星伝その2.新生せし脅威と落ち目の騎士
魔女排斥組織 大いなるアルカナが復活しているかもしれない。そんな知らせはその日のうちにアド・アストラ上層部に知れ渡ることになり…至急協議が執り行われた。
大いなるアルカナと言えば世界中で被害を引き起こした最悪の大組織。あわや滅びの一歩手前まで持っていかれた国もあるくらいには魔女大国と因縁深い組織だ。そいつがもし復活していたのなら即座に対応しなければならないと話し合い…。
ある者は俺がアルカナをぶっ潰してやると逸り。
ある者はそもそも本当に復活しているのか怪しいところがあると訝しみ。
ある者はこうして協議すること自体敵の思惑かもしれないと考えあぐねる。
そんな者達の協議を眺めていたラグナは…。
『ともあれ、アルカナが復活したかどうかはこの際置いておく。今は他の魔女組織に援助を行い魔女の弟子の一人エリスを狙って蠢動している組織が明確に存在すること自体に警戒を見せたほうがいいだろう』と…。
復活したかどうかはこの際どうでもいい。もし旧メンバーが再び集って復活しているなら脅威だがその辺の烏合の衆が寄り集まって『俺達アルカナ!』と言ってるだけの可能性もあるので復活そのものは思考する余地はない。
問題は他の組織を支援して動かせるだけの力を持つ大組織が、表立って動き始めている事だろう。八大同盟レベルの組織の活動が最後に確認されたのは三年前が最後。それ以来パタリと八大同盟の足取りは追えなくなり、それと共に世界に平和が訪れていたのだ。
もしかしたら今回の一件はその薄氷の上の平和にヒビを入れる事態になりかねない。本当はリオスとクレーを追いかけたい気持ちをぐっと堪えてラグナは仮称『新生アルカナ』の捜索に力を入れ始める。
……が、それから一ヶ月の時が経った物の。終ぞ新生アルカナの尻尾を掴むこともできないまま、日々が流れ。もしかしたら何かの間違いだったのかもしれない』『ひょっとしたらあれは魔女排斥組織のついた苦し紛れの嘘だったのかもしれない』。
誰もがそう思い、忘却の霧に記憶が蝕まれ始めた頃だった。
とある事件が、新たなる戦いの幕を強引にこじ開けられたのだ。
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カストリア大陸に存在する大国アジメクの中央都市 星見都ステラウルブス、まるで礼讃歌が常に流れているかのような清廉な空気を漂わせるこの街は 今日は何やら騒がしい。
それもそのはず、なんせ今日はアド・アストラがその形を成した時より進めてきた極秘計画…『ロストアーツ計画』が成就するその時なのだから。
学術国家コルスコルピが発掘した十三の武器の設計図。かつて古の時代に起こったとされる世界的な大戦争の折に十三大国がそれぞれ国の威信をかけて作り上げた超兵器の設計図達を元にアド・アストラの統治者となったメルクリウスが復元を宣言したことにより始まった計画は三年の時を経て漸く完成に漕ぎ着けたのだ。
あらゆる技術者・有識者の力を借りる為に世界各地を転々と移動させ着々と作り上げ続け、つい一ヶ月前に完成させた十三の武器達は今日 このステラウルブスに召集され、六王達が直々に選別した世界各地の十三人の担い手に渡されることになっているのだ。
そうして今日開かれたのが『星器授与式』という名の式典。ロストアーツの担い手達を民間人にまで周知させつつ、他の兵士達にも活躍次第ではロストアーツの貸与があり得る事を示唆し士気を高める目的で開催された大式典はステラウルブスを包むほどの熱狂を醸し出している。
「遂に今日か。一体どれほどの物なんだろうな…ロストアーツって」
「さぁ、でも噂じゃ帝国の特異魔装よりもすごい代物らしいよ」
「魔女様の時代から伝わる兵器だろ?。凄くないわけがないよ」
白銀塔ユグドラシルの正面門前に集められたアド・アストラ兵達、総数を数万人。それが綺麗に整列する形で並べられ式典の開催を待っている。
これからこの場で発表されるロストアーツの担い手達は次の時代の英雄になり得る者達だ。その者達の顔を覚え、そしてまた自らもいつかはロストアーツの担い手に選ばれるよう気合いを入れ直す為に 皆背筋を伸ばす。
「おお。すげぇ数のアストラ兵達だ、式典をやるってのは本当だったみたいだな」
「今日はマーキュリーズ・ギルドも記念として盛大に大盤振る舞いしてるし、いやぁいい日だなぁ」
「式典の後はなんかパレードもやるみたいだよ!楽しみだね!」
そして整列する兵士たちを囲むように生まれるのは群衆の海。この日式典より盛り上げる為 そしてアド・アストラの記念すべき日は民衆も共に祝うべきであるという事を民草に浸透させる為、メルクリウスによって放たれた『マーキュリー大記念セール』に喜び湧きたち、半額以下になった酒やツマミを片手に民達はアド・アストラの未来の英雄や今回顔を見せるであろう有名な人物達を一目見ようと集まってくる。
今日はきっと新たな祝日になるだろう。ロストアーツの担い手と言う新たな英雄が誕生しこの平和なる世が一層強固になる第一歩なのだから…。
「…凄い観衆だな。まるで珍獣でも見にきたみたいな盛り上がり方だ」
そして、整列する軍団と野次馬に来た観衆の視線の最も奥に立つのは、此度の主役。
豪勢な壇上の上でこれ見よがしに立たされ、いい見世物になっている十三人の戦士達。アド・アストラを統べる六王の会議により選ばれたロストアーツの担い手達だ。
「まるで見世物だ」
フッと自傷気味に笑うのは、数千万もの大軍勢を有するアド・アストラの内部から険しい選考を潜り抜け選ばれし十三人の担い手の一人。アジメクの近衛師団長メリディア・フリージアだ。
ムルク村の黄金世代の一人として知られ、流星の如く近衛師団長の座に就いた若き天才の腕を見込まれ、この度『No.1 星魔槍アーリエス』の担い手として選ばれたメリディアはアド・アストラの一員 その代表としてこうして壇上に立たされた事を、光栄に思う。
私がこれから授けられる星魔槍アーリエスは六王様達が三年という年月を注いで作り上げた新時代の兵器。謂わばアド・アストラが世界にもたらす変革の象徴だ。それを預けるに足ると思われている事は感無量の喜びを得るに十分なもの。
と…思うのと同時に感じることが一つ。
私なんかで、大丈夫なんだろうか。
「見世物と言うのなら、見せてやればいいさ。これから私達が見せる活躍を存分にな」
「え?あ…ゲーアハルト団長!」
「だからそう緊張するな、メリディア殿」
やや緊張した面持ちを見せるメリディアの肩を叩き、その緊張をほぐすのはメリディアと同じアド・アストラの制服を着込んだ真面目そうな印象を受けるメガネの男性。
その名もゲーアハルト。帝国三十二師団の一つ第八師団の団長ゲーアハルト・ヨルムンガンドだ。彼もまた十三人の担い手の一人 『No.6 星魔盾リブラ』の 使い手として皇帝に推挙された人物なのだ。
私よりも何倍も実戦経験があり、実力もあり、名も馳せている名将が隣に立っていることに対して…やはり場違い感を受け、メリディアはちょっぴり緊張してしまう。
いやゲーアハルトだけじゃない。メリディアが場違い感を覚え自信を喪失するのは…ここに集められた担い手達の顔触れにある。
「うぉぉおおおお!なんて光栄な事なんだ!我が王よ!必ずや貴方様のご期待にこのガイランド!答えてみせますぞぉぉぉ!!」
「相変わらずうるさい奴だなお前は、まぁ…そこがいいところでもあるが」
同じく壇上に上げられているのはアルクカース随一の戦力を誇る王牙戦士団の第一隊長ガイランド、そしてそんな彼の大声を受け辟易しつつも親しみを覚えているのはメルクリウス様の側近 シオ…。
あの二人もまた担い手に選ばれた者達だ。ガイランドは『No.4星魔鎧レオン』シオは『No.3星魔銃カンケール』をそれぞれ預けられることが確定している。どちらも三年前の戦いで目覚ましい活躍を見せた勇将達だ。
「うふふ、なんだかこんなに人が集まってるとロッケンロールしたくなりますね」
「ああ!ロッケンロールはよくわからないけど!興奮するね!」
そしてその向こうには『No.11星魔帯ピスケス』を預けられる事が確定しているオライオン最強の四神将の一人 ローデ。それに同調するのは『No.7星魔鎌スコルピウス』を預けられる事が確定しているコルスコルピの防衛大臣ガニメデ。
両者ともに実績のある実力者、メリディアとは違い 風格も威厳もある人物達だ。
彼らだけではない。ここに集められているのは本当にすごいメンバーなんだ。
「私、武具貰う、活躍する、王喜ぶ、それでいい」
最近アルクカースで頭角を現した女傑ライリー、二年ほど前に第一戦士隊の隊長へと就任した彼女に与えられるのは『No.2星魔拳タウロス』。その活躍が既に確約されているようなものだ。
「うぅん、これだけの視線があるとついつい芸人魂が爆発してしまいそうですよ。いやはやお堅い式典でなければ抱腹絶倒のギャグを繰り出していたところなのですが…」
エトワールにて喜劇の騎士の名をプルチネッラから受け継いだ新騎士団長ステンテレッロ。かつて魔女四本剣の一角を担ったプルチネッラが手塩にかけて育てた彼の実力はマリアニールに次ぐ程と謳われており、『No.10星魔刃アクアリウス』が渡されるのも納得の人選だ。
「新しい弓かぁ、今の弓にもドラゴン愛着があるんだけどなぁ」
帝国一の狙撃手にしてアガスティヤが誇る麒麟児と謳われる師団長フィリップ。アルカナとの戦い シリウスとの戦いこの二つで活躍を見せた彼に預けられるのは『No.8星魔弓サージタリウス』だ。ただでさえ強い師団長がロストアーツを持ったらそれはもう反則だ。
それにここには居ないが。今回は欠席となってしまった『No.5星魔杖ウィルゴ』を預かる予定の白金の希望アリナ・プラタナスの実力は最早言うまでもない。
あと、『No.9星魔脚カプリコルヌス』を貸与されることになっている『帝国第四師団の団長』もまたかなりの実力者と聞く。とはいえこの人に関しては情報が殆ど出回っていない上今回欠席なのでどんな人かは知らないんだけどね。
まぁとにかく凄い人達ばかりなんだ。私もいくら天才だ近衛師団の団長だと囃されても実戦経験は乏しく勇名もない。ただのメリディアでしかない。
そんな私がここに居てもいいのだろうか。それが今はひたすら不安だ。
「…私なんかにロストアーツの担い手が務まるのだろうか」
「なんだい?今更弱音かい?メリディア。いつからそんなに可愛げのある性格になったんだか」
「むぅ…」
なんて、緊張する私を煽るような生意気な口ぶりでバカにするのは…。
「ルーカス…」
私と同じムルク村出身の騎士。護国六花の一人でもあるルーカス・アキレギアだ。彼が自慢の長髪をサラリと撫でて私を嘲笑する。
彼が立っているのは壇上の上、つまり私達と同じ担い手の一人としてここに招かれている…のだが。
「いいじゃないか、君は今回ロストアーツをもらえるんだろ?お預けくらった僕よりはマシだ」
ルーカスが預けられる予定だったのは『No.13星魔剣ディオスクロア』、だがその星魔剣は一ヶ月ほど前に賊に盗まれてしまったらしく…今回は形式上呼ばれただけで貸与はされないとのことだ。
「貰えるものも貰えないのにこんな所に呼び出されて、これじゃあ本当に見世物だよ。僕は見世物になるのは嫌いなんだ」
「…ルーカス、悪いね…なんか」
彼は嫌な奴だ。私達と同郷の出身というだけで友達とは言い難いかもしれない。私達と違って瞬く間に実力を示してアジメク軍の中枢に行ってしまった彼とは今では同じ故郷を持つ…くらいの接点しかない。
でもそれでも同じ故郷を持つからこそ知っている。彼は努力家で他人に認められるために私達以上の努力をして来たのを知っている、だからこそ…折角ロストアーツが渡されるその時になってこんなことになってしまったのはちょっと可哀想だと思う。
「は?何?同情してんの?言っとくけど落ち込んでないからね僕は。僕のロストアーツを盗んだコソ泥は直ぐに僕が捕まえて斬り殺す。そうすればロストアーツと一緒に手柄も手に入って一石二鳥だ、君と違って僕は頭も運もいいんだ」
まぁ…うん、それでも嫌な奴であること変わりはないんだけどね。
「でも…ロストアーツにも一つ余りがあるだろうに、それをくれればいいのに…六王ってのは存外ケチだね」
「あはは…」
そうブツブツと呟くルーカス。確かにそうだ…ロストアーツは全部で十三個ある。なのに今回配布する予定だったのは十二個だけ。『No.12 オフュークス』のロストアーツだけが未だ担い手が見つからないのか 今回の配布は見送られているのだ。
例えルーカスに星魔剣を渡せないとしても、No.12だけは誰にも渡す予定が無いのか…。その詳細は一切公表されていないため真相は分からないが。
「む、そろそろ式典が始まるようだ。みんな 背筋を正そうか」
と、この集められた者達の中で最も経験豊富な師団長ゲーアハルトが眼鏡をかけ直しながら背筋を正す。それに従い私もルーカスもピンと背を伸ばす。
壇上の者達が皆揃って姿勢を正したことでそれに釣られるように整列する軍団もまた俄かに軍靴を鳴らし立ち姿を直し、さらに野次馬たちもただならぬ雰囲気に思わず固唾を飲む、否が応でもこれから何が起こるかが…分かる。
「諸君、待たせたな」
するとそんな言葉と共に白銀塔より声が響く、壇上に上がってくる靴音が聞こえる。
「この記念すべき日にこれ程の物が集まってくれたことは素直に喜ばしいことだ。我等六王の連名を以ってして礼を述べよう」
あれだけ騒がしかった会場が、刹那の間静寂に包まれた…、ただ威厳と風格を以ってして黙らされたのだ。
圧巻と呼ぶ以外言葉の見つからぬ佇まいを見せ 壇上の最も標高の高い地点に足を置き、腕を組み見下ろすのは青髪の麗人…、今この世界を統べる六人の王の一人 メルクリウス・ヒュドラルギュルムだ。
「よくぞ集まってくれたな、我らが選びし勇将達よ」
「壮観ですねぇ、繁栄を象徴するようでとても嬉し区思います」
「人が多いのはあんまり好かねーんだけどなぁ」
「うーん二人ほど欠席だけど、まぁあの二人は仕方ないしね」
そして、そんなメルクリウスに並ぶのもまた六王達。イオ・コペルニクス ヘレナ・ブオナローティ ベンテシキュメ・ネメアー …そして我が主人デティフローア様だ。
六王のうち五人が一堂に会する。それを衆目に晒すなど異例中の異例だ、あまりの出来事に民衆もどよめいている。兵士達だって慄いている…私もだ。
六王が直々に出てくるなんて、こんな大きな場に呼ばれてしまうなんて…。
「キャー!ベンちゃんかっこいいわ〜!」
「ローデっ!真面目な場なんだからもうちょいシャキッとしろ!恥かくのはあたいなんだからさ!」
「んーー。おや?、六王様が集っているというのに我が王の姿が見られませんが?」
「我々、アルクカース人、王より名誉、賜りたい」
すると担い手の中のアルクカース組。ガイランドとライリーがやや不服そうに口を開く。せっかく六王が集まり名誉を授けてくれるなら せめて我らが祖国の王より賜りたいと述べる。しかしメルクリウス様は首を徐に振り。
「悪いがラグナは欠席だ。本当なら私達とともにここにくる予定だったが急遽別件が入ってな。今回は我慢してくれ ガイランド、ライリー」
ラグナ大王は欠席だと言うのだ。恐らく別件というのは最近アド・アストラを騒がせている『新生アルカナ』の件だろう。未だに尻尾も掴めず苦慮しているらしいが…急遽別件が、と言っている辺りを見ると何か進展があったのだろうか。
「むぅ、そうでしたか。いえ お言葉を失礼しましたメルクリウス様」
「ロストアーツ貰って、早く、王を、助けに行く」
「ああ、その気概だ。…さて、では早速授与式を始めさせてもらうぞ、時間が惜しい」
すると六王を代表してメルクリウス様が立つ。このロストアーツ計画の最高責任者は彼女だ、彼女こそがロストアーツを最も夢見たお人なのだ。その為に莫大な資金と金を使い一本一本編みこむようにこの壮大な計画を練り上げたのだから その感動と達成感は一入だろう。
「まずこの場に集うた皆と我等の招集に応じてくれた担い手達に改めて感謝を述べる。今日この日を迎えられたのは皆の献身と努力あってのもの。私が夢を見て生きることができたのは皆が背中を守ってくれたからなのだから」
なんとも誇らしげな顔。何かを成し遂げた人の顔とは得てして魅力的に見えるもので、何かに邁進する人の姿とはどうしても人を惹きつける。彼女がああして壇上で語る姿に我々兵士は彼女の胸の中の達成感を分け与えられるように一抹の喜びを感じる。
メルクリウス・ヒュドラルギュルム。今この世界の商業と武力の頂点を抑えている女。権力と言う一点で見れば最早魔女さえも遥かに凌駕していると言える彼女は間違いなく後世に名を残すだろう。
メルクリウスだけではない、彼女の友もまたそうだ。我が主デティフローア様もイオ様もヘレナ様も二代目教皇となったベンテシキュメ様も皆が皆 歴史にその存在を刻み込むお方達。私では手の届かない領域の人達。
「だが私の夢はこれで終わりではない、寧ろ始まるのだ。我が夢はこの平穏なる世の恒久化…つまり永遠なる平和だ。その礎がロストアーツなのだ」
メルクリウスの薫陶を受け誇らしげに胸を張る担い手達の中私だけが目を逸らしたくなる。私だけが胸を張れない。昔ならもう少しバカになれたんだろうけど、今の私にはとても彼らと肩を並べられる気にはなれない。
ここ最近私は自らの矮小さを感じてばかりだ。この卑屈さに気がついたのは三年前、アド・アストラが作られるきっかけになったあの戦いだ。
各国の戦士達が集い 皆が英雄もかくやと言うほどの働きを見せたあの戦いに私も参加した、けど 参加しただけだ。魔造兵との戦いで疲弊し羅睺十悪星との戦いには赴けなかった。
いや赴いても多分無駄に死んでいただろうか、なんせ私よりはるかに強いルーカスでさえ手も足も出ずに敗北し 我が国最強のクレア団長でさえ単独では足止めが精一杯だったと言われるほどの相手だ。
あの時は心底情けなかった。天才だ麒麟児だとアジメクで持て囃されても私と言う存在は世界という目線で見ればこんなにもちっぽけなのかと痛感させられた。今まで死ぬ気で鍛えてその末に手に入れた近衛師団という立場に満足していた自分がどれだけ小さいかを思い知らされた。
そして何より効いたのが…エリスの存在だ。
「ロストアーツは絶対なる武力だ。ある程度戦いに精通した者が使えば一騎当千の働きを、君達程の使い手が握れば第二段階にも匹敵する戦力になる。これを使えば我々の作る平和は未来永劫絶対のものになるだろう!」
エリス…私の英雄。私達ムルク村の子供達が騎士を目指すきっかけになった少女は十余年の時を経てアジメクに帰ってきたその時既に、私達では手の届かない存在になっていた。
思わず話しかけることさえ躊躇するほどに強く、友達だと名乗ることさえ恥ずかしいほどに立派になっていて、…そんな彼女に話しかけられた私は逃げてしまった。
私は今でもエリスを敬愛している。私の目標として尊敬している。そんな彼女は強く立派になっていて 全く手の届かない存在になっていて。
全く手の届かない存在になった彼女が手を伸ばしたつもりで立ち止まっていた私に向かって『その程度で満足してるなんて、小さいんですねメリディアは』なんて言ってきたら、そんな想像をしてしまい怖くなって逃げてしまったんだ。
「武力とは平和だ、平和とは圧倒的な力によって統治される事は魔女時代八千年の歴史が証明している。我らこそが新たなる魔女時代を継ぐに当たってそれと同程度の力を得ねばならないのは言うまでもない!。我等とは違う平和のあり方と世界のあり方を願う者達からこの時代と世界を守るには、ロストアーツの存在は不可欠だ!」
そして、逃げた私が魔造兵を相手に手を焼いている間にエリスは英雄になった。
シリウスを倒して世界を救った。あのシリウスを相手にだ。奴とは白亜の城で一度戦っているが…その時私はモノの一瞬で薙ぎ倒されて泡吹いて倒れてたと言うのに、エリスはそいつと戦って勝って見せたんだ。
もう格が違うどころの騒ぎではない。エリスと私では次元が違う…、それを実感してからかな。私は少し卑屈になってしまった。
あれほど夢見たエリスと肩を並べると言う目標は今では呪いのように毎夜私を苛み続ける。
『お前は何をやっているんだ』『十年の修行をドブに捨てるのか』『あの努力はなんだったんだ』『お前には無理なんだ』『英雄エリスと少し知り合っただけで友達なんて恥知らずな』
なんて…ね。
「故に今ここに我等の治世をより強固にする砦を築こう!。ロストアーツと言う名の十三の壁とそれを守る屈強な兵達を敷いて世に安寧を齎し続けよう!。誰もが飢えず!誰もが泣かず!母の腹より出でて老いて死ぬまで一滴の涙血をも流さぬ生涯を!我らで作り上げよう!。希望に満ちた新時代と言う名の理想郷を今!」
だからこんな一大事に呼ばれても、また何処かで私は無駄にしてしまうような気がする。近衛師団という立場を得て満足したように ロストアーツを貰ってもそれに満足して、また大事な場面を取り零す筈だ。
それがただただ申し訳ない…。私を選んでくれたデティフローア様に…申し訳が。
「さぁ!今こそロストアーツを授けよう!。メリディア!」
「………………」
ああ、私はなんてダメな奴なんだ。今からでも別の人に代わってもらいたい…、ジェイコブあたりなり私より上手くやるだろう。というかなんで護国六花でもない私が…。
「む?メリディア?」
「へ?…ハッ!?」
ふと、伺うようなメルクリウス様の声にハッとする。マイナス思考に走っていていつのまにか自分が呼ばれていることに気がつきゾッとする。
不思議そうな沈黙に、後ろで私を見る軍団と何かあったのかとザワザワ騒ぐ野次馬達の存在を察知して…、冷や汗が…。
「は はい!」
「どうかしたか?」
「い、いえ、すみません…緊張してしまって」
「そうか、フッ 可愛らしい近衛師団だな、デティ」
「も〜!メリディア〜!」
フッと爽やかに笑うメルクリウス様と顔を真っ赤にして恥辱に耐えるデティフローア様のその一幕を見て気を失いそうになる。やらかしてしまった…早速やらかしてしまったぁぁ…。
「さ、何も緊張する事はないぞ?メリディアよ。我が前へ」
「は…はぃ」
ギクシャクした動きでメルクリウス様の前へと歩む、私を見る全ての目が笑っている気がする。遠くで話す人達がみんな私をバカにしているような気がして腹が立つやら情けないやら。
気がつけば私は縮こまるような姿勢でメルクリウス様の目の前で背を伸ばしていた。
「さて、メリディア・フリージアよ。お前をロストアーツの担い手第一号に任命しよう」
「はい!メルクリウス首長!光栄です!」
「……先も言ったが、ロストアーツは危険な力だ。ある程度戦闘に精通した者が扱えばただそれだけで第二段階級の力を得ることになる。お前に与える星魔槍アーリエスもまた特大の兵装だ、最強ではないが万能足り得る武器なのだ」
メルクリウス様の顔はやや険しくなる。ロストアーツの担い手に選ばれたその時私もその極秘情報を教えていただいているからその詳細は知っている。
ロストアーツとはよく言われる通り魔女時代に作られた兵器の設計図。それも古代の大国がその全てを注ぎ込んで作り上げた超兵器だ。対魔女級の存在を相手にすることを想定して作られた兵器は今現在の技術力を遥かに凌駕しているまさしくオーパーツだ。
それ授けられれば、当然 今までとは一線を画する力を手に入れることになるのは必然だ。
「くれぐれも、良からぬことに使わず、我等がアストラの為に使う事を誓ってくれ」
良からぬことに…か、私は卑屈だ…自分に自信が持てない卑屈者だ。だが卑屈であっても卑劣では無いし卑怯でもない。この私に出来る範囲であればアストラとこの世界の平和の為に尽力を続けるつもりはある。
故にこの問いになら、はっきりと応えられる。
「はい、我が生涯をかけて…この身をアストラの刃に変える事を誓います!」
「うむ!よく言った!。美しい敬礼だ、君になら預けられるよ」
私が敬礼を一つ決めれば何やら気に入ったとばかりにメルクリウス様は私の肩を叩いてにこやかに微笑む。…そう言えば噂ではこの人 昔軍人だったと聞いたこともあるな。もしかしたら私に対して親近感を覚えてくれているのかな。
だとしたら嬉しいな…。
「よし、では授けよう…これが、星魔槍アーリエスだ」
それと共に、部下に持って来させた銀色のバトンをくるりと手の中で回し、私へと手渡す。
って…
「これが星魔槍?」
手渡されたそれを思わずマジマジと見てしまう。槍…というにはあまりに短い。文字通りバトンのような大きさだ、とても槍には見えない…それとも何かに組み合わせる用のパーツなのかな。
「ああ、それが星魔槍アーリエス。今は携行形態を取っているだけだ」
「携行形態…」
「アーリエスは千変万化の槍、如何なる状況にも適応し最適解を叩き出す魔力機構を備えた万能の槍だ。故に普段はその機能を最小化し持ち運びがしやすいようになっているんだよ」
「なるほど」
そう言えば前日に渡された説明書にそんな事が書いてあった気がする。
どんな状況にも適宜対応し、時に持ち主の意思に反してでも動き、その力さえも変容させ相手を撃滅する最適解を導き出す魔力兵装。使用者には練度と慣れが必要とされるが、逆に言って仕舞えばその二つだけあれば誰でも扱えるアーリエスはある意味最もスタンダードなロストアーツとも言えるだろう。
「さぁ、私の前で…民衆の前でロストアーツの起動を見せてやってくれ。起動呪文はもう知っているな?」
「はい、…『エーテル・フルドライブ』!」
預けられた銀のバトンをしっかり握りしめ解放の文言を口にする。ロストアーツは言って仕舞えば帝国の魔装と仕組みは変わらない。道具に魔術の力を込めて利用するだけの武器でしか無い。だがロストアーツの危険度は他の魔装とは比較にならぬが故に普段はその力で周囲を破壊しないように『休眠状態』に移行するよう設定されている。
これはそれを起こすための文句。口にしてそれを握ればロストアーツは誰にでもその力を貸し与える。
「っ!!」
私の手の中で輝く光はロストアーツ…星魔槍アーリエスより輝く魔力光だ。具象化するほどの魔力が溢れてきているんだ。
なんて凄まじい魔力だ…これがロストアーツの力。こんな強大な力が私の手の中に!。
「おぉ…おお!」
銀のバトンは光の中で忽ち形を変える。最早構造を無視した挙動でグネグネと動くと共にその形を伸ばし、…一振りの無骨な銀の槍へと変貌する。
溢れる魔力と煌めく威光がこの槍が一廉のそれでは無いことを証明する。ただそこにあるだけで圧倒的な力と存在感を知らしめるのだ。
凄い…凄いぞ、帝国の魔装なんか目じゃ無い…流石だ。
「おお、これがロストアーツの輝き」
「ロッケンロールですねぇ!」
「こんな物が一気に十を超える数も…凄まじい話だ」
担い手達も慄く。背後で列を成す兵達もどよめく。野次馬も民衆も皆がその力の凄まじさを目の当たりにする。
これこそが、新たな英雄の誕生であると…誰もが理解する。
「あれが…ロストアーツ…、あれが…」
そして、ルーカスもまたロストアーツの輝きに目を奪われる。その唇を噛み締める表情は『あれがあればさらなる武功を』と逸る心の表れか、或いは『今回自分には与えられない悔しさ』故か。或いは別の何かかは分からないが…ただただルーカスは唇を噛み締めメリディアの手の中にあるそれを眺め呆然と立ち尽くす。
「おめでとうメリディア。今日からそれは君のものだ」
「これが私の…、これがあれば…もっと色んなことが出来る…」
「ああ、そうだとも。君の働きに期待するぞ」
ロストアーツ起動の瞬間に立ち会えてメルクリウスも得意満面と言った様子で微笑み、メリディアの肩を叩く。
これがあればさらなる働きを成すことが出来る。これがあれば自分の自信を取り戻すことができる。これがあれば…エリスにも……。
「よし、では次だ!次はライリー!。お前に『星魔拳タウロス』を与えよう」
新たなるロストアーツを与えるため、授与式を続行しようとメルクリウスが声をあげた…その時であった。
「大変です!メルクリウス様!」
「っ!?どうした!」
ふと、壇上にメルクリウスの部下が駆け上がってくる。その声音と真っ青な顔がただならぬ出来事を予感させ、一時会場は正体不明の恐怖に包まれ静寂が漂う。
そんな中メルクリウスは部下の報告に耳を傾け…。
「実は…今回授与する予定だったロストアーツが…!」
「何?どうした!ロストアーツがどうした!」
『盗まれた…だろう?』
「ッ!?」
声が響く。聞きたくも無い文言が口にされる。ロストアーツが盗まれた…そう言った口の出所は掴めず、まるで反響するように会場に響き渡る。
「何者だ!」
『安心しろ、ロストアーツはここにある…そして盗んだ下手人も、な』
それは、会場の奥…集まった野次馬達の中。物々しい雰囲気に気圧され道を開ける野次馬達の中から現れる一人の男。傷だらけの漆黒のローブで体を隠す男が天に掲げるその手の中には…銀色の籠手が嵌められて…。
「っ!?あれは星魔拳タウロス!?貴様!何者だ!何故貴様がそれを持っている!」
「あれがタウロス!?え!?本当に盗まれてるんですか!?」
『いいや?タウロスだけじゃ無いさ。他のロストアーツもまた…ほらここに』
そう語る黒装束の男に随伴するように現れた四つの人影。それらの手の中には盾や銃 鞭や鎧…と、今日授与される予定だった武具と同じラインナップが広がっており。
…って、おいおい マジに盗まれてるの?。それってやばいんじゃ…。
「馬鹿な、あれらは全て極秘の保管庫に収納してあった筈。盗めるわけが…」
『後はそこにあるアーリエスを回収すればそれで終わりだが…折角だ、また敵対することになるのだから、改めて挨拶でもしておこうか?魔女の弟子達よ』
すると黒装束の男は四人の部下を引き連れ軍団の待ち構えるユグドラシル前へと悠然と歩き出す。小馬鹿にするように両手を広げ 盗み出したロストアーツを勝ち誇るように晒し。男はゆっくりとフードを脱ぎ捨て…。
「俺の名はメム…旧アルカナの幹部、No.12 刑死者のメムだ。貴様らに魔女大国に組織を滅ぼされた負け犬だよ」
漆黒の長髪 銀色の瞳、そして口元を覆う包帯を特徴とした人相の悪い男は自らをアルカナの幹部であると名乗るのだ。刑死者のメム…帝国で引き起こされたアルカナ掃討戦に参加しながらも唯一生き残ったアルカナの残党が今再び魔女大国を前に立つ。
「アルカナの幹部?、貴様…アルカナの残党か」
「残党?違う。俺こそがアルカナ…闇に紛れ再び戦力を集め直し、計画を練り直し貴様らに復讐するためだけに地獄の底から蘇った『新生アルカナ』が俺達だ。ここに集うたのは俺と志を同じくする新生アルカナに於けるアリエ…最高幹部の皆々様だ。諸君 挨拶を」
新生アルカナ…今、まさしく今アド・アストラがその行方を追いかけている筈の存在だ。それが最高幹部を率いて態々このアド・アストラの本拠地で自己紹介?イカてれんのかあいつら。
なんてドン引きする我々を差し置いてメムの背後に立つ四人はそれぞれフードを外し。
「漸くこの日が来たぞ!我が名は『邪星求道司祭』カース・ウィッカーマン!。我から全てを奪った貴様らへの燃え上がる復讐心が遂に今日!巨星すら焼き殺すだろう!」
星魔杖ウィルゴを仰々しく振り回す緑色の髪の女の子はイカれ切った瞳孔をかっ開いて牙を見せ笑う。というか…カース・『ウィッカーマン』?。
確かオライオンで暴れていた邪教アストロラーベの司祭の名がガーランド・『ウィッカーマン』…ということは奴は…。
「なんで態々この場で名乗らなきゃならねェんだよ。…アーはいはいやりゃあいいんだろ、ッたく。俺は『炎帝』のアドラヌス…、テメェらを殺せるなら後はドーでもいい」
ウゼェと舌打ちをしながら赤い髪を垂らす男は炎の刺青が刻まれた顔貌を晒し怠そうに口角を下げる。名を炎帝のアドラヌス…凄まじい魔力と共に奴の体からメラメラと溢れる炎が一層目を惹く。
あれは魔力変換現象…、特定の属性を極限まで極めた結果その属性と魔力が同一化してしまう事で発生する事象。旧アルカナの最高幹部 審判のシンと同一の現象を発生させる奴の実力の高さは言うまでもないのかもしれない。
オマケに奴の手には星魔鎌スコルピウスが握られており、ただでさえ強い魔力がより一層強力に感じられる。
「僕は『皆殺士』のトーデストリープ、久しいねメルクリウス…僕を覚えているかな」
「…………?」
「あれ?覚えてくれてない?」
黒い薔薇を何処からか持ち出し口に加える黒髪の美男子はニッと笑いながらキザったい笑みを浮かべ 手元の星魔銃カンケールを回す男は自らをトーデストリープと名乗る。
何やらメルクリウス様と因縁があるような口振りだが…当のメルクリウス様は全然認識してないっぽいぞ。
「ギシシシ、私は『大威山』のザガン!。世界を統べる大組織なんて触れ込みの割にゃあ弱そうなのばかりだねぇ!」
そして最後に名乗るのは最も大柄な人影。でっぷりと太った体を丸太のように太い腕で叩きブルリと全身の贅肉を揺らす。文字通り山のように巨大なその体は私がルーカスを肩車しても足りなさそうな程に巨大だ。
その手の中には星魔盾リブラが抑えめられている、…それ以外のロストアーツは全てメムに装着されており、アーリエス以外のロストアーツが全て向こう側にある。
完全に、ロストアーツを奪われている。
「彼ら四人を新たなるアリエとして俺が率いる。これこそが新生アルカナ…今度こそお前達を終わらせる組織の名だ」
最高幹部四人とそれを率いる新たなボスであるメムが名乗りを終え、静かにロストアーツで武装した手をこちらに差し出す。
「態々ここに顔を出してやった理由は一つ。全てのロストアーツの回収だ、大人しく引き渡すならこの場は引いてやろう」
「狙いは…この槍か」
全てのロストアーツを奪う為に態々ここに来たのだと語るメムを前に咄嗟に槍を隠すように構える。悪人に寄越せと言われてホイホイ渡してやるほど私は博愛精神に満ちていない。
「ハッ、見逃すだと?よく言ったものだ…私を前にして。寧ろ要求するのはこちらの方だ、ロストアーツを大人しく返せ、さもなくば少々痛い目を見てもらうが?」
メルクリウス様の声が轟くように地に響く。いつのまにか握られている白と黒の双銃を構えるその姿から発せられる天を砕くような怒気が辺りを包む。
メルクリウス様が戦闘態勢を取った。同盟首長であり 六王であり世界最大の富豪でありながら世界を救った八人の英雄の一人でもある彼女の気迫は、戦闘を生業とする筈の私よりも遥かに研ぎ澄まされている。
まじかこの人、商売と執政の傍 片手間で鍛えてこのレベルって…。
「ヒュー。見ろよメム、あれが魔女の弟子の気迫ってか?とんでもねぇな」
「君が言ったんだろうメム、勝算はあるのかい?」
「無論だ、あるから来た…」
「ほう、よく言う」
睨み合う壇上の上のメルクリウス様と軍団を前にするメム。既にメム達は軍団に包囲されている物の今この場に集うているのは新兵ばかり、実力者たる担い手達も今は丸腰…。
対するメム達は全員ロストアーツを保有している。数ではこちらが勝るが戦力ではちょっと分からないぞ。
「フッ、久しい戦闘だ。やるぞデティ!」
「うん!任せて!、ベンテシキュメさんも!」
「おう!堅っ苦しい式典なんざ飽き飽きしてたんだ。おまけに聞き捨てならねぇ名前を名乗る奴もいるし…久しぶりにやるか!?邪教執行!」
銃を顕現させるメルクリウス様と小さな体をピョンと跳ねさせるデティフローア様、そしてこの場で唯一第二段階に至っている二代目教皇ベンテシキュメ。そしてそれに追従するように担い手達も兵士達から臨時の武器を受け取り構えを取る。
や やらなきゃ、この場では唯一ロストアーツを持つ私がやらなきゃ。でないと期待を預けられた責任に応えられない!。
「私も!」
そうアーリエスを構え、メルクリウス様を守るように前に出た…その瞬間の事であった。
長髪の奥から覗くメムの瞳孔が見開かれ、ギラリと輝いたのは。
「『カプリコルヌス・エーテルドライブ』」
その言葉をトンとその場に置くように放ったメムの姿が…消え。
「ぐぅっ!!」
「ほう、凄まじい力だ…これがロストアーツか」
突如として腕を捻られ首を掴まれ空中に浮かび上がるメリディアの体。
メムだ、消えた筈のメムがメリディアの背後に…、いや違う。飛んだのだ、目にも留まらぬ速度で 誰にも反応出来ない速度で、足に装着した黄金の靴…『No.9星魔脚カプリコルヌス』の力で。
「ッ!?いつの間に!」
本来ならば帝国第四師団の団長に送られる筈だった星魔脚カプリコルヌス。別名最速のロストアーツ…と呼ばれるそれは遥か古の時代にも存在した最速の魔装であった。これを装着した者は一時的にとは言え最速の魔女プロキオンさえも上回る速度を叩き出した逸話さえある。
送り込む魔力の強さによって速度が変わるカプリコルヌス、これを装着しているメムの速度はこの場の誰よりも速いのだ。
「くっ!メリディアを離せ!」
「断る、俺達の目的は最初からこの星魔槍アーリエスだ…」
咄嗟に銃を向けるメルクリウスに応えるようにメムもまたメリディアの首元にナイフを押し当てる。撃てるものなら撃ってみろ…と言いたげな顔に、思わずメルクリウスも舌を打つ。
取られた…人質を。なってしまった、人質に。
「貴様…メリディアを殺してみろ、貴様も殺すぞ」
「はっ、出来るかな?今の俺にはロストアーツの力があるんだ。その力の強さはお前が一番わかっているだろう…な?」
「ぐぅっ!!」
メリディアの腕を更に捻り上げれば、悲痛に喘ぐメリディアの声が響く。メリディアの声を聞けばメルクリウスも止まるだろう、ここでメリディアを殺してでも発砲する覚悟をメルクリウスは持ち合わせていない…、いや 立場上実行することが出来ない。
「さて、メルクリウス。お前は元軍人だったな?ならば人質解放の交渉の経験は?」
「…………、その場に居合わせた事なら。担当した事はない」
「ならアドバイスをしてやろう。交渉とは『相手の譲歩出来ない最低ライン』を見極め、お前の『最低限の損耗』を口先で引き出す作業の事だ、当然間違えれば人質は殺す…イニシアチブを握っているのは俺だ」
「ッ…と言う事は何か目的があるのか?、アーリエス以外の」
アーリエスは既にメムの手元にあると言ってもいい。だと言うのに態々ここで危険を冒してメルクリウスを相手に交渉を仕掛ける必要性はメムにはない。ここでとっととメリディアを殺してトンズラできるだけの足をメムは既に獲得しているのだから。
ならばこそ、目的は別にある…そう踏んだメルクリウスの言葉に、メムはただただ妖しい笑みで答える。
「ああ、交渉は初めてらしいからここはサービスとして教えておいてやろう。俺の譲歩出来ない最低ラインは『No.12 星魔城オフュークス』の、最強のロストアーツの在処だ…これを聞き出せない限り俺はこいつを生かして解放するつもりはない」
「なっ!?」
それを聞いて驚愕するのはメルクリウスだけではないい、メリディアもだ。
No.12…それは終ぞ担い手が見つからなかったと言うロストアーツのNo.だ。それが如何なる姿形をして 何が出来て どういう存在なのか。その全てが極秘事項と言う名のヴェールに包まれている筈の『星魔城オフュークス』の名が…メムの口から明かされる。
「貴様…、その名を何処で聞いた!。それはアド・アストラの最高機密の筈…外部の人間であるお前が知るはずが…」
「だが事実として知っている。星魔城オフュークス…そしてその真の力もな。生憎既にその解放の方法も知っているし、術も手に入れている。後は場所を知るだけだ…さぁ、何処にある」
「言うわけがないだろう!アレは危険過ぎるんだ…。アレはもう我等には必要ない!既に解体の予定も入っている!貴様らに渡す事は…」
「ならこの女も解体していいな?。もう必要なさそうだしな…」
「ぅぐっ!」
メムのナイフがメリディアの首に切れ込みを入れ、赤い雫が地面に滴りか細い悲鳴が助けを求めるように木霊する。それはメルクリウスに思考させるには十分過ぎる材料…だが。
「やめろ!」
「とは言うが、在処を吐くつもりは毛頭ないらしい。こいつだけでは足りないか…。ならば」
キッとメムが視線を飛ばす先は、今アストラ軍が包囲している筈のアルカナ最高幹部の四人…。
「ハッ、ギブアップの合図だ、やっぱダメだったぜ。人質取ってあの女の口を割らせるなんて最初から無理だって分かりきってたろうによ」
「の、ようだね。メルクリウスは世界のトップに立つ女…部下一人人質に取った程度じゃあ難しいさ」
「ぬぬぬぬぬぬぅ!ならば致し方なし!邪教司祭としての力を見せるしかあるまいなぁ」
「あっはっはっ!最初からこっちの方が早かったんだよ!」
ヘラヘラと笑う炎帝アドラヌスと黒バラを投げ捨てるトーデストリープ。
邪悪なる髑髏仮面を被る邪教司祭カースと贅肉だらけの腹をドンドコ叩くザガン。
新生アルカナの四幹部が一堂に動くと同時に…。
「んじゃあ、ボスの言いなりになって暴れますかァッ!『スカーレットムスペルヘイム』!」
暴れ出す。炎帝の名の通り一撃で周囲を火の海にするが如く勢いで猛烈な豪華を放つアドラヌス、その炎の勢いに圧倒され兵士達の隊列が崩れ…。
「まずい!ここには…!」
イオが叫ぶ、そうだ ここには経験の浅い新兵しかいない。そもそも彼らをここに集めたのは警備課目的ではない。第一にこのアド・アストラの本拠地たる街がいきなり襲撃を受けることを想定していないが故にこの場には経験が浅く後方支援に回されるような奴しかいないんだ!。
「グヒャヒャヒャ!『ダークダムド』ッッ!!」
手元の星魔杖が煌めき、今の担い手たる邪教司祭カースに力を与える。奴が使った魔術は禁忌魔術の一つ 通称『邪闇魔術』と呼ばれる体系の危険極まる魔術だ。
発生するのは漆黒の霧、そしてそれを纏わりつかせる骨腕が二本。それがカースの腕の代わりのように彼女の肩からヌルリと伸びてくる。あれだ…あれが恐ろしいのだ。
「ぅぐっ!!な なんだ…これは!」
「ぅぎぃ…がががが!!??」
安易にカースに近づいた兵士が骨腕の鋭い一撃を喰らい吹き飛ばされると共に鎧と剣を砕かれ地面に転がる。それだけでもかなりの負傷ではあるが それ以上に恐ろしいのはその一撃に付随する効果。その効果によって兵士達はブクブクと泡を吹き苦しみに悶えるように必要以上に踠き続ける。
あれこそが邪闇魔術の真髄。あの魔術は『物質と非物質の双方に影響を与える』のだ、つまりあの骨腕は肉体を傷つけると共に魂にまで傷をつけ一時的に感情の作用を錯綜させる。
あの一撃を貰えば人は容易に正気を失い圧倒的狂気に苛まれ瞬く間に立ち上がることさえ出来なくなる。人間の根幹たる感情を破壊する悪夢の魔術…それこそがカースの得意とする邪闇魔術なのだ。
しかも、悪夢はそれに留まらない。
「イーヒッヒッヒッ!力を見せよ!星魔杖ウィルゴ!『エーテル・フルドライブ』!」
彼女の手に持つ星魔杖ウィルゴは女宮国ウィルゴの女王が用い、後に初代魔術導皇ゲネトリクス・クリサンセマムの手に渡り生涯愛用された大魔杖を模して作られたと言われる超兵器。
ウィルゴが持つ力は極めて単純。その名も『魔術の拡大及び拡散』だ。
「ほ…骨の腕が大きくなって…」
「あれがウィルゴの力なのか…!」
「ヒャーハハハハハハハ!!!全員地獄に落ちろォッ!!」
ウィルゴの持つ魔術の拡大を受け通常のそれよりも十倍程の大きさにまで膨れ上がった巨大な骨腕は一度に数百 ともすれば数千の敵を薙ぎ払って余りある程莫大な範囲攻撃を行う。おまけに振るわれるのは一撃貰えば即戦闘不能の悪夢の魔術。余りにも強力過ぎるコンボに兵士達は次々となぎ倒される。
「暴れるねぇなカース。ってかクソ危ねぇ、もっと加減しろよなッ!応えろ星魔鎌スコルピウスッッ!!『エーテル・フルドライブ』!」
体から溢れる炎獄を纏わせながら鎌を振り回すアドラヌスの腕前は並大抵の剣士を上回っており暴れ狂うような猛攻は他を寄せ付けない。
星魔鎌スコルピウス。探求の魔女アンタレスと凌ぎを削った蠍宮国スコルピウスの死刑執行人が使っていた超兵器を模したロストアーツ。その権能は『結合と分離』。
その鎌は如何なる物質さえも断ち切り、そして同化する。アドラヌスから溢れる炎と同化した鎌から放たれる斬撃な空間を切り裂き、その切れ込みに炎が入り込むことで一気に爆炎として燃え上がり まるで炎を統べる皇帝の如き戦闘能力を発揮しているのだ。
「ぐぁあああ!」
「熱いか!?熱いよな!?熱いって言えよ!でなきゃもっと!もっともっと!」
属性同一化現象。常に魔力が炎に変じ続けるそれは一種の呪いに近い状態であるにも関わらず、アドラヌスはその火を巧みに操り詠唱もなく炎の斬撃を振り回す。
「燃え上がれよ我が怨讐!全てを灰にするまで!」
燃え盛る火炎の中で狂気に笑うアドラヌスの影はまさしく炎の魔王…いや、炎帝か。
「『エーテル・フルドライブ』!星魔盾リブラ!私に力を貸しな!」
暴れ狂うのはアドラヌスだけではない、彼と同じく新生アルカナの四幹部が一人 大威山のザガンもまたその力を振るう。
彼女のあまりにも大きく野太い腕にギチギチに装着された銀大盾の名を『星魔盾リブラ』。かつて秤宮国リブラが自国防衛の為に作り上げ シリウスによって接収された防御型魔力武装。
内部には数百もの出力魔力機構が搭載されており、凡そ無限に近しい魔力を自力で生み出す力を持つ。圧倒的魔力生成能力によって生み出される魔力の波は、ある時は障壁として防御をある時は波濤として攻撃を行う。
それを振り回すザガンの暴れっぷりは宛ら雄牛の如く。
「行くよ行くよぉ!八卦良し!私を前にして残れるのは誰だい!」
「ぐぎゃぁぁあああ!!」
更にザガンの扱う武術。腰を低く落とし張り手を放つ戦闘スタイルから来る馬力は凄まじく
放たれる魔力波濤と同時に飛ぶツッパリは一撃で数十人もの兵士を吹き飛ばす。
「悲しいなメルクリウス。私を忘れてしまうなんて…なら、思い出させよう!『エーテルフルドライブ』」
踊る。黒の貴公子はクルリと身を棒にするように回り舞う。それと同時に放たれるのは魔力弾丸。星魔銃カンケールの弾丸が虚空を飛び交う。
かつて蟹宮国カンケールが一人の銃士の為だけに作り上げ、レグルスとの対決の後完全に破却された小型魔力砲台のレプリカたる星魔銃カンケールから放たれる弾丸は特別製だ。
「安心してくれ、私は依頼にない殺しはしない主義なんだ。ただただ痛い目を見てもらうよ」
カンケールに弾切れはない、カンケールに跳弾はない、カンケールに外れはない。
空気中の魔力と塵を吸収し放たれる弾丸は物理的障壁を全て貫通し、使用者の意思によって弾丸は高速で挙動を変える。アロー系魔術の原型となったと言われる魔弾魔術の応用たるこれを用いてトーデストリープは踊るように弾丸をぶちまける。
放たれた弾丸は兵士の肩や太腿を射抜き、命は取らないまでもその戦闘能力を次々と奪っていく。
ダメだ、相手にならない。並大抵の兵士では相手にもならない…ましてやここには魔装も無いし、ましてや今は…。
「やめろッッ!!」
「おっと動くな、メルクリウス…言ったよな。動くなと、他の奴らも同じだ…動くな」
「クッ…」
メリディアを人質に取られているから動けない。別にメリディアと傷つけられる軍団を天秤にかけてメリディアを取っているわけではない、ただ立場上メルクリウスはその決断を下すわけにはいかないのだ。
大勢の部下と民衆が見守る中、部下を見捨てる選択肢を選ぶわけにはいかない。
(だがこのまま静観を続ければ兵卒達も…)
傷つけられる軍団と人質に取られたメリディア、これを双方助けるには…メルクリウスが全てを救うには、言うしかない…星魔城オフュークスの在処を…。
「さぁどうするメルクリウス、そろそろ言わないと其方の兵団に死者が出るかもしれんぞ?それか…或いは俺の手が滑るか、ここで決めろ 星魔城の在処を吐くか!それとも部下を見殺しにするか!貴様に選べる選択肢はこのどちらかだけだ!」
抵抗も許されず、人質を取られ 部下を傷つけられ、その上黙って相手の要求を飲まなくてはいけない。その状況を作り出しているのは他でもないメリディアの不甲斐なさだ。
私が持つときちんとしていれば。
選ばれたのに結局これだ。
やっぱり私なんて、そんな後悔ばかり木霊する中、一つ…想う。
これでいいのか、と…。
「さぁ!選べ!メルクリウス!」
「クッ……ん?」
「どうした、吐くか見殺しにするか…どちらかを選ぶ気になったか?」
────空気が変わった。なんとなく…そんな印象をメムもメリディアも抱く。
「そうだな、選ばせてもらうよ」
刹那、メルクリウスが何かに気がついたように視線をあげる。選ばせてもらうと口にしたのはメルクリウスではない…、他の誰かが口にしたのだ。その言葉を。
それはメムの肩に手を置き、肩を握り潰さんが如き怪力で掴み…答えを叩きつける。
「『お前一人で死ね』それが俺の答えだ」
「ッな!?!?いつの間にッッ!?」
振り向けばそこにはメムの肩を掴む赤髪の男の姿…否、こいつは。
「ラグナ!!!」
「疾ッッッ!!」
それはまるで雷雲より放たれる閃光の如く、相手に一切の反応を許さず振り向いたメムの顔面目掛け拳が飛ぶ。
男の正体はラグナ。この場に居なかった唯一の六王にしてアド・アストラ最高戦力の一人。全世界の魔女排斥組織を虱潰しに壊滅させているアストラ本軍の総司令官たる彼が いつの間にやらメムの背後に立ち拳を振り抜いて居たのだ。
「ぐぅっ!!…もう戻ってきたか、ラグナ大王…想定よりも早く戻ってくることは想定して居たが、それよりも早いとは…」
「やってくれたなぁおい…よくも騙してくれやがったな」
ラグナに殴り飛ばされメリディアを解放しつつ吹き飛ぶメムは、くるりと態勢を整え地面に着地し…口の端から流れる血を拭い怒りの形相を向けるラグナを見遣る。
ラグナが今日この場に居なかったのは『新生アルカナ本部を発見し、そこに襲撃を仕掛けて居たから』だ。昨晩ようやく新生アルカナの本部と思われる地点を極秘に掴んでいたラグナはアストラ本軍を率いてそこに襲撃を仕掛けた、故に今日この場に居合わせることが出来なかったのだ。
とはいえ、ここにメムがいる以上その作戦が成功したとは言えない。…陽動だったのだ、本拠地にいくつかの魔女排斥組織を配備、守り固めさせアストラを釘付けにしている間に本部に襲撃をかける作戦により、ラグナ達主力は物の見事にこの場から遠ざけられて居た。
……ラグナが咄嗟にそれが陽動だと気がつかなければ、きっと…いや確実にメム達は目的を達成して逃げ果せていただろう。
「まさかテメェらの本部を囮に使うとはな。玉砕覚悟か?」
「フッ、本部など幾らでも移せばいい…肝心なのは目的を達成すること。そして私はこの場で目的の九割を達成した」
そう語るメムの手にはメリディアから強奪したと思われる星魔槍アーリエスの姿がある。銀色に輝く槍…それをメリディアの腕を捻り折って奪い取ったのだ。
「ぅぐ!ぅぅ…」
「メリディア!腕が…!」
「ごめんなさい…ごめんなさいデティフローア様…私、何も出来な…」
「今はいいよ!そんなこと!急いで治癒するね!」
「……なるほど、ロストアーツの回収が目的か。そしてそいつを今達成したと。おめでとさん、ここまでご苦労だったな、で?生きて帰れる算段はあるのかよ…俺達を前にして」
腕をへし折られ苦しむメリディアを治癒するデティを守るように立つラグナ…そしてメルクリウスとベンテシキュメ。担い手達も同じく戦闘態勢を取るとともに更に。
「おっと、おいメム。アド・アストラの本軍が到着したわ?ここに居る経験の浅い雑魚どもとは比較にならねぇ連中…流石にやばくないかい?」
一際大きなザガンが周囲を見回せば、傷つけられた新兵達と変わるように続々とユグドラシルから駆けつける別の兵達が現れる。ラグナが連れて帰ってきたアストラ本軍の面々だ。
こちらはキチンとした経験を積み、鍛錬を重ねた前線組だ。その強さと数は新兵とは比較にならない。そろそろ潮時じゃないかい?とやや怯むように口にするが…。
「ヒャーハハハハハハハ!!!知るか!全員殺せば同じだァッー!!!」
「そうだぜ!丁度いい!皆殺しにしてやるぜ!」
「あ!カース!アドラヌス!」
そんなの関係あるかと駆けつけたアストラ本軍に向けて突撃を繰り出す邪教司祭カースと炎帝アドラヌス。二人は黒い瘴気を待とう骨腕と獄炎纏う大鎌を振り回し 一人でも多くの被害を出そうと絶叫をあげる…しかし。
「『龍火絶閃」ッ!!!」
「んなっ!?」
ラグナの脇を駆け抜けて飛んできた斬撃によりアドリヌスの鎌が弾かれ空をクルクルと回る。刹那の間に舞う一閃…それは炎帝の獄炎さえ切り裂き…。
「これ以上好きにさせるかよ…」
「なっ!?どういうことだよ!?」
飛んできたのは先程まで静観したていた剣士…ルーカスだ。アジメクの主戦力たる護国六花の一人であるルーカスが一瞬の隙を突いてアドラヌスの手から星魔鎌スコルピウスを叩き落としたのだ。
「テメェ!この野郎!」
「焼け死ねやァッ!」
「ッ!」
即座に目的を入れ替えたカースの骨の腕の一撃を跳躍で回避すると共に返す刀でぶちまけられるアドラヌスの火炎を剣の一薙で斬り払い、地面に落ちた鎌を回収すると共に体を入れ替え…。
「受け取れ!ラグナ大王!」
「お?おう、って危な!」
星魔鎌をラグナの方に向けて投げ 奪われたロストアーツを一つ回収する。新兵が束になっても敵わなかった新生アルカナの幹部二人を相手に無傷でロストアーツを奪還し静かに構えを取るルーカス。
「す、すげぇルーカスさん…あの人あんなに強かったのかよ」
「流石…護国六花。性格はあれだって聞くけど…やっぱ頼りなるわ」
「フンッ…」
そんな新兵達の憧れの眼差しを受けても冷静に構えを取り直すルーカス。剣術に於いては騎士団長クレアに次ぐ腕を持つと言われる彼の姿をアドラヌスとカースは忌々しげに睨みつけ
「この野郎ォ…分かってんだろうなァ。俺達にこんな事してタダで済むと思うなよ…」
「ここで死にたいと言うならば殺してやろうぞ!」
「タダで済む?殺してやる?それはこちらのセリフだ。僕はコケにされるのが一番嫌いなんだよ…テメェらみたいな小悪党に好きにされて、みすみす逃してやるわけがないだろうが」
「ナイスだルーカス、ロストアーツが大漁ではしゃいでるのかもしれないが。その漁果は置いて言ってもらうぜ?」
そんなルーカスと並び立つように星魔鎌を部下に預け新生アルカナを見下ろすラグナ。既に人質も何もない…ここはアストラ本部、打つ手も逃げ道も無い。形勢逆転だ。
「チィッ!おいメム!テメェの持ってるロストアーツを一つ寄越せ!アイツら殺さなきゃ気が済まねぇ!!」
「断る、お前に預けたら折角手に入れたロストアーツがまた奪い返されそうなんでな」
「ンだと!!??」
「魔女の弟子が三人と神将や師団長数人…おまけに長引けばどんどん増援が来るか。何より今ここでラグナ・アルクカースの相手は厳しそうだ」
「へぇ、お前は案外冷静なんだな?。で?どうする」
冷静に周囲の状況を見極めるメムは、一度険しく何処かを睨むと…。
「ここは退却しよう。その星魔鎌は預けておく…だが、我々はまだ諦めていない。必ず手に入れてやるからな…星魔城オフュークスを」
「逃げられると思ってんのか。…全員ここでお縄だ!」
「いいや逃げるさ、まだ終われないのでね!。行くぞお前ら!退却だ!」
「致し方ない!」
「そうさねぇ!」
「チッ、あばよクズ共!『スカーレットムスペルヘイム』ッ!!」
アルカナの退却判断は速く、即座に踵を返しアドラヌスが押し寄せる波の如き巨炎を生み出し、その陽炎の中へと消えていく新生アルカナ達。
「チッ、逃すか…部隊を分ける!そっちは右から回り込め!そっちは左から迂回するように狩れ!お前らは正面から追い立てろ!。街の外へ繋がる門全てを閉鎖しろ!猟犬隊も出せ!必ず捕まえるぞ!」
そして追撃の判断もまた早い。ラグナと歴戦の軍団達は即座に陣形を組み立て街の中を疾駆し新生アルカナ達を追いかける。
そこにメルクリウスとイオとベンテシキュメ そして後から合流した軍団も加わり 瞬く間にアルカナ捜索隊が結成され、ステラウルブスを埋め尽くしていく。
そして…。
「大丈夫?メリディア」
「……はい」
取り残されたのはデティとメリディア…そして新兵達だけとなった会場にて、腕を治癒されたメリディアはただ溺れる様に悲しみに暮れ、吐き出す様に涙を垂れていた。
突如として巻き起こった一連の事件。アルカナが現れ襲撃を仕掛け、そしてロストアーツは奪われた。この場に集められた兵達にも被害が出てしまったし…何より。
(また…何も出来なかった)
ロストアーツを預けられる担い手に選ばれておきながら、やはり何も出来ず敵の虜になり危うく自軍の機密事項を敵に手渡す寸前まで持って行ってしまった。その上…預けられたアーリエスも一度として振るう事なく奪われた。抵抗も攻撃も…何もする事なく。
何も…何も出来なかった。
「凄いですルーカス先輩!あんな怪物達を相手に無傷でロストアーツを取り返すなんて!」
「俺!ルーカス先輩みたいな何かを守れる騎士になりたいです!」
「どうやったらルーカス先輩みたいに強くなれるんでしょうか!」
私と対照的なのはルーカスだ。ロストアーツを持たず 奪われたロストアーツを逆に奪い返した唯一の男。誰よりも早く判断し狙っていたかの様にアドラヌスの隙を突いての攻撃は見事の一言だ。
それ故だろう、皆ルーカスを褒め称え 新兵達はこぞって彼の元へ駆けつける。
「俺みたいになりたいのかい?、後輩にそう言われると嬉しいな。良かったら今度鍛錬を見てあげよう」
「本当ですか!やったー!」
取り残された新兵達はルーカスの誘いに喜び勇む。ルーカスは性格に難がある…とアジメク国内でも有名であるにも関わらず彼の元には数多くの取り巻きがいる。それはルーカスという男に純粋な魅力があるからだ。
実力もあり 確実に成果を出し おまけにハンサム。私から見ても人気が出るのは至極当然とも思える男だ。
…昔は逆だったのにな。運動神経のいい私とガタイの良いクライヴにルーカスが金魚の糞みたいに付き纏っていた。なのにいつの間にか立場は逆転…いやそれ以上になってしまった。
同期であり幼馴染であるルーカスの活躍が私の情けなさをより一層浮き彫りにする。消えてしまいたいくらい情けないよ…。
「いやぁ!見事だったよ!ルーカス君!」
「おや?、これは…ガニメデ大臣」
そんな人気者のルーカスのところには権力者も集まる。担い手の一人に選ばれていたガニメデ防衛大臣が手を叩きながら快活に現れ。
「皆の危機にいの一番に飛び出す勇気!悪を前に怯まぬ根性!何れも素晴らしいものだった!。僕も若い頃なら飛び出していただろうに…立場を得て腰が重くなるとは情けないッ !!君の姿勢に今一度己のあり方を学ばされたよ!」
「いえ、俺もガニメデ大臣のロストアーツを取り戻せて何よりです」
そういえばルーカスが取り戻した星魔鎌スコルピウスはガニメデ大臣に渡される予定のもだったな。と言うことは彼はコルスコルピの防衛大臣に借りを一つ作ったことになる…流石だ。
「いや!その件だが星魔鎌は一時君に預けることにした!」
「え?良いのですか?」
「ああ!、聞けば君の星魔剣は今何処にあるか分からない状態だと言う!そんな中僕がロストアーツを貰っても意味がない!。僕より果敢に立ち向かった君にこそロストアーツは相応しい!星魔剣が取り戻せるその日まで僕のロストアーツを使い給え!」
「これは…、いえ…有り難く頂戴します。ガニメデ大臣」
「ああ!さて!。僕達もアルカナの追撃に向かうとしようか!」
そう言うなりガニメデ大臣は自らのロストアーツである星魔鎌を預け他の担い手達と共にアルカナの捜索に加わっていく。ルーカスもまた受け取った鎌の調子を確認し こちらに一瞥もする事なく立ち去っていく。
ルーカスが立ち去れば新兵達も自分達にも出来ることがないかと持ち場を探し、デティフローア様やヘレナ様と言った捜索に加わらない面々は私に医務室に向かうことを命じ 本部の方へと消えていく。
後には私だけが残る。早く自分も捜索に加わらねばならないだろうに…動けなかった。自分のあまりの情けなさに。
「うっ…くっ…」
ただただ涙が溢れた、 こんなのじゃ…エリスと並ぶなんて夢のまた夢なのに。
「くそっ…くそっ」
悔しさに嘆き足を止めるメリディア。憧れた背は遠く 伸ばした手は空を切り続ける。何もなせずただただ不甲斐なさに嘆き続ける。そんな彼女を置いて世界は徐々に動き出す。
動きを本格化させ始める大いなるアルカナ、奪われたロストアーツ、陰りを見せる平和。
そして…。
「……涙、か」
一人泣き続けるメリディアを遠目で眺めるとある人影。
確かに動き始めた世界の真ん中で、メリディアはまだ…足を止め続ける。