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310.最終決戦 大いなる厄災シリウス



魔女達は皆常に通常の魔力覚醒を行いながら日常生活を送っている、普段はその力を抑えながら生きているが…一応魔女達にも弟子達のような魔力覚醒を前面に押し出しその権能を扱い戦うこともある


魔女レグルスの魔力覚醒の名を属性特化型覚醒『エーテル・アーカーシャ』、自身を虚空に見立てることにより凡ゆる攻撃を無効化し、かつ自らに触れた属性に干渉しその属性に自らの肉体を塗り変えることが出来るという代物


凡ゆる元素を操り 凡ゆる属性に通ずるレグルスは、その覚醒を持ってして五つの元素全てを統括する力を得るのだ


魔女シリウスにも一応魔力覚醒は存在する、その名も『破神ディエス・イレ』、一切を滅ぼす事象を種類を問わず無限に生み出し続け周囲の全てを破壊し尽くす攻撃力満点の魔力覚醒だ、とはいえ齢を十代にして覚醒したシリウスは人生で殆どこの魔力覚醒を使ったことは無い


レグルスの『エーテル・アーカーシャ』、シリウスの『破神ディエス・イレ』


どちらも強力な魔力覚醒だが、それでも今の魔女達に必要されない程度の物でしかない、臨界魔力覚醒や終界魔力覚醒の前には霞んでしまう程度の物だ


…そんな中、現代においてシリウスは魔力覚醒を行った、本来行える終界魔力覚醒ではなく通常の魔力覚醒をだ、理由は単純 不完全な体では終界魔力覚醒を使えないと判断したからだ


だが、エリス達は持ち前の連携で粘り続け シリウスにとってのタイムリミットまで見事持ちこたえてみせた、もうなりふり構ってられないと


シリウスは奥の手である『破神ディエス・イレ』を発動させた…つもりだった


しかし、ここで誤算が発生する…


「なんですか、その姿は…!」


「…………」


エリスは驚愕の混じった声を上げる、シリウスの魔力が染み込み緑色に発光する地層に覆われたこの大穴内部にて行われる最終決戦にて、シリウスが使った魔力覚醒の異常さにワナワナと震えているのだ


結果的に言おう、シリウスが発動させた『破神ディエス・イレ』は発動しなかった、シリウスの器たるレグルスの『エーテル・アーカーシャ』もまた発動せず


代わりに発現したのはシリウスさえも未知の全く新しい魔力覚醒…その名も『イデアの影』だったのだ


「それは…」


エリスは思わず問いかけてしまう、エリスは多分この中で最も多くの魔力覚醒を目にしてきた人物だろう、だからこそ魔力覚醒のなんたるかを知り得ているとも言える


そんなエリスから言わせればシリウスの『イデアの影』は何かが違う、凄く強い!とか凄く特別!とかでもない


…なんだ、何かが違うんだ 根本的に、あれを魔力覚醒と呼んでもいいのか…或いはあれを前にしてエリス達が使う物を魔力覚醒と呼んでいいか分からなくなってしまう


「これはワシの魔力覚醒でもレグルスの魔力覚醒でもない、全く新たな魔力覚醒…いや、新たなと言うには些か齟齬があるか?」


パキパキと音を立てるシリウスの体は異質そのもの、肩先に伸びる腕や太ももから先の足はその全てが見たこともない正体不明の漆黒の金属に変質しており まるで異形の籠手を身につけたかのような姿を取っている


そして胸を中心に伸びる亀裂のような紅い線…、それは同じく紅い光と不気味な蒸気を噴き出し鼓動を続ける


髪質も変わり 瞳もより一層赤く染まり、…エリスのよく知る師匠が 怪物みたいな姿になってしまった


「…本来、魔力覚醒がその生涯の中で形を変えることはない、数少ない例外を除いて魔力覚醒とは一人一つだけである、その当人の生き方が一つだけであるようにな」


するとシリウスは漆黒の金属となった腕を見て、何を思ったのか語り出す


基本的に魔力覚醒は一人一つ、エリスみたいな例外的な素質を持たない限り一人一つだけ、例え多重人格であったとしても『その人間』の生き方は一つだけしかないのだから 生き方を体現する魔力覚醒が複数あることは 本来ありえないことなのだ


当然それが姿を変えることもあり得ない、それこそその人間の脳みそを摘出して別の物に変えでもしない限り変わりないだろう、魔力覚醒の根源は記憶と魂と感情に起因しているからだ


…だが今、シリウスは新たな魔力覚醒を手に入れた、あのシリウスでさえあり得ないと断言する事態が起こったのだ


「最初はこの力は不慮の物であるとワシは考えた、レグルスの肉体にワシの魂…相反する二つの存在が強制的に一つとなっているが故に魔力覚醒も破損し、半端に混ざり合い壊れた魔力覚醒がこれであると…じゃが、くくく 違うようだ、どうやら間違っていたのはワシ…或いはレグルスであったとようだな」


今のシリウスは シリウスには見えない


今のレグルス師匠は レグルス師匠には見えない


シリウスの魂でレグルス師匠の肉体を持つはずなのに、全く別の誰かにさえ見えてしまう、二人の特徴を持った新たな人間ではない…全く関係ない別の誰かにだ、顔つきも髪色も目の色も体つきだって大きくは変わっていないのに


「ワシとレグルスは本来姉妹として生まれるべき存在ではなかった、互いに併せ持った因子が何故か二つに分けられた状態で二等分され生まれ落ちたのだ、恐らくは『魂の因子』をワシが 『肉体の因子』をレグルスが持ってな、…故に今この状況下に於いて限定的ながらワシらはまた一つに戻ること出来たと言える…神が本来想定したスペックを所有してな」


「何を訳の分からないことを…」


「くくく、分からんか?この魔力覚醒こそがワシとレグルスの真の魔力覚醒なのじゃ、これを得たと言うことはワシは既にシリウス・アレーティアに非ず!レグルス・アレーティアに非ず!新たなるアレーティアとして完成されたと言うことよ!、このまま完全復活を遂げれば ワシは本来の力を大幅に上回る絶大な力を得ることができるやもしれん!、ヌハハハハハ!最早ワシにさえどうなるか想像もつかん!」


…つまり、今のシリウスは師匠の肉体を魂で完全に覆うことで同一化を果たした、その結果生まれたのはシリウスでもレグルス師匠でもない、或いは二人が姉妹としてではなく一人の人間として生まれた場合の姿にして力…と言うことになる


今のシリウスはシリウスではなく その力はシリウスが本来持って生まれるはずだった物にまで高められていることになる、今でさえこのレベルなのだ…もし今のシリウスが完全復活を果たしたら…


かつて地上に顕現した原初の魔女シリウスさえも上回る最悪の存在が世界に生まれてしまうかもしれない、そうなったらもう魔女様でも止められない…誰もシリウスを止められない、そんな完成された完全なる存在が地上に降り立つことになる


「こりゃ俄然負けられねぇな」


「負けたら原初の魔女さえも上回る存在が世に生まれるだと?、なんと理不尽な…」


皆慄く、戦慄する、シリウスが今手をかけているのは完全なる復活…それは本来の肉体を取り戻す以上の事だと気がついたから


ただ、そんな中エリスだけが違和感を覚える…


師匠は語った…『シリウスの強さは人類の限界点に位置している、奴より強くなるのは不可能だ』と、本来のシリウスの時点で人類の限界点にいるのに それより強くなる?、なら…それはつまり 完全復活したシリウスは人類ではなくなると言うことになる


…なんなんだ、シリウスって…一体


「ヌハハハハハ!では消化試合を始めよう、戦いにもならぬかもしれないがな」


シリウスが態勢を低く取り その鋭い爪を地面に突き刺し飛びかかる姿勢を見せる、来る…何が何だかよく分からないがとにかく来る!


シリウスは魔力覚醒を使っている、初見の魔力覚醒を相手にする時 最も警戒しなくてはいけないのは付随する力だ


魔力の源である魂と同化したことにより、その当人の行動には全て魔力的事象が付随する、それは詠唱を必要としない魔術のようなもの…それがなんなのかを見極める必要があるんだ


一体どんな力が…そう警戒するエリスを嘲笑うようにシリウスは瞳を輝かせると


「フッ、余興じゃ見せてやろう…、有史以来人類が手に入れてきた凡ゆるソレの中でも、最強の魔力覚醒を!」


最強の魔力覚醒…そう口にしたシリウスは一気に駆け出し


「『ゼナ・デュナミス』ッ!!」


「え…!?」


輝く シリウスの髪が星の瞬きのように、…エリスと同じ事象をシリウスが背負い…


「追憶『旋風 雷響一脚』!」


「な なんで貴方がそれを…ぐぅっ!?」


放たれる閃光の一撃は鋭い槍の如くエリスに突き刺さる、記憶を具現化し 魔術を推進力に進むエリス必殺の飛び蹴り 『旋風 雷響一脚』を逆にシリウスが放ってきたのだ


シリウスならば魔術の応用で似たようなことも出来よう、だがエリスには分かる…これは間違いなくエリスの魔術そのものだ


「ヌハハハ!、見かけよりも燃費の悪い技じゃのう!」


「がはぁっ!?」


しかし、その威力はエリスの比ではない、参照する記憶がエリスのではなくシリウスの物に置き換わっただけでも威力は変わる、シリウスはエリスほどの記憶力を持たないが それでも思い出せる範囲の魔術を記憶から取り出すだけで、エリスの一撃のおよそ数百倍にまで膨れ上がる


防御する暇もなく蹴りを受け地面にめり込む体、固い岩盤はシリウスの一撃により割れて砕けエリスの全てを破壊する


「エリス!?」


「こいつ!、今エリスの魔力覚醒を…!?」


「エリスのだけではないぞ?『拳神一如之極意』ッ!」


「は!?」


刹那、すぐさまエリスの救出に向かったラグナがクルリと宙を舞う、ラグナ自身の流れそのものを支配され、投げ飛ばされたのだ


それも、ラグナの魔力覚醒『拳神一如之極意』の流れを操る力でだ


「こ こいつ!?」


「ふむ、こちらは凄まじい魔力覚醒じゃのう、第二段階にありながら極・魔力覚醒に一歩足を踏み入れておる、じゃが…」


流れを操られ、川に流される枯葉の如く無防備に宙を舞うラグナの体に向け、拳を握り


「合わせ術法『天狼冥合・一痕』ッ !!」


「げはぁっっ!?」


流れるように、それは流水が岩さえ砕き鉄さえ穿つように、拳を乗せて神速の一撃として叩き込む、威力 練度共にラグナの扱うそれを遥かに上回る一拳が彼を打ち据え 一瞬にして遠く離れた岩壁にまで飛ばし、土煙を上げる


「なんで…エリスやラグナの魔力覚醒を…」


「ヌハハ、当然併用も出来るぞ?『拳神一如之極意』『虚構神言・闘神顕現』」


すると今度はシリウスの体から霧が溢れる、ネレイドさんが扱う世界さえ騙し現実とする霧が…、それはぐるりぐるりと流れに乗るように渦を作り出し乱気流となって目の前のネレイドさんを襲い…


「合わせ術法『天狼薄明の雷紋』ッ!!」


「くっ!うう…痛い…」


霧は形を作り 刃の雨となると共に乱気流にのり、ネレイドさんの体を傷つける、ネレイドさんだって出来ない ラグナだって出来ない、二つの魔力覚醒の並列使用…他人の魔力覚醒を他人以上に扱い組み合わせ戦うシリウスの圧倒的な強さを前に、何もすることができず三人は倒れる


「おいおい、まさかテメェの魔力覚醒って…相手の魔力覚醒を真似する、とか言わないよな」


冷や汗を流しながらも冷静に剣を構えるアマルトさんは語る、シリウスの魔力覚醒は他人の魔力覚醒の模倣だと、出来ればそうであって欲しくはない だって、もしそれが罷り通るならエリス達の切り札たる魔力覚醒はなんの優位性も失うことを意味しており…


「少し違うのう、ワシの魔力覚醒がそんなチンケなものの訳がなかろう、これは座興と言ったはずじゃ」


「は…はぁ?」


「あんまりベラベラ教えるのは好きではないが、これは教えてやる方が面白そうじゃ…ええか?」


するとシリウスが金属となった両手を広げる、ただそれだけで彼女の周囲に闇が広がり、ありえないほど巨大な影を作り出すのだ


「ワシの覚醒『イデアの影』の実態は魔力覚醒の影を操るのだ」


「影?」


「まぁ影は比喩じゃのう、『ソレ』が実在することにより世界に刻み込まれた記録でとでも言おうか、…ワシはそれを引き出し己の武器と出来る、つまりじゃ ワシは使えるんじゃよ、…有史以来存在した全ての覚醒 今この時代に存在する全ての覚醒 そしていつか生まれる可能性を持った全ての覚醒、過去現在未来全ての魔力覚醒を同時に扱える…と言えば伝わるか?」


影そのものは形を持たず それそのものに意味はない、問題は影はどんなものにも付随しどんな形にもなり 無限に存在し続けるという事、シリウスは人類史の中で栄光を作り出してきた全ての魔力覚醒を遍く使うことが出来る…同時に、全てだ


「それはちょっと反則じゃね?、やめしないかな?魔力覚醒」


「ヌハハハハハ、断る…ワシも余裕がないと言ったはずじゃし、そこまで追い込んだのはお前達じゃろう?ほれ、耐え抜いてみせろよ…あとちょっとなんじゃからなぁ」


これこそがシリウス、これこそが大いなる厄災、八人の魔女を苦しめ続け今なお世界の害悪として君臨し続ける史上最強の不条理にして史上最悪の理不尽


エリス達だって分かってたはずだ、シリウスが…エリス達の予想を遥かに上回って来ることを


「癒せ!!我が手の中の小さな楽園を 、癒せ…我が眼下の王国を、治し 結び 直し 紡ぎ 冷たき傷害を 悪しき苦しみを、全てを遠ざけ永遠の安寧を施そう『命療平癒之極光』!!」


「む?」


「みんな立って!立ち上がって!」


錫杖を片手に声を響かせるデティは言う、立てと…立ってくれと、祈るように


「苦しくても!痛くても!お願い!、立って!ここで堪えて!…でないと全部壊される!、シリウスに!みんなが組み上げたもの全部!」


「デティ…」


「私に出来ることならなんでもする!、だから!!!」


鼓舞するように杖を振り回し皆の傷を癒すデティはどうやら察知したようだ、みんなの心が折れかけているのを…だからこそ、鼓舞する


自分だって絶望的な状況なのを分かっているしシリウスが強いのも分かってる、けれど みんなの後ろに隠れる者として、最後まで倒れない 最後まで諦めない その責任があることも彼女は分かっているのだ


「最後まで諦めなければ勝てるとでも?」


「シリウス…、確かにあなたは強いですけど…」


傷は癒え 体力は回復し 魔力が戻った体で立ち上がる、それでも今だに痛みの残る体を引きずって立ち上がる、デティがあんなにも覚悟を決めて叫んでるんだから…負けられないよ、倒れられないよ


「でも、強いだけです…」


「十分であろうよ、…弱いよりはな」


「フッ…エリスは、弱くありませんよ…」


強がりでも口にする、弱いと口にすれば本当に弱くなる、心だけでも強くあらねばならないから


「そうかそうか、ならば良い…止めてみよ、ワシの歩みを」


「上等です!、地獄におっ返してやりますよ!」


最後の最後に立ち塞がるは最強の関門、凡ゆる魔力覚醒を操り エリス達を根本から上回る最悪の敵を前に 立つ


「ああ、…行くぜ エリス」


「まだまだ…」


「ラグナ ネレイドさん…」


「守る為に立っているのだ、引く理由がないな」


「ええ、行きましょうエリス様」


「…コーチを救う為にも、勝たなきゃですね」


「みんな…はい!」


大丈夫だ、みんなとなら…きっと


「さぁ、もう一回行きますよ!…もう少しのはずなんですから!」


シリウスが奥の手を使い もう奴に手がないと言うのなら、天運が巡るのももうすぐの筈だ、それまでなんとしてでも持ちこたえるのだ…そう覚悟を決めて全員で再びシリウスに向かい合う


これぞ最後のぶつかり合いだと…


皆が覚悟を決める


そんなみんなの、友の背中を見て


一人…思う者がいる


「デティフローア…」


アマルトは噛みしめるように小さく呟く、己の手を見て小さく囁く、未だ魔力覚醒出来ていない無力な己を見て…彼は


「………………」


何を想うか


………………………………………………………………


「ヌハハハハハ!、『アヴェンジャーボアネルゲ』ーーッッ!!」


「あれはシンの…ッ!『水旋狂濤白浪』!!」


「『錬成・大錬土断崖』」!」


開かれた最後の戦いの幕、魔力覚醒『イデアの影』を用いたシリウスの猛威は大穴の中で荒れ狂う、凡ゆる魔力覚醒を同時にそして一瞬の隙もなく切り替えられるシリウスの攻撃は今まで見せていたなによりも苛烈に吹き荒ぶ


全身を雷に変換したシリウスの雷撃が拡散し地面へと降り注ぐ、一撃一撃が巨木よりも太く着弾すると共に大地を吹き飛ばす雷電が穴の中を敷き詰めるように放たれる


それを防ぐ為エリスとメルクは共に魔術で壁を作るが


「その程度で防いだつもりか!『風雲霹靂雷王』『ライトニングジェネレーター』!」


ただでさえ強力な雷電覚醒たる『アヴェンジャーボアネルゲ』に追加で二つ、エリスさえも聞いたことのない雷電系の覚醒が追加される、通常ではありえない三つの覚醒による爆発力がどれほどのものかを体験したことのある人間は少なくともこの世界にはいない


「ぁがぁっ!?」


「ぐぉっっ!?」


放たれた白と黄金と緑色の電流はエリスとメルクリウスの小賢しい防御など紙のように引き裂き大地ごと吹き飛ばす


「『時界門』っ!」


「シリウスッッ!!」


「むぅっ!」


刹那 電流を放つシリウスの両側面に現れる穴から飛び出してくるのは、双方ともに魔力覚醒を行ったラグナとネレイドだ、エリス達が稼いだ一瞬を無駄にせぬよう 二人とも構えるのは最大奥義の構え、しかし


「『雲煙過眼之唐衣』」


「なっ!?」


「えっ!?」


攻撃を仕掛けとしたその瞬間 シリウスの体が掴み所のない雲へと変わり二人の攻撃をサラリと避け交わす、と共に雲が腕の形をとり


「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を!『旋風圏跳』!」


「あ!ちょっ!」


「ヌハハハハハーー!!、楽しいのう楽しいのう!」


実体がないはずの雲の体がラグナとネレイドさんを掴み、そのまま繰り出される風による加速が竜巻となって二人を振り回し投げ飛ばす、エリスの出せる最高速度を優に上回る速度で投げ出されれば 如何に二人とはいえ受け身も取れず地面に叩きつけられ…


「ヌハハハハハ!『小人乱痴気』!」


即座に雲から元の体に戻ったかと思えば今度はシリウスの体がパスタマシンを通したパスタのように分裂し、小さな小さな小人のシリウスが合計五十体ほど現れ…


「やれー!かかれー!」


「おおー!!」


「くっ!、メグセレクションNo.70『地上制圧型魔装 雨襖』!」


襲い来る小型シリウスの軍勢を相手する為メグさんが用意するのは巨大なガトリングガン、それを背負い小さなシリウスの群れめがけ一切の躊躇もなく連射するが


「ヌハッー!」


「当たらぬわー!」


小さくなってもシリウスはシリウス、その力に一切の減退は無く迫り来る弾幕をひょいひょいと余裕そうに避けるとそのまま燻されたトウモロコシのように全員で跳躍し


「やれやれー!」


「ちょっ!?痛い痛い!」


メグさんに群がりポカポカと頭やら体を叩き回す、メイドと小人が戯れる陽気な光景にも見えるが…あれでもシリウスだ、シリウスが群がり攻撃を仕掛けてくるのだ、その攻撃力は絶望を極める


「ヌハハっ!、『大々爆弾人間』ーー!」


そのまま群がったシリウス達が光り輝いたかと思えば、そのまま魔力を滾らせ破裂した…いや破裂ではないな、あれはもう魔力爆弾だ、体内に閉じ込めた魔力を一気に解放して自分の体ごと自爆する覚醒だ


それが群がったシリウス達により行われるのだ、本来のものがどれほどの威力かは分からないが、小さくなったとは言えシリウスほどの人間が使えばそれは魔術さえも上回る代物になる


メグさんを中心に起こった爆発はキノコ型の雲を作り、周りの全てを吹き飛ばしていき……


「─────かはっ…」


爆発が収まった中心で、口から黒煙を吹いてボンバーヘアーになったメグさんが黒焦げになって地面を転がる…


「ヤベェ、メグがやられんのはやべぇ!、ラグナ!エリス!デティ!」


「はーい!」


アマルトは固唾を呑む、デティと並んで回避と防衛の生命線たるメグがやられるのはヤバイとエリスとラグナと共にメグの救出に向かい、その間にデティに治癒に向かわせる…


状況はかなりまずい方向に転がっていると言えるだろうとアマルトは静かに冷や汗を流す


「『疾風乱舞・飛翔』!」


「『賽斬・マセドワーヌ』!」


「ヌハハハハハ!!、『蜘蛛足八拳殺法』!」


エリス ラグナ アマルト、この三人で襲いかかり連撃を叩き込んだとしてもシリウスは揺るがない、魔力覚醒で手を八本に増やし怒涛の打撃を持ってしてむしろ逆に制圧してしまう


手数が違いすぎる、ただでさえ強力な魔力覚醒を事実上無限に使える上にシリウスの技量は超常的なレベルにある、本物よりも強力にそれらを扱うことが出来るシリウスにとって イデアの影はまさしく最高の武器となる


こんなのを相手に傷をつけられるビジョンが全然見えねぇ…


「メグさん、大丈夫?…はぁはぁ」


「う…死ぬかと思いました…」


「大丈夫、すぐ治すから」


そしてもう一つ頭を悩ませる事柄があるとするならそれはデティだ、確実に疲弊してきている、最初からずっと治癒魔術を連発させまくっているせいで声は既に枯れつつあるし、何よりアイツ自身の消耗がえげつない


その消耗さえも治癒でなんとかして誤魔化しているが、いつ何処でデティに限界が訪れか分からないのが現状…しかし


「『熱拳一発』!」


「ぬぅううあああ!!小賢しいわ!!」


ラグナの一撃を三本の腕で軽々止めるなり、残った五本の腕をグリグリと振り回し全方位に凄まじい勢いの衝撃波を放ち 俺もエリスもラグナも叩きつけられるように地面へと押さえつけられる


「ぐっ!、くそ…」


「あ!、向こうも…!、治癒が追いつかない…!」


倒れ伏す三人を見てメグの治療を終えたデティは呟く、治癒が追いつかないと…


今この状況において自分の治癒が生命線であることは理解している、だが悔やむ…自分の力不足を、戦闘面で役に立てないのはいい、だが治癒で不足を作ってしまうのは完全に実力不足だ


もっと広範囲かつ絶対的な治癒を継続して使えるようになっていればと悔やむより他ないのだ


「ヌハハハハハー!、『龍王転生』ッ !!」


地面に倒れ伏すエリス達を前久笑うシリウスは体を大きく広げる、メキメキと軋む骨格と押し広がる肉体、皮膚は鱗に覆われ 口から牙が覗き 背中には翼がはためく…龍だ


「ヌゥワハハハハハ!このまま踏み潰してくれようかぁ?」


「嘘だろ…」


変ずるは超巨大なドラゴン、世の中にはこんな魔力覚醒を使う奴もいるのかよと驚くと同時に流石にまずいとラグナは体を起こそうとするが、ダメだ…今の一撃で足腰に来ている、ラグナでさえ動けないのならエリスもアマルトも動けないだろう


「くそっ…!」


「ヌゥワハハハハハハハハハ!!!」


振り上げられる塔のような足がラグナ達をその影で覆う、流石にあれで踏み潰されたら死…


「させないッッ!!」


「むぉ?なんじゃあ?」


しかしそれを阻止するように咄嗟に割って入るのは巨人だ、目の前のドラゴンと同じレベルの巨体で突っ込みタックルをかましラグナ達の上から足を退けさせる純白の巨人…いや霧の巨人だ


「みんなを守るために…、私はここにいるんだ!!」


「貴様ネレイドか…!」


魔力覚醒による霧の完全開放、全力で噴きださせる霧を一つの人体としてから見立て操ることで作り出した霧の巨人は確かな質量を持ってシリウスドラゴンに組みかかり押さえ込む


霧の巨人の胸部に入り込み、みるみるうちに減っていく魔力を構うことなく消費し続けてとにかく時間を稼ぐ、こうでもしないとシリウスを止められないと判断したからだ


「ヌハハハ、小賢しいわァッ!!」


刹那ガパリと開いたシリウスの口から放たれるのは烈火の柱、龍の灼熱の吐息は瞬く間に巨人となったネレイドを覆い尽くし、その勢いで押し返していく


「ぐっ!、ぅ…ぅおおおおおおおおお!!!!」


しかし、怯まない ネレイドは怯まない、図体ばかりデカい木偶の坊たる自分には体を張るしか役に立つ場面などない、ならばこそ ここで踏ん張らないで一体いつ踏ん張るというのだ


気合いを入れて、根性を奮い立たせ、神将としての意地で燃えていく腕で炎を引き裂き…


「ぐむうっ!?」


押さえて塞ぐ シリウスの口を、下から押さえ込み口を閉じさせると同時に手をシリウスの腹に回し、そのまま体をシリウスの後ろへ…


体は大きくなっても、何千何万と繰り返した技の冴えは変わらない、如何なる痛みの中でも 体が勝手に動くまで高められた技量はシリウスに反応さえ許さず


「ぐぅっ!?し しまっ…」


「『ビッグバン・デウス・スープレックス・ホールド』ォッッ!!!」


気炎の叫びと共に超巨大な龍の体を持ち上げる、剥がすような軌道でシリウスの体は宙に浮かび上がり、急転直下の如くシリウスの巨大な龍頭は地面へと叩きつけられ岩盤のマットは真っ二つにへし折れる


「がぼぼぉ!?、いってぇ〜のぉ〜!」


「ぐっ!」


刹那 地面に叩きつけられ怒り狂った龍の尻尾が一撃で霧の巨人が真っ二つに引き裂かれ霧散する、ネレイドの必殺の一撃を叩き込んだにも関わらずビクともしない上に効いている素ぶりさえ見せないシリウスにネレイドの顔色は悪くなる


魔力覚醒はただ魔力事象を操れるようになるだけの形態ではない、攻撃力も耐久力も全てが向上するからこそ切り札足り得るのだ


「う…私の…霧の巨人が…」


無理をしすぎた、あの大きさの霧全てを制御するにはまだネレイドの練度が足りていない、無意味に魔力を消費しすぎて抜け殻となったネレイドは消えていく霧の巨人の中から吐き出され宙を舞い…


「お返しじゃ…!」


「う…シリウス…」


いつの間にやら龍の体から人間体へと戻ったシリウスが宙を駆け抜けながら落ちるネレイドを捉え…


「炎熱覚醒 百二十連解放!、『摂氏一千百万大火球』ッ!!」


世に存在した・存在している・存在する筈である炎熱型の覚醒を同時に百二十程解放しての一撃、太陽の中心温度にも迫るであろう最悪の熱火球は放たれただけで周囲の全てを焼き焦がしながらネレイドに向かい


「『時界門』!、頼みましたよ!」


しかし、その火球がネレイドに届くよりも前に それは時空の門を潜って宙へと飛び出る、ネレイドを守るため 自らの身を捧げるように手を広げ…


「『反魔鏡面陣』っ!」


「ぬおっ!?」


描かれしは反魔の陣、書き手は復活したメグの手で空中まで飛んできたサトゥルナリア、その手に握られた光の絵筆によりシリウスの放った大火球はその温度も何もかもを翻しシリウスに向かい…


「侮るでないわっ!『暴零蹴斗』ッ!」


自らが生み出した熱火球を一切ものともせず寧ろ突っ込むと同時に蹴り砕き、そのまま加速し脚力強化の覚醒と共にサトゥルナリアの体を蹴り飛ばす


「ぅぐぅっ!?」


「ナリア…っ!」


蹴り飛ばされ吹き飛ぶナリアを受け止めるネレイドさえもそのまま押し飛ばすその勢いは、二人を岩壁に叩きつけることでようやく止まる


ただでさえ身体能力の高くないナリアと精根尽き果てたネレイドではとても耐えられる一撃ではない、今の蹴りはただそれだけで大魔術と同格の威力を持つ魔力覚醒による蹴りなのだ、崩れる瓦礫と共に落ちる二人はそのまま地面に…


「『火雷招』ッッ!!」


追い討ちが二人の体を吹き飛ばす、おまけとばかりにシリウスの手より飛ばされた炎雷は一瞬にして二人の体に着弾し大爆裂と共に轟音と共に穴の中に閃光を齎す…


「ネレイドさん!ナリアさん!」


「くそっ、悪いデティ!次はあっちだ!」


「私が送ります、行けますか?」


「全然!二人ともー!生きてるー!」


黒焦げとなり地面へと落ちるナリアとそれを守るように今だに抱きしめ続けるネレイドの二人に意識があるようには見えない、息はあるが…とすぐさま治癒に向かうデティと今しがた治癒を終えたラグナ達が立ち上がる


ジリ貧だ、完全にジリ貧…消耗戦にもなってない


「ヌハハハハハ!!次は何をする?どうしてくれる?、…このなんでも出来る感覚!昔を思い出すわいのう!」


「はぁ…くそ、『猛虎総撃』!」


「『疾風乱舞・怒涛』!」


エリスとラグナの猛攻を受けても怯みもしないシリウス、こっちは消耗してるのにシリウスはさっきからダメージを受ける様子もない


魔力覚醒で差が開きすぎた、今まで辛うじて与えられていたダメージがイデアの影の解放によりもうそういう次元ではなくなってしまったんだ、今のシリウスは魔力覚醒使ってはいるが 恐らく第三段階を遥かに超える段階にいる


今のエリス達ではシリウスを止めるどころの話ではない


「『赤王怒撃練鎧』ッ!!」


「ぐっ!!」


「か 硬っ!?」


赤熱する黒鎧の如き筋肉を隆起させラグナとエリスの攻撃を受け止めると同時に、飛ぶ…飛び交う


カチ上げの拳、振り下ろしの拳骨、突き出すような正拳突き、拳で再現出来得る連撃を波のように放ち二人の体を叩きのめし、倒れそうになれば無理矢理引き起こし更に拳を叩き込む


「これが力の差じゃ、今の今までようも好き勝手やってくれたのう」


「ぐっ!ぁがぁっ!?」


「何度も立ち上がると言うのなら、もう二度と立ち上がりたくないと 自ら呼吸を止めるほどに痛めつけるまでよ!」


「がはっ!?、ぐっ、…え エリス」


体を掴みあげられる殴られる 蹴られる、意識が飛びそうになっても直ぐにシリウスの拳により叩き起こされる、胸ぐらを掴みあげられ地面に叩きつけられ…


魔術も何も使わない、ただただ肉体を強化する魔力覚醒を用いての純粋な暴力になすすべなく痛めつけられる、心をへし折るように徹底的に


「終わりじゃ、『星神王之鉄拳』!」


ラグナとエリスを纏めて空中に投げ飛ばすと同時に、天から飛来する隕石の如き巨大な拳により二人とも叩き潰され、同時に眩い閃光と共に爆散し二人を煙の中へと消していく


「う…ぁ…」


「が……」


「…あの二人がまるで歯が立たないとは…」


メグは戦慄する、助けに入りに行くよりも前に勝負が決した、ラグナとエリスは既に骨の髄まで叩きのめされ 地面に倒れている、あの二人が…弟子の中でも随一の力を持つ二人が、シリウスを相手に傷一つ付けることなく地面に倒れているという現実を見て 思わず放心してしまうメグを責めることが出来る人間はいない


メルクもアマルトも動けずにいた、何をどうしたらいいかわからないのだ、何をしたら今のシリウスが止まるか それを思考して思考して、工夫して工夫して、行動して行動して、そして今に至って 何もかもを出し尽くしてしまっていたからだ


もう何も方法が思いつかない、ヤケクソの攻勢なんか最初に叩き潰された…、どうする そんな感情が思考を止めさせる


「…みんな、まだ動ける…!?」


「デティ!?」


だが諦めないのが一人いる限り戦いは終わらない、デティは未だ諦めるつもりはない、先程から四方八方を走り回り耐えることのない戦闘不能者の治癒をして周り、その消耗から既に青い顔しているデティが言うのだ まだ動けるかと


「動けたら私をあそこまで送って、エリスちゃんとラグナを治癒するから」


「でも…、いえ 分かりました」


「時間は稼ぐ、だから頼むぞ」


「…私も、いける…」


「僕も、なんでもやりますから」


諦めない 諦められないから戦う、世界を救う為にも 絶対に諦められないと感情の炎を燃やすデティフローアに当てられ 再び動き出すメルクとメグ…そして、ネレイドとナリアも先程あれほどまでにやられたと言うのにまだ立ち上がる


「では、行きますよ!『時界門』!」


その言葉を合図に、時空の門を潜ってシリウスの目の前に…気絶するエリスとラグナを助ける為、デティ メグ メルク ナリア ネレイドの五人が飛びかかる


「行くぞ、疑似解放!『マグナ・カドゥケウス』!!」


「メグセレクション No.95 『大規模破壊魔装 ボルガニックバスーカ(使い切り式)』!」


「『デウス・エウポンペ・クローズライン』!」


「『煌炎陣・軻遇突智』!」


メルクが創り出す無数の銃砲による弾幕、メグの巨大な砲塔による爆炎、ネレイドの巨大な一撃とナリアの煌めく炎が一斉にシリウスに飛びかかり…


「無駄じゃ…『八怪・倶利伽羅神楽』!」


最早動きすらしない、腕を組んだままの姿勢で解放する魔力覚醒は一瞬で四人の攻撃を搔き消すと共に不可視の何かが旋風の如く吹き荒れ全員の体を叩き砕く、何をしたか 何をされたかも分からないまま一瞬で返り討ちに合う弟子たちの血が虚空を舞う


メルクリウスの銃はへし折れ、メグの魔装は破壊され、ネレイドの噛み締めた悲鳴がくぐもり、ナリアの陣形が割れる


一瞬だ、ただの一瞬だ…今までの仰々しい攻撃の数々はシリウスの言う通り遊びに過ぎなかったのだ、シリウスがその気になれば 他のものより一段強力な覚醒を用いて瞬きの間に殲滅することなど訳ないと言う事実が残酷にも叩きつけられる


「癒せ…我が手の中の小さな楽園を 、癒せ…我が眼下の王国を、治し 結び 直し 紡ぎ 冷たき傷害を 悪しき苦しみを、全てを遠ざけ永遠の安寧を施そう『命療平癒之極光』!」


しかしその傷さえ打ち消すのはデティフローアの治癒魔術、輝く光でメルク達が傷ついた瞬間癒し 気絶したラグナやエリスの意識さえ戻す、これで 魔女の弟子達がシリウスを囲む包囲網が出来上がった


「くそっ!、エリスを守れねぇなんて情けない!」


「デティ!ありがとうございます!」


「大丈夫!このまま押さえ込んで!シリウスはまだ強力な覚醒を隠し持ってるから!気をつけて!」



「ふんっ、いい加減飽きてきたのう」


即座に起き上がりまたもシリウスに向かってくる弟子達、倒しても倒しても起き上がってくる様を見て シリウスは面倒そうに鋼の指でこめかみを掻くと


「では望み通り、ワシの持つ中で最大火力の魔力覚醒を見せてやろうか」


「ッ…!」


シリウスの言う 最も強力な魔力覚醒という言葉に思わずエリス達は身構えてしまう、今までのそれだってたまらなく強力だったのに、それさえ上回るものがあるのかと


いやいやあるとも、なんせ今のは雑多な覚醒者の覚醒をシリウスが上手いこと使ってただけ、強力なものはまだまだある


「さて何を使って殺してやろうか、レグルスの『エーテル・アーカーシャ』やカノープスの『刻神王権』もええのう、アルクトゥルスの『赤王怒撃練鎧』…はさっき使ったのう」


指折り数えて見せるのは魔女達の魔力覚醒、雑多な存在が使う覚醒よりもなお強力な覚醒の数々、当然ながら魔女達にもある…魔力覚醒という段階が、普段はその存在を薄くし常時展開しているが…その力は確かに存在するのだ


「ウルキのもええしナヴァグラハのもええのう、この際ゲネトリクスでもええしザウラクは……嫌じゃのう」


使える…使えてしまうんだ、シリウスは 魔女の覚醒も羅睺の覚醒も古の強者達の覚醒も全部…それも同時に


こんなの…、エリス達の手に負えるのか?そんな絶望的な状況の中 唯一明るく手を打つのは、シリウスだ


「おおそうじゃ!いっちゃん強い覚醒と言ったらあれしかないのう!、…んじゃせっかくじゃし見せてやるか、ワシの…原初の魔女の魔力覚醒を!」


刹那迸る剛雷、シリウスの言葉に呼応し全てが荒れ狂う…、天からは雷が降り注ぎ虚空は突風で吹き荒れ 地面は地震によりひび割れ、凡そ世界で起こり得る自然災害の殆どが暴れ狂うようにシリウスを中心に迸る


当然ながらイデアの影と言う名の魔力覚醒お得パックには入っている、魔女や羅睺だけでなく シリウスの本来の魔力覚醒も…、史上最強のシリウスが使う 至上最高火力とまで言われた魔力覚醒…


「『破神ディエス・イレ』ッ!!!」


シリウスはその生涯で魔力覚醒を使ったことは一度としてない、最初から終界魔力覚醒の域に居た彼女が態々格下の魔力覚醒を使う意味は半ばなかったからだ


故に彼女自身もこの魔力覚醒は初めて見ることになる、が 内容は当然ながら知っている…その内容を物凄く簡単に言うと『大いなる厄災』だ


「ッッ!?!?な なんですかこれ!?」


突如として世界が雄叫びをあげたかのようにシリウスを中心に何もかもが牙を剥く、天から降り注ぐ電撃は隙間なく周囲を打ち据え 吹き荒れていた颶風は台風となって全てを吹き飛ばし、地震は轟き津波は荒れ狂い豪雨は槍となり噴火は地面を割き…


古式魔術さえも上回る純粋な自然災害が自然の法則を無視して解き放たれる、これこそがシリウスの魔力覚醒『破神ディエス・イレ』の力


つまり、この世に存在する全ての災害を司る力である、レグルスが臨界魔力覚醒を行ってようやく行使できる世界の武器化を魔力覚醒の時点でやってのけてしまうのだ


史上最も神に近づいたと称された理由こそが…これだ


「ヌハハハハハ!!、死ね!滅べ!潰えよ!何もかも!ヌハハハハハハハハ!!!」


暴れ狂う災害の只中でシリウスは高らかに笑う、目の前に広がるのはこの世界が生まれて間もない頃の如く混沌とした光景、生物が住まうことが出来なかった原初の景色、雷も雨も地震も噴火も何もかもがこの一点に凝縮されエリス達に襲いかかる


「──────ッッ」


あまりの轟音にエリス達の悲鳴は聞こえない、成す術もなく蹂躙され防御さえも出来ず打ち崩される、吹き飛ばされ 叩きのめされ、シリウスに近づくことも離れることも出来ずただただ嬲られる


これが差だ、今のエリス達とシリウスの本当の差だ、シリウスが最初からその気であったならあの花畑の時点で何の躊躇もなくこれが飛んできていたのだ


もっと言えば帝国の時点でこれを扱うことが出来ていた、それでも今この時までシリウスがこの手を隠していたが故に…世界は勘違いしてしまった


『シリウスは弱体化している、今なら勝機がある』…と


「馬鹿どもが!、ワシはワシであるからこそ最強なのじゃ!」


やがてシリウスの魔力覚醒は再び彼女の中に戻っていき、世界は静寂を取り戻す、その中エリス達は……


「…………ぁぁ……」


最早立っている者は一人もいなかった、エリス達は勿論今まで皆を立たせてきたデティも倒れた、全員が全員虫の息で倒れ伏している…


「ほう、まだ息があるか…じゃが、もう立てまい」


全滅だ、エリス達は今この瞬間 全員が倒れ敗北した、もう治癒魔術での回復はない…起こしてくれる人間もない、完全なる敗北 徹底的な敗北 小細工もなく言い訳の余地もない単純な実力差での押し負けという最悪の形での敗北


エリス達の敗北は決定した


そしてこれにて、世界の崩壊は事実上決定したと言ってもいい


「ヌハハハ、…では遠慮なく我が肉体を確保させてもらうとしよう」


エリス達はまだ生きている、だがもう邪魔はできない…本当なら魔力覚醒をした時点で取りに行けたがここは確実性を持たせるため徹底的にエリス達を粉砕してから進むことにしていたのだ


まだ息はあるが、デティフローアが倒れ全員が気絶した今…これ以上何かをしてやる必要性はない、悠々自適と目的を達成させられる


「ヌハハ、今こうして完全なる魔力覚醒を手に入れた今…、本来の力まで取り戻したらワシはどうなってしまうのだろう、このワシでさえ分からぬ…未知じゃ、全くの未知…ワクワクするのう」


のしのしと金属の足を動かし、エリスを踏み越え ラグナを通り過ぎる


「やはりレグルスの肉体を乗っ取ったのは正解じゃった、ワシの仮説は正しかったのう…、今ならもう魔女達でさえワシを止められん、いや元々の姿でもそれは変わらなかったな、ヌハハ」


金属の手で腹を叩きながら、ネレイドとナリアを踏み越える


「長かった、今日まで長かった…今日くらいは勝ち誇って昔に想いを馳せてもええよなあ?、うーん…感慨深いのう」


目を伏せながら祠へと向かい、デティとメルクリウスとメグを踏み越える


もう魔女の弟子全員を踏み越えた、もうワシを止める者はおらん、あとはこの祠に封印されている我が足を……



我が足を……


我が……



……ん?


「一人足りない」


ふと気がつく、踏み越えた弟子の数が七人であることを、…魔女の弟子は全部で八人、あと一人いない


どこだ?どこに行った?、誰だ?誰がいない?いやもういい、もう祠は目の前で…


「ってワシの足が無い!?」


祠に目を向けたら、いつの間にか封印が解かれ足が持ち出されていた…、どこに行ったか?探すまでも無い、我が足を抱えて一人遠く離れた地点にいるのは


「貴様、アマルトじゃったか?」


「…………」


小賢しくも先程の弟子達の突撃に参加せず、喧騒に紛れて足を持ち出していたのはアマルトだ、足を抱え 距離を取り、渡すまいと涙ぐましい努力を見せるその姿にシリウスはふぅーと頬を膨らませ大きく息を吐く


「ふぅー…、もうええじゃろう?それを寄越すんじゃ、それを持ってワシから一人で逃げ回るつもりか?そんな事をしても無駄なのはお前自身がよくわかっているじゃろう」


「…………」


「先程の突撃に参加しなかったのは恐れ故か、仲間を信用せずやられるとわかって送り出したかは分からんが、まぁお前のその薄汚い悪知恵を評価しよう…そういう判断ができる奴はなかなかおらんからな、だが無駄じゃ こうなっては何をしてもな」


さぁ寄越せとシリウスは手を出す、アマルトがこのまま足を持って逃げ回ろうと背中を向けてもその瞬間殺すことなどわけないからだ、だったら無駄な事をさせるなと降伏を促す


だが


「…………」


アマルトは不気味な程に沈黙を保つ、そんな姿に若干の苛立ちと感心を覚える


「意地でも渡さんつもりか、大したものよ…アンタレスが弟子にするだけはある、だがなぁ…ここで渡せば命だけは助けてやると言ったらどうする?、当然お前だけでは無いぞ?弟子達全員の命を助けよう、ワシがこの手で傷を癒し、これ以上傷つけぬ事を約束する、まぁ当然ではあるが拘束させてもらうが、不自由にはさせん」


「…………」


「ワシからこの譲歩案を引き出させただけでも、お主らの奮戦の甲斐はあったろう?、ワシを事実上の負けまで追い込んだのじゃからのう、だから…ほら、それを渡しなさい」


「………………」


動かない、アマルトは動かない…つまり、そういう事だ


「そうか、分かった…ならば」


「あー、ちょっと黙ってくれよ…今覚悟決めてんだ」


「なぁ?、なんのじゃ」


「色々とだよ、色んなことに勇気がいるんだよ…うぇ、出来るならやりたくねぇな」


うぇーと舌を出し気持ち悪がるアマルトの姿を見て、シリウスは不気味さを覚える、何をしようとしている…いやそもそも、何かをしようとしている?この場において?この男に何が出来る


此奴はエリス達前線隊の中でも一段劣る男、覚醒もしていないし芸も多くない…だが何を、そう思考した瞬間、アマルトは答え合わせのように動き出す


「はぁー…行くぜ」


と シリウスの肉体を天高く掲げ…と、その瞬間 シリウスは理解する、アマルトが何をしようとしているかを


「な!馬鹿!やめよ!!!!」


と…、シリウスが驚愕した理由 それはアマルトが天高くシリウスの足を持ち上げると共に、思い切り引き絞ったのだ、それこそ雑巾でも絞るかのように、するとシリウスの足から溢れるのは…


まるで液化したルビーの如き血だ…、シリウス本来の血、そしてシリウスが目指していた本来の目的、それを引きしぼり 自ら開けた口の中へと注ぎゴクゴクと飲み干したのだ


「んくんくんく…げぇ〜気持ち悪いぃ〜八千年物の血とか絶対腐ってんじゃん!」


「き 貴様、なんて事を…ワシが言うのもなんじゃがきったねぇのう!血は病原菌の宝庫じゃぞ!?、それを迷いなく飲むとは…えんがちょじゃ!」


シリウスの血を飲み干し、中に込められていたシリウス本来の魔力をアマルトが取り込んでしまった、八千年間足と言う小さな世界の中で魔力と共に循環を続け同化した高純度の魔力液を…アマルトが飲んだのだ


その光景に思わず唖然とする


「ふぅー、でも頂いたぜ あんたの目的…お先にな」


「馬鹿な事をする、それを飲み干して我が目的を潰したつもりか?、ワシはそこに残った僅かな血を飲むだけで復活出来るのだぞ?無限に再生する肉体から血を抜ききるのは不可能、それともあれか?我が魔力を取り込んで自らを強化しようとしたか?、ならそれは愚かと言わざるを得ない…何故なら」


「…ぐっ!?、ぅぐぅっ…」


アマルトが胸を押さえて蹲る、ほれ見たことか、八千年級の魔力が込められた魔力血液…それは人の身で受けるにはあまりにも膨大すぎるのじゃ、当然一滴でも取り込めばあまりの魔力量にその体は魂から瓦解する


人間にとっては劇薬以上…飲めば確実に死ぬことさえ分からぬか、馬鹿な奴


「愚かじゃのう、これならまだ逃げ回っていた方が賢かったぞ」


「ぅっ!がぁっっ!?ぁがぁあぁあああ!!」


「苦しめ そして死ぬがいい、この場で判断を間違えるような奴には何も成せんのじゃ」


体を内側から食い破られる痛みに耐えられず地面に倒れるアマルトは口からおびただしい量の血を吐く、己の血だ…もう既に内臓が融解したか?どの道先は長くあるまい


最早何もかもどうでもいいとばかりにシリウスはゆっくりと歩みを進め、最後に残ったアマルトから足を奪い返そうと手を伸ばし…


「そ………こ…………ぃ」


「あん?なんじゃ?遺言か?」


ふと、アマルトが血を吐く口で何かを言っているのを聞き入れる、ブツブツと小さな声で…、幻覚でも見ているのかと耳を傾ければ、アマルトが口にしていたのは


「『獣躰転身変化』」


詠唱だった、それもこれは……


「まさか…まさかお前!?!?!?」


その言葉を最後に、突如として発生した緑色の絶光にシリウスの体は飲まれ…


「げぶぅっ!?!?」


いつのまにか、シリウスは遥か彼方の岩壁に叩きつけられ血を吐いていた、そのあまりの衝撃に血を吐き目を霞ませる


余波だ、今のはただの余波…ただの余波で魔力覚醒したシリウスが吹き飛び傷を負った、その絶大な魔力と気配によってだ


あり得ないことだがシリウスは疑わない、だって…こんな絶大な力を発揮出来る存在を一人知っていたから、そう それは他でもない


「よもや…ワシの血を取り込んで、呪術にてワシに変じたか!!!」


「あぁー、死ぬかと思ったぜ…けど、成功して万々歳ってなぁ」


立つ上がる、先程まで血を吐いて苦しんでいたアマルトが立ち上がる、今度は シリウスさえ見上げてしまうような膨大な魔力を身に纏って…


その魔力は最早壁にさえ見えるほど莫大、その力は世界さえ動かし、その威容は見るだけで人を戦かせる…、そうだ 今のアマルトの姿は、どっからどう見てもシリウスなのだ


赤い目 白い髪 整った顔立ち、アマルトの面影を一つとして残さず、完璧な形でのシリウスが今そこにいる…


そうだ、これがアマルトの真の狙い、シリウスの血を大量に取り込むことにより…生前の、完璧な形でのシリウスに完全に変身すること、呪術の力を用いて 史上最強の力を我が物にすることだったのだ


「ワシじゃ、ワシがおる…、なるほど これがレグルス達の当時の気持ちか、…よくやったのうレグルス達は」


今アマルトが手にしているのは完璧なシリウスの形だけではない、力もまた完璧に再現されている、ここまで完璧に再現するには大量の血だけではなく当人の資質も必要だが…なるほど、彼にはその才能があるようだ


しかし思うのはその力の恐ろしさ、シリウスは今生まれて初めて恐怖で震えている、絶対的すぎて戦いを挑むのがバカバカしくなるほどアホみたいに魔力を纏っておる、しかもあれはただ魔力を抑えず立っているだけである事をシリウスはよくよく理解している、元は自分の力だし


…こんなのを相手に戦いを挑もうとするか?、そんなの馬鹿のすることだ、だって…こんなの


(勝てるわけがないとさえ思ってしまう…ヤベェのう!これ!)


勝ち目が全く見えない、レグルスの肉体を乗っ取り完全な覚醒を解放しても、今シリウスになりきったアマルトの足の小指の先にさえ及んでいない、これは勝てない


「さぁて、どう料理してくれようか?…俺のダチを散々痛めつけてくれた借り、返させてもらうぜ?シリウスさんよぉ!」


「ぐぬぅ…!」


目を細めるアマルトの眼光にシリウスが慄き怯む、シリウスの本能がそうさせる、戦う事をやめ今すぎ逃げろと…そうさせるだけのものが、奴にはあるのだ 皮肉な事にシリウス自身の力には…


だが…逆に思考を転換すればこうも考えられまいか?


「ヌハッ!ヌハハハ!!、なんじゃあ!ワシの肉体がそこにあるではないか!なら貴様の肉体を乗っ取ればワシ完全復活ではないか!!おい!それ寄越せ!」


本来の肉体を完全コピーし目の前に用意してくれるなんて 最高ではないか、レグルスの肉体を用いて新たなる形態へと進化するのも良いがそれでも自分の肉体は惜しい、自分の体を取り戻してからレグルスの肉体因子を取り出せば良いだけじゃしな!


うん、というわけで


「頂くぞその肉体!『破神ディエス・イレ』!」


慄きながらも恐れはしない、燃え上がるように再び魔力覚醒を用いれば滾るのは剛雷 溢れる津波に噴きあげる溶岩と揺れる大地、もう一度終焉或いは創世の景色を作り出し拳を強く握ると


「『天破陸壊』ッ!」


振り回すような軌道で拳を振るえば、目の前で佇むアマルト向け剛雷と地割れが走り上下を挟むような大規模攻撃が発生し……


「で……」


────アマルトが静かに、そして煩わしそうに手を払う…、ただそれだけで シリウスの放った雷も地割れも、周囲に流れる津波も溶岩も、何もかもが掻き消される


まるでバースデーケーキの蝋燭に灯る火を、軽く吹き消すかのように 跡形もなく消える


「それがどうした?」


「お…おお、ワシすげー…」


ただ魔力を手に纏わせフイッと飛ばしただけなのだ アマルトは、ただそれだけでシリウスの魔力覚醒が吹き消された


こんなにも差があったか、魔力覚醒を行えているとはいえレグルスの肉体を完全に御しきれていないワシでは魔女の弟子達相手に圧倒することは出来ても魔女級の相手は些か厳しい、魔女級の相手で厳しければ…ワシ本来の肉体の相手など、出来るわけもないか


「あんまり時間がねぇんだ、とっとと決めさせてもらうぜ」


「なっ!?」


シリウスが瞬きをしたほんの僅かな時間、時間にすれば一秒と一秒の隙間に入るような小さな時間で 接近を許す、燃え上がるような白い髪と吸い込まれそうな赤い目 ワシの顔がワシを殺そうと睨んでおる!


「人を呪わば穴二つ、この身敵を穿つ為ならば我が身穿つ事さえ厭わず『呪腕・黒呪ノ血爪』!」


「ぬぅっ!?」


咄嗟に両手をクロスさせ防御するが、そんな試み無駄とばかりに腕をすり抜けシリウスを切り裂くのは硬化した血液を纏った漆黒の爪、古式呪術の中でも比較的簡素な部類に入る呪術でさえ 今のシリウスにとっては致命の一撃となる


「ぐぇっ!?」


魔女の魔力防御など紙のように引き裂きシリウスの体に五本の赤い線が走り沸騰した血液が舞い散る


つ 強え!?めちゃくちゃ強え!!、ワシ強すぎぃ!?


「この…!魔力覚醒『赤王…」


「遅え…『煌王火雷掌』ッ!!」


「がぼがぁっ!?」


咄嗟に覚醒を行うとするそれより早く詠唱を終わらせたアマルトの拳が炸裂し顔面を打ち抜き再び岩壁に叩きつけられる、あっという間に形成が逆転してしまった


魔力覚醒を行なって魔女の弟子達を圧倒していたはずなのに、最強の魔力覚醒の筈なのに、今のアマルトには全く通じない、そうか…


(所詮魔力覚醒は魔力覚醒であったな…、調子に乗りすぎたやもしれん)


朦朧とする意識の中 新しい未知の力を前に興奮していた事を認める、確かにイデアの影は魅惑的な力だが、…馬鹿な事じゃった ワシとした事が土壇場で出した付け焼き刃で図に乗るとは!


「火天炎空よ、燦然たるその身 永遠たるその輝きを称え言祝ぎ 撃ち起こし、眼前の障壁を打ち払い、果ての明星の如き絶光を今!『天元顕赫』!!」


無防備なシリウスに放たれる紅光、熱を凝縮し放たれる炎熱の頂点たる魔術は どんな熱にだって耐えるはずのシリウスの鋼の肉体を焼き焦がし痛みを与え


「ぐぎゃぁぁああああああ!!!?!??」


吹き飛ばす、岩壁にめり込む体を更に奥へ奥へと押していく、岩を溶かし 穴を作り シリウスを奥へと…


「ふぅ、今のうちに…、癒せ 我が手の中の小さな楽園を 、癒せ…我が眼下の王国を、治し 結び 直し 紡ぎ 冷たき傷害を 悪しき苦しみを、全てを遠ざけ永遠の安寧を施そう『命療平癒之極光』」


シリウスを突き放した今ならとアマルトは倒れるデティ達に向け治癒魔術を放つ、シリウスの肉体を手に入れ シリウスとなった今ならば如何なる魔術だって扱える、魔女の弟子達に魔術を教えた魔女達…その魔女達に魔術を教えたシリウスならば、事実上この世に存在する殆どの魔術を使えるのだ


「う…ううん、あら私どうしたのでしょうか?」


「あれ…、俺死んだ気がしたんだけど」


「ううむ、ん?…な!?何だあれは!?」


そうして目が覚めた弟子達は今のアマルトの姿を見てギョッとする、そりゃあそうだ 今のアマルトの姿はシリウスそのもの、変化した際服装までシリウスの物に変化してしまったのだから面影の一つもない今のアマルトをアマルトだと理解するのは難しい


かと言って本来のシリウスを見たことがない面々は目を丸くし…いや、見たことある人間は二人ほどいる、それは


「あ あれ、シリウスじゃない?え?復活したの?」


まずはデティ、あの空に浮かぶ虚像にてシリウスの本来の姿を目にしていたから


そしてもう一人は


「シリウス!?、な…まさか…復活を」


エリスだ、エリスはどこで知ったか知らないがシリウスの本来の姿を知っていた、そんなエリスは真っ青になりながら目をグルグルと震わせ


「嗚呼、もうダメです…」


「あ!おい!エリス!」


フラリと額に手を当て再び気絶してしまう、幸いラグナが支えてくれたから問題はないけど…


「あー、その みんな?」


声帯までシリウスに変わったその声で弁明しようとするが、説得力のなさに愕然とする、どこからどう見てもシリウスではあるが…仲間に怯えられ武器を向けられると、少し悲し……


「あれ?アマルトじゃん!」


「ん?確かにアマルトさんと同じ声の出し方…」


と思ったら速攻で分かってくれた、デティは俺の中の魔力を見て、エリスはこの動作が俺と同じ事に気がついて…、おいおい スゲェな俺の友達は


「ああ、悪い 色々あってシリウスの力を手に入れたんだよ、この力でシリウスを可能な限りボコすつもりだから」


「つもりだからって…、大丈夫なんですか!?それ!」


「ああ、シリウスの力はあまりにも膨大すぎる、ノーリスクで強大な力が得られるとはとても思えない、何か代償が…」


「まぁ代償に関しては大丈夫だよ、だから頼むよ…後のことはさ」


「アマルトさん…?」


伝えるべきことは伝えたとアマルトはくるりと振り向きシリウスの消えた穴の中へ目を向ける、友達から目を背けるように


大丈夫、友達に後のことは頼んだ、だから…この後のことは大丈夫なんだ、そう自分に言い聞かせて 彼は覚悟を決める、あとはできる事をやるだけだ


この命が尽きるまで…!



「ヌゥワハハハハハーーー!!、ええぞええぞ!完璧じゃ!それでこそワシ!俄然復活したくなったぞォッ!」


「来るか…!」


轟くシリウスの叫び、それと共に融解した穴が爆裂し中から炎やら風やら 電気に水を纏い凡ゆる属性を纏った状態でシリウスが現れアマルトの体に突っ込んでくる


その突撃を手で押さえながら態と後方へと飛び引き寄せると共に


「厳かな天の怒号、大地を揺るがす震霆の轟威よ 全てを打ち崩せ降り注ぎ万界を平伏させし絶対の雷光よ、今 一時 この瞬間 我に悪敵を滅する力を授けよう!『天降剛雷一閃』!」


「ぐぇっ!?」


逆にシリウスの頭を掴み、落雷の如き勢いで地面に叩きつけ、クルミでも割るかのような一撃をシリウスの頭に叩き込む


「オラァッ!」


「ぐぬぅっ!?」


「あの世で詫びろや!俺のダチを傷つけてくれた事をよぉっ!」


すぐさまシリウスの体を起こし何度も何度も魔術を織り交ぜた殴打でシリウスを攻め立てる、あまりの火力に防御は不可能 あまりの速度に回避は不可能、小細工や策など無くただ純粋な性能の差で圧倒する


「ぐぶぇ、ま 待った待った!、それズルじゃ!無しにせんか?」


「断るッ!!玉衡は煌めき 開陽は輝き 揺光は揺蕩う、束ねし三星の光は 暗き天幕にて輝き存在を示す、其れは恵みの天槌、或いは破滅の星剣『覇星 極光天剣』!!」


「ぅげぇっ!?星辰魔術!?そんな危ないもん人に向けるな!?」


放たれた星の極光は巨大な剣の如くシリウスに放たれる、絶大な威力と圧倒的破壊力にシリウスは抵抗すら出来ずに体に傷を作っていく


「ぐぅ〜…、ぅげぇ…」


「まだまだ行くぜ、こちらとら命がけなんでなぁ!」


瞬く間にズタボロの肉人形にされたシリウスを続けざまに攻め立てる


苛烈極まる攻勢、当然シリウスも焦る これはマジで死ぬと、だが…それよりも焦っているのは…


(くそ、こいつどんだけ頑丈なんだよ…!)


アマルトの方であった……


…………………………………………………………


「起きろ紅炎、燃ゆる瞋恚は万界を焼き尽くし尚飽く事なく烈日と共に全てを苛む、立ち上る火柱は暁角となり、我が怒り!体現せよ!『眩耀灼炎火法』!」


「ぐぎゃぁぁあああああ!?!?」


シリウス同然の姿となったアマルトさんは、史上最強と称されるシリウスの力を使い他でもないシリウスを攻撃する


圧巻の攻撃だ、膨大な魔力を魔術に変換して放つだけの工夫も何もない単純な攻撃なのに あのシリウスが打つ手も無くボコボコにされている


強すぎる、これがシリウスの本当の力…復活させまいとエリス達が守っていた力…


「すげぇ、アマルトこんな事出来たんだ」


「あ…ああ、シリウスほど恐ろしいものはないと思っていたが、味方になるとこんなにも頼もしいのか」


ラグナもメルクさんも棒立ちだ、唖然としている…当然エリスもですよ、本当なら援護したいけど あまりにもレベルが違い過ぎてどこに入っていいのかまるで分からない


今のアマルトさんは間違いなく世界最強だ、ラグナを抜いて ルードヴィヒさんを超えて カノープス様さえ下に見るだけの実力はある、文字通りの最強だ…けど


「大丈夫なんですか、あれ…!」


エリスは知っている、アマルトさんがアンタレス様の血を飲んで 少しの間だけ魔女様の力を手に入れただけでも身動き出来なくなるくらい苦しんでいたのを


なら今回はどうだ?恐らくアマルトさんはあそこに転がっているシリウスの肉体から血を飲んだ事が容易に想像出来る


薄めた血で 魔女の力の一部を取り込んで、それを十秒ちょっと使っただけで動けない程の反動が来るのに、魔女の…それもアンタレス様を大幅に上回るシリウスの血を原液で飲んで無事でいられるわけがない


その反動は今までの魔女変身の比ではないはずだ、それをこんなに長い時間…もう五分以上経っているぞ!?


「まさか…アマルト、…死ぬ気じゃ…」


「えっ!?」


ネレイドさんの呟きに思わず察してしまう、アマルトさんは今…捨て身なんだ


「嘘っ!?アマルト…死ぬ気なの…」


「そうまでしないと…止められないと判断したのですか…!」


「……アマルト」


ショックだ、皆ショックだ…アマルトさんがそこまで思い詰めるほどに シリウスとの戦いは絶望的だった、確かに今のエリス達ではイデアの影をどうすることもできない


でも…でも


「ぐっ…ぅぐぅっ…!」


「ラグナ…」


ラグナは一人歯を食いしばっている、あまりの事態に涙を流して苦しんでいる、膝をついて 涙を垂らして、嗚咽する


「俺は…情けねぇよ、死にてぇよ…俺は」


「ラグナ…何を」


「計算しちまったんだよ!、今のままシリウスに暴れさせたらみんな死ぬ…それを、アマルト一人の犠牲で割り切れると…考える自分がいる、それが情けねぇ…!」


嫌だ嫌だと頭を振るうラグナの頭には今二人の彼がいるのだ、アマルトさんの友人として彼を想うラグナと…エリス達を率い 世界を率いる大王としてのラグナが、大王としてのラグナはこの戦いに負けられない上にエリス達も死なせたくない


…もしここでアマルトさんに戦うのをやめさせても、シリウスは止まらない そうなったらどの道全員殺される、ならアマルトさんの捨て身の攻撃で何とかなるなら みんな助かるかもしれない…そう考えてしまったことが彼は情けなくてしょうがないのだ


「くそっ!、俺は今何やってんだよ!友達が命かけてんのに!何にも出来ることはねぇのか!?それでいいのかよ俺は!」


「ラグナ…落ち着いてください!」


「でも、くそ…アマルト!、頼む…死なないでくれ、俺は誰ももう犠牲にしたくねぇ、タマオノみたいな献身はもう…!」


お前の犠牲だけは割り切れないと情けなく涙を流しながら叫ぶ、でも今のエリス達には何も出来ない、ここでアマルトさんの代わりに戦う事もアマルトさんを止める事も…、エリス達には力が足りないから


もっと…もっと修行しておけばよかったと全員が悔やむ、悔やみながらも祈る


「死なないで、アマルトさん」


情けない事に、今のエリス達にはこれしか出来ないんだ…、これくらいしか


……………………………………………………


「『錬成・烽魔連閃弾』!」


「ぐぇっ!?」


石ころを掴み それを空を掛ける炎の蜂へと変化させシリウスにぶつける事で爆裂させる、その威力はメルクリウスが放つそれより ともすればフォーマルハウトのものよりも強力であり、シリウスの体を地面に転がす


「やべぇ〜マジで死ぬぅ〜」


「はぁ…はぁ…」


押している 押しているのに、アマルトの顔から焦りが消えない、何故なら


(こいつ、ここまでやられておきながら余力を残してやがる!)


まだシリウスが余力を残しているからだ、本来のシリウスの眼力を手に入れているアマルトには分かる 恐らくシリウスはこの後に及んでも警戒しているんだ、エリスの識確魔術を…それを防げる分の魔力を常にストックしてあるんだ


あれがある限り識確魔術は通らない!、なんて狡猾で計算深いやつなんだ!此の期に及んでもそれだけの計算が出来るってのか!


「くくく、…どうするか、どうしてくれようか」


(なんとかあれを消費させたいが、こいつは死んでもあれを手放さない…)


シリウスは理解しているのだ、自分が殺されないと…、俺達の目的がシリウスの殺害ではなく肉体であるレグルス様の解放である事を、それを殺してしまっては俺達の目的は達成されない


だから…俺がこれだけ痛めつけても、最悪殺されないと理解しているんだ!


「やってくれるぜ、俺をここまでコケにするなんて…ワシは馬鹿にされんのが一番嫌いなんじゃ…ッ!?」


思わず口を抑える、今ワシ…じゃなくて俺はなんて言った?、やばい 意識が体を乗っ取ろうとしてやがる!、あんまり長引かせられねぇ!このままじゃ俺が第二のシリウスになっちまう!それじゃ本末転倒だ!


「お?どうした?もうスタミナ切れか?」


「やっかましい!!」


「ぐぎゃぁ!?」


魔力を纏った拳で殴りつけるだけであのシリウスが悲鳴をあげる


「テメェが好き勝手やったからこうなってんだろうが!」


「ごはぁっ!?」


魔力を目の前で炸裂させるだけでシリウスがダメージを受ける、今までビクともしなかったこいつが苦しむ様を見るのは痛快じゃが、それでもいつまでもこうして居られないのも事実…ちょっとギアあげるか!


「合わせ術法!」


「あ!それワシの技!」


「やかましいつってんだろうが!『天狼絶獄』ッ!」


シリウスの得意技たる合わせ術法、魔術と魔法と武術を合わせた絶技、拳に煌王火雷招を纏わせ それを魔法で弾かせながらの怒涛の連撃、拳が残像を残すほどの速度の攻勢にシリウスの魔力防御がガラスのように割れて踊るように身を逸らす


「ぐぇ…」


未だ嘗てない程のダメージを負ったシリウスがフラフラと意識を朦朧とさせる、が まだ倒れねぇ…凄まじいタフさだ、だってんなら!


「夜空魔術並列発動、流転魔力多重接続、星球形成 現象摂理掌握、現行世界変換 天を喰らえ 真理を喰らえ」


「ぐっ、なんじゃそれ…あ、いやそれ…確か」


「糸を断ち切り 星の彼方への嚆矢を放つは我が術理、全天体連続循環魔力道解放!」


「あー、やばい奴じゃそれ…」


シリウスは朦朧とする意識で必死に記憶探り、その魔術の正体を悟る頃には既に魔術は半ば完成している


穴の上空、夜天に輝く星々がありえない速度で動き回り一つの星座を作り上げる、これこそ星辰魔術の絶技…星の並びで行う魔術陣、それより発生する宇宙規模の魔力をただ一人の意思で練り上げ押し固め…


「『終夜天狼』ッ!!!」



落とす、凝縮された星の光が一寸の狂いもなく皇都の穴に落ち…シリウスの頭上に飛来する、その光景をありがちな言葉で言うならサテライトレーザー、宇宙空間から放つ超々高火力破壊魔術、シリウスが持つ中で最大規模であり最高火力を持つとされる星辰魔術の奥義の一つに部類され自らの名さえ分け与えた 歴史上彼女しか使えなかったその奥義が


今シリウスに牙を剥く


「ぁぎやぁぁぁああぁぁぁぁ!?!?!?」


正確にシリウスだけを打ち据える星の光はその影さえも光の中に飲み込み破壊する、シリウスの防御などもはや無いに等しく 彼女自身が武器とした奥義でその身を灼かれる


シリウスが持つ中でも最高火力ということは古式魔術中最高クラスの火力であると言う事であり、それはつまり現状世界に存在する如何なる攻撃手段さえも凌ぐ 最高の一撃であることを意味する


「ぁぁぁああああああああああ!!!!!」


「くっ、…すげぇ魔術…こんなもん作るとか頭おかしいのかよ!」


それを操るアマルトにさえ反動がいく程の極大魔術は着々とシリウスの身を削り…そして


「が…はぁ…」


光が消える、先程までの破壊が嘘のように消え去る、その先にいるシリウスの体はプスプスと音を立てて赤熱した上で焦げ…立っているのもやっとな満身創痍


今ならば行けるか、そう静かにアマルトは手をかざし


「これで終わってくれよ…、彼岸は此岸に、此の世は彼の世へ、生は死に死は生に、あるべき命はあるべき場所へ 今交わらぬ世界を繋ぐ道標をここへ打ち立てん」


「が…あ…、あ?」


トドメとばかりにアマルトによって放たれたのは、穴だ…


シリウスの背後に生まれた巨大な穴はみるみるうちに広がり シリウスの背中にぴったりとくっつく、その感触にシリウスは初めて青褪める


「まさか!」


「『幽世時界門』ッ!」


「幽世じゃとぉっ!?」


幽世…つまり死後の世界に通ずる門を作り出しシリウスをあの世へと送り返そうとアマルトは時空魔術の応用…この世からあの世へ通ずる門を作り出す幽世魔術を発動させる


シリウスが幽世の存在を確認するためだけに作り上げた実験用魔術、それが今 シリウスに牙を剥く


「このままあの世に送り返してやるぜ!、お前の魂だけをな!」


「なっ!?ぐぅっ??」


幽世へ通ずる門から、伸びてくるのは漆黒の手…、その手に掴まれたシリウスの…いやレグルスの体からシリウスの魂が抜き取られるように露わになる


「ぐぅっー!?!?、この!煩わしい魔術なんぞ使いよってぇぇぇえ!!!」


『アレー…ティア…』


『アレーティ…ア』


まるで地獄の亡者の如く、シリウスの魂に群がる腕達はグイグイと魂を引っ張りレグルスの肉体からそれを抜き取ろうとする、それに抵抗するシリウスは魂の腕を伸ばし必死にレグルスの肉体と魂にしがみつきこの世に留まろうと画策する


「ぐぬぅ!今更死んでたまるか!!!!」


「チッ、しぶとい…のう、とっととくたばらんかい!」


「嫌じゃ嫌じゃ!、死ぬなら…レグルスの魂も道連れにするぞ!」


「ぐっ!」


ダメだ、まだレグルス様の魂とシリウスの魂の結合が強すぎる、レグルス様の魂に絡みつくシリウスの腕が その場から離れることを拒む、もっと力を込めたら引き込めるだろう…だがそうなったらレグルス様の魂まで幽世に連れていかれてしまう!


『アレー…ティア』


「ってかなんじゃお前ら!なんでワシの名を呼ぶ!」


『アレー…ティア、許さな…い』


「ぐぐぅー!許さんのはこっちのセリフじゃぁー!!」


シリウスの抵抗が激しすぎる、もうあと少しまで来ているのに…そのもう少しがあまりに遠い、魂一つで八千年も生きてきたこいつは、魂だけになってもその力は一切衰えないのだ


ダメだ…まだ、ダメなのか…


『何を躊躇しておる、あれは敵対者であろう、ほれ もっと力を込めんかい』


(ッ!?なんだ…!?)


ふと、響くのはアマルトの脳内…、脳内にシリウスの声が…


『ぬはは、よく分からんが面白いことになっておるのう、あそこにいるのはレグルスか?いやワシにも見えるのう、なんでもええわ 本物はワシじゃからのう!』


(まさか、肉体だけが自我を持ち始めてんのか!?)


足だけになっても魔力を生成し続けていた…と言うことはつまり、シリウスの魂は肉体の全てに宿っているということ、ならばその血をもとに作り出した新たなるシリウスもまた魂と言う名の自我を持つのも当たり前の話


今 アマルトの肉体の中に新たなるシリウスの意志が生まれ始めているのだ


『ええい!見ていてイライラするわ!、ちょっと肉体貸せ!上手いこと終わらせてやる!』


(や やめろ!、ぐっ!デタラメ過ぎんだろ!お前!)


「ぐぅっ!がぁっ!?ぁぁがぁぁあ!!!」


「おん?なんじゃ?」


苦しむ、新たな自我の暴威に苦しみ折角作り上げた幽世時界門は脆くも崩れ去り シリウスの魂は再びレグルスの中へと戻っていく…


『ぬははははは!ワシこそシリウス!本物じゃ!偽物を殺せぇっ!』


「ち…違う、俺は…ワシは…シリウス…じゃない」


「どうやらワシの魔力に肉体を乗っ取られかけているか、おい!そこにいるワシ!そいつらは魔女の弟子!アンタレスの弟子じゃ!」


『なにぃ?本当かぁ?なら、まずはこっちからやるかのぅ!』


「ぐっ!?ぎぃっ!」


頭を抑え必死に抵抗するが、そもそも自我からしてシリウスは絶大、アマルトの魂や意志さえも乗っ取り成り代わろうとする力は凄まじく、いくら抵抗しても振り払えない


(もう少し…だったのに、これじゃあ…これじゃあ…)


『ぬはははははは!弱々しい抵抗じゃのう!このまま飲み込んでやろうか!』


乗っ取られる、そんな最悪の予想が脳裏を過ぎり…、彼の残った小さな自我が解除しようと試みるが…


『無駄じゃ!もうワシのもんじゃ!この体はのう!』


(マジ…か…)


消えない、そもそもアマルトが持つ呪術だってシリウスの物…練度で言えばシリウスが遥かに勝るのは言うまでもない、故に意思だけであれどその発動権限を強奪することなどわけ無い、最早アマルトにその呪術を解除出来るだけの自由はない


「ぬは…ぬはは、新たなワシの誕生じゃのう」


アマルトの口を動かし 新たなシリウスが口を開く、これではシリウスを復活させたも同然、やらかしたと思えど最早アマルトに出来ることなど何もなく…新たなシリウスは、その力を振るい………



『無茶し過ぎよ!バカ弟子!』


「ッ!?アンタレス!?」


『呪術強制解除!』


刹那響いた声が、アマルトの体を打ち砕く、この城の跡地に僅かに残っていたアンタレスの血…その力の全てを使い 弟子のアマルトの体を包む呪術を強制的に解除し、呪術と共にシリウスの肉体とその意思を完全に消し去り…アマルトの体を元に戻す


『貴方はよくやったわ!けど…それ…以上…は………』


最後のとっておきにとっておいたアンタレスの切り札を使い、アマルトを救い 遂に念話の手段さえ失い掠れる声を聞きながらアマルトは


「ぅ…あ」


膝から崩れ落ちるアマルトの姿は、シリウスの物では無く元の姿、つまりもう彼にはシリウスの魔力は無く…


「ぬはっ!、元に戻ったか!ならちょうどええ!、さっきのお返しをしてくれよう!」


「………ぁ…」


迫り来るシリウス、元に戻ったとを見るや否やアマルトの始末にかかる、既にシリウスの中での警戒度は全ての魔女を抜き去りアマルトがダントツのトップ、ここで殺さねば最悪後顧の憂いになり得ないと ここでの始末を決行する


しかし、もうアマルトに抵抗するだけの力はなく…動くだけの力もまた無い


「ぬはぁーっ!可哀想にのう!お前は所詮無駄死にじゃあ!」


悔しい、ここまでやって…結局倒せないばかりか魔力覚醒まで解除出来ないなんて、俺にもっと…力があったら


そんな後悔の中足を振り上げアマルトの頭を踏みつぶそうと迫るシリウスを見て、アマルトは…


「やめろやテメェッ !!!」


「ぐむぅっ!?」


刹那蹴り飛ばされる、挟まるように飛んできたラグナの一撃に、覚醒している筈のシリウスの体が大きく仰け反る


「ぐっ!、テメェ…」


「そいつはこっちのセリフだよ!よくもやってくれたなこの野郎」


「まだなんもやっとらんじゃろうが!」


「アマルトさん!」


「アマルト!」


「大丈夫!?」


「みんな…」


倒れ伏すアマルトを守るように他の弟子達が駆け寄ってくる、彼の体を抱き上げて…心配そうに覗き込む目が見える…


「悪い…みんな、俺…」


「いいんだ!、それよりデティ!治癒を!」


「うん!、…っ!凄いことになってる…これ、治せるかな…いや治す!絶対!」


「…アマルトさん、ありがとうございました」


「エリス…?」


最早指の一本さえ動かせないアマルトを労うような言葉を残し、エリスは背を向け…シリウスに向かい合う


「後のことは任せてくれるんですよね、だから…そこで見ていてください、後はエリス達がなんとかしますから」


「……あ…ああ、…たの…む……」


情けないけど、それでも…嬉しい、後のことはエリス達がなんとかしてくれる、…だから


そうアマルトは安らか微笑みを浮かべ、その瞼を閉じ…



……………………………………………


「ヌハハハハハ!、残念じゃったのう!お前らの仲間が命をかけたというに!ワシはこの通り健在じゃあ!」


「っ…」


エリスとラグナ ネレイドさんはシリウスに向かい合う、アマルトさんはよくやってくれた、…が シリウスは傷つきながらも未だ覚醒を保っている、状況そのものは大きく変わっていない


けど、無駄には出来ないんだ…アマルトさんの覚悟を!


「いくら命をかけたとて、何も成せないのでは意味がない、こうして目的を達成出来なかった時点で…な?」


「そんな事はない、アマルトはよく戦った…それを無駄と断じる事が出来る奴はいない」


「はっ、何を言ってもこの通り…傷つきはしたが、残った力だけで貴様らを殺すことなどわけ無いわぁっ!!!」


依然シリウスの魔力は凄まじい、エリス達全員を十回殺してもまだお釣りがくるほどの魔力が残っている、一体どれほどの力を持っているんだ…こいつは!


「ぬは!ぬははは!ぬはははははは!!!」


傷ついた体で魔力を解放して再びエリス達を殺す為あらゆる覚醒を解放しようと大笑いを見せる、アマルトの猛攻など無意味であったと証明するために、奴はワシを殺せなかった時点で負けていたのだと吠える為に


力を込めた…その瞬間


「ぬはははははは…は?」


崩れた、シリウスの鋼の肉体…その胸部がガラガラと崩れ、鮮血が吹き出し…中から飛び出してきたのは


腕だ


「なん…じゃ、これ…」


「は?何が起こってんだ、あれは…」


「………あの手」


シリウスの背後には誰もいない、シリウスの体の中から 腕は伸びている、伸びきった獣のような爪を持った手、それがシリウスの中から…あの手はもしかして


「ぬっ、この手…まさか!貴様!!生きていたのか!?!?」


「ぐ…ぅぅ、シリ…ウス」


「ニビルか!?!?!?」


崩れたシリウスの胸から覗く瞳、それはレグルスによって殺された筈の人造魔女…無垢の魔女ニビルのものであった


死んだ筈の存在が自らの体の中から自らの体を崩している事実、シリウスさえ全く予想だにしなかった出来事に動揺を隠せない


「何故じゃ!?何故貴様がそこにいる!生きている!!」


「私…は、私は…!」


──ニビルは確かに死んだ、ただ死んだ場所が問題であった


彼女はレグルスの臨界魔力覚醒内部で死んだのだ、その肉体は未だ臨界魔力覚醒内部で漂っていた、つまりレグルスの魂の中で 彼女の残滓は残り漂っていたのだ


その直後、レグルスの魂はシリウスの手に覆われ肉体は乗っ取られたが故にシリウスは把握していなかった、その中でニビルがまだ、生きていた事を


「私は…お前の駒じゃない、レグルスの体を…私の宿敵の体を!返せっ!!!」


「ぐぬぅっ!???」


ニビルはずっと機会を伺っていた、彼女の短い生涯で初めて得た宿敵、生きる目的たるレグルスの打倒のためにはシリウスが邪魔だった、だがシリウスの支配は万全であり彼女の付け入る隙はなかった


つい、先程までは


「ハッ!さっきの…しまった、隙を見せたか!?」


アマルトの幽世時界門にて、一時的とはいえシリウスの魂がレグルスの魂から離れたその瞬間をニビルは見逃さなかった、その隙にレグルスの魂から外に出て…シリウスの魔力覚醒を内側から食い破ったのだ


元より魔力を持たない彼女は周りの魔力を喰らえる力がある、おまけに魔力も持たないからそれをシリウスに感知されることもない、シリウスの魔力を喰らい 力を得たニビルはその最後の力を振り絞って…今 シリウスの身を穿ったのだ


「がっ!ぐぅっ!?やめよ!貴様は!ワシの肉体になり損ねた失敗作じゃろうが!!!」


「ぐっ…ぅぅううううう!!!!」


シリウスが作り出した 飽くまで保険として残してきた仮初めの体に過ぎないニビルの一刺しに激怒したシリウスはニビルの体を内側から握り潰そうと力を込める


…がしかし、それさえもニビルにとっては計算済み、元よりこれでシリウスを殺せるとは思っていない


「……レグルスの…弟子」


「え?あ?はい!」


「…私の宿敵を…頼む」


「え……」


ただ利用されるためだけに生まれた命、それでもニビルの命は確かにここに存在していた、その事実を残すため…の彼女は、自らを一個の命として認めてくれたレグルスを解放するために


その命を、自分の為に 初めて使う


「ぅぅぅぅぉぉおおおおおおお!!!!!」


「ぬ?な!?まさか!ワシの覚醒ごと!?や やめ…!!」


ニビルはシリウスの覚醒に食らいつき、それごと自らの体を消滅させていく、シリウスは殺せなくとも こいつの目的を潰す事はできる、その命を使えば…


「なんのために貴様を作ったと思っておる!!」


「私がなんのために生まれようとも!私は!私のために生きるんだ!!!」


「何を勝手な!や やめ!」


消える 消えていく、シリウスの覚醒に食い込んだままニビルの体が光の粒子となって消えていく、莫大な魔力を使用して展開していた覚醒ごとだ…、それはつまり シリウスの持つ魔力の大部分がニビルと共に虚空に消えることを意味している


「レグルス……、また…生まれ変わったら…絶対…また…勝負…」


全ては、レグルスと決着をつける ただそれだけの為に…彼女は消えることを選択し、そして


「やめろぉぉおおおおおお!!!!!!」


弾けた、シリウスの肉体を包んでいた鋼が爆散し光の粒子となってニビル諸共消えた、消えてしまった…シリウスの絶対性が


「がっ…ぁがぁ…!!!おの…れぇっ!」


「シリウスが…元に戻った」


消えた光の粒子はシリウスの元に戻らず天に昇っていく


無駄ではなかったのだ、アマルトさんの奮戦は


無駄ではなかったのだ、ニビルという生命体の誕生は


無駄ではなかったのだ、これを伝えたタマオノさんの言葉は


…エリスは確信する、巡ってきていると


シリウスがあと一歩のところで今、隙を見せている、魔力を失い 覚醒を破壊され 今まで見せたことがないほどの消耗と焦りを見せている


巡ってきている、天運が!


「今です、今しかありません!シリウスを倒せるのは!今だけです!!!」


「ッ!!、くそがぁぁあ!!!どいつもこいつも!また我が道を阻むかぁっ!」


今なら行ける、ここでなら倒せる!シリウスはもう虫の息!覚醒もない手立てもない時間もない!今だ!今なら!


そうエリスが踏み出そうとした瞬間…


「大変!!エリスちゃん!!」


「え?」


ふと、響くデティフローアの叫びに…振り向くと、そこには顔面蒼白のデティが…


「アマルトが息してない!心臓も!…と 止まってる!!」


「……ッ!?」


巡ってきた天運、あと一歩のところ


そこまで来てるのに、今 アマルトさんが……………

今年の投稿はこちらで一旦お休みになります、今年も一年読んでくれてありがとうございます。次の投稿はお正月明けの1月4日になります、それでは良いお年を!。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここから1週間のお預けが辛い… シリウスは肉体だけでも体を奪おうとしてくるの怖すぎる!本当に人間なのか… タマオノといいニビルといいかつての敵が味方してくれるのは熱いですね。
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