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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
閑話 世界統一機構アド・アストラ
355/835

星伝その三.動き始める時代と新たな旅立ち

「放てぇーっ!」


轟く号令と共に世界を覆う白閃は、轟音と共に灼熱を放つ。


「うぎゃぁぁぁああ!」


「な なんだってこんな所にアド・アストラの本軍がいるんだよっ!?」


「お 俺達のアジトが!新生アルカナのアジトがぁ!、こないだ完成したばっかなのに!」


次々と爆煙をあげる古城から、蜂の巣を突いた様に転げ出てくるのは魔女排斥組織 通称『新生アルカナ』のメンバー達だ。


次々と放たれる砲撃に破壊されていくアルカナ支部を絶望した様子で眺める。…が、悲しみに暮れる暇も与えず敵は襲来し。


「捕らえろ!アルカナメンバーは全員捕縛だっ!」


「ヒィッ!アド・アストラだぁ!逃げろぉっ!」


最早抵抗すらせず逃げ回る新生アルカナのメンバーを叩き伏せ捕縛するアストラ正規軍。それもそうだ、ゴロツキ崩れの輩同然である新生アルカナのメンバーの戦闘能力なんて精々が場末の酒場で大きな顔してられる程度。世界最高峰の技術を活かした訓練を受け 最新技術の塊である武器を使い 経験に富んだアド・アストラ正規軍が相手では最早勝負にもならない。


……そうだ、この一連の襲撃は世界統一機構アド・アストラによる新生アルカナ駆逐作戦の一環だ。


事は一週間前、新生アルカナを名乗る刑死者メムがステラウルブスを襲撃しロストアーツを持ち逃げした事に由来する。結局あの後逃亡したメム達は包囲された街の中から何故か忽然と姿を消してしまい その足取りを追うには至らなかった。


しかしそれで終わらないのが世界の支配者たるアド・アストラ…いや、ラグナという男と言うべきか。


彼は新生アルカナの本部の場所を自力で突き止め強襲した後。其処に居た構成員のうち半数を捕縛 半数を態と取り逃がした。


逃げた半数のアルカナ構成員が行ける場所なんてのは限られている。逃亡した構成員がアルカナを追跡し その協力者を炙り出したり隠れ潜んでいたアルカナ支部の場所を突き止める事に成功。捕らえた半数も尋問を行い情報を精査し瞬く間に闇に包まれていたアルカナの情報を纏めて引っこ抜いたのだ。


そうして発動されたのが新生アルカナ討滅作戦。逃げたメム達を見つけ出す為 そしてメム達が逃げ込める先を無くし彼等に『我々は本気で追いかけているのだぞ?』と言うプレッシャーを与える為 各地に存在しているアルカナ支部を纏めて陥落させた。


そのうちの一つがここ…と言うだけだ。


「ラグナ大王!アジトにいた幹部と思わしき人物を捕えました!」


「ん、ご苦労ラウラ」


「くそっ!離せ!離しやがれー!」


そしてつい先程陥落したアジトの中で隠れていたアルカナ幹部を名乗る人相の悪い男を、鎖で雁字搦めにし引きずってアジトの目の前に臨時で建てられた作戦本部にひったてるのはアド・アストラ正規軍 第七十七軍団の軍団長にしてアルクカースの王牙戦士団の第二隊長も兼任するラウラだ。


彼女はたった一人でアジトに乗り込み、幹部を撃破し残る構成員も纏めて撃破し手柄を上げ、主人に褒めてもらいたそうな表情のまま人相の悪い幹部をラグナの前に放り出す。


「こいつだけか?メムや他の最高幹部は」


「居ませんでした。彼らに繋がる情報も無く 肝心の幹部も…」


「知らねぇって!何も知らされてねぇんだよ俺は!、ボスが…メムの野郎がステラウルブスに襲撃を仕掛けたなんて!」


既に前歯を数本折られている辺りラウラに尋問されたのだろう。幹部は口から滴る血を撒き散らす様に首を振り必死に弁明を繰り出す。


「お前幹部だろ?何にも知らねぇって事は無いだろ」


「本当に知らないんだよ!。俺はただ…魔女排斥組織の幹部にしてもらえるって聞いたから話に乗っただけだよ!。最近は山賊やるより魔女排斥組織やってた方が実入りもいいし…何よりいきなり幹部待遇だからって話に乗ったのに…。この有様とはよ!」


「そりゃ自業自得だろ」


呆れ果てるラグナは臨時作戦本部の簡易机に頬杖をつき。地面に転がされる幹部の話を聞いて内心呟く。『またか…』と。


既にラグナ達アド・アストラ正規軍はその圧倒的武力で新生アルカナの支部を十五個 新生アルカナに協力的な態度をとる団体を二十八程潰している。

どうやら新生アルカナはラグナが思ったよりも巨大な組織らしくその構成員は全体で数万近い。


だがしかし、叩き割って中身を改めると。その構成員の大部分が『一儲けできると思ったから』『役職をくれると思ったから』『なんか誘われたから』と言う曖昧な理由で組織に入っている連中ばかり、まるで戦争の前に急いで傭兵掻き集めたみたいな…形だけ大きくなった風船みたいな組織が今のアルカナ。


恐らくメムは最初からこいつらを切るつもりで仲間に引き込んだのだろう。人手が必要な時だけ利用し 必要ない段階に至ったから切り捨てた。そして切り捨てられる人材だけを揃えた。


新生アルカナは実質メムとあそこに居た四幹部だけの組織と見てもいいかもな。


……今回の一件、メムは相当な覚悟と捨て身にも近い気概で挑んで来ている。そんな気さえする。


「自爆覚悟で復讐に燃える死兵か…。厄介極まりないな」


メムはアルカナの仇を討とうとしている。その為ならなんだって賭け皿に乗せてくる、自分が掻き集めた組織も 仲間も…自分自身も。こう言う奴が一番厄介なんだ。


「な なぁ!、俺はメムの野郎に騙されただけなんだよ!だから見逃してくれよ!な?頼むよぉ〜」


「無理だ。沈む船に乗りかかったテメェの自業自得だ」


「そんなぁ!」


「一応今回捕らえた奴は全員監獄に送り有用な情報を引き出しておけ、まぁ…あんまり期待は出来ないけどな」


「畏まりました!、ラグナ大王はこれから如何致しますか?」


「帰る。もうここの陥落は終わったからな…事後処理に最高司令官がいても邪魔なだけだろ?」


アド・アストラ正規軍の総力を用いて新生アルカナのアジトはそれこそ一つ残らず潰した。結果手に入った情報はやはり無し、ならば一旦帰って情報を精査する必要がある。


「はい!ではこのラウラ!お供させていただきます」


「ん、ありがとよ」


「ま 待ってくれよ!せめて鎖は解いてくれよー!」


パンパンと膝を叩いて立ち上がり、助けを求める幹部の声を無視してラグナはラウラを連れて臨時作戦本部内部に取り付けられた使い捨て式転移魔力機構の元へ向かう。


さっきも言ったが新生アルカナのアジトは分かっている分は全て潰した。結果としてはメム達の行方は探し出せなかったが 少なくとも連中が態勢を立て直す為の休憩地点は消し去ることが出来た。オマケにこっちの人的損耗は無し…無駄にしたものと言えば時間くらいだ。


…俺達がアジトを襲撃する事を見越してメム達が何処に消えたのかは分からなかったが、少なくとも今回の作戦はこちらの勝利に終わったと言える。誇れる勝ちではないがな。


「なぁラウラ、第四師団から続報はあったか?」


転移魔力機構を発動させながらラグナは問いかける。帝国第四師団からの続報はあるか?と。


というのも今回のアジトの在処を全て洗い出したのは帝国の第四師団の活躍によるところが大きい。流石は世界最強の軍隊を持つ帝国が擁する諜報部隊と言うべきか…あれだけラグナが躍起になっても掴めなかったアルカナのアジトをまるごと見つけちまうんだから凄まじいよ。


「はい、第四師団からは大幹部達の素性の報告がありました」


「マジかよ、そんな事まで分かったのか?」


「どうやらメムについていた四人はかなりの有名人らしかったので…」


そうラウラが資料を捲りながら口頭で説明するのはあの日アジメクを襲撃したメンバーの詳細だ。名前からその素性を全て洗い出したところ…裏社会ではかなり名うての人物達だったらしい。


まずあの邪教司祭と名乗る髑髏仮面を被った女…カース・ウィッカーマン。ウィッカーマンの姓が証明する様にやはりオライオンで暴れまわっていた邪教アストロラーベの大司祭 ガーランド・ウィッカーマンの一人娘に当たる人物らしい。


父であり組織のボスであるガーランドから次期アストロラーベ大司祭の後継者として任命されており、数十名の部下を与えられ独自に活動していたらしくネレイドが邪教アストロラーベ本部を襲撃した際には本部を離れていたらしいのだ。お陰で捕縛は免れ 今の今まで雲隠れしていたとの事。詳しい事はあまり分かっていないが、少なくともその実力は既に父を凌ぐとの事。


次に炎帝を名乗った緑髪の男 アドラヌス。あれはアジメクの近郊にて集落を持つアグニ族の生き残りを自称しているらしい。真偽の程は分からないが アグニ族と言えば炎魔術を扱う少数部族…、奴の炎熱魔術の腕が或いはその証明なのかもしれない。


メルクリウスとの接点を自称した『皆殺士』のトーデストリープは裏社会に名を轟かせる一級の殺し屋だそうだ。暗殺一家ハーシェル家が居なければそれこそ世界一になっていた…と言われるほどの腕を持つらしい。


後にメルクさんを深く問い詰めた所 昔そんな名前の奴に襲われた事があると言っていた。まぁ当時とは比べ物にならないくらい強くなってたらしいけど。


んで、山の様な巨大な体躯を持った『大威山』のザガン。アイツは元モース山賊団の幹部の一人だとか。あの世界最強の山賊 山魔ベヒーリアから直々に教えを賜り、そのまま独立したかと思われたが…なーんでかメムと一緒に居たんだなこれが。


…四人ともかなりの実力者だ。半端な奴が一人も居ないアルカナが潰れてたったの数年でこれだけのメンバーを揃えられるもんかねぇ…?。


「そしてボスである刑死者のメムは元アルカナの幹部の一人。元々のNナンバーは12…でしたが」


「ああ、一度相対したから分かるよ。ありゃNo.12なんてレベルじゃねぇ…、少なくともNo.16の塔のペーを超えてやがった。相当修行してきてるぜあれは」


「それが今ロストアーツを持っていると…。厄介ですね、もしあれがマレフィカルムに渡ったら…」


「いや、そりゃねぇだろ」


「おや?何故ですか?我が王よ」


ふと、ラウラが口にした最悪のシナリオ『マレウス・マレフィカルムにロストアーツが渡り鹵獲される可能性』を無いと断定する。


確かに恐ろしい話だ、戦争で一番怖いのは鹵獲だしな。だが今回に限ってはそれはない。何故なら。


「アルカナ側が今首の皮一枚つながっていると言い切れるのはロストアーツがあるからだ。折角手に入れたロストアーツを他所に売り払う様な真似する奴がここまで覚悟決まった真似は出来ない」


「なるほど、ロストアーツは奴らにとっての生命線…いざという時我等を撃退する唯一の鉾ですからね」


「そうだ、それに売り払うったっても何処に売り払うよ。マレフィカルムは一枚岩じゃない 内部には無数の組織がひしめいて…そのどれもが協力関係を取ってるわけじゃない。あっちを立てればこっちが立たず…そんな状況を作り出してのらりくらりと立ち回れる組織的な余力は今のアルカナにはないしな」


以上の理由からアルカナは他の組織にロストアーツを手渡すつもりはないと俺は断定する。ロストアーツを売り払えばもうアルカナはアド・アストラの猛追を振り払う事ができなくなるからな。


まあ、切り捨てられないもう一つの可能性があるとするなら『新生アルカナ自体がどこかの組織の手駒で、ただ実行役をやらされているだけ』というのならアルカナ以外の組織にロストアーツが渡る可能性はある。が…にしてはやややり方が遠回り過ぎる。これもないと思いたいな。


「それに奴らの目的は星魔城オフュークス、そしてその真の力の解放。であるならば今はロストアーツを手元に置いておきたいだろうしな」


「真の力、ですがあれは…」


と言っている間に俺とラウラは小さな水晶が…転移魔力機構が設置された小さな個室へと転移する。どうやら到着した様だ、ステラウルブスにある白銀塔ユグドラシル内部…アド・アストラ本部。ここは白銀塔地上七十階に存在する軍用ポータルステーション…転移魔力機構を用いて白銀塔に帰還する際用いる階層と個室だ。


転移魔力機構の受け入れ先として白銀塔内部に存在する軍用ポータルステーション。転移魔力機構を使えば世界中どこに居ても即座にこの部屋へと転移する事ができる。


いつでもどんな時でも直ぐに大本営に帰還できるってのは本当に便利なもので。午前中に戦争の指揮を執って午後には執政を行う…なんて、昔じゃ考えられないスケジュールもこなせるんだからな。


「まぁ話は後だ。敵の手掛かりがなくなっちまった以上次の手を考えなきゃならん。一応諸侯に連絡を取って情報の共有を…」


と、個室の扉を開けて軍議室に向かおうと踏み込む個室の外。数千と扉と個室が存在する迷宮の如きこの異様な景色こそが民間のものとは違う軍用ポータルステーションだ。ここにある一つ一つの個室に転移魔力機構が収められており、使い切り式の転移機構を使うとこの部屋のどこかに転移して……。


「ラグナ様ッ!」


「ん?うぉっ!?」


扉を開けた瞬間外から俺を呼ぶ声と共に小さな影がシュタタ!っと駆け寄ってくるのだ。あまりの出来事に襲撃かと思い身構えたが…これは。


「ってなんだ、ティムか」


「はい、ラグナ様 おかえりなさいませ」


飛び込んできたのは小さな黒髪の少年。やや簡素な服を着た5、6歳程度のちっちゃな子供が布と小瓶を片手に俺の前で首を垂れる。


この子はティム、魔女排斥組織に両親を殺され孤児となってしまった少年だ。そいつをアド・アストラにて保護し 今現在はこうしてアド・アストラで下働きをしている。


魔女排斥組織の暴行で両親を失い孤児になる子供は世界中に多々いる。そういう子達は基本的に孤児院に送られるんだが…ティムは本人の強い希望もあってアストラにて働くことになったのだ。と言っても文字も読めないし数学も出来ないから やや肉体的な労働を強いることになってしまっているが。


「戦地からの帰還、喜ばしい限りです」


「随分難しい言葉を教えてもらったな…」


「ここの人達は僕に色んなことを教えてくれるので…、それよりもラグナ様 靴を磨きますね」


「あ?ああ…」


ティムの仕事はもっぱらこの軍用ポータルステーション内部にて帰還した軍人の靴を磨く事。軍人ってのはみんなすぐに靴が汚れる…そいつが真面目なら尚更な?、そしてティムはそんな軍靴を磨いて駄賃を貰ってお金を貯めて自立した生活を送ろうと努力している。


まだ甘えたい盛りだろうに、親を失ってここまで健気に働けるのは凄いと純粋に思うよ。


「こーらティム、ラグナ殿下は忙しいんだ。靴掃除はまた今度にしなさい!」


「いやいいんだよラウラ。ちょうどこれから大切な仕事があったんだ、汚れた靴のままでは仕事にも身が入らないからな。助かったよティム」


「はい、ラグナ様」


ニコニコと微笑みながらこなれた手つきで俺の靴についた泥を落としてくれる。つってもそんなに汚れてないからそんなに時間も関わらないだろうと俺は空気椅子に腰を下ろす。


「もう、ティム…見えないかもしれないがこれでもラグナ殿下はアルクカースという大国の大王様なんだぞ?。本当は謁見だって簡単じゃないんだから そんな簡単にこの方をお時間を取るなんて、色々失礼だぞ」


「い いや…お前のが失礼じゃないか?、悪かったな見えなくて」


「あ いや…そのぉ」


「……僕、ラグナ大王様とお話出来て幸せです。だからちょっとでもお役に立ちたくて…」


そうかい、ティムは本当に可愛いやつだ。自分の境遇に折れる事なく自分に出来る事を精一杯する姿勢は非常に好ましい、何よりこういう無垢な少年に好かれるというのは気持ちのいいものだ。


「ところでラグナ様…」


「ん?なんだ?」


「今、アド・アストラって大変なんですか?。ポータルステーションから出てくる人…みんないつもより忙しそうにしてるから…何かあったのかなって」


「…………」


なるほど、この転移魔力機構の巣窟たる階層に入り浸り靴磨きをしている彼はある意味最もアストラの雰囲気に機敏な立ち位置にいると言えるのか。


まぁここ一ヶ月はアルカナ関連でみんな靴を磨いてもらえる時間なんかないくらい忙しく忙しなく動き回っていたからな。いやでも分かるか。


「まぁな、でもお前が心配することはない」


「そうなんですか?。なんか…敵がいるとか?アド・アストラに何かあったとか…そう言う」


「やけに詳しく聞いてくるな、お前そんなに饒舌だったか?」


「いえ、…ただ 僕には靴磨きしか出来ないから。何か…出来ることがあればと」


やや悔しそうに靴を磨く手に力が篭るティムは語る。自分には力がないからと…、力もなければ学もない 故に出来ることはないと。でもまぁそりゃ仕方ないことだと思うけどな。


「仕方ないだろそりゃ、お前子供じゃないか。俺達も昔は大人に守られて生きてきたんだ、だから俺達にもそろそろ守らせろよ。お前らみたいな子供をさ」


「でも…居たんですよね、子供なのに…国を救った人が。魔女の弟子には…」


「…………まぁな」


あー…なるほど、そう言うことか。ティムが力になりたいと焦っているのはアド・アストラが慌ただしく動き回っているからではなく…エリスの話を聞いたからかな。


確かにあいつはティムくらいの年齢で大それた事を山ほどしてきた。山賊から村の子供を救い 魔術導皇デティフローアが拐われた際はその身一つで助けにも行った。ティムくらいの年齢でだ…、自分と同年代の人間が昔それほどの事をしていたと聞いたなら 誰でも焦るか。


「僕もなりたいんだ、その…エリスさんみたいに」


「なら焦るな、それにエリスは…その、色々例外なんだよアイツは。あんな風に生きられる人間がおいそれと居てたまるか」


「でも…僕は、メルクリウス様のお役に立ちたい」


「メルクさん?。なんで…」


そう言いかけた瞬間。このフロアの扉が乱雑に開かれ ポータルステーションに何者かが殴り込む勢いで突入してきて。


「ラグナッ!帰ったと聞いたぞ!居るか!」


「うぉっ!?メルクさん!?どうしたんだよ…」


殴り込んできた襲撃犯の名はメルクさん…メルクリウスだ。鬼のような形相で牙を剥きながら俺を見ると、ズカズカと軍靴を鳴らしてこちらに歩いてくる…その歩みに一切の余裕はなさそうだ。


「アルカナの基地は全て潰したか!?メムは!ロストアーツは!」


「あー…アルカナのアジトは潰したよ、けど収穫は無しだ メムもロストアーツも無し」


「チッ!無駄足か!忌々しい奴らめ…どこに消えたのだッ!!」


苛立ちを隠すこともなく壁を殴りつけ怒号をあげるメルクさんの姿はとてもらしくない。怒る事はあれどここまで露骨に態度に出す人ではなかったはずなんだがな…、ましてや友人を相手に八つ当たりみたいな態度で声をかけるような人でもな。


「どうしたんだよメルクさん、らしくねぇな。ちょっと落ち着いて…」


「落ち着く!?これが落ち着いていられるか!奴等は!私のロストアーツを盗んだのだぞ!どいつもこいつも!」


「あー…」


まぁ、そっか。ロストアーツはメルクさん肝いりの計画だ。三年も費やして 手塩にかけて作り上げたと思ったらメムやステュクスに盗まれて手元には星魔鎌と星魔城しか残らなかった。


言ってみりゃ丹誠込めて作り上げた料理をいきなり入り込んできた他人が持ち逃げしたようなもの。そりゃ苛立ちもするし 何よりこの計画にありとあらゆる物をぶち込んできたメルクさんのメンツは丸潰れだ。


「くそッ!奴らめ…。メムといいステュクスといいどいつもこいつも…、いや まさかステュクスもアルカナの一員だったか?。だとしたらまずいぞ…星魔剣が奴等の手に渡っていたとするなら…本当に…!」


「お おいおい、まだそうと決まったわけじゃ…」


「だがそうじゃないと決まったわけではない!。奴等は星魔城を狙っているんだぞ!」


「あんな危ないもんとっとと解体しちまえば…」


「発見を防ぐために大掛かりな作業が出来んのだ!少なくともアルカナを撃滅するか 星魔剣を取り戻さねば…危な過ぎる」


メルクさんの顔色は見るからに悪い。人相も悪い、今の彼女は本当に何をしでかすか分からない危うさがある…。なんで言い切れるかって?。


そりゃ見たことあるからだよ。今のメルクさんの目は『暴走していた時のアルクトゥルス師範と同じ目』だ。まぁ流石にシリウスに操られているって事はないだろう、あの魔術はエリスが消したし…。


今、メルクさんがここまで焦っているのは単純にロストアーツを盗まれた事への屈辱と…あともう一つ。


「くそッ!くそッ!…なんとかしなくては…なんとか」


『アレ』だろうな、彼女がここまで焦る理由はその二つしか思いつかない。


そして残念なことに俺ではその悩みを解決してやる事は出来ない。強いて言うなればアルカナをぶっ潰すくらいか。


「…正式軍がメムの捕縛に失敗した以上次の手を考えねばなるまい。こうしてはいられん!シオ!シオ!直ぐにメム達の手配書を全世界に配れ…いや全国民に配れ!受け取りを拒否する奴はアルカナの味方だ!シオ!。いや その前に各地の諸侯を集めて会議を…!」


「あ、メルクリウス様…靴が汚れています。僕が拭いて…」


と、ティムが立ち去ろうとするメルクリウスの汚れた靴を指差し磨こうと手を伸ばした瞬間。


「なんだ…ティム」


「ひっ!」


ギロリとメルクさんがティムを睨みつける。邪魔をするなと言いたげな眼光で──。


「メルクさんッ!!!」


「ハッ…!…くっ」


返すように眼光が飛んでしまう。やりたくもないが俺が止めなければメルクさんが何かティムに取り返しのつかないことをしてしまいそうだったから…俺は友を睨んでしまった。


その事実に気がついてくれたのか、単純に俺の方がやり過ぎたからかメルクさんは歯を噛み締めながら何も言わずに去っていく。


相当参ってるな…。


「メルクリウス様…怒ってた、僕が失礼だったから…」


「そんな事ないさ、メルクさんはティムに怒ってたんじゃなくて自分に怒っていたんだ。自分を罰して 戒めて それでも足らぬから怒りが外に漏れてしまっているだけさ。それだけ真面目なのさ彼女は…、だから嫌いにならないでやってくれ」


そう…真面目なんだ、真面目過ぎるんだ彼女は…。


俺に何とかしてやれればいいんだが…、難しいよなぁ。


立ち去り、乱雑に扉を閉めるメルクさんの背を眺めながらため息を一つ吐くと共に。


「荒れてるねぇ、お前ン所の女大将さんはよぉ」


「あん?」


メルクさんの退出と共に、数千と存在する個室の扉が開かれ。それと共にムッと煙たいに臭いが辺りに充満する。タバコの匂いだ…口に咥えた喫いかけのタバコがその男の声と共に周囲に漂う。


咥えタバコにイカしたグラサン、そして将軍特有の黒コートを着込んだ男といえばアド・アストラ数千の軍勢の中にも該当する人間は一人しかいない。


「フリードリヒ将軍?」


「よっ、ラグナ大王 お久し〜」


グッパッグッパッと壁にもたれながら手を開閉する独特の挨拶を一応見えないかもしれないが大王目掛けてやれる男はこの人…帝国四大将軍が一人フリードリヒ・バハムートを置いて他にいないだろう。


「珍しいなあお前らが喧嘩か?」


フリードリヒ・バハムート…元帝国第二師団の団長だった男。仕事はサボるし給料はギャンブルで溶かすし帝国のロクデナシと言えばこの男みたいな扱いを受けていた彼だが、この三年で師団長から一気に将軍に格上げされたのだ。


全ては今の今まで隠していた真の実力がバレた上、椅子に縛り付けて無知で叩けばそれなりに仕事をすることもバレてしまったため 本人の許諾無しに将軍にされてしまったらしい。


まぁ、最近では無知で叩かなくてもしっかり仕事もするようになったし、実際 戦場に出ればこれ以上ないくらい頼りになる人だからいいんだけどもな。


「喧嘩じゃないですよ。でも色々あったのは事実です」


「ははは、そうかい。まぁあの女大将さんもメンツ潰されて激怒するのも分かるが…」


「彼女は今回で二回目ですからね、魔女派生組織にメンツを潰されるのは…」


「……そういやそうだったな」


そう、今回で二回目なんだ。


二回目は言うまでもなく今回だが、尾を引いている一回目は三年前…俺達がシリウスとの戦いを終えて自国に帰国した瞬間起こった大事件。


その名も『逢魔ヶ時旅団襲撃事件』。


「やっぱ尾を引いているのか、あの日の事件を…」


「そりゃそうですよ。シリウスとの戦いの疲労も癒えない内にいきなり八大同盟の一角がデルセクトに襲撃を仕掛けてきたんですから」


メルクさんが自国に戻るなり、デルセクト領の一角をマレウス・マレフィカルム最強の八大同盟の一つ 逢魔ヶ時旅団が襲撃を仕掛けてきたのだ。


未だ疲労も消えぬうちにメルクさんは軍勢を率いて逢魔ヶ時旅団を迎え撃ったが…、旅団の強さは凄まじく 最高戦力でもあるグロリアーナさんを投入しても事態は収まらず泥沼の戦いに発展。最終的にフォーマルハウト様が戦線に現れ旅団の人間の半数を消し去り 旅団を撃退する事で戦いの幕は閉じたものの…。


その襲撃の折旅団長たるオウマ・フライングダッチマンの手によってメルクさんは決して奪われてはならぬ物を奪われ、肝心の幹部達は一人も欠けることなくまんまとデルセクトから抜け出し。結果で見れば大敗を決した。


その日からかな、メルクさんがアド・アストラの拡大とロストアーツによる武力強化に傾倒し始めたのは…。


「オウマの野郎…、どこまでクズになったんだか」


「…そういえば逢魔ヶ時旅団の旅団長、オウマ・フライングダッチマンは元が帝国兵だったんでしたか?」


「ああ、俺の同期の親友だよ…、もう元だけどな」


かつてはフリードリヒさんとも互角と言われた特記組黄金世代の一人だったと言うオウマの実力は別格と呼べる程だったと言う。あのカストリア最強のグロリアーナさんでも仕留めきれないくらい強いんだ…、それが八大同盟の一角…少なくとも向こうにはオウマ級の使い手が後七人はいるって事になるのか。ちょっとワクワクするけど そんなこと言ってる場合でもなさそうだ。


「しかし、今回の一件…被るな」


「被る?何とですか?」


「オウマが帝国を抜けた一件とさ。帝国の大切な魔装を盗み出して 鳴り物入りでマレフィカルムに参入したオウマは瞬く間に八大同盟の一角に成り上がった…それと被るのさ。今回のアルカナの一件が」


……確かに、アルカナがロストアーツを盗み出した一件とオウマが魔装を盗んだ件、ちょっと似てるな。もしかしてメルクさんはその一件も知ってるから…アルカナと旅団を重ねているのか?。


だとしたら…あそこまで必死になる理由の一つに加えてもいいのかもな。


「嫌な予感がするぜラグナ大王。今回の一件は俺達が想像しているよりもずっと根深いかもしれない」


「今でも十分大事と捉えてますが?」


「それ以上だ。あるいは今の平和を揺らがすかも知れない程の物と捉えたほうがいい…、帝国も昔アルカナを舐め腐った結果痛い目見たからな。同じ轍を踏んでくれるなってことよ」


「なるほど、分かりました。今度こそ きっかり決着つけますよ」


「頼むよ…、ああそうだ こいつを預かってるんだった」


すると、フリードリヒさんは懐から一枚折りたたまれた紙を取り出しこちらに差し出すのだ。こいつ…とはきっと何者からかの言伝だろう。


「これは?」


「帝国第四師団の師団長様から、六王ラグナ様へ向けた書簡にございます」


「書簡?…」


第四師団の師団長、彼女からの伝言か?。彼女がわざわざこう言う形で俺に連絡を寄越してくるのは珍しい。いつもならもっと公の場でしっかりとした報告書を上げてくれるのに…。


なんだろうかとメモを受け取り、内部に目を走らせる…すると。


「………」


「どうされたんですか?ラグナ殿下」


ふと、メモの中身を見て険しくなる俺の顔つきに怪訝な表情を浮かべるラウラ。何事かとメモの中身を覗こうとする彼女の顔を手で押さえ。


「ラウラ お前は見るな、フリードリヒ将軍はこの中身を確認していますか?」


「え?俺?、してねぇよ?見るなって言われたからな」


「そうですか…」


「なんか厄介な事でも書いてあった…って、お前の顔見りゃ分かるぜ?。そしてそれを共有できない事もな」


「……すみません、今は何も聞かず ここでの出来事は忘れてください」


くしゃくしゃとメモを丸めてポッケの奥へとしまう。後でこいつは火に焼べておかないと、そう思えるくらいにはやばい事が書かれていたんだ。


第四師団の師団長が…彼女が報告書という体裁を取らず、なるべく人の目に触れない方法で俺にこの情報を届けたのは この情報が表に出ればそれだけ一大事だからだ。


「……ラウラ、取り敢えず君は今から本国に戻ってベオセルク兄様に対アルカナ作戦の引き継ぎをしてきてくれ」


「ひ 引き継ぎ?どういう事ですかラグナ殿下」


「俺は新生アルカナの捜索から降りる。ちょっと一人で動かさせてくれ」


「一人でって…ラグナ大王が単独で動くって事ですか!?」


「そうだ、任せたぜ?。ティムも靴磨きご苦労さん、駄賃置いてくぜ?じゃあな!、あ!後この件はメルクさんには伏せといてくれ!」


そうと決まれば早速動かねばならない。俺が居なくてもベオセルク兄様が居ればなんとかしてくれるだろう、幾ら子供と喧嘩して落ち込んでるって言ってもあの人は真面目な人だし仕事を押し付ければちゃんとやる。


不安な点があるとするならメルクさんくらいなもんだが…そっちも『なんとかする』とメモに書いてあった、と言うことはつまりそう言うことだ。ならもう俺がここにいる必要はない。


後のことは任せて、俺は俺にしかできない事をやろう。


そう決意し制止するラウラの声を無視して俺は転移魔力機構を使い向かう…魔女大国の外へ。



………………………………………………………………


人の治世とは積み木である。


そのままでは足らぬから材木を足して大きくする。大きくすれば不足が生まれるから更に足す。足していけばいくほどに不安定さを増す、だから更に補強するように足して積み上げる。


されどもどれだけ強固に積み上げても崩れるものは崩れ行く。そして崩れる時とは一瞬である。


それを魔術導皇デティフローアは切に思う。


ここ一ヶ月の騒動を魔術導皇としての立場から静観を続けた彼女は何処かで瓦解の音を聞いていた。


新生アルカナ、奴等の様な敵の出現自体はさして珍しいものでもなかった。この三年でアド・アストラにケンカを売る魔女排斥組織の出現は幾度となくあった。


マレウス・マレフィカルム内で八大同盟に次ぐと言われた大組織が宣戦布告してきた事もあった。


数百の組織が連合を組んで攻撃を仕掛けてきた事もあった。


中には八大同盟自体が攻めてくる事もあった。


だが、この治世は盤石だった。圧倒的武力で撃退するどころか駆逐する事もあった。そういう意味では新生アルカナの出現自体は大きく取り上げる程の事件ではない。


問題があるとするなら内側だ。特にメルクリウスの乱心がアド・アストラの絶対性を破壊していた…と言っては言い方が悪いかな。でも…。


「メルクリウス様!ロストアーツが盗まれたと聞きましたぞ!」


「あれは魔女大国の技術を全て注ぎ込んだ絶対兵器!敵方に渡ればどうなるかなど想像に難くない!」


「どう責任を取られるつもりですか!」


「…………っ!」


メルクさんがアルカナの対策を話し合う為諸侯を集めた会議にて、彼女は集中砲火を食らっていた。アド・アストラの幹部や大国の貴族達に協力を仰ぎ知恵を貸してもらう為開いた会議なのに…出てくるのは有意義な意見ではなく彼女を責め立てる言葉ばかり。


「喧しい!、そんな言葉を聞くために私はお前達を呼び寄せた訳ではない!」


そして、メルクさんも冷静さを欠いて怒鳴り声で返す。ロストアーツが盗まれてから彼女は明らかに冷静さを欠いている、いつもならあんな言葉 軽く鼻で笑って受け流していたのに。いやそもそも諸侯に助けなど求めず自分の手勢だけでなんとでもしていた。


なのに、今のメルクさんはまるで絵に描いたような愚王を演じている。


「ですが此度の一件は明らかに事を急いだメルクリウス様の暴挙故発生した事件と心得ますが!?」


「あんな目立つところで受け渡しなどしなくても良かったでしょう!。自身の権威を誇るために式典など開かなくても!」


「そもそもロストアーツの管理体制に問題があったのでは!」


「貴様ら…!」


メルクさんの求心力は明確に落ちている。それを察した貪欲な幹部達が少しでも自身の力に変えようとメルクさんに群がっているのが現状だ。そんなことしている場合ではないというのに…。


きっとアルカナがこの光景見ればほくそ笑むだろうな。


「やはり、メルクリウス様だけに舵取りを任せるなど不可能なのではないか?」


「何?」


ふと、一人の筋骨隆々の威厳満載の男が糸目を鋭く尖らせ口を開く。彼は元デルセクトの豪商レイバン・タングステン。商人でありながらマーキュリーズ・ギルドに参入せずアド・アストラの支部を一つ買い取って支部長へと就任した男。


敏腕にして辣腕、流石は元豪商と言えるだけの技量と弁舌でかなりの影響力を有する様になった彼は、ステラウルブスの一角にアストラ専用のサロン『ウォルフラム』を開き兵士達からの支持も勝ち得ていると言う。


立ち位置的にはメルクさんの側近にも当たる彼が、ややメルクさんに否定的な意見を出す。


「いえ、これはメルクリウス様の指導力に対しての否定ではないのです。ただアド・アストラによる七大国共同運営という形態は歴史上例を見ない統治形態です。これにより莫大な利益が生み出されたのは事実ですが…同時に組織が大きくなりすぎている」


「どういう意味だ、何が言いたい…」


「この巨大な組織を六人の若者に背負わせるのは酷だと申しているのです、ここは権力を数十人単位に分散し 議会制度を取っては如何でしょうか」


議会制度、つまり選挙などの方法で代表者を選び、議会によってアストラの運営をしようとメルクリウスに持ちかけるレイバン。その心は如何なものかは分からないが…。


「アド・アストラを議会によって運営すると?馬鹿馬鹿しい。公平感を得るためだけの議会制度に意味はない、意見が割れて身動きが取れなくなるか 口の上手いだけの奴が他を丸め込み上に立つのが目に見えている、却下だ!」


「ですが…」


「そもそもこれは!アルカナの対策を話し合う場だ!くだらん事を抜かす人間はこの場に必要ない!。文句を言いたいだけの奴は即刻退出しろ!」


怒鳴り声をあげレイバンの言葉を切り捨てるメルクさんの言葉に全員が押し黙る。どれだけ求心力を失っても どれだけ追い詰められても、デルセクト国内の商業と軍事力の双方を牛耳る彼女と権力争いをするつもりにはなれないからだろう。


「アルカナの素性は知れた、奴らのアジトは潰した、後は奴らを見つけるだけだ。見つけるだけでいいのだ…!なのに何故誰も成果を上げられん!」


険しい顔で周囲を叱咤するメルクさんの威圧に押されて誰も何も言えなくなる。一応という形で同席している私もだ。


今のメルクさんはとても怖い、そして彼女から漂う激憤の感情は見ていられない。


「如何なる資金を投じてもいい!如何なる人材を注ぎ込んでもいい!、どんな手を使ってでも奴等を根絶やしにする!その方法に…思い当たりのある者は!、いないのか!」


──結局、その日会議はただただメルクさんが責められメルクさんが怒鳴って、一時間程の時間を無駄にするという形で終わった。


崩れている。アド・アストラの絶対性が崩れかけている。アルカナの所為でななく、メルクさんの焦りと…私の無力さのせいで。







「くそっ…」


会議は終わり、幹部達が全員退室し。ただ一人頭を抱えながら部屋に残されたメルクさんは机に突っ伏し項垂れる。何とかしないといけないのに何も出来ない…何も浮かばない、まるで溺れる様な感覚を覚えて苛立ちに沈む彼女を…私は眺める。


「ねぇ、メルクさん」


「…デティか…、なんだ…何か良い案でも…」


「無いよ、でもその…今日みたいに怒鳴って会議するのはやめた方がいいんじゃないかな」


「ッ……!」


メルクさんがギリっと奥歯を噛みしめる。わかってるよそんな事と言わんばかりだ…だけど言わないといけないよ。


「このままじゃアルカナとは関係ないところでアド・アストラが瓦解しちゃう。敵が明確になっている以上もっと冷静になった方が」


「冷静でいられるか…ッ!。私は…私は…!」


「うん、辛いよね…けど、貴方は一人じゃないの。アド・アストラは各国の協力の元成り立っている…助け合う事を前提とした組織、誰か一人が頑張る必要はないんだよ?」


「……お前は、優しいな…」


「友愛の魔女の弟子なので、あ そうだ。今回の件魔女様の知恵を借りるってのはどう?」


項垂れるメルクさんの隣に幅を寄せ顔を覗き込むが、やはりというか何というか…やや面持ちは晴れない。


「…そうだな、それが出来れば良いのだろうが。アド・アストラは魔女の力を借りない組織という理念があり その理念を打ち立てたのは私自身だ、それを私が破ったら…私はもう同盟の首長として君臨出来ない。他ならない私自身が許せない…」


「それは…そうかもだけど、今のメルクさん凄い顔してるよ。体から出てくる魔力も酷いし、このままじゃメルクさん…」


「いいんだ。…悪い 一人にさせてくれ」


『このままじゃメルクさん、おかしくなっちゃう』そんな言葉さえ聞き入れず メルクさんはトボトボと打ちひしがれた様に何処かへと去っていく。


やっぱり焦ってる理由ってアレかな、それともみんなに秘密にしてる方かな。まぁどちらにしても彼女の焦り焦りポイントにアルカナは知ってか知らずかドンピシャ決めたわけだ。


「参ったな、デティ殿」


「ん?あれイオ君」


「見ていたよ、メルク殿を励まそうとしていたのだろう」


ふと、いつから見ていたのか、イオ君が机に座り込む私の隣で椅子を引き 目線を合わせる様に腰を落ち着ける。


「まぁね、ダメだったけどね」


「だが勇気付けられたさ。しかし我々六王の中で最も精力的に動いていた彼女が調子を狂わせただけあって…今のアストラはガタガタだな」


「メルクさんに頼りすぎたのかもね、メルクさんに比肩する人って言ったら今はラグナしかいないけど…ラグナもラグナで忙しいしなぁ」


ぶっちゃけ、今のアストラは軍事のラグナと商業のメルクさんで立っている様なものだ。私は私で魔術界方面の管理をしていたから 組織運営に関してはてんで力がないんだなこれが。


「このままじゃ、アルカナの思う壺だろうな」


「もう思う壺な気がするけどね…、はぁ〜参ったなぁ〜」


アルカナが巻き起こした波紋に巻き込まれたメルクさんが崩れ、ラグナも手一杯となってしまった。このままじゃアストラに付け入る隙を与えてしまうだろう。


いくら強力とはいえまだ出来て三年の組織。厚みはまだまだということか


「…このままではアルカナの好きな様にされてしまうだろう、私も今コルスコルピ本国に掛け合ってアマルトを招致するつもりでいる」


「え?いいの?今忙しいんじゃないの?」


「こんな時くらいは役に立ってもらわんと、それにな?どれだけ言ってもこのアド・アストラに於ける象徴とは魔女の弟子なのだ。世界に散った八人の魔女の弟子…アド・アストラが危機に瀕している今こそ、必要なのだと私は思う」


「…そっか、そうだね。今ここにいる魔女の弟子は三人だけ、アド・アストラが危機に瀕したなら…か」


今、アド・アストラの正式な職員として働いている魔女の弟子は私とメルクさんとラグナの三人だけ。前線で戦っているネレイドさんとメグさんを加えても五人だ。


アマルトは祖国で先生やってるし、ナリア君はアストラ主催の興行に忙しそうだし。みんなあちこちに散っている。ならば…それを集結させるのも一つの手か。


「うん…よし、助けを求めよう、他の魔女の弟子たちに。魔女がダメでも弟子ならいいでしょ!」


「ああ、…だが 肝心のエリス殿は……」


「あー、そっちは大丈夫かな」


「大丈夫?何故だ?何かあるのか?」


「うん、あるの」


ニッと微笑む私の顔を、イオ君は不思議そうに眺めていた。


不思議だろうさ、行方知れずの彼女が来てくれる保証は何処にもない。ただそれでも私は断言できるんだ…、エリスちゃんは 私の親友は私の危機にはきっと来てくれるってね。


ね、エリスちゃん。


………………………………………………………………


アド・アストラは絶対だ、アド・アストラは最高だ。


その力も影響力も揺らぎはない。確かにアルカナはメルクリウスを揺らがし その周辺の状況を悪い方へと進ませたかも知れない。だが それは所詮メルクリウス個人周辺の話だ。未だアド・アストラは絶対的な力を保持している。


商業でも教育でも興行でも武力でも、だからこそアルカナはロストアーツを盗み出しても大きくは出れない。正面勝負ではそもそも勝ち目がないから。


そして、メルクリウスが揺らいでもアド・アストラは成長を続けている。いい意味でも悪い意味でもアストラは既に設立した者たちの手を離れ始めているのだ。



「以上が、今現在のアド・アストラの状況でございます。陛下」


「ん、ご苦労」


アガスティヤ帝国の中心、大帝宮殿の内部…『星見の間』にて玉座に座る存在は、メイドの報告を聞いて軽く頷く。アド・アストラの状況と大いなるアルカナの復活とメルクリウスの乱心…その全てを聞き止め、それでも満足そうに笑う。


「順調だな」


「順調…なのですか?、私にはやや危機的状況かと」


「ほう?、何故だ?お前の意見を聞かせよ、メグ」


怪訝そうな顔を向けるメイド…メグに意見を求める大帝カノープスは試すような顔つきでやや身を乗り出す。


「メルクリウス様の存在はアストラにとって大きい。彼女が崩れればアド・アストラはいきなり窮地に立たされるやも知れません」


「そうだな、彼奴は今人類で最も重要な人間と言っていい」


「それにロストアーツが持ち出されたのも痛手かと。あれは帝国師団長の持つ特異魔装にも勝る白兵戦用武器、あれが敵方に渡り量産されれば勢力図が書き換えられる可能性もあります」


「ああ、鹵獲は避けるべきだ」


「それに、今アド・アストラには暗澹として嫌な空気が漂っています。とても…嫌な雰囲気です、何か大切な部分が崩れてしまうような…」


「なるほど、よく見ているな。流石我が弟子よ…だが、それだけか?」


「え?後は…アルカナでしょうか。奴等の動きはかなり妙です、かなりアド・アストラと言う組織の事を熟知しているようです」


「それはそうだな、奴等は復讐者だ。復讐を志す者はナイフを研ぐよりも前に憎き相手をよく見るもの。奴等はある種 アド・アストラの天敵足り得る存在と言えるだろう…まぁ、それに今回の一件はアド・アストラが認識しているよりも余程根深いがな、だが 危機ではないな」


確かに今のメルクリウスは見てられないくらい乱心している。アド・アストラは混乱している、アルカナはアド・アストラを熟知し事のこの場に至ってもアストラは事の重大さに気がついていない。


だが…だがそれでもこれは危機とは呼ばん。


「そもそもアルカナが幾らアド・アストラのことを熟知し的確に攻めているとしても兵力に差がありすぎる、ミツバチに刺されて死ぬ象はいない。幾らロストアーツが強力とは言え所詮あれは白兵戦用の武器…戦略級の兵器を多数持ち合わせるアド・アストラとの戦力差は覆せない。幾らメルクリウスが乱心したとは言えアド・アストラはそれだけでは揺るがない…アルカナが動かした世界などほんの一部分だけだ」


「で ですが…」


「それに、これを纏めて解決する方法も明確になっている。こんなもの危機とは呼ばんさ」


「解決する方法…ですか?」


そう、この問題を解決する方法は既に明確になっている。ならば頭を悩ませる必要はなくそれをぶつけてやればいいだけの話だ。怪訝そうなメグも本当はそれに気がついているだろうに…すっとぼけて。


「居るだろう一人、国が荒れた時にこそ輝き 幾度となく国難を救った女が。アイツはこう言う時にこそ輝く」


「女…ま、まさかエリス様ですか!?」


そうだ、エリスだ。奴は平穏にあって燻り 安寧にあって陰り、乱世にあって輝き 有事にあって役に立つ。そうやって幾度となく国難を救い 遂に英雄と呼ばれるに至ったアイツならば…。


アド・アストラを立て直し メルクリウスを救い アルカナを潰すことも出来る。エリスという女はそういう女だ。


「今こそエリスを連れもどせ。そして上手く使え…、今の状況なら奴も喜んで力を貸すだろう。お前ならエリスを連れ戻せるだろう?」


「……はい、そうですね」


今この世にエリスの居場所を正確に把握出来ているのは、魔女以外ではメグしかいない。つまりメグならばエリスを連れ戻せるはずだ。


ならば、今こそエリスの出番だ…この荒れた世を再び立て直す仕事をさせるべきは今だ。


「分かりました、ではこれより私はエリス様を迎えに行く為の支度をしてまいります…暫しの間離れることになりますが…」


「構わん、ただし一ヶ月以内にカタをつけろ」


「一ヶ月以内?…ああ、来月は」


「そうだ、来月は我々魔女にとっても世界にとっても大切な日だ。なればこそ 早めの決着が望ましい」


「畏まりました、では…」


時界門を用いてエリスを迎えに行く為の準備を始めるメグを見送り、カノープスは一人玉座に肘をつき想いを馳せる。


さて、エリスよ…お前はどうやってアルカナを倒す。レグルスとの修行でどれだけ大きくなった。お前が消えている間に世界は大きく変わり 盤面は大きく進んだぞ?。


今回のアルカナ騒動は表面上で見るよりもかなり根深い戦いだ。もしかしたらこの戦いで新たなる闘争の幕が開くやもしれん…、この三年でどれだけ大きくなれているか。そこがミソになってくるぞ。



再び動き始めた世界の歯車。時を刻み始めた長針はゆっくりと終刻に向かう、この戦いは…魔女を愛する者と魔女を憎む者の永遠の闘争の決着へに導く戦いとなろう。


上手くやれよ、エリス。そして信じているぞ…レグルスよ!。






───────────十一章『魔女狩りの時代と孤高の旅人編』へ続く。

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