうし、うん。悪目立ちしているな。


「目立ってますね」


「逆に目立たないとでも?、エリス様は三年前に世界を救った英雄の一人でございますよ?」


「その英雄って呼び方どうにかなりません?あんまり好きじゃないんですけど」


「そうでございますか?、私好きですよ?英雄メグ。今度エトワールに頼んで演劇にしてもらおうと思っています」


「楽しんでますね…」


「偉業を称えられると言うのは、どうせ避けられない事なのです。なら苦痛に思うより楽しむほうが得ですよ」


そりゃそうだ、やる事はやっちゃったんだ。それが褒められるつもりだったにせよそうでないにせよ人は実績を評価する。その結果褒められてるんだから楽しんだほうがマシなのか。


あんまり実績を誇るのは好きじゃないんだけどなぁ。


「あれがアジメクの英雄エリス…!」


「もしかしてアジメク軍に加入してくれるのかな!」


「もしそうなればもうアルクカースにデカい顔されずに済むんじゃないのか?」


「クレア団長が多忙でアジメクに帰って来ず、アリナ魔術師長が留学に出ている今…あの人さえいればアジメクは…」



「何やら希望を持たれていますね、エリス様」


「…アジメク軽視の問題ですね」


その件についてはエリスもよく分かってますよ、アジメク人は弱い…そんな印象から軍部では他国よりも劣った扱いを受けている。そんな中帰還したアジメク人のエリスの存在はまぁ大きいだろう。


けど、その辺を解決するつもりはないと断言しておく。だってそこはエリスの領分じゃない、ラグナやデティがなんとかするだろう。エリスが余計な事したらまた場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して終わる可能性がある。


それならノータッチで行った方がいいだろう。


「これからはあの人がアルカナ対策の陣頭指揮を執るらしいぞ」


「なんていうかクールな感じ」


「美人…」


「あんまり強そうじゃないけど」


ただただ真っ直ぐ歩いているだけだというのに、道行く人々から様々な言葉を投げかけられる。それらを全て無視してただただ歩く、英雄と呼ばれる魔女の弟子二人の行軍を止める度胸のある人間はいないらしく皆が道を開けており……。



「待て」


「おや?」


と思ったら一人いた、エリス達の道行きを止める存在が。それは……。


「これはこれはルーカス様、御機嫌よう」


「挨拶はいい、お前には用はないメイド。俺が会いに来たのはそこの女だ」


ルーカスだ、アジメク側の兵達をまとめる立場にいる彼が背中に背負った大鎌を隠すこともなくエリスを睨みつけている。


正体を隠し、新入隊員エリスとして振舞っている時には見せなかったあからさまな敵意に満ちた顔と眼光。嫌悪するような視線をエリスに向け道を阻む、どうやらエリスが帰ってきたと聞いて飛んできたようだ。


「…久しぶりですね、ルーカス」


ほんとは久しぶりじゃないけど、一応言っておく。


「ああ、もう帰ってこないものと思っていたぞ。それを…今更どういう風の吹きまわしだ?まさかアド・アストラの権威を欲してノコノコ戻ってきたか?」


ズケズケと踏みよりエリスの顔を覗き込むように悪態を吐く。酷い言い草だ…彼は本当にエリスが嫌いなようだな。


「エリスが戻ってきたのは、アド・アストラがアルカナに頭を悩ませていると聞いたからです。故に友を助けるために一時的に帰還しました」


「何を…、フンッ!。あんな奴ら俺一人で十分だよ、お前の出る幕はない」


「とは言いますが、今もアルカナの尻尾は掴めていないんでしょう?だったら人手は多い方がいいはずです」


と、…エリスが意見を述べたその瞬間だった。


ルーカスの手がエリスの胸倉を強引に掴み引き寄せるとともに。


「余計なお世話だ、お前は居なくてもいい」


「…………随分な物言いですね」


「一度アジメクを捨てて他所に逃げたお前が今更戻ってきて英雄ヅラするな、とっとと失せろ」


完全な敵意から来る言葉をエリスに向けると共にエリスを突き飛ばし、悪態だけを残し足取り荒く横にすり抜け何処かへと消えていくルーカスを、エリスはただただ見送る事しか出来なかった。


突っかかるとか、文句を言うとか、そう言い事をするつもりはない。彼の言う事は実際真っ当だからだ。エリスがアド・アストラにやってきたのは、ほんとに今更だから。


「嫌われてますね、エリス様」


「ええ、嫌われてますよ。でもエリス以外には案外いい奴なんですよ?」


「まぁ彼はアジメク人からの評判や新入りの隊員からの評価はかなり高いですしね。行き過ぎた愛国心…とでも言いましょうか」


「愛国者から見たらエリスはそう言う奴ってだけですよ、みんながみんなエリスを歓迎してくれるわけじゃないんです」


「ふむ、お披露目も兼ねて人通りの多い階層を経由したのは間違いでしたかね」


って、じゃあこの廊下が歩く意味ないのかよ。闇雲に目立っただけですか?。


まぁ裏切り者にエリスの存在を知らしめてより一層動かすならこうやって目立った方がいいか。


でもそれはそれとして。


「メグさん、先を急ぎたいです…このままだとメリディアとも顔を合わせそうなので」


「メリディア?ああ、なるほど」


流石に今この状態でメリディアとも顔を合わせたくない。あの優しいメリディアがエリスに向けて嫌悪の視線を向けるのをエリスは見たくないんだ。


以前ならいざ知れず、エリスはもう彼女を他人としては見れない。


「分かりました、では…『時界門』」


パチンッ!と指を一つ鳴らせばカーテンが開くように空間がこじ開けられる、それと共に周囲からは物珍しそうな『おお』という歓声が湧き上がる。転移魔力機構の便利さを知っているが故にそれをいつでも取り出せる彼女の凄まじさはどうやら周りにも伝わっているようだ。


「では、これから最上階の六王の間へ参ります」


「最上階…楽しみですね」


翡翠の塔さえ超える高度を誇るユグドラシルの最上階。それはつまりこの世界で最も高い地点に存在する床のある空間。いったいどんな景色なのかちょっとウキウキしながらエリスは時界門を潜る。



…………………………………………


「……………………」


時界も門にて潜った先に広がっていたのは、一つの巨大な円卓を要する広大な六角形の部屋。それぞれの面には七大国を思わせる絵画の配置された荘厳な部屋。


名を六王の間。この世界を動かすアド・アストラの所謂脳に位置する空間、大国の政を担う王や首長が揃って話し合うためだけのこの空間へと招かれたエリスは、誰も座っていない部屋の円卓の目の前で、ど真ん中で、この六角形の部屋を見回し。


「なんか思ってたのと違う」


ちょっと落ち込んでいた。


「どんな部屋だと思ってたんですか」


「もっとこう、眺めのいい部屋かと。全面ガラスの」


「それは怖過ぎでしょう…普通に」


せっかく高い位置に作ったんだしさ、もっとこう眺めのいい風に使ってもいいと思う。なのに窓一つないなんて勿体ないですよ。


「ってかメルクさん達は?」


「こっちだ、悪いな。滞っていた仕事を纏めて片付けていたんだ」


と、声がするのは六面の壁の内、デルセクトを思わせる壁面に開かれた扉からだ。やや忙しそうに資料をまとめているメルクさんが軽く手を挙げる。


「メルクさん!」


「ああ、さっきは良かったぞ。幹部達がみんなお前に畏怖していた」


「メルクさんもかっこよかったですよ。メルクさんが仕事してるところ見たの初めてかも知れません」


「かっこよかったか?。…そ、そうか?ふふふ」


やや照れ臭そうにしつつも資料を忙しく捲って難しそうに眉を顰めている。


「なんですか?それ」


「ん?、いや。数日不在だったからな…やらねばならぬ仕事が溜まりに溜まっているのだ、何より早くレイバンからマーキュリーズ・ギルドを取り戻さねば」


「ああ…、確か取られちゃったんでしたか?」


「ギルドを任せていた私の腹心がレイバンに寝返ってな。お陰で盤面をひっくり返された気分だよ」


ギルドは言い換えればデルセクト商業の全てだ。そしてそれは商業の国デルセクトにおいては国の全てとも言い換えられる。そんな物を他の人間に奪われたままでは同盟首長たるメルクさんも形無しだ。


「ロストアーツが落ち着いたらそのまま外文明との大貿易を計画していたのに。これでおじゃんだ」


「へぇ外文明とですか。夢がありますね」


「ああ、外文明の大陸の一つであるマーテルス大陸との接触は既に終わっていた。私の構想ではいずれ向こうの大陸とも転移魔力機構で繋いで、本当の意味で世界を一つにしたいんだ」


「いいですね、とても。そうすればエリスも外大陸に旅に行けそうです」


「だろ?」


今、世界はある意味隔絶されていると言ってもいい。ディオスクロア文明圏とそれより外の世界、ディオスクロアの人々は海の向こうには何もないと思ってる人が多くいる程外文明との関わりは皆無だ。


エリスでさえ、外文明への旅はしたことがない。いつかやってみたいと思っているけど…しばらくは無理だろうなぁとも思っている。


「うふふ、外大陸とディオスクロアを結ぶ計画ですか、私もワクワクしてしまいます。あ、メルクリウス様?エリス様、コーヒーをどうぞ」


「ありがとうございますメグさん」


「相変わらず準備がいいな」


とコーヒーカップを手渡され、一つ啜る。うん、やはりメグさんのコーヒーは美味しいなぁ…。


「ん、あ。エリス?こいつも持ってきたぞ」


「え?なんですかそれ」


「新生アルカナの…、新アリエと呼ばれていた大幹部達の分かっている限りの情報だ」


そう言いながらメルクさんから手渡される一枚の資料には、やら少ないながらもアルカナの幹部達の情報が書かれていた。


アルカナが復活してるなら、アリエもまた復活しているだろう。…アリエかぁ、またあいつらレベルの奴と戦わされると思うと気が滅入るかと思いきや。


…うん、どうやら『あのレベル』ではないようだ。


「前のアリエと比べたら大分見劣りするメンバーですね」


「ああ、新アリエのメンバーは誰一人として第二段階へ至っていないようだ」


アリエといえば魔力覚醒。そんなイメージがある程に連中は鮮烈なまでの実力を持ち常にエリスの一歩上をいく怪物達だった。が、メムが集めた新アリエは確かに粒揃いだがそれだけだ、本来のアリエが持つ激烈な強さも強烈な威圧も存在していない。


まぁ、確かにエリスの知る本来のアリエ達ならロストアーツなど奪わず、真っ向からアド・アストラに突っ込んできて逃げ果せる事くらいなら出来ただろう。あいつら強さだけはマジで一級品だからな。


「第二段階にも至ってないのがアリエとは、なんだか悲しくなりますよ」


「フッ、流石はアルカナをその手で潰した女だ。言うことが違うな、だが今こいつらはみんなロストアーツを持っている。その強さは決して侮れないぞ」


「大丈夫ですよ、問題ありません」


そこについてだが、エリスは今アリエに対して脅威を抱いていない。理由一つだけ…エリスの価値観から見て彼等からは強さを感じないのだ。


しかし…。それとは別に気になる点ももう一つ。


「あの、メルクさん?」


「なんだ?」


「ここに書かれているメンバーが新アルカナのアリエ…なんですよね」


新アリエのメンバーは全部で四人。


炎帝アドラヌス。アグニスやイグニスと同じアグニ族の生き残りであり二人と同じ炎熱魔術の達人。二人との関係性は不明だそうだ。


邪教求道司祭のカース・ウィッカーマン。プルトンディースで出会ったあのガーランド・ウィッカーマンの一人娘だと言われている女で、その実力はガーランドを上回るそうだ。


皆殺士トーデストリープ。かつてメルクさんを狙って来た暗殺者、実力のほどは分からないがその道に精通したメグさん曰く『結構名うての殺し屋』だそうだ。


大威山のザガン。山魔ベヒーリアの率いる山賊団でかつて幹部をしていた事があるとか言う生え抜き女。ベヒーリアが愛用する古式武術『相撲』の使い手だとかなんだとか。


全部合わせて四人、彼等彼女等こそが新たなるアルカナの新たなるアリエ…なのだが。


「『本当にこの人達でアリエ』なんですか?」


「…む?、どう言う意味だ?」


「いやだってアリエならまだ足りないものが…」


そうエリスが口を開こうとした瞬間、先を越すように開かれるものがある。この部屋に六つ存在する扉達だ。


「おお!エリス君!本当に帰ってきていたんだな!」


「え?あ!イオさん!」


コルスコルピ側の扉を開けて此方に駆けて来るのはコルスコルピの王。イオ・コペルニクス だ、記憶にあるそれよりも幾分大人びた…いやこの三年でちょっと老けたとさえ思えるほどにきっかりとした格好をした彼は、その礼儀正しい姿とは裏腹にやや無邪気とも思える笑みを浮かべる。


いや、イオさんだけじゃない。


「まぁ!エリス様!、お久しぶりですね!」


「ヘレナさん!お久しぶりです!」


「ンだよぉ!エリスマジでいるじゃんかよ!帰って来てたなら早いところ連絡しろよなぁ!」


「あ、ベンテシキュメさんはこの間ぶりです」


同じく扉を潜って入って来たのはエトワールの女王ヘレナさんとオライオンの四神将が一人罰神将のベンテシキュメさんで…。


「ってなんでベンテシキュメさんがここにいるんですか?ここ偉い人しか入っちゃダメですよ」


ここ六王の間は各国の王しか入れない神聖な場だ。ベンテシキュメさんもオライオンじゃ偉い部類だろうが流石にイオさんやヘレナさんと肩を並べるのは…。


「分かってるよ!その偉い人が今あたいなんだよ。…なんたってあたいは二代目テシュタル教皇なんだからな」


「えぇ!?ベンテシキュメさんが教皇になったんですか!?ネレイドさんがなるんじゃ!?」


「しょうがねぇだろ、御大将は嫌がってちょこまか逃げるんだから…、いつまでも教皇不在は締まらねぇしさ」


マジか、前オライオンに行った時はどうにかこうにかネレイドさんを教皇に据える為エノシガリオスの人達みんなで協力してるって話だったのに。最終的にテシュタル教側が折れたのか…。


ぶっちゃけテシュタル教全体を纏め上げるだけの実力とカリスマを持ってるのはネレイドさんだけだと思ってたけど、…あの人一回嫌だと思ったことは死んでも押し通すからな。


「大変ですね…ベンテシキュメさん」


「そりゃあもう大変さ。まぁでも必死にやってるよ」


「エリス様エリス様、マリアニールも会いたがっていましたよ」


「ああ、そうだ!今度また学園にも顔を出してくれ。是非とも見せたいものがあるんだ」


「あはは、そうですね。また時間が出来たらみんなに会いに行きたいですね」


会いたい人は山ほどいる。挨拶しておきたい人は大勢いる。けどそうも言ってられないのが現状だ、好き勝手動いていいわけではないと言う今この状況がやや疎ましく思うが仕方ないことだ。


「申し訳ありません皆様、エリス様はこちらに遊びに戻られたわけではなく…」


「ああ、聞いている。アルカナの件でだろ?、我々の問題の解決に君を巻き込んでしまった事…大変不甲斐なく思うよ」


「私達にもっと力があればよかったのですが」


「ま、テメェも伊達じゃねぇ力持ってんだからいつまでも腐らせとくなって話だな」


と申し訳なさそうにするイオさんとヘレナさん、そしてのほほんとしているベンテシキュメ達には既にエリスがなぜ戻って来たのかの要件は伝わっているようだ。おそらくメグさんが根回ししてくれたものと思われる。


しかし…こう、世界を動かす六王達に頭下げられるって、なんか凄いことだな。


「アルカナはエリスの敵です、それに連中はエリスをご所望なんでしょ?ならエリスがやりますよ。また滅ぼしてやります」


「相変わらず君は頼りになるな。では君が思う存分動けるようこちらでもそれなりの便宜は計らおう」


「はい、エトワールの時は全然お助け出来ませんでしたから。今回はきっちりサポートしますよ」


「お前の行動力は痛い程分かってる、放っておいても敵のケツに食らいつくだろうが…その手伝いはあたい達にもさせろよ」


それぞれがそれぞれの席に座る。今この世界を統べる六人の王達のうちの四人がエリスに期待を向けている。皆が皆エリスを助けてくれると言う…それはなんと言うか有難いな。


「君への援護は我等六王の使命だ。エリス…君だけで戦わせはしない」


「ありがとうございます、メルクさん」


「ああ、差し当たって我々が動かせる手勢を使って再度アルカナの捜索をしてみようと思う、我等は外を探し君は中を探してくれ」


アルカナは未だ尻尾を見せていない、だが奴らの目的が星魔城オフュークスである以上アジメクに潜んでいるのは確かなのだ。


なら探していればいつか尻尾とは言わずとも影くらいは見つけられるはずだ。だからアド・アストラが外に目を向けている間にエリスは内側を見て回る…怪しい目がないかどうかを。


「分かりました、幹部として今まで探せなかった場所も見て回ろうと思います」


「はい、エリス様の為のメガネは遅くとも五日後には目処が立つと思いますのでそれまでにお願いします」


五日後か…ちょうど謹慎期間が切れる頃合いだな、よし。じゃあちょうどいいしそれまでは幹部としての顔で動くとしようか。


漸く着手できる裏切り者探し、それは行方不明になったメルクさんを探すのとはわけが違う果てしない道。一体何をどうしていいやら検討もつかないノーヒント状態から…はてさて一体どうやって抜け出したものか。


腕を組み、新たな局面に移った日々を思い。エリスは静かに鼻息を吐き…。


「それはそれとしてエリスの階級はどうするか、ただ幹部というだけでは箔がつかんだろ」


「そうだな、差し当たってアルカナ捜査機関の捜査局長とか?」


「エリス様の力を考えるならもっと大きな役職名でもいいかもしれません、アルカナ大軍団長とか!」


「ああ?軍団長よりも将だろ、戦神将とかどうよ」


「とにかく私はエリスに身分を与えたいのだ!なんならどっかの国王にしてこの六王円卓会議に出席してもらいたい!」


……何やら暴走気味にエリスの身分を作り出そうとするメルクさん達にため息が溢れる。頼むから…あんまりド派手にはしないでくれ。


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