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306.魔女の弟子と史上最強の存在


「デティフローア、貴方に今…いいえ、これからも永遠に必要とされるものが何か分かりますか?」


いつもの修行の最中、スピカ先生は唐突に私に聞いていた、本当に唐突だった


古式治癒魔術の練度を高める為いつものように魔力維持の特訓の最中そんな風に話しかけられたもんだからちょっとびっくりしてしまった


私に必要とされるものは何か、そう聞かれたデティフローアは白亜の城の自室にて、スピカ先生と向かい合いながら考え…一つの答えを出す


「身長?」


「それは貴方が個人的に求めてるものでしょう」


それはそうだけども、でも私に求められるものとなるとやや難しい、これが魔術導皇として求められるものならば簡単だ、『魔術界の安定』とか『全魔術師の安寧』とかそういう物を求めるべきだし 私はいつもそれを求めて仕事をしている


だが私となるとまた違う、『強さ』とかではないのは確かだ、スピカ先生は私自身が強くなることを求めていないし…、『古式魔術の腕前』とかでもないだろう ンなもん今更言うまでもないからこうして修行しているわけだし


「分かりません、先生」


「そうですか、…貴方がこれから大いなる敵と戦う時、きっとエリスやラグナと言った他の弟子達と共に戦う日も来るでしょう」


他の弟子達と一緒にかぁ、学園にいた頃に経験した悪魔獣王との戦いみたいな感じかな、そこに新しく三人くらい加わるのかな…まぁそれがいつになるのか分からないけれどいつかそう言う日も来るんだろうな


それをなんと無く予感しているから、その日置いていかれないために、私はこうして修行を続けているわけですが


「その時、貴方はきっと一番後ろで仲間達の傷を的確に直す立場に立つことでしょう、八千年前の私と同じようにね」


「スピカ先生とですか…?」


「ええ、八千年前も強敵を前に何度も私は仲間たちと共に戦いました、その都度私は一番後ろに回され 直接攻撃することもなく、傷つくことも少なく、仲間達に守られるようにして戦いました」


それは苦しいな、何と無く想像出来るから苦しさが分かる


エリスちゃんやラグナと言った面々はきっと最前線に立って仲間を守るだろう、その時私に隣に立つだけの力はない、足は遅いし腕力もないから近接戦は出来ない、きっとエリスちゃん達の足手まといになる


傷つく仲間が自分を守っているのに自分に傷はない、それはきっととても辛いことだろう


「けど、辛くはありませんでしたよ、それは傷を作らない事が私の義務だと悟っていたからです、私が倒れれば他のみんなも倒れる…他のみんなが遠慮なく戦えるのは私が立ち続けているから、私がみんなの生命線だと理解したからです」


「…私が生命線、古式治癒魔術がですか」


「ええ、それは仲間を守る盾です…決して大地につけてはいけません」


それは覚悟だ、己の辛さなど目もくれず仲間の為に立ち続ける覚悟だった、…みんなが傷ついても治してあげられるのは私だけだから…か


「それを踏まえた上で、貴方に言いましょう…、デティ?貴方に最も求められる物、それは」


それは…、うん きっと…


「根性です」


「根性…?、仲間を守る覚悟とかではなく?」


「覚悟なんてしてて当然です、ですがその上でも根性が必要なのです」


い 意外に精神論な答えなんだな、でも私にだって根性くらいあるつもりだけど、というか何故根性…


するとスピカ様はくるりと踵を返し、窓の外を…晴れやかな青空に目を向けると


「八人で戦う相手はきっと強大でしょう、貴方達より遥かに強いのは当然と言えるほどに…、そんな戦いの最中 相手の攻撃により、全員が倒れ命の危機に瀕したとします」


「みんなが…」


「それでも、貴方は立ち続けなければなりません、どれだけ苦しくてもどれだけ痛くても、意識が霞み手足が動かず仲間が全て倒れたとしても、立って治癒を続けなければなりません」


その言葉があまりにも重く私の体にのしかかったのを感じた、治癒する者はどれだけ傷ついても最後まで立ち続けなければならない、それはその者が背負うべき義務であり 使命なのだ


どれだけ傷ついて、仲間が倒れても、私が立ち続けて仲間を守らないといけない…、今まで受けたどんな教えよりも、先生が伝えたかったものがそこにある気がして


私はそれを、魂の最も深いところに刻み込んだのだ


例え何が起ころうと、どれだけ絶望的でも、仲間がみんな倒れても…私だけはいつまでも立ち続けないといけないと


……………………………………………………………………


「その程度か?、軽く本気を出しただけというに…嘆かわしいのう、現代の勇士は」


風を身に纏い、神速で駆け抜けたシリウスの一撃は…目の前に立つ八人の魔女全員の身を穿つ、使ったのは『死撃 天狼波濤之絶』、シリウスが編み出した全てを用いた戦闘法『合わせ術法』の奥義が一つ


魔法 魔術 武術、その全てを極限まで高めたが故にシリウスはその全てを合わせて使用することが出来る、今しがた叩き込んだのは 魔法の中で最も強力な一撃と魔術による加速と武術の秘奥を用いて放たれたそれは内臓も骨も破壊する


これを受けて立っていた者は居ない、魔女も含めてな


「ぁ…がっ…」


歴戦のエリスや、頑強な肉体を持つラグナやネレイドは特に手酷くやられており 瞬きの間に全身を拳と足で撃たれており、強力な打撃により皮膚が裂け全身から血を流し血溜まりに沈んでいるのだ


勝負あった、そんな空気が流れる花畑の中央でシリウスは動かない弟子達を見下ろす


弟子達は確かに強いが、自分に挑むにはあまりに時期尚早、経験も実力も足りぬ連中が策を弄しても結局こうなるのだ、最初は善戦したが本来の力を取り戻した今のシリウスには通用しない


「戯れも終わりじゃのう、んじゃ本来の力を取り戻した序でに 本来の肉体も取り戻しに行くかのう」


弟子達が倒れた今、シリウスを止める者は居ない…弟子達より強い奴はいるが、弟子達以上に脅威になるとは思えない、弟子達は特別であった…かつてシリウスを倒した者達の教えを受け継ぐ弟子達は、強さではなく運命としてシリウスを倒せる存在だった


(だからこそ、ここで勝負を受け決着をつけたかったのだが、どうやらワシの見込み違いであったか)


この世には見えない大きな力がある、八元体が関するかどうかも分からないその大きな流れの中心にワシと魔女の弟子達がいるのは間違いない、故にぶつかり合えば何か新しい発見でもあるかと思ったそれも得られそうにない


なのでこれ以上長居する意味はないとシリウスはくるりと倒れる弟子達に背を向け白亜の城に向かい…


「ん?いや待てよ、前にもこんなことがあったな…」


そう、それは魔女達と始めて戦った日のこと、あまりの実力差にシリウスと八人の魔女の戦いはあまりにも呆気なくシリウスの勝利に終わったが、その時シリウスはこいつらはワシを超えるだけの存在にならないとタカを括り八人を見逃したのだ


それが巡り巡って、最終的にあの様な結末に繋がったとも考えられると、だったら


「やっぱりここで全員分の頭を潰しておくか、確実に殺しておこう」


自分の復活と真なる目的はイコールではない、この戦いの後も道のりは続く、もしかしたらその最中にこの弟子達がこの上なく邪魔な存在になり得る可能性は大いにある、だからここで全員きっちり殺しておく方がいいだろう


既に骨は折れ内臓は割れ、放っておいても死ぬが死なないかもしれない、なら殺そう確実に


「まずはエリス、お前からじゃ」


「う…」


傷つき血に沈むエリスの頭に足を置く、こいつが一番危険じゃ、ラグナも同様に危険だがラグナは世界の危機に対して対応出来るタイプの英雄、だがエリスはワシ個人にとって最も危険な存在だ


なら、先に殺すべきはエリスだ…


「死ね、エリス…ワシの唯一の理解者」


「ぅぐ…」


くるみ割りの様に頭を踏みつぶそうと足に力を入れ…


「ッ…!」


刹那、足が止まる…不気味な感覚に、なんだこの感覚は…冷や汗?、ワシが冷や汗をかいて…


「『カリエンテエストリア』ッ!!」


「ッ!?、貴様!」


飛んでくる魔術に対応し咄嗟に飛び跳ね回避する、現代魔術など効かない筈なのにシリウスが今回避を行った、それだけ不気味な感覚を感じて…


というより魔術を放ったのは誰だ、全員倒れたはず…いや、そうか


「お前が残っていたか、デティフローア」


「ゼェ…ゼェ…!」


そこには、一人だけ女が立っていた、傷つき 今にも倒れそうな体を杖で支えて、口からポタポタと血を吐きながら険しい視線を向ける…デティフローアが


奴にも当然合わせ術法を打ち込んだ、体内で爆裂した魔女の魔力と神速の拳は骨を砕き内臓を破壊する、こいつも他の弟子達同様体内に甚大な被害を負っているにも関わらず、ラグナやネレイドでさえ倒れた一撃を貰い立っているのだ


そういえば此奴の師 スピカもまたしぶとかった、誰もが倒れる中最後の最後まで立ち続けた、そうやってスピカが立っていたからこそ 勝ち得た戦いも計り知れない、此奴もまたそうなのか


「ぐっ…ゲホッ!ゲホッ!ゴホッ!」


「無理に詠唱など唱えるからそうなるのだ一体幾つの内臓が壊れている?どれだけの骨が折れている、人として生命活動に必要とされる全てを破壊したのだ、立っていることも意識を保つこともままならぬだろうに、よくやる物よ」


「う…るせぇんだよ、クソババア!」


「ハッ、口が悪いのう…」


「私はね…倒れるわけにゃあ行かないのよ、みんなの命…預かってんだから、死んでも死なない!倒れない!、私は友愛の魔女の弟子デティフローアなんだから!」


「ならどこまでやれば死ぬか試すとしようか」


たったなら殺すまで、それだけだ


どの道古式魔術の詠唱には時間がかかる、これだけの傷を治そうと思えばそれにも時間がかかる、ならばその前に殺すだけだ…、どれだけ決意を固めても心臓を握り潰せば死ぬだろうし脳を叩き潰せば死ぬ、人が人である限りな


そうワシが一歩踏み出せば、デティフローアは案の定魔力を高め 治癒魔術の支度を始める、遅いぞ この距離ならワシの方が…


「『ヒーリングオラトリオ』!」


「現代魔術…」


失念していたとばかりにシリウスが呟く、デティフローアの姿にスピカを見たが故に八千年前と同じ気持ちでかかってしまった、だが違う 今は違う


今は現代魔術がある、詠唱も素早く 即座に発動させられる魔術が、シリウスが死んでいる間に人々が作り上げた新たなる魔術体系にしてシリウスの手元を離れたその力を前に、シリウスは虚をかかれた


それは効き目は弱いが…それでも発動させた、発動させてしまった、治癒させてしまった、治癒させたならば当然…


「デティ!!!」


「むっ…貴様…!」


「がぁぁあああああ!!!!」


「ぐっ!?」


刹那、蹴り飛ばされ シリウスの体が宙に浮く、万全の力を取り戻したシリウスの体を浮かせるほどの剛力…それを発揮出来る人間など一人しかいない


デティフローアが放った現代治癒魔術は古式ほど便利なものでもない、多くの人間を回復させようとすればそれだけ効果が落ちる、故にこの状況下でたった一人だけを集中して治癒させたのだ


この窮地をなんとかしてくれる男に…


「ラグナ・アルクカース…!」


「テメェ…よくもやってくれやがったな…!」


ラグナだ、僅かながら体力を取り戻し、動けるギリギリの段階まで治癒されたラグナがギラギラと燃えたぎる瞳をシリウスを向けながらただ一人立ち上がる


デティフローアが選んだのはラグナだ、この場をたった一人でなんとか出来ると判断されたのはこの男か…


「ぜぇ、大丈夫か!デティ!」


「問題…ゲハっ!」


「おい…、ありがとな お前のおかげで助かった」


「だいじょーぶ!、これが私の…仕事だからね!」


「はは、そうだな…みんなの事頼むぜ」


「任せて、すぐ治すから ラグナも持ち堪えて!」


「ああ!任せろ!!!」


体力も万全でないだろうに、傷もまだ痛むだろうに、未だ窮地であることに変わりはないだろうに、それでもシリウスは今これから当たる行動を『容易く終わる単純作業』になるとは思っていなかった


ラグナの瞳、これは…シリウスの道を阻み何度も苦渋を舐めさせた者達が最期に見せた輝きと同じ、ザウラクやアルデバランと言った者達が見せた生命の輝き 意地の炎を宿しているから


「行くぜ、大いなる厄災…使わせてもらうぜ、久々に…争心解放をっ!」


……………………………………………………


「がぁあぁぁぁああああ!!!」


「フンッ!ハァッ!」


幻想的な白花の海の只中にて、拳を交える二つの影 ラグナとシリウスの荒れ狂うような激しい拳のぶつかり合いが続く


「甘いわ、アルクトゥルスより得た技の冴えはその程度か!」


グルリと体を回し 尻尾を叩きつけるような軌道で繰り出される回し蹴りの何と素早い事か、それによって発生する空気の振動はただそれだけで花を散らしラグナのこめかみ目掛け放たれる


しかし


「ぐぅっ!」


側頭部に衝突した瞬間、ラグナは徐に足を宙に放り出し、水車のように体を衝撃に争わず受け入れ回転し、ダメージを半減させると同時に拳を闇雲に振り回しシリウスの体に叩き込む


「チッ、どういうことじゃこれは…」


先程まで、シリウスとラグナの間には明確な差があった、四人がかりでさえシリウスの守りを崩せなかったというのに、今 力を取り戻したシリウスに対してラグナは互角以上の戦いを見せている


これはどういうことか、何故なのか


それは、ラグナが既になりふり構わなくなっているからである


「ぐがぁぁぁぁぁああああ!!!!」


「喧しいわっ!!」


ぶつかり合う連打と連打、威力はともかく速度に関してはほぼ互角、それを雄叫びと共に繰り出すラグナの瞳に理性の光は見えない…


「ぁがぁぁああああ!!!!」


荒れ狂う、荒れ狂う都度強くなる、まるで何かの箍が外れたようにラグナは暴れ狂う…


使っているのだ、争心解放…アルクカース人の奥の手を


「ずぁぁあ!!」


「フッ!、…馬力が先程とは桁違いに上がっておる、じゃが…貴様のその肉体ではこれほどの威力など出せようはずが…」


「ぐぎゃぉおああああ!!!」


響くラグナの絶叫はシリウスを確かに押し始める、それだけの力を生み出しているのだ 彼の争心解放は


そもそも争心解放とはアルクカース人が長い闘争の歴史の中で獲得したアルクカース人特有の能力に近い物、闘争本能に身を委ね脳内物質を意図的に多量分泌させ肉体の限界を超え人として出し得る限界以上の力を引き出す秘法


アルクカース人の中でもエリートとされる者達が使用するこの争心解放には凡そ四種類程存在する


一つが『理性を保ちながら荒れ狂うタイプ』、理知的な感覚を残しながら肉体の箍を外し真性の戦士と化すタイプ


二つが『やや凶暴化しながら暴れ狂うタイプ』、口調や感覚が荒々しくなり肉体の箍を外すことでより一層強く力を引き出すタイプ


三つが『人としての感性を捨て去り戦い狂うタイプ』、もはや獣に等しい程に本能に支配され、上記の二つ以上の力を引き出すタイプ


…つまり争心解放とは、より本能に身を委ねた方が強く 強くなればなるほど理性が消え失せる傾向にあり、それは生まれた時からおおよそ決まっていると言われている


そんな中ラグナが持つタイプはアルクカース人の中でも最悪とされる四つ目のタイプ


『完全に理性を捨て去り獣と化すタイプ』、最早知性も理性も無く本能のままに暴れ戦うタイプ、故にどの争心解放よりも強くそして恐れられるタイプである


これを使えば最早敵も味方もない、故に戦場では忌避さえされるその最強の争心解放をラグナは持っているのだ、と言っても彼はこれを自ら進んで使おうとはしない


何故なら使えば自分でも歯止めが効かないから、かつて幼少期に使った時は城の中で大暴れし兄達が止めてくれなければ何人か人を殺していた勢いだと聞かされてより 彼は今まで人生で三回しか争心解放を使っていない


仲間と共に戦っていれば下手をすれば仲間にも襲いかかりかねない、剰え連携なんか以ての外だ、こんなもの仲間と一緒にいるときは絶大に使えない、だからこそ彼は今の今までこれを隠し続けてきた…奥の手では無くそもそも論外の手として


だが、今彼はその争心解放を使っている、使っているからこそ シリウスとも互角に戦えているのだ


「げぉぁっ!」


「ぐっ!?、此奴…!何じゃそりゃ!」


不規則な姿勢から放たれる蹴りにシリウスは思わず苦笑いする、傷ついているはずなのにパフォーマンスが全く落ちていないと、それもそうだ 今のラグナは強力極まる争心に支配され痛みを感じていないのだから


痛みも恐れも何も感じない、純然たる闘争本能の塊と化したラグナの勢いは凄まじく間違いなくシリウスに通じている


確かにラグナはこの手を忌避しているが、使えば間違いなくシリウスに通じると信じているから、仲間を守る為なら最早手段を選んでられないと 彼はただ一人傷ついた仲間を守る為忌避した手にさえ手を染めた


「ぐぅぁっ!」


「っちち!、何つー重さじゃ!」


しかも、ここでラグナにとって嬉しい誤算がいくつか起こっていた


一つは争心解放と彼自身の魔力覚醒の相性がかなり良かったこと、これによりラグナが想定した以上の強さを得ていたこと


もう一つは、暴走したラグナは決して仲間の方へは襲い掛からなかったこと、その上率先して仲間を守ろうと立ち回ってさえいる


これは、彼の仲間を想う心に嘘偽りがなかったから、その気持ちが本能にまで届いていたから、故にラグナは本能レベルで仲間を守ろうとするのだ


最強の力を手に仲間を守る獣となったラグナの猛攻はシリウスを倒れた仲間たちから遠ざけていく


「ぐぎゃぁああああ!!」


「まるで獣じゃのう…、よもや貴様 イナミと同じことが出来るのか?、だとしたらこれより更に上があるのか?、ふむふむ 興味深いのう!」


しかしそれでも相手はシリウス、如何にラグナが強くなろうともそれだけで倒せる相手ではない


「遅い、『合わせ術法・天狼天下天地返し』ッ!!」


一発、ラグナの拳を回すように弾くと共にその足を引っ掛けるように払い、その大口の如き手でラグナの頭を掴んだかと思えば


「がぁっ!?」


叩きつける、大地に…いやそれだけでは終わらない


「秘めたる大地の奥底に、眠る魂を叩き起こす、安息の時は今終わる!起きろ!『大王墳墓大荒し』!」


地面に叩きつけられたラグナの顔面に、追い討ちをかけるように叩き込まれるのはシリウスの地震魔術、地を揺らし起こすような地響きが炸裂する


ただその一撃のみで大地は網目状にヒビが入り、走る衝撃の凄まじさを物語り…


「ぐっ…お…オウ…ギ」


「あ?」


「オウ…奥義『鳳凰之霞羽』」


「なっ!???」


刹那、大地から突き上げられるようにシリウスの体が跳ねる、いや突き飛ばされる、ラグナが放った十大奥義 その七『鳳凰之霞羽』、相手から受けた打撃を数倍にして返すカウンターを放ったのだ


あの理性のかけらもなさそうなラグナが、合理と計算の上に成り立つ奥義を放つ、それは完全にシリウスにとっても理外の一撃であり


「ぐっ…、まさか今さっきワシが見せた奥義を、本能だけで真似したと?、頭の芯まで戦闘狂か貴様」


自らが放った技の数倍の威力、それはシリウスの魔力防御を貫通し土手っ腹に深々と拳の後を残すほどの破壊力を持つ


だが…


「じゃが、その奥義はお前が思っとるほど便利なもんでも無いぞ?」


「ぐっ…がぁ…」


シリウスの攻撃を跳ね返したはずのラグナは今だに苦しみに悶え大の字になって倒れている、別に鳳凰之霞羽は自らへのダメージは無効化しない、自分も痛いが相手も痛い そんな痛み分けのクロスカウンターが鳳凰之霞羽なのだ


先程シリウスがラグナの攻撃を無効化してみせたのは奥義による効果ではなく、純粋にシリウスの技量故のもの、そこまで達していないラグナが使えば耐久力の差でシリウスに敗れるのは必定


「残念じゃったな、些かお前の潜在能力には惹かれる物はあるが…お前は下手に生かしておくと後々やばそうなのでな!ここで潰させてもら…」


「───を遠ざけ永遠の安寧を施そう『命療平癒之極光』!!」


痛みに悶えるラグナの頭を踏みつぶそうとした、その刹那煌めく治癒の光は即座にラグナを包み込み…


「ッ!…」


一瞬にして傷を完治させたラグナが覚醒し、逆に足を振り上げシリウスの顎を蹴り飛ばす


「ぐぅっ!?」


「『雷電乱舞・雷鼓』!」


「カリプソ・ドロップキック!」


「『錬成・爆火龍星弾』!」


「ぬぐぉっ!?!?」


続けざまに繰り出される雷電 剛撃 爆炎の三連撃に顎を蹴ら無防備となったシリウスが呻く


「ラグナ!大丈夫ですか!」


「お陰で助かった…ありがと」


「無事か!ラグナ!」


「うっ…みんな、争心解放は上手くいったか」


デティからの治癒を終えて戦線に復帰するエリス達が続々と駆けつける様を見てシリウスはため息をつく、面倒だと


先程 エリス達を全滅寸前に持っていった合わせ術法はシリウスにとっても奥の手だった、というかそもそもシリウスの最大の強みは『なんでも出来るが故に何をされるか分からない』点にある、ここを巧みに使い 真に強力な一撃を秘匿しここぞとばかりに叩き込むスタンスを得意とするシリウスにとって、秘匿していた強力な一手たる今のを耐え抜かれたのは正直痛かった


既にエリス達は記憶したろう、シリウスの合わせ術法の威力を考慮し次は対策を立ててくる、もしかしたらまたエリスの手痛いカウンターが飛んでくるかもしれない


別にその程度で負けるつもりはないし、本当の切り札はまだあるが…面白くない話だ


(弱いくせにしぶといのう…)


「シリウス!、次はこっちの番ですからね…」


「面倒じゃのう、実力差が埋まったわけでもあるまいに」


どうするか、切り札を切るか?別に構わんが…雑魚相手に本気を出すのは癪じゃしのう、仕方ない…こうなったら、攻め方を変えるか


………………………………………………………………


デティにより全滅の危機を免れたエリス達は、再び全員が戦線に立つ


相変わらずシリウスのは強く、真の実力を解放したその猛威は先程の比ではない


だが、そんな戦いの中にエリスは光明を見出していた


「『風神穹窿息吹舞』!」


全身に斬撃の衣を纏って高速で花の海を駆け回るシリウスの猛攻が場を支配する、その速度はエリスの最高速度を遥かに上回り腕の一振りで万断の竜巻が空を裂く、たった一人で災害の如き力を発揮するシリウスを エリス達は押さえ込むように八人で囲い込む


「『颶神風刻大槍』!」


「『錬成・大錬土断崖』」!」


エリスの風がシリウスの風を乱し、メルクさんが作り出す無数の岩壁がシリウスの行く手を阻み…


「メグセレクション No.71 『空域制圧型魔装 槍霰・改』」


「『付与魔術・爆裂属性付与』!」


足を止めたシリウスにメグさんが取り出しラグナが付与魔術を纏わせた槍の雨が降り注ぎ、絨毯爆撃と化しシリウスの体を爆炎に包んで行く…


「ッッ洒落臭いわっ!!!」


そんな爆炎を腕の一振りで引き裂くと同時に放たれた矢の如き速度で空を駆け抜け近場にいたネレイドさん目掛け風を纏った神速の突撃を繰り出すシリウス…を、読んだように動くのは


「『反魔鏡面陣』!」


「なっ!?」


ナリアさんの筆だ、即座にネレイドさんの影から飛び出し魔術を弾く陣形を作り出し、魔術で加速するシリウスを逆に押し返す、さしものシリウスも自分自身の魔術には堪らず足を止め…


「デウス・カリアネイラ・ダブルスレッジハンマー…」


足を止めたシリウスに叩きつけられる巨大な両腕による鉄槌の一撃、霧を具現化し作り出した巨大な己の腕をシリウスの頭に叩きつけ痛烈な一手を加えその体を地面に減り込ませる


…シリウスが真の力を解放してその攻めが猛烈になったものの、それを上回る速度でエリス達が対応出来るようになっているんだ、苛烈な環境と強大な敵を前に団結を続ける八人の弟子達の連携がさらに研ぎ澄まされている


全員一回死にかけたお陰でより一層頭が冴え渡り、今 その実力が限界を超えて引き出されつつある、シリウスの全力とも張りあえているのだ


「ええい!!どこまでも小癪なァッ!!合わせ術法!」


ネレイドさんの一撃を受けても平気な様子で立ち上がるシリウスは大きく両拳を上げ…


「『九天七曜天狼恢恢』!!」


既に魔術の詠唱を終えたシリウスは、その手を高速で振り回す、その場で静止し腕だけが残像を残す勢いで振るわれ上がる土煙を切り裂いたかと思えば…


刹那、視界全体を星座が覆い尽くす


「がぁっ!!??」


違う、シリウスを中心に超高速で光線魔術が放たれ、それを卓越した魔力操作と腕の振りで拡散し四方八方に網目状の熱線を乱射したのだ、それがまるで地上に生まれた星座のように映りエリス達に反応の隙さえ与えずその身を穿つ


「ぐっ!?」


エリスもラグナもネレイドさんも、シリウスに接近していた面々は余す事なく熱線に体を貫かれ血を吹き出し…


「だぁぁぁぁぁらっしゃぁあああああ!!、その者に癒しを!彼等に安らぎを!、我が愛する全てに!!穏やかなる光の加護をぉぉぉっっ!!『遍照快癒之燐光』ぉぉぉッ !」


傷を物ともせず飛び上がりその小さな体を存分に輝かせ、治癒の光をばら撒くデティの加護が遍く行き届き エリス達はその身に受けた傷も消耗も全てが消え去り体力魔力共に全快し再び歯を食いしばりシリウスに向かう


特にこの戦いで鍵を握っているのがデティだ、彼女がいる限りエリス達は何度でも立ち上がり続ける事が出来る、だからだろうか さっきからシリウスはそれを意識して全員を対象にした大規模攻撃を繰り返している


恐らくはデティを倒せれば御の字、そうでなくとも何度も治癒魔術を連発させる事でデティのスタミナ切れを狙っているんだろう…けど


「まだまだいけるよ!だよね!ネレイドさん!」


「うん、デティは私が守る…」


デティを守るように立つネレイドさんの足元の霧がデティに纏わり付いている、ネレイドさんのあの霧はネレイドさんの意思一つで何にでもなる、腕にもなるし炎や雷にもなるし…魔力そのものにもなる


ネレイドさんの覚醒はその本来の魔力が途切れない限り 無限に魔力を使うことが出来るのだ、そしてその無限の魔力を今デティに譲渡している、故に今のデティに魔力切れはない


そして、ネレイドさんが渡して消耗した分の魔力をデティが回復させるという無限サイクルが出来ている以上いくら消耗させてもこの二人がいる限りエリス達が倒れることはないのだ


「覚醒と治癒を利用した無限魔力回復のサイクルだとぉ?、面白いではないか!面倒じゃがのう!」


魔女随一の耐久力を持つネレイドさんと魔女随一の根性を持つデティだけを狙って撃破することは至難の業だ、ネレイドさんは常にデティを守り続け デティはネレイドさんを率先して回復するからだ


正直エリスもあのコンビのサイクルをどうやって崩せばいいか分からないくらいバッチリハマっている、…ああいうサイクルを戦いの中でエリス達は形成しつつあるんだ


どれだけ言っても八人で戦うのは初めて、その初めての戦いでエリス達は作り上げているのだ、八人の魔女の弟子の戦いを…


「チッ、…レグルスが治癒魔術を使えないのは痛いのう」


着実に傷を増やしていくシリウスは確実に追い詰められているといってもいい、何せ師匠は治癒魔術を使えない、いやそもそも治癒魔術を使える魔女様はスピカ様だけだ、他が治癒を気にしなくていいほど卓越したスピカ様の存在があったからこそ師匠は治癒魔術を習得していない


このまま持久戦に持ち込めば、いつかシリウスは崩れる…無限の治癒を行えるデティとの我慢比べなんか出来るわけが無い


「案外なんとかなりそうですね、シリウス」


「お?なんじゃ?調子に乗り始めたか?エリス、じゃが大人をあまりナメない事じゃ…が、まぁ確かにそうじゃのう、お前らは弱いなりよく頑張っておる、そこは認めよう」


ふと、シリウスははぁ〜と息を吐いて腕を組み立ち尽くす、…何を考えているんだ


「どういうつもりですか」


「別に、ただ久々の感覚に感傷に浸っているだけじゃわい」


「久々の感覚…?」


「ああ、ワシは最強じゃが苦汁を舐めた経験がないわけでは無い、八千年前はワシも痛い目を見た事が沢山ある…、原始の聖女ザウラクを相手にした時は酷い目を見たし ディオスクロア最強の騎士アルデバランとやり合った時は意外にも苦戦した、ゲネトリクスやアキダバンと言った強者達も我が前に立つ塞がった…、奴らは皆強かった その中の誰かが魔女と同じように今も生き残っておればワシの復活計画は難航を極めたじゃろう」


シリウスは語る、しみじみと語る、こうして語ることさえ久しぶりと楽しむように、傷つき追い詰められているにも関わらず焦りの一つも見せずに


「じゃがのう、ワシはそう言う連中全員に勝って、魔女を相手に勝ちまくり、史上最強の名を我が物にした…それはワシが強いからだけでは無い、その理由 知りたくは無いか?」


「…………いえ、知りたくないです」


今、長年にわたり戦いの中にて生きてきたエリスの直感が告げている、今からシリウスはロクでもないことをしようとしていると、その為の口車なのだと


この口振りで油断を誘い、その隙をつき何かをしようとしていると、…エリスの直感は当たるんだ、シリウスは何かをしようとしている それも…


今まで見たことないくらい特大級にヤバいことを


「ぬはは、そう言うでない…お前達はワシを追い詰めた功労者として、ワシを最強たらしめる礎に名を刻む権利があるのじゃ…」


「おいエリス、なんかヤバくね…シリウスの感じ」


何やら冷や汗を垂らしながらアマルトさんも口にする、ヤバイさ ヤバイよ、シリウスの体の中で魔力が渦巻いている…これは



「それはのう…焔を纏い 迸れ俊雷 」


ギロリとシリウスの瞳がデティとネレイドさんを睨む、それと共に口にするのは…火雷招!?まずい!二人を爆撃で消し飛ばすつもりか!シリウスの火雷招はさしものネレイドさんも防ぎ切れない…!


エリスが相殺に行かないと!旋風圏跳で…いや間に合わない!


「アマルトさん!エリスを抱えてネレイドさんの前まで!」


「ッわかった!」


「我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に全てを灰燼とし」


旋風圏跳を使う暇も惜しいとちょうど近くにいたアマルトさん移動を任せれば、彼は一も二もなくエリスを抱えてネレイドさん達の前まで走ってくれる、純粋な足の速さではなく瞬発力の速さならばアマルトさんは弟子の中でもトップクラスの速度を誇る、瞬間速度なら旋風圏跳だって上回る


その速度でアマルトさんに抱えられながらエリスは、追憶魔術にて出せる最大魔術を腕の中に滾らせ…


「焼け付く魔の真髄を示せ!!」


「ッデティ!私の後ろに!」


「ダメ!ネレイドさ…」



「行って来いや!エリスッ!!」


咄嗟にデティを庇おうとその小さな体を大きな背で覆い隠すネレイドさんの、更に前へとエリスの体を投擲するアマルトさんによって、エリスは立つ…紅の輝きを腕の中で迸らせるシリウスと向かい合うように


そして


「 『火雷招』ッッ!!!」


「『真・ 天満自在八雷招』ッ!!」


放たれる二つの閃光にして電雷、夜の帳を切り裂く熱量の閃光はただその余波だけで大地を融解させ一直線に空を駆ける


エリスが放つは天満自在八雷招、八つの雷招を組み合わせた最強の雷招魔術、それをエリスよりも高みにいた雷招使いたるシンの経験と記憶により強化した真なる八雷招、シンには使えず エリスだけでも到達出来なかったそれは純白の破壊となってシリウスの放つ炎雷を迎え撃つ


シリウスが放つのは火雷招、エリスやレグルスが使う紛い物ではなく正真正銘の本物にして元祖『火雷招』、一切の混じり気が存在しない純然たる炎雷はエリスが使う物の数倍…数十倍 数百倍の規模と破壊力を内包し、まるで捻れ渦巻くようにエリスの八雷招を打ち砕かんと鳴り響く


「ぐぅっっ!!!」


「ぬははは!」


激突する二つの雷は拮抗し両者の丁度中間地点で鍔迫り合いの如き押し合いを繰り広げる


と言っても互角とは言い辛い、雷を放つシリウスは笑い それを受け止めるエリスの足はあまりの衝撃に若干宙に浮いてしまうほどなのだから


なんて威力だ、なんて破壊力だ、出力も馬力も違い過ぎる!、ただでさえ強力な八雷招をシンの記憶で強化して放つ真・八雷招は既に今のエリスでは制御出来るかも怪しい段階にあるほどの奥義である


対するシリウスが放つのはただの火雷招、火力はあれどなんら特別ではないそれでエリスの全力全開を抑え剰え押し返そうとするなんて…!


「ぐっ!ぅうう!!」


「こいつは僥倖じゃ!三人纏めて吹っ飛ばすか!」


まずいな…助けに入ったつもりがどうにもならないかもしれない、せめてエリスがこれを抑えている間に…


「二人とも…っ!、今の!うちに…!ここから離れて…」


「うぉおおおお!!、エリスちゃん頑張れー!!」


「負けないで、私たちがついてる…」


逃げろ…とは言えなかった、二人ともエリスの背中を押して力を貸してくれていたから、デティはエリスの失われた魔力を補充するように治癒をかけ 余波で吹き飛びそうになる体はネレイドさんが支えてくれる


「二人とも…、ッ!!ゔぉおおおおおおおお!!!!」


これは負けられないな、エリスを支えてくれる二人のために 仲間の命の為に、死んでもこの雷を押し返すべく力を込める、デティの治癒がある限りエリスは後先考えず放出出来る、ネレイドさんがいる限り反動は殆ど考慮しなくてもいい、二人の協力があれば無限に打ち込める!


「ぬっ、片手は厳しいか…」


ジリジリと押し始めたエリスの電撃を前にシリウスもやや顔色を変え、片手から両手へと構えを変える、当然片手で撃つより両手で撃った方が強いに決まっている 魔力を放出する穴がそれだけ大きくなるのだから


放出量がほぼ二倍に跳ね上がったシリウスの電流は限界を超えたエリスの雷と再び拮抗を始める、嘘だろ…こんだけやってもまだ抜けないのかよ!体の中すっからかんになる勢いで撃ってるのに!


「ぬはは!、やるではないか…だが、真正面からの打ち合いは愚策過ぎたのう!」


「ぐっ…うう」


ザリザリと体が後ろに下がる、ネレイドさんの力を持ってしても抑えきれないほどの力が向かってくるのだ、こんな凄まじい力を前にまだ拮抗できているのはエリスの殆ど命懸けに等しい八雷招があるから…だけど、拮抗させるだけでこれ以上は…!!



「おいテメェ!こっちを無視するんじゃ…ねぇっ!!」


刹那、炎雷を放つシリウスのこめかみ目掛け鋭い一閃を放つ影…アマルトさんが果敢に飛び出し蜂のような一刺しを加える、今のシリウスはエリスと撃ち合う為足を強く踏み縛り両手を使っている、故にその一撃を防げず


「はっ、くだらん 効かぬわそんなもん」


しかし、そんな一撃もシリウスが纏う魔力障壁の前に阻まれ金属音を鳴り響かせ受け止められる、ダメだ 生半可な一撃じゃあシリウスの体は小揺るぎもしない、ましてや未だ覚醒出来ていないアマルトさんの攻撃は もう防御するまでもないのか…!


そんな中、剣を受け止められたアマルトさんは静かに…笑う


「ははは、そいつは…」


フラリと剣を置いてアマルトさんは体を反らして、剣をシリウスの魔力に突き刺したまま こめかみに固定したまま、その場を退けば…その影から別の人間が飛び出して


「どうかなぁっ!!!」


「な!?貴様…!?」


ラグナだ!アマルトさんの影に隠れて飛び出して来たラグナが伸び上がり、魔力障壁に突き刺さった剣に重く響かせるような蹴りを放つ、まるで 人形に鋭い釘を打ち込むように剣の尻を蹴り飛ばしたラグナの一撃を受け 更に押し出された剣は魔力障壁を貫きシリウスの体を揺らす


「ギッッ!!??」


「名付けて『丑ノ刻 呪釘一蹄』!なんてどうよ!ラグナ!」


「いいねぇ!」


男二人の連携技を喰らい思わずシリウスの体が大きく仰け反り、エリスに向けて放っていた炎雷の照準がブレその密度が低下する、それはつまり シリウスの放つ膨大な出力が霧散したことを意味…同時に


攻め時を示す!、今だ!


「ッッ!!!行っっっけぇぇえぇぇぇーーーーーー!!!!!」


燃やせ燃やせ燃やせ!今この場にある全てが尽きたなら!明日や明後日の分まで全部!昨日や一昨日の分も持ってきて全部!この一撃に乗せるんだ!、何もかもを燃やし全部一切合切乗せたエリスの雷はブレて力を失ったシリウスの炎雷を喰らい引き裂き、真っ二つに割り大きく仰け反ったシリウス目掛け一直線に飛ぶ



「皆さん離れてッッ!!!」


抵抗を失ったシリウスへと飛来する八雷、その直撃の寸前にすぐそばに居たラグナとアマルトをメグさんが時界門で回収する、その威力を知るメグさんだからこそ 全員を離れさせナリアさんが敷いた防御陣とメルクさんが用意した岩壁の向こうへと匿う、そうまでして仲間を守る 何せその直撃は…



大地を揺らし、花を燃やし、地形を変え、世界を傷つける


合わせられた八つの雷が、シリウスの目の前で爆裂し音にもならぬ轟音を響かせ夜空にキノコ状の雲を浮かび上がらせ何もかもをひっくり返すほどの衝撃で全てを揺らす



「うぅっ!、凄い威力…!」


「これがエリスちゃんの本気…!?、すっげー!!」


「二人の援護がなければ…こうも行きませんでしたよ」


ゼェゼェと肩で息をしながら二人に支えられる、即座にデティが失った魔力を回復させてくれるが…疲れた、凄い疲れた…でも


「今の一撃を喰らえばシリウスだってタダじゃ済まない筈…」


今のはエリスの限界を超えた一撃、流石のシリウスだってただじゃ済まない筈だ


そうやや祈りも込めて湧き上がる雲を眺めていると…


「ぬははははは、確かに今のは死ぬかと思うたぞ…流石はワシ!いい魔術を作ったものよ!」


「ッ…!?」


シリウスの声だ、まだ生きてるだろうとは思ってたけど…おかしい!、声が違う場所から聞こえるんだ、一体どこに…


「上だ!エリス!」


響いたメルクさんの声に導かれ、エリス達は揃って頭の上に視線を向けると…


「ワシとしたことが今のは流石に冷や汗が出たぞエリス」


「くそ…まだ生きてたんですね」


空を浮かび上がり、やや体に傷を作ったシリウスが夜空を飛んでいた、恐らく直撃の寸前に空へと飛び上がり回避したのだろう、だがその回避も間に合わない程に爆撃は素早く奴の体に傷を作った…が、そこまでだ 倒すには至らなかったか!


というか…あれ?、まずくないか?


「ぬははは、しかしお主らなら仲間を守る為に一致団結すると信じておったぞ、ワシの予想通り お前達はさっきの危機を脱する為総掛かりでワシの相手をしてくれた…故に、今ワシはこうしていられる」


「何を…考えて」


「ふっ、ワシがなぁ!史上最強の座につけた理由は二つ!、一つは強いから!他の誰よりも!、そして二つは…」


空中でくるりと身を翻すシリウス、エリス達に背を向け エリスの予測した最悪の動きを見せるその姿に…エリスは思わず青褪めるが、もう遅い


「プライドとかそういうもんを結構あっさり捨てられるところにあるとワシは思うわけじゃ、故に…さらばじゃ!今ならガラ空きになった城を攻め放題じゃからのう!」


「しまった…!狙いはそっちか!」


ハナからシリウスの狙いはデティとネレイドさんじゃない!、二人を助けようとエリス達全員で動くのを見越して、この包囲を離脱する隙を伺ってたんだ!


つまり、シリウスは最初からここから逃げて白亜の城に向かうつもりで大掛かりな手を撃って来た、史上最強のプライドなんぞ捨ててエリス達に背を向けて、一直線に白亜の城に向かったのだ


まずい…追わないと!


「みんな!シリウスが白亜の城に行きました!早く追いかけないと!」


「分かってる!、メグ!時界門で城に戻るぞ!」


「かしこまりました、では…」


だが白亜の城には既に時界門を繋げるためのセントエルモの楔が打ち込まれている、飛び立つシリウスよりも早く城に戻ることはできるだろう、故にメグさんと共に開かれた時界門に飛び込むためエリス達は全員で駆け出し


「『時界門』!!」


「はい『時界門崩し』」


「え…」


しかし、開かれた時界門は 突如響いた声と共にひび割れ、粉々に砕けて跡形も無くなってしまうのだ…、メグさんが開いた時空の門が 別の誰かに崩された


というか、今のって…


「っ!誰ですか!私の時界門を崩せるなんて…!」


「時空魔術は、より高度な使い手の前では無力…、開いた時界門もそれを応用した技術で無理矢理閉じることだって出来るんですよ」


振り返る、声のする方へと、すると そこにはひび割れた虚空の穴からにょきりと映える白い手が講釈を述べながらそのひび割れをさらに広げるように無理矢理暴れ、体を這い出すように穴から体を出していたのだ…


何もない虚空に開いたひび割れ、時空の歪みより姿を現し その足を大地につき、にこやかに微笑むその女の顔を…エリスは知っている、エリス達は知っている…この人は


「ぬはは!、というわけで時間稼ぎは任せたぞウルキー!」


「はぁいシリウス様ぁ〜」


「う ウルキさん…」


カノープス様と共に臨界魔力覚醒の中に消えたはずのウルキさんが、飛び立つシリウスを守るように姿を現わす、時空に穴を開け 花の戦場の只中に姿を現し…エリス達の前に立ち塞がる


「はぁい、というわけで!、はお久しぶりのエリスちゃんと初めましての弟弟子妹弟子の諸君〜、君たち全員の姉弟子ウルキさんの登場ですよ〜、ハイは〜くしゅ〜」


「マジかよ…」


ラグナがボヤく、最悪の人間が最悪のタイミングで出てきてしまった、彼女がいる限り時界門が使えない、何せウルキさんもまたメグさん同様カノープス様より時空魔術の手解きを受けた人間の一人…しかもその教えはエリス達よりも深い、…最初の魔女の弟子なのだから


「くっ!『時界門』!」


「無駄ですよ〜、ここら一帯の空間を凝固しました、貴女が私の時空魔術の技量を上回らない限り 貴女は時界門を使えません、はい!ざんねーん!」


「くぅっ!、何故貴方がここに!、貴方は陛下と戦っているはず!なのに何故…ここに!」


なははと呑気に笑うウルキと相対的にメグさんは珍しく怒りに震える、確かにウルキはカノープス様と戦っているはず、それが何故ここに現れたのだ?…まさか、いや そんなことないよな、カノープス様が負けたなんて…


「くふふ、さぁて どうでしょう、悔しかったら私と戦いますか?メグちゃん、そんな拙い時空魔術しか使えないようで私に勝てますかねぇ」


「何を…!」


「落ち着けよメグ!、こいつの相手をしてる場合じゃねぇ!こいつの目的は時間稼ぎ!今は一刻も早く白亜の城に向かわねぇと!」


「離してくださいアマルト様!こいつは陛下の弟子でありながら陛下を裏切ったゴミクソです!、陛下に代わって私が!」


怒髪が天を衝くような勢いのメグさんを必死に抑えるアマルトさんは叫ぶ、ウルキの目的はエリス達の時間稼ぎだと、…なら ここでウルキの相手なんかしてられない


「…というわけです、退いてくださいウルキさん」


「えー、でもでも私もシリウス様から命じられてるしぃ〜」


「なら、今からあんたともやったほうがいいか?」


ずいっと前に出るラグナの眼光がウルキを貫く、しかしそれを受けてもウルキは余裕そうにヘラっと笑うと


「まぁ待って待って!、話だけでも聞いて、すぐ終わるから」


「はぁ?」


「私は確かに羅睺十悪星だけどみんなの姉弟子だよ?、つまりみんなのお姉ちゃんでもあるのです」


その言葉を受けて余計イラっとした顔を見せるのはメグさんとラグナの二人…つまり、敬愛する実の姉がいる組だ、因みにアマルトさんは普通に嫌そうだ…面倒そうな姉が増えるのはごめんだと言わんばかりに口をグエッと歪める


「だからなんだよ」


「お姉ちゃんとしてアドバイスを一つ…と思いましてね、シリウスと戦ってどうでした?手応えはありますか?、言っておきますがあの人はまだ全然本気を出してませんよ?、追い詰められたシリウス様の悪足掻きは凄まじいですから」


ウルキの言うことは まさに正鵠を射ているだろう、シリウスはアンタレス様の呪縛から解き放たれ本来の力を発揮できるようになった…が、その本来の力を存分に振るっていたかは謎だ


いや、実際本気は出してないだろう…、ウルキの言うようにシリウスの足掻きは恐ろしい、具体的に言うなれば 前回はその足掻きによって全人類の九割が死滅したくらいには凄まじい、シリウスはまだまだ底を見せていないのだ


「このまま貴方達が戦いの中で成長とか、怒りで劇的なパワーアップ!とかしても、ちょーっとシリウスを真っ向から倒すのは無理臭いとお姉ちゃんは思うわけですよ」


「テメェに言われることじゃねぇ」


「なはは生意気ぃ〜、まぁだとしてもです…ここでアドバイス、エリスちゃん いつぞやの約束覚えてます?」


「え?約束ですか?…」


ウルキとの約束、覚えているとも…確か


「世界を賭けての勝負…ですよね」


「そうそう、私はシリウス様を復活させるために全霊を尽くし 貴方はそれを阻止する為全霊を尽くす、勝った方が負けた方になんでも命令出来るってやつです」


ああ、マレウスで最後に会った時そんな話をしたな、ウルキさんは世界を滅ぼす為戦い エリスはそれを阻止する為戦う、そして最後に勝った方が負けた方に命令出来るなんてくだらない賭けをしていたのだ…


「そんな賭けしてたのエリス…」


「い いや成り行きで…、でもどの道ウルキとは世界の行く末をかけて戦わなきゃいけないし、望むところだって思って」


「まぁ、そりゃそうだけどさ…」


ジロリとみんながエリスに視線を向ける、い いいじゃないですか!別にそのくらい!遊び感覚でなんてやってませんからね!


「で…ですよ?、この勝負もう私の勝ちでは?、既にシリウス様は復活に手をかけています、もう世界は滅びるでしょう…ですが世界が滅びてしまってからでは賭けの対象である命令が出来ませんよね?」


「…だから、もうウルキさんの勝ちってことにして、エリスに命令させろってことですか?」


「そうですそうです!、もう私の勝ちなので命令してもいいですよね!、というわけで…命令ですよエリスちゃん」


なんてエリスの話も聞かずウルキは一瞬でエリスの目の前に現れ、無理矢理その手を取ると…


「命令です、エリスちゃん…私の味方になりなさい」


「え…」


手を取り、味方になれと口にするウルキさんの意外な命令の内容に思わず聞き返してしまう、何故?何を言ってるんだ?この人


「そのままの意味です、…私の仲間になってこちら側に来てくださいエリスちゃん」


「何言ってるんですか、そんなの受け入れるわけないでしょ!」


「命令なのに?」


「まだ負けてません!」


「こんなに頼んでるのに?」


「言うほど頼んでないでしょ!」


「頭下げてるのに?」


「一度として下げてなくないですか!?」


「味方になってくれたら世界が滅びないって言っても?」


「何を言っても…え?、世界が滅びない?」


今 なんて言った?世界が滅びない?、な…何をまた、この人は…


「そんな嘘ついても無駄ですよ」


「嘘じゃありませんよ、エリスちゃんが味方になってくれたら世界は滅びません、というか シリウス様の目的が世界を滅ぼす事ではないってのは知ってますよね」


「え ええ、シリウスの目的は星の魂…星の記憶だと」


「はいその通り、…なのでもしその代用品が手に入れば、態々世界を滅ぼす必要はなくなるわけですよ」


…シリウスも言っていた、オライオンでエリスに『どうしても世界を滅ぼすのか』と聞かれれば『別の手段がないわけでもない』と、まさかその別の手段というのが…代用品を手に入れる事なのか?


なんて衝撃を受けている間にウルキさんはエリスの胸に指を当て


「そして、その代用品は今ここにある…」


「代用品が…エリスの胸?」


「魂です」


「魂…」


「と!いうかぁ?あれあれ?あれぇ?、もしかして誰も教えてくれてないわけですかぁ?、師匠も?魔女様も?…ねぇねぇ帝国さんもこれは把握してますよねぇ、エリスちゃんの命を使えば世界の滅びは回避出来るって事を」


「…メグさん?」


エリスが縋るように視線を向ければ、メグさんはなんとも居た堪れない顔をして視線を逸らす、それが全ての答えだった…メグさんは知っている、そしてウルキの言っていることは事実であると


「えぇ、もしかして最終手段として利用する為に此の期に及んでもエリスちゃんに隠してたんですか?、可哀想〜!エリスちゃんの事を友達だとかなんだとか言っておきながら最後には消耗品として使うために手元に置いてたんですかぁ〜!?」


「そんなわけ…ないでしょう!、絶対にそんなことをさせないために口にしなかったのです、口にすれば…エリス様はその方法を選んでしまうかもしれないから…!」


「あはは、これで信じてもらえました?エリスちゃんの魂は星を割る鍵の代用品になるんです、識の力を持ちながら世界を見て回りその様を正確に記録したエリスちゃんの魂と記憶は星の魂の代用品になり得る…、だからエリスちゃんがこちらに来れば我々としても態々世界を滅ぼすなんて反感買うような真似しなくて済むんですよ」


「…………」


エリスの魂が…識の力を持ち世界を見たエリスの記憶は、シリウスの目的を達成する上での代用品になり得る、エリスがいれば世界は滅びずに済む?


最悪の状況ならあるいはそれもありかもと思ってしまう辺り、メグさんが危惧した通りなんだろうな…彼女が隠していたことを責められまい


…でもそうか、世界が滅びそうになったらそれも…


「シリウスはもう復活します、世界は滅びます…ならその前にエリス、私の仲間になるってのは悪い提案ではないような気がしませんか?」


「………」


目の前のウルキさんの顔を見上げる、…悪い提案ではない、悪い提案ではないなら…或いは


そうエリスが一考しようとした瞬間


「なぁ、もしエリスを代用品にしたら…どうなるんだ?」


そうラグナが口を開く、エリスの思考を遮るように、その口調には確かに怒りが込められていて…


「さぁ、どうなるかまでは…」


「いや知ってる筈だぜ、シリウスが星の魂をカチ割って中から記憶を取り出したら星は死に世界は滅びるんだよな、ならエリスを代用品したら…エリスにも同じことをするんじゃねぇのか、エリスの魂を割って中から記憶を取り出したら…!エリスは死ぬんじゃねぇのか!」


「………………、でも世界が滅びるより一人が死ぬならそれで良くないですか?」


そうウルキさんはあっけらかんと口にする、世界とエリス 天秤にかけるまでもない両者を比べたら、どっちを死なせるべきかは明白だろうと、エリスもそう思ってしまうような問いにラグナは迷うことなくウルキさんの胸倉を掴むことで答える


「テメェに言いたいことは二つ、一つ!俺たちはまだシリウスに負けてねぇから世界は滅びねぇしこの命令も無効だ」


「もう一つは?」


「エリス一人を犠牲にしなきゃ滅びちまうような世界なんぞ滅びるなら滅びちまえ!!、誰かの犠牲の上に成り立つ世界なんぞ守る気もない!!」


「ほう…」


言い切った、エリスを犠牲にするくらいなら世界なんぞ滅びろと、何もかもひっくり返すようなラグナの言葉に全員が驚愕する中、ただ一人 エリスだけが目を見開いていた


ラグナは選んだ、もし、世界とエリスのどちらかを選ぶとなったら、彼は遠慮なく世界を滅ぼすと…そして、そんな選択をしないために戦うと…


それが、凄く勝手なことだし 手放しに喜んでいいほど明るい話ではないけれど、…嬉しかった


「そもそもなんでテメェらの勝手な理屈を飲むところから話が始まってんだよ、世界も滅びないしエリスも犠牲にはならない、その為に俺たちは戦ってんだ…邪魔するんじゃねぇよ」


「へぇ、そんな事言っちゃっても…いぃ〜んですかぁ〜?、後になってやっぱりエリスを差し出すから世界とボク達をを助けてくれ〜って言っても手遅れになっちゃいますよぉ〜?」


「我々をナメるな…!」


刹那、ウルキに銃口が向けられる…ラグナ同様怒りを露わにするメルクさんの視線が、怒号を述べる


「我々の答えはラグナと同じだ、例え世界が滅びるとしてもエリスは犠牲にはしない、貴様らの勝手な理屈ごと我らが打ち砕く!」


「そうだぜ、第一エリスを犠牲にして俺らが生き残って、どんな顔して明日生きりゃいいんだよ!」


「そうですそうです!、世界を救う為に身を投げるヒロインなんて現実では求められてません!僕たちが求めるのはみんなが笑っている大団円!、貴方の提案は受け入れません!」


「…例え、帝国が…陛下がエリス様の犠牲を割り切る決断をしても、私が絶対にそんなことさせません、エリス様は私が守ります」


「うん…、誰かの命の上に誰かが立っていいわけがない、それが友達の命なら尚更ね、…もしエリスが死ぬなら私も死ぬ、この命を懸けて最後まで彼女の為に戦う」


「み みんな…」


死なせる選択肢は選ばない、もしエリスが犠牲になるならば我々が断固として守る、そんな言葉が身に染みるのはきっとエリスもまた逆の立場ならみんなを同じくらい必死になって守るから、その気持ちが良くわかるんだろう


嬉しいな…、友達にこうも思ってもらえるなんてのは


「ねぇ?ウルキさん」


「はい?、なんでしょうか?ええっと…デティフローアさん」


「貴方の目的は世界を滅ぼすことでしょう、なのになんで今更世界を滅ぼさなくても済む方法をエリスちゃんに提示したの?、ああ大丈夫 答えなくても分かるから、…貴方はエリスちゃんを売ろうとする私達を見たかった 見せつけたかったんでしょう、私達の友情を引き裂きたかったんでしょう?、最初から世界を滅ぼす以外の選択肢なんて持ってなかったんでしょう?」


「………………」


デティの問いかけにウルキほ思わず目を細める、冷たく尖った三白眼で沈黙のままデティを見下ろす…決して答えない、だが答えずともデティには全てがわかる それが嘘か真か


「ふふ、じゃあ無駄だよ…みんなはエリスちゃんを見捨てないし、私はエリスちゃんを守る為にここにいる、例え世界が滅びようともエリスちゃんだけは私が守る…絶対に、もしエリスちゃんを犠牲にしようとするなら 私が先に世界滅ぼすから、覚えておいてね」



「な なんか、チビ助の奴…すげぇ気迫だよな」


デティの発する覚悟は…口にした言葉はラグナと似通っているようでいて根本から違う、その小さな体から溢れる絶大な覚悟と気迫は思わずエリス達でさえ恐れさせるほど…


だけど、エリスはこの気迫を一度味わったことがある…、あれは確かナタリアさんが死に掛けた時の事だ、あの時のデティは異様極まる気配を漂わせていたけど 今度のこれはもっと濃い、その異質さが


なんだ、デティは…なんなんだ


「恐ろしい気迫ですねぇ、忌々しいです」


「…そう言うわけだ、アンタの提案は受け入れないしこれ以上話をするつもりもない、みんな 白亜の城に急ごう、まだ城にはアンタレス様の呪術が残っている まだシリウスを食い止めてくれているはずだから、急げばまだ間に合うはずだ…エリス、行こう 耳を貸すな」


「ラグナ…」


ウルキの体を突き飛ばすように手を離せば、ラグナはこれ以上何かを語るつもりはないとエリスの手を優しく掴んでウルキから守るように引っ張り連れて行く、…エリスを犠牲になんかしない その為にも蔓延る滅びを打ち倒すと強い決意が彼の手の熱からじんわりと伝わってくる…


彼は本当に優しいな、どこまでも優しい…けどエリスは


「ちょいちょいちょい!、ちょい待ち!いやいやどこに行くんですか?私は貴方達の足止めを命じられてるんですよぉ、だから…悪いですけどこの先には行かせられないんですね、これが、そうだ!折角同じ師匠を持つ者同士ですしここは師匠あるある言い合いしません?、はいまずは私からですね えーアルクトゥルス師匠は…」


ちょい待ち!と両手を広げてエリス達の前に立つウルキは此の期に及んでもまだエリス達を止めようとあれやこれやを言い出す、だがラグナはそれに耳を貸さず…


「テメェが師範の名を口にするな、あと退け」


「生意気な口ですねぇ、…ならまずは姉弟子としての威厳を見せておきますか?、丁度八人全員…いることですしねぇ」


ギロリと視線をエリス達全員に向けた瞬間、走る威圧は大地を砕き あまりの魔力に重量の法則が歪み砕けた小石が宙へ浮くほどに、ウルキの力が荒れ狂う


凄まじい魔力だ、可視化された魔力が天へ上り夜空を支える柱となるほどに膨大な魔力量を前に思わずエリスは身構える、これがウルキさんの…ウルキの力


最初の魔女の弟子にして魔女と同じ段階まで到達した唯一の弟子、八人全員の教えを受けたこの人の実力は既にレグルス師匠と同格の段階にまで達しているんだ


「足止めを命じられただけで、殺すなとは言われてませんし、とりあえず貴方達は全員 永遠にこの場で足踏みしていてもらいましょうか」


「な なんて魔力だ、マスターと同格…魔女と同格か、こいつ」


「ええまぁ、私 羅睺十悪星のメンバーなので、貴方達程度に本気を出す必要全くないんですけど…可愛い妹弟子弟弟子の前ですから、出しちゃいましょうか 本気を」


下手すれば今のシリウス以上の力の発露を前に、その勢いに押し飛ばされそうになりながらもエリス達は逃げない、直ぐにでも白亜の城に向かわねばならないのだから…例えどれだけ相手が強くとも、逃げるわけにはいかないんだ!


「上等だ、…アンタだって乗り越えて俺達は白亜の城に向かう」


「ええ、そうですねラグナ…、エリク達の肩には世界が乗っているんです!今更引けませんよ!」


「…自分達の肩には世界が…ですか、…哀れですね」


ウルキが一瞬 エリス達を哀れむような視線を向けたかと思えば…


「ならお望み通り!、殺してあげますよ!全員!」


腕を振り上げる、膨大な魔力の球を作り上げ、エリス達ごとこの国を消し飛ばそうと魔力を解放するウルキさんが今……


「ぐぇっ!?」


刹那 ウルキさんの首が掴まれ、詠唱を封ずると共にその身を拘束する腕が現れる


腕だ、腕だけだ、ウルキが現れた時同様空間に歪みを作りながらガラスを突き破るように現れた腕がウルキの首を掴んでいるのだ


「な 何が」


『何処に行ったかと思えばここにいたか、ウルキよ』


「え?この声…」


「ゲェッ!もう見つかった感じですか!?」


響く声に聞き覚えがない人間はこの場にはいない、その威厳溢れる声は 怒りを露わにしウルキの首を締めあげながら引き摺り込む、空間の歪みから半身を乗り出しながら 現れるのは


「陛下!」


「すまないなメグ…そしてエリス達よ、我が目を離した隙に小鼠が外に逃げ出したようだ」


カノープス様だ、空間を引き裂いて半身を乗り出すその姿は 青い炎にメラメラと焼かれながらも平然と笑い、ウルキが逃げ出せないよう腕一本でその身を縛る


「ぎゃぁー!ちょっと汚い手で触らないでくださいよ!と言う私そっち行きたくありません!」


「何を言う、お前が作り出したお前の世界だろう、もう今は九層目だ…お前だけ日和って逃げ出すなど我が許すわけないだろう」


「死ぬなら一人で死ね!」


「ハッ、だったら殺してみろ…我を」


「クソが…上等だよこの野郎!」


カノープス様の手により空間の歪みに投げ込まれ消えていくウルキを見送ると共に、カノープス様は頭だけを穴から出して…


「すまんな、我はもう少しかかりそうだ、引き続きシリウスを頼むぞ」


「陛下!大丈夫なのですか!?お怪我は…というかそもそも燃えてますが」


「怪我なんぞあるわけがないしこの炎は…まぁ飾りみたいなもんだ、そっちこそ…誰一人欠ける事なくこの戦いを終えられるよう力を惜しむな、分かったな」


では健闘を命ずると言い残し、空間の歪みの中へと消えていく…多分やたウルキさんの臨界魔力覚醒の内部へと戻っていたんだろう、しかし凄いな あのウルキさんを相手にしてほぼ無傷、思えばカノープス様はあのシリウスを相手にしてもかなり余裕そうだったし…流石は最強の魔女か


「ッ…皆さん!急ぎましょう!」


「あ、おいメグ!」


「なんか凄い人だったね…最初の魔女の弟子って…」


「ああ、…我々の姉弟子があんな外道だと思うとやや嘆かわしいがな」


カノープス様に命じられ顔色を変えて白亜の城に走るメグさんについていくエリス達は慌てて彩絨毯を超えてシリウスを追う、奴の速度ならもう城についているだろう、けど城にはアンタレス様の呪術がある…そう簡単に近づけるとは思えない、ならまだ間に合うはず…というか間に合ってくれ!


「あぁ!クソ!こっから徒歩かよ!」


「メグさん、時界門はまだ使えないの!?」


「すみません、まだウルキの空間凝固が残っているようで…嘆かわしい、己の無力さが」


「何を言っても仕方ないさ、とにかく全員出せるだけの速度で走るしかない!」


「うぇ〜、待って〜みんな速いよ〜」


「デティ、私に乗って…」


「ありがとネレイドさーん!」


彩絨毯から白亜の城まで凄まじい距離がある、おまけに間には未だ魔造兵と魔獣軍団の紛争が広がっているし、…何かいい移動法はないものか


「何かいい方法はないか…そうだ!、メグのアイアンデッドヒートで…って時界門が使えないんじゃダメか!、ならナリアの衝波陣での加速は!」


「みんなが乗れるボードがありません!」


「そうか、…なら…」


「俺がみんなを白亜の城まで投げるとかどうよ」


「ぜってぇやめろ!」


「絶対やめろ!」


「絶対やめてください!」


なんかとんでもないことを言い出すラグナを全員で止める、だってそんなことされたら白亜の城に着く頃には何人か死んでそうだし、くそ…エリスだけなら直ぐにでもいけるのに全員となると難しいぞこれ!


そう頭を悩ませている瞬間…、それは突然巻き起こる、何もかもを一変させる 光が


「ッッーーー!?!?」


突如として世界を包み込む光、ついで訪れる地震の如き轟音、そして衝撃波に全員が目を瞑り足を止めてしまう、何が起こったかもわからないまま 口も開けず顔を腕で庇いながら必死に堪える


な 何が起こってるんだ…一体!!


「く!なんの光だ…」


「爆発?いったいどこで…え?、はぁ!!!???」


少し遅れて目を開き、目の前の光景を目にしたアマルトさんが愕然とした声を上げる、一体何事かと、次々と目を開いていく弟子達…、当然エリスも目を開き それを目にして、思わず何かの間違いかと思い目をこすってしまう


何せ、そこに広がっていたのは…


「あ…ああ…あ」


「白亜の城が……無い」


皇都の中央に聳え建っていた筈の巨大な白亜の城が、もうもうと天に昇る黒煙に呑まれ跡形もなく吹き飛んでいたのだ、文字通り跡形もない 木っ端微塵に吹き飛んでいた…見慣れた筈のあの城が、消失した…


シリウスだ、シリウスが白亜の城を吹き飛ばしたんだ…アンタレス様の呪術を消し去る為に城ごと…、なんてめちゃくちゃな事を…


「わ 私の城が、白亜の城が…」


「デティ…!?、気をしっかり持って!」


ガタガタと震え目を白黒させるデティに声をかける、落ち着けと声をかける、あの城はデティの生まれた場所であり家だ、今あそこは無人とは言え…それが跡形もなく吹き飛んだとあれば、彼女のショックは計り知れず……


「私の私の…私の…城…を、よくもぉぉおおおおおお!!あのクソ野郎ォーッ!ぶっ殺してやるーぅっ!ウガァッー!、メタメタのボコボコのギザギザのベトベトのベコベコにしてやるー!」


と思えばショックよりも普通に怒りが勝っていたのか獣のように咆哮し暴れ狂う、…よかった デティが強い子で…


「歴史ある城が…」


「芸術的な城が…」


むしろ関係のないアマルトさんやナリアさんがショックを受けているが、まぁこちらは普通に立ち直るだろう、それよりも…


「やべぇぞ、城が吹き飛んだらシリウスの肉体がガラ空きだ!もう時間がない!」


「今すぐ白亜の城に向かわないと…けど、遠い…!」


今 エリス達とシリウスの間には物理的な距離がありすぎる、今すぐ向かわないと何もかも手遅れになる、だというのに向かう手段がない…!


どうすればいいんだ!どうすれば!、いくら足を早く動かしても届く気配がない、エリスだけでも先に向かうか?、いやそれでもシリウスを止められなきゃ意味がない…!全員であの場に向かわないといけない


そんな方法が、一体どこに…!


「考えろ…考えろ俺、何か方法がある筈なんだ…世界は絶対に滅ぼさせない、エリスは絶対に…犠牲にしない!」


冷や汗を滲ませながら考えるラグナと共に全員が思考を回転させる、何か方法はないかと足を動かしながら考える


すると


「魔女の…弟子ぃぃいいいいいいいいいい!!!!!!!」


「ッ!?今度はなんだ!?」


突如轟く破壊の咆哮はただそれだけで大地を砕き、轟音を響かせながらこちらに向かってくる、こんな忙しい時に 今度は何が来たんだ!


「ミツケタ…ミツケタぁぁああああああ!!!!」


「なんじゃありゃぁ!?」


こちらに向かってくるのは巨大な女だ、ネレイドさんよりも巨大化し牙を伸ばし爪を輝かせる女、真っ赤なドレスの中からはタコのような触手が無数に伸び、それが大地を突き刺し触腕のように高速でこちらに走ってくるのだ


あれは…、コルスコルピで見た悪魔獣王アインソフオウルにそっくりだ、ということはまさか


「魔獣王タマオノ!?」


「こんな時に羅睺十悪星だと!?時間がないのに…!」


タマオノだ、戦場で姿を確認されていない魔獣王タマオノ、魔造兵達に命令を下している筈の奴が今エリス達の元へと駆け抜けてくる、今あいつを相手にしている暇なんか一切無い、ただでさえ絶望的な状況に現れた羅睺十悪星を前にして エリス達の心は…折れかける


「どうすればいいんですか、これ…」


「相手をしてる暇はない、今は奴から逃げしか…」


「孤独の魔女の弟子…孤独の魔女の弟子は!、…貴様かぁぁあああ!!!!」


「え!?」


相手をしている暇はないと即座に離脱しようと速度を速めた瞬間、それにさえ追いついたタマオノは無数の触手を伸ばしながらエリスに目を向け


「あ…!」


「エリス!?!!」


エリスの体を縛り、持ち上げ引き寄せたのだ


咄嗟に伸ばされるラグナの手、それを取ろうとエリスも手を伸ばすが…二つの手は無情にも空振り


「ラグナ!!」


「エリス!やめろ!おい!エリスーっ!!!」


「ぅがぁあああああ!!魔女の弟子ぃぃぃいぃぃぃい!!!」


あっという間にエリスの体を引き寄せた触手はタマオノのドレスの中に開く巨大な第二の口の中へと戻り、エリスの体を…


「エリス!エリス!!!」


中に引き込むと共に、パクリとタマオノの口は閉じられた


暴れ狂うタマオノにあっという間に飲み込まれたエリス抵抗の暇もなく、その体内に吸収されていくのであった…

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