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299.魔女の弟子と全てを束ねて


「どー言うことだこりゃあ、彼処にいるのは確かに羅睺十悪星だ…」


物見櫓にてアルクトゥルス様とアマルトさんの二人と共にシリウスを偵察していたエリスは、その偵察にて凄まじい数の魔造兵アンノウンと一緒にそれを見てしまった


シリウスに付き添うウルキさん…そしてその背後にいる、死んだ筈のシリウスの従僕 羅睺十悪星の姿を


見たことのない九人の集団、男もいたり 女もいたり、中には男か女かも分からないのもいるが…それを確認したアルクトゥルス様が顔を青くしながら言うのだ、間違いなく羅睺十悪星だと


だが羅睺十悪星は八千年前にウルキさん以外のメンバーは全員死んでいる、ウルキさんみたいにやっぱり生きてた…ってことはない筈だ、となると死者が生き返った事になる…だが死者蘇生は今現状では不可能と言われている魔術のはず


エリスも言いたいよ、どうなってるんだと


「あれが羅睺十悪星?、…リゲル様の幻とかじゃないんですか?、俺達をビビらせる虚仮威し的な」


「その線は既に疑っている、だが…見た感じ違うな、彼処にいるのは偽物でも幻でもない、本物の羅睺十悪星だ」


「本物なんですか?間違い無いんですか!?」


「ああ、…八千年前に見たそれと全く同じ魔力を纏ってやがる、嘘だろ…スピカもリゲルもレグルスも居ないこの状況下で今更アイツらの相手なんか出来ねぇぞ…!」


最低でも魔女様と同格、中には魔女様さえ上回る力を持った者もいる羅睺十悪星が全員生き返り今ここに集結している、しかも今は昔と違って魔女側に三人も欠員が出ている状態、ましてやアルクトゥルス様一人では到底対応しきれない


こんなのどうすればいいんだ…、シリウスと戦うどころじゃ無いぞあんなの


「クソっ、そうだよ…これがシリウスなんだ、最後の最後になってアホみたいな手札を晒して来やがる!、これが…天狼シリウスのやり方だ」


遥か彼方ニタリと微笑むシリウスと対照的に悔しそうに牙を剥くアルクトゥルス様、唐突に現れたシリウスの逆転の一手を前に…エリスはただただ絶望することしかできなかった


…………………………………………………………


「ぬぅぁーーーーはっはっはっはっ!見てみい!見てみい!ウルキ!、アルクトゥルスの悔しそうな顔!間抜けな顔を!、よもやこの展開は予想だにせんかったじゃろうて!ぬはははははは!!」


「はいぃ〜、お見事な策略にございますシリウス様ぁ〜」


皇都を睨むことができる丘の上に勝ち誇ったような笑うシリウスは遠視にて見つめる、呆気を取られたバカな弟子二人と魔女の間抜けな顔を、まさかこう出るとは思ってなかった…と言う顔だろう


故にウルキも持ち上げるようにパチパチと手を叩く、ウルキもまたご機嫌だからだ、この間自分をボコボコにしたアルクトゥルスの悔しそうな顔を見て溜飲が下がったからだ


「まさか…羅睺十悪星が復活するとは思わんかったじゃろうな」


あのアルクトゥルスが青褪めている、それだけの衝撃を与えるに足る一手なんて中々無い…奴はあれで頭が回る上にあの図体の割に悲観主義だ、だから大抵の事態は事前に予測しているが故に裏をかくのはかなり難しい


だからこそ、この一手は最後の最後まで隠し続けた、それこそが…羅睺十悪星の復活だ


そうシリウスが振り向く先にいるのは、なーんとも懐かしい顔ぶれ、まさかこやつらが動いているところをまた見る事になるとはなあ


「あははははは、アルクトゥルスも青褪めるのも無理はないかもね、なんたってこの素晴らしく偉大な僕様が華麗かつ花々しく蘇り、再び現世に降臨したのだから…だがある意味これは当然の出来事とも言える、なんでだって?そんなの決まっているだろう」


何やらブツブツと呟くガキがこちらに寄ってくる、金の髪と翡翠の瞳 そして愛くるしい童顔からは想像も出来ない凶暴な笑みを浮かべるそいつの頭の上には小さな頭よりも更に大きな巨大な黄金の冠、身に纏うのは宝石と金銀を散りばめたローブと芸術品の如き服飾、


そして何より目を引くのはその王族の如き服装ではなく、彼の腰の下だ…、彼は腰を掛けている、座っている、座ったままこちらに向かってくる…何故か?


浮遊する玉座、それに座っているのだ…彼の体の二倍ほどの大きさの黄金と漆黒の玉座に腰を掛け頬杖をついたまま、なんとも偉そうな態度でシリウスに並び立つそいつはもう自信しかない笑みのまま両手をバッと広げ


「なんたって僕様は世界の皇帝!永世の支配者!全てから愛されし究極の人間!神を超えし存在!全人類が平伏し仰ぎ見るべき絶対なる頂点!極夜統べる皇天!全知大帝トミテ・ナハシュ・オフュークス様なのだからねえぇぇぇ〜〜〜!!!くははははははは!!!」


このガキはトミテ・ナハシュ・オフュークスだ、羅睺十悪星の一天にしてその中核を担う最強の存在


かつて栄光の絶頂を極めた当時の覇権大国オフュークス帝国を統べていた大皇帝がこのガキなのだ、シリウスが世界を相手に戦争を仕掛けるためにナヴァグラハの次に声をかけたのがこいつ…


こんなにも生意気で呆れ返るほどに自信過剰だが、…その実 こいつの力は羅睺十悪星の中でもトップクラス、真っ向から戦えば下手すりゃ十悪星最強かもしれないんだから世の中分からない


特に凄まじいの魔術の腕前、…そうだな 魔術王と言う肩書を知っているだろうか、今現在は帝国の魔術師ヴォルフガングが名乗り次はアジメクのアリナが名乗ることになると言われている肩書きがある


それは誰かが決めているわけでもなく、何かの立場であるわけでも無い、ただその時代最強の魔術師に自然と与えられる異名でしか無い、当代の魔術王が死ぬかその座を放棄した時点で自然と次の後継者に名前が移ると言われている不確かな異名…、それ故に魔術王と言う言語がいつからあるか知っている者は居ないだろう、少なくともこの時代には


ならば言おう、ここにいるトミテこそがその起源…人類で初めて魔術王と呼ばれ名乗った男、初代魔術王こそがトミテ・ナハシュ・オフュークスだ


「クフフ、いい都があるじゃ無いかシリウス!、彼処が僕様の新しい家になるのかな?、まぁ少々薄汚いが許そうじゃ無いか、僕様は寛大で優しいからね!クハハハハ!」


「違うわい、ワシの話を聞いておらんかったのか?陛下よ、彼処は今から攻める街じゃ」


「なんだって?今から彼処を攻めるのかい?、まぁいいだろう ただし住民は無用に殺すなよ?、全人類はこの素晴らしく偉大な僕様の奴隷なんだからね?、彼処の住民全員には僕様の新しい住処を不眠不休で作らねばならないと言う使命が既に課されているんだから」


「はぁ〜はいはい」


やや辟易するシリウスは思う、こいつ蘇らせたのは間違いかも知れん…、強いには強いがすげー面倒臭いのが此奴だ、自分を全人類の支配者と疑わずオマケに笑えるくらいの暴君だ


大いなる厄災に際してはその欲望の箍が外れ 一国丸々奴隷にして巨大な宮殿を作らせた挙句


『四階に上がるための階段の段数が気に入らない』と言う理由で皆殺しにした事もある、こいつにはシリウスも手を焼く気性の荒さを誇るが、まぁそれも面白いから良し


「なんだなんだ!城攻めか!城攻めなのか!、ガーシャガシャガシャ!良いでは無いか!我輩の腕も鳴ると言う物であるぞぉ!ガシャガシャガシャガシャ!」


ガシャガシャと甲冑が鳴るような笑い声を響かせ丘の上から皇都を見るのは、巨大な鎧だ…アルクトゥルスやホトオリさえ上回る巨大な体を持った鈍色の大鎧が笑っている


鬼のような角と凶悪な兜が人の顔のように変形し笑い、合計八本の複腕に握られた八本の剣を振るいこれから起こる闘争に奮い立つその姿はまさしく鬼神…いや、魔神


「再びこの世に示してみせようぞ!、この不死身の大魔神たるミツカケ様の武勇伝を!、ガシャガシャガシャガシャ!、震えよ人類!怯えよ人間!ワシは魔神!ミツカケ様だぁっ!」


八千年前、ただ一人で一国の軍を殺し尽くした『魔神』の伝説が存在した、複数の腕を持ちいくら切り倒しても蘇るように立ち上がるそれを人々はこう呼んだ


羅睺十悪星が一天…不夜歩む銀天ミツカケ、『究極不死身の最強大魔神ミツカケ』と


いくら斬っても蘇る、いくら倒しても立ち上がる、まるで痛覚がないかのように立ち続けるその大鎧はシリウスの配下として大いなる厄災でも積極的に動き回り殺し回った、それこそその不死身の体を使って何度も魔女に食らいつき幾度となく苦しめたのだ


まぁ最後には『その体の秘密を暴かれ』弱点を突かれた上で死んだがな


正直、シリウスもミツカケの存在には大層驚いたものだ、世の中にはこんな奴もいるのかと…、何もかもを見抜くシリウスでさえ想像もしなかった此奴の力は出会うなりすぐに仲間に引き入れたくなるほど異質なものだった


「ミツカケよ、此度も期待しておるぞ?お前の力にな」


「おおおぉぉぉ〜〜!我が主シリウス様ぁ!、うむ!我輩に万事任されよ!、この八本の腕と剣で敵を皆殺しにしてみせますぞ!ガシャガシャガシャガシャ!」


ただやかましいのが玉に瑕じゃがな


「おう!、今回も我輩達の得意な戦場のようだぞ!、お主も嬉しいだろうスバル!、またお前と組めて我輩は嬉しいぞ!ガシャガシャガシャガシャ!」


「……ウーッス…………」


そんなミツカケが声をかけるのは一人の剣士だ、ズタボロの平服 伸び切った濡羽色の髪をやや揺らし、それは腰の無骨な剣に手をかけて、やや気怠げにそして小生意気に首を撫でて答える


「戦場…、プロキオンはいるンすか?」


「おらん、奴は致命傷を負って今回は参戦しないじゃろうな」


「ふーん、そスか」


「どうした?ショックか?スバルよ」


「別に」


見るからに地味、見てくれだけで言えばなんの変哲も無い剣士…似たような風貌の者を探せば今の世にも十人くらいは見つかりそうなこんな地味な男が、八千年前は『世界最強の剣士』と呼ばれていたのだ


その名も刃夜煌めく剣天スバル・サクラ、別名を『剣鬼のスバル』…今の時代では悲恋の嘆き姫エリスにも登場する剣士スバルの元ネタ様だ


此奴は最早人では無い、人型の修羅だ…人を殺し過ぎている、それでいて人を殺し過ぎていることに自覚を抱いていない欠落した人間だ、その剣で斬り殺した人間の数は 恐らくその年に病死した人間の数よりも多いだろう


友愛も慈悲も持ち合わせないそれはプロキオンの不在を知るなり、やや面白くなさそうにフイッと他所を向く、相変わらずの根暗だ、流石はホトオリと並ぶディスコミュニケーションの権化だ、まぁどの道戦いが始まれば彼は命令などなくとも人を殺すだろうから良いのだが



「いい街が見えるなァ…それも沢山人が住んでいる、シリウス様よぉ今からやるのは殺しの仕事かい?それとも壊しの仕事かい、オレはどっちでもいいぜ…メチャクチャに出来るならなんでもさぁ」


ギラリと光る凶暴な牙と割れたガラスのように鋭い真紅の瞳、そして燻んだ金の髪をフードの奥で揺らし男は問いかける、殺すの壊すのかと


彼にとってはどちらも同じこと、恐らくこの世で唯一シリウスの『世界崩壊』に賛同して心からこの世界の破滅を望んだ彼にとってはこの憎い世界がメチャクチャになってくれるならなんでもいいのだ


「なァ…シリウス様よぉ!、あんた言ったよなぁオレに!、世界を壊すって!アンタいつこの世界壊すんだよ!オレがもう飽き飽きしてんだよ!」


「落ち着けイナミ、それもこれもお前の働き次第じゃ」


凶悪極まる風貌、上裸に黒のコートとフードだけを被った男の絶叫が響き、その肩に乗せられた斧が大地を破る…、彼の身の丈の三倍はあろう巨大な斧を振るうその姿を見て、八千年前の人間は彼を魔人と呼んだ、或いは


怪夜振るう壊天イナミ、通称『狂恐兇叫のイナミ』…羅睺十悪星の中で随一の狂人たる彼はシリウスの体たらくに怒りを見せ今すぐ暴れさせろと激怒する


すると


「まぁまぁ落ち着けよ、イナミ クールに行きましょうクールに、ね?」


「あ?…アミー…、テメェ…」


怒り狂うイナミを煽るように 或いは嗜めるようにその肩に寄りかかる女はキラリとウインクを飛ばす


真っ青の髪と軽薄そうなタレ目と泣き黒子、そしてやや着崩したような武道服としたから覗くシャツと…もう見てくれからいい加減そうな空気を漂わせる女は無視をするイナミを引っ張って反応を引き出そうとする、イナミが人と話すのを嫌っていることを知っているくせに、だ


「やめろ…アミー、お前から殺すぞ」


「ピュー!怖ーい、でもこっち見てくれたから良しとしようかな!」


ネッ!と煽るように目元でピースをするアミーはただひたすらイナミが嫌いそうな事ばかりをする…アミーだ、相変わらずの空気の読めなさは流石と言わざるを得ない、だがそれでもイナミが彼女を殺さないのは味方だからじゃない、単純にアミーの方が数段イナミより強いからだ


何せアミーは凍夜写す拳天アミー・オルノトクラサイ、或いは『冷拳一徹のアミー』と呼ばれる武神だからだ


「ん?うぅん!アルク姉がこっち見てるね、こっちからすればこの間ぶりだけど きっと向こうから見たら数千年ぶりなんだよね、楽しみだなぁ…アルク姉強くなってるかな、もう私なんかじゃ相手にならないくらい強くなってるかな、なってるよね…だって私の姉さんなんだもんね、ね?アルク姉?」


此奴は魔女アルクトゥルスにとって義理の妹だ、そしてアルクトゥルスにとって両親と友の仇でもある、アルクが住んでいた道場にいた人間を皆殺しにし態とアルクを見逃し自らを殺すよう差し向けた真性の狂人がこのアミーだ


その武術の腕はアルクトゥルスを遥かに凌ぐ、骨の髄まで武術の才能に満ち満ちた此奴は幾度となくアルクトゥルスをぶちのめしその都度見逃し、出会う都度強くなるアルクトゥルスとの闘争を楽しみ、最後には至上の武術同士のぶつかり合いを心の底より楽しんだ結果死んだ最低と女だ


それが、今再びアルクトゥルスと相対する、恐らくアルクトゥルスが青褪める理由の八割はアミーの顔を見たからだろう、それほどアルクトゥルスにとってアミーは苦い記憶の象徴なのだ


「きっと、アルク姉は強くなってるよ!私達も力を合わせて頑張ろうね!、ね!ホトオリ!私達のマッシヴパワーを見せるなら今だ!」


「求められるならば戦う、それだけだ」


「もう、うちの男性陣はトミテとイナミ以外静かなのしか居ないの〜!?、もっと腹から声を出して!」


「断る、私が腹から声を出せば 折角作り出した魔造兵が死に絶える」


冷淡にして冷酷、されどその肉体は剛健…筋骨隆々の肉体を惜しげもなく晒すように半裸で過ごす変態…もとい聖人、かつて世界に生まれた救いの権化として働きシリウスの手先としてその世界を破壊した張本人


彼は神夜砕く聖天ホトオリ・エクレシア、人々は彼を『聖人ホトオリ』と呼んだ


究極の肉体を持ち、息を一つ吐けば森一つ吹き飛ば腕を振るえば風圧で城壁消し飛ぶ、彼の肉体を前にしてはシリウスの魔術が子供のお遊戯にさえ思えるくらい化け物じみた身体能力を持つ彼はただシリウスの命令を待つ


…ただ、その瞳は皇都を見つめていない


見ているのは一つ


「………………」


リゲルだ、かつて娘として育て手放した実の娘をジッと見つめている、かつては敵として戦い今は少なくとも味方としてあるその娘を見て、父であるホトオリは声をかけることさえしない


リゲルもまたホトオリを意識してはいるが、決してそちらを見ない 絶対に見ない、その存在全てを否定するように背を向け続ける、これがリゲルとホトオリ親子の関係…いやリゲルはその精神が弟子時代に遡行しているせいで『アレ』を忘れているのだろう


まぁ、シリウスにはそんなこと関係ないが


「もう、ホトオリもイナミも冷たいなぁ、なぁ〜!冷たいよぉ〜タマちゃん!私を慰めてぇ〜!」


そんなアミーが辿り着く先は、『タマちゃん』と呼ばれる存在の下、それは


「おやおや、アミー…可哀想に、よしよししてあげますね、よしよし」


「うおぉおぉん、母性すげー!」


アミーを包み込むように抱きしめる母の如き輝きを誇る一人の女神だった、赤紫の髪と蒼眼 そして柔和な顔つきの彼女は漆黒のドレスを着込みアミーを甘やかす


毒々しい見た目とは裏腹に滲み出る母性はシリウスさえも抱きしめたくなるほど、されど此奴はそのように作られているからこそ そのように母性を放つのだ、何せ此奴は…全ての母ゆえな


「私はみんなの母となります、人間の母にも…なりますから」


フフッと悲しげに笑う其の者名は残夜明ける獣天タマオノ、正確に呼ぶなら『魔獣王タマオノ』、いや初代魔獣王か?


全ての魔獣を生み出し、全ての魔獣への命令権を持つ操作端末、シリウスが魔獣という戦力を用いるに当たって作り出した史上最強の魔獣が此奴だ、その力は今現在存在する全ての魔獣の能力を更に三段階高めた物を全て持ち合わせ 自らの権能を分け与えた魔獣を無限に作り出し操ることが出来る


故に全ての魔獣の母となり得る、今もこの世界に存在する五大魔獣こと魔獣皇族の生みの親だ、シリウスをして最高傑作と呼ぶ彼女もまたこうして復活して大地に顕現した、今この世界の魔獣の命令権は魔獣皇族からタマオノに移ったと言える


「またみんなとこうして会えて、私はとっても嬉しいですよ、蘇らせてくれてありがとうございます、シリウス様」


「なぁにワシは別に…」


そうシリウスが口を開いた瞬間の事だった、まるで火がついたようにそいつは動き出す


「ぅがぁぁぁぁああああああ!!!エリス!エリスエリスエリスエリスエリス!エリスぅぅぅぁぁあああああああああ!!!!!!、戻ったぞ!戻ったぞ私は今の此の世に!戻ったぞエリスぅぅぅうぅうううううううううう!!!!!」


「うっさ…、ハツイさぁん?、騒がないでくださいよ…貴方の求めるエリス姫はもう八千年前に死んでますよぉ〜?」


「エリスぅぅぅぅううう!!!ぅがぁぁあああああああああ!!!」


騒いでいるのはウチ屈指の狂人、赤黒い髪に見開き血走った瞳をした全身垢まみれの女、服を着るという知能すらないのか、ボロボロのドレスをかろうじて体に巻きつく暴れるようにエリス姫の名を叫ぶそれはウルキの文句も無視して天に吠える


闇夜喰らう狂天ハツイ、別名を『虚空見つめのハツイ』、それがこいつの名前だ…、こいつに関してはシリウスもよくわかってない、ただただ漠然とエリス姫の名前を呼んでゲゴグゴ叫び回り暴れ回る割にエリス姫には目もくれずひたすら魔女を攻撃しているわけのわからん奴だ


ただ、凄まじく強く魔女に敵対心を持っているから当時は上手く利用していたが、最近になってシリウスはハツイの事を理解出来たような気がするのだ


こいつの言動は狂気から来るものと思ってきたが、なるほど…こいつさては相当面白いやつだな?


「ぅぎやぁぁぁああああああああ!エリスぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」


「うるさいですねぇ…、だから居ないって」


「いやいいよ、ウルキ…彼女はそのままにしておこうよ、アレは彼女のアイデンティティなんだから否定するのは可哀想だよ」


「……はぁーーー、そう言えば貴方も蘇ってましたね」


「うん、蘇っているよ?久しぶりウルキ、寂しくなかったかい?」


「また死んでください」


「あはは」


そうして、ウルキの肩を叩く男が一人…


純白の法衣を乱れるように着崩し、流れるような金の髪を腰まで伸ばした男がいる、睫毛は美女の如く麗しく 輪郭は雄々しく猛々しい、まるで人としての美を極めたかのようなそれはまるで自宅にいるかの如くゆったりと歩む


筋骨隆々、ホトオリに勝るとも劣らない程の筋肉質な体を持ちながら理知的で理性的な瞳を持つ男はなによりも馴れ馴れしくウルキと並び立つ


万事万象を見抜き、未知無明を解き明かし、人類史上最大の開拓者にして最も多くの『既知』を持つ男…それこそが彼、名を…名を…


「ナヴァグラハ…また貴方の顔を見ることになるとは、最悪の気分ですよ」


「それは悪かったね、ウルキ」


星夜戴く識天 ナヴァグラハ・アカモート…、或いは『八界見識のナヴァグラハ』


人類で初めて識の力に覚醒した男にして、現段階で判明している凡ゆる学問の基礎を作り上げた識者、凡ゆる常識を作った男とさえ言われたこの男こそ人類の敵対者 羅睺十悪星の頭目にしてその誕生に立ち会った存在だ


トミテ ウルキと並ぶ中核を担う三人のうちの一人であり、そして羅睺最強の男…その力は魔女を遥かに上回り、恐らく現状最もシリウスに近づいたと言われる実力を秘めている…とシリウスは彼のことを高く評価している


「おうナヴァグラハ!、久しいのう!」


「やあシリウス、ふふふ その顔で話しかけられるとなんだか不思議な気分だね」


「直ぐにワシ本来の姿にこの肉体も変容する」


「ああ、皇都に埋められている君の肉体から血を摂取する気だね、考えたなぁ…君の肉体は不滅だから魔女も封印するしか無かった、そこを突くとはね…恐れ入ったよ」


ナヴァグラハはウルキの肩を軽く叩いた後、いつかのようにシリウスの隣に並び立つ、これがいつもの立ち位置だ


シリウスが先頭に立ちナヴァグラハがそれを支え、そんな二人の背中を他の羅睺が守る、これが史上最強の人類の敵対者 羅睺十悪星がかつて見せた姿そのものだ


「全く…言っておきますがね!皆さん!、皆さんはまだ完全に生き返った訳じゃあないんですからね!」


そしてこの中で唯一今の今まで存命していたメンバーであるウルキが他の羅睺達に注意を述べる、惨めに死に晒したこいつらと違い私は最後まで生き残ったんだから私の方が偉いよね?と言う態度を滲み出させながら


「ガシャガシャガシャガシャ!何を言うか!、我輩は不死身のミツカケ様であるぞ!、生き返るも何も死んでさえ居ないわ!」


「死んでます!」


「全くウルキは何言ってるんだか、世界で一番偉い僕様が死ぬ訳ないだろ!?


「死んでます!!」


「死んでいようが生きていようが関係ない、敵がいるなら斬るだけだ」


「だから死んでるんだって!!!!、いいですか!皆さん!皆さんの体は今、仮の状態にあるとお話ししましたよね!」


「……?」


「……?」


「…???」


「忘れちゃったの!?聞いてなかったの!?、ほんっっとうに貴方達は!、バカは死んでも治りませんね!」


ウルキの言葉を信じずイマイチ理解してないとばかりに揃って首を傾げる十悪星の馬鹿さ加減に頭を掻き毟りながらも懐からの証明たる物を取り出す


「見てください!これを!」


「んん?、それ何かウルキちゃん」


「これは我々が種子と呼んでいる代物です、正式名称を『生命の種子』」


取り出したのは黒々とした木の実のような種だ、なんの変哲も無い種…それをウルキは手放した地面に叩きつけるように埋め込むと


「いいですか、これは私の協力者が開発した魔術です、生と死を操る彼女によって作られたこれは大地のエネルギーを吸い取り瞬く間に成長します、人の肉体と同質の物体としてね」


埋め込まれた種子はウルキの言葉通りに瞬く間に成長する、芽が出て伸びて漆黒の樹木となって人の高さほどの大きさにまで育ち、まるで根が人の足のように分かれ 枝が腕のように伸び、葉が髪のように生え、まるで人の形をした木のような何かが大地に生まれるのだ


「そして、これに私が保管していた魂のカケラを埋め込むことで…、その人間のコピーを作り出すことが出来るのです、人格も記憶も能力も再現した人形をね…っと!」


その人型の木人形にウルキが軽く指を突っ込めば、ただそれだけの行動に反応し木人形が更に蠢き変形し始める、ゴツゴツのフォルムをしている木人形はあっという間に人間特有の丸みを帯びた骨格を手に入れ、黒々としてきた樹皮は人の肌と同じ暖かみを帯びて、葉はその持ち主と同じサラリとした繊維に変わり…


あっという間に人の形をした木の人形は、ウルキと瓜二つの姿を手に入れる、いや姿だけではない 息遣いも仕草も纏う魔力も同じ、全く同じ人間がもう一人生まれたのだ


「わぁ、ウルキ2号だ!」


「ええ、分かりましたか?貴方達はこうやって生まれたのです、そもそも貴方達は本物の再現に過ぎない…、記憶と人格のコピーを埋め込まれた木人形が貴方達なんですよ、決して生き返った訳じゃあない…」


お分かり?と笑うウルキは刹那、拳を振るい自ら生み出したコピーの頭を弾き飛ばし首から上を消し飛ばすのだ、それは頭を吹き飛ばされた偽物のウルキは一声も発することなく再び木に変わり、瞬く間に枯れ朽ちて消えていく


「そして、魔術も本来の実力も五十分の一程度しか発揮出来ず、内蔵されているエネルギーが切れたら木屑になって朽ちるのが今の貴方達なんです、分かりますか?貴方達は使い捨ての駒なんですよ…あんまりはしゃがないように」


本当の意味で蘇ったわけではない、生命の種子は不完全な代物だ…まだ死者蘇生の域に達していない、それをこの決戦に際して持ってきただけに過ぎない


今ここにいる羅睺十悪星は偽物だ、本物の足元にも及ばない偽物だ、この戦いの間だけ間借りする偽りの戦力なのだ


それをよくよく理解しろよお前ら…、そうなんとも愉快そうに嘲るウルキ、しかし


「よく分からんが兎も角生き返ったと言うことだな!ガシャガシャガシャガシャ!」


「偽物とかなんとか馬鹿馬鹿しいねぇ、僕様は唯一無二の存在だよ?ウルキはバカなんだから偉そうなことは言わないほうがいいよ」


「話聞いてなかったんですか貴方達!?、え!?怖い!あんなに必死に話してたのに!?」


「あはは、早くアルク姉と戦いてー」


「よしよし、我が子達よ」


「そっちはそもそも聞け!私の話を!」


「エリスぅぅぅぅううああああああああああ!!!」


「うるせぇぇぇっっ!!」



「ぬぅぁーーーーはっはっはっはっ!、騒がしいのう賑やかじゃのう!、懐かしき喧騒じゃわい!」


ギャアギャアと騒ぐ十悪星の声にシリウスは大いに笑う、賑やかであると それでいて騒がしいと、八千年前を思い出す喧騒だ


どいつもこいつも自己が強すぎて制御なんかまるで出来ない、全員が全員やりたいことをやる…それが十悪星、だがそれでいいのだ 大層な目的がないからこそこいつらは強いのだから


「ふふ、そうだねシリウス、…それで?君はこの戦いに随分入れ込んでいるようだね」


「ほう、分かるかナヴァグラハ…そうよ、ワシはこの一戦に取り敢えず手持ちの全てを賭け皿に乗せておる、負ければ大損じゃ」


「なるほど、君がそこまで大きく出る…と言うことは気が熟したんだね」


「ああ、特異点の所在も確認したがやはり芽は出ていない、魔女の弟子達も未だ発展途上、魔女達も本調子ではないし…ここ数千年で最も勝つ確率が高いとワシは見ている」


シリウスはこの一戦の為に多くの時間を費やしてきた、ここで勝てばそのまま目的を達成しシリウスは真理に至り世界は滅びる、その目的に今指先がかかっているのだ


そんなチャンスを前にして出し惜しみなどするはずもないと不敵に笑う、だがシリウスが自信満々で計画を語るといつも決まってナヴァグラハはシリウスの隣でこう言うのだ


「それはどうかな」


と、シリウスの思考を否定するように問い返してくる、これが他の奴らなら『ワシの言うことを否定するか?』と一も二もなく殺している…だが、ナヴァグラハだけは特別だ こいつだけは違う


ナヴァグラハはシリウスが最も信頼する男だ、この男の知識はシリウスよりも深い…だからこそいつも隣に置いているのだ


「なんじゃナヴァグラハ、お前はこの戦いが時期尚早であったと言いたいのか?」


「いや、タイミング的には完璧だし君の計画は驚くほど周到だ、確かに勝率は高い…だが、確実じゃない…、君の計画が成っていたならこの戦いは必勝だった、なのにそうはならなかった…何故か分かるかい?」


「分からんな」


ただこいつはちょっと勿体ぶった言い方をする、それだけが不満ではあるが…こいつはそこで終わらせない、確実にワシの疑問に答えてくれる、だから大好きじゃ


「そうかい?、君が一番理解していると思ったが」


「……さぁな」


「なら私が代わりに言おう、…君の計画には誤算があった、だろう?だから君はここで『必要のない決戦』を行う必要があった、本来なら君が姿を現した帝国で全てが終わっていた筈だ」


「…………」


「そしてその誤算こそが魔女の弟子達だ、…君は今その誤算のツケを清算するためにこの決戦に臨んでいる」


「…………ふむ」


地味に痛いところを突いてくるのう、確かに誤算…というより、ワシはそもそも魔女の弟子という存在を勘定に入れていなかった


ここで魔女を抑え、ここで魔女戦力を抑え、ここで相手の身動きを縛り、と八千年間綿密に立てた計画の中に魔女の弟子は入っていなかった…、彼奴らはそもそも存在がイレギュラーなのだ、故に誤算と言えば誤算ではある


だが


「ナヴァグラハ、お前にして軽率だったな…確かに弟子は誤算だが脅威ではない、この戦いは誤差じゃ…どの道どこかで現行文明とケリをつけるつもりじゃった、それが今この時にズレ込んだだけじゃ」


「そうかい?」


「そうだとも、事実あんな小童共に何が出来る、ワシの足元にも及ばん雑魚共が八人揃おうが八万人揃おうが関係ない」


「フッ…そうか、だがゆめゆめ忘れないことだよシリウス、君はそう言って魔女を侮り敗北したことを」


「だから油断するなと?このワシに?」


「いいや違う、存分に油断してくれ…その為に私は君の隣にいるのだから、君が油断し目先の利益に目が昏み相手を侮り失敗しそうになった時はいつでも私が君に忠告する…それが識者たる私の仕事なんだ、私にも仕事をさせてくれシリウス…私達は友達だろう?、助け合っていかなくちゃあね」


まるで搦めとるようにシリウスの肩に手を回し、まるで注ぎ込むようにシリウスの耳元で囁く、君は好きにやればいい 君の好きにさせるのが私の仕事だからとナヴァグラハは言う、それは出会った時から変わらぬ此奴のスタンスだ


いつだってシリウスの隣でシリウスの浅ましさを指摘する、神の如き視線を持つシリウスに唯一意見出来る神の如き見識を持つ男…万象を知り尽くす知識を持つシリウスに唯一教授出来る万物を見通す男、それはまるでシリウスの中にある狂気さえも口に含んで濯ぐように笑う


そこにある狂気の程は、或いはシリウスさえも上回る


「そうじゃったのう…、なら調子に乗ろうかのう」


「ああ、そうするといい…勢い余って失敗しても大丈夫、次の策も私が考えるから」


「ならばそうする、…アルクトゥルス!見ておるのだろう!、数日後に攻める予定じゃったがワシは今非常に気分が良いので予定を早める!、侵攻は明日の夜!そこで決着をつける!」


ビッと指をさしこちらを見ているだろうアルクトゥルス目掛け合図を加える、本当ならあと数日は待つ予定だったが、調子に乗って侵攻を早めてやろう…、目的達成は早い方がええからのう!


「ふふふ、いいねぇ それでこそシリウスだ」


「いやいやいやいや!?シリウス様ぁっ!?何言ってるんですか!?、そんな予定を早めて…!、まだ魔造兵の製造が追いついていませんよ!」


「なんじゃいうるせぇのう、魔造兵なんぞただの数合わせ、元よりワシ一人でもなんとでもなる戦況じゃぞ」


「ですが…ですが、ナヴァグラハー!お前またシリウス様を唆しただろう!」


「私は嘘をついた事はないよウルキ、それは君も知ってるだろう」


「だから気に食わねぇんだよ!この…!、いつもシリウス様の隣に立ちやがって!」


「ぬはははははは!騒がしいのう騒がしいのう!」


だがそれでいい、此奴らは人格的には最低だし人間社会では生きていけない外れ者達、故にこそワシは欲した 此奴らの力を、そしてその力を得た今ならば…行けるのう


「さぁて!明日の夜!世界を滅ぼすぞ!お主ら!、何もかもをぶっ潰す準備は出来ているか!」


「ガーシャガシャガシャ!、良かろう!我輩の力で皆殺しにしてくれん!」


「戦いの場が何処であれ、斬る物は変わらない」


「アルク姉とまたやれるなんて夢みたいだなぁ」


「求められるならば答える、救いを与えろと言うのなら与える、それが我が使命だ」


「ようやくかよ、早く終わらせようぜこんな世界!」


「ぅぐがぁぁぁぁぁぁぁああああ!エリスエリスエリス!破滅の刻は来たぁぁぁぁああああ!!!」


「クハハ!この素晴らしく偉大な僕様の威光で大地を照らせと言うのだね!、いいだろう!やってやろうじゃないか!」


「準備なんか八千年前から出来てますよ、シリウス様」


「ああ、我等旧時代の遺産が勝つか…それともこの八千年に培った人類の意地が勝つか、見てみようか」


並び立つ十悪星とそれを率いる天狼、かつての大いなる厄災を想起させる面々の集結はシリウスの本気が如何程かを世界に知らしめる


今ここに羅睺十悪星は集うた、後は嚆矢を待つのみとなった…さぁ、魔女よ!魔女の弟子達よ!人類よ!、この難敵をどう防ぐ!ワシに見せてくれ!





そう意気込みを見せるシリウス達、…そんな中


「………………」


ただ一人、意気込みを見せず静かに目を伏せ シリウスを見つめる星が一つ、その瞳には喜びも威勢も無く、ただただ深い悲しみだけが宿る


「……レグルス」


その影は、…魔獣王タマオノは静かに決心するように、胸元で手を握る


これは八千年の前の再現となるだろう、だが…それは決してあの八千点前の戦いが無駄になったというわけではない


あの戦いで培われたものは、確かにあるのだ


…………………………………………………………………………


「あわ…あわわわ、あれ…羅睺十悪星ですか…!?アルクトゥルス様…!」


「羅睺十悪星って魔女様が総掛かりでなんとか倒したヤベー奴らじゃなかったか!?」


物見櫓で見下ろす先に見えるのはシリウスとそれに従う十人規模の集団、ただならぬ気配を漂わせるあれをアルクトゥルス様は羅睺十悪星と呼んだ


その名前はちょうどアジメクに来る前に聞いた、いやエリスの旅路で都度都度名前が出てきた八千年前魔女様達と激闘を繰り広げた十人の絶対強者達の総称、遥か昔に死んだはずのそれらが何故か今エリス達の目の前にいる


生き返ったのか?実は生きていたのか?、そんなことどうでもいい…問題はもうすぐアジメクを攻め立てるシリウスの隣にアイツらがいると言うこと、姿を見せるだけ見せておいて本番では観戦…なんて絶対にありえない、十中八九アイツらも出てくる


だがもし出てくればどうなる?、ただでさえ戦力的には負けているのにここに羅睺十悪星まで加わったらどうなる?


そんなもん負けだ、戦うまでも無く分かる、オライオンで戦ったホトオリの幻影の力を知るエリスなら言える、勝てるわけがないと…あんなレベルの奴が今度は十人揃って全力で殺しにくるなんて…


もうダメだ…


「…いや待て、アイツら多分本物じゃねぇ」


「え?違うんですか?、でも幻じゃないんじゃ」


「ああ、幻ではない…が羅睺十悪星の力はそもそもが半端じゃねぇ…、それが十人も揃えば戦闘態勢を取らずともその身から溢れる魔力で軽く天変地異が起こるくらいの大惨事にはなるはず」


どんだけ凄いんだ…、けど今のところそんな大惨事になる様子はない…凄い魔力は感じるけどそれでも『凄い』の範疇に収まっている、魔女様達と互角と言われる割にその魔力は魔女様ほど凄くもない


もしかして、偽物?いやだとしても凄い力を感じますけどね…


「多分、不完全なコピーを作ったんだ…魂のかけらかなにかを使ってな、言っちまえば本物の劣化コピーゴーレムだ」


「そうなんです…かね」


「そうに決まってる、だって向こうにマジ物の羅睺十悪星を用意出来る手札があったなら魔造兵なんか作る必要どこにもないからな、あの十人で軽く押し入れば皇都なんかそれだけで吹き飛ぶ」


確かにそうだ、羅睺十悪星がいるなら他の戦力は数合わせにしかならない…時を待たず最初からあの十人を使っていれば帝国の時点で全てが終わっていたはず、それがないと言うことは…


うん、多分あれはアルクトゥルス様の言う通り本物の劣化コピー…、それもゴーレムのように時間制限付きのやつだ


「ってことは、そんなに強くないってことかな」


「だが今のお前らの数百倍は強いだろうがな」


「デスヨネー…」


結局目の前の戦いがきついことに変わりはない、あれが切り札であることに変わりはないのだ…


「…ん?、なんかシリウスのやつ指立ててねぇか?なんの合図だあれ」


「多分攻め入る日時をご丁寧に教えてくれてるみたいだな」


「へぇ、いつなんです」


「明日だ、多分明日の夜だな」


「明日ァッ!?」


明日って明日?明日の夜?って目の前じゃないか??もうすぐじゃないか!?数日後じゃないの!?


「どどどうしましょうアマルトさん!」


「どうするって…、直ぐにラグナに報告だ!もう時間がねぇって!」


「じゃあ早く戻らないと!」


「だな!、よし行こう!」


「はい!」


これは大変だ、もう悠長に事を構えてる暇がない!大至急戦いの支度をしないと!後想定していなかった敵戦力の存在も教えて それで!、そうエリスとアマルトさんが慌てて階段を降りて物見櫓から降りようとしたその時


「…アルクトゥルス様?」


エリスに先んじてドタドタと階段を降りていくアマルトさんを前にエリスは立ち止まり、振り向く…アルクトゥルス様様が動かないからだ、覗き窓の外を…羅睺十悪星を見て、動かない


「…アミー、お前もいるのか…」


そう、口にする…


アミーとは羅睺十悪星のメンバーの一人でポルデューク大陸を極寒の地に変えた張本人であるとエリスは聞いているが、アルクトゥルス様の視線とその声音からはそれ以上の因縁のようなものが感じられる…


そういえばアミーは無縫化身流の達人であるとも聞いている、無縫化身流ってのはアルクトゥルス様やラグナが使う武術の名前だったはず…、それと同じ武術を使い存在が向こうにもいる、…因縁があるのかないのかで言えば…まぁ確実にあるだろうな、それも相当深い奴が


「…………」


そんなアルクトゥルスにつられてエリスも外を見る、…エリスは其奴の顔も身体的特徴も何一つとして知らないが、何故それだけは一目見て理解出来た


シリウスの隣に立つあの法衣の男、多分あれが…ナヴァグラハだろう


エリスに識の力を授けようとした、エリスよりも前に存在していた識の使い手…それがあの男、あれがナヴァグラハ…彼の目は未来さえも容易く見据える、ならばきっとこの事態も読み取っていたはず…或いはこの戦いの結末さえも


…エリスがこのまま識の力を極めたら、あそこにいるナヴァグラハみたいになるのかな…


それは…とても……


「おい!エリス!アルクトゥルス様!、なにやってんだよ!早く行こうぜ!」


「あ!ごめんなさいアマルトさん!」


「チッ、オレ様に指図するなよな」


外から響くアマルトさんの声にはたと気がつき再び動き始める、今は何かを考える時間もない とにかくラグナにこのことを教えてあげないと、もう悠長に防衛の支度を進めている時間はないんだ


確かラグナは軍議室にいたはずだ、急いで彼にこの事を伝えに行こう…そう決意しエリスは階段を下り、出せるだけの速度を出して三人揃って白亜の城へと飛び立つことになる



事態は、想像していたものよりもずっと悪いんだ


………………………………………………………………


「何!?羅睺十悪星だあ!?」


白亜の城の軍議室、そこら中に資料やら地図やらが散乱する長机の上で必死に戦略を組み立てていたラグナが顔を青くして弾かれるようにこちらを見る


「はい!、先程物見櫓でシリウスを偵察してたら…その存在を確認しました」


「どうした!何があった!」


「なんの…騒ぎ?」


大慌てで空を飛び、軽く壁とかをぶち破ってラグナのいる軍議室に突入したエリス達は直ぐに見たものを見たまま伝える、そんな騒ぎを聞きつけメルクさんやネレイドさんも続々と軍議室に集まってくるのだ


ちょうどいい、みんな聞いた方がいい話題だよこれ


「羅睺十悪星を確認したって、今エリス達から報告が…」


「なにっ!?羅睺十悪星とは…あの?」


「でも、その人達…ずぅーっと前に死んでるんじゃ?」


「ああそうだ、何かの見間違いじゃ…ないよな、師範も居たんだから見間違いのしようもない」


「そうだ、けどアイツらは羅睺十悪星の劣化コピーだ…本物ほどは強くはねぇ、けど 今の弟子の数百倍は強いだろうな」


「………………」


ラグナは頭を抱えて机に突っ伏す、今さっきまで書いていた書類を全部纏めてぐじゃぐじゃ丸めて『もうこれは使えない』とばかりにゴミ箱に放り込む、それだけの事態なんだ


確かに羅睺十悪星は本来の力を発揮できない状態にあるだろう、だがそれでも弟子達よりも百倍は強いというのだ


オライオン最強の戦力であるネレイドさんや最高戦力クラスの力を持つエリスや、そんな弟子達を下に位置取らせるラグナよりも強い…ということは、それに対抗出来る戦力は今この世界にも殆どいないのだ


ましてやアジメクの中になんか…


「クソ、簡単にはいかねぇとは思ってたけど…これほどかよ」


「オマケに悪いニュースだ、シリウスが明日ここを攻めることを表明した、恐らくは明日の夜にでも攻めてくるだろう」


「……マジかよ」


最早お手上げだ、敵は想像よりも強く 普通に戦っても勝てるか怪しいほどに強い、それでいて残された時間はあまりに少なく民間人を避難させるだけでも手一杯だろう


悠長に作戦を考えている暇もない、防衛戦をする為の兵器の配置も終わってない…こんな状況どうすればいいんだ


「ラグナ、どうしましょう…」


「どうしましょうって…、どうするって…」


ラグナが思わず目を逸らす、答えを探すように目はあちらに移りこちらに移り…それでも見つからない、どうすればいいか全く分からないのだ


流石の彼もこの段階ではもう大胆不敵に決断を下すことも出来ない、だというのにこの戦いに負ければ世界は滅びる…、そんな状態で適当なことなんか言えやしないのだ


彼は数秒考えた後、意を決して…口を開く


「なにもかもが足りない」


「足りない…ですか」


「ああ、時間もそうだが何より人手と戦力が足りない…、奴らを迎え撃でるだけの数の兵器を動かす人員がまるで足りないし、なんならそれを配備する時間もない それを使えるようにする為の訓練の時間もな」


何もかもが足りない、戦力を補うための兵器はあるにはあるが配備には時間が足りないし時間を短縮する為の人手もまるで足りていない


なにをするにも時間と人手がいる、なのにその双方が今この段階では圧倒的に足りていない、アジメク軍総勢八十万をフル稼働しても明日の夜には間に合わない


「…じゃ、じゃあ民間人の手を借りるってのは、皇都の人口は一千万人を超えてるんだろ…なら」


「それは絶対にしちゃならねぇ、俺達戦士は何のために修行してきてんだよ…戦えない奴らを守るためだろ、そこにロクな力を持たない奴等を巻き込めば無用に人が死ぬ、何より…言っちゃ悪いが足手纏いだ」


アマルトさんの提案を一刀両断にするラグナ…


それはそうだ、民間人を今から連れ戻してある程度武器を使えるようにして戦場に出す?それでなんとかなる状態ではない、戦力差は埋まらないし何よりただただ闇雲に人が死ぬだけだ、何より…巻き込むべきではない人というのはいるものだ


たとえ負ければ世界が滅びるとしても、戦えない人間を戦わせるべきではない…


「…せめて、せめてもう少し時間か人手があれば…」


「そうは言うがラグナ、今更増援は見込めん…今ある手札でなんとかしなくてはなるまい」


「そりゃそうだけど………」


ラグナは深く考え込む、何より痛いのはこちらの切り札たる魔女様がほぼ完封されている状態そのものだろう、アルクトゥルス様はいざ戦いが始まればスピカ様とリゲル様とウルキの三人を相手にしなければならない


そこに羅睺十悪星も加われば、下手をしたら真っ先に脱落するのはアルクトゥルス様かもしれない、そうなればあとはもう消化試合だ…フリーになった敵方の魔女がこちらに攻め入り、エリス達はあっという間に全滅する


よしんばアルクトゥルス様が耐え抜いても、今度は皇都の守りが疎かな状態では魔造兵を切り抜けられない、奴等を食い止める為の装備も兵士も足りていないのが現状…皇都が陥落するのは時間の問題だ


避けねばならない展開がいくつもあるのに、それを防ぐ為の手立てが一つもない…これでは、どうやっても


「…………」


ラグナが重たく口を塞ぐ…、エリス達もなにも言えない、何の策も浮かばない…、エリスの人生最大の危機だと言うのに いつもみたいに逆転のアイディアが浮かばない


こんなものもうどうしよもうないと、何処かで脳みそが諦めているんだ…


「敵の狙いはシリウスの肉体…ならそれを城外に持ち出すか?、いやダメだそれをしても意味がない、なら戦場を白亜の城に限定して人員を圧縮するか…いや、それも時間の問題だ…向こうに魔女級戦力や羅睺十悪星がいるんじゃ城壁なんか紙同然、なら…なら…、くっ!」


ラグナの拳が握られる、どうすればいいのか分からずただただ力が行き場を失い…机の上に置かれる、何を考えても敵はそれを上回る戦力がある…じゃあもう何をしても


「くそ、情けねぇ…こんな時俺が矢面に立ってみんなを守る…なんて言えればいいんだが、それすら出来ねぇんじゃ…意味がねぇ、強くなった意味が…」


「ラグナ…」


情けないのはエリスも同じですよ、この場面でもエリスはまだラグナをアテにしている、もう自分じゃどうしようもないと責任をラグナに押し付けている、彼はこんなにもエリス達の為に悩んでるのに…情けない、情けないよ…こんなの


「……っ」


そんな中、アルクトゥルス様が顔を上げる、沈痛な表情の弟子を見守る…そんな痛ましい表情のアルクトゥルス様が顔を上げ、振り向く


「ッバカが、間に合わねぇかと思ったぞ、何タラタラやってんだ!」


「へぇ…!?」


いきなり飛んできた罵声に目を剥く、何故そんな酷いこと言われなきゃならないの?と、だがよく見ればアルクトゥルス様の顔はエリス達ではなく、扉の方を向いている


この場にいる誰よりも外に、…誰もいないはずの廊下の向こうを見て、アルクトゥルス様は声を荒げる、けどその顔は なによりも嬉しそうで……


「別にタラタラしてた訳ではありませんわ、わたくしもまた仕事をしてきたのです、そこは評価していただかないと不当…と言うものですわ」


ペタペタと裸足の足音が廊下に響く、まるで明けの明星が如き輝きが廊下の闇を切り裂いて現れる


記憶にある輝きはエリスに追憶を齎す、アルクトゥルス様が言っていた『アテ』の正体と、ずっと…ずぅーっと思っていた、『あの人はどこで何をしてるんだろう』と言う疑問の答え


それは、絶望の淵に立たされたエリス達を無理矢理引き起こすように強引に、それでいて力強く頼もしく軍議室に踏み込み、玉が転がるような美声でこう言うのだ


「さぁて!、わたくしがやってきたのですからそのような重苦しい顔はやめて出迎えなさい!、でなくては勝利の栄光も逃げましてよ!」


「ふぉ…フォーマルハウト様!?」


「ママママ マスター!?!?」


八人の魔女の一人にして師匠が洗脳を解いた魔女の一人、メルクリウスさんよりも前にデルセクトを統べていた初代同盟首長…、水面に浮かぶ金毛を煌めかせ 寝巻きのようなラフな服装を見事に着こなし彼女は現れる、希望を携えて…


栄光の魔女フォーマルハウト様が現れたのだ


「フォーマルハウト様…」


「魔女の弟子や魔女が揃いも揃って情けない顔をして、敵は目の前なのでしょう!なら嘘でも笑いなさい!」


「あの、師範…もしかして魔女を相手にするアテって」


「ああ、フォーマルハウトだ…ようやくこちらに来れると連絡があったからな、こいつもこれから戦線に加わる、オレ様と一緒に向こうの魔女を叩くためにな」


アルクトゥルス様だけでキツイなら、こちらも魔女を増やせばいいだけの事、フォーマルハウト様が加われば少なくとも向こうの魔女とこちらの魔女で同数になる、戦力差だけで見ればかなり互角に近づいたと言える


「あの、マスター…」


「ええメルクリウス、いきなり式典の最中消えた時は驚きましたが話は聞いています、よく頑張りましたわね、流石は我が弟子!」


「あ ありがとうございます、ですが今まで何を…」


「おや我が教え子メルクリウス、貴方の師が今の今までこの戦いに参加せずサボっていたとでもお思いで?」


「いえそんな事は、ですが…なにをしていたのか気になって…」


「フッ、直ぐに分かりますわ…して?ラグナ」


「へ?え?あ、はい」


いきなり現れたフォーマルハウト様に呆気を取られながらもその呼びかけには瞬く間に反応して席を立つラグナ、彼の顔のなんと間抜けなことか


だがエリスもまた同じような顔をしているだろう、予想はしていたが唐突に現れたフォーマルハウト様に驚きを感じないってのは少し無理だ、これで確かに対魔女への対抗策は完成したと言える


だが、未だ状況は絶望的…だと言うのに何故だ、何故フォーマルハウト様はここまで自信たっぷりなのだ、何故…エリスの直感が『もう安心だ』と伝えているんだ


「貴方先程『足りない』と叫んでいましたが、なにが足りないので?」


「えっと…まずは時間、けど何よりもまず人手が足りないです、明日の決戦までに準備を整えるなら今の十倍は戦力が必要です…けど、そんな者何処にも」


「そう、戦力があったらいいのですね、なら…先ずはこちらに加えましょうか、人手を」


「え?…それはどう言う」


そうラグナが疑問を口にする前に、フォーマルハウト様はパチリと一つ指を鳴らし!こう言うのだ


「お入りなさい、助けがいるようです」


と…


そんな掛け声を待っていたかのように、フォーマルハウト様の背後より現れるいくつもの人影、それらは皆纏まりが無く疎らな服装で軍議室に入り込む、鎧を着ていたり 軍服を着ていたり 豪華な装飾を身に纏っていたり…、一つとして一貫性が見られないそれらは 纏まりを持ってラグナの立つ長机に近寄り


「であるならば我が知識をお貸ししよう、何…これでも軍を動かした経験はそれなりにある、私も力になれるだろう」


「手始めに資料が欲しいですね、…おっと もうかなり用意してある、流石はアルクカースの大王」


「では僭越ながら私も、よろしいですか?ラグナ大王」


「え…あ…ああ!?、アンタ達…じゃなくて貴方達は…!」


それぞれがそれぞれ、手元の資料を見て即座に軍の内情を把握し始める、ラグナのやっている仕事を手伝うように…、けれどラグナやっている軍の編纂はそもそも知識や経験がなければ出来ない仕事だ、生半可な人物では務まらない指揮官の仕事だ


下手な人間なら手伝わないほうがいい、けれど…けれども、誰も文句は言わない


何故なら誰もが知っているから、現れたその人物達が今までどれだけの軍を率いてきたかを、もしかしたらその道ではラグナさえも上回るであろう人物達だと言うことを みんな知っていたから


「なるほど、砲兵隊の配置に関しては私が担当しよう、他国よりは知見があるのでな」


黄金の鎧 黒の髪、凛々しき瞳と美しき風貌、その美麗極まる立ち姿そのものが芸術品として扱われるのをエリスは知っている、一つの魔女大国で軍の頂点に立つその剛腕と辣腕が如何程のものかを知っている


デルセクト連合軍総司令官、この国にいるはずのない人間が…


黒曜のグロリアーナ・オブシディアンが今、エリス達の目の前で書類片手に仕事を請け負う


「私も悲劇の騎士団の長としてこの手の仕事はこなす事が多いです、とはいえここにいる人たちからすればやや頼りないでしょうが…、誠心誠意やらせてもらいますよ」


美しき国の美しき騎士団長、悲劇の名を冠する国内最強の人間でありながら最高の作家であり最大の劇団を率いる役者でもある、そんな彼女もまたグロリアーナさんに続いて机について胸を叩く


エトワールにおける最高戦力…悲劇の騎士団の騎士団長、アジメクから最も遠い国にいるはずの人間


悲劇の騎士団 マリアニール・トラゴーディア・モリディアーニが今、エリスに向けて軽いウインクを飛ばす


「司令官としての仕事ならば私にも些か覚えがある、どうだろうかラグナ大王…我々にも働かせてはもらえないだろうか」


「貰えないだろうかって…」


ラグナも思わず呟く、恐らくこの世に彼以上に頼りになる司令官がいないのをラグナは知っている、隻眼の将軍…と言えば恐らくこの世の誰もが彼の顔を思い浮かべるだろう


帝国最強…即ち世界最強の筆頭将軍 ルードヴィヒ・リンドヴルムが今、漆黒の軍衣をはためかせ椅子に着く、まるでラグナに協力してくれるとばかりに


「い いやいや、なんでグロリアーナさんやマリアニールさん達がここに…え、ええ!?」


「総司令!?貴方まで来ていたのですか!?」


「私だけではありませんよメルクリウス様、彼も来ています」


「彼?」


そこで気がつく、まだ一人…遠慮がちに立っている人物を、ここにいる三人の司令官達に気圧されて 青い顔をし頭を掻きながらトボトボと歩いてくる


その人物をエリスは知っている、まぁ確かに彼はグロリアーナさんやルードヴィヒさんには一段劣るだろうが、それでも…多分 ラグナにとってはなによりも心強い味方だ


「あー…この豪華メンバーの中でアルクカースの代表として振る舞うのは些か緊張しますが、…ですが!若の窮地のためならば!我輩!奮起しますぞ!」


「お前…サイラス!?、お前まで来てくれていたのか!?」


かつてラグナに付き従ったたった二人の部下の一人、ラグナにとっての知識を司る軍師、やや頼りない男ではあるが戦場に立った時の彼の腕前にはそんな感情は抱かない、なによりも頼りになる軍師にして策士…


アルクカースの軍師 ラグナの直属の配下 サイラス・アキリーズがラグナの前で抱拳礼にて吠える、我が主人の為にと


「サイラス〜!お前がいてくれれば百人力だよ!、ほら座れ座れ!でこの資料見て欲しいんだけどさ!」


「お お待ちくだされ若、流石に帝国の将軍様がいる前で一番奥の席になど…」



「どういう事ですかフォーマルハウトさん、なんでこの人達が…」


デルセクトのグロリアーナさん エトワールのマリアニールさん 帝国のルードヴィヒさん アルクカースのサイラスさん、みんながみんなここからはかなり距離が国にいる人物達だ、この人達が何故ここにいる、まさかフォーマルハウト様が連れてきてくれたのか…?


いや、だとしてもこんなピンポイントで今欲しい人材を…軍を求められる人材を連れてこれるか?、これは一体…


「これがわたくしの…いえ、カノープスの秘策ですわ」


「カノープス様の?」


「ええ、外をご覧なさい…事の全体像が見えてくるでしょうからね」


外を見ろ、そう言われ見合う魔女の弟子達は五人揃って軍議室を後にして大慌てで練兵場へと向かう、アジメク軍が大慌てで戦いの支度をしていたその光景はついさっき見たばかりだ


だというのに、これはどういうことか…さっき見た時とはまるで違う光景が、今ここに広がっているではないか



「なんじゃこりゃ…」


「これは、…壮観だな」


「凄い……」


「これは…これは!!」


思わず体が震える、今の目の前で起こっている景色に体が震える 喜びに


目の前に広がるのは相変わらず慌ただしく動く軍勢だ、兵器や武器を運搬したり持ち場の確認をしている兵士達だ、ただ問題があるとするなら…その格好と言うべきか、所属と言うべきか


「あちらはアルクカース軍 デルセクト軍 、あっちにはコルスコルピ軍 …エトワール軍もいますし、帝国軍も凄い数…それに!」


「テシュタル神聖軍も…」


「全ての魔女大国の軍勢が…ここに集っているのか」


世界を統べる七つの魔女大国、アジメク アルクカース デルセクト コルスコルピ エトワール アガスティヤ オライオン、エリスが旅で見てきた全ての軍が 全ての兵士が今目の前で協力して迫る的に備えているんだ


それも一人二人じゃない、十万二十万もの大軍勢が一気に…一気に、虚空に開いた巨大な時界門から続々と現れている


まさか、これがカノープス様の秘策


「今までお前達に任せてすまなかったな、我もこちらに掛り切りだったのだ」


「っ!カノープス様!?」


フッと背後に現れるカノープス様は、やや疲れた顔で目の前に集う七大国の軍勢を見遣る、今の今までエリス達に同行せず姿を消していたカノープス様が…


「もしかして、集めてくれていたんですか?この戦いの援軍を」


「ああ、人も物資も一つの魔女大国内にあるものでは不足と考えてな、故に全ての魔女大国に赴き その軍勢を招集した」


凄い…凄いぞそれは、全ての魔女大国から軍勢を連れてきてくれたと言うのか、とんでもない規模の話じゃないか…!


「これも、一昔前ならあり得なかった」


「え?…」


「ほんの少し前まで魔女大国同士の関係は冷え切っていたからな、そんな状態ではここまでの援軍はあり得なかった…どこも自軍に危害を加えられてまで誰かを助けようとは思わなかっただろうからな」


カノープス様の言う通り、少し前の魔女大国同士の関係はかなり悪かった、ほぼ断絶と言ってもいいくらい互いに互い干渉せず、時には争いさえも意識する程に劣悪な関係だった、にも関わらずこの窮地の中に飛び込んできてくれる人間のなんと多いことか


確かに昔なら考えられなかった、それは事実だ…なら


「…ならなんで」


「そんなもの決まってるだろうエリス、お前のおかげだ」


「え?…」


「お前が各地の国を旅して、国と国を結ぶ架け橋になってくれたからだ、確かに魔女大国同士の関係修繕にはまだ時間がかかるだろう…だが、お前の為なら何処へでも行き誰とでも戦うと、全ての国の軍がそう言ってくれたのだ…かつてお前が国を救ったように、今度は我々もお前の国を救いたいとな」


「そんな…!」


何か目的を持って旅していたわけではない、この国ではこれをしようと予め決めていた事の方が少ないアテのない旅、その最中でエリスは多くの人間と知り合ってきた、時に軍人時に国王と時に魔女と


多くの人と出会い 争ったり協力したりしながらここまで辿り着いた、その足跡が今エリスの為にと集ってくれたと言うのだ


軍だけじゃない 全ての魔女の弟子達もまたエリスの為に助けに来てくれている、エリスの為に…エリスの為に


「エリス、誇れ…これはお前が旅の果てに得た光景だ、我ら魔女でさえ成し得なかった偉業をお前は成し遂げたのだ」


「っ……!!」


七つの大国は今繋がった、エリスと言う名の繋がりを得てここに集った、全ては世界を救う為に…敵を倒す為に、何かを守る為に


「おうラグナ、テメェ何間抜けな顔晒してんだ、他国の軍や人間もいるんだからもっとピシッとしろピシッと」


「へ?え!?ベオセルク兄様!!何故ここに!」


「軍が来てるんだから俺もくるに決まってんだろうが…、ちゃんと全員引き連れてきたぜ?テメェらがピンチだって言うからな」


よう とアルクカース軍を引き連れて現れるのはまるで手負いの獣の如き危うさを秘める男、瘦せぎすに見えてその体に無駄はなく、凶悪な顔つきで甲冑を鳴らす…


王牙戦士団の総隊長が配下の六隊長を率いてラグナの肩を叩きにやってくる、この人も来てくれたんだ!


「うおぉぉおん!我が王!我が主人!ラグナ大王!、お会いしたかったです!ご無事でよかった!」


「ちょっ!?ガイランド!、まさかみんな来てくれてるのか!?」


「ああ、最初は五十万人率いて来るつもりだったが、ここに帝国軍も来るって聞いてな…あそこにゃ負けらんねーと話が広がりに広がり、アルクカース国軍だけじゃなく貴族達も私兵を率いて集結し国内全ての傭兵団も集って…まぁざっと三百万は集まった、まだ戦力がたりねぇとは言わねぇよな」


「三百万!?」


もう三百万人も集まったのか!?、じゃあもう魔造兵の総数超えたじゃん!、いや違う…アルクカース『だけで』三百万なら…


「メルクリウス様!、よかったこちらにいましたか!」


「む、シオ!お前も来てくれていたか!」


「はい!、一夜千秋の気持ちで待ち続けてより長き時をメルクリウス様なしで過ごして参りました、そしてようやくこの場で再会できて このシオ、感涙の極みに…」


「それはいい、それよりどれだけ集まった」


「ハッ!、メルクリウス様の危機とあればこのシオ デルセクトより百万の軍勢を率いてくることなど容易いものでございます、それにこの日の為に製造していた最新鋭の兵器の数々も全て持ち込みました!、メルクリウス様の敵を跡形もなく吹き飛ばす為に!」


「そうか…!、よし!」


デルセクトに於ける同盟首長直属部隊アマルガム総隊長 シオの推参に拳を握る、メルクリウスはもとより魔女に反する存在との戦いに備えて兵器を量産してきたのだ、デティが自国軍を強化していたようにメルクもまた鍛え抜いてきた、デルセクトの技術力こそ世界最強だと信じて


「ヤッホーアマルト、あんた上手く立ち回れてるぅ〜?」


「ゲッ、タリア姉…あんたも来てんのかよ」


「コルスコルピの戦力が来てるのに私ちゃんが来てないなんてあり得ないだろう〜?、この世界最強の剣豪たる私ちゃんがさ」


続くように現れる古風な鎧、歴史の国コルスコルピの最強戦力にして世界最大の大剣豪、あとついでにアマルトさんの従姉妹 タリアテッレ・ポセイドニオスもまた大勢のコルスコルピ軍を引き連れ現れる


「私ちゃんだけじゃないぜい!、聞いて驚くなよ!、連れてきた軍勢は五十万!コルスコルピ軍の半数以上!どうよ!」


「……五十万?、デルセクトは百万 アルクカース三百万なのに?、なんか少なくない?」


「ゔぇっ!、そんなに連れてきてたの!?、と言ってもうちそんなに軍拡してないしなぁ、あと持ってきたものといえば学園の奥に安置されてた対天狼防衛機構の自立兵器とか防御策とかかな…、どうかな?ラグにゃん?」


「それはそれでかなりありがたいな、今から相手にすんのはその天狼だ…これ以上ないくらい有用な戦力だな、なぁ?アマルト…お前お姉ちゃんが来て照れてんのか?」


「んなわけねぇだろ、アホか」



「ハァーイ!エリスチャーン!」


「は?…エリス?」


ふと、皆が皆久しい再会を祝う中エリスに愉快な声がかけられる、まるで子豚の鳴き声のようなヘンテコな足音を立てながら仰々しい身動きでこちらに手を振ってるピエロがいる…なんだあれ


ああ、いや違うな 多分あの人は


「もしかしてプルチネッラさんですか?」


「はいそうデース、お久しぶりデース!」


枝のように細長い手足と体を存分に振るい、カラフルな鎧を輝かせてチャカチャカ踊るこの人は、マリアニールさんの同僚 喜劇の騎士プルチネッラさんだ、つまりエトワール軍の人間ということになる


よく見ればその背後にはエトワール軍の騎士やグンタルさんと言ったあの雪の国で見かけた人達がチラホラ見える


「もしかしてエトワール軍も?」


「はいそうデース、人数にして兵士と騎士を五十万人、あと魔術陣の書き手も連れて来られるだけ連れてきまーした!、今みんなで魔術陣を敷きに外に出てまーす、我々が来たからには敵は近づけさせませーん!」


おお、そうか!魔術陣は陣地防衛に於いて最も高い適性を持つと言われる魔術体系だ!、その書き手を連れて来られるだけ連れてきてくれたということは、短い時間で大量に魔術陣を用意できるということか!


「ありがとうございます!プルチネッラさん!」


「ゴーサインを出したのはヘレナ姫でーす!、お礼は彼の方にどうぞー!」


ヘレナさんか!、あの人がここまでの援軍を!…またエトワールに赴いてお礼を言わないといけないな…!


そうエリスがかつて別れた友たるヘレナさんに想いを馳せた瞬間


「オラオラオラオラ!退け退け退け!!」


「退いてくれ!こっちにいるんだろう!」


「ネレイド様ー!ネレイド様ー!」


「ん……?」


ドカドカと他国の兵士を押しのけ、砂埃をあげながらこちらに向かってくる一団がいる、ネレイドさんの名前を呼びながら突っ込んでくるその人達の声は非常に聞き覚えがある…、そうだよな 言っていたもんな


テシュタル神聖軍も来ていると、ならば


「御大将!」


「ネレイド様!」


「会いたかったですー!」


「わわ、ベンちゃん…トリトン…ローデ…みんなも来てたの?」


飛びついてくるシスターと神父、それはそのままネレイドさんの体に抱きつきおんおんと再会を喜んで泣き叫ぶ、と言っても別れたのは数週間前だろうに…


彼らはオライオンの最高戦力である四神将、ベンテシキュメとトリトンとローデの三人だ、この間別れたばかりの三人もまたこの場にやってきてくれたのだ


「うぉー!、やっぱりあたい達も御大将と一緒に戦いてぇーよー!」


「ちょ…ちょっと、三人とも…軍は?国は?、全部任せてきたのに…」


「そちらはもう安心してください、それはもう我らが説明しました、教皇リゲルはテシュタルの名を騙る悪魔に操られてしまっていると…我等が神敵と思っていたのは、我らを助けようとしてくれていた者達だったと、…我等がネレイド様はそんな教皇を助ける為に他の魔女の弟子達と共に国外へ向かったと…何も隠さずありのままに伝えました」


「そうしたらみんな、信じてくれたのです!『ネレイド様はいつだって国の為民の為戦う人だ、あの人がやるなら我々も信じる』と、神聖軍もオライオン国民も…みんな信じて力を貸してくれたのです!」


「みんなが…」


それは、ネレイドさんが今まで一度として誰かに嘘をつかず、常に誰かの為に戦い続けた証左に他ならない、誰かの為に戦い続けたから 誰かもまたネレイドさんのために戦ってくれる今までの積み重ねが今ここで最大の助けとなるのだ


ネレイドさんの戦いの結果が、この場に集った神聖軍なのだ


「そっか…ありがとう、みんな」


「おう!、あたい達テシュタル神聖軍百万人全員が!御大将の為に戦うぜ!!!」


「うぉおおおおおお!!!」


ベンテシキュメの号令に従いテシュタル神聖軍が雄叫びをあげる、皆が皆屈強な肉体を持つ神聖軍が全員叫ぶんだ、死番衆も邪教執行官も聖務教団も オライオンの全てがネレイドさんの為だけにこの場での戦いを決意する


凄いことになってきた、全ての軍が全ての力を今このアジメクという国に注ぎ込んでくれている…ということは、つまり


「よっ、エリスさん!久しぶり!」


「やっぱり来てくれてたんですね、フリードリヒさん」


着崩した純白の軍服とキラリと輝くサングラス、そちらを携え現れるいい加減そうな男がどれだけ強く どれだけ頼りになるかをエリスは知っている


彼はフリードリヒさん、帝国第二師団団長 フリードリヒ・バハムート…師団長でありながら将軍と同格の力を持つと言われる帝国の新たなる希望の星だ


「まぁそりゃあな、帝国の目的は世界の秩序を守ること…ならこの戦いに参加しないわけがない、って事で取り敢えず三十一師団全員と連れて来られるだけの帝国兵、合わせて四百万と持てるだけの魔装全部持ってきた、当然三将軍様も一緒だ」


「よ…四百万…」


流石は世界最強国家、連れてくる戦力も段違いだ、…けど 帝国の目的はこの世界を守る事、ならば確かにこの戦いにかける意気込みも他の国とはこれまた段違い、…帝国軍がこんなにも力を貸してくれるなら心強い


そう、思った瞬間


「いやぁしかし、各国がここまで力を貸してくれるなんて心強いなぁ、オマケにあのアルクカースやデルセクトも」


とフレンドリーに声を放つフリードリヒさんの目の先にいるのは アルクカースとデルセクトの代表…ベオセルクさんとシオさんだ、…フレンドリー…に見えるんだけど、なんか…不穏な気が


「しかしあのアルクカースともあろうものが三百万人かぁ、うちより百万も少ないなぁ、意外と戦える人間って少ないのか?」


「は?」


「それにデルセクトの最新鋭の装備?さっき見たぜ、凄いな?凄いけど…あの分ならまだ世界の先頭は暫くアガスティヤが独占だな、いやぁ安泰安泰」


「むっ?」


煽る、突如としてフリードリヒさんがニタリとバカにするように笑いながら両国の代表へとチラリと視線を向ける、それは声音程友好的な物ではなく 部外者たるエリスでさえ挑戦状のように受け取れる言葉であった


ならば、当事者たる二人にはどう映ったか…、少なくとも目下のところ目標としている帝国からの煽りの言葉は、聞き逃せないものであっただろう


「おい、テメェら!」


「は はいっ!、総隊長!」


「今すぐあの穴通ってアルクカースに戻り国中に残ってる戦力残らず掻き集めて明日までに百万…いや百五十万連れて来い!」


「え!?ですが動かせるものは全て動かして…」


「まだ動いてねぇ貴族や傭兵会がいたはずだ!、連中の魂胆は知れてる!俺たちの不在に反乱でも起こして要塞を陥落させようってつもりだろうなぁ!、ならそいつらのケツ引っ叩いて連れて来い!、帝国にバカにされてるぞって言えばホイホイついて来るはずだ!」


「は はい!了解!」


吠える餓獣、目の前で嘲るフリードリヒさんの態度に我慢ならぬと更なる戦力を呼びつけるよう命令を下す、その有様はまさしく鬼…ラグナに従属し家臣となった今でも抜け落ちぬ餓獣の牙が煌めいて部下を脅し立てる


「…そういえば、まだデルセクトには兵器が残っていたな」


「え?、シオ総長?もうあれ以上の兵器は我が同盟には…」


「いや、来月試験運用する兵器が十二種類ほどあったはずだ、あれこそデルセクトの真なる最新兵器だ、あれを使う」


「なァッ!?いやいや、あれはまだ試験段階で…いきなりこんな所で運用なんて出来るわけ…!」


「もう理論上は動かしても構わないと結論は出ている!なら実戦で試験を行う!それでいいだろう!、帝国のボンクラにナメた口聞かれてたまるか!、技術はデルセクトの宝だ!、そこで負けてたまるか!」


「う…うう、開発局になんて説明したら…」


「真摯に説明しろ、こめかみに銃口が突きつけられていれば彼らも真摯に答えてくれるはずだ」


「か…かしこまりました」


シオさんがやたらと怒り狂いながら新たな兵器を持って来るよう大至急命令を出す、何やら凄いものが持って来られるみたいだが…、そんな挑発に乗って持ってきてもいいんですかねメルクさん、いやメルクさんは全然良さそうだ


「にへへ、儲けた儲けた」


そして怒り狂い更なる戦力増強をしてみせた当のフリードリヒさんと言えば満足そうに頷いて笑っている、まさかこの人これが狙いで煽ったのか?…策士と言うかバカというか、これからみんなで協力するんだからもっと仲良くしてほしいなぁ


「あんまり煽らないでくださいよフリードリヒさん」


「わーってるよ、こういうのはこれっきりさ…、仲良くやるよ?なぁ?、他の魔女大国の皆々様よ」


「…フンッ、まぁそうだな」


「足を引っ張り合う真似はしない、デルセクトは仕事人の国だ…任務は確実に達成される」


いがみ合いながらも敵対することはなく、今はただ手を取り合う事を選ぶ魔女大国達


カノープス様が世界中を周り軍を説得し自ら陣頭指揮を執り掻き集めた今この文明の総戦力


アジメクは八十万


アルクカースは追加分も含めて四百五十万


デルセクトは百万


コルスコルピは五十万


エトワールは五十万


アガスティヤは四百万


オライオンは百万


その総数、合わせて…ええと


「一千二百三十万…!!!」


皇都の総人口を上回る圧倒的な大軍勢、帝国だってこんな大規模な大軍は持ち合わせていない…、それどころか凡ゆる国が持ち得る技術と力を総結集した文字通りの世界最強の軍隊が出来上がってしまった


思わず震えてしまう、この皇都の街を埋め尽くして余りある大軍勢が一気に加勢として加わってしまった、これならシリウスの用意した三百万の軍勢なんか屁でもない…


リゲル様 スピカ様 ウルキ様の三人の魔女級戦力も、こちらにいるアルクトゥルス様 フォーマルハウト様 カノープス様で相殺できる


羅睺十悪星というどうにもならない不確定要素はあるが…それもこの戦力なら或いは…


「い 行けるのか、これ」


アマルトさんが思わず呟く、エリス同様震えながら


「これは…或いは!」


メルクさんが思わず力を込める、拳を握り 打ち砕かれた絶望の先に見える光明に


「行けるよ…私達なら」


ネレイドさんも珍しく笑っている、ここに集まったのはただの大軍勢じゃない、皆が皆この世界を守るために剣を取った勇士達、皆がこの世界の守り手として立ち上がった戦士達なのだから


「ふふ…はははは!、こりゃあいいや!こんなに愉快なのは久しぶりだよ!、痛快だ!すげー気持ちいい!」


ラグナが手で顔を覆いめためたに笑う、さっきまで悩んでいたのがバカみたいだと、これなら戦える これなら守れる これなら…勝てる、そう確信した彼は近くに積み上げられた積荷の木箱の上に駆け上がり、高らかに拳をあげる


「よう!お前ら!!!」


そのラグナの言葉に、全ての国の全ての兵が動きを止め、立ち止まり、彼の姿を見る…数多の国を率いるが如き勇姿を見せる一人の王の号令に耳を貸す


「まずは礼を言わせてくれ!、この場に参陣してくれたその心意気と世界を守る為に戦う勇気に!、みんなの心が一つにまとまったお陰で!今俺達は世界最強の力を手に入れ、魔女様だって実現出来なかった全魔女大国 総力の結集!、その偉業に立ち会うことが出来た!」


両手を広げ兵達に語る戦士の王は心より礼を述べる、天より注ぐ斜陽を身に受け踊る心のままに高らかに声をあげる彼の姿は、エリスはとても輝いて見えた


「敵は強力だ!、聞いてるか?蘇った大いなる厄災と大地を埋め尽くす魔獣の大群だそうだ!そんでもってこの戦いに負けたら俺達の世界は滅びちまうそうだぜ!、笑えるくらいヤバい状況だろ!笑っちまうくらい絶望的だろ!、なのに笑える!俺は今すげー気持ちよく笑える!なんせ負ける気がしねーんだからよ!ここにいるメンツとここにある力の全てをぶつけりゃ倒せない敵はないと確信出来る!」


負ける気がしない、そんな気持ちを綺麗に切り分けて兵士一人一人に配るように彼は勝利への確信を隠そうともしない、それは傲慢でも慢心でもない…事実だ、事実彼はこの戦力を前に負けるはずがないと確信出来ているのだ


「この世界を滅ぼそうとするクソヤロウに、この世界の全てをぶつけて今こそ証明してやろう!」


再度拳を固く握り 鼓舞する、これは勝利への誓いではなく勝利宣言だと言わんばかりに


「この世は過去の亡霊のもんじゃねぇ!!!、今を生きる!俺達の世界だとッ!!!」


「───────ッッッッッ!!!!!!」


大地が揺れる、ラグナの号令に兵士達が呼応し言語化不能なレベルの大喝采が鳴り響く、一人の英雄の叫びに世界が答えたその瞬間を目にしてエリスはふと、振り向いてそれを見る


いつのまにか、そんなラグナの姿を見ている三人の魔女…アルクトゥルス様とフォーマルハウト様とカノープス様、今この世界を統べる者達はラグナの宣言を聞いて


とても、嬉しそうな顔を…今まで背負っていた重たい荷物をようやく降ろせたとばかりに、清々しい顔で笑っていた


「魔女様…」


まるでこの喝采から一線を引くように、城の影の中立つ魔女様達に手を伸ばそうとした瞬間


「エリス!来てくれ!」


「へ?ラグナ?」


「君が必要だ!」


斜陽を背に浴び輝くラグナが、こちらに手を伸ばしていた…エリスが必要だと、上から手を伸ばしている、魔女様に伸ばしそうになったその手はクルリとラグナの方を向いて…


しっかりと握る、ラグナの手を…


その手は力強くエリスを握りしめて、上へと引き上げ…万来の喝采をあげる兵士の海の頭上へと押し上げ、エリスを隣に立たせる…この大群を率いる英雄の隣へと


「さぁ行くぞエリス、反撃開始だ…今まで好き勝手やられた分、やり返すぞ!」


「…はい!、ラグナ!皆さん!やりましょう!」


共に掲げる拳、ラグナとエリス そしてこの場に集うた全ての意思と共に今再び世界を破滅させようとする意思を打ち砕く為、今の世を守るために立ち上がる


この世界は今、エリス達の物なのだと語るように


「よっしゃあ!、やるぞ!『魔女大連合』!結成だ!」


七つの魔女大国の全てが集まって生まれた総数一千万越えの大連合、この全ての力を用いてシリウスに対して総力戦を挑む…


そう皆が喜びと雄叫びに沸いた…



その瞬間であった



「ちょっと!うるさいんだけど!」


そんな錫杖を壁に叩きつける音と共に響く怒声に場が一気に静まり返る、数万人の軍勢の喝采を一撃で掻き消すほどの怒号、それは白亜の城の入り口から向けられていた


そこにいたのは…


「私三徹もしてるんだよ!三徹!寝かせて!死ぬ!」


小さな少女…いやデティだ、彼女はもうゾンビみたいな顔で怒り狂いながら目の前で騒ぐ団体をジッと見て…


ジーっと見て、小さく首を傾げ…はたと気がついたように指をさし


「城の中に知らない人達がいっぱいいるーーーー!?!?!?」


…………この子にもいろいろ説明がいるな



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― 新着の感想 ―
[一言] やっと休めたと思ったら明日決戦始まっちゃうし四徹目になりそうなデティ… エリスは立場も背負ってる物も何も無いと嘆いてたけど、一番大切な縁を繋ぐ力を持ってたんだよ良かったな
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