表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
閑話 世界統一機構アド・アストラ
349/835

外伝その4.この世界の希望を担う


「確か地下の入り口はこっちの方だったはずだよな」


リオスとクレーを置いて向かうのは工場のさらに奥。今なお駆動する機材が乱立し狭くなったこの道を形容するならまるで鉄の森だ。


あちこちから生えたパイプやレバーを避けながら真っ直ぐ進む。狙いは一つ、ロストアーツだ。


ジュリアンのクーデターを止めるにはロストアーツをなんとかするしか無い。


「ロストアーツさえなんとか出来れば、きっと…」


クーデターを実力で止めるのは不可能だ。そこは変わらない…だが、一つだけ方法があるとするならそれはロストアーツ以外にないのだ。


機材が無ければ職人が仕事出来ないように、ジュリアンもまたロストアーツが無ければクーデターを起こせない。


あの荷車の中にあった書類の数々、メルクリウスへの人員提供の要望や資金の要求は何れもクーデターの為の物だが建前は『ロストアーツの最終運用試験』の為のものだった。


ならそのロストアーツが無くなればジュリアンはその建前を使えなくなる。まさか理由もなく人員を貸してくれとか、この国を転覆させますので金を貸してくださいとは言えない。言えるのならそんな建前用意しない。


つまりロストアーツさえ無くなればジュリアンは明日の会談をただただ棒に振る事になるのだ。それはジュリアンにとって一世一代の大チャンスを消し去りクーデターを起こしてやろうという思考さえもぶっ壊せる唯一の手なんだ。


もうロストアーツを守る警備兵は居ない。さっきここにいるやつらは全員倒したしな、なら後はロストアーツを目指すだけだ。


「出来れば明日の朝までには見つけておきたいな」


故にロストアーツが置いてある地下へと俺は向かっているんだ。…何故地下にあると言い切れるか?。


確かにロストアーツは機密事項で末端の俺には何処にあるか知らされてない。けどそんなもんちょっと考えりゃわかるさ。


まず一つ、ロストアーツのプロジェクトをヘリカル製鉄所が預かったのが5ヶ月前。


ロストアーツが何れ程の規模かは分からないがどんなに小さくても加工するためのスペースがいる、つまり空間を作る必要がある。


そして二つ、俺が半年前にここに入社してより二週間後に起こった事件。あの時襲いかかろうとしてきた殺し屋を俺が撃退したって事件さ。


あの時警備兵が気がつけなかったのは工場の外に使わなくなった機材を運び出す作業の騒ぎの所為で人員を割かれていたから。そうだ『地下に置いてあって埃を被ってた古い機材を外に持ち出す作業』だったんだよな。


半年前に地下にスペースが作られて、その1ヶ月後にアストラの大規模プロジェクトを預かった。これって偶然か?、違うよなぁ。


つまり外に機材を持ち出していたのはロストアーツを置く為のスペースを作る為だったんだ、ならきっと今もロストアーツは地下にあるはずだ!最も人目につかない地下に!。


「ロストアーツさえなんとかしちまえばこっちモン…」


そう意気込みよく駆け出した瞬間…。


耳を劈く轟音と共に俺の目と鼻の先を何かが掠め近くの機材にその何かが命中し火花が上がる。…いや響いたのは銃声 通過したのは鉛玉、そしてそれを撃ったのは…。


「ジュリアン…」


「君は本当に頭が回るね」


俺の真横に置かれている加工した鉄を運ぶ機材の向こう側でジュリアンが拳銃を構えてこちらを睨む。いないと思ったらこんなところにいやがったか。


「君ならここに来ると思っていたよ、ロストアーツを破壊すれば私の計画したクーデターを阻止出来ると気づき…そして誰も巻き込まず一人でここに来ると」


「よく…俺の事分かってくれてますね、ジュリアン社長…」


「いや…私は君の事を何も分かっていなかったようだよ、見誤ったとでも言おうかな」


「見誤った?」


静かだ、あまりにも静か。ジュリアンからは何も感じない、怒りとか戸惑いとかそういう精神的な動揺は見られない。今アイツを守る部下は無くアイツ自らが拳銃を構えているという極限の状況にあって人はこうも落ち着いてられるか?。


ったくよぉ、どいつもこいつもイかれやがって…銃ってのは撃って人に当たったら死ぬんだぞ、なのにホイホイ人に向けやがって…!。


「君には野心がないと思っていた、何かを成し遂げようとする意識が無いと思っていた。故に御し易いとも思っていたしこうも激しく抵抗するとは思わなかった」


「はぁ?、どういう意味だよ」


「私の計画に気がついてもそれを止めようとするなんて思わなかったんだよ、だから仲間が傷つけられたら逃げると踏んだし子供達を助けようとせず私に許しを乞うと考えていた、そんな人間なら私は容易く殺せていただろう」


こいつ、逃げても謝っても最初から俺を殺すつもりだったのかよ。とんでもねぇな。


「残念だったな、と言っても俺もこんな事がなけりゃ一生ここで働いてるつもりでしたよ」


「へぇ、そんな君を心変わりさせたのは何かな?、やはりあの子供達かな?」


「それもある、あの子達を見ていたら昔の己を見ている気分になって懐かしい情熱がまた宿ったのはあるかもしれない、けど…一番最初に俺に火をつけたのはアンタだぜ、ジュリアン」


「私?」


「ああ、テメェ…さっきから俺を殺すとか始末するとか口にしてるけど、人を殺した経験は?」


「無いね、まぁ常々私の障害になる物は全て取り除くつもりでいたからいつかは人を殺すことになるだろうなぁとはぼんやり思っていたけど、何か?」


「何かじゃねぇよ、簡単な事じゃねぇんだよ…人を殺すってのは」


「そうかい?、私がここで引き金を引けば容易く君を殺せると思うが」


「そう言う意味じゃねぇんだ!人間が人間を殺すってのは邪魔だからって理由でやっていい事じゃねぇんだよ!」


吠える俺の言葉が無人の工場内部に響き渡る、そんな俺の怒号さえもジュリアンは肩を竦めて笑い。


「殺しはダメ?そんな子供の道徳みたいな理屈かい?」


「違う、子供でも知ってる道徳だ、…俺の知り合いに人が殺される場面に立ち会った奴がいる。そいつ自身は手を汚したわけじゃ無い、だが間違いなくそいつのせいで人が死んだ」


「知り合い…?」


「そいつはな、毎夜震えて泣いてたよ。自分のせいでその人がこれから得られるはずだった全てを奪ってしまった、未来を奪ってしまったと、例え自分が手を汚してなくても…毎日毎日後悔と慚愧に心すり減らして頭抱えてたんだよ。テメェがやろうとしてることはそれだけの事なんだ」


少し前に出会ったアイツは、心底優しくて路傍の犬みたいな俺にも情けをかけてくれるくらい立派な奴だった。そんなアイツが…毎夜毎夜震えてた、涙を流してもう居ない人間に謝っていた。


何れだけ謝っても殺した人間は帰らない。それだけの事をしてしまったのだと泣いていた、今ジュリアンがやろうとしている事はアイツの涙をも否定する下劣だ。決して容認は出来ないんだよ。


「なんだいそれは、知らない人間の事を私に当て込められてもねぇ」


「本当に何も感じないのか、恐怖とか…」


「無いね、さっきも言ったろう…私はアド・アストラの未来を切り開く為に仕事に従事している。私の行動はアド・アストラの為にある。そしてアド・アストラは人類の為にある…つまり私の行いは人類の未来の為にあるのさ」


「だから暴力も殺人も肯定されるって?」


「ああ、未来ではきっと…私の行動は賞賛される」


「ふざけんな、未来で誰かが許しても今この場で俺が許さねぇ」


「なら、止めてみるかい?冒険者崩れの君が」


「ああ、絶対止めてやる…!」


静かな空間に、二つの音が木霊する。


俺の靴が地面を擦る音と、引き金に力が篭る音。


ジュリアンは俺を止める為に、俺はジュリアンを止める為に。両者の視線は交わる事なく…静かに意地の張り合いの火蓋が切って落とされる。


「っ……!!」


「ははっ!行かせないよ!」


走る、ジュリアンに向けてではなく正面に向けて、とにかく走る。もう地下は直ぐそこにあるはずなんだ。だからジュリアンに構う事なく駆け出すが…、そんな俺を止めようとジュリアンの拳銃が何度も火を噴く。


「くっ!ガシガシ撃ってきやがって!」


何度も俺の周辺で火花が散る。走る俺を追いかけて拳銃をぶっ放すジュリアンの攻撃が何度も俺に迫るのだ、けど…一発も当たらない。


それは俺が的確に回避しているからではなく…。


「ううん、当たらないなぁ」


ジュリアンの銃の腕が然程だからだ。そりゃそうよアイツはただの社長だぜ?いくら拳銃に威力があっても逃げる人間に向けて弾を命中させるのは見たり聞いたりするよりも難しい。


けど、怖え!。


「くっ!」


思わず近くの機材の陰に飛び込み銃弾の盾とする。いくら相手が銃の素人でもそんなボカボカ撃たれりゃいつか当たる、そんな恐怖が俺の脳裏によぎるのだ。


いくら勇ましく啖呵切ってもなぁ!自分の身は可愛いんだよぉっ!。


「あはは、隠れちゃったねぇ…弾をたくさん持ってきてよかったよ」


「チッ…」


まずジュリアンからなんとかするか?、逃げ回りながら後ろから銃を当たれまくるより先にあっちを倒した方がいい気がしてきた。


けど、ジュリアンは銃の腕は大したことがなくても頭は切れる。事実俺の前に姿を現した時も機材を挟んだ向こう側…つまり即座に近づけないところに陣取っている。


今も乱立する機材に身を隠しながら移動している、接近は難しい…。


やっぱ普段から徳積んでる事を信じてお祈りして走るか?。


そう俺が思考を研ぎ澄ませていた…その瞬間だった。


「隠れて出てこないつもりなら…、『Alchemic・homing hornet』ッ!」


「えっ!?」


刹那放たれた弾丸が軌道をくるりと蜂のように変えて、ウネウネと滑空しながら遮蔽物の裏の俺に向けて飛来し…。


「あぶねぇ!?」


咄嗟に機材から飛び出して回避し弾丸は地面に突き刺さり停止する、銃弾が空中で方向を変えるなんて本来はありえない、だが見てみれば地面に突き刺さった弾丸は蜂の形をした鉛へと変形しており その羽を使って軌道を変えたことがわかる。


今のは錬金術だ、デルセクトで主に使われる魔術形態である錬金術だ。


「あんた錬金術使えたのか!?」


「まさか、これは弾そのものに錬金機構が取り付けられている新型の弾丸でね?一発一発は高価だが、お陰で私みたいな戦闘能力のない奴でもそれなりの錬金術は扱えるのさ」


そんなのアリかよ、デルセクトの技術力はデタラメに高いとは聞いてたけどここまでか!?。


やばいぞ、デルセクトの錬金術を扱う銃士からの攻撃を圧倒的不利な状況から受け続けるなんて流石に耐えられる自信がない。あの銃がある限りジュリアンは一端の錬金銃士だ、並みの警備兵なんかよりずっとやべぇ。


「私が、何の手立てや対策もなく君を止めようとすると思ったかな?」


「チッ…嫌な男だよあんたは」


「あはは!、いいねぇ!負け惜しみを聞くというのは実に気分がいい!」


もうお祈りして逃げるなんて選択肢は取れない。いくら遠くに走ってもジュリアンの手元にあの銃があり錬金機構搭載の追尾弾がある限り俺は逃げられない。


ここでジュリアンを倒すしかない。


「仕方ねえ!、戦えない人間を張り倒すのはちょっと気が引けたけど!そんな危なっかしい物持ってるなら別だ!。覚悟しろよジュリアン!」


「ようやく私の方に向かってきてくれたね!ああいいとも!来なさい!ステュクス!」


私も本気で相手をしようと口にしながらもジュリアンは機材の陰へと消えていく。本当にその手で俺を仕留めるつもりなんだな。


「なら…」


やるしかない、そう俺は踵をジュリアンの方へ向け駆け出す。ジュリアンは俺に捕まらないよう立ち回っている、機材をいくつも挟み射線が通る所から撃ってくる。


対する俺の武器はこの剣だけ、殴り倒すには近づかなきゃならねぇ。


「っと!」


森のように乱立する鉄の機材を潜り飛び越えひたすら目指すはジュリアンの陰、拳銃持ってんだから離れようが近づこうが危険性は変わらない、なら早く…一刻も早く!。


「ここだよ!ステュクス!」


「ッ!」


刹那、隠れていたジュリアンが別の物陰から飛び出して弾丸を数発こちらに向けてぶちかましてくる。恐らく機材の陰と陰を縫うように移動しているのだろう…だが!。


「当たんねぇよ!」


当たらない、撃ってきたのは通常の弾丸だ。即座にこちらも機材を盾にすると同時に今度は逃げるジュリアンをこちらが追いかける。


この鉄の森はジュリアンにとってかなり有利な戦場で、それをフルに活かして奴は立ち回るだろう。おまけに奴が持つ銃と錬金機構はかなり相性がいい。


「はははは!『Alchemic・homing hornet』!」


「チッ!」


逃げ回りながら錬金術による弾丸を放てば、鉛の蜂が虚空で変形し音速の一刺しを加える為機材を縫うように飛来する。そいつを地面を滑空するようなスライディングで回避すると共に剣で叩き落とす。


「わお!もう対応するのかい?全く手練れの剣士というのはこれだから」


「ッるせぇ!」


「だが、デルセクトの技術力と錬金術を甘く見ない方がいい」


「何…」


ジュリアンの含むような笑い方に違和感を覚え咄嗟に身を捩りながら背後を振り向けば…。


「その弾丸は通称『鉄蜂弾』。敵を追尾するように羽が稼働すると共に、内部に仕込まれた火薬を炸裂させ…その針さらに敵に向けて発射する二段構えの弾丸さ、一度叩き落とされても…そいつは死んでない」


「ぐぅっ!?」


飛んできたのは鉄の針、先程叩き落とした鉛の蜂が内側から破裂し残った腹部の針が俺目掛けて発射されたのだ。宛ら蜜蜂の最後の一刺しの如く命を懸けて飛ばされた鉄針は俺の肩口を切り裂き鮮血を噴き出せる。


「痛みで動きが鈍ったねぇ!」


「しまっ!」


その上地面を転がり回避し損ね動きの鈍った俺を的にし狙うのはジュリアンの銃口。咄嗟に起き上がり機材の陰へ急ぐが…。


「チッ、くそ…」


機材の後ろに回り、もたれかかるように腰を地につける俺の服は血で汚れている。脇腹の辺りからじんわりと広がるように。


逃げる時脇腹に一発掠めた、確認する為に服を上げて見てみれば…うへぇ、内臓はやられてねぇけど脇腹がスプーンでほじったチーズにみたいになってら。こりゃ見ない方が良さそうだな。


しかし、肩口の出血といい脇腹の負傷といい、血を流し過ぎている感じが否めない。このままじゃ出血多量ってこともあるか、いやそれ以上に。


「隠れているつもりかい?、ステュクス」


滴る血で居場所がバレるんだ。そう思うや否や側面から銃声が響く。


即座に闇に紛れるように転がり、走り、ともかく手当をする為逃げるが…やはり残るのは血の跡。それを見てやはりジュリアンは追いかけてくる。これじゃあ逃げ切るのは不可能だ。


追う側と追われる側がまた入れ替わり元に戻ってしまった。思った以上に手強いジュリアンの錬金術を前に俺は薄汚いドブ犬みたいに敗走する。


どうするべきか、一旦引くか?いやジュリアンに落ち着いて次の手を考える時間を与えるのは得策じゃない。決死覚悟で突撃してもそれで本当に死んだら意味がない。


「どうするかな…、俺も魔術が使えればなぁ」


もしアイツなら…エリスならどうしただろうか、魔女の弟子だからやっぱ魔術を使ってジュリアンなんか瞬殺か?。いやいやそもそもアイツはアド・アストラ側の人間、ジュリアンとは敵対もしないか。


ともあれ俺に出来る事はとても少ない、魔術師を相手にしてる時のノウハウは知ってるけどそれが通用するとも…。


「あはは!まるで鹿撃ちをやってる気分だ!待ちたまえステュクス!」


「あ……?」


後ろから俺の血の後を追ってジュリアンが追いかけてくる、追いかけて鉄砲バンバン撃って…それを見て、ふとある事に気がつく。


そういえば…アイツって…。


(そっか、難しく考え過ぎてたな…)


一つ思いついた事がある。というより見落としてたというか勘違いしてたというか。ともあれ…話は俺が思っているよりも簡単だったんだ。


「ううん、中々当たらないなぁ…次は拳銃にスコープでもつけてもらうか、もっと高性能な物を取り寄せた方がいいかなぁ」


「お前の腕が悪い限り何で撃っても変わらねーよ!」


「んん?、まだ無駄口を聞けるほど元気じゃないか!」


俺の言葉に反応しジュリアンはその場で二、三発弾丸を連射する、相変わらず腕はあれだが相当数の弾数を確保してあるようで、次から次へと俺目掛け放たれる。


だが錬金弾自体の発射の回数は少ない、恐らくそちらはそんなに用意してないんだろう。心配性のジュリアンの事だ、そう簡単には乱用すまい。


「また隠れたか…でももう無駄だよ」


すぐさま闇に隠れる俺を見てジュリアンは笑う、いくら闇に紛れ 物陰に隠れ 居場所を眩ませても流血している以上ステュクスが完全に隠密を行うのは不可能だ。


地面に僅かに残る血痕、これがステュクスの居場所を教えてくれるからだ。


(先程から逃走ばかり、恐らく止血をして傷を癒したいのだろうね)


ジュリアンは静かに考える。ステュクスとて流血がもたらすバッドアドバンテージは理解している。居場所を教えるだけでなく絶え間ない苦痛による集中力の低下と放置による失血の可能性。どれもそのまま放っておくわけにはいかない物ばかり…なら彼はきっと治療に当たるだろう。


簡易的な治療で止血する、その間だけでも降り注ぐ弾丸から身を隠したい…そう考えるのは普通のことだ。


(だけど、そろそろ終わりにさせてもらうよ)


するとジュリアンは息を忍ばせ機材の陰に隠れながらステュクスの隠れた物陰に回り込む、接近はしない ただ射線が通ればそれでいい。


居場所も血痕と血の匂いが教えてくれる。ステュクスはもう逃げられない。


(これで邪魔者を消せる。子供なんて後からいつでも消せる、行動力のあるステュクスさえ消してしまえばこちらのものだ。そして明日メルクリウス様から軍勢を貸し受ければ…こちらのものだ)


そう未来の出来事を夢想し勝利を確信しながらステュクスの隠れる物陰に回り込んだジュリアンはゆっくりと機材の陰から顔を出し、銃を構えて狙いを澄ませ…。


「え!?」


そして驚愕のまま顔出す。そりゃあそうだ、何故なら…。


「居ない!?そんなバカな!」


思わず物陰から飛び出てステュクスの隠れたはずの地点に向かうが、やはり居ない。


(どういう事だ!?確かにここに隠れたはず!、それに…)


それに、ジュリアンがアテにしていた血痕での目印はステュクスが隠れたであろう地点で途切れなくなっていたのだ、あんな一瞬で完全な止血を?ありえない。


だが現にジュリアンの前からステュクスが消えたのは事実。注意深く観察していたがステュクスがここから移動した様子もなかった。その上血痕まで完全に途切れているのだからもうステュクスを追いかける手段がない。


「何故だ、どうして。こんな一瞬にして消え止血する事ができる手札はステュクスにはないはず…彼は魔術の心得も医術の心得もないはずなのに」


少なくとも履歴書にはそう書いてあった…そう足元で途切れた血溜まりを見つめていると、それはまるで真紅の水鏡のように焦ったジュリアンの顔を写し出す。


と、同時に ジュリアンの頭の上にさらに写る人影も…。


「まさか!?」


「上だよっっ!!」


───ステュクスが取った手は、考え尽くされたトリックでも知略を張り巡らせた策謀でもない。行ったのは単純な駆け引き…というよりは博打。


機材に隠れた瞬間その機材を登って上に張り付いていたのだ。遠目で見ても視界に入らない程上に上に。


故に血痕はその場で途切れ ジュリアンに気付かれる事なくその場からあたかも消失したかのように見せる事に成功したんだ。


と、言うもののそこまで仰々しく言うほどのことでもなければジュリアンが少し落ち着いて周囲を観察したりちょっと考えたり、なんだったら迂闊に近づきもしなければ直ぐに看破出来た子供騙しにも近い小賢しい策謀…いや策謀と呼ぶにはあまりにも滑稽な悪足掻きでしかないだろう。


こんな手に出るくらいならある意味勇敢に突撃した方がまだ生き残る確率はあるだろう…、はっきり言って分の悪い賭けだった。


だがステュクスにはその分の悪い賭けに勝つ勝算があった。この圧倒的に不利な賭けに間違いなく勝ち、ジュリアンを己の眼下に誘き寄せられると計算していた。


理由なんてのは、そんなの一つしかない。


ジュリアンは銃の素人なのではない、『戦闘行為そのものの素人』なのだ。


いくら殺人を躊躇しなくてもその手際は圧倒的に悪い、先程も逃げるステュクスを後ろから追って銃を連射してきた。もしあれが殺しや戦闘のプロなら迂闊に追いかけ回さず回り込んだり疲弊するのを待ったりするだろう、相手を仕留める瞬間というのは戦いの中で最も神経を使う場面なのだ。


そこでジュリアンは隙を見せていた。そこに気がついたステュクスは一計を案じた。


それがこの子供騙し。普通なら引っかからない策にジュリアンは乗ってしまった、何故ならステュクスを見失うということは自分の優位性を失うということ、自分が優位でないと理解した瞬間人は恐怖する…素人たる彼はその恐怖にいとも容易く飲まれて乗ってしまったのだ。


恐怖に飲まれた人間が取る行動は二つ、『逃走』と『再確認』。ジュリアンはそのうちの一つである『再確認』の為にまんまと寄ってきたのだ。


「この距離ならこっちのもんだぜジュリアン!」


「ヒッ!?」


戦いの素人が強力な武器を得たからといってそう易々と勝てるほど甘くはないのだ、闘争は。故にデルセクトは未だ帝国とアルクカースに軍事力で劣るのだ。


それをデルセクト人たるジュリアン自身が理解出来ていなかった。


機材から飛び降り剣を振り下ろすステュクスと恐怖により迎撃よりも腕を前に出し防御を選んでしまうジュリアン。そこに二人の明確な差があった…それがこの戦いを決定づけた。


落下に伴い速度を増したステュクスの剣は、その腹を叩きつけるようにジュリアンの頭部に向かい、そして…………。




「ッえ!?」


直後ステュクスが聞いたのは異音、想定していなかった音。即ち金属音。


振り下ろしたはずの剣が何か硬い物に阻まれて弾かれたのだ。だけどその目には何も写っていない 手応えだけが確かに存在する不可解な現象を前にステュクスは混乱しながらも一つの答えを導き出す。


(これ…魔力障壁か…?)


弾かれ空中で態勢を崩すステュクスは思い至る。この感触には覚えがある、魔力を張り巡らせてバリアを張る魔獣を相手にした時のこと、その不可視の壁に剣を阻まれた時と同じ感触だ。


それと同じ物をジュリアンが身に纏っている?。確かに魔力の扱いに長けた人間の中にはそういう真似が出来る奴もいる。けどそれはそれこそ卓越と言えるまでに高めた一部の達人だけ…ジュリアンがそんな高等な技術を使えるわけが…!。


「うっ、念の為…持ってきておいて良かったよ。帝国の最新鋭の装備を…」


「魔装か…!?」


帝国には魔力を動力源として動く道具がある。それを装備に転用した魔装は魔術を扱えない人間にも魔術と同程度の力を与えると聞く。


マレウスに存在する魔導具と同じ…、魔力を動力にする装備、そうだよ ジュリアンは戦闘経験こそないが浅はかな男じゃない。


錬金弾丸という矛を用意したなら、魔力障壁を発生させる魔装と言う盾も用意して然るべきだ。


浅はかだったのは…俺の方かッ!?。


「この距離なら…なんだったかな?ステュクス」


刹那引かれる引き金、向けられた銃口から放たれる弾丸は至近距離のステュクスの体を数度貫き、その体が地面に落ちる頃にはその体に三つの風穴を開け、その痛みと衝撃から剣を取り落とし大地に叩きつけられる。


「ごはぁ…」


「上手くいかないねぇ…ステュクス」


「ッ…くしょう…」


喉の奥から溢れる血を噛み締めながらも、立ち上がろうと手をつくステュクス…しかし。


「これで、チェックメイトだ…残念だったねぇ」


「ッ……」


突きつけられる銃口がステュクスの額を捉える。


魔力障壁と錬金弾丸を持ち経験はないながらも盤石の攻守を備えたジュリアンにより、ステュクスの打つ手は全て絶たれた。


剣は無く 体は傷つき、そして今 命さえも刈り取られる寸前にある。


最悪だ、やらかした。英雄にでもなったつもりだったのか…俺は。


逆転の一手を思いついて 華麗に相手の裏かいて、それで勝てるのは『持ってる英雄』だけだ。所詮半端者の俺には…。


「気分がいいね、勝つってのは」


「テメェ…明日クーデターを起こしても同じ事言うつもりか、無用な内乱を起こして人の命を奪っておいて、屍の上で笑うつもりか…気分がいいって」


「全く、君はこの後に及んでもそれかい?。呆れるよ…!私の行いがアド・アストラのプラスとなる以上これは偉業なのさ!大業なのさ!何故そこを理解しようとしない!」


「プラスとマイナスで語ってんじゃねぇ!。テメェの性根の話をしてんだよ!人類の為だと口にしながら一国滅ぼそうとする矛盾に気がつかず、目先の利益に目が眩んだテメェの性根のな!」


「利益見ずして商いは成り立たないのさ、…何処まで相容れないね」


ジュリアンがトリガーに指をかけ、俺の眉間に銃口を押し当てる。


殺される マジで死ぬ。死ぬ覚悟は決まってたけど死ぬつもりはなかったんだ、ここで死ぬわけには絶対に行かない。


だがどうする、剣は先程落として手元にない。体だって風穴だらけでむしろ今死んでないのが不思議なくらい。おまけにジュリアンの装備は一級品…錬金弾と魔力障壁。


これら全部を一気に解決するなんて俺には無理だ。…無理なのか、無理なのだろうか、俺には…そもそも何かを救おうなんて。


英雄でもなければ救世主でもない…俺には。


「これで終わる、そして始まる…私の…そしてメルクリウス様が全てを制する時代が」


「ッッ……」


何も出来ない俺に出来ることと言えば、ジュリアンから目を背けず最後まで睨みつける事くらいだ。なんとか…なんとか出来ないか、そんな思考だけを最後まで続けて…俺は。


ゆっくりと押し込まれるトリガーを見て……ん?。


「え?」


そう驚愕の声をあげたのはジュリアンの方だった、鳴り響いた金属音に…背後から鳴り響いた轟音に思わずジュリアンは背中を確認する。


するとそこには…。


「剣?」


カランカランと音を立てて転がるひしゃげた鉄剣がジュリアンの背後に一つ落ちていた。一体何が…そんな言葉を口にするよりも前にもう一度 今度は振り返ったジュリアンの目の前で爆音と閃光が爆ぜる。


「なっ!?なんだ!?」


「よく狙って!姉ちゃん!」


「あーもー!何あれ!当たらないんだけど!」


「お前らは…!誰かと思えば食い逃げしたガキ共じゃないか!」


機材の上に陣取る影が二つ。大量の剣を両手に抱えたリオスとそんなリオスから剣を受け取りジュリアン目掛けて投擲するクレーがそこにいるのだ。


「お前ら…なんでここに!、早く外に逃げろって!」


「子供扱いするな!…いや私達は確かに子供でガキで小さいし冒険者にもなれない歳だけど!それでも一人の戦士なんだ!誇りある戦士なんだ!。仲間と見定めた男が戦ってるのに尻尾なんか巻けるかーー!!」


投げつける、警備兵達から強奪したであろう剣の束を次々と受け取りポイポイとヤケクソ気味に投げつけるクレーは叫ぶ。


子供扱いするな 自分達は誇りある戦士なのだと。いくら家を抜け出し 誇りを捨てて ドブネズミのように生きたっての血潮に刻まれた誇りが二人から逃走すると言う選択を奪う。


ステュクスが何をしに行ったか分からない、けど自分達を危険から遠ざけようとしているのは二人にも理解できた。そして今遠ざけられている現状を鑑みるにステュクスは一人で死地に向かったのだと推察した二人は急いで引き返してきて…。


でも丸腰は普通に危険なので殴り倒した警備兵から装備を奪って急行し、機材の上という高所に陣取りジュリアンへ攻撃を仕掛けたのだ。


「バッッカ野郎!誇りがなんだ!命に代えられねぇ!逃げろ!こいつにゃ攻撃は通じないんだよ!見りゃ分かるだろうが!」


「ステュクスだって!命懸けで戦ってるじゃん!命を懸けて戦って!私達を守って!また別の何かを守ろうとしてる!、私達はそんなヒーローになりたくて冒険者を目指してるんだ!!」


「そうだよ!ここで逃げたらきっと俺達は一生冒険者になれない!。冒険者の登録は出来ても…お父さんを見返せるような凄い冒険者にはなれないんだ!」


だから引くわけには行かない、危険でも 子供でも 敵わなくても挑まなくてはならないのだ。


ジュリアンにではない、己達が胸に抱いた夢に 二人は逃げる事なく挑み続けなければならないのだ。


「ぐっ、くそ…」


そんな中ジュリアンが一歩引く。クレーの投擲の威力と速度にたじろいでいるのだ。


ただ剣を抜いてポイポイ投げるだけの攻撃とも取れぬ悪足掻き。だがクレーの怪力から発射されるそれはボウガンの一撃すらも凌駕する破壊力を纏う、そんなのが続けざまに連射されるのだ。


いくら魔力障壁で防御してもその衝撃はジュリアンの動きを止める。


「だからお願い!ステュクス!私達にも戦わせて!。私は…貴方みたいになりたいの!貴方みたいに強くなりたいの!」


「グッ…お前そりゃあ…」


そりゃずるいだろ、そりゃずるいよ。リオスもクレーも狙って言ったんじゃない事くらいわかるけどよ。


そいつは…俺がヴェルト師匠に弟子入りを懇願した時と同じ目だ。強くしてくれと足にしがみつき 貴方みたいにしてくれと駄々をこねた子供だった俺と同じ目だ。


未熟で世間を知らず己を知らず怖いものも知らず。ただただ憧れだけを抱いて飛び込める向こう見ずさ…嫌だねぇ。


俺そういうのに弱いんだよ!。


「分かった…子供扱いはしない」


「ほんと!」


「その代わりもう守らねぇからな」


「別にいいよ!俺達頑張るから!」


「ああ、だから…悪い!俺死にそうなんだ!手を貸してくれるか!リオス!クレー!」


「うんー!ステュクスー!!」


「任せてー!」


「子供二人増えた程度で…戦況が変わるとでも!?」


ジュリアンが忌々しげにこちらに拳銃を再度向ける。だが遅い 余りに遅い!こっちはもう動き始めてんだよ!。


「リオス!クレー!悪い!ここ任せられるか!」


横っ跳びに飛躍し己の剣を回収しながら二人に叫ぶ、ここを任せられるかと。


子供扱いはしない、それはジュリアンみたいな年齢を無視した平等主義とは違う。庇護対象には抱かない一段上の信頼を寄せるという意味合いの言葉。俺は信じるぜ お前らの根気と覚悟を!。


「いいよ!時間稼げばいいんだね!」


「ああ!今から俺はジュリアンが一番やられたくない事をやる!」


「ッッ!!やめろ!ステュクス!待て!」


「嫌だね!」


「チッ!『Alchemic・homing hornet』!」


走って逃げる俺の背中目掛けて飛んでくるのは空中で相手を追尾する錬金弾、迎撃も回避も難しいそれが迫ってもなお俺は振り向かない


だって、そこは任せたもんな!。


「おりゃぁぁーーー!!!」


「なっ!?」


俺に迫る鉛の蜂は上空からクレーによって放たれた剣雨の衝撃波により打ち砕かれる。地面に落ちて炸裂するはずの鉛の蜂も弾丸の如く飛んでくる剣が炸裂する衝撃により火薬ごと破壊されては意味がない。


「くっ!邪魔な…!」


「お前の相手は私だ!、さぁどんどん投げるよ!リオス!…あれ?」


「も もう持ってきた剣全部投げちゃったよ姉ちゃん!」


「嘘ー!?」


さぁここからだと言う場面で持ってきた剣が無くなったとリオスは両手を広げ、考えなしに連射してしまったと頭を抱えるクレー。そして 静かにほくそ笑むジュリアンは…。


「はははっ!そっちは弾切れみたいだねぇ!、残念残念…ステュクスを殺した後で君達もちゃんと殺してあげるからそこで待ってろよ!!」


「ぐぬぬ…こうなったら!!!」


このままでは折角仲間扱いしてくれたステュクスにか合わせる顔がない。ようやく自分達の誇りを貫く生き方を取り戻せるはずだったのに…こんな所で諦めてたまるかと剣を失ったクレーは歯軋りしながら地面を…、否 足場にしている機材に腕を突き刺し。


「どりゃぁぁああああ!!」


「は?え?」


ベリベリと鉄製の機材の皮を剥ぐように鉄を毟り取るクレーの異様な姿に思わずジュリアンの足が止まる。鉄がまるで日焼けした皮みたいに毟られる…そんな不可思議な光景に足を止めてしまうのだ。


その隙を逃さずクレーは。


「死ねぇぇええええ!!!!」


「な!な!な!?」


毟り取った鉄を腕の中で丸め巨大な鉄球としてジュリアンに投げつけるのだ。その凄まじい質量と速度で飛来する鉄の塊さえも魔力障壁の前には無力に終わる、ジュリアン自体にダメージはない。


「もう!あれ卑怯だよ!当たんないじゃん!」


「な…………な」


だが…、ジュリアン自体にはダメージは無いが。彼の顔はみるみる青く染まり 頭を抱え…。


「お前その機材幾らしたと思ってんだよォッ!!」


彼の懐には大ダメージなのだ。ここにある機材は全て蒸気機関と魔力機構を合わせた最新鋭の設備ばかり!一つ揃えるのに貴族ですら家を売らねばならないほど高価なものだと言うのに…、それをその辺のクズ紙を毟るみたいに破壊され、ジュリアンは平静さを失う。


「弁償だぞ弁償!分かってんのか!?おい!降りてこいクソガキ!ぶっ殺してやる!」


「…ははーん、なんか弱点見つけちゃったかも…ね!リオス!」


「うん!そうしよう!姉ちゃん!」


明らかに取り乱すジュリアンの姿に、リオスとクレーの中に眠る戦略家としての勘が囁き、かつて父ベオセルクが語った軍略論が脳裏を過る。


父が語る戦争の必勝法…それは『徹底的に相手が嫌がることをしろ。一切容赦することなく相手の大切なもの大事にしているものを叩け。破壊しようとするだけで相手は守勢に回るし破壊出来れば士気も削げる…こんなお得な戦い方はねぇよ、ククク』と!。


つまり!今ここでジュリアンがひたすら嫌がることをやればいいと理解した二人はあちこちの機材に飛び移り。


「おりゃぁぁぁぁあ!!」


「よいしょぉぉぉおおお!!」


各地の機材の鉄壁をベリベリと剥いでそれをジュリアンに向けて投げつけるのだ。当然ジュリアンの持つ魔力障壁はそんなもんじゃビクともせずその鉄球を全て弾き返し完全なる防御を実現する…が。


「や やめろぉっ!おま!それ!高いんだぞ!高いんだぞ!?お前らが一生かかっても弁償出来ないやつだぞ!!」


「散々叩いてくれたお礼だよ!」


「あ!あ!それだけはやめ!あぁぁあああ!!、再発注するだけでも三年は待たないといけない最新設備を!一式買い揃えるだけでも城が建つ設備を!おまえぇええええ!!!!」


「あはははは!たのしー!どんどんぶっ壊そう!」


ジュリアンの精神はみるみるうちに破壊されていく。自分の城が 会社の生命線が破壊されていく、もうどう考えても明日の業務は行えない…いや、それだけじゃ無い。これは…これは…!。


「あ ああ、損失分だけでも我が社が吹き飛ぶ。もうヘリカル製鉄所はおしまいだぁあぁあああ……」


茫然自失。膝をついてヘラヘラと笑う。もう笑うしか無い、子供二匹殺そうとしただけでこの大損失…ヘリカル製鉄所が破産確定まで追い込まれるとはさしものジュリアンも予想だにしなかったのだ。


「リオスを殴ったんだから!このくらいの罰受けてもらわないと!」


「でも食べちゃったご飯の分はまた今度弁償するね!」


「そんなもん…そんなもんどぉぉぉでもいいわぁぁあああああ!!あんな見てくれだけの安物なんざ知るかぁぁぁっっっ!!!死ねぇぇぇぇ!!!!」


呆然から一転半狂乱になって銃をやたらめったらに連射するも リオスとクレーが投げるのは人の体ほどある大きな鉄の塊なのだ。豆鉄砲同然の拳銃ではそもそも勝負にならない。


「クソが!クソがクソがクソがぁぁぁあああああ!!!」


「……ねぇねぇリオス」


「うん?何?姉ちゃん」


「お父さんの教えてくれてたことって正しかったんだね」


「あー…うん、確かにね」


何だかんだあの人は本当に必要なことだけを惜しみなく教えてくれてたんだなぁと暴れ狂うジュリアンを前にコソコソと話しながらも機材の鉄を破壊しながらジュリアンにえっさほいさと投げつける。


「そりゃぁぁあああ!!」


「あ…あはは、あは…私の城が…栄光の始発点が。ここから始まる私の偉業の第一歩が…歴史に名を残すはずだった私が、こんな…あは…あはは…かかか」


もう取り返しがつかない、幾らここであの二人を捕まえ殺しても機材は戻ってこない。このままいけばヘリカル製鉄所とジュリアンは終わりだ。


だが…、まだ残された手があるとするなら。


「もう私にはロストアーツしかない。あれさえあれば!明日メルクリウス様から支援さえ受けられれば!クーデターさえ成功すれば!!!」


「あ!アイツ!逃げてくよ姉ちゃん!」


「こらー!逃げるなー!高そうな奴壊しちゃうぞーー!!」


ガシガシと工場内部でもひときわ大きな設備を蹴飛ばし破壊してもジュリアンは完全に無視を決め込みステュクスを追いかけていく。


もうジュリアンにはロストアーツしか残されていない、ならそちらの死守に回るしかないのだ。死に物狂いになった今のジュリアンに迷いはない。


そうなるともうリオスとクレーには打つ手がない。幾ら物を投げてもあの魔力機構がある限りジュリアンは無敵だ、止められない、


けど…。


「どうする!?姉ちゃん!」


「もう十分足止めしたと思うよ。後はもうステュクスに任せよう」


「でも…行かなくていいの!?」


「ここで待つ、ステュクスは仲間だから…叔父さんも言ってたでしょ?、助けるばかりが守るばかりが仲間じゃない。時には信じて待てって」


ラグナ叔父さんの言った『時には信じて待て』という『時』が今かは分からない、だがステュクスに何か策があるのは一目瞭然だった。ならば後はそれを信じてここで待つべきだろうとその場に腰を下ろしステュクスの消えた方を眺めるクレー。


ここでステュクスがしくじって死んだとしても、ジュリアンが目的を果たして私達を殺しに戻って来たとしても、私はここを動くつもりはない。


彼を待つ、彼を信じる、彼に信じてもらう、その選択をして彼に賭けた以上相応の覚悟を示すべきだ。


まぁ簡単な話が、ステュクスが生き延びたら私たちも生き延びる ステュクスが死ぬなら私たちも死ぬ、それだけの話だ。


「待つよ、ステュクスを」


「う うん、でも姉ちゃん…」


「何?」


「あの魔力障壁を抜くのは…難しいと思うな」


弱気になりながらリオスが呟く、私以上に軍略や戦略の勉強をしているリオスが言うなら実際にそうなんだろう。一連の流れを見て分析するに恐らくジュリアンが用意しているのは物理攻撃特化型障壁…故に私達の鉄球を食らってもビクともしなかった。


魔力を纏わない攻撃ならば或いはその殆どをカット出来る無敵の障壁。叔父みたいに拳に魔力を纏わせて殴りつければ破壊は容易い、だが魔術が使えないステュクスにはそれが難しいだろう。或いは付与魔術の使える私達が援護に入った方がいいのかもしれない。


けど…。


「それでも私達はステュクスに任せた、任せた人間の務めは待つことだけ」


ステュクスは私達を信じたから、私達もステュクスを信じるよ。直ぐに帰ってきてくれるって。



………………………………………………


「ぜぇ!ぜぇ!あぁー!くそ!痛ぇーーー!!」


絶叫、銃弾が貫通して穴の空いた袋みたいに血が中から飛び出しながらもステュクスは走る。目指すは地下 その為にリオスとクレーを彼処に置いてきた。


もう立ち止まれない、例え殺されても立ち止まれない。俺はアイツらを信じた 俺はアイツらに信じさせた!信じさせた人間の務めは進み続けることだけ。


何も考えるな!傷なんか後でいくらでも治して貰えばいい!。


「あった!、地下への階段!これを…ぅおっ!?」


進み続けた奥にようやく地下に繋がる大階段を見つけ慌てて駆け降りようとした瞬間、血で濡れた足がズルリと滑り階段の下へと真っ逆さまに滑落する。


「ぅぐぅ…しょ ショートカットできたと思おうか…」


体が二、三度回転し地下へと叩き落とされながらもフラフラと立ち上がる。


眩む目で周りを確認すれば…、薄暗い廊下が目の前に続いているのが見える。この先にロストアーツが無ければ俺は今世紀最大のバカだ。


いや!ある!そう信じてここに来たんだ!。


「頼むぜ…頼むよ…頼むって…」


譫言のように呟きながら揺れる頭をなんとか支え薄暗い廊下を進み続ければ。


あった!扉が!。


「なんだこの扉…」


廊下の奥にあったのは鉄の扉だ。真っ赤なバツが書き込まれ、特務作業員以外立ち入り禁止の警告文がデカデカと書き込まれたその扉を開けようと取っ手を掴むが。


まぁ当然鍵は閉められている。そして俺は鍵なんか持ってない…けど!。


「こんなところで止まれるか!開け!開け!!」


剣を何度も取っ手に叩きつけへし折り破壊し無理矢理鉄の扉をこじ開け中へと踏み入る、すると扉の向こうから差し込むのは淡い光だ。


ロクな光源さえ無いはずのこの地下に、薄く青い光が差し込むんだ。これはやはり何かあると確信しつつ、中の様子を確かめると。


「何じゃこりゃ…」


元々、ここは使わなくなった機材や一時的に鉄材を置くための地下倉庫として使われていたらしい、入ったことはないがやはり想像通りかなり広く上も横幅も奥行きも かなりの物だ。


だが今この地下倉庫には見たこともないくらい高度な機械の数々が配置されている。上に置いてある工業用の機材だってここ数年で起こった技術革新にろり生まれた最新設備のはずだ、けどそんなそれらが時代遅れのガラクタに感じるほど高度な技術によって作られた未知の機器の数々に思わず目を奪われる。


これは…蒸気機関で動いてない、純度100%の魔力機構だ。巨大な液化魔力タンクが十数台並べられ稼働するそれぞれの機械達は隙間から淡い青光を放ち音もなく動き続けている。


すげぇ…これがアド・アストラが持つ真の技術力かよ。


「恐ろしいなぁ…世界の裏側ではこんな凄い技術が跋扈してんのか」


そんな見慣れない機器に若干の恐怖を覚えながらも歩いていると、ある一つのことに気がつく。


ここに置いてある機材は全て、部屋の中央に置かれている棺桶型の機器に接続されている事に。もしかしてここに置いてある全てがあの棺桶を動かすためのものなのか?。


だとすると…この中にロストアーツが。


静かに棺桶の取っ手に手をかけ…。


「待て!ステュクス!!」


「あ?ジュリアン」


ゼェゼェと息を吐きながら地下室の出入り口より慌てて転がり込んでくるジュリアンは、血走った目と銃口をこちらに向けて怒鳴り続ける。


「ゼェ…はぁ…、そ…それから離れろ」


「ってことはこれがロストアーツか、正解を引けたようで何よりだ」


「それはアド・アストラが世界を守護するために作り出した絶対兵器だ!、謂わば人類の希望そのもの!!お前みたいな薄汚い人間が触れていいものじゃ無い!!」


「そりゃお互い様だろ、いや?人を殺して血で汚れた手よりかはマシか」


「ッ…それはまだ調整段階なんだ、今蓋を開ければ注ぎ込まれている魔力が暴走してこの部屋が吹き飛ぶぞ!」


「そうなりゃ明日の会談は中止だなぁ」


「貴様ァ…殺す!!」


「脅しはやめときな、通じねぇよ」


拳銃を向けながら冷や汗を流すジュリアンは、きっと俺を殺すつもりだろう。


けど、撃たないのは分かってる。


「何をォ…!?」


「他の機材に銃弾が当たったら、ロストアーツに傷がついたら、…今あんたの賢い頭の中にはそんな考えが渦巻いている。故に撃てない…俺がここに来た時点でお前はもう詰みなのさジュリアン」


そう口にしながら取っ手に手をかける、蓋を開ければ爆発するか。そうなりゃ死ぬけどジュリアンも計画を絶たれる、死ぬ覚悟は出来てるけど死ぬのはやっぱり嫌だ…けどそれでも覚悟だけは出来てんだよ。俺はさ。


「さて、アド・アストラが蘇らせた古代兵器とやら!見させてもらいますかね!!」


「やめろぉぉおおおおお!!!!!」


もう遅いよ!、そう口の中で言葉を噛んで思い切り力を込めて取っ手を引いて棺桶の蓋を外し…中身を解放する。


「ッ…!」


その瞬間棺桶の中から飛び出してきたのは眩い魔力光だ。けど光るばっかで爆発なんか起こりゃしない。


もしかしてあれはハッタリだったのか?、なら虚仮威しもいいところだ。


悪態を内心吐きながら俺は煌めく魔力光を手で防ぎ。その中を…目にして…。



「うぉ…マジか、これが…古代の超兵器って?」


そこにあったのは確かに兵器、けれど想像してきたよりも余程馴染み深い形。


…剣だ、棺桶の中に安置されてきたのは一振りの剣。これが…アド・アストラが総力を挙げて復活させようとした魔女時代の古代兵器?。


「思ったよりも…結構…うん」


なんて意味のないことを口にして、思わず手に取る。


無骨な柄、時計見たいな計測器がごちゃごちゃと着いた鍔、そして真紅と白銀の片刃の剣…。形としてはサーベルに似てるが…これ強いのか?。


「なぁジュリアンよぉ、これ退職金代わりにもらっていいかな」


「はぁぁ!?ダメに決まってるだろバカじゃないのかお前は!というか返せ!ロストアーツを!星魔剣ディオスクロアを!!」


「星魔剣ディオスクロア…、こいつそういうのか?大層な名前だなおい」


ディオスクロア文明圏と同じ名前で十三あるロストアーツのうちの一つがこれ…か。


でもジュリアンはこいつを使ってクーデターを成功させようとしていたことは事実。なら…きっとこいつにはとんでもねぇ力があるのだろう。


ちょうどいい、この窮状を打開する一手として使わせてもらうぜ!。


「行くぜ!星魔剣ディオスクロア!」


「ッ……!!」


構えを取り、裂帛の気合と共にジュリアンも反応出来ないほどの速度で俺は奴の脳天に斬撃を…。


「あれ?」


しかし、阻まれる…星魔剣ディオスクロアがジュリアンの魔力障壁に引っかかりガリガリと音を立て…。え?あれ?弱くね?。


「これだけ?、え?全然普通の剣じゃん」


「っ…何故だ、星魔剣ディオスクロアならこんな魔力障壁くらい…、まさか起動してないから…あ」


「ああ、これ動かさないとダメなやつなの?、なぁ起動ってどうやってするの?」


「教えるわけないだろうが!返せ!死ね!!」


「やべ…」


ジュリアンの失言からこの剣が起動をしていない事を理解し、咄嗟に拳銃をぶっ放すジュリアンから逃げるように走り回る。やはり他の機材には当てたくないのかやや控えめな銃撃くらいなら遊びながらでも回避できる。


その間に俺は星魔剣をあれこれ見て回る、起動していないと言うことは何処かに起動する為の何かがあるはずだ、うーん…たくさん機械が付いていてよく分からない。


ん?、お?あれって…。


「よいしょ!なんか見つけた!」


「あ!お前それ!」


その辺の機材の上に乗せられていた冊子を手に取る。もしやと思い中を見てみれば…ビンゴ!取り扱い説明書だ!しっかり仕舞わないからこう言うことになるんだよ!。


「えっと?どれどれ…」


ジュリアンが打ちたくないであろう魔力タンクの裏に隠れたり機材の後ろに隠れたりとあちこちを飛び回りながら説明書の中に目を通す。



『ロストアーツ・No.13 名称星魔剣ディオスクロア』


これはかつて大いなる厄災の折に活躍した英雄アルデバランの持つ星槌ディオスクロアのレプリカにしてより適切な形へと変化させた星魔剣である。


かつて激化した大戦の最中、十三大国を挙げてそれぞれ至上の魔術武装を完成させていた。これはそのうちの一つであり 魔術戦最強の武装である。


絶大な魔力を内包するこの魔術兵装の動力源は───。


……って、別に完成の成り立ちとかはどうでもいいんだけどな。


「ステュクス!!それを返せ!!」


「おっと、ヤベェヤベェ」


逃げ回る俺を追いかけ回し銃撃を繰り返すジュリアンから逃げつついくつのページをパラパラと捲る。俺が欲しいのはこの剣がどう言うものなのかではなくどう使うかの情報だけだ。


うーんと、えーっと…あった!使用説明!ここだ!。


「……これマジか?、もしここに書いてあることが本当なら…」


使用説明の欄に書かれたこの剣の力を読み、そして戦慄する。そんなのがアリなのか?これマジならお前…。


今の魔術師が利かせてる幅を全部蹴散らせるぜおい。


「なるほど、対魔術戦最強の兵器か…こりゃいいもん貰っちまったな」


「渡したつもりはない!!」


「フッ…!」


俺目掛け放たれる銃弾、それを半身で躱し用済みとなった説明書に叩きつけ、紙吹雪が室内に舞い散る。


「さっき悪かったな、今度こそ…行くぜ星魔剣」


使い方はもう分かっている。起動のさせ方は両手で柄を持ち、そいつをグルリと思い切り捻る!。


「『エーテル・フルドライブ』!!」


起動詠唱に反応し、柄部分にはめ込まれたいくつもの計測器が動き出し、臨界に達し、星魔剣が光り輝く。刃が淡い紅の光を放ち静かに俺に伝えるのだ。


『いつでもいける』と、まるで使われる時を待っていたかのように…俺に。


「ぐっ…う!、星魔剣ディオスクロアが!」


「これが!お前が向けようとしていたもの!罪のないこの国の人間にぶつけようとしていた兵器なんだよ!」


「ぅっ!くそ…来るな!来るな!!『Alchemic・homing hornet』!」


最早何も気にすることはないとばかりに放たれる追尾弾、こいつを前にして逃げても無駄なのは分かってる。そして もう逃げる必要がないこともな!。


故に踏み込みと共に正面のジュリアンに向け飛躍し、手の中の星魔剣を。


「どっせぇぇえい!」


切り裂く、放たれた鉛の蜂を。しかし鉛の蜂は切り裂かれた程度では止まらない、内部に仕込まれた火薬が破裂し針を飛ばしてくるのを知っている。


だがどう言うことか、切り裂かれた鉛の蜂は星魔剣に触れられた瞬間その動きを止め 鉛の蜂からただの鉛へと戻り。力なく地面に転がる。


これがこの星魔剣の力…、対魔術戦最強の兵器の力だ!。


「はははっ!マジかよ!こりゃいい!これなら…お前の壁も関係ねぇって事くらい、お前にもわかるよな!ジュリアン!!」


「あ…ああ……」


最早何も通じないのをジュリアンだって分かってる。この剣の力を何よりも知る彼自身がそれを理解している。


故に呆然、目の前で崩れゆく自分の栄光を前に、彼は遂に理性さえも破壊され…はたと気がついたその時、既にステュクスが目の前で剣を振りかぶっていて。


「ヒッ!?く 来るなぁぁぁ!!!」


「『喰らえ』!星魔剣!!」


振り下ろされた星魔剣はジュリアンの無敵の障壁に激突し。今度はヌルリと刃が壁を貫通する。


この剣に秘められた真の切れ味が障壁を切り裂いたか?。少し違うな、星魔剣ディオスクロアは目の前の魔力障壁を『喰らった』のだ。


この星魔剣に秘められた幾つかある機能の中で代表的なものを挙げるとするならばそれは『魔力吸収』。つまり星魔剣は目の前に存在する魔力事象を吸い上げ自身の力に変換出来るのだ。


この剣に斬りつけられればどんな魔術も吸収され無力化される。どんなに強固な魔力でも吸い上げ自分の力に変えることができる。


それは事実上、究極の魔力防壁を持つ魔女にさえ傷をつけることが出来る唯一の剣…と言うことになるのだ。


「わ 私の障壁が!!」


目の前の刃にみるみるうちに吸い込まれていく魔力障壁を止めることはジュリアンには出来ない。


どんな障壁もどんな魔力防御も星魔剣の前には無意味。どんな魔術もどんな魔力事象も星魔剣の前には無力。魔力と魔術で繁栄したこの世界を根底から覆し否定する剣…それが星魔剣。対魔術戦最強の由来こそがこれなのだ。


「よう、やっと会えたな」


「ひっ…!」


最早ジュリアンを守る壁はない、ジュリアンを守る剣も盾もステュクスと星魔剣によって取り上げられた。この後どうなるのか…分かる 分かってしまう、ジュリアンは賢いから。


「最後に礼を言わせてくれや、アンタの言う通り俺は野心とか夢とか冒険心とか…そう言うのを失っていた、そこは事実だ。けどどうもそれを取り戻させてくれたのもお前らしい!」


「す…ステュクス、や やり直さないかい私達、君の望みなら聞くよ何でも!今までの事は水に流してあげよう!地位だってなんだって渡そう!だから…!」


「ハッ…これからは信念に従って生きることにしたのさ俺は。だから…俺の信念を侮辱する奴は…!」


ステュクスが構える。剣を横に倒し背後に振りかぶるように大きく大きく振りかぶり…。


「叩き斬るッ…!『吐き出せ』!星魔剣!!」


当然、吸った魔力は吐き出すことも出来る。刃を通して喰らった相手の魔力を内部に蓄積し様々な形で運用する事を可能としているのだ、故に星魔剣使いを相手に無防備に魔力を晒すことは自殺行為に繋がる…それを分かっていたはずなのに。知っていたはずなのにジュリアンはそれを許してしまった。


その時点で彼は敗北していた…いや、本当はもっと前から彼はステュクスに敗北していたのかもしれない。


「師匠直伝…奥義!」


輝く刃を持ち直し、ステュクスが構えるのは師匠より授かった奥義の一つ。師匠からはここぞと言う時にと教えられ それ以来使ってこなかった大技。ヴェルト師匠が騎士団長時代の必殺の奥義として用いた秘技を…ここで!。


「あ…ぁ…あぁぁ」


まるで地を這うが如く軌道で下から潜り込むように飛んでくるステュクスを見て、ジュリアンは見る…悔し涙と共に走馬灯を。



世界を導くメルクリウス様のお役に立つ為に、何でもしてきたつもりだった。商売に身を入れ邪魔な物は何でも排除して力が必要なら親さえ騙してもぎ取った。全てはメルクリウス様の為…いや、彼の方がしている大業の傍に自分の名を刻み込みたかったから。


そこでようやくジュリアンは己の間違いに気がつく。


(自分の名を…そうか、それは野心じゃないか 夢じゃないか)


野心、夢、冒険心。それは彼が何よりも疎む物、唾棄すべきと考える物だ。身の丈に合わぬ野心を抱いて人は破滅する…だから私の傍に立つ人間に野心や夢は不要だと、私は言い続けて事実それを持つ者を排除し続けてきた。


だと言うのに、肝心の私自身が野心を捨てきれていないとは…。なるほど、私が野心を捨てきれなかった時点で、この計画を発動しようと踏み切った時点で私は敗北していたのか…。


「は…ははは、あはははは」


なんて間抜けな話だとジュリアンは笑う、自身の権威を欲し自己顕示欲に塗れた時点で敗北していたとは…何と滑稽なのかと。


全てを悟り自らの終わりさえも悟ったジュリアンに向け、それでも終幕を与える一撃は容赦なくステュクスの手によって放たれる。


其れはかつて散華の剣と呼ばれた神速の斬撃。一説によれば友愛の剣士ヴェルトが剣を振るった所、舞い散った花弁が全て真っ二つに引き裂かれたと逸話の如く語られる奥義。


誰も彼もがヴェルトの真似をした、散華の剣をモノにしようと彼を崇拝する部下や彼のライバルまでもが模倣し失敗し誰もが成し得る事は出来なかった。剰え年老いたヴェルトにさえも…当時の真似は出来ないだろう。


今はもう伝説となったその剣を、今使えるのはきっと彼が唯一持った教え子ただ一人。


血の滲むような訓練を風の日も雨の日も繰り返し、師への憧憬と幼い憧れだけで一つの頂点へと上り詰めた彼の剣技、師匠の奥義の技の名を受け継ぎ口にする。


その奥義を。


「『流花散弁 刃千武裂』ッッ!!!」


星魔剣の持つ七つの機能が一つ『魔統解放』、吸い込んだ魔力を全て爆発させ所有者の技量に関わらず一撃限定で魔力覚醒と同程度の斬撃を放つ事が出来る。


これを利用したステュクスの奥義が炸裂する。一撃で複数の斬撃を同時に放つこの『刃千武裂』ならば星魔の力を十全以上に引き出すことができる。


それにより放たれる無数の一撃は全てジュリアンに叩き込まれる、峰打ちとはいえ覚醒級の攻撃力で殴られれば…。


「がはぁっ…!?」


吹き飛ぶ。蜘蛛の巣のように煌めく斬撃の光芒の中、歯は折れ骨は砕け何度も何度も空中で回転しジュリアンを横目で眺め、ステュクスは一つ息を吐く…。


「フゥ、門出の品…確かに頂いた」


大地に落ちる彼に手向ける言葉と共に、星魔剣を肩で背負い彼は歯を見せる。


これで終わりだ。


…………………………………………………………



戦いは終わった、命がけの戦いはステュクスの勝利に終わり 計画の要たるロストアーツ・星魔剣ディオスクロアは今彼の手に渡った。もうクーデターは起こせない、と来りゃあもうこの街にいる必要はないよな。


仮にもアド・アストラの一員であるジュリアン・社長をボコボコにしちまったんだ。この街どころか魔女大国の庇護にある国にも立ち寄れない。


こっから先は、果てのない逃亡生活になるだろうなぁ。


「イテテ!いや痛いんですけど!?治癒魔術なのに何で痛いんだよ下手くそ!」


「痛くしてんのよバカ!死にかけて戻ってきて!怪我してくるとは思ってたけど本当に死にかけで戻ってくんじゃないわよ!、これなら私もついていった方が良かったわ!」


「まぁそう言うなよカリナ、お前らが旅の準備してくれてたお陰でこうやってすぐに旅に出れんだから」


「アンタ治療で時間とってそれも帳消しよ!」


ジュリアンぶっ飛ばして待ってたリオスとクレーに『心配してたんだよ!』って抱きつかれ、それを抱えたまま外に戻ったらウォルターとカリナが旅の準備をして待ってて『心配してたんだから!』って叩かれて。


今こうして工場の前でカリナから治療を受けてるんだ、まぁ心配かけさせたのは悪いと思うけどもう少し労ってくれても良くない?。曲がりなりにもこの国救ったんだぜ俺は。


「凄いステュクス!本当に倒したんだね!」


「流石俺達のヒーロー!」


「でへへ、そうかな」


そうかも、いやぁ子供達は素直でいいねぇ。


と言う冗談はさておき、もう夜明けだ。そろそろここの職人やジュリアンの息のかかってなかった警備兵が来る頃だ、オマケに今回は居なかったが昨日工場に来てた本部のイオがここに顔を見せたら最悪だ。


流石に星魔剣がこの手にあっても勝てる気がしない。星魔剣は飽くまで魔力を吸うだけで俺を強くしてくれるわけじゃないからな。とっとと街を出たい。


「もう治療はいい、ありがとなカリナ」


「ん、で?どうすんの?」


「おお、いやぁとりあえず街を出て…」


「そうじゃないわ!その子供二人よ…連れてくの?」


「んー…」


カリナの視線の先にいるのはリオスとクレーだ、あれからずっと俺の手にくっついて抱きついて擦り付いて離れない。


先程の戦いもそうだ、ずっと俺について来てくれたし待っていてくれた、けど…もう戦いは終わったし連れて行く必要はないよな。


「私達はこれからアド・アストラに追われるのよ。相手は世界最強の軍隊よ、連れて行かないほうがいいわ。貴方達二人も…」


「やだ!ステュクスと一緒がいい!、私…ステュクスと一緒に旅をして色んなこと教えてもらいたいの!」


「ステュクスは俺達を助けてくれた!、俺もステュクスを助けたいよ!」


「…はぁ〜、好かれたわねステュクス」


「ははは…そうだな」


「貴方が決めなさいよステュクス、その子供達をどうするか」


正しいことを言うのなら、ここで二人を諭して両親と和解させて親元に返してやるのがきっと一番だ。きっな。


でも…。


「ところでカリナ、子供達って誰のことだ?」


「はぁ?アンタ頭おかしくなったの?、どう見てもその二人…」


「いや、こいつらは子供じゃない、俺の仲間さ、だよな?リオス クレー」


「ッッ!!うん!ステュクス大好き!!」


「俺もー!ステュクス!!」


そう口にしながら二人を受け入れる、子供扱いはしないって約束だもんな…、仲間だよこいつらはもう。


今回の一件に巻き込まれた以上、この二人も全部終わったのでハイ解決とはいかない。この一件がここまで大きくなったらアストラも黙っているわけには行かないだろう。


今回生き延びたからそれでヨシは自己満足にしかならない。助けたなら最後まで面倒を見る、ならこれからも一緒にいたほうがいい。


と言う理屈っぽい理由と共に、単純にまだこいつらと一緒に居たいと思える自分がいる。いつか若き日の俺のように何も知らず憧れに生きる子供…俺に冒険心を取り戻させてくれたこの子達と一緒にな。


「ふぅ、やっぱそう言うわよねぇ。分かってたわ、というわけでよろしくねリオス君 クレーちゃん」


「はい!カリナ先輩!」


「先輩!」


「や…やだ、ちょっと可愛いかも」


「速攻で絆されるねぇカリナ、でも旅は賑やかなほうがいいし私もステュクスの意見に賛同しよう」


「ありがとうウォルター、ってわけだ これからもよろしく頼むぜ、二人とも」


腕にしがみつき大喜びする二人を持ち上げるように立ち上がる、さて…そろそろ行かないとな。


「そろそろ腕から降りてくれよ二人とも」


「はーい」


「はーい」


「それで?ステュクス、次の行き先はどうするのかな。このままじゃこの街は疎かこの国にも居られないかもよ」


「だな、それは分かってるよ」


この国を救った筈なのにこのギアール王国に居られないとは悲しいねぇ、まぁ俺が勝手にやったことだからいいんだけどさ。


でも行き先に困るのはその通り、これからきっとアド・アストラは俺を追う。半端な国に潜り込んでもアド・アストラから引き渡し命令が来たらどんな国も俺を引き渡す選択をするだろう。小汚い犯罪者を世界の大支配者様から守る義理はどこの国にもないからだ。


となると、俺を守ってくれる義理のある国に行く必要がある…ってなったら一つしかないよな。


「行き先はマレウスだ、マレウスに帰ろう」


「なるほど、マレウスか。珍しく考えているじゃないかステュクス」


「マレウス?…なんで?」


と不思議そうにクレーは伺うが、カリナとウォルターは俺が何考えているのか理解してくれる。そうだ マレウスに行けば俺は守ってもらえる。なんせマレウスには俺を守る義理があるからだ。


「マレウスに行けば守ってもらえるからさ」


「誰に?」


「ん?いや一年くらい前、冒険者やってた頃に助けた事があるんだよ、マレウスの国王様をな」


「え!?マレウスの王様助けたことあるの!?凄い!ステュクス凄い!」


そうだ、一年前に俺はマレウスの国王を助けてその命を救っている。マレウスの国王はその時俺の事を大層気に入ってくれてな。何かあったら今度はこちらが助ける番だと手を取って感謝してくれてさ。


故に俺はマレウスの国王に貸しがあるんだ。返してもらうつもりのなかった貸しだが、こうなっては仕方ない。マレウスの国王ならアストラの話もきっと蹴ってくれるし彼処に身を隠すのが一番だろう。


「と言うけでこれからマレウスに向かい国王に謁見する、いいな?みんな」


「ええ、文句ないわ」


「君に従おう、ステュクス」


「私もさんせーい!」


「ね!ね!姉ちゃん!なんか冒険者っぽくなってきたね!」


「まだ冒険者じゃねーだろー?」


全く、ヤベェ状況にあるのがわかってるのかねぇ。まぁいいや そうと決まれば早速マレウスに向かうとしよう。事が大きくなる前にとっととこの国を抜けるんだ。


それじゃあいこうとステュクスは昔のように冒険者らしくのらりくらりと歩き出し…。


「ね ねえ!ステュクス!」


「ん?どうしたクレー」


「手!繋いでもいい!?」


「いいけど?」


「やった!」


そうおずおずと手を伸ばすクレーの手を掴んで歩き出す。というか…。


「どうした?クレー。顔赤くないか?どっか悪いのか?」


「だ 大丈夫」


「そうか?、あんま無理すんなよ?お前はもう仲間なんだからさ」


「うん!、ステュクスって優しいね」


「だろー?」


なんか妙に顔を赤くしてちょっとだけ俯くクレーを心配するが、まぁ本人が大丈夫と言うのなら大丈夫なんだろうとステュクスはそこで思考をやめる。


初めて出会った頼りになる年上のお兄さん、命をかけて守ってくれてオマケに強さを示した。強くて優しくて頼りになるお兄さんがアルクカース人の少女にそんな存在がどう映るのかなど考えもせずに。


「ねぇステュクス」


「ん?なんだよクレー」


「それにしてもいい剣もらったね!『ろすとあーつ?』だっけ?凄いね!」


「そうだな、すげー剣だよ。前の剣は愛着があるから捨てられそうに無いけど 今後はこいつを使っていくかもなぁ。せっかく貰ったんだしな」


「赤色でカッコいい!、ねぇ!私にも見せて!」


「おおいいぜ、やっぱアルクカース人だから剣とか好きなのか?」


「ステュクスみたい!」


「それちょっとどう言う意味か分からないけども…」


そう静かにクレーに向けて刃を見せるようにその視線の前に差し出す…。


と、その瞬間。



「きゃーーー!!??」


「え?」


ふと、悲鳴が響き目を向ければ。それは正面 ステュクス達の正面で口元を手で覆うおばさんが立っていて…。


ってこの人あれだ、工場の受付おばさんだ。早めに出勤してくるって聞いてたけどもう…。


「ゆ ゆ 誘拐よー!、子供に剣を突きつけて手を引っ張って誘拐してるわー!誰か来てーー!!」


「え!?は!?ななな 何言ってんすか!!」


突如誘拐犯呼ばわりされ…そこで気がつく。確かにクレーの手を引く姿は無理やり引っ張ってるようにも見えるし、無造作に差し出された刃はクレーに突きつけられているようにも見える。


まぁ、パッと見れば…誘拐に見える…のか?。


「って!俺ですよ俺!ステュクスですよおばさん!」


「え?あ、ステュクス?貴方何してるのそんな小さい子誘拐して!」


「いやだからこれは誘拐じゃなくてですね?」


そう慌てて弁明しようとすると…。


「た、大変だ!工場が襲撃にあったぞ!、倒れてた警備兵の話によると犯人はステュクスで…あ」


「あ……」


今度背後から別の人間が…。こいつも警備兵だ、ただジュリアンによって動かされていなかった真面目な警備兵が工場の有様を見て慌てて走ってきて…俺達と鉢合わせる。


「す、ステュクス!?」


「大変よ!ステュクスが誘拐しようとしてるの!」


「いや!だからそれは…」


「ステュクス!お前か!お前がやったのか!?工場をあんなことにして!」


「それは…まぁ事実か、うん」


「やっぱり誘拐を!?」


「だからそっちは…ええい!なんかすげー面倒臭くなってきたぞ!?」


確かに警備兵を何人かぶちのめし社長をボコボコにしてロストアーツを盗んだのは俺さ!そこは事実だよ!けど誘拐は違うんだよ!ってかこれ誘拐じゃねぇー!。


あ!そうだ!クレーとリオスに証言してもらおう!それで全て丸く…。


「どうしたどうした?」


「何があったんだ!」


「朝から騒がしいわね…」


「なんの騒ぎだ?」


「ってやべぇ、ゾロゾロ出てきやがった…」


なんてアイデアももはや無意味、警備兵とおばさんの声に反応した周辺の人や寮の警備兵がゾロゾロと家の扉を開けて出てくるのだ。そこには相変わらず子供の手を引く俺と誘拐犯呼ばわりするおばさんの姿がある。


「大変だ!ステュクスが工場をめちゃくちゃにして子供を誘拐をしようとしてる!」


「なんかごちゃごちゃになってるって!」


「なんだと!?おいステュクス!どう言うことだ!」


ダメだ、もう弁明どころじゃねぇ。こういう時話を聞いてもらえないくらい俺はそんなに信用なかったのかな…。


「ちょっとステュクス、どうするのよ!」


「どうするもこうするもねぇ!もうどうせ工場やめてんだ!ぶっ壊したのは事実だし!、ここは逃げるぞ!みんな!」


「さんせーい!楽しい旅立ちだね!」


「冒険者っぽいね!」


「お前らどんな感性してんだよー!!!」


仕方ない、どうせ弁明してもしなくても結局は同じだ。ならもうとっとと逃げちまった方が早いと二人の手を引いて走り出す。悪いなみんな!悪いなヘリカルの街!今までお世話になったよ!ありがとよ!。


「あ!待て!ステュクスが逃げたぞ!」


「あっははは、けーっきょくこうなるかー。まぁステュクスと旅を続けてりゃこうなると思ってたわよ!」


「ふふふ、はてさて これから我々はどうなるのかねぇ」


「知らねーよー!」


走る走る、仲間達とともに走り出す。街人たちに追われながら登る朝日と共に走り出す。


冒険の始まりにしてはあまりに締まらないな上騒がしい旅立ち。情緒もクソもない出発。だけど俺にはこれで丁度いい。


さぁてこの勢いのまま向かってやりますか!マレウスに!。






───そうして、ステュクス達の旅立ちは波乱と共に始まった。だが、この旅立ちは未だ序章に過ぎず。


これから始まる怒涛の運命に比べれば、この波乱はまだまだ可愛いものだったと彼は後々思い知ることになる。


この日、リオスとクレーに出会った事で。止まり続けていた運命の歯車が…今再び動き出し、巨大な力に立ち向かうことになるとは。今は誰も知らなかったのだった。


「待てー!変態ロリコンテロリストーーー!!!」


「すげぇヒデェ呼ばれようなんですけどーーー!!!???」


「略してロリコンテストだね、ステュクス!」


「クレー!お前なんでそんなに楽しそうなんだよー!」


「ロリコンテストステュクス!カッコいい二つならだね!ステュクス!」


「お前らどんな感性してんだよ!?ッくしょー!!」


……………………………………………………………………………


ヘリカル製鉄所は、アド・アストラの勢力拡大の為に作り上げた都市型工場だ。


辺境の地にあり何もなかったヘリカルの街を、デルセクト本国から近く輸送経路を確保し易いと多数の物的支援を行いメルクリウスの信用を勝ち得ている商業人プロスペールの息子を配置し運用させていた。つまりメルクリウスはこの都市をそれなりに重要視していたのだ。


故に十三あるロストアーツのうちの一つを任せ、最終調整を頼んだのだが…。


「つまり、ロストアーツは奪われたと?」


「はい、そうです…我々も抵抗したのですが。ロストアーツを手に入れた奴の力は尋常ではなく…奴の力によって工場もこんなに荒らされて…」


「ふむ、そうか」


その日の昼下がり、鉄くずだらけになった工場内部に座り込む傷だらけのジュリアンに事情を聞くのはメルクリウスの側近 シオだ。


その背後には多数のアド・アストラ軍が立ち並び、鉄くずの除去に当たっている。


「こんな事ならここに残っていればよかったな」


ジュリアンの語った言葉にシオはやや歯噛みする。メルクリウス様をこの街に出迎える為の準備をしに工場を離れた間にまさかロストアーツが奪われるとは。


彼の証言は『ロストアーツ強奪犯はずっと前からロストアーツを狙っていて、ここが手薄になったのを狙い襲撃。ジュリアン達の決死の抵抗もロストアーツの力の前には無力に等しく敗北。グレイソン隊長も負傷し警備兵のうち一人が殉職』


その全てが強奪犯の仕業なのだと語った。


「なるたる失態か、メルクリウス様も嘆かれるだろう」


「ッ…シオ様!どうか私にもう一度チャンスを与えてくださいませ!」


「…どういう意味だ?」


「この失態は元はと言えば私の不出来さ故のこと。だからこそ私自身の手で解決したい…ですが私にはその力がありません、なのでデルセクト本国から資金の提供と武装した人員の確保をお願いしたいのです!。必ずや…必ずや強奪犯を殺し!メルクリウス様への忠誠にかけてロストアーツを取り戻してみせますので!!」


その場にうずくまる様にして頭を下げるジュリアンはもう一度チャンスをと。強奪犯に鉄槌を加える為の力をくださいと懇願する。涙ぐみメルクリウスへの忠誠を語る彼の姿を見たシオは……。


「と…語っていますが、如何しますか?メルクリウス様」


「え?…」


そう、シオは振り向く ジュリアンは頭を上げてそれを見る。大きく開かれた工場の門より差し込む陽光を切り裂き現れるシルエット。肩から豪奢なコートを羽織り 幾多の輝く装飾を身につけたスーツを着込む女は青空よりなお青き髪をサラリとたなびかせ 軍帽にも似た愛用の帽子を被り ジュリアンの前に姿を現わす。


「あ、貴方は…もう到着していたのですか…!?、メルクリウス様」


予定の時刻より数時間早く工場に現れたその女の名はメルクリウス…。


アド・アストラの頂点に輝く六つの玉座のうちの一つに座りし世界の支配者の一人。若くしてデルセクト国家同盟群の二代目首長の座まで上り詰め、かつてないほどにデルセクトを躍進させた偉人 メルクリウス・ヒュドラルギュルムだ。


顔を見ることは覚悟していたが。それでもいざ目の前にするとジュリアンは竦んでしまう…大国を統べる人間が纏う王者の気風、そこらの国王が纏うそれよりも何倍も濃厚なそれに震えるジュリアンを置いてメルクリウスは周囲を見回し。


「随分手酷くやられたな」


「え……?」


「お前の話は聞いていた、突如襲撃してきた者にロストアーツを盗まれ工場諸共被害にあったそうだな?ジュリアン」


「も 申し訳ありません、メルクリウス様」


メルクリウスは平伏するジュリアンを見下ろし厳格に口を開く。なんとも低く威圧的な声音にジュリアンは悟るだろう。メルクリウスの怒りを買っていると。


なんせロストアーツはメルクリウス様が特に力入れていた計画の一つ。それをダメにしてしまったことに変わりは…。


「いや、良いのだ。それだけ重要なものなら狙う者もまた多い、仕事を任せた以上我等もお前達の警護にもっと気を払うべきだった。すまなかったなジュリアン、この工場の損害は全て私が責任を持って補填しよう」


「メルクリウス様…ッ!、ありがとうございます!」


「良いのだ、だが気になるのは先程の話…もう一度チャンスを、という奴だ」


「はい!、ロストアーツを守り切れなかった責任は社長たる私にあります!、なのでロストアーツ強奪犯追跡は私に任せて頂けませんか!。その為の資金と人材さえ頂ければ必ずや!」


「意気込んでいるな、まぁ資金提供も人員提供も構うところではない」


その言葉を聞きジュリアンは心の中で小さく拳を握る。本来はロストアーツの最終試験を言い訳に借り受けるつもりだった資金と人員。それをロストアーツ奪還の名目に変え 手に入れる事で、まだクーデター計画を実行出来るのだ。


これでこの国を我が物にして、なんだかんだと言い訳をして、大規模工場をメルクリウス様に捧げれば今回の件も有耶無耶に…と。


そう、甘く考えた瞬間のことであった。


「だが、ジュリアン…再度確認するが、この工場を破壊したのはロストアーツを手に入れた人間によって為された、そうなのだな」


「え…ええ、なのでそいつを捕まえ然るべき罰を与えようと…」


こうなったのは実質ステュクスの所為だ、だから今回の全てをステュクスの仕業に仕立て上げ自らほど非を出来る限り隠し、得られるものだけを得ようとするジュリアンの顔をメルクリウスは覗き込み。


「シオ、ここに保管してあったロストアーツの型は」


「No.13 星魔剣ディオスクロアです」


「剣型か…にしては破壊された鉄材はどれも素手で引きちぎられたものばかりで剣で両断されたものはない。そしてこれほどの破壊を行なったのに死人は一人…剰え其奴は銃殺されている。本当に…犯人はロストアーツを使ってお前達に襲いかかったのか?、お前の言うことに嘘偽りはないか?」


「あ…いや…その…」


いつもならツラツラと出てくる都合のいい処世術が今は喉を出てこない、嘘は言っていないと言えば言っていないが、嘘偽りがないかと言えば…そう考えるだけで冷や汗が止まらない。


そんなジュリアンを見て大きくため息を吐くメルクリウスは。


「本当の事を言えジュリアン。ここに入り込んだ犯人は…元はロストアーツ強奪の為に来たわけではないことを」


「え!?いや!」


「先程他の警備兵から聞いた。貴様が子供二人を殺そうとしたのを止めに来た警備兵が一人いたとな、私が聞いたら直ぐに口を割ったぞ」


「なっ!?」


まさか他の警備兵が白状したのか!?あれほど口止めをしたのに!?。くそっ!だから傭兵崩れは信用ならないんだ!。


「いえ、その…記憶違いが…」


「そんな事はどうでもいい、何故お前は私に虚偽を述べた?何故子供を殺そうとした。結果的に何があった…不都合な点だけ都合よく隠した報告など貰っても嬉しくないぞ、ジュリアン」


「ぁ…ぅ…」


「なら俺が代わりに言ってやろうかジュリアン」


そう口にするのはシオだ、険しい視線でジュリアンを見下ろし睨み…。


「お前はこの国を乗っ取る計画を練っていた、所謂クーデターという奴だな?。その為にロストアーツの最終稼働試験を言い訳にメルクリウス様から資金と人員を騙し取り 我々に無断でギアール王国に対して攻撃を仕掛けようとしていた、それを子供が知ったから殺そうとした…違うか?」


「いや…それ…は」


「悪いな、実は前々からお前の動向に不審な点が見られたから色々調べさせてもらっていた」


「し 調べたって、いつ!?どうやって!」


「いつでも、どうやってもだ。教えてやる義理はない…何せお前はメルクリウス様を騙し戦力を引き出させ、その力でクーデターを起こそうとした大逆人なのだからな」


「ち …違う!、私は全てメルクリウス様のためを思ってやったのだ!。全てはメルクリウス様のため!アド・アストラのため!人類の未来のためだ!。確かに私の行いはクーデターとも呼べるかもしれないが アド・アストラに与しない野蛮人達から土地を取り戻すこの行いはある意味開拓とも…」


「ジュリアン」


「ッ…!」


響く、メルクリウスの言葉が響き渡る。ジュリアンを刺すような視線が陽光を背に輝いている。


「私はお前を評価している。若いながらに会社を纏め成果を上げていた、父君もお前の活躍には鼻を高くしていた。だからこそ残念に思うぞ…この結末を」


「わ 私はまだ…」


「クーデターなど必要ない。アド・アストラの武力は覇を唱える為にあるわけではなくこの世界の維持のためにある。領土や利益を増やす為にあるのではない」


「…………っ」


「何より、私を前にして最初に述べたのが虚偽とは残念だ。最初から真実を吐露していればまだ救いようはあったが、虚偽を述べ、私に隠れて侵略活動を行い、剰えそれを知った存在を殺そうとしたのを黙認は出来ない。これは損失以上に取り戻せない事と知れ」


「…メルクリウス様、私は…私はただ…」


「話は以上だ、残念だよジュリアン…君の後任の社長や君の今後については後程話をする。今は傷を癒せ…わかったな」


「う……」


コートを翻し去っていくメルクリウスを呼び止める言葉をジュリアンは持ち合わせていなかった。虚偽を一度述べた以上、その後何を語ろうともその真実の言葉は既に濁ってしまっている。


負け犬のように蹲るジュリアンに目を向ける事なく、事態はただただ淡々と進んでいくのであった。



…………………………………………………………


「あの程度の処分で良かったのですか?メルクリウス様」


「ジュリアンの件か?、私は一度下した決断に責任を持つ。余程のことがない限り覆すつもりはないが?」


ボロボロになったヘリカル製鉄所より外に出て、アド・アストラ兵によって鉄材の撤去と何があったかの事情聴取が行われまだまだ騒がしいその場にて。シオはメルクリウスに問いかける、ジュリアンの処分はあの程度でよかったのかと。


「奴の真の目的はギアール王国を手土産に貴方に取り入りマーキュリーズ・ギルドの中枢に潜り込み、絶大な権力を得ることだった。ゆくゆくは貴方の地位さえ脅かす旨の発言をしていたとの調査報告も上がっていましたが」


「ふむ、それで?」


「…奴は貴方を蹴り落とすつもりでした。そんな奴に対してこの処遇は甘過ぎるかと」


「そんな事か、ならば問題はない。私は奴程度にしてやられるように見えるか?シオ。この三年で私は弱くなったとでも?」


「そんな事は…」


メルクリウスは笑う、別に自分の地位を狙ってくる奴がいる事くらい彼女も把握しているし、ジュリアン以外の連中は今も虎視眈眈と目を光らせているのも知っている。


そんな奴らの手綱を握ってマーキュリーズ・ギルドを拡大させて来たのだ。今更なんとすることもないのだ。…が、それでも今のメルクリウス様は些か…とシオは懸念を募らせる。


「それよりも私が危惧するのはアド・アストラ内部の腐敗が思ったよりも酷いことだな」


されど笑えない問題もある。今回はジュリアンの目的を事前に察知し杭を打つつもりでこの街を訪れていたが、もしかしたらメルクリウスさえも把握していない存在が今も計画を進行させている可能性があることだ。


アド・アストラを設立させて三年。魔女にも匹敵する…或いは上回る影響力と軍事力を持つアド・アストラは確かに世界の秩序維持に貢献している。


だが同時に大きくもなりすぎた。この三年でただでさえ巨大だったアド・アストラは更に巨大化し数億の人間が所属する超巨大組織へと成長してしまった。当然数億もいる人間全員が善人なんてあり得るわけがない。


中にはアド・アストラの名を良からぬことに使う者もいる。中にはアド・アストラの力を侵略に用いようとする者もいる。中にはアド・アストラの絶対性に酔ってしまった者もいる。


ジュリアンもその一人だ、昔は志高く私に意気込みを語ってくれた彼が、ああもう残忍に歪んでしまうとは…。


「かつての私なら、腐敗した柱など切り捨てでも秩序を取ったが…。今はそうも行かない、私も歳をとったという事かな」


「それだけメルクリウス様という存在が巨大になったのです。問題が発生したならば俺が…」


「頼りにしているよシオ」


腐敗をなんとかする方法なんてのは根本的にはない。一つ一つ丁寧に悪い部分を切除して最悪の結果だけは避けるしかないのだ。


情けない話だ、もっと強くならねば…魔女様のように全てを平伏させるほどに。でなければ…。


「シオ様、失礼します…お耳に入れたきお話が」


「なんだ?」


「実は…」


ふと、シオのところに部下が耳打ちをしにやってくる。どうやら調査の結果が粗方出たようだ。まぁ事件の概要はジュリアンがクーデターを企み、それが偶然子供にバレそうになりそれを始末しようとした結果起こった戦いが原因だという。


まぁ、ジュリアンに反旗を翻したという警備兵は結果として彼のクーデターを止めたことになる。だが我がロストアーツを持ち逃げした時点で既に其奴も刑罰対象だ。


「何!?本当か!?」


「はい、多くの者がその名を口にしていました」


「ううむ、よもや…」


「どうした、シオ…何かあったのか?」


報告を聞いたシオの顔が一気に歪む。何か…問題が発生したのだろうか。


「いえ、実はどうやらロストアーツを盗んだ男は例の子供を連れ去り誘拐したそうで…」


「誘拐だと?…、やはり盗人は盗人か。だが何故そこまで青褪める?まだ何かあるのか?」


「それがその子供達の名前が…、リオスとクレー…と名乗る赤髪の子供たちだったとか」


「リリオスとクレー…。ッ!?まさか一年前行方不明になったラグナの甥と姪か!?」


一年ほど前、突如としてラグナの兄ベオセルクの息子娘が忽然と消え 結構な騒ぎになったは今でも覚えている。結局見つからなかったあの二人が…ここに?。


六歳ソコソコの子供二人がたった一年でアルクカースとデルセクトを超えてこのヘリカルの街まで来ていたというのか。


「事実か?」


「目撃証言を纏める限りは事実かと。しかしその二人も今は…」


「誘拐されているか…、やってくれたな。で?連れ攫った男の名は?」


「ステュクス、ステュクス・ディスパテルです。私も顔を確認しています」


「なるほど、ステュクス・ディスパテルだな?。ならば即座に全魔女大国に指名手配と情報の共有を、非魔女国家の協力的或いは属国にも手配書を送れ。ロストアーツと我が親友の親族を連れ去った事を後悔させてやれ」


「ハッ!了解!」


ステュクスなる人物が何者でどういった思想を持っているかは分からない、だが窃盗に誘拐をしたのならば犯罪者だ。奴が奪っていったものを取り戻すためにも捕らえる必要があるだろう。


シオに命令を下し早速動く彼を見て、メルクリウスは静かに空を仰ぐ。


「…ステュクス・ディスパテルか」


ステュクスという男は今まで特に名の上がる人物ではなかったのは間違いない。だがロストアーツを手にして逃げた以上警戒せねばならない存在になったこともまた間違いない。


アド・アストラは世界の希望だ…、もしそれを切り崩しにかかるのなら、容赦はせんぞ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ