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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
閑話 世界統一機構アド・アストラ
353/835

星伝その1.六王円卓議席


世界統一機構アド・アストラ。七つの大国が力を合わせて作り上げたたった一つの絶対統治。


絶大な組織力を誇り、武力でも商業力でも史上最強格の力を持つアストラは瞬く間に世界を塗り替えた。設立されてたったの三年で魔女大国非魔女国家問わずその殆どに支部が置かれ、各地に繋がる転移魔力機構…通称ポータルを配置しいつでも何処でも人員を送り込める体制を整え、その組織力であっという間にディオスクロア文明圏を事実上の支配下に置いた。


お陰で魔女大国は未だかつてないほどの栄華を手に入れ、魔女排斥組織程度の攻勢では小揺るぎもしない屋台骨を手に入れることに成功したのだ。



対する非魔女国家側はどうか?。彼等の風当たりは三年前より厳しいものになったと言えるだろう…。


シリウスの見せた夢…魔女大国への依存脱却を目指し。小国同士で盟約を取り決め、明確に魔女大国への敵意を見せその支配に終止符を打たせようと蜂起し始めた瞬間生まれたのがアド・アストラだ。


当初非魔女国家側の王達はこれを軽視していた。所詮魔女大国の中の一組織だろうと、それよりも魔女の動向を…と。そうこうしている間に世界は瞬く間にアド・アストラのものになってしまった。


まず見えない尖兵として送り込まれたマーキュリーズ・ギルドの経済的統治は不安定な非魔女国家の物資事情に突き刺さり他の非魔女国家と貿易同盟を結ぶよりも前に民間層に認知されてしまい、行政が非魔女国家から仕入れた品物を店頭に並べる頃にはみんながマーキュリーズ・ギルドで買い物をし マーキューズ・ギルドに金を落とし マーキュリーズ・ギルドと取引をしていた。


続いて非魔女国家を苛むのが『教育』だ。市場を完全にアド・アストラに牛耳られた後流れ込んでくる『教本』、これが問題だった。


コルスコルピのディオスクロア大学園監修の教本は識字率の低い非魔女国家に文字を齎し、数学の概念を教え 啓蒙を高めていった。これにより無知なる農民を率いていた行政は彼等の手綱を握るのに難儀し始め。剰え教科書の中にふんだんに盛り込まれていた魔女崇拝の観念や魔女の正当性を説く文言が民間に浸透し魔女への敵意が薄れ始めていったのだ。


時間をかければかけるほど、民間層の魔女への崇拝は増し 世代交代する頃にはアド・アストラから仕入れた品物で育ち魔女大国の教育を受けた子供達が 行政の中枢を担っていくだろう。


最後にのしかかったのがなんと言っても『武力』だ。


比較的武力の少ないエトワールに対し宣戦布告を仕掛けた非魔女国家がいた。シリウスに続き魔女大国に攻撃を仕掛ける事でその存在感を増幅させようと企んだ非魔女国家が居たのだ。


商業と教育を抑えられ、もう時間的余裕のなくなった非魔女国家はエトワールに侵攻を開始し度重なる忠告を無視してその領土に踏み入り……。


そして数日の間に軍勢は壊滅させられた。


エトワールに在中する軍は確かに他の魔女大国よりも虚弱だ。だがそれを守るように飛んできたのがアド・アストラだった。


転移魔力機構─ポータルにて即座に移動してきたアストラ軍の強さは異次元の段階にあった。アルクカース人の指揮官がデルセクトの最新鋭の兵器を手にした多国連合を率い、アガスティヤの絶対強者がアジメク軍のバッグアップを受け一騎当千の活躍を見せ…、戦いは戦いと呼ばれる前に終わった。


並大抵の非魔女国家では最早相手にならない。魔女排斥組織なんかは尚更勝負にもならない。アストラの練兵技術は凄まじく 一兵卒でさえ恐ろしい強さを秘め、剰えこの三年で台頭した強者も現れ 中には第二段階に到達する者も大勢現れた。


武力でのアド・アストラの打倒は最早不可能と知らしめた頃にようやく非魔女国家は悟った。


この世界は既に魔女のものではない、アド・アストラのものなのだと。



「よもやこれまでか…」


失意に沈む老父の言葉が重苦しく室内に垂れ流される。がっくりと項垂れる肩から滲み出る失望と絶望は世の無常を憂うが如くただただ冷淡にそこにある。


この場は玉座の間、アルクカースとデルセクトに挟まれるように存在する『ポリプス王国』の中央都市オクトパルに存在する王城の中でも最も絢爛な空間である。


そしてそんな絢爛な空間で肩を落とす老父こそがこの国の王ディラン・ポリプス。長きに渡りポリプス王国を統率してきた老王であり、その巧みな手練手管と禿げ散らした頭をして『蛸手王』の異名を持つ彼が今…失意のどん底にあるのだ。


「抜かったか…この儂が見誤るとは、アド・アストラ…恐るべし」


彼は野心的な王だ、隙あらば周辺諸国を統括しポリプス王国を大国へと押し上げんと若き日より他国の王と化かし合いを演じたこともある程にやり手の王だ。


そんな彼にとって魔女大国は目の上のコブ。故に彼もまた魔女に反感を持つ者の一人でもあった、三年前の魔女排斥の流れに乗って少しでも魔女大国から力を奪い取ってやろうと画策していた者の一人なのだ。


その為に触りたくもない他国の王の手を取り握り、今まで進めてきた他国侵略計画を全てひっくり返して周辺諸国と連携して魔女大国に対抗するだけの力を蓄えようと奮起してきた。


だが、その結果がこれだ。


「王よ、民からまた苦情が…」


「流石にマーキュリーズ・ギルドの立ち入り禁止は踏み込み過ぎたのでは…」


「分かっておる…分かっておるのだ」


彼は見誤った。新たに生まれた組織 アド・アストラをただの新興組織と見誤った。その力と手の長さを見間違えた。ディランが魔女対抗連合を作り上げることに躍起になっている間に…一瞬にして足元を掬われた。


マーキュリーズ・ギルドは気がつけばポリプス王国の民間層に深く深く受け入れられており、王国の経済に大打撃を与え まるで触手のように絡め取り何もかもを取り上げられていた。


まずい!と思い手を打った時には既に遅く、民間人は王国ではなくギルドの味方をし反乱が起きるまでに至ってしまった。


そちらに気を取られた瞬間、今度は手を結んでいた他国もあっという間に瓦解しアド・アストラの手中に落ちた。商業において無類の強さを持つデルセクト人が無限の富と無数の資源を手にした時点で小国では太刀打ちが出来ないのだ。


足元は抑えられ、手を結んでいた小国もいつの間にか意気消沈し、反魔女の旗本たるディランは四肢をもがれたに等しい状態にまで貶められ今に至る。


全てはアド・アストラの爆発的な拡大を読み切れなかった己の不手際を悔やむ限りではある。だがそれでも恨まざるを得ない…アストラを、アストラの手綱を引く者を。


「ディラン王!参られました!」


「来たか…、通せ」


兵士が叫ぶ、やや恐怖に引き攣った声で玉座の間に来たるそれの到来を伝えればディランもまた襟を正し玉座に座り直す。


来るのだ、今からここに。ディランが全てを失う要因になった…その根源が。


「め…メルクリウス同盟首長様!ど…どうぞ、お入りくださいませ」


「ふむ、新兵か?君は、あまり緊張するな…所詮は外様の客人。恭しくする必要もあるまいよ」


威厳ある声が響く。ディランよりも何倍も若い声が響く。されど何をも屈服させるその女の声は瞬く間に玉座の間に染み渡り 扉が開かれると共にその威容を露わにする。


「お初にお目にかかります。ポリプス王…今日は謁見をお許しくださり 感謝の至りです」


「お前がメルクリウスか…存外に…」


若い、あまりに若い。未だ齢を二十とそこそこの女がそこらの王では醸し出せない威厳と威圧を放ちながら現れる。


青い髪を肩口で揺らし 青い瞳をギラリと尖らせ 漆黒の軍服を着込むはこの世界の新たなる支配者の一人にして大国デルセクトの女首長。


その名もメルクリウス・ヒュドラルギュルム。栄光の魔女の後継者でありマーキュリーズ・ギルドの元帥でありアド・アストラを統括せし六人の王…六王円卓議席の一人。それがなんとも厚顔にも玉座の間を我が物顔で歩く。


こいつだ、こいつの所為でディランは半生をかけた計画を潰され敗北者へと追いやられのだ。


「そう敵意に満ちた目をしないで頂きたい。私も…今日は友好を示す為にここを訪れたのだから」


そう手で制するのはディランの敵意に満ちた視線にまた敵意で返すメルクリウスの部下たち。彼女が背後に引き連れる三十人そこらの一団が持つ武器と実力は完全にこの城の戦力を圧倒している事が一目見ただけで分かるほどに圧倒的な気配を放つ。


あれがアド・アストラの戦力か…、たったの三十人足らずでこの城を制圧出来そうな奴らが向こうには一千万規模で所属しているというのだからもう武力での抵抗は無意味である事がありありと伝わってくる。


そして、それを引き連れるメルクリウス自身もまた…凄まじい魔力だ。これがアド・アストラか…。


「よもや、それ程の若さで…これほどの大業を成すとはな、流石は魔女の跡取りか」


形だけでも威厳を取り繕いながらディランは口にする。メルクリウスの齢は未だ若造の域にある。だがその威圧の重厚さはどうだ?その存在感の強烈さはどうだ?。なんて重たく分厚い気配なんだ…策謀家として各地の王と面と向かってやり合ってきたディランでさえ手に負えない程のカリスマ性を持ち合わせた人間がこの若さで大成するとは。


「ええ、我がマスターは私をよく鍛えてくれました。魔術の腕も…為政者としての手腕も。この道の先達たるポリプス王からもお墨付きを頂けたことを帰って我がマスターに自慢せねばなりませんね」


「吐かせ…女狐め」


見え透いたおべっかを言われても嬉しくない。事実ディランは目の前のこの女に完全敗北したのだ。


見事だった、我々が魔女大国に反抗する連合を組み上げようとしていることを即座に察して武力では無く財力で絡め取ったその手腕。どうすれば人が屈しどうすれば相手が膝を折るのかを熟知したやり方…、そしてそれを実現させる腕前。


どれを取ってもディラン以上の物だ。狡猾で知られたこの儂さえも見事に騙し欺き隙をついたやり口を知り得るこの女を称するなら…女狐と呼ぶしかあるまい。


「フッ、言ってくれる…。だがこうして私をここに招き 私との会談を受けたという事は、そちらが用意出来る答えは二つだけだろう?」


するとメルクリウスは無防備に玉座に近寄り…。


「まず一つ、基本的にはオススメしていないが武力によって我々に徹底抗戦する構えを表明する事。それを私の前で宣言すれば…まぁどうなるかは言うまでもないだろう」


「くっ…」


「そしてもひとつは、私とここで手を結び…貴方が企てている魔女排斥運動を取りやめ…我々と共に歩む道を選ぶ事。我々の目的は侵略でも征服でもない…一人でも多くの人類の安寧だ。それは魔女大国外の人間も変わらない」


今日ここにメルクリウスを呼んだのは、いや メルクリウスの到来を許したのはディランの活動に区切りをつけさせる為。


周辺諸国の気を削ぎ、民間の支持を奪っても、ディランが反抗の姿勢を示し続ける限りディランの活動は止まらない。詰まる所メルクリウスはここにチェックメイトの宣言をしに来たのだ。


ここでディランを落とせば全て終わる。そしてディランにはもう打てる手がない。もう悪足掻きの時間は終わりだと…メルクリウスは言いに来たんだ。


つくづく老獪な女だ。答えなんて分かっているだろうに…態々ここに来て返事を聞きに来るとは。


「…分かっているはずだ、最早儂に出来る事はないと」


「ええそうです、だが…ケジメとして必要なんでな。お前が秘密裏にマレフィカルムと接触していた事は知っている。そこを見過ごす訳には行かんのでな」


「くっ…」


事実であった。というか当たり前の事だ。肉が欲しけりゃ肉屋に行く 魚が欲しけりゃ魚屋に行く、それと同じく魔女と敵対するなら魔女と敵対しているマレフィカルムに助けを求めるのは当然の帰結。


魔女排斥機関マレウス・マレフィカルム。半ば犯罪組織に近く表立って活動するのは皆テロリストのような奴等である事はディランとて承知の上だった。その上で協力を申し出て対アストラ用の戦力として使ってやろうと画策し接触を図っていたのだ。


そこが、メルクリウスの不興を買った。というよりアド・アストラが動く大義名分を作ってしまった。


「アド・アストラは飽くまで魔女排斥機関の横暴から魔女世界を守る為にある。なればこそ、その跋扈を許容し受け入れる姿勢を見せたお前を…野放しには出来んのだ」


「……儂を殺すか?」


「その前に聞きたい、マレフィカルムと接触した結果どうなった?奴等からの返事は?」


「無い、最初は儂の支援を当てにして木っ端のような組織…いや。あれは組織とも呼べない烏合の衆だな。そういうのが集まりはしたがアド・アストラの手がこちらに伸び始めるなり逃げていったよ。あんなのを頼った結果がこれとは…高くついたものよ」


「なるほど、まぁ奴らは狡猾だ。特に大組織と呼ばれる面々は巧みに影に潜む…、まぁいい 次いで質問だが。この国を訪れたという組織の中に…『逢魔ヶ時旅団』の名はあったか?」


「逢魔ヶ時旅団?…いや、無いが?」


「そうか、ならいい」


逢魔ヶ時旅団の名はディランも知り得ている、というより本当は逢魔ヶ時旅団を招致するつもりだった。


魔女排斥機関の中で随一の力を持ち、その上で唯一外部からの戦闘依頼を受け入れている傭兵集団だ。金さえ積めば特級の戦力を寄越してくれるというその組織に接触を図ったが。


『今は大切な時期なので休業中』との答えが返ってくるばかりで終ぞこの国を訪れる事はなかった。彼等が休業するなんて話聞いたこともないが…。


「ともあれ、お前がこれ以上魔女排斥機関との関係を持つようであれば我々もこの国とお前を危険な存在として認識し、それなりの対処をしなくてはならない…」


「…………」


「そこで我々はお前に問う。我々がお前に与えられるものは二つに一つ。一つは安寧…魔女排斥を諦め我々と共に歩み利益を生むならば安寧を約束しその庇護下に入れることを約束する」


「もう一つは?」


「血だ、我々に血を流させる権利をやろう…ただしその場合は貴様らも相応の準備をしろよ。或いは我等の流す血以上の流血があるやもしれんからな」


詰まる所選べる選択肢は一つだけ、恭順…でなければ死。


脅しだ、或いは予言足り得る忠告か…。ここでディランが反抗の意思を見せれば 即ちアド・アストラの敵と見なされこの国は攻撃を受ける。兵を率いて向かってくるならまだやりようはある…だがきっと、そんな生易しいものではないのだろう。


計略と謀略と財力と影響力を使い、気がついたらこの国の玉座に別の人間が座っている、次に座るのはアド・アストラに都合の良い人間。そんな幕切れになるのだろう。


「……手を、取ってくれるな?ディラン」


「ッッ……」


目の前に差し出される手はディランに一層の敗北感を実感させる。されどこの身には変えられない…負けた王に許されるのは。


「分かった、手を打とう…」


そう口にし、この提案を飲む事。魔女の傘下に加わり その口の中に入る事。それ以外にないのだ。


これは侵略ではない。これは征服ではない。これは単なる意思の確認…双方に敵意があるかどうかの確認、ポリプス王国がアド・アストラの下に居ることの確認に他ならない。


「その答えが聞きたかった。ありがとうディラン、悪いようにはしない」


「ああ…」


「まず差し当たってマーキュリーズ・ギルドの立ち入りの許可とこの街にアド・アストラの支部を建設することの許可を頂きたいが…よろしいか?」


「答えなど聞かなくとも分かろう…」


「そうだったな。ではそのように…私は帰らせてもらう」


軽くディランの手を握った後 メルクリウスは颯爽と踵を返し、清流のように青い髪を羽ばたかせディランに背を向け去っていく。


まるで全て終わったかのような物言いだ。まるで用はそれだけだと言わんばかりの物言いだ。


だが、ディランからしてみればこれは人生最大の屈辱だ。何せ彼は半生をかけて魔女支配からの脱却を目指してきた。大国主義を振りかざし まるで他国さえも民のように扱う魔女達の支配はポリプス王国を酷く歪める。


時に魔女大国の事情に振り回され、時に魔女の状態に左右されるのはもうごめんだ。そう思い立ち上がってより数十年、魔女の支配を振り切ればこの国はきっと良くなると信じ続けて数十年…その苦労が全て水の泡になったのだ。


それも、魔女でもないこんな小娘の所為で…。


(侮るなよ…女狐)


故にディランはメルクリウスの背中を見送るフリをして後ろ手に持った短剣を抜く。ヌケヌケとここに頭領が来るとはなんと間抜けなことか。


ここでメルクリウスを刺し殺す。そうすればディランはアド・アストラに消されるだろう…だがそれでもアド・アストラの支配に亀裂を入れることが出来るなら、十分だ。


今、メルクリウスから護衛は離れている、今なら殺せる。そう予め決めていた覚悟を再び確認しディランは…。


「やめておけよディラン」


「ッ……!」


「今日連れてきた護衛は…こう言ってはなんだが単なる演出だ。数を連れて威圧する為だけに連れてきた。それがどういう意味か分かるか?」


「な…何を…」


「私とて魔女の弟子。護衛など無くとも…貴様も含めてこの城の全てを消し飛ばすだけの力はある。そして、刃を向けられれば私とて黙ってはいない…やめておくんだ」


「う……」


そうだ、メルクリウスがアド・アストラや魔女大国から絶大な支持を集めているのは何も彼女が世界一の大富豪だからでも絶対的な権力者だからでもない。


彼女は『八大英雄』の一人なのだ。魔女大国内で彼女は世界を滅びから救った八人の英雄の一人として讃えられているんだ。その真偽は分からないが 少なくとも魔女が行なった大偉業と同程度の事を成し遂げた彼女の実力は…魔女大国の最高戦力クラスだとも聞く。


たった一人で非魔女国家を潰せる最高戦力クラス…それを相手に背後を取って小刀一本で刺し殺せるか…。それは…答えるまでもない。


「ぐっ…うぐぅ!」


「受け入れろ、これが今の世界だ…。行くぞ お前達」


「ハッ!メルクリウス様!」


崩れ落ちるディランを放置しメルクリウスは部下を引き連れ立ち去っていく。今ディランとメルクリウスの間にあるチェス盤は最早覆らない所まで来ている…それをまざまざと見せつけられたディランは。


「クソォッ!女狐…いや 悪女めぇ!」


そんなディランの捨て台詞が、ただただ玉座の間に響き渡った。


これが、今の世界だ。これがアド・アストラの支配だ。


ポリプス王国での出来事は何も特別なことではない。こんな事が今世界中で起こっているのだ。アド・アストラに逆らおうとする全てが今踏み潰されているのだ。


ディランが魔女への反抗が国を良くすると考えたように。メルクリウスもまた…この支配こそが世をより良い物にすると信じて邁進を続けているのだ。


全ては…あの日、友と守った世界を守り続けるために。


……………………………………………


三年前、突如として巻き起こった戦い。シリウスと名乗る存在が大国アジメクの皇都に侵攻を開始した大事件。それによって魔女の絶対性は揺らぎ 同時に危機感を覚えた大国達によりアド・アストラが結成された。


そんな世界の転換点となったあの日、もう一つの大変化が発生していた。


それはアジメクそのものの変革だ。皇都に攻め入られ その象徴たる白亜の城は跡形もなく消し飛び、少なからぬ被害を被った皇都。


その残骸の中で、白亜の城の城主デティフローアは国民に対して宣言を行った。


この街をアド・アストラの本部にすると…、その宣言によって…皇都は生まれ変わった。



今現在のアジメクの中心に存在する世界一の広大さを誇る街、かつて皇都と呼ばれたそれは今別の…そして新たなる名前を名乗り生まれ変わっている。


その街の名を『アド・アストラ本部』、またの名を…。


『星見の都 ステラウルブス』


全ての魔女大国の力が集う、史上最大の都市の名だ。



その街を目にした者は皆口を揃えて『まるで未来の都だ』と口にする。かつて風光明媚な煉瓦造りの家々が広がっていた街の景色はもうどこにもない。


今、この街は白一色の美しい四角形の家屋が等間隔に並ぶある意味統率の取れた形に様変わりしている。エトワールの有名な美術家がデザインしたそれは 単色であるにも関わらずどこかうっとりするような美麗さを醸す。


いや、手を出したのはエトワールだけではない。この街の建造には全ての大国の力が集結している。


エトワールのデザイナーがアルクカースの防衛学とコルスコルピの知見を得て設計し。オライオンの伝統的な建造法により強固に作り上げられ、デルセクトとアガスティヤの技術を詰め込みこのアジメクに作られている。


「はい、いらっしゃいませ、こちらポータルステーションになります。どちらに向かわれますか?」


「んーと、エトワールの方に仕事で…」


街の一角に作られた巨大なドームが存在する。そこには今日も数多の旅装の人間が革鞄片手に受付人に国を指定する。


このドームの名を『ポータルステーション』。全世界に配置されているアド・アストラ支部内部に設置された転移魔力機構と繋がっており つまり世界中に一瞬にして向かう事ができる施設だ。


この施設の登場により世界は繋がったと言える。アジメクに住まいながらコルスコルピのディオスクロア大学園に毎朝通学することさえ出来るこの施設のおかげで旅は格段に容易いものになり。今日も旅行者が絶えず訪れる。


受付で身分を証明して受け取ったチケットに書き込まれた個室のポータルを使えばあら不思議。たったのそれだけでアジメクからエトワールへと瞬く間に移動する事が出来るのだ。


徒歩で向かえば何年かかるか分からない距離でも、アド・アストラ及び魔女大国に属する者ならこのポータルを利用して何処にでも行けるし、どこからでもステラウルブスへと急行する事ができるのだ。


「わぁここがアジメク…星見の都ステラウルブスかぁ。まるで夢みたいな景色だあ」


そしてそんなポータルステーションから続く街の大通りにはこれ見た圧巻の景色が広がる。


無数に連なる店々はどれもマーキュリーズ・ギルドにて世界中に出店している名店ばかり。訪れて手に入らない物は無いと豪語する帝国のロングミアドの塔さえも上回る品揃えの数々…サービスの数々がそこにはある。


大通りに取り付けられた光源街灯型魔力機構により夜になれども眠る事ないこの街はそれこそ果てし無く続く。


元々世界トップクラスの面積を誇っていた皇都をそのまま流用して作っただけあり、このステラウルブスは生身の人間がトコトコ歩くには広過ぎる。


しかしそれをカバーするように小型のデルセクト機関車が都内を走り回りあちこちに取り付けられた駅へと案内する仕組みになっており、街の中限定で走る機関車が存在するのは現状どの街を探してもここだけだ。


とある学者は口にした。『今から数百年先の未来であっても、この街は未だ最先端と呼ばれているだろう』と。それ程までに技術の粋を掻き集めて作り出されているのだ。


そして…この街の中央に屹立するは新たなる象徴。


跡形もなく消しとばされた白亜の城の跡地に建立されたそれを見た人々はそれを『銀の剣』と形容する。


地面から真っ直ぐ突き出た白銀の剣…ではなく大塔は天を支えるほどに大きく長く高く空へと続く。


地上二百階層 地下百五十階層、トータル三百五十のフロアによって形成される史上最大規模の塔。魔女の助力もあって僅か半年程で打ち立てられたこの塔こそがアド・アストラの本部。


その名も『白銀塔ユグドラシル』。全世界を支えるアド・アストラの総本山にして魔女世界の守護者の巣窟である。


内部には様々な研究施設や開発局。居住区画から生産エリア 練兵場とこの塔だけで自己完結できるだけの物が全て詰め込まれている。


「………………………」


そして足音が響くのは一般入場が許可されず、通常の方法では到達出来ない地上百九十階…の更にその上。最上階付近の百九十八階の廊下だ。


黒一色で染められながらもラインのように伸びる白い光源に照らされる足元を確かな足取りで歩み続けるそれは、青い髪をたなびかせ 廊下の奥の扉を触れることなく開き…。


「戻ったぞ」


「あ、メルクさーん!おかえりー!」


百九十八階…別名『六王の間』。アド・アストラの全権を委任される六人の統治者が会議を行う為の場であり、今この世界を巻き込む巨大な激流の中心地でもある。


六王の間は部屋そのものが七角形に分かれており、それぞれ『アジメクの花畑』『アルクカースの剣の山』『デルセクトの富』『コルスコルピの歴史』『エトワールの白雪』『アガスティヤの荘厳』『オライオンの神殿』を模した姿形をしており、ある種の混沌を思わせる七つの光景が折り重なる接点たる部屋の中心には 漆黒の円卓が配置されている。


円卓に席は六つ。そこに座る事が許されているのは六人、それこそが『六王』。魔女大国の国王達だけで構成されたアド・アストラ全体の舵取りを行う最高司令官達だ。


「すまんな、軽く所用を済ませて来ようかと思ったが…殊の外時間がかかった」


言い訳がましく軽く笑い、部屋へと訪れたメルクリウスが向かうのは円卓の一席だ。


既に円卓には合計四人の王達が座り集っており、それぞれが皆 メルクリウスを迎え入れるように視線を向ける。


「君は本当に精力的に動くな、メルクリウス。ここ最近休養を取っていないと聞くが…体の方は大丈夫なのか?」


そう口を開くのは六王の一人、探求の大国 学術国家コルスコルピを率いる『賢王』イオ・コペルニクスだ。


アド・アストラという巨大な組織の総司令官たる六王の一人に任命されてより益々国王としての威厳と風格を得た彼は礼儀正しく衣服をきっちり着込み、髪を七三で分け、書類仕事が増えたことにより着用を始めた黒縁のメガネを指で直す。


「問題ないさイオ。このくらいで参る私では無い」


「メルクリウスさん、貴方は本当にお強いのですね…。ですが我々にできる事があるならば その背中に背負った重荷のかけらでも共に抱える事をお許し頂きたいです」


席に座り込むメルクリウスを見て慈愛の微笑みを浮かべるのは、同じく最高司令官…六王の一人、閃光の大国 美しき国エトワールを率いる『微笑みの女王』ヘレナ・ブオナローティ。


玉座についてより未だ数年。特出した才能も才覚も持たない物の常に公平足らん・誠実足らんとする精神はアド・アストラの運営にも多大な影響を与えているといわれる。


「ヘレナ…、君はもう十分背負っているさ」


「いえ、私ではまだまだ…」


「まぁメルクさんが働き過ぎってのは同意するかな。倒れたら元も子もないからね」


「そう言ってくれるなデティ。大切な時期なんだ…」


やや不満げに口を開く、メルクリウスの友だからこそ小言を言う。メルクリウスと同じ魔女の弟子であり学生時代を共にした数少ない朋友、そしてこのアド・アストラ設立のきっかけになった人物は花畑生い茂るアジメクの壁紙を背に円卓に手を乗せる。


友愛の大国アジメクと魔術界を統べる『魔術導皇』デティフローア・クリサンセマムはジトッと席に座るメルクを見つめる。


「ポータルが完成してからと言うもの。毎日各国に移動して仕事をして、移動の間も仕事して…、私は心配だよメルクさん」


「…………」


多忙具合ではデティもどっこいだとは思うが、どうにもデティにこうして責められると弱い。彼女がこうして懇々と相手を責めるのはなかなかに珍しい…それだけ大真面目と言うことか。


三年前から相変わらず背丈は伸びておらず、一種の不老のようにさえ見えるデティもこの三年で威厳だけが肥大化している気がするなぁ…。


「わかった、善処する」


「うん、よかった!。じゃあそろそろ六王円卓会議を始めようか」


こうしてそれぞれが多忙を極めるメルクリウス達六王が一堂に会するのは一ヶ月に一度開かれる六王円卓会議のみ。なのだが…。


「あの、デティ?ラグナの姿が見えないようだが?」


今この場に揃う六つの円卓のうち、ただ一つだけが空席となっている。


アルクカースを統べる『戦王』ラグナ・アルクカースが不在なのだ。いい加減ではあるが無責任では無い彼がこうして遅刻すること自体かなり珍しい気がするのだが…とメルクリウスはデティに問いかけると。


「ラグナは遅刻するって事前に連絡が来てるんだ。なんか気になる話を耳にしたからそちらを先に確認しておきたいってさ」


「ラグナが?。六王会議よりも優先する程の事なのか?」


「さぁ?」


今、ラグナがアド・アストラ内部にて背負っている責務はアストラ軍全戦力の統括…つまり軍部の頂点に立ち魔女排斥組織と戦う役目を背負っているのだ。


そんな彼が気にする…と言うことは魔女排斥関連で何か動きがあったのか?。だが私の方には何も報告が…。


「気になるな…」


「気になるけど、その気になる内容は後ほどラグナが持ってきてくれるだろうから今は会議を進めましょう。みんな忙しい中来てきてくれているわけだしね」


まぁラグナが自分に構わず先に進めてくれと言ったのはそう言う意味合いもあるだろう。六王円卓会議はアド・アストラ全体の動きや方針を六王で共有して各国の動きに指向性を持たせる役割がある。これが無ければアド・アストラは纏まらない…。


何よりも優先すべき役目、故に我々も多忙の中に穴を開けてこうして本部に顔を出しているわけだしな。世間話で長引かせられんか。


「わかった、始めてくれ」


「はいはーい、ではまずー!とその前に。えー 皆さんに報告があります」


六人持ち回りで行なっている会議進行役 今回はデティ担当ということで事前に預かった書類を片手に椅子から立ち上がり…と言っても頭の標高はあまり変わらないが。ともあれ立ち上がり彼女は我々の方を見やり。


「今日、六王円卓会議に参加してくださっているオライオン代表のゲオルグさんからお話があるそうです」


「老師から?」


そう告げられ皆の視線が一斉にオライオンの代表…現教皇代理のゲオルグ老師に向かう。


…オライオン代表はゲオルグ老師だ。と言うのも彼が六王の椅子に座った経緯には少々ややこしい問題があってだな。


元来オライオンの統治者はテシュタル教皇だ…つまりリゲル様こそが六王の一人としてあの椅子に座るべきではある。だがアド・アストラの組織理念の一つが『魔女に頼らぬ統治』である事とリゲル様が三年前のあの日教皇の座を退いた事からオライオンの代表者が一時的に不在になってしまった。


一応オライオンにも聖王なる王族はいるが、半ば形骸化しており統治経験も殆ど無い人間には任せられない。


となると新たな教皇を立てるしか無い。となった時白羽の矢が立ったのはリゲル様の弟子であるネレイドなんだが…。


ネレイドの奴…よりにもよって教皇に就任するのを激烈に拒んだのだ。自分には出来ない 私は将軍だからと絶対に首を縦に振らず。仕方なくその時テシュタル教に於けるNo.2の立ち位置に立っていたゲオルグ老師が一時的に教皇代理の座に就き。こうして六王となったのだが。


「……老師?」


「ふぁ?…」


オライオンの椅子に座るゲオルグ老師は気の抜けた声で耳を傾ける、近頃はすっかり耳も遠くなり歯も髪もどんどん抜け落ちている。三年前はあんなにも精強だったと言うのに…今や車椅子がなければどこにも行けぬほど腰も弱ってしまっている。


三年前の戦いにて カルステン殿と同じく一時的に若返りの法を使った代償か。身体に激烈に負荷がかかり老化が進んでしまったらしく…、ゲオルグ老師がこの有様であるが故にオライオンの六王は半ば機能していないに等しいのだ。


「ゲオルグさーん!報告があるんでしょうー!」


「あ?…ああ、そうだったな…。いや…儂も近頃はすっかり老いさらばえてなぁ、耳と腰も既に使い物にならん。いつ頭の方にも来るか分からぬが故に…そろそろ教皇代理の座を降りて正式に教皇を立てようかと思ったのだ」


以前にも増して垂れ下がった顔の皺を揺らしてゲオルグ老師は語る。つまり…完全に現役を引退するとの話だ。まぁ無理もないか と言う感想よりも最近はこの老齢たるゲオルグ老師に六王の多忙さを押し付けることに引け目さえ感じていた。身を引くと言うのなら止めないほうがいいだろう。


「つまり新たな教皇が誕生すると言う事ですね」


「ふむ、数千年の歴史を持つテシュタル教に新たなる教皇が…。時代の動きを感じるな」


ヘレナやイオも同じ気持ちらしくゲオルグを労うような視線を向けている。むしろ今日までよくぞやってくれたという話だよ。


「して、その新たなる教皇とは?。ようやくネレイドが首を縦に振りましたか?」


「いや、アイツは終ぞ教皇の座には就きたがらなかった。彼奴は神将としての己に誇りを持っている…そんな奴から神将という肩書きを取り上げることなんぞ儂には出来ぬよ。故に新たに教皇に就任する事となったのは…、おい 入れ」


「は…はい」


そんなゲオルグの言葉に従い扉を開け六王の間に入ってくるのは…。


「お お前は!」


「よ…よう、メルクリウス。久しぶり…」


ガチガチに緊張した面持ちのスカーフェイス。全身に刻まれた傷を隠すようにシスター服を着込むこの女は…、罰神将ベンテシキュメだ。


三年前のオライオンでの戦いでアマルトと戦ったあの罰神将ベンテシキュメが、ゲルオグ老師の言葉に従い入ってきた。つまり…新たなる教皇とは。


「まさかベンテシキュメが?」


「ああそうだ、此奴以外の適任がおらん。神将としての立場がありつつ 敬虔なテシュタル信徒で、なおかつ周囲を黙らせられるだけの家柄も持っておるからな」


「そういえばお前、名家の生まれだったな…」


「うっせぇよ、まさかこんな形で家の事を掘り返されるとは思ってなかったけどな」


ベンテシキュメはこれで名家の生まれ、オライオンにおける貴族に当たる人物なのだ。確か炎の神であるフォロマノの血を引くと言われるネメアー家の出身。


なるほど、確かに彼女なら周囲の人間も文句は言うまい。その上彼女は神将として人を率いた経験もあるし、何より芯の強い人物だ。彼女なら私も信用できる。


「そう言うわけだ、儂は今日で引退し 代わりに二代目テシュタル教皇としてこのベンテシキュメをこの座に置く。そして儂のもう一つの肩書きたる七魔賢もまたその座を退くつもりでおる。こちらの後任はアジメクのアリナ・プラタナスを推薦しておるが…」


「あー……ごめんなさい、今アリナちゃんアジメクにいないんです。コルスコルピの方に留学してて…、もうすぐ卒業だと思うんですけど。まだ帰って来てなくて」


「そうか…、まぁよい。ともあれアリナ・プラタナス就任については儂の他にもグロリアーナやヴォルフガングといった面々の賛同も得ておる…後は本人に意思確認をするだけだ。そちらは任せてもよろしいかな?魔術導皇殿」


「はい、承認しました。…今まで長い間ご苦労様でした。ゲオルグさん」


「長過ぎたわ…、これで休みで良いな」


「ああ、後は任せな…ゲオルグさんよぉ」


「フンッ…」


もう疲れたとばかりに鼻を鳴らすとゲオルグ老師は部下に命じて車椅子を動かし、何も告げることはなく六王の間から退出していく。


常々彼は自分が正当なる六王ではないと口にしていた。今もきっと…ああ言う態度を取ってはいるが、オライオンに新たなる教皇が生まれたことを快く思っていることだろう。


ベンテシキュメはあの意地っ張りのゲオルグが認めた女だ。きっと上手くやるだろう。


「って…わけだ、あたいもまだ神将を続けてたかったが。いつまでもオライオンが顔無しってんじゃ締まらない。今日からあたいが二代目テシュタル教皇として張らせてもらうぜ?よろしくな」


「ああ、頼むよ ベンテシキュメ」


「まぁ、強そうな方です事。頼もしいですね…イオ様」


「そうだな、彼女の強さはアマルトからも聞き得ている。コルスコルピに帰ってくるなり凄い奴と戦ったと鼻高々に語っていたよ」


「へへへ、照れるなあ…。ぁっと」


そうして新たに用意された椅子に座り、新たなる教皇と六王が同時に誕生することになった。ベンテシキュメの為政者としての腕は些か謎だが…まぁそんなもの後からいくらでも追いついてくるだろう。私…元最下層軍人出身のメルクリウスと言う前例があるからな。


「さて、ではいきなりですけど各国の情勢とそれぞれの王の見解の報告をお願いしまーす、まずはイオから」


そうややお遊戯めいた動きでデティが口にするのは各国の情勢。今の魔女大国がどうなっているかの定期連絡だ。アド・アストラは七つで一つ、皆が皆足取りを合わせねばならない。どこかで不協和音を挙げているなら直ぐ様対応したほうがいいからな。


「ん、コルスコルピの方は特に異常はない。ただ前回も言ったがアド・アストラ設立後からディオスクロア大学園の入学希望者が爆増してな。今年から受け入れ人数を増やす為教師や職員を募っている最中だ…今のペースでいけば、多分来年には間に合うだろう」


「そっか、それで?例の件は?」


「……例の件か」


例の件…そこを突かれるのはイオも分かっていたかのか、この話になった途端顔が曇り出す。


デティが言っているのは『コルスコルピ国内に建設されているアド・アストラ支部の増加計画』の話だ。今現在コルスコルピに建設されているアド・アストラ支部の数は全大国で最小…他の国の半分以下だ。



アド・アストラ支部はポータルステーションのビーコンを設置する拠点にもなるからいざと言う時こちらから兵力を飛ばしやすいし、何より民衆もコルスコルピに行きやすくなる為その地域の商業の活性化にも一役を買う筈なのだが…。


「相変わらずコルスコルピ国民からの受けは良くない、古き良き街に全く新たな異物を作るなんてとんでもない…と言われてはな」


コルスコルピは歴史を重んじる国。国民全員が数百年前の建造物を大事に大事に保管し今も利用しているのだ。そこに新しい物を入れるだけでも反発されるのに…更にポータルなんて最新技術の塊を放り込むのは、やはり抵抗感があるようだな。


「そっか、…やっぱり難しそう?」


「いや、つい最近までは話に進展がなかったが。アド・アストラと国民の間にアマルトが入ってくれてな」


「え?アマルトが?。…大丈夫?アイツデリカシー無いけど…」


「よくやってくれているよ。彼奴は将来職員になる為の練習として小学園なる施設を作り子供達に勉強を教えているのは知っているね?。そのおかげもあって今のアマルトの民衆からの人気はちょっとしたものだ、そんなアマルト先生が言うんなら…とね」


なるほど、アマルトめ…上手くやっているようだな。


アド・アストラが成立してからは、私達は六王としての仕事が…アマルトは学業がと中々お互い会う機会が設けられず、三年前から顔を合わせていないが。


フッ、半年前に学園を作るから金と人を貸してくれといきなり連絡をよこしてきたきりだったが。うまくやっているようだ。


アマルトはあれで頭も舌も良く回る男だ。少々迂闊な口を利くところもあるがそれでも交渉役や緩衝役としてはこれ以上ないだろう。


「アマルトが国民の説得に回ってくれるなら安心だな」


「ああ、私としても自国の防衛強化にアストラの力は必須と考えているからな。歴史を重んじる価値観とは切り分けて考えていきたいと思っている」


「苦労をかけるね、イオ」


「構わんさ、君と私の中だろう?デティフローア殿」


とデティフローアに微笑みを向けるイオの姿はやや気慣れした物だ。イオとはこれでも学生時代からの付き合い、その上アド・アストラが出来てからは共にやってきた頼れる同僚でもあるからな。六王という関係以上に 彼という人間個人とは親密にやっていけていると我らは思っているよ。


「次はヘレナさんだね。エトワールはどう?大丈夫そう?」


「はい、おかげさまでプロキオン様不在の間に低下した国力もグッと回復しましたし 国内の芸術家もポータルで他国に出向けるようになって働き口も増えました。お陰で寒空の下大通りで芸を披露する者も減りましたしいい事ずくめです」


両手を合わせて花のように微笑むヘレナ殿を見ていると思わずこちらも笑顔になってしまう。


と同時に思い出すのはエリスの話だ。確かエリスがエトワールに赴いた時 ヘレナ殿は男装をして騎士然とした雄々しい振る舞いをしていたという話だ。


我々はそんなヘレナ殿を見たことから『意外だ』という感想しか出てこないが…。


うーむ、ヘレナ姫は目鼻立もくっきりしているし演技の腕も抜群だと聞く。きっと男装をしても似合うし様になるだろう…。


見たい…是非とも見たい。


「ん?、どうかされましたか?メルクリウス様」


「あ、いや…なんでもない、続けてくれ」


「え ええ…。と言ってもエトワール国内に今現在際立った危機はありません。ああそうだ 先日ナリア主導のエトワールツアー終了しました」


そうか…。そういえばナリアがエトワールを一周して各地の街で公演を開く…というイベントを開いていたな。


今やトップスターとして演劇史に輝かしい名を残す彼の公演だ。彼が国を出ただけでエトワールはひっくり返るような大騒ぎだったと聞いているし、 風の噂ではプロキオン様との修行で相当腕を上げているとも聞く。


しかし彼ともまたしばらく会えていない、会えるならまた彼とも会いたいな。今度デルセクトにも招致してみようかな。


「なるほど、ナリアは元気でやっているようだな」


「それはもう!」


「ならよかった。彼は元気に笑っていた方が似合う」


「はい。…と 私からはそれくらいですね」


「ありがとうヘレナさん!。で!次はベンテシキュメだけど…」


「ああ?、あたいかい?」


と視線を向けられたベンテシキュメはやや億劫そうに手元の資料を確認する。教皇になったばかりで緊張しているかと思ったが…流石は元神将。肝も座っているし手際もいい。


「無いね、特に無し。強いて言うなれば非魔女国家でのテシュタル教の布教が順調に進んでくらいか」


今現在テシュタル教はアド・アストラ公認の宗教ということでかなり密接な関係を築けている。テシュタル教を崇拝する街ならば例え非魔女国家であってもアストラの支部を置けるし、アストラに否定的な非魔女国家を籠絡する足掛かりにもなる。我々としてもテシュタル教が大きくなるのは喜ばしい。


だが…。


「あたいとしては、テシュタル教をアストラの道具みたいに使われるのはちょっと面白く無いけどね」


「そこに関してはゲオルグ老師も同じ意見だった。だが行政と宗教は切っても切れぬ縁にある、我々行政側からしたら宗教の頂点たるテシュタルの支援は受けておきたい」


やや、テシュタル教をアストラ拡大の足掛かりに使われるのには否定的…と言ったところか。まぁ彼女たちの言い分もわかる、自分たちの崇拝する存在を組織のプロパガンダのように使われることは面白くは無いだろう。


だが、それでもテシュタル教の影響力は大きい。アド・アストラを除けばマレウス・マレフィカルムに匹敵するのではないかと思えるほどに各地に独自の勢力を築いている。


彼らとはなるべく友好的でいたい。故にこちらもそれなりの支援はしている…が、あんまり便利な存在として見過ぎるのは良く無いか。


「だが、そうだな あまり宛にするのは控えるよ、ベンテシキュメ」


「そうしてくれると助かる。んで…えーと、後は特に何か報告することはないな…。あ そういやこの間エリスに会ったぜ」


「なにっ!?」


「嘘ォッ!?」


思わず立ち上がるのは私とデティ。ベンテシキュメの口にしたエリスの名前に思わず跳ね上がる。


エリスと会っただと!? あの日別れてよりこの三年間行方知れずだった彼女と…会っているだと!?。


「本当か!?ベンテシキュメ!」


「お…おお、なんでもオライオンの秘境を冒険してるとか言っててな?。偶々エノシガリオスの側を通りがかったから神聖堂に顔を出して御大将に会いに来たんだよ。まぁそん時は間が悪くて御大将は外に出てたからな…代わりにあたいが応対したのさ」


「そうか…、というか私の所には一度も顔を見せてないぞ!?」


「私のところにもー!」


「知らねえよ…そんなの」


というかエリスはこの三年間一度として明確に我らアド・アストラの前に姿を見せたことはない。


ここアジメクにある本部は勿論。世界中にある支部にも訪れていない、つまり一度としてポータルを利用していないのだ。ポータルを使用せず世界中を回っているというのは非常に彼女らしいが…。


それでも三年間半ば消息不明状態だったのだぞ?流石に心配もする。時折支部の方から『エリスと思われる人物が街を訪れているらしい』とか『エリスらしき人物が魔女排斥組織を一人で潰していた』とか『エリスみたいな人が秘境の方へ歩いて行ったという目撃証言があった』とか…。そんな不確かな話しか聞かないのだ。


オマケに最近は我らアド・アストラの中枢メンバーが全員魔女の弟子であることを利用して、自らがエリスであると名乗る偽エリスがあちこちに現れてもうウンザリしていたのだ。


…その件をマスターに話すと『よく分かりますわ…。わたくしもレグルス相手に似たような経験をしたことがありますもの』と苦笑いされたものだ。


「で!どうだった!?元気そうか!?」


「元気も元気、前見た時よりも数段強くなってたぜ?…ただ」


「ただ?」


「なんか…感じが変わってたな。ちょっと過激になってたな」


「それは昔からだから別にいい」


「そうだね、エリスちゃんは基本的に過激だからね」


「そうなのか?あたいはよく分からないけど…」


エリスは清廉な雰囲気を纏ってはいるが、内側に秘める激情は凄まじい。余程のことが無いと怒らないが 彼女の中に引かれた独自の一線を越えると即座に激昂する。…まぁ私達にはそう言う怒りを向けることは基本的には無いがな。


「今オライオンにいるのか?所在地が分かれば直ぐにでも会いに行きたいが」


「いいや、会ったのは半年前だし。何よりオライオンでやりたい修行はやり終えたって言ってたからもう別のところにいると思うぜ?、どこに行ったかまでは知らねえ」


「むぅ…そうか」


「まぁ元気ならいいよ、またそのうち帰ってくるでしょ」


と…デティは言うが、エリスの旅の感覚はかなりシビアだ。目的を終えるまで死んでも帰らないと言う覚悟を持っているんだ。前回の旅でも何度かアジメクに帰るチャンスはあったが それでも意地でも帰ることはしなかった。


結果的にその旅は十年以上かけて漸く一時的に帰還したわけだから…。次帰ってくるのはいつになるやら。


彼女がもしアド・アストラに本格的に参入してくれたなら…これ以上なく頼りになるのだがな。


「…はぁ、デティの言う通りではあるな。いくら気を揉んでもエリスは帰ってこない」


「それでいてピンチになるとちゃんと来てくれるんだよ?。エリスちゃんはそう言う人だから」


「…フッ、そうだな」


別にそんなこともないとは思うが、今はそう言うことにしておこう。


「はい、では次はメルクリウスさん?お願いしまーす。デルセクトの様子はどうですかー」


エリスの話を聞けてややご機嫌なデティはニコニコと微笑みながらこちらに手を振るう。次はデルセクトで何かあったか。という話だな。


と言ってもいつも通り、皆と同じく何も無し アド・アストラの発展は順調に進んでいる…と言いたいところだが。


「悪いな、こちらは報告することがある。…それも二つほどな」


「え?」


「何…?」


「あらまぁ」


報告がある、私がそう神妙な面持ちで告げれば和やかだったムードが一転…緊張感のある引き締まった空気に、本来会議が醸すべき空気感へと変貌する。


報告することがある。そんな言葉を私も今日この場で口にするとは思っていなかった、少なくとも昨日まではな。


「まず一つ目は、今日完成間近だったロストアーツNo.13 星魔剣を視察に行った所…。盗まれていたことが分かった」


それはギアール王国のヘリカル製鉄所で起こった事件。次世代の新兵器にして新たなる希望として作り上げた筈のロストアーツが盗まれると言う大事件。正直こちら側の不手際と言わざるを得ない結果ではあったが それでも盗まれた物は盗まれたのだ。


「なんだって!?ロストアーツが!?」


「そんな…、あれが悪しき者の手に渡れば…」


「うへぇ、マジかぁ…しかもよりによってロストアーツNo.13…。参ったなぁあれが魔女排斥の手に渡るとちょっと面倒なことになりそうだなあ」


「すまなかった、私としたことが最悪の結果を許してしまった…屈辱と恥辱の極みだ。はっきり言ってここ数年で抱いた怒りの中では一番熱量がある」


ジュリアンを取り調べた所下手人はロストアーツの『真の力』に気がついている様子はなかったが、それでもあれが危険なものであることに変わりはない。本来の担い手以外の者の手にある状況は看過できない。


「そしてもう一つ。こちらも先程の事件に類する事だが…」


「まだ何か?」


「ああ、…そのロストアーツを盗んだ犯人は、行方不明だったリオスとクレーを誘拐しマレウスに消えたそうだ」


「リオスとクレー…と言うとあれか?、確かその二人は…」





「なんだと!?リオスとクレーが見つかったのか!?」


「ッ!?」


刹那、イオが訝しげに顎に手を当てた瞬間。響き渡る怒号にも似たそれが我等の視線を捻じ曲げる。


声がするのは…軍靴が音を鳴らすのは、乱雑な足取りでこちらに向かってくる人影が背にするのはアルクカースの門。即ちアルクカースよりの来訪者…。


勇壮なる歩み、銀赤の甲冑、更に赤き髪と紅蓮の瞳…そしてそれらを一種のカリスマとして操る男。このアド・アストラの軍部を牛耳る総司令官…その名も。


「ラグナ…!帰ってきてたのか!?」


「ああ、悪い…ちょっと遅れた」


軽く手を上げ遅刻の謝罪をするラグナ。現アド・アストラ総軍団長として帝国の将軍とも肩を並べる立場にいながら未だに魔女排斥との戦いの最前線に立つ彼は、この三年で一流の王としての威風を手に入れたと言える。


人間としての全盛期に近づきつつある彼の肉体はアルクカースの筋骨隆々の戦士とは違い。無駄がなく…か細く見えながらも重く、何より全身から滲み出る威圧は嵐のように吹き荒れる。


戦王の名に相応しい堂々たる佇まい。この私でさえ一瞬たじろぐ程の威圧はいつ浴びても慣れないものだ。


「こっちも色々あってな。調べたいことがあったからちょいと現地に赴いていたんだ。遅れた分それなりの調べはついた、が…その前に。メルクさん?今の話は本当か?リオスとクレーが見つかったのか!」


「ああ、この目で確認したわけではないがな」


リオス・シャルンホルストとクレー・シャルンホルスト…、現アルクカース支部の総支部長を務め ラグナ直属の護衛たる王牙戦士団の総戦士長を務める最高戦力の一角ベオセルク・シャルンホルストの双子の子供達だ。


三年前のあの日、ベオセルクがアジメクの決戦に出かけている間…二人はベオセルクに反対されていた冒険者になる為家出をしている。その時は未だ幼く直ぐに発見され連れ戻されたが…。


問題はその後だ。今から一年ほど前リオスとクレーは再び家出をした、今度は用意周到に資金を用意しアルクカース脱走の計画とルートを確保し。子供とは思えない手際で瞬く間にベオセルクの手の届かない範囲へと逃げていったのだ。


なんでも一度目の家出がバレた後、ベオセルクは激昂すると共にこの二人の行動力に些かの恐怖を覚え、より一層強く束縛してしまったのが原因らしい。まぁ、分からないでもないが少々やり方が悪かったのだろう、二人が家出してからというものベオセルクはすっかり意気消沈しかつての熱量も失ってしまっている。


今では弟のラグナにアルクカース最強の座さえ奪われる始末。出来るなら直ぐに連れ戻したかったのだが…それが出来ていないということは、つまりそういうことだ。


「どこに居たんだ?デルセクトか?」


「いや、デルセクトさえ超えて隣国のギアール王国にいた。二年かけてそこまで移動したのだろう」


「まだ六歳だぞ?、あのエリスだって六歳の頃はレグルス様同伴でなけりゃアジメクを出ることさえ出来なかったのに…」


「それだけ、冒険者という職に焦がれていたのだろう。とはいえあの子達の年齢ではまだ冒険者にはなれないだろうがな」


「…………そうだよな」


何かラグナも思うところがあるのか、六王の席に座り、肘をつくと。


「で?、誘拐されたってのはマジか?」


「マジらしいぞ?。少なくとも現場には多数の目撃証言があった、剣を突きつけ逃亡する犯人と誘拐されるリオスとクレーの姿があった…とな」


「あの二人がその辺のゴロツキに誘拐されるとは些か考えづらいな」


そこは私も思う。アルクカースの子供達は精強だ、その辺の子供達が鬼ごっこをして遊ぶ年齢で既に魔獣を狩って遊ぶような国の子供だぞ?。その強さは並みの兵士をも凌駕する…何よりリオスとクレーはアルクカース王家の血を引く一級の戦士。それが誘拐される…とは如何なる状況 如何なる経緯なのか、私には想像もつかない。


ただ、これが事実であることは変わらんがな。


「まぁいいや、メルクさん その誘拐犯の名前と特徴を教えてくれ。そいつは全世界のアストラ軍で追跡してやったことの責任を取らせる。なんなら俺が現地に赴いて叩き潰してもいい」


「随分過激だなラグナ…」


「当たり前だ、アイツらは俺の姪っ子と甥っ子だ…俺ぁ身内に手を出す人間に容赦出来る程人間が出来てないんだ。それに…流石にそろそろリオスとクレーを家に帰してやりたい。ベオセルク兄様も反省しただろうからな」


目を閉じ深く息を吐くラグナはリオスとクレーが家出をした一年前のことを想起する。あの時は随分な騒ぎだったらしい。


仕事を放棄してでも探しに出ようとするベオセルクを諌め、彼が子供達にしてきた束縛を咎め、喧嘩になり、そして殴り倒し…彼曰く責任を取らせたらしい。


「ベオセルク兄様はもう十分報いを受けた、なら次はリオスとクレー達の番だ…。あの二人が将来何をするかは勝手だが、あの子達はまだ子供だ…」 」


「だが…子供達が家に帰りたがらなかったら?。それでも冒険者になりたいと言ったら?」


「それでも親に何も言わず泣かせて旅に出るやつがあるか。やりたいことがあるなら誠意を見せてからだ…家出みたいな逃げは許さねぇ。夢を叶えるなら、きっちりやることやってからだ」


「それも…そうだな」


リオスとクレーは親から逃げた、それはまぁそれだけの事をベオセルクがしてきたからというのもある。だがだからと言って逃げて家から出てそれっきり帰りませんは違うと私は思う。出来るなら、冒険者になるにしてもならないにしても一度深く腰を落ち着けて話し合うべきだろう。


「分かった、では伝えよう。誘拐犯の名前はステュクス・ディスパテル、ロストアーツを盗みリオスとクレーを誘拐し、今現在マレウスへと向けて逃亡中の悪人だ」


「ステュクスだな、分かった…。直ぐにでも行動に移ろう」


ステュクス・ディスパテル…それが此度の犯人だ。ジュリアンの企みを結果的には止めたとは言え その後の盗みと誘拐は不問には出来ん。奴の持っているロストアーツが魔女排斥に奪われては大変だし、何よりリオスとクレーが心配だ。


その名を受けラグナが即座に動こうとしたその時…。


「はて、ディスパテル…ですか」


「ん?どうした?ヘレナ姫」


ふと、ヘレナ姫が何か疑問を覚えるように首を傾げるのが見える。


「ディスパテル…それって確か…いえでもそんな訳が…」


「ん?何か知っているのか?」


「いえ、聞き覚えのある名前でしたので…少々引っかかりましたが、恐らく関係はないかと。無駄な情報を出して現場を錯綜させたくはありません」


「そうか?、ならいいが…」


何やら引っかかる物言いだが、確かに変に情報を出して印象を与えては捜索に支障が出るやもしれん。ここは彼女の気遣いを受けておこうか。


(ええ、関係ないないはずです…。エリス様の母君…ハーメア・ディスパテルと同じ姓だなどと。彼女に兄や弟がいるわけが…、何よりエリス様の親友たるデティフローア様達が反応していないんですから きっと違いますね)


──そうヘレナは一人で思い込む。エリスとステュクスを繋ぐ接点たる母親の存在に唯一気がつきながらも。


だがヘレナは知らない。メルクリウス達はエリスの『父親の存在』は知っていても『母と弟の存在』についての告白は受けていない事を。


「まぁいい、私からの報告は以上だ…、それでラグナ?ステュクス捜索に向かう前にお前の側の報告を頼む。アルクカースはなんともないのか?お前の超兵政策は上手くいっているのか?」


「あ…そうだった」


なんか物凄い勢いでクルリとターンしてまたどこかに行こうとするラグナを呼び止める。彼からも聞きたいことは沢山あるんだ。


特に今彼がアルクカースでとっている超兵政策。即ちアルクカースで今行われている『富国強兵の構え』の事だ。


「ああ、超兵に関しては問題ねぇよ。お父様曰く今のアルクカースの力は歴代最強クラスにあるらしい」


芽が実りつつある。私は彼の富国強兵政策の結実を予感しているのだ。


ラグナがデルセクトとの戦争を回避したのも、周辺諸国への無用な挑発や小競り合いを封じたのも、国民から反感を買いながらアルクカースから戦争を無くしたのも、全ては国力の増強のためだと彼はずっと説き続けてきた。


度重なる戦争と終わることのない戦いの連鎖の中にあったアルクカースは絶えぬ生傷に疲弊しそれでも止まることなく破滅の道を歩んでいた。そんな衰弱した状態でもなお世界最強クラスの武力を保有する国の王が…戦いをやめ 富国強兵に走ればどうなるか。言うまでもない。


「アド・アストラを利用して俺が欲しいものはだいたい手に入ったからな。お陰で富国強兵が十年単位で進んだと言えるよ」


ツラツラと自国の状況を語る彼の言葉を咀嚼し飲み込むように理解する。


アルクカースは変わった。まずアド・アストラを利用して最新の設備を整え防衛兵器を大量に買い揃え各地に配置し、マーキュリーズ・ギルドの商業力を使い反乱を目論む諸侯の首根っこ掴み従わせ、高等な教育機関を用意しトレーニング施設を用意し。


福利厚生により子育て及び出産の支援を行い国内人口の大幅増加と炭鉱施設の増築による武具の量産と働き口の確保。農耕や酪農に力を入れ世界屈指の生産力を生み出し。


何より 魔女排斥組織という恰好の喧嘩相手を用意し溜まった鬱憤の解放先を用意した。


ラグナ王政の治世は未だ嘗てないほどに盤石だ、誰もケチをつけられないほどにラグナの力は国内で高まっている。支持力も武力も影響力も三年前とは次元が違う…最早建国史上トップクラスだ、既にアルクカース王権の祖 初代国王シュヤグ・アルクカースに並ぶ存在として巨大な彫像の建設も始まっているという。


ラグナのあっけらかんとした性格とほかのアルクカース人にはない理知的な振る舞いで誤魔化されていたが…。この男、キチンと野心を持ち合わせていたんだな。


「す 凄まじい戦力ですね、流石はアルクカース」


「正直、アド・アストラという枠組みがなければ恐怖さえ覚えるよラグナ殿」


「大丈夫だよヘレナ イオ。俺はこの戦力を他の魔女大国の侵攻や他国を脅かす物として使うつもりはない。俺達で守ったこの世界を守り続けていくために使う、アルクカースにはこの世界を存続させる不動の柱になってもらうつもりさ」


喜ぶべきはそこまでいってもラグナはラグナという点だろう。彼は決して仲間を裏切り後ろから刺す真似はしない、それだけの戦力を手に入れても我々を害する事はしないと私は断言出来る。


私の財力 ラグナの武力 デティの影響力が合わされば無敵だ。そこに更に今はコルスコルピや帝国 エトワールにオライオンが加わっているんだ。簡単にはこの治世は覆されないだろう。


「んで…だ、話は変わるが 俺が遅刻した件について共有しておいてもいいかな」


「む、そうだ…何があったんだなラグナ、お前が遅刻するなんて」


「そうだぜぇ?、こりゃ大事な会議の場だろ?遅刻は厳禁のはずだぜ」


「悪いなベンテシキュメ。でも遅刻するだけの理由は…ってあれ?、なんでベンテシキュメがここにいるんだ?、あれ?ゲオルグ老師は?え?」


「今そこはいいだろうが…。とにかく話せよ」


「あ ああ、そうだな…オホン」


するとラグナは軽く咳払いをして、面持ちを変える。極めて堅苦しく事の重大さを目だけで語るように…。


「俺は先程、とある街に潜む魔女排斥組織の征伐に向かっていたんだ。それなりの規模と戦力を持った奴らでな?結構な兵器まで持ち出してきてこっち側にもちょっと被害が出るほどに苛烈な抵抗をしてきた」


「えぇ!?大丈夫だったの!?ラグナ!」


「大丈夫だよ、俺がいたからな。けどぶちのめした連中が妙な事口走りやがってな」


「妙な事?」


「ああ、…『俺達はとある組織を後ろ盾持ってるんだ。今回の兵器だって其奴らから供与されたものだ』ってな、口の軽いバカが鼻高々に語ってやがった」


とある組織?…他の組織を従えるほど、となると…まさか!。


「八大同盟か!」


八大同盟…、マレウス・マレフィカルムの頂点に立つ八つの組織の総称。我々が打破すべき最悪の敵…。我が仇敵『逢魔ヶ時旅団』もその一員なのだ!もし連中が尻尾を見せていたならこの手で…!。


「いや違う、ある意味もっと妙な名前だった」


「妙?一体どんな…」


「その組織の名は…『大いなるアルカナ』」


「なっ!?」


「大いなるアルカナ…!?」


「アルカナって例の、だが…だがアルカナは既に」


大いなるアルカナ、六王達も皆その名は知っているし 其奴らから厄介な真似をされた事のある者達も多い。


マレウス・マレフィカルムの尖兵として世界中に組織の手を広げていた大組織だったのがアルカナだ。だがそれは、既にエリスの手によって完全に滅ぼされ もう既にこの世には存在しないはずだ。


「何かの間違いじゃないか?大いなるアルカナの名前を騙っているだけとか」


「まぁその可能性も捨てきれない、だが…同時に復活している可能性も否めない。だからこの場で問いたいんだ。質問いいか!議長よ!」


そうラグナは天井に向けて声をかける。否 声を掛けるのは『議長』だ、この六王円卓会議を統括する唯一の議長。それは…。


『設問を許そう、ラグナ・アルクカース』


「感謝するよ、カノープス議長」


天井に浮かび上がるのは魔女の幻影。無双の魔女カノープス…彼女こそがこの会議の議長だ。


アド・アストラは魔女の干渉を受けない組織だ。故に基本的に魔女様達はアストラへの関与はしないことになっている、故に八人の魔女の皆様は全員三年前の言葉通り表立って執政に関わることはなくなり皆隠居している。


それはカノープス様も同じだ。だが それでもカノープス様は魔女であり魔女大国の盟主…皇帝なのだ。帝国側の意見を取り入れるには帝国側の代表を立てて貰う必要があるが帝国にはカノープス様以外の代表になり得る人間は軍部以外にいない。


なので、一応この会議のまとめ役という形でいつも我々の会議を遠方から眺めてくれている。時たまに声を挟んでくることもあるし帝国の近況を報告してくれたりするが…決して我らに命令はしない。カノープス様は議長でありながらこの会議を我らに任せてくれているのだ。


そんなカノープス様がラグナの呼ぶ声に反応して幻影を表し。


「皇帝陛下に聞きたい。今帝国に収監中の元大いなるアルカナの幹部達は全員檻の中ににいるのか?」


『ふむ、なるほど…。今我は帝国に居らぬ故目視では確認出来ぬが。監獄に何かあったとの報告も聞かん」


「確実に…いるんですか?」


『ああ、流石に我が帝国で何かあれば我が耳にも届く…不祥事を隠したてるようた奴にはあそこを任せてはいない』


「なるほど、分かりました。ってことは宇宙のタヴみたいなアリエがまたアルカナを再結集したって線はナシか」


「だろうな、だがラグナ…エリスとてアルカナ幹部を残さず全員倒せていたわけではない、取り逃がした者もそれなりにいる」


アルカナは滅びた、だが…同時にその全員を余すことなく確保できたかと言えば決してそうではない。エリスも結局何処に行ったか分からないという者もいるし出会わなかった者もいると言う。ならば、残党がいる可能性も大いにある。


「…………まだ全体像が見えないが、もしまたアルカナが復活しているのだとしたら。面倒なことになる」


「そいつの確認をしていたのか?」


「ああ、そいつの口割らせて色々ルートを探ってみたが。悪い 尻尾までは掴めなかった」


「そっかぁ」


「怖いですね、またアルカナが蠢いているというのは」


「むぅ、いつぞや学園に攻めてきた連中だな…」


「残党は面倒だぜラグナ、そいつらは利益では動かず怨恨で動く。何をするかわからねぇ」


六王達は口々に恐怖や懊悩を口にする。私とてアルカナには苦い思い出もある…復活しているというのは中々に苦々しい報告だな。


「ああ、更に嫌な報告をすると…そのアルカナ、便宜上『新生アルカナ』とでも言おう連中は…エリスを探しているらしい」


「エリスを…!やはりか!」


「ああ、他の魔女排斥組織に手を貸しているのはそいつらにもエリスの行方を探させるためでもあったとの報告も来ている。連中はエリスを探し出し…殺すつもりだそうだ」


まぁ、大方予想は出来てたけどなと語るラグナに私も同意する。エリスはアルカナ崩壊の決定打になった女だ。そりゃアルカナを名乗るならエリスを殺そうとするよなぁ…。


「ってわけで、俺達は今後その新生アルカナについて調査を始める予定でいる」


「分かった、ならばそちらにも手を回しておこう」


「もしアルカナが本当に復活してて、エリスちゃんを狙ってるなら大変だからね。まぁエリスちゃんなら多分大丈夫だけど…」


「ですが、出来るならこの事をエリス様にも伝えたいですね…」


アルカナが命を狙っている、その事をエリスに伝えたいとヘレナ姫は言うが…それが出来れば苦労はしない。エリスめ せめてデルセクトに顔さえ出してくれれば…。


「言っても仕方ないさ、エリスだって自分の命が狙われることくらい織り込み済みだろう。それより 居場所の分からないエリスを探すよりアルカナとステュクスだ。こっちの方を先に探し出すぞ」


「そうだな、では…各国の捜査機関及びアド・アストラ支部を使いアルカナとステュクスの捜索を行う…という形で今回の会議は幕を閉めても良いか?デティ」


「うん、そうしよっか…なんだか、急に物騒になってきたなぁ」


三年間…平和な日々が続いたというのに。今になって再び立ち始めた波風にデティフローアは不安そうにため息を吐く。


なんだか、物事が動き始めているのかもしれない。メルクリウスは一人で内心で思いに耽る、三年前の決着から止まっていた何かが…再び、動き始めている。


…もしかしたら、またお前の助けが必要になる日も近いやもしれんぞ、エリス…。


とはいうが。お前は今何処で何をしているんだ…。



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