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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十一章 魔女狩りの時代と孤高の旅人
364/835

324.魔女の弟子と親友


ヒタヒタと、無音のポータルステーションに足音が響く。


兵士達が任務先に赴く朝。


兵士達が物資補給に訪れる昼。


兵士達が帰還する夜。


軍用ポータルステーションが混雑するのは凡そこの三つの時間に分けられ、それ以外の時間に利用する人間は殆ど居ない。まぁそりゃそうだ、利用者全員アド・アストラの立てたスケジュール通りに仕事してるんだから訪れる時間が被るのは当然のことだが…。


その事を肌で知っている人間が一人いる。アド・アストラのどの職員よりも多くの時間をここで過ごし、向かっていく人間帰ってくる人間それぞれと会話しその目で見てきた者が一人。


「…………」


ティム…と呼ばれる孤児の少年だ。幼くして両親を失ったところを六王メルクリウスにの手によって救われ、その恩義に応えるため彼女の組織にて自分にも出来る事をやり遂げようと靴磨きの仕事をしている少年だ。


誰からの援助も受けず、仕事場と住処をアド・アストラに提供してもらう以外は誰の手も借りず自分一人で生きているその逞しい姿はアド・アストラの兵士や上層部からの受けも良い。


そんな彼は今、小さな木箱を抱えてポータルステーション内部を出来る限り音を立てないようにしつつ歩く。まるで何者かに追われているかのように誰にも見られないように…。


「………………」


そうして辿り着くのは転移魔力機構が収められた部屋のうちの一つ。機敏な動きで中に入り込むと共にそそくさとした動きで転移魔力機構を起動させる。


本来ならば受付に一言言ってから転移するべきであることはティムも理解している。そもそもアド・アストラの正式な職員ではない自分が安易に軍用ポータルを使うべきではないことも重々理解しているんだ。


だが、そんな規則や規律を破ってでも彼は…行かなくてはならないところがある。


「はぁ…はぁ、寒い…」


思わず割った口から出てくるのは白い息、転移した先はオライオン…。その大国オライオンの国土の数割を覆うと言われる超巨大森林地帯通称ズュギアの森の内側に立てられた辺境の支部、オライオン・アストラズギュア支部へと転移し寒そうに身を縮こまらせる。


そうだ。ここはオライオンに数多く存在するアド・アストラの支部だ。ズギュアの森内部の治安安定の為メルクリウスの進言にて立てられたこの支部なのだが、そもそも常駐する人間が少ないこともあり日中はほぼ無人に等しい状態になる。


それを知っているティムは誰かに見つかる前に支部を出てズュギアの森の中へと駆けていく。無断で使用しているのがバレて咎められた事だからだ。


「ふぅ…ふぅ、寒い」


世界最低の気温を誇る極寒の国オライオンを半端な防寒具一つで慌てて駆けるティム、彼がしばらく直進すると今度は一つの村が見えてくる。


ズギュアの森内部のに存在する村の一つ…ムシュモネ村だ。三年前六王メルクリウスや六王ラグナがお世話になったと伝えられるその村へと辿り着けば、目的地はすぐそこだ。


簡素な家々が並ぶムシュモネ村の奥に建てられた、場違いとも言える雪まみれの豪邸…。人気のない豪邸へ村人の目さえも搔い潜って、ティムは小さな木箱を大切そうに掻い潜り…今ようやく辿り着く。


「はぁ…はぁ、よし…これで」


ようやくたどり着いた、後はこの木箱をこの屋敷に…と。一息ついて扉に手を伸ばした。


その時だった。


「待ってください」


「え!?」


ギョッと肩を揺らすティム。ここまで誰にも見られないよう走ってきたのにいきなり声をかけられて慌てて振り向けば…そこには。


「あ、お…お姉さん」


「こんにちは、ティム君」


「ティム君?こんなとこで何やってるの?」


「…なるほど、合点が行きました」


背後には、新入り隊員のエリスと、彼女を率いる隊長のメリディア、そして喜劇の騎士ステンテレッロの三人が…立っていた。偶然通りがかるような場所でもない…つまり、ティムを追ってきたんですよ、エリス達は。


「なんで…こんなところに」


「悪いですが追跡させて頂きました、貴方がどこに行っているのか…それを確かめる為に」


「つけてきたの?…お姉さんには関係ないって前言ったよね、僕」


「ええ、ですが…どうやら我々に無関係ってわけでもなさそうです、…居るんですよね。この屋敷に…メルクリウス様が」


エリスは見上げる、自らの推理が的中した事実を喜ぶでもなくティムが案内してくれたこの屋敷にこそメルクさんがいる事を感じ取る。



エリス達三人はメルクさんの部屋にて手に入れた情報から靴磨きのティム君があの部屋を出入りしている事を知った。しかし、ティム君は何故メルクさんの部屋を出入りしていたのか?出入りして何をしていたのか?そういう謎にもぶち当たったが。


幸い、エリスはその答えを持っていた。


「不思議だったんですよね。最近貴方がエラトスを出入りしていると聞いて…何をしているのかなと。数多くある国の中から何故エラトスなのかと…」


「…………」


「貴方はエラトスで薬を買っていたんです、アジメク製の薬を。先の逢魔ヶ時旅団との戦いで負傷したメルクリウス様を治すための薬を買うために」


「っ……」


その顔は当たりって顔つきだな。


何故エラトスなのか、それはこの世界でアジメクの次にアジメクの薬やポーションが流通している唯一の国だからだ。彼処とアジメクは隣国同士という関係性もありギルドの商人以外もポーションを陸路で運んでくる、何より質のいいポーションをなるべく迅速にかつ大量に手に入れられるから。


何故アジメクで買わないのか…それはティムが隠れながらここまで来たという事実が全てだ。恐らくメルクさんは負傷している、それもかなりの怪我を負っているんだ。


そりゃあそうだよな?八大同盟と単騎でぶつかり合って流石に無傷でいられるわけがない…きっと命辛々という場面でメルクさんはシオさん達に救出され、この屋敷に連れてこられた。


人気が少なく、なおかつ人目につかないこの別荘へと運び込まれたメルクさんを治療する為に、彼はせっせとエラトス、アジメク、オライオンを行き来して衣料品を運んでいたのだ。


…以前彼と会った時、急いでいるとばかりに無視されたのはメルクさんを治療するための品を運んでいる最中だったんだ。そりゃ急いでいるよな。


「買うって…なんで僕が…」


「この場で言い逃れは無理だと思いますよ?、貴方はメルクリウス様に拾われたみたいですよね。それに…貴方なら目にしたはずです、一人でアレキサンドリートに向かうメルクリウス様も傷だらけでオライオンに運ばれるメルクリウス様も…、常にポータルステーションにいる貴方になら目撃が出来たはずなんですよ」


「う……」


「そしてそれを見た貴方が、放っておくなんて出来ますか?命の恩人が死にかけている場面を見て放っておけますか?。無理だから…ここにいるんですよね」


「………………」


「貴方はきっとその場でシオさん達に同行してメルクリウス様の治療を手伝うよう申し出たことでしょう。メルクリウス様達もそれを受けざるを得なかった…だってこんな人気のないところに身を隠したのはレイバンという敵が命を狙っている可能性が高かったから」


傷を治すなら本部に戻って治癒魔術師にでも助けて貰えばいい、だがそうは出来なかった理由は本部には…アジメクにはレイバンとレイバンの手の者が大量にいたからだ。


行けば隙をついて殺されるかもしれない。そんな意識があったからこそここに隠れた。そして場所がバレたくないメルクさん達は明確に部下ではないティム君の協力のおかげで外の治療品を買い集めることができた。


「貴方のおかげでレイバン達に居場所がバレることなく各地で物を揃えることが出来た、貴方ならば外で動いても直ぐにはメルクリウス様と結びつきませんからね」


「……でも僕にはそんなお金…」


「そのお金はメルクリウス様が出したはずです、彼女の私室の金庫を開けて中身を取ったのは貴方ですよね、それ以外にも彼女の愛用のティーカップを持って行ったり病床の彼女の為に本を持って行ったりと色々やっていたみたいですが」


「な、なんで僕だって言い切れるんだ」


「金庫に貴方の仕事道具であるワックスが付着していたから…」


「そ、それだけで僕だと言い切れるのかよ…もしかしたら、あの城の清掃員が盗みに入ったのかも…」


「というのともう一つ、彼女の金品が入っていた小物入れが外側の小物入れだけが残されていたからです」


「え?」


「最初はレイバンか火事場泥棒あたりが持ち出したものと思いましたが、それじゃあ外側の小物入れが残っているのはおかしい。持ち逃げするなら小物入れそのものを盗んで仕舞えば盗んだという痕跡すら無くなります、しかし中身だけ持って行ったのは…貴方が盗むつもりではなく医療品を買うためのお金を確保するためだったからですよね」


これはきっと無意識的な話だ、メルクさんから『小物入れの中に多少なりとも金品があるからそれを使って薬を買ってくれ』と言われて小物入れごと持って行く奴はいない、小物入れの中と言われればその中身だけを持っていくのが普通だ。


これは盗む気の無い人間が持っていったという確たる証拠だ。


というか、第一だ…。あの金庫を開けられるのはメルクさんの指示を受けた人間じゃなきゃ無理なんだよ、その時点で貴方しかいないんですよ…あの私室に出入りし、お金を持っていき医療品を買っていたのは。


「そこまでして必死に物を集めて辿り着いたここに、メルクリウス様以外の誰がいるっていうんですか」


「…………」


「その木箱の中には医療品が入っているんですよね、…貸してください」


「え!?だめ!ダメだよ!これがないとメルクリウス様は…」


「大丈夫です、…大丈夫ですから。私がなんとかします」


彼から木箱を受け取ろうと手を伸ばすが拒否される。…やはりか、でも…大丈夫ですよ。


「私がここに来たのは、メルクリウス様を助ける為ですから」


「で…でも」


「信じてください、私が…エリスが貴方のメルクリウス様を元にメルクさんに戻してみせますから」


「……エリス…、わか…わかった」


エリス…その名を聞けば、彼も信じてくれたのか木箱を明け渡してくれる。その感触から中に入っているのがやはり医療品であることを察する。だが量があまり多くないな、まぁいいんだがな。


「ねぇ、お姉さん…エリスって言ったけど…貴方もしかして」


「…その先はまた後で聞きます、では私はメルクリウス様に会ってきますね」


「会ってきますねって、エリス…私達は?」


「すみません、まずは私一人で会わせてください。ごめんなさい…メリディア隊長」


「……まぁ、大丈夫だよ。ただ気をつけてね」


気をつけて…か、メルクさんに会うだけなのにそんな風に言われてしまうということは、メリディアの知る今のメルクさんは会うのに気をつけないといけない人物ということか。


やや悲しいが…その責任を今からエリスは取りに行かねばならないのだ。


「よし…、では」


そしてエリスはメリディアもステンテレッロさんもティム君も置いて、一人で古びた扉のドアノブを握りしめ、ゆっくりと屋敷の中へと足を踏み入れる。


「…………」


扉を後手で締めながら、エリスは屋敷の中を確認する。人の気配はない…見えるのは明かりのついていない暗い部屋。戸棚にも机にも埃が積もっている…本当に人が住んでいるのか怪しい状態だが、同時にエリスは確信する。


ここにメルクさん達はいる。だって机には埃が積もっているのに床には積もっていないから。これは誰かが屋敷の中を歩きまわらないとこうはならない。つまり…いるんだ、ここに。


「…メルクさん……」


屋敷は二階建てだったな。ならもしかしたら二階にいるのかもと屋敷を歩き回り階段を探そうと廊下に出た……。


次の瞬間。


「死ね」


カチリ…と撃鉄が起こされる音と共に曲がり角から伸びた腕に握られた拳銃がエリスのこめかみに押し当てられ…。


「ッッはぁっ!!」


「チッ!」


咄嗟に銃が撃たれる前にその手を掴み引きずり出すように背負い投げ地面に叩きつける。誰だこいつ!メルクさんじゃない!。


「隙あり!」


しかし攻撃はそれだけでは終わらず、エリスの背後に潜んでいたもう一つの人影が銀色に輝く腕を鋭く尖らせエリスに向けて刺突を放ち。


「隙なんてありませんよ!」


「ぐっ!?」


しかし、その程度の不意打ちに当たってやるほど甘くはない、咄嗟に振り向き抜き放たれた腕を掴むと共に相手の膝を蹴り払い、胸倉を掴み返すと共に地面に叩きつける。


いや、まさかこいつら。


「ぅぐっ!」


「ミニレア!くっ!」


ミレニア…今エリスが投げ飛ばした女を心配する言葉と共に、銃を持った男がエリスに向けて銃撃を放つ…。


銃撃…それと共に聞こえた声には覚えがある。それにミレニア…なるほど、彼らは。


「シオさんとメルクさんの秘書のミレニアさん…ですか」


流障壁で弾丸を弾き、目を凝らして暗闇の中にいる二人の姿を確認する。


…やはりそうだ、二人ともメルクさんの部下の…そしてメルクさんと共に消えたシオさんとミレニアさんだ。


「なっ!?銃弾が…。魔力障壁か!?」


「くっ!離しなさい!」


「やはり、二人がメルクさんを保護していたんですね」


銃弾を弾かれ戦慄するシオさんと、エリスに胸を踏みつけられ抵抗する術を失うミレニアムさんの二人を見て、エリスはようやくメルクさんにたどり着けたことを理解して一息つく。


よかった、この調子じゃまだレイバン達はここに来ていないようだ。


「我々二人がまるで歯が立たないとは、これほどの使い手を送り込んできたか…レイバン」


「やらせません!メルクリウス様は!我々の命に代えても!守ります!」


「そうやって二人はメルクさんを守ってくれたんですね、感謝します」


「感謝だと?、…というか貴様何者だ!アストラの制服を着て、貴様のような使い手を我らは知らんぞ!」


わかんないか、まぁ分からないようにしてるんだけどね…。


エリスは今正体を隠している、けど…この人達にならもうそれはいいだろう。というかこの敵意ムンムンの状況をなんとかするには、もうこれしかない。


「すみません、分かりづらい事をして。ただ私は…エリスはお二人の敵じゃありません、メルクさんの味方ですよ」


「は?……なっ!?」


静かに、メガネを外し髪をかきあげ、シオさんに視線を向ける。貴方とはしっかり顔を合わせたことがあるから分かりますよね?ねぇ。


「お前は…!」


「はい、エリスはエリスです。孤独の魔女の弟子エリスです」


「エリスだと…!?そんなバカな!お前は今旅に出て…まさか帰ってきたのか」


「ええ、メルクさんがピンチだと聞いたので、皆さんを探してここまでやってきました」


「ッ…まさか、本当にこんなことが…そんな」


シオさんの瞳に光が灯る、それはやがて潤いを得て…一筋の涙となって頬を流れる。それは安堵の涙かあるいは別の何かか。敵だらけの状況で現れた味方…そう思えば安堵もするか。


「本当にエリスなのか…」


「はい、メルクさんを助けにきました。少し遅れてしまいましたが」


「本当だ…っ!ともかく直ぐにメルクリウス様に会ってやってくれ、今のあの方にはお前の言葉が必要だ!」


「分かりました、メルクさんはどこに?」


「二階だ、そこの廊下をまっすぐ進めば階段が見える、そして二階の一番大きな部屋に…あの方はいる、療養している」


「療養…分かりました、直ぐ行きます」


早く…早く会いに行かないと、早く会いに…いや、早く会いたい。


三年ぶりのメルクさん。エリスが置いていってしまった友達、エリスがその危機に気づけなかった友達。


その再会を前にして、ここに来るまでに抱いていた疑念、焦燥、己への失望、あらゆる感情が吹き飛び…エリスはただただ、友の顔だけを求め。


階段を上る、一段上がると共に大して疲れてもいないのに荒くなる呼吸。


首を振り、メルクさんがいるであろう部屋を見つけた瞬間、殴られたようにピリピリと麻痺する頭。


ゴクリと音を立て、心臓の音さえも煩わしく感じるほどに落ち着きを失ったエリスは。飢えたようにその扉に飛びつき…ドアノブを回し。


そして…そして。


……………………………………………


「メルク…さん」


その部屋は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。


足元には大量の資料、小さな机の上には大量の薬とポーションの空き瓶、乱雑に散らかった本…まるで部屋の中で台風でも吹き荒れたかのように散らかった部屋の奥、窓辺のベッドに彼女はいた。


「………………」


部屋に入ってきたエリスに気づく様子もなく、読んでいるかも分からない程虚ろな目で本を眺め、ただの作業のようにページをめくっている。


メルクさんだ、エリスの友達メルクリウス・ヒュドラルギュルムが…あれだけ求めた彼女がそこにはいた、けど…。


エリスはこういう言い方はすごく嫌いなのであまり言いたくないんですけど、今の彼女を敢えて呼ぶなら…廃人だ。


髪は荒れ、目の下には隈が刻まれ、頬は痩せこけ…何より、その身を縛る包帯の多い事。ほぼ体の半分を覆う包帯には血が滲み、痛々しくエリスの目を突き刺す。


重傷だ、体も心も…こんな、こんな風に…なって。


「メルクさん…」


「……ん」


もう一度エリスが呼ぶと、メルクさんはエリスの方を見て…その表情を変える。


「ッ…!おま…お前は…!」


「はい、エリスです…エリスですよメルクさ…」


「来るなッッッッ!!!」


「え…」


叩きつけられた、その手に持った本をエリスに向けて投げて…え?、あ…え?。


今なんて言った?、分かりない。もしかして…エリス、拒絶された?。


「え…え?、何言っているんですかメルクさん、エリスですよ?分からないんですか」


「寄るな!顔も見たくない!」


もしかしてまた眼鏡をかけてるのかな、じゃあ分からないよねと顔を触るがやはり眼鏡はない、代わりに頬を伝う涙が指に触れる。


顔も見たくない…か、そっか。そうだよな…だって今更何しにきたんだって話だし、な…うん。


「メルクさん…エリスは…貴方を心配して」


「くっ!やめろ!やめろやめろやめろ!聞きたくない!聞きたくない!」


顔を枕に埋めてヒステリックに叫ぶ彼女を見ていると頭がどうにかなりそうだ。そんなにエリスが嫌か?そんなに弱ってしまったのか?、エリスを嫌うのは構わない…けどせめて、そんな貴方を助けることくらいは許してください。


エリスは、貴方のことが大好きなんです。今更やってきて、嫌かもしれないが…都合がいいかもしれないが、エリスが強くなりたかったのはみんなを守りたかったからで。


震える唇を必死に動かし、一歩歩み寄る…が、彼女は相変わらずこちらを見てくれない。


「メルクさん…」


それ以外言葉が見つからない、なんて言ったらいいか分からない。ただ…ただただ彼女を求めるようにその名を呼ぶと、彼女は枕から頭をあげ、鬼のような顔つきで。


「シオ!シオォッ!、ダメだ…ダメだ!この痛み止めはキツすぎる!幻覚が…幻覚が見える」


「え?幻覚?」


エリス…幻覚だったのか?ってんなわけあるか!。まさかメルクさんエリスを幻覚だと思ってるのか!?。


「メルクさん落ち着いてください!エリスは…」


「聞きたくない!、また…また私を蔑むんだろう…、情けないと…頼りにならないと。私を責めるんだろう…!」


「責める?なんでですか!というか聞いてくださいエリスは…」


「もう嫌なんだ!エリスの顔をした幻覚に罵倒されるのは…、嗚呼。お前の旅路を守ってやれなかった私への罰か、エリス…」


「落ち着いてください!!」


思わず飛びかかりメルクさんの肩を掴む、落ち着け!落ち着くんだよ!何を話すにしてもまず会話をしないと何にもならない!


だから聞け!聞いてくれ!そして見ろ!見てくれ!エリスはここにいるんだよ!!帰ってきたんだよ!


「落ち着いて、そしてゆっくりでいいです…エリスを見て、メルクさん」


「あ…ああ?、なんで感触が…まさか、本物か?」


「ええ、本物です…エリスはエリスです、貴方の友達のエリスです。幻覚じゃあありません」


「あ…ぅぁ…あ、は…ぁ、ああああ…」


エリスを感じ、エリスを見て、そしてようやくエリス達は出会えたようだ…。


彼女の目がエリスを見ている。わかってくれたか。


「本当の本当に…エリスなのか」


「はい、何度でも言いますよ。貴方の友達のエリスだと」


「だがお前は…、今旅に出ているはずだ。何故…こんなところに」


「貴方を助けにきたんです、ピンチだって聞いたので」


「そう…か、そうか…うっ…」


すると、傷が痛むのか顔を歪ませるメルクさんはぐったりと項垂れる。


…やはり見たところ相当傷が深い。アジメク製のポーションを使って一命は取り留めたが…と言ったところか。


「傷が痛むのですか?」


「ああ、すま…ない、そこの痛み止めを取ってくれ」


「……いえ、もっといいものをあげます」


傷の具合を見てやはり必要かと思い、エリスはティム君の持ってきた医療品を脇に置いて、代わりにポーチから取り出すのは…。


「それは…?」


「師匠の作ったポーションです、これを使えば一発ですよ」


「ああ…あれか、…何度もお前の命を救ったというあれか」


「はい、ゆっくり飲んでくださいね」


持ってきてよかった師匠のポーション、この三年間でエリスにポーション作りを教えてくれる過程で出来上がったいくつかのポーション。世界で二番目の濃度を誇るこのポーションを使えばどんな重傷も立ち所に治るはずだ。


そう信じてエリスが渡したポーションを、ぐびぐびと飲み干すメルクさん…すると。


「ぐっ…はぁ、凄まじいな…これは」


一瞬、骨や肉が無理やり押し広げられる感覚に不快感を覚え顔を歪ませるも、次の瞬間にはその手で自らの包帯を外し、完治した体を露わにし一息つく。


精神的にも肉体的にも回復したか。まぁ失われた体力は直ぐには治らないから後一日二日休む必要があるだろうが…それでも十分だ。


「……っ、エリス、本当にお前なんだな」


「はい、そうですよ。メルクさん…会いたかったです」


「ああ、私も会いたかった…ずっと、ずっと会いたかった…会いたかった…」


だがさっきよりも何倍もマシな顔……と思った瞬間メルクさんの顔が再び曇る。影を帯びた顔は直ぐに隠されるように下を向き。



「…すまないな」


「え?いえ、ポーションはいくらでもあるので」


「そうじゃない、お前の旅路を守れなかった事だ」


「え?ああ、さっきも言ってた…」


エリスの旅路を守る…だったか?。


落ち着いたメルクさんは、それでも項垂れ申し訳なさそうに膝を覆う毛布を握りしめ悔しさを滲ませながらポツリポツリと雨垂れの様に心情を吐露する。


「…全く、情けない限りだ。きっとお前のことなら聞き及んでいるだろう、私の零落ぶりを」


「ええ、聞きましたよ。かなり酷いことになってますね」


「ああ、…全て私が未熟だったせいだ」


近くの椅子を引き寄せてベッド脇に座り込み、メルクさんのお話を伺う。


メルクさんの今の状況は聞いている。下も上も味方なし…みんなメルクさんの敵に回っている状況だ。みんなメルクさんを悪くいうけど…実際どうなんだろう。


「みんなメルクさんを悪く言ってます。もう終わりだって」


「……私も思っているよ」


「そんなことありませんよ、メルクさんはまだまだ…」


「私は間違えたのだ、みんな私に付いてくると思っていた…私が目指す先に正しい未来があるからみんな勝手に付いてくるものと思っていた。だがいざ私の指針が乱れると皆私から離れていく…それが何故か理解出来なかった、故に強硬策に出てこのザマだ」


「強硬策?」


「お前が失望するようなことをたくさんしたよ。…ふふふ、会議で怒鳴り声もあげたし吊るし上げもしたし、金で黙らせようとしたこともあった…が、今思えば全てがマイナスだったな」


エリスの顔を見て落ち着いたのか、それとも完膚なきまでの敗北を味わい終わりを悟っているからこそ落ち着いてしまったのか。メルクさんは自傷気味に笑う。


会議で怒鳴る姿も他人を嘲笑う姿も金で無理やり黙らせようとする姿も、ちょっと想像出来ないな、だが実際やったのだろう。


メリディアがそうだ。


「それは…その」


「だが…だが私はまだ間違ったことをしたとは思っていない、世界には力が必要なのだ。魔女様のように皆を守れるだけの力と害を成そうとする者を消し去るだけの力が…」


「…………」


「魔女様のいない治世に求められるのは絶対的な兵器と圧倒的な兵力、それを作り出すための計画を…誰も理解しない。今ここで足踏みをしている暇なんかないんだ…一刻も早く国民を守る傘を作らねばならないのに、それが私の使命なのに!」


「メルクさん…」


ギラギラと燃えるようだ。傷が癒えて元に戻ったか…。これが彼女の身に起こった心境の変化なのだろうとエリスは悟る、やはり懸念していた通りメルクさんは変わってしまったのか。


いいや、何も変わっていない。彼女は三年前と何も変わっていない。


彼女は昔から悪を憎んでいた。彼女にとっての悪は無辜の民を害する存在の事を指す、そんな存在を廃絶する為に彼女は昔から戦っている。


これはその究極系、悪を…敵を消し去る。そんな世界を作る…それが頂点に上り詰めた彼女の目的なのだ。


「お前もそうは思わないか!」


「……そうですね、そんな世界があればいいかもしれませんね」


「だろう!そんな世界になればお前も…」


「でも」


だが、だがメルクさん。…それでも貴方は間違えてしまったのかもしれない。


そんなエリスの声と目にメルクさんは言葉を詰まらせる。


分かるよな、エリスが言いたいこと。別にどれだけ野心を燃やそうが、その末に暴走してしまおうが、それで人心が離れていこうが…エリスは貴方を信じ続けますよ、けど!。


「その目的のために生み出したのがロストアーツですか?」


「う……」


メルクさんは目を逸らす、ロストアーツ…あれが問題だ。


唯一アド・アストラ側に残ったロストアーツ『星魔鎌スコルピウス』、あれを見せてもらった時にエリスはちょっと本気で貴方の事を疑いかけましたよ。本気で道を見失ったのかって。


だってあれは。


「見たのか、ロストアーツを」


「ええ、そしてあれの動力源にも気がつきました」


「……フッ、さ…流石だな」


「…メルクさん、あれの動力源は」


「ああ、…シリウスの血だ。アジメクの地下に眠っていたシリウスの足から抽出した液化魔力をあの兵器には込めてある」


やはりか、と目を瞑る。やはりあれはシリウスの血を使っていたか、そして彼女もそれを容認している。


それがどれだけ危険なことかも…きっと。


「何故ですかメルクさん、何故シリウスの力なんか使っているんですか。奴の恐ろしさを忘れてしまったんですか」


「……ロストアーツを完成させるためには、仕方なかった」


「仕方なかったって、アド・アストラは魔女の力を借りない組織でしょう?それなのにそれを守る盾に魔女の血を使っているなんて、元も子もないじゃないですか」


「何を言うか!あれは…あれは、違う」


「違わないです、あれは魔女の力です。組織を立ち上げた時の理念を失えば組織は崩れる…それは個人も同じです、目的の為に信念を曲げれば積み上げたもの容易く崩れるのです」


「あれは必要なものなんだ!あれは…私の目的に…!」


「メルクさん、よく考えてください。魔女の力を必要としない世界というのは魔女に代わる新たな力による統治の世界なのですか?」


「……何が言いたい」


何がって、師匠が言っていた事が今理解できたって話ですよ。


魔女様の力による統治は正しかったか正しくなかったで言えば結果的には正しかった。だがその結果は…。


「メルクさんは敵のいない世界を作ろうとしているんですよね」


「ああ、それこそが理想郷だ」


「それが魔女様の如き力を持つ事、なんですよね」


「ああそうだ、お前も私を否定するのか」


「……メルクさん、魔女様の世は正しかったですよ。八千年も続いたんですから文句のつけようもありません。けどその結果…魔女様は反魔女、マレウス・マレフィカルムという敵を生みました」


「っ……」


「きっとこのまま邁進すれば、敵を作らないよう作り出された兵器で敵を生みます。魔女排斥がアストラ排斥や六王排斥に変わるだけです。力では決して敵を無くせません、道理は力では捻じ曲げられません」


「それ…は……!」


敵のいない世界を作ろうとするのは、難しい事だ。何せ魔女様達でさえ八千年かけても作れなかった世界なんだ。それを魔女様の真似をして手に入れられるわけがないんだ。


「エリス達魔女の弟子は、魔女様を模倣し魔女様に成り代る為の存在ですか?」


「…………」


「違うでしょう!エリス達は魔女様を超える為の存在です!」


「っ!エリス…!」


エリス達魔女の弟子はいつか魔女様も超えて魔女様達が手に入れたかった何かを手にする為の存在なんだ。代用品でも代替え品でもない、エリス達は継承者だ…歩みを先に進める為の者だ。同じ位置に立って同じ場所を目指して満足してはいけないんだ。


「力に固執するのをこの際悪く言うつもりはありません、けど…一旦落ち着いて周りを見ましょうよ。方法は他にもあるはずですから」


「……だが!だが…平和な世界を作り、維持しなければ…お前の旅路を守れない」


「エリスの旅路をですか?」


「ああ、私はお前を見送った。私はお前に好きなように生きて好きな事をして欲しいから…平和な世界を作って、お前がもう何もしなくてもいいようにしたかった…それだけなのに」


「もしかして…荒れてた理由って…」


「そうだ!お前だエリス。私は…お前を守ってやりたかった…。ただそれだけなんだ、この世界が平和であり続ける限りお前は自由だ、いつまでもいつまでも旅をさせてやりたかったんだ、私からお前の自由を奪う存在を…許せなかったんだ」


……そうか、メルクさんがそこまで必死に平和を守ろうとしたのは、エリスのためでもあるのか。


「私は…私はお前の夢を守りたかった。私の夢を守ってくれたお前の夢を…未来を…」


そんなにもエリスのことを思ってくれていだんだな。…そっか、そうか。


「エリスも、実は後悔してるんです」


「何?」


「貴方を置いて旅立ってしまったことを。友の危機に気がつけなかった事を…悔いてるんです」


「何を言うか、それは私が不甲斐ないからで…」


「お互いそう思ってるんですよ、エリス達…友達ですもんね」


「…………エリス」


さて、聞きたいことは聞けた。解決しなきゃいけない新しい問題も見つかった。ならも動くべきかなとエリスも膝を叩き立ち上がる。


「なぁ、エリス…お前は私を不甲斐ないと思わないのか?お前の世界を守れなかった私を、お前が大好きだった旅をやめさせてしまった私を…。不甲斐ないと呆れて失望し…離れていかないのか」


「え?何言ってるんですか、エリスは確かにこの世界を旅するのが好きですけど…」


「…ああ」


「今ここにいる、それが答えですよ」


「……そうか」


頬を伝うメルクさんの涙を拭う。エリスは旅をやめてここに来た、それを嫌なことだとは思っていません。


旅は好きです。


でも、メルクさんの事は大好きです。


それが全てだ。


「…………君には敵わないな。君を相手になら私も己の過ちを見つめられる。君の為世界から敵を排除し理想郷を作ろうとするあまり、躍起になって過敏になって、結果周囲に当たり散らして求心力を失って…それでも止まれなくて、そんな歪んだ私をも信じてくれる君になら私も認められる」


「エリスはそんな大層なもんじゃありませんよ」


「いいや大層なもんさ、正道を見失い仲間からも見切りをつけられた私を諭せる者なのだからな。認めるよエリス…私は間違えていた、ああ認めるとも。やはり信念を捻じ曲げ力に走っのがよくなかったな、ハハハハハ…はぁ……」


認める、そう微笑むメルクさんの肩は先程よりも軽そうだ。


アド・アストラの力を使い、あらゆる敵を排除して誰も傷つかない理想郷を作る。きっとそれは人類の願いでもあるだろう、誰も争わなくてもいいならそれに越した事はない。


そうすればエリスもいつまでも旅を出来たかもしれない。


だがその過程で、メルクさんは致命的に間違えた。当初の信念を密かに捻じ曲げた時点でメルクさんは狂っていたのだ。故に荒れたし荒んだ、そして指導者としての輝きも失い零落した。


それを認められないから突き進んだ。突き進んでここに行き着いた。


そこを、ようやく受け止め認めることが出来たのだ。エリスが居たから…なんて言うと恥ずかしいですけど、それでもこんなエリスでも役に立てたなら嬉しいな。


「大丈夫ですよメルクさん、メルクさんは道を間違えただけです。間違えたなら引き返して別の道を探せばいいんです。また一からやり直しましょう」


「また一からか、つまり私にアド・アストラに戻れと?」


「はい、やはりあの組織には貴方が必要ですから。いえ、今の貴方なら今度こそきっと上手くやれます」


「そうは言うがな、今の私にはレイバンを止めるだけの力はないぞ?私の信頼はもう地に落ちた、もうレイバンに敵わない」


「大丈夫ですよ、エリスも手伝います。今度は貴方のそばで…貴方の手足となって、貴方を今度こそ正しい流れへと導いてみせます」


「…アド・アストラは敵だらけだぞ?」


「周りが敵だらけ、味方があまりにも少ない、いいじゃないですか。エリスとメルクさんのスタートにはふさわしいです、いつかを思い出しますよ」


「ふっ、あはは。確かにデルセクトでのスタートはこんな…いやこれより酷かったな。あれを乗り越えられたならもうなんとでもなるか」


「はい!エリスがなんとでもします!」


「頼もしいな、なら私の背中は君に任せるよ。だから…また世界を私に任せてくれ、エリス」


「勿論、信じてますよ。メルクさん」


その手を掴み、握手を交わすように彼女の体を引き起こす。


彼女はまたやり直せる、己の過ちを認めて曲げた信念を取り戻したのならきっとやり直せる。エリスがその手伝いをする、今度こそ…彼女を。


「よし…では、戻るか?アド・アストラに」


「はい、お伴しますよ」


「ああ、私も今日で休暇は終わりだ。レイバンを止める…やはり奴にはアド・アストラは、私達の夢は任せられんからな」


フッと笑う彼女はそのまま壁に掛けてあった軍服を着込み、軽やかな手つきでボタンを締める。その姿はかつてのメルクさんと同じだ。


戻ってきた、完全に昔みたいに戻れたかは分からないが少なくとも彼女にはその気がある。ならそれでいいじゃないか、また間違えそうになったら今度はエリスが側で止めればいいだけなんだから。


「じゃあ行きましょうか、ああその前にいくつか聞きたい事と言いたいことがまだ…」


「ッ──大変です!メルクリウス様!」


「ッ!?」


刹那、慌ただしく開かれる扉。外部から入ってきたシオさんによってエリスとメルクさんの二人きりの世界は破壊される。そんな事構う暇もないとばかりにシオさんは口を開き。


「外にレイバンの刺客が!」


「なんだと!?この場所がバレたのか!?」


「奴らは既にこの場所を把握していました、恐らく今まで戦力を集めていたんでしょう。そして集まった戦力が」


と、ベッド脇の窓から外を眺めれば。


おうおういるいる。アド・アストラの制服を着た連中がザッと五十人。メルクさんを秘密裏に亡き者にして己の野望の成就を願うレイバンの手先が。


「かなりいるな」


「ええ、五十人くらいですね。レイバンの奴本気ですよ」


「らしいな…」


もう完全にされている。かと言ってメルクさんはまだ本調子じゃなさそうだし、仕方ない…どうやらいきなりエリスの出番のようだ。


「メルクさん、ここはエリスがなんとかするので急いで離脱してください」


「何!?私にお前を置いていけと言うのか!?」


「んー言い方が悪いですね。ここはエリスを信じて任せてください」


「くぅ、ずるい言い方だ…だが、分かった。せっかくお前が私を立ち直らせる為にここまでしてくれたんだ、必ず生き延びてやる…それに」


「それに?」


「友の為に戦うエリスは…無敵だ、だろ?」


「…ふっ、ええそうですとも」


メルクさん…、ああそうだとも。無敵も無敵…超無敵だ!。


「よっしゃぁっ!直ぐに裏口から抜け出て脱出しましょう!」


と、メルクさんを連れて裏から抜け出そうとするシオさんを見て、エリスは咄嗟に。


「あ!待ってください!」


「っ!?なんだ」


呼び止める。待てよ?…もう一度外を確認するが取り囲んでいる五十人は皆アルクカース人のようにも感じる。まぁメルクさんを始末しようと思うなら戦闘能力の高いアルクカース人を抱き込むのが一番なんだろうが…。


奴らアルクカース人の恐ろしさはその身体能力の高さにある…とアジメク人は思っているだろう、だが実際は違う。奴らは何にも考えてなさそうでいてかなり計算高い連中なんだ、特に戦闘に関しては無思考無策で挑むほど馬鹿じゃない。


「…………」


それが単に玄関側に人数を配置して威圧するだけに終わるか?そんなわけないよな。


(これは多分罠だな)


きっと前面の奴らは囮兼逃げ道の封鎖役。本命は裏口から出て安心した所で強襲する伏兵達。


そうだ、この計略は見たことがある。継承戦でベオセルクさんがラクレスさんを相手に決めた伏兵策。包囲に穴を開けてそこから逃げようとする敵兵を伏兵で仕留める…逆腐肉の壺ってところか?。


このまま裏口から出れば奴らの思惑通りエリス達は伏兵による襲撃を受ける。普段ならともかく今の衰弱したメルクさんでは耐えられない可能性もあるし、エリス達にも少なからぬ被害が出るかもしれない。


「裏口から逃げるのはやめましょう、多分裏手には伏兵がいます」


「な!?なぜ分かる…」


「昔似たような計略を見たことがありますからね。それよりもこの館には出入り口はいくつありますか?」


「玄関と裏口の二つだけだが?」


「そうですか…、じゃあもう一つ聞くんですけど」


エリスは幻惑のメガネを着用しながら、小さく拳を鳴らし。


「この館って、まだ使う予定とかってありますか?」


取り敢えず、確認だけしとかないとね。エリスの脱出プランの為にも。



……………………………………………………


「おい!出てこいよ!隠れてんの知ってんだぞ!」


「観念して出てこいよ臆病者!」


「いつまで隠れてんだ!」


「大事な大事なお屋敷に火ィつけられたくなかったらとっとと出てこい!」


メルクリウスの別荘の前を扇状に取り囲むアルクカース兵達は剣と盾をガンガンと打ち付け威嚇するように吠える。レイバンからの依頼を受け、彼の側についたアルクカースの兵団が狙うのはメルクリウスの命。


既にこの場所を把握していたレイバンはグロリアーナとの密談の後即座にこの場に兵団を送り込んだ。行方が分からず、その上でメルクリウスが負傷していると分かった今を千載一遇のチャンスと捉えたのだ。


ここでメルクリウスが亡き者になれば六王は瓦解する。自らの野望に王手が掛かる、故にここでなんとか、メルクリウスを殺しておきたい…そんな殺意の滲み出るアルクカースの包囲網は完璧だ。


正面から逃げてくれば正面の五十人が襲いかかる。


裏手に逃げれば近くの森の中で待機している弓兵隊が殺しにかかる。


この屋敷には出入り口が二つしかないことを事前に調べ上げての包囲、抜かりはない。


「隊長…、奴ら出てきませんぜ」


「…………構うな、続けろ」


そしてこの兵団を率いる隊長は険しい目で屋敷を見上げる、既に奴らも包囲には気がついて迎撃の準備でもしているのかもしれないが、態々突入なんぞしてやらない。


もし出て来なければ火をつけるだけ、我慢出来ず出てきても仕留める支度は出来ている。


出てきても、出て来なくても、どちらにしてももうメルクリウスは終わりだ。


そう、誰もがほくそ笑んだ……その時であった。




「──────────!?!?」


一瞬、誰もが目を疑った。


だって、これからどう料理してやろうと舌舐めずりをしていた目の前の屋敷が。


いきなり、なんの前触れもなく、…爆音と共に爆裂四散したのだから。


「な…、は?」


爆発…と呼ぶにはあまりに大規模過ぎる。屋敷が丸々粉々になり瓦礫が吹き飛び大地が揺れるほどの爆発に思わず頭が真っ白になる。


何が起きているんだ…。全員が口を開け目を白黒させる。


「まさか自爆?」


「助からないと悟って自ら死を」


「ううむ、ちょっと高潔だ。好感がもてる」


「一体何が…」


呆気を取られ騒然とする戦士達、流石にこの事態は想定していなかったとばかりに目を丸くしてたじろぐ…と。


その瞬間……。


「そこを───」


「え?」


刹那、揺らめく砂煙の中から一つの影が現れて……。


「退けッッ!!!」


「な!?おま…げぐぅっ!?」


それは一瞬の出来事、爆煙の中から突如として飛び出してきたエリスによって一人の戦士が蹴り飛ばされる。的確に顎を蹴り砕く一撃に屈強な戦士は崩れ落ち…。


そこでアルクカースの戦士達は気がつく。今の爆発はただ『虚仮威し』であったことに。


戦士達の思考を空にするだけのインパクトを与えるために、屋敷を一つ丸々吹き飛ばしたのだ。いやそれだけじゃない、轟音と砂塵で前面を守る戦士と屋敷の裏手に回っている戦士達を分断した。


正面突破をするために、屋敷を吹き飛ばし先手を取ってきたのだ。


「メリディア!!!」


「うん!任せな!!」


そんなエリスの言葉に従い砂塵を衣のように尾を引かせ一瞬で駆け抜ける影。戦士達の目的であるメルクリウスをその手に抱えて走る俊足騎士のメリディアがロケットスタートを決めたのだ。


「居たぞ!メルクリウスだ!」


「ぐっ!?なんだアイツ!クソ速え!」


メリディアの足は純粋な身体能力だけで見れば世界最高ランクに位置する。それがいきなり砂塵の中から飛び出してくれば、爆発に呆気を取られていた戦士達では対応も出来ない。


飛び道具を持つ弓兵達は今森の中、そして森側からでは爆音と巨大な砂塵のカーテンが跨るが故にこちら側の状況を知ることが出来ない。


やられた、完全に。


「…すまないな、メリディア……」


「…………、話は後。今は支部まで急いでとっとと本部に帰りますよ」


「ひぃぃぃぃい!!!早いい!」


やや申し訳なさそうに俯くメルクリウスの言葉を、やや含みのある言い方でバッサリと斬り捨てるメリディア、メリディアはメルクリウスに加えティムまで背負っているというのに凄まじいスピードだ。


そんな彼女の道を阻むように戦士達が立ちふさがる。比較的後方に控えていた戦士達が、即座に反応し壁を形成したのだ。


「ここから先には行かせるか!」


「止まれ!メルクリウスを渡せ!」


「チッ!邪魔!頼みますよ!シオさん!」


そんなメリディアの言葉と共に、鳴り響く発砲音。同時に舞い散る鮮血…踊る黒衣、メリディアの後方につけていたそれが火を吹いたのだ。


「があばっ!?」


「貴様ら、誰に剣を向けている……!」


「猟犬のシオか!こいつは強敵だ!」


「面白れぇ!やっちまえ!」


メリディアの護衛に入るのはシオ、通称猟犬のシオと呼ばれるメルクリウス子飼いの銃士だ。卓越した銃の腕を持つシオはその両手で拳銃を扱い迫り来るアルクカースの戦士の足や肩を撃ち抜き押し倒す。


「構うな!足を撃たれようが腕を撃たれようが!構うな!進め!」


「うぉおおおおおお!!!」


しかし、小指ほどの豆鉄砲が音速で飛んできた程度で怯む奴はアルクカース人じゃないとばかりに銃弾を受けてもなお構うことなく進む戦士がチラホラいる。


それがメリディアの裾を掴もうと手を伸ばすが…。


「させません、『ライフリングブロー』!」


「グゥッ!?てめぇ、『鉄人』ミレニアか…!」


しかしそれさえも防ぐようにメリディアの影から飛び出し、文字通り回転する拳で戦士を殴り飛ばすのは通称『鉄人』の異名を持つミレニアだ。

もともと戦闘能力を持たないただの秘書でしかなかった筈の彼女だが、メルクリウスへの忠誠心からその身の九割を最新技術により機械化し、文字通りの鉄人となって戦う鋼の戦士となったのだ。


そんなミレニアを援護するように、さらにもう一人が追撃にかかる戦士達の前に躍り出る…。


「おおっと!お待ちをお待ちを!戦士の皆様方!」


「っとと!なんだテメェ!?」


「ああ?道化師か?こんなところで何してんだ!ぶっ殺すぞ!」


「いえ、この道化師ステンテレッロ。皆様方のこれからの成功をお祈りして一つクラッカーでもと」


そう言いながら現れた道化師ステンテレッロは懐から一つの小さなクラッカーを取り出すのだ。クラッカーでお祝いされるのは嬉しいけれど今はそれどころではないと戦士達はステンテレッロを弾き飛ばしてでも進もうと足を進め…。


「うるせぇ!退きな!」


「ん?ステンテレッロ…っ!やべぇ!そいつに近寄るな!」


「はいそれではー…」


一人の戦士が、ステンテレッロの名に気がついて咄嗟に仲間を引き止めるも既に遅い。追撃を仕掛けるアルクカースの戦士達は剣を振り被りステンテレッロに斬りかかっており。同時にステンテレッロもクラッカーの紐を勢いよく引く…。


「『解除』」


その言葉と共にパーンっと言う発砲音が鳴り響き、クラッカーから飛び出したのは綺麗な紙吹雪…ではなく、煌めき鉄の剣の雨であった。


「ぐぎゃぁっ!?」


「ぅぐぅァッ??」


「ぐぁっ!?なんじゃこりゃぁ!?」


「ぐ…クラッカーの中から剣が飛び出して…」


「うふふ、びっくりさせすぎましたかな?」


剣の雨に切り裂かれ倒れる戦士達すらも喜劇であるとばかりに笑うステンテレッロ。この奇術のタネは簡単。彼の偽装魔術にて『鉄の剣』を『紙吹雪』に変化させクラッカーの中に詰めていたのだ、極少量の火薬で剣を加速させ吹き飛ばしたのだ。


「馬鹿野郎…、ステンテレッロつったら今エトワールでマリアニールに次ぐ準最強の騎士、『夢幻奇行』のステンテレッロ・フィンセントしかいねぇじゃねぇか…!」


「そんな大層な名で呼ばれることもありますねぇ、まぁ…今は関係ないということで一つ」


『夢幻奇行』のステンテレッロ・フィンセント、それが彼の呼び名だ。


偽装魔術にて変化させた大量の武器を全身に隠し持ち、一見間抜けな仕草で必殺の一撃を放つそのスタイルはかつての先代喜劇の騎士プルチネッラを彷彿とさせると言われ、…何よりあと数年で第二段階に至れば現行エトワール最強のマリアニールさえも上回ると目されるアド・アストラの大戦力の一人なのだ。


「申し訳ありませんね、メリディアにはちょっと手出しして欲しくないので…ここらで足踏みお願いできますか?」


「メルクリウス様には手出しさせません」


「チッ、喜劇の騎士に鉄人…そして猟犬か、こりゃあ分が悪いぜ」


もし、これが包囲したままだったとしたならば、或いはアルクカースの戦士達にも勝機はあった。だが初手を奪われた時点でこの戦いは『包囲戦』から『追撃戦』に移行してしまった。


包囲出来ていない以上戦力は否が応でも分散してしまう上にメルクリウス側にイニシアチブを握られ続ける。思った以上に館の爆破が効いているのだ。


「さて、我々は足止めをすればそれでいい…ですよね?」


「後はメリディアが本部までメルクリウス様を連れて行けば、後はどうととでもなる」


「フンッ、足止めの必要すらない…俺がメルクリウス様の敵を皆殺しにすれば済むだけの話だ!」


何より、こうして立ちはだかるシオ達も包囲されていない以上ここで敵を倒し尽くす必要がない。メルクリウスが完全に離脱が終わればそれで彼らの役目も終わる。


当初の有利不利が完全にひっくり返されたわけだ。


「さぁ、誰からかかってきますか?」


そう言いながらステンテレッロがポッケから取り出したハンカチをハラリと一つ振るえば、瞬く間にハンカチは鋭いサーベルに変わり、喜劇の騎士仕込みの剣技を披露する支度を始めたステンテレッロは…。


「……やっぱり妙ですね」


「ん?どうしました?」


おかしいなぁとステンテレッロが顎に指を当てる。そんな様に些かの疑問を覚えたミレニアはメガネを正しながら問いかける。ミレニアから見て妙な点など見当たらない…だがステンテレッロは。


「あのぉ、皆さんもっと悔しがってもよくありません?なんていうか妙に余裕っていうか…、まだ隠し種がありそうですよね」


「なんだと?」


だがステンテレッロには見抜ける。これでも芸事に精通した人間…相手の感情を表情から見抜くなんてのは造作もないこと。何よりあれだけ感情を露わにするアルクカースの戦士達が妙に余裕のようなものを秘めているのが気になるのだ。


それを指摘されたアルクカースの戦士達は、否定するでもなく…。


「へへへ、まぁ…そうだな」


笑い出すのだ。


「やはりですか、教えてもらえます?」


「教えるも何も、簡単なことだろ?この場から離脱するには近くの支部へ駆け込むしかない、逃げ道が一つに限定されてるなら…そこに保険を置かない手はない」


「あはは、やっぱりアルクカース人ですねぇ…彼らと戦いたくないのはこういうところなんですよねぇ」


アルクカース人は戦闘においては異様に賢くなる。戦いがただの力業だけで上手く行かないのを知っている上に絶対有利な状況下でも確実な保険を置いてくる。


してやられたのはアルクカース人達だけではない。恐らく今メリディアが向かっている支部には…今頃。


「支部にも一部隊待機させてある!どのみちお前らは終わりってわけだ!、それに今さっき俺達の隊長も向かった!直ぐにメルクリウスの死体がここに転がされるだろうよ!」


「……果たしてそうでしょうかねぇ」


だが、それでも慌てる必要はない…。そうここに足止めとして残った『三人』は思う。


何よりシオとミレニアは信じている。唯一『彼女』の正体を知るが故に…『彼女』ならばなんとかしてくれると。



「ん?そういやさっきいた眼鏡の女はどうした?」


「ああ、あのエリスとか言う…まさかアイツ隊長を追ったんじゃ!、チッ!妙に聡い奴だ!直ぐに追いかけて!」


「おおっと!行かせませんよ!」


我々の役目はここで時間を稼ぐこと、そうすればあとは彼女がなんとかやってくれるだろう。…彼女が、エリスが…。




………………………………………………………………


「オラァッ!!!」


「グェッ!?」


「どっせぇいっ!」


「ごはぁっ!?」


乱れ飛ぶ拳と火を噴く蹴り。雪と木々に囲まれたズギュアの森の只中に作られた人工物であるアド・アストラ支部の手前にて布陣していた十数人のアルクカースの戦士達。それはメルクリウスを連れたメリディアを見て状況を察し、咄嗟に襲いかかったものの。


「邪魔すんなぁぁ!!」


「うげぇっ!?こ…コイツ、マジで強え…」


「サンキューエリス!ってかあんたマジ強いね!」


即座にメリディアを追いかけてきたエリスによってその攻撃は全て無意味となった。並み居る敵を次々とねじ伏せ蹴り飛ばし。あっという間に戦士達を叩きのめしたのだ。


というか、コイツらあんまり強くないな。精々第五十戦士隊くらいって感じだ、それくらいの戦士なら今のエリスなら楽勝で倒せますよ。流石に討滅戦士団とかがきたら気合い入れなきゃ入れないといけませんがね。


「フッ、流石だエリス…君は本当に頼りになる」


「えへへそうですか?」


なんてメリディアにお姫様抱っこされたメルクさんが泣きそうな顔でエリスを見てくれる。嬉しいなぁ、エリスのことをまだそんなに思ってくれているなんて。


と思ったが、若干一名…やや面白くなさそうな顔でそれを眺める目がある。


「……あの、エリスは私の部下なんですけど?というか二人は本当にどういう関係?、なんでそんなに親しげなのさ」


「あ!いや!これはメリディア隊長…これはその、昔メルクリウス様にはお世話になったという縁から仲良くしていただいてもらってて」


「…メリディア、まだ…私を恨んでいるか?」


「恨んでるのは貴方の方でしょう、私は…ロストアーツを守り抜けなかったやくたたずですから」


「わ…私のせいで今はそう呼ばれているのか?」


「貴方が言ったんですよ」


「う……」


何やら不穏な空気だ。メリディアはメルクさんを立場的には助けると言った…つまり心情的にはあまり乗り気ではないのかもしれない、それでもここまで協力してくれているのは全てエリスへの義理人情。


そこはありがたいと思うのだが…やはり面と向かうと厳しいか。何せ二人は不当に左遷させた側とされた側だもんなぁ。


「…すまなかった、メリディア…私はその、正気じゃなかったというか」


「なら今は正気なんですか?」


「……怪しいな」


「まぁでも、助けはしますよ。そして後で思いっきり教えてあげます、貴方を助ける為にうちのエリスがどれだけ頑張ったかを」


「ああ、よろしく頼むよ…」


けど、割り切ってはくれるみたいだ。大人だなメリディアは…。


でもやっぱりここも改善するべき問題なのだろう、今のメリディアの態度はきっとメリディアだけのものではない。メルクさんは無理矢理物事を解決しようとしたが故に信頼を失った、これからメルクさんを本部に戻した後も…どうにかしてその辺を解決していかないと。


って、裏切り者の件もあるんだよなぁ。ああ、やることが多い。


「ではお二人は先に本部に戻っていてください、流石に連中も本部ではおおっぴらに何かすることは出来ないと思うので」


「わかった、では一旦本部にある私の仕事室に戻るよ、エリスはどうする?」


「エリ…私は一旦シオさん達を助けに行きますね」


「わかった、では…っ!エリス!後ろだ!」


「え?……」


刹那、メルクさんの言葉に反応し振り向こうとした瞬間……。


走る激痛、飛びかける意識、頬を何者かに殴り抜かれ思わずたたらを踏む。


「ぐっ!?…なんですか、急に」


ヨタヨタとよろめきながら考える、まだ誰か仕留め損なった奴がいたか?いや違うな。全員確実に気絶させた…つまりコイツは新手だ。


やってくれたなこのやろうと闘志を漲らせながら殴った張本人を睨みつければ、思わず戦慄する。その顔に…覚えがあったから。


「あ…貴方は」


「私の、拳、受けてなお、立ち続ける…、か」


そこに居たのは、アルクカースの大隊長ライリーだ。


エリスが先日ぶちのめした女隊長、それが漆黒の鎧を身に纏いそこに立っていた。まさかメルクさん暗殺の為のあの部隊を率いていたのは…コイツなのか!?。


「ライリー…!貴方!、メルクさんの命を狙ってんですか!」


「…然り、レイバンより、頼まれたからな」


「貴方までレイバンの操り人形だとは思いませんでしたよ。もっと高潔な人間だと思っていました」


「なんとでも、言え、メルクリウスが、死ねば、我が王ラグナの権威は、ますます高まる、アルクカースの天下の、為だ」


「はぁ?ラグナの為だって言いたいんですか?」


「そうだ、アド・アストラは、ラグナ様が、率いるべきだ」


こいつ…、ラグナがそんなこと望んでるわけがないでしょうが。それなのに勝手に誰かの為だとか代弁しやがってこのやろう!。


「だが、今は、メルクリウスなど、どうでもいい」


「え?逃してくれるんですか?」


「ああ、最早、メルクリウスの逃亡を、止める手立ては、ない」


まぁ、もうメリディアは支部の目の前にいるからね、後から来たライリーではもう止めようがないのは事実だ。ならなんでエリス殴られたの?殴る必要なくない?。


あ、いや…そうか、ライリーはもうターゲットを変えているんだ。メルクさんから…別の人間に。


「だがお前は、逃がさん、エリス、先日のリベンジ、その機会が、ここで巡ってくるとはな」


「へぇ、エリスにリベンジマッチですか?」


「ああ、お前が、ここに来てくれているとは、思わなかった、だが、僥倖、ここで殺す」


「はっ、いいですよ…乗ってやります。メルクさんを馬鹿にして剰え殺そうとする奴にゃあ先日のパンチだけじゃ足りませんからね。ボコボコにしてあげます!」


「吐かせ、昨日と同じと、思うな」


そういうなりライリーは漆黒の鎧と同様の兜を被り、静かに深く腰を落とし構えを取る。


…なんか妙な鎧だな。雰囲気が普通じゃない…。


「気をつけろ!エリス!、ライリーの持つ鎧はただの鎧じゃない!それは帝国とアルクカースの共同で作られた新兵器だ!、装甲に数十の付与魔術を載せている特注品!それを来たライリーの強さは凄まじいぞ!」


「え?…なるほど、つまり小型ジャガーノートってところか」


かつてアルクカースで秘密裏に建造されてきた巨大人型兵器。その身に数十の付与魔術を載せ圧倒的な力を再現する予定だったあれを、それこそ人間サイズにまで小型化し鎧としたのがアレってわけか。


思えばデザインもやや似ている気がする。…なるほどねぇ。


「この私こそ、最強の私、先日の私を、倒したからといって、超えた気になってもらっては、困る」


「それは悪かったですね。メルクさんメリディア…先に行っててください。エリスはこいつとケリつけてから行きます」


「無茶よエリス!その鎧を着たライリー大隊長はマジで強いのよ!?この間みたいに不意打ち紛いの攻撃で勝ったからって…」


とメリディアが止めてくれるが、そんなメリディアを更に止めるようにメルクさんは手で制し。


「いや奴はそれくらいでは止まらん、そういう時は背中を押してやるんだ。…エリス!油断するなよ!」


流石メルクさん!わかってる!、ここまで相手に求められて…その上ケリつけに来てる相手を目の前にして、逃げてやれるほど酷い人間じゃないんですよエリスは。


「何言って…ってエリスもやる気だし。あーもー!絶対帰ってきてよ!エリス!」


「お任せを!」


「ふんっ、生きて帰る?、ナメた事を」


支部の中に駆け込んで行く二人を見て、エリスは視線をライリーに戻す。さぁ、ギャラリーは帰りましたよ…こっからは好きにやりましょうよ、ライリー。


「さぁ、かかってきなさいよライリー。エリスが相手です」


「後悔、するなよ!」


戦いの火蓋を切るが如く、ライリーの鋼の足が雪を蹴り上げこちらに突っ込んでくる。さながら大砲の如き速度と勢い。先日とは違うというのはどうやら本当らしい!。


「怒涛ッ!!」


「ぅぐ!?」


しかもその拳は全て付与魔術で何倍にも強化された一撃。触れれば爆発するものや発火するものなど様々だ、その攻撃を前にエリスの流障壁もガリガリと削れていく。


流石にこの勢いの攻撃を全て障壁で受け切るのはまだ無理か!。


「不可解、なんだこの壁は…、なぜお前が魔力障壁を…」


「なんだっていいでしょう!」


振るわれる拳を手で払い、即座に全身で打ち込むような拳をライリーの土手っ腹に叩き込む…が。


「いって…」


「効かん、素手でこの鎧を、抜けるわけがない」


そりゃそうだ、エリスのお手手は鉄じゃない。流石にアルクカースで練磨された鎧をこの手で壊せる程エリスのパンチは強くないんだ…。逆に殴ったエリスの方が痛いよこれ。


しかしどうするかな、この調子じゃいつか障壁も突破されるし、かといってこの鎧を壊す手立てもない、いつもなら宝天輪を使えばこういう硬い奴にダメージを与えられるんだが、今はそれもないし。


どうする…何かいい手は…いい手は。


「何をボーッとしている!!」


「あ!ちょっ!?ぐぅっ!?!?」


そんなエリスの隙をつき、ライリーの漆黒のアッパーカットがエリスの頬を居抜く、その一撃は流障壁を持ってしても受け止め切れず、エリスの顔は弾けるように血を吹いて態勢を大きく崩す。


「ぅ…ぐぅ…」


「ふん、次は、脳天を、かち割る」


倒れることはなかった、が…鼻から口からボタボタと鮮血を垂らし、項垂れるエリスを前にライリーは余裕の表情だ。


が…同時にライリーは一つのことに気がつく。それはエリスの血とともに雪の上に落ちる残骸。


「ん?、おっと、すまない、お前の、メガネを、壊してしまったか」


メガネだ、エリスがかけていたメガネが今の一撃で破損し地面に転がってしまったのだ。それを見てライリーは煽るように軽く謝罪するが…。


メガネが壊れた、その事実を前にエリスは地面に転がったそれを見て…思う。


今ここには、ライリーしかないんだよな。で、メガネは壊れてしまったからもう正体は隠しようがない。


だったらもう、仕方ないよな。


「いえ、いいんです。もう必要ないので」


「そうか?、ん?、…お前…、随分、雰囲気が変わって」


「そうですかね?…、いつも通りエリスはエリスですよ」


もう正体は隠せない、だったらもうなるようになれだ。


そして、せっかく正体がバレるなら…やってみるか。


「貴方が本気でかかってくるなら仕方ありません、こちらも…同じように応じましょう」


「お前、その顔、どこかで、…っ!?」


刹那吹き出すエリスの魔力、今の今まで極力押さえ込み外部に出さないように努力していたそれを…もう隠す必要はないとばかりに噴出させる。


木々は揺れ、雪は吹き飛び、ライリーは一歩後ずさる。


「なんだ、お前はなんだ、ただの新入りの隊員では、ないのか」


「さぁて、エリスはエリスです…ただそれだけですよ」


髪をかきあげ、メガネの無い本来の風貌を晒したエリスは拳を鳴らす。


思い返せばここまでヒリつく実戦なんてのは三年前のシリウス戦以来か?。


確かにエリスはこの三年でそれなりの鉄火場をくぐってきたつもりだが、それでも言わせてもらえばこうして戦いで血を流すのも久しくなる程に楽勝な連中としか戦ってこなかった。


三年間ひたすらに積み上がり続けた修行の成果を試す機会なんてのは、一度もなかった。


ならば、それを振るうのは或いはここではないか?。メガネも壊れちゃったし、他に見てる人間もいないし、何よりマジでやらなきゃ勝てない相手だ!。


だったら…見せてやろう。エリスの三年の成果を!ここで!。


「さぁ!行きますよ!ライリー!!今度こそ完膚なきまでにぶっ潰してさしあげます!!!」


「ぐっ、なんなんだ…、お前は、一体」


抑え続けた魔力を解放し、今度は魔女の弟子として戦わせてもらう。


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