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303.魔女の弟子と傾き始める戦況


「なんでここまで魔造兵が…」


皇都に通ずる門を守る兵士達は思わず呆然と口を開ける、既に腐肉の計略は成った…敵は閉じ込められて後は潰されるのを待つだけの筈、だというのに…何故


「ぐぎゃぉおおおおおおお!!!」


「くっ!、負傷兵の撤退急げ!」


「しまった、砲台がやられた!」


戦場の最後方に位置するこの門の前にて、数万はいようかと言う程の魔造兵の群れが大口を開けて暴れ狂っているのだ、ここには前線で負傷した兵士達やそれを治療する医療班、そして前線を支援する大型兵装が軒を連ねる空間であるが故にこちら側もロクな戦闘行動が行えず混乱するばかりだ


何故こうなってしまったのか、それは全て…奴の仕業だ


「あはははははははは!、素晴らしく偉大な僕様の道を阻む城門なら要らない!僕様のものにならない城はいらない!、全部ぶっ壊してやるよ!」


「うがががががががが!邪魔だカス共!!!死に去らせぇぇぇ!!!」


宙に浮かび上がる巨大な玉座に座ったままげたげたと笑う年端もいかない青年がいる、頭には自分の頭部より巨大な大王冠 身に纏う王の装束はどう考えてもその小さな体に不釣り合いなサイズ、だというのにこれ以上なく様になって見えるのは事実彼が大国の皇帝だったからだろう


アガスティヤではない古の帝国、カノープス様をして当時の覇権を握っていたと言われるオフュークス帝国を統べた狂気の大皇帝にして羅睺十悪星が一天 トミテ・ナハシュ・オフュークスが魔造兵を従え笑う


そんなトミテの脇にて狂烈な咆哮を轟かせる怪物がいる、血よりも更に赤く 闇よりもなお暗い髪は生まれてから一度として切った事がないのではと思えるほどに長く、その髪の隙間から覗く眼光を爛々と輝かせる女が一匹、奴もまた羅睺の一天 狂天ハツイ


羅睺十悪星の二天が突如としてこちら側の軍勢を引き裂きながら真っ直ぐ門に向かって突撃してきたのだ、おまけに奴らが作った道をホイップクリームのように押し出された魔造兵が辿り 今ここにこうして魔造兵と羅睺が集ってしまったのだ


魔造兵だけなら対処出来た、だが羅睺も一緒というのがまずい…、こちら側の大戦力が軒並み奴等の対処に追われているからだ


「チッ、これが羅睺十悪星か…やるもんだな」


「文句を言っている場合か、戦えフリードリヒ」


「戦ってんじゃん!」


「まぁフリードリヒ、お前もこれから将軍としてやっていくんだ、ここらで気張ってもらわねば困るぞ」


「将軍にはならないって!」


二人の羅睺を相手取るのは帝国の将軍であるアーデルトラウト将軍とゴッドローブ将軍、そして前線で指揮を執っているルードヴィヒ将軍に代わり後方の守りを任された第二師団の団長フリードリヒの三人だ


この三人でかかって、漸く羅睺を…いや トミテを抑えられる程なのだ、それ程までにトミテの力は異常極まりない、ハツイに手が殆ど回っていない程…一応ハツイの方にも何人か師団長や他国の大隊長クラスがかかっていたが ハツイの正体不明の力を前に既に敗れてしまっている


つまり、今この状況下で ハツイと言う羅睺がフリーになっているに等しいのだ


「ククク、君達!強いね!若干の陰りがあるとは言えこの素晴らしく偉大な僕様と対等に戦えるなんてカノープス以来だ、どうか?僕様の部下にならないかい?、土地も女も富名声もなんでも与えよう、僕様に従う限りね」


「ふざけるな!、我々は誇り高き帝国の刃!、貴様に従うような真似はしない!」


「帝国?…オフュークス帝国以外にも帝国が…、いや今は八千年後の世界だったか、んん?だがオフュークス以外に帝国はあり得ない、つまり君達は既に素晴らしく偉大な僕様の下僕だったわけだ、なーんだ 納得」


「勝手に納得をするな!」


激怒するアーデルトラウト将軍の怒りがまるで伝わらないとばかりにカッカッカッと笑う皇帝トミテは三人の将軍クラスを相手にしてもまだ玉座の上で胡座をかき余裕を見せている程だ


魔女様の話ではかなり弱体化しているらしいのだが…それでもこれだけの力を持っているのだ、かつてはどれだけの力を秘めていたか、想像もできない


「まぁいい、従わないなら殺すだけだ…後悔するなよ、叛逆者共がぁ!」


玉座の肘置きをドスンと一つ叩くと共にトミテはその身に滾る絶大な魔力を解放し…


「『紅之魔書』『蒼之魔書』」


開くのは玉座の肘置き、どうやら外から叩くと肘置きが内側から扉が開くようなギミックが仕込まれていたようだ、まぁそんな仕掛けはどうでもい問題は両側の肘置きからそれぞれ飛び出てきた二つの分厚い本だろう


赤と金の装飾が施された本、蒼と銀の装飾が施された本、それぞれ豪奢かつ分厚い魔導書のようなそれがトミテの両側に浮かび上がり待機するのだ…


『本なんか出して何をするつもりだ?』、それは三流が考えること


『あの本は何かしらの武器に違いない』、それは二流が考えること


ここにいる三人は皆一流…故に察する、あの本が纏う異様さを…


「なんじゃありゃ、あんな気持ち悪いもん…見たことねぇよ俺」


「ええ、私もですよ…身の毛がよだつ思いです」


「なるほど、陛下が是が非でも殺したいと仰られる理由が…分かった気がする」


赤の魔力を滾らせる魔導書、青の魔力を迸らせる魔導書、このどちらもが無機物であるにも関わらずそれぞれが独立して魔力を放っている…帝国の魔力機構のように外付けの魔力タンクを積んでいるようにも見えないのにだ


そこに三人は感じる、あの魔導術はどちらも魔力を持っているのではない…魂が宿っている、いや、少し言い方が違うな…正確に言えば


「お前、その魔導書一冊作るのに…一体どれだけの魂を注ぎ込んでいる!」


魂だ、魔力の源である人間の魂がその魔導書には無理矢理注ぎ込まれているんだ、それも一人二人の魂じゃない…もっと膨大な人数の魂が


「むふ、むふふ…知りたいかい?、素晴らしく偉大な僕様の素晴らしく偉大なコレクションの事が」


すると、魔導書について聞かれた瞬間トミテが嬉しそうに魔導書を手に取り仕方がないから説明してあげるよとばかりにやや自慢げに鼻の下を伸ばす


これは、将軍達の知らない話ではあるが 皇帝トミテは自己肯定感と承認欲求の怪物だ、故に自分の持ち物にかけらでも興味を持たれると自慢せずには居られない性分なのだ


簡単に言えば物凄く口が軽い、故に羅睺の中心メンバーでありながらシリウスとナヴァグラハからは重要な事は殆ど教えられずに八千年前の戦いを潜り抜けたなんて間抜けな逸話もあるほどだ


無知蒙昧たる皇帝トミテは間抜けだろう、だが同時にその無知が生み出す狂気は底抜けにもなり得るのだ


「君達は魂の液状化と言う現象を知っているかい?」


「魂の液状化…」


聞き及んだことのある現象にゴッドローブだけが小さく頷く、魂の液状化とはそのままの意味だ…人間の魂が血液と共に外部に排出された状態を指す、なんらかの理由により魔力を外部に排出することが出来なくなった人間が出血した際 その血に溢れた魂が混ざりこんでいることが時たまにあるらしい、これを魂の液状化現象と呼ぶ…事は知っている


だが分かる、奴が言っているのは そんな傷病地味た話ではないことを


「やり方分かるかい?、治癒魔術でさぁ 人間の体を治しながら同時に胸に穴をあけるんだ、こんなでっかいドリルでさぁグリグリやってねぇ?、それで動いている心臓を取り出して そこに宿っている魂をこう…万力で締めるんだよ、そうすると液状化した魂が…ぷはっ!あははは!、ごめん!笑っちゃったよ!自慢してる最中なのに!」


聞くに耐えない話が飛び出てきて皆青褪める、つまり…生きたまま人の体に穴を開けて、無理矢理魂を徴収したと?、そんな方法で液状化した魂を取り出せるなんて今の世には伝わってすらいない…悪魔の技術だ


「そうやって取り出した液化魂をね、インク代わりにして書き上げたのがこの魔導書さ…、確か一ページ辺り…百人くらいかな?使ったのは、よく覚えてないや」


一ページにあたり百人の魂、見たところ一冊数百ページあるからそれだけで数万人の魂があの本に込められていることになる、そんな本が二冊…一体どれだけの人間が悍ましい方法で魂を徴収されて…


「ぐっ…」


思わず口元に手を当てるアーデルトラウト、あの本に書かれた文字一つ一つが…生き地獄を味わい殺された者達の魂が宿っていると思うと、それだけでこの世のものとは思えない嫌悪感が湧いてくるのだ


しかしトミテは気にしない、寧ろ笑う…気分がいいとばかりに


「この本には何万人もの魂が宿っている、魂ってのは魔力発生装置なんだろ?、つまりぃ!この魔導書一冊で万軍に匹敵する魔力を生み出すことが出来るってわけさ!、こいつを使えば…ほら!この通り!」


トミテが腕を振るえば、それだけで魔導書が一人でに動き出し 赤と青の魔導書のページが開かれ…


「『赤雷』!『蒼炎』!」


「っ!マジか!」


トミテの号令に従い魔導書が放つのは一級の古式魔術を遥かに上回る厄災、迸る紅の電撃は即座に空中を支配し虚空に入るヒビの如く四方に張り巡らされるように連射される、燃え上がる蒼の炎はまるで龍の一吹きのように大地に降りるなり瞬きの暇もなく周囲を焼き尽くす


同時に飛んでくる古式魔術を上回る広範囲爆撃に将軍達は一瞬たじろぎながらも…


「『ディメンションゴッドセキュア』!」


「効かん!!」


空間を切り裂き迫る電撃を防御するゴッドローブ、槍を回転させ炎を散らすアーデルトラウト、どちらも城一つ吹っ飛ぶ威力なのに軽々防ぐなんてすげぇとボケーっとしてるフリードリヒ


確かに威力は凄まじいが、ここにいる人間ならば対処が出来る…だが


「あははは!、いいね!どんどん行くよ!『赤蹄』!『蒼爪』!」


「チッ、…こんなのが一言で飛んでくるのか…!」


放たれる赤熱した巨大な蹄と周囲の魔造兵さえ切り裂く蒼の爪、大地を砕き壁を切り裂く破壊の嵐、それが詠唱も殆ど無くトミテの一言で乱射される事実にやや煩わしさを覚えるアーデルトラウト


「なるほど、これは連合軍では止められん…!」


怒涛の勢いで飛んでくる隕石の如き蹄や五月雨の如き爪を槍一本で弾きながらも鹿野氏は見据える、この攻撃の嵐の中に通ずる一本の道、この攻撃の根源たるトミテ…そこに至る為の道を


(凄まじい質量の攻撃だが、…合理性は皆無、ならば…ここだ!)


刹那煌めくアーデルトラウトの瞳、見えたのは蹄と爪の嵐の中一瞬だけ見えたトミテの姿、その隙を見逃さず彼女が口を開く…


「『タイムストッパー』!!」


─────────……………………止まる、世界が止まる


アーデルトラウトが持つ特記魔術『タイムストッパー』、発動すれば心臓が十回鼓動するまでの間世界の時を完全に停止させると言う破格極まる現代時空魔術を用いる


時が止まった無音の世界で唯一動くアーデルトラウトはゆっくりと腰を屈めて狙いを定める、見据える先は編み物のように張り巡らされた魔術の中に開いた小さな隙間…その先に見えるトミテの顔


時が止まれば如何なる攻撃もアーデルトラウトを捉えることはできない、どんな存在も逃げることは出来ない、それが例えシリウスであれトミテであれ変わらない


故に、この一撃は…必中となる!


「参るッッ!!」


槍を構え大地を蹴り上げ飛び立つその姿はまさしく一条の星矢、蹄と爪の隙間を縫って最速を保ち、滑空し一瞬にしてトミテに肉薄…


その勢いを保ったまま時は動き出し…………────



「取った!!!」


「なっ!?いつの間にッッ!?」


再び秒針が動き始めたその瞬間には既に、トミテの喉元に槍が迫る一歩手前であった、時を止め攻撃を掻い潜ってからの攻撃、これにはさしものトミテも対応出来ないとばかりにその目を驚愕に彩るばかり


彼を守るはずの魔導書も肝心のトミテの命令がなければ動けず、アーデルトラウトの槍は今トミテの首を切り裂き…


「ぐっ!?!?」


否、弾かれた アーデルトラウトの槍はトミテの首を切り裂くことなく弾かれた、トミテの首が死ぬほど頑丈だった?そんなわけない、弾かれたのはもっと手前…トミテに近づいた瞬間アーデルトラウトを外へ押し出す力が働いたのだ…これは


そう考えるよりも早くアーデルトラウトの体は蹄に殴りつけられ押し飛ばされる、…全身に走る衝撃の中 そんな打撃ものともしないアーデルトラウトは見る、自分の攻撃を弾いた物の正体を…それは


「チッ!、結界だと!?」


「はぁ〜びっくりしたぁ〜、ったく驚かせやがって」


結界だ、トミテを守るようにグルリと一周張り巡らされた球状の魔力防壁がアーデルトラウトの槍を防いだのだ、それも将軍たるアーデルトラウトの一撃さえも防ぐほど強固な防壁が…


あれはトミテから発せられているものではない、あの防壁は彼が座る玉座から発せられている物だ、宙に浮かぶ魔導書同様…あれにも凄まじい数の人間の魂が込められているのだ


「あはははは!、素晴らしく偉大な僕様に向かって槍を立てるなんて不敬だね、だけど僕様と戦いたければまずは臣下から倒してもらわないと!」


トミテは皇帝だ、戦士でもなければ魔術師でもない、皇帝だ


皇帝は矢面には立たない、常に安全な玉座に座り臣下を操り敵を殺す、故にトミテは敵と対等な地に立たない、自らを防壁で覆い魔導書を操り攻撃を繰り返す…卑劣極まる戦法こそがトミテの戦法にして、かつて魔女を苦しめた絶対なる皇帝の戦いだ


「あの防壁…厄介だな、私の全力攻撃でもビクともしなかったぞ」


「突出するなアーデルトラウト、奴の力は未知数…お前も分かっているはずだ」


「悪かったよ、ゴッドローブ」


咄嗟に槍を振り迫る魔術を難なく弾きながらアーデルトラウトは再びゴッドローブと共に守りを固める、あれでトミテを仕留められればそれで良かったが…どうやらそう簡単にはいかないようだ


あれでもあいつは羅睺の一角、しかも最強格の一人なのだから


「さぁ!ギアを上げていくよ!、このままこの街ごと消し飛ばしてやるよ!『紅龍灼熱』『蒼龍零度』!!」


更にここから猛攻を強めるとばかりに魔導書に命令を送り込めば、生み出されるのは巨大な双龍、発される魔力の高さは最早将軍さえも上回る程の絶大、本気で皇都諸共吹き飛ばそうとその力を発揮するトミテを前にどうするべきかを考えるアーデルトラウトはふと気がつく


(あれ?、フリードリヒの奴…何処へ)


ルードヴィヒの代理として連れてきたはずのフリードリヒの姿が見当たらない、まさか逃げたか?この状況で!? そう視線を動かそうとした瞬間の事であった


「よう、デカ冠」


「あ?、ああ!!?テメェ!?いつの間にそこに!?」


見上げる、唯一絶対にして至上の皇帝たるトミテが見上げる、自らを守る防壁の上に立つ男の姿を、不敵にサングラスを指であげ ニヒルに笑う男は…フリードリヒはトミテの問いに答えるでもなく、その拳を掲げ…


「極・魔力覚醒…『ルティーヤ・アモナルフォーシス』!!」


周囲の魔力を一気に自らの領域へと変化させる絶技 極・魔力覚醒、今現在帝国にて将軍にしか使えないと長らく思われていたそれを発動させ、世界を歪ませるフリードリヒの拳が 無敵の防壁に打ち付けられ…


「『拳槌捩れ吼砲』ッッ!!」


万物を…世界さえも歪ませ捩れさせるフリードリヒの極・魔力覚醒、将軍と同格の力を持つと言われたアルカナ最強の男 タヴさえも圧倒したその力が拳を中心に解放される


その力を前に防御力など関係ない、どれだけ頑丈でもフリードリヒを前にすればハンカチのように捩れ形を変えてしまう、それはトミテの防壁も同じこと…


捩れ歪みフリードリヒの拳一つで地面に叩きつけられ轟音をあげる玉座と上がる砂ほこり、そしてそれを前に魔力覚醒を維持したまま地面に着地しサングラスをポッケにしまい黄金の瞳を覗かせる男は…見下ろす


「よくわかんねぇけど、テメェが外道で殴り飛ばさなきゃいけないクソガキだってのはよく分かるぜ?、こっちも出し惜しみなんかしねぇからかかってこいよ…とっくの昔に滅びた国の看板掲げる道化皇帝サマよ」


アーデルトラウトがトミテの気を引いたその一瞬の事だ、フリードリヒがこれ幸いとその隙をついて跳躍、そのまま屈折魔術を用いて攻撃を回避しトミテの上に立ったのだ


それくらい将軍なら誰でも出来る…だが


(それを思いつきで出来るか…、果てしなくバカか果てしなく勇敢かのどちらかだな)


トミテを撃ち落とし極・魔力覚醒を解放するフリードリヒの背中を見るゴッドローブは半分呆れて半分感心する、将軍とは立場ある人間…時としてその選択が数十万人の命を奪う結果にもなり得る、故に将軍は博打には出ない…出ることが出来ない


だというのにフリードリヒは後先考えず極・魔力覚醒を用いて 攻撃の中に飛び込んで見せた…もしかしたら奴は将軍にしないほうがいい仕事をするかもしれないな、なんて 将軍になる前の…イキイキしていた頃のルードヴィヒを思い浮かべ軽く笑う


「貴様!フリードリヒ!、やはり極・魔力覚醒を使えて…と言うか!もっとそれは温存しろ!、敵がどれだけ力を隠しているか分からんのだぞ!」


「ええ…アーデルトラウト先輩そりゃねぇよ、こいつがどんだけ力を隠してても…結局暴れさせてる以上こっちに被害が出る、チマチマ読み合いなんかしてる暇ない…こいつ一人に将軍二人使ってるんですから」


「それは…、そうだが…」


「だからさ、おい立てよお気楽皇帝、今のでやられるわねぇよな」


「……お前ぇ…」


砂埃から這い出てくるのは巨大な玉座、地面に叩きつけられてなお傷一つないトミテは相変わらずの余裕ぶりを見せつけながらフリードリヒの言葉に答えるように姿を晒す


無傷か…、極・魔力覚醒で全力でぶん殴ったのにあの防壁を抜けていない、その事実に若干の面倒さを感じつつも フリードリヒは髪をかきあげ深く腰を落とす、こっからが本番だと


「お前、今僕様を見下ろしたな…?」


「あ?ああ…見下ろした」


「そうかそうか、…そうか…そうか!」


ギリギリと歯を噛み締め、玉座を軋ませる程の握力で肘置きを掴み、怒りに震えるトミテ…


殴られたのはいい、撃ち落とされたのはいい、だが自分を見下ろすことは絶大に許せない、彼はこの世で最も見下ろされるのが嫌いだ、何故ならトミテは偉いからだ 誰よりも偉い…何よりも偉い、自分の前には史上全ての人類が跪くべきであり神さえも首を垂れるべきであると本気で思っているから


故に彼の住まう城は他のどんな城よりも大きかったし、自室は最上階にあったし、頭の上を通り抜けていく鳥を撃ち落とすための狙撃兵を常に配置していたほどに彼は見下ろされるのが嫌いなのだ


「許せない…許せない許せない許せない!」


「なんか、地雷踏んだ感じ?」


「この世の何よりも素晴らしく偉大な僕様の頭部は全人類の標高よりも高い位置にあるべきなのに!それを!お前ぇぇぇえ!!!!」


「何を無茶苦茶な…、えッ!?」


怒りに打ち震えるトミテの体から溢れる魔力が大地を揺らす、外に漏れ出た魔力だけで天候が変わる、その魔力は彼が持つ魔導書を遥かに上回り 第三段階に至っているはずの将軍さえも上回る


こいつ、道具頼りの雑魚じゃない…、本来なら自分でやったほうが何倍も強く 何倍も速いんだ


(なのに、魔導書頼りで戦ってくるのは面倒だからか、プライドからか…、ともかく皇帝陛下とどっこいの実力ってのはマジそうだな)


「皆殺しにしてやる…!『服従の楔』!」


刹那、赤と青の魔導書が開き高速で回転しながら光を放つ、まるで杭のような形状の光の矢、それは乱れ飛ぶと共に周囲の魔造兵の脳天を串刺しにしていく


怒りが一周回っておかしくなったか?、それとも味方に対する八つ当たりか?、フリードリヒとアーデルトラウトが訝しむように それでも警戒しながら軽く様子を見ていると、その変化は直ぐに巻き起こる


「命令だ、『リミッターを外し、命尽きるまで目の前の街を破壊しろ』」


「ぐげぇ!?がご…ぁがぁぁぁああああああ!!!」


光の杭が突き刺さった魔造兵たちはトミテの言葉に無理矢理従わされるように苦しみ始める、ただでさえ屈強だったその肉体はまるで何かの枷が外れたように膨張し その身に滾る力は先程の数倍ほどにも膨れ上がる


──これはトミテの持つ魔導書の力、生命体に対する絶対命令権の象徴たる杭を突き刺し対象を意のままに隷属させる魔導術の一つ、これを突き刺された存在はたとえその命令がどれだけ無茶でもその存在が持ち得るスペックをデメリット度外視で実行してしまうと言う代物


故に今、魔造兵達は活動可能時間…つまり寿命大幅に削り無理矢理その力を引き出されたのだ、これがある限りトミテの命令絶対…、勿論人間に対しても使うことができるがトミテはこんなもの使わなくても人は自分の命令を聞くものだと思っているので使用しないらしいが…


だがそれでもこれはかつて魔女さえも苦戦させた魔術であることに変わりはない、魔獣に杭を刺しリミッターを解除したその存在の力は…魔女さえも冷や汗を流す程のものなのだ


「ぐぎゃあああああああああ!!!」


「やべぇ…!、なんか魔獣がヤバい感じになってるよ!アーデルトラウト先輩!」


「ああ、助けに向かいたいが…!」


「不敬者は死ね!死ね死ね死ね!不敬者は断罪!断罪断罪断罪!、オフュークス帝国憲法第一条!僕様に逆らう奴は極刑!!!」


暴れる狂う狂帝、意のままに動く魔導書は張り裂けるが如く勢いで見開き魔力を放つ、トミテはトミテで暴れてくるようだ、ならばこちらから止めねばなるまい


「仕方ねぇ、怒らせた責任は俺が取りますよ、アイツの相手は俺がします、アーデルトラウト先輩とゴッドローブさんはあっちの方をお願いします」


そう言いながらフリードリヒが指し示すのはトミテの力で暴走を始めた魔造兵とそれを率いるように暴れるハツイだ、これ以上トミテの相手は続けられない…ロクな装備もない中で奴らの進撃を止められるのは将軍だけだ


だが


「トミテの相手をお前一人で?、無茶だろう…」


「無茶でもなんでも、全員死ぬよか俺一人死ぬほうが良いはずです」


「…………そうか、分かった」


どうやらフリードリヒには覚悟があるようだ、トミテはまだ本気を出していない 本気を出していないにも関わらずこの強さだ、もしこのまま戦いが長引けばフリードリヒだけでは辛いだろう


だが、それでもやり遂げると一人の軍人が口にしたのだ…その責任の重さは彼も理解してのことの筈、ならば


「ここは任せたぞ、フリードリヒ」


「はいよ、任せられました!」


ここはフリードリヒに任せ 二人の将軍は皇都防衛に回る、あちらもあちらで瀬戸際だ、折角前線部隊が押してるのにその間に本丸が落とされては意味がない


故に 荒れ狂うトミテはフリードリヒに任せるより他ないのだ、それに存外…この男ならやるかもしれない、なんて期待を持たせる程度には今のフリードリヒは頼りになる


「…お前一人がこの素晴らしく偉大な僕様の相手をすると?、お前一人が?」


「ああそうだ、これでも問題の先送りは得意分野でね…取り敢えず朝まで付き合えよ、コーテーヘーカ君」


「馬鹿にして…!」


「ようやく気付いてくれたかよ!」


裂ける大地の鳴動と共に、向かい合うのは二人の最強


かつて、その圧倒的権力と絶望的魔力で地表に存在する全ての文明を掌握しようと目論んだ最悪にして最強の皇帝トミテ・ナハシュ・オフュークス


それを止めるため、たった一人で相対するのは長らくルードヴィヒが守り抜いてきた『人類最強』の名を…いずれ冠する可能性が最も高い次代の人類最強フリードリヒ・バハムート


「死に去らせ!『赤皇』『蒼帝』!」


「エリスさんの祖国を守るついでだ、世界も守って外道皇帝もぶっ飛ばしてやるよ!『捩れ吼砲』!」


古き世が再び覇を唱えるか、新しき世が克服するか、この一大決戦の象徴とも呼べる戦いの幕が切って落とされた


………………………………………………


「ぐがぁぁぁああああああ!!!」


「ダメだ!さっきまでと馬力が違いすぎる!」


トミテとフリードリヒの力がぶつかり合い深く揺れる大地の上で、轟くのは戦いの激突音だけではない、トミテが嫌らしくも発動した服従の杭…これにより強化された魔造兵達が今まさに街につながる門へと迫っていたのだ


「くっ、砲撃も魔装も物ともしないとは…こんなものどうやって止めれば」


臨時で指揮権を得たアーデルトラウトは歯噛みする、魔造兵の強さが先程までとは段違いに上昇しているからだ


もはや病的なまでに膨張した筋肉は浮き出た血管から出血しており、魔造兵本人も苦しみの声を上げながら救いを求めるように門へと走る…、これがまた強い


抑えかかろうとした大型魔装や帝国重装隊が腕の一振りで捩じ伏せられる、足止めように張った魔力ネットも暖簾でも潜るように突き抜けてくる、おまけにこの最後方は前線ほど装備が充実していない、半ば野戦病院と司令本部を兼ね備えていたが故に押し戻せるだけの戦力がないんだ


これはまずい、本格的にまずい…自分が槍を振るって戦っても良いが、それで止められる規模ではないぞ


「ぬぅううん!!!」


「ぐぎゃぉおおおお!!??」


「ふむ、…一匹一匹が凄まじく強化されている、何より厄介になったのがこちらに見向きもしなくなったことだろうか」


一人で魔造兵の群れを切り倒すゴッドローブは汗を拭いながらやや考える、魔造兵達の行動ルーティンが変わった、奴らは人を見かければ食らいつきにかかる習性でもあるかのように執拗に人を襲っていたがトミテが街を破壊しろと命令してからはもう他の何もかもがどうでもよくなったかのように街だけを狙っている


いくら攻撃されても人間に目もくれない、門を破壊しようとなりふり構わず走り続ける、足を止めて戦ってくれないからこそ 止めるのが非常に難しいのだ


それより何より


「救護班!早く負傷者を中へ!急げ!、魔力ネットはもういい!捨て置け!」


「はい!」


「大型魔装!敵を倒そうと考えるな!障害物として一秒でも長く時間稼ぎを!左方!頭ではなくて足を狙え!」


「了解!」


現場がとにかく混乱し過ぎて手が足りてない、今アーデルトラウトとゴッドローブはたった二人だけでほぼ全方位から押し寄せる魔造兵の海を食い止めながらそれぞれ分担しながら極力無駄がないように指示を送っている


自分たちな見向きもせず一目散に、そして全力で門に向けて走る魔造兵をたった二人で食い止めるというのは至難の業だ


せめて、せめてどちらかに集中したい、だがどちらにも手は引けない…状況は最悪だ


「兵士達に動揺が走り過ぎている…、片手間の指示では収められ…」


「ぐがぁあああああ!!」


「チッ!、邪魔だ…『ラグナロク・スコルハティ』ッッ!!」


一瞬後方に意識が行っただけでその隙をついてアーデルトラウトを突破しようと魔造兵達が迫る、油断も隙もあったものではないとアーデルトラウトは汗を拭うように魔力闘法にて魔力を纏わせた一撃を放つ


ただそれだけ砂場をスコップで抉ったかのように魔造兵の群れに穴があくが…、いや こんなもの空いたとは言わない、直ぐに別の魔造兵によって穴は埋められ押し返せない


「クソっ!、どうする…ゴッドローブ!、ルードヴィヒに援護を頼むか!?」


「いや、それは無理だろうな」


無理だと ルードヴィヒへの援護を諦めるゴッドローブ、ルードヴィヒとは付き合いの長い彼だからこそ分かる、ルードヴィヒならここの状況を察知していないわけがない そして彼なら察知した瞬間にここに現れる


だが今のところルードヴィヒからアクションがない、ということは今ルードヴィヒはこちらに手を回せないくらい逼迫した状況にある可能性が高い、人類最強と呼ばれるアイツが他に手を回せないくらい追い込まれるとは考え辛いが


この戦場には羅睺十悪星がいる、何が起きるかは未知数だ


「恐らくルードヴィヒも羅睺を相手にしているのだろう、故に奴への援護は…」


そう ゴッドローブが口にした瞬間の事だった…、彼らが相手にする魔造兵の海を引き裂いて 紅の閃光が走る


「ぐぅぅががぁぁぁああああああああああ!!!!」


「むっっ!?!?」


飛んできたのは光…ではない、足先から高出力で紅の魔力を放出し 推進力としながら飛んできた人影、この場で唯一フリーの羅睺十悪星 狂天ハツイだ、奴がまるで砲弾のような勢いで飛来しゴッドローブに蹴りを加えたのだ


まさに神速の一撃、ゴッドローブでなければ全身の骨を砕かれ即座に殺されていただろう


「お前は、羅睺十悪星…!」


しかしそこはゴッドローブ、刹那の隙に振り向き大剣を盾にしてその蹴りを受け止める、だが剛力無比と呼ばれるゴッドローブでさえ その足が後ろに向かうのを止められず、ザリザリと音を立て 退かざるを得ない


ハツイ…、この場で最も行動の読めない羅睺の到来にゴッドローブの顔色が変わる


「邪魔だぁぁあああああ!!!、私はその先に用があるんだよぉぉおおお!!!」


「通すわけにはいかないと言っている!」


魔力を噴出し高速で移動を行うハツイを通すまいとゴッドローブの剛剣が何度も空を切り牽制を行う…


ゴッドローブは既に羅睺十悪星の分析を終えている、その観察眼で奴等の力を確認して彼が出した答えはひとつ


羅睺十悪星は確かにかなり弱体化している…だが、それでもその一人一人が第三段階到達者とほぼ同格の力を持っている、つまり今この世界で最強と呼ばれる段階にいる人間達と互角なのだ


魔力覚醒程度では止められない、ゴッドローブクラスの使い手が本気を出して漸く真っ当な勝負が出来るほどの相手なのだ


「全く、デタラメな話だ…これで弱体化しているだと、本当に魔女様と互角だったのだな」


「ぅがぁぁああああああああ!!!」


ゴッドローブの頬に冷や汗が垂れる、ハツイが恐ろしいのではない 今ハツイがこの場に来てしまった以上ゴッドローブは全力でハツイの相手をしなければならない、それはつまりアーデルトラウトと共にかかって漸く完遂できる仕事から 自分は手を引かなくてはいけないということ


この絶妙に保たれ、なんとか回避してきた最悪の状況…その均衡が崩れてしまったのだ


「くっ!、…『タイムストッパー』!!」


敵を止めると共に無数の斬撃を放ち魔造兵の海に叩きつけるアーデルトラウトの顔色は晴れない


ゴッドローブがハツイの相手をしている以上アーデルトラウトは全力で魔造兵の相手をしなければならない、もう背後への指揮は出来ない…


「くッそ!、極・魔力覚醒を使うか?…いや私の覚醒はあまり効果的じゃないし、どうするか」


アーデルトラウトの覚醒は一対一で絶大な効果を発揮するタイプだ、こうも敵が多くてはあんまり意味はないかもしれない…、だが今のままでは何処かで限界が来る あまりにも手が足りなさ過ぎる


「くそっ!、大型魔装が底を尽きそうだ!」


「援軍は来ないのか!このままでは防衛が突破されて…」


「道を開けてくれ!負傷者がいるんだ!」


兵士達もパニックの坩堝の中にいる、戦線の再構築どころの話ではないが手が出せない!


せめて、戦闘か指揮…どちらかを任せられる人間がもう一人いる、瓦解しかけた戦線を取り戻すにはそれしか…



「何やってんだいアーデルトラウト!!」


「ッ!?、マグダレーナ師団長…!」


響く声 轟く叱咤、思わず視線を門の方に向ければ 皇都に続く門の中から現れる老婆が杖をつきながら声を張り上げている


マグダレーナ師団長…いや元師団長だ、数ヶ月前老齢と怪我を理由に退役した老将が皇都より出てきたのだ、危険だから中に避難していろと言っていたのにだ


「マグダレーナ元師団長!、ここは危険です!避難を!」


「バカ言うんじゃないよ!、避難?避難ってのは安全な場所に逃げることを言うってのも知らないのかい!、このままじゃあ皇都も安全じゃないからこうして出てきたんだろうに!」


「ですが…!」


「いいから前見な!、老いさらばえても頭までは逝っちゃいないよ!、ここの指揮は私が取る!、あんたはなんも考えず前見てな!得意だろう!」


「マグダレーナ元師団長…」


老いてその力は失われた、だがそれでもこの苦境を前に未だ滾るのは軍人の血潮、息子の不甲斐ない体たらくと己の情けなさに一度は折ったこの心、最後に一度だけ立ち上がらせるならばここ以外無いと吼えるマグダレーナは杖を地面に打ち付け


「みっともなく慌てんじゃないよひよっ子共!、ここの指揮は私が取る!全員私の指示に従って敵を皆殺しにするんだよ!」


「お…おお、マグダレーナ師団長!」


「マグダレーナ師団長が指揮を取ってくれるなら…!」


マグダレーナが杖を指揮棒代わりに振るえばそれだけで兵士は安堵する、未だにマグダレーナのカリスマ性に陰りはない


老齢に至ってよりは前線に出ることも少なくなり、その辣腕を振るうのも久しい今この時、されどそれでもこの老兵に出来ることがあると言うのなら、命を懸けて最後の最後まで血潮を燃やすべきだろう


それこそが、マグダレーナという 生涯を軍役に捧げた女が出来る、最後の恩返しなのだから


そう、これが…これこそ伝説と呼ばれた女の最後の戦場だ



…………………………………………………………………………


「戦線を下げる!、全員門の付近まで撤退しな!、まさかと思うが怪我人押しのけて逃げるような臆病者はいないね!元気な奴は盾になりな!」


「了解!」


「あんたらそんなどデカイ魔装抱えて何するつもりだい!、その辺に捨てな!敵がそれで躓けば御の字さね!」


「はい!マグダレーナさん!」


「下り終えたら魔術筒で前線部隊に報告!援護射撃しろってケツ叩きな!、他の奴らはとっとと輸送用転移魔装の展開!床に敷いて落とし穴にしな!、あんた達の目的は敵を倒すことじゃない!、出来る限り長くこの場を持たせること!」


杖を指揮棒にして命令を出すマグダレーナの指揮は的確かつ迅速だ、これでもかつては筆頭将軍を務めた軍部の頂点だった女だ、指揮だの司令だのはお手の物


それより何よりアーデルトラウト達が指揮をするよりも兵士たちの速度が著しく速く、瞬く間に戦線の再構築が進んでいく、これもマグダレーナの手腕故だ


なに、特別なことは特にしていない、ただ彼女は背筋を伸ばして堂々と指揮をしているだけ、ただそれだけで部下ってのは安心するものだと彼女は知っているのだ


所詮指揮官の仕事なんて部下を安心させて存分に働かせることだけ、そして何かあったら責任を取る、それだけなのだ、それを理解しているからこそ彼女は将軍になれたし 今なお現役同然の力を保つことが出来るのだ


「ゴッドローブ!もう少し敵を巻き込んで戦いな!、あんただけサボるんじゃないよ!」


「また難題を…、ですが恩師の頼みなら断れますまい」


「ぐがぁぁあああああああ!!!」


荒れ狂うハツイと戦うゴッドローブはマグダレーナの指揮を受け、なるべく周りの敵を巻き込み数を減らすようにして戦う、ゴッドローブがまだ新米だった頃戦い方を彼に叩き込んだのはマグダレーナ自身だ


あいつはいつも八十点の答えしか出せない半端者だったが、その実力は一級品…それを腐らせておくのは惜しいのだ


「アーデルトラウト!撃ち漏らしはこっちでやる!、だからアンタは思い切り戦いな!」


「ええ、マグダレーナ元師団長…お任せを!」


既に防衛戦線の再構築は終わっている、負傷者は皇都内部に後退させたしデルセクトが持ち寄った大砲だの何だのを引っ張り出して迎撃姿勢は整っている、ならもうアーデルトラウトだけに負荷を強いる必要性はない


あの子は才能の塊だ、今はまだ拙いところがあるが きっと後十年もすればルードヴィヒよりも頼りになる子になるだろう、そんな未来ある子をこんなところで使い潰すわけにはいかない


「ぐぎゅぉおおおおおおおお!!!」


「うっ、こっち来た!」


「慌てんじゃないよ!足を狙えな足を!、アンタら今まで訓練してきてんだろ!祖国守るための訓練を!今力を見せないでいつ見せるんだい!」


「り 了解!」


「引き付ける必要はないよ!、とにかく打ちまくりな!」


乱れ飛ぶ銃撃では魔造兵は倒せない、だがいい 足だけを狙えばそれだけで機動力は半減、そしてノロマになったところを砲撃で確実に潰す、アーデルトラウトが頑張ってくれているから数も多くない


何より


「やり易いったらないねぇ…、こんな簡単な仕事で給料貰えるなんて、ラッキーだよアンタら」


敵にはどうやら脳みそがないらしい、行動は一つ 前進のみ、そりゃあ門めがけて一直線に走るやつを食い止めるのは難しいかもしれないが、その門で待ち構えてりゃやりたい放題もいいところだよ、何せ敵はあっちから勝手に来てくれるんだから


何より、行動パターンが分かっているから落とし穴も機能する、輸送用魔装で作った落とし穴、これがまぁ効くのなんので次々落ちていく、落ちた先は最前線…そっちで殺してもらいな


「行け!撃て撃て!、俺達がここを守るんだ!」


「なんだい、やれば出来るじゃないかい、流石は魔女大国を守る軍人達だ…こんな老兵なんか出る幕はないねぇ」


混乱した戦線を元に戻せば、ある程度の防御力は手に入る…敵は強くともこちらも強い、なら一方的にやられることはない


ホッと一息つくマグダレーナは静かに戦場を見守る、途方も無い違和感を感じながら…


(私はこんなところで、なにをしてるのかねぇ…)


本当なら、私が先陣を切ってるべきなのに


本当なら、最前線で指揮を執ってるべきなのに


本当なら、誰よりも勇敢に戦い 誰よりも傷つくべきなのに


今、私は軍団の一番奥で臨時のケツ持ちをしている、それも兵士たちを前に出して偉そうに後ろから指示を出すだけ…私が一番嫌いな指揮官の在り方じゃ無いかい


でも、それでも…


「歳はとりたく無いね」


今の私の手に剣は重すぎる、足は前に出ないし、腰は痛い、昔ほど舌も回らない…


若い頃の私が今の私を見たら『役立たずの老人は要らないから家にでも帰ってろ』と冷たく言い放っただろうな…、私はなんて冷たい人間なのか…こんなんだから息子が道を踏み外していることにさえ気がつかないのだ


嫌だね…、なにが将軍様だよ…本当に


「しょぼくれてんな、マグのババア」


「あん?、なんだいあんた…デニーロ、私がババアならアンタは辛気臭いジジイだろうが」


「違いねぇな、だはは けどお前のそういう顔は見たくなかったな」


私の心情を察したのか、珍しく声をかけてくれるのはアルクカースのデニーロ…私と同じで昔アルクカース最強と呼ばれた大戦士だ


昔はそりゃあもう勇猛かつ向こう見ずで知られ、何度も何度も私に喧嘩ふっかけて来たあの男も、今やその筋肉を失い 気だるそうに腰を摩り、髭を撫でている…こいつも歳を取ったな


「ほほほ、そうですよマグダレーナ…、貴方にそんな顔は似合いませんよ」


「フンッ、貧相なババアがいると思ったら お前マグダレーナか、醜く歳をとったな!」


「ああ?、何だい…まさかカルステンとゲオルグかい?、おいおいよしてくれよ、まるで老人の溜まり場じゃ無いかい」


次々と寄ってくるジジイ二人、こいつらも昔の知り合いだ…オライオン最強の神将カルステンとそれを補佐する神槍のゲオルグ、昔はこいつらも私から世界最強の座を奪おうと何度も勝負を仕掛けて来たウザい奴らだ


とはいえ、カルステンは昔の熱烈さを失い、ゲオルグに至っては嫌味なジジイに成り果てている、時ってのは残酷だとつぐつぐ思い知らされるよ


「おやおや、皆さんここにいたのデースね、懐かしいメンツが揃ってマース」


「は?、アンタ誰だよ」


そしてなにやら知らないジジイも寄ってくる、奇抜な黄色い鎧にヘンテコに伸ばしな髭、歩く都度プピプピ音を鳴らすまるでピエロみたいなジジイが昔馴染みみたいな顔して話しかけてくるんだから腹が立つ


私ぁこんなやつ知らないよの冷たい目を向けると、ピエロジジイは慌てて手を振り…


「わ 私デース…い いや、私だよマグダレーナ…元エトワール騎士団団長の」


「プルチネッラかい…!」


絶句する、あのエトワール史上最高の美男子と呼ばれたあの男が…今こんな風になってるのかい!?、昔は歯の浮くようなセリフを吐きながら何回も私に求婚して来て…わ 私も柄にもなく『いいな』と思ってた男の老後が…こんな……


なんか、ショックだよ…これならこいつと顔を合わせず死んだほうがマシだった


「アンタなにやってんだい、昔のキザな態度はどうした」


「この歳になってあれは少しキツイかなと…」


「だからってそんなピエロみたいなキャラでやるのはどうなんだい…」


「そ それよりも!、…君は随分 アンニュイな顔で戦場を見るんだね」


「…ふん」


ここにいる四人で、かつては魔女世界を守護する『魔女四本剣』と呼ばれたのももう久しい話だ、デニーロもカルステンもプルチネッラもみんな老いぼれだ、私ももうババアだ


昔なら、そう思わない場面がない程に…今この戦場に立てないのが憎らしいよ


「まだ戦いたいのか、マグダレーナ」


「それはアンタもだろ、デニーロ」


「まぁな…、だがもう自分の武器も持てないくらい老いたからな…」


「カルステンもプルチネッラも、みんなも私と同じだろ?、だから未練がましくここまで来たんだ」


「………………」


老いぼれは家にいればいい、なのに態々ここについて来たのは 少しでも何かの役に立ちたかったから、役になんか立てるわけないと理解しているのにね…間抜けな話だ


皆、惨めにも一番奥に隠れてこうして戦場を羨ましそうに見つめる…そんな有様に余計情けなくなる


すると


「マグダレーナ…」


またも、ジジイが寄ってくる、この情けない老人集団の中で一番情けない奴がね…


「先程の話は考えていただけましたか?」


現れたのは魔術王 ヴォルフガング、帝国の魔術局の頂点に立ち本来は生産エリアから出てこないこいつもまた今回の戦場に姿を見せていた、私と同じでこいつももう戦えないだろうが…


それでも、私にこいつは提案を持ちかけて来た、まぁ ありえない提案だけどね


「ありえないね、アンタの話なんか聞く気もない」


「そうですか?、ですが」


「見てみな、アンタが何かをするまでもなく若い連中は上手くやっている」


見遣る戦場には、ひよっ子だとも思ってた連中が汗水垂らしながら戦っている、だというのに老人が何かする必要はないんだ


「アーデルトラウトもゴッドローブもルードヴィヒもよくやっている、なのにアンタがそこに水を差すつもりかい?」


「…それもそうですね、いえ やらないに越したことはないのです」


「そうさ、…もう私達は必要ないんだ」


魔女四本剣は錆びついた、錆つき刃毀れした剣はもう二度と輝かない、それは私もデニーロもカルステンもプルチネッラも理解している、だから 無茶なことしないでここで大人しくしてるんだ


…だからよぉヴォルフガング、アンタも余計な事言わないでくれよ


「分かりました、では…私は帝国に戻りましょう」


「ああそうしな、他のジジイ共もどっか散りな!観戦してんじゃないよ!」


「へいへい、分かったよ…んじゃあ俺も奥の方に引っ込んで…」


そう、デニーロ達を追い払おうとした瞬間の事だった…、戦場の全てが一転したのは…




「ぐぅっ!?」


響き渡る鈍い音、同時にゴッドローブの大剣がへし折れ 大地に突き刺さる


「っ!?何事だい!」


視界の奥、魔造兵の群れの中で戦っていたはずのゴッドローブが…将軍ゴッドローブが崩れ落ちるように膝をつくのが見える


その軍服は弾けるように破けており、流れる血流は彼の傷の深さを物語り…その敗北を知らしめていた


負けたのだ、ゴッドローブが…羅睺十悪星ハツイに…


いや、違う 負けたのは


「ほう、丈夫なものだな」


「そんな重厚な剣でよく戦ったもんだ」


「ぐぅぅぅうううう!!」


ハツイと一緒に別の奴らがいる、あれは…前線にいたはずの聖人ホトオリと剣鬼スバル!?、あいつらの相手は魔女大国の最高戦力クラスが務めているはず、まさか…


「負けたのか…!、あの子達が!」


スバルの相手はタリアテッレとマリアニールが、ホトオリの相手は神将達が務めていたはずだ、それがここにいると言うことは その最高戦力達が敗北したことを意味する


いや、無理もないか…!こいつら全員第三段階クラスだ、タリアテッレやマリアニールはともかく、第二段階に至ってない神将達では相手もならないだろう


「っ!、マリアニールが負けたと…信じられん…!」


「神将達を打ち破ってここまで来たってのか…、あの野郎…!」


特にプルチネッラやカルステンはショックだろう、自分の後継者たる存在が敗れここまでの進軍を許してしまっただから…下手すりゃ死んでる可能性もある彼女達の心配をすると同時に、全員が察する


「おいマグダレーナ、これやばいんじゃないのか」


「言われなくても分かってるよ!、…うるさいジジイだね…!」


状況は最悪、こちら側の主力を半分も削られた上で皇都目前に敵の主力だ、これが戦争ならとっとと白旗あげちまった方が速いくらい絶望的な状況


おまけに今ゴッドローブがやられてまともに戦える戦力がアーデルトラウトだけになっちまった、ただでさえ魔造兵に手を取られてるのに…ここに来て羅睺十悪星が三人も


どうする、どうすればいい…何をどうすればひっくり返せる!


「マグダレーナ…やはり」


「喧しい!魔術ジジイは黙ってろ!」


この期に及んでグヂグヂ言うヴォルフガングの言葉を跳ね除ける、受け入れられるか お前の言葉なんて!


「ふむ、…トミテは何やら手を焼いているようだな」



「おいお前ら!絶対手を出すなよ!こいつはこの素晴らしく偉大な僕様の相手だ!」


「へぇ!、存外堂々としてんのな!お前ェッ!」


フリードリヒは相変わらずトミテに掛り切りだ、いや トミテの実力は見たところ他の羅睺から見ても頭一つ飛び抜けている、そんな奴を一人で押さえ込んでいるんだから大金星もいいところ…だが


「そうか、じゃあ俺達で踏み込むか…あの城に」


「ああ、お前達 そこを退け…もう勝敗は決した筈だ」


「ぐぅぅうううう、ぎゃはははははははは!ようやく!ようやくか!」


「チッ…」


迫る、羅睺十悪星…こちらの銃撃など物ともせず、自分たちと共に歩み寄る魔造兵さえも邪魔とばかりに消し飛ばし、一つ また一つと近寄ってくる、止められない 今のこの戦力では


「ど どうしましょう、マグダレーナ師団長」


「…おい、デニーロのジジイ カルステン プルチネッラ」


「あん?なんだ」


「なんですかな?」


「…まぁ、言わんとすることは分かるが、聞こう」


「アンタら、…まだこの世に未練はあるかい」


最早どうすることもできない、抗うことも 覆すことも、当然諦めることも…


ならばあとは死兵となって戦うまで、今いる若い命を前に出すよりも…まずは先に老いぼれが死ななくちゃいけない、そう言う順番なんだからね


そう問いかけると、老いぼれ共は歯を見せ笑い


「あるわけねぇな、戦場で死ねるなら本望だ」


「…ええ、どの道あとは死を待つのみ、ならば最後に一戦交えるのも悪くはない」


「フンッ!、もうこれしかないなら悩む必要などあるまい!」


「愚問だよマグダレーナ、私達は全員士官したその時より死を覚悟し、今日まで偶々死にぞこなっただけなんだから」


「そうかい…、ほんと馬鹿な世代だよね、なら…行くかい!!」


杖を手に前へ立つ、防衛戦線をさらに守るように、戦地に降り立つのは


帝国筆頭将軍マグダレーナ


討滅戦士団団長デニーロ


教国打神将カルステン


神槍ゲオルグ


エトワール美麗騎士団団長プルチネッラ


彼らがもし、同じ戦場に立ったなら…敵同士ならば最悪の戦いになり、味方同士ならまさしく夢の共闘とまで呼ばれた伝説の戦士達が同時に並び立つ


されどそれももう五十年も前の話、今はもう痩せ細り 現役の力の一割もない枯れ枝のような老人達、今の最高戦力達と比べれば足元にも及ばないような老人になった彼らだが、それでも…臆病者にまでなった覚えはないのだ


「待ちな!、先に進みたきゃこの老いぼれ殺してからにしな!」


「なんだこのバアさん、あとはもうこんなのしか残ってないのか」


マグダレーナが前に立てば、やや煩わしそうに眉を顰める剣鬼スバル、こっちから見りゃそっちのが大ジジイだと言いたいが…向こうはバリバリ全盛期、こちらは文字通りババアなのだから仕方ない


「ジジイだからって甘く見んじゃねぇぞ…!」


「我等魔女四本剣…、死するまで戦う覚悟だ」


「若いのには負けられないって奴だねぇ」



「煩わしい…」


「そう言うなスバル、…あの手の老人は馬鹿にできない、聖女ザウラクがそうだった、若い芽を残す為屹立する枯れ枝は時として巨木に勝る」


うざったいとばかりに首の裏を掻き毟るスバルとは対照的にホトオリは油断のカケラもない、かつてホトオリの首輪を握っていた原始の聖女ザウラクもまた老婆でありながら絶大な力を秘めていた


そんな彼女が、最後の最後に見せた煌めき…まだ若い魔女達を逃がす為シリウスとホトオリの二人を前にして半日以上持ちこたえるという偉業を成していなければ、きっと世界はもう滅んでいただろうと ホトオリは断言できる


あの時シリウスは確実に油断していた、『こんな老婆なんぞチョチョイのじゃ!』と驕り高ぶり、結果 治癒も困難になる程の重傷を負わされ彼女の活動が半年も停止したのだ、油断したから彼女は痛い目を見た


だかりこそ、ホトオリは油断しない…命を燃やして戦う存在に、年齢は関係ない


「油断なく潰させてもらう、悪く思うなよ」


「…………ギィ〜〜〜〜〜〜〜…」


「相手が誰でも関係ないか、斬るだけだから」



「…いやだねぇほんと」


相対したマグダレーナはただそれだけで悟る、こいつらには勝てないと


ホトオリの肉体性、スバルの技量の高さ、ハツイの異常性


どいつもこいつもマグダレーナの長い人生で見てきた何よりも凄まじい、どいつもこいつも弱体化した状態で帝国将軍と同格なんだからやってられない…


おまけにこっちは同じ弱体化とはいえ度合いが違う、もう武器もろくに持てないってのにさ…まぁ、それでも戦うんだがね


だって私は、神鳥マグダレーナなのだから


「行くよ!あんたら!」


「応!!!」


裂帛の気合、彼女達の人生で何度かした出したことのない本気の踏み込みは 既に老齢であるにも関わらず常軌を逸した段階にある、大地を砕き 一筋の線を引く勢いで羅睺十悪星に組みかかる魔女四本剣達


「ほう、やはりやるか」


「ナメてんじゃねぇよ!、死人はくたばってな!!!」


握る杖は剛力で軋み、剣の如く振り払われホトオリの頭蓋を狙う、数ヶ月前まで全師団長最強を名乗っていたのだ、老いて衰退してもマグダレーナは決して弱くはない…だが


「惜しいな、全盛期であったならどれほどだったか」


「ッ…!」


容易い…あまりにも容易くホトオリによって杖は受け止められる、このようなものホトオリにとっては児戯にも等しいとばかりに片手で杖を捕らえたホトオリは片手で拳を作り マグダレーナの枯れ枝のような体を


「ナメんじゃないって…」


「はっ!?」


刹那、ホトオリの視界が遮られる、一瞬にして杖を捨てたマグダレーナが顔に自らの外套をぶつけ 一瞬だけ視界を塞いだのだ、どれだけの強者も目で見ることに変わりはない、故に流れるような動作で目潰しをすると共にホトオリの屈強な体を回るように駆け上がるマグダレーナは、布で覆われたその頭に向けて…


「言ってんだろうが!!」


鋭い蹴りを見舞う、なけなしの魔力を噴射し加速させ 鋼鉄仕込みの靴を鞭のように振るいホトオリのこめかみを撃ち抜くように蹴り抜けば、それと共にマグダレーナの靴が炸裂する


これもまた魔装の一つ、魔力をほとんど失い本来の魔術が使えなくなったマグダレーナはその身につける殆どの物品を小型の魔装に置き換え戦術として利用しているのだ


そこから発せられる一撃は確かなもので、布に覆われたホトオリの頭がぐらりと揺れる…が、ダメだ まだ不足だ そう経験から察した彼女は咄嗟に袖を引っ張り


「ッ!大人しくしな!」


袖から飛び出るのは鉄糸だ、それも帝国謹製の特殊鋼糸…超重量級の魔装を縛り上げるのに用いられるその糸を一瞬にしてホトオリの首に巻きつけ、気道を塞ぐ


「っ…!!」


ホトオリの肩に乗り、両手で全力で糸を引き首を縛り上げる…このまま窒息させてやると 確たる意思のままに


しかし、それでもホトオリの動きは止まらない、緩やかに肩に乗ったマグダレーナに手を伸ばし…


「『天雷魔装』起動!!」


「ッッ!?!?」


その瞬間鉄糸に電流が流れる、袖の奥に隠し持った発電魔装から放たれる電撃がホトオリの首を焼き始める、対電性の高い黒革の手袋をギリギリと鳴らし このまま首を焼き切ってやろうと更に力を込める


「早く死にな、この老いぼれと一緒で良けりゃ死んでやるからよ!」


「っ…っ…!」


あのホトオリが声すら発せられないほどの剛力で締め上げ、全力で糸を引くマグダレーナはもうこの命が尽きても良いと覚悟さえ示す、こいつをここで殺せるとは思っていない…だが少しでも手傷を、老いぼれて歳を取っても自分は将軍にまで上り詰めた女なのだから


そのくらいの仕事は…


「流石だな、老婆とは侮れない」


「なっ!!??」


刹那、鉄糸から溢れる電撃を更に上回る熱がホトオリの体から発せられる、まるで熱発したかのような急激な温度上昇に耐えきれず鉄糸が切れ 顔を隠していた外套も焼け散り マグダレーナの鋼鉄仕込みの靴もまた赤熱する


ホトオリが突如として熱を放ち始めたのだ、詠唱もなく ただ軽く体を震わせただけでまるで火の中に突っ込んだ鉄のように灼熱を纏い全てを焼き消したのだ


冗談じゃない というのが率直な感想だ、最早人間業じゃない こんな事が出来る人間がかつては往々と闊歩していたという事自体驚きだ


ましてや、これほどの超常の力を持つ人間が 世界に牙を向いている事自体にも…


「言ったはずだ、容赦はしないと」


「ぐっ!?」


刹那、糸を失いバランスを崩したマグダレーナの体を掴む灼熱の腕はマグダレーナの肉を焼きながらその首を掴み地面へと叩きつける、燃立つ炎のような腕を押し付けたまま意趣返しとばかりに地面に押し付けその首を圧し折ろうと力を込めるホトオリの顔が影を帯びる


「くっ…ご…の!」


首をへし折られそうになりながらも胸元から伸びる紐を引っ張れば、服の奥に仕込んでいた魔装が発動し 胸元の服を突き破りいくつもの光線が放たれる、奥の手の光槍魔装の起動


それは体を密着させるホトオリの胸を貫き穿つため煌めくように飛ぶ…だが


「無駄だ…、その道具では私は殺せない」


まるで、当たり前のことのように 岩の上に落ちた水滴のように光の槍がホトオリの肉に弾かれ霧散する、見れば先程電流と共に締め上げた首には火傷の跡さえも見られない、なんなら先程の神将達との戦いの跡さえ見受けられない


なんて頑健さだい、鉄でも食って育ったのか…こいつ!


「これも救済だ、滅びゆく世界からのな…」


「ぅ…ぐっ」


もう打つ手なしとみたホトオリは更に力を込める、それと同時に薄れ行く意識 失い始める酸素、この私がまるで歯が立たないとは…


援護を求めるように視線を動かす、他のメンツはどうなのかと…しかし


「口ほどにもない、その程度か」


「ぐっ…くそ…」


「老いましたね…」



「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!」


「怪物が…」


「情けない…なんと情けないことか」


皆既に大地に倒れ伏している、私と同じく何も通用せず…いやそもそも打つ手もなく、太刀打ちも出来ず敗北したのだ


屈強なデニーロが、不屈のカルステンが、卓越したプルチネッラが、達人のゲオルグが、全員が倒れ伏している…誰もがその技を失い 力を失い 真っ当に戦うこともできず、情けなく地面に倒されているんだ


呆気ない、これが魔女四本剣と呼ばれた者達の戦いか…、雑魚もいいところだよ、こんなあっという間にやられるなんてね


「老いてなお戦おうとするその心意気は、私は買おう…、だが相手と年齢が悪かったな」


「…ッ…」


情けをかけるように囁くホトオリの言葉が、なによりも気に食わない…


年齢が悪かった、それが一番言われたくない言葉だった、そりゃ老いたよ 弱くなったよ 技も力も失ったよ、だけど…私たちがそれでも戦いを挑んだのは老いを理由に戦いを避けたくなかったからなんだ


年老いて、あとは死ぬのを待つだけで、もう戦えないから後ろの方に寄せられて…、そんな終わりを迎えるのが嫌だったからなんだ


言い訳をしたくなかったからなんだよ、自分の人生に!ここまで歩いてきた歴史が ただの衰退の道のりであったと!認めたくなかったからなんだよ!


だから…だから私は………『アレ』も受け入れなかった…


「後は私が済ませる、ハツイ スバル 先に行け」


「ん、わかったよ…」


「ぐぎゃぁぁあああああああ!!!!待っていろ!待っていろ待っていろ待っていろエリス!エリスエリスエリス!!!」


老いぼれの始末くらい自分でつけられるとばかりに私の首を押さえつけるホトオリは、仲間達に先に行くよう指示をする…そんな指示さえ待たずハツイが今城門を守る兵士たちを蹴散らし、その門へと突っ込んでいくのが見える


やばい、止めなきゃ…そんな思考さえも叶うことなく、ハツイの一撃は今皇都の門を崩し…


「ぅがぁぁああああああああああああああ!!!!!、来たぞ!来たぞ来たぞ来たぞ!私が!私がぁぁぁぁああああああ!!!」


「あー、ハツイの奴先に行って…まぁいいか、あの城にシリウスの腕があるんだったな、取ってくるよ」


「く…くそ、ま…ちな…」


踏み込まれる、皇都に…情けない、なんて情けない!敵に守りを突破されてそれを見送ることしかできないなんて屈辱は人生で初めてのことだ


こんなにも惨めに手を伸ばしたのは初めてだ、こんなにも無力感を感じたのは初めてだ


こんなにも悔しいのに、こんなにも苦しいのに、今の私には何も出来ない…何も


「さぁ、まずはお前からだ…死ぬがいい、老戦士」


「ぐっ…ぅぐぅぅぅ…!」


私には、何も出来ないまま 何も変えられないまま、首が軋む音を上げ 命を刈り取られるようにその腕に力が込められる


これで終わるのか、これが終わりなのか、負けて死ぬことを嫌がったつもりはないが…まさか、一番負けちゃあならんところで負けるなんて、最悪だ


…弱い奴には、何も選べない……、そんな言葉を思い出す


言ったのは、他でもない私だ、息子 ループレヒトに対して教え込むようにそう言い続けてきた、弱い奴は好きな道を選べない いつも強い奴が選んだ道とは別の道を行かなくてはいけない、好きに生きるには強くなるしかない…そう教えてきた


結果的にその教育は間違いだったわけだが、私は今もその理屈が間違いであるとは思っていない


結局弱い奴は選べないのだ、選べないから私は奴等に道を譲ってしまったのだ


老いたから弱くなったのではない、初めから私という人間はその程度だったのだろう


こいつらを相手に道を選べない私は、最初からわがままなんて言えなかったのかもしれないな


…そうだ、道は選べないのだ……


「終わりだ…!」


「ッ……」


刹那、私の首に手をかけたホトオリの腕が一層隆起し、この痩せ細った老婆の首をポッキリと折ろうと力を込めて……




「待てやテメェ!!!」


「ぐっ!?」


走る銀の閃光、それは蛇のようにホトオリの首に巻きつき、あの頑強なホトオリの体を浮かせるほどの勢いで強く引かれる


いや違う、アレは…銀の鎖?鎖が飛んできてホトオリの首を…


「お前…!、まだ動けたか!」


「神将ナメんじゃねぇぞ!あのくらいで負けると思ってんのかよ!!!」


「ローデ!、お前!」


カルステンが叫ぶ、中頃から引き千切られた銀の鎖を伸ばしホトオリの首を絡めとりその圧倒的膂力で私から引き剥がそうと吼えるシスターの名を、いや 神将ローデの名を


ローデだ、ホトオリと戦って敗れた筈のローデが全身血塗れの満身創痍の姿で、鬼のように吠えながら鎖を引く、あんな状態で…ホトオリを追ってきたのか!?


「ローデだけじゃない!、ブラストストレート!」


「チッ!、お前もか…」


ローデに追従するように銃弾を超える速度で鉄球を放つトリトンもまた今にも倒れそうな傷を引きずって、レンズの割れた眼鏡をぶら下げて現れる、彼の歩いてきたであろう道には夥しい量の血の線が引かれている事から 彼が今どういう状態か伺え…


「あたい達は神将なんだよ!!!、殺されても死なねえ!負けても負けられねえ!、御大将から預かったこの土地を守るのがあたい達の使命なんだよォッ!!!」


「ぐっ!?」


迫る鉄球を受け止めたホトオリの隙を見逃さず、閃光の如き速度で大地を滑ってきたベンテシュキメが自らの鮮血を撒き散らしながら炎剣を振るいホトオリの胴を打つ


全員が全員今この瞬間死んでもおかしくないほどの傷を背負いながらもホトオリを逃すまいと食らいついて来たのだ、…私はなんと愚かなことを考えたのだろうか、彼女達が負けた?…違うだろ、軍人なら 最後まで諦めず食らいついて当然


何を弱気になっていたのだ



「切斬のペイザイヌッ!!」


轟く金属音、剣と剣が鍔を競り合う火花が舞い散り夜闇を照らす、まだ諦めていないのはベンテシュキメ達だけではない、護国を志す者全員が まだ諦めていないのだ


「よう史上最強!、さっきは一本取られたけどさ!…もう一回付き合ってもらえるか!?」


「我々はまだ負けたつもりはありませんよ…!スバル!」


「しつこい…!」


スバルの足止めを行うように二人掛かりで斬りかかるタリアテッレとマリアニールもまた、音速を超える勢いでこちらに駆けつけスバルへの再戦を申し込む、二人の体に深々と刻まれた太刀跡が彼女達が如何にして斬り伏せられたかを物語る


その実力差は明白だったろう、だがそれでも…プライドを捨てて、道を選ばず 再びここに来て、命尽きるまで戦おうと頑張っているのだ


あんなにも若い子達がだ…!


「ゲホッ…ゲホッ、うぅ…お前達」


ホトオリの注意は私から神将に移っている、私はもう脅威でもなんでもないようだ…そりゃそうか、こんな老いぼれ一人よりも未だに復讐に燃える神将達の方が遥かに恐ろしいだろう


「何度やっても同じとは言わん、だが先程と同じなら 結果も同じだぞ」


「さっきと同じかは試してみやがれ!!!」



「さっきよりも動きが落ちてるぞ、お前達」


「うっせぇ!、そっから先にゃあ私ちゃんの可愛い弟がいんだよ!行かせてたまるか!!」


「ええ、私の娘…いいえ、かけがえのない友の娘の下には決して行かせません!!」


全力で全霊で、命懸けで捨て身で、羅睺達に食らいつき 血塗れで戦う若き戦士達…


なんと、強いのか…あの子達は、出来るならこんな老いぼれが邪魔をしたくない、だが…だが同時に見てしまったのだ


彼女達の選ばぬプライドを前に、私もまた…選ばぬ覚悟を


そうだとも、弱い奴は道を選べないのだ…なら、こんなプライドも矜持も 持っている場合じゃないだろう、マグダレーナ!


あんな若い奴らが血と汗を振り絞って戦ってんだ!テメェが寝てていい理由はねぇ!、次に寝る時は死ぬ時!、そうだろう…?なぁ!


「ぐっ、ぅぐぅぅぉぉおおおおお!!!」


立ち上がる、負けて叩きのめされみっともなく倒れる体を持ち上げて、立ち上がる…


この命は軍に捧げた、全ては帝国の栄光のために…、ならばこの魂の底までも


持って行け!これが老兵に出来る最後の──────



「ヴォルフガング!!、まだ居るんだろう!!話がある!!!」


……………………………………………………………………


「戦況がヤベェな、腐肉の壺が作用したのに羅睺を止められねぇ」


ラグナが焦りを見せながら縁の下に広がる景色を見て冷や汗を流す、いやラグナだけじゃない エリス達もみんなその表情に焦りを見せる


ラグナの提案した策は見事に成功した、いや ガイランドさん達が成功させてくれた、お陰で魔造兵の脅威はほぼなくなったと言ってもいい、後は時間が経てば魔造兵の群れも消滅するだろう


だが、まだ脅威が残っている…、羅睺十悪星だ


「嘘だろ、タリア姉がやられるとか…どんだけ強えんだよ、アイツら」


「ベンちゃん…みんな…!」


各地で羅睺を打ち果たそうと魔女大国最強戦力達が奮戦している、が…羅睺の強さは最早別格の域にある、戦いを挑んだのはタリアテッレさん達やベンテシュキメさん達もその力の前に倒れ 敗北したのだ


他の羅睺達の強さも異常な程で、並大抵の人達ではそもそも相手にもならない、帝国の師団長達や討滅戦士団でさえ手も足も出ない程なんだ…、今のエリス達が戦っても勝てるかどうか怪しいレベルだ


今羅睺と互角に戦えているのはクレアさん ベオセルクさんくらいだ、いや二人もかなり怪しい…というか意地で持たせている状態だ


グロリアーナさんだけは終始圧倒しているが、それでも他に気を回せる余裕はない


…完全に想定外の実力、羅睺と人類の差がここまで酷いものとは思わなかった


「…今、からでも!」


ネレイドさんが口を開く、彼女の目には門の目の前で必死にホトオリ相手に食らいつく様が見えている、あのホトオリを相手に何度打ちのめされても立ち上がるその様が…なんとも酷なことにネレイドさんから丸見えなのだ


「助けに行くべきだよ…ラグナ!」


「………………」


ネレイドの言葉に何も返せないラグナ、ここで出ろとは決して言えない…羅睺と戦えば後に何も残らない勢いで戦わねば勝てないだろう、そうなってはシリウスとは戦えない…あるいはシリウスの狙いはそこにあるかもしれないのだから


けど、じゃあ出るなと言えるかと言うと言えない、目の前で友達が傷つけられるのを黙って見てろと言える彼じゃないから


「待て、ネレイド…羅睺の進軍に今連合全体が動き始めている、魔造兵の始末をも終わり始めている…もう少し耐えろ」


「でも、メルク…」


そういう時代わりに汚れ役じみたことを言ってくれるのはメルクさんだ、もう少し待て 様子を見ようと、それを受け入れないネレイドさんではない…が


厳しいな、かなり辛そうだ…、ネレイドさんの気質から言って今この状況を黙って見続けるのは耐え難い苦痛と言ってもいい、いやネレイドさんに限らない エリスたちみんな辛い


それでも、シリウスの出現を待たねばならないのだ、エリス達はシリウスを相手に命を燃やさねばならないのだ


「…シリウス、現れませんね」


メグさんが呟く、もういっそ今この瞬間現れてくれた方が楽なのに… そう言いたげな瞳で


「羅睺があのレベルってことは、少なく見積もってもシリウスはそれ以上だよな…」


「弱気になるなアマルト、我等なら行けるさ」


「僕達だって頑張ってきましたから、大丈夫ですよアマルトさん」


「あはは…慰められちゃったよ」


自分の剣の師匠でもあるタリアテッレさんが切り倒される瞬間を見た時からアマルトさんはやや弱気だ、世界最強たるタリアテッレさんが挑む立場として今スバルと斬り合っている場面は彼にとってもやや受け入れがたいものなのかもしれない


「ラグナ…、ちょっとこの後のこと話し合わない?」


「この後のこと?」


「うん、シリウスが現れない場合…このままじゃ私達がここで待ち続けるのも難しいと思うから」


「…それもそうだな」


そしてアルクカースの大王とオライオンの将軍は今の戦況を鑑みてひょっとすると作戦の軌道修正がいるかもしれないと話し合いを始める


動揺が走っている、魔女の弟子達の中で…ショックとパニックが広がっている


そんな光景を見て思うのは…、『転がされている』という感覚


(…揺さぶられている、シリウスに…)


シリウスが未だに姿を見せないのは単純にエリス達の精神をすり減らせるためだ、親しい間柄の人間が傷つくのを見せて苦しめる為、ただそれだけのためだろう…でなきゃシリウスは羅睺と一緒に攻め込んできていてもおかしくないから


だとすると心底趣味が悪いか…、戦闘と言うものに恐ろしく慣れているかのどっちか…いや両方か


今既にエリス達とシリウスの我慢比べが始まっており、その我慢比べにエリス達は負けつつある…と言うことだ


「ねぇねぇ、ちょっといい?」


「ん?、なんですか?デティ」


ふと、エリスの裾を引っ張るデティの声に視線を逸らせば、何やら神妙な面持ちで袖の中に何かを隠している様が見える…どうしたのだろうか


「んー、いや やっぱり渡しておきたいものがあるなって」


「渡しておきたいもの?」


「うん、いやぁね?色々考えてもやっぱりこれは貴方に預けておくべきかなってさ」


そう言いながら彼女が袖から取り出すのは…


「ポーション?」


ポーションだ、それも見たことないくらいに色の濃いポーション まるで翡翠のような液体が詰められた瓶をエリスに手渡してくるのだ


ポーションというのは色が濃ければ濃いほどに効果が強いとされている、故に市販のポーションと師匠の作ったポーションではガラスと厚紙くらい透明度が違う


そして今、手渡されているポーションは…エリスが知る中で最も濃い、つまり師匠の作るポーションよりも濃い代物だ


「これは?」


「うん、これね?スピカ先生が作った一級ポーションだよ、普段作るポーションよりも更に強力に作って置いてある言ってみればアジメクの至宝に近い代物…、スピカ先生が作った他のポーションは全部前線に持って行ってもらったけど…これだけは私が持っていようかなって」


スピカ様の作った一級品のポーション、そりゃ凄い代物だ…スピカ様のポーション作りの腕は師匠を上回る物、世界最高の腕前なんだ


これほどのものを作りには時間も手間も素材も膨大に必要だ、魔女様とは言えおいそれとは作れないまさしくアジメクの至宝…それが今エリスの手の中にある


「どうして、これを託すのですか?」


「本当はやばくなったらこれを使おうかと思ってたけど、ほら?私立場的に一番後ろで治癒魔術をぶっ放すヒーラー係だから私が持っててもあんまり意味がないんだよね、ポーション使うくらいなら自分で治すし」


「確かに…」


「だからこれはエリスちゃんが持ってて、エリスちゃんはレグルス様のポーションを使って何度も戦ってきてるでしょ?、だから使い時は私よりもよく理解していると思う」


だから…これをエリスに渡すと言うのか、そりゃエリスもポーションを使って何度か勝ってきたけれど、いいのかな


これ…つまりエリス達の切り札に等しい存在だよ


「いい?よく聞いて…、これは一度だけ一人だけの命を助けることができる私達のジョーカーカード、絶対使い時を見誤らないでね?ってプレッシャーをかけちゃうくらいの存在だから…大切に使って」


「…ええ、分かりました」


「まぁ大体の傷は私が治すから、思いっきり全力で存分に戦ってね」


「はい、そのつもりです」


そう感じれば、このポーションがとても重たく感じる、一度だけ一人だけの命を助けられる手札…か、出来ればこれを使う場面には遭遇したくないものだ


だが実際必要になるだろう、だからエリスはポーションをポーチの中に厳重にしまい込む、咄嗟にに出せるように…


「…確かに受け取りました、デティ」


「うん、お願いね」


そう エリスがポーションをポーチに保管した、その瞬間の事であった




「ぅぐがぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」


「ッッ!?!?、やべぇ!なんかこっちに来る!」


アマルトさんが叫ぶ、何かが来ると それと共に凄まじい魔力と気配が場を一気に飲み込み、悍ましい叫び声が轟くのだ


眼下には街を一気に駆け抜け砂埃を立てながら疾走する一つの影が…あれは


「羅睺十悪星!?」


羅睺十悪星の一人 狂天のハツイ、赤黒い髪とズタボロのローブを身に纏った怪物みたいな見た目の女が、まるで獲物を狙う獅子のように四足で地面を切り裂き一直線にこちらに向かって来ている


防衛が突破されたのだ、門が破壊され 皇都の中に踏み込まれたのだ


まずい、皇都の中には人がいない…誰もあれを止める人間がいない、つまり 奴が目指す皇都には…!戦力が…!


「そこかぁぁぁあああああああああ!!!!」


「って、こっちに上がって…!?」


大通りを駆け抜け白亜の城の壁面を駆け上がり、一目散に向かってくるのはこちら側…つまり、奴の目的は…!!


「見つけたぞ…、見つけたぞ!!!!!!!!」


「ギャー!!来たーー!!??」


「構えろ!ネレイド!エリス!」


「はい!」


「こいつ…!!」


一気に展望台まで駆け上がり飛び上がりエリス達を眼下に収めたハツイはこれ以上ないくらいの狂気的な笑みを浮かべ、牙を剥き出しに ヨダレを垂らし 垢まみれの顔と手を晒し


その全身から凄まじい量の魔力を放つのだ…その規模は


(こ これが羅睺十悪星!?、ヤバい…エリス達全員でかかってなんとか倒せるかどうかじゃないか!?これ!)


絶大…その一言に尽きる、本来の力を失ってこのレベルか!?マジで魔女大国最高戦力クラス以上だよ!、こんなのが一人でもマレフィカルムにいたら世界の均衡が崩れることが容易に想像できるほどに羅睺十悪星の…ハツイの力は凄まじく


「見つけたぞ!!!!!!!!エリスッッッッッ!!!!!」


「え?」


思わず名前を叫ばれ反応してしまう、え?エリスの名前呼んだ?


いやいや違うよ、こいつはハツイ…話にも聞いている、ハツイはエリス姫のことを求めて常にその名を叫んでいる異常者だってアルクトゥルス様も言っていただろう、だからきっとこのエリスってのも本当はエリス姫のことだ、エリスの名前を聞いてエリス姫と勘違いしてここまで飛んできたに違いない





……いや、本当にそうか?、おかしくないか?いや絶対におかしいよ


だって、ハツイが現れるまでエリスの名前を呼んだ人間は誰もいない、なのに何故エリスを見てエリスだと分かったんだ…?、そもそもエリスとエリス姫は似ても似つかぬ見た目をしているらしいのに…何故


「エリスぅぅぅうううううう!!!!」


「エリス姫はここにはいませんよ!、八千年前の人間なんですから!」


そうナリアさんが叫ぶもハツイは御構い無しだ、…やはりこいつ…エリス姫を求めて叫んでいるんじゃない、こいつが求めてるエリスって…もしかして


「ようやく会えたな…!、エリス…エリスぅぁぁぁああああああ!!!!!」


古のエリス姫ではなくエリスの…このエリスの事か!?


会ったこともない人間に向けられる怒りと憎悪、八千年前を生きた筈の 接点がない筈のハツイから発せられる恨みは確実にエリスに向けられたものだった、他の誰でもない ずっと追い求めた仇敵を見つけた瞳をギロリと向けるハツイの不可解さに理解不能な恐怖を感じ思わず動きが止まる


その一瞬の隙をつき、ハツイはエリス達のいる展望台の縁に立ち、牙を露わにする


「シリウスも…魔女も、最早全てがどうでもいい!!私から全てを奪ったお前を殺す為…私は現世に蘇ったのだ…!」


「お おい、エリス…こいつお前に言ってないか?、お前こいつと知り合いなのか?何したんだよ…」


「知りませんよ!、エリス…こいつと初めて会いましたから!」


アマルトさんが言うのだ、何をしたのかと されど答えられるわけがない、何をしたも何もこいつと初めて会ったのだ、この場で初めて…何をどうしようもない


しかし


「なに…!?、なにを言っているんだエリス、私だ!異常な記憶力を持つお前なら覚えている筈だ!」


信じられないとばかりに両手を広げるハツイは覚えているだろうと叫ぶ、しかし覚えは当然ながらない、けど…エリスの記憶力のことを知っている?


「憎いだろう!憎い筈だ!、私はお前の兄を殺した女だぞ!」


「いやそもそもエリスに兄はいませんが…」


「は?あれ?…え?、…おかしい、おかしいおかしいおかしいおかしい!!!何故恐怖しない!何故驚愕しない!何故私を覚えていない!何故誰も私を覚えていない!、ラグナ!メルクリウス!アマルト!デティフローア!メグ!サトゥルナリア!ネレイド!誰も私を覚えていないのか!?」


「こ…こいつ、俺たちの名前まで…!?」


エリスだけじゃない、魔女の弟子全員の名前を把握している…?、何故八千年前から蘇ったこいつがエリス達の名前を知っているんだ、なにがどうなったらそうなるんだ


「あのー、この中で八千年前から生きている人って…います?」


「いるわけねぇだろ…、どうなってんだ…これは」


「うぐ…ぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!!!、あんまりだ…こんなの…これじゃあなにも意味がない、これじゃあ復讐の意味を成さない…私は…なんのために、こんな姿にまで成り果てて…!ぅがぁぁあああああああ!!!」


分からない、ハツイという人間のことがなにも分からない、だというのにハツイはエリス達の事を知っている…八千年前に生まれ八千年前に死んだ筈の人間がエリス達全員のことを知っている、その異常さと不可解さが蜷局を巻くように場を支配する


ただ一人、全てを知る狂天ハツイは頭を掻き毟り あんまりだと泣き咽ぶ、しかし…


「ああああぁぁ……、いや…だがいいか、お前達が私の復讐の対象であることに変わりはない、エリスは殺さねばならない事に変わりは無い、あの時の約束を果たす時が来た事に…変わりもない」


パッと色が変わるように泣き止むと、再びその身に深紅の魔力を沸き立たせ 長く伸びきった爪を鋭く構え…


「復讐の時間だッッッ!!!」


「っっ!?」


咆哮と共に放たれる魔力の波に全員が押し飛ばされそうになる、もうだめだ 戦闘は避けられない、シリウスを前にエリス達は消耗させられる、またシリウスとの戦いを前に消耗させられる…オライオンの時と同じだ


だがもう逃げられない、やるしかない、戦える戦力はもうエリス達以外いない…ハツイを止められる戦力はもうどこにいないのだ


グロリアーナさん クレアさん ベオセルクさんは最前線で戦っている


タリアテッレさん マリアニールさん ベンテシキュメさん達は門の前で戦っている


ルードヴィヒさんも他の将軍達も手一杯だ


もう、ここに助けに来れる人間は何処にも居ない…!


(やるしかないのか…)


最早これまでと、エリスもラグナも みんなも覚悟を決めてハツイとの戦闘に備えた


その瞬間、ハツイの背後に 新たなる影が走る


「ッああ!?」


咄嗟にハツイが背後を向く、迫る脅威に顔色を変えて…しかし、そんな羅睺たる彼女の行動さえも無に帰す程の速度で飛んできた影は動き


「その子達に手出しはさせいって言ってんだろ!」


「ぐげぇっ!!??」


ハツイの姿が消えた…それと同時に街中に轟音と共に土煙が上がる、蹴り飛ばしたのだ あのハツイを、化け物の如き力を秘めた狂人をただの一撃で遥か彼方まで易々と


魔女大国の最高戦力達でさえ難渋する相手を、こうもあっさりと退場させる…そんなことができる戦力がこちら側には何人といない、ましてや当の最高戦力達は今全員手が離せない状況にある…


そのはずなのに、今 エリス達の前にはそれを成し遂げた人間がいるのだ、そいつはハツイと入れ替わるように縁に立ち


「なんとか間に合ったようだね、ギリギリセーフ…ってところか」


女だ…女軍人だ、靡かせるのは金色の髪、肩のあたりまで伸ばされた髪が風と共に踊り、碧眼は月光を反射し強く輝く…、何より目を引くのはその軍服


あれは間違いなく帝国軍人の纏う軍服、しかしおかしいぞ…こんな人は帝国軍には居なかった筈、師団長にも将軍にもこんな人はいなかった…とすると、帝国の秘密兵器か何かか?


そうメグさんに視線を向けると、彼女も知らないとばかりに首を横に振る…


「無事かい、ガキども」


「え…ええ」


「ならよかった、あのイカれ女の相手は私がする、あんた達はそこで待機…その前にメグ、帝国の倉庫からいくつか取り出して欲しいものが」


「ちょ!ちょっと待ってください!、貴方誰ですか!?、私は貴方のことを知りません…帝国軍全員の顔を知る私がです!、…一体何処の誰なのですか」


またも知らない人間から名前を呼ばれもう何が何やらという様子でメグさんが声を上げると、金髪の女軍人はやや面倒そうに髪をかきあげ…


「帝国の将軍筆頭だよ…まぁ 元だがね」


「元…まさか、貴方は…」


「ああ、私は元帝国筆頭将軍にして 元帝国第十師団 団長…」


エリス達は彼女を知っている、エリス達は彼女に会っている、けれど エリス達が知っているよりも、幾分…いや 凄まじく若々しい姿となった彼女は、記憶にあるそれよりも何倍も屈強で、何倍も麗しく、失われてる筈の力を見せつけるように彼女は手でコートの裾を払い 答える


「神鳥のマグダレーナだ、ちょっと間だけど…戦線に復帰するよ」


かつて、この世界において 最強を名乗った人物が、全盛期の姿を取り戻し エリス達の前に現れたのだ


その名もマグダレーナ・ハルピュイア…帝国最強の英雄の名だ



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