305.決戦 天狼のシリウス
『ねぇラグナ、もしシリウスが姿を隠して白亜の城に現れたらどうするんですか?、ここにいても見つけられない可能性は充分ありますよね』
時は先日、ラグナと共に軍団を編成するエリスの問いかけは充分にあり得る可能性であった
シリウスはなんでも出来るしなんでもしてくる、決着をつけるといいながらせせこましく隠れて行動だって充分してくるだろう、そうなるとどこで見張っていても見つけられない可能性があるのだ
しかし、それ聞かれたラグナは大して慌てることもなく
『勿論考えてあるよ、というか多分シリウスはそういう風に行動してくると思う、だから俺達が上から見張るのは飽くまで保険にして予防線、本命は別にある』
そうなんですか?と問うまでもない、彼ならば勿論考えているだろうから聞いたのだ、しかし解決出来るか怪しい問題でもある
だって前提がエリス達がシリウスの接近に気づけないところにある、その時点でエリス達に出来ることはなくなってしまうのだから
そんな中彼がやや自慢げに、それでいて確信めいて出してきた案は…………
…………………………………………………………
「もう絶対に逃がしませんよ、シリウス」
「煩わしいのう〜、大人しく間抜けを演じて居ればいい良いものを…」
向かい合う、無人の白亜の城…その玉座の間にて二人の視線がぶつかり合う
剥がれた玉座の下より現れた穴を守るように立つのは孤独の魔女の弟子エリス、今は展望エリアにてシリウスを探しているはずの少女が今ここに居るのだ
対するはエリスの蹴りを受けて露骨に嫌な顔をしてみせるのはレグルスの肉体を乗っ取った原初の魔女シリウス、本来ならばエリスの蹴りなんぞ効かないばかりか受けるはずもないのに…
それでも彼女の頬を伝う一筋の赤い線は顎を滴る、エリスの攻撃でシリウスの…いやレグルスの肉体に傷が付いた、これはどう考えても可笑しい事態だ
「……体が気だるいのう、厄介な呪いを受けたわい」
全てはエリスの攻撃を受ける直前に身に受けた呪い、『呪界 八十禍津日神血膿』という特大級の呪術が起因となっている
特大級の呪術によりシリウスの魂は掻き乱されレグルスとの結合を見失いつつある、この程度でこの融合は解けはしないものの…それでもレグルスの体を動かすシリウスの魂が虚ろになるせいで、上手く体が動かせないのだ
言ってみれば嫌な毒矢を初手でもらった気分、…そしてその毒矢の射手は
『イイザマねシリウスもっと苦しみなさい』
「…アンタレスか、よもや貴様が…」
アンタレスだ、シリウスの必殺の一手を崩すエリス達の切り札こそ、この戦線に参加していなかった唯一の魔女、呪術の達人 探求の魔女アンタレスだ
そうだ、ラグナがシリウスの手を封じるように用意した手こそがアンタレスの存在である
というのも探求の魔女アンタレスは基本的に前線に出てくるタイプではない、後方で支援をすることを得意とするためシリウスの予想通り今回の戦いに参加していなかった
とはいえ、アンタレスとて今回の件を黙認出来るほど冷酷でもない、故に何かしらの援護を考えていたのだが…考えることさえ億劫になったアンタレスは指揮官であるラグナに問いかけたのだ
『私は何をすればいい』と…、そしてそれを聞いたラグナは今回の手を思いついた、というほどの物でもないか…
だって、最初からやることは変わっていないのだから
ラグナが取った作戦の名前を言うなれば 『腐肉の壺』、そうだ…皇都防衛でも用いた手と全く同じ手をここでも行ったのだ
「なるほどのう、貴様ら…皇都内部を無人にしたのは 態とじゃな」
「…………」
その通りです!よく分かりましたね!と…親しい相手なら答えていただろうが、シリウスを相手にそこまで答えてやる義理はない
ラグナが皇都を敢えて無人にしたのは皇都を戦いの場にしたくなかったのともう一つ、…シリウスにとってそこが忍び込みやすい『穴』であるべきだったから
それに気がつかずシリウスは皇都という壺に忍び込み、壺の底へとたどり着き アンタレス様からの手痛い一刺しを受けた、シリウスがそこに攻めてくると分かっていたから事前に隠し階段を発見しつつ この城の各地にアンタレス様の目を配置し先手を打った
この城の内部はアンタレス様の体内の如くその内情を察知出来る、故にシリウスが忍び込んでもアンタレス様の報告によりエリス達はそれを察知出来るのだ
エリス達の術中にあるとも知らずシリウスはまんまと玉座の間の隠し階段を開き、その中で待機していたアンタレス様の血液がシリウスを呪い…怯んだ隙にメグさんの時界門で現場に急行…
これが作戦の全てだ、シリウスを誘い込み 彼女が最も油断する瞬間を作り出し、エリス達にとって戦いやすい瞬間を作り出す、その為だけに この城は今無人なのだ
「残念だったな、シリウス…」
「貴様の悪逆もここまでだ」
「この間ハメられた借りを返しただけだよ、あんま怒るなよな」
「む…」
既にこの玉座の間にはメグさんのセントエルモの楔を其処彼処に埋め込んである、故にそこから発生する時界門を通ってラグナ達がシリウスを囲むように玉座の間に現れる
「コーチの仇…取らせてもらいます!」
「私は…ええと、ああそうそう帝国で手酷く蹴り回された借りがありましたね、そちらもお返し致します、シリウス様?」
「貴方、悪い人だったんだね…じゃあ私、オライオンでの借りを返す」
「じゃあ私は玉座の借りかなぁ!?、よくもまぁあんなめちゃくちゃに!絶対ゆるさーん!ギタギタにしてやるー!」
「ほほう、これは…」
シリウスは視線を動かす、既に彼女は包囲されている、八方向を塞ぐように立つ…魔女の弟子達
「シリウス、ここまでです…貴方が行ってきた悪逆と暴虐の清算をする日が、今日来たのです」
「クハハ、…八千年前見た景色とまるで同じじゃのう、あの時もこうして 八人に囲まれたものよ」
並び立つのは八人の弟子達、住まう場所も生きる世界も価値観も身分も違う…ただ魔女の弟子であるという点以外の共通点のない一団、見てみればなんとも纏まりのないこの一団が今 かつての魔女と重なる感覚を覚えるシリウスはただただ笑うしかない
揃った、揃ってしまった、魔女の弟子達が…
八人の魔女の弟子が、今ここに 強大な敵を前にして視線を一つに向けているのだ
「エリス達が…魔女の弟子が相手です、シリウス」
「……………………」
八人の弟子が睨みつけるのは師匠達の仇敵でもある原初の魔女シリウス、人類がこの世に誕生して以来史上最強の名を冠し続ける彼女はこの窮状を前にしても焦る様子もなく口元に笑みを垂れたまま周囲を見回し…
「ええぞ、ワシはお前らと決着を付けるためにこの戦いを申し込んだのだからな、今更逃げも隠れもせん今ここで全員殺してやるわ」
「ッ…」
それでも言うのだ、結局全員殺せば同じ事と、復活してから戦おうが 復活する前に戦おうが、結局のところやることは変わらないし おそらく結果も変わらないと
そんなシリウスの発する壮絶極まる殺意が場を満たし空間を歪ませ渦巻き、…遂には虚空に大穴が開き…
「ん?え?」
『悪いわねシリウス ここで戦わせるわけにはいかないの…だから場所を変えてもらうわよ』
違う、空間が歪んでいたのはシリウスのせいではない、メグが作り出した大時界門だ そこから伸びる紅の鎖がシリウスの手足を縛り、その中へと引きずり込んでいるのだ
ここでは街に被害が出るし、何よりシリウスが目的とする肉体に近すぎる、故にここから離れた別の戦場へと送る為アンタレスが手筈通り拘束魔術でシリウスを時界門の中へと誘う
「おいー!アンタレスー!せっかくバトルの空気じゃったのに台無しじゃろうが!」
『知らないわ…その先で大人しく待ってなさいよ私達の弟子が行くまでね』
「くぅー!、結局こうなるかー!ええい仕方ない!待ってやるから逃げるでないぞー!エリスー!」
ギャーギャーと騒ぎながら時界門を潜りアンタレスの用意した戦場へと消えていくシリウスを見て、ようやく一息いれる…
全て作戦通りに行った、シリウスを懐に誘い込み その上で遥か彼方まで移動させる作戦が…
「ほっ、上手くいきましたね、皆さん」
一先ず安心とエリスが微笑めば、他の七人もまた安堵の息を零す…正直今回の作戦だとかなんだとかで、ここが一番の難所であったと言える
もし、今の包囲にシリウスが全く怯まず、またエリス達の相手を全くせずに奥の階段に直行していた場合、メグさんの大時界門の展開が間に合わず全てがご破算になった可能性がある
他にもシリウスがまだ別の手を隠していたり、羅睺十悪星の乱入があった場合も同様に失敗、そもそも戦うということさえ出来ずエリス達は敗北していたことになるのだから
「ああ、上手くいってよかったよ…いやほんと、立案者としてはもうヒヤヒヤで」
「だがラグナのおかげで我等はこれより何の心配もなく戦うことができるようになった、大金星だ」
ホッとするラグナにかけられるメルクさんの言葉通り、これは必要な手順だった
もう何も気にすることなく全力の戦いに挑むことが出来る、何かを気にした状態で勝てる相手ではないから
「それより急ごーよ!、あの野郎玉座めちゃくちゃにしてくれちゃって!高かったんだよ!あれ!、知ってる!ねぇ!アマルト!」
「なんで俺に言うの…、俺何もしてないし」
「うん、…デティの言う通り、シリウスが向こうで待ってる」
「うう、緊張してきました…けど僕頑張ります、コーチの為に」
「…そうですね」
そうだな、結局これは戦うための下準備に過ぎない、この後はもう完全にノープランだ、エリス達八人とシリウスの我慢比べ、どちらが先に倒れるかのぶつかり合い、ここで負けたら何もかもが無意味になる
勝たなくちゃいけない、絶対に勝たなくてはいけない、…今回ばかりは何が何でも…負けてはいけないんだ
『分かってると思うけどこの先は私も援護が出来ませんからね…だから貴方達の手でシリウスを倒す必要があります』
ふと、声が鳴り響くのは先程助けてくれたアンタレス様だ、今この城にはアンタレス様の血が染み渡っている…謂わばこの城はアンタレス様の手の中に等しい状態、城を支配下に置いたアンタレス様を抜いてこの城の地下に行くのは如何にシリウスと言えど難しいとは思っていたが…予想以上の効果だったな
「あんだよ、お師匠さんはこっち来て戦わないのかよ」
『バカねバカ弟子私の仕事は後方支援なの…遠距離からの支援が得意な私がどうして前線に立たないといけないの』
確かにアンタレス様は遠方から呪術を飛ばして行動するのが得意なタイプだ、ならわざわざ手の届くところにいる必要はないと今もコルスコルピに居るのだが…、出来れば近くにいて欲しいと言う弟子の心が分からないのかアマルトさんに素っ気ない態度を見せる
「そうかいそうかい、あー寂しいなー」
『わがまま言わないの…それでエリス達?貴方達の勝利条件は分かっているわね?』
「はい、シリウスに攻撃を加え続け消耗させてから識確魔術…ですよね」
エリス達の勝利条件はシリウスの同化魔術と洗脳魔術を識確魔術で消し去ること、それ以外に勝つ方法は存在しない
しかし、それはシリウスも理解しているだろう…ならエリス達に識確魔術を使う兆候を見れば何が何でも避けたり防いだりする筈、ならばその行動を事前に封じるためにシリウスを消耗させておく必要がある
特に必要なのがシリウスの魔力防御を完全に取り去ること、魔女が常に身に纏っている高密度の魔力壁を攻撃で破壊してからでないと識確魔術がシリウスの魂まで届かない可能性があるのだ
「消耗させるって…どれくらい消耗させりゃいいんだ?」
『分からないわ…ただ今のシリウスは治癒魔術が使えないから常に攻撃を加え続ければいつかは魔力壁も壊れる筈よ』
「いつかは…か、まぁやるしかねぇよな」
そうだ、やるしかない…シリウスの力は計り知れないしどれだけ攻撃を加えたらいいかも不明だが、それでもエリス達は今この場に集うた全ての意思の為に戦い抜き勝利する必要があるんだ、なら臆している暇ない
『なら…頑張って?後は任せたわよ 八人の弟子達』
「はい、では皆様、参りましょうか…最後の戦いに」
「行きましょう…みんな!」
拳を掲げる、意味はない だが
「おう!行くぜ!」
「勝つぞ!絶対に!」
「ここまで来たんだ、負けはありえないよなぁ!」
「はい!エリスさん!」
「不肖メグ、本気で参りますよ」
「…うん……」
「ぅおっしゃー!、やってやるぜー!回復は任せろー!」
答えてくれる、友がいる
八つの靴音が重なり、かつての魔女様のように…いやきっとそれ以上に素晴らしくて誇らしくて…最高の友達と一緒に、エリスは今 最後の戦いに臨む
エリス一人ではまるで敵わなかった相手と、今度は仲間達全員で戦いを挑む
みんなと一緒の未来を勝ち取る為に、ただその一心を八人全員が抱いて…今、最終決戦の地へ繋がる大時界門を同時に潜る
待っててくださいね、師匠…
……………………………………………………
「……ッ」
時界門を潜った瞬間、吹いた夜風がエリスの髪を揺らす、その風は足元の花を舞い上げ 月光を写す鏡として一面をキラキラと輝かせる
エリス達がシリウスとの決戦に選んだのは、昨日までシリウスが居た アジメクの彩絨毯、…アジメク いや世界最大の花畑を戦地に選ぶ、既に魔造兵は全て出払っており 今ここにいるのは…決戦に挑む人間だけ
足元には純白の花々が咲き乱れ、地上の星空となり エリス達を受け入れるのだ
「存外直ぐに来たのう、…トイレは済ませたか?、怖くてちびっても面倒は見んぞ」
そんな純白の花畑の中心で、想像以上にリラックスした様子で胡座をかくシリウスがエリス達を出迎え、笑う
「お前、すげぇ胆力だよな…追い詰められてる自覚ってない感じか?」
ギロリとアマルトさんが険しい視線を送れば、そんな視線もまた愉快とばかりにシリウスは膝を叩き
「追い詰められている?、これは異な事を言うものよ、この状況のどこが追い詰められていると言うのじゃ?ああ?」
「貴様の軍団は最早壊滅寸前だ、頼みの綱のスピカ様もリゲル様も…ウルキでさえお前の手元を離れた、もうお前を逃す物も守る物もない…これさえも窮地のうちに入らないと?」
「ああ、入らんな、…ワシは強いからのう、味方なんぞなくとも 成るように成り 為すがままに為す、故に為すがままに成るものよ」
くつくつと笑うシリウスからはやはり焦りを感じない、それはエリス達を脅威にもならない雑魚としてみているから…だけではないのだろう
違いすぎるのだ、シリウスとエリス達では 人として生きて戦った時間と経験が、シリウスという人間を形成する全てが桁外れ、世界さえも飲み込む大器の持ち主たる彼女は 例え追い詰められていようともそれを表に出すことはない
「しかし、良い機会じゃ…魔女の跡取りが八人全員揃うなどそうそう無い、少なくとも八千年と世界を見続けたワシでさえ見たことのない大変珍しい場面じゃ」
「何が…言いたいの?」
「言いたいのではなく、問いたい」
立ち上がる、星海の如き花々を舞い散らせ、シリウスが静かに立ち上がる…
その瞳は、かつてエリスを新たなる羅睺に迎えたいと言っていた時と同じ、いつもの道化のような振る舞いとはかけ離れた…真理に手を伸ばす一人の求道者としての顔つきだ
「お前達に、ワシを止める覚悟はあるか」
ズシンと響くような声音、まるでその一言にシリウスの全てが宿っているかのような…そんな険しい声音に、全員が思わず息を飲む
止める覚悟はあるのかと…、この戦いの根幹を成す部分を聞かれているのに、答えられない
「ワシには人生を賭けてやり遂げようと言う命題がある、その為ならば何を犠牲にしても良いと既に覚悟を決めている、この星の真理を知って 遍く星々に手を伸ばし、想像もつかぬ…されど存在すると信じてやまぬ未知へと旅立つ為ならば、如何なることでもする覚悟がな!」
「ッ…、シリウスは…貴方は」
「エリス…お前には語ったな、あの時の言葉に嘘偽りはない、ワシは未知と挑戦に飢えている…、しかしどんなに飢えても求める物はこの世のどこにもない、想像を絶するぞ?この苦痛は」
道を見つけるために世界を滅ぼすことさえ厭わない、他所から見ればなんともくだらない理由だろう、だがエリスからしてみれば…それが彼女にとってどれだけ大切なことが分かる
何もかもを知る彼女はただ一つ、知らない事を知らないのだ…そしてそれが己の渇きである事を知っているのだ、なんとも不幸な話だ…なんとも苦しい話だ
故に彼女はそれほどの覚悟を決める、そうしなければ彼女が欲する真理には辿り着けないから、きっと…この戦いも彼女にとっては冒険前夜にワクワクしながらリュックに荷物を詰める作業に等しいのだろう
求めるものが目の前にある、だから今更止まれないのだ
「許されるならばワシもお前のように生きたかったぞエリス、だがそれを八元体が許さなかった…」
「八元体?」
「八元体を知らぬか、幸福な話よ…奴等はこの世に眠る最大級の未知、恐らく人の身では行き着けぬ領域に存在している、そんな奴らさえ ワシの目には見えてしまうのだ…奴等の意志がな、…今も」
シリウスは静かに空を見上げる、見上げる空には無数の星々が煌めきなにかがいる気配はない、ただただ星空が広がる、八つの巨星の輝く夜天だけが…広がる
「…八千年と言う時を超える執念、世界さえ滅ぼす信念、例え何が立ち塞がろうとも…ワシは全霊を尽くしてそれを破壊する、それでもお前達には我が道行きを阻むだけの…確たる覚悟があるのか?」
シリウスがこちらに向けて歩み寄る、足元の花を踏み折る事さえ厭わずただ前に足を出し進み続ける、その風格と威圧の凄まじさは 七大国全てを巡ったエリスでさえ初めて感じるほどに重厚
半端な覚悟では立ち塞がる事も出来ないと、身を以て知らされるような感覚を覚えエリスは…
「くだらない…!」
「何…?」
負けじと前に出る、シリウスは今エリスに向かってなんて言った、…『覚悟』はあるか?、なんとくだらない問いかけか!
「覚悟ならとっくに出来ています、エリスが師匠に弟子入りしたその時より、如何なる過酷な運命にも!如何なる強大な敵にも!、絶対に…引かない覚悟を決めて今ここに立ってるんですよ!」
「ほう…」
「シリウス、貴方の目的そのものにはエリスも一定の理解を向けましょう…だからこそ受け入れられない!分かるからこそ受け入れられない!、この世界は…貴方だけの物じゃないんです、一人で勝手に分かった気になって!神様気分で世界を壊そうとするな!!!」
シリウスの目的…未知を求める気持ち分かる、エリスもそうやって冒険をしてきたから、だけど同時に受け入れられない、彼女の言い分はあまりに身勝手だ
何もかもを知った気になって、何もかもを好きにできるからと言って、お前一人の言い分で世界を壊していいわけがない、お前はどれだけ神に近づいても神そのものではない…一人の人間でしかないのだから!この世界を生きる一人の人間である筈なのだから!
「神様気分か…言ってくれる、で?他は?引く者はおらんと見ていいか?」
引く者はいるか、弟子の中に一人でも恐れる者はいるか?そう探すようにシリウスが視線を動かすが、答える声はない…寧ろ
「シリウス、テメェの言い分は分かったよ…けどやっぱ認めわけにはいかねぇよ、お前はその道行きであまりにも多くのものを傷つけすぎたんだ、…平気で周りを傷つける奴の好きになんかさせてられねーな」
誰一人として引かない、ラグナもメルクさんもアマルトさんもナリアさんよメグさんもネレイドさんよ…デティもまた全員が鋭い視線でシリウスと相対することを選ぶ
誰も引かない事を理解したシリウスは、一瞬戸惑うような表情を見せるも
「結局はそうか…、そうかそうか…わかったわい、なら…しゃあないのう」
気怠げなシリウスの顔は徐々に狂気と酔狂に彩られ始め…、そして 聡明なる求道者は一匹の道化へと姿を変える、狂言を弄し 戯言を嘯き 真理を騙る道化はギザギザの歯をギラリと並べ
「後悔するなよガキ共、威勢良く啖呵切った事を…全力で後悔させてやるわぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!!」
「ッ…!!!」
シリウスの咆哮、ただそれだけがエリス達の身に襲いかかる、まるで鉄槌で殴られ飛ばされたかのように宙を飛び、花びらを舞い散らせながらも着地する…だが、距離を開けられたな、これが吉と出るか凶と出るかまでは分からない!
一つわかることがあるなら、…シリウスはエリスの人生最大の敵になり得るだけの力を持っているということだけだ
「くぅー!すげーパワー!、声だけでこれかよ!
「ローデが可愛く見える肺活量だな…!」
「これが魔女の力…、凄まじい…」
「ぬぅわはははははははははは!!!!、恐れよ!崇めよ!我が名はシリウス!原初の魔女シリウス!、万象を克服し万物を破壊する大いなる厄災シリウスである!!、このワシを前に足掻けるだけ足掻いてみるがいい!魔女の弟子ィッ!!!」
「上等だって言ってんでしょう!、みんな!やってやりましょう!、これで…全てに決着を!」
湧き上がる絶大な魔力は花弁を舞い上がらせ大地を揺らす
唯一無二の力を持つ個人と八つの力を掛け合わせる弟子達が互いに睨み合い、今ここに…
「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』!!」
「ぬわははは!!来い!」
世界の行く末を懸けた決戦のゴングが鳴り響く
「ぅぉおおおおおおお!!!!」
先陣を駆け抜けるエリスは両手両足に風を集約し高速戦闘を可能とする疾風韋駄天の型にて、固く固く握り締めた拳をその勢いのまま全身で放つ
しかし
「威勢だけか!口だけか!、帝国の時からさしたる程強くなっていないではないか!」
「っ!っくぉおおおおおお!!!!」
当たらない高速で回転するようなラッシュはシリウスのスウェイと拳により弾かれ回避される、最初の一撃は油断していたから当たっただけで 向かい合い戦えばエリスとシリウスの差は未だに歴然たるものがある
このまま行けば帝国の二の舞、しかし今は…違うのだ
「何エリスだけ見てんだよ!、シリウスぅ!」
「ぬっ!?」
エリスの連打に更に拳が増えシリウスの顔色があからさまに悪くなる
ラグナだ、争乱の魔女の弟子ラグナがエリスと共にシリウスを攻め立てる、ただの二人がかりではない まるで二人が互いに自分の強みを活かすかのように確実に連携を踏んでくる、この二人の連携にシリウスの動きは忙しなさを増していく
「はぁぁぁぁああああああ!!!」
「おりゃぁぁああああああ!!!!」
「ぬはっ!ぬははは!元気がいいのう!、じゃが…!」
エリスとラグナの連携は一級の物と言える、そのうえ互いに高水準の戦闘能力を持ち この二人の猛攻を受け止められる人間は現時点の世界にはほぼ存在しないと見ていい
だが、シリウスも最初こそ少し驚き押されはしたものの、すぐさま鞭を入れられた馬のようにその動きの速度を上げていく
その速度はやがてエリスとラグナが全霊で出せるスピードの四倍以上に達し、押されるどころか逆に上回り押し始めた
「嘘っ!?」
「マジかよ!?」
「マジじゃあ、喧嘩売る相手を間違えたな!童共!」
ラグナの拳、エリスの蹴り、その二つの衝撃を中から割るようにこじ開け受け流す、技量一つとっても武術家たるラグナを遥かに上回るシリウスの白兵戦の巧みさに二人揃って表情を崩す
そんな一瞬の隙を縫ってシリウスは静かに息を吐き…
「融ける大地、溶ける世界、地殻を燃やす星の劫火は煌めき…!」
詠唱…魔術が来る!、魔女レグルスの肉体で魔女シリウスの技量を使って放たれる古式属性魔術が…!、そんな薄ら寒い死の感覚が周囲を包んだ瞬間
「『ピッキオ・ジャヴェロット』!!」
撃鉄に弾かれた銃弾の如くラグナとエリスの間を辿ってシリウスの顔面へと放たれる剣閃、夜の闇より深く黒い片刃の長剣が鋼さえ貫く刺突を放ったのだ
「俺を忘れんなよ!シリウス!」
誰が放ったかをエリスとラグナは確認しない、この場で最も頼りになる剣士なんて一人しかいない、アマルトだ 彼は巧みにシリウスの隙を狙い、頭を穿つように刺突を打ち出した、その剣は深々とシリウスの顔に突き刺さ…
「ひゃふほう…」
…ってはいなかった、口で剣を受け止め歯で刃を食い止め、曲芸じみた防御を見せにたりと笑う
「うっそぉ!、マジで!?今の防がれんのかよ!ってか抜けねぇ!俺の剣噛むなよ!」
「ひかひ、ひゃまはひははへんほう、ほひはえふほへほほへ」
「口に物入れて喋るなよ!何言ってるかわかんねぇ!ってか!ちょ!やめろ!」
剣に噛みつきそれを奪い取ろうと首を振るうシリウスは、今もなおエリスとラグナの二人がかりの猛攻を片手間に防ぎ続ける、たった一人で魔女の弟子三人の猛攻を防ぎ今もなお余裕とばかりに笑い続ける
いや、実際余裕なのだ…エリスなんぞ片手で殺せる ラグナなど片手で抑え込める、アマルトなんぞ手なんか使わずとも余裕なのだ、魔女級の力を持つシリウスは未だ魔女の弟子達に取って遥かなる高みに存在する達人なのだ
「っく!あぁ!」
「エリス!ぐっ!?」
「なんて顎の力だ…持ってかれる!」
エリスの蹴りを弾きそのまま胸ぐらを掴み地面に叩きつけ、ラグナの拳を受け止め受け流しそのままカウンターの一撃を叩き込み、グイグイと首ごとアマルトの剣を引っ張る
このまま行けば三人まとめてシリウスに敗れるは必定、しかし…ここにいるのは、三人だけではないのだ
「……お前ッ!」
「ぬ?…」
突如シリウスの体が影に覆われふと視線を背後に向けると、そこには月の光を覆い隠す巨人が怒りの形相を浮かべ屹立しており…
「へへいほ!?」
「…アガウエ・スマッシュエルボッッ!!」
「げぅっ!!??」
吹き飛ばされる、背後よりまるで巨槌の一振りの如きネレイドの肘打ちを喰らい、シリウスの体が羽根のように吹き飛ばされ 横っ跳びに宙を舞う
「三人とも、大丈夫…?」
「助かりました…ネレイドさん」
「あいつ、技量一つとっても師範級だぜ…」
「あー、俺の剣に歯型着いちまった…けど、取り返せたんで良し!」
ネレイドの一打に救出されたエリス達は痛感する、あれは…シリウスは一人ではどうにも出来ない存在であることを、事実今しがたネレイドに飛ばされたシリウスは大したダメージを負った様子もなくくるりと身を翻し軽やかに大地に降り立つ
ネレイドに打たれる直前、自分で横に飛んでダメージを軽減したのだ、近接戦でダメージを与えるのは生半可な事では難しそうだ…
「エリス!ラグナ!突っ走るな!」
「そうでございます、奴の強さは私も帝国で味わっております…、一個人の力では無理でございます」
「大丈夫ですか!?エリスさんラグナさん!」
「『ヒーリングオラトリオ』!怪我しても大丈夫とは言ったけど怪我してもいいわけじゃないからね!」
「すみません、皆さん…先走りすぎました」
そんなエリス達を守るようにメルクリウス達も駆けつけ一丸となってシリウスへと対峙する、やはり個人でやるのは無理だ…わかりきってはいたが今はそれを殊更痛感する
力を合わせなければならない、それも半端にではなく…完全に
「よし、みんな…あれやるぞ」
力の差はよく分かったとばかりにラグナが腕を回しながら口にする、あれをやるぞ
それは事前に話し合って決めておいた対シリウス用の戦術、いや…弟子達が力を合わせなければならなくなった時のために作り上げておいた 弟子達の戦術
「ん?…ほほう」
ラグナの号令に従い動き始める弟子達が取ったその陣形を見て、シリウスは面白いとばかりに眺める、そうだ 陣形だ
弟子達が集ったコルスコルピで不完全ながらも形成していた陣形、当時四人しか居なかったその陣形はレグルスより『八人揃えば完全な形になる』と評されたそれが今 完全なる形として形成される
「よし!、事前に話し合った通りの動きで行くぜ」
「みんなは私が守る…」
「あんま俺に期待するなよな」
最前線にラグナ ネレイド エリス アマルトの四人が構えを取り
「頼むぞ、四人とも」
「背後はお任せくださいませ」
中間地点にメルクリウスとメグが陣を取り
「僕も、全力で支援しますから!」
「ボコしたれ!、エリスちゃん!ラグナ!」
最後方にデティフローアとサトゥルナリアが残る
攻めとサポート、守りと援護、その役割を明瞭にしかつその全てを纏めることで発生する勢いを最大化する為の陣形がこの形…、かつてレグルスをして完成すれば魔術抜きの私にすら勝てる可能性があるとまで言わしめたそれが遂に現実の物となりシリウスの前に敷かれる
「それは魔女より賜った戦術か?」
「いや?、恥ずかしいけどこいつは俺考案だ」
「ほほう、魔女八手型によく似た陣形に思えたが…なるほど、この形に至ったのは偶然か」
シリウスだけはよく知っている、魔女達もまた同じように八人で役割分担をしてシリウスに立ち向かってきた、名を方陣・魔女八手型…アルクトゥルスとカノープスの二人で組み上げた万能の陣形によく似た構えをもう一度目の当たりにし、苛立ちとも懐かしさとも取れない感情に襲われる
「個での戦いではなく、群による力の最大化…面白い試みじゃ、で?立ち位置変えただけで勝てると思ってんのか?おお?」
「いいや?、この陣形組む前から…最初っから…、勝つつもりだよ!テメェにな!、行くぜ!お前ら!」
ラグナの気炎が燃え広がり、全員に木霊する
エリスが掛けた合図よりも何倍も鋭くそれでいて全員の体を突き動かす 将器の号令は、未だ名のないこの陣形を始動させる
最初に駆け出すラグナに引っ張られるように八人全員が大地を駆け抜ける、先程までの個々人による攻勢とは明確に違う動きの纏まりの良さに思わずシリウスも面持ちを変え…
「くはっ!、面白い!どれだけ変わるか見ものじゃのう!」
「見せてやるよ!俺達の…!、繋がりを!!」
ゲタゲタの笑うシリウスと前衛四人が激突する正にその瞬間、先んじて動くは中間地点に立つ二人
「メグ!合わせろ!」
「はいはい『時界門』!!」
「燃えろ魔力よ、焼けろ虚空よ 焼べよその身を、煌めく光芒は我が怒りの具現、群れを成し大義を為すは叡智の結晶!、駆け抜けろ!『錬成・烽魔連閃弾』!」
中継地点に選ばれたのはメグとメルクリウス、この二人が選ばれた理由は至極単純、その攻撃法が距離を選ばぬからだ
メグの時界門は視界が通っていれば遥か彼方に穴を開けることが出来る、その上本人の持つ魔装の数々を用いれば 相手の手の届かない距離から一方的に殴り続けることが出来る
メルクに関しては言うまでもない、その手に持った銃の射程距離は剣や拳よりも長く、また古式錬金術による面攻撃は至近距離よりも遠距離の方が真価を発揮しやすい
そんな二人を敢えて組ませる形で配置したラグナにはもう一つ考えがある
それは
「紡ぐ魔糸 我が意のままに踊り、頑健なりし岩手となって空を伸び、敵を絡め取りその自由を奪え『錬成・膠灰縛糸牢』!」
「メグセレクション No.72 『超大型拘束魔装 ダーヴィンズパーク』!」
「ぬぉ!」
メグが作り出した時界門の数は合計十七、それがシリウスの周辺を囲むように現れ、内より飛んでくるのはメグの鋼鉄の糸とメルクの石で形成された蜘蛛糸、それがシリウスの動きを縛るように乱射されその動きを拘束する
ラグナが彼女達を補佐に選んだ理由がこれ、メルクもメグも前衛組と異なり『芸が多い』のだ、故に二人の力が組み合わされば どんな事だって相手に押し付けることが出来る
「ぬがぁ!、こんなモンでワシを拘束できると思うでないわ!」
「思ってはいないさ!、ただ我々は本命達が仕事をし易いようにしただけだ!」
「メイドですので、サポートはお手の物でございます」
鋼の糸も石の糸も、シリウスからしてみれば絹糸と同じだ、腕を振り回せばそれだけで引きちぎることができる、だがそれで十分だ シリウスが本命を…前衛組を迎え撃つその瞬間を潰せれば、仕事はしたと言える
事実 シリウスが糸を引きちぎる頃には既にその目の前に四つの影が…
「シリウスッッ!!」
「チッ!」
糸を引きちぎっている間に接近したエリスがそのこめかみに蹴りを振るう、一秒にも満たないその時間を浪費したシリウスはほんの一瞬反応が遅れ、いつもよりも体に近い地点でエリスの攻撃を受け止め…
「穿通拳!」
「カリアナッサ・スレッジハンマー!」
「ぐっ…」
エリスがシリウスに腕の一本を使わせた瞬間飛んでくるのはラグナとネレイドの一撃、その直撃を嫌ったシリウスは足一本で後方に跳躍し一旦距離を取ろうと…
「そちらは仕掛け済みだ」
「のォッ!?」
シリウスは見る、足元に広がる小さな時界門、そこから伸びる一筋の線…先程飛ばされた鉄糸がまるでシリウスの足を引っ掛けるように配置されている、さっきの拘束は飽くまでブラフかと察する頃には既に遅く…
「さっきの借りだ!受け取りな!」
「ええい、面倒な…!面倒極まりないわ!」
飛来するアマルトの斬撃、鋭く研ぎ澄まされた世界最高峰の業物を振るう剣士の一撃は逃げ場を失ったシリウスを的確に攻め立てる、が これもまたやはりと言うべきか、シリウスの腕によって防がれるが
「ッ…!」
「血が出た…!、シリウスが!」
剣を受け止めたシリウスの腕に小さな傷が出来る、そこから少量の血が零れ落ちたのだ、あのシリウスが 弟子達の攻撃により手傷を負った
「通じるぞ!この陣形!、どんどん攻め立てるぞ!」
「はい!」
「うん!」
「おうよ!」
そこから余計に士気が増し、更に苛烈になる四人の攻め…、ラグナがこの四人を前衛に選んだ理由など語る必要もない
エリス ラグナ ネレイド アマルト、四人とも近接攻撃を得意とする…からだけではない
全員が全員、隣に立つ誰かを守る為なら自らの傷を厭わず戦えるから
全員が全員、隣に立つ誰かと共に戦うことを得意とするから
全員が全員…、ラグナがその力を認めた強者だからだ
「はぁっ!」
「オラァッ!」
「……!」
シリウスは思考する、エリスとラグナの一撃を受け止めながら思考する
こいつらの攻撃を受け止められること自体に変わりはない、変わった点があるとするなら
「そこっ!」
「隙だらけ…!」
「チッ…」
受け止められる事の意味合いが変わった、と言うべきか
ラグナとエリスが受け止められてもその隙にアマルトとネレイドが手傷を与える、逆もありだ、受け止められてその攻撃が無駄になるさっきの一幕から一転、攻撃を受け止められると言うことは 別の誰かへの布石となる
自分の行動は無駄にならず、誰かが繋いでくれる、それを心の底から信じているから 誰一人として攻めることに躊躇がない、なんと見事な他力本願 なんと見事な自己犠牲精神、組む仲間がいればこうも変わるか
魔女達でさえここまで見事な連携は成し得なかった、どうやらあの時の再現にはならなさそうだと…
「『煌王火雷掌』ッ!!」
「ぐぅっ!?」
エリスの炎拳がシリウスの顎を貫き、その足が後ろに後退する…攻め込まれている、シリウスが 史上最強の存在が、こうも容易く攻め込まれている
このままならば押し切れる…そう、童は思うだろう
だが
「ナメるなよ…ワシを!」
大きく仰け反った体でその手を掲げ、助走をつけるように大きく振りかぶり…地面に拳を叩きつける
「切り裂き滴る血の森と、突き刺し吹き出る血の大地、悶え苦しみ懺悔し咽び 痛みを以って贖わせる!『刺山血牙之針山地獄』!!」
叩きつけられた大地はまるでシリウスの意見を聞き入れたように形を変え、まるで天に矛を向ける槍衾のように鋭い棘が隆起する、レグルスでは決して使うはずも無い地獄の魔術はあっという間に周囲を包み、シリウスを中心にまるで針山地獄の如き様相に変化する
この針と刃が乱立する大地の中で動けばあっという間に血達磨になること請け合い、そんな恐怖を催す地獄の中にありながらも
「くっ!、ぅぉおおおおおお!!!!」
(む…動くのか!?)
動く、エリスもラグナもネレイドもアマルトも、全員怯むことなく 体を刃で傷つけられてもなお動く、その無謀さに一瞬気を取られてしまう
これが、単なる捨て身の無謀ではないことを
「盤揺陣『埴山姫』!!」
「その者に癒しを 彼等に安らぎを、我が愛する全てに 穏やかなる光の加護をぉ!『遍照快癒之燐光』!!」
放たれる最後方からの光、これがラグナが全員の背中を任せるに値すると評価した二人の仕事…
最も後ろに陣取るデティフローアとサトゥルナリアの仕事は大きく二つに二分される、それは…
『回復』と『レジスト』だ
「むっ!、なるほど…そう言うことか!」
サトゥルナリアの放つ大地を揺らす魔術陣により隆起する土棘が根本から折れ形を失い、傷を負ったエリス達はデティフローアの放つ治癒の光によりその傷を塞いで行く
デティフローアもサトゥルナリアも数多くの属性や事象を生み出す魔術を扱える、特にデティフローアの古式治癒術は瞬く間に傷を塞ぎ サトゥルナリアは相手の手を見てから即座に魔術陣を書き上げ高速でレジストを行うことが出来る
二人とも戦闘能力で言えば大したはない、最前線に置かれてもなんの役にも立てない、だが…一度その立ち位置を後ろに下げれば、最高の盾にもなり得る
(全員の強みを生かせる立ち位置を、全員が守りながら戦うスタイルか!、思ったよりもやるではないか!)
逆転の一手として放った魔術が不発に終わり、四方から襲い来るメルクとメグの妨害の手に阻まれ、今 シリウスは完全に無防備な状態となった
その一瞬を見逃すような人間が、この場に立てるはずもない…輝く四人の眼光は、まるで示しを合わせたかのように 全く、完全に同時に動き その影が一つに重なり
「今です!」
そんなエリスの叫びと同時に放たれる四連撃、エリスの蹴り ラグナの拳 アマルトの剣 ネレイドの掌、その全てが怒涛の勢いで叩き込まれシリウスの体が揺れる
「ぐふぅっ!!!」
腕をクロスさせ防ぐも、まるで意味は為さず シリウスの体は後方へと押しやられ、痛みを堪えきれず静止する…弟子達の連携を前に、シリウスが逆に押し返され 彼女は現世で始めて相手に道を譲った形になる
「これがエリス達の力です、これで…貴方を倒します」
「…なるほど、言うだけあるのう」
陣形を維持するエリス達を、シリウスの瞳は写す、…明確な敵意に満ちた 鋭い瞳が
……………………………………………………
「はぁぁああああ!!!」
エリスは風を纏い、高速で空中を行き交いながら獲物を狙う鷹の如く何度もシリウスに突撃を繰り返す、これでも全力でやってんだ 本気でやってるんだ、なのにシリウスはまるで蚊蜻蛉でも落とすみたいにペシペシとエリスの蹴りを煩わしそうに弾いてくる
だが、そんなエリスに対する防御に割いた一瞬の時間を使ってラグナたちが攻め立て着実にシリウスにダメージを与えていく、あのシリウスの体に…師匠の体に傷が出来ていくんだ
耐えられない話だが今は置いておく、重要なのは『魔女の肉体にエリス達の攻撃が通じている』点にある
魔女は皆 体に高密度の魔力層を纏い、物理的な攻撃をほぼシャットダウンする凄まじい防御力を標準装備している、そこにシリウスの技量が加われば 彼女に傷をつけられるのは将軍クラスの人間が複数人でかかってようやくって話になる
なのに今エリス達は着実にシリウスに傷を作りつつある、何故か?
それはこの戦いが始まる前にシリウスに加えたアンタレス様の一刺しにある、あれは世界を呪うほどの特大級の呪術とアマルトさんが解説してくれた
本来なら大規模な魔力災害を起こすほどの呪術は今シリウスの体内で暴れ狂い解毒不可能な猛毒として作用しているのだ、故にシリウスの体は今世界最強の呪術者に呪われ蝕まれている状態にあり 全力も出せなければ魔力防御も大幅に薄まっている状態にある
今なら攻撃も通る、エリス達の攻撃が有効打になる、戦いになるんだ
けど、エリス達の目的はシリウスに勝つことそのものではない、エリス達の目的は師匠の体を解放すること…、その為にもエリスの識確魔術を打ち込む必要があるのだが…
(難しいか…)
こうして戦っていて分かってきた、やはりシリウスは確実にエリスの識確魔術を警戒している、シリウスにはエリスの識確魔術を防げるだけの余力はあるようだ…、いくら薄まったとはいえ魔力防御を一時的に全開にして魂を保護するだけで防げてしまうからな
だからまだ識確魔術を放つわけにはいかない、限られた切り札である識確魔術がもし不発に終われば その時点でエリス達がどれだけ優勢でも問答無用でシリウスの勝ちになってしまうのだから易々とは使えない
もっとシリウスにダメージを与えて魔力を消耗させなければダメだ、奴が魔力防御を行えないくらい そして確実に当てられる場面じゃないと
「『蜂魔連閃弾』!!」
「おっとと!」
時界門を使いエリス達の攻撃を補佐するようにメルクさんが炎の弾丸をシリウスに叩き込む、…けど やっぱりと言うかなんと言うか、シリウスは死角からの攻撃にも対処してくるのだ、容易く身を翻し回避してみせる
「…エリス、ちょっといいか」
「なんですか?ラグナ、手短にお願いします」
ふと、攻めと攻めの間の小さな時間にラグナがエリスに身を寄せ声をかけてくる、こんな時に雑談をするような人間じゃないのは確かだ、けど一体どうした言うのか
「妙だ」
「妙?」
「ああ、シリウスの動きだ…さっきから守りに徹してばかりだ」
ラグナが見るのはシリウスの動きだ、先程からヒラヒラと空を漂う布のようにエリス達の攻撃を避けたり弾いたりを繰り返している、けど…
「あれは防戦一方と呼ぶのでは?」
守ってばかりなのではなく攻めに出られないのではないか とエリスは見る、確かに先程よりも攻めの回数は減ったしその分守りは強固になったけど、それはエリス達の連携がそれを防いでいるからだ
押し込めている、警戒するよりも今は前に出るべきでは…そうラグナに伝えるが、彼はイマイチ納得した顔をせず
「そりゃ相手が並みの奴なら俺もそう思う、だが相手はシリウス…並みじゃねぇ、強いだけじゃなくて経験も豊富な相手だ、だからエリスも何かないか注意してくれ」
もうネレイドとアマルトには伝えてあると口にするなり、再びシリウスへの攻勢へ参加するラグナの背中を見送り、考える
確かに、シリウスはそう言う奴だ、強いには強いが それ以上に恐ろしいのはアイツは徹底して狡猾な部分にある、まるで蛇のような狡猾さを道化の振る舞いで誤魔化す女だ、何かを企んでいてもおかしくはない
というか、それ以上に…あのシリウスがこのまま終わるとはとても思えないのだ
「燃える咆哮は天へ轟き濁世を焼き焦がす、屹立する火…」
「させねぇよ!」
「ってぇ〜のう!」
シリウスが口ずさんだ詠唱を妨害するアマルトさんの斬撃が鋭くシリウスの脇腹を切り裂く、微かに残った魔力防御により防がれるものの それでも僅かに傷が生まれ血が吹き出る
既にシリウスの体は傷だらけ、あちこちから血が吹き出てある意味エリス達以上に血塗れで、かなり消耗しているように見える…
なのに
「ぬはは、面白うなってきたわい」
笑っている、シリウスは笑っている…いつものように、いつも見るような笑みを浮かべている、そんな彼女にとってはデフォルトの表情であるにも関わらず…今は何よりも恐ろしい
まさか…やはり奥の手を、いや…だとしてもだ!
だとしてもシリウスは今弱体化しているんだ!、今攻めずして!いつ攻める!
「ッ!、シリウスゥッ!」
「おおエリス、次はお前が攻めるか!…じゃが…!」
風に背中を押されるように加速し、シリウスの眉間目掛け肘を打つ、だが対するシリウスは…
今度はそれを 防御することなく額で受け止める
「ぐっ!!」
「なっ!?何を…」
攻撃が当たったのに思わずこちらが怯んでしまう程、エリスの肘が当たったその箇所からタラリと血が垂れ それを喜ぶようにシリウスはギラリと歯を見せ
「ええ連携じゃ、ええ練度じゃ、お前達の勇猛さは褒めるに値するぞ、だが些か若過ぎたな…、人としての歴史の差がなぁ!」
「くっ!?」
肘を頭で受け止めたシリウスは痛みに構うこともなく、大きく腕を振るいエリスを弾き飛ばす、…あれ?おかしいな
「エリス!くっ、この!」
「ぬはは!、若い若い…!」
まるで、そこから明確に何か変わったかのようにシリウスの動きは激しさを増し始める、何せ今まで受け手に回っていたというのに…こうしてラグナが殴りかかれば、シリウスもまた防御ではなく拳によって答えたのだから
「ぐっ!?」
「テメェ!」
「エリス、早く立って」
「はい!」
シリウスとの殴り合いに負けグラリと揺れるラグナの背を支えるように三人でかかる、シリウスがラグナを殴るその瞬間の隙を逃さず、先ほどと同じように連携を取るが
「若いのう、若過ぎて火傷しそうじゃわ!ぬはは!」
アマルトさんの剣を掴みその体ごと背後に投げ飛ばしネレイドさんの張り手を真正面から受け止め、エリスの蹴りには蹴りで応じ、態勢を立て直したラグナとアマルトさんがその隙を活かし息の揃った連撃を仕掛けるも シリウスはそれさえ蹴りと打撃の双撃にて撃墜する
「ぅぐ!」
「こりゃ、どういう事だ…?」
思わずエリス達の方が距離を取ってしまう、さっきまで通じた手がまるで通じなくなった、エリス達に変化はない…だとすると、変化が生まれたのはシリウスの方という事になる
だがなんだ、何をした!何もしてないはずなのに!
「どれ、昔取った杵柄じゃ…ワシがお前らに授業をしてやる!、手前らの過ちを理解せえ!」
「エリス!ラグナ!態勢を立て直せ!くるぞ!」
「分かってる…!」
メルクさんの叫びにエリスとラグナが身を固めるように戦闘態勢を取る…間も無くシリウスは一瞬にして肉薄し、エリスとラグナの髪を掴み 押し付けるようにその頭と頭を叩きつける
「ぐぅっ!」
「貴方の相手は…二人だけじゃない!」
「無視すんなよ!寂しいだろうが!」
「分かっとらんのう!」
エリスとラグナが崩れ落ちる間に、シリウスはアマルトさんとネレイドさんは連撃を足と手を巧みに動かした受けで回避し、カウンターにて手痛い一撃を二人の胴に叩き込む
「ぉが…」
「一体…何が…」
「何が起こったか、考えるのがお前らの仕事じゃ…」
「『蜂魔連閃弾』!」
一気に前衛全員に対し優位に立ったシリウスに放たれるのは、時界門との連携にて放たれる全方位炎弾、しかし
「効かぬわ!」
その一言で全ての弾丸をはたき落とし…
「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ…」
拳の中に電撃を作り出し、その視界にメルクさん達中間部隊を入れる、まずい!これ!『火雷招』の詠唱だ!、前衛の次は中継地点をやるつもりか!
「させない!」
「『火雷招』!」
咄嗟にシリウスの腕に飛びかかりメルクさん達に放たれるはずだった火雷招の狙いを明後日の方向へと捻じ曲げる、電撃迸るシリウスの腕から感じる魔力は先程までとは明らかに違う雰囲気を…気配を漂わせている
何故だ、彼女の魔力はアンタレス様の呪いで封じられているんじゃ…
「猪口才な!」
「あ…げふっ!!??」
一瞬の間に腕を振り解かれ食うに投げ出されると共に鳩尾に鋭い拳弾が飛びエリスの体内に激痛が響き渡る
「がは…!」
「どういう原理だよ…この野郎!」
「フッ、ヒントをやろうか?」
刹那、倒れるエリスを守るようにシリウスの側頭目掛け剣を振るうアマルトさんの一撃は、これまた防御される事なくシリウスに激突し金属音を鳴らす
ニタリと笑う目元の側を、傷つけられて流れる血が彩り…
「ヒント…?、……て テメェ…!」
そんな様を見たアマルトさんがゾッと顔を蒼褪めさせる、まるで今この状況に…シリウスの急激な強化に思い当たる節があるとばかりに…
「こいつ…、師匠の…アンタレスの呪術を解除し始めてる!」
「えっ!?」
シリウスの体を縛りエリス達と同じ土俵に下ろすための仕掛けであるアンタレス様の呪いが解除され始めていると、いや…だがそれはおかしくないか
「アンタレス様の呪術は解除されないんでしょう!、一度成立したならシリウスでも解除は不可能だと!」
「そう…思ってたんだがな!」
「ぬはは!惑え惑え!」
返す刀に向けられるシリウスの蹴りを剣で防ぎ、ヨロヨロと数歩下がり…シリウスの体を見る、エリス達に傷つけられ血みどろのシリウスの体を…
「どうやら、解除出来るみたいだ…、多分 発動させる条件を不成立にさせる事で呪術の恒久性を失わせた、そうすりゃ後に残る呪術の残滓自体は力技でも解除出来るんだろう」
「ほう、お前以外に賢いな…気づくのに遅いという点を除けば完璧じゃ」
「ど どういう意味ですかアマルトさん!」
「つまり!こいつは俺達に態と体を傷つけさせて!その傷から体内に入り込んだアンタレスの血を排出していたんだ!、体の中にアンタレスの血が無けりゃ呪術を発動させる条件にはなり得ない!」
アマルトさんの口から語られたその言葉に呼応してゲタゲタとシリウスが笑うあたり、どうやら正解なようだ、確かにシリウスの体を縛る呪術を発動させていたのはアンタレス様の血だ、その血が体内にある限りシリウスは永遠にアンタレス様の呪縛から逃れられない
だが、言い換えれば体の中に血がなければ後に残るのは呪術の残滓だけ、残滓だけなら力技でもなんでもいつか解除出来てしまう…、故にシリウスは呪術による呪縛が薄れ急に元気になり始めた
と言えば理由は納得できる…だが
「嘘だろ…、じゃあこいつは傷から飛び出る血を選んで流してたって事か?、んなこと出来るわけねぇだろ…」
ラグナが思わず誤算と呟く、この世のどこに傷から流れる血を選べる人間がいる、それにアンタレス様の血は既にレグルス師匠の肉体や血液と混ざり合っている、言ってみれば湖に混ざったカップ一杯のコーヒーの、コーヒーの部分だけを的確に排出したことになるのだから
そんなこと出来る奴がいるわけない、そんなことが出来るわけない、だけど…
「ぬはは、ワシを誰じゃと思うておる」
そう…こいつはシリウスなんだ、不可能を可能にし続けた女、相手の予測を上回り 『出来ないだろう』という思考の虚を平気で超越してくる史上最強の人間なんだ
此の期に及んでも、シリウスをなめていたというのか…エリス達は
「第一のう、お主ら…誰と戦っておるのか本当に分かっておるのか?、お主らの師匠たる魔女やその魔女がお前達に教え 今戦いに用いている魔術も何もかも、全てワシが作っておるのだぞ?、魔女やお前達以上にワシは古式魔術を理解しておる…何をどうすれば打ち破れるかを全て理解しておるのだ、いつまでもその半端な古式魔術でワシを止められると思うなよ」
「くっ…」
「ぬはは、ワシの体を縛るアンタレスの残滓の解除もお手の物よ、絡まった糸を解くように時間をかければ完全に解除できる…そうじゃのう、この状態は持って十五分…それまでにワシを倒せるか?んん?」
アンタレス様の呪術がシリウスを弱体化させていられるのは残り十五分程度…それまでにシリウスを倒せるか、先程までの攻勢ならいざ知れず
既に呪術を解除し始めているシリウスを相手にさっきまでの攻撃を繰り出すのはほぼ無理だ、弱体化したシリウスとほぼ互角のエリス達では…元の力を取り戻しつつあるシリウスを倒すのは…
「さて、準備運動は終わりじゃ…こっから上げていくぞ!、ワシの真骨頂を味わうがいい!」
「陣形保持!、まだこっちにも奥の手はある!ここで折れるな!」
攻守交代とばかりに攻めに転ずるシリウスと、陣形を崩さないよう声を上げ まだ諦めるべき時ではないと叫ぶラグナは、同時にこう叫ぶ
「こっからは時間との勝負だ!、一気に行くぞ…魔力覚醒を使う!」
「はい!ラグナ!」
「うん、任せて…!」
もしもの時、相手が隠し玉を持っていた時、相手が逃走を図った時、…もしも自分達の攻勢が崩されるようなことがあった時のため隠しておいた奥の手 魔力覚醒の使用に踏み切るラグナに応じ、エリスとネレイドさんの二人もまた魔力を高め…
「魔力覚醒…!」
弟子達の中で明確に第二段階に至ったのは三人のみ、その三人の魔力が内へと吸い込まれ 逆流し、膨張する
「『ゼナ・デュナミス』!」
「『拳神一如之極意』」
「『虚構神言・闘神顕現』…」
魔女の弟子三人による同時覚醒、星々の煌めきを髪に這わせ光を放つエリスの体と静かに燃える炎の気迫を身に纏うラグナ、そしてオライオンで見せた霧を放つネレイドさんの三人が力を取り戻しつつあるシリウスへと迫る
シリウスが真骨頂を見せるなら、エリス達も真価を見せるまでだ
「えぇー!?、エリスちゃんだけじゃなくてラグナもネレイドさんも覚醒出来るのー!?、アマルトは?」
「出来ねぇよ!うるせぇな!」
残念ながらアマルトさんはまだ覚醒出来ないようだ、本人もかなり気にしているようだ…この大切な場面で覚醒できないことを、だがそれで折れる彼ではない
やや悔しそうにしつつも、剣を握り直し 虎視眈眈と己が活躍できる機会を探す、そういう強かさを持っているのだ、アマルトさんは
「ぬはははぁーっ!、覚醒者が同時に三人揃い踏むか!このような場面が歴史上に何度あったか!それを相手にした人間が何人いたか!」
上等じゃわい!と手を叩き構えることもなく両手を広げエリス達を待ち受ける
頼むぞ…、こいつの力押しでなんともならなきゃかなりまずいんだから!!
…………………………………………………………
純白の花畑での最終決戦、世界の命運を賭けて八人の魔女の弟子とシリウスがぶつかり合う激戦の中心地にて 陣形の中間地点で戦いの行方を見守る無双の魔女の弟子メグ・ジャバウォックは一人思う
見るのは最前線で戦うエリス様 ラグナ様 アマルト様 ネレイド様の四人、私達は彼らの補佐をすることを役目としているが故に否が応でも彼らの姿は目にしなくてはならない、一時も目を離してはならない
だからこそ、戦いの趨勢というものが前線よりもよく見える
「『疾風乱舞・飛翔』!」
「はぁっ!!」
魔力覚醒を行い ただ思い返すだけで魔術を発動させられるようになったエリス様と、世の流れを観て支配する力を得たラグナ様の二人の猛攻が光る
エリス様のスピードは世界でもトップクラスだ、もしあれを帝国での私との戦いで出していたならば 私は成す術もなく負けていただろうことは言うまでもない
ラグナ様のパワーはもう半分魔女様の段階に足を踏み入れているようにも見える、彼との力比べに勝てるのは将軍様くらいだろう
そんな二人がピタリと噛み合った連携を見せる、エリス様が防御を誘いラグナ様が攻める、ラグナ様が牽制しエリス様が決める、二人の相性はバッチリだ
「クラント・グラップ!」
「おっとと!、危ねぇ〜」
そんな二人を守るように立ち回るネレイド様はつい先日目覚めた魔力覚醒を使い、霧を腕に変換し質量で攻め立て、未だ魔力覚醒を取得していないにも関わらず的確な立ち回りでついていくアマルト様達もまた 良い仕事をしていると言える
だが
「邪魔じゃわい…!、未熟者どもが!」
その全てを巧みに抑えるシリウスによって 戦いは拮抗状態を保つ、いや 全体で見れば若干こちらが有利だが それも誤差レベルだ
「『胡蝶風切舞』ッ!」
詠唱と共に放たれる腕の一振りが作り出すのは鎌鼬の雨霰、これ一つで一個旅団くらいなら壊滅させられそうな規模で降り注ぐ、その様はまるで破滅の流星群…
「『雷霆鳴弦 方円陣』!」
更にそこから追加で用意するのは全方位に放たれる雷の弾幕、エリス様が使えば矢ほどの電流が各地に散らばる程度のそれでもシリウスが使えば大電雷もいいところ、物の数秒で風と雷が上と横から二重に重なる大規模攻撃をいとも容易く行ってくるのだ
力を取り戻しつつある…というより明確に攻撃姿勢を見せ始めたシリウスほ強さは強烈極まる、これで全開ではないというのがさらに我々の心を折りにくる
「くっ!うっ!」
「どうした?避けるのに手いっぱいか?エリス」
「シリウ…ぐぅっ!?」
そんな魔術の嵐を自らはスイスイと潜り抜けエリス様の鳩尾に一撃を入れ吹き飛ばす、いくら覚醒を行なっていても 対処出来る攻撃の数には限度がある、そこを的確に見抜いての攻撃にこちら側の前線が若干崩れ…
「『時界門』!」
「蜷局を巻く巨巌 畝りをあげる朽野、その牙は創世の大地 その鱗は断空の岩肌、地にして意 岩にして心『錬成・蛇壊之坩堝』!」
メグとメルクリウスが即座にリカバリーに入る、吹き飛んだエリスを時界門でキャッチすると同時に錬金術にて作り出す巨大な巌蛇にて鎌鼬と電流をなぎ払いシリウスの攻撃をかき消し…
「『ヒーリングオラトリオ』!」
「…っ!よし!ありがとうございます!デティ!」
「それほどでもー!」
時界門の向こうでデティより治癒を受けたエリスもまた直ぐに戦線に復帰し…
「『疾風乱舞・光牙』!」
「ぬははっ!、良い連携じゃ…!」
光速の如き煌めきにて前線に戻りシリウスへの攻撃を加えるがやはり効果がない
今、我々が拮抗して戦えている要因は三つある、一つはエリス様達の魔力覚醒 二つは私とメルク様のサポート 三つはデティ様の治癒魔術にある
この三つがそれぞれ作用しあってシリウスに対抗し得る力を生み出していると言える、だが逆に言えばこの三つのうちどこかが崩れたら、そのまま我々は瓦解してシリウスに敗北することを意味する
薄氷の上の拮抗、これが崩されるのも時間の問題だ…
「ぬはは、若いのうお主ら、若さという血気に任せて攻め立てるなど…、いや愚かとは言うまい、貴様ら若輩が手にしている唯一の武器がその若さなのだからな」
「うるせぇよ…!」
「ああ?」
刹那、エリス様の攻撃を弾いた瞬間を狙ってラグナ様が突っ込む、流れを操ると言われる魔力覚醒 『拳神一如之極意』、魔女様達曰く魔力の流体性に手を加える事ができる魔力干渉術の発露と呼ばれるそれを用い まるで水が流れ込むようにシリウスの懐へと入り込む
魔力干渉術、エリス様が得意とする魔力操作の一段上に存在する技術の名だ、大気中に存在する全ての魔力は常に一定の法則に則り流れている、ラグナ様はそれを自らの魔力で強引に軌道を変えることができるのだ
「寄るでないわ!」
「無理な相談だ!」
咄嗟にシリウスも腕を振るい抵抗するが、それさえも流水の如く捌き回避するラグナ様、あれこそが流れの支配、魔力による流れを強引に変え道を作ることで敵の攻撃さえも意図したルートを通らせることが出来る強引極まりないその魔力覚醒は近接戦においてはシリウスにさえ通用するほどのもので…
「十大奥義…その一!」
「ぬぉ!?そいつは!?」
そして、懐に潜り込んだラグナ様は静かに拳を構える、魔力覚醒時しか使えないと言われる最大奥義の一つ…
「局所集中型 終壊烈神拳!」
本来は腕の射出により拳風を発生させ、射線上の全てを薙ぎ払う奥義たる風天 終壊烈神拳、その流れを操り 風を一箇所に集中させシリウスの土手っ腹に叩き込めば、そのあまりの威力にシリウスの体がくの字に曲がり…
「甘いわ…、十大奥義その七…」
「は?え?」
「『鳳凰之霞羽』」
刹那、拳を放ったはずのラグナ様の体が垂直に横に飛ぶ、シリウスに拳を打ち込んだ部位と同じ腹部に鋭い拳跡を残して…、まるで 攻撃そのものが反射されてしまったかのような不可思議な現象を前にして膝から崩れ落ちるラグナ様
「テメ…、なんで テメェが師範の技を…十大奥義を」
「はぁ?、たわけが ワシはアルクの師匠でアミーの親分じゃぞ?、あのような児戯にも等しい技如き見様見真似で会得できるわ」
「そんなのありかよ…、それまだ俺も使えねぇのに」
「ありじゃ、ワシならなんでもな…、なんなんら屠ってやろうか?貴様の師範の技とやらで、十大奥義とやらでな」
魔術どころか全ての武術の雛形になったとされる化身無縫流さえも会得し 見様見真似で奥義まで使ってみせるシリウスが秘める圧倒的才能と天賦の感覚を前にさしものラグナ様も打ち拉がれる
受けた打撃を数倍にして返す奥義を身に受け、数倍の威力になった自らの奥義に口元から血を流すラグナ様は、拳を構え近寄るシリウスを相手に動けず
「十大奥義 その四・俊俊爪牙断空之太刀…じゃったか?」
「ぐっ…」
切り裂くような手刀を前に思わず冷や汗を流すラグナ様…しかし、そんなラグナ様の間に割って入るのは
「待ちやがれー!」
「ったく、次はなんじゃ」
「アマルト…!」
剣を片手にひょこひょこ走ってくるアマルト様に何やら面倒臭そうに顔を歪め脱力するシリウス、どうやらこの中で唯一魔力覚醒を行なっていないアマルト様の優先度は一段低いらしい
かと言って、それで引き下がる程アマルト様は容易い男ではない、友のためならば例え敵わなくとも立ち向かおう男、…何をするつもりか分からないがいざとなったら私も援護を
そう身構えるより早くアマルト様は勢いよく腕を振りかぶり
「なんじゃその雑な振りは、そんなものワシには通用せん…」
「これでも食いやがれっ!」
「のぉっ!?」
刹那、振り下ろされたのは剣ではなく封を切られた麻袋…私から受け取った激辛スパイスだ、それを真っ赤な煙幕がわりにシリウスの顔面へと叩きつけられ 咄嗟のことにシリウスの動きも止まる
「お?お?、煙幕?いやこれは…ん?お?」
動かない、いつもなら機敏に対処するシリウスが理解不能とばかりに拳を振り上げた姿勢で止まっており、その間にも私のスパイス達がその目や鼻 口と言った粘膜に張り付き…
「流石のお前も、これなら効くだろ…!」
「ぬは…ぬはは、ぬはははははははははは!ぬっははははははは!!!」
笑う 大いに笑うシリウスは、辛いと苦しむことも痛がることもなく大きく目と口を開けながらげたげたと笑う、赤い煙幕の中で口を大にして笑うその姿は確実にアマルト様の望んだ結果ではないようで
「お おいおい、これも効かねぇのか!?人間かよお前!」
アマルト様は私のことをなんだと思っているのでしょうか
「ぬはははははは!って辛いではないかボケがァッ!」
「ぐへぇッ !」
なんか分からんが怒りの一撃をくらいゴロゴロと地面を転がるアマルト様の姿にハッとする、あらまぁ 助けるつもりが思わず助け損ねてしまいました、まぁ私のスパイスで遊んだ罰と考えればまぁ…
「ったく、嘆かわしいのう 魔女の弟子達よ」
倒れるアマルト様 膝をつくラグナ様、息を切らすエリス様とネレイド様…そして打つ手もなく手薬煉を引く我ら、全員に治癒魔術が掛けられるその小さな隙の中 シリウスが語る
「貴様らの本気はその程度か、貴様ら本気でやってその程度か、貴様らが見せる全力とはそれっぽっちか!、魔女の使った陣形を用いながらもロクな戦果も挙げられず、ただただ闇雲に攻めるだけか!?、悲しいぞワシは!お前ら如きを敵と認め 剰えここまで大掛かりな戦いを仕掛けたワシ自身が惨めじゃわ!」
「ッ …るせぇよ」
「はッ…、なんじゃお前は反抗するばかりか?、だが…それもここまでよ、ワシの力も戻りつつある、忌まわしい呪縛が解かれ次第 ワシはこの戦いを終わらせる予定じゃ」
「終わらせる…ですか?」
「ああそうじゃ、どうせこのまま惰性で続けても…特に面白みもなさそうなのでな、軽く捻って終わらせる、全開でないワシ如きの力に苦戦する貴様らなど 物の数秒で皆殺しにすることなど容易いしのう」
これは事実だ、おそらくシリウスが本来の力を取り戻せば、その実力がどれほどに跳ね上がるのか今からでは想像もつかない、少なくとも今の均衡は確実に崩され シリウスに翻弄される形で我々は殺される
「故にこれが最後のチャンスじゃぞ、ワシが呪縛から解放されるまでまだ些かの時間がある…そこで何か見せてみぃ、未熟者共」
「余計な…お世話!」
「待ってくださいネレイドさん!」
「っ…エリス?」
ふと、戦いを挑もうとしたネレイドさんを止めるようにエリス様が手を挙げる…すると
「確かにシリウスの言う通りです、このまま戦っても勝ち目はありません」
「何言ってるのエリス…、でもこのままじゃ」
「ええわかってます、なので…やり方を変えます、シリウスを倒せる方法を思いついたので」
「ッ…!本当か!エリス」
「ほう…」
全員が目を見開く、エリス様が倒す方法を思いついたと言うのだから、それはきっと本当だ、何せ彼女はその閃きで今まで多くの敵を倒してきたのだから
ならば、今はそんな彼女の閃きを信じるより他ない
「というわけで作戦ターイム!、全員集合!」
「はぁ?」
なんて疑問の声を上げるのはシリウスだけだ、我ら魔女の弟子達は即座ににエリス様を中心に円陣を組んで臨時作戦会議を始める
「今貴方を倒す作戦を立てているので盗み聞きしないでくださいよ!」
「…ふん、面白い奴らよ 構わん、聞かずともな」
するとシリウスも何やら律儀に耳を塞いで後ろを向く、アレはどういうことなのだろうか…余裕か?それとも別の何かか?、なんでもいい 今はもう時間がないのだから
「いいですか皆さん、よく聞いてください?先ほどの戦いを見ていて感じた事なのですが、確かにシリウスの力は強大です 魔術武術双方に於ける超絶した達人と言えます、ですが…恐らくですが、付け入る隙間あります」
まず…そう口を開くエリスと素知らぬ顔で耳を塞ぐシリウス、最終決戦はまだまだ始まったばかりだ
…………………………………………………………
「で?、それがワシを倒す新たな戦術か?、…あまり変わりはないように見えるが」
クルリと振り向いたシリウスが見るのは、先程と同じ陣形を取る魔女の弟子達だ、魔力覚醒者を三人、同時に前に出し アマルトだけが少し後方に下がっているという変化しかないその様子に、シリウスは
(何が狙いだ、エリスの閃きとやらは殊の外油断出来ん…)
警戒する、シリウスとてエリスの旅路は知っている、遥か格上相手にもその閃きを使い勝ちを得てきた実績がある、シリウスは実績ある者を評価する目を持つ、相手がどれだけ格下でもやり遂げた実績を持つならそこは評価する 当たり前の事だ
だからこそ、エリスの閃きとやらに期待した、どうやってこの窮状を凌ぐのかと、単純な知的好奇心と魔女の弟子達への挑戦も兼ねて シリウスはエリス達の作戦を受け入れたのだ
「とりあえず、やってみましょう…ラグナ、号令頼めますか?」
「ああ、…行くぜ!みんな!」
号令はラグナに任せる、ラグナの声にはカリスマが宿る 故にその声を起爆剤に魔女の弟子達の意思を束ねる、さぁどう来るか!
「追憶!」
「十大奥義!」
「ん?」
まず駆け出すのはラグナとエリス、…ふむ さっきと同じに見えるが…
「『旋風 雷響一脚』!」
「その二・大山雄牛穿通角!」
爆裂するような速度で飛んでくるエリスの雷蹴とラグナの剛脚、全く同時に そして互いに別々の地点を狙って放たれる必殺の一撃を前にシリウスは
「また同じ力技か!、学ばん奴らよ!」
受け止める、魔女の弟子トップクラスの二人の一撃を両手でそれぞれ受け止め微動だにしない、もうそれ程までに力の解放が進んでいるのと同時に 単純な力押しではシリウスは崩せないのだ
「それはどうかな」
「む!?」
ジャキンと金属音が背後から鳴り響く、初めて聞く音だ 少なくともこの戦場では…これは
銃!?まさか!
「メルクリウスか!?」
「その通り!、光輝なる黄金の環、瞬き収束し 閉じて解放し、溢れる光よ 永遠なる夜を越えて尚人々を照らせ!『錬成・極冠瑞光之魔弾』!!」
背後を振り向けば開いた時界門の向こうで軍銃を構えるメルクリウスがエネルギー錬成による極大の魔力爆発を発生させ亜音速の弾丸をシリウスの背面に放ちバランスを崩させる
「この!」
「うぉおおおおおおお!!」
「何!?」
すると今度は別の時界門から突っ込んでくるのは、デティフローアだ
最後方で回復を担当するはずのデティフローアが杖を片手に鬼のように突っ込んできたのだ、な なんだ!?どういう事だ!?
「うぉおおおお!!玉座弁償しろぉぉおおおお!!」
「なんじゃお前は!!??」
咄嗟に構える、何が目的か一切読めん 何故後方支援を行うメンツがここまで前に出る、まさか陣形を崩しての総攻撃か?、陣形による連携を行うと見せかけての一斉攻撃で我が虚を突こうと?なんと浅ましい…
いや、それじゃあアマルトが一人だけ下がった説明がつかん!、なんだ!アマルトは今何を…
「好き、嫌い、好き、嫌い」
「な……!?」
何もしとらん!?、ボケッと立って花占いしとる!!??どういう事なんじゃこれは!?
「疾風乱舞・怒涛!」
「熱拳一発!」
「ぐぶふぅ!」
アマルトに気を取られた瞬間飛んでくるエリスとラグナの連続攻撃に思わずよろけ…
「取った!」
「ぬっ!?」
よろけた体を支えるように腕が回される、巨木のように野太い腕が…ってこれネレイドの!?しまった、いつのまにか背後を…!
「うぉー!やっちゃえネレイドさーん!」
「デウス・ウルト・スープレックスッ !!」
「グギィッ!?」
デティの声援を受けネレイドが繰り出すは覚醒を用いた奥義
ただでさえ強力なネレイドのスープに加えるように魔力覚醒で発生した実在化する霧を腕に変化させ、押し上げられたシリウスの顎を掴み ダンクを叩き込むようにさらに加速させ地面に叩きつけるという最早殺人技にも近いフィニッシュホールドを決められたシリウスの体は深々と地面に突き刺さり…
…何がしたいのじゃ
「貴様らはぁぁぁああああ!!!!」
「やべっ!切れた!」
「デティ…後ろへ」
「ひぃーん、私何もしてないよー!」
全身に魔力を滾らせ腕の一薙と共に放つ、業腹ではあるが無意識ながらに魔法に近しい攻撃法を行ってしまう程に怒り狂うワシの怒涛の魔力により地面は吹き飛びエリス達の勢いさえ削ぎ落とす
「貴様らの考えは読めたぞ、先程の戦いから変調を加える事でワシの戸惑いを突いたのだろう、ワシを小馬鹿にする戦いを披露する事でワシの防御を抜こうと考えたのだろう!飛んだ茶番だ!」
「………………」
「並みの相手には通用するのだろうが、その程度の小賢しい振る舞いでワシを倒せると…本気で思っておるのか!エリス!」
「ええ……」
するとエリスは魔力の波の中、弟子達を守るように立ち上がりこちらを睨むと
「思ってませんよ」
「何…」
「貴方は強いですからね、小賢しい策とか小手先だけの誤魔化しが通用するとは思ってません、かといってエリス達がこうやって攻めても 貴方に参ったの一声を出させるには時間がかかり過ぎる」
破壊の嵐の中、石片に切り裂かれた頬から流す血を拭う事なくワシを射抜くその瞳はあまりに強い、このワシが引き込まれるほどに…
やはり奴には策があったか、それでワシを倒すというのか、ワシは今ワクワクしておるぞエリス、ワシは…ワシは今 お前がこの後何するか 未だ知らぬ!
「貴方は強い…ですが同時に、強すぎるが故の悪癖をエリス達に晒しています」
「ほう、尋ねても良いか」
「貴方は戦いながらも何処か戦闘を達観して見ている、結局は己が勝つという驕り高ぶりから貴方は油断以上の感情を抱きながら戦っている、それで強いのですから大したもんですが」
「ぬはは、然り その通りじゃが?、それで他には」
「他には貴方は理解不能な出来事を前にすると理解しようとする悪癖があります、さっきのアマルトさんのスパイスもそうです、それが攻撃であることを理解しながら貴方はその煙幕の正体を理解するまで動かなかった…戦いよりも分析を優先してしまうのは、真理を求めるが故の弱点ですね」
「ぬはははは、かつてカノープスにも同じことを言われた、治す気は無いがな、で?…まだあるんじゃろ?お?何じゃ?」
「そうですね、貴方の一番の弱点…それは」
静かにワシを指差す手が…徐に上を向く、上を…上を……
「貴方は八千年前の戦いから…魔女様達から得た敗北から何も学んでいない、団結した人間の真の強さを、理解していない!」
「何…む」
エリスに促されるように、上を見れば…夜空が見えなかった、空を何かが覆い隠していた、あれは 時界門、いやその上位互換 大時界門の最大出力により凄まじい大きさの穴が夜空を覆っていたのだ
いつの間にあんなものを、あれは即座に生み出せるものでは…まさか
(む、先程の攻勢…そう言えば何人か参加していないのがいたな)
メグだ、時空魔術の使い手たるメグが先程の攻勢に参加していなかったのを思い出す、なるほど さっきのメチャクチャな攻めはブラフで、ワシに総力戦を仕掛けていると錯覚させる為の駆け引きであったか!
そうやってワシの目を目の前のエリス達に集中させている隙に空に巨大な穴を作ったか!
「お待たせしました皆様、このメグ 皇帝直属のメイド長の名にかけて超特急でご用意しました、シリウス様もどうかご賞味下さいませ…これこそ我らの」
落ちてくる、いつの間にか花畑に着地していたメグの指の音と共に巨大な穴から自然落下してくるのは…
「名付けて、メグセレクション 番外…『千年氷塊』」
落ちてきたのは超巨大な氷塊、それがまるで天が落ちてくるように大量に降り注ぐのだ…一体どこからこれほどの氷をと思いもしたが、あの氷の匂いにゃ覚えがあるぞ
あれは、魔女の懺悔室を押しつぶした瓦礫!あの時の氷塊か!、なるほど こいつオライオンに時界門を繋いで…、これほどの量を一気に転移させるなど、どれ程の負荷がかかるか…カノープスめ よく鍛えてあるわ!
「しかしこれが貴様らの切り札と!、でっかい氷落としただけで倒せると!?、本気でそう思われておるのなら心外もいいところじゃのう!」
確かに質量は凄まじいが、それだけだ、あの程度の氷くらい拳一つで弾き返せる、何なら受け止めてやってもいいか?
しかし、ふとそこで気がつく、…氷の雨を前にしても エリス達の纏う独特の雰囲気が、未だ途切れていないことを、まさか…まだ終わっていない?
「上出来だメグ!、あとは私に任せろっっ!!」
次いで動くのは軍銃を天に掲げるメルクリウスの号令と共に放たれる一筋の光は天へと登り、やがて一発の花火の如く弾け 大地を照らし…
「その身を刃とし、その魂は鋼と化し 意のままに従う武器となれ、何人たりとも止める事なき気炎の劔よ、今ここに顕れよ『光顕 天断之矛』!!」
放たれた錬金術は『光顕 天断之矛』、人間を錬金術にて剣に変えその人間の性質を持つ剣を作り上げるという 擬似的な魔力覚醒を引き起こす大錬金術をメルクリウスは頭上の氷塊に向かって放ったのだ
それは飽くまで人使ってこそ真価を発揮する錬金術、無機物たる氷の塊に使ってもそれによって生まれるのはただの…ただの
「なるほど…」
光によってバラバラだった氷の塊が一箇所に集中し、作り上げられたのは超巨大な氷剣、まるで神が握るようなサイズのどデカイ剣が我が頭上に現れるのだ、作りたかったのはこれか!、氷を凝縮し鉄にも勝る強度を錬金術で作り上げるとは!
「物は作った!あとは任せたぞ、みんな」
「よっしゃー!私も続くよ!、回れ回れ!回せ回せ!天地無用の大回転!『オールスイーパー』!!」
「ふん、…なるほどのう、つまりお前達は八人の力を集結させた合体技を完成させたいのだな」
デティフローアの風により回転する巨大な氷剣を見て何となく察する、恐らくこやつらは八人の力を集結させワシを倒せるだけの強力な技を作り出したのだ
浅い浅い、確かにあの巨大剣に弟子の力が注ぎ込まれればそれなりのものになるだろう、…だが最初の注意を引くところまでは良かったがその後が杜撰すぎる、なぜワシがここで棒立ちで待っていると思えるのだ?、ワシがここから離れればただそれだけで済む話、悪いがこれも戦いなのでのう 安全な場所に
「お?」
「あ」
ふと、視線を地面に移すと 足元に誰かいた、身を小さく縮こまらせて、ワシと目が合いピクリと体を震わせる女…いや男か、確かこいつは
「サトゥルナリア…だったか」
こやつも魔女の弟子の一人、エトワールでは世話になった存在の一人が ワシの足元で何を、いやまさか!此奴!
「貴様何を…!」
「ひっ、くっ…『煉獄之捕縛陣』」
奴が足元で立てていたのは絵筆、それで足元に魔術陣を書いていたのだ…!エリスがわざわざ上に視線誘導させたのは此奴から目を背けさせるため、何処までもワシを…いや今はそれはいい
問題は発動した魔術陣、古式魔術陣『煉獄之捕縛陣』は拘束系魔術陣の中でも最上位に位置する魔術陣に入るだけあり、その拘束力は指折り、地面に書かれた魔術陣から這い出た赤色の鎖が我が身を縛りこの場に拘束するのだ、オマケに魔術を発動させようとすればそれを吸収し更に強固になるオマケ付き!ワシも昔魔女の拘束に使ったこともある一級品じゃ!
「エリスさん!」
「はい!、意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖』 !」
「ぐっ!お前ら…!」
そこにエリスの魔術も加わりワシの体は今完全にこの場に繋ぎとめられた、煉獄之捕縛陣に蛇鞭戒鎖…この二つを破壊して抜け出すこと自体は訳はない、だが…
(回避がギリギリ間に合わん、誰じゃこんな厄介な魔術作ったの!、あ ワシじゃった!)
「そこで大人しくしていなさい、シリウス…あんまり待たせませんから」
すると回転し落下してくる巨大な氷剣目掛け空を飛ぶエリスは、瞬く間にそれさえ追い越し眼下に見下ろすと…
「行きます、追憶!『旋風 雷響一脚』!!」
仕掛けてきた、回転する剣の柄に全身で体当たりを加え、エリスの超加速による速度を得ると共に回転により風と雷を巻き取り、その巨大な氷剣そのものが一つのエリスの奥義と化す、未だ嘗てない規模の雷響一脚
いやそれだけではない、飛び上がったのはエリスでだけでは…!
「こいつも持ってけ!天主天帝 武神光来、我が手の先に敵はあり 我が手の中に未来あり、武を以て守り 武を以て成す、我が五体よ 神を宿せ!『二十八武天・釈提桓因神王鎧』ッッ!!」
古式付与魔術…つまりラグナだ、エリスと同タイミングで飛び上がったラグナもまた剣を押すように蹴りを加え、剣全体に付与魔術を掛けそれそのものを強化する
これはまずい、エリスの奥義と古式付与魔術の乗った大質量超加速による一撃…、あれは魔女の古式魔術にさえ匹敵する…!あれを今受けるのは賢い選択ではないか!
「ええい、仕方ない…弾き返してくれるッッッ!!!!」
ブチブチと急いで拘束魔術を引きちぎりあっという間に迫った巨氷剣の切っ先を両手で受け止める、むむ…確かに凄まじい威力よ ワシでなければそのまま吹き飛ばされていたであろう
「ぬぐぅっ!?」
全身で受け止めれば、それだけで体が押し出されザリザリと地面を削りながら後退していく体、今の不完全な力でなやはり押し返せん!
「ぐぬぬぬぬ!何という威力よ!、これが弟子達の力なのかぁぁぁぁあ!!!」
全身から焦りを吹き出しながら、そう叫んでみる…これが弟子達の力なのかと、負け惜しみのように……
……そう、負け惜しみの『ように』じゃ、負け惜しみなどではない、勿論ではあるが演技である
確かにこの一撃はワシの今の力では受け止められん、ほぼ解除してあるとはいえ未だアンタレスの呪縛が残るこの体では対処は不可能、完全なる解除にはまだ五分ほどかかる計算だ、エリス達もそれを見越して今仕掛けて来たのだろうが
…全く、ワシを誰じゃと思っておるのだ
(たわけども…ワシが『あと十五分で解除出来る』と言った言葉をまさか信じたのか?、阿呆が あれは五分多めに見積もった数字、本来なら十分程で解除出来るわ、ぬはは)
当然のことではあるが、敵に馬鹿正直に本当のことなど教えてはやらん、あれは嘘じゃ 敵に五分多く余裕を持たせるための嘘、本当は十分で解除出来る…つまり今この瞬間に既に解除の準備は整っておる
悪く思うなよ、これも駆け引きの妙というものじゃ…!
「ぬふ…ぬははは、ぬははははははははは!!!!」
けたたましい笑い声と共に体の内を縛るアンタレスの呪縛を次々と破壊し レグルス本来の身体能力を取り戻せば、今の今まで押されていた体が失速し 逆に腕力だけで剣を押し返し始める
魔女の弟子達の力を合わせた合体技?、残念…!そんなもの真なる我が力の前には無に等しい!
「このまま弾き返して…逆に消しとばしてくれる」
このまま押し返して、このまま完全に解除して、そう内心でも笑いながらさらに一歩踏み出した瞬間…、ワシの直感が告げる
何かがおかしいと…、何かおかしくないか?、何かが…ワシは何かを見落としてはいないか?、そう…例えば
結局、奴は何故 後方に下げられていたのだ…
「あんた相当な捻くれ者だな、まぁ…俺には負けるけどさ」
キラリと視界の端で光る赤の輝き、弟子達の力を合わせるこの場面においても奴はそこから動いていない、攻撃すらせず…懐から取り出した小さな小瓶の蓋を開け、中身を飲み干す その姿が…視界に映る
アマルトだ、アマルトか何かをしている…そう察知するよりも前に、事態は動き出す
「その四肢 今こそ刃の如き爪を宿し、その口よ牙を宿し 荒々しき獣の心を胸に宿せ、その身は変じ 今人の殻を破れ『獣躰転身変化』」
奴が唱えたのは自らの体を摂取した生物と同一のものへと変化させる呪術、それを自らの体に使い 別の何かに変容していくアマルト、ならば奴は何に変わろうとしている
今さっき飲んだ、赤い液体はなんだ…いや、まさかあれは あの姿は…!!!!!
「変容…探求の魔女!」
「アンタレスの血かッッ!!??」
思わず叫ぶ、その手があったかと…
奴が飲んだのはアンタレスの血だ、髪が伸び 女性的な肉体へと変化するアマルトの姿はどこかアンタレスを彷彿とさせる、つまり奴は今魔女の血を使い魔女の肉体を…いいや、アンタレスの力を手にしたことになり…
「じゃあな、シリウス…『天網恢々・鬼哭啾々』!」
「ぐぬぅっ!?」
刹那、アンタレスの力を得たアマルトより放たれた呪術は、ワシの体を縛る僅かな呪いを媒体として発動する、そうだ この呪術も元を正せばアンタレスのもの、事実上のアンタレスとなったアマルトには 容易に干渉出来る
つまり、復活寸前の力がまたもアマルトによって押さえ込まれたのだ、いや抑え込まれたなんて生易しいものではない
一時的ではあるが、呪縛が完全なものになった
腕力は抜け落ち、魔力防御は消え去り、ワシの体を守る全てが消え失せた、時間にして凡そ一秒程度…エリスの識確魔術を叩き込むにはあまりにも短いその時間は、それでも目の前の剣をワシの体に突き立てるのには十分で…
「今です!ネレイドさんッッ!!!!!」
「うん…!」
アマルトの呪縛により力を失った瞬間、迫る巨剣の背後に現れるのは霧の巨人、ネレイドが霧を実体化させ作り上げた 天を覆う程に巨大化したネレイドの姿で
其奴は、あまりにも巨大なその拳を握り…
「終わりだよ、神敵シリウス…!!!」
「ぬぐっ!ぬぐぉぉおおおおおおお!!!?!?!?」
叩き込む その拳を、押し込むように 押し出すように、力を失い防御手段を失ったワシに向かって、ダメ押しの一手とばかりに神の如き巨大な拳が剣を突き飛ばす
それはワシの防御を決壊させるには十分すぎるする一撃、魔女の弟子達の協力により紡がれた巨大な一撃が、今ワシの体を飲み込み──────
刹那、爆裂する
「ぐぅ!ぁ!!がぁぁあああああ!?!?!?」
シリウスの体を大地に押し込むと同時に、数多の魔力が混ざり合った氷剣が今 一つの魔術として完成し、爆裂すると共に天を割るほどの光の柱のなり、その只中のシリウスを吹き飛ばす
「これが、エリス達弟子の力…名付けて『絆八星 王雷剣風脚』!!」
彩絨毯のど真ん中に発生した光柱は天を貫き大地を穿つ、これがエリス達八人の力だと爆心地のシリウスに叫ぶ、…今の一撃が魔女の段階に達していることはエリス達も理解していた、今の自分達ならそれだけの火力が出せるだろうことを
だからこそ賭けに出た、初めて見せる動きでシリウスの攻めを緩和し 氷を分析している間にエリスとナリアさんの二人でシリウスを拘束、後はありったけの魔力を注ぎ込み…ぶつける
当然シリウスがエリス達を騙すため呪縛の解除の時間を多めに言っていたりいざとなったら即座に解除出来る術を残していることは予測していた、だから解除されそうになった瞬間 アマルトさんに一時的に拘束を強め一瞬だがシリウスを完全に無力化してもらうように頼み、そしてそのようになった
この一撃だけではない、ここに至るまでに全員の力が必要だった…エリス達八人の連携技、八人の合体技 それが絆八星 王雷剣風脚…
「違うよエリス…、今の技名は…『闘神聖罰八閃』…だよ」
「え?」
ふと、不満げなネレイドさんが着地するなり異議を唱える、なんだそれは…もしかして今の技名のこと言ってるのか?、と思えば他にもラグナやデティさんが寄ってきて
「いやいや何言ってんだよ、今の技名は『八鬼恨怒之剣』だろ、感じ的に」
「私は『ゾディアーク・コンステレイション』がいーと思いまーす!」
「な な な!、何言ってるんですかみんな!今のはエリスの発案ですよ!?エリスに命名権があるのでは!?」
「でも八人の合体を技だし、カッコいい方がいいじゃん」
「カッコいいでしょう!絆八星 王雷剣風脚!」
「諸君ー!?今技名とかどうでもよくないかなー!?」
「あ、アマルトさん」
こらこらー!とプンスカ怒りながら駆け寄ってくるのはアンタレス様…にそっくりになったアマルトさんだ、髪は伸び 体つきはアンタレス様に近づき、顔もアマルトさんとアンタレス様の両方を掛け合わせたような顔になりつつも美しいのはアマルトさんが可愛らしい顔をしてるからだろう
アマルトさんの持つ変身呪術を使って魔女様に変身するという戦法を聞いた時はそんなのありかと思いもしたが、どうやらマジで出来るらしい…ズルじゃない?それ…、まぁ十秒程度しか保持出来ないとはいうが、今のアマルトさんの魔力は不完全なシリウスさえも上回っている
……でも、いつもなら完璧に変身出来るのに、魔女様相手だと不完全になるは何故だろう…
「名前なんぞ後から話し合って決めればいいだろう、因みに私は『スーパーアルティメットソード』がいいと思うが?」
思うが?ってメルクさん、貴方そんなドヤ顔で… あ!そっちがいい!的な反応を求められているのだろうか…
「メルクは一旦黙っててくれ、それよりシリウスは…くっ」
呪術による変身時間が切れ 苦しそうに元に戻るアマルトさんは膝をつきながらモウモウと煙を立てる爆心地、剣が突き刺さり爆裂した中心地、シリウスがいるそこへとめをむける
「死んだんじゃない?」
「死なれては困りますよデティ」
「あ、そっか…レグルス様の肉体使ってるんだもんね」
「今の一撃は少なく見積もってもシリウスの肉体にダメージを与えるに足るものと思いますが、ラグナ様はどう見ますか?」
「…………」
全てを物語るように腕を組み険しい顔で上がる土煙を見据えるラグナ、どうやらまだ終わっていないようだ…、まぁエリスも終わってないとは思ってましたよ、その程度で終わるならシリウスは最強と呼ばれていないし 何よりその肉体は師匠のもの、そう簡単に倒れやしない
問題は今のでどれだけダメージを与えられているか、シリウスが魔力防御を維持できないくらいには消耗していてくれているとありがたいんだが…
「貴様らぁ〜、今のは…良い一撃であったぞ…!」
「っ!、来ました…シリウスです」
むむ!と瞳を見開き構えるナリアさんと同じように、弟子達もまた全員臨戦態勢を取る
土煙を引き裂いて現れたシリウスの体には、確かに傷が刻まれている、確実に手傷は与えられた、けど
(あれは、まだまだだな)
まだ体力に余裕がありそうだ、これだけやってまだ余裕があるなんて どれだけ体力があるんだ、シリウスは
「八人揃っての合体技、魔女達のそれよりも一層練度の高い連携技であった、そこは褒めてやろう…」
フワフワとシリウスの周囲に輝きが灯る、魔力だ…今まで縛られていた魔力が再び輝きを取り戻しているんだ、…今さっきの攻勢で アンタレス様の呪縛は完全に解けた、ここからがシリウスの真骨頂となる
今まで以上に厳しい戦いになる、やり方も変えなくちゃいけない、こっからが勝負だ…
「じゃがな、…あまりワシを侮るなよガキどもが」
「なんだよ、子供相手に怒ってんのか?大人げねぇな!」
「ああ、ワシは大人げないのじゃ、この世で最も理不尽なのがワシじゃからのう…故に切れさせてもらうぞ、理不尽になァッ!!!」
その言葉と同時に足元の花が同じ方向に揺れる、エリス達に向けて揺れる、シリウスほど気迫がそうさせるのだ、ただの怒りが風を起こすのだ
完全解放されたシリウスの力、今まで比にならぬ力の奔流が目視できる程に畝り唸り…
「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』」
吹く、一陣の風が…身に纏い慣れた風がエリスの意思とは別にフワリと吹く
『旋風圏跳』だ、エリスが一番最初に見た師匠の魔術、一番最初にモノにした魔術、それが口にされた、エリスのではなくレグルス師匠の体で…シリウスが…
「『合わせ術法』」
「が…ぁ…?」
気がつけば膝をついていた、全身打ち付ける衝撃に…何が、起きて
「『死撃 天狼波濤之絶』」
するりと声は背中へ抜けて…
「こっから本気で行かせてもらうぞ、魔女の弟子達」
シリウスがいる、エリス達全員の背後にいる、既にその拳からは煙が放たれており…轟音を鳴らし、とっくの昔に放たれていた事が漸く理解出来る
その瞬間走る、颶風
「ぐっ!?がぁっ!?」
それはまるで、大いなる狼の一振り、全身を打ち付ける衝撃はエリスの体を容易く吹き飛ばし、轟音と共に破砕する
骨は砕け、肉は裂け、内臓は傷つき、口から血は溢れ、何もかもが壊されていくと共に耐え難い激痛が襲い 意識すら粉々に打ち砕く
「み 見えなかっ…」
「ぐっ…嘘だろ…」
「っ…なんと」
倒れる、エリスもラグナもアマルトさんもメルクさんもメグさんもネレイドさんナリアさんも、みんな倒れる…倒れ伏す、倒される シリウスによって、シリウスの神速の一撃によって
力を解放したシリウスの前に、成すすべも無く
「どうした?ああ?こんなもんか?、貴様らの力は…!!」
倒れる弟子達に叫ぶ、圧倒的なシリウスの力を前に
世界の行く末を賭けた戦いは、次なる段階へと…本気のシリウスを上回る段階へと移行し、その瞬間 エリス達の戦いは幕を閉じようとしているのだった




