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314.魔女の弟子と晴天に陰る黒雲


「ちょっとちょっと!、何よあんた達いきなり現れるなり祭りの邪魔して!、他所者はお呼びじゃないっての!、ただでさえこちとら機嫌が悪いのに…余計胸糞悪いことしてんじゃねぇぞ!カス!」


「言い過ぎよホリン、落ち着いて」


魔女シリウスを撃破した記念の祭り、それは皇都全体を包み込むほど巨大に広がり何処もかしこも目出度い空気が広がっていたのだが…


突如としてゲートの奥から現れた部外者達によりその空気はぶち壊し、それにキレたアルクカースの王女ホリンが酒瓶を振り回して激怒する


ただでさえアミーに敗れ氷漬けされて気がついたら戦いが終わっていた、そんな情けない戦果を出してしまった彼女は今荒れに荒れている、今にも目の前の男達に殴りかかりそうなところをホリンに止められ人混みへと引きずりこまれていく様を…突如として現れた闖入者達は見つめる


「別に我々の目的はこの宴の邪魔ではありません、ただエリス様とお話をしたいだけなのですよ、どうかご理解頂けませんか」


「そうはいうが、彼女も今は忙しい身…いきなり現れた者達においそれと会わせるわけにはいかんな、というか貴様ら誰だ」


この楽しい宴に水を差した無礼な客人に対して怒りを露わにするのは将軍アーデルトラウト、いきなり現れ自分達は冒険者協会の要人ですと名乗られてもはいそうですかと納得など出来ない


エリスは既に帝国の英雄、しっかりとした身分の証明出来ない人間を会わせるべきではない


「何者ですかと言われましても、先程名乗った通り我々は冒険者協会より参りました、冒険者協会の幹部と我らが唯一無二なる会長にございますが」


自らを冒険者協会の幹部と名乗る女の出で立ちや不気味極まりない


黒い髪 光のない漆黒の瞳 貼り付けたような笑みと白と黒の羽織を着込んだ女が、静々と懐に手を突っ込み


「では今一度自己紹介いたしましょう、私 冒険者協会四人の最高幹部が一人、ケイト・バルベーロウと申すものでございます」


そう名乗る女…ケイト・バルベーロウは名刺代わりに登録カードを見せアーデルトラウトに自らを紹介する…が、それを受けたアーデルトラウトは余計に疑念を深める


「ケイト・バルベーロウだと?、嘘をつくならもっとまともな嘘をつけ、ケイト・バルベーロウは五十年以上前から冒険者をやっているベテランだぞ、お前のように若々しいわけがない」


冒険者協会最高幹部のケイト、別名を大魔導のケイト・バルベーロウは五十年以上も前から冒険者として活躍する大魔術師の一人だ、がそう名乗る女の年齢はどう多めに見積もっても精々二十七か八、ケイトの娘と言われた方が想像出来る


しかし、そう問い詰められた自称ケイトは一瞬驚いた顔をすると、すげームカつくドヤ顔で


「ふふん、私がケイトですが何か?、まぁ確かに世間一般から見ればおばさんかもしれませんが…私厚化粧なので」


「は?、厚化粧でその若さを保っていると?、バカも休み休み言え」


「かーっ!麗しいってのも厄介なモンですねー!、化粧が上手いってのも罪なモンですねーっ!、私が私であることを証明するのがこんなにややこしいとはー!」


たはー!と凄まじく嬉しそうにくるりくるりとポーズを取りながら自分の額をペシーンと叩き腹立つ振る舞いを見せるケイトにアーデルトラウトは断ずる


絶対にこいつはケイトじゃない、ケイト・バルベーロウと言えば魔術の腕だけで見ればヴォルフガングに迫る唯一の魔術師、そんな大人物がこんな軽薄なわけが…


「おや?何かと思えばケイト殿、貴殿もこちらに参られていましたか」


「は?」


そう自称ケイトの言葉を証明するかのように、アーデルトラウトの背後で肯定の言葉が響く…、これは


「おやおや!、これはラクレス様!お久しゅうございます!」


「今の私は王族ではない、そこまで畏る必要はないさ」


「いえいえぇ、ラクレス様が冒険者達を大量に雇ってくれたりアルクカースでの仕事を工面してくれたお陰で協会は破産の危機を免れたんですから、ラクレス様はその立場関係なく我ら冒険者協会の恩人ですよう、それに普通に上客ですし」


ラクレスだ、鉄仮面で自らの顔を隠し自らの過去に決別し今や弟ラグナの従僕として振る舞う彼がケイトと仲睦まじく話すのだ


そう言えばとアーデルトラウトはは記憶を呼び覚ます、あれはまだラクレスが国王を目指していた頃の話…外部勢力とのコネクションの確立の為、ラクレスが冒険者協会と繋がりを持ったとの話を聞いたことがある


その時期が丁度冒険者協会の抱える多額の借金の返済期日であり、それがラクレスの接触と被ったお陰で冒険者協会は首の皮一枚繋がったのだ、それ以来冒険者協会…とりわけケイト・バルベーロウはラクレスへの恩義から様々な便宜を図るようになったとも聞く


あの王位継承戦でも字持ちの冒険者を複数派遣するくらいには二人には交友がある、…ということはラクレスの言葉は真実か?


「おいラクレス、こいつは本当にケイト・バルベーロウなのか?」


「ええ、些か信じられませんが彼女はあの伝説の魔術師ケイト・バルベーロウですよ、厚化粧と自己流のトレーニングで若々しさを保っていると本人は言っていますが」


「むう、お前が嘘偽りを述べるとは思えん、ということはこいつらは本当に冒険者協会の人間なのか」


ラクレスが保証するなら信じざるを得ない、あの伝説の魔術師ケイトがこの厚化粧で美貌を保つウザい女で、その後ろに控える胡散臭い連中が冒険者協会の最高幹部達…と


「信じていただけましたか?我々の素性を」


「……業腹だがな」


「ではエリス様と取次をお願いします、我々は彼女に用があるのですから」


ケイトの言葉にやや苛立ちを覚えながらもアーデルトラウトは考える、こいつらは何が目的でエリスに接触を図ろうとしているのだ…と、それもこのタイミングで


今、世界で反魔女の気風が高まっているのは言うまでもない、シリウスが行った世界への演説は確実に効いている、となればその波に乗る事間違いなしと言えるのが世界最大の非魔女国家マレウスだ


そして、冒険者協会の本部はマレウスの中央都市にある、協会の会長や幹部はマレウスの行政とも深く関わっているとも聞く、そんな奴らがエリスに接触を…と聞けば誰でも警戒はする


「おいラクレス、この際だからお前に聞く、こいつらは信用してもいいのか?」


「それはお答えし兼ねますが、もし彼等がエリスの身に何かをしようとすれば…只で返さなければ良いだけでしょう、いくらケイト・バルベーロウと言えどもここに居る戦力を相手に五体満足で帰れるわけがない」


ギロリとラクレスは眼光を煌めかせる、ケイトとは個人的に交友があるがそれでも自らの主人であるラグナの友エリスに何かをしようとすれば、生かして返す理由はなくなる


それにここには魔女大国の一大戦力が集っている、これを相手に生きて帰れるほどケイトはメチャクチャな存在ではない


「お…おお、怖い怖い、けどご安心を?ただ我々はエリス様とお話がしたいだけであります、ねぇ?ガンダーマン会長」


「うむ、そうである」


そうケイトに問われればいつのまにかその場に椅子を置いて座り込んでいた男が胸を張りながら静かに頷く


顔に刻まれた皺は彼が齢を六十と超える壮年であることを示しながら、その肉体は筋骨隆々にして手足は丸太のように太く、手に持つ黄金の大斧は力強さを表す

一流の戦士のような出で立ちをしながらその姿はやや下卑ており、高価であることが見ただけでわかるスーツのサイズが合っていないのかパツパツと怒張し、両手の指には黄金の指輪がいくつも輝き、挙げ句の果てには胸あたりまで伸びた髭にさえ宝石の装飾を施すなど自身の権威の演出に余念がない様が見て取れる


彼の名はアーデルトラウトも知り得ている、冒険者協会の事実上のトップ…ガンダーマン会長、別名『大冒険王』ガンダーマン


幾多の冒険を繰り返し、数多の魔獣を腕っ節一つで叩きのめし、実力一つで作り上げた名声と莫大な富で冒険者協会トップに上り詰めた文字通りの冒険者達の王、一部では英雄とさえ称される男が偉そうに胸を張るのだ


「ワガハイはエリスとやらに話したいことがあるのだ、故に大冒険王たるワガハイ直々にこうしてここにやってきてやったのだぞ?、時間をとらせるな」


「こいつ…!」


「まぁ抑えてくれアーデルトラウト将軍、確かに冒険者協会のトップたる彼が幹部を引き連れこの場にやってくるのは異常だ、それ相応の理由があるのだろう」


「…そうなのか?」


「それを貴殿らに話すつもりも必要もない」


まぁその通りだな、それにラクレスの言うことも筋は通っている、無礼ではあるがこいつらは一応それなりの組織のトップ達でそれが雁首そろえてここを訪れた意味というのはそれなりのものであることはアーデルトラウトにも理解出来る


「わかった、なら取り敢えずエリスに話は伝える、だが本人が嫌がったら大人しく帰れよ」


「ええ、分かっておりますよ…っと、なんて話しているうちに向こうから来てくれたようですね」


「何?」


ふと、ケイトが私の肩越しに背後を見るのに合わせ首を後ろに向ければ、確かに人混みを掻き分けてこちらにやってくるエリスの姿が…、不用心にも程があるだろう


「エリスに客人って聞いてきたんですけど」


「エリス…お前な、もう少し用心したらどうだ」


「え?、なぜ…」


「なんでもだ」


エリスにもしものことがあれば魔女大国の士気に関わる、これでもこいつは今回の戦いの立役者にして世界を救った八人の英雄の一人なんて兵卒の間で呼ばれ始めているんだ、何よりこいつの事で冷静になれない人間が多すぎる


エリスが非魔女国家達に傷つけられでもしたら、それだけでいくつかの魔女大国が戦争起こしそうな勢いなんだ、その辺をもっと自覚してほしいものだな


「こんにちわエリス様、冒険者協会でございます」


「はあ、なんで冒険者協会がここまでエリスに会いに来てるんですか?」


「いえその事に関してですが…周りに聞かれるとあれなのでぇ、すみませぇん何処か落ち着いて話せるところってありますかぁ?、こんなにも人に囲まれていては萎縮して話せないので」


「はぁ?なんでそんなものまで我々が用意しなければならないのだ!そんなもの自分達でこさえてこい!」


と言う訳にも行かず、アーデルトラウトは深くため息をつくと共に軽く手を挙げ、冒険者協会の頼み通り場所を用意してやるのだった


…………………………………………………………………………


「さて、ここならば…周りに盗み聞きされる事もありませんね」


突如冒険者協会に呼び出されたエリスは彼等と何やらお話をする為、アーデルトラウトさんが用意してくれた館へと足を踏み入れていた


師匠やラグナ達はいない、エリス一人でやってくるのは皇都に存在する領事館、その一室にて椅子に座る数人の偉そうな人達と何やら愉快そうなお姉さんに絡まれる


…冒険者協会がエリスに会うため態々カノープス様が置いておいたゲートを通じてやってきた、と言うことはつまり魔女大国から戦力を引っ張ってくるためカノープス様が開いた時界門を通じてやってきたと言うこと


その為には態々魔女大国までやってきてゲートを潜らねばならない、面倒と言えば面倒だ、それを冒険者協会の幹部や会長が揃ってやってくるとは少々異常な事態ではある、故にエリスは些かながら警戒して椅子には座らず立ったまま話を聞く


「ではまず自己紹介から、私 冒険者協会最高幹部が一人ケイト・バルベーロウと申すものでございます、名前くらいは聞いたことがありますよね?」


「ケイト・バルベーロウ…って、あの魔術師ケイト・バルベーロウですか?」


「ええそうです!」


多分エリスにこの記憶能力がなくともこの人の名前は忘れなかっただろう、旅の最中何度もこの人の名前を見てきたからだ


王位継承戦の際ラクレスさんに冒険者などの戦力を明け渡した張本人、そして冒険者登録試験の際にも聞いている


魔術の威力を数値化する試験において、歴代最高得点である二十七万五千と言う破格の数値を叩き出した生きる伝説、学園入学前で未だに魔力覚醒に至っていなかったとは言え当時のエリスでは足元にも及ばなかった存在だ


あと、関係あるかは分からないが…コルスコルピの時刻みの間でも名前が確認されている、まぁそっちは流石に同姓同名だろうけど


「でもケイトさんって五十年以上も前から冒険者やってますよね、の割にはかなり若いようですけど」


「おほほ、それは私の厚化粧のおかげ…と他の人には言っていますが、これからお話をするあなたには特別に事実をお話ししましょう」


「事実?」


「ええ、魔女様達が歳をとらない理由ってご存知ですか?」


それはシリウスの作った不老の法のおかげだ、歳をとらず時間経過によって衰える事がないと言う神の所業の如き大魔術、かつては死者蘇生に並ぶ不可能と呼ばれた魔術の一つであったのも聞いているが


まさか、この人…


「もしかして、ケイトさんも?」


「その通りと言いたいところですが、私のこれはその劣化版ですわね、外見の衰えは比較的抑えられますが内臓や魂の劣化は防ぎきれず、普通に身体能力は年相応の物になりますし多分寿命でも死にますね」


「外見だけ不老…って事ですか?、それでも十分すごいですけどそんな魔術があるなんて…」


「自分で研究して作りました、魔術導皇には認証されてないので普通に違法ですけどね?、デティフローア様には内緒でお願いします」


「えぇ…なんでそんなもの作ったんですか」


「魔術師ってのはある程度のところまで行くと魔女を目指してしまうものなのですよ、それが如何に罪深く如何に不可能と言われても、手を伸ばさずにはいられないのです」


そう言えば魔術王と呼ばれたヴォルフガングさんも不老の法を取得する為にかなり長い年月をかけたと言っていたな、彼はその結果一時的な若返りたるクロノス・オーバーホールを会得しケイトさんは見かけだけの不老を手に入れた…と言うことか


確かにある一定以上の段階に達した魔術師はみんな不老を目指す、ケイトさんもその段階に達していた魔術師の一人…と言うことか


「まぁおかげでいつまで経ってもプリチーなのですが、やはり衰えは隠せず…もう昔みたいに魔術を使うことは出来ないのですがね」


「へぇ〜」


素直に感心、色んな人を見てきたつもりだけど世の中にはまだこんな凄い人がいたなんてなぁ、驚きだなぁ


「まぁ私のことはこのくらいで良しとしてです、それよりもエリス様の方ですよ本題は、いやぁエリス様のご活躍は各地で聞き及んでいる次第ですはい」


「いやそんな、活躍というほどの事は…」


エリスがやった事と言えば各地でそれなりの相手をボコボコしただけ、何かを積み上げた事も何かを打ち立てた事もない、エリスと同じくらいの実力がある人間が根気と時間を用意出来れば多分似たような事は誰でもできると思います


まぁシリウスの件はちょっと誇りには思ってますがね


「いえいえ、エリス様の活躍はこちらの大冒険王ガンダーマン会長の耳にも及ぶほどでございます、それって結構すごい事なんですよ?」


「うむ、ワガハイも貴様の話は聞いているぞ?」


「はあ…」


何やらパツパツの服を着たおじさんが偉そうに座っている、えーっとガンダーマン会長っていうと?、…ああ!あれだ!冒険者協会の現会長!偉い人!


昔はすごい英雄だったらしいけど最近じゃもっぱら金と女に溺れてるダメ人間と各地から聞こえてくる人だ、今冒険者協会が金銭的に困窮しているのもこの人の剛腕政権が裏目に出た結果とも言われている、その癖遊びには余念がないと来た


身もふたもないことを言えば、あんまりリーダーとしての印象は良くない人だ


「ところでエリス君はワガハイの事は知っているかね?」


「ええ、一応は」


「であるならば当然我自著伝『大冒険王の大冒険』は読んでいるかな?」


「それは…読んでないですね」


「ならば良い機会だ、お一つ差し上げよう」


なんて言いながらいきなり鞄から取り出された分厚い本を一冊渡されるが、普通にいらない…後でメルクさんにあげよう


「ワガハイの若き日の活躍が書き記された名作だ、斧一本で数々の魔獣を討ち果たした伝説、オーバーAランクのキングフレイムドラゴンとの死闘、魔獣の群れからサイディリアルを守り国王より感謝を賜った逸話、我宿敵デニーロとの因縁の対決、その全てが詳らかになるぞ?よかったなエリス君」


「え…ええ」


「そうだ、この際だからサインもあげようか?」


「ありがとうございます…」


エリスはなんでここに呼ばれたんだろう…、この人の話ってのはこの本をプレゼントする事なのかな…


「会長会長、本題から逸れてますよ」


「おおそうだったなケイト、エリス君もこのワガハイからの呼び出しと聞いてさぞ胸を高鳴らせ高揚していただろうに、悪いねぇ時間を取らせて、楽しみにしてきくれていたのに」


「いえ、大丈夫です…けど、なんなんですか?話って、エリスが冒険者だったのは昔の話で、今はその登録も抹消されていますよね」


これでエリスが冒険者だったならまだこの呼び出しにも一定の理解は出来るが、エリスは年に二回ある冒険者登録更新を行なっていない、その更新を行わず一ヶ月経過すると自動的に登録が抹消される仕組みになっているはず


で、エリスが冒険者登録更新を最後に行ったのは学園に入学する数ヶ月前、つまりもう四〜五年経っているのだ、登録を抹消されて久しいだろうに


「ええまぁそうですね、エリス様の冒険者登録は既に抹消されており字も剥奪されてます」


「別に構いません、あれはマレウスに滞在するに当たって一時的に取得したものですし、そういう一時的な取得も冒険者にとっては珍しいものでもないですよね」


「まぁ、…そうなんですけども、流石に三ツ字クラスがそれをするのは極めて異例ですね、エリス様は将来有望と目され特例で字を与える処置を取ったのにたったの数年で抜けられるとは思わなかったですし」


「う…」


そこに関してはかなり申し訳ないな、エリスが登録した時はまだ十歳そこそこ…本来なら冒険者見習いとして多くの制限を受ける年齢だったのに、そこを特別処置として一人前の冒険者として扱ってくれたばかりか特別な冒険者にしか与えられない『字』を授けてさえ貰えた


字があればそれだけ受けられる仕事も良くなるし協会から受けられる支援も凄まじいし、お陰でエリスはマレウスで結構いい思いをさせてもらっていたのだ


それは協会の善意ではなく将来的にエリスにそれなりの地位を与えて仕事をしてもらうための先行投資、それを容易く放り投げて一声もかけずに国外に逃げたんだから冒険者協会としてちょっといい顔は出来ないか


「まぁそこに関してはいいんですよ?こういう風に有望な若者に特別処置を与える事は珍しくないですし、そうやって特別扱いした若者が一週間足らずで魔獣に食い殺されるなんてのもよくある話ですので、それに比べればまぁ国外に出て行くくらいは安いもんです」


「あ、そうなんですね、てっきりそこを怒られるものかと」


「いえいえ、ただ…別の問題がありまして、ここが本題になります」


するとケイトさんは事前に用意していた鞄の中から紙の束を取り出し…


「実は近年マレウス周辺で見られる魔獣の数が激減しましてね?」


「へぇ、そうなんですか?」


「ええ、マレウスにいた奴が纏めてコルスコルピに大移動しまして、そのおかげでマレウスは近年平和なんですよね」


コルスコルピに…ってああ、あれか…アインが学園に集めた百万近い魔獣の大軍勢、あれマレウスから来てたんだ、んでマレウスにいた奴らが纏めてコルスコルピに行って死に絶えたもんだからマレウスの魔獣被害が激減したのか


いい事じゃないか、何が問題…って、そうか 平和じゃ困るんだこの人達は


「平和になったおかげでマレウス国内での冒険者の収入が激減しまして、それに伴い協会の稼ぎも半減、最近じゃあもう爪に火を灯す勢いでして、このままでは冒険者協会がなくなってしまうんです」


結局冒険者ってのは悪い言い方をすると困ってる人間が商売相手だ、国が平和で困ってる人間が少なければ少ないほど商売は干からびる、魔獣の減少は一時的なものだろうがそれでもマレウス国内にいる冒険者達が刈り尽くしている限りまた元の数に戻るには後数年はかかる


が、その数年さえ持ち堪えられないかもしれないほど今の冒険者協会は困窮していると…、爪に火を灯すという割にはガンダーマンの格好がかなりリッチなことには触れない方がいいんだろうな


「いくら魔獣が少なくなっても冒険者協会がなくなれば増え続ける魔獣に対する抑止力が消滅し、また昔みたいに魔獣によって滅ぶ町村が増加するでしょう」


冒険者協会が出来る前は村や町が自警団を結成して魔獣を退けていたらしいが、それも限界があり…マレウスでは一時期魔獣によって滅びる町がいくつかあったらしい、その都度夥しい量の人が死んでいて…それはよろしくないよな


「冒険者協会はなんとしてでも存続しなければならない、けど…お金が…」


「マレウスの王城は頼れないんですか?、冒険者協会は王政とも根深い繋がりが…あ」


自分で言っておいてなんだがダメだ、多分ダメだ、だって今のマレウスの王は…


「あー、バシレウス王は…そういうのに興味がなくてですね、人が死ぬなら死ねばいいとだけ仰られまして」


今のマレウスを統べているのはあのバシレウス・ネビュラマキュラだ、路地裏でネズミを食ってた狂人で戴冠式で国民に呪詛を吐いたアイツだ、あれが冒険者協会の面倒なんか見るはずがないんだ


国からの支援は受けられない、しかしだからと言ってなぜエリスが…


「じゃあ、もしかしてエリスにラグナやメルクさんへの口利きをしてもらおうとしてます?」


ひょっとするとケイトさんは元冒険者であるエリスを通じてラグナやメルクさんから支援を引き出そうとしているのだろうか、マレウスからダメならデルセクトやアルクカースから…というわけだ


けど、もしそうなのだとしたらエリスはそれ受けるつもりはない、何故ならそんな事してやる義理がエリスにもラグナ達にもないからだ


「ああ、それに関しては違います、一応非魔女国家マレウスに本部を置いているのに魔女大国から支援を受けたらマレウス国内でどんな扱いを受けるか分かりません、…それに」


「どんなに落ちぶれてもワガハイは魔女の施しなど受けるつもりは全くない!、ワガハイたち人間は薄汚い魔女の奴隷になるつもりなどないのだ!」


「大半の冒険者がこんな調子なので」


なるほど、冒険者はその大部分が非魔女国家出身、とくれば魔女への反感を持つ者も多い、そんな中で魔女大国からお金を貰ってその足を舐めるような真似をすれば破産は免れるが今度は空中分解の危機だ


しかし、ガンダーマン会長はエリスを誰だと思ってるんだろう、エリスもこれでも魔女の弟子、それをお前…魔女が薄汚いなんて言われて黙ってられないんですけど


「ああごめんなさいエリス様、あの方の無礼は代わりに謝罪致しますのでどうか…」


「…分かりました、ここが周囲の目がない館で良かったですね、表であれ言ってたら八つ裂きでしたよ」


「だからここを貸し受けたのです…」


なるほど、ケイトさんも色々苦労しているようだ、けどならばなおのこと分からない


魔女大国からの施しは受けない、けどエリスに頼みたいことはある、エリスなんて友達がすごいだけの旅人でしかない、こんなエリスにできることなんて高が知れてるますけどね


「あの、そろそろ本題を」


「ええ、まぁ要約すると我々はお金が必要…けれど魔獣の減少により仕事がない、別の資金源が必要なのです」


「これ売ったらどうですか?」


チラチラと大冒険王の自著伝をちらつかせるとケイトは何も言わずに苦笑いしながら首を横に振る、なるほど つくづくガンダーマン会長は頼りにならないようだ


「なんとしてでも大金を作る必要がある、この危機を打開するために我々は一人の冒険者に目をつけました、それが…」


「エリスってわけですね、でもエリスはそんなにお金持ってませんよ」


「分かってます、ですが名声はあります」


「名声?」


「知っていますか?、今エリス様は冒険者の間で伝説的な扱いを受けていることを」


「……いえ、知りません」


そうなのか?、そんな感じはしなかったし、特に何かをしたつもりは…


「まずエリス様が活躍していた時代の冒険者たちが最近それなりの影響を力を持つようになり、そんな彼らが酒の席で貴方の名前を出すのです、『俺と同じ時期に冒険者登録をした天才冒険者エリスが居た』という話をね」


「はあ…」


「そして彼らの口伝てによりマレウス国内に『伝説の冒険者エリスの冒険』なる空想の伝説が形成されてしまっているのですよ」


「なるほど、そういう感じですか」


エリスからしたらそういうのは慣れっこだ、下手に名前が売れると名前一つだけが先走りありもしない話が実しやかに語られ、結果本物のエリスからかけ離れた話が跋扈するようになる


何回か体験し話しだが、どうやらそれと同じことがマレウスでも起こっているようだ、迷惑でしかありませんがね


「まぁとはいえ?、所詮は噂話ですし酒の席だけで出る話なので特に誰かが間に受けていたわけではないんです」


「え?、じゃあなんで…」


「問題はその後、コルスコルピでのエリス様の活躍が知れてしまったのです、ディオスクロア大学園の卒業生が冒険者登録したことにより…ね」


ああ、確かにディオスクロア大学園の生徒は卒業後冒険者になるって話は聞いたことがある、それを受けて冒険科の設立を検討しているとか、課外授業で冒険させたりだとか学園側も色々考えていることも知っているが


どうやらその卒業生がエリスのヴィスペルティリオでの戦いを冒険者達に教えてしまったらしい、となると…これはやばいかもしれない、だって


「それによりエリス様の神格化は爆発しました、何せマレウスから移動した魔獣を全てエリス様がコルスコルピで刈り尽くしてしまったのですから、冒険者たちからすればまさしく伝説的な活躍ですよ」


「はぁっ!?、エリス一人で!?そんなわけないじゃないですか、あの百万近い魔獣はエリス達とヴィスペルティリオにいる方々の協力でなんとかなったんです、絶対にエリス一人の手柄ではありません!」


「そうなのですか?、ただ…どうやらその戦いを口にした元学園生徒はエリス様の名前しか出していなかったようで、その所為で魔獣を倒したのはエリス様一人ということになっていますね、百万近い魔獣の群れを一人で倒した伝説の冒険者エリスは実在したんだ…てな感じで」


「はぁ〜〜」


目眩がする、なんでエリスのやる事はいつも大きめに広がるんだ、まぁ確かに魔獣の群れを相手に戦ったのは事実だしなんとかしたのも事実だが、一人でじゃないよ…


「それで、それがどのような関係が?」


「この際事実はどうでもいいんです、問題はエリス様が今人気絶頂ということにあります…冒険者の間でね、故にエリス様に冒険者に復帰していただきたいのです」


「何故…そんなことしても意味はないですよ、エリスが復帰しても仕事が増えるわけでもお金が転がってくるわけでもないですし」


「うふふ、それが転がってくるんですねぇ〜」


するとケイトさんはその手元に持った紙をひっくり返してエリスに見せると…


「名付けて『アイドル冒険者エリス計画』…というのを考えまして」


「は?アイドル冒険者?」


「はい、エリス様の偶像性を利用してマレウス各地で興行を行いつつ冒険者達の士気を上げる、ついでにグッズとかも売れれば稼ぎにもなる、これです!」


「…………」


阿呆らしい、長々と話を聞いて損した、まさか聞くにも値しない話だったとは


「はぁ…」


「ちょっ!どこに行くんですか!?、色々考えてありますよ?衣装とか決めセリフとか、これならエリス様の名声も高められますし莫大な利益も望めます!、三ツ字で実力もあり知名度も抜群!こんなの貴方にしか出来ないんですよ!」


「やる意義が見出せません、エリスがそれをして何の得が?」


「チヤホヤされながら儲けられます」


「興味がありません、地位にも名声にも富にも…興味がないんです」


「えぇ、お金も名声も立場もいらないなら何が欲しいんですか?」


「……何が…」


何が欲しいのか…か、結局エリスは何が欲しいんでしょうね、さっぱり分かりませんよ


アイドルは論外としても、これを断ってやりたいことがあるかといえば特にないし、行きたい場所も特にない…、旅を終えて戦いが終わってエリスは次に何をしたらいいんだろう


師匠もそれをエリスに任せてくれているけど…


「何もないなら付き合ってくれてもよくありません?」


「何もなくてもそれは嫌です、だってそれ言い換えれば旅役者でしょ」


「まぁ、そういう言い方もできなくはないですけど」


「なら嫌です、エリスはそれだけは嫌なんです」


だってハーメアがそうだったから、ハーメアの事を今でも恨んでるわけじゃないけど、当のハーメアがマレウスで盗賊に襲われ全てを失っている、同じ場所で同じ事をすればエリスも同じ目に会いそうだ


恐らく襲ってくるのは盗賊ではなくバシレウスあたりだろうがな


「というわけで他を当たってください、エリスはエリスの道を行くので」


「待てっっ!!!」


そう退室しようとすると、がしゃんと音を立てて…ガンダーマン会長が立ち上がる、その声には怒気が込められており、やや威圧もある気がする


「なんですか」


「さっきから聞いておれば!、これはワガハイ肝いりの計画であるぞ!、それを若造の冒険者如きが袖に振るだと!、ふざけるでないわ!」


「貴方の考えた事だったんですね…ある意味納得です」


「何を!、貴様!これを断って冒険者を続けられると思うなよぉ!」


「ガンダーマン会長!ここで喧嘩はまずいですって!、エリス様を相手に喧嘩してはいけません!、それに続けるも何もエリス様は今は冒険者では!」


「ええい!離せ!離せ!、覚えていろエリス!ワガハイは忘れんからな!」


受けるつもりはない それがわかればガンダーマンも怒りに狂い斧を片手にエリスに食ってかかる、殺してやると言わんばかりに


確かにエリスは何をしていいか何をしたいかまだ決まってないけど、これだけなら言える


「エリスは、何かに縛られるつもりはありません、自由気ままに行かせて頂きますね」


何かに縛られるつもりは毛頭ない、何かに留められるつもりはない、エリスはエリスの気の赴くままに行くんだ、それでこその冒険でしょう


「冒険王の名を持ちながら他人の冒険を縛る貴方に従う事はきっとありませんよ」


「なにを!ええい待て!待たぬか!」


館を出ようとするエリスを追いかけてズシズシと追いかけてくるガンダーマン、しかし


「しつこいですね…、いい加減にしないと」


そう玄関近くで追いかけてくるガンダーマンに振り向いた瞬間…


「随分元気だねぇ、ガンダーマン」


「ぬ?」


扉が開かれる…、そして響く嗄れた声、記憶にあるそれよりも些か生命力に欠けるその声に、エリスの肩は跳ね上がり…


「マグダレーナさん!」


「よう、エリス」


「ヤッホー、ドラゴン元気かな?」


車椅子に座った老婆マグダレーナさんとその車椅子を押すフィリップさんの二人が軽く扉をあけてエリスを迎え入れるように手をあげる


マグダレーナさんだ、先日羅睺との戦いの最中で一時的に若返りを果たし戦ってくれた彼女は戦いの終わりを見届けると共に、その身体的な代償を受け一時は死の淵まで落ちることとなった、マグダレーナさんだけでなくプルチネッラさんやデニーロさん カルステンさんにゲオルグさん達もまた全員死を覚悟していたと言う


しかし、ここはアジメク…医療の総本山、例え死に行く命で有れども生を願う者が一人でもいるなら死んでも助ける国だ、アジメクにいる最高の治癒術師や医療者達の凄絶極まる献身の甲斐もあってこの通り生存することが出来たのだ


まぁ、足は不自由になってしまったが…それでも生きてるんだ、マグダレーナさんは


お陰でエリス達はあの時助けてくれたお礼をこの人に言えるのだ


「マグダレーナさん!、ご無事で良かったです!」


「いいよお礼なんて、相手がムカつくから殴ったまでさ、ところでそこにいるのはガンダーマンじゃないかい?」


「え?知り合いですか?」


ちょいちょいとマグダレーナさんが指示を与えるのはフィリップさん、羅睺のミツカケとの戦いで全身穴だらけにされたらしいが、今はもうこの通り元気満タンだ、帝国の時といいこの人の頑丈さには驚かされる


そんなフィリップさんが車椅子を動かし、マグダレーナさんと対面させるのはエリスを追いかけてきた冒険者協会の会長、大冒険王ガンダーマンだ


「おお、やっぱガンダーマンじゃないかい、あの若造が随分老けたねぇ?、で?あんたなにしてるんだい?」


「あ…お…え?、お お前…マグダレーナか?」


あれほど勇ましかったガンダーマンの顔がみるみると青くなり、チワワのように縮こまり震え出し…


「はぁ?、マグダレーナ『さん』だろ?、あんたいつから私を呼び捨てに出来るくらい偉くなったんだい!」


「ひぃっ!マグダレーナさん!すみませんっっ!!!」


ドタタッ!と音を立ててガンダーマンはマグダレーナさんの前に平伏し許しを請う、そう言えばガンダーマンが言っていたな、因縁の相手がデニーロさんだと…


つまり、マグダレーナさん達と同年代という事だ、そしてガンダーマンが現役だった頃世界の頂点に君臨していたのが、このマグダレーナさんだ


「あわわわわ、ま まさかマグダレーナさんがこちらにいらっしゃるとは、分かっていたらお菓子を持って挨拶に行ったのになぁ、あは…あはは」


「私だけじゃなくて、プルチネッラやカルステン…デニーロもいるよ?」


「ででででデニーロの兄貴も!?、こ…殺される…」


「あれ?、ガンダーマン会長ってデニーロさんと因縁の中で死闘を繰り広げたんですよね、ほらこの本にも書いてありますよ?互角の戦いを繰り広げったって」


「互角ぅ!?ぷっ!あははははは!、あんたデニーロと互角だった時期なんてあんのかい!?、毎度毎度拳の一撃で黙らされてパシリに使われてたじゃないかい!」


「あは…あはは、すみません 最近その…記憶力が、なははははは」


あははと冷や汗を滝のように流しながら愛想笑いを繰り広げるガンダーマンを見て…なんとなーく察する、この人はデニーロさんと互角だったわけではなく多分都合よく事実を改変して本にしていたのだろう


そうだろうと思ったよ、だってこの人がデニーロさんと互角ならエリスがそれに気がつかないわけがない、アルクカース最強の戦士と互角のやつが放つ威圧ではないもの


「エリス、こいつはねぇ昔からあっちこっちを旅して強そうな奴に喧嘩売って回ってた厄介ものさ、まぁそこそこの達人ではあったから魔獣の群れとかは倒せてたみたいだけど…デニーロは無理さね、流石に」


「あ、魔獣の群れを撃退したのは事実なんですね」


まぁそれで稼いで冒険者協会をのし上がったというのだから、少なくとも弱くはないのだろうな…


「んで、昔私に喧嘩売って来た事があってね、その時生まれて来たことを後悔させてやるくらいボコボコにしてやったのさ!」


「いやぁ、あの時のことは本当に…、ワガハイ自身の力の程を思い知らされました」


マグダレーナさんに喧嘩売ったのか、あの羅睺の一角ハツイを相手にして圧倒するほどの実力を持ってるマグダレーナさんに?、よく生きてたな…


「で?、ガンダーマン…あんた今なにやってんだい、エリスを追いかけて…言っとくがこの子は私の祖国の恩人だよ?、それを無碍に扱ってたなら色々考えないといけないけど?」


「いや…その…えっと」


「なんかエリスを見世物にして稼ごうとしてたみたいで、それを断ったら激怒して追いかけて来たんです」


「へぇ、ほーん」


「ええ!?エリスを見世物に!?、そいつはドラゴン許せないね」


「い…いやだなぁエリスさん、見世物なんてそんな、我々は貴方の凄さを世界に知らしめたかっただけじゃないですかぁ、ねぇ?よっ!全冒険者の英雄!旅人の鑑!憧れるなぁ!」


いやだなもう〜と笑いながらせせこましく揉み手擦り手でエリスの肩を揉みながら誤魔化すように満面の笑みを見せるガンダーマンに、さっきまでの凄みはない…よっぽどマグダレーナさんが怖いのか


「……エリス、もう話は終わったかい?」


「はい、終わりました」


「ならいいよ、もう行きな…私はガンダーマンと話があるからね」


「分かりました、では失礼します」


「あ!ちょっ!?エリスさん!?」


大きな体を揺すって見捨てないでくれとばかりに手を伸ばすガンダーマン会長を無視してヒラリと手を振ってエリスはエリスは園を後にする、これ以上ここにいる意味なんかないからね


「……ん?」


ふと、何かを感じ 立ち去りながらくるりと首だけで振り向いて見れば、見えるのは館の前でマグダレーナさんに詰られるガンダーマンさん


の、間に見える…ケイトさんだ


「……?」


さっきまでのガンダーマンの秘書地味た振る舞いは何処へやら、ガンダーマンへの助け舟を出すことなく下腹部に両手を当ててにこやかにエリスを見つめているその姿になんだか変な物を感じる、なんか…生気を感じない顔だな


なに見てるんだろう、あの人…ちょっと不気味な人かも、まぁいいや もう会うこともないだろうし




「はぁ〜、くだらない話でした…時間の無駄でしたね」


ポッケに手を突っ込んで足元の小石を蹴りながら歩けば直ぐに周囲は喧騒に包まれる、ラグナ曰く今日一日は戦士達を労う為街一つ丸々使って宴を続けると言っていたし、今日は夜までこの騒ぎが続くのかなぁ


「お!、エリス君!いいところに来た!君も一緒にどうだい?サッカー!」


「ん?ああ、ガニメデさん」


ふと歩いていると道端でサッカーボールを抱えたままこちらに手を振っている、見れば一緒にクレアさんやラインハルトさん達も一緒にいるし…珍しいメンバーでサッカーやってるなぁ、けど


「すみません、遠慮しておきます」


「えぇー!エリスちゃんも一緒にやりましょうよ!相手になるわよ!」


「いや、クレア君 エリス殿は今日の戦いで疲れているのだ、少し休ませてあげよう」


「そんなこと言ったら私だって戦ってたわよ!、でもいいわ!またね!」


「はーい」



「ん?エリスだって?」


「おやエリス、久しぶりですね」


「あらエリス、さっきまで戦ってたの元気ね」


「うぉぉお!、エリスちゃーん!一緒に酒飲もーぜー!」


ガニメデさんの声は通る、故に彼がエリスの名を呼んだせいで周りの人達まで気がついて…、仲間と一緒に酒を飲んでたバードランドさんが拳を掲げて 宴の管理をしているグロリアーナさんが微笑みルイザさんと酔っ払ったホリンさんがエリスに絡もうとして…


「お!エリスちゃん!、久しぶりだなぁ!また美人になったか!」


「また一緒に劇やらないかい!」


「ん、クンラートさんにクリストキントのみなさんも来てたんですね、また今度お願いします」


「おーおーエリスじゃんか!、なんだよお前すっかり英雄だなぁ!」


「あんなに小さかったエリスがこんなにも大きくなって、妾思わず涙が」


「あれ?、ザカライアさんにセレドナさん、二人まで…」


「エリス!おいこっち来いよー、シリウスとの戦いの話聞かせてくれよ〜」


「トルデリーゼさん…お酒飲みすぎですよ」


「エリス君、先の戦いはお疲れ様、君を信じて正解だったよ」


「流石のロックンロールでしたぁー!」


「認めてやるよー!エリスー!」


「あはは、トリトンさん ローデさん ベンテシキュメさん…、ありがとうございます」


「エリスちゃん、立派になったなぁ」


「あの村にいた頃から私はでっかくなると思ってたけどねぇ」


「あ、デイビットさん ナタリアさんも、お二人も宴を楽しんでくださいねー」


ただ歩いているだけであちこちから声をかけられ誘われて、色んな国のいろんな人達がエリスを見て笑顔になり、それを見てエリスも嬉しくなる


世界中に広がったエリスの交友の輪が今ここに広がっているんだ、なんだか楽しいなあ…


あの館にいた頃じゃ考えられないくらい色んな人と出会えた、そんな人たちをエリスは守れたんだ…、よかったなぁ


「ん?、お エリス」


「あ、ラグナ」


そして、そんな人混みの奥でばったり出会うのは…ラグナだ


「聞いたぜ、冒険者協会の会長から呼び出されたって、どうだった?」


「どうもこうもありませんよ、くだらない話でした」


「それで蹴って来たのか?、冒険者協会の会長を袖に振れる人間なんてそうはいないぜ」


「そうですかね?」


自然とラグナも肉を片手にエリスの隣を歩き、肩を並べくれる


「賑やかな宴ですね」


「俺達が守ったのがこれさ、賑やかであればあるほど誇らしいだろ?」


「全くですね、本当に守れて良かったです、…そしてこれからも守っていきたいですね」


「そうだな、その為にももっと強くならねぇとな、もうあんな運任せみたいな戦いはしたくねぇよ」


何回も肝が冷えたんだぜ俺はと苦く笑うことが出来るのも勝ったからなんですけどね、でもこれで終わったわけじゃない…まだまだエリス達の戦いと修行の日々は続くんですから


「あ!エリスとラグナー!」


「ここにいたか、二人とも」


「あれ?デティにメルクさん」


なんだか珍しいコンビですね、デティとメルクさんが二人で行動するなんて珍しいかもしれません、なんで感想を抱いている間にも二人はエリスとラグナの歩みに加わり


「邪魔して悪いなラグナ」


「べ…別にいいけど」


「それよりも聞いて!、さっきそこでイオとヘレナさんに会ったんだよ!」


「イオとヘレナさんって…コルスコルピのイオさんとエトワールのヘレナ姫ですか?」


「いやエリス、ヘレナ殿は既に王位を継いで正式に国王になられている、呼ぶならばヘレナ女王だよ」


そうなんだ、ヘレナさんも頑張ってるんですね、姫騎士なんてやってた頃がもう懐かしいですよ


でもイオさんとヘレナさんもここに来ているんだ、クリストキントのみんなが居たからもしかしたら非戦闘員のみんなもこっちに来ているのかもしれませんね


「そこで世界統括機構計画の話を進めていてね」


「なんですかそのスケールのでかい話は」


「これからの時代は帝国だけでは魔女排斥機関に対抗できない、故にこれからは七つの大国が力を合わせてこの世界を守っていくんだ、その組織を作る為 今他の国王達と協議を進めている、ラグナもそこに加わって欲しいんだ」


「あー、そう言えばルードヴィヒ将軍も似たような話してたなぁ、シリウス云々も片付いたしそろそろそっちの話も進めていくか、せっかく平和になったんだ…この平和を守る為にも体制を作っていかないと」


みんな大変ですね、なんて他人事ですけどエリスにはそういう組織を作る力も運営する力もないですからね、ここはみんなに任せるより他ないのだ


「エリスちゃん?関係ないみたいな顔してるけど、その世界統括機構の最高幹部の席…用意してるからね?」


「え?エリスのですか!?、いやいやデティ?エリスには荷が重いって言いませんでしたか?」


「いいからいいから、名前だけでも置いといてよ、いざって時に助けてくれるだけでいいから、いつもみたいに」


「いつもみたいにぃ?」


「あはは!そりゃいいや、エリスがいればどんな困難も立ちどころに解決だからな」


「君は数多くの大国を救ってきた実績があるからな、困った時のエリス頼みだ」


「そんな大したもんじゃないですよエリスは」


四人で並んで歩きながら、どこかを目指すわけでもなくブラブラと歩く、幹部だなんだってのは柄じゃないんですけど、でもまぁみなさんの役に立てるならこのエリス程度いくらでも使ってくださいって感じですよ


「あ、ずるい!お前らみんなで揃って遊んでたな!俺も混ぜろ!」


「ん?、ってアマルトさん!?、別に遊んでませんよ!」


「もー、アマルトは寂しんぼなんだからー」


「というかお前は何故エプロンを着てるんだ…」


「色々あったんだよ、こっちもよぉ」


「うふふ、アマルト様は本当にユニークな方でございますね」


「そしてメグはいつのまに居たんだよ」


エプロンを着込んで何やらぷりぷり怒りながらエリス達の輪に加わるアマルトさんといつのまにかエリスの隣に立っていたメグさんがずっと前からいましたが?みたいな顔で加わっている、エリスからしたらあなたもかなりユニークですよ


「で?、なんの話してたんだ?」


「これから世界統括機構を構築するための計画を立てようという話をしていた」


「俺混ざれないやつじゃん!」


「君にもいくつか協力してもらおうと思っているから完全に部外者というわけではないぞ?、これからは私達魔女の弟子が率先して世界を引っ張っていくんだ、君にも仕事はある」


「それはそれでイヤだな、俺はまだ普通の学生でいたいよ」


「この世界のどこに世界を救った普通の学生がいるんですか」


「ということは私は世界を救ったメイドでございますか、履歴書に書けますかね?世界を救ったって」


「お前そもそも転職しないだろ…」


一人が二人になり、二人が四人になり、四人が六人になって取り留めのない会話をしながら歩く、別に何かについて今早急に話さなくてはいけないというわけじゃないけど、こうしてみんなが集まると自然と口が動いてしまう


このみんなで世界を救ったって、まだ実感がわかないですけど、それでもみんなとなら今でも大きなことが成し遂げられそうな気がしますよ、いや成し遂げたんですけど


なんて、話をしているうちに…エリスは目的地に到達する


「ん、エリス」


「師匠!…と…」


レグルス師匠や他の魔女様達がくつろぐ場所へとまた戻ってくる、が…そこにはさっきまで居なかったメンバーの姿が…


「コーチ!よかったです!よかったです!、無事で…本当に!よかったですぅ!!」


「寂しい思いをさせて悪かったね我が教え子、君の活躍は聞いたよ?よくやったね」


「うわーん!」


演劇用のドレスを着込んだナリアさんがプロキオン様の体に抱きついてオイオイ泣いている、彼もまた自分の師匠を救う為に頑張ったんだ…そう思うとなんだかあの場面もグッとくる、エリスも同じ気持ちでしたからね


「お母さん…」


「はいリゲル、良い子ですね貴方は」


「ん……」


そして正座をするリゲル様の膝の上に頭を乗せてウトウトと目を細めているのはネレイドさんだ、自分の師匠を取り戻す為師匠にさえ立ち向かう覚悟を決めた彼女はまたこうして優しい師匠…そして母を取り戻すに至ったのだ


「よかったですね、ネレイドさん」


「ん、エリス…うん、ありがとう」


「本当になんとお礼を言っていいやら、エリスさんには感謝し尽くしてもしたりません」


「頑張ったのはエリスだけじゃないですよ、それに…最後に踏ん張ったのはネレイドさんだから」


「エリスがいなかったら…そうはならなかった」


ぬっとリゲル様の膝から頭を退けると同時にエリスを抱き寄せ背中を撫でてくれる、…ネレイドさんあったかいな


「先生!先生も元に戻ったんですよね!よかったぁ!」


「ごめんなさいねデティ、貴方にも心配をかけました」


「師範もお疲れ様です」


「あのくらいわけねぇよ、ってかちゃんとシリウスの奴殴ったんだろうなお前」


「マスター、このメルクリウス 貴方より授かった責務を果たしてまいりました」


「大義でしたよメルクリウス、とても立派です」


「ようお師匠さん、あんたも来てたのか」


「ええそうよところでシリウスとの戦いの後半寝てた寝坊助がいるらしいんだけど貴方知ってる?」


「陛下、貴方の望む通りに全てを成しました、お次は何を成しますか?」


「メグよ、やはりお前を弟子にした我が目に狂いはなかった」


弟子は師を愛する、その師弟にはその師弟のあり方があるが、全て等しく弟子は師を尊敬し愛しているのだ、態度で示すものもいれば 生意気な口振りをしながらも師に尊敬の眼差しを向ける者もいる


みんなみんな師匠が大好きなんですよ


「で?、なんの話だった?」


「くだらない話でした、エリスが有名だからそれを利用したいって」


「フッ、漸くお前も私の煩わしさを理解出来たか?」


「ええ、師匠が八千年も森の奥で暮らしてた理由がわかりましたよ」


有名になるってことはそれだけ多くの出会いもあるし、得をする点は多くある、だが同時に面倒もまた寄ってくる、師匠レベルになると面倒の比率の方が大きいくらいだ


でも、そんな面倒さを吹き飛ばしてでもエリスを助けて外に連れ出してくれたんだな、師匠は…


「それでさ、エリス」


「ん?」


「お前はこれからどうするんだ?」


ラグナの一言にみんなの視線が集まる、エリスがこれから何をするのか、ずーっと迷ってきたけど、ついに決める時が来たのだ


もう戦いは終わった、旅は終わった、エリスには次が来た、だから…次に何をするかを決めなければならない


「そうですね、…デティの組織で働くのも悪くないですけど…」


「うんうん!」


「けどやっぱりごめんなさい、エリスはまだもう少し強くなりたいです」


「あはは…だよね、ってことはやっぱり」


「はい、エリスは…旅に出ます」


決める、決めた、決まっていた、修行の旅が終わったら 次はもっと強くなる為の旅に出るべきだろう、というかエリスがそうしたい


色んなところに行って色んな物を見るのがやっぱり好きだし、色んな人に会って色んな関係を築くのが好きだし、何より


「何より帝国から先の冒険を師匠と一緒に出来なかったのが不満です、師匠!今度こそ一緒に行きましょう!」


「フッ、分かったよ…というわけだ、みんな 悪いが私は再び旅に出るつもりだ、国を作ったりお前達に協力することは出来ん」


「弟子に甘々だなお前は、けどいいぜ?好きにしろ、今更お前の助けがなきゃやってられんほどじゃない」


「感謝する」



「せっかく会えたのにまた旅に出ちゃうんだね、エリスちゃん」


「ごめんなさいデティ、けど…」


「うん、大丈夫だよ?距離や時間じゃない…だよね」


そうだ、例えどれだけ離れていても どれだけ会えなくても、エリス達は友達のままだ…それは永遠に変わらない


「で?、どこに行くんだ?エリス」


「分かりません」


「分からない!?いつ帰って来るんだ!?」


「分かりません」


「わ 分からないって、お前なぁ…」


「けどちゃんと…必ず帰ってきますよ、エリスもみんなに会えないのは寂しいですから」


エリスだってみんなが大好きなんだ、それこそ下手したら旅をする以上にみんなのことが好きかもしれない、出来るならそりゃあ一生みんなとこうしていたい


けど、みんなとこうしている為の時間を守るためには、強くならなきゃいけないんだ、強くなって強くなってなり続けて、今度は…この世界を助けられるような人間にならなきゃいけないんだ


だから…だから…


「また、みんなで会った時 何倍も強くなっていましょうね、ね?みんな」


「ああ、勿論だよ」


「無論だ、寧ろ今度は私が一番強くなっているからな」


「とりあえず俺は第二段階目指すよ、というかそれ以前に卒業したい」


「僕もみんなに追いつけるよう努力します、だからエリスさんは遠慮なく走り続けてください、きっと追いつきますから」


「最強の魔女の名に恥じない人間になってみせますよ、私は」


「うん、…お互い頑張ろう?みんな」


「私も私も!強くなるよ!すげー強くなるし一番でかくなる!ネレイドさんより!」


同じ時間を生きて、同じ場所に集って、同じ志を持ち、同じ未来を見るエリス達の友情はきっと不滅だから…だから、今は一旦別れることにする


みんなと一緒に居られるだけ強くなるために、その為にエリスは旅に出る


またいつか再会できることを願って


「というわけなので今日はみんなでめいいっぱい遊びましょー!」


「おう!、望むところだ!」


「よっしゃー!日が暮れるまで遊ぶぞー!」


「いえーい!、やったー!久々に遊べるぞー!」


だから今はこの先会えない分めいいっぱい遊びます、みんなみんな大好きですから、大好きだからこそエリスもまたエリスの道を行くんです、みんなの友達でいるために


……………………………………………………


…エリス達魔女大国の祝勝会はその後夜まで続いたという


オライオン主催のスポーツ大会では普段スポーツに慣れ親しんでいない者達もまた楽しみ、アルクカース組の何人かがスポーツに目覚めたり


ホリンが暴れたとにより開催された大酒飲みグランプリでは各国の酒豪達がゲーゲー吐いている中平然とネレイドがおかわりを要求したり


なんかレグルスが切れてスピカを泣かせたり


メルクリウスを筆頭に各国の首脳陣が集まり、今後の世界の展望について話し合ったり


エリスがクリストキントに一時的に復帰し一夜限りのノクチュルヌの響光を公演しラグナやフリードリヒ達に見せてみたり


なんかレグルスが切れてアルクトゥルスを殺しかけたり


ラグナが武闘大会の開催を宣言したけどアルクカース勢しか集まらなかったり


なんかレグルスが切れてアンタレスも切れたり


なんかレグルスが切れてカノープスを投げ飛ばしたり


なんかエリスが切れてザカライアを追いかけたり


想い想いの過ごし方をしながら、皆で守った世界を楽しんでいるうちに、空はすっかり暗くなり…夜空には星々が煌めいている


そんな夜空の中、一筋の流れ星が輝いた事に、誰も気がつかなかった


「ぜぇー!ぜぇー!、マジに死ぬかとおもいましたよ!くそー!」


アジメクの平原のど真ん中、白い煙を上げながら巨大なクレーターのど真ん中で黒焦げになりながら喚く女が一人、先の戦い唯一の生き残り ウルキだ


先程の戦いで離脱する寸前、カノープスにより宇宙空間に放り出されたウルキは死に物狂いになってこの星に流れ星として帰還したのだ


宇宙空間では呼吸出来ないため詠唱も使えず、必死に魔力防御で真空に耐えて、そのまま全力の魔力噴射で移動してようやく一晩かかって星に帰還した頃には全部終わってたんだから笑える話だ


あれだけ準備したのに全ておじゃんなんだから


「くそ、カノープスならいけると思ったんですが…実力差がありすぎましたか、あの人だけ強すぎでは…」


ウルキとカノープスの戦いは終始カノープスの優勢に終わった、むしろ傷一つつけられなかった、流石はシリウス様の半分近い力を持つ最強の魔女 アイツだけ格が違う…


あれと互角にやりあってたトミテって強かったんだなぁ…


「あーあー、なんか無気力…、ここまでダメだと心折れちゃいますよ、もういっそエリスちゃん達の仲間になろーかなー…なんて」


カノープスに付けられた傷はウルキの治癒魔術でカバー出来るキャパシティを超えている、これを癒そうと思うと少し時間がかかる、ならもういっそ…なんて冗談で口にしてみるが


ありえないか!、…だって私はまだやる気なんですから、まだ勝負はついてないですよエリスちゃん、私はまだまだ諦めてませんからね、ふふふ


「こっぴどくやられたようだねウルキ」


「っ!?!貴方…!ナヴァグラハ!?」


するとそんなウルキを見下ろすように男が現れる、ナヴァグラハだ、先の戦いでルードヴィヒ相手に敗れた…いや、こいつは


「ああ、『本物』の方ですか」


違う、こいつはあの偽物ではない…本物の方だ、八千年前ウルキと共に戦った本物のナヴァグラハが現れたのだ…


「そうだよ、まぁあちらも偽物というわけではない、私によく似た本物さ」


「そういう話はいいんですよ、ったく」


もちろん、八千年前ナヴァグラハは死んでいる、生きているなら先の戦いに参加しているから、ならここにいるナヴァグラハはなんなのか


…有り体に言うなれば、これは遺言だ


「しかし、デタラメですね、これも見抜いていたんですか?」


「識っているだけさ、分かっていたわけではない」


見ればナヴァグラハの体はやや透けている、これはナヴァグラハが八千年前残した魔力残滓、奴の未来を見通す力で未来の事柄を見抜き


『いつどこで私が何をしているか』を見抜き『私が何と答えるか、なんと言うか』も見抜き、そこに的確に時限式で発動し音声を再生する幻影が出現する魔術を残していただけ、つまりこれは奴が残した手紙のようなもの


これに意識はなく、もし私がナヴァグラハの予測に反する行動をすればこの幻影は立ち所に意味を失う、が…まぁそんな事無理なんだけどね、今だってナヴァグラハは私が『カノープスに敗れ宇宙空間に放り出され、今この瞬間命からがら戻ってきた』事を八千年前に見抜いていたわけなのだから


「ってかわかってたなら先に教えておいてくださいよ、最初から全部知ってるくせに知らないふりするから嫌いなんですよ」


「そうかい?、だが君に教えると未来が変わるという予測が出ていたのさ」


「…具体的にはどのような未来に?」


「私が君にカノープスに敗れる未来を伝えていた場合、君は私の予測を覆そうと躍起になって離脱に失敗、カノープスに敗北した後両手足を切断された上で魔力を封じられて捕縛される、今頃八人の魔女達に拷問されていただろうね」


「う…」


なんかありえそうな未来だ、確かにさっきの戦いはそんな結末に転がっていてもおかしくはなかった、確かにそっちに比べたらまだマシか


「これで機嫌を直してくれたかい?ウルキ」


「アンタのツラみた時点で機嫌が悪いのは確定してんのよ、今更ご機嫌取りなんかやめろ」


「あははは、しかしねウルキ」


「あ?、なんですか」


「私がここに声を残したのは飽くまで保険だった、君が万が一カノープスに敗れるルートを辿った時のためにね、つまりこれは私が本来想定していたパターンじゃない」


「…どう言う事ですか?」


「つまり私が最初に思い浮かべたルートからかなりかけ離れた未来を辿っている可能性がある、ここから先は恐らく私も未知の未来が広がっているだろう」


少し信じ難い話だ、こいつの識は神の領域にある、そんな奴の識で予測した未来が変化している?、まさかそんな事…いや


「エリスちゃんですか?」


「そう、私が予測した時 八千年後エリスという人物がマレウスにて識の力に覚醒する事が分かっている、恐らくだが君と一緒にエリスが覚醒するところも私は見ているよね」


つまりマレウスで私が話したあれも本来予測した未来から外れていた時用の予備の音声だったのか、つまりあの時点でナヴァグラハの予測は外れている…


「エリスが覚醒すればするほど、私の予測に少しづつ誤差が生まれつつある、これが決定的になる日も近い…、そうなればきっと私は君の役に立てなくなる」


「作戦も立て辛くなりますね、何だかんだ貴方の未来予測は役に立ってましたし」


「嬉しいことを言ってくれるね、けど私がこうして君に助言出来るのは恐らく最後になるだろう、ここから先の音声を残すつもりはないからね」


「やるなら最後まで付き合ってくださいよ」


「そういうと思って、君に別の司令塔を残してある、ここから先は彼女に従ってほしい」


「彼女?」


「私の予測ではもう到着している予定だが、そこにいるかい?シリウス」


「へ?」


シリウス様が?、いや…いないけど、まさかナヴァグラハの予測した未来はそこまで誤差が出ているのか?、というかシリウス様はさっき復活に失敗してるはずじゃ…


そう辺りを見回していると…


「ウルキー!ウルキー!、こっちじゃこっち!そこにおるんじゃろ!おーい!」


「え?あれ?、シリウス様の声…」


シリウス様の声が聞こえる、一体どこにいるのかナヴァグラハに聞こうと思ったら、既に幻影は消えておりこの場には私だけが…


あ、この声!地面から聞こえる?


「シリウス様!?そこにいるんですか!?」


「こっちこっちー!」


慌てて声のする方に走り、その地面を手で掻き分けて掘っていくと、…地面に一つ 古びた木箱が埋まっており…、何だこれと取っ手を捻ると、木箱の側面が外れ…


「ばぁ!」


「ぎゃっ!?」


「ぬはは!、ドッキリ成功!」


中には、生首が入っていた…シリウス様のだ、それが舌を出してケラケラと笑い、ってこれ!


「シリウス様!」


シリウス様の生首だ、魔女達によって八つ裂きにされ失われた頭部だ、魔女達との戦いで切り落とされそのまま海の底に沈み、長い年月をかけて漂流した物をナヴァグラハの指示の元回収したシリウス様の頭


当然頭に意識はなく、魔力も宿っていなかったから先の復活には使えなかった代物、それが今 自分で動き笑って、喋っている


「何故ここに、というか…意識が戻られたのですか?」


「うむ、一時的とはいえワシの魂が現世に戻った影響かは分からぬが、こないだ目覚めてのう!、いやぁここまで来るのに難義したぞ、頭部には魔力が残っておらなんだから自力では動けぬしナヴァグラハからはここにウルキが来るから指定した時刻までにここに移動しろとか無茶振りされるし」


確かシリウス様の頭部は非魔女国家に置いてある私のアジトの一つに保管してあった筈だが、どうやってここまで…


「どうやってここまで?」


「なに、口八丁手八丁で偶然通りかかった冒険者を丸め込んでな、指定した時刻までにここに辿り着けば財宝が手に入ると騙眩かしたのじゃ、ほれ、そこに冒険者の残骸が転がっておるじゃろう」


見れば近くに人の腕らしきものが転がっている、なるほどこいつを使ってここまで移動させたのか、魔力が使えないから自力で移動もできないし私に連絡する事もできない、そこでこの冒険者を騙してここまで連れて来させた…大方カノープスの作ったゲートを使ったのだろう


そして、ここまで来たはいいが宇宙から突っ込んでくる私の衝撃波によって商人は吹き飛びシリウス様も地面に埋まっていたと、大方そんな感じだろう


「そうだったんですね、いやこれは失礼しました」


「よいよい、魔力縛りで移動するというのもなかなかに楽しかったからのう、それにしてもまさかワシの計画がここまで失敗に終わるとは思わなんだ!ぬはは、弟子達もよくやるものよのう」


「いえ、それでこれから如何致します?」


「うむ、そうじゃのう…」


シリウス様の意識が戻りれたならやれる事の幅は大幅に広がる、何なら今のうちに他の魔女大国からシリウス様の肉体を集めて再び組み合わせれば復活させることもできるだろう


「『あっちの方』はどうなっておる、ほれ…レグルス乗っ取り計画とは別口のもう一つの本命の方じゃ」


「ああ、あちらですか」


レグルス乗っ取り計画とは別口で進んでいる計画、レグルス乗っ取りはシリウス様が主体で進めていた計画なら、こちらは私とナヴァグラハの残滓で進めていた計画だ


レグルス乗っ取りの方が迅速に進む代わりに露見し易くほんの少しの狂いで何もかもが崩れてしまう


対する私の方は上手くいく保証も無ければいつまでかかるか分からない謂わば博打に近い計画、それを八千年間張り続けてようやく…


「上手く行きそうですよ、ちょうどいいのを見つけたので」


「まさかマジで上手くいくとはのう…、そちらが軌道に乗ったらもうワシらがする事はないな」


「そうですね、シリウス様の計画も潰れたので私も暇になりましたし、これからどうしようかなぁと」


色々手は打っていたけど、結局レグルスを乗っ取る計画が大本命だったわけだし、これから別の方面で進めようと思っても確実性もないし


「ならばワシに考えがある、ウルキよ お前にはこれからワシと共にとある場所に赴いてもらう」


「とある場所?、どこですか?」


「ぬふ、ぬふふ…ぬはははは、それはのう…それはのう!」


ニタニタと笑いながらその計画を語るシリウス様を見て、やはりというか何というかこの人の恐ろしさというものを感じる


確かに今回の戦いは失敗に終わった、だがそれで終わらないのがシリウス様だ、失敗から学びただでは起き上がらないのがシリウス様…、不滅たるシリウス様の挑戦は永遠に続くのだ…それこそその願望が成就する時まで


「へぇ、面白そうな計画ですね、でもまた時間がかかりそうですね」


「どうせもう一つの本命が動き出すまで時間があるんじゃ、ならその本命に間に合わせる事が出来れば面白いことになるじゃろう」


「まぁそうですね、では向かいますか!」


「おう!、我が手足となって動けよウルキ!」


「あいあいさー」


というわけですエリスちゃん、私との勝負はまだまだ終わりませんよ、第一回戦は落としましたが続く第二回戦は私が貰います、そして終わらせますからね


その時までに、強くなっていてくださいね、レグルスの弟子らしく…私と決着をつけるために

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全員キャラ立っててサイコーですね! シリウスがなんか憎めきれない感じなキャラで敵では一番好きですね。 [気になる点] このシリウスは時間軸的にレグルスに別人かって聞かれた後? それにしても…
[一言] 冒険者協会が新章への振りかと思いきやアイドルさせたいだけだったとは笑 師弟の再会が心温まる光景でまだこの掛け合いを見ていたい、 エリスの新たな旅路を見たいけどこの光景が見れなくなるのは少し…
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