外伝その2.噛み合い始めた歯車
「誰だ、お前ら…」
ステュクスは思わず口を割る。驚愕と動転から思考をする前に口が先に動く。なんなんだこいつら…どっから入り込んだ、というより…この木箱ぶっ壊してこじ開けたのか?こんな十歳も行ってないようなガキ二人が?あんな一瞬で?。
なんだかおかしいぞ、ちょっと普通じゃないぞ?。そんな違和感を感じて出されたステュクスの言葉に二人の小さな子供は…互いに目線を合わせ小さく頷くと共に。
「逃げよう!」
木箱の中からまるで脱兎の如く飛び跳ねそのまま荷車の天井を蹴り壁を駆け抜けてステュクスの背後にある出口目掛け走り出す。
「なっ!?おい!」
いきなり見せつけられた身体能力の高さに思わず目を見開くも、同時にステュクスは思う。
このガキ二人を逃すのはまずいと…。
こいつらが今食ったのは明日来る来賓メルクリウスの食物、それを食い荒らしたのが犬とか猫とか獣だったらまぁうちの警備体制のずさんさを指摘されて終わるが…。それが人為的かつ人間によるものであったなら話は別だ。
こいつらが何者で何をしていたかのによってはここで見逃した俺自身の身さえ危うくなる。
何をしていたのか、何者なのか、それだけでも捕まえて聞き出さねば。
故にステュクスが剣を握り直し外へと出ようとする二人の子供を追いかけようと体を反転させると同時だった。外へと逃げたはずの二人が引き返してきてステュクスに向かってきたのは。
「え?は!?」
「きしゃぁあ!!」
「ぐるるっっ!!」
思わずたたらを踏んで剣を立て子供達の一撃を防ぐ。戻ってきた…逃げたかと思えば戻ってきて攻撃を仕掛けてきた。何考えてんだこいつら!。
「追ってくるやつは敵!」
「敵は殺す!」
「物騒極まりねぇガキどもだなッ!!??」
というかだ、この赤毛のガキ達…。
異常に強いぞ、力もそうだが素早さや動きの巧みさ、何より鋼の剣に拳を打ち込んで平気な顔をしてられるその頑強さ…。なんなんだこれ!?ホントに人!?新種の魔獣とかじゃなくて!?。
「フゥッ!」
「ハァッ!」
「ガキのくせして生意気な…!」
鞭のように振るわれる脚、槍のように突き出される拳、怒涛の勢いで攻めかかるガキ共の連携に思わず一歩足を下げる。なんて練度の攻撃だ…そんじょそこらの冒険者なら秒で伸されてるぞこれ。
しかし…しかしどうなんだ?これ。どうしたらいいんだ?、斬っていいのか?いやダメだろ…だってまだ子供だぞ。
子供は斬っちゃダメだって師匠も…。
「ハァッッ!!」
「チッ」
悩んでいる暇もなく赤毛の少年の抉るようなアッパーカットに思わず体を大きく仰け反らせ回避する、ダメだ…出入口の方を相手に取られたから地味に俺の身動きが制限されている。荷車の中もさして広くないから動けないし剣も全力で振るえない。
もしかしてこいつら最初から逃げるつもりはなくて有利な状況で戦うために俺の背後に回っただけなのか?。だとしたら本当に何者だよ…こんな小さな子供が地理的なアドバンテージを理解してるって?。
デタラメすぎるぜ…!。
「だけど…大人をナメるなよ!」
だけど悪いな、俺の剣は元より対人戦用の友愛騎士団流の剣術。オマケにそこにトリンキュローさんの技も加われば…!。
「おりゃぁっ!」
「わわっ!」
反撃を繰り出すように剣を持っていない方の手を相手に向けて払う。当然この適度の攻撃になんぞ当たらないとばかりに赤毛の少年は身を逸らして回避するが…甘い。
「『模倣式・絶影一閃』!」
繰り出すのは小さい頃に必死こいて練習して必殺技として物にしようとした技だ。
トリンキュローさんが気まぐれで見せてくれた技、『ナントカ一式・絶影一閃』。超高速で相手の背後に回り急所を叩く一撃必殺の奥義だ。とはいえ俺にはトリンキュローさん程のスピードは無いから完全に模倣することはできなかった。
代わりに行ったのは全動作の短縮。凡ゆる動きを最適化させ相手の背後に回る時間を可能な限り少なくし最速で裏を取る小手先の技として会得することはできた。
例えば今回で言えば手を払い相手の隙を作った瞬間、手の振りを利用して体を回転させ肘で相手の体を打つことで無理矢理後ろを向かせ背後を取る…という、半ば力技にも等しい方法ではあるものの 背後を取ることが出来た。
「動くな…!」
「うっ、この人…強い」
少年の首元に剣を当て脅す…動くなと。すると少年は勿論目の前の少女も動きを止め…。
「り リオス!、弟を離せ!」
「ダメ!姉ちゃんだけでも逃げて!」
「弟?姉ちゃん?…姉弟?」
こいつら似てるとは思ったけどまさか姉弟だったのか!?、姉弟…か…。
「ダメ!お姉ちゃんは弟を助けるものだから!」
「でも俺…姉ちゃんの足手まといになりたくないよ」
「……はぁ」
仲のいい姉弟だな、姉弟仲の悪い俺からしたら…なんだか耳の痛い話だ。いや…昔はこんな関係になれるって会ったこともない姉を夢見て思ってたんだよなぁ。
「まぁ落ち着けよ、別に殺しゃしない…けど俺はお前らから話が聞きたいだけで」
「ダメダメ!、私達は捕まるわけにはいかないの!」
「捕まったら…また連れ戻される…」
「連れ戻される?、何言ってんだよ」
「ようやく手に入れた自由だもん…、私達は二人で生きていくって決めたんだもん、もう…家には帰りたくないんだもん…」
ワケ有りか?…、このまま俺がこいつら突き出したらこいつらは一体どうなるって言うんだ?。
そいつを問いかけようとした、その時だった。
『おい!そこに誰かいるのか!?』
「っ!やべ…今更警備の奴が来やがった!」
外から警備の人間の声が聞こえる、ヤベェぞ今これを見られたら…。
…んー?、いや別に良くないか?。だって別に俺悪いことなんもしてないし、ここの盗人のガキ二人を突き出してそれで終わりだ。このまま家に帰って晩飯食って後で社長のところに顔だした時事の顛末を報告すれば…。
「リオス…!」
「うぅ、ごめん…姉ちゃん、俺のせいで…俺達」
「うぅ…あぁ」
泣き出す姉弟の顔が眼に映る、余程戻りたくないのだろう…何があったかは分からないが。
分からないが…分からないが…、はぁ…なんでよりによって姉弟なんだよ。
………………………………………………
「誰かいるのか?、というかこれメルクリウス様に捧げる為の食材が乗ってる荷車じゃ…あわわ、まずいまずい!おい!そこに誰もいないよな!」
騒ぎを聞きつけ近寄ってきた冴えない中年の警備兵は腰の剣に手を当て豪奢な荷車の中を覗き込む…すると。
「な!?ステュクス!何やってんだ!、なんでそんな所で倒れてるんだ!?」
「ううん…悪い、やられた」
荒らされた荷車の中で剣を放り出して倒れるステュクスの姿があったのだ。見ればその頭にはたんこぶが出来ており…。
「何が…って!?ひどい荒らされようじゃないか!」
「ああ、…何者かが荷車に入っていく所を見かけて止めようとしたんだがこの暗闇で見失ったところをやられちまった…」
「誰にやられたんだ!?」
「分からない、暗くてよく見えなかった、それが男なのか女なのか、そもそも人なのか獣なのかさえ分からない…何一つ分からないんだ」
「なんて事だ!、そんな奴にメルクリウス様への捧げ物が!」
「うう、犯人なら向こうの方に逃げた…今ならまだ捕まえられるかもしれない、早く行ってくれ」
「わかった!、傷が痛むなら無茶するなよ!ステュクス!」
「ああ……」
バタバタとステュクスの話を聞いた警備兵は慌てて犯人を見つける為彼の指示に従って走り出す。…行ったかな?行ったよな?行ったっぽいな、よし
「同僚想いのいい奴だな、アイツ」
ムクリと起き上がり自分で傷つけたたんこぶを摩りステュクスは一息つく。あーあ…俺ウソついちゃったよ、それも明日の来賓に出す飯を食い散らかしたコソ泥小僧二匹を守る為に。
どうすんだこれ。
「おう、行ったぞ」
「……守ってくれた?」
「……なんで?」
するとステュクスの声に反応して食材が入っていた木箱の中からヒョコヒョコと覗く二つの赤毛頭。この大事件の犯人二人だ…。
「どうして?、貴方はここの兵士でしょ、なのになんで守ってくれたの?」
「さぁな、俺が聞きてえよ」
こんな事をして何になる?、こんな事をしでかす理由がどこにある。目的意識の一つも持たずに衝動的に動いた結果がこれだ。
ただ、どうにもこうにも俺にはこの二人の首根っこ掴んでお偉いさんに突き出す気にはなれなかった。
それはこいつらが姉弟だから?、それとも子供が泣いているのを看過出来なかったから?。師匠から子供は大切にしろと教わっていたから?まだ整理が付いてない…むしろ落ち着かせて欲しいのは俺の方だ。
「あ ありがとう…お兄さん」
「たす…かりました」
「コソ泥の癖に礼が言えたんだな」
「コソ泥って…ただ、美味しい匂いをしてたから分けて貰おうと思っただけ、勝手に」
「それをコソ泥って言うんだよ、立派な犯罪だ…反省しろ」
「う…はい」
盗みを働き生きている割には意外に倫理観のしっかりした奴なのか、俺の言葉に居た堪れない顔を見せ申し訳なさそうにしているあたり根っからの悪人小僧ってわけじゃあねぇんだな。
「まぁいいや、お前ら名前は?」
「私はクレー」
「俺はリオス」
「ん、クレーとリオスだな?お前らとんでもないことしてくれたな、この食材の数々が誰のものかわかってんのか?」
チラリと視線を向けると姉と呼ばれていたクレーと弟と見られるリオスが揃ってコテンと首を傾げ見つめ合った後、俺を指差し…って俺のじゃねぇよ!。
「俺のじゃない、こいつはメルクリウスが明日食べる為にうちの社長が取り寄せた最高級の品、つまりメルクリウスのものなんだよ!」
「メル…クリウス?」
うん?と逆方向に首をかしげるリオス。やはり知らないかと思えばクレーの方は…。
「メル…クリウス、メルク…リウス…ハッ!、メルク!メルク!、これメルクさんの!?」
「あ?知ってんのか?」
知っている割にはやや親しげな呼び方なのが気になるが…。
「知ってる、叔父さんの知り合い」
叔父さんの知り合い…、もしかしてこいつらの親がマーキュリーズ・ギルドの役員とかか?、いやそんなお偉いさんの子供がこんな所で盗みを働いてるってのも変な話だな。
「どうしよう、これ叔父さんにバレたら叔父さんに怒られる!」
「叔父さんってのはそんなにの怖いのかい」
世界一の権力者の怒りよりも怖い叔父さんってのは何者だよ。
「普段は全然怒らない…けど、今回のはマズイかも…本気で怒るかも」
「叔父さんが本気で怒ったら怖いってお母さんも言ってた…、昔お父さんの事火達磨にして殺しかけたって」
そりゃ怖いな!?どんな鬼畜野郎だよ!?。こいつらの家庭環境に関しては小一時間色々と聞いてやりたいところはあるが…、それよりも。
「そんなわけだ、流石にお前達がいくら子供とは言えこいつは見逃してや貰えないだろう」
「…………」
「なぁよう、なんでこんな事したんだよ、お前らは根っからの悪人じゃないなら盗み食いが悪い事だって分かってるよな」
俺の問いかけにリオスとクレーはやや答え辛そうに口を閉ざす。俺だって三年くらいは各地で冒険して色んな人間を見てきた、故に人を見る目ってのはあるつもりだ。
そんな俺から言わせもらえばこいつらは悪事に慣れていないように見える。俺を騙眩かすつもりならもっと可愛こぶるだろうし。
「家に帰りたくないから」
「家に?そんな理由かよ」
「私達姉弟にとっては大切なこと。私達は生まれた時から父の仕事を継ぐ事を決めつけられて生きてきた…ずっと家から出してもらえずただ父の代わりになる為だけに」
「どうせ父さんは俺たちの事を自分の後を継ぐ為だけの存在としてしか見てないんだ、俺達は俺たちの生き方をしたいのに」
「生き方ねぇ…、どんな生き方がしたいんだ?、そこまでいうんだからあるんだよな?具体的なビジョンが」
「ある、冒険者になりたい…けど、父には止められた」
俺だって止めるよ、命と尊厳が惜しいならやめとけってな…。
「色んなところに行って弟と色んな事を体験したいの」
「色んな人に会って姉ちゃんと色んな事を成し遂げたいの」
「でも父には反対されてずっと家から出してもらえない」
「ずっと毎日トレーニングばかり、…俺達には俺達の生き方があるっていうと…『生意気言うな』って」
「……そっか、俺は恵まれた家に生まれたからわからねぇな」
そうだ、俺は恵まれた家に生まれている。金はなかったが優しい親はいたし 豪勢な家には住んでなかったが暖かい村で生きていた。十分恵まれて生きてきた自覚はあるから簡単に共感なんか出来やしない。
だから突き放すようなこと言うが、それでもこいつらの気持ちには一定の理解は向けるつもりだ。
だって結局のところ…。
「まぁそれでお前らは家出したって事なんだろ?」
「うん、家に戻る気は無い…私達は冒険者になる!」
「けど、冒険者協会に行ったらまだ俺達は規定の年齢に達してないって」
「それで…家に帰る事も出来ず、行く宛もお金もなくて…お腹が減って…つい」
なるほどね、事件の大まかな概要は分かった。悪意と言うよりは生きていくために仕方なくってところか?、許される話でないけどよ。
まぁ冒険者には十歳からしかなれないし、なれたとしても見習い扱いだから大人の冒険者の同行がないと依頼も受けられない。悪いが子供二人じゃ冒険者としてやっていけないだろう。
そんなことさえ知らないくらいの知識量で、それでも自分達を駆り立てる冒険心だけで旅に出たってか?。その根性はすごいよ。
「そうかいそうかい、お前らの身の上は色々わかったが…俺も元冒険者だ、そんな俺から言わせてもらえば悪いことは言わねぇからやめとけよ。冒険者なんて進んでなるもんじゃねぇよ」
「…じゃあなんでお兄さんは冒険者になったの?」
「は?」
「だってさっき恵まれた家に住んでたって言ったでしょ?。なのになんで…そこを出て冒険者になったの?」
「それは…」
「それは、私達と同じだったからじゃないの」
「………………」
『馬鹿言うなよ!俺は師匠を探すって目的があって冒険者になったんだよ!』と言いかけて止まる。だってそんなの理由にならないから。
師匠を探すだけなら自分が冒険者になる必要はない、それこそ別の冒険者に依頼すればよかった。師匠を探しに行く必要も本当はなかったのかもしれないと何処かで諦めながらも俺は冒険者を続けていた。
そして何より俺は今も家に帰っていない。何故か?…何故だろうな、分からないよ俺には。
「ねぇ、お願いお兄さん…私達を冒険者にして?」
「は!?嫌だよ!、ってかお前らはこれからメルクリウスに突き出すんだ!」
「それだけはやめて!、メルクさんに迷惑をかけたとあったら私達叔父さんかお父さんに殺されちゃう!」
「お願い!これ以上迷惑かけないから!、俺達に優しくしてくれた大人はお兄さんだけなんだ!」
「これ以上ないくらい迷惑被ってるの!俺は!」
「庇ってくれないならお兄さんも共犯ってことにするから!」
「この期に及んで俺脅すか!?」
このままこいつらの首根っこ掴んでアストラ支部に駆け込むか?。けどそんなことしたらこいつらはその怖い叔父さんとお父さんからただならぬ折檻を受けるだろう…、いやそれだけで済めば御の字だ。
こいつらは既にメルクリウスに少ないながらも唾つけるような行為しちまった。この先無事で生きられる保証はどこにも…。
「…………」
いや、それは俺も同じか…。
一度とはいえこいつらを庇っちまったんだから…、それがバレりゃ即刻解雇間違いなしだ。俺はもう職を失うのが確定してるレベルで今やばい事をしてるんだ。
そうだよ、一度でもこいつらに同情して助けようとしちまった時点で…やれるべきことは決まってるのかもしれないな。
「…………」
「お兄さん?」
「はぁ、いつまでもここで話してても埒があかねぇ、一旦俺の寮に来い。そこでお前らを突き出すかどうか決める」
「っ!うん!」
「よかったね!姉ちゃん!」
「…………」
仲のいい姉弟だな。…正直羨ましいとさえ思うそんな関係を壊したくないとさえ思えてしまう。だからか?俺が今こいつらをなんとか助ける方法を考えつつあるのは。
職を失う一歩手前だってのに呑気なもんだよ俺は。
……………………………………………………
「ほぇー…」
「はぁー…」
「…………」
歩く、寮を目指しながら何度も振り返り歩く。その都度俺の後ろをピッタリついて歩く二人の子供と目が合う。
ボケッと俺の顔を見上げるリオス、のほほんとこちらを見ているクレー、こうしていると本当にただの子供だな。
「ねぇお兄ちゃん」
「あんだよ」
「お兄ちゃん冒険者だったんでしょ?」
「そうだが?」
寮への帰路を行きながらリオスの問いかけに答える、出来ればこんな場面他人には見られたくないから黙ってついてきて欲しいんだが…。
「ねぇ!ねぇねぇ!、冒険者ってどんなの!楽しい!?」
「いろんなところ冒険するんでしょ!魔獣と戦ったり街を守ったり!ヒーローだよね!」
「ヒーローなもんか、テイのいい便利屋さ。困ったら呼ばれて用が済んだら手切れ金渡されてはいさよならで二度と会わねぇ。当然感謝もされないさ こっちは仕事でやってんだから、守って当然戦って当然出来なきゃ罵倒される…そんな職だよ冒険者ってのは」
この答え方はやや意地が悪かったかもしれない。けど多分この子達が真っ当に生きて冒険者になって それで一年くらい続けたら同じ言葉が出てくるはずだ。
それくらい過酷でバカバカしい職業が冒険者なのさ。なろうと思ってなるもんじゃない、彼らの親御さんが止めるのも俺にはわかるよ。
「そうなんだぁ〜!」
「っておいおい、なんで目輝かせてんの?今のワクワクする要素あった?」
しかし何故かリオスとクレーには逆効果だったようで目をキラキラと輝かせて俺の話を聞いてるんだ。まるでお伽話でも聞いてるかのようなワクワク具合にちょっと引く。
「だってだって!困ったら呼ばれるって事は依頼を受ければ困ってる人を助けられるって事だよね!」
「え?…あー、そうなるな」
「ならいいじゃん!意味もなく戦うよりもずっといいや!」
「魔獣倒して街を守って!お金は貰っても感謝は受け取らない…仕事だから。くぅ〜!かっこいいね!プロって感じ」
「いやいやいや…」
なんか…そう言われると照れるな。かっこいいのかな?でも毎日毎日同じこと繰り返してれば嫌でもうんざりする。…でも、確かに俺が依頼を受けた事で助けられた命もあったし…うーん。
「いいなぁ、冒険者…なりたいなぁ」
「っていうかお前ら家出してるんだろ?それも立派な冒険だろうが」
「うん!最初は家に帰れなくて仕方なく始めてた冒険だったけどそれでも凄く楽しいよ!」
「でも私達だけじゃお金稼げないから…どうしようもなくて」
「それで盗みを働いたんだろ、聞いたよ…けどお前らいつか稼げるようになったら弁償しに行けよ。悪事は誰にもバレなくとも悪事なんだ、やっちゃならないのは当然だがその償いもまた当然だからな」
「お兄さん、案外しっかりした人なんだね」
「お前らよりかはな」
師匠の教えだ。悪い事はしちゃいけない 法は出来る限り守るべき、それが人としての最低限の生き方だと師匠は語った。
あの人は俺に剣を教えるのと同じくらい道徳を説いてくれた。昔騎士団長として犯罪者を相手にしてきた経験からかな、剣を極めても人殺しを楽しむような解毒になってくれるなと毎日のように語ってた。
『淑女に手を出すな』『親兄弟と親友は大切にしろ』『子供は守れ』『落ちぶれても盗みは働くな』『出来る限り人は殺すな』…とさ。人を殺す術を教えておきながら人は殺すなってんだからおかしな話だ。
けどこうして旅に出て思い知ったよ。師匠が教えてくれたのは人として真っ当に生きていける最低のラインだったことをな。いくら貧乏に喘いでもこのラインを守ってる限り人としての尊厳は保たれる、逆もまたそうだ。
だから俺は師匠の教えに誇り持って貫いている。こう見えても人は殺した事はないし盗みなんかもした事ない、そして…今こうして子供も守ろうとしている。師匠の教えを守り続ける限りとりあえずは真っ当な人間で居られるんだ いいことを教えてもらったよ。
「ねぇねぇリオス、これからは盗むのはやめようね」
「うんわかったよお姉ちゃん、でもこれからどうやって食べていく?」
「んー…魔獣とかを狩って?」
「えー、美味しくないからやだよう、冒険者になれればお金も手に入るのになあ」
なんか悲しくなるな、子供が明日の飯を気にしなきゃいけないってのは悲しい事だ。少なくとも俺が子供の頃は気にしたことがないからそれが悲しいことである事はわかる。
…出来るなら親元にいるのが一番なんだろうが。
「ねぇお兄さん」
「ん?なんだ?」
「お兄さんは何歳で冒険者になったの?」
「え?俺は…えーっと十二歳からだな」
「え?お兄さん今何歳?」
「十六だけど…」
「えー!見えなーい!」
「お兄さんすごく老けて見えるよ!」
「大人びてるって言えよ!」
昔はもっと純情だったんだよ!俺も!冒険者なんかやってたからこんなんになっちゃったの!。
「でも凄いや!そんな歳から冒険者してたって!」
「うんうん!」
「ガキの頃から二人でやっていっているお前らに言われたくねぇな。それに…俺はもっと小さい頃から冒険者をやってるやつを知ってる」
「え?そうなの?」
「十歳そこそこで三ツ字持ちのやつだよ」
「そんな凄い人がいるんだぁ…」
凄すぎるんだよなぁアイツは、自分がどれだけ立派になってもアイツがいる限り俺は俺を立派だと思えないんだよ。
「なら俺は九歳で三ツ字になる!」
「じゃ私は八歳!」
「だから、冒険者には十歳からじゃないとなれないっての」
「あはは!目指すだけなら自由だもんねー!」
「絶対なっちゃうもんねー!」
俺と色々話して警戒心が薄れたのか、それとも俺を味方だと思ってくれたのか、リオスとクレーはぴょこぴょこと俺の周りを飛び跳ねてはしゃいで回る。騒がしいから静かにしろと言いたいが…。悪くない騒がしさだな。
「ねぇねぇお兄さん!冒険者の心得教えてよー!」
「冒険者って魔獣の肉の美味しい食べ方知ってるんでしょー!教えて教えて!」
「お前らまだ冒険者諦めてねぇのかよ、懲りねえなあ」
俺の手を引っ張ってきゃっきゃっと騒いでいる。ここだけ見ればただの子供なんだけどなぁ。こんな小さな子達が自分達で逞しく生きてると思うとなんだか感心しちまうな。俺がこいつらくらいの時はまだ師匠と父ちゃんに甘えてた甘ったれだったのに。
立派な奴らだ。
「ねぇ〜お兄さん」
「お兄さんお兄さんうるせぇな、ステュクスだよ…ステュクスって呼べ」
「それお兄さんの名前?」
「ステュクス…ステュクス!ステュクス!」
「連呼しろとは言ってなーい!」
腕にしがみつかれても悪い気はせず、二人を引きずるように寮へと戻る。出来ればこいつらは無事に家に帰してやりてぇなぁ。
……………………………………………………
「わぁ!ここステュクスの家!?」
「凄い!ステュクスの匂いがいっぱい!」
「というわけでガキ二匹拾いました」
「は…は…!?」
「これはまた…」
というわけでちびっ子二人を連れて向かうのはヘリカル製鉄所附属の寮だ。ここには多数の職員が家族と一緒に住めるくらい広い部屋が無数に存在している。
ベッドルームがあり、キッチンがあり、リビングがある…そんな部屋がアリの巣のように内部に広がる寮には、当然そこの警備兵たる俺達にも部屋は与えられている。
とはいえだ、職員が家族丸々暮らせるだけの大きな部屋を独り身の俺が悠々自適と使うには寮は些か余裕がない。
なのでこの部屋には俺とは他にカリナとウォルターも一緒に暮らしている。俺とウォルターはともかく女子たるカリナが同じ部屋でもいいのかと言われもしたが…。
別に今更だろそりゃ。旅の最中でこいつとは体が触れ合うくらい小さな宿を取って一夜を過ごしたことが何度もある。今更こいつと一緒に寝たところでなんとも思わん。
故に俺がこうしてリオスとクレーを連れて帰ろうと思うと。流石にこの二人には言わなくてはいけない。
「ほら、自己紹介」
「あ はい!クレーです」
「り!リオスです」
「というわけだ、こいつらメルクリウスの明日の飯を食った結構な罪人だからバレると俺たち三人の首が飛ぶからよろしく」
「う…うわー!馬鹿よウォルター!、混じり気のない純度100%の本物バカが居るわ!なかなか見れないわよこんなの!。珍しいし折角だから握手とかしてもらう!?」
「おう、いいぞ その前にちゃんと手ェ拭けよ」
「冗談に決まってるでしょ!、あんたッ…、あんた…自分が何してるか分かってるの?」
大声をあげ立ち上がろうとした瞬間、即座にここが集合住宅であることを思い出し。声を潜めて俺の耳元で問い詰める。何してるか分かってんのか?と。
実を言うと俺もよくわかってない。ただ…なんとなくこの二人を見捨てることができなかったんだ。
「仕方ないだろ、こいつらまだ子供だぜ?」
「そりゃそうだけど…!、もう!これで三回目よ!」
「何が?」
「あんたが特大級のバカやらかしたのよ!、一年前に善意でくそやばい仕事受けたの忘れたの!?それで死ぬ思いしたの忘れたの!?」
え!?俺このレベルのバカ他にもやらかしてたっけ!?。自覚がなかった…苦労かけてたんだな。
でも一年前の仕事は仕方なくないか?。あれを俺が受けなきゃあの人は死んでたし今頃もっとひどいことになってたと思うし…。
「ほう、小さな子供だね。それにこの特徴的な赤色はアルクカース人特有の色だ」
「え?おじさん分かるの?」
「私も昔は冒険者としてそこそこに活躍したからね。そして各地で活躍する冒険者というのは得てしてアルクカース人だった…故にこの髪色は見慣れているのさ」
「そうなんだ!、ねぇ!冒険のお話聞かせて!」
「ああいいとも、そうだね…何を話そうか」
「わーい!」
「ほら、ウォルターなんかもう馴染んでるぜ?」
「この人の柔軟性を他の人間に求めるのは酷よ!。で?どうすんのこれ…これから一生この二人のこと隠しながら面倒見る気!?」
そう…大切なのはこれからのこと。ただ漠然とリオスとクレーを助けたいからという欲求に従ってこの二人に今後迷惑をかけ続けるわけにはいかない。
行動を起こさなくてはならない、それも下手に事が大きくなる前に。
「分かってる、だから早いうちに決着をつけるつもりだ」
「決着?何をするつもり?」
「ジュリアン社長に正直に話す。この二人がメルクリウス様への歓迎の品々を食っちまったのはもうどうしようもない事だ。だから…正直に言ってこの二人を許してもらう」
「許してもらうって、食料を盗むのは普通に犯罪よ」
「分かってるさ、でももうそれしかない。許してもらってこの二人の面倒をなんとか見れるようにする。代わりに俺がなんでもするよ…解雇なり処分なりなんでもな」
「解雇って…、あんたこの二人とはさっき会ったのよね?。なんでそこまでするわけ!」
「ここまで連れて来ちまったからだ。一度助けた癖に途中で怖くなって投げ出すくらいなら 俺は最後の最後までこいつらに付き合いたいんだよ。自分勝手なのは至極分かってるけど」
「ええ、その通りよ、自分勝手の極みよ」
手厳しいが事実だ。俺は今物凄く自分勝手で会社の歯車として最悪なことをしようとしている。カリナやウォルターにも迷惑がかかる。けどそれを考える段階はもうとっくに過ぎている。
助けるか助けないか…その選択肢はリオスとクレーを警備兵の目から隠した時点で既に取り返しがつかないのだ、だったらもう迷う必要はないだろう。
俺は咄嗟に助ける方を選んだ。つまりそれが俺の本音なんだよ…、仲睦まじく冒険に憧れる姉弟を放っておけないってのが、俺の本音だ。
「だから悪い、それまでちょっとリオスとクレーを頼む」
「頼むって、あんたどこに行くつもり!」
「言ったろ、社長のところに行くんだ…まだ時間には早いが。大切な話だからな」
「ちょっとぉ!もう!いつも自分勝手!」
悪いなカリナ、だけどここでリオスとクレーを見捨てたら…なんだか自分の一番底にあるものを否定してしまうような気がするんだ。俺が俺として有り続けるためにはやらなくちゃいけないんだ。
例え、折角手に入れた安住の地を捨てることになったとしても…。
「ステュクス…何処かに行くの?」
「まぁな、俺は忙しいんだよ。だからここで大人しくしてろよ」
「はーい!」
申し訳ないという表情をしつつ俺は即座に寮を出て再び製鉄所に向かう。リオスとクレーの件…なんとしてでも 解決しなければ。
…………………………………………………………
そうしてとんぼ返りで製鉄所に戻った頃には既にあれだけ喧しかった工場はその全てが停止し闇と静寂に包まれていた。
もうここに職員は居ない、居るのは社長だけだ。社長はいつも最後まで残って仕事をして 工場の一室に寝室を作って寝泊まりしている。家に帰るのは週に一度の休みの日だけ…つまりまだ社長はここにいる。
「………………」
そんな闇の中を歩いてしばらく歩けば、やはり奥の部屋には光が灯っていた。
夕方頃に訪れたように、社長の部屋の前に立って…ノックをする。
「失礼します社長。ステュクスです」
「ああ、ステュクスか。入りなさい」
…心なしか、夕方ここを訪れた時よりも声音が低い気がする。怖え おっかねぇ 今からでもリオスとクレーを引き連れて犯人だと言い張りたい。けど…ああ嫌だな。
そういう安定した選択肢を選ぼうとすると『けど』とか『でも』って言葉が出てきちまう。頭では悩むふりをしてステュクスという人間は今全然迷ってないんだ。
やるしかねぇ。そんな決意を固めて俺は静かに社長室の扉を開ける。
「……失礼します」
扉を開けば、先程訪れた時とは違い 社長とは別の人間が手前の椅子に座っていた。
軍服のようなコートを羽織った後ろ姿、仄暗く照る白髪を前にした社長はいつも以上に背筋と身姿を整え座っている。
この街一番の権力者たる社長さえ襟を正すような相手なんか、早々いない。だがこれは恐らく…その早々いないうちの一人なんだろうな。
「ああ、よく来てくれたねステュクス…ちょうどいいから紹介するよ。こちらデルセクト政府から直々に参られたシオ殿だ。メルクリウス様の側近が一人にしてアド・アストラ幹部の一人だよ?。シオ殿 こちら先程話した…」
「ああ、分かっている」
そんな社長の言葉を待っていたとばかりにその男は立ち上がりこちらを振り向くと共に…。
一礼する前に、その白い髪と赤い目を揺らして驚愕する…。
「お前は…っ!?」
「え?」
シオ…と紹介された男は俺の顔を見るなり、まるで古い知り合いにでも会ったかのよう目を見開き俺の顔をジロジロ見るのだ。
な 何?なんで?なんでそんなに見るの?怖いよ…。
「あの…、なんでしょうか」
「…………いえ、失敬 知り合いにあまりにも顔が似ていたもので。驚いただけだ」
シオはマジマジと俺の顔を見て、その後何故か胸を見てため息を吐くと失礼と頭を下げる、
なんだったんだ…。
「先程紹介頂いた、私は六王円卓議席第三席を預かるメルクリウス・ヒュドラルギュルムの側近を任されているシオだ。君はジュリアン社長が私に今回の特別警備を推薦したステュクス・ディスパテルだな」
「…はい、お会いできて光栄です。シオ様」
「傅くのは私ではなくメルクリウス様とジュリアン社長だけにしろ。お前の主人はその二人だけだ」
「ハッ」
シオと名乗る男性は俺とさしたる程に年齢の変わらないように見えるにも関わらず既に一廉の権力者としての風格を持ち合わせていた。
豪奢なコートに風格のある立ち振る舞い。だが俺が何より目を引いたのは…。
(こいつ、シャレにならねぇくらい強い…)
強いのだ、ある程度の使い手ってのは立ち会うまでもなく軽くその姿を目にしただけで分かる事が多いけど。シオの場合はそれが如実だ。
ここに至るまで一切の隙がない。眼光は鋭く動きは機敏で無駄がない。もしここで俺がいきなり剣を抜いてもまるで相手にならない事が一瞬で分かるほどに強い。
こんなの連れてるのかメルクリウスってのは、オマケにメルクリウス自身はこれより強いって?。誰が殺せるんだよそんな奴、警備なんかいらねぇだろ。
「如何された?」
「あ、いえ…」
「ステュクスは入社してすぐに成果を上げた期待の新人です。きっと明日の仕事も無事やり遂げてくれるでしょう…シオ殿のお眼鏡にもきっとかかるはずだ」
「そうだな、まぁ仕事ぶりを見てみないことは分からないが…、今のところはどうにもな」
なんだか空気が重い。とてもとても重く肩にのしかかるよくな空気だ…、特に社長の周辺からは空気が淀むほどの何かが放出されているようにさえ見えるほど威圧的な無表情を貫き通す。
何故空気がこんなにも重たいのか?。なんて考えるまでもない。
「しかし残念だ、メルクリウス様の為を思って用意した品々がどうやら何者かに食い荒らされたようなんだ…聞いているねステュクス」
リオスとクレーの件だ、そりゃあ当然いの一番に社長に話がいくに決まってる…。しかしこうして口に出されると余計にことの大きさを自覚してしまう。自分が何か対応を間違えたような気さえしてくる。
やはり一度寮に戻らずそのままここに直行した方が良かったか?。何故俺は一度アイツらを寮に連れて行ってしまったんだ…?なんて今考えても仕方ない…。
ただ言えることは、俺の直感が告げていたんだ…ここにリオスとクレーを連れて来るべきではないと。
「聞いています、というより…当事者です」
「君はメルクリウス様への贈りの品を前にして守れなかった…との報告をもらっているが?」
シオの鋭い眼光がこちらを向く、多分さっき俺を見つけた警備兵の報告から俺が盗人に負けてみすみす逃した事を把握してるんだろう。事実は違うが報告ではそうなっている以上そう扱われても仕方ない。
「正直残念ではあるが、私としては君が無事でよかったよステュクス。世の中にはとんでもない強者がいる…それもメルクリウス様を狙う奴というのは辺境で工場経営している私に差し向けられる物よりも強力だ。いかに君と言えど対応は難しかったかもしれないね」
「す すみません、社長…シオ様」
「そこに関しては私からシオ殿に謝罪しておいたからいいよ、ですよね?シオ殿」
「ああ、こう言ってはなんだがメルクリウス様は食い物にあまり頓着がない方だ。この件で気を害したりヘリカルの街の評価を変えることはないと断言出来る」
あ、そうなんだ…もしメルクリウスが食い意地張った嫌な奴だったらどうしようかと思ったがそんなに頓着がない人なんだ。やっぱ贅沢極めると逆になんでもよくなるのかな。
「だが…」
しかし、続いてシオより放たれた『だが』の一言で場の空気がグッと重くなり冷たく凍える。ここから先が本題…とばかりに。
「例えメルクリウス様自身が気になされなくてもメルクリウス様に贈られる予定だった物が何者かによって失われたのは事実。この一件についてはキチンと処理しなくてはならない」
まぁそうだよね。メルクリウス本人が気にしなくてもこれをヨシとして有耶無耶には出来ない。メルクリウスから物を盗むってのはそれだけ重罪だ、少なくとも魔女大国とそれに属する場所では重罪だ。
「というわけだ。この一件の処理はジュリアン社長にお任せするつもりだが。ジュリアン社長?貴方はこの一件の下手人が見つかり捕らえることが出来たら…どうするおつもりで?」
「そうですね、私としても大恩あるメルクリウス様の前で赤っ恥をかかされたも同然ですので…、もし下手人を捕らえる事に成功したならば」
そういうなり社長は自らのテーブルの一番上の引き出しを開け、中身を取り出しゴトリと机の上に置く…。
それは、無骨で飾り気の無い拳銃…デルセクト製の銃だった。
「これを用いて相応の処分を下すつもりです」
つまり、殺す…という事だ。リオスとクレーを…。
「聞けば最近商店でも似たような被害が続出しているようでして。夜中のうちに倉庫に入って食べ物を食い荒らす犬猫かなにかがいるようだ…と。害獣は殺処分しないと」
「なるほど、まぁいいでしょう…私は既に社長に処分を任せている」
「お任せを、シオ殿」
おいおい…マジで言ってんのかよ、これ…打ち明けて許してもらうとかそういう話に持ってける空気じゃ無いぞ。
「あ あの社長」
「何かなステュクス」
「その、犯人はもしかしたら…人間かもしれないんですけど…」
「それがどうかしたかな」
「それでも処分は変わらないと?」
「ええ、勿論」
「それがもし…人間の子供でも?。食うにあぐねて渋々盗みに入った子供でも?、同じ処分を下すんですか?」
「……ステュクス」
ギョッとする。口を開いた社長の目が声が顔が…あまりにも冷徹極まる物であったから。
「私は先ほど君にも語ったはずだ。私はその人間の年齢で評価を変えるのが嫌いだと」
「そりゃあ…つまり」
「ええ、有用なら子供でも使います…同時に、悪事を為したなら子供でも罰します。それが大人であれ老人であれ罪と罰の重さは変わらない。特に…私に恥をかかせたとあればね」
「社長……」
本気だ、この人は本気で子供でも殺すつもりだ。ただ盗み食いをした…ただそれだけで人さえ殺すのだ。それが罪であるなら変わらぬ罰は付随とこの人は言うのだ。
やりすぎだ、行き過ぎだ。
「殺すつもりか?ジュリアン社長」
「ええ、アストラは正義です それに反するならば悪でしょう」
「そうか、わかった…なら処分を下す前に私を呼べ、この一件に私は無関係では無いからな」
特に止める気もなくシオはそれだけいうと再び椅子に座り込む。
…最悪だな、マジで殺す事が確定してしまった。ならもう社長の前にリオスとクレーを出すわけには行かなくなってしまった。もっと言えばこの街…いやマーキュリーズ・ギルド傘下の国には居られない。
「ところでステュクス」
「え?あ、はい」
ふと、社長の目がこちらに向けられ。
「襲われた犯人の姿を視認出来なかったそうだね」
「え…ええ、不意を突かれて…情けない限りです」
「そっか、不意を突かれて相手の姿を視認出来なかったのか。なのになんで君は的確に犯人が向かった方向を他の警備兵に伝えられたんだい?」
「え……」
多分、俺の体から出た音を字に書き起こすなら『ギクリ』だ。痛いところを突かれた…というか、え?…俺 疑われてる?。
「それは足音が聞こえたからですよ。流石に不意を打たれても足音くらいは聞こえますから」
「そうか、では犯人は余程器用なんだね」
「なぜですか…?」
「だって荷車の周りには殆ど足跡がなかった。足跡も残さず足音を立てるだけの勢いで逃げるなんて…相当な手練れなんだろう。それなら君が不意を打たれるのも致し方ないというやつだ。そうだろう?ステュクス」
「そう…ですね」
社長が目を見開いてこちらを見ている。シオも横目でこちらを見ている。俺だけが目を逸らしている。
これは疑っているんじゃない。確信しているんだ…俺が何かを知っていて、それ隠していると。
「大丈夫だよ、安心してくれステュクス…さっきも言ったが既に追っ手は出している。直ぐに下手人は捕まり全ては白日に晒される。君の不名誉もきっと晴らされる筈だから」
「それは良かったです、本当に…」
「…………」
ダメだ、もうダメだ、これはダメだ、ダメなやつだ、何がダメって…社長の目が普通じゃねぇ。
「ステュクス、よく聞いてください」
「な…なんですか」
「我々はアド・アストラ。世界を導く者…魔女に代わり人類が新たなる八千年を作り上げなければならない、そこは分かりますね」
「…………」
「我々はアド・アストラ。崇高なる使命を背負い戦う者…我々は善です」
「……分かりました、あの ちょっと忘れ物しちゃったんで俺一旦寮に帰ってもいいですかね」
「そうでしたか。ええいいですよ」
ニコリと微笑み見送る社長に背を向けて慌てて部屋を飛び出て走り出す。ちょっと考えが甘かった ジュリアン・タイガーアイという人間を俺は見誤っていたかもしれない。
これはもうどうしようもない、そんな諦めの感情に突き動かされ 俺は走る。
「ステュクスは行ってしまったようだが。良かったのかな?ジュリアン社長」
「ええ、残念ですが…仕方ない事ですし」
「そうか、…後のことは私が引き継ごうか?」
「いえ、シオ殿の手を煩わせるまでもありませんよ。私の不始末は私がつけます…」
シオは静かに目を伏せる、ジュリアンという男はやはり…。
………………………………………………………………
「もう許してもらうとかそういう話じゃねぇ、誤魔化しも効くとは思えないし…ああクソ!、なんか変に話がデカくなり始めてるぞ…!」
おかしい、こんな大きな話ではなかった筈だ。
ただ冒険者に憧れた家出小僧二匹が食うにあぐねてついお偉いさんの明日のご飯食べちゃいました、ってだけのはずだろ。なんでその話に銃が出てくる なんでその話に人の生き死にが関わってくる。
浅はかだったのか?俺が。社会というものと会社というものを見誤っていたのか?。だけど…ああクソ!どうしたらいいんだよこれ!。
「なんか変だ、…何かが…」
足早に工場を出て寮へと向かう中俺は頭を掻き毟り意味不明な展開に頭を悩ませる。クソが…話がどうにも掴めない。
社長はあれで公正な人間だ。恥をかかれされた…ただそれだけで罰が死刑にまで行き着く程過激でもない。
ということは…だ。もしかして…この話は『ただの盗み食い』に収まらない可能性もある。
「……いやいや、まさかな」
足を止め。目を向けるのは寮に行く道の最中見える搬入口…未だに放置されている豪奢な荷車。
ただの盗み食いのはずだ…と。自分に言い聞かせながら行き先を変える。向かうは再び荷車の中だ。
「誰もいねぇよな」
キョロキョロと見回し工場に侵入しつつ荷車の中を再び改める。どうやらあれから片付けられていないらしくリオスとクレーの食い掛けのカスが床に散乱している。
「ひでぇ有様…、もっと綺麗に食えよな」
まぁ今はそこはいい。最初入った時はあまり気がつかなかったが荷車の中には色々荷物が乗せられている。当然ではあるがこんなでかい荷車一つに丸々全部食べ物を乗せなきゃならんほどメルクリウスは大食漢ってわけでもない。
…あちこちに散乱している木箱、開けられている木箱は食い物の箱以外にもいくつかある。まあ多分リオスとクレーの事だから中身を開けて食い物じゃ無いとわかるや否や捨て置いたのだろうが。
「どうせクビなんだ、今更怖いもんなんかあるか」
リオスとクレーが開けて手をつけなかった木箱を漁り中身を確かめる。
中には…宝石、工場の書類、青髪の女が書かれた絵画と金銭的な価値があるものが色々と入っていた。これを渡して今後も良しなにってことか?案外こう…せせこましい真似すんのな、あの社長。
「でも大したもんじゃない、こんなもんじゃ…殺す理由になんか。ええい!こっちはどうだ!こっちは!」
諦めることなく他の木箱を探す、それでもダメなら他の木箱、最初は朧げな直感を頼りにここ来たが。今は祈るように一つのものを探す。
俺の勘が正しければあるはずなんだ。…社長がリオスとクレーを…いや、この荷車の中に入った人間を殺したがる理由が!、それを解決出来りゃもしかしたらなんとかなるかもしれないんだ!。
だから頼む!なんかあってくれ!なんか!。
「ぜぇ…ぜぇ、粗方中身改め終えたが…」
一旦落ち着いて荷車の中を見渡すと。そこには無茶苦茶になった木箱が其処彼処に散乱する惨状が広がる。なんか…リオスとクレーの罪状を増やした気がする。悪いリオス クレー。
そこまでして成果はなし。はぁ〜…俺ってほんとアホだな。カリナに言われるだけの事はある。
「えー…なんもなし?、いやもしなんかあったとしてももう回収済みか?。じゃあ無駄足じゃんこれ」
頭を抱えて蹲る、そんな事最初から気づけよな俺…ってかそもそも社長がリオスとクレーを殺すに至る原因ってなんだよ。余程見られたく無いものでも無い限りそうはならないし社長が見られて困るような事をするとも思えない。
それこそ犯罪の証拠とかでも無い限り…。
「ん?待てよ…証拠」
慌てて起き上がりバタバタと散乱させたものを押しのける。待て待て落ち着け俺…もし社長が見られて困ると思うものがここにあったのだとしたらその処分は一般の警備兵にはやらせないはずだ。
やるなら社長自らやる。あの人はそういう慎重さが売りだ…だが同時に効率主義者でもある。
ならば…。
「これか…?」
探し出したそれをもう一度しっかり確かめる。すると…。
「あ、これだ…なるほど。そりゃあ見られたくねぇわ」
よかったぁ、見つけられたよ…『ジュリアン社長がリオスとクレーを殺したがる理由』。
これで社長がただ単にお偉い様へのプレゼントを潰されただけでガキ殺す殺人鬼じゃ無いってことが理解できた。まぁロクでも無い事やろうとしているのもまた同時に判明してしまったわけだが。
さて、ここで一つ問題が生まれた。社長はどうにもコイツを見られたく無いみたいだ。故にこれを見た人間を全員始末したい。いや 『見た可能性のある人間』さえ消したいのだ。
とくればもうリオスとクレーを社長の殺意から守る方法はない。それどころか…。
「リオスとクレーを追い出そうと中に入った俺もまた…」
始末の対象に入っている可能性が非常に高い…とくれば。
「そりゃあ…来るよな」
ゆっくりと…ゆっくりと腰の剣に手を当てて。
「ッ……!!!」
一気に引き抜くと共に振り返れば飛び散るのは鮮血ではなく火花。鳴り響くのは悲鳴ではなく金属音。俺に向かって振り下ろされた剣を受け止める形で俺もまた斬撃を放ちそれを防ぐ。
始末しに来たのだ。俺を…!誰が差し向けたなんて今更いう必要あるか!?ジュリアン社長だよ!。そうだよなぁ!これ見られたら他所に逃すわけにはいかねぇよな!。
「くそっ…ってかテメェ!?」
襲われた事に驚きはない。だがびっくらこいたのは剣を振り下ろした相手の正体。コイツは警備兵…俺がリオスとクレーと格闘している音を聞きつけてやってきたあの中年の警備兵だ。
それがやや曇った目で俺を睨みながら剣を押し付けるのだ。
「ごめんねぇステュクス君。でもこれ社長命令なんだ。君を殺さないと僕も仕事辞めさせられちゃうんだよ…」
「それで人を殺すってか…!?」
「しょうがないだろ。あの寮には僕の他にも女房とこれから学校に通う子供も居るんだ。仕事を失えば彼処からも追い出される…。そうなったら僕達は…」
「バカ!それは違うだろ!!」
「へ?」
「テメェに言ったんじゃねぇ!後ろだ!」
咄嗟に中年警備兵が後ろを振り向いた瞬間───。
「うっ!?」
鳴り響く発砲音。耳を劈くような爆音と共に中年警備兵の体にいくつもの風穴が開き鮮血が辺りに飛び散る…、撃たれたんだよ 中年警備兵のさらに後ろに居た男。
銃を構えた別の警備兵に。
「っと!あぶねぇ!」
「…………」
即座に体を捻り転がり銃弾を回避した俺とは対照的に地面に倒れる中年警備兵。出血量と倒れ方からしてもう助からない。あとは即死だった事を祈るばかりだ。
「…………」
「無視かよ。一応俺も同僚なんすけどね…隊長」
ついでに言えば撃ってきたコイツも警備兵。それも俺らの上司…グレイソン警備隊長だ。
面長にまん丸の目玉、いつもの特徴的な仏頂面で睨むでも微笑むでもなく…相変わらずの顔で俺に銃を向けていやがるんだ!。
「まさかあんたまで社長の側…なんて驚きゃしないよ。あんたならそういう事やりそうだもんな」
「………………」
平気で部下の背中を撃って。人を一人殺しても何食わぬ顔をしてられる男なんだよコイツは。それにコイツの地位は警備隊長…俺よりも遥かに社長に近い地位にいる男だ。向こう側についていてもおかしくは無い。
それにうちの警備の支給されている武器に銃はない。つまりあれは態々与えられているものだろう…社長から裏切り者を始末するために。
「…隊長はどんな文句で社長から俺を殺す指示を受けたんですか?。やっぱクビにするぞって感じ?」
「…………」
「あー、それともあれか…無事明日の会談が終わったらこの国の要職にでも付かせてやる。とかそんな理由か」
「…………やはり知っていたか。だから社長に言ったのだ…ステュクスのような勘の鋭い男は要らないと」
やはりはこっちのセリフだよ。やっぱり俺の推察は当たっていたようだ。
社長が見られたく無い秘密。この荷車に載せていた機密情報…その内容は『このギアール王国から王権の簒奪をする事』だ。
製鉄街ヘリカルはマーキュリーズ・ギルドが事実上の統治権を勝ち得ている街だ。この国の王であるギアール王族よりもメルクリウスの命令を聞く街。なんたってマーキュリーズ・ギルドの一員であるジュリアンがこの街の町長も勤めてるんだから当然だよな。
だがいくら事実上の統治権を得ているとはいえそれでもこの街はギアール王国の一部。ギアール王国も実質マーキュリーズ・ギルドに絡め取られているとはいえ非魔女国家。反魔女を掲げる非魔女国家なんだ。アド・アストラのものでは無いのだ、この国もこの街も…。
ジュリアンの狙いはそこにある。このギアール王国という魔女の敵になり得る国を本格的に乗っ取りアド・アストラ側に引き摺り込んでしまおう…って言うな。
「さっき、そこの荷車の中を見たら書類が残ってた。決定的な物はもう持ち去られていたけど…それでも残った書類から断片的な事は推察出来る」
「…………」
俺の口を無理矢理閉ざそうとグレイソンは銃の薬莢を捨て、再び銃口をこちらに向ける。
「書類の内容はメルクリウスへの要望がメインだった。多数の人員と資金提供を求めるもの…そしてこの工場で一時的に預かっているロストアーツの運用試験をヘリカルに一任してもらえるよう頼むもの。それだけならまだ可愛かったよ…目先の功績に焦ってイキってんだなって笑えたよ。だけどな」
それでも聞き捨てならないものがあった。それが…。
「なんでアド・アストラ支部の移動の願いも必要なんだ。なんでその行き先がこの国の王都なんだ…!」
直接的に王権簒奪を示す情報は既に抜き取られていた。だか。残ったさもない情報の中にはそれを思わせる物がいくつか散見できた。
それが資金提供と人員提供の提供を求める旨の書類と、このヘリカルの街にあるアド・アストラ支部を王都に移動させてほしいと言う願いの書類の二種類だ。ここから色々推察してかつジュリアンが俺たちを消さないとまずいと思える程の話なんてこれくらいしか思いつかなかった。
故に確認する意味合いも込めてグレイソンに投げかけてみたらどうやら正解だったと言うのが悲しい事実。
「なんでロストアーツの運用試験に大量の資金提供がいる?受け取った過剰な人員は何に使う。一応アド・アストラに反抗の意思を示す国の王都にどうしてアド・アストラの支部を移動させる!」
「………………」
「答えは一つだ。軍資金と戦闘員を確保したジュリアンがロストアーツを武器にこの国の王権に奇襲を仕掛けて一気に政治中枢を牛耳ろうって思惑って所か」
王族もまさかいきなりアド・アストラに襲われるなんて思いもしないだろ。おまけに極秘裏に作り上げた新兵器を引っさげて王都に踏み込んでくるなんて想像だにしない。
そこを纏めて叩き潰し。ジュリアンはこの国の手綱を手に入れる。あとは普通に王様として隣国のデルセクト国家同盟群に加入して仕舞えばギアール王国は正式に魔女大国の一部でありアド・アストラの大きな流れに入り込むことができる。
言ってしまえば手土産だ。あの荷車に乗っていたメルクリウスへの本当の献上品は金銀財宝でもなく美味しいご飯でもない。ギアール王国そのものをジュリアンはメルクリウスに捧げようとしていたのだ。
とんでもねぇ話だよ、そしてそれはきっとジュリアンも理解している。だからこの件が外に露見するのを嫌った。たとえ子供であっても口外され製鉄街ヘリカルがクーデターを目論んでいると知られれば流石のギアール王国も黙ってられなくなる。
一気に奇襲で攻め落とす作戦が水の泡になる。だから外部への露見をとにかく嫌っているんだ…。だから俺達が狙われているんだ!。
「…あんたもっとよく考えろよ。今自分が何しようとしてるのか…ジュリアンが何しようとしてるのか もっと考えてみろよ!、ジュリアンがやろうとしてる事は立派に国家転覆!内乱の発生をジュリアンは望んでいるんだぞ!」
「…………」
「王権を手に入れるためのクーデターで一体何人死ぬ…何千人死ぬ 何万人死ぬ。いくら奇襲で速攻で終わらせたってその被害は計り知れないぞ。街一つ 国一つ落とすってのはそう言う事なんだよ、それを本当に理解してんのか!?」
「…数千?数万?。瑣末な数字だ…取るに足らない」
「は?」
「ジュリアン社長は仰られた。アド・アストラは正義…アド・アストラこそが人類の希望だと」
銃口を向けたまま瞬きさえしないグレイソンはポツリポツリと妄言のようなそれを平然と口にする。
「これから先の時代はアド・アストラが切り開く、その王道にこのギアールも加えようと言うのが社長の願いだ。確かに社長のクーデターで人は死ぬだろう 敵味方問わず被害は出る。だがその数字とギアールがアド・アストラに入る事で困窮から救われる人間の数ではそもそも比較にならない」
「だから割り切るのか…。目撃したかどうかも分からない部下を撃ち殺すのか…食いにあぐねたガキ二人も殺すのか!、それがこの世界の希望か!」
「ああ、そうだ。人の死なない世の中はありえない」
「狂ってるよお前ら。自分を神か何かだとでも勘違いしてるんじゃないのか」
「我々は神ではない。希望だ」
話にならない…、別に人が死ぬのが受け入れられず闇雲に正義感を振りかざすつもりはない。
だが人を死ぬことを受け入れながらもその手で振りかざしているのが正義感だと思い込むほど傲慢でもない!。
こいつらのやろうとしてる事は間違っている、アド・アストラの作る希望が他者の死を受け入れる事で成立するならそんなもん希望とは呼ばない。子供の未来を奪うものが希望であってたまるものか!。
「さてステュクス、君はこれからどうする」
「全力で抵抗する」
「しかし、それでどうなる。お前一人ではアド・アストラはおろか社長さえ止められない。社長の持つ組織全体を止めることもできなければ今更計画を止めることもできない…そんな力を持たないお前ではな」
「まぁな」
確かにもう社長のクーデターを止められる段階にはないのかもしれない。明日の会談でメルクリウスがそれを受け入れれば即座にこの国の乗っ取りは開始され。王都で内乱が起こり大勢が死ぬ。
別にこの国に思い入れがあるわけじゃないがそれでもそこを割り切れるほど大人じゃない俺に出来る事なんて今更ないのだろう。力任せに暴れまわって現状が変更出来る程に組織とは甘くない。
ならば、自分に変えられる範囲の事だけは変えてみせよう。
「確かに俺には何も変えられないかもしれない。けど…一度手ェ出した事にはきっちりケジメはつけるつもりだ、ソイツが師匠の教えなんでね!」
「つまり?…」
「クズの大人にガキは殺させねぇって言ってんだよ!、そこ退きやがれ!」
銃を構えるグレイソンに向けて無骨な長剣で斬りかかるように踏み込む。
銃と剣、武器の性能差で見たら確実に後者が劣るのは間違いないだろう。正直アホらしくなるくらい剣が不利だ。
だが喧嘩をするのは武器じゃない。いつだってそれを持つ人間同士…そして不完全な人間同士の戦いにはいつだって紛れ込む不確定要素がある。
「…………!」
「フッ…!」
引かれるトリガー、放たれる銃弾。だが鉛玉が命中するのは肉ではなく俺の足元の地面。
当たらない。グレイソンが俺の突撃と共に銃を撃つと分かっていたから 飛びかかると見せかけて横っ跳びに飛んだのだ。所謂フェイントにかけられたグレイソンは即座に銃口で再び俺を狙い…。
「遅い!」
剣を振り払い銃口を弾きながら懐に潜り込む。この距離なら剣の方が速い!。
「クッ…!」
払った銃口に咄嗟に柄頭をぶつけグレイソンの手から銃を叩き落とすと共に空いたもう片方の手で掴みかかるが。
グレイソンとて素人ではない。
「ナメられたものだ。冒険者崩れに」
「うぉっ!?」
掴もうとした手を逆に掴み返されグルリと捻られ体かがバランスを失う。腕一本で相手を無力化する捕縛術だ。
グレイソンには実力があるから警備隊長を任されているなんて今更当たり前のことを言わなくてもいいだろうが、こいつがジュリアンから重用されている理由はもう一つある。それは…。
「ぐぅ!いてぇ…、元軍人が冒険者崩れに本気出すかよ」
グレイソンは元デルセクト軍人、それをジュリアンの父親プロスペールが金銭で買収し自らのボディガードとして雇ったのがグレイソンという男の始まりだ。
デルセクト軍直伝のマーシャルアーツに卓越した銃の腕。そのまま軍に所属していたら今頃小隊長クラスになっていただろう実力がこの男にはある。何よりプロスペール自身が我が子の第一の盾としてこのヘリカル製鉄所と共に息子ジュリアンに与えたのがこの男なんだ。
弱いわけがねぇよな…そりゃ。
「ジュリアン社長はお前の死を望んでいる、ここで死ね」
「……本当にそうか?」
「何?」
「ジュリアン社長が俺の死を望んでるって件さ、そっちも妙に引っかかってんだよな」
グレイソンに腕を捻られながらも頭を必死で働かせて状況の打開策を練る。その間に…一つ確認しておこうってんだよ。
「ジュリアン社長は確かに今俺を殺そうとしているかもしれない。だけど…最初は違ったろう、明日俺を特別警備主任にするって言ってたぜ」
「……っ」
「けど、それに反対してる奴が一人いたよ…なっ!!!」
一瞬グレイソンに動揺が見られたその隙を縫って足を後ろに蹴り上げグレイソンの金タマを狙う。がしかしそれもグレイソンが内股に足を閉じた事により防がれるが…。
「よっと!」
「チッ」
内股になりバランスを失ったグレイソンから手を引き抜き拘束から逃れる。それほどまでに動揺するって事は…当たりか?。
「ジュリアンは結果的に俺を殺そうとしただけ。最初っから俺を殺そうとしてたのはあんたの方だろ」
「…………」
「おかしいと思ってたんだ。俺が工場から帰るタイミングでなんで荷車の周辺に警備がいなかったのか」
俺が荷車に近づいたのはクレーとリオスの所為だ。その偶然に惑わされていたが…だがもっと原因を辿ればあの荷車の近くに警備がいなかった所為でもある。警備がいなかったからリオスとクレーは近づき俺は結果として社長の虎の尾を踏んだ。
ならなんで警備がいなかった?。意図的にその時間だけ警備を遠ざけることが出来る人間なんて一人しかいない。
どの道。リオスとクレーが居なかったとしても…なんらかの手を使って俺をあの荷車に近づけ、最初から俺を殺すつもりだったんだよグレイソンは。その大義名分が欲しかったんだろ。
「理由はそうだな。俺がジュリアンの右腕にでもなるのを警戒したからか!」
剣を振り抜き斬りかかりながら叫ぶ。こいつは最初から俺の昇格を拒んでいたとジュリアンが言っていた。それでもその拒否を受け入れられなかったから俺を嵌めようとした!。そうだろグレイソン!。
「私が…一体何年プロスペール商会に仕えてきたと思っている!」
しかし俺の剣もグレイソンが腰から抜いた剣に防がれ甲高い音を鳴らして食い止められる。
「プロスペールの甘言に惑わされ軍人をやめて十年!、その後プロスペールの息子にあてがわれてより更に三年!。ずっとプロスペールの為に尽くしてきた!、軍人としての生命を捨ててまで尽くしてきた!。それなのに何故半年前に現れたお前が私よりも上に行く!」
ギリギリと歯を食いしばり権を握る手にも力が篭る。無表情を貫いてきたグレイソンの顔が醜悪に歪む。
「山ほどの金貨と見渡すほどの土地が手に入るとプロスペールは言った!この会社を大きくし私の地位を押し上げてあげようとジュリアンは言った!。それを信じて今日この日まで屈辱にも耐えて尽くしてきたのに…!その果てがお前のような浮浪者の足場になることか!」
「アンタ、案外欲深いのな!」
「私の地位は誰にも渡さない!私の金は誰にも渡さない!。この国を乗っ取った暁には爵位を受け取りアド・アストラの庇護で今までの全てを取り戻し幸せになってやる!。十三年間も頑張ったのだからそろそろ幸せにしてくれてもいいだろ!幸せになってもいいだろう!」
凄まじい力で俺の剣ごと俺を叩き斬ろうとするグレイソンの剣幕は凄まじく、その瞳はあまりに曇りまるで煮詰まった鍋底みたいに薄汚い。十三年屈辱に耐えてきたと彼は言う この十三年は報われてもいいと彼は言う。
そろそろ幸せになってもいいとグレイソンは宣う。…だがな。
「ジュリアンの言ってる事…ちょっとだけ分かったぜ」
「何?…」
「欲のある人間が嫌いってやつさ。確かに人間欲をかくと見えるものも見えなくなるもんだな…。身の丈に合わない願いを抱けばほら。足元がおぼつかなくなるぜ!」
「っ!?」
怒りと狂気に包まれたグレイソンは最早元軍人としての技量を一つとして持ち合わせていないただの強靭だった。俺を殺そうとするあまり足元を疎かにした…故に咄嗟に蹴り払われた俺の足によってグレイソンの体は折れるように横に倒れ。
「最後に一つ言っておく」
「なぁ…あ!」
剣を大きく横に振りかぶる。バランスを崩し空中に投げ出されたグレイソンの顔めがけその目を見据える。
確かに十三年も頑張ったなら多少は報われてもいいと思う。俺も同じくらい頑張ったら同じようなことを口走る気がする。けど…けどな。
「例えどれだけ頑張っていたとしても。人を殺した奴が…幸せになっていいはずがない!」
「ぐげぇっ!?」
剣の腹による全力のフルスイングを受けグレイソンの体は真横に飛ぶように転がり鼻血を吹きながら自らが殺した同僚の傍に倒れる。
自分の欲で俺を殺そうとし、俺を殺す為に同僚の命を奪ったこいつが幸せになっていいわけがねぇんだよ。
「アド・アストラは神じゃねえ…人だ。例えどれだけ大きくても人を殺した人が得られる結末が明るいもののわけがねぇのさ」
「ぐ…ぅ」
気絶し力尽るグレイソンに背を向ける。どうせ朝まで目覚める事はないだろうし朝になればあの死体との関係性で騒がれることになるだろう。そうなった時ジュリアンがグレイソンを庇うとも思えないし…、ま つまるところ奴はこれで終わりってわけよ。
その間に俺はとっとと行かせてもらう…、行き先はこの国の王都。ジュリアンの企みを一応教えるだけ教えておくとする それで防げるかどうかはもうこの国の政府の仕事になるしな、少なくとも奇襲そのものは成功しないだろう。
まぁ…そうなると俺はもうこの工場には居られなくなるだろう。下手すりゃアド・アストラ傘下の街や国には立ち寄れないまであるかもしれない…。
こんなにヤバイ状況だってのに なんか寧ろ清々してるのはなんでだろうな。
「まぁなっちまったもんは仕方ない。職も安寧の地も今日でおさらばさせてもらうとしますかね」
生活は安定してたし住み心地は良かったけど…やっぱり俺は。
「仕方ない。ついでにあのガキ二人も…」
そうぼやきながら寮に戻りとっとと荷物を纏めようと帰宅する。グレイソンの所為とはいえジュリアンの狙いを知ってしまった俺もまたジュリアンから狙われる身になっている事は間違いないしな。
ならズラかるのは早い方がいい…。そう思い自宅の扉を開け。
……………………………………………………
「な…なぁカリナ ウォルター」
仲間たちにヘマした事を報告に行こうとすると…。何か 家の中が嫌に静かな事に気がつく。
「…まさか」
まさか いやそんなまさか。青褪める顔と血の気が引く体を引きずり慌てて部屋の中へと駆け込むと、そこには…!
「ッ!二人とも!」
傷だらけになり、床に伏せているカリナとウォルターの姿があった。家の中は荒らされ 地面には家具が散乱し強盗にでも入られたかのような酷い有様だ…。けど幸い二人には息があるように見える。
「大丈夫か!カリナ!ウォルター!」
「うぅ、ステュクス…」
「いきなり他の警備兵が押し入ってきて、リオス君とクレーちゃんを攫っていったんだ…。抵抗する間もなくこの有様。情けない」
仕方ない事だよそれは。だって押し入ってきたのが見知らぬ強盗だったなら二人だって抵抗しただろう、だが現れたのは見知った警備兵…同僚だ。
そしてリオスとクレーを攫った事で社長の差し金である事がほぼ確定してしまった。…いや?なんで攫ったんだ?。
別にここで殺せばよくないか?なんで連れ去ったんだ?。いや…あーそう言う感じか。
「ステュクス…ここに来た警備兵が言っていた。社長が君を呼んでいると」
つまり、俺が逃亡するのを防ぐ為にリオスとクレーを攫ったんだ。社長は俺と二人の関係を知らない…恐らく現実のものよりいくらか親密なものと思い込んで二人を確保すると共に俺も誘き出すため誘拐という選択肢を取った。
まぁ他の警備兵に殺しを依頼するのはまずい、殺しに関してはアイツらも素人だしな その辺で信用できなかったってのもあるんだろうが。
実に効率主義な社長らしい一手だ。俺が別にリオスとクレーに対して義理立てする必要がないと言う事を見抜けなかった点に目を瞑ればな。
「ねぇステュクス…」
「ん?、大丈夫か?カリナ」
「大丈夫よこのくらい…治癒魔術も使えるし」
するとカリナは俺の足元に縋り付いて今にも泣き出しそうな声で俺の裾を握り。
「逃げましょうよもう。ここに来た警備兵の目はおかしかった…それを動かしてる社長もなんか変。もうこんなところで働けないわ」
「悪い…こうなっちまったのは俺のせいなんだ。俺が迂闊だったから…二人に迷惑かけた」
「別にいいわよそんなの。やっぱり無理があったのよ私達根っからの冒険者崩れが真っ当な会社で働くなんて…いえ、魔女大国の下で働くなんて」
「…………」
「リオスとクレーには悪いけどあの二人の事は諦めてもう逃げましょうよ。社長だって子どもの命は取ったりしないわ」
どうだろうな。社長は子供だから大人だからで人を区別するのが嫌いだ…、きっと俺にしたみたいに二人にも相応の罰を与えようとするだろう。
社長は確実に二人を殺すつもりだ。そこは断言できると言ってもいい。
「あの二人はさっき出会ったばかりなんでしょ」
「ああ」
「アイツらのせいでアンタは迷惑被ってるんでしょ?」
「そうだ」
「まさか助けに行くなんて言わないわよね」
「…………」
「罠よ確実に。アンタを呼んで仲良くお茶しようなんて空気じゃないわ絶対に…行けば死ぬ。なら行かなきゃいいのよ」
そうかもな。俺はグレイソンに嵌められたからいいとしてこの一件に巻き込まれたのはリオスとクレーが忍び込んで盗みなんて働こうとしたからだ。全面的に二人が悪い…そこに関して尻拭いしてやるほど俺は優しくないし二人に優しくする理由もない。
助けに行く必要はないか…。
「ちょっと待ってろ」
「……何してるの?」
荒らされた戸棚から紙とペンを取り出し、床に置いて筆を走らせる俺を見てカリナは首を傾げる。何をしてるってそんなの決まってるだろう。
「辞表書いてる」
「は?」
「もう仕事は続けられないなら辞めるしかないだろ?。だから今までお世話になった義理も込めて辞表を渡す」
「あ アンタまさか行くつもりなの?」
「辞表届けに行くだけさ…、ついでにガキ二匹引っ張ってくるかもしれないけどな」
それでも、行かなきゃ行けない気がするんだ…だって。
「なんで!なんで行くのよ!、あんなの放っておけば…!」
「そうも行かないさ。警備兵辞めて俺たちが次に手をつける職なんて冒険者くらいしかないだろ」
「そう…だけど?」
「冒険者になったら俺はまた師匠を探すつもりさ、いくら諦めたなんて言ってももしかしたら何処かで会えるかもしれない…。やっぱ頭のどっかにゃそう言う期待もある」
「…それがなんで子供を助けるのに繋がるのよ」
「俺は弟子として、師匠に胸を張れる弟子で居続けなきゃならない…それだけさ」
師匠は俺を助けてくれた。素性も知れない、名前も知らない俺を魔獣から助けて面倒まで見てくれた…、だからきっと俺の師匠ならなんだかんだ言ってリオスとクレーを助けに行くはずだ。
師匠は言っていた。罪もない市民と子供を流す奴は許せないと…そんな師匠の教えを受け継ぐ俺が ここで子供を見捨てて平然と生きていけるはずがないだろ!。
「俺は師匠の弟子である限り師匠のように子供を見捨てる事は絶対にしない。助ける理由だとか義理だとか…そんなのは後からいくらでも付け足せばいいさ」
「アンタそんな甘い事…」
「いやカリナ、行かせてあげよう」
「ウォルター…?」
それでも止めようとするカリナをさらに止めるウォルターは立ち上がった俺を見てにこりと微笑む。
「警備兵になってから生活は安定したし給料も沢山貰えたね、ここにきたのはきっと間違いではないんだろう。けど…それと同時に私は君がどんどん腐っていくような感覚がしていたんだよステュクス」
「俺が?」
「ああ、冒険心や欲を失っていくとでも言おうか…人生に諦めをつけてしまったと言おうか。日々職務に身をやつす君は日に日に君に似つかわしくない気配を纏っていくのを私は『大人になった』と勝手に勘違いして…いや、そう思い込んでしまっていた。けれど違うんだねステュクス…きっと君に安寧が似合っていないだけなんだ」
「…………」
「行って来なさい。時に無謀に身を投じ、時に無茶に身を傷つけ。時に捨て身になり、時にヤケになり…失敗もして成功もして人はその人自身になっていく。この選択はきっと君を君自身にする物だ。だから止まるな」
「ウォルターさん…」
「若者の背中を押すのは大人の仕事だ。背中は任せなさい…君が社長のところから戻ってきて直ぐに旅立てるように私達で足場を固めておくから」
するとウォルターもまた立ち上がり荷物をまとめ始める。もうこの仕事を続けるつもりはないとばかりに…俺の背中を押すように。
「ありがとうございます。ウォルターさん」
「さんは辞めてくれってチームを組んだとき言ったろ?。それに今の君は私と出会ったばかりの頃に宿していた…私が惚れ込んだ若い炎を身に宿しているように感じる。それでなくちゃ私が生涯最後の旅の仲間として認めた男じゃない」
「そう…だったな。悪い、カリナにも迷惑かけるよ」
「ここで反対したら私が悪いやつみたいじゃない!。だからとっとと行ってもっと悪いやつ退治してきなさいよ!」
ちゃんと逃げずに待ってるから!とカリナもまた立ち上がり覚悟を決める。ウォルターもカリナも覚悟を決めてる。
なら、俺も決めよう…もう警備兵として安定や安寧を求めるのは終わりだ。こっからは師匠の弟子として恥のない男に…冒険者ステュクスに戻らせてもらう。
「じゃあ行ってくるよ、直ぐ戻ってくるから」
「行ってきなさい」
「待ってるわ」
仲間たちからの言葉を背に受けて。警備兵としての制服を脱ぎ捨て 冒険者時代に着ていたコートを羽織り、剣に手を当てたまま俺は行く…俺を取り戻すために、リオスとクレーを取り戻すために。
社長の所へと。