外伝その3.アド・アストラの凶気
もうすっかり夜は深まり、窓から差し込む灯りもなくなり本当の意味で闇に包まれた街を行き、俺は今 ヘリカル製鉄所に足を踏み入れている。
人はいない。数少ない警備の姿も見えない…恐らく人払いを社長が済ませてあるんだろうか。或いは何処かに忍んでいるのか。
不気味なほどに静かな工場はある種の巣窟にも見える。中に潜むのは魔獣かそれ以上の怪物か、開けられた口の中に手を突っ込むように恐れることなく扉を開ければそんな扉を開ける音が工場の中に木霊する。
隠密をするつもりはなかったけど…ちょっと迂闊だったかな。
「こんな事なら音の出ない扉の開け方とかトリンキュローさんから教わっとくんだったな」
ぼやきながら思い出すのはいつも音もなく歩いてきて気がついたら会話に混じっていたメイドのコスプレをしたあの人。今になって思ってみりゃあの人も普通じゃなかったし多分そういう職の人だったのかもな…なんて、そんな思考は今は必要ないか。
俺がここに来たのは一つ、リオスとクレーを取り戻す為。命を奪われようとしている子供を前にして黙って見てる事は俺には出来ない、いや俺と言うよりは師匠の弟子はそう言うことをするべきじゃないんだ。
ある種の義務感のような物を胸に抱いて辞表と剣を片手に真っ暗な工場を奥へ奥へと進んでいく。
「………何処だ」
やや警戒した足取りで機材の横をすり抜けるように摺り足で歩き、周囲を見回していると…。
刹那、背後で歯車の動く音が鳴り響く。
「ッ!?」
いや違う、動いているのはこの工場全体だ。まるで昼間のように機材のスイッチが入れられ頭上の光源魔力機構が起動し、真夜中であるにも関わらず工場内部が一瞬にして光に照らされ全てが詳らかになる。
「これは…」
「やぁ、来てくれたんだねステュクス」
「っ!?社長…」
声をかけられようやく気がつく。工場のど真ん中に簡素な椅子を置きその上に腰をかけている社長が既に俺を視界に捉えていることに。
足を組み、まるで休憩時間であるかのようにリラックスをして…いつものようににこやかにこちらに手を振っている。…何も知らなけりゃびっくりさせられたで済んだんだがな…。
「社長…」
「険しい顔だねステュクス。どうしたんだい」
「どうしたもこうしたも貴方がここに俺を呼びつけんでしょう」
「ああ、そうだね…流石に場慣れしてるね。この場に及んでも何かを弁明しようとしたり私を非難したりしようとせず。憮然と居直る事が出来るなんて…大した肝っ玉だよ」
まぁ、こう言う荒事の場ってのは初めてじゃない。魔獣を相手にする冒険者も昨今じゃ魔獣相手だけじゃ食っていけないもんでね。自警団の真似事や用心棒ごっこも嗜んだ事がある。こう言うひりついた空気も初めてじゃない。
「あんた、俺の仲間をリンチするよう部下に指示出したんですってね?」
「いや、私は指示したのは君の部屋にいるであろう子供二人をここに連れてこいってだけだ。大方君の仲間が激しく抵抗したから結果的にそうなったんじゃないのかな?」
んなわけあるかよ。あの二人だって俺同様場慣れしてんだ、口論の結果仕方なく戦闘になったなら負けるわけがない。いきなり不意をついて襲いかかるような真似されなきゃな…。
どうせ警備兵達を脅しに脅して、形振り構わないまで追い詰めて向かわせたんだろう。口に出して傷つけろと命令はしてないがそうなることを折り合いで指示を出したのは確かだ。
「ここに来たって事は、私の伝言を受け取ってここに来てくれたんだろ?」
「ええ、辞表を出そうと思って…先程グレイソン隊長からも殺されかかりましてね。こんな危ない職場にはいられないんで転職させてもらいます」
「そうか…、分かってはいたけどいざ口に出して言われると悲しいな。君は本当に有望だった…私の右腕になれるだけの器量を備えていたし実力も経験もあった。こんな事に巻き込まれでもしなければと思わざるを得ない」
「いや、俺はこれで良かったと思ってますよ。お陰で社長の本性を知れましたから」
「本性?」
「…自分の都合と為なら、人の死も構わないと考える…冷血な男だってね」
この人は今人を殺そうとしている。それは俺でありリオスとクレーと言う二人の子供でもある。こんなご時世だ、人を殺す事だってあるだろうしそれが致し方ない場面もあるだろう。
だが、それでも殺しは許容されてはいけない。許容することを許容するのもいけない。それは人が栄えてきた栄華の歴史の根底にある絶対不変のルールなのだ。
「酷い言われようだな。けれどもねステュクス…私にとってこの会社は命なんだ。この会社を大きくする為ならなんでもするしこの会社を守る為ならなんでもする」
「それが国家転覆でもか?クーデターを起こして王族皆殺しにして大勢の人間を巻き込むことでもか?」
「……なんでもと言ったはずだろう、二度同じ事は言わせないでくれ」
やはり社長はクーデターを起こす事に迷いはないみたいだ。どうしようもねぇなこれは…。
「やはり君は私の計画に気がついていたんだね、あの荷車の中に君が入ったと聞いたときはゾッとしたよ。君には並々ならぬ直感があるからね…荷車に入ったその時に気がつかなくても、いつ何をトリガーにそこへ思い至るかも分からない人間に推理の材料を与えたまま生かしておくわけにはいかない」
「…この事に気がついているのは俺だけです。カリナやウォルターには何も伝えていない、だから…!」
「君だけじゃないだろ…、子供達も一緒だ」
「っ!」
子供、そんな言葉と共に移されたジュリアンの視線の先に目を移せば…そこには。
「ぅ…うう」
「ん…ぅ」
「リオス!クレー!」
傷つけられ縛り上げられ猿轡を嵌められた状態で工場の器具に吊るされている二人の姿だった。痛々しくつけられた打撲痕と擦り傷、流れた血が砂利で固まり黒ずんで肌を汚す。そして何より…その目元は晴れ上がり涙の跡が見えるのだ。
知らない大人に縛られて、抵抗も出来ないままに殴られ倒せばどれだけあの子たちが強くとも怖いはずだ…。
いや違う、そもそもあの子たちはまだ子供なんだぞ…まだ守られるべき子供!…それを、それを!。
「ジュリアン!テメェ正気かよ!、あの子達はまだ子供だぞ!」
「子供でも老人でも平等に扱う。私の邪魔をする者はなんであれ同じ処遇を与える…そう言ったろ?」
「限度があるつってんだよ!!。ここまでやる必要があったのかよ!」
「吐かなかったからね。私の計画に気がついているか…、その真偽を確かめるにはあの二人は元気すぎた、だから縛り上げ、叩いたよ」
そう語るジュリアンの手元には袋がある。小銭を入れて持ち歩く袋だ、それが血で汚れている…それを鞭のように振るい何度も叩いたのだろうということが一目で分かる。
「縛られていてもあの二人は元気でね。姉の方が弟を守ろうとしたから先にそちらに問いかけることにした…キツめにね、姉が静かになったと思ったら今度は弟が泣き喚いてね。今は夜中だ…周辺に迷惑がかかったらコトだしね。黙ってもらった」
「お前……」
絶句する、あまりの残忍さに吐き気もする。ここまでする男だったのか…ジュリアンは。
「許されるはずがないだろ、そんなの…」
「許される?何を言ってるんだいステュクス。許すも許されないもそもそも我々アド・アストラは善だ、絶対なる善…その道行きに立ちはだかった障害をいくつ跳ね除けてもそれは人類平和の為の必要な処分だった事になる。絶対の正義の元に振るわれる暴力は罪にはならないのさ」
「……なるほどねぇ」
納得した、そうだったのか。勿論納得したのはジュリアンの語った反吐の出る理屈じゃない ジュリアンがおかしくなった理由さ。
こいつが狂った理由は一つ、アド・アストラという巨大な組織体系だ。
今のアド・アストラは事実上の魔女の後継的な存在になっている。だが…それでもだ、以前と違う点があるとするならその影響力を無数の人間が手にすることが出来る点にあるだろう。
魔女八人はそれでも強靭な精神で耐えていただろう、だがそこらへんの人間は違う。世界を導くという愉悦と絶対なる善に身を置いているという優越感と選民意識。それがジュリアンから滲み出ている。
こいつは…自分がアド・アストラの人間だからというだけで全てが肯定されるつもりでいる。おかしな話だと言うまでもない程に狂ってやがる。
「私は明日の会談でメルクリウス様から軍勢を借り受ける、表面上はロストアーツの最終稼働試験という名目でね。だが物さえ貰って仕舞えばこちらのものだ…誰に文句をつけさせるまでも無く一気呵成にこの国の中枢を攻め落とし、このギアール王国を丸々我々かヘリカル製鉄会社の統治下に置く」
手元で銃をクルクルと遊ばせながらジュリアンは己の計画を語る。それは暗にこれを聞いた奴は一人として生かしておくつもりはないと言う宣言のようなものだ。
「なんで、クーデターなんか起こす必要があるよ。もう十分だろ?この街だって結構な大きさだし今の時点で国王からの影響も受けてない、これ以上に何を望む」
「何を望むって、全然足りないからさ…この程度じゃね」
「この程度…?」
「ああ、この程度の規模じゃ私はメルクリウス様のお役に立てない。街一つ工場にした程度の生産量じゃ人類全体を支える大業の前じゃ埃も同然。これから彼の方が成し遂げる偉業のお手伝いをするには今よりももっと人手と土地が必要なんだ」
「それが理由か?」
「それ以外に何がある、この国を全て工場地帯にして国民を全員従業員にして世界最大級の生産プラントをこのギアールの国に築き上げメルクリウス様に献上する!。そうする事でようやく私はメルクリウス様より預かった任務…人類繁栄の屋台骨となることが出来る!」
なんだぁそりゃ、そりゃお前…ずいぶんな野心だなあ。
この国を工場にして国民も奴隷にして手に入れた最強の工場でメルクリウスの役に立ちたいって。たったそれだけの為に国一つ使い潰すつもりかよ。
「君には分からないだろうねステュクス。人類の歴史に名を刻む大業とこの世界の繁栄を支える仕事の素晴らしさというやつが」
「分からないな、偉業とか大業とか仰々しく言ってるだけでやってる事はただの征服活動じゃねぇか」
「表面上だけで物を捉えすぎさ、それによって得られるメリットとデメリットの計算も出来ないのかい?」
ハナっから期待はしてなかった。対話で思いとどまらせるつもりも最初からなかった。けどやっぱりこの人には物事が見えてなさそうだ。
自らの行動で手に入る物しか見えてない、それによって失われる物があることから目を背けている。そんな自分勝手が通ってたまるかよ。
「私の偉業の邪魔はさせない、メルクリウス様の覇道の邪魔はさせない、立ち塞がるなら私は悪魔にでもなんでもなって障害を排除するよ」
「もう立派に悪魔だよ」
「言うねぇ」
やれやれと肩を竦めたままジュリアンは手の中で遊ばせていた拳銃をしかと握りしめると…。
「さてと、ここに君を誘き寄せる事が出来た時点であの二人には用はない。今更解放するつもりもないからね…」
そう釣り上げられたリオスとクレーに狙いを定め。
「処分する際はシオ殿に声をかけることになっていたが。今更帰ってしまわれた彼を呼びせよせるのも手間だ。仕方がないので…この件は事後承諾にするとしよう」
そう口にしながらジュリアンはゆっくりと引き金を引いて…。って!
「やめろッ!!!ジュリアン!!」
させない、やらせてたまるか、こんなイカれた男にあいつらの未来を奪わせてたまるか。
リオスとクレーのやったことに対する罰がそれだと言うのならあまりに重すぎる。俺はジュリアンみたいに全員を全員平等になんて見ることは出来ねぇんだ。
故に全力で駆け出しジュリアンを止めようと剣を抜き…。
「ただし殺すのは君からだ」
「ッええっ!?」
刹那クルリと視線をこちらに向けたジュリアンの動きに連動して銃口が俺の額を狙うように向けられ瞬間躊躇なく爆音が鳴り響く。
咄嗟に立ち止まり床を這うように転がりなんとか直撃は避けたが、同時に冷えるのは肝だ。
こいつマジで撃ちやがった…。
「おっと外したか、いや躱されたと言うべきか。流石は一線に身を置いている男だ。私みたいなデスクワーカーでは易々とは殺せないか」
「っ…あんたマジかよ」
「君はあの二人と違って確実に私の狙いに気がついているからね。かつ拘束も出来ていないし…まずは君から片付けるつもりだったんだが。ううむ小説で読むようにはいかないね」
「本で読んだように人が殺せてたまるかよ!」
「その通りだ、反省しよう…では後はプロに任せようか」
するとジュリアンは銃を収め、一歩二歩と後ろに下がると…。
「さぁ君達、仕事の時間だよ」
「ああ?、っておいおい」
機材の陰に隠れていたのか、ゾロゾロと現れるのは警備兵…同僚だ。やっぱり隠れてやがったな。
こいつらは恐らくジュリアンに命じられて動きリオスとクレーを確保した連中。そしてカリナとウォルターをボコボコにしてくれた連中だ。
「寄ってたかって…新人甚振るつもりですか?、先輩方」
ジロリと視線を動かし数を測れば、ザッと二十人近くはいる。それが警備兵用の直剣を手に俺を取り囲む、その目には迷いはなく…最早引き下がれないところまで来ているのを理解しているようだった。
「さて、ステュクスにはここで死んでもらうとしてだ。これでは明日のメルクリウス様との会談で特別警備を担当する者に穴が空いてしまうな…、そうだ ここで彼を殺せた人には彼の役目を代わってもらうとしようか。そしてゆくゆくは私の直属の警備へ昇格もしてもらおう…」
態とらしく言い聞かせるようにジュリアンは警備兵達の前に人参をちらつかせる、俺を殺せば報酬が出ると。そう言って警備兵達に発破を掛ける。
馬鹿野郎が、それで殺したらあんたら警備兵じゃなくて殺し屋だぞ。
「ったく、行くところまで行ってんなあんたら」
この警備兵達が何処まで知ってるかは分からないが、どうせこいつらもジュリアンにとっては捨て駒。どの道ここでの出来事を知っちまった以上こいつらもいずれジュリアンに始末されるだろう。そんな事も分からず従ってんのか?目の前の餌はそんなに美味しそうか?。
俺はそんな血塗れの人参なんかいらないね。
「ただの工場だと思って勤めてりゃ、とんでもないことに巻き込まれて、オマケに社長は人死にも厭わない外道で同僚は金のためなら人も殺せる殺し屋擬きと来たもんだ。こんなヤベェ会社だとは思わなかったぜ、ほんとよう」
もううんざりだ、やめてやるよこんな会社…。
そう叫ぶように俺は懐の辞表を取り出し、ジュリアンに叩きつける。
「というわけで、俺もうこの会社やめますわ…こっからは好きにさせてもらうぜ?ジュリアン」
「ふふっ、そうかい?なら都合がいい。ほら無関係な人間が工場内部侵入しているよ、彼の対処は君達の仕事だろ?。後は頼むよ」
そう言うなりジュリアンは警備兵達に任せるように後ろへ後ろへ下り、代わるように警備兵による人の壁が目の前に形成され俺の視界を覆う。
抜き身の剣が向けられる。鋭い視線が四方から俺を睨む。冷たい死の感覚と人の悪意を混ぜ込んで煮込んだような嫌な感覚が体に駆け巡る。
修羅場である、言うまでもなくこの場は修羅場である。
出来ればもうこんな場面には遭遇したくなかったが。まさか一年と経たず『また』こう言う経験をすることになるなんてな。つくづく俺はカリナの言う通りバカのようだ。
「…先輩方、退いてくれませんかね。俺そこの子供二人回収したら大人しく帰るんで」
「そうは行くかよステュクス。テメェを殺せって社長からお達しが来てんだ」
「生きて帰すわけには行かないね」
「お前は知りすぎたんだよステュクス」
知りすぎた…ってことはこいつらも大方の事情を理解して社長に従ってるってことかい。
「バカだなあんたら、俺が殺される理由が知りすぎたって事なら。次に殺されるのはあんたらだぞ、分かってんのか?人を一人簡単に殺そうとする奴は十人だろうが二十人だろうが殺すぞ」
「ハッ、何を言うかと思えば…」
「俺達は上手くやるさ、あの社長だって手玉にとってな」
なるほど、どうやらジュリアンがここにいる二十人を選んだのは優秀だからではなく御し易いからか。この世で一番扱い易いのは自分を優秀だと思ってる奴を置いて他にいないからな。
「第一お前は新人のくせしてデカイ顔して前から気に入らなかったんだ。ここで斬れるなら願ったり叶ったりだ」
「そうですかい。あんたらつくづく警備兵向いてないぜ…冒険者崩れの俺より酷い、チンピラもどきだ」
「うるせぇな…、御託はもういいだろうが。とっとと死ねや!ステュクス!」
警備兵の一人が吠えて剣を振りかぶる。ジュリアンの姿は見えない。リオスとクレーは怯えきって涙を流している。
ただ俺だけが、この場で静かに安堵したように息を吐く。向こうがクズなら遠慮はいらねぇ、思う存分やらせてもらう…。
「覚悟すんのはそっちの方だよ!」
鋭く振るわれる振り下ろしを半身で逸らして剣の付け根を叩くように刃を落とすステュクスの一撃に真っ先に向かってきた警備兵が苦悶の顔色を漏らす。
「うぐぅっ!?」
「甘い!」
剣と剣がぶつかり合う衝撃を手元で受けた警備兵はあまりの衝撃に剣を取り落とし、刹那飛んできたステュクスの裏拳に顎を撃ち抜かれ空中を二度回り地面に倒れ…。
「うぉぉおおおおお!!」
「このやろぉぉおぉお!!」
「死ねぇぇぇええ!!」
「っ…!」
次々と向かってくる警備兵を相手に一度剣を振るい牽制すると共に、前へと踏み込むように前進するステュクスの動きは、まるで突かれる槍の如く鋭く向かってきた警備兵の懐に潜り込み。
「フッ!よっ!」
魔力照明の光がキラキラと幾度と反射する、激しく振るわれるステュクスの剣と警備兵の剣が光を跳ね返し輝いて見せる。
懐に入り込んだステュクスが振るう柄頭にこめかみを打たれ脆くも足を折る警備兵を蹴り飛ばし次に向かってきた別の剣をクルリと手元で愛剣を回し弾くと共にステュクスの鉄剣の腹がその持ち主の顔面を叩く。
「がぼぉ!?」
「この!一人の癖しやがって!」
「フゥー…!」
正面から迫る警備兵の鋭い突きを蹴りで弾くと共に半身を捻り背後から襲い来る警備兵の斬撃を遠心力を利用して弾き返し、そのまま正面の兵に向け愛剣を振るい殴り飛ばす。
ステュクスの動きは若者とは思えぬほどに熟達しており、二十人もの警備兵を相手に立ち回り一人として殺さず殴り倒して気絶させていく。
鋭い、あまりに鋭く合理的な動き。ステュクスの剣はまるでチェスの一手のように的確に打ち込まれ攻撃を弾き振るわれる。
「くそぉっ!」
「安直なんだよ!動きが!」
ビンタのように横に薙ぎ払うステュクスの剣が警備兵の振り下ろしを弾き、その衝撃に身を踊らせる警備兵の鳩尾に矢のようなステュクスの肘打ちが炸裂する。
ジュリアンの下で働く警備兵は皆ある程度の戦闘経験があるもの達ばかりだ。グレイソンのように元軍人もいればステュクスのように元冒険者もいる。
ここに集められた二十人の警備兵は奇しくも皆元傭兵と全員が戦闘経験を持ちけるプロの剣士達だ。そんな彼らがまだ体が成熟していないステュクスを相手に力負けし、速度で負け、技量で負けているのだ。
「くそっ、守りが固い…」
五人ほど打ちのめされたあたりで警備兵も気がつく。ステュクスが一廉の剣士であることに。
確かにここにいる警備兵は皆元傭兵。元来元冒険者のステュクスよりも対人戦に慣れているであろう彼らが何故こうも歯が立たないのか。
それは単純な話だ。ステュクス自体は元冒険者だが彼の扱う剣は歴とした軍用剣術…。
アジメク騎士団団長ヴェルトが死に物狂いで会得し、長い鍛錬の末に更に尖鋭化した導国軍流剣術を全て会得したステュクスの実力は、既にアジメクにおけるエリートである友愛騎士団となんら差がない程に高められているのだ。
「このぉおぉぉお!!」
「甘いなぁ!」
突き込まれた剣を的確な振り上げで弾き返すと共に返す刀と飛んできたステュクスの柄頭による殴打が警備兵の頬を叩き抜く。
導国軍流剣術の繊細な動きは敵の攻撃を正確に弾く、そこから無防備になった相手を叩く謂わば後手の剣。そこにヴェルト流とエッセンスが加わりより攻撃的になったその剣は元傭兵達にとってはレベルの高すぎる技量なのだ。
「抵抗するな!」
「やろぉっ!」
「フッ!フッ!」
続けざまに振るわれた剣を弾くその姿勢にブレは無く、地に根を張るかの如き鋼の体幹はステュクスのそれを剛剣へと変える。
全てはヴェルト師匠より賜った技の数々。そして極めて実戦に近い状況で役に立つ戦闘技法の数々のおかげだ。
ヴェルトが語った教えを思い出す。確かに俺は二十人に囲まれているが同時に二十人全員の攻撃が飛んでくることはない。精々一度に向かってくる攻撃の最大数は三つが限度。
一人の人間を取り囲んで攻撃出来る人間は一度に三人が限界なのだ、それ以上の人間が攻撃を加えようとすれば足並みは崩れ逆に同士討ちに繋がる。味方の振り回す剣を恐れ別の味方は近づけないからだ。
故にその三つを捌き続ければ良い、ただそれだけなのだ。
「フッ!はいはい!そこ退いて退いて!」
地面に切り込むような鋭い踏み込みで警備兵の間に身を挟み込み蹴り飛ばし剣を振るい押し退け包囲を抜けるように駆け出すステュクスが目指すのはリオスとクレーがぶら下げられている機材の元だ。
確かこれは鉄材の塊とかを運ぶ際釣り上げる為に使う機材だ、職場の備品だけど生憎管轄が違うので名前とかは分からないけれど前ちらっと見たとき動かしているのは見たことある。
多分リオスとクレーもそれによって釣り上げられているんだ。ならこれを操縦すれば下におろせる筈、そしてそれを操縦するための席は階段を登った先に…!。
「リオス!クレー!今助けてやるからな!」
「あ!待て!させるか!」
「チッ!」
それでも追ってくる警備兵の数は多い、続けざまに振り下ろされる剣を見切り横に逸れ回避すると共に。
「鬱陶しいからあっち行っててくれ!」
「ぬぉっ!?」
階段の両手摺に腕を引っ掛け自らの体を持ち上げると共に繰り出す両足による蹴りを受け、纏まって追いかけてきた警備兵は纏めて階段の下に転落していく、よし!今のうち!。
「ええと!…っ!」
階段を登りきりたどり着いた先には…なんだ!なんだこれ?、多分動かすためのものなんだろうがボタンやらレバーやらが大量についてて何が何だか分からない。え?吊って持ち上げるだけなのにこんなにボタンとレバー要る…?、もっとニュアンスで分かるもんかと。
「えっと、どれがどれ?」
「っ!んーっ!んっー!」
「んんーー!!」
こちらに気がついたリオスとクレーが首を振ってこちらに何か伝えている。それと同時に…。
「ステュクス!テメェ!」
「ぶっ殺す!」
「待ちやがれー!」
「やべっ!もう上がってきた!」
リオスとクレーに促され背後を見ると苛立った警備兵が再び階段を上がってくるのが見える、ヤベェな、こんなところで相手なんかできないし…、ええい!仕方ねえ!
「待ってろよリオス!クレー!!」
口に剣を加えそのままリオスとクレーを釣り上げている機材に手足を引っ掛け登っていく。接合部分やネジがハマっている部分をしっかりと指で押さえ、虫の如くカサカサと上へ上へと登る、動かし方が分からないならもうこのまま這い上がっていくしかない!。
「あいつ!機材を登ってるぞ!?」
「虫かよ!」
「ネズミか!?」
「うるへー!」
寧ろ登れるもんならテメェらの方こそ登って来やがれってんだ!。
なんて嘲笑ってやろうと下にいる警備兵を見下ろすと…。
「退いてろ、クレーンの動かし方なら分かる、このまま振り落としてやろう」
「へっ!?」
徐に一人の警備兵がボタンとレバーを巧みに操りこの巨大な機構を駆動させ動かし始めるのだ。いや動かせるのかよ、ずるくないかそれ!?。
「どの道全員殺すつもりだったんだ!、このまま廃棄口に落としてやろう!」
「っっ!!」
機構が動き回転する先にあるのは屑鉄や破損した鉄材を捨てて溶かして再利用するための巨大な大穴。中には砕かれた鉄や半端に溶けた鋼がぎっしり詰まっており…、あんな中に落とされたら人間なんか一溜まりもねぇ!。
「ぐぅっ!うっ!」
しかし、だからと言って急いで登れると言えばそんなことはない。動き始めた機構の振動を前にしがみつくのも精一杯、とてもじゃないがこれ以上進めない。
「くっ…!」
どうする、一旦戻って操縦桿を制圧してからまた登るか?。けど完全にアイツら俺が降りてくるの待ってるし…流石に待ち構えてる連中の所に突っ込んで全滅させられるほどの腕もないし…。
何より…。
「んんー!!」
「んんーーー!!」
機構に振り回され廃棄口へと運ばれるリオスとクレーが悲鳴をあげる。そりゃ怖いだろ 怖いに決まってる。…大人が寄ってたかってやっていいことじゃねぇだろ!こんなの!。
……ふぅ〜〜…よし!覚悟決めるか!。
「んぁ…」
口に咥えた剣を握り直し姿勢を起こすように足をしっかりと窪みに引っ掛け、決める…覚悟を。
「ハッ!降りてくるか!、上等だ!降りて来たところを引き裂いてやる!」
そんな声が下から響いても振り返ることもなく。俺はただただ…上を見る。
「すぅー…行くぜ!」
そう叫びながら手を離し…走る、ネジに足を引っ掛け梯子を登るように大地を疾駆するように垂直に上方向へと駆け抜ける。
「はぁっ!?アイツクレーンを垂直に登ってるぞ!?」
「ぅぉぉおおおおおおおお!!!!」
落ちる前に上へ、少しでも上へ、全力で足を交互に前に突き出し駆け抜ける。当然俺には壁を走るなんて高等な事出来るだけの身体能力はない、これは壁を走っているというよりは何度も壁を蹴って上へ跳ねているようなものだ。
だから当然限界はある、そのうち失速して俺は下へ落ちるだろう…だがその前に。
「だぁぁぁぁあらっしゃぁぁあぁあ!!!」
跳ねる、リオスとクレー目掛け壁を蹴って飛び跳ねる、廃棄口の真上へ向かっていく宙吊りにされた二人に向かって行われる跳躍はみるみるうちにステュクスを近づけ…。
「あ!やべ!届かね…!」
届かない、リオスとクレーを前にして落ちていく体が感じる浮遊感に思わず青褪める、やばいやばいここに来てヘマはありえない!、ってか真下にはもう廃棄口があるしこのまま落ちたら普通に死ぬ!。
「頼むぜ相棒!」
悪足掻き気味に鉄剣を投げせめて二人の拘束を解こうとリオスとクレーを縛る縄を狙う。すると剣はくるりくるりと回転しリオスとクレーを宙吊りにする縄を切り裂き…。
「んっ!」
「んん!?」
落ちる、二人もまた体を縛られた状態で俺の上に落ちてくる。それを空中で受け止め…。
「しめた!、悪い!それ貸してくれ!」
「んん!?!?」
縄で縛られた二人を体で受け止め、みるみる降下する中二人の縄を解く。いや二人を解放するって意味でも縄は解いてあげたいが今は普通に縄が欲しい!。
ってクソ!めっちゃ固く縛ってある!ええと!結び目は…!ここか!。これをこうしてああして…!。
「取れた!捕まってろよ!二人とも!」
「んっ!」
「んー!」
ヒシッと捕まるリオスとクレーと共に二人を縛っていた縄で輪っかを作り近くの機材に引っ掛け思い切りそれを引っ張り…。
「っっと!」
ブラリと揺れる振り子のように穴の外へと逃れるように脱出し、ややバランスを崩しながらも生還することに成功する。いや…いやはや。
「助かった…、マジでなんとかなるとは…」
今になって無計画に突っ込んだ己の向こう見ずさに恐怖する。凄いな俺…。
「んっ!ステュクス!」
「ステュクス!ありがとう!」
「お おう」
心臓バクバクの俺と違って子供たちは元気極まる。自由になった両手で自分の猿轡を外し更に強く俺に抱きつく二人の子供の温かい感触が徐々に俺に冷静さを取り戻させる。
…あ、俺助けられたんだ、リオスとクレーを…。そんな現実を感じホッと一息吐く吐息と共に先程までの不安が体から抜けていく。
「ああ、助けに来たぜ二人とも」
「うん!ステュクスはやっぱりヒーローだね!」
「でもどうして私達を助けに来てくれたの?。私達まだ会って間もないのに」
「出会ってからの時間が長ければ助ける理由になるのか?短ければ助けない理由になるのか?。そんなもんは関係ないのさ、自分に助けられる力があり助けを求める人間がいるなら出来る限りの事をする。それが子供なら尚更さ」
我ながらかっこよく決まったと思う、二人を助けに行こうと決めたその時からこう言ってやろうと決めていたから、お陰でセリフは吃る事なくツラツラと出て来た。
そんな俺のかっこいい姿を見て子供達は憧れの視線を輝かせて…。
「あ…うん」
「そっか…」
てはいなかった、寧ろなんか微妙そうな顔で項垂れている。あれ?なんか俺間違えた?。
「ま まぁともあれだ!、逃げるぞ二人とも!アイツのヤバさは分かっただろ!とっととこの街から逃げるぞ!。外で俺の仲間が待ってる!そいつらと一緒に逃げるぞ!」
「逃げるってステュクスはいいの!?ここステュクスの職場でしょ!」
「さっきまでな、今は違う。やっぱ辞めることにしたんだよ。仕事キツイし油臭いし上司はカスだし寮は狭いしトイレ汚いし、だから俺は…」
そう俺が言葉を紡ぎ切るよりも前に…、ドタドタと激しい足音が響き。
「ステュクス!この野郎!生きてやがったか!」
「ゲェッ!もう来た!」
当然のように俺たちを追って銃数人の警備兵が鬼の形相で群れを成して迫ってくる。俺が華麗に窮地を脱したのを見てたらしい。
だが来るならば仕方ない。見逃してくれるならこっちも手を出す気は無かったが襲いかかってくるなら全員蹴散らす。そう意気込みを示すように俺は腰の剣に手を伸ばし。
「あれ?あ!剣無い!」
空振る手の感触に思い出すのは先程剣を投げてしまった事実。あの時は無我夢中…ここまで考えてなかった、しくったな。
ってか俺の剣は!?まさか廃棄口に落ちてないよな!?。何処だ!?何処…。
「あ!あった…って、マジかよ」
首を振り回してようやく俺の愛剣を見つけることには成功した。そう見つけるには見つけたが 剣はあのまま結構な距離飛んだようで背の高い機材の真上にストンと突き刺さっているのだ。
あれ取りに行くのは難しそうだぞ。少なくともあの追っ手を相手に取りに行くのは無理だ。
「はははあ!どうやら剣を無くしたみたいだなぁステュクスぅ!」
「やっべぇ…、なぁ剣取るまでちょっとタンマにしない?」
「するわけねぇだろ!アホか!」
「だよなぁ」
さぁて普通に窮地だぞ、どうするかなぁ、ガキ二人抱えて逃げるにはちょいと場所が悪いぞこれ。
なんか使えるもんでも無いか、鉄の棒でもなんでもこの際振り回せればなんでも…。
「ステュクス…後ろに下がって」
「うん、下がってて」
「へ?リオス?クレー?」
すると代わりに立つのはリオスとクレー、それが守るように警備兵の前に立ちふさがるのだ。
やめろ無茶だ!お前ら子供が相手していい奴らじゃねぇ!と言いかけたけど…そういやこいつらって…。
「だははは!なんだガキ共!剣突きつけられてビビってた子供が今更なにするってんだ?」
「違う、剣を突きつけられてビビったんじゃない、リオスに剣を向けられて動けなかっただけだ」
「姉ちゃんが傷ついてビビっただけだ。お前らを怖がったわけじゃない」
笑う、警備兵は笑う、こんな小さな子供が何をするんだと。
確かにこの警備兵たちによってリオスとクレーは囚われた、その後縛り上げられジュリアンから暴行を受けた、彼らにとってみればこの二人は無力でか弱い子供でしか無いだろう。
だが、現実とは得てして『印象』の通り進むわけでは無い。
「行くよリオス」
「うん、この人達は敵…さっきみたいに遠慮する必要はないよね」
「……あ?」
警備兵達の元傭兵としての残り香のような直感がざわつく。まるで大規模な敵襲を前にしたかのような毛が弥立つような嫌な感覚を覚え思わず唇が震える。
気がつけば警備兵達は一歩引いていた、リオスとクレーが一歩踏み出したからだ。あの子達に接近されるのを本能が嫌ったかのように。
(なんだこのガキ、さっきまでと風格が違う!?)
違うのだ、今リオスとクレーが身に纏う風格と威圧は、先程寮に奇襲を仕掛けた際唐突な襲撃に驚いて混乱していた子供のそれとはまるで違う…。
そんな中、警備兵の一人が…他の者達よりも比較的経験豊富な一人が気がつく。
今、リオスとクレーが『やろうとしている事』に。そしてそんなまさか と否定するよりも前にそれは残念なことに現実となってしまう。
「すぅー…『争心解放』ッッ!!!」
「なぁッ!?」
刹那、まるで油を得た炎のように一気に燃え上がる闘志が吹き荒れる。それと共にリオスとクレーの瞳が真紅に染まり体中の血管が浮き出て筋肉が隆起する。
警備兵の一人が察する。これは争心解放だ、間違いない。アルクカースの戦士の中でも限りれた才能を持ったエリートにしか扱えない戦闘技法、世界最強の戦闘民族にのみ許された特権にしてアルクカースを最強足らしめる証。
それを、こんな小さな子供が使えるわけがないのに……。
「グァッッ!!」
「ギシャァッッ!!」
「う うわぁぁぁあああ!!???」
飛びかかってくる、リオスとクレーがまるで餓えた獣の如く爪と牙を剥いて警備兵達に襲いかかる。振るわれる拳は容易く骨を砕き 放たれる蹴りは大の男をボールのように宙に浮かび上がらせ、頭突きの一つで剣をへし折る。
抵抗の隙も与えず、逃亡さえも許さない殲滅を行うのだ、あんなにも小さな子供が。
「グゥゥ!!」
「ガルルルル!!!」
小さな体を跳躍させ警備兵の群れを叩きのめすリオスとクレーの実力はあの小さな体躯からは考えられない程のものだ。
身体能力、戦闘センスそして争心解放。そのどれもが一流の戦士に匹敵するだろう、何故こんな子供達がそれほどの能力を秘めているのか?。
それはこの場にいる誰も知らない事であり誰もが思い至らないことではあるが…、答え合わせをするなら彼ら二人の本名から語るべきだろう。
リオスとクレーの本名を…。リオス・シャルンホルストとクレー・シャルンホルスト…いや正しく述べるなら。
『リオス・シャルンホルスト・アルクカース』と『クレー・シャルンホルスト・アルクカース』だ。
世界最強の武装国家アルクカースに於ける最強の戦士ベオセルク・シャルンホルスト・アルクカースの血を受け継いだ二人の子供こそがリオスとクレーなのだ。
父ベオセルク自身が王族としての立場を放棄している為今二人には『アルクカース』の名を名乗る権利はないがそれでも血は失われない。歴代アルクカース一族が優勝な戦士との交配を続け作り上げた究極の戦士が持つ血統を受け継いでいる二人の潜在能力はある意味ベオセルクさえも上回るほどに高い。
何より物心ついたその時より最強の戦士から地獄のスパルタ特訓を受けた二人の実力がそこらの傭兵崩れ程度に劣るをわけがないのだ。
「ガァッッ!!」
「ぐぇっ!?」
リオスが警備兵の足を取り軽々持ち上げると共に振り回し周囲の敵諸共弾き飛ばす。
「ギシャァア!!」
「ひぃぃぃぃ!!!」
クレーの拳と蹴りが弾丸のように無数に放たれ次々と警備兵を駆逐する。たった二人の子供に十数人の大人が虫けらみたいに蹴散らされるその様を見てステュクスは…。
(え…ええ、強ぉ…俺と戦った時全然本気じゃなかったのかよ…)
戦慄する。リオスとクレーがステュクスと戦った時の実力はまるで本気でもなんでもなかったのだ。やろうと思えば物の数秒でステュクスを吹き飛ばし全てを終わらせる事くらい簡単だったろう。
だが何故それをしなかったか。それはリオスとクレーの性根は母親似なのだ…つまり二人はアルクカース人に似合わぬ程に優しすぎる。警備兵達が寮に襲撃をかけた際もその制服を見て『ステュクスの友達かもしれない』と思い反応が遅れて捕らえられてしまうくらいには優しく甘い。
父ベオセルクが懸念している点はそこにあるのだが、まぁ今は関係ない事だ。
「これで!」
「最後!」
「うぎゃぁぁああああああ!!!」
リオスとクレーの圧倒のコンビネーションにより瞬く間に全員纏めて殴り飛ばされ警備兵は物の見事に全滅してしまう。結局警備兵達はこの二人の子供に触れることも傷つけることも出来ずに終わってしまった…強過ぎるだろ。
「お、お前ら本気で戦ったらこんなに強いのな」
「本気?本気じゃないよ?、付与魔術も使ってないし」
「そもそも正面から戦ってあげただけでも結構な手加減な気がするんだけど…。本気だったら戦いやすい所に誘き寄せて纏めて罠に嵌めたし」
「あ…ははは」
頼りになるぅ〜、すげぇ頼りになるぅ〜。まさかとは思ってたけどマジでアルクカース人だったのかよ、おまけにその中でも選りすぐりの天才って?。
俺も冒険者時代にアルクカース人の冒険者と一緒に仕事をした事があるが ありゃあ人の形をした兵器みたいな奴らだぜ?、そんな奴がこう言うんだ。
『お前は俺を凄い凄いと褒めてはくれるが…祖国じゃ俺は弱虫の泣き虫扱いだったんだぜ?。いるのさアルクカースには…本当の本当に化け物と呼ばれるような怪物達が、特に争心解放を使える奴なんかには喧嘩売るなよ?。マジで殺されるぜ?人の形を保ったまま死にたいなら絶対喧嘩売るな』
そんな蒼ざめた顔で口にしたアイツの言葉を思い出す。リオスとクレーはマジで強い、まだ肉体が未成熟な年齢でこの強さだ…成長したら俺なんか軽く一捻りだろう。
そんな二人が震えて怯える親父や叔父さんとやらはどれほど強いのか。やっぱアルクカースは人外魔境だな。
「ねぇステュクス」
「え?なんだよ」
「これでもまだ私達の事子供って言う?」
「え?あー…なるほど」
子供だから守るってのが気に入らなかったのか。と言ってもどれだけ強くても子供は子供だしなぁ。
「ステュクス、私達は貴方に恩が出来た。お父さんは出来た恩は必ず返せ、命の恩なら尚更だって言ってた」
「だから俺達はステュクスに恩を返したい。全てを捨ててでも助けに来てくれたステュクスの助けに、だから…」
「私達を仲間として扱ってほしい、対等な仲間として」
そう語る二人の姿は子供らしさのかけらも無い、何処か気品と風格を漂わせる立派なものだった。カリスマとでも言うのだろうか…気を抜いたら頷いてしまいそうなそんな誘いを前に、俺は。
「仲間ねぇ、考えとくよ」
二人の言っていることの意味をよく考えずただ適当に返事をする。いや二人が真面目なのは分かるのよそりゃ、けど仲間云々の意味がよく分からん。
「やった!やった!じゃあ行こう!外に出よう!」
「そうだな、とっととズラかろう」
まだジュリアンが何処にいるか分からないし、結局奴の目的であるクーデターを止める方法は思いつかなかった。ここで何十人と警備兵を倒しても明日ジュリアンがメルクリウスに人員と資金の要請をすればそんな穴埋めて余りある量の軍団が奴のものになる。
かと言って明日の会談を邪魔できるかと言えば無理だ。ここには居ないみたいだが明日の会談の場には確実にあのシオも出てくる、シオの率いるアド・アストラ本部の精鋭…そしてそんな精鋭達を纏めて薙ぎ払える強さを持ったメルクリウスを実力で止めるのは不可能だ。
悔しいがここは逃げるしかない。目の前で何千人と死ぬのが分かっていても出来ることがないんじゃあな…。
「あ、その前にあの剣取りに行かないと、あれ俺の宝物だから」
「そうなの?じゃあ待ってて!」
するとクレーが緋色の髪を揺らしてピョーンと飛び跳ねると。
「えい!やっ!」
「ちょ!おいおい!」
周囲の機材を投げ飛ばし剣の突き刺さっている高所に続く階段を作っていくんだ。あの小さな子供が特殊な機構を使わねば移動すらままならない大規模機材を軽々持ち上げて投げ飛ばす様にちょっと頭がどうにかなりそうになりながらも俺の冷静な部分が叫ぶ。
「お おい!、あんまり機材壊してやるなよ!」
と、今そこを気にするべき時ではないのかもしれないけれど、あの機材を使って仕事してる職人は別に悪くないわけだし。
「えー?、なんでー?」
なんて言いながらも既にぐじゃぐじゃになった機材の階段を登り俺の剣を回収に行くクレーはやや理解出来ないとばかりに口をへの字に曲げる。
「何でって…」
「ステュクスはもうここの社員じゃないでしょ?」
「いやそうだけとさ、けどここの機材が無くなったら職人が仕事出来ないし…そりゃ可哀想だろ?」
「そっかー」
そっかーってお前、本当に分かってんのか?。あーあーこの機材こんなに壊しちゃって…、研磨用の機材とか切断用の機材とか全部おじゃんだよ。
この機材が無いとこの工場で働いてる奴らは仕事が出来なくなってしまうよ。
「……ん?」
ん?待てよ?、機材が無くなったら仕事が出来なくなる…?つまりそれは…。
「はいステュクス!剣取ってきたよ!、…ステュクス?」
「お…おお」
まるで木の棒を取ってきた子犬みたいに褒めて褒めてと首をかしげるクレーの頭を撫でながら俺は剣を受け取り、考える…。
もしかしたら、ジュリアンのクーデターも…止められるのかもしれない。
「どうしたの?ステュクス」
「あ?いや、別に…」
「じゃあ早く逃げよう?それともするの?カチコミ」
「しねぇよ…」
「じゃ!逃げよう!。お父さんも言ってたよ?逃走の判断も逃げる時も一瞬でって」
何だかんだ親父さんのこと尊敬してるじゃんかよ。でもそうだな…。
「わかったじゃあ早く逃げちまおうか…あ!悪い!先に行っててくれないか!」
「え?ステュクスは何処に行くの?」
「退職金貰いそこねた!それだけ社長からふんだくってから戻るからー!」
「え!?ちょっ!?ステュクスー!」
「どうしたんだろうステュクス…」
取り敢えずリオスとクレーを置いて走り出し向かう先は工場の奥。取り敢えず退職金は貰っとかないとな、この会社で一番偉い社長の命を助けたんだから退職金としてもらうのはこの会社で一番高価な物でもいいはずだ。
そうだ、ロストアーツ…貰ってこう!。