301.魔女の弟子と最終決戦
『作戦の内容はこうだ!』
ラグナの口頭にて始まった作戦内容が脳裏に反響する
『今日の夜、シリウス率いる魔獣軍団がこの皇都に訪れる、みんなの役目はそれを皇都内部に入れずに決着まで持ちこたえる事、皇都の外周に配置された軍団諸君は他国の兵士たちと連携を取り 一秒でもいいから時間を稼いでくれ』
この戦いはシリウスと世界の戦いだ、他に訪れる雑魚どもをどれだけ倒しても戦いの趨勢に影響はない、だが守りを突破されればそこに付け入られる、だからそんな隙を見せず決着まで持ちこたえることが この軍団の必要最低限の役目
決着がどれだけ時間がかかるかわからない、もしかしたら夜明けまで戦うことになるかもしれない、確かなことは言えないが それでもやってもらわねば世界が終わる
そんな戦いに際して、一応策は用意してあるにはある、それは
『そして、皇都の西部に敢えて守りの薄い点を作った…昨日俺が伝達した人員はそこに向かい敵を引きつける役目を担ってくれ、キツイ戦いだとは思うが…ここには俺が信頼に足ると思った人間だけを配置する、その力を発揮すれば大丈夫のはずだ』
穴の防衛を任される人間は凡そ数千人…他から数万人から数十万人で守っている事を鑑みてもかなりの手薄さだ、それを違和感なく配置しかつ目につく位置にその守りの穴を作り出した、シリウス達ならこれに気がつきここに攻め入ってくるだろうことはこちらも予想できる、だから奴らが十分踏み込んだ瞬間皇都を守る軍を展開し挟み込むのがこの戦いの真髄となる
『そして、全てが上手くいき包囲が完了し次第、大型魔装や第三世代型錬金兵装を用いて相手の数を削っていく、俺達が終わらせるまでそこに押しとどめてくれ』
既に大型魔装や秘密兵器である第三世代型錬金兵装は作戦が成就した時動かせるようにしてあるし、それ以外の多数の兵器兵装も全部準備万端…、大砲から矢筒まで全部込められるだけ物を込めてある
武器は用意した、人も用意した、策も用意した、後はその時が来るまで待つだけ…
『戦いが始まり次第、まず一番最初になんとかしたいのは敵の魔女級戦力…そちらは魔女様達にお任せします、なるべく迅速に戦場から引き剥がしてください』
『魔女の弟子達は白亜の城にてシリウスが姿を見せるその時まで待機、見つかり次第護衛をつけて一気にシリウスの元まで駆け抜ける』
『他の者達は俺達が決着をつけるまで耐えて抜いてくれ、どれだけかかるかは分からない、だか確実に俺達は勝つ』
『ここで、全ての戦いに決着をつける!、夜は明けるためにある!故に勝って拝むぞ!明日の朝日を!!!』
戦闘を目前に控え持ち場につく兵士達に向けられた総指揮官ラグナの最後の激励に奮い立つ七大国の兵士達 合計一千二百三十万、それは一日かけて全員が持ち場につき、皇都の守りを固めた時点で…
夜が来た、シリウスが口にした約束の時…決戦の夜が
「……日が沈んだな」
皇都防衛戦線南部、シリウスが陣取る彩絨毯に最も近い地点に作られた臨時テント…その内部にて外を伺う眼帯の軍人が完全に地平の彼方に消えた陽光を見て呟く、遂に来たと
「ルードヴィヒ…、私達はいつでも…」
「帝国での借りはいつでも返せるぞ」
「アーデルトラウト、ゴッドローブ…ああ 今回は君達にも最初から前線に出てもらうつもりだ」
臨時テント…いや、皇都防衛戦線司令本部にて卓を背にするルードヴィヒは、脇に待機する二人の将軍アーデルトラウトとゴッドローブに指示を出す、今回は最初から将軍を導入して敵を弾き返す、腐肉の壺を成立させる為にも敵には『ここから攻めてもダメだ』と思わせなければならないからな
「うう、緊張してきましたぞ…」
「全くですな、我が浅学ぶりが恨めしい」
「大丈夫!、始まったらもう何を思う必要もないからね!!!」
ルードヴィヒ同様司令本部にて構える三人の軍師、サイラス デズモンド ガニメデの三方をチラリとルードヴィヒは一つの瞳で見据える、彼らは一応この軍団の参謀にしてラグナより司令官の座を賜ったルードヴィヒの補佐官だ
まだ若く経験も浅いが、実力はある…彼らならば立派にこの戦いでも役に立つだろう、何よりあのラグナが選んだ男達だ…立派にやり遂げるだろう
「ルードヴィヒ殿…、貴方の目から見て戦況はどう映りますかな」
するとモノクルをつけた軍師 サイラスが問うてくる、戦況はどう映る?と…まだ戦いが始まってもいないのに聞いてくるのは彼が慌てているからではない
サイラスの目にはもう戦いが始まっているように見えているのだ、互いに軍を構えた時点で戦争は始まっている、そこに気が行くとは…なるほど ラグナの右腕は伊達ではないか
「そうだな、先程斥候から連絡があった…彩絨毯に集まっていた魔造兵が皇都を取り囲んでいると、予定を早めたせいで三百万という数を揃えられなかったようではあるが…かなりの数だ、今も増加している」
「ということは、やはり敵は…」
「ああ、やはり敵は戦力に物を言わせてゴリ押すつもりらしい、皇都のこの守りを見ても行けると踏むだけの戦力が…今のシリウスにはあるようだ」
「魔獣軍団ですからな…、死んでも増やせる兵士とは なんと反則な」
「我々の目的は敵の全滅ではないから良い、気にすることはない」
敵の戦力はどこまでいっても未知数だが、もう恐れる段階は既に超えている、あとは成るように成るだけだ
「ルードヴィヒ、私達の助けは必要かい?」
「ん?」
助けはいるか、そう尋ねてくるのは杖をついた老婆…元アガスティヤ最強のマグダレーナた、三ヶ月前まで現役であったにも関わらず 一線を退いてからというものみるみるうちに老けていき、もうかつての力の一端すらも見出せなくなった彼女が助けはいるかと聞いてくるんだ
「いや、必要ありませんな」
「そうかい、あんたは正直だねぇ」
だが事実を伝える、今のマグダレーナでは戦力になり得ない…すると、マグダレーナに追従するように数人の老人達が寄り集まってくる、彼らは…
「悔しいなぁ、あと十数年遅く産まれてりゃ この大戦にも参加出来たのによぉ」
「全くですね、こんな大事件を前に傍観しか出来ないとは…老いとはなんとも悲しいものです」
「まぁ〜、若手が育ってるのは嬉しいことでーす、それはそれとして悔しくはありまーすが」
アルクカースのデニーロ、オライオンのカルステン、エトワールのプルチネッラ、かつてマグダレーナと並び魔女四本剣と讃えられた前世代の世界最強達が揃い踏み、悔しそうに歯噛みする
ルードヴィヒが子供の頃は、彼らが世界の頂点に立ち魔女の剣としてその圧倒的な世界を守ってきたのだ、だがそれはもう若い頃の話…今は老いて衰えて力を失いこの戦いを前にしても剣の一つも持てないほどに弱体化した
若き日の彼らなら、或いは最高の戦力として戦えたのだろうが…それを今言っても仕方ないことだ
「皆様は奥へ、後は我らが片付けます」
「悔しいねぇ…、まぁ何かあったらこの老いぼれの命一つ 投げ打つ覚悟はあるからね」
何が出来るかは分からないが、かつて最強と呼ばれた者達の誇りは未だに胸にある、そう言い残し魔女四本剣は後の事をこの世代に任せて皇都の奥へと引き返していく…
さて、この世代を率いる者に選ばれた責任を、私も果たすとしよう…私の時代にこうして大敵が現れてくれたことに関しやろしながら
「ルードヴィヒ将軍!先程斥候から!」
その瞬間、テントの中に踏み込んでくる帝国兵が血相を変えて外を指差す、何を報告に来たか…聞くまでもなくルードヴィヒは慌てて外へと飛び出すと
「来たか…!」
遂に、それが現れたのだ
遥か彼方、薄っすら光り始めた星光を背に…丘の上に立つ人影は、あまりにも遠くにいると言うのに肌で感じ取れるほどの存在感を現しながら、その影は紅の瞳を輝かせ屹立する
『ぬははははは、なんじゃあなんじゃあ…たーった一日で随分様変わりしたではないか』
シリウスだ…いや、魔女レグルスの姿をしたシリウスだ、帝国で見た時同様恐ろしい迄に残虐な魔力を漂わせてたった一人でこちらを見下ろしている
シリウスが姿を現した、しかし動く気にはなれない…あれが虚像だろう事は容易に見抜ける、恐らくはエリス達を炙り出すために姿を晒したフリをしているのだろう
殊の外小狡い手を使う…だが、エリス達とてあれが幻惑魔術であることくらいは見抜くだろうな
『ふんふん、見たところ他の魔女大国の主戦力が一堂に会しているの見える、大した戦力じゃのう…まぁワシを相手にするならそのくらい揃えて当然じゃが、まさかお前らそれで勝った気になっとらんよな』
身の毛がよだつ、まるでシリウスを中心に突風が吹き荒れ平原が波を立てたような錯覚を覚えるほどに シリウスの重圧が一千万を超える大軍勢を襲う、この数 この戦力を前にしてそれすら霞むほどの気迫を飛ばせるとは…
『当然じゃがワシも今回は本気じゃ、帝国のように オライオンのように逃げたり隠れたりはもうせん、くだらん下策ももう不要じゃ、ここらで決着をつけようではないか世界よ、お前達が滅びるか…ワシが滅びるかの二者択一の決戦を前に、一つだけお前達に良い事を教えてやろう』
大地が揺れる、シリウスの魔力に世界が震える、未だ完全な復活を遂げていないにも関わらず万物を震撼させる力を徐々に肉体から引き出すシリウスは両手を広げ…こう叫ぶ
『ワシは不滅じゃ!!!!』
ぎゃはははははははと何もかもを嘲るようにシリウスが霞となって消えると共に、丘の…いや地平線の標高が一段高くなる
アジメクの果てまで見通せそうななだらかな平原が突如として一段高くなったのだ、まるで大地がせり上がったかのような、いや違う…大地がせり上がったのではない
「来たか…!」
「ま 魔獣の群れ!?、見た事ない魔獣があんなにも!」
魔獣の群れが現れたのだ、大地を埋め尽くす程の大軍勢が突如として現れ、こちらに向かって進軍を始めてきたのだ…つまり
「開戦か」
シリウスの言う、エリス達の言う、世界の命運をかけた魔女時代の歴史上最大の戦いの幕が切って落とされたのだった
……………………………………………………
「ぐぎゃぁああああ!!」
大地を疾駆する爪、悍ましい咆哮を響かせる牙、宵闇に紛れるような漆黒の肌に毛はなく、それどころか目も鼻も存在しない、凡そ生物が必要とする器官を持ち合わせない数メートルの大きさの大魔獣が四足で駆け抜ける
その怪物に名はない、彼らは神が生み出した存在ではないが故に名を持たない、されど彼らの創造者はこう呼んだ…、『魔造兵』と
「がぁぁあぁああああ!!」
これは神に挑んだ一人の魔術師が呆気なくその座に手を掛けてしまった際弾みで生まれた人工生命体である、『さしものワシも生命体の創造は無理じゃろ…』と淡い期待と共に魔術によって作られた彼らはこの神が作り出した世界に於ける異物である
自然の生命体に迎合され、一種の生態系としてこの世に君臨した魔獣とは完全に別の存在、何せ彼らには生物が必要とする心も魂も持ち合わせていないのだから…、ただただ生命体として必要な要項全てにチェックをしただけの必要最低限の物しか持っていない
故に感情がない、心がない、頭もない
だから恐れない、躊躇しない、止まらない 止められない
八千年前 地表を覆い尽くした魔造兵アンノウンが再び創造者の後押しを受け世界に再臨し、一目散に皇都の壁へと迫る
目的はただ一つ、あの壁を破壊し 城の奥にある創造者の一部を回収する事、その間にある物は全て破壊してよし…そんな単純な母の言いつけを守りアンノウンは大地に爪を突き刺し風のように走り抜ける
「あ あいつら!早え!」
迎え撃つは皇都の守りを任された一千万の軍勢、いの一番に声をあげたのは皇都防衛のためアジメクより直々に雇われた冒険者アルベルだ、多額の依頼料を貰い ホイホイついてきた彼らは作戦の内容を伝えられた際…当初こう思った
『魔獣退治なら自分達の得意分野だ』と
冒険達は元来魔獣退治を生業として生きる者、国軍に所属する兵士達よりも魔獣を相手にした回数は何倍も多い、何よりアルベルは既にこの道十年のベテラン冒険者だ、非魔女国家に赴き何度も魔獣を相手にしたことがある
故に此度の戦いでも、一翼を担う活躍が出来ると踏んでいた…だが
「なんだよあの魔獣…!、いやあれ魔獣なのか!?」
襲いかかってきた魔獣はアルベルの知るどの魔獣にも該当しない骨格と風貌を持っていた、魔獣に詳しい仲間が必死に図鑑を捲るも何処にも記述がない
そうこうしている間に魔造兵はアルベル達の守る地点にあっという間に肉薄する、地平の彼方にいたと言うのに驚く暇もなく接近を許してしまった
「ごぉおぉぉおおおお…!!」
「ぉ…おおお!?!?、でけぇ…」
アルベル達障害物を前にした魔造兵は移動から戦闘行動へと移行し、ゆっくりと水が逆さに垂れるように立ち上がり、その巨大な五体をアルベルに見せつける
目もなく鼻もなく、ただただ筋骨隆々の黒い肉体に鋭い爪と牙が煌めいている、こんな気色の悪い魔獣を見たことがない…というより
この大きさ、この身体能力、…世に出ていれば間違いなくBランク以上は確実、冒険者が大挙してかかるべきそれがこんなにもたくさん…!
「ボーッとしないで!アルベル!」
「ハッ!?、ぐぅっ!!」
「ぐぎゃぉおおおおお!!!」
刹那 仲間の叫びと共に後ろに飛べば、アルベルの立っていた地点に槍のように爪が振り下ろされ大地が砕ける、そのデタラメな腕力に一瞬竦むも…それでもアルベルが歴戦の冒険者であることに変わりはない
「この、魔獣風情が!」
次々と迫り来る魔造兵と戦闘を始める軍勢達、それに紛れてアルベルもまた相対した魔造兵を倒す為咄嗟に姿勢を入れ替え、飛ぶのような速さで魔造兵の腕や体を蹴り飛び上がると共に
「冒険者を舐めるんじゃねぇ!」
一閃…振り下ろした、魔獣の顔面目掛け鋭い剣を振り下ろしたのだ、すると魔造兵の頭はパックリと綺麗に割れて…
「ぐぎゃぁぉっ!」
「なっ!?」
一瞬も痛がる素振りを見せず割れた頭をそのまま振るい頭突きを放ってきたのだ、怯みもせず怯えもせずただただ敵を破壊することだけを考え動く魔造兵に自らの進軍を止める理由はない
例えどれだけ体を傷つけられても 彼等には痛みを感じる感覚がないが為 傷が本来持つ意味が一切機能していないのだ、だから頭を叩き切られても喉を掻き切られても一切の減速を行わない
これが、シリウスが魔造兵を重用する理由だ…
「ぐっ!、なんなんだよこいつ!」
「ぐごぉぉぉぉお……」
唸り声をあげる魔造兵、頭突きを受け大地に叩きつけられたアルベルは未だ嘗て見たことのない類の相手に混乱する、話には聞いていたがやはり生で相手にするのとは違う…、こんなおかしな奴が相手だったのか
「ぐぎゃぉお!!!」
「ぅっ!?」
頭を真っ二つにされているにも関わらず嬉々として動く魔造兵はその巨体をブルリと震わせるように腕を振るう、魔造兵内部には骨がない…故に関節もない為腕を振るえば鞭のようにしなりグニャリと形を曲げて伸びるのだ
それはまさしく初見殺し、想定していない領域まで侵犯してくる相手の腕に、ほんの一瞬反応が遅れるアルベルはその神経全てを防衛に回し咄嗟に手に持つ剣を立て飛んでくる爪を防げば、その体が腰から浮かび上がり吹き飛ばされるように転がる事になる
早く しぶとく デカく 力も強い、おまけに今の爪の軌道は確実に首めがけて飛んできていた、これはもう生物じゃない…ただ生きているだけの兵器だ、そんな正解に近い感想を抱いたアルベルは泥に塗れて床を滑り
「ぐぎゃぉおおおおおお!!」
「くっ、やべっ…」
滑った先には居る、当然ながら魔造兵が
何せこれは戦争だ、一対一の戦いではない、この場にいる全員が一対多を強いられるのが戦場、誰かが隙を見せれば誰かがそれを突くのは当然の結果、…そう 当然なのだ
吹き飛ばされ転がるアルベルの背後から魔造兵が隙を突くように大口を開けるのは当然なのだ
「う …うぉおおおおおお!!!」
最早回避は間に合わぬ、だが止められるビジョンも見えない、だから彼は叫び声をあげて剣を突き立てせめて一太刀と猛然と飛びかかり…
「奥義!戦神夢狂!」
「ごぎゃぁっ!?」
「っ!な…なんだ!?」
刹那、アルベルに食らいつこうと飛んできた魔造兵の体が大きく吹き飛ばされ、全身の関節が外れ いくつもの打撲痕を作りながら錐揉み群の奥へと消えていくのだ
それと共に流れる赤い髪が視界に揺れる、煙を放つ拳が開かれる、戦場であるにも関わらず薄着で飛んできたその女はチラリとこっちを見て
「いい根性してんね、けど無理は良くないね…援護に回んな!、ここの守りは私が任されてんだから!」
「あ…あんたは…」
「この私の顔をご存じない!?、私はホリンよホリン!アルクカースのお姫様!」
ホリン…アルクカースの姫、つまり今現在大王を務めるラグナ・アルクカースと血分けた姉、アルクカース家は代々凄まじい身体能力を持って生まれる産まれながらにしての戦士であるとの話を聞いていたアルベルは小さく頷く
このレベルが出てきているなら、或いはこちらの出る幕はないのかもしれないと
開戦前まで抱いていた自信は既に消え去り、彼は別の道を選ぶ
「ど どうするの?アルベル」
気の弱い仲間が問いかける、どうするのかと…決まっている
「援護に回る、このレベルの魔獣を単騎で相手にするのは無理だし 他の冒険者達を集めて一匹でも多く仕留める、金はもう貰っちまったんだ…ならそこに恩義はある」
金は恩義だ 冒険者にとっての生命線だ、それを先に与えてくれたアジメクには返さねばならない恩義がある、故にここで逃げ出したり恐れをなして戦いを放棄したら、もう冒険者は名乗れない
例え弱く自分が相手にならなくとも、やらなきゃいけない仕事は変わらない
「すまないホリン姫、ここは任せた!俺!少しでも多くの仲間と一緒に一匹でも多く仕留めるよ!」
「そうしな!」
それだけ言い残し消えるアルベルに、ホリンは些かながらの好感を得る、所詮冒険者は金をもらって働くだけの傭兵以下の存在と見ていたが…存外義理堅いじゃないか、ここにベオセルクがいれば冒険者に対する見方も少しは変わったかもな…なんて思いながらホリンは構える、拳を
「さて、やりますか!」
……………………………………………………………………
「おいでなすったわね!、汚ったない足で皇都の綺麗な石タイル踏めると思ったら大間違いよ!ぶっ殺す!」
迫り来る魔造兵の大群を前にして毅然として吠えるのは背に構える皇都の守護者にしてアジメク最強の騎士、十数年前突如として現れ数多くの偉業を瞬く間に成し遂げ歴代最年少にて騎士団長へと就任した友愛騎士団の団長 クレア・ウィスクムだ
何が何やら分からないうちにとんでもない敵が皇都を狙い、世界の命運を掛けた一大決戦の地にこの皇都が選ばれたことに若干の不満を抱きながらも彼女はその苛立ちをぶつけるように最前線にて黒金の剣を背負う
相手は数を数えるのも億劫になるほどの大軍勢、ただでさえ魔獣が出ないアジメクでは考えられない程の勢力…、これを相手にするのはアジメクだけでは流石にキツい、だが…
だが今はアジメクだけじゃないんだ、世界の為に戦ってくれる仲間がいる、その仲間を繋ぐ架け橋となってくれた彼女のおかげで…アジメクは孤独ではなくなった
「お前は相変わらず物騒だな…、まぁ俺としても血の気が多い方がやりやすいけどよ」
そんなクレアの隣に立ちしはアルクカース軍を率いる軍団長、大王ラグナの直属の配下達王牙戦士団の総隊長を務めるアルクカース最強の男 ベオセルク・シャルンホルスト、普段は身につけない甲冑なんて着込んで背後に精鋭を引き連れ隊長自ら前線に立つ
ここはエリスの故郷だ、エリスには恩もあるし何よりラグナにとっても特別な女だ、恋した女がどれだけ愛おしいか どれほどの犠牲を払ってでも守りたいか、それを理解しているからこそ彼は兄として そして配下としてこの場に立つ
「ふむ、中々の数ですね…やはり我々が駆けつけたのは正解だったようですね」
黄金の鎧を輝かせアジメクの大地を踏みしめるのはかつてカストリア四天王の名を轟かせていたデルセクトの最高戦力にして連合軍総司令官 グロリアーナ・オブシディアンが此度はアジメク防衛の任務に就く
エリスには大恩がある、彼女が身を呈して私に語りかけてくれたおかげで私は道を過たず敬愛する魔女様の身を救うことが出来た、彼女が居なければ今のデルセクトの繁栄はない、ならば彼女の故郷の繁栄の為 恩義を返す為…この戦いに身を投じるのは本望だとグロリアーナは久しく最前線に立つ
「ってかめっちゃ久しぶりじゃね、私ちゃんとアーにゃんとマリアっちの共闘なんてそれこそ学生時代以来じゃん、気が昂ぶるわー」
にっしっしと軍勢を前にヘラヘラ笑う彼女の名を呼ぶ時、皆決まって名前の頭にこうつける…、世界最強の剣豪 又は世界最高の料理人タリアテッレと、学生時代の友人であるグロリアーナとマリアニールと共に戦うなんて久しぶりだ
この場に訪れたのは彼女なりの恩返しのつもりだ、彼女の故郷 ヴィスペルティリオもまた目の前に迫る魔造兵アンノウンの大群に襲われ崩壊の瀬戸際に追いやられたことがある、そこを救ってくれたのがエリス達だったんだ
あの時の私ちゃんはちょいと捻くれてたから上手くお礼が出来なかったけど、その時の礼をするなら今しかないんじゃなかろうか?うんそうに決まっている
「そうですね、腕が鳴ります…あの時からどれだけ強くなったかを見せましょうか」
数多の文様が刻まれた剣と鎧を身に纏うのは悲劇の騎士、この戦いを前に昂りを見せるのはマリアニール、エトワール最強の騎士 マリアニール・トラゴーディア・モリディアーニは人一倍燃える瞳でこの戦いに挑む
エリスは私の娘だ、実質私の娘だ、私の半身たるハーメアの娘だから私の娘だ、私の娘が今故郷を守る為に戦っている、なら母が剣を取らずしてどうするよ
まぁそれ以外にもエリスには恩がありますからね、彼女達のおかげでヘレナ姫の命は救われ プロキオン様も戻ってきた、エリス達がエトワールを訪れていなければ今頃どうなっていたか…想像も出来ない
「この立ち位置さ、もしかして俺が帝国の代表として扱われている感じですかね、ラインハルトじゃダメなの?或いはほら 最近最強の師団の師団長に就任したジルビアとかさ、俺にゃあちょいと荷が重くないかなー」
マジかよ ここに揃っているのはどいつもこいつも魔女大国最強戦力として名を馳せている大人物ばかりだよ?、総司令官だったり騎士団長だったりその国の頂点に立つ人たちばかりだよ?、なのにどうだ…ここに立っているのは帝国の顔というには些か頼りなくはないだろうか
何せ俺は師団長の一人だ、三十以上もある師団のうちの一つ 第二師団団長のフリードリヒだぜ?、並べるには役不足じゃないかな?
とは文句を言いつつも、逃げるつもりは毛頭ない、エリスは今は亡きリーシャの親友だ…俺のダチだ、彼女が困っているのに手出ししませんは通らない、あの子の為なら好きじゃない本気ってのを出してもいいのかなぁと…この場に集った最高戦力達さえも凌ぐ最強の伏龍はサングラスを外し胸にかける
「文句言うなよ!、あたいだって最強戦力じゃねぇのにここに立ってんだからよ!、本当ならここには御大将が居るべきなのに。でも仕方ねぇ!、御大将の代理!立派に務めてみせるぜ!」
勇ましい掛け声を放つのは全身古傷だらけの悍ましい姿のシスター、両手に処刑剣を携え雄叫びをあげるのは四神将が一人 罰神将ベンテシキュメ・ネメアーだ、本当ならばネレイドが立つべきオライオン軍の司令官としての座を任された彼女は臆することなく他国の最強戦力達と肩を並べる
この場に来たの御大将ネレイドの為だ、あの人が戦うならあたいも戦う!それにエリスは御大将のダチだからな!御大将のダチの故郷守る為なら一肌だろうが服だろうがなんでも脱いでやるってんだよ!
「こんだけの戦力が集まってんだから!、負けなんてあり得ないからね!」
「分かってる…、俺達の名誉と誇りにかけて この場は死守するさ」
「全ての研鑽はこの日のために、最強の名を預かる者としての務めを果たしましょうか」
集まったのは七大国の戦力 一千二百三十万、それを率いるのは七人の最強、例え海のように広がる魔獣の群れといえど臆する必要はどこにもない
今ここに、魔女が死守し 一人の少女が紡いだ道が連なり、崩壊を食い止める一大戦線が完成した、この大連合の力を持ってして 今…この決戦に臨むのだ
「よっしゃぁぁああああああ!、行くわよ!全軍!ぶちかますよわよっっ!!」
「あ!おい!なんでお前が号令かけんだよ…!、まぁ。いいけどよ!」
吼えたてるクレアの大号令に従い全軍が雄叫びを上げ魔獣の群れにぶつかり合う人の津波が発生する、シリウス対魔女大国の全戦力の決戦が今始まったのだ
「うぉぉおおおおおお!いくぞぉおおお!!」
最前線に配置された兵士達は燃え上がる闘志に従い剣を片手に魔獣達に挑みかかる、奮い立つのはアジメクの友愛騎士団だ、一人で通常の兵士数十人分の戦力になると言われる精鋭たる彼らが故郷を守る為に一心不乱に魔造兵に飛びかかる
「ぐぎゃおおおおお!!」
当然迎え撃つのは魔造兵、鋭い牙と鋭い爪 顔も起伏も何もない不気味な姿をヌルリと起こして咆哮と共に爪を振るう、それは並みの冒険者では防御さえも不可能な一撃、しかし
「フッ!、アジメクの精鋭をナメるな!」
剣の一撃で爪を弾き返し、肉迫すると共に鋭い斬撃を放つ、まるで鳥が飛び上がるかのような鋭利な斬り上げは魔造兵の足を切り裂きそのバランスを崩させる…その瞬間
「今だ!かかれ!」
「うぉおおおおおおおお!!」
更に続くように飛びかかるアジメクの兵卒達は騎士の切り開いた道を通り長槍を構えて突撃し、全身全霊で突きを放ち魔造兵を切り崩していく、彼らの力では魔造兵の体を傷つけることは出来ても討ち倒すことはできない、だがそれでも少しでも時間を稼げとばかりに何十人もの力を結集し巨大な魔獣を押し返していくのだ
人間では魔獣の馬力には敵わない、だがその力を結集し知恵と勇気を総動員すれば、勝てずとも負けることはないのだ
「矢を射て!ありったけだ!、前線組が少しでも戦い易いように俺達で援護しろ!」
その背後で飛び道具を放つ兵士達は皆纏う装束が違う、アジメク兵 コルスコルピ兵 エトワール兵…皆所属は違えどこの戦いに勝利する為一切手を抜かず顔も知らぬ仲間の為に血が滲む勢いで矢を雨のように降らせるのだ
「銃士隊も続け!」
その矢に続くように一斉掃射を行うのはデルセクト兵や帝国兵だ、軍銃やカンピオーネにて射撃を行い弓とはまた違った軌道で迫り来る魔造兵達の体を貫き前線に到達する前に少しでも負傷させようと努力を尽くす
まさしく世界の戦力を総動員した大戦場、この場にいる誰もが想像だにしなかった七大国の共闘は確実に魔造兵達の進軍を食い止めている
特に、その中でも異彩を放つのが…アルクカース兵だ
「ふひゃひゃひゃ!久しぶりの戦場!久しぶりの大戦!、この時代に生まれてよかったぁぁあ!!」
「かかれかかれ!、押し倒せ!殺せぇーっ!!!」
世界最強の戦闘民族と呼ばれる彼らは嬉しそうにヨダレを垂らし魔造兵達に食らいつく、一人のアルクカース兵が鎖を投げ 魔造兵を拘束したかと思えばその腕力だけで自分よりも何十倍も大きな巨体を押し倒す
倒れた魔造兵は一瞬にして狂ったアルクカース兵に取り囲まれ、群がられるのだ
「牙折れ牙!、生意気な口しやがってこの野郎!」
「いい爪持ってんじゃねぇか!くれよ!おい!ゴラァッ!」
「テメェ誰に喧嘩売ったか分かってんのかよ獣畜生が!死にやがれ!」
まるでアリが死にかけのバッタに群がるように瞬く間にその体がアルクカース兵に覆われたかと思えば ものの数秒であの魔造兵がズタズタの肉袋にされ解放される、その徹底した破壊ぶりには最早感嘆の言葉しか出ないだろう
彼らの魔獣に対する戦闘技術の高さは一線を画している、何せ彼らの住むアルクカースは世界一魔獣が出る国とも呼ばれているんだ、彼らがまだ農村に住まう子供だった頃から魔獣狩りは行われてきた、そうしなければ生きていけなかったからだ
故に全員が知っている、魔獣と戦うときどうしたらいいか、どうやって殺せばいいかを…、魔造兵を押し返すどころか虐殺して回るアルクカース兵の勇姿を見た他国の兵士達はきっと皆こう思っているだろう
(アルクカース兵とだけは戦争したくないな…)
あれはもう人じゃない、人型の怪物だ…魔造兵よりも恐ろしい残虐性を秘めた怪物だと
「アルクカース兵に負けるな!第三世代型錬金機構発動!」
だが所詮はアルクカース兵も肉弾戦、一度に倒せる数は決まっている…故にこその兵器なのだとハチマキを締め直すのは技術大国デルセクトの特殊訓練兵、彼らはこの戦いに持ち込んだ技術の最先端 第三世代型錬金機構を発動させる
「『雷吼砲』!発射!」
彼らが動かす兵器は他のどの国でも見ない姿形をしているのだ、黄金で形作られた獅子の頭部…それを模した形の不思議な巨大砲門を起動させる、当然これは普通の大砲でもなければ通常の兵装でもない
これこそがデルセクトの第三世代型錬金機構…、デルセクト兵器開発局の若き天才により生み出された新技術 『多重連結式錬金機構』の登場により完成した第三世代型の新兵器だ
獅子の口を模した砲門は軌道と共に牙の隙間から黄金の輝きを漏れ出させる、ギリギリと引き絞るような音と共に雷吼砲と呼ばれたそれはゆっくりと輝きを収束させ…
そう、それこそ吼えるように轟音を轟かせその口より黄金の輝きを解き放つのだ、その光は真っ直ぐ魔造兵の群れへと向かって飛んで…
「──ォォオオオオオオオオ!?!?」
弾け飛ぶ、光線にも似た輝きの弾丸は魔造兵達に激突するなり雷電へと変化し、着弾地点付近の全てを稲妻の猛威に晒し焼き焦がし消し飛ばしていく…、雷の砲撃を放つ大砲 通称『雷吼砲』の威力はどう考えても通常の大砲一発分の破壊力を逸脱している、これをもし人間の防衛拠点めがけて放てばそれだけで甚大な被害を叩き出すことが出来るだろう
「よし、流石の破壊力だ…動作試験も問題なし、後はどれだけ連続して動かし続けられるかだな」
これこそがデルセクトの新たなる武器、多重連結式錬金兵装の登場により可能になった錬金機構を用いた大型兵器の存在だ
今までは軍銃一発に取り付けるのが精々だった錬金機構では大砲などの大型兵器を動かすだけのエネルギーの確保は難しかった、しかし通常の錬金機構よりも小さく かつ導線で結び付けられた多数の錬金機構が同時に機能することでその力を何倍にも増幅させることができる多重連結式ならばこの通り…人よりも大きな大砲で『Alchemic・Electricity』を放つことが出来るんだ
奇しくもライバル視する帝国のマルミドワズを浮遊させる仕組みと同じ技術体系を得たデルセクトはこれで、理論上ながらコストをかけ錬金機構を搭載すればするほど 兵器を巨大にすればするほど膨大な力を生み出すことが出来るようになった事になる
「まだまだ行くぞ!デルセクトの勇猛さを見せてやれ!」
雷吼砲は飽くまで多重連結式のテスト用に作られた兵器に過ぎない、その真価を発揮する兵器はまた別にある…、だからこそ雷吼砲は壊れる事を前提にここに持ち込んでいるんだ、ならもう出し惜しみする必要はないとばかりに数百台並べられた雷吼砲が次々と起動し、次々と魔造兵の軍団の中に雷の砲弾を放り込んでいく
「デルセクトの新兵器、思ったよりも侮れんな」
「だな、私の妹にはもっと頑張って貰わねばなるまいよ」
そんなデルセクトの猛威を遠巻きながら眺めるのは、デルセクトが目指している技術の頂点に今現在君臨する帝国軍、それを指揮する第一師団の団長ラインハルトだ
思っていたよりもデルセクトの技術革新の速度が速い、皇帝陛下と魔女様達が取り決めた『技術水準の限度設定』は最早機能していないらしい…、これは近いうちにまだ技術革新が起こるかもしれないなと関係ない事を考える頭を振って 今は目の前の戦いに専念する
「ではこれより作戦行動を開始する、現在私の指揮下には他国の兵士諸君も居るだろうが…悪いな、今は外様の私に従ってもらう」
チラリとラインハルトが見る戦力は帝国軍だけでなく複数の国の兵士達による混合部隊が形成されている、本来ならば他国のラインハルトに従う義理なんか無い連中ばかり…
だが静かに頷く彼らの視線からは不満は感じられない、今はそんな事を言ってる場合じゃ無い事を全世界の全員が理解しているから
「帝国のラインハルトっていやぁ将軍補佐ので知られる名うての軍人でしょ!、そんな人ならウチも任せられるよ!」
「この一団の指揮を取れるのは大規模作戦参加経験のある方のみ、この中で最も経験豊富なのはラインハルト殿を置いて他にいませんのでね」
「勝てればいいよ、なんでもね」
ラグナの右腕を自称するアルクカースのテオドーラ、メルクリウス直属の混成隊の隊長 デルセクトのミレニア、ベンテシキュメも認める邪教執行の副官オライオンのサリーもまた今現在はラインハルトの指揮下に入る、皆それぞれ忠義を誓った相手がいるが その忠義を誓った人物が今この戦いに全力を注いでいるのだから 彼女達もまた文句なんか言ってられないのだ
「では、行くぞ…!実力ある者は前へ!、敵の進軍を食い止めつつ大型魔装と第三世代型錬金機構にて敵の頭数を減らす!、行くぞ!」
「応!」
「なら先手は俺達が頂いた!、ブッ込んで行くぜぇーっ!!」
ラインハルトの号令に従い動き出す連合軍から突出するようにただ一人が高速で隊列から抜け出す、風を切るのはイカしたポンパドゥールと帝国軍服を改造し刻み込まれた『夜露死苦負熱我威獅魔守』の文字
特攻を是とし、特攻に行き、特攻を信条とする特攻隊長…、第三師団 超速突撃隊の団長、別名ブッコミ隊長のゲラルド・ガーゴイルが特異魔装『ジォットブーストホバー』の推進力を最大にしながらたった一人で魔造兵の群れへと突っ込んで行く
「なァッ!?、ちょ!あいつ一人で行っちゃったけど!?止めなくていいの!?帝国の人!」
「止めて止まるやつでは無い!後に続け!」
ゲラルドの特攻を前にして『死ぬ気か?』と嫌そうなものを見るサリー、されどゲラルドを知る帝国軍は顔色ひとつ変えない、ゲラルドはああやって特攻をかましていつも無事帰ってきている、戦果をこの手に握りながら
「ふぅー、風が気持ちいいゼェ…、目の前にゃあ怪物の軍勢…後ろにゃあ守らなきゃいけねぇ全部がある、ロクデナシだった俺がそんな沢山のモンを守る為に命張れる日が来るとは思わなかったぜ…、それもこれも全部皇帝陛下のおかげだぁな」
ヘッ とゲラルドは一人笑う、着々と迫る軍勢を前にして 自分を追いかけてくる味方達を背にしながら、今彼は一人だ…スピードの中一人だ、そんな一人はただ笑う…ロクデナシの自分にも出来ることがあると
真っ当な人間じゃ無い、真面目に勉強してきた奴らには敵わない、どこまで行ってもチンピラ崩れの自分が何かをするには何もかもが足りていない、だからこそ
「何かを守るためなら!命だって…テーブルに乗せてやるよ!、厄災共がぁぁぁぁああああ!!!」
鋼鉄製の槍を振り回しながら今彼は最高速に至り、一切の減速もなく魔造兵の群れにへと突っ込み…そして
「どぉぉぉぉおらっしゃあああああああ!!!」
突き抜ける、槍とジェットホバーで魔造兵を蹴散らしながら魔造兵の海を真っ二つに切り裂く、命尽きるその時まで止まるわけにはいかない、これが俺の特攻道だ!
そんな覚悟滲ませるゲラルドの突撃は一撃で魔造兵達に甚大な被害を与えながら尚も暴れまわる、それを遠目に見るサリーは
「強…アイツ、マジで神将級に強いじゃん…あんなのが帝国じゃ師団長クラスに収まってんの?、怖ぁ〜」
ゲラルドの強さはオライオンなら一軍を任されるレベルのものだ!それこそトリトンやローデと言った面々とも張り合える程…、あんなのが後三十人もいるとか帝国ハンパねぇ〜…
「まぁ?、僕も負けるつもりはないよ!」
「お?、なんかちびっ子がやる気出してるねぇー!、ならウチも真面目にやろうかなぁ!」
ゲラルドの突撃を後ろから見る連合軍もまた奮起する、目の前で命を懸けて特攻をかます漢の背中を見せられて、竦むような奴が祖国の誇りを口に出来るだろうか?、否である
「久々に行くぜ!『争心解放』!」
「ここには雪がないからね…面倒だ、自分で作らないといけないなんてね!『ブリザードパウダースノー』!」
アルクカースの特性 闘争本能の箍を外し肉体の限界を超える技 『争心解放』を用いるテオドーラ達
アジメクにはない雪を武器とするサリー達もまた続くように魔術にて周囲に雪を振りまき、その手に握られたスコップ状の槍 『鏟』を構え…
今、進軍する魔造兵に接敵を…
「『付与魔術・破砕属性付与』ッ !死ねやオラァッーーッッ!!!」
「『ホワイトアウトタイダルウェイブ』、凍えて死ねよ…魔獣共!」
破砕する、粉砕する、迫る魔造兵の群れに激突するなり一撃で粉砕し押し留めるどころか押し返す一団、振るわれるメイスの一撃は容易く魔造兵の体をジグソーのようにバラバラに吹き飛ばし、振り撒いた雪を波のように隆起させ引き起こす雪崩飲まれ吹き飛ばされる魔造兵…
一個人で魔造兵アンノウンを上回る猛者達の奮戦はこの戦いの趨勢を決定づける、魔女大連合は魔造兵の群れを上回っている
「奴らに続け!『グラオザームリーゼ』!」
そしてラインハルトもまた巨大化魔術を用いてその体躯を何十倍もの大きさに変化させ、圧倒的質量で魔造兵を蹴散らしていく
そこからはもう大混戦だ、七大国の猛者達が魔造兵に食らいつき 時に協力し時に一個人で打ちのめし打ち砕き、迫る獣の波を防ぐ防波堤として血潮を燃やす、人の生き様をそこに示す為に
「ふむ、他国の勇士達の力はやはり凄まじい…私程度ではついていくことも出来ないでしょう、恥ずかしながらデルセクト人は戦闘を得意としないので」
そんな中やや申し訳なさそうに呟くのは混成隊アマルガムの隊長ミレニアだ、隊長とは言うが実質の所は纏め役でありメルクリウスとアマルガムを繋ぐパイプにして中間管理職でしか無い彼女は戦闘技能を持ち合わせない、特技は経理と簿記…そんな彼女が剣を持っても戦うことは出来ないだろう
それは他のデルセクト兵卒も同じ事を思っている、戦えないはずのミレニア隊長が何故ここに居るのかと…
「ですが…それでもこの戦場がメルクリウス様の為にあるというのなら!、例え苦手でも戦います!、その為の力なら…着けてきたのですから!」
しかし、ミレニアが戦えないのはもう過去の話とばかりに勇ましく拳を握り武器も持たずに魔造兵に向かって突っ込んで行く、拳を掲げドタドタと走るその姿はあまりにも無様であまりにも非力、思わず他の兵士達が止めてしまいそうになるくらい今のミレニアは貧弱に見える事だろう
事実ミレニアは今までデルセクトの戦闘訓練に参加したこともないし、メルクリウスに拾われるよりも以前に至っては戦いに参加したこともない根っからのデスクワーカー…戦えるわけもないのだ
だが…その評価は全て一転する、掲げられた小さな拳が魔造兵に激突するその瞬間に ミレニアを見る兵士達の顔が青褪める
「フンッッ!!!」
「がごぉぉぉぉおおおおお!!?!!??」
吹き飛んだのだ 魔造兵の頭が、胴体から肩口まで丸々消し飛び 支えを失った頭が悲鳴をあげながら宙を舞う、まるで大砲の直撃でも受けたかのような衝撃を ミレニアの拳が放ったのだからそりゃあ評価も変わる
とても人間業には思えない、一流のアルクカース兵が付与魔術を使ってようやく出せる力をミレニアは魔術もなくただ近づいて殴るだけで実現してみせたのだ
周囲のアルクカース兵は首をかしげる、ミレニアの体にはそれを可能にする筋肉もないし体重もない、剰え魔力も差したる程ないからだ
周囲のアジメク兵はドン引く、拳一つで大砲並みの威力を叩き出すミレニアが途端に人間に見えなくなったからだ
周囲のデルセクト兵は目を剥く、ミレニア隊長があんなに強いなんて誰も知らなかったからだ、いつも戦闘はシオに任せ 自分は常にメルクリウス様の仕事の補佐に回り、一度として戦わなかった彼女が…一体いつの間にこんな力を…と
そして、帝国兵は息を呑む、彼らは知っているからだ…デルセクトに潜らせた密偵より得ていた情報からミレニアの持つ力の正体を悟っていたからだ
もし、これが想像の通りなら…恐らく、今のミレニアの力は並みの戦士なんて相手にもならない程の物だと…
「ふむ、些か出力の調整が難しいですね…、ですが 耐久力は抜群です、耐久テストはこれでよしとしますか…」
そう呟きながらミレニアは外す、深く取り付けた皮の手袋と身に纏う軍服を脱ぎ捨てその下に隠された力の正体を晒す、そこに広がるのは艶やかな玉肌ではない…鋼の肉体がそこにはあったのだ
比喩ではない、鋼のように鍛えられた肉体ではない…本当に鋼で構成された肉体がそこにはあったのだ
「第三世代型錬金兵装…『鉄人駆動』、これならばすぐにでも実用化が出来ますね」
それは鋼の肉体ではない、どちらかと言えば機械の躯体だ…、そう 今のミレニアの体は全てが機械に置き換わっているのだ
…デルセクトの兵器製造に携わっていた元五大王族の一人 ソニア・アレキサンドライトは兵器を作るという一点に関しては天才的であった、彼女が作り出した銃器諸々はデルセクトの軍事力を百年進めたと言われるほどの技術力を持っていた
そんな彼女が作り上げた銃器の数々の他に、もう一つ ソニアが着手していた計画があるのだ…、それは彼女が常に側に置いていた側近にしてメイド 鉄腕従鬼ヒルデブランドの肉体にある
ソニアが作り出した悪魔の発明、ソニアはそれをサイボーグと呼んでいた…、肉の体を鋼鉄の機械に置き換え 通常の人間を遥かに上回るパワーを獲得する人間強化術
それを今のデルセクト兵器開発局は回収していた、ソニアのサイボーグ技術を発掘し改良を加え新たなる兵器 『鉄人駆動』へと組み替えた、耐魔石の防御力 機械の推進力によるパワーに加え、内部に多重連結式錬金機構を搭載することにより いくら破壊されても錬金術で回復し 錬金術にて超人の如き力を生み出す…文字通りの鉄人を作る計画
錬金機構と一体化したメルクリウスを人工的に作り出す極秘計画こそがこの鉄人駆動なのだ
ミレニアはその第一被験者としてその技術を身に受け入れ、かつてのひ弱な自分を捨て デルセクトの守護者へと生まれ変わった
「フッ!、はぁっ!」
彼女が腕を振るえば 鋼鉄の腕は刃へと変形し魔造兵を真っ二つにし、蹴りを放てば錬金術により電撃が迸る、ロクに訓練を積んでいなくても一騎当千の戦士へと変化する鉄人駆動は第三世代型の目玉兵器とも言える
だが、その代償として受胎などの人間的な機能が一部欠落してしまう、ましてや今のミレニアは重要内臓器官と頭部以外全てを機械に置き換えている、最早人と呼べるかも怪しい状態だ…、それでも彼女の目に悔いはない
最早恒久的に戻らぬ体に未練はない、全てはメルクリウス様への忠義を示す為…
「メルクリウス様…貴方は私が守りますから…、だから!」
かつて、ミレニアがメルクリウスに拾われる前 ミレニアはとある部隊の末端として使い潰されていた、その才能を評価されず ただ身分と賄賂用の金が無いというだけで下っ端に甘んじ、ロクに能力のない人間の尻拭いと全ての仕事をただただ消費するだけの都合のいい経理係として使われていた彼女は、心労から倒れ 文字通り消耗品として使われる寸前まで行ったことがある
そんなある日、同盟のトップが突如として入れ替わり、年下の若い小娘が同盟首長になったのだ…剰えその小娘は直々にミレニアの元を訪ね、いくつかの書類を黙って手渡して来た
それを、ただの義務感で処理したところ…小娘から、同盟首長から返ってきた答えは
『お前の話は聞いている、その才能と力は今のお前の身分に見合っていない、どうだろうか…どうせ尽くすなら今の上司ではなく、私に尽くしてみないか?、私はお前を評価し相応の仕事を託そう』
最初は、ただ仕事を回してくる奴の顔が変わる程度にしか思っていなかった、だが私を秘書に据えたメルクリウスはミレニアの仕事をどこまでも正当に評価した、褒めるべきは褒め 正すところは正す、ただそれだけの当たり前の事をひたすらにミレニアに対し真摯に尽くしたのだ
そこにミレニアは光を感じた、元々この仕事は好きだったし自分に向いている事だと思ってもいた、ただそこにメルクリウスは『正当な評価』と『相応の報酬』を加えて来た…やりがいのある仕事にはそれなりのメリットを、仕事をやり遂げれば地位も与えた…仕事をすればするほど良くなる環境にミレニアは心から感じた
この人以上の上司はいないと、この人に尽くすことが仕事なのだと…、その義務感はいつしか心酔に変わり その心酔は恩義をありありと確かめさせ、この身を彼の方に捧げることも厭わない一人の殉教者に仕立て上げた
彼の方以上の支配者はいない、彼の方以上の人間はいない、彼の方こそが世界の頂点に君臨すべきだと本気で考えるミレニアは全力で仕事をこなす、敬愛するメルクリウス様のために
「貴方達魔獣よりもひ弱でも、体が小さくとも、牙や爪を持たずとも…、知恵を絞り己を鍛えることが出来るのが、人の強さですよ」
魔獣の死体の山の上に立つ鉄人は振り返る、確かにここにいる一人一人が戦えば…魔造兵は容易く人間をぶっ殺せる、だが
「抑えろ!何が何でも抑えろー!」
「殺せー!ぶっ殺せー!ヒャッハー!」
「次弾装填!急げ!」
「大型魔装第二波出撃準備!」
「治癒魔術だ!急げ!、アジメク人として一人も死なせるな!」
数々力と知恵が集結するのが戦場だ、この小さな胸には魔獣の体躯よりも大きな誇りが詰め込まれているんだ
「ぅひゃっはー!いっくぜオラァッ!」
「ふぅ、まだまだやれるよ!」
「傷ついた者は無茶をするな、私の影に隠れて治癒魔術を待て!」
「…ここには、世界の全てがあるんですよ、魔造兵の皆さん」
暴れ狂うテオドーラ、若いながらに奮戦するサリー、味方を体で守りながら敵に切り込むラインハルト、そしてそれを眺めるミレニア…我々は手を取り合い戦う、彼女達の勝利を信じて…
ええ、だから…ここは任せてくださいね、魔女の弟子の皆様
…………………………………………………………
「すげぇ大混戦…、こんな大規模な戦い見たことねぇよ」
「ああ、私もだ…ラグナ お前は?」
「見たことないさ、七大国が総出で戦うなんて歴史上始めてのことなんだ、きっと歴史上遍く回してもこの規模の戦いの目撃者は居まい」
白亜の城の最上階のテラスにて、縁に身を乗り出して眼下に見るのは魔女大連合と魔造兵の群れ…その大激突だ、両軍共に数百万を超える大戦力同士の激戦…この規模の戦いはきっと魔女時代始まって以来のものだろう
全ての人間が手を取り合い一つの困難に立ち向かっている、そんな中戦いに参加せず呑気に観戦に興じる一団は
「凄いですね、なんだかエリス…圧倒されちゃいます」
エリス達八人の魔女の弟子達だ、当初の予定通りエリス達はこのテラスにてこの戦いの元凶たるシリウスの到来を待つ、最初に開戦を合図するようにシリウスは現れたもののネレイドさん曰くあれは幻影らしい…
そして、それを受けたラグナが『彼処で姿を見せなかったということは、シリウスも何か考えがあって姿を眩ませているに違いない、用心して戦場を見回そう』と…言っていた
シリウスがどのタイミングで現れるか分からないからこそエリス達は戦いに参加するわけにはいかない、みんながどれだけ苦戦しても戦いに参加しては意味がないのだ
だから、こうしてみんなで集まって夜空広がるテラスにてジッと戦場全体を見回しているが
「シリウス出てこないですね、エリスさん…」
「はい、師匠の姿をしているからどれだけ遠くにいても分かるはずなのですが…やはり隠れているのでしょうか」
ナリアさんが双眼鏡片手に首を傾げる、既に戦場全体の確認は済ませた…その上で見つけられていないということはシリウスはまだエリス達と戦う気はないらしいな
「はぁ〜、にしても傍迷惑もいいところなんだけどぉ?、なんで!よりにもよって!アジメクなのー!アルクカースとかの方が防衛には向いてるでしょー!」
うへーんと泣き喚くのはデティだ、どうやらみんなの『皇都めちゃくちゃ守りにくいわー』的な感情を読み取ってしまったが故にプライドが傷つけられてしまっているようだ、まぁ実際守りにくい土地柄ですよね、エリスでも思いますもん
「デティ…泣かないで…、アジメク…いい国…私が保証する」
「うへーん!、ネレイド優しいよー!」
「まぁ、アジメクみたいななだらかな土地だったからこっちも大軍を敷き詰めることが出来たわけだし、結果としてはここが一番ちょうど良かった…とは言えないか、一応戦場になっちまってるわけだし」
「そうでございますね、ですが戦後の復興も帝国が受け持ちますし 何より皇都には指一本触れさせませんのでご安心を、デティフローア様」
「う…うん、なんていうかメグさんってメイドさんなのに物凄い頼りになるね…」
「実際メグさんは強いですよ、戦ったエリスだからこそ 胸を張って言えます」
「戦ったんだ、ねぇーエリスちゃん!また旅のお話聞かせてよう!、魔術筒が壊れてからの旅の内容知らないからさー」
「ええ、この戦いが終わったら存分に」
その為にもまずはシリウスを止めないと 話すべきことも話せない、…出来るならここにいる全員でこの戦いを乗り越えたいものだ
「…ふぅー、っていうかさ さっきからずっと気になってたこと言ってもいいかな」
「はい?、どうしました?ラグナ」
ふと、ラグナが縁から手を離し、何やら気になってしょうがないとばかりに頬を掻きながらチラリと目を向けるのは…
「うん、さっきからずっとアマルトからすげぇいい匂いするんだけど…」
「え?」
キョトンとラグナの視線に目を丸くするアマルトさん、スンスンと匂いを嗅げば…確かにいい匂いがする、香水とかそういう豊潤な香りではなく なんかこう…香ばしくてデリシャスな、嗅いでいるとヨダレが出る類の匂いだなぁ
気がつけば他の七人全員からの視線を浴びていることに気がついたアマルトさんは、ポンと手を打ち
「ああ、もしかしたらこれかね、…ほれ 弁当」
するとアマルトさんは持ってきていたバッグの中から包みに覆われたそこそこ大きめの箱を取り出す、その一動作だけで芳しい匂いがブワッと風に乗ってエリス達の鼻を擽る、匂いの正体はこれだ
「べ 弁当だと?」
「ああ、ここでどんだけ待つか分からねぇから、摘む物でもあればと 一応作ってきたんだよ、買い出しで食材も手に入ってたし」
「うおぉ!、アマルト!ナイス!」
「ぅわーい!、アマルトのご飯おいしーから食べたーい!」
「うん…なんか急にお腹すいてきた…」
「なら、食うか?」
ハラリと包みを解けば現れる箱の中身、こんがり焼かれたカリカリベーコンやしっとり茹で上げられたブロッコリー、新鮮なフルーツから油輝く焼き魚と色んなお料理が姿を見せる、取り留めはない…だがわかる、分かるぞこれ、この品々の凄さが
いやまぁ作り上げられた技術は言わずもがなだが、どれが誰の為に作られているか一目で分かる、これはエリス達の好物の欲張りセットだ
「悪いメグ、取り分ける用の小皿くれ」
「かしこまりました」
そうメグさんの時界門から取り出された簡素な食器にアマルトさんは迷いなく食品を取り分けていき…
「ほいラグナ、好きだろ肉」
「わーいベーコン」
「ほれデティ、ガキ舌のお前が好きそうなのだ」
「くぅ、悔しいけどいちご美味しそう…」
「メルクさんはパンが好きだったよな、少し焦げ目がつくくらいの奴」
「あ…ああ、だがよく覚えているな お前」
「お前らみんなの好物くらいすぐ覚えられるよ、ナリアは魚 ネレイドは茹で野菜 メグはまぁなんでも、んでほい エリス…お前のだ」
エリスに渡されるのはサンドイッチだ、それも学園時代エリスが絶賛したやつと同じもの…、そうだ アマルトさんは既に全員の好みを把握しているんだ
カストリア組は学園での生活で、ポルデューク組は数週間の船旅で…、全員の好みを瞬く間に把握した彼は その好み通りの物を出してくれる、これで料理が趣味とか嘘だろ、もう本業だよ
「ありがとうございます、アマルトさん」
「ん、好きでやってんだ 礼はいらないよ」
「で…でもいいんですかね、僕達だけご飯なんか食べちゃって、シリウス探さなくて…」
美味しそうな料理を前にやや申し訳な誘うなのはナリアさんだ、まぁ確かにみんな戦ってる手前自分たちだけ食事というのも気がひけるのはよく分かるが…
ベーコンを片手に立ち上がるラグナはそんなナリアさんの不安を切り裂くように、
ニッと歯を見せ笑い…
「食べながら探せばいいさ、それにエリスも言ってたろ?、デカい戦いの前だからこそ食う、俺もその意見には賛成だ、シリウスが姿を隠している目的が俺たちの揺さぶりなのだとしたらその狙い通り緊張して待つ必要性はない、ここで肩の力抜いておこうぜ」
「その通りだな、体は緊張するだけで体力を失う、ならばここで舌鼓を打つのも或いはシリウスの計画を打ち破る一手になるやもしれんしな、というわけで頂きます」
大きな戦いの前だからこそ食らう 飲む 遊ぶ、あの地獄の底でヘッドが語った言葉だ、彼の事は嫌いだが彼の思想や理論はエリスにとても合う物がある、大きな戦いの前にリラックスして決意を固めるには…やはり食事が一番なのだ
ということでエリス達は食事を取り分け終わると同時に、みんなで縁に腕を掛けて晩御飯に興ずる、量は少ないけどやっぱ美味しいね
「…ブロッコリー美味しい…」
「モチャモチャ、アマルトってお菓子作るのも上手いよね」
「まぁな、ってかメグ お前またあの香辛料かけるの?」
「はい?、ええ メグお手製スペシャルスパイシーボンバーですね、かけますよ」
ふと、メグさんの手元を見れば何やらドクロマークが書かれた真っ赤な小瓶を手にしている、あれは例の激辛香辛料だ…辛いもの好きのメグさんが独自に配合した常軌を逸した辛さの具現みたいなアレをかけようとしているんだ
まぁ、それは個人の勝手だから特に止めはしないが風上でその瓶の蓋は開けないでほしいな
「それ俺にもちょっとわけてくんねー?」
「いいですが…使うのですか?」
「後でな」
「?」
「ん、おいみんな…戦場の様子が変わったぞ」
ふと、メルクさんが眉間に眉を寄せながら指を指す、戦場の中心をだ…それが意味する事は一つ、故に弟子達もまた先程までの和気藹々とした空気を一瞬にして切り捨てその指先をなぞるように遠視の魔眼にてそちらを見る…
当然エリスもだ、もしかしたらシリウスが出たかもしれないんだから…けど、どうやら違うようだ、それは一目で分かる だが異常事態が起きているのは確かだ
「あれは…!」
迫り来る魔造兵の波の中 ポッカリと空いた穴がある、それがゆっくりと 悠々自適と歩んでくる、魔獣に囲まれながらも動じる事なく、戦場にありながら一切揺らぐことのない絶対の風格を漂わせる 計十二人の団体
数で言えば十二人、されど数百万の魔獣の群れよりも何百倍も濃厚で底冷えするような何かを漂わせるその集団に…エリスは見覚えがあった、あれは
「羅睺十悪星…!」
「スピカ先生も一緒にいるよ!」
「お母さん…」
歩み寄るのはウルキさん率いる羅睺十悪星、そしてそれに追従する友愛の魔女スピカ様と夢見の魔女リゲル様…、敵方の最大戦力達が一気に動き出したんだ
「あれが羅睺十悪星…、昨日見た時も思ったけど やっぱえげつねぇって」
「どいつもこいつもヤバそうだな」
「…あの黒髪の剣士、もしかしてあれが…剣士スバル?」
「見てくれは思ったよりも普通の人間ですね、ですが…なるほど、魔女様達が苦戦する理由がわかるかもしれません」
十人横並びに歩く羅睺十悪星の姿は、見ているだけで体が震えるようだ、まるで刃物を鼻先に突きつけられたような…或いは底の見えない奈落を目の前にした時のような、体を刺すような死の恐怖がこちらにまで伝わってくる
全員が魔女級の強者、全員が魔女様達と互角に戦った仲、今はその力を失っているような口ぶりだったがそれでも今のエリス達には過ぎたる相手である事は容易に想像ができる、それがようやく戦線に出てきたという事はつまり 敵もついにだ本気を出してきたって事なんだろう
「すげぇメンツだ、正直やり合ってみたい気持ちはあるけど…あれはか他のみんなに任せよう」
「任せようって、止められんのかよ…あれを」
「止められるさ、俺達の配下達ならな、それに…あの人達も動き出したからな」
「え?」
ふと、歩みを進める羅睺十悪星と二人の魔女様の動きが止まる、まるで障害物にぶつかったかのようにピタリと歩みを止めて…目の前に現れた三つの人影を睨む
まるでそこに現れるのが分かっていたかのように、魔獣の群れの中から姿を現わす三つの影…、敵方が最高戦力を出してきたなら こちらもまた最高戦力で迎え撃つのだろう
「動き出したぜ、こっちの魔女様達がな」
この魔女世界を守る最後の砦…無双の魔女 争乱の魔女 栄光の魔女が、かつての仇敵達を前に腕を組み道を阻む、どうやら戦いはここからのようだ
……………………………………………………
人と魔獣の大決戦、そんな喧騒を耳に聴きながらも背を向ける、ここは魔獣の群れのど真ん中…進軍する魔造兵の大河の中にポツンと生まれた空間の中、そこで相対するのは十二人の破壊者と三人の守護者達だ
「おやぁ、おやおやおやおや!こんな所で会うなんて奇遇ですねぇ!魔女様方ぁ〜?約一名を除いてお久しぶりぃ〜」
「…はぁ、こうして顔を見るとやはり気が滅入るぞ…ウルキ」
羅睺十悪星の代表のように振る舞う灰髪の女 ウルキを目にして思わずかため息が漏れるカノープスは、彼女達をここから先に行かせるまいと強く腕を組み立ち塞がる
この大決戦に於ける敵のジョーカー『魔女級戦力』を潰す為に、こちらもまた動き出すのは魔女級戦力…そうして相対する羅睺十悪星とカノープス達は、互いにか譲ることもなく向かい合う
「この間オレ様にボコボコにされたのにやけに元気だなウルキ!」
「あれは全然本気じゃありませんでしたからー!」
「お久しぶりですわウルキ、かつてわたくしが教えた礼儀作法は忘れてしまったようですわね、そんなにも品行下劣な女子に成り下がるなんて…かつて貴方に教えを与えた者として悲しいですわ」
「ハッ、あの自己満足のマナー講座が教えって?、馬鹿馬鹿しい…上から目線の師匠ヅラ いい加減やめてくださいますぅ?元お師匠様方ぁ〜」
八千年前同様我々に対して異様な敵意を示すウルキ、こいつは我々と同じく八千年も生きておきながら人間的な成長は全くなかったようだ、…はぁ こんなやり取りもあの時のままだ、悲しいやら懐かしいやら カノープスは鼻で一つ息を吐くと共に
見やるのはウルキの背後、こちらは完全に殺したはずの羅睺十悪星達が勢揃いしているのだ
「で?、貴様らは何故ここにいる…お前達は皆あの世に送った筈だが?」
「あーっはっはっはっ!、残念だったねカノープス!、この素晴らしく偉大なる僕様は何者にも囚われない、例え死の概念さえも超克する!、死んでいるのに飽きたから蘇っただけさ!」
「何を戯言を、どうせシリウスに生き返らせてもらったのだろうさ、お前は相変わらず全て自分に都合のいいように考えすぎだトミテ」
もう二度と見たくなかった顔がある、…オフュークス帝国の皇帝トミテ・ナハシュ・オフュークスだ、この世で一番自分が偉いと思い込み常に浮遊する玉座に座るあの男ほど下劣な存在を見たことがない
権力と権威に溺れたダメな為政者の典型例みたいなあの男とは、まぁ浅からぬ縁があるし仇もある、故にもう顔は見たくなかったのだが…こいつもあの時のままだ
「あっははは!、本当にアルク姉だ!私を殺した時から変わりないね!、衰えてもないみたいだ!まぁ 強くもなってないみたいだけど?」
「吐かせよアミー、オレ様に負けたお前にゃこれで十分ってだけだ」
「それもそっか、ふふふ…またアルク姉と殴り合えるなんて夢みたいだ」
視線を交わらせる二人の武術家、アルクトゥルスとアミー…既に絶縁しているものの血縁関係にある二人、紅蓮の髪と浅黒い肌にツリ目のアルク 深蒼の髪と純白の肌にタレ目のアミー…何もかもが正反対の二人だが、最も違う点があるとするなら武に対する心構えか
「ガーシャガシャガシャ!、なんでも良いから敵を斬らせろ!我輩の剣は血に飢えている!」
「ミツカケ…あなたはまたそんな鎧を着込んで…!」
「んん?、ガシャガシャ!なんだフォーマルハウトもいるのか!此度の戦場は楽しめそうであーる!」
「全く…、その鎧を身に纏った状態のあなたには負けないと言った筈です」
不死身の魔神ミツカケと誇り高きフォーマルハウト、この二人の因縁はカノープスにさえ口出し出来ないものだろう、何せ…ミツカケはフォーマルハウトの両親の仇だ、その上でフォーマルハウトはミツカケの救済を願っている…、事実八千年前はそうやってミツカケという人間の胸に蔓延る呪いを取り除く事が出来たというのに…
また、鎧を着ている段階に逆戻りなんだから居た堪れまい
「ああ?、…ンだよ俺達の相手は魔女か?カノープスが居るのはちょっとウゼェな」
「関係ないね、斬れと言われれば斬る」
「魔女か、興味がない…早くエリスを出せ!居るのは分かっているんだ!エリス!早く出てこいぃぃぃぃぃぃいいいいい!!!」
「ハツイさん、ここにエリスは居ませんよ、彼女はアミーさんが殺しましたから」
「………………」
斧を背負った魔神 イナミ、殺戮と共に歩む剣修羅 スバル、現代で言うところのエリス姫を付け狙う ハツイ、今現在においても世界を覆う魔獣の祖 タマオノ、リゲルの父にして史上最大の聖人ホトオリ…
羅睺十悪星が揃い踏みだ、若き日の我ならばあまりの事態に震えて戦意を喪失するほどのフルメンバーにやや頭が痛くなる、だが同時に思う
やはり弱体化している、それに最終決戦時の精神状態にないと言うことは…、恐らくコイツらは羅睺十悪星のコピー品だ、ミツカケは鎧を着ているしタマオノは人間態を取っているからな…最終決戦時はどちらも真の姿を晒していた、生き返ったわけではないようだ
「ふふふ、私にとっては昨日ぶりだが 君達にとっては八千年ぶりなんだろう、不思議な感覚だね、やはり私が予見したように君達の治世は盤石らしい」
「…ナヴァグラハ」
そして、羅睺の頭目ナヴァグラハの姿を見て、怒りが湧く…全ての元凶の癖をしてのうのうと再び言葉を発するコイツに…、我もアルクトゥルスもフォーマルハウトも…怒りを覚える
もう二度と、コイツの顔を見たくはなかった 声も聞きたくはなかった
「そう邪険にしないでくれよ、私だって顔を見せたくて見せてるわけじゃない、哲学者が向かい合うべきは敵ではなく世の真理、シリウスに命令されてなければこんな怖い戦場から尻尾を巻いて逃げたいくらいなんだ」
「ハッ、そんな事を言って貴様…またどうせ『人の死について観察したい事がある』とか言って、嬉々として人を殺すんだろう!」
「嫌だな…、もうその事について思考はし尽くしている、今更観察することなんかないかな…今のところはね」
コイツは…!、どこまで人間という生き物を軽く見ているんだ、そう言って何人殺した どれだけを壊した、許されるならもう一度殺してやりたいが…
「…フッ、どうやら今のカノープス達は私達の事なんて眼中にない様だね」
「はぁ?、どういう意味だよ哲学者、この素晴らしく偉大な僕様が眼中にない?…んん?、どういう意味の言葉遊びだ?、分からない 今のジョークの解説を誰かしろ、これは大皇帝の命令だ」
「…そのままの意味じゃねぇか?、今のオレ達は本来の力の百分の一も出せてねぇし、それで魔女の相手はキツイし」
「アッハッハッ、イナミ!君の故郷にはジョークという文化はないのかな?、この素晴らしく偉大な僕様がカノープス程度に下に見られるわけないだろ、君はやはり蛮族だなぁ」
いや イナミの言う通りだ、アイツは確かに頭は悪いが皇帝トミテよりかはマシだ、今の羅睺達は当時の力のカケラも持ち合わせていない、コピー出来たのは外面と性格だけらしい、ならば我らが相手をすることはあるまいよ
我々が相手をすべきなのは…
「私達、ですねぇ?皇帝陛下ぁ?」
「…………」
「…………」
陰りなき力を持つ唯一の羅睺であるウルキと操られしスピカとリゲル、この三人だけだ
我ら三人の魔女が足止めをするつもりなのはこの三人だけだけ…他はそのまま素通りさせる予定だ
「ウルキ、貴様は我がこの手で殺す…他は好きにしろ」
「あっははは!、ですって!というわけで雑魚の皆さんはお先にどうぞ〜」
「うん、分かったよウルキ…では失礼するよ皇帝陛下、さぁみんな ご主人様の命令に従って行進しようじゃないか」
ナヴァグラハは軽く手を挙げ他を導く様に歩き出す、あの我の強い羅睺達もナヴァグラハが言えば誰も文句を言わずに従うのだ、…しかも性格が悪い事に態々我らの真隣を通り過ぎる様に歩き我らを通り過ぎて皇都を目指し…
「皇帝カノープス?」
「なんだ、ナヴァグラハ…」
ふと、通り過ぎるその瞬間 ナヴァグラハは我に向けて声をかける、顔も向けず 立ち止まらず話す気はないような態度を示しながら、置き土産のような言葉を残す
「君達の作り上げた魔女世界は素晴らしいかい?」
そう聞いてくるのだ、お前達が壊そうとしたこの世界が素晴らしいかどうかだと?そんなもの決まっている、我はナヴァグラハに対して嫌味をぶつけるような声音で喉を鳴らし
「ああ、当たり前だ」
「フッ、それは良かった…私も本望だよ、この世界が素晴らしく発展するのは全ての哲学者の願いだからね、それじゃ」
「……なんなんだアイツ」
チッとアルクトゥルスが舌を打つ、今のが負け惜しみではないことを我ら魔女は理解しているからだ、…ナヴァグラハは胡散臭く信用の出来ない男だが嘘は決して言わない、哲学者の矜持として偽りを述べる事は決してない
だから、今の言葉は奴の本心という事になるが…分からん奴だ、相変わらず
「じゃーねーアルク姉ー!、戦えないのは残念だけどさー!アルク姉が育てた国や人がどんなもんか…味あわせてもらうねー!」
「テメェ…ウチの子供達を一人でも殺したら許さねぇぞ…!」
「あっはははははははははは!!!、マジ?許さないの?…じゃあ張り切らないとねぇ」
「ガーシャガシャガシャ!、また殺そう!また殺そう!、我輩はその為にいるのだ!、…よく見ておれよフォーマルハウト、また地獄を見せてやろう」
「…!、ミツカケ…!」
「ガシャガシャガシャガシャ!」
捨て台詞を置いて魔造兵の波に消える羅睺十悪星、アミーはアルクに ミツカケはフォーマルハウトに、…二人とも捨て置けぬ相手が目の前で立ち去る事に言い知れない怒りを抱きながらも、それでもこの場を離れるわけには行かず立ち止まり…
「おいカノープス!、アイツら行かせて良かったのかよ!、オレ様いけるぜ!弱くなったアイツらごと纏めて倒すくらいよぉ!」
「ええ、そうですわカノープス、…いくら弱まったとは言え羅睺十悪星、彼らの実力は未だ人類が対処出来る域にありませんわ!」
今からでもアイツらを追いかけて倒そう!、そんな意見が届けられるも 悪いが聞届けるわけには行かん、羅睺十悪星が恐ろしいのは十二分に理解している…だからこそこの場にとどめたくないのだ、我らは敵の最強戦力を食い止めるのが役目だ…是が非でも負けるわけには行かないのだ
それに
「恐ろしくとも、強大であれど…、人類は今進み始めているのだ、ラグナの演説を聞いただろう…今の世は今の世を生きる存在の物、シリウスの物でもなければ我らの物でもないのだ」
世界は八千年間魔女の手中にあった、我等が支配し統制し管理しなければ世界は容易く滅んでしまう、今の文明はまるで水の上に浮いた泡のような物だと思っていた…いや事実八千年前はそうだった、何もない荒野に畑を作り 石を切り出し 失われた文化を数少ない人間達で復元して…
魔獣が出れば我らが戦い、災害が起これば身を呈して守り、病が流行れば…諍いが起これば…飢饉が起これば…、全て我らが解決して八千年と言う時を刻むことが出来たのだ
我らがなんとかしなければならない、そう思い続けて数千年が経ったが…どうやらもう世界に我らの庇護は必要ないようだとラグナの言葉を聞いて目が覚めた
世界は我らの物ではない、ならもう問題が起こっても我らが率先して出て行く必要はないのだろう、だから
「羅睺達は今の世界に乗り越えてもらいたい、いずれこの時以上の問題が起こるかもしれないんだから…我らの力などなくとも、危機を跳ね返して欲しい…そんな我の我儘だ」
「カノープス…」
「…いえ、思えば我らの目的はそれでしたわね、わたくし達魔女の庇護が必要ない世界…、それが遂に来た、それだけですのね」
「ああ、そう言うわけだ…構わないか?」
アルクもフォーマルハウトも、文句はないとばかりに頷いてくれる…、我ら魔女が心目指した世界の再生はもう成っているんだ、ならばもうこれ以上我々が身を切る必要もない
だからこそ
「だからこそ、過去の遺産は我らで引き受けよう」
「つ〜ま〜りぃ〜?、私達をぶっ倒すってことですかぁ〜?、いやぁーん怖ーい、ですよね?リゲル師匠?スピカ師匠」
いやんいやんと体をフルフル震わせるウルキを守るように立つのはかつての…いや、今も友である筈のスピカとリゲルだ…、二人の瞳に本来灯っている筈の慈愛の光はなく、ただただ虚ろな闇だけがその目を覆っている
操られているのだ、シリウスに…なんとも悲しいことではあるがな
「カノープス…、いくら貴方でも我が師の邪魔はさせません」
「リゲル、お前は…」
「貴方だって師匠の弟子でしょう、なら師匠に従うのは道理…貴方の弟子も私の弟子もそうしているように、貴方もそうすべきです」
「スピカ…」
二人に険しい視線を向けられる、こんな目を向けられたことがないから思わず目を背けてしまいたくなる…、シリウスがレグルスの体を乗っ取った時も思ったが どうやら我は友に敵意を向けられるのが心底苦手らしいな
「おいリゲル!テメェ誰に向かってモノ言ってんだよ!、まんまとシリウスに操られやがって!情けねぇぜ!」
「アルクさん…貴方は相変わらずアルクってますね」
「うっせぇやい!」
「カノープスの唯一の弱点は友達です、操られているとは言え魔女とは戦えないでしょう、ここはわたくしが相手をしますよ…スピカ」
「フォーマルハウト…、師匠に命を救われた癖に…何を今更」
「ええ、師匠に救われた命だからこそわたくしはその教えに従い、己の守りたいもののために戦うのです」
リゲルの前にはアルクが、スピカの前にはフォーマルハウトが、魔女の相手が出来ない我に変わって相手を務めると立ち塞がる、まぁ…アルクの場合は個人的な私怨がありそうだが…だが
「二人とも、感謝する」
「いーってことよ、ここまでずーっと弟子に任せっぱなしでウズウズしてたんだ、…本気でやるぜ?、リゲル」
「勝てますか?貴方に…」
「わたくしは久しい戦闘なので些か不安ではありますが、まぁ貴方ならちょうどいいでしょう、スピカ」
「容赦はしません、本気で殺しに行きます」
リゲルもスピカも容易い相手じゃない、世界を塗り替えるが如き幻惑を持つリゲルはアルクの天敵であり、無限の回復力を持つスピカが本気で殺意を抱けば死神以上に高い殺傷能力を発揮する、…ともすれば負けもあり得るこの戦い
それでも、…我等は止めなければならない、スピカとリゲルの為に
「では…やりましょうか」
「ええ、リゲル…我が師の為に」
その瞬間 戦いの始まりを合図するように、両手を差し出すリゲルとスピカ…その周囲に浮かび上がるのは光の粒子、結晶化するほどの魔力が周囲を舞い散り星屑のように地上を彩る…どうやら、今回二人は本気で来るようだ
「永劫なりし問い、汝 魔道の極致を何と見るや」
リゲルとスピカが問いかける、詠唱ではない疑問の提起…それは世界に対する呼びかけであり宣言である
魔女達が本気で戦う際生み出す究極の領域にして、到達した神域の絶技
「永劫の問いかけに、我が生涯、無限の探求と絶塵の求道を以ってして 今答えよう」
魔道の極致、魔術を取得し極め抜いた者の中に生まれる世界への問いかけ、鍛え抜き磨き抜き極め抜き到達したその景色とはなんであるかと…
魔女達はそれを全て持つ、それを答えた瞬間形成される臨界魔力覚醒を解き放つつもりなのだ…、それを静かに我等は見守る、あれはもう止められないからな
そんな静寂の中、二人の答えが解き放たれる
「魔道の極致とは即ち『遍照なりし救済』である」
リゲルの答えは一つだ、それは…
極致とは即ち 救いだ、世は無常 世は非情、失われる命は数知れず この手を溢れ落ちる物の数を数えればキリがない、だが万能足り得るならば それら全てを救えるはずだ、極致なればこそ 救いは遍照となる
「魔道の極致とは即ち『無限なる慈愛』である」
スピカの答えは変わらない、それは…
極致とは即ち 無限の愛である、人に優しくすることは難しい 人を愛し続けるのはなお難しい、そんなもの跳ね除けて みんなに無限の愛を与えられるなら、これ以上ないくらいの力だとは思わないか、これ以上が無いのなら…それはつまり極致なのだ
その二つの答えが解き放たれると共に、差し出される手から生み出されるのは新たなる世界の輝き、創世の光…それが徐に自らの敵対者に向かい…
「『非想天処/夢朧随神』」
「へっ、上等よ…やってやらぁ」
リゲルの解放した臨界魔力覚醒『非想天処/夢朧随神』の世界に引き込まれ消失するリゲルとアルクトゥルス、二人はリゲルの魂の内部に存在する異世界へと飛んだのだ…
「『不偏慈愛/無偏友愛』」
「ふぅ、弟子にかっこい悪いところは見せられません、あとは頼みましたよ?カノープス」
「ああ…任せろ」
スピカの放つ世界を切り裂く光、臨界魔力覚醒『普遍慈愛/無偏友愛』の内部にスピカ諸共引き摺り込まれ影も残さず消失するフォーマルハウトに誓う、後の事を…つまり この戦いの障害となる最大の存在 ウルキの事を
「おやおや、と言うことは私の相手はカノープス様ですかぁ?」
「ああ、悪いがお前には手加減が出来る気がしない…死んでくれるか?ウルキ」
ウルキはカノープスを前にしても余裕綽々と笑っている、ニタニタと下劣に ニヤニヤと卑劣に…、煽るように腰を曲げて首をコキリコキリと鳴らし威圧する
こいつは他の羅睺と違い弱体化していない、本物の羅睺十悪星…かつてはナヴァグラハやトミテと並び中心メンバーとして戦ったこいつの実力は羅睺でも指折りだ
「随分と余裕そうだなウルキ、オライオンではアルクトゥルス相手にボコボコにされていたようだが?、いいのか?我はアルクよりも強いぞ」
「本気出してたわけないでしょうが…私が本気出してたらオライオンが半分は消し飛んでましたよ、それにぃ?今のシリウス様を仕留めきれなかった無能に言われたくありませーん!、本気の私は今のシリウス様もよりも強いですからねー」
「そうか?、単純極まりないお前よりも狡猾なシリウスの方が厄介に思えるが?」
「へぇ、なら試します?…今回はお許しが出てんですよ、ガチでやる為のお許しがね…、だから ここで無能な皇帝陛下にはご退場願いましょうか!」
ウルキは差し出す、その手を前へと…すると先程のリゲルとスピカ同様星屑の如き光を宙に浮かび上がらせ大地が隆起する程の魔力が電撃となって周囲に飛び交う
本気で来る、マレウスでもオライオンでも見せなかったウルキの…羅睺十悪星が一人ウルキ・ヤルダバオトが八千年ぶりに本気を出している、つまり…
「永劫なりし問い、汝 魔道の極致を何と見るや」
問いかけるのは極致への疑問、つまりウルキもまた魔女と同じ段階に到達していると言うこと…奴は既に我ら魔女に並んでいるのだ
「永劫の問いかけに、我が生涯、無限の探求と絶塵の求道を以ってして 今答えよう」
「…………」
ウルキの臨界魔力覚醒についてはレグルスから聞いてはいる、どのような覚醒か聞いているが…まさかここで使ってくるのか、こいつの魔力覚醒はあまり時間稼ぎに向いていないように思えるが…
いやそうか 時間を稼ぐつもりはなく、ウルキは本気で我を殺そうとしているのか
ならそれに答えるとするか
「魔道の極致とは即ち『この世で最も醜悪なる物』である」
ウルキは笑う、いつもよりも獰猛に 残虐に、嘲笑いながら口にするその答えの真意は分からないが、…そうか ウルキ…お前はやはり魔道の極致をそう見た、いや そのように見せてしまったのは仮にも師匠であった我らの不徳の致すところか
そんな我の若干の後悔さえも無視してウルキが発動させる臨界魔力覚醒、その名を叫ぶと共に世界は変容する
「『羅鄷殺界/枉死十悪』ッッ!!」
ウルキの手の中から溢れてくるのは漆黒の光、闇よりもなお暗く 夜よりもなお冷たい光は瞬く間に我の体を…そして周囲の空間を削り取り、引き摺り込む…ウルキの持つ内面的異世界に、ウルキの長い鍛錬と戦いの中で形成された心象世界
……これを目にしたことがあるのはレグルスただ一人だ、ウルキはレグルスにしかこの世界を見せたことがなかった
そんなレグルスが言うに、ウルキの内面世界は…まるで
『地獄のようであった』と…、レグルスは悲しむように涙を見せながらそう語ったのを思い出しながら、眩さに閉じた瞳をゆっくりと開く、先程まで感じていた魔獣達が地面を踏み荒らす地鳴りの行進や、遠くから聞こえる魔女大連合の喧騒も、何もかもが消え去り瞬きの間に世界の全てが変容する
ここはウルキが作り上げた異世界、全ての法則がウルキに従いウルキの為だけにある内面世界、彼女の物の感じ方や価値観 尊ぶ物蔑む物 彼女の全てによって形成されたその世界を目にした我は思う
なるほど、これは地獄だと
「うふふふ、久しぶりの感覚…やっぱいいですねぇ!マジになるって!」
鼻を突くのは人の肉が焦げ付く異臭、肌を撫でるのは皮膚を焼く熱風、足元には無数の髑髏とその髑髏が持っていたであろう石の剣や石の槍が転がる、其処彼処に城や砦が散見し そのどれもが半壊し火を吹き舞い上がらせる黒煙が空を漆黒に染める
まるで凄惨な地獄のようなこの空間こそがウルキの臨界魔力覚醒『羅鄷殺界/枉死十悪』…、合計十段階に分けて変化する異質なる世界の第一層 『紅蓮黒縄地獄』だ
「醜悪だな、それこそがお前の極致なる姿か?ウルキ、極めて惨めである」
そんな屍と破壊が蔓延する黒赤の世界の中、ただ一人我が視界で動くウルキの姿は、最早人と言えるかも怪しいものだ
全身は火に巻かれ炎上し、手足は焼け付いたように黒化し、顔に至ってはその半分が抉れ髑髏が剥き出しになり 虚ろになった瞳と口からは純白の炎が吹き出ている、人というよりは死神か…或いは人型の破壊や破滅そのものだ
ウルキにとって極致とは何よりも醜悪な存在であると言う言葉通り、今のウルキはなによりも醜悪な姿に変化している、つまり…あれがウルキにとって最悪にして最強の姿ということになるのか
「くきき、惨め…醜悪?、私をこの姿にまで導いてくれたのは偉大なる八人のお師匠様方ではありませんか!、私をこんな風にしたのは貴方達じゃないですか!、そんなお前達が…今の私を醜く思うか?」
「ああ、思う…だが、きっと今のお前の目には我ら魔女も同じように見えているのだろうな」
「ふふ…ふへへ、ええ…ええ…そうですとも」
ならば、我らが止めなくてはならないな、あの日…焼け落ちた村の残骸から幼子だったこの子を救い出し、弟子として育て上げたのは我々だ、生かしたのも育てたのも我々だ、ならば…最早縁は切れているとは言え、師匠としての役目は果たすべきだろう
「ならばよかろう、ウルキよ お前の本気に免じて我もそれに答える事にする」
身につけたマントも 頭の上の冠も手袋も、豪奢な服飾も全てを外し地面に落とす、我が皇帝たり得る全てを脱ぎ捨て その礼服の下に着込んだスウェットスーツを晒し両の拳を打ち付け気合いを入れる
「これよりの我はアガスティヤの皇帝でもなければ無双の魔女でもない、ただ一人のカノープスとして貴様を殺す、お前を上回る最高のマジと言うものを見せてやろう」
「くっ!あははははは!、いいですねぇ!貴方の鼻っ柱は一度折って見たかったんですよ!、その顔面…ぐちゃぐちゃにしてあげますよォッ!!」
ウルキの咆哮に答えるように世界が鳴動する、周囲を包む紅蓮の炎はより強く渦巻き ウルキの体から溢れる火炎は勢いを増し、燃える屍となったウルキは亡者の如く我に突っ込んでくる
…八人の魔女最強と言われた我の本当の力を見せつけるには良い機会だろう、ここで此奴を殺し…後の時代の憂いを断つ!