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298.魔女の弟子とお久しぶりの再会


「おかえりエリスちゃん!おかえりー!」


ピョンコピョンコと玉座から跳ね降りてエリスに抱きついてくれるデティを受け止めてエリスはそのぬくもりを確認する、よかった…本当にデティだと


十年以上の長き旅を終えてようやく白亜の城に戻って来たエリスは、その謁見の間にて彼女の再会した エリスの一番最初の親友デティに


「ただいま戻りましたデティ」


「うー!その挨拶が欲しかったのにー!、エリスちゃんが跪くとこ見たくないよー!」


「ですがそれはデティが導皇モードで出迎えたから…」


「い…一応威厳あるところも見せておこうかなって、それにエリスちゃんなら私が導皇モードでも気兼ねなくか話してくれると思って」


「エリスそんな無礼じゃありませんよ」


「そっかそっか、…で」


エリスに抱きついたデティが次に目を向けるのは、集結している六人の魔女の弟子達だ


「エリスちゃんが帰ってくることは予想出来たけど、みんなまでいるのは想定外かな…ねぇ、ラグナ メルクさん アマルト」


「まぁ、なんやかんやあってな」


「そうだ、色々あって途中からエリスと旅を共にしていた」


「ええっ!?エリスちゃんと一緒に旅してたの!?ズールーいー!ずるいずるい!」


「相変わらずガキクセェなぁお前は」


「ガキじゃないやい!、うわぁーん!私が仕事頑張ってる間にもみんなで旅してたなんて羨ましいよう!、もう一回やらない?私も混ぜてさ」


やらないよ、デティとの旅は楽しそうですけど、それはそれとしてもう一回帝国と戦いオライオンで旅をしろってのは無理難題な気がしますよ


でもデティが仕事をしてくれたおかげでエリス達はここに帰ってこれたんだ、そこに関してエリスは言葉に出来ないくらいの感謝をしているつもりですよ、デティ


「うぅ…羨ましいよう…羨ましいけど…さ、エリスちゃん」


「なんですか?」


「その…ね?、うん あの人達…誰?」


チラリ…とエリスの体を遮蔽物代わりにしつつ覗き込むのは魔女の弟子達…それも見知った方じゃない、所謂ポルデューク組だ


デティはディオスクロア大学園にてカストリア組とは顔を合わせている、だからそこまではみんな知り合いだ、だがそれ以降でエリス達一行に加わったナリアさん メグさん ネレイドさんの三人については全くの初対面、つまり紹介する必要がありそうだ


「はい、あの人達はエリス達と同じ魔女の弟子です、右から 閃光の魔女の弟子サトゥルナリア・ルシエンテスことナリアさん ああ見えても立派な男です、次が無双の魔女の弟子メグ・ジャバウォックことメグさんです、皇帝陛下直属のメイド長様ですね、それであちらが…」


そうエリスがネレイドさんを指差した瞬間、デティは…


「お…おっきい…」


ゴクリと唾を飲んでエリスの影から出て歩み寄る、遥か高く聳えるのネレイドさんの元に


「ち…ちっちゃい」


同じく固唾を飲んで見守るネレイドさんは足元のデティを見て衝撃を受ける、と言うかエリスも衝撃を受ける


魔女の弟子で最も小さいデティと最も大きいネレイドさんの二人が並ぶとこんなにも身長差があるのか、もう大人と子供というより別の生き物同士が並んでるみたいだ、ってかデティってばネレイドさんの腰にも届いてないですよ…


「貴方が…デティフローア様?」


「うん、…貴方は?」


「ネレイド、ネレイド・イストミア…夢見の魔女の弟子」


「貴方が…大きい大きいとは聞いてたけど、こんなに大きいなんて」


「貴方も…小さいね」


ふと気がつく、そう言えばネレイドさんさっきからデティのことを小さい小さいと連呼しまくって大丈夫か?、デティはあれで自分の身長をかなり気にしている、小さいと言われれば烈火の如くブチ切れて噛みつきにかかるのに…


「ま…まぁ、貴方から見れば…小さいかもね」


と思ったら普通に受け入れてた、最早受け入れざるをえないほどに身長差があるんだから仕方ないか…


「あ…ごめんね、私大きいから…」


「嫌味かッ!?…と思ったけど、貴方も身長の件でかなり苦労しているみたいね、私もこんなんだからよく分かるわ、お互い正反対の身長なのに 行き着くところは同じみたいね」


「おお…、その…通り」


「だから私は貴方の事を大きいと言う理由で蔑んだりしないわ、それがどれだけ傷つくか私も知ってるからね、だからこそ 尊敬と憧憬を込めて…こう言わせて?、貴方すっごく大きいわね!強そう!」


「…えへへ」


ん?、なんだか二人とも上手くやれそうだぞ、悩みの形は正反対だが悩みそのものは似ているからか、いやいや?おいおい?やめてくれよ?デティはエリスのなんだから


しかしなんだか羨ましいな、良くも悪くもエリスはデティの悩みを理解出来ないから…、共感出来るネレイドさんが羨ましい


「それで、貴方が閃光の魔女様の弟子 サトゥルナリアさんね」


「あ、ナリアで大丈夫です、デティフローア様」


「じゃあ私もデティでいいわ、みんなそう呼んでるしね!、にしても…可愛いわね」


「えへへ、僕舞台役者をしてまして、演じる役柄的に女性が多いので身嗜みには気を使ってるんです」


「なるほど…つまり貴方の影響ね」


「何がですか?」


「オシャレを知らない無垢な少女だったエリスちゃんがヘアオイルなんか使ってるのは、きっと貴方のおかげ…違う?」


「んん!?」


う!気がついていたのか!?、ま まぁ確かにエリスはナリアさんと出会うまでオシャレなんかには気を使ったこともなかったから、ある意味じゃ一目瞭然なのか…


「はい、エリスさんは自分の綺麗さに全く気がついていません、髪なんか川の水でジャバジャバ洗うだけで自然乾燥でなんとかしてますし…、これは最早美に対する冒涜かと!」


「分かってるわね!、この調子でどんどんエリスちゃんにオシャレ叩き込んであげて!、エリスちゃんったら自分が美少女なのをいいことにオシャレ全然しないんだから」


「分かりました!デティさん!」


「う…」


あれ、なんか…居心地悪いな、おかしいな…嬉しい再会のはずなのにな、あれぇ?


「で、そちらのメイドさんがあの無双の魔女様のお弟子様ってわけねぇ、しかし…またバラエティに富んだメンツぅ」


「はい、デティフローア様 お会いできて光栄でございます、デティフローア様のご活躍は陛下より伺っております」


「皇帝陛下に私の活躍が届いてることの方が光栄だよぉ…、はぁ〜」


するとデティは新たに仲間に加わったポルデューク組を眺めて、その余韻を味わうように息を吐きながら再び玉座に座り


「…うん!みんな!、会いたかった!会ったことある人も今日初めて会った人も!、みんなに会いたかった!」


ニパーと太陽の如き輝きのまま笑い、両手を広げる


会いたかったと…そう言うのだ、ディオスクロア大学園以来のカストリア組…そして今日初めて出会うポルデューク組、双方合わせて彼女は会いたかったとこの日の出会いに感謝を述べる、裏表ない言葉…それは確かにデティの心からの言葉だ


エリスも会いたかったです、そう今までの旅を振り返るよう彼女に言おうとした瞬間…


「でも再会を慈しむのも、新たな出会いを深めるのも、正直今は後回しにしたい…それだけ状況が切迫している、早速で悪いけど聞かせてもらえる?…エリスちゃん達がここに来た理由、大まかな予想はついているけど エリスちゃん達も私と状況を共有したいからここまで来たんでしょう?、だからお願い」


久しい再会の再会の喜びも今は後回しだと、彼女は言ってのける…強く強く輝くその瞳は小さな体とは裏腹に大人びて見える


そりゃあそうだ、ここは白亜の城…ここにいる以上テディはいついかなる時も魔術導皇、アジメクに住まう全ての命を守る立場に居るのだから、子供のままではいられない、だからこと彼女は友達との再会さえ後回しにして 事の進展を望むのだ


「…凄いね、デティは…見た目以上に…心が強い」


「はい、デティフローア様と言う人間はどうやら見かけでは判断出来ない人物のようです」


「…うん、話に聞いていた通り 立派な人だ」


そんなデティの強さを見て感心の声を上げるポルデューク組、どうやら皆さんにもデティの強さが伝わったようだ、そうですデティはすごく強くて頼りになるんですから


「はい、分かりましたデティ…エリス達がここに来た理由、としてここに来るまでの間に起こった出来事を全てお話しします」


「お願い…」


………………………………………………………………


そうしてエリスはデティに全てを話す、本当なら学園を離れたところから話したいが今はそんなことをしている暇はない、故に話すのは帝国で何があったかだ


シリウスが不完全ながら復活を果たした、師匠の肉体を乗っ取って現世に顕現した、その復活を完全なものにするために奴は魔女大国各地に散らばる己の肉体を狙っている、それを阻止するためエリス達は帝国からオライオンを通じこのアジメクまでやってきたことをデティに話す、すると


「やっぱりそうか…、凡そ予想した通りだね」


ふむと顎に指を当てて考えるデティは概ね予想通りだと首肯する、やはり分かっていたか…


「デティ、聞いた話じゃここにシリウスがやってきたらしいけど、マジか?」


「マジだよ、つい先日ここに来たの…ほらあれ見て、天井の穴…シリウスが開けて逃げてった穴」


指で指し示される通り上を見ると、確かに天井に穴が空いている、上の階層も何もかもぶち抜き青い空が見える、シリウスはここから外に逃げていったらしい、と言うことはここに来たのは本当なのか


だからエリスが言った情報も殆ど予測出来たと


「天井に穴開けて逃げやがったのよアイツ、雨降ったら私びしょ濡れになりながら公務しないといけないの、最悪」


「いや別の部屋でやれよ…、しかし シリウスは態々ここまで来て、なんで逃げたんだ?、目的のブツがここにあるのは確認出来たんだろう?」


「そこは知らないよ、ただ見に来ただけみたいだし…、そもそも私シリウスが来た時のこといまいち覚えてないんだよね」


は?、ど…どういうこと?そうエリスが顔をしかめると


「いやぁそれが、『シリウスが来た!』と思ったらその瞬間意識が曖昧になってさぁ…」


「何かされたのか?」


「分かんない…ただ単にビックリして意識が曖昧になっただけかも」


「気になるな…」


もしかしたらシリウスはデティに何かをしたのかもしれない、アイツは殆どなんでも出来るしそのクセなんでもしてくる、エリス達に先んじてデティに接触しデティに細工したかもしれないと言われれば頷ける話だが


「そこはご安心を、私が確認済みです…我が王には何もされていません」


「デズモンドさん?、本当ですか?」


「我が王への忠義に誓って」


うーん、随分な自信…と言うか断言の仕方だな、これで嘘ついてたら大したもんだが…少なくともデズモンドは嘘をついていないだろう、それは彼が信頼出来る人物だからという意味ではなく、彼がデティの部下だからだ


嘘八丁を簡単に見抜けるデティが口からでまかせを簡単に言う男を重用したりはすまい、つまり彼は嘘をついていない ならデティも何もされていない、デティの身に起こった不可思議現象は気になるがそれを検証している時間はない、今は一旦置いておこう


「まぁともあれ、さっきも言ったようにシリウスはどの道このアジメクを攻め立てるつもりのようです、そしてその本格侵攻の日取りは 多分ですがあと数日後」


「思ったよりも時間ないね、でもどうやって攻めてくるんだろう」


どうやってか、シリウスのことだから正面門蹴り飛ばして普通に中に押し入り、城の中の人間皆殺しにしてこの玉座の下に埋まっている肉体を掘り起こすくらいのことは出来るだろう


けど、…本当にそう攻めてくるか?、あのシリウスが…、奴は普通の人間じゃない 必ずエリス達が度肝抜くような方法で攻めてくるはずだ


「どうやって攻めてくるか、見当もつかねぇな…」


「攻める…と言っているから、外部から押し入ってくるのは当然として、…うーん どうやって攻めてくるのか分からないんじゃ僕たちも対処のしようがありませんね」


「ふむ、ならばここは経験者に聞いてみるのはどうだ?」


「経験者?」


つまり、シリウスとの戦いを経験したことがある人間?つまりエリス?それともメグさん?、いいや違う…もっとシリウスとたくさん戦った経験を持つ人間がいるだろう


「オレ様か?」


「はい、師範…貴方はシリウスとの戦いを何度も経験してますよね」


シリウスの弟子にして魔女であるアルクトゥルス様だ、この人は八千年前にシリウスとの激闘を経験している、それも一度や二度では収まらない回数だ、それはつまり経験といっても差し障りはないだろう


「ふぅーむ、そうだな…シリウスは宴は派手なのが好きだ」


「宴…ですか?」


つまりパーティか?、まぁ確かにシリウスはそう言う騒げるイベントはとにかく人が多い方が好きだろう、何せ奴の本質は結構な目立ちたがりだし…でも今それか何の関係が


「宴を開くなら人をたくさん呼んでとにかく規模をでかくする、そしてそれは喧嘩も同じだ…奴がこの場での戦いを決着として意識しているなら、そりゃあもうど盛大に派手に攻めてくるはずだ」


「つまり、大勢の軍勢を引き連れて、戦争を仕掛けるように皇都を攻めると?」


「ああ、オレ様の知るシリウスなら間違いなくそうする」


まぁそれはエリスの抱いている印象と概ね同じだ、きっとシリウスは物凄い数の軍勢を引き連れて現れるだろう、アルクトゥルス様の言う通りとも言える…だが


「どこにそんな軍勢が…」


シリウスの手持ちの札は今魔女様二人とウルキさんの合計三人、悪いがどれだけ強くともたった三人の集団を軍勢とはエリスは呼ばない、単なる集団だ


されどシリウスは軍を持たない、奴は国を持たないからそこまで大勢の人間を動員することは出来まい、八千年前ならいざ知れず 数ヶ月前に蘇ったシリウスにそんなことができるわけが


「油断するなよエリス、お前が今相手をしているのはシリウスだ、ヤロウはなんでもしてくる…それこそこっち側の想像を容易に越える方法でな、シリウスと戦うなら『これはあり得ない』って思考は捨てろ、奴は不可能の中で笑う」


「そうですね、…その通りです」


きっとシリウスはエリス達の予想だにしないところから戦力を引っ張ってくる、絶対に…その方法を予想することは困難だろう、エリス達がするべきことは達観することでも楽観することでもなく、ただただ淡々と備えるだけだ


「…状況は概ね分かりました、シリウスはレグルス様の肉体を奪い、魔女様二人を操り 魔女級のウルキと共に、出所不明の謎の戦力を率いてくる…その総数の把握は現段階では不可能、こちらはシリウスを迎え撃ち エリスちゃんの識確魔術でシリウスとレグルス様を切り離せば勝ち…とは言うものの、って言った感じね」


悩ましい…そう口にしながらデティは難しい顔で頬杖をつく、状況は概ねその通り、数日後シリウスはここに攻め入ってくる…それを迎え撃ち決着をつける以外の選択肢はない、そんな状況に立たされデティは大きく溜息を吐き


「デズモンド、貴方はこの状況…どう見る」


デズモンドさんに意見を問う、彼は策士であり参謀…ならば今この段階でのアジメク側の見解を出すのはデティではなく彼だ


デズモンドはデティに問われると、すでに答えを用意していたとばかりに口を開き


「ふむ、実は先程アルクトゥルス様が仰られたシリウスが率いる軍勢…それに関して一つ、情報が届いております」


「え?、マジ?」


「はい、実はシリウスが先日消えた時 私直属の配下に後を追わせたのです、今奴がどこに居て 何をしているかの情報を持ち帰るために」


凄いな、シリウスの後を追って情報抜いてくるなんてどんな精鋭なんだ…、いや シリウスは多分そんなの気にしないな、寧ろ敢えて居場所を晒している可能性がある


「どこですか?シリウスはどこで何を?」


「皇都からやや離れた地点 広大な花畑『アジメクの彩絨毯』にて、他の魔女二人を侍らせているとのことです」


その瞬間アルクトゥルス様がそちらの方角に目を向ける、恐らく遠視と透視を並列使用して確認したのだろう、すると


「っ…マジか」


何かを見たのか、ゾッと顔を青くするのだ…あのアルクトゥルス様が、シリウスのいる方角を見て 蒼ざめる


「そして持ち帰られた情報によると、シリウスはそこで謎の生命体を量産していると…」


「謎の生命体?」


「ええ、鋭い爪と牙を持ち、それでいて目や鼻と言った身体的特徴を持ち合わせない漆黒の怪物を凄まじい速度で生み出している…と」


なんじゃそりゃ、…いや待て?見たことあるかも知れないぞ、その怪物…それってもしかして


「あれか、エリスがアンノウンと呼んでた正体不明の魔獣か」


そうです、ラグナよく覚えていましたね…、恐らく生み出しているのはアンノウンだ、魔獣王となったアインが体から大量に生み出していた漆黒の魔獣、ヴィスペルティリオを襲ったあの怪物が生み出されているんだ


「アンノウンってあれか?、ヴィスペルティリオを襲った…」


「ぅげぇ、マジかよ…あれ斬っても叩いても平気で動いてくるんだよなぁ!」


「えぇー!、やだー!あの気持ち悪い奴がまた出るのー!?」


カストリア組にとっても記憶に残る嫌な敵だ、現状の魔獣学に於いてどの魔獣にも類似しない謎だらけの正体不明の魔獣 故にエリスが名付けたアンノウン、奴らとは一度戦っているが…


とにかく奴らは面倒だ、一匹一匹がかなり強い上頭を潰しても胸を貫いても動いてくるんだ、それを量産していると


「へっ、ずいぶん懐かしいのを出してきやがるなぁシリウスのやつも」


「え?アルクトゥルス様、アイツらを知っているんですか?」


「まぁな、ありゃあオレ様達が『魔造兵』と呼ぶ存在だ」


魔造兵…?、ってあれ もしかして八千年前にもいたのか!?エリスてっきり新発見の魔獣かとばかり


「あれはシリウスが作り出した『魔獣を作る魔術』にて発生する魔術生命体だ、言っちまえば魔獣の雛形だな、シリウスはあれを元に魔獣王タマオノを作り出したんだ」


「魔獣王タマオノの…雛形、い いやそれ以前に…」


「ああ、生命体を模倣して作られたアイツらは、ただただ敵対者を殺す機能だけを詰め込まれた殺戮兵器だ」


「ちょっ!ちょっと待ってください?、魔獣って魔術で作られてるんですか??」


「当たり前だろ」


当たり前なものか 現行世界の学問を一つひっくり返す情報だぞそれは、魔獣は魔術で作られてた?…いや思い返せば確か魔獣はシリウスが作ったと言っていたな、なら魔術で作った以外考えられない…


「シリウスは魔獣を作る魔術で魔造兵を作り そこから魔獣王タマオノを創造し、そんでその魔獣を作る魔術をタマオノに継承したことにより…全ての魔獣を量産する為の体制が整っちまったのさ、しかし…なんだって今魔造兵を…連中にゃあ脳みそがねぇから命令端末が無きゃ場所を取るだけの無用の長物の筈…、なんで作ってんだ…?」


「ともあれ、シリウスは今アジメクの彩絨毯にてその魔造兵アンノウンを大量に生み出しております、目算にはなりますがこのままの勢いで増え続ければ…その数は三百万程に到達するでしょう」


「さ 三百万!?」


三百万っていうとヴィスペルティリオを攻めた魔獣の数よりも多い、おまけにアンノウンはそこら辺の魔獣よりも何倍も厄介だ、内部に内臓が入ってないから急所が存在しない、故にバラバラにして身動きを封じない限り動き続けるのだ


それが三百万も…?


「そして、シリウスが天空に現れアジメクを攻めると宣言した時よりアジメク国内に点在する戦力を掻き集め皇都に集結させましたが、その総数は八十万程…、冒険者もいるだけ雇いましたがそれでも三千人程です」


こちらの戦力は八十万、十分な数にも思えるが 相手は少なくとも三百万の大軍勢、とてもじゃないが足りない…、オマケに向こうには魔女級の戦力が三人もいる、対するこちらは…


「…チッ、悪いがオレ様はそっちを手伝えそうにない、スピカとリゲル そしてウルキの三人の対処をしなきゃならねぇからな」


「大丈夫ですか、師範…流石に師範といえど、その三人は」


そう、相手はアルクトゥルス様の天敵リゲル様と居るだけで無限と再生力を約束するスピカ様、そして全ての魔女の技を使える羅睺十悪星ウルキ…流石のアルクトゥルス様と言えどこれの相手はキツイかもしれない


「そこに関しては…まぁ、目処が立った」


「へ?、もしかしてカノープス様ですか?」


「いや、違う…参戦出来ないと思ってた奴がやる気出してくれてな、そのおかげでなんとかなりそうだ」


ややぼかした言い方をするが、エリスには誰が戦力として出てきてくれるか分かっている、というか実はアテにしてさえいた、あの人が参加してくれればと…どうやらそれが叶ったようだ


あの人が参加してれくるならばこちらは安心だろう、そう言い切れる戦力だ


「だがオレ様達はとにかく向こうの魔女戦力を引きつけることに専念する、そっちの援護は出来ねぇ、三百万の大軍勢はテメェらでなんとかしろ」


「…ふむ、そうですな」


とは言え状況が好転したわけではない、それでもどうしよもうないほどに戦力差は圧倒的だ、そして期日は近い…今更戦力の増強は見込めない、今ここにある全てでなんとかしなくては世界が死ぬ…そんな戦いを前にして魔女の弟子と護国六花は視線を交わらせる


どうするべきか…と


すると


「ともかく悩んでいても仕方ない、色々語り合いたいこともあるが 今は動くべきだ、クレア団長 ちょっと集まった軍隊見せてもらっていいか?」


こういう時ラグナは黙って考えることを嫌う、行動しながら考えることを好む、どの道座って考える時間もないんだ、だったら今は明確なことをすべきだろう


「構わないわ、どうせどう暴れても数日後にゃ戦いが始まるんですもの、なら今のうちにやれるだけのことはやりましょうか」


「では、私も同行しましょう これでもデルセクト連合軍の編成を行ったこともあります、何か私の知識が役にたつかもしれません」


「じゃあ…私も行く、一応…オライオンの将軍だから…」


「ん、じゃあ他の六花達は民間人の避難先を考えて今のうちに逃がしておいて、出来れば町の外にお願いね、さ!ボーッとするのは終わり!動くわよ!」


パンパン!とクレアさんが手を叩けば六花達は機敏に動き始め、ラグナとネレイドさん そしてメルクさんの三人は防衛に当たるアジメク軍の様子を見に行くようだ、彼等は祖国では軍を率いる立場にいる人たち、ならばその知識で何か光明を見いだせるかもしれない


「じゃあメグさん、メグさんは僕に付き合ってもらえますか?」


「構いませんが…、ナリア様?何をするつもりですか?」


「僕は僕で決戦に備えたいんだ、それにはメグさんの力がいる…お願いできそう?」


「問題ありません、参りましょう」


ナリアさんに何か考えがあるようそれを察したメグさんもまた時間を惜しむように謁見の間を出て何処かに向かっていき…


「んじゃ、俺は俺で役立たずにならないように適当に動きますかね」


みんながみんなやることを決める中 特にやることが決まらないアマルトさんはフラフラとポッケに手を突っ込んで部屋を出て…、エリスは謁見の間に取り残される


みんな解散が決まってからは行動が早い、いつもエリスばかり取り残されるな


いや、今回部屋に残ったのはエリスだけではない…一応デティが玉座に残っているのと、もう一人


「…………」


「…………?」


護国六花の一人、いつぞやのイケメン騎士だけがクレアさんの命令に背いて部屋に残りエリスを見つめている、ただ一人 その場に残り、謁見の間で立ち尽くすエリスをじーっと見ている


なんなんだ


「……………」


「…………あの」


弟子達は各々の場所に消え、護国六花は民間人の避難に動き、アルクトゥルス様に至っては何も言わず音も残さず消え失せ、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返る謁見の間の中エリスと若騎士の二人がただただ見つめ合うという不可思議な状況作り出される


「あの、なんですか?」


「…………フッ」


声をかけたら まるで嘲笑するような微笑みが返された、なんだこいつ…もしかして喧嘩売ってるのかな、なら買おうかな お釣りはいらないから


「なんですか、さっきからガンくれて…、喧嘩売ってるんですか?」


「いや、別に?…君から見たら僕なんか喧嘩するほどの相手でもないだろ」


「はぁ?」


なんかやけにトゲのある言い方だな、嫌味たらしいというか…そんな言い草をされる謂れはないと思うんだけど、そうエリスがムッとしていると


「ちょっとルーカス!、今の言い方は酷いんじゃないの!」


「これは失礼、デティフローア様」


そういうのだ、ルーカス…と


ルーカス、その名前には覚えがある…ムルク村にいたケビン達と同年代の子供、それがルーカスという名前だった筈だ、いや…いや?待てよ?やっぱりこの人何処かで見たことあると思ったら


件のルーカスじゃないか?ムルク村の…


「えっと…あの、もしかして貴方 ルーカスさんですか?、ムルク村の」


「おや、ようやく思い出したかい、僕みたいな雑多な存在も覚えていてもらえるなんて光栄だよ」


「やっぱり…、ルーカスさんですか!貴方!」


ルーカスさんだ、やっぱりムルク村にいたあの子だ…懐かしい、という感情と同時に湧き上がりのは


「その…随分変わりましたね、ぱっと見じゃ全然分かりませんでしたよ」


はっきり言えばムルク村にいた頃のルーカスさんは影の薄い子供だった、クライヴというガキ大将の陰に隠れて上手く立ち回る小賢しいガキ…、そんなどこにでもいるような普通の子供でしかなかった


というのに今はどうだ、その見た目は麗しく その立場は華々しく、当時とはまるで別人だ…え?


「もしかしてルーカスさん、今護国六花をやってるんですか?」


「ああ、一応僕もここの人達には天才だと褒められてはいるよ…、まぁ君に比べれば僕なんか凡愚もいいところだけどね」


「も…もしかして初見で気付けなかったこと怒ってますか?」


「別に、名前すら覚えてもらってないと思っていたからむしろいい方さ」


「そうですか…」


こんなに話辛い人だったか?と思ったがエリス別にこの人と一対一で話したことなかったな、こんな人だったのかなぁ…でも昔はこんな怖い顔してなかったように思えるけど…


「ともあれおめでとうエリス、君の成し遂げた偉業を僕も誇らしく思うよ、世界各地を旅して名を残し、剰え大王や同盟首長とも肩を並べるなんて 全く君はムルク村の誇り、アジメクの希望だよ」


「…ルーカスさんも凄いですね、今や護国六花ですものね、アジメクを代表する一人じゃないですか」


「……バカにしてるのかい?」


…なんでそうなる、なんで睨む どうしてバカにしてることになる、実際すごいことじゃないか、きちんと手順を踏んで組織で努力して地位を得て肩書きを得る、大変なことだとエリスは思いますし、立派であると胸を張れます


「バカになんかしてません、護国六花…凄いじゃないですか、エリスはどれだけ言っても無職の放浪人、そいつに比べりゃ役職があるのは凄いと思いますよ」


「お前は…、どこまで!」


「ッ…!」


何が気に障ったのか、何が気に入らなかったのか、ルーカスは声を荒げながら大きく踏み込んでエリスに詰め寄ってくる、それだけならまだいい だがその手が腰の剣にかけられていたのだからエリスだって警戒する、やめろ…剣を抜いたらエリスは抵抗しなきゃいけなくなる!


「ルーカス!!」


「っ!…デティフローア様」


しかし、止める…デティの声がルーカスを止める、何しようとしてんだと激怒して怒号をあげるのだ、流石にそれには動きを止め…


「デティフローア様!庇うのですか、貴方の忠臣たる私ではなく放浪人のこいつを!」


「エリスちゃんの代わりに誰が立っていたとしても私は貴方を止めるよ!、護国六花が諍いから剣を抜いて人を傷つけようとしてるならね!、それが私の仕事だよ!」


「くっ…!、失礼…しました」


悔しさを滲ませながらルーカスは一歩後ずさる、腰の剣から手を外し俯きながら…一歩 また一歩と、だがその去り際に


「覚えていろよ…!」


そんな言葉を残し、彼はクルリと反転し他の六花達を追うように駆け出しあっという間に居なくなってしまう


なんだったんだ、エリスこんなに嫌われてたのか、驕るわけじゃないがこれでもみんなの命を救うために頑張ったつもりなんですがね…


「全く!ルーカス!、…後で話をしないと」


「すみません、デティ 仲裁してくれて助かりました」


「別にいいよ、でも…仲悪いの?ルーカスと、同郷だよね」


「その筈なんですがね、でも仲悪いとか仲良いとか以前にエリスはあんまりルーカスと話したことがないので」


「そうなんだ、ムルク村の友達かと思ったのに」


「エリスがこの国で初めて作った友達はデティですよ」


「えへぇっ!?えへ…えへへっー!」


どんな喜び方だ…、ふふ デティは可愛いですね


「ふぅ、デティ…」


「なあに?エリスちゃん」


「いえ、改めて再会を喜ぼうかと思いまして…、無事でいてくれてありがとうございます」


振り向いて玉座の上のデティを見つめる、相変わらず背はちっとも伸びてないがその威厳は前より増している、学園で別れてからずっとここで頑張ってきたんだな…


彼女と話すのは帝国以来だ、途中いきなり魔術筒での連絡が出来なくなってからずっと話せなかった、だから最悪の事態とかを考えたりもしましたが…こうしてまた再会することが出来てエリスは嬉しいんです


「それはこっちのセリフだよ…、アルカナと決着をつけたって聞いた時は心配したし、帝国と喧嘩したって時は震えて眠れなかったし…、でも なんとなくこうして無事に帰ってきてくれること自体は変わらず信じてたよ、エリスちゃんはきっと約束を守って私のところに戻ってきてくれるって」


「そりゃそうですよ、ちゃんと帰ってきますよ…帰るから旅なんですから」


「そっか…、旅に出て本当に立派になれたね、エリスちゃんは」


「デティも立派に魔術導皇やれてますね」


「…えへへ、私達 前よりも成長出来たみたいだね」


「ですねぇ」


エリスが旅に出てデティがここに残って、そうして今がある…結果としてエリスは立派な魔術師としてアジメクの危機に立ち上がれたし、デティはアジメクを崩壊の瀬戸際から守り抜くだけの力を得た


二人とも、大きくなれたなってしみじみ思うわけですよ


「本当はまたエリスちゃんとお部屋で話ししたいけど…、ごめんねぇ…私…眠いや」


「眠い?まだお昼ですよ」


「えへぇ…実は三徹目…、もう忙しくて忙しくて…」


「ちょっ!三徹目!?寝てないんですか!?、寝てください!」


「でも…みんな働いてるし…」


「みんなが今働いてるのは夜寝てるからです!、貴方がここで崩れたらそれこそアジメクは終わりですよ!、多分また夜頃にみんなで集まって話し合いがあると思うので、それまで寝てください今すぐ!」


「うぅ、先生が居なくなってそうやって怒ってくれる人が居なかったから…うれしいなぁ、じゃあ怒られちゃったことだし、部屋に行って寝るね」


「はい、送りましょうか?」


「ん、だいじょぶ…」


エリスに怒られやや嬉しそうに笑うデティは疲れた体を引きずり玉座から降りて自室に向かって歩いていく、やや心配だ…次見たときには廊下で寝てたりしないだろうか、いや流石に職場じゃそんなにだらしくなくないか


「エリスちゃんはエリスちゃんに出来ることをしてて」


「分かりました、では…」


「んー、おやすみー」


テシテシと手を振るデティを見送り、エリスもまた頬を叩く…さてと、エリスもシリウス襲撃に備えて出来ることをするか、と言ってもエリスに出来ることなんか限られるし…


うん、軍部に行ったラグナ達のところに行ってみるか、もしかしたら手伝えることもあるかもしれないし


………………………………………………………………


アジメク導国軍本部、十年前は白亜の城内部の一室を使って本部として利用されていたそれは、白亜の城の増築に伴い新たなエリアを丸々一つ貸し与えられるという厚遇にて大幅な増強を遂げていた


それもこれも偏にデティの軍部増強政策の一環だ、次訪れるアジメクの危機に難なく対処できるだけの力を…と、デティの願いも込めて作られた軍事施設はアジメク軍を数十万規模で収容出来るデカさと広大さを誇る


十年前にはただの壁しかなかった地点に生まれていた廊下を通って軍事施設に向かうエリスを歓迎するように、ガシャガシャと騒がしい音が聞こえてくる、それと同時に古びた石の壁は、いつしか白塗りの美しい回廊へと様変わりする


エリスはこれでも各地の軍事施設を見てきた身だ、アルクカースのフリードリス砦やデルセクトの翡翠の塔、帝国軍本部なんかも見てきたが…


「なんていうか、アジメクらしいというか…」


アジメク軍の本部、その様相はまるで美術館だ…


純白の壁には金縁の絵画が立て掛けられて、曲がり角には一々観葉植物が置かれているし、そんな観葉植物を照らす為だけに天窓や壁に窓が取り付けられている、強さよりもアジメクの気品を感じる美しさ…と言えるだろう


そんな本部のタイル張りの床をコツコツと靴音を鳴らして歩きながらエリスは探す、ラグナ達が軍の様子を見に行った筈だが…何処にいるんだろう


「んーと…ん?」


ある程度歩いた所で、ふと開けた所に出る…上には青い空が広がる天窓広場…、そこにはアジメク軍の兵卒達が木箱を抱えて慌ただしく往来しており何かの準備をしているようにも思える、いや準備してるんだよな 決戦の…


ちょうどいいや、ラグナ達の居場所を聞いてみるか


「あの、すみません」


「はい?って貴方はエリス様!?」


「ラグナ達が何処に行ったか知ってますか?」


「ラグナ様達なら練兵エリアの方に…、あ!案内を…」


「大丈夫ですよ、ありがとうございます」


ふと、兵士の持っている木箱の中をチラリと覗くと、中にはやや見覚えのある剣や盾がごちゃごちゃ入ってた、この無骨なデザインは軍部の造形にここまで気を使うアジメクらしくないデザインだ


多分、アルクカースからの輸入品だろう、あそこはそういうデザイン気にしないが、性能だけなら世界一だ、そうか…アジメクとアルクカースはそういう同盟を組んでたな


「…………」


往来する兵士達の隙間を縫って歩いていれば、戦いの支度をする兵士達の異様さが見て取れる、エリスが昔いた頃のアジメク軍は言ってみればかなり伝統的な…言い換えれば古臭い装備の典型的な騎士達がメインだった


けど、今は違う…装備の品質は世界トップクラスで最新モデルを取り揃えている、おまけに見ろ…中には銃を携行している奴もいる、多分あれはデルセクトから来た品だ


元々そこまで軍事力の高くなかったアジメクがここまで強くなれたのは デティが軍事に関心を持っただけでなく、デティがアルクカースとデルセクトの双方と密接な関係を築けたからだ、故に装備の品質もグンと高まったと言える


これは…エリスが想像しているよりも頼りになるかもしれない


「練兵場はあっちですね」


少し歩けば聞こえてくる、勇ましい掛け声と発砲音、多分練兵場はこっちの方角だと見極めて更に廊下を奥に進めば、やはり見えてくるのは練兵場と思われるエリア


見えるのは芝 そしてその上で剣を振るったり射撃の練習をしたりする兵士達の姿、兵士の訓練は何処でも変わらないな…


なんて思っていると、そんな練兵場の片隅に


「あ、ラグナ」


ラグナ達がいた、メルクさんもネレイドさんも一緒だ 三人揃って分厚い資料に目を通したり目の前の兵士達の様子を見たり忙しそうだ、何か手伝えないかな エリスにはこの記憶力があるし、きっと役に立てるはずだ


「おーい、ラグナー メルクさーんネレイドさーん」


そう呼びかけながら近づくも…


「どう思う、ラグナ…アジメク軍の様子は」


「悪くない、デティが常に国難を意識して準備してくれていたお陰でいつでも動ける状態にある」


「装備も豪華…、これ…いつでも戦争出来る…」


三人とも資料を見るのに忙しそうだな…


「皇都の地図はもう見たか?、メルクさんとネレイドさんの意見を聞きたいんだが」


「まぁ正直言えば篭城には向かんな、そもそも防衛を意識してこの街が作られていないというのもある」


「井戸の数も少ない…外から引いた川をそのまま水路に使ってる…、毒…流されたら危険」


「そもそも広大過ぎる上にやたらと出入り口多いのも気になる…、住人を避難させたらいくつかの入り口を塞いじまうか?」


「むしろいっそのこと居住区画全域を捨ててそちらをメインの戦場に据えるというのもアリだが…」


「他国でそれやるの…危険、住民からの反発があったら…大変」


「だよなあ…」


流石は軍事関係者三人だ、テキパキと皇都の情勢と兵士の状態の確認を終えている


「というか、大型兵器が心許ない…デルセクト製の大砲が後二百門欲しい…」


「ワガママを言っても仕方ないだろうラグナ、今からデルセクテに連絡をしても到底間に合わん、だが惜しいな…こういう時のために山程兵器を開発していたのに、それが肝心な時に使えんとは」


「どの大国が戦場になるか分からないから…仕方ない、戦争はいつも突然起こる 手札の補充は出来ない、今あるもので勝負するしかない」


「だな、いいこと言うぜオライオンの国防将軍様は」


「えへへ…」


「ともあれ、情報の整理は終わったから動き始めよう、メルクさんは最新兵器の使い方のレクチャーを頼む 一応デルセクト製の大砲は配備されて長いが、実戦運用は初めてだろうからな」


「分かった、やってこよう」


「ネレイドさんは兵士達に動き方を教えてやってくれ、さっきも言ったがアジメクは兵士が活躍する機会に乏しかった、実戦経験のある軍人からの指導がいるはずだ」


「ん、任せて」


「俺はデズモンドと全体の動きについて詰めてくる、敵方の動きを出来る限り予測して防御策を練るよ、多分軍議室に籠ることになると思うから用があったらそっちに連絡寄越してくれ、というわけで…ん?エリス?」


ふと、三人の動きを決め終わった後ようやくラグナがこちらに目を向ける、とは言え今更エリスがすることはなさそうだけど…


一応聞いてみるか


「何か手伝える事がないか聞きに来たんですけど、何かエリスにも出来る事ありますか?」


「出来ること…か」


するとラグナはチラリチラリとメルクさんとネレイドさんの目を見るが…


「ないかな」


「やっぱりないですか…」


やはりな、この三人はもうプロだからな…エリスも一応戦闘経験は抜群にあるが、用兵に関してはもうど素人だ、経験がないなら出来ることはない 当然の話だ


「ごめんね…エリス、けどここはプロに…任せて、一応私…これでお金貰ってる立場の人間だから…」


「ああ、寧ろ我等はこちらで掛り切りになる、他の方に手を回してやったほうが良いだろうな」


「エリスに出来る事…ってなんでしょうか」


「うーん、護国六花の方に行ってみたらどうだ?、多分あっちもあっちでてんてこ舞いだろうし」


確かにそうだな、クレアさん達は今街で住民の避難をやっている筈だ、ならそちらを手伝いに行くか


「分かりました では…」


そうエリスが踵を返そうとした瞬間…


「あれ?エリスちゃんじゃないか?」


「ん?」


ふと、声をかけられる 背後からだ、ややしゃがれて疲れたような声色でエリスの名前を呼ぶのは…うん、やはり聞いた声だ、昔聞いたより幾分老けた声 もう何度目かに感じる懐かしさと共に思い返すのは


「もしかしてデイビッドさんですか?」


「おお、やっぱりエリスちゃんだ!話には聞いてたけど懐かしいなあ!」


デイビッドさんだ、デイビッド・アガパンサス…エリスがアジメクに来た頃団長、いや団長代理をしていた人だ


それがやや質素な軍服を着て嬉しそうに手を挙げている、が…まぁなんともはや、顔には皺が刻まれ記憶にあった頃よりも幾分も老けている、もう立派におじさんに片足突っ込んでいるな


「老けましたね」


「第一声よ…、エリスちゃんは美人になったなぁ!聞いたよ、旅を終えて白亜の城に凱旋したってな、それも大王や同盟首長を引き連れての大凱旋…いやぁ、立派になった立派になった」


「エリス?この人は?」


「ああ、この人はデイビッドさん エリスがアジメクに居た頃騎士団長だった人です」


不思議そうに首をかしげるラグナに伝える、彼が何者かを…昔騎士団長であったことを


デイビッドさんが今何をしているかはわからないが、少なくともクレアさんが今騎士団長をしているということはデイビッドさんは騎士団長ではないのだろう、というか本人もあんまり騎士団長をやってる事に乗り気ではなさそうだったしね


「へぇ、騎士団長か」


「昔の話さ、今俺はアジメク軍のお目付役みたいなもんだな、まぁ今の若手は有能だから何かしたことはないんだけども…、だから肩書きだけのおっさんだわ」


「それでも得た経験は死なないでしょう、きっと貴方が居るから若手ものびのびやれるんだと思いますよ」


「お…おお?、なんか嬉しいこと言ってくれるなぁ君、っていうか君誰だい?」


「俺?、俺はラグナ・アル…」


そうラグナが口を開いた瞬間起こる砂埃、デイビッドさんが一瞬で平伏したのだ…


「らら ラグナ・アルクカース様!?、こ…これはとんだ無礼を…!」


「ああいや、俺は国賓で来たわけじゃないからそんな気にしなくても…」


「う…うう、エリスちゃんが随分親しげに話してたから…、まさか大王とは」


「エリスは俺の友達ですしね、寧ろ俺が禁じてるんです…無用に敬うのを、な?エリス」


「そうですね、ラグナってばエリスが頭下げるとすごく嫌そうな顔するんです、…ねぇ?ラグナ様」


「うぐっ!」


やめてくれ と胸を押さえながら青い顔をするラグナを見て何やら神妙な表情を浮かべるデイビッドさんは、やや呆気を取られたように口を開く…、でもまぁエリスはラグナのことを敬ってますし尊敬もしています、けれどもここで態度を変えるつもりはありませんよ


「思えば…導皇様にも物怖じしない子だったしな、…これも当然か…」


「にしても久しぶりですねデイビッドさん、メイナードさんやフアラビオラさんはまだ騎士をやってるんですか?」


「え?まだあってない感じか?、ああ メイナードは騎士団長補佐をやってる、フアラビオラは結婚して退団して今は夢だった教師やってるよ」


「へぇ、誰と結婚されたんですか?」


「メイナード以外ねぇだろ…、大変だったんだぞ?あの二人が結婚するって時なんかそりゃあもう皇都中を巻き込む大騒動になって…って今は関係ないか、そうだ 今の近衛師団長様にはあったかな?」


なんかやたらニマニマしながら聞いてくるが…会ってないな、エリスが旅に出た時はメイナードさんが近衛師団を率いていたが、そっか 出世?して今は別の役職になってるから代わりにその座に座った人がいるのか


…誰だろう


「会ってませんね、エリスもさっき皇都に着いたばかりなので」


「あれ?そうか…真っ先に会いに行くものとばかり思ってたが、いや どうせそのうち会うだろうし今は内緒にしておくよ」


ということは少なからずエリスに関係ある人間ということか、…まぁ今までの情報と組み合わせればなんとなくその人が誰だか特定は出来る、何故会いに来ないのかは分からない…単純に忙しいからか、或いは嫌われているからかは分からないけど…


会いに来ないのにはきっと理由があるはずと信じてここはエリスも探すのはよそうかな


「デイビッド殿、アジメクの武器庫の資料が欲しいのだがそちらの資料はどちらに行けば手に入るか知っていたりするだろうか」


「え?ああ知ってるぜ、というか…貴方は?」


「……まず最初に言っておくが平伏するなよ、メルクリウスだ」


「グッ!?」


何やら大変そうだな、ここにいて付き合っているだけでも時間をロスしそうだ、みんなもうやることが決まってるみたいだし、エリスはエリスで退散させてもらおう


「それじゃあエリスはこれで」


「ん、おう また何か用があったら軍議室に来てくれ」


「はーい」


メルクリウスさんを相手に長座体前屈で礼をするデイビッドさんを尻目に軽く会釈をしてその場を後にする、こちらはこちらで忙しそうだが手伝えることはなさそうだ


向かうなら街の方かな…、なら旋風圏跳で飛んで行った方が速そうだ


…………………………………………………………………………


「手伝えること?ないわね」


街の中、住民大移動の陣頭指揮を執るクレアさんから帰ってきた答えはそれだ、考える素ぶりもなく一刀両断、何もない とキッパリ切り捨てられたエリスは居住区画のど真ん中でまぁだろうなとなんとなく察する


そりゃあそうだよな、今避難を進めているのは騎士達だ、アジメクの国章を胸元につけて列記たる身分証明を行える騎士達だ、対するエリスはなんだ?名前は売れてるが身分は旅人…街人から見れば得体の知れない人間だ


それがだ、いきなり家に上がり込んできて『もうすぐこの街が大変なことになるから今すぐ家を出て避難してくれ』とか言い出すんだ、普通に狂人か強盗だと思われてフライパンで殴られ撃退されるのがオチだろう


手伝えることは何もない、クレアさん達の住民避難は恙無く行われ決戦までには全ての非戦闘員があの丘の向こうの湖の付近に作られた臨時キャンプに到着するらしい、この凄まじい数の住人を纏め上げ即座に避難させられるのは凄いことだと思いもするが、その凄いことにエリスが関与できる部分は一つとしてない


仕方がないのでその場は取り敢えず謝ってエリスは皇都の街の中を一人で彷徨っている…


「……情けないなあ」


出来ることは何もない、無力感が犇めくが仕方ないことだ、エリスには何の立場もない そこは理解しているし、今更そこを嘆くつもりはない


けど思うよ、みんな立派だなぁってね…みんなそれぞれに立場があって名乗れる名前がある、それは修行やトレーニングだけでは手に入らない、仕事を積み重ねて真面目にやって初めて手に入るものだ


「そこんところは、まぁ旅をしてた弊害ですね」


どこまで行っても旅人は旅人、街の中に居場所はないのだ…って、エリスは今はもう旅人ですらないんだったな


じゃあ、今のエリスは何なのかな…これから何をしていけばいいのかなぁ


「ん…ん?、ここは」


ふと、人気のない街を歩いていると 何か違和感を感じる、もうみんな避難して誰もいなくなった街の通り…見覚えがあるぞ、目的もなくブラブラ歩いてたけど…ここって


「ここ、ハルジオンの館がある通りだ…」


エリスの生まれた場所がある通りだ、以前館に逃げ込んだレオナヒルドを追った時こんな場所を通った記憶があるぞ、……あんまり良い記憶はないが、外観だけでも見てみるか


「確かこの辺に……あ」


記憶を呼び起こし、悪夢の館がある場所にたどり着く…だが


「まぁ、そうですよね…そりゃあそうです」


館が立っていた場所には、まぁ当然ながら何もなかった…跡形もなく更地になっていた、住居犇めくこの街のど真ん中にポッカリと空間が空いていた


まぁ、納得はできる…ハルジオンはもう二十年近く前に死んでいるし、そこを管理していたオルクスも十年前に死んだ、タクス・クスピディータ家は事実上の消滅を迎えたから、限りある皇都の土地の為にもあの館もいつまでも残しては置かないだろう


「はぁー…、呆気ないですねぇ〜」


なんか脱力してしまうな、人間死んだら十年二十年ぽっちで生きた証がこんなにも綺麗さっぱりなくなってしまうものなんだなぁ、うーん 死んだ後誰にも忘れられたくないと叫んでいたレーシュの恐怖が少しわかるかも知れないぞ


「……いや、確かあの館には地下空間があったはず、なら…」


確かハルジオンは奴隷を管理する為館の地下に空間を作っていた、エリスはそこで生まれたんだ…なら、地下空間は残ってるんじゃないのか?


目的はなく、何故そうしているのかは分からない、或いは人としての本能かどうかも分からないままエリスは更地に踏み込んで記憶を頼りに地下空間を探す


確かここに玄関があって、ここから歩いてこっちに曲がって…それで、ええと…


「多分この辺かな…?」


おそらくこの辺だろうと思われる地点に到達するが、やはり穴なんかない…掘ったら階段とか出てこないかな、ポーチからナイフを取り出し地面に突き出してえっさほいさと穴を掘っていく


…もし、あの地下空間があったら…エリスはどうするんだろう、分からない…結局嫌な思いをするのか、それとも何か新しい気づきを得るのか、どうなるんだろう


そんな興味のまま穴を掘っていく、すると



「おーい、エリスー!何やってんだよお前そこでー」


「ん、ああ アマルトさん」


敷地の外でアマルトさんが何やら紙袋片手にこっちを見ていた、変なところを見られてしまったな…、まぁ誤魔化す必要もないか


「ここがエリスの生まれた場所なんです」


「お前じゃがいもかなんかだったの?」


「違いますよ、この下に地下があったはずなんです、エリスはそこで生まれたんです」


「ふーん、よっと…」


敷地の周りに張られていたバリケードを飛び越えアマルトさんは興味深そうにエリスの掘っていた穴を見て


「で?、その地下は見つかりそうか?」


「もうちょっと掘ったら出てくるかも…」


「無理だよ、そんな物埋め立てるに決まってるだろ?」


「それもそうですね…、見たかったんですけど」


「そんな良いものでもないだろ、だってお前…虐待されてたんだろ」


「ええ、まぁ」


穴を掘るのをやめて、アマルトさんの何やら言いづらそうな顔を横目に見る、彼にはもう話したから知っているんだ、ここに何があってエリスが何をされていたか、ここがどんなに酷い場所かを


「実の父親に恨まれて虐待…母親からは捨てられて孤独、すげぇよな…お前の幼少期に比べりゃ俺のなんか天国じゃん」


「別に辛い思いに上も下も大も小もありませんよ、その時その瞬間をその人がどう思ったか、それだけですよ 過去なんて」


「割り切ってるねぇ、でもよ その過去の方はあんまり割り切れてないみたいだな」


「どうしてですか?」


「顔が言ってる、辛かったってな…ほらよ、食え」


そういうなり彼は紙袋からリンゴを取り出しエリスに差し出してくれる、慰めてくれているんだろうな…、思えばやや頬の筋肉が痛むような気もするし きっとエリスは今引きつった顔をしているんだ、それこそりんごあげなきゃ泣いてしまうと思われるくらいには


「ありがとうございます、…自分でもなんでこんなことしてるか分からないんですよね、それが割り切れてないってことなんでしょうか」


「さぁな、でも…人ってのは何がどうなっても簡単には変わらないものだ、だからきっとお前も或いはここへの未練かなにかがあったんじゃないのか?」


「未練?…ありませんよそんなの」


「の割には手を土で汚して地下室を見ようとしてたじゃねぇか、お前 無関心の事にそこまで必死になれるやつだったか?」


「…………」


土で汚れた手をコートの裾で払い、もらったリンゴを皮ごと齧り押し黙る口実を作る


未練…未練か、未練なのかな…あの時エリスが生まれた悲劇の象徴たる彼処に未練でもあるのか?、ない気がするが


「お前 親父さんもお袋さんも死んでたよな」


「ええ…」


「…もしさ、その二人が今も生きてて、仲直りして一緒に暮らそうって言ってきたらどうする?」


「えっ!?」


ハッと顔を上げる、あの二人が?いやあり得ない、あり得ないけどこれはもしの話だ


もしもあの二人が生きていて、ハルジオンが改心して今までのことをハーメアに謝罪して、二人で一緒に暮らしている…それこそ普通の夫婦みたいに、それで二人ともエリスにしたことを謝ってまたやり直さないかとエリスに聞いてくる…そんな光景を夢想する


そこにはエリスの得られなかった暖かな家庭がある、そこにエリスも混じることが出来る、…ただアマルトさんに聞かれただけでここまで鮮明に思い描くことが出来るのはきっと


エリスが心の何処かでそれを望んでいたから…なのか?


「………………」


これが未練か、家族への未練…ハルジオンはどこまでいっても父だしハーメアは母だ、そこに未練を感じていたからエリスはここに来たのか


「で?、どうなんだ?一緒に暮らしてやるのか?」


「……難しいですね」


「でも一蹴はしないんだな」


「まぁ…、もしも師匠を助けられて 師匠と一緒なら、悩みます」


「…だよなあ、俺も考えるのさ 親父が改心してかーちゃんが生きてて、そうすりゃ俺ももう少し真っ当な人間になれてたのかなってさ」


「どうでしょうか」


「いやそこは肯定してくれ…」


「わかりませんよ、もしもの話なんですから…」


「…だよなぁ」


魔女の弟子にもし一つだけ共通点を挙げるとするなら、みんな真っ当に親の下で育ってないって点だ、エリスは両親がいない ラグナは母がいない メルクさんは両親が死んでアマルトさんは母が死に父とはほぼ絶縁、ナリアさんもメグさんも両親いないし…ネレイドさんに至っては生きているのかさえわからない


みんなみんな真っ当に親の下で生きることが出来なかった人たちばかりだ、だからこそ…見ることのなかった親の幻影を魔女に見ているのかもしれない


普通の人達が普通だと思っている幸福を、エリス達は知らないのだ


「でも、思うんですよね」


「ん?何が?」


それでも思う、エリス達は普通の子供達ではなかった…けど、だからこそ


「だからこそこんな風に育ち、今こうして出会えているのなら…今の過去に未練を抱く必要なんてないのかもしれません」


もしも、誰かの両親が健在で良好な家庭環境だったなら、もしかしたらエリス達はこういう風に出会い今みたいな関係は築けていなかっただろう、そう思うならそんな過去にも未練を抱く必要はないのかもしれない


「家庭は居場所です、けれど それを持たないエリス達には居場所がない…なんてことはないですよね」


「答え出すよな、俺が慰めてんだから」


「ならもっと上手に慰めてください」


「だな、…けどお前の言う通りかもな、過去は過去…どう言っても戻らねぇし戻る必要もない、だろ?」


「はい」


見下すのは必死に求めた痕跡、足掻くように掘った穴…これはきっとエリスが今まで思い続けてきた物への未練なのかもしれない、絶対にあり得ない 手の届かないそれへの憧憬そのものなのかもしれない


ならばこれはもう必要ないだろう、地下室に戻ってあの日を見て、妄想や感傷に耽る必要はなかったな


「…ありがとうございます、アマルトさん お陰で無駄に手を汚す必要がなくなりました」


「ん、お前アジメクに来てから変に落ち込んでばっかだからな、俺みたいなのが慰めてやらねぇと心配でしょうがねぇよ」


そう言ってくれるな、ここは始まりの場所なんだ…そしてエリスの始まりはとても輝かしいものばかりではないのだ、だからこそ思うところもあるんだ…決着をつけなきゃいけないことばかり


だから考え込んでしまうんだ、けどそれももう終わりです、それを証にほら 穴も埋めましたから


「ふぅ…、自分で掘った穴を自分で埋める、みんなが働いてる中何やってるんですかねエリスは」


「だな、無駄の極致だぜ」


「そう言うアマルトさんは何やってるんですか?」


「俺?、俺はほら 何か出来ることがないか探してたんだけど結局見つからなくてよ、こうして買い出しよ…、その店主ももう避難する寸前だからロクなもん買えなかったけど」


「メグさんがいるならそれ必要ないのでは?」


「自分で掘った穴を自分で埋めるよかマシだろ?」


まぁ、そうだな…というかアマルトさんも何もやること見つけられなかったんですね


「さっきナリアの様子見てきたら、ナリアも忙しそうだったよ」


「そういえば何やってるんですか?ナリアさん」


「メグから魔装を借りてなんかしてたよ、なんでもお前が全身に数十もの魔装を纏って戦った時の話を聞いて…『今すぐ強くなることは出来なくても、やれることだけは全部やりたい』ってさ、少しでも強くなろうと頑張ってるよ」


ナリアさん…そっか、エリスがやったみたいに魔装を装備して少しでも強くなろうと頑張っているのか、でもあれはエリスの魔力操作力が群を抜いていたから出来た離れ業だ、師団長でさえ一つの魔装を操るのに苦労してるのだから、難しいと思うが…まぁ無駄なんて言ったらダメですよね、彼ならきっとモノにします


「で、俺たちは今何をするわけでもなく、ただただ自堕落に時間を過ごしているわけだ」


「言わないでくださいよ、気にしてるんですから」


「へへへ、まぁでもその時が来たら否が応でも活躍しなきゃいけないんだ、俺達が負けたら全部パァだからな」


そうだ、シリウスの相手はエリス達がやるんだ、みんながどれだけ持ちこたえても アルクトゥルス様が向こうの魔女に勝てても、エリス達が負けたらそれで終わりだ


その時が来たら、やれるだけのことを全てやらなきゃいけない、そこはエリス達も変わらないのだ


「そうですね、なら今のうちに組手でもしておきますか?」


「えぇー!めんどくセー!と言いたいけれど、いいかもな…、ならやるか?、ちょうどいいスペースもあるし」


「はい!なら!」


よし!、このモヤモヤを晴らそう!、そう拳を握った瞬間の事だった


「おい、テメェら」


「へ?、うわぁっ!?」


「うぉっ!?アルクトゥルス様!?いつの間に…」


いつのまにかエリス達から太陽を奪うように直ぐそばで佇むアルクトゥルス様がヌッとエリスとアマルトさんを見下ろしているんだ、本当に なんの前触れもなく…


「な なんですか?」


「暇そうだな、暇ならオレ様に付き合え」


「へ?、付き合う?何するんですかね」


「偵察だ、敵情視察」


偵察?なんの偵察か??なんて聞くまでもない、シリウスのだ


「ええぇっ!?どうやって!」


「そこの物見櫓から遠視を使ってシリウスのいる方角を見る、オレ様がやってもいいがオレ様が斥候代わりみたいな真似はしたくねぇからな、テメェらがやれ」


「なんつー横暴…」


「ああ?」


「いえ、喜んでやらせていただきます、ハイ」


この人相手に意見しちゃいけませんよ…この人は横暴と不条理の権化みたいな人なんですから、でも決して無意味なこともさせない…もしかしたら何か意味があるのかもしれない、それか暇そうにしてるエリス達を体良く使おうとしてるだけかもだが


ともあれ、シリウスが作ってる軍勢とやらを見てみたいし…行ってみるか、物見櫓に


………………………………………………………………


皇都の外周を囲む壁に取り付けられた物見櫓、普段ロクに魔獣も敵軍も攻めてこないから全然使われていないそれにエリスとアマルトさんは無理矢理連れて行かれる


アルクトゥルス様がエリス達に敵情視察をしろ…と命令してそのまま直行だ


「ゲホッ!、っんだここ…埃くせー、掃除くらいしろよなー」


階段を一歩上がるだけでぶわりと埃が宙を舞う、もう何年も人が訪れていないであろう櫓の中を登るエリスとアマルトさんはそのあまりの汚さに辟易する、エリスの家の一件でも思い知ったがこういう建造物ってのは人が訪れないだけであっという間に汚くなるものなんだなぁ


「仕方ないですよ、もう何年も使われてないって話ですし…っぱぁ!?、アマルトさん!」


「んー?、どしたよ」


「く 蜘蛛の巣が顔に!取ってください!取って!」


「はぁ?、仕方ねぇな…うぉっ!?お前!頭に蜘蛛が!」


「ぎゃー!!!」


「ウルセェぞテメェら!静かに登れねぇのか!」


なんてアルクトゥルス様に怒られながらもエリス達は埃臭い櫓を登り切り、頂上に辿り着く…


櫓は意外としっかりした作りをしており、何時間もここで過ごしても問題ないよう椅子だの机だの取り付けられており、屋根と壁で雨風も凌げるようになっている


そんな壁に開けられた横長の穴…ここから外を確認するのかな


「おお…、高い」


「そりゃ櫓なんですから高いですよ…、って高ぁ…」


思わず窓から身を乗り出して下を見るが、まぁ高い どれくらい高いかって言うと飛び降りたら怪我しそうなくらい高い、これなら地の果てまで見れそうだ


「遊んでねぇで働けよ、オレ様ここで休んでるから」


「えー、アルクトゥルス様もやってくださいよ」


「だから、そう言う斥候はオレ様の仕事じゃねぇの、つべこべ言ってねぇで働け、そっから落とすぞ」


「はーい」


さて、シリウスがいるのはアジメクの彩絨毯の方角でしたね、皇都の付近に存在する超広大なお花畑がそれだ、スピカ様の魔力の影響で花が咲き乱れていると言う話だが…


更に深く解説するなら多分、スピカ様が使っている治癒魔術の影響だ、人を癒して余りある癒しの魔力が大地やら雨水に宿って皇都の周辺に自生する花に莫大な生命力を与えているんだろう、正直考えられないくらいとんでもない話だが…魔女の魔術とはそう言うものだ


「彩絨毯ってあっち?」


「おうそうだ、おいアマルト テメェ遠視は使えるか?、一応双眼鏡持ってきてるが」


「大丈夫っすよ、一応使えます…あのくらいの距離なら見えると…ってうわっ!?なんじゃありゃ!?」


ゾッと聞こえてきそうな勢いでアマルトさんの毛が逆立ち青ざめる、遠視で何か見たのだろう、覗き窓についた手を思わず離して一歩引き下がる彼の姿を見れば良いものを見たとはとても思えない


「どうしたんですか?」


「見てみろよ、お前も…気色悪いぜ?」


「んん?、んー?ん?、んんっ!?」


遠視の魔眼を発動すれば、その視界がドンドン拡大されグングン遠くまで見えてくる、ピントが遥か彼方に定まり本来は見えないくらい遠くにあるそれが眼に映る


エリスが見たのはアジメクの彩絨毯だ、彩り華やかな国に敷かれた大絨毯 とっても大きくとっても綺麗な花畑の筈だ、なのに…エリスが目を向けたその地点にあったのは何か?


穴だ、大きな大きな穴がアジメクの彩絨毯があった地点に空いていたのだ、もしかしてあの穴の中にシリウスがいるのかなと更に視界を拡大すると、何かおかしいことに気がつく


あの穴、太陽の光を反射しているんだ、穴の底にあるなにかが反射しているんじゃない、穴そのものがテカってる…というか、なーんかおかしくないか?…あれ?よく見たらあれ穴じゃない?


穴に見えるくらい大きななにかが、真っ黒な何かが彩絨毯の上にあるのか、というかあの黒…動いてないか?、いや黒いそれそのものが動いているんじゃない、まるで波のように内側が蠢いて…


ん?、んん?…あれ?、あれよく見ると アンノウンか?、あの黒一色の魔獣?…って


「ギャァッ!?あれ全部アンノウンですか!?!?」


よく見たら彩絨毯全域を覆う程大量のアンノウンが一箇所に犇めきまるで穴のように大地を黒く染めていたんだ、よく見ると奴らの皮膚が陽光を反射してテラテラ光っているのが分かる、それがやや揺れる体によってテラテラキラキラと輝いている…


気色悪うぅっ!、うげぇっ!なにあの数!すっごい数だよ!、同じ生き物があんなに大量に集まるとただそれだけでなんか気持ち悪いなぁ!


「すげぇ数だけどよ…、あれもう数十万近くいるな、マジで数日後には三百万体揃いそうだぜ」


「…やばいですね、どうしましょうか…今のうちに火雷招ぶっ放して数減らしますか?」


「やめろよ、それが嚆矢になってシリウスが攻めてくるかもしれねぇんだぞ、こっちの準備も整ってないのに下手に手を出すべきじゃねぇ」


確かにその通りだ…、うへぇ 数日後にはあれがアジメクに一気に攻めてくるのかぁ…


「おいエリス アマルト、敵が大量にいるのは予め分かってた話だろ、それよかシリウスは何処にいるんだろよ、探せ」


「探せって…どこにいるんですか」


「それを探せってんだよ、…だがシリウスはここからオレ様達が覗き見することも織り込み済みだろう」


「なら隠れてるんじゃ…」


「アイツがそんなことすると思うか?」


「…………」


しないな、オライオンでの一件はともかく奴は基本的には派手好きだ、エリス達を意識してるなら敢えてエリス達に見えるところに陣取っている可能性がある、なら…


「アマルトさん、彼方の丘を中心に探しましょう」


「いいけど、なんでだ?」


「一番よく見えるからです、こちらからね…」


「ふーん」


多分シリウスはこれ見よがしな場所にいる、そうヒントを得て恐らく一番目立つであろ丘の辺りを重点的に探す、もうそこら中アンノウンだらけで気味が悪いしなんなら今も増えている最中だ


アルクトゥルス様の言ったように魔力で生まれているようで、虚空に光と共に肉の塊が生まれたかと思うと、見えない手で捏ねられ形を作り出しアンノウンが完成していく、一体生まれるのに大体数十分くらいの時間がかかるが…シリウスはそれを数え切れないくらいの量で並列作業しているようだ


もう見てて気分が悪い、生命の誕生ってこんなに気持ち悪いのか?というかあれはそもそも生命体としてカウントしていいのか?


「お、いた!…マジでいたよ」


「え!?本当ですか!?アマルトさん!どこですか!」


「何処って彼処だよ彼処、ほら あっち」


「んー、あ…」


居た、本当にアマルトさんが言った場所にシリウスがいた、ワシを見よ!とばかりに腕を組んで不敵に笑い、こちらを見ていた…


本当にいたよ、どんだけ目立ちたがりなんだ…?、あ ウインクした、ってことはこっちが見ていることも今しがた気がついたことも織り込み済みか


「見つけたか、エリス アマルト」


「はい、シリウスのやつずっとこっち見てますよ、その隣にはリゲル様とスピカ様の姿も確認できます」


シリウスの隣には意志を剥奪されたリゲル様とスピカ様の姿も見える、本当に操られているんだな…、シリウスを倒せば元に戻ると思うけれど…それにしても可哀想だな、スピカ様が一生懸命作ったこの街をスピカ様自身の手で攻めさせるなんて、なんて酷いことをするんだシリウスは


「エリスぅ、あのシリウスの隣で手ェ振ってる女、ありゃあもしかして…」


「ん?、ああ…ウルキさんですね」


当然のようにウルキさんもいる、なんかこっちに向けてブンブン手を振ってるし…、ということは次の戦いにはウルキさんも顔を出す気なのか、もしかしてこれがウルキさんの言った勝負の決着になるのかな…


「へぇ、あれが俺の姉弟子殿か…すげー美人じゃん」


「ええ、ウルキさんは美人ですよ…ただ油断しないように、あの人目的の為ならなんでもするタイプですから」


「俺もそういうタイプだよ、…ん?なぁ あれがウルキなら、それと一緒にいるアイツらは誰だ?あれもシリウスの仲間なのか?、でも他に戦力がいるなんて聞いてないぞ?」


「え?なに言ってんですか?」


「は?、おい アマルト…どういうことだ」


エリスは一瞬理解出来ずアルクトゥルス様も焦る、だってそんなのいる筈がないから、これ以上の戦力をシリウスが持ってるはずがないから


アマルトさんが見たそれは、完全にエリス達の予測外の物だった、だってもう既にリゲル様もスピカ様もウルキさんも見つけている、というのにまだ誰か居るというのだ…


あれあれ!あれだよ!と叫ぶアマルトさんに釣られてそちらを見たら…


……居た、見覚えのない人達がウルキさんの背後に、誰だアイツらは…


「居る、確かに…でもエリスあんな人達知りませんよ」


「はぁ?、ここに来て正体不明の敵がまだ居るのかよ」


「何人だ!何人いる!」


「そんな急かさないでくださいよアルクトゥルス様よぉ、気になるならアンタが見りゃいいのに…ええと、ひのふのみぃ…九人です」


九人、アマルトさんは九人いると言うのだ…そのワードを聞いたアルクトゥルス様は一種安堵のため息を吐いたかと思えば、直ぐにその額に冷や汗を流す


そんなアルクトゥルス様を尻目にエリスはその見覚えのない九人を観察する、あれがなんなのかを確認する、ただ…そうしていると


「九人…九人か、…なら…いや待てよ、既に居るウルキを合わせたら…『十人』」


「あ…あれ、おかしいな…エリスまた幻でも見てるんでしょうか」


見てしまった、ウルキさんを含めシリウスに追従する十人の集団、その中に…見たことのある存在が一人混じっていたから


それは、一度見たら忘れようもない巨漢…かつて夢世界で出会った悪夢の聖人、今この時代には居ないはずの存在


あれは…あれは


「ホトオリ…?」


そんな言葉に反応して、羅睺十悪星の一天…八千年前に死んだ筈のホトオリがこちらを見る


彼処にいる人達、まさか…羅睺十悪星か…?、あれがまさかシリウスの切り札?、だとしたら


「最悪だ…、こりゃあ…ダメかもな」


思わずアルクトゥルス様が弱々しく囁く


かつて、八人の魔女が総掛かりでなんとか打ち倒した最悪の強敵『羅睺十悪星』、遥か古に全滅しもう二度と見ることはないと…参戦は不可能と思われていたその存在の登場は、これから訪れる決戦を前にエリス達の心をへし折るに足るだけの存在であった



幻影ではない本物の羅睺十悪星が、現世に蘇ったシリウスと共にある、それが意味するのは…つまり


破滅だ

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