311.魔女の弟子と最後の激突
「アマルトが息してない!心臓も!…と 止まってる!!」
「ッ!……」
突如エリスを呼び止める悲痛な声が木霊する…
シリウスとの戦いは遂に最終局面を迎えた、折り重なる意志と度重なる奇跡で首の皮一枚で堪え続けたエリス達は漸くシリウスの弱点…天運の無さに巡り合う
あと一歩、もうエリス達に何も打つ手がなく あと一押しで勝てる段階まで来ていながら、シリウスはアマルトさんの手により好機を逃し それが原因でレグルス師匠の魂の中で生き続けていたニビルによって魔力覚醒を剥がされ、大量の魔力を失った
アマルトさんの攻撃で体は傷つき満身創痍、ニビルの命がけの特攻により魔力も殆ど残っていない、これがタマオノさんの言った致命的なまでの天運の無さ、如何なる強さを持とうともシリウスは最後の最後で恵まれないのだ
形勢は逆転した、あと一歩で勝てるのはエリス達の側になった、このまま攻めて行けば勝てる…そんな時であった、デティよりアマルトさんの心配が停止しているとの報告を受けたのは
理由は簡単、シリウスの肉体を手に入れ戦うという無茶の反動だ
薄めた魔女様の血で力を得るだけでも十秒ちょっとで動けなくなるそれを、アマルトさんは十分以上も使用した、それも魔女様を遥かに上回るシリウスの血を原液で飲んで
無事でいられるはずがなかった、生きていられるはずがなかった、そんな事彼が考えていないはずがなかった…それでも彼は命をかけてエリス達に後を託したのだ
……がしかし
「ッ!!、デティ!!」
その報告を受けたエリスは悲しむよりも前に行動に移る、察していたからだ…デティの行動を
デティはアマルトさんの状態をエリスに伝えた、ラグナでもなくネレイドさんでもなく他の誰でもなくエリスただ一人の名を呼んで…それは、エリスにしてもらいたい事があるからだ、エリスだけにしか出来ない事が
それは…
「受け取ってください!!」
「そうそれ!」
ポーションだ!、それもスピカ様が作った傑作と言われる至上のポーション、死んでいなければどんな傷でも治せると言われるポーションをエリスは彼女から預かっていた
心臓も呼吸も止まった状態にあるアマルトさんは、ともすれば死んでいるとも取れるかもしれない、だがそれは他でもないシリウスが否定していた、シリウスと初めて会ったあの時
『心臓が止まっていても、呼吸が止まっていても、体の内側に魂が残っているなら それは死んだとは言わない』と…、なら まだポーションを使えば間に合うかもしれない!
そう察すると共にデティに向けてポーションを投げようと振りかぶり…
「お?それ、スピカの作ったポーションか?ええもん持っとるのう、丁度それが欲しかったんじゃ」
「え?」
「それ、寄越せ」
振り向くとそこにはシリウスの顔があった、いつも見たいな笑みを浮かべず無表情でエリスの手を掴みポーションを強奪しようとするシリウスの姿が
や やばい!、これを取られたらアマルトさんが死ぬだけじゃなくアマルトさんが与えたシリウスの傷も全て回復される、それだけは阻止しなくては!
「くっ!シリウス!?」
投げようと振り被った手を掴まれた、このままではデティに届ける事も出来なければポーションを守る事も…
「ラグナ!!」
「おう!」
デティの下まで届かせられないなら、別の人間に頼むまで、殆ど自由の効かない腕を動かしポーションをラグナに向けて投げれば 咄嗟のことであったにも関わらず彼は抜群の反応を見せキャッチし
「ええい!、寄越さぬか!」
「きゃっ!?」
最早今のシリウスに何かを取り繕うか暇はないようで、鼻息荒くエリスの体を片手で投げ飛ばせば 真っ直ぐラグナに向けて、いやポーションに向けて突撃する
あのポーションは、エリス達にとっての希望でもあればシリウスにとっても最後の望みに近いものなのだ、故に来る…死に物狂いで、取りに来る!!
「逃げるなッ!!!」
「ぐっ!、こいつ!マジで虫の息かよ!」
ラグナの手に握りれたポーションを取り上げようとシリウスが腕を大振りに振り回す、ただそれだけで衝撃波が発生し地面が砕け轟音が鳴りラグナを追い立てる、それを相手にヒョイヒョイと飛び回り回避を続けるラグナだが
(これ、このままデティのところまで投げるわけにも届けるわけにも行かないぞ…)
今のシリウスの必死さはかなりのものだ、もしここでラグナがデティに向けて投げてもそれを空中でキャッチしに行くだろう、このまま走ってデティのところに行くにしてもこの状態のシリウスを今のアマルトの所に連れて行くわけにも行かない
(思ったよりも難題だ、おまけに時間もかけられねぇ、下手にモタモタしてたらアマルトが…、くっ!一か八か!)
「頼む!!」
「な!?」
ラグナはポーションを投げる、ただしシリウスが警戒したアマルトの方角では無く誰もいない方角…シリウスの真後ろにだ、そうだ そこには誰も居ない…が
「メグ!」
「承知しました!」
既に飛んでいる、時界門にてメグがその方角に飛びポーションの瓶を確保すると共に、すぐさまもう一度時界門を展開しアマルトの元へ戻ろうとし…
「ぬぁぅあああ!!!」
「うぐぅっ!?」
しかし、その刹那の間にシリウスは体を入れ替え反転すると共に凄まじい勢いで跳躍、槍の如き飛び蹴りをメグに見舞い、ポーションを強奪しようと試みる
「あ…!」
あまりの衝撃に地面に叩き伏せられると共にメグの手を離れるポーションは、クルリと宙を舞い…
「ああ!取った!取りました!」
受け止められる、ナリアの手によって、瓦礫に衝波陣を書き臨時の乗り物として利用した彼は大地を滑りながらポーションをなんとかキャッチし
「どいつもこいつも!、それを寄越さぬか!」
「わわ!こっちに来た!?」
形振り構わぬシリウスはメグに蹴りを加えた姿勢から強引に着地し、獣のように四つ足で大地を疾駆し加速するナリアに追いついてみせる、最早なにかの虫か何かにも見紛う挙動ではあるが ナリアがいくら加速してもそれを振り切れず
「寄越せ!寄越せ!!寄越せぇぇ!!」
「ひぃぃいいいい!!!」
大地を滑るナリアは両手でポーションを抱えたままなんとかシリウスの手から逃れようとメチャクチャに疾走する
懸命な逃走劇を繰り広げるも、その無茶な疾走が祟り…
「あ!?」
大地を滑る彼は突き出た瓦礫に躓きその速度を失いゴロゴロと地面を転がる…、その逃げ足を失ってしまったのだ
そこを見逃さぬシリウスはすぐさまナリアの前に立ち、拳を振り上げて…
「さぁポーションを寄越せ!寄越さぬか!」
「ひぃいい!!命ばかりはお助けをぉぉお!!!」
もう逃げられないと悟ったナリアは両手で頭を抱えて蹲り命乞いを…、そう 何も持っていない両手で頭を抱えているのだ…、そこに気がついたシリウスははたと顔色を変え…
「ん?貴様ポーションはどこへ…」
「え?さぁ?」
両手を広げて肩を竦めるナリアは、イタズラにチロリと舌を出す…まるでおちょくるようなその姿の何処にもポーションを隠し持っているように見えないのだ、するとつまり…ポーションは
「まさか!!」
ゾッと血の気の引いた顔で振り返るとそこには…
「よくやったナリア…!」
いつの間にやらポーションを確保し走り去るメルクリウスの姿があった…、そうだ ナリアはポーションを確保した瞬間シリウスに悟られないようその場に置き、ポーションを持たぬままあたかも自らがポーションを持っているように演技をしてシリウスを引き付けていたのだ
両手でポーションを抱えるような仕草をしていたのはシリウスの目に何かを持っているように見せかけるため、めちゃくちゃに走っているように見せかけてシリウスを引き離すため
全て計算尽くでナリアは動いていたのだ、この窮状で一世一代の演技を成功させてみせたのだ
「ぐうっ!、三文役者がぁ!やはりあの時殺しておくべきじゃったわ!」
「えへへ、それほどでも」
ナリアの相手をすることなく即座に振り向いて走るメルクに向けて疾走するシリウス、ナリアが遠くへ遠くへ引きつけた甲斐もありメルクリウスへの距離はかなりある
どれほどかと言えばシリウスが大地を駆け抜けながら『間に合うか間に合わないか、確率的には半々である』と悟ってしまうくらいの距離が開いている、ここであのポーションを手に入れることが出来ればエリス達を殺すことが出来る
今の傷ではエリス達と肉体の争奪戦に洒落込むこともできない、何はともあれ傷を癒さねばならんし
何よりシリウスはこの戦いの流れを読んでいた、あのポーションは傷を癒す以上の価値がある、エリス達にとっては友の命を救う代物 シリウスにとっては再び万全の状態から仕切り直せる代物…手に入れた側は大きなものを得て 手に入れられなかった側は大きなものを失う、それはそのまま戦いの勢いに直結するのだ
つまりポーションを手に入れた方が手にするのは流れだ、勝ちに向かう流れ、今この戦いは分岐点に留まっている…、それを弟子達側か シリウス側かに分けるのがあのポーション
(逃すわけには行かん、これ以上弟子達を調子付かせるわけには!)
「ぐぅぅぅう!!がぁぁああああああ!!!!」
「くっ!?獣か!アイツ!」
野山を駆ける狼の如く四つ足で走るシリウスの咆哮にメルクリウスは咄嗟に状況を把握する、シリウスの速度は尋常じゃない 恐らく私は捕らえられる、だがデティまでの距離はまだある ここから投げて届くかは怪しいし届けられたとしてもデティがキャッチ出来るかはもっと怪しい、じゃあ誰かにパスするか?
エリスはまだダメージから復帰していない、メグも同じだ、ラグナに行くか?いや 今ラグナは私の後ろにいる…!、なら
「ネレイド!受け取れ!!!」
「ッ…!」
咄嗟にネレイドにポーションを投げ渡し、自由になった両手で銃を抜き
「燃えろ魔力よ、焼けろ虚空よ 焼べよその身を、煌めく光芒は我が怒りの具現、群れを成し大義を為すは叡智の結晶!、駆け抜けろ!『錬成・烽魔連閃弾』!!」
二丁の銃を乱射し、爆裂する赤弾をシリウス目掛け浴びせ掛ける
一秒でもいい、一瞬でもいい、なにかのキッカケになりさえすればいい、少しでも時間を稼ぐんだと全力の錬成で作り出された爆薬の炎蜂の群れはこちらに向けて走ってくるシリウスの足元に着弾し
「グゥッ!?」
「通じた!?」
シリウスが嫌そうに顔を歪めた、効いている…今まで全く通じなかったメルクリウスの錬金術がシリウスに効いている、これは…相当弱っている、今の状態を維持すればエリスの言った通り本当に
「ぅあぁぁぁなどるなぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
しかしそれでもシリウスはシリウス、爆煙に飲まれながらも絶叫し炎蜂を爆音の声にて撃ち落とすと同時に
行ったのは飛躍
「もらったぁぁぁあ!!!」
「なっ!しまっ!?」
「ッ……!!」
その跳躍は一瞬にして爆煙を突き破りメルクリウスを追い抜き、未だメルクリウスとネレイドの間を飛ぶポーションの瓶に手が伸び指が触れる
貰った!、シリウスの瞳が煌めき それを阻止するようにネレイドとメルクリウスの手が伸びるがもう遅い、これを使い傷を癒せばそれだけで奴等の心は折れる!その後にでも肉体を回収するなりこいつら殺すなり好きにすればええ!
(風向きがこちらを向かぬなら!腕尽くで引き寄せるのが我が生き方よ!、天の采配になど左右されてたまるか!!!!)
「くっ!!」
即座にメルクリウスは銃弾を放ちシリウスの腕を弾こうと連射する
がしかし、もうなにもかも遅く シリウスの手はしかとポーションの瓶をその手で掴み…
(取った!ワシの勝ち…ん?)
しかし、シリウスが掴んだポーションの瓶が、一瞬のうちに光の粒子となってシリウスの手の中から消えて行き……
(これは、幻惑術!?まさかネレイドか!?)
しまったとシリウスは己の迂闊を呪う、その場にネレイドがいるなら最も警戒すべきは幻惑術であった、恐らく咄嗟に幻惑術で瓶の位置を誤認させたのだ、事実今ワシの手の中でポーションが消えて……
……いや待て、それはおかしい、だってワシは瓶の位置を計算して飛んだ、メルクリウスが投げる力と入射角を確認してどこの位置に瓶があるか計算して飛んだ、幻惑で惑わされるわけが…
「アプセウデス・ヘッドバッドッッ!!」
「ぐぬぅっ!?」
あまりの事態に思考が空白となったシリウス向けて飛んでくるネレイドの頭突きは、弱ったシリウスには受け止めきれるものではなく その口の端から血を噴き出させながら遥かに吹き飛ばし
そして、ネレイドは……『シリウスの手の中にあった瓶を奪い取り』一息つく
「ふぅ、よかった…」
「ぐ…ま まさか、貴様…!」
シリウスは悟る、自分は確かにポーションを手に入れていた、確実にキャッチしていた、そこは事実だったのだ、つまり 今しがた見た『幻影となって消えるポーション』こそが幻影だった!
ワシがポーションを手にした瞬間それを見せることにより、ワシが幻影だったと気付く事を想定して幻影を見せ隙を生んだのだと…、我が思考力が逆手に取られたと言うのか
(常人があの土壇場でそれだけの博打を打てるものか、何という大胆さ…或いは鋼の心臓とでも言うべきか、存外木偶の坊というのも侮れんわ!)
二段構えの刹那の化かし合いに敗れたシリウスはネレイドという人間を再評価する、最初は頭の足りない木偶の坊と思っていたが、どうやらこいつは考えられるタイプの木偶の坊のようだ…
「デティ、使って」
「う うん!」
「かぁぁあ!!!させるかぁっ!」
即座に後ろ手でデティフローアにポーションを渡し アマルトに使おうとさせるネレイド、そしてそれを何としてでも阻止しようとするシリウスは 魔術も使わずに全霊の突撃を繰り出す
(もう時間がない、悠長に詠唱している暇もない、何としてでもデティフローアを殺しあれを奪い取らねば!)
ポーションの蓋を開けアマルトに使用するその瞬間 シリウスはその爪を振るいながらデティフローアに迫り…
「させないっっ!!!」
「ぐうっ!!どこまで邪魔をするか!ネレイドォッ!」
しかしそれさえネレイドに阻まれる、体を盾にしシリウスの突撃を受け止めその爪を肩に突き刺させながらもシリウスの体を抑え込む
「どこまでも!邪魔する!私には!それしか出来ないから!、敵の目の前に立ちはだかって!誰かを守ることしか!」
「この木偶の坊がぁぁぁあ!!!!!!!」
「体が大きいってのも…悪いことばかりじゃないよ、だって…」
シリウスの推進類は衰えても凄まじい、足の裏から放たれる魔力の噴射は地面を吹き飛ばし 脚力は岩盤をひっくり返すほどはある、それを人の身で受け止めれば体がバラバラになっても不思議はない
だがネレイドはそれを逃げずに正面から抑え込む、大きな体でシリウスを抑え込む、シリウスの魔力に体を焼かれ 爪が肩を貫通してもなお その場を動かない
「大きい体は…みんなを守る巨大な盾にもなるから」
「ネレイドさん!い 今治癒を…」
「いい!、デティはアマルトの治癒を優先して!、ここは私が 絶対に守るから!」
「クソが…!この…!!」
デティの声を振り切りシリウスとの押し合いに挑むネレイド、覚醒の力をフルに使い その身に残る全ての力でシリウスと真っ向からの力比べを繰り広げる
力の差はなおも絶望的、シリウスが遥かに上回っているのは言うまでもない、だがそれでもネレイドがこうしてシリウスを押さえ込めているのは…
『ネレイドはいい子ですね…』
(お母さん…、私…いい子にしてるよ…)
全ては、母が私を優しい良い子に育ててくれたからだ、誰かの為なら全力以上を出せる子に育ててくれたからだ、何かを守る為なら決して恐れず進める子に…師匠が!母が!リゲル様が育ててくれたから!
私の今までの人生の全てが、私の足を前へ進ませる!、私が生きている限り…
(絶対に、誰も傷つけさせない!)
「ぐっ!ぐぅっ!!」
理解不能であるとシリウスは目を白黒させる、何処をどう捉えても自分がネレイドを抜けない理由が分からないからだ、魔力でも腕力でも優っているのに ネレイドを弾き飛ばせない
そうこうしている間にネレイドの後ろでデティフローアがポーションの蓋を開け…
「アマルト!、みんなが繋いでくれたポーションだよ!、みんなが貴方に生きて欲しいと!生き残って欲しいと願ってくれた 祈りの結晶だよ!!」
「やめろ…」
「だから…!」
「やめんかぁぁ!!!」
シリウスが手を伸ばせど、既に時遅く…デティフローアはアマルトに向けてポーションを振り掛けると共に治癒魔術を併用し、至上の癒しをアマルトに与え…
「うぉぉおおおお!!!生き返れ生き返れ生き返れ生き返れ!!!死ぬな死ぬな死ぬな死ぬな!!起きろ起きろ起きろアマルト起きろ起きろぉぉぉ!!!」
パパパパパと両手でアマルトの両頬を叩きながらの手に込めた治癒魔術を叩き込みまくるその姿を見て、脱力するのはシリウスだ
ポーションを奪われ回復出来なかった事がショックなのではない…、弟子たちからポーションを奪えなかった事自体が衝撃なのだ、それほどまでに今の己が弱っていること そして今の流れが弟子達にある事実
何より、万物を勝手に出来る己が今 他人に道を譲ってしまった事実、…八千年振りの屈辱…、魔女たちより味わった以来の…
(もはや…これまでか、肉体を奪う事もこれではままなるまい、もうワシはこの場では復活できない…今からどれだけ暴れても、それはもう無駄な悪足掻きにしかならぬだろうな)
愕然と脱力するシリウスは悟る、もはやこれまで 我が八千年の野望は弟子達により打ち砕かれた、敗北したのだワシは…と
もうこれ以上暴れても無駄な足掻き、暴れても疲れるだけだ、だったら…
「ふむ、仕方ないのう」
ニカッと笑顔を見せるなり…
「ごはぁっ!?」
殴りつける、ネレイドの体を…全力で
「ならば仕方ないのう!、これからどれだけ暴れても無駄な足掻きにしかならぬとしても!ワシは足掻くぞ!最後まで!悪足掻きだとしてもなぁ!、故に手始めに!貴様等を一人でも多く道連れにしてくれる!!あの世でワシの反省会に付き合えや!魔女の弟子ぃ!」
「ぐっ…」
シリウスは目的をシフトした、自分の復活から漠然とした虐殺へと、それは足掻きであり八つ当たりであり悔しさから出る地団駄でしかない
だが、それでも…依然としてシリウスは、強い
「まずはテメェじゃいネレイド!」
「うう…」
殴りつけられる、怒涛の連打を受けても一歩も引かずデティを守り続けるネレイドをシリウスは痛めつける、そこに目的はない ネレイドを殺すことだけを考えて拳を振るう
一人でも大勢、殺す為に戦う…純然たる暴威に身を任せ荒れ狂うシリウスにネレイドは見る
(これが…大いなる厄災…)
「ギャハハハハハハハハハ!!!!」
牙を剥きげたげたと笑う狂気の権化、世界を包む滅びの要因、八千年前に文明を滅ぼし尽くしたのはオフュークス帝国の軍勢でも羅睺十悪星でもない
シリウスなのだ、この狂人たった一人の力により 世界は滅びの瀬戸際まで持っていかれたのだ
策謀や策略を捨て、厄災としての姿を見せたシリウスの猛威に打ちのめされるネレイドに向け、シリウスは
「まずは一人!死ねぇ!!」
手を開き 剣のように尖らせ、抜き手の姿勢でネレイドの心臓を狙い、振り抜き……
「させ…」
だが、させない…そんな事
ネレイドがみんなを守りたいように、ネレイドの事も 守りたい奴がいるんだよ!
「るかぁっ!!」
「ぐげぇっ!?」
「ラグナ!」
振り上げられた蹴りはシリウスとネレイドの隙間に割って入り、シリウスの顎先を蹴り上げ吹き飛ばす
ラグナだ、仲間を目の前で滅多打ちにされ怒り心頭のラグナが燃えるような気迫を全身から放ちながらシリウスの前に立ち塞がる
「もう諦めろよ、今…流れがそっちに向いてねぇ事は分かるよな…!」
「ぬははははは!、阿保が!そんなもの!腕尽くで向かせるわ!、燃える咆哮は天へ轟き濁世を焼き焦が…」
「だからさせねぇって言ってんだろうが!」
「ぐぶぅっ!?」
詠唱を始めたシリウスの腹にラグナの拳が突き刺さり思わず詠唱が止まる…シリウスが、詠唱を止めた
「もうお前を守る魔力防御はない、テメェは…もう無敵じゃねぇ!」
「ご…の、言うではないか!」
今のシリウスに肉体を守る魔力防御は存在しない、それを維持出来るだけの魔力も体力も残っていないのだ、オマケにそれを受けきる余力すらないシリウスはラグナの攻撃でさえダメージを負う
もうシリウスは無敵ではない、同じ土俵に立って傷を共有しながら戦うより他ない…我慢比べに応じるしかない
「ぬぅううう!!」
「ぐぅっっ!!」
至近距離で殴り合うラグナとシリウス、魔女の身体能力を活かしその技量を持ってしてラグナを追い詰めようと迫るシリウスと、それすらも跳ね除ける烈火の勢いでシリウスの拳を回避し次々とこちら側の拳を叩き込むラグナ…
シリウスが弱体化していると言うのもあるが それでも依然としてシリウスが強いことは変わらない、だが同時に先程までとは明らかにラグナの拳の冴えが違う
「オラァッ!!」
「がぅっ!?」
その痛みの中でシリウスは理解する、これが若さであると言う事を
若い…ラグナ達はあまりに若い、それは未熟さであり弱さでもある、だが同時に大局を動かすのはいつだって若い人間だ、円熟した人間では出せない未知数の力が世界を動かして来たのだ
「ぁぁああああああ!!!」
「ごっ!?ぅがっ!?ぐふぅっ!?、み…惨めなものよ、このワシがこんな若造に殴り倒されようとしているとは」
その若さが炎となり、古き厄災たるシリウスを地獄へ追い返そうとしている、それは時が経てば経つほど大きくなり 遂にシリウスを殴り合いで圧倒する程に燃え上がった
(ラグナ・アルクカース…やはりコイツは危険じゃのう、この戦いで更に此奴を大きく育ててしまったことが、今回の一番の損失じゃわい)
若き英雄…世界の破滅を望むシリウスからしてみればラグナのような英雄は最も邪魔な存在、出来ればコイツだけでも消しておきたかった
(…が、もはやここで暴れて此奴らを殺すことさえ不可能か)
ラグナの勢いは凄まじい、これを殺すのは今のシリウスには不可能…
「屈辱じゃ…目的も達成出来ず 殺す事もできず、こんな屈辱はいつ以来か…」
「はぁぁぁああ!!!」
「じゃが…」
刹那、シリウスは腕を振るう、自らの腕を滴る血を纏めてラグナの顔面に向けて飛ばす…それは
「ぐっ!?目潰し!?」
そう、目潰しだ だがラグナなら目が見えずともカウンターを放つくらいのことは出来る、そんな事はシリウスもわかっていた…だから攻めない、そう もう攻めない
「ぬははは!悪いのう!ここで決着をつけると言ったが気が変わった!今回はおさらばさせてもらう!」
「は…はぁ!?」
血を目に受け一時的に視力を失ったラグナでは空に飛び上がり逃げようとするシリウスを止める事はできない
逃げたのだ、シリウスは…この窮地に陥り敵を殺せぬと悟るなりそそくさとプライドを捨てて逃げを打った、決着をつける 次は逃げない そう自らで口にしておきながらそれが無理と分かるなり即行で撤回し尻尾を巻いて逃げる
シリウスはそう言う事をする女だ、プライドがありながら矜持が無いそれ故に魔女達は苦戦してきたとも言える…
「ぬはははは!さらばじゃ!馬鹿ども!」
空に飛び上がりこのまま姿を眩ませ羽を休める事で魔力と体力を戻せばそれで良い、この場は負けに終わるが次が生まれる、そして次はもっと用意周到にやる、魔女の弟子を暗殺してもいい 魔女大国を内部から瓦解させてもいい、シリウスには全てが出来る
ならば逃げを打つ、次に勝つために逃げ果せる、次勝てば負けた苦汁も勝利の美酒に変わるのだから
「ま…待ちやがれ!」
「ぬはは!誰が待つか!、待つのはお前らじゃ!、首を洗って待っておれ!次こそは必ず殺してやるかのう!ぬははははは!」
逃げられる、シリウスに逃げられる、そうなったら次は勝てる確証がない、そんな事はラグナも分かっている、だが血を払い見上げた頃には既にシリウスの体が遠く彼方に移っている…もう、間に合わないだろう
下手を打った、そうラグナは悟るが…同時に思う
シリウスもまた、下手を打ったと
「ぬはははははは!さぁてどこに姿を隠そうか……」
「『疾風乱舞・飛翔』ッ!!」
「がべっ!?」
刹那、シリウスの体が…空を飛んでいる筈のシリウスの体が大きく揺れて失速する、いきなり真上から蹴り降ろされたからだ…、誰もいない筈の空中でだ
「な…が…、貴様…ッ!?何故…ここに!」
「もう逃がしませんよ…!」
シリウスの真上を抑えるように跳ぶのは…エリスだ、エリスが既に空中で待機していたのだ シリウスならばここにやってくると信じていたから
そうだ、二度だ…エリスは二度も飛び去るシリウスを目の前にして悔し涙を浮かべたのだ、故にシリウスが『逃げない、決着をつける』と口にしても最後の最後にはどうせ逃げを打つとエリスには予測されていた
二度も食らった手で、三度目を許すほどエリスは甘くはない!
「貴方なら最後には逃げてここに向かってくると信じていました、けど残念でしたね…ここじゃあ貴方の最後の切り札も機能しませんよ」
この大穴ならば、逃げるためには上に行くしかない、ある意味向かう先を限定されたこの状況下で真上をエリスに取られた以上シリウスには逃げ場がなくなったに等しい
文字通り、シリウスは墓穴を掘ったのだ
「くっ…くははははは!、窮地じゃ窮地じゃ!笑えるくらいの窮地にまさか追い込まれるとは…のう、だが この空中にはお前しかおらん、たった一人でワシを止められるか?」
「止めますよ、そして序でに…ここで決着をつけます」
「ほう、だが残念であったのう…お前は殺せぬ お前には殺せぬ お前にだけは殺されぬ、ワシと言う存在は永遠に続き 永久に残り続ける、終わらぬのだよワシは」
「いいえ、この世には永遠に続くものなんてないんです…どんなものでもいつかは変化し終わるもの、もし 自分が永遠だなんてほざく奴がいるなら…終わらせます、エリスが!」
「ッ…なるほど」
既視感のある言葉、永遠など存在しない…いつかは変わり終わる、それはワシがレグルスに不老の方を授けた時投げかけた言葉じゃ…、そして 最後の決戦の折 レグルスがワシに叩きつけた別れの言葉
(そうか…そうじゃった、此奴はレグルスの弟子じゃったな…此奴の中に息衝くのはある種ワシの教えということか…)
レグルスの生誕により始まった我が永遠なる旅路、それを阻むのもまたレグルスというわけか
そう目を細めるシリウスの目に映るのは、黒いコートをたなびかせ風を纏う女…レグルスの幻を纏うエリスが牙を剥く
「さぁ!今度こそ師匠の体を返してもらいますよ!シリウス!」
「断る!ワシはレグルスも魔女達も世界もお前も!全てを踏み台にしてあの夜空の彼方に手を伸ばして見せるわ!!」
そうしてぶつかり合う、夜空の星々が見守る奈落の只中にて二つの意思が机上に揃う…
睨み合うのは原初の魔女シリウスと孤独の魔女の弟子エリス、長き戦いに決着をつける為二人は……
「颶風よッ!この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速をォッ!」
「颶風よ!!この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速をッッ!」
響きあう詠唱は同じ、シリウスから始まりレグルスに継承されエリスに伝えられた古式魔術、吹き荒ぶ風が両者を包み
「『旋風圏跳』!!」
「『旋風圏跳』!!」
二人の声が重なると同時にシリウスとエリスの体が風により加速し一直線に影を重ねるようにぶつかり合う
振るわれる拳も同時に、首を傾け拳を回避するのもまた同一の動き、それでも両者引くこともなく 激突するのは額と額、息の触れ合う距離で睨み合い互いの全てを相手にぶつけ相手の全てを破壊しようと吠える
「ぶっ殺してやるわエリスゥッ!!!」
「貴方を倒します!シリウスッッ!!」
長き決戦が遂に迎える最終局面は、星々の見守る闇の中にて轟合う
………………………………………………………………
「ぐぎゃぁぁぁああ!?!?、こ…この素晴らしく偉大な僕様の肉体に傷つけるとか…ふ 不敬すぎて該当する罪がない…、オフュークス帝国の司法でさえ想定していないほどとんでもない事をしている自覚があるのか貴様らぁ!!」
「よく回る舌だことで、俺三周くらい回ってこいつが立派に思えてきましたぜ先輩!」
「くだらないことを言ってないで手を動かせ!フリードリヒ!」
皇都の外壁にてぶつかり合うのは羅睺随一の強者…皇帝トミテ、そしてそれを食い止めるように争うのはアガスティヤ帝国を担う未来の両翼 フリードリヒとアーデルトラウトだ
元々フリードリヒが一人で相手をしていたトミテだが、ここに来てタマオノが死に 魔造兵の動きが止まりそれを食い止めていたアーデルトラウトがフリーになったことにより一気に形勢逆転、さしものトミテもこの二人を相手にするのはキツイらしく既に魔導書は破壊され玉座も半壊し悔しそうに口の端から血を流す
「くそ…どう言うことだよ!、羅睺が次々やられてるじゃないか!もっと強かったろ!昔は!!」
既にトミテ以外の羅睺の殆どが討伐されている、イナミはクレアとアリナによって ホトオリはカルステンゲオルグ神将三人によって、ミツカケはグロリアーナによって…そして
「魔力覚醒『絶対終幕のグランドフィナーレ』!」
「ッく!」
剣鬼スバルの手から遂に剣が叩き落される、プルチネッラ タリアテッレ マリアニールの三人の連携から繰り出される剣撃に堪え兼ね強引に攻めたところに飛んできた『絶対終幕のグランドフィナーレ』…即ちマリアニールの魔力覚醒によって
──『絶対終幕のグランドフィナーレ』、自らの体に無数の魔術陣を任意で浮かび上がらせることにより如何なる魔術陣も即座にそして好きなだけ取り出し使用する事が出来る覚醒によって放たれた斬撃波は凡そ数百の攻撃性魔術陣と七十近い拘束魔術陣を折り重ねて作り上げられた文字通り終幕の一撃がこの戦いの終わりを書き上げる
「ッ───」
だがそれでは終わらないのがスバル・サクラ…史上最高の剣豪だ、手から溢れた剣を目に入れるなり高速でバッグステップを踏みながら的確に剣の回収に向かった
が、それを阻むのはスバルの動きを読んでいた第二の剣…プルチネッラだ
「覚醒…『アンサンブル・トラジコメディー』!」
「…!、覚醒…やはり隠してたか」
走る黒剣、プルチネッラの姿がブレ そこから生まれるのは彼と同じ形をした影…、否 彼の残像だ
アンサンブル・トラジコメディーはプルチネッラの用いる魔力覚醒、部類としては身体能力の向上に入るこれが強化するのは腕力や脚力ではない、一人の人間として可能とする行動の拡充だ
つまり一人で複数の行動を同時に行えるようになる、その体は複数に分身したった一人で群像劇さえ演じてみせるその覚醒が波のようにスバルに襲いかかり剣の回収を防ぐ
全ては、次に続く 最後の三剣目に道を残す為…、最後の最後 大トリを担うのは
「よっしゃあ!、トドメの魔力覚醒!『ペルフェット・セコンド・ピアット』ッ!」
「ッ…!!」
振るわれる光剣、世界一の剣豪タリアテッレが持ちし覚醒の名を『ペルフェット・セコンド・ピアット』、概念干渉型魔力覚醒であるこの力は彼女自身の体には一切の変化を齎さない
与えるのは剣にのみ、剣を以って頂点を名乗り 剣を振るって最強となった彼女にとって剣こそが己であると言うなによりも純粋な答え、それを受けた剣は新たな形を作り出す
圧倒的な魔力の奔流を纏った剣は巨大な光子両剣と化しタリアテッレの手の中で回る、自らの魔力を通しやすい材質で作られた剣は彼女の覚醒に合わせて最も強力な形を取る
ただそれだけ、でも…いっちゃん強い剣士がいーっちゃん強い剣を持つだけでも、強力なもんなのよ
「『光斬・ブリュノワーズ』ッ!!」
「くっ!?」
最適化された剣から放たれる最高速度の斬撃は瞬きの間に光となり、柔らかく それでいて鋭く、すれ違いざまに無防備となったスバルに無数の斬撃が飛ぶ…いや
跳んだのはスバルの手足か
「勝負アリだよな、史上最強…」
「………………」
高速の斬撃を受け、声もなく倒れるスバルの両手足は無く その全てがタリアテッレにより斬り落とされていた、一度は通じなかった魔力覚醒を 今度こそスバルの体に叩き込んだのだ
敗れたのだ、スバルが剣士を相手にして敗れた、三人がかりとはいえ昔はもっと大量の剣士を相手にしても立ち回っていたスバルが…敗北したのだ
「ぐぅっ、スバルがやられただとぉ…アイツは頑丈さと生き汚さが売りじゃなかったのか!?、毎度毎度肝心なところでばかり負けやがって!」
敗北するスバルを遠巻きに眺めるトミテは唾を吐きかける、所詮は下人…期待はしていなかったが自分と同列の羅睺としてシリウスに扱われる以上一定の働きをしてもらわねば困ると
「それ、あんたが言いますかい?」
「なにをぉ!、チッ!おい!誰かいないのか!誰か!残ってる奴は!この際イナミでもなんでもいい!、今日だけは僕様を助ける事を特別に許してやる!」
叫ぶ、トミテは叫び散らし他の羅睺を代わりに戦わせようと烈火の如く怒り狂いながら声を上げるが…
「無駄だぜ…、もうお前を助けてくれるお仲間はいねぇよ」
「残念だったね」
「ッ…!お前らは確か、アミーの」
そんなトミテの背後から現れるのは血塗れの人型、今にも倒れそうな傷を負いながらも悠然と立ち続ける二人の戦士…ベオセルクとデニーロ達だ、アミーの相手をしていた二人が こうしてここにいると言うことは
…つまりそう言うことだ
「羅睺は既に討伐を終えました、貴方以外の…ですがね」
「まぁそう言うことさね、後はあんただけだよ…ドグサレ皇帝が」
「ぐっ!、貴様らぁ〜…!」
そして更に挟むように現れる二人の女将軍、カストリア最強の軍人グロリアーナが何故か全裸で堂々と現れ、それを見てややコメントに困りつつも かつての世界最強マグダレーナもまた腕を組む
ミツカケとハツイもやられた!ホトオリもイナミもやられている!アミーもスバルも!、ウルキは既にカノープスと戦っている、魔造兵が止まったと言うことはタマオノも…あれ
「あれ、じゃあ…残ってるの、この僕様だけ?」
後この場に残っているとは僕様とナヴァグラハだけ?…そこに気がついたトミテは愕然とする、ようやく自らが窮地に立たされていると…
羅睺も魔造兵ももう無い、後この場に残っているとはトミテだけ…シリウス側の戦力は完膚なきまでに敗北を喫し…今、その残党狩りに乗り出しているのだ
「あ…あぁ…!」
ワナワナと震えるトミテは周りを見回す、こちらを見る目は全て敵意に満ちている…全て…全てだ、これは まさか…!
「か、革命…革命が起こったと言うのか、僕様を…殺す気か!お前ら!!」
「ハナっからあんたの治世じゃねぇってのに、…分からねえ奴だな」
「認めない認めない認めない認めない!!!、この世界は!今も僕様のものなんだ!いつまでも僕様のものなんだ!、もし僕様の物にならないと言うのなら…こんな世界、滅びてしまえばいい!!!」
窮地に立たされ、最早敗北しているといっても過言では無いその状況下において トミテは未だ諦めない…と言うか負けていることを理解できない、敗北とか挫折とかそういった感覚とは無縁の生き方をしてきたが故に彼の歪んだ価値観では負けを理解出来ないのだ
だからこそ、彼はまだ八千年前の戦いが己の負けてに終わったことを理解していない、まだ戦いは続いていると思っているし 戦いが続いているならオフュークス帝国だって滅びていない
オフュークス帝国がある限り、自分は世界の皇帝なのだと吼える
「恐ろしいね、人ってのは立場を与えられるとこうも狂っちまうのかい」
呆れたようにハツイを消しとばしたマグダレーナはため息を吐く、トミテが元はどんな人間であったかは知らないが、彼の狂気の根源とは即ち彼が皇帝であること その一言に尽きる
統治とは人類が生み出した最も効率的に反映する手段…謂わば叡智の結晶だ、だが絶対の統治により発生した権威は その中枢にいた一人の人間を狂わせたのだ、トミテは皇帝として生まれたが故に 狂ってしまったのだ
絶対の権威を生まれながらにして与えられ、自らの手足同然に持ち得て生きてきた人間が…どうなるかを、ここにいる人間はまざまざと見せつけられる
「この罪人どもめ!、最悪の気分だが…こうなったらこの素晴らしく偉大で最強の僕様が直々に相手をしてやる!!」
「ッ…!、マジかよ…こいつ」
「嘘ぉ…」
狂気のまま力を解放するトミテを見てベオセルクやタリアテッレと言った面々が嫌そうに顔を歪める
トミテは今まで全く本気を出していなかったのだ、将軍二人を相手にし窮地に追い込まれてなお『負け』を知らない彼は本気を出していなかったんだ
だがこの状況に遂に危機感を覚えたのか、玉座から足を下ろし 一人の羅睺として漸く戦場に立った彼が身に宿す力は
少なく見積もっても他の羅睺の四から五倍…、こいつだけ明らかに他の羅睺と格が違う
ここに来て先程倒した羅睺を遥かに上回る怪物の到来に気が重くなる、ここから更にさっきの戦い以上の物が…と
だが、そんな中笑みとともに覗く白い歯が口走る
「バカだね、自分から動いちまうなんてね、あんたが今まで無事亭られたのは…玉座に踏ん反り返ってたからなのにねぇ」
「あん?、なにブツブツ言ってたんよマグダレーナ、なんかするのか?」
ふと、マグダレーナが何か言っていることに気がついたデニーロは首をかしげる、まさか何かするつもりか?と…しかし
「しないね、する必要がない…もう勝負アリだよ」
「は?」
そうだ、勝負アリだ…自ら動き始めた時点でトミテは敗北している、それをマグダレーナは知っている
それが、トリガーであることと…自らが後を託した存在の力を
「ようやく自分から動き出したな、今ならば使える…我が極・魔力覚醒!」
トミテが動き出したのを見て同じく行動を開始するのは帝国の守護者にしてこの魔女世界を守りし最強の三人が一人…アーデルトラウトだ
「え?、何かするんすか?先輩」
「ああ、まぁ見ていろ…」
アーデルトラウト・クエレブレ、帝国三将軍の一人にして世界最強の一人とも呼ばれる彼女の帝国内での正当な評価を嘘偽りなく伝えるなら…『三将軍最弱』だ
何せアーデルトラウトはルードヴィヒやゴッドローブと違い経験も浅く頭に血が上りやすく実績も二人に比べて薄い、魔力も腕力も二人に及びないし特記魔術も攻撃力に直結しない、追い打ちに先日の魔女の弟子との戦いで 大王ラグナと互角だった…なんて話まで広がってしまったもんだから みんなからこう囁かれているのだ
『将軍の中で一番弱いのはアーデルトラウトだ』…と
しかし、それを否定するのは他でもない、ルードヴィヒとマグダレーナだ
「は!なにをしても遅い!この素晴らしく偉大な僕様の素晴らしく最強な力で!何もかも吹き飛ばす!」
「いや、遅いのはお前の方だよ…、私を前にして 一秒でも隙を見せた時点でな」
ルードヴィヒはアーデルトラウトをして『次期人類最強』と呼んだ
マグダレーナはアーデルトラウトをして『ルードヴィヒに並んで若き日の己に勝てる数少ない人類だ』と称した
それは彼女の持つ極・魔力覚醒に所以する、あまりの強力さに普段は用いることさえしない…その魔力覚醒の名を
「行くぞ…極・魔力覚醒『界停・須臾瞬息弾指』!」
彼女の持つ極・魔力覚醒は、皇帝より与えられた力『タイムストッパー』が更に変化し強化された物、一種の魔術となったそれは皇帝でさえ再現出来ない挙動を見せる
その効果はやはり時間停止、ただ…タイムストッパーと違う点があるとするなら、時間停止中に活動出来る対象の選択が可能になった点だ
つまり、簡単に言うとタイムストッパーで止まるのは『自分以外』
この極・魔力覚醒で止まるのは『敵以外の全て』だ、これを発動させれば敵以外の全てが止まる、自分も味方もその他も事象も何もかも停止してしまい 止まった時の中で動けるのは敵だけになる
そんな事をしてしまえばこちらが攻撃できないと?、確かに発動中アーデルトラウトもまた停止する、動けるのは敵だけだから敵は自由自在に動ける
だがいいのだ、この停止こそが…そもそも攻撃なのだから────………………
停止した時間の中で、どれだけの時間が経ったかは分からない、時間にしてみれば止まってはいるが数分の時間が経った頃だろうか?、止まった時の中に囚われたトミテはふと自分以外の全ての時が止まっていることに気がつく
「あ?…何だこれ」
目を動かし様子を探る、がしかしやはり自分以外の存在がピクリとも動かない、まさかカノープスの時間停止か?だとするなら何故自分が動けて……
と、そこまで気にして…彼は気がつく、己の異変に
そして、異変を感じた時にはもうすでに遅い、彼は止まった時の中で…『動いてしまった』のだから
……………………───────────
そうして時は動き出す、アーデルトラウトもフリードリヒも他の面々も動き出す、時間停止中の意識はないから それこそ瞬きにも及ばない程度の時間だったろう
時が動き出し、全員が意識を取り戻した瞬間
それは突如として巻き起こった
「ぐぎゃぁぁあああああああああ!?!?!?!?!?」
「な!?え!?はぁ!?」
フリードリヒは目を白黒させて目の前の光景を見る、何せいきなり…
そう、いきなり『トミテが苦しんで発火』したのだ、生半可な炎なら弾いてしまいそうなアイツが 火達磨になって苦しんでいる
「ぅぎぃっ!?な なんじゃこりやぁぁ!?!?ごげぇ!?か 体が!削れている!?!?」
口から夥しい量の血を吐いて炎に包まれるトミテでさえなにが起こったか分からなかった、ただ止まった時の中で動いただけで 彼の体はズタズタに引き裂かれいきなり燃え盛ったのだから
何故か?、そんなもの決まっている これがアーデルトラウトの持つ最悪の魔力覚醒『界停・須臾瞬息弾指』の力、相手以外の時を止めるという覚醒のなせる技だ
「馬鹿め、自分以外が停止した世界で動くからそうなるのだ」
「な なにがぁぁぁああああ!!?!?」
そう、トミテがこうなってしまったのは止まった時の中で動いたからだ
敵以外の全てが停止する世界…とは即ち『トミテ以外の凡ゆる存在が停止し固定された状態』を指す、それは酸素などの原子や空気中を漂う目にも見えない粒子に至るまでもが停止した世界、トミテだけがそんな世界の中で動けてしまうのだ
その世界は決してトミテには優しくない、酸素は停止しているから呼吸も出来ず 空気中の埃でさえ鋼のように固定されているから身動きしただけで体が引き裂かれる、おまけに下手に動けば 空気中の原子や粒子との間で摩擦が発生し…時が動き出した瞬間膨大な熱エネルギーも活動を開始し相手の体を焼いてしまう
タイムストッパーはそれでもアーデルトラウトが生きるのに必要な要素は停止しないが…この覚醒は違う、空気や原子 埃や内臓の内容物に至るまで停止した世界で一歩でも動いてしまえばそれらによって体が引き裂かれ即死する、そんな恐るべき世界に相手を叩き込む技こそが 彼女の覚醒なのだ
「ごげぇっ!??ぐ!!?がぁぁ!?!?」
「相変わらず恐ろしい覚醒だねぇ…私でさえ使われたら即死だよ」
マグダレーナは恐ろしいと首を振る、アーデルトラウトの覚醒の攻略法と言えるかはわからないが止まった世界の中で自分も努めて動かないようにする事である程度は被害を少なくすることができる、故にさっきまでのトミテみたいに椅子に座って動かない相手には効きが弱いが ああやって自分から動いてしまえばそれで終わり
…アーデルトラウトの覚醒の真髄は高速で飛び回る戦闘の中唐突にこの覚醒を使う事、ただそれだけで相手は即死する、そんな攻撃を喰らえばマグダレーナだって死ぬルードヴィヒだって死ぬ
故にアーデルトラウトは認められている、この恐るべき覚醒を持つが故に…彼女は次代の世界を守りし一人に選ばれたのだ
「ぎゃぁぁぁぁぁっっ!!!」
「…何でこの覚醒持っててラグナと引き分けたんすか先輩」
「他国の王にこんな技使うわけにもいかんだろうが!馬鹿者!」
「痛!痛いっすよぉアーデルトラウト先輩」
「ふんっ!」
フリードリヒは見る、アーデルトラウト先輩という人間の恐ろしさを…覚醒が怖いってんじゃない、こんな事平然とやってのけるのが怖いのだ
今はまだいいさ個人の裁量で動いているから、これがもし…ルードヴィヒ将軍が引退して次の筆頭将軍の座にアーデルトラウト先輩がついたらどうなる?
確実に言えるのは、帝国軍は今より数段は過激な組織になるだろう事だけである
「あぁ!痛い!痛い痛い痛い!どうなってんだよ!おい!話が違うぞ!僕様は今もこの世界の皇帝なんじゃないのか!おい!」
「あ?話が違うって…誰がそんな事言ってたんですかねぇ」
未だ動き続けるトミテの言葉に呆れる、何故そうもこの世界が今も自分のものだと思い込めるのか…、そうフリードリヒが焼け落ちていくトミテを見送るように見下ろす
「痛い!痛い!痛い!助けろ!おい!ウルキ!ナヴァグラハ!シリウス!テメェら全員僕様の部下だろうが!誰でもいい!イナミでもミツカケでも…、どいつもこいつも…、セバストス!セバストス!セバストス!!助けてくれ!」
「セバストス?…」
ふと、トミテが口にした名前…『セバストス』に違和感を覚えるフリードリヒは首をかしげる、セバストスなんて羅睺はいなかった筈だ ということは八千年前のトミテの関係者になるんだろうが…
(何故だ、何故俺はセバストスという名前に聞き覚えがあるんだ…、ヤベェどっかで聞いたことある筈なのに思い出せねえ、何処で聞いたんだ?)
セバストスという名前にフリードリヒは聞き覚えがあったのだ、いや多分フリードリヒだけじゃなくてアーデルトラウトもだ…だがそれが何かを思い出すこともなく トミテの断末魔は響く
「セバストス!セバストス!言ったじゃないか!未来永劫なる僕の治世を作り出すと!僕が死んだ後も僕が崇められる世を作ると!…嘘だったのかい?あれは僕から逃げる為の言い訳だったのかい?、やめてくれよセバストス…君にまで裏切られたら…僕は…僕は!ぁぁぁぁぁぁぁ!!セバストスぅ!何処にいるんだよ!僕が呼んだら絶対に来てよぉ!」
まるで炎に焼かれる事よりも 内臓を引き裂かれる事よりも、そのセバストスなる人物に裏切られる事の方が辛いとばかりに蹲り苦しみその体が朽ちていく
「セバストス…僕には君しかいないんだよ…知ってるだろ、また…聞かせてよ…冒険の話を……」
何かを求めるように伸ばされた手さえも炭となって消える、ああして見ていると 親を求めて泣く子供のようにさえ見えてきてしまうのだから不思議なものだ
──かつては悪逆の頂点とも呼ばれた史上最悪の皇帝トミテ、齢を三歳にして両親を失い皇帝の座についた少年は庇護を知らぬまま生きてきた、常に誰かを跪かせて生きてきた、それが当然だと思っていたが故に道を違えシリウスに利用されその名を最悪の暗君として名を残すことになった男
そんな男が、何もかもを手に入れている筈の男が手に入れたかったのはなんなのか、消え行く手の中に何かを見たカノープスは今…彼と同じ『皇帝』を名乗っている事に気がつく人間は今この場にはいない
「終わった…か」
「これで羅睺全員っすかね」
「ああそうだ、ナヴァグラハも既にルードヴィヒが捉えている、撃破も時間の問題だろう」
部下に自らの将軍としての外套を持って来させたアーデルトラウトの振る舞いを見てこの場での戦いが終わったことを理解した兵士達はホッと一息つく
魔造兵の軍勢も羅睺十悪星の猛攻も、全てを凌いで守り抜いたのだ 世界を…、勝利したのだ人類は
「喜ぶのは早いよあんた達!」
「ああそうだ、まだ戦い自体が終わったわけじゃねぇ」
しかし、そんな兵士達に喝を入れるのはマグダレーナとベオセルクだ、二人が見つめるのは背後の皇都…その中央に登る黒煙、シリウスと魔女の弟子達が戦う激戦地だ
まだ戦いは終わってない、あくまで露払いが終わっただけ、総大将達がまだ争っているのだ…なら兵卒が気を抜くわけにはいかないのだ
「ですが、彼女達ならば大丈夫でしょう、何せあそこには我等がメルクリウス様とエリス様達盟友がいるのですから」
「そうだねぇ、私ちゃんの弟もきっと頑張ってる…アイツは天才だから本気出しゃ楽勝よ」
「……サトゥルナリア、…今この世界の主人公は貴方ですよ」
だが皆勝利を信じて疑わない、何もかもを任せられる人間達があそこにいる、自分たちの国の英雄が…そして その国を救ってくれた一人の少女が
だから全員が信じる、ここにいる全員がエリス達の味方なのだ
「ならばここは我輩が指揮を取りましょう!」
すると戦闘の終わりを察したのか司令本部から飛び出てくるのは軍師サイラスだ、最後方で軍団全体の指揮を取っていた彼が もうその必要がないと察し この後の動きの指示を出すのだ
「取り敢えず最高戦力の皆様は急いで治癒を!それ以外の者は兵器を持ち込み皇都中央へ!、何が出来るかは分かりませんが我々も若の…ラグナ大王達の援護が出来るやもしれませぬ!」
「分かりました、ではそちらの陣頭指揮は私が手伝いましょう」
「おお、あのグロリアーナ殿に手伝っていただければ心強…え?、あれ?なんで服着てないの?なんで誰もそこにつっこまないの?、おかしいの我輩の頭だけ?」
(触れたらいけないモンだと思ってた…)
誰もがグロリアーナから目を背ける中、ただ一人生まれたままの姿のグロリアーナは一人で歩み出し
「では指揮を取ります!、総員被害の確認と負傷者の手当て!無事な者は全員武器を持ってこうと中心に!まだ戦いは終わってませんよ!」
「あの…その前に服を着ていただけませんか?」
「そんな暇はありません!!!」
「た 多分あるかと…」
戦いはまだ終わっていない、軍勢は再び動き出し最後の決戦を行うエリス達の援護を行うために動き出す、これでシリウスを倒せばこの戦いもそれでおしまいだ
「これで、終わりかい…」
「寂しそうだな、マグダレーナ」
「君らしくもないね」
「そうだね、君はもっと堂々としている方が愛らしいよ」
「タカってくるんじゃないよ…」
そんな様を遠巻きに眺めるマグダレーナは、やや寂しそうに呟それを慰めるようにカルステンやデニーロ プルチネッラも集う、かつての魔女四本剣が若々しい姿で集まり 若き者達の働きを見る、そこにまで手を貸すつもりは毛頭ない
「…人生最後の戦いにしちゃ、まぁ賑やかでよかったよ」
「そうだな、俺ぁもっと惨たらしく死ぬモンだと思ってたよ」
「それがこうして若い芽の活躍を目にして終われるんだから、いい終わり方だよ」
戦いは終わった、魔女四本剣は勝った、けれど…それでも終わりだ、クロノス・オーバーホールの制限時間はもうとっくの昔に終わっている、そこを気合と根性で維持しているのだ
きっと元に戻れば、魔術の副作用でマグダレーナ達は……、だから まだ終わるわけにはいかなかった、この戦いの行く末とその未来を見るまで終わるわけにはいかなかった
「頼むよエリス…メグ、私達に…老人どもが安心して死ねる未来を見せとくれ」
これからだ、これからなんだ世界は、そのこれからをどうか守ってくれ…それが出来るのは今の時代を代表するあの子達だけなんだから
……………………………………………………………………
「うぅぉおああああああああああ!!!」
「ぬぅぅぅぅう!!!」
飛び回りぶつかり合い血と汗を舞い散らせながら暗い奈落の中激突するエリスとシリウスの戦いは熾烈を極めていた
互いに旋風圏跳を使い、徒手空拳にて相手を叩き落とそうと殴り合う、まるで隼の殺し合いの如く何度も何度もぶつかり合その都度傷を増やしながらも食らいつく
エリスもシリウスも一歩も引けないのだ
「いい加減にくたばれエリス!、邪魔じゃあ!」
「ぐぅっ!、貴方こそ!もう諦めなさい!!」
シリウスの拳に殴りつけられ大きく怯みながらも即座に鼻血を拭いて飛びかかる
ここでシリウスを仕留められなければシリウスは逃げる、シリウスに次を与えれば今度は更に用意周到に準備して帰ってくる、そして今度それを弾き返せる保証はない
何よりここまで追い詰めたそれを全て台無しになんか出来ない、やるなら今しかない、ここで決めるしかない、故に逃すわけにはいかないとエリスは魂を賭けてシリウスに食いかかる
「ぅゔぉおおおお!!!」
「ぐぅっ!!」
流星の如く飛んできたエリスの蹴りを受けシリウスは苦しそうに喘ぐ、普段なら物ともしない筈の蹴りを受けてシリウスは苦しむのだ
いや、本来ならエリス程度瞬く間に殺せるだけの力はある筈なのに、アマルトの命がけの攻撃で体力を削られ ニビルの捨て身の献身により魔力の大部分を覚醒と共に食い壊され、今のシリウスには殆ど体力と魔力が残っていない
ここまで弱ればさしものシリウスもいつもの余裕さを保つのは難しい、それでもエリスより格上であることに変わりはない この世の殆どの人間をタイマンで殴り倒せるだけの力はある…だがそれでも、今の…『今この瞬間』のエリスだけはシリウスさえも苦戦する
(人間には誰でも人生のうち二、三回は実力以上の力を出せるタイミングがある…、奇跡的と呼ぶに相応しいまでの魂の爆発を見せる人間は…誰しもが格上を倒すだけの実力を発揮する)
シリウスは知っている、人間は皆 人生に数度だけ絶頂期を更に上回る極限状態に至る時があるのを、エリスは今その極限状態にある
あまりの集中に痛みは感じず、疲労や傷を感じずただ目の前の敵を倒すのに全力を尽くす、これを止めるのは 例え史上最強でさえ難しいのだ
「だがそれでも!そうだとしても!!」
それでもと叫びながらシリウスはエリスの足を掴みグルリと振り回し、振り回し、振り回して…
「ワシはシリウス!ワシが最強じゃ!!」
「げはぁっ!?」
岩壁に叩きつける、例え今のエリスが人生最高の状態にあれど それさえも凌駕するから最強なのだと、事実本来なら動けないほどの傷と消耗を受けながらも動けているのは 偏にシリウスがシリウスだからだ
依然として、この世の頂点はシリウスなのだ
「ぐっ、何がシリウスですか!何が最強ですか!、それならエリスはエリスです!孤独の魔女の弟子エリスです!」
「やかましい!、吹き飛ばしてくれるわ!!」
バチバチと片手に紅の電雷を走らせるシリウスはそのままエリスに拳を向ける、エリスもまたシリウスに向け魔力を高め…
「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ!」
「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ!」
再び詠唱が重なる、同じ魔術を扱える二人の魔力と詠唱が全く同じタイミングで解放される
「『火雷招』ッ!」
「『火雷招』ッ!」
激突するは炎の雷、シリウスの作り出した八つの雷の中で最も使い勝手のいいシリウスお気に入りの魔術、それはレグルスより始めて正式に伝授されたエリスにとっても大切な魔術
二人にとって思い入れのあるその魔術が虚空で激突し刹那の間の拮抗の後弾け飛ぶ火雷招、その火力は…
(互角か!、ここまでワシの力は落ちたか?いや…逆か!ここまでエリスが高めたのか!この火雷招を!!)
「ッッシリウスゥゥッッ!!!」
旅に出た時からずっと傍らにあった魔術『火雷招』、苦しい時 負けられない時 勝ちを掴み取る時ずっとエリスの手の中にあったその魔術の練度は最早シリウスの顔色を変えさせるまでに至る
いや、火雷招だけではない
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』!」
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』!」
叩き合う風と風が相殺される
「『天降剛雷一閃』ッ!」
「『天降剛雷一閃』ーっ!」
激突する雷が衝突して消える
「『眩耀灼炎火法』!」
「『眩耀灼炎火法』っ!」
炎はお互いを食い合い虚空に消える
「『水旋狂濤白浪』ッッ!!!!」
「『水旋狂濤白浪』!!」
大波と大波は衝突と共に力を失い水飛沫となってシリウスとエリスの戦場を彩る、キラキラと輝く虚空の中で シリウスはエリスの眼光を受け止め舌を打つ
互角だ、今のシリウスと今のエリスは互角なのだ、ここに至るまでの多くの要因が本来大きく離れている二人の差を奇跡的に同レベルに揃えているのだ
実力が同レベルなら…後の展開を決めるのは
「ぅぅぅぉぉおおおおおおお!!!」
「ぐぅっっ!!」
勢い、気合い、根性、流れ…本来戦闘において不確定要素とされる其れ等が今戦いの行方を握っている
そして今その全てを兼ね備えているのはエリスの方だ、シリウスの魔術の雨など物ともせずに突っ込み、風による加速を乗せた肘打ちがシリウスの頬を射抜き
「追憶!『旋風 螺旋雷響一脚』ッ!!」
「げぶほぉっ!?」
縦に数度回転しながら叩きつける踵落としを肩に受けシリウスの標高が下がる
「『疾風乱舞・颪打』ッ!!」
「ぐぅぅぅう!!!おのれぇぇえ!!!」
落ちていくシリウスに追撃をかけるようにエリスの連撃が叩き込まれる、一度 二度 三度と数えることさえ出来ない程の速度と物量で、落下するシリウスを追いかけながらその体を下へ下へと押し込んでいく
このままではまた下に落とされる!それだけはさせてたまるかとシリウスは痛みに顔を歪ませながら
「ッッざけるなぁぁぁぁあ!!!」
「ぐぅっ!?」
叫ぶ、穴の外にまで届くほどの爆音をエリスの耳元で響かせ追撃を仕掛ける手を止めると共に…
「ワシは誰にも道は譲らぬわ!!」
その隙にエリスの脇を潜り上へ飛ぶ、是が非でも逃げてやる、これ以上目的を邪魔されてたまるかと力尽くでの逃亡を強行し…
「させません!!!」
「ぅぎぃっ!??」
がしかし、それさえも防がれる、上へ逃げようとするシリウスの足を掴み全力で下に向けて加速しシリウスの上へ登ろうとする力を相殺しその場に止める
「グゥッッ!!離せ!離さぬか!」
「逃がしません!死んでも!絶対に!」
「この…!!」
両者と出力は互角、シリウスの上へ登ろうとする力もエリスの下へ降りようとする力も拮抗している、シリウスがエリスを振り落そうと暴れてもそれすら捌くエリスによって場は膠着状態に陥る
「しつこいやつじゃ!どこまでもしつこい奴!、帝国からオライオンに渡りこの場に至ってもワシを邪魔する!出来るならお前をここで殺してやりたかったわ!!」
「それはこちらのセリフです!、帝国でも逃げてオライオンでも逃げて!、その上でこの場でも逃すわけがないでしょ!!、第一自分が危なくなった瞬間尻尾巻いて逃げ出す奴が最強なんて笑わせます!強いなら戦いなさい!!」
「阿呆が!強いとは勝つ奴のことを言うのだ!負けなければ良いのだ!例え逃げ果せようと最後に勝てばな!」
「なら負け続きの貴方は最強ではないじゃないですか!!!」
「ハッ!言うではないか!、だが…!!」
「うっ!?」
エリスの体が持ち上がる、シリウスの出力が徐々に押しているのだ、確かに二人の力は拮抗しているそれでもシリウスの方が熟練であることに変わりは無い、この場で長時間力比べをしていれば 流石にそこで差が出始める
このままエリスを吹き飛ばして逃げるのも時間の問題、だが…エリスが何の考えもなしにこの場に抑えていたと思ったら大間違いだ
「ぐっ!くぅ…」
シリウスの体を片手で抑えながらもう片方の手で懐に手を伸ばし、『ソレ』を掴むと共に…
「行けっ!!」
投げた、上に向け手に握ったそれを高らかに投げた、それはシリウスの頭に向けて飛翔し…
「ぬはは!当たらぬわ!」
当たらない、例え極限の力比べの最中であれど不意打ちを受けるほど甘くは…とシリウスが勝ち誇ろうと口角を釣り上げた瞬間襲うのは
『今、何を投げた?』と言う違和感だ、この期に及んでエリスがただの投擲でワシを止めようとするか?…と思考が挟まった瞬間
答えあわせはエリスの口より告げられる
「メグさん!!」
と、それと共にエリスが投げた金色の輝きが…メグに預けられていた『セントエルモの楔』がシリウスの頭上で輝き…
「『時界門』!」
「なっ!?」
「お願いします!メグさん!!」
シリウスの頭上に生まれたのは時界門、エリスが投げたのはセントエルモの楔、そう…メグが穴を作るのに必要な条件 それをシリウスの頭上に投擲する事で時界門を生み出したのだ
しまったと迂闊さを呪うシリウスよりも早く、エリスはシリウスの足を掴む手を離す…シリウスの拘束を解き放つ、するとまるで伸びたゴムが戻り飛ぶようにシリウスの体は制御を失い一気に飛翔し頭上の時界門に放り込まれ
「ぐむぅっ!?!?」
墜落した、突っ込んだ、硬い石の天井に…いや違う、シリウスが突っ込んだのは天井ではなく地面、つまり
時界門の先は穴の底、岩盤にシリウスは勢いよく突っ込まれ 再び穴の底に戻されてしまったのだ
「よっと、ナイスです メグさん」
「いえ、エリス様ならそう動くかと思い待機しておりました」
穴を潜りメグ達が待つ穴の底に降り立ったエリスはメグと いえーい とハイタッチを決め、シリウスに目を向ける、全速力で頭から岩盤に突っ込んだシリウスは上半身を地面に埋め 畑に生えた人参のような状態になっている
次いでエリスが確認するのはその場の状況だ…
(まだアマルトさんは目を覚ましませんか)
今もデティが必死に治癒魔術を重ねがけして起こそうと尽力しているが、実質アマルトさんとそれを治癒するデティは戦闘から脱落したと見ていいだろう…
先程の戦いでエリスも負傷したが、多分もう治癒は必要ないだろう…今は不思議とどんなきずさも痛まない、何をされても倒れる気がしない、この勢いのまま シリウスを倒してしまおう
「大丈夫か?エリス」
「単独でシリウスを引き戻すとは…流石だな」
「エリスが戦ってる間にデティに治癒してもらったよ…私もまだ戦える」
「僕も行けます、…後 少しですね」
次々と集う弟子達は揃ってシリウスを見る、ナリアさんの言う通り恐らくこの長い戦いはもう直ぐ終わる、シリウスは明らかに弱体化している…魔力防御も機能していない
今ならば、行けるだろう
「はぁ〜、ったくどいつもこいつも…」
「諦めなさいシリウス、貴方はもうどこにも逃げられません」
「ああ?…」
岩盤から体を引っこ抜き立ち上がる頃には既に弟子達はシリウスを包囲している、次上空に逃げたら全員で引き戻す準備は出来ている、もう逃げられない もう暴れる力もない、なら…もう終わりだろう!
「ここで決めます…、みんな あとちょっと、エリスに付き合ってください」
「当たり前だろ、とっとと決めちまおう」
「ええ…」
ずっと、ずっと、ずーっと温存してきたエリスの真なる切り札…それを使う時が来た
「行きます!、『超極限集中』!!」
ゼナ・デュナミスと掛け合わせもう一つの魔力覚醒『超極限集中』を用いエリスは今極限を超えた状態に入り込む、記憶の力と識の力の完全開放…これがエリスの全身全霊!
この力で…
「師匠を解放します!」
「行くぜ…エリス!」
長い長いこの戦いに遂に終止符を打つ時が来たと エリス達は最後の戦闘態勢を取る
が、しかし
「…遂に使ってきたのう」
シリウスもまた笑う、この超極限集中こそがシリウスが待ち続けた正真正銘最後の勝機でもあるのだから