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308.魔女の弟子と天星を落とす


「ぜぇぇぇぇぉおりゃぁっっ!!!」


「ちぇぇぇぇりおぉっっ!!!!!」


裂帛の気合と共に放たれる二つの斬撃は轟音を鳴らし大地を揺らす、既に何度目になるか分からない剛力と絶剣のぶつかり合い


圧倒的強者同士のぶつかり合いは他の誰を寄せ付けず、この戦地の只中にあってただ二人だけの空間を作り上げる


「くぅ…生意気だナァ、この野郎〜」


「ぜぇ…ぜぇ、中々やるじゃないの!…正直、意外だわ!」


ぶつかり合うのは羅睺十悪星屈指の怪力の持ち主 イナミとアジメク最強の騎士クレア、両者の徹底した力と力の激突は今もなお続いていた、それは互いに譲らぬ互角の戦い…に見えるが


(正直やばいわね、結構やるじゃない…こいつ、今はまだ馬鹿正直に押し合いに応じてくれてるからいいけど、それ以外の戦いじゃ勝てる見込みが全然無いわ、悔しいけどね!)


イナミの怪力は常軌を逸している、クレアが魔力覚醒を連発してようやく打ち合えるくらいなんだ、それも相手はただ単に力押しに応じているだけ、そこに別の動きが加わったらクレアは対応出来ないだろう


ここまで苦戦したのはバルトフリート以来だ


(伝説じゃあ腐食魔術も使ってくる様子だったけどそれも使ってくる気配もないし…底が知れない)


「行くぜェ〜クソ女ァ〜!!」


「ッ!」


もう一合打ち合おうとばかりに斧を振り上げるイナミに反応し即座に剣を持ち直そうとするが


(ッ…手が…!)


しかし既にクレアの手は険しい打ち合いを前に限界に達しており、骨は砕け握力を失い変形し、辛うじて手に剣が引っかかっている状態だ


こいつじゃ打ち合えない、唯一イナミを抑えられる利き手を失い軽く苦笑いを浮かべるクレアはそれでも諦めず折れて砕けた腕から走る激痛を抑え根性一つで剣を握り直そうとし


「もう剣を握らないのか?」


「ぐっ!?」


しかし既に頭上にはイナミの斧があり


「なら死ね」


その目は殺意に輝いており


「やべっ…」


クレアは久しく己の生命の危機を感じ、イナミの作り出す影に飲まれ…



「魔力覚醒『トゥインクルスターチェーンジ』!!」


「は?」


ピタリとイナミの斧が止まる、あまりにも頭の悪い単語の羅列に気を取られてしまったから…ではない、来るのだ こちらに何かが高速で飛来し…


「『スターライトアロー』!!」


「ッッ!?」


攻撃を取りやめ即座にその場から飛び立てばつい先ほどまでイナミが立っていた地点に突き刺さるのはハートの鏃を象ったピンク色の矢の数々、間抜けな見た目だがその威力は凄まじく一本の矢で地盤を砕き地形を変えるほどの影響力を見せるのだ


これを放ったのは高速で飛来する飛翔体…否


「クレア団長ー!助けに来ましたー!!」


「アリナ!」


クルリと身を翻して華麗に十点満点の着地を決めるのはクレア同様護国六花の一人にしてアジメク最強の魔術師『白金の希望』アリナ・プラタナスだ、が…


その姿の素っ頓狂なことを差し置いて今の彼女について語ることはないだろう、何せ


「…なんだァその見た目…、お前ひょっとして俺以上の馬鹿か?」


「はぁ?馬鹿?、何処がよ!かっこいいでしょ!」


ピンクだ…何もかもがピンクだ、その白銀のローブはピンクの光を激しく吹き出しハートやらなんやらの模様を浮かび上がらせて 背中からはハート形の羽を作り、頭の上にはピンクの輪っかがクリクリと浮かび上がる、まるで少女趣味の権化のような姿にイナミは呆れる


しかし、これこそがアリナの魔力覚醒『トゥインクルスターチェンジ』、つまり彼女の本気の姿なのだ


「やるじゃないアリナ、ナイスタイミングよ」


「でっしょー!クレア団長!、私にお任せよっ!」


(…騎士の方も特に何も言ってない…ってことは今は本当にあれがカッコいいってことになってるのか?、…いやそもそもオレもオシャレとかはよく分からないし…いいのか?別に…)


ピンクの魔法少女然としたファッションに困惑するイナミはついいつもの癖で周りの視線を探ってしまう、クレアが特段反応していないのは彼女がアリナの覚醒に慣れているからであって別にあれがカッコいいと思っているのは この場ではアリナだけであることに気がつかないまま自分の中で結論をつける


「まァなんでもいいやァ!、テメェも殺されに来たのか?嗚呼?」


「違うわ、貴方をぶっ殺しに来たのよ、知らないの?、ってかクレア団長の腕凄いことになってる!うけるー!!」


「……いいから治癒魔術をかけなさい」


「ハイ…『ハイヒーリングシンフォニア』」


「ハイは一回!」


「今のは詠唱でしょ!」


アリナの治癒魔術を受け瞬く間に折れ曲がった腕が治癒され、剰え体力の消耗もほぼ全快に持っていかれるクレアの姿にイナミが覚えるのは


(スピカと同じだ…忌々しい)


スピカの姿だ、イナミが壊したもの全部治して イナミが殺そうとしたものを全て守ったあの女、あの女と同じ…!!


「テメェ…、テメェがスピカの弟子か…!」


「はぁ?、そんなわけもがっ!?」


イナミの問いを否定しようとするアリナの口を咄嗟に治癒された手で塞ぐクレアは…


「だったらどうするのかしら、スピカ様の弟子に何か用?」


逆に問いかける、アリナは魔女の弟子ではないが 先程から治癒魔術を見せる都度その反応を見せるイナミに不信を得るクレアはいっそ聞いてみることにする、、魔女の弟子ならどうするのかを


だが、その答えは凡そ予測の範疇のもので…


「決まってる!殺すに決まってる!特にスピカの弟子は殺す!絶対殺す!粉々にして殺す!!」


「へぇ…」


聞くまでもなかったか、だが必要な行程だった…お陰でわかったことが一つある


「つまり、アンタは私達の敵って事ね」


「ぷはっ、なにすんのよクレア団長!」


「聞いてたでしょ、アイツの目的…スピカ様の弟子を殺したいだってさ」


「へぇ、じゃあ私達の敵じゃん…この魔女大連合のじゃなくて、私達の」


スピカの弟子…即ちデティフローア様のことだ、それを殺しますと言われて黙ってられる人間は少なくともアジメクの人間ではない、そしてここにいるのはそのアジメクの勇猛なりし二人の守護者…護国の名を背負いし存在


ならばこいつの存在を許すわけにはいかない、どんな手を使ってでも


「殺す」


「ぶっ殺す!!」


「はぁ…?やってみろよ」


斧を背負い直すイナミは笑う、敵対者の存在を許さないのはこちらも同じこと、敵が一人だろうが二人だろうがやることは変わらぬとばかりに獣のような牙を見せ改めて戦闘態勢を取る…いや、イナミは初めてこの瞬間戦闘の構えを見せる


「じゃあもう力比べはやめでいいよな、こっからは殺し合いってことでさ」


「……ええ、そうね」


やはり、イナミにとって今のは殺し合いにも満たない遊びに近しいものであったことを悟りクレアは内心で舌を打つ、遊び半分であの強さか 単なる押し相撲感覚であのレベルかと…


だが、負ける気はしていない…何故なら


「やってやるわ、やってやるからねー!」


今は頼りになる後輩アリナもいる、実戦経験は乏しいが…それでもこの子は次代のアジメクを担う大翼、この子と一緒なら…


「じゃあ行くわよアリナ、キチンと私に続きなさい」


「わかったわ!」


若き日の己のような顧みずさに少し不安を覚えながらもクレアは…


「じゃあ…行くわ!『神閃のミストルティン』!」


刹那の覚醒、一瞬にしてイナミに斬りかかる神速の一斬にてイナミの瞬きの隙を突き首を切り落とそうと光となるクレア…しかし


「見飽きたぜそいつはよォ!」


虚空に火花が走る、否 クレアの神速がイナミの掴む柄に弾かれたのだ、既にそれは見飽きたと …先ほどの力比べでクレアは魔力覚醒を見せ過ぎたのだ、それに対応出来ない人間は羅睺には居ない


「チッ!」


「いい加減死ねよ!大戦害ッ!」


剣を弾かれ仰け反るクレアに向けて放たれるのはイナミの大振りの振り下ろし、魔術も纏わぬ単なる鉄の振り下ろし、しかし それを行うのがイナミなら…シリウスをして究極の力とまで称されたイナミが行えば話が変わってくる


「ッと!!」


即座に地面を蹴り振り下ろしを回避したクレアに代わり斧を受け止めるのはアジメクの平原だ、すると斧は地面をグニャリと捻じ曲げ食い込むと共に…



──破裂した、まるで針を刺された水風船のように爆裂し隆起し…この日、なだらかなアジメクの平原に一つの山が誕生した


「うっそ!?」


クレアは驚愕を隠せず叫ぶ、後方へ飛んで回避した筈なのに足が地面につかないのだ、イナミの一撃で平原に穴が開き地面が丸々空へと浮かび上がってしまったからだ


ただの振り下ろしの癖をして もはや戦術級の大兵器さえ下に見るイナミの一撃は、どう考えても先程の力比べのものよりも強い…、というか最早人間のレベルではない


「そこだ、大風害ッ!!」


浮かび上がる瓦礫の上に着地しクレアを見るイナミの体が即座に動く、斧を横にしたまま体をぐるりと回し、鉄斧をまるで団扇のように仰げばただそれだけで岩だろうが家だろうが粉砕する巨大な台風が生み出される


「チッ、『神閃の』…」


迫る風を前にクレアが見るのは…確信、こんな凄まじいのをレグルス様は倒しているんだという憧れ


やはりあの人に憧れたのは間違いじゃなかったという確信だ


「『ミストルティン』!」


故に逃げることはしない、魔女レグルスに憧れた者として、彼女のようにありたいと願った者として、この戦いは逃げ回り姑息に時間を稼ぐような真似などせず 正面から受けて立つ必要があるのだと!


──ちなみに蛇足ではあるが、当のレグルス自身はイナミの怪力を嫌がり姑息に逃げ回り落し穴にはめて魔術を叩き込み撃退した過去があるという事実を、クレアが忘れていることは語るべきではないだろう


「ぅぉおおおおおおおお!!!」


「馬鹿が、聞かねェよ!!」


風邪を切り裂き飛来する神閃は瓦礫の雨の中落下するイナミを正確に捉えその黒剣を叩きつける、当然防がれる 当然効かない そんなことクレアも分かっている、もし自分一人ならこんな大勝負は仕掛けなかった、だが


「アリナッッ!!」


「任せてー!」


ピンクの魔力をジェットのように吹き出す錫杖の上に乗り大穴の中落下するイナミとクレアの下まで飛翔するアリナ、彼女がいるからクレアは勝負を仕掛けたのだ


イナミは強い、まだまだ底がしれない…だが言い換えればイナミは何故かまだ底を見せていない、なら長期戦になる前にこいつを叩き伏せて倒すしかないのだ


「チッ、もう一人来た…!」


ここでイナミの動きが鈍る、クレアとアリナの双方を交互に見て一瞬だがどちらの対処をするべきかを迷ったのだ


イナミは頭が悪い、それは彼自身自覚していることだ、故にこの即座の判断を求められる瞬間にて答えを出すのに隙を見せる程の時間を要してしまったのだ


それが致命となる、それも彼は分かっている…だが最早どうしようもないのだ


「『スターライトアロー』!!」


「チッ!」


アリナの放つ一撃を野生の勘を頼りに回避する、未だに剣を叩きつけてくるクレアを蹴り飛ばし、落下の勢いを斧を振った遠心力で強め飛んできた桃色の矢を掠る勢いで回避することに成功する


「甘いわね、私を相手に空中戦?遠距離戦?勝てるわけないでしょうが!!!」


しかしイナミの危機は去らない、イナミが地面を吹き飛ばし奈落を作ったことにより今この場を限定的ながら空中となった、そこに飛翔の手段を持たないイナミと魔術による飛翔を心得ているアリナでは どちらが有利か言うまでもない


特に、覚醒したアリナを相手に遠距離戦など愚の骨頂だ


「『スターライト・フレイムタービュランス』!!」


アリナの覚醒『トゥインクルスターチェンジ』は非常に単純極まりない覚醒だ、即ち魔力の増強…ただでさえ絶大な魔力を持つアリナの力は覚醒と共に肉体の器を突き破る程の物に変化する


こうしてハート形の羽や髪飾りなど無駄な装飾を作り出していないと彼女自身の体が破裂してしまうほど圧倒的に強化されるのは当然ながら魔力だけではない


彼女の使う魔術全てが、一段上の段階へと昇華する


「チィッ!?」


アリナが放つのは『フレイムタービュランス』、炎の竜巻を作り出し無数の火矢を乱雑に放つ大規模破壊魔術、しかし 覚醒した彼女が使えばそれは全く別の物へと変化する


作り出される炎の竜巻は桃色の光を無数に内包し、まるで星雲の如き輝きを作り出し そこから発せられる火矢は流星のような速度で全てイナミに飛んでくる、乱雑に放たれる筈の矢全てが追尾機能を搭載しているのだ


「ぐっ!?こいつ…!、まるでレグルスみたいな…!」


鉄の斧を盾代わりに星矢を受け止めるイナミは思わず言葉を漏らす、着弾する都度爆裂しイナミを吹き飛ばし岩壁に叩きつけてなお苛烈に攻め立てるアリナの魔術はレグルスを彷彿とさせるほどに容赦がない


「『スターライトアロー』!」


そこに更に一閃、覚醒により強化されたアリナの魔術『アロー』は、今この世で最も安価で容易く使える簡易的な現代魔術であるにも関わらず、イナミの持つ鋼鉄の斧を切り裂き岩壁ごと全てを粉砕するほどの威力を発揮する


これがアジメク最強の魔術師の実力、魔術導皇に次ぐとまで称された…いや、或いは魔術の火力だけなら魔術導皇さえも上回る白金の希望の実力


「ぐぅっ…!?」


「うっし!、よくやったわアリナ!なら…合わせなさい!」


「わわ、分かったわ!」


斧を砕かれ、脇腹に桃色の矢が突き刺さり、岩壁に縫い付けられたイナミの姿を確認するなりクレアは叫ぶ、今こそが好機であると


黒金と白金の両者が動きを合わせる、やったことのない連携 今までしたことのない連携、故に一発勝負の土壇場になるが…それでもやるだろう


何せ彼女達二人揃って、魔術導皇を守りし最強の盾なのだから


「『スターキューティクル』!!」


「『神閃の…』!」



「いってェ…、よくもナヴァグラハがくれた斧を…!、いいぜェ本気出してやるよォッ!」


斧を砕かれ絶体絶命の中にありながらイナミは二人を見る、この程度どうとでもなる この程度の危機など窮地にも入らない、イナミが本気を出し 真の実力を発揮すれば瞬く間にあの二人を殺すことなど訳はない、使ってない魔術を沢山あるし出してない技も山とある…


「大厄…!」


けど…


(あ、そうだ…ナヴァグラハから許しが出ていない)


刹那、力を解放し本気を出そうとした瞬間 イナミの脳裏を過るのはナヴァグラハの姿、そうだ…オレはバカでグズだからナヴァグラハの指示が無いと本気を出しちゃいけないんだ とそう思い留まる


彼にとってナヴァグラハは全てだ、荒んで獣同然の生き方をしていたイナミが出会った終生の主人 シリウスに拾われ出会った恩師ナヴァグラハ、彼はイナミがバカであると告白すると


『無知は罪ではない、寧ろいいじゃないか 君は何も知らないのならこれからは誰よりも多く学べると言うことだ、それはとても特別で幸福なことだよ』


ナヴァグラハだけは違った、世界中の人間がイナミを笑うのに 羅睺十悪星さえイナミをバカだと罵るのに イナミ自身でさえ自分の無知さ加減に呆れていたのに、ナヴァグラハだけがオレに知識を与えてくれた…彼の言うことはどれも正しかった、なら彼が本気を出していいと言っていないのなら 本気を出してはいけないんだ、きっと


(このままじゃオレ死ぬけど、ナヴァグラハが本気を出していいっていってないなら…仕方ないか)


仕方ない…そんな諦めを胸に秘め、彼はその本気を出すこともなく 今の力だけで足掻く…が


「『ゲイルオンスロート』ッ!!」


「『ミストルティン』ッ!!」


アリナの放つ桃色の旋風を背に受け加速するクレアの一斬は、イナミが見たなによりも速くなによりも強くなによりも鋭く、彼の反応速度を大幅に上回り


その全てを断ち切る


「ガッ…アァ…!」


「なるほど、風の加速…こりゃあ強いわ」


風の加速がいかに強いかをクレアは知り得ている、憧れた存在も頼りになる親友も使っているその戦術は今 クレアにさえ届かない領域の魔人を両断し、剰え大穴をも断ち切り巨大な谷を作り出す


「ぐっ…クッソ…、オレ…が…」


口惜しいと悔やむイナミはそれでも足掻く、両断され朽ちる体、ウルキの言った通り偽りの体ではこの攻撃は耐えられないらしいと…


悔しいのは本気を出せなかったこと、本来の力なら最初の一撃で全部終わっていた筈なのに、その後も真の姿を発揮すればこんな奴ら倒せた筈なのに


(嗚呼…悔しいな、悔しいけど…やっぱりナヴァグラハの言った通り、今のオレ達じゃあ…ここまでみたいだ)


何を思っても仕方ない、偽りの命なら仕方ない…そう己に言い聞かせイナミは塵へと還る、負け惜しみをこれ以上口にしないため口を固く閉ざして…



「…終わり、かしら…」


グラリと揺れて穴の底へと落ちていくクレアはイナミの体が崩壊していくのを見て流石に終わったろうと安堵の息を漏らす、…けど 参ったな…


「団長ー!」


「ごめん、アリナ…一人倒すので精一杯だわ」


魔力覚醒を乱発した疲労により動けぬクレアを抱きとめるアリナはその言葉にハッとする、一人倒すので精一杯、そうだ…今倒したイナミは一人で攻めてきた訳じゃない


羅睺十悪星は全部で十人、こいつを倒してもまだ九人いるし…聞いた話じゃイナミはよりも強いのが何人かいると言うのだ、アジメク最高戦力が二人がかりでようやく倒せる奴がまだ居る…その事実に身震いしながらも


「大丈夫よ団長、他の奴らは他の人たちがやるわ、私達の仕事は終わったのよ」


「……そうね」


こっちにもまだ強者はいる、そいつらがきっと倒してくれる…そんな祈りを込めて二人は大穴の外へと飛び出していく…


………………………………………………………………


「ぜぇ…!ぜぇ…!、どうだ…この野郎」


「大した物だよ」


拳神将カルステンは顎を伝う汗を拭い舌を打つ、相対する聖人ホトオリのあまりのタフネスに一周回って感心する


カルステンとホトオリがどつき合いを初めてより一時間、一秒のインターバルも挟まず続けざまに行われた拳闘は未だに決着が着く事なく続いていた


戦況はどちらかと言えばカルステンの有利だ、ホトオリの攻撃を完封するだけの手立てがあるカルステンの攻撃だけが一方的に通り幾度となくホトオリの体を打ち付けた


時としてホトオリが膝をつく事もあった、苦悶に喘ぐこともあった、だが…倒れないのだ


「どんだけ体力があんだよ…」


ここまでタフな人間を見たのはネレイド以来だ、殴っても殴っても倒れずすぐに起き上がって再び攻めかかってくる、この手の手合いを倒すのは至難の業である事をカルステンは理解している


「おいカルステン!早く倒せそんな奴!、私達には無限に時間があるわけじゃないんだぞ!」


「分かってるよ、それが出来りゃ苦労はないって」


「だ、そうだ…私を倒せるかな、拳雄よ」


再び掴みかかってくるホトオリの姿にカルステンは拳を握る、このままじゃこっちがスタミナ切れでやられる、というのなら …やるしかねぇか!


「仕方ねぇ!博打は嫌いだがゲオルグ!あれやるぞ!」


「む…あ あれか、仕方ない…」


高速で飛来するホトオリの掴みかかりと飛んでくる衝撃波をスウェイで回避しながらカルステンは叫ぶ、こうなったらアレしかないと何十年ぶりかの連携をゲルオグに指示する


カルステンという男はその豪快な性格と剛腕を活かした戦闘法から勘違いされがちだが、彼は事 戦闘においては非常に繊細であり、一か八かの勝負やもしかしたら防がれるかもしれない攻撃などを異様に嫌う傾向にある


空振りと不発を徹底的に抑え、多少小振りでも確実に相手にぶつけ、ダメージを積み重ねて相手を倒すスタイルを好むのだ


故に彼はこの戦いにおいても確実性を求め続けた、その結果得られたのは このホトオリを倒す確たるほうほうはそんざいしないこと、あったとしても三時間という制限時間の中では不可能と判断した


だからこその博打、だからこその…ここに来ての切り札発動、即ち


「魔力覚醒ッ!!!」


魔力覚醒だ、年老いると共に魂が虚弱化し失われた魔力覚醒…、かつて魔女四本剣の一人にまで上り詰めた男である彼もまた魔女大国最高戦力級として第二段階に至っていたのだ、その名も…


「『神捧拳闘ノ刻』!」


カルステンが魔力覚醒を行えば、ただそれだけで甲高いゴングのような音が鳴り響き彼の拳がまるでグローブのような光の膜に覆われる、これこそがカルステンの覚醒『神捧拳闘ノ刻』、かつてオライオンで頂点を取った男の覚醒だ


「む、魔力覚醒か…!」


「ッ〜〜!!!『スピニングストレート』ッ!!」


叩き込まれるカウンター、ホトオリの攻撃を避けると共に打ち込まれた光の拳は着弾と共に爆裂しホトオリの体を後ろへと下げる、先程まで何の魔力も纏っていなかった拳でホトオリと殴り合っていた男が始めて拳に魔力を纏わせたのだ


当然その威力は先程までの比ではない、が…それ以上に気になるのは


(なんだ、今拳が爆裂したぞ…まさか触れた物を爆発させる覚醒か)


所謂付与魔術を常時発動させるタイプの覚醒か と冷静に分析を行うホトオリはカルステンの魔力覚醒に予測をつける、魔力覚醒は常に魔術を発動させ続ける絶技…先程まで全く魔術を使わなかったカルステンが覚醒を使えば当然発揮される攻撃力は跳ね上がる


(アルクトゥルスのような肉体付与だというのなら、そのつもりで挑めば耐えられる)


つまりやることは先程までと変わらない、拳が当たる直前に肉体を硬化させさっきの爆発に耐えられるだけの防御力を獲得すれば良いだけの話である…、そう予想したホトオリは再び筋肉に力を入れ カルステンの前に立つ


「行くぜ…、『アースブレイク…』」


(来るか…、ん?いや待て こいつが付与魔術?、それは…『おかしくないか?』)


再び拳を放とうとするカルステンを前にホトオリはその違和感を感じ僅かに上瞼を揺らす、もしカルステンの覚醒が常時付与魔術を発動させるタイプなら…


カルステンがそれなりに付与魔術に精通していなければ説明がつかない、魔力覚醒はその人間が見せる『人生の集大成』なのだ、そこにいきなり全く関係ない存在が割り込んでくることはない


しかしカルステンは付与魔術を使えるような素振りを見せていない、なら…


(これは、付与魔術のような 攻撃に付加するタイプの覚醒ではない…?)


「『アッパーショット』ッッ!!」


刹那、カルステンの体が捻じ曲がる勢いで拳が下に下がる、まるで地面を巻き込むような軌道で放たれた大振りのアッパーはなんとそのまま地面さえも変形させ、荘厳なる大地が今ホトオリに牙を剥き


「ぐっ!?」


袈裟気味切り裂くは岩土の刃、ホトオリの拳に巻き込まれるような勢いで地面から刃が射出されその体を傷つける、かつて世界の頂点に上り詰めたボクサーの拳のスピードと同格の速度で飛ぶ刃はホトオリの無敵の肉体さえも苛むのだ


(今度は岩…?、なんだ…まるで分からん、これほど異質な覚醒は見たことが無い)


ホトオリもかつてはよく魔力覚醒者を相手に戦った経験がある、というか八千年前は今よりも覚醒の段階に入る者が多く それだけ戦闘の機会にも恵まれていたからこそ言える


カルステンは当時の魔力覚醒者の中でも頭一つ飛び抜けて強く、その上異様な覚醒を持ち得ていると


「さぁどんどん行くぜ!たんと喰らいな!『ウインドショットブロー』!!」


放たれる拳風の弾丸の連射を受け入れるホトオリはますます混乱する、放つ度属性の変わる攻撃に翻弄される、一体どういう覚醒なのだと…



これは致し方ないことだろう、彼の覚醒を初見で細部まで理解出来る者は非常に少ない、何せ彼の拳は…『その場によって如何様にも変化する』のだから


「オラァッ!!」


「ぅぐっ!?」


彼の使う神捧拳闘ノ刻の原理は、オライオンで彼と戦い 彼を打ち破った男ラグナの扱う熱拳一発に非常に奇遇にも酷似している


彼の覚醒は『その圧倒的握力で常に手の中に魔力を集中させ吸い寄せている』という特徴を持つ、ラグナの熱拳一発もまたその握力で魔力を押し固め自分の全霊を相手に叩き込むという力技ではあるが…


熱拳一発のような擬似覚醒よりも、カルステンの使う正真正銘の覚醒の方が強力なのはいうまでもない、何せ彼は吸い寄せた魔力すらも攻撃に転用できるのだから


「『スピニングストレート』ッ!」


彼の拳が爆発したのは大気の魔力を吸い寄せ吸収することにより一時的に風属性を獲得したからだ、同じように地面を這わせれば一時的に土属性ともなる、その場に存在する物の属性を吸い寄せ巻き込んで剛撃として叩き込むが故に変幻自在、その場に物がある限りカルステンはどんな拳も打てる


…言い換えれば、神が創りたもうたこの世界と共にカルステンは戦うのだ、その拳は拳闘士として握った回数以上に祈りを捧げた信仰の証でもある


彼にとっての宗教概念と拳闘士としての誇りが合わさり生まれた覚醒こそがこの、神に捧げる拳闘の刻なのである


「『ラッシュインパクト』ッ!」


「ッ…どうした、タネが尽きてきたか?」


「…………」


しかしこの覚醒にも一つ弱点がある、それは巻き込む属性があればあるほど多様な技を打てるという性質であるが故にその場にある属性が少なければ打てる技のレパートリーも少ないのだ


この場には土と風しかない、故に彼が打てる技も大凡二通り、いくら勇猛果敢に攻め掛かっても流石にタネを暴かれる、土と風 それだけしか操れないのなら…とホトオリが繰り出すのは


「ならば私も君の真似をしよう、『神羅火鑽掌』」


拳に属性を纏わせるだけなら自分にも出来るとホトオリは腕を一瞬震わせ、灼熱に近しい体温を作り出し拳を燃やす


カルステンが神の作った世界と共に戦うのなら、ホトオリは神が手ずから作ったその肉体こそを武器とする、この場にはない炎を生み出すホトオリの聖なる躯体は神の作った世界さえも超越するのだ


「…へっ、上等」


しかしカルステンは笑う、確かにカルステンはホトオリのように炎を纏うことは出来ない、この場にはないそれを操ることは出来ない、だが…


「『カリエンテエストリア』!」


「無いなら創りゃいいだけだよな!!?」


「な…」


刹那輝くカルステンの背、否 その奥にいるゲオルグの炎熱魔術がカルステンの拳目掛けて放たれたのだ


そう、この場にないなら作ればいい、カルステンで足りないなら補えばいい、その為に彼は…相棒ゲオルグはいるのだから


「私の炎だ!それを使って負けるなよ!」


「分かってる!『フレイムヒートコンボ』!!」


「ッッ!!?」


ホトオリの炎さえも上回る絶炎の一撃が聖人の攻撃ごと打ち砕き拳型の火傷を作り出す、いくらホトオリとはいえ弱体化した上にその炎は本来想定されていない炎…、対するカルステンの燃ゆる火炎はかつて魔術王にさえ手を伸ばした大魔術師がプライドにかけて作り上げた究極の火炎、対等ではない


カルステンの拳は巻き込む魔力が強ければ強いほど強力になる、必然自然現象よりも魔術を巻き込んだ方が強いに決まっている、そこでサポートを行うのがゲオルグだ


この場に存在しない属性全てを網羅する勢いで魔術を放つ彼の援護があれば、カルステンは文字通りなんでも出来るのだ


「『サンダーライジング』!」


「からの!、『ライジングスマッシュ』!」


「がっ!?」


雷電の一撃がホトオリの脇腹を突き上げその足を浮かせ


「『デュリージバースト』!」


「からの!、『ウォーターサウザンドジャブ』ッ!」


「これは…!、なるほど…魔力を巻き込む拳か!」


水が複数に拡散しホトオリを寄せ付けぬ怒涛の乱打を叩き込む、その連打を受けようやくホトオリもその魔力覚醒の正体に気がつく…だが


「今更気がつこうがもう遅い!決めるぞ!カルステン!」


「ああ!頼むぜ相棒!」


風を切るのはカルステンの足、ステップを刻み、軽く左手を何度か突き出す仕草をホトオリがふらついている隙に済ませる、もしこれを彼の現役を知る人間が見たら喝采をあげて立ち上がっただろう


あれはカルステン必殺のルーティン、フィニッシュブローを放つ前に威力を極限まで高める為の前準備、あれを行なったカルステンの勝率は堂々の100%、数多の挑戦者を打ち砕きベルトを守り続けた男が見せる最大の勝利宣言だ


「『スティグマータ・グングニル』ッ!!」


放たれる光槍、神槍ゲオルグの持つ最大奥義が相棒カルステンの背中目掛けて放たれる、そこに一切の容赦もなく迷いもなく減速もない、ただあるのは…彼への信頼のみ


「久々に行くぜ、俺たちの!決め技を!」


「何を…」


ほぼ光速で迫る槍を掴むように大きく体を仰け反らせ拳を振りかぶりその手にゲオルグのスティグマータ・グングニルを巻き込むように纏わせれば、出来上がるのは究極の拳


カルステンという男が終生磨いた拳術と


ゲオルグという男が終生磨いた魔術が一つに融合する、水と油のような二人が数多の試練の末にようやく勝ち取った真なる友情から放たれるは…神にさえ届く一撃


「『ウルティマゼニス』…!!」


ホトオリは見る、己に向かって飛びかかるカルステンの手に握られた極光を、虹色に輝く槍を纏めて手に収め、それでも加速をやめない神槍の猛威を完全に御し 一つの技へと昇華させたその姿を


浮かび上がる、カルステンの体が跳躍で浮かび上がり、瞬く間にホトオリの頭上へと到達する、その速度はホトオリをして目を見張る程度の行動しかできぬ程の速度、当然防御など間に合わな──────


「『メテオブロー』ォッッ!!」!


放たれた拳の振り下ろしはホトオリの意識を一瞬彼方へ消し去るほどの威力で叩き出される、一度として大地に背をつけなかったホトオリの体を無理矢理叩き倒し地面へと減り込ませる一撃はまさしく流星の一打が試合終了を告げるゴングのように轟音を鳴らす


「試合じゃ使えねぇ特別仕様だ…!、お味はどうだよ、聖人様!」


「ぅぐぅっ!?」


ホトオリのめり込む大地は砕け地盤が粉砕しあっという間に世界中の土を一度ひっくり返したかのような有様へと変じる、男の拳一つで 世界が砕けたのだ


「ふぅーっ…、代わりにタオルを投げようか」


倒れ伏すホトオリを見下ろすカルステンは余裕そうな口ぶりを見せるも…、滴るのは冷や汗と脂汗、それを赤く腫れ上がった拳で拭うのだ


「ッッ…いてぇ、相変わらずの威力だな…」


今の一撃はカルステンの限界を超えた一撃だ、そもそも砦もぶっ壊すようなスティグマータ・グングニルを拳に纏わせ打撃として放つなどどう考えても無茶だ、常人ならその荒れ狂う魔力に逆に喰われかねないそれを慣れとなんとなくの感覚で律して放つこの一撃は その反動から捨て身の攻撃でもあるのだ


撃てば一週間は腕を雪に突っ込まねば腫れが引かない諸刃の剣、不発に終われば死ぬのはこちら…そんな技を軽々と使う度量があるからこそ、彼は最強なのかもしれない


「凄い…、あれがカルステン殿の若き日の姿」


「昔はあんなに強かったんですね…」


そんな様を見ているのは現代の神将達 トリトンとローデだ、一応二人もカルステンに勝っているが、その時のカルステンは既に年老いて魔力覚醒も使えずその上ゲオルグからの援護もなかった


万全からはかけ離れたその状態で勝って超えたと果たして言えるのか…、二人は先代の強さに唾を飲む


「しかし、これでホトオリは倒せた…カルステン殿には感謝だな」


「ええ、これで一安心…」


「なわけねぇだろ…!!」


「え?」


胸を撫でるトリトンとローデを置いて、駆け出すのはベンテシュキメだ、誰もがカルステンの勇姿に『流石だ』『あれこそがオライオン最強の力か』とくちぐちに讃える中ただ一人だけ悔しさに歯を軋ませていた彼女が走るのだ


確かにカルステンに助けられたのは事実だし、ベンテシュキメもカルステンの助けがなければホトオリに殺されていたのも事実だし、今のカルステンの方がベンテシュキメより強いのも事実だ


だが…だが


(ふざけんな…、認められるか、認めていいわけがあるか!)


ベンテシュキメは一人その事実を受け入れられなかった、いや受け入れるべきではないと悔しさという名の釘で己を罰していた


何現役引退した奴に戦わせて、現役のあたい達が隠れてんだ、その挙句今のカルステンこそオライオン最強だと認めて…恥ずかしくないのかよ、今の時代を守ってるのはあたい達だろうが!


オライオンの真の最強はカルステンじゃなくて、あたい達の御大将ネレイドだろうが!


そんな悔しさを滲ませていた彼女だからこそ、見ていた…


カルステンの絶技に気を取られず、凛々しく立つカルステンの立ち姿に目を取られず、倒されたはずのホトオリを見ていたから気がついた


(あの野郎、まだ立つぞ!まだ立ってくるぞ!アイツ!)


確信していた、ホトオリが立ち上がると…、ホトオリと刃を交えた彼女はホトオリの耐久力がネレイドを上回っていることを理解していた、そしてこの場の誰よりもネレイドを知る彼女だからこそ言えることがある


『あの程度じゃあウチの御大将は倒れない!』と…


「…………」


「ッ!カルステン!油断するな!まだそいつ息があるぞ!!」


「なっ…」


ゲオルグが叫ぶ、カルステンが脱力した隙にホトオリがゆっくりと立ち上がる、ベンテシュキメの気がついた通り まだホトオリには立ち上がる力があった、まだ戦いは終わってないんだ!


「マジかよ…今の食らって立ち上がるのかよ、どこまでタフなんだお前…!」


「今のはいい一撃だったぞ…、だが悪いな この肉体はあの程度では砕けてくれんのだ…」


立ち上がった、手をつき 足を立て体を起こし再びカルステンの前に立つホトオリはダメージを感じさせないほど機敏な動きで腕を振るう…


「『神羅神罰掌』」


「ッッーーー!?!?」


放たれた平手打ちはそれだけでカルステンの体を直線に飛ばす、イナミに迫る程の怪力を発揮し 力を出し尽くしたカルステンを跳ね飛ばしたのだ


…さっきまでとはまるでパワーが違う、この場に及んでまだホトオリは力を隠していたのだ


「君の勇姿を讃え私も本気を出そう、神より授かりし肉体にのみ許された絶技…『星神鼓動』を用いてな」


立ち上がるホトオリの姿が先程までと違うことに気がつけたのは三人のみ ゲルオグとカルステンとベンテシュキメ達だけだ


バクンバクンと何かが爆発するような音がホトオリの胸より鳴り響き、その肉体が蒸気を発している…あれは覚醒ではない、言ってみればホトオリの戦闘形態…とでも言おうか


常軌を逸した肉体を持つホトオリの耐久力は全羅睺中最高クラスである、その耐久力を活かし 心臓を破裂させる勢いで鼓動させているのだ、それによって送り出される血流は普通なら血管が破る程の勢いを生み出し ホトオリの肉体を活性化させる


筋肉はより一層隆起し、血中の酸素濃度も飛躍的に向上し、全ての内臓が意味もなく活動し、彼の全てを加速させ強化させる、これを発動させたホトオリを殴り倒すのはもしかしたらアルクトゥルスでも不可能かもしれない…


「さぁ、続きをやろう拳雄…それとも、もう終わりか」


「ぅ…ぐっ…がぁ」


「おい!立て!カルステン!、お前が大地に沈んでいいわけがないだろ!立て!」


今の一撃をモロに喰らい血を吐くカルステンを治癒魔術で治し、立て 意識を強く持てとビンタで起こすゲルオグ、そしてそれに悠然と近づくホトオリ


吹き出た汗が即座に蒸発し霧のようにホトオリの足元に漂う、…まるでネレイドの覚醒の如き姿を目にしたベンテシュキメは 言い知れぬ嫌悪感を感じる…冗談じゃないと


「か カルステンさん!頑張って!」


「お願い!立って!」


「貴方だけが頼りなんだ!」


周囲の兵士達も声を上げる、祈るようにカルステンに声を捧げる、今ここでカルステンが倒れたら終わりだと…


「へっ、観客からのエールなんざ…、何十年ぶりかねぇ」


「寝惚けてる場合か!、まだ行けるか?」


「怪しいが…行くしかねぇだろ」


ペッと口の中の血を吐いてゲオルグの肩を借り立ち上がるゲオルグの後ろ姿に歓声があがる、やはり魔女四本剣は違うと…


「…祈り…か、良いものだな?勝利を願う人の声は」


そんなゲオルグの姿と鳴り響く祈りの声を、ただ目を伏せて感じる、かつて己に向けられていた声と同系統の声を…、誰かを頼る人の声を…、そして用が済んだら捨てた者達の声を…思い出す


「さて、もういいか?」


「ああ、第二ラウンドと行こうぜ」


そんな声さえも振り払い、両者共に拳を構えあった瞬間…


「待てや!テメェら!!!」


「む?」


「ベンテシュキメ!?」


割って入るようにベンテシュキメが斬りかかる、炎の剣を振りかぶり霧を纏うホトオリ目掛け一直線に突っ込んだのだ


誰もが見ていなかった、ホトオリやカルステンは疎か周囲の誰もがベンテシュキメを見ていなかった、それ故に突如として斬りかかった彼女の登場に誰もが驚き…


「残念だが今君には用はないんだ」


「ぐぅっ!?」


ただ手を払っただけで、その衝撃波により撃ち落とされ 剣を砕かれ血を吹き沈むベンテシュキメは大地をのたうち回り痛みを堪える


「無茶だ!ベンテシュキメ!」


「そうよ!戻って!お願い!」


血を吹き倒れるベンテシュキメにトリトンとローデが叫ぶ


「ベンテシュキメさん!あんた達はもう十分よくやった!」


「だからもう!」


周囲のオライオン兵も叫ぶ、これ以上命を危険に晒さないでくれと


「悪い事は言わない、私は立ち去る者まで追いかけて殺すほど…残忍ではない」


逃げるなら殺さないと、ある種の慈悲を見せるホトオリは興味なさげに武器を失ったベンテシュキメに投げかける


「ベンテシュキメ…」


「無茶をしおって!、邪魔だ!下がっていろ!」


憤怒するゲオルグとは対照的にカルステンはハッとしたようにベンテシュキメの顔を見る、顔だ…姿ではない、彼女のあり方を示す顔つきを見て 彼自身も何かに気がつく


ただ見れば、実力を顧みない若者だ叩きのめされただけだ、周囲が心配して声をかけるのも分かるというもの、敵に情けをかけられるのも分かるというもの…だが


「そうじゃないんだよな…」


武器をへし折られ、骨だっていくつやられたかも分からないベンテシュキメは血の泡を吹きながらも牙を剥き立ち上がろうとしている、その気持ちが…カルステンには痛いほど分かるのだ


「立つな!ベンテシュキメ!直ぐに治癒魔術師を…」


「いらねぇ!!!!、待てやホトオリ!テメェの相手は…あたいだろうが!」


トリトンの助けを拒み、血声を上げてホトオリに食ってかかる…、ホトオリの相手は私だと、魂を賭けて叫ぶのだ


「何を言っても…ベンテシュキメ…」


「…何言ってる?、…そりゃあこっちのセリフだトリトン!ローデ!、テメェら!何そこに立ってんだよ!何他の兵士と一緒に後ろにいるんだよ!テメェらはなんだよ!神将じゃねぇのかよ!」


「ッ…」


「他の兵士もそうだ!、あたいらが情けねぇのは仕方ねぇ事だ!あたい達が弱いのが悪い!、だがな…お前らそれでいいのかよ、カルステンは現役引退してんだぞ、今のオライオン守ってんのはあたい達だぞ!、その誇りはねぇのかよ…!」


「それは…その…」


ふざけるなふざけるな、何もかもが許せないとばかりにベンテシュキメは叫ぶ、ここにいるのが無辜の民であったならば今の構図も受け入れられよう、だがここにいるのは全員軍人!全員護国の戦士のはずだろう、それが守られて何平気な顔して立ってんだよ!


トリトンやローデもだ、お前らに誇りはないのか…カルステンの強さがなんだ、あたい達だって…いや あたい達こそが今の神将だろうが!、それとも 前任者が出てきたらその名前引っ込められる程…簡単な名前なのかよ、神将ってのは!


「勇ましいな、だがどうする、私に挑むのはオススメしないが」


「それでも戦わなくちゃあならないのが神将だろうが…、大体 そもそもが気に食わねぇんだよ、テメェは!」


「私がか?」


「テメェが、聖人って呼ばれてることも…テメェがホトオリであることも!何もかも!!!」


武器も力も失いなお勇ましいベンテシュキメは血だらけの体を引きずってホトオリに挑まんと足を進める…、だが戦えば死ぬことなど誰にでも分かる、錯乱しているなら取り押さえてでも止めないと、そうトリトン達が動こうとした瞬間


「待て、止めるな…」


「え?カルステン殿?」


止める、カルステンが待てと手を出す、今のベンテシュキメは止めないほうがいいと…


「おい、カルステン…まさかベンテシュキメの奴」


「ああ、そのまさかだ…」


「そうか、ならどうする」


「そんなの決まってるだろ、いやぁいいな?やっぱ若い芽が育つってのは!」


軽く目線を合わせ意思の疎通を図るカルステンとゲオルグの意思は一つ、されど表情は相反するものである、カルステンは笑い ゲオルグは寂しそうにしながらも…それを受け入れる


「なら行ってこい、私は手を出さんからな」


「ああそうしてくれ…、最後まで面倒かけたな、相棒」


「やめろ、早くしろ」


「ん…、それじゃあ…おい!ホトオリ!!」


「む?…ッ!?」


刹那、ベンテシュキメを始末しようとするホトオリを止めるようにカルステンが仕掛けるのはグラップリング、所謂クリンチと呼ばれる掴み技であり カルステンが生涯一度として使用してこなかった手段を用いてホトオリを止める


体全体を押し付けその動きを縛る為全力を尽くす


「何をしている、拳雄よ…」


「何って…足止めさ」


「皆の祈りを一身に受けるお前がか…、それは誰も望んではいまい」


「だろうな、だが…おい!ベンテシュキメ!」


「ッ…ああ?」


今にも倒れそうなベンテシュキメに気付けの一声をかけながら、カルステンは…


「テメェに決められるか?」


煽るように、それでいて任せるように、信頼を露わにした言葉を投げかける、遠回しにお前が決めろと言わんばかりの言葉は…カルステンの決意の現れである


それを受け、パチクリと目を見開いたベンテシュキメは…


「当たり前だろぉが…あたいは、神将だぞッ!!今の時代を背負って立つのは!あたい達だ!」


吠える、まるで獣の如き咆哮と共にどこに残っていたのかも分からない力に任せて、彼女は最後の跳躍を果たす


それはハタから見れば愚か者の突撃だろう、実力差の分からない若者の特攻にも見えるだろう…、事実誰もがそう見ていた


例外を言えば、カルステンとゲオルグ、そしてこの中に今ホトオリも加わる


「むっ、まさか…!貴様!」


「おっと!気がつきやがったな!だが行かせねぇよ!」


「ぐっ、…だが ただでやられるわけにはいかないな…!」


ベンテシュキメから何かを感じ取ったホトオリは急激に抵抗を強める、だがそれを抑えるのが己の仕事とばかりにカルステンもまた全力で拘束する


「はぁぁああああああああ!!!!」


「ぬっぐぅぅうぉぉおおおおおおお!!!!」


全力で振り払おうとするとホトオリを抑えるのは至難の業だ、それこそ己の全てを賭けなければ成立さえしない、故にカルステンは己の全生命を賭けてホトオリに挑む


抑える腕が破裂しそうになりながらも、全身の筋繊維が断裂する音を聞きながらも、骨が砕け内臓が破裂しようともその場を離れない


全ては…未来の為に


(分かるぜ、ベンテシュキメ…お前の気持ち、情けねぇよな 辛いよな、お前の気持ち 痛いほど分かるぜ)


カルステンにはベンテシュキメの気持ちがよく分かる、かつて未熟者と罵られた頃を思い出すからこそ…誇りと信心だけが武器だった己の若い頃を思い出すからこそ、ベンテシュキメに賭けてみたくなった


彼女の怒りはただの怒りじゃない、身を焦がし 己さえも焦がす怒りの炎、それはやがて…限界の壁だって焼いてくれることを


「ッッ!!『魔力覚醒』ッ!!」


飛び上がったベンテシュキメが吠える、魔力覚醒の名を…


彼女が覚醒出来るかと言えば否だ、彼女はまだ覚醒の段階に至ってない…至っていなかったと言ったほうがいいか


「やはり、覚醒を…!激しい怒りが呼び水になったか!」


感情とは即ち魂だ、ならば激しい感情の揺らぎで 時たまにその段階に至っていない人間を一気に次の段階に誘うことがある、それをカルステンは感じ取ったからこそベンテシュキメに任せたのだ


彼女の言った通り、今この世を守るのは今この世を生きる神将であるべきなのだから


「っ!やられると分かって抵抗しないほど優しくないぞ!!」


「だから行かせねぇよ!、ベンテシュキメ!決めろォッ!」


「─────『炎獅子装束・火之炫毘』!!」


燃ゆる、ベンテシュキメの怒りが燃える、遥か古に生きたと言われる炎神フォロマノの血を継ぎ、自らも誇りの炎を纏って戦う彼女が今燃え上がる


激怒が燃える、憤怒が燃える、激怒に燃え赫怒に燃え震怒に燃ゆるベンテシュキメの怒りが具現化したように金色の炎を全身を焼きながらホトオリに迫る


「っ!、…フッ この場で覚醒を成し遂げたか、困難が人を強くする…まさしく教えの通りだな」


太陽の如き熱量を放つベンテシュキメを見てホトオリは笑う、…並大抵の覚醒程度なら弾き返すつもりだったが、どうやらこれは…どうやら…これは……


私の負けのようだ



「『聖炎の刑獄』…ッッ!!」



刹那、ホトオリの胸を貫くのはベンテシュキメの手から放たれた炎の剣、それは彼の鋼の肉体さえ貫通する…いや少し違うな、貫いたというよりこれは


「っととと!、こいつは…!なんてヤベェ形に覚醒しやがったんだ…!」


咄嗟に離れ地面を転がりながらホトオリとベンテシュキメを見やれば、炎剣に貫かれたホトオリが一気に燃焼するのが見える


「ほお…これは……」


まるで油でも塗ったくっていたかのように燃えるホトオリ、彼を包む炎はただの炎じゃない、あれはベンテシュキメの怒りの炎だ…


ベンテシュキメが目覚めた『炎獅子装束・火之炫毘』はその見た目に反して属性同一型の覚醒ではなく、概念干渉型の覚醒に当たる非常に希少な覚醒だ


彼女が魔術と一体化し放つ炎は彼女が最も得意とする油の性質を持つ、つまりあの炎自体が油と同系統の性質…『可燃性』なのだ


つまり、ベンテシュキメの放つ炎は炎に反応して更に燃える、燃えながらにして新たに発火し燃焼する、火が火種になり更に燃える、炎に火が付き更に燃え永遠に燃え続け時間経過により無限に火力を上げていく、…燃えれば燃えるほど火力が上がる癖にベンテシュキメの炎は決して消えない


故に、理論上にはなるが、ともすればシリウスの肉体だって焼き尽くすことが出来るほどの聖炎なのだ


「は…これは、この肉体ではどうすることも出来ないか」


これがもし本来の肉体であったならなんとかする方法は山とあったが、弱体化した体ではどうしようもない、どうしようもなけれなこれはもう詰みだ…炎に包まれた時点で抜け出しようがない


相手を焼き尽くすまで消えない炎、発火し続ける炎という不可思議な黄金の光に包まれたホトオリは先程までの抵抗もせず、安らかにベンテシュキメを見つめる


「最後に聞かせてもらえるか、炎の御子よ」


「まだ…喋れるのかよ」


「ああ、…君は何故そこまで怒った、君が口にしたのは飽くまでこの炎のように延焼した結果だろう、君が怒った真なる火種はなんだ」


ホトオリの言う言葉はある意味真実だ、神将の不甲斐なさにも 兵士たちの情けなさにも カルステンの活躍にも 自分の弱さにもベンテシュキメは怒っている、だがそれは飽くまで既に抱いていた怒りが延焼した結果


ならばその本来の怒りはどこにある、そう問いかけられて…ベンテシュキメは迷うことなく


「言っただろ、テメェの全て…テメェがホトオリだからだ、テメェの生まれ変わりがウチの御大将なわけがねぇんだよ!」


彼女が怒った理由は一つ、彼女が敬愛するネレイドが持つ異名の一つ 『聖人ホトオリの生まれ変わり』に起因する、実際にネレイドがホトオリの生まれ変わりかは分からない、だがそれでもネレイドはその名を持っている


そんなネレイドの生まれ変わる前がこの男だと言うことが認められないのだ、あの心優しい御大将がこいつから生まれ変わったわけがないのだ、そう思えば何もかもが気に入らなかった


御大将のようなタフネスに御大将のように霧を纏う戦闘法、一致する点が見つかれば見つかるほど言い知れない憎悪に駆られ彼女は怒った


結果としてその怒りが、この覚醒の呼び水になったのだ


「ふっ、よくわからんな…だが、まぁいい…今はこれでよしとするとしよう」


「この先、何回蘇ろうが生まれ変わろうが…関係ねぇ!あたいがテメェを倒す!」


「そうか…それは勇ましい」


その言葉を最後に炎はホトオリの肉体を燃え上がらせる程の物に変化し、彼の偽りの肉体が黒炭へと消えていく


ホトオリは認める、負けを認める、実力では分からなかったが…少なくとも彼は今の時代の信者達の信心に負けたのだ、そう思えば納得もいく


そう彼は大人しく消える道を選び、ベンテシュキメの炎の中へと消えていく、今の世に残る信仰の形に…些かの感動を得ながら、彼は……



………………………………………………………………


「おや、魔造兵の動きが止まりましたね、どうやら魔造兵の指令役が死んだようですね」


ふと、風に靡く髪を抑えながら周囲を見れば、あれほど苛烈に動き回っていた魔造兵達がまるでやる気をなくしたかのように脱力し動かなくなっているのだ、恐らくは報告にあった魔造兵達のブレイン役たる魔獣王タマオノを誰かが倒したお陰で、奴等に送られてくる信号が途絶し活動を停止したのだろう


誰がタマオノを倒したかは不明だが大金星だ、これ以上ないくらい我々の勝利に貢献してくれたと言えるだろう


「さて、あとは貴方達を倒すだけになりましたね、羅睺十悪星」


ただまだ他の羅睺達が残っている、奴等一人一人の実力は計り知れないほどに高い、魔女大国最高戦力クラスが複数人でかかりようやく倒せるかどうかの段階にあると言える、単独での撃破は将軍でさえ難しい存在が 少なくとも九人はこの戦場にいる


それはまだまだ予断を許さない状況を意味しており、それ故にグロリアーナもまた目の前に立つ羅睺十悪星を警戒し─────



「ガ…ガシャ…ガシャ、ギィー…」


てはいなかった、目の前に立つ大鎧…不死身の大魔神ミツカケは既にその威容を失い 信じられないほどズタボロの鉄くずにされていたからだ


八本あった腕は五本も失われ、右上半身に至っては抉られるように消え失せあちこちに入る亀裂が隙間風を通し奇妙な音を立て辛うじて立っているのが今のミツカケの状態となる


生半可な傷ならミツカケは治す手段を持っている、事実シオ達から受けた傷は修復を終えている…つまり、この傷は全てグロリアーナ単騎により与えられた傷ということになる


「ガシャ…ガシャ…、我輩が…ここまで圧倒されるだとぉ…」


ミツカケは今 グロリアーナと言う一人の女に圧倒されている、油断などしていない慢心などかなり早期に捨てさせられた、全力で殺しにかかった結果グロリアーナは無傷 ミツカケは満身創痍と言う目も当てられない状態に陥ったのだ


これでもミツカケは幾度となく戦場に立った歴戦の戦士、相手の実力や時の流れなどを読む頭くらいは持ち合わせている…、そんなミツカケが見たグロリアーナの第一印象は


『グロリアーナレベルなら三人同時に相手に出来る』と言うなんとも舐めた話であった、何せスバルが魔女大国最高戦力であるタリアテッレとマリアニールを、アミーがベオセルクを圧倒していることから 羅睺十悪星の今現在の実力は魔女大国最高戦力三人分程度である事を早々に見抜いていたのだ


ならば目の前にいるグロリアーナもまた魔女大国最高戦力…三人纏めて相手することくらいわけないと判断したのだ、これでもミツカケの戦闘能力は羅睺でも決して劣らぬ…いや殺傷能力ならば上位にさえ食い込む力を持っている、この分析は間違ってはいないと祈るように内心で口にしながら…このザマだ


「何が…何が起こっておるのだ…これは」


「単純な話ですよ、私が強く 貴方が弱い、それだけです」


「ふざけるな…、我輩は弱くなどあるものか!!」


ミツカケは攻めた、何かの間違いだと口にしながら攻め続けていた、鎧を操り己を増やし 剣を操り雨を降らせ、自慢の八剣術でグロリアーナを攻め立てた


だが


「無駄ですよ、『ティトラカワン・オブシウス』」


グロリアーナが使用する魔力覚醒『ティトラカワン・オブシウス』、かつてエリスを相手に使ったそれと同じ覚醒は彼女の体を特殊な黒曜石で覆い 全方位に全てを断ち切る斬撃を飛ばす広範囲殲滅型の魔力覚醒


飛ばす斬撃は攻撃にも防御にもなる、事実ミツカケが振るった剣はグロリアーナに触れると同時に逆に切れて両断されてしまうのだから どうしようもない


「ぬぐぅっ…!」


「握り裂け…『トロケ・ナワケ』」


「ッッ!?!」


咄嗟にミツカケは空高く飛んで未だ放たれぬグロリアーナの攻撃から全力で逃げれば…、グロリアーナもの黒曜石に覆われた手が放つのは不可視の大腕


手型の斬撃が大地を握り潰す様に切り裂きそのまま彼方まで飛んでいく、彼女の体から放たれる斬撃を止められる物は今この場には存在しないのだ


「ぬぅ!死ね!『流星…」


「遅い、落とし裂け『イパルモアニ』」


指を一つ鳴らす、黒曜石に包まれた指をだ、その音はやがて斬撃となり空を飛ぶミツカケの体を容赦なく引き裂く、些か防御力が落ちているミツカケにとつて到底耐えられる斬撃ではなく、その腕と残った四肢がバラバラに切り裂かれついにミツカケの鎧は達磨同然の姿にされてしまう


「うぐぅぅうぅう!??」


それでも並大抵の攻撃ならば避けられるはずのミツカケが一切反応も出来ずこうも一方的に嬲られるのは異常だ、シオやガイランド フィリップの三人がかりでさえ倒すことが出来なかった存在をいとも容易く撃ち落としたグロリアーナが動けないミツカケの胴体に足を乗せる、半ば勝利宣言の様に


「しかし不思議な体ですね、中身がないなんて…貴方は幽霊か何かですか?、いや幽霊だとしたら生き返ったなどと言いませんか…そもそも人間?」


「バカにするでないわ!我輩は歴たる人間!、そして究極不死身の最強大魔じ…」


「貴方には聞いてないです」


刹那、ごちゃごちゃ喋るミツカケの言葉に苛立ったのか、特に躊躇する様子もなくグロリアーナは足に力を込め 伽藍堂のその体を踏み潰し粉々に打ち砕く


「ガシャーン!?我輩の体がー!?」


「…兜だけになっても喋りますか…」


ゴロゴロと転がり情けない声を上げるミツカケを見ていよいよ分からなくなる、これは一体なんなんだとグロリアーナは首を傾げるのだ


鎧だけの体は人の様に動き人の様に振る舞う、されど中身には何もなく 空っぽの体は壊しても特に意味がない、剰え頭だけになっても喋る始末、中には腕だけになっても動く事もあった


最初は幽霊か?なんて冗談半分に思ったがそれではいろいろ辻褄が合わない


次は思念を持った魔力が鎧に乗り移っているのかと思ったが、それなら別の鎧を動かした際別人格になる意味が分からない


全く変わらない、ミツカケという存在の正体が…こんなものが昔はいたのか?


「ぅがー!我輩お気に入りの伝説の鎧だったというのにー!、これはかつて戦場で名を馳せた英雄アルフートを殺して手に入れた超一級の鎧にしてその硬度と輝きは…」


「よく喋りますね、…この兜を潰したら終わるんですかね」


「ギョエー!?」


ベラベラと喋るミツカケの兜を持ち上げギリギリと握り潰そうと手に力を込める、これを壊して終わるならそれでいいが…、そう彼女が思案した瞬間


「ん?よく見ればお主の鎧もなかなか良い鎧であるな」


「へ?、ええまぁ…フォーマルハウト様より頂いた特別製です、貴方の鎧よりも数段上のものですよ」


「確かに…、ならば 頂くより他ないな!」


刹那、ミツカケの瞳が紅に光 その小さな体を輝かせ魔力を放つのだ、これはまずいと察したグロリアーナは急いで握りつぶそうとするが…


(体が動かない…、違う これは…!)


「鎧を身に纏うお前ではワシには勝てぬわ!、来い!『骸神勅令』!」


鎧がそのままの姿勢で固定され握り潰そうにもその黄金の鎧に阻まれトドメを刺すチャンスを逃したグロリアーナを、次に襲うのは壮絶な引力


まるでミツカケに吸い寄せられる様に鎧がグロリアーナの体を離れていく、彼女の体を守り続けた鎧が主人を変え ミツカケの元へと集っていくのだ


「くっ!」


するとあっという間にグロリアーナの鎧は全て剥がれ、代わりに兜だけだったミツカケに 新たなる体が合体する


「ガーシャガシャガシャ!形勢逆転!流石は我輩である!!、凄まじいぞ!この鎧!我が魔力が染み込む様だ…、これならばあれも出来そうだ!」


すると黄金の肉体を手に入れたミツカケは今さっきまでグロリアーナの鎧だったそれを体代わりに動かし、そのまま天高く跳躍すると…


「『骸神変形』!」


輝きを放つ、古びた兜と黄金の鎧 サイズも着色も年季も不釣り合いなこの二つが溶け合う様な光を放つと共に、ミツカケの体に変化が起こる…いや、変形をするのだ


古びた兜であったミツカケの頭は鎧に合わせて黄金の輝きを纏いより一層鋭い威容に変化し、グロリアーナの黄金の鎧も兜に合わせて刺々しく変形し、肩から先ほどまで存在しなかった腕が新たに四本生え 六つの腕の先から刃が飛び出し剣となる


まるで黄金の魔神の如き姿へとみるみるうちに変化したミツカケの体から放たれる魔力が、先ほどよりも凄まじい物へと入れ替わる、…さっきまでの姿では本気が出せていなかったとばかりに 真の力を解放したのだ


「ガシャガシャ!変形完了!真・黄大魔神ミツカケ推参!!」


「…………」


これこそミツカケの真なる恐ろしさ、相手の鎧を奪い防御力を剥奪するとともに自らの力に変え自分を強化する戦法、これにより数多の戦士達が実力を発揮出来ずミツカケに惨殺されて来たのだ


そして、それはまたグロリアーナも同じ…鎧を剥がれたその下から彼女の玉の様な肌が露わになり…


「ってお前鎧の下裸だったのー!?!?!?」


「ええまぁ、いつも鎧の下には服は着用してません」


「ド変態じゃないか!?」


服を着ていない、それどころか下着も着用していない、何を考えて生きてたらそんな姿で平然と生きられるんだとミツカケは混乱する、まさかこいつ…今の今まで鎧の下に何も着ないで戦っていたのか?軍議とかに参加してたのか?、…ヤバ…


「が…ガシャガシャ…、まぁいい 服を剥がれた人間は皆その動きを鈍らせる、そこはお前も変わらんはず…自ら服を剥いでいるとはバカな奴め」


だがミツカケは知っている、人間は薄着になればなるほど動きが羞恥により鈍る、特に女はそれが著しい、乳房を晒し陰部を晒した女はそれを隠そうとして手を使う…そうなればもう戦闘どころではないことを、鎧を剥ぎ服を剥ぐミツカケの必勝形態へと自らの意思で近づいたグロリアーナを嘲笑し…


「ガシャガシャガシャガシャ…」


「………………」


「ガシャガシャ…ガシャ…ガシャ…」


「どうしたのですか?、来ないのですか?」


「いや少しは恥ずかしがってー!?!?」


しかしグロリアーナは恥じない、寧ろ見せつける様に胸の下で腕を組み強調し、足を開きながら立ち全てを見せつけるが如く雄々しく立ち尽くすのだから逆にミツカケが恥ずかしくなって六つの手で顔を覆ってしまう、何を考えてるんだこの女は


「恥ずかしがる?、何を言いますか…私のこの体のどこに!恥ずかしい部分があるというのですか!、この至上の芸術の何処に!」


「こ、この人怖いよぉ」


「よく見なさい!ほら!手を退けて!、デルセクトの秘宝たるこの玉肌をぉおおおお!!!」


「ひぃ…!」


「この芸術を見たフォーマルハウト様はいつも喜んでくれてますよ!、『貴方の乳の形は最高だ』と!」


「ふぉ!?フォーマルハウトちゃんもそんなこと言ってるの!?じゃあ私の裸にも興奮してたってこと!?やだー!?あのすけべど変態ムッツリ魔女ー!!!」


「……ん?、フォーマルハウト『ちゃん』?、…『私』?」


「あ…」


ふと、グロリアーナは目を煌めかせる…先程のミツカケの口調に違和感を感じたからだ、まるで化けの皮が剥がれた様な幼い口調に可愛らしい喋り方、こいつ…いやこの子はまさか


「が ガシャガシャ!な 何を気にしているのだ!、それよりも!、この新たなる真・ミツカケの力を味わうがいい!」


それを取り繕う様に六つの腕を振るい襲い掛かるミツカケの猛攻がグロリアーナを襲い始める、その速度 切れ 冴え…全てが先程までの比ではない


「ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ!!!!」


「むっ、これは…流石私の鎧」


腕に取り付けられた刃を突き刺す様な軌道で何度も拳を打ち付け、怒涛の連撃をグロリアーナに叩きつけるミツカケ、今度はグロリアーナの黒曜石の刃さえものともせず、寧ろ弾く様に砕く様に痛めつける


「くっ、握り裂け『トロケ・ナワケ』!」


「ガシャーン!『黄金掌握斬』!」


ぶつかり合う黒曜の一撃と黄金の一撃、その威力は互角 勢いも互角 破壊力も互角、しかし…その代償はあまりに不釣り合い、何せグロリアーナは二本しかない腕の一本を使ったというのに、止められたのはミツカケの六つある腕の一つだけ つまり


「ガシャガシャ!もうお前の刃は通じないぞ!」


「チッ…」


グロリアーナの刃を弾いてその体を大きく揺さぶる一撃を脇腹に叩き込む、最早グロリアーナの刃はミツカケに通じない…それを証明すると共にミツカケは大きく体を畝らせ


「『骸神明王連刃』ッ!!」


複数の腕を展開しながら体を大きく回転させ、何度も何度も 繰り返す様に繰り返す様にグロリアーナの体を襲う刃の連撃、豪雨の様に体を叩きつける殺剣の応酬に遂にグロリアーナの体が浮かび上がり…


「喝破ッ!!」


鬼型の兜口の部分を開き、中から凄絶なる魔力による熱線を放ち、吹き飛ぶグロリアーナに追い打ちをかけ爆裂させる


「ガシャガシャガシャガシャ!良いものをもらったぞ!感謝する!ガシャガシャ!」


口から放たれた光は紅蓮の爆発を巻き起こし、大地を赤熱させ夜空に黒煙を齎す、一撃で世界を変容させるほどの光線を放ったミツカケはそんな様を見て喜ぶ様に体を揺らす


ミツカケは操る鎧の質によって力が増す、グロリアーナが所有していた鎧はそれほまでに上質でありその力を飛躍的に上昇させるにたるだけのものであったのだ、敵を倒した上に強くなれたと狂喜に沸くミツカケは喜ぶと同時に安堵する


よかった、始末できた…と


「よかった…、危うく私の秘密がバレるとこだった…セーフセーフ」


危なかった、私の秘密がバレたら大変なことになるところだった、うっかり口を滑らせてグロリアーナに看破されかかったが、そのグロリアーナを始末出来たのならもう安心…後は軽くあの街を攻めてこの戦いを終わらせて消えるとしよう


そう出るはずもない冷や汗を拭う仕草を見せ踵を返そうとした瞬間…


「何処に行くのですか、まさか一度攻めただけでもう終わりだと?」


「ぬぐぅっ!?まだ生きて!?」


爆炎の中から姿を見せるグロリアーナが引き止める、割れた黒曜石の間から血を吹き出し 額からも血を流しながらも生きている、いやそれよりも…


「まだ我輩と戦うつもりか、真の力を取り戻した我輩には貴様の黒曜石など通用せんぞ」


「その様ですね」


グロリアーナ唯一の攻撃方法である黒曜石は通用しない、グロリアーナ自身の黄金の鎧はミツカケの魔力でさらに強化されており万物を切り裂くはずの黒曜石を弾くのだ


とくればもうグロリアーナに打てる手はない、だというのに何故まだ立ち塞がるのか


「防具も武器もないお前が我輩に勝てるとは思えんが、それでもやるならば歓迎しよう!」


グロリアーナは表情を崩さないが、有り体に言うなれば絶体絶命だ、周囲に味方はいないし武器も防具もなく、切り札の覚醒を使ってもダメージを与えられないんだ、出来る事といえば逃走しかないが その絶好の機会をグロリアーナは自分自身で捨てた、こんなもの自殺行為としかいえないだろう


何故逃げなかったのか?


彼女なりのプライド?、シオの腕の件?、自らの役目を果たすため?、まぁ色々あるが…


「果たしてそうですかね」


単純に言えば、逃げる必要がないから逃げなかっただけだ


「何?…む、まさか…お前」




──グロリアーナ・オブシディアンという人間はエリスもよく知っていた、かつては共に戦いぶつかり合った事もある人物だ、故にエリスも彼女の力をデルセクトで見ているからある程度は知っている


武術 剣術 魔術 処世術 医術 算術 学術 美術 凡ゆる術理に精通しそれらを極めたと言われる天才であり、ディオスクロア大学園を首席で卒業し瞬く間にデルセクト連合軍総司令官の座に就いた麒麟児


タリアテッレと共に若くしてカストリア四天王と呼ばれていた人物として今尚活躍している世界の中心にいる人物の一人だ


実力 知識 美貌 地位 品格、人が欲する全てを持つ彼女の魔力覚醒を堪能したエリスは思っただろう…流石はカストリア四天王の一人だと



だが違うのだ、彼女を形容するならカストリア四天王と呼ぶべきではない、少なくとも今は違う


「貴方が本気を出すと言うのなら、こちらも本気を出すまでです」


覚醒を行なった状態でグロリアーナは静かに魔力を滾らせる、…本気を出すと口にする


…アガスティヤ帝国は世界各地に偵察を放っている…、と言え話はエリスも知るところであり 各国の内面を静かに監視して秩序を守るために暗躍している諜報機関が存在する


今はまだその正体を探られていないデルセクト軍人たるニコラスもまた偵察を任された諜報員の一人ではあるが、それと同時にニコラスはデルセクトの腐敗を正すためかつて総司令官の座に就いたこともあるのだ


おかしくはないだろうか、いくら腐敗を正すためとはいえ諜報員たるニコラスが態々総司令官の座に就くなど、それを言えばアルクカースもまた魔女の暴走で道を踏み外していたと言うのに 帝国がこれほどの過干渉を行なったのは後にも先にもデルセクトだけだ


何故か?、単純な話である、世界最強の戦闘民族アルクカースが暴走するよりもデルセクトの方が脅威レベルが高いと帝国に判断されたから、そしてその理由こそが


黒曜 グロリアーナ・オブシディアンの存在である


「本気だとぉ?、ハッタリはよした方が良いぞ」


「別に信じて貰う必要はないので詳しく言うつもりはありません、その身で体験していただければ良いです…、ふぅ 久し振りに使いますね…第三段階の力を、極・魔力覚醒を」


グロリアーナ…、たった一人で帝国に血相を変えさせた女の実力は、帝国の三将軍にさえ届くと判断されている、即ち彼女はカストリアで強いのではなく


世界でも最強クラスの実力を持つ カストリア大陸最強の女なのだ


「『極・魔力覚醒』…!」


エリスを相手に出さなかった本気、未だ嘗て余程のことがない限り使用することのなかった本気を…、今解放する様にその身の魔力を更に外へと押し出していく


その魔力覚醒『ティトラカワン・オブシウス』はどちらかと言うと防御よりの覚醒であるとグロリアーナは思っている、黒曜石を身に纏い相手の攻撃を防ぎながら斬撃を飛ばすだけのチンケな覚醒だと常々思っている


故にこちらは、その真逆を行く、栄光の名を背負う者として 威風堂々と勝利をもぎ取る為の…グロリアーナの真の力、その名も


「『ゴッド・セイヴ・テスカトリポカ』」


刹那世界を埋め尽くす程の黒曜が瞬く間に視界に広がるミツカケは見る、グロリアーナの体を包んでいた斬撃を飛ばす黒曜石が大地を覆い 空中に散布され 空に蓋をするのを


極・魔力覚醒…即ち周辺の環境さえも意のままに変化させる覚醒、それを使用したならばつまり今世界はあの何もかもを切り裂く黒曜石に世界が覆われることを意味して…


(いや、ならばなんだと言うのだ…!)


しかし、意に介するものではないとミツカケは断じる、何せその黒曜石を克服しているからだ、体に纏わり付いていようが世界中から黒曜石が飛び出ていようが関係ない、ミツカケの黄金の躯体はそれさえも弾いて再びグロリアーナに牙を剥くだろう


ただ範囲が広がっただけ、そうミツカケは早計にも断じてしまうが…違うのだ


何せグロリアーナの極・魔力覚醒は『世界で最も小さな魔力覚醒』と帝国に評価されているからだ


「集え、黒曜ッ!!」


「なっ!?」


ミツカケが攻め立てようとした瞬間、グロリアーナの声に反応し世界中を覆い尽くしてきた全ての黒曜石が輝きと共にグロリアーナの手の中に収められる、周囲に広がっていた魔力と共に 一箇所に集中するのだ


形成するのは長い棒、グロリアーナの腕より少し長い程度の棒…否、長剣だ 黒曜石の剣が手の中で作られているのだ、剣は鋭く研ぎ澄まされ大量の黒曜石を吸い込み凝縮し圧縮し魔力と共に硬化する


…この剣が、彼女の操る世界の領域だ


「『グローリー・マクアウィトル』」


「なんだ…それは…」


手に取る黒曜の剣、世界に散らばった黒曜石もグロリアーナを包んでいた黒曜の鎧も全てその一振りの中へと消え ただ一本の剣だけが夜の闇よりも暗く輝く


黒曜剣グローリー・マクアウィトル、別名世界最鋭の剣…帝国に存在するとある剣型魔装を上回る幻の剣、グロリアーナが極・魔力覚醒を行った際しか顕現しない最強の刃が今抜剣された


それを前にミツカケが見るのは…、敗北だ


「まさかそれほどの剣が今の世に存在しているとは、…なんと研ぎ澄まされた輝きか、美しい」


「美しいだけではありませんよ、…我が栄光の一撃 本来ならば貴方如きに見せるわけにはいかないのですが、仕方ありません…仰ぎ見て死になさい」


グロリアーナは振りかぶる、黒曜の剣を天高く掲げ攻撃の意思を見せる、されどミツカケとの距離は遠くとても刃が届く様には見えない…が


届く様には見えないと言うのに、ミツカケは感じている…己の死を、あれが振り下ろされれば自らは死ぬと、これほどの恐怖を覚えたのはいつ以来か!


「ガシャガシャ!上等である!ならば我が最強の奥義をもってして迎え撃つのみ!!」


「逃げませんか、まぁ…逃げても無駄ですがね…!、貴方は私の可愛い部下の腕を叩き斬りその命を奪おうとした、…この件の借りは返させて頂きます」


「知るかッ!弱き者は奪われる!世の常だろうが!」


弱い者は全てを奪われる、生きる場所 大切な人 己の尊厳さえも何もかもを奪われる、ならばこそ奪われる以上に奪って生きていくしかないのだと咆哮するミツカケはその六本の腕を重ね合わせ、身に滾る魔力をただ一箇所に集める


鎧と言う名の人形を介して、黄金の鎧を砕くほどの魔力が送り込まれ 今ミツカケは黄金の魔力砲へと変化し…


「『骸神月魄砲』ッ!!」


ミツカケが用いるのは遥か古に潰えた魔力闘法…即ち魔法が進化した物 通称『魔砲術』と呼ばれる技術の一つである、魔力を反射する筒状の物体の中に魔力を貯めて一気に押し出すことにより魔法よりも強力な攻撃力を実現する奥義の一つ


シリウスが開発した魔術の登場に対抗して魔法側が編み出した新たなる技術である魔砲術は威力だけで見れば古式魔術さえも上回る絶大な破壊力を持つが、結局魔術に取って代わられ誕生から間も無くして消え失せるという結末を辿った


そんな修得者の数も数えられる程度しかいない希少極まる技術を用いて口から極大の魔力閃光を放つミツカケ、伽藍の体の中に魔力を満たし一撃として放たれるその光線は 魔女の弟子たちの古式魔術が霞んで見えるほどの規模で周辺を破壊し尽くしグロリアーナに迫る


しかし


それでも


揺らがぬが故に、彼女は


最強なのだ


「…すぅー…」



迫る黄金を前にしてグロリアーナは不可思議な構えを取る、振り上げた刃を包み込むように片手で掴み、柄と刀身をそれぞれ掴むような姿勢をとる


まるで自らの手を鞘に見立てたかのような構え、不可思議極まり無い構え、剣の刃を素手で持つなんてのは自傷行為に他ならず、ましてや極限の斬れ味を持つこの剣の刀身を素手で触れば指なんぞ茹でたブロッコリーのように切れてしまうだろう


…だが、それでもグロリアーナは強く強く刃を掴む、手の内に黒曜石を纏い切断だけでも阻止しながら刃を握り込み…そして、見据える


ミツカケを


「切り裂け『イルウィカワ・トラルティクパケ』…!」


まるで、居合のように自分の手の中から黒曜の剣を抜き放つ、手の中の黒曜によりより一層凝縮され研磨され激しい火花と轟音を上げて振り抜かれた斬り上げが 目の前の黄金の輝きをバターのように溶かし斬る


そもそも、この黒曜の剣自体が凝縮された極・魔力覚醒なのだ、掌握された空間を物質的な影響力を持つまでに圧縮し剣の形に固めたのがこの剣なのだ、棒状の極・魔力覚醒を振るうと言う暴挙にも等しい一撃を、更に研磨し内部で荒れ狂うエネルギーを纏めて制御し指向性を持たせ前方に斬撃として放つ それこそがカストリア最強の存在たるグロリアーナの持つ奥義


その一閃は、文字通り天井の星すら落とす勢いで光を切り裂き…



「なななな、ぬぅあにぃっ!!??」


自らが放った魔砲がスパーンと一つ、ナイフで切られたパンのように分けられ驚愕するミツカケ、いや 切れたのはミツカケの放った魔砲だけではない


地面が 天が、グロリアーナを始点として線がミツカケに伸びている、…切れているんだ 世界が、地面には谷が空には亀裂が…こんなの魔女の一撃とと変わらぬ威力ではないかと柄にもなく青褪めるミツカケは考える


何か別の方法を考えねばなるまい、このまま戦っても勝ち目が見えない、あんなデタラメな剣を振り回されたら防ぐ術がない…なら、このまま逃げて他の鎧を大量に手に入れ軍勢を作り上げてから挑むべきか?


よし、そうしよう


「仕方あるまい!ここは退いて…」


そうミツカケが右足を振り抜いて後ろへ飛んだ瞬間…、見える


自分が立っていた場所に、今はもう誰もいないはずのそこに、自分が立っている?あれ?おかしいぞ?何故我輩がそこに見える、いやそもそも あれ?


「これは…あ!」


そこでようやく気がつく、自分が今 左半身を置いて飛んだことを、今の自分が右半身しかないことを、今の一撃で ミツカケの体が真っ二つに引き裂かれたことを


「うっそぉっ!?ま 真っ二つぅっ!?」


魔砲を斬りはらう余波だけで鎧が裂けた、いやよく見たら…我輩の後ろにある全てが真っ二つにされている、まるで世界が二等分されたかのように、剣により生まれた谷がどこまでもどこまでも続いて


…一体、どんな切れ味で…!?


「おっと、これは振り下ろさない方がいいんでした、では 『防御』は終わったので今から攻めますか」


「な!?ちょっ!?待っ!?」


世界さえも切り裂く剣、万物を断つ鋭さを持った黒曜の剣、それを今度はしっかりと正眼に構え息を整えるグロリアーナを見てミツカケは慌てる、慌てるがもうどうにも出来ない、半分に別れた体は如何にミツカケでも制御出来ず…


「問答無用!死者はあの世に戻りなさい!!切り裂け『イルウィカワ・トラルティクパケ』ッ!!」


「ぬぁぁあぁぁぁ待て待て待て待て!まだ!まだ殺したりない!壊したりない!せっかく蘇ったというのに!こんなぁぁあああ!!??」


振り払われる横薙ぎの一撃は漆黒の斬撃となってミツカケに襲いかかる、その黄金の鎧を丸々覆いつくすほどの斬撃の壁は地表をガリガリと削りながら喚くミツカケに迫り…そして


「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


その黄金の鎧も、喚き立てる兜も、塵の一つも残さず跡形も無く闇の如き斬撃の中へと消えていく、不死身の大魔神と呼ばれたミツカケが…今、ようやく死んだのだ


「……終わりましたか」


剣を自らの意思で崩壊させながら睨むその先に、もう何もない、あの喧しい鎧の姿もどこにも…


「あ、あれ私の鎧でした…」


そこでようやく気がつく、あれが自分の鎧でそれを取り返すのを忘れたことを


今のグロリアーナは裸一貫、流石にいつまでも素っ裸でいれば風邪を引いてしまう…


「うぅーん、まぁいいでしょう 取り敢えず戻りますか、誰かから服を借りないと」


仕事を終え、敵を倒し、既にこの場でやることを終えたグロリアーナは何もかもを隠すことなく堂々と踵を返して人の居る方へと戻っていく


もう我々のやることは何もないだろう、後はメルクリウス様が終わらせるだけ…ならばもう我らの勝ちだ、あの人はやってくれる と信じるように消し飛んだ白亜の城を眺め…自分が作った巨大な斬撃跡を続いて眺め


…とりあえず、戦後のケアについて考えておきますか





………………………………………………



「……やられちゃった」


静かに少女は呟く、齢は未だ十代を超えない程度に見える小さな少女は、平原のど真ん中にベッドを置いてその上で眠る少女は体を起こす…まるで嫌な夢を見たかのように不機嫌そうに頭を掻いて


「…金ピカのミツカケアーマー…かっこよかったのに」


小さく唇を尖らせ 思い返す、やれるだけの事はやったけど それを打ち砕く相手がいるんならもうどうしようもない、この後どれだけ鎧を動かしてもグロリアーナがいるならもう勝ち目はないだろう


「こうなったら…」


ならば、あと出来ることと言えば一つしかない


「ミッちゃん不貞寝してやる…」


布団を頭まで被り少女は不機嫌さを誤魔化すようにベッドに潜る、どうせ勝っても負けても全て終わるなら 無駄に足掻かず寝るのが一番だ


故に少女は眠る、全てを受け入れ惰眠に耽る


「ううん、…全部終わったら起こしてぇ」


そうして少女は戦うのをやめる、アジメクの平原で風を受けながら星空を眺めて唇を鳴らし…夢を見るのは、究極不死身の最強大魔神ミツカケ…改め『魔より出ず神淵ミツカケ』、魔術を使わず鎧を自在に操る力を持った羅睺の一天は 戦場の喧騒を他所に眠り続ける


己が終わる時間を待つように……


………………………………………………………………


「はぁ〜、相変わらず…かったりぃなコレ」


思わず呟く、ダチの力ではあるもののやっぱりこいつの戦い方は陰険極まるとつくづく思う


幻惑の達人リゲル、殴り合いを是とするオレ様とは対極にいる女、その実力だけで語るなら多分オレ様の方が上だが…世の中そんなに甘くない、強い奴が必ず勝つわけではない事をオレ様達は八千年前に証明しているのだから


「如何しました、アルクトゥルス…もう終わりですか?」


ゴウンゴウンと声が響き渡る、声の主の姿と場所は依然として知れず ただただ幻想的な世界だけが眼下に広がる


凡そ雲と同程度の標高に建てられた天空の城は、陽光を受けて黄色に輝き雲を纏って妖しく輝く…、その上の空には昼間であるにも関わらず星空が浮かび上がるという奇妙奇天烈極まりない不思議な景色が広がる


勿論ここは現実世界ではない、…これこそはテシュタル教の教皇にして夢見の魔女リゲルが魂の内面に持つ心象世界、臨界覚醒『非想天処/夢朧随神』の内部…


この天空の城こそリゲルが思い描く極致の権化、即ち彼女なりの神の城である


「ンなわけねぇだろ、こっからだからそろそろ顔出せよ」


はぁ とため息を吐くアルクトゥルスはリゲルの作り出した神の城の中で彼此『七百年』ほど戦っている、時も空間もここでは全てが幻となる…そんな空間でアルクトゥルスは体感七百年の戦いを強いられ続けているのだ


全てはリゲルを元に戻すため、トチ狂ったダチを正気に戻すためだ、とは言えそろそろ真っ当な戦いがしたいとボヤけば…


「そうですね、このままここから幻影兵を出し続けても貴方を倒せる気がしませんし、…そろそろ私がお相手いたしましょう」


刹那、アルクトゥルスが歩いていた廊下がグニャリと変形し捻じ曲がり、巨大な石造りの部屋となる…どうやら向こうも痺れを切らして決着をつけにくるらしい


「ようやくか、…テメェの戦い方は一々怠いんだよ」


「そう言わないでくださいよ、私も必死なんですから」


故にアルクトゥルスは足を止める、無理矢理転移させられたのはこの城の玉座の間、なんの飾り気もない部屋の真ん中に置かれた神なる玉座の上に座るリゲルを見て…それが幻影でない事を確かめ一息つく


こっからだと


「さぁて、じゃあそろそろ決着つけとくか?」


「ええ、…外の世界の情勢もかなり決まりつつある、そろそろ決めに行きますよ アルクトゥルス」


着実に終戦に向かう外界を差し置いて、魔女アルクトゥルスと魔女リゲルの戦いも…決着の時を迎えようとしていた


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