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294.魔女の弟子と帰還の船旅


そう、あの時のことは今でも覚えている………………



幾重に時を重ねても、幾星霜時を重ねても 未だ鮮明に思い浮かぶのは…


身を包むような温かな温もりと抱き留める優しさ、そして胸を焦がすような師への羨望


共に生きたいと願ったあの日のことを


『我が弟子として ここに住む気はあるか?』


独りだったわたしを拾って弟子にしてくれたあの人、わたしをエリスにしてくれたあの人


『エリス…』


そう呼びかけながら導いてくれる声があったから、エリスはここまで来れました、貴方がいたからエリスはここまで来れました


戦いの国を超え


権威の国を超え


歴史の国を超え


美術の国を超え


最強の国を超え


神威の国を超え


いくつもの苦難を乗り越えられたのは貴方がいたからです、エリスは貴方を求めてここまで歩いてきたんです、例えばまた一人になろうとも貴方との思い出がある限りエリスはもう独りではないんです


だから、師匠…見ていてください、エリスの直ぐそばで


ね?、エリスの大好きなレグルス師匠


………………………………………………………………


「いやぁあははは、この船ってばキッチンまであるのな!、魚は釣り放題だしお陰で道中食い物にゃ困らなそうだぜ!なははな!」


海を切り裂く波音に混じって愉快な足音と笑い声が甲板に響く、遥かに続く水平線と星海が交わる幻想的な世界の中、潮風を身に感じながら彼は歩き 甲板の上の者達に声をかける


「おーい、飯が出来たぞ!」


「食堂にて用意しております、どうぞこちらに」


「おお、早いですね!」


「さっき釣った魚…料理にしたの?」


「流石はアマルトとメグ、手際がいいな…では、頂くとしよう」


甲板上の各地に散っていたそれらは船室内から響く声に反応し顔を上げポツポツと吸い寄せられるように船室へと向かっていく


そんな中、ただ一人…ボーッと星空を眺めるのは


「ん?、おいエリス…どうしたんだ?」


「いえ…」


エリスです、手摺に体を預けてボーッと水平線の向こう側を覗き込むように見つめ考え事に耽るエリスは…またもため息を吐き、ラグナ達は首を傾げる


オライオンでの戦いを終え、逃げたシリウスと決着をつけるためエリスは長き旅に終止符を打ちアジメクへと向かう事となった、帝国からついてきてくれたラグナ達とオライオンで手を組んだネレイドさん、合わせて七人の魔女の弟子達はこのジェミー号に乗り込み既に数週間と航海している最中にある


最初は興奮していた船に乗ったことない勢もそろそろ落ち着きを取り戻し、海の上での生活に慣れ始めた今日この頃に…、エリスは今だに晴れない悩みを夜空に見ていた


「なんか悩んでんのか?」


「いえ、エリス達が出港する間際に見た…シリウスの言葉が」


「ああ、あれか…」


出航する間際…、アジメクの方角からシリウスの巨大な幻像が現れ世界中に魔女を否定する呪言を飛ばしたのを見たのだ、ネレイドさん曰くリゲル様の幻惑魔術を使った超広範囲集団幻覚による呼びかけらしいが…


内容が内容でしたからね…、奴はこれからアジメクを揺るがし滅ぼすと口にしていた、その上で同じく魔女に反感を持つ者達の暴動を煽るような事を口走り世界中に混沌のタネをばら撒いたのだ


なんか、取り返しのつかないことが起こってしまった気がする…、シリウスが現世に現れてまだ半年も経ってないのにここまで世界中を引っ掻き回すとは完全に予想外だった


「これから大丈夫でしょうか…、もしかしてこれから大いなる厄災みたいな大きな戦いが起こるんじゃ…」


そうエリスが不安を吐露するとラグナは首を横に振り


「そりゃあねぇな、ありえない」


「なんでそう言い切れるんですか、非魔女国家の魔女への悪感情は凄まじいですよ、何かのきっかけで爆発しかねないほどに、そして…あれはそのきっかけになり得ます」


「いやいや違う違う暴動が起こらないって言ってるわけじゃねぇよ?、まぁそりゃ暴れる奴は暴れるだろうしその数は今までの比じゃなくなるのは当然だ、そういう世界的な流れが発生したと言える…ある意味では魔女にとっての向かい風になるようなヤツだな」


「なら…」


「だが、今の今まで魔女の天下だったのは魔女が強いからじゃない、魔女大国があまりに強固だったからだ、多くの非魔女国家は経済的にも物資的にも魔女大国に依存しているところが大きい、非魔女国家にも魔女の恩恵はあるんだ…そこを悪感情の発露だけで断ち切って戦争ふっかけられる程の覚悟が決まってる国は、まぁまず存在しない」


た…確かに、多くの非魔女国家は魔女大国ほど豊かじゃない、武力や戦力以外の面で非魔女国家は魔女大国に牛耳られているに等しい状態にある、魔女大国の影響を跳ね除けられる非魔女国家なんてそれこそマレウスしかないくらいには魔女大国は凄まじい


だから、いくら魔女が気に食わなくとも逆らうわけにはいかない、逆らえばあらゆる面での援助が断ち切られ最悪国家として立ちいかなくなるから


「だから直ぐには戦いにはならないはずだ」


「そうですか…、でもいつかは起こると?」


「まぁな、一回火が着いちまった物はどうにもならない、多分非魔女国家間で魔女大国に依存しないための条約や同盟が結ばれるだろうけど…そいつにはかなりの時間がかかるはずだ、国家間での擦り合わせってのは1日2日で終わる物じゃないし魔女大国の支援を必要としないレベルのものを作ろうと思うと十年近くはかかると俺は見てる」


「…………なるほど」


「だから、先手は打ち放題だ、シリウスの一件が片付いたらその件に関してメルクさんやデティ達と協議するつもりではいる、そもそも暴動を起こさせない方向で動けば反魔女の火を燻らせることも出来るはずだ、だからそんなに不安に思うなよ」


ラグナが言うにこの戦いが終わったあと、全ての魔女大国同士で今まで以上に深い盟約を結ぶつもりでいるらしいのだ、それが完成すれば今まで以上に魔女の治世は盤石の物になると


そこについては任せるしかない、エリスはどこの国の王様でもないし何の権限も持たないわけだから


「ありがとうございます、ラグナ」


「いやいや、いいってことよ」


「貴方は本当に頼りになりますね」


「い…いやいや」


彼は優しく賢い、エリスが漠然と不安に思うしかなかったと言うのにもう既に次に打つ手を考え悩む必要はないと割り切っている、流石はラグナだ…


「何話してるの?…エリス」


「あ、ネレイドさん」


「世間話だよ、今後の世界情勢について」


「難しそうな話…、私に力になれることはある?」


ふと、ネレイドさんがエリス達の様子を気にしてフラフラと寄ってくる、この人もまたとても気遣いが出来る人だ…、大きい体で威圧することもあるがそれでも性根はとても繊細で可愛らしい事をこの数週間で理解した


「あるなぁ、よし!んじゃ取り敢えず飯食いながらこれから魔女大国同士で行う盟約の内容でも決めるか」


「そんな大袈裟な話ご飯中にするんですか…」


ある意味そこが魔女大国の強みでもあるか、魔女大国を統べる者が全員顔見知りで友好的な関係にある、飯食いながら未来の話が出来る、それは非魔女国家の王様達にはできない事だ


「ところでアルクトゥルス様は?」


「ああ、それなら…」


クルリと振り向くラグナの目の先には何もない、見ているのは看板の外…すなわち大海原だ、ザザンザザンと白波を立てる夜の海洋をジッと見つめてるんだ


「…え?」


何?どう言う事?そう聞こうとした瞬間のことだ


エリス達の目の前の海が突如として隆起し、弾けたかと思えば…中から人影が飛び出してきて…


「フゥ、気持ちよかった…」


「アルクトゥルス様!?いや…今海から出てきませんでした!?」


アルクトゥルス様だ、何やら服を脱いで下着だけになって海から飛び出してきたのだからこれまたびっくり、なんでそこからって気持ちと何してんだよって気持ちが鬩ぎ合い言葉にならない、どこで何やってたんだこの人


「あ?ああ、気持ち良さそうだったからな、ちょいと泳いでた」


「泳いでたって船の周りをですか?」


「ああ、本当は世界一周するつもりだったが、オレ様が思い切り水を掻くと津波が起きちまうからな、それで船が沈んだからオレ様カノープスに怒られる」


「いやいや…」


「…ポルデュークを離れたお陰で水温も比較的に温かくなってる、カストリアは近いぞ、泳ぐなら早いうちに泳いどけよ」


「泳ぎませんが?」


しかしそうか、ポルデュークを離れたお陰で水温も元に戻りつつあるか、師匠曰くあのポルデューク大陸は八千年前の戦いの結果大陸全体が冷却剤のように冷たくなってしまったと言っていたな、だからあの大陸は地理に関わらず全体的に寒く険しいんだ


…そういえば


「そう言えばアルクトゥルス様」


「ん?、なんだ?」


と濡れた下着を体温だけで乾かしそのまま服を着始めるアルクトゥルス様に後ろから声をかける、本当なら師匠とかに聞くべきなんだろうけど…


「ポルデューク大陸って八千年前の戦いが原因で冷え切ったんですよね」


「ああよく知ってんな、魔術の影響がまだ残ってんだ、向こう二千年はあのままだろうよ」


「なんでそんなことになったんですか?」


「あ?、なんでって…」


ふと、気になった


ポルデュークは何故あんなにも寒いのか、寒さに原因があるならその原因はなんだろうか、別にその原因を探って解決しようって気は無い、これは知的好奇心から来るなんでもない雑談だ


ただその雑談に似つかわしくないほど深刻そうな顔を…いや、やや苦々しい顔をしたアルクトゥルス様は一瞬エリスを見ると、すぐに視線を外しズボンを履き始め


「羅睺十悪星の一人、アミー・オルノトクラサイの仕業だ」


「アミー?」


「ああ、アイツの別名は『冷拳一徹』…武術の達人にして付与魔術の超人だった女だ」


「え?つまり…」


「アミーが放った冷凍魔術が今のポルデューク大陸がある地点に突き刺さり、それ以降彼処は人が住めないほどの寒さに覆われた、今でこそあのレベルに収まっちゃいるが昔は魔女の加護なしじゃ人なんか五秒で死ぬほどの極寒だったんだ」


恐ろしい話だ、羅睺十悪星アミーが使った魔術が今も大陸を冷やし続けている…そしてそれは二千年先まで続くと


ウルキさんといいホトオリといい、羅睺十悪星とは何処までも化け物地味ているな、師匠達は昔そんな恐ろしい人達と戦っていたのか


「…………」


ただ、気になるのはそれを口にしたアルクトゥルス様の様子だ、なんだかとても…悲しそうと言うか遣る瀬無い顔をしている、アミーという人物の話はあまりしたくないって顔だ


何かあったんだろう、そりゃあ何かあったに決まってる、遥か昔に戦った因縁の相手なのだ…思う所の一つ二つはあるだろう、だがここは好奇心で聞いてはいけないだろうな、うん


「なぁ師範」


「あんだよ…」


「前々から気になってたんだけどさ、その羅睺十悪星のメンバーって他に誰がいるんですか?」


ふと、ラグナが呟く…羅睺十悪星のメンバーって誰がいるの?という疑問、それはエリスも気になったことがある、何せエリスの旅の行く先々で彼等の名前は都度都度聞いている


ウルキさんは勿論のこと、その頭目たるナヴァグラハやプロキオン様の盟友スバル・サクラ、そしてリゲル様の父ホトオリと魔獣王タマオノ…、そして今さっき聞いたアミーも合わせて六人


別にそれを知ったからってどうこうなるわけじゃないが、ここまで関わってくるなら話くらい聞いておきたいと思うのは当たり前だ、時には事前にその名前を聞いておいた方が早かった話もあるしね


「はぁ?、別に話すようなことでもねぇだろ…、知って得することもないし」


「知って損もしないでしょ?、なら聞かせてくださいよ、アジメクに着くまで時間はあるんですから、その間に羅睺十悪星の事を聞かせてください、師範の昔の武勇伝と一緒に」


「……まぁ、いいか…隠すことでもないしな、じゃあ飯食いながらでも教えてやるよ、でも他言はするなよ」


「はーい」


仕方ねぇかと頭をかきながら船室に向かうアルクトゥルス様の背中を追うように目を移す、その背に付き従い弟子達もまた船内へと戻っていく…そんな様を見届けた後エリスは再び空を見る


広がるのは無限の星空、どこまでも広がる究極の未知、何千年経とうとも変わらぬそれを見上げて想いを馳せる


ああいう話、師匠から聞きたかったな…と



………………………………………………………………


「まぁ難しい話は置いておいてさ、たんと食らえよ?昼間お前らが釣った魚全部飯にしたんだからよ」


「ガツガツ」


「ムシャムシャ」


「ん、これは鮭のミルクソテーか…なんとまろやかな…」


「調味料などは私が用意出来ますし、魚は足元から釣り放題なので毎日魚パーティでございます」


「んっ、んっ!おいじいでずアマルトざん!」


「怖…」


船内に備え付けられている食堂にドカンと広げる魚料理の数々、昼間ラグナ達がエリスの知らない間に開いていた魚釣り大会なるイベントにて釣り上げられた数十匹の魚が今 その身を引き裂かれ、オイルで焼かれミルクにつけられ塩コショウをまぶされ 変わり果てた姿でエリス達の舌を楽しませる


この料理を作り上げたのはアマルトさんとメグさんのコンビだ、殆どプロに近い二人にかかれば名前も分からない魚も絶品に早変わり、今日取ったばかりの新鮮な魚の宴はエリス達を飽きさせることはない


「おいしい、おいしい、おいしい」


「美味いだろネレイド、そいつはお前が釣り上げたマグロのシチューだ、自分で取った分味わいも一入だろ?」


「うん、おいしい」


シチューの詰まった鍋をそのまま持ち上げ木の杓子で直に掬って飲み込むように食べるネレイドさんは早くもこの一団に馴染んだと言えるだろう、当初は食事に関して宗教的な理由から気を使うことも多かったが、そもそも彼女のスタンスが『自分の宗教的な生き方を他人に押し付けるつもりはない』と言うものであるが故に出されたものであれば嫌な顔せず平らげるのだ


まぁ、偶に自分で食事を用意する時は殆ど加工していないテシュタル教食を作っていることから信心を失っているわけではないようですがね、飽くまで自分の信仰と他の人の生き方を切り分けて考えているようです


「はぁ〜、そろそろいいか?オレ様の話をしてもよぉ〜」


「あ、すみません」


ふと、アルクトゥルス様が呆れたように丸焼きの魚を骨ごとバリバリ食べながらため息を吐く、オレ様の話とは羅睺の事だろうな


「すみませんアルクトゥルス様、無理にお話しさせて」


「いや、よくよく考えてみりゃお前らにとっても無関係の話じゃないしな」


「そうなんですか?」


「ああ、ウルキがエリスに接触しナヴァグラハの意志がいまも世界に残っている以上、これからも羅睺十悪星の影がお前らの前に立ち塞がらないとも限らないしな、ここらで歴史の授業をしてやるのも悪くないかもな…というわけで」


というなりアルクトゥルス様は木のジョッキをドンと机に打ち付け


「ラグナ、酒」


「はいはい」


一国の王にお酌をさせるなよ…、なんてエリスがやや苦笑いしている間にラグナに注がせた酒をぐびぐびと飲み干して…


「ぐふぅー…、さて…歴史の授業だ、メモを取りたきゃ好きにしろ」


口の端から果実酒を垂らし椅子の上で崩れた姿勢で座るアルクトゥルス様の歴史の授業が始まる、それに伴いみんなどこからかメモ帳を取り出して聞く姿勢だ…


「みんなメモ持ち歩いてるんですか?」


「普通持ち歩かんか?」


「エリスは持った事ないですね」


「そりゃお前はな…」


何かを書き留めるより覚える方が早いしね、この頭の中のメモ帳は常にエリスと共にありいつでも閲覧可能ですから、まぁいいや


「さて、羅睺十悪星についてだな…、取り敢えず最初からおさらいとして言っておくが、羅睺十悪星ってのはシリウスに付き従った十人の配下達のことだ、シリウスが態々見初めて声をかけて手駒にする程の人材…全員が全員特級の絶対者ばかりだ、その実力は最低でも魔女級、中にはオレ様達よりも強え奴もいた」


「ゾッとしますね、魔女様より強いとか考えられないです」


「オレ様も考えられねぇよ、けど連中は全員が全員シリウスから特殊な古式魔術を授かっている、ただでさえ強えのにシリウスの教えで更に強くなってんだ…、一人倒すのにも一苦労だったぜ」


ウルキさんも含めた十人の絶対者、今この世界を絶対的な力で統治する魔女様達と同格かそれ以上とまで言われた其れ等は纏めてシリウスの手元にいたんだ、数でも実力でも上回る羅睺十悪星は魔女にとって最大の敵だったと言える


「連中はシリウスに従い世界を破壊し尽くしシリウスの世界崩壊を成就させる為暴れ回ったんだ、たった一人でも今のディオスクロア文明全土を破壊し尽くせるような怪物が十人もな」


「其奴らはなんでシリウスに従ってたんですか?、世界が滅んだら自分も死ぬんですよね」


「さぁな、連中が従ってる理由は色々だ…、純粋にシリウスを慕ってる奴 暴力を振るう相手を探してるだけの奴、ただただ壊すしか能がない奴 世界の崩壊が見たい奴、…中にはそもそもこの世界が嫌いだって奴もいた、なかなかどうして…ロクでもない奴ばかりが強いのがこの世の常なのかねぇ」


そこについてはエリスも考えたことはあるが、多分だけど圧倒的な力を持つ奴に限って悪どいのではなく、そもそもそれだけの力を持ってなければ悪人として成就出来ないのだろう


例えばレーシュ…あいつはエリスの会ってきた人達の中でぶっちぎりで頭がおかしくぶっちぎりで強かった、けどレーシュよりもおかしい奴はこの世に山ほどいるだろう、だがそう言うレベルで狂ってる奴っての大体早死にする


狂気に落ちて本来なら死に行く存在が淘汰され続ける世の中で、奇跡的に生き残った例外がそう言う狂気的な強者なのだ、強いから生き残る 生き残るから強くなる、弱肉強食の世界で生き残ったから強いのだ


別に悪人だから強くなれるわけじゃない、真面目に平穏無事に生きてる人はそもそも強くなる必要がないだけだ


「シリウスが態々世界中から集めた最高のイカれ野郎ども、それが羅睺十悪星…この世に生まれた膿の集合体だ」


「そしてそれがアミー達…と」


「ああ、…一応名前は教えてやる、なんの役に立つかはわからねぇが覚えとけ?いいか?…まず」


そうアルクトゥルス様は羅睺十悪星の名前を列挙する、それはエリスが時折聞いてきた名前や初めて聞く名前で構成される十人の絶対者達


刃夜煌めく剣天スバル・サクラ、別名『剣鬼のスバル』

プロキオン様の旧友にして史上最強の剣士、その剣技はプロキオン様さえ遥かに上回る程のもの…、悲恋の嘆き姫エリスに登場するスバル・サクラと同一人物である


凍夜写す拳天アミー・オルノトクラサイ、別名『冷拳一徹のアミー』

アルクトゥルス様と同じ無縫化身流の使い手にして武の化身、アルクトゥルス様曰く恐らくこの世で最も武に身を落とした修羅にして武術の理想形らしい

ポルデューク大陸は極寒の地に変えた張本人でもある


神夜砕く聖天ホトオリ・エクレシア、別名『聖人ホトオリ』

リゲル様の父親にして今もテシュタル教における大聖人、究極の肉体を持ちし聖人でありながらシリウスに付き従う狂人、肉体面で見ればアルクトゥルス様もアミーもシリウスさえも上回ると言う

一応その恐ろしさは知ってますよ…戦いましたからね


残夜明ける獣天タマオノ、別名『魔獣王タマオノ』

魔獣の始祖にして全ての魔獣の雛形、凡ゆる魔獣の力を持ち 凡ゆる魔獣を産み落とす権能を持つ初代魔獣王、アクロマティック達五大魔獣の親でもあり悪魔獣王アインソフオウルの肉体を形成した髄液の源流がこいつだ


シリウスに作られた人工生命体にして今なお世界に影を落とす存在…それがタマオノだ


凶夜振るう壊天イナミ、別名『狂恐兇叫のイナミ』

こいつの名前は初めて聞いたが…その存在は実は知っている、こいつは斧を振り回し全てを破壊し尽くす魔人と知られた男らしい…つまり、師匠がかつて倒したと言われる斧を持った魔人の正体がこいつだ…


昔読んだ本『孤独之魔女伝記』に書かれていた戦いとはつまり羅睺十悪星の一人であるイナミと師匠の戦いのことだったのだ、凄いこと書かれてたなあの本


闇夜喰らう狂天ハツイ、別名『虚空見つめのハツイ』

こいつに関してはアルクトゥルス様もよく分からないらしい、よく分からないことをぶつぶつと呟きただ漠然とシリウスに従っていた、エリス姫の命を狙うような口振りだったらしいがエリス姫の前に顔を出したこともなく…、よく分からないことを口走ったり奇行に走ったり、結局何だったのか分からないまま死んだ不気味な奴だと言っていた


不夜歩む銀天ミツカケ、別名『究極不死身の最強大魔神ミツカケ』

アルクトゥルス様曰く最も厄介な悪星、かつてフォーマルハウト様に消えない傷を与え十悪星の中で最も人を殺したと言われる凶悪極まる人物、しかも殺しても殺しても無限に蘇ると言う意味不明な性質も持ち合わせていたと言うのだから恐ろしい


終夜穿つ妖天 ウルキ・ヤルダバオート、別名『魔女の跡取り ウルキ』

そして、羅睺十悪星の中でも中心的な三人のメンバーの一人だったのがウルキ…八人の魔女の最初の弟子、エリス達全員にとっての姉弟子がこの人だ

魔女の技全てを使えシリウスから授けられた鏖壊魔術と不老の異法を持ち、今なお生きている唯一の悪星だ


星夜戴く識天 ナヴァグラハ・アカモート、別名『八界見識のナヴァグラハ』

三人の中心メンバーの一人にして羅睺十悪星創設のメンバー、そしてこの十人を統べる頭目が彼 ナヴァグラハ、エリスを遥かに上回る識確の力の持ち主、己が死した八千年後さえも見通す眼と魔女を遥かに上回る魔力…これらは魔女達の実力を遥かに凌駕しており、レグルス師匠とアルクトゥルス様のコンビでようやく倒せたとか


極夜統べる皇天トミテ・ナハシュ・オフュークス、別名『全知大帝のトミテ様』

三人の中心メンバーの一人にして登場最強の国家だったオフュークス帝国の皇帝、ナヴァグラハに次ぐ実力者であり最強の魔女であるカノープス様と同格という驚異の怪物、オマケに彼の持つ軍事力と組織力は正直今もトラウマだとアルクトゥルス様に言わせるほど…


以上十名、羅睺十悪星のメンバーがこの十人だと…


はっきり言って驚きも多いが…多分何より驚いているのは


「ホトオリ様って悪人だったの…!?」


祖国にて『聖人ホトオリの生まれ変わり』の名を持つネレイドさんか…


「あ?ああ、そういやお前ホトオリの生まれ変わりとか言われてんだっけ?、確かにお前あの無機質野郎にそっくりだな」


「そんな…、うゔ…私も悪人なの…?」


「知るかそんなの、テメェ次第だろ?」


「それはそう」


「それに…、ホトオリの生まれ変わりと呼ばれたお前が…あんな風に周りに愛されている辺り、リゲルも色々思うところがあったんだな」


「……?」


何やら一人得心に入るアルクトゥルス様は一通り喋る終え、一息つくと共に先ほどよりかは幾分大人しく酒を口に含む


「にしても、羅睺十悪星かぁ…こいつら全員魔女と同格とか怖い話だよな」


メモを書き終えたアマルトさんが切り出すように話題に出すのは今一番ホットなワード 羅睺十悪星だ、怖い話も怖い話さ…今現代に残っている絶対者である魔女様はそれでも人類の繁栄を望む側だからいいが、明確に人類に対して敵対心を持つ絶対者が十人も地上で暴れていた時代があったこと自体恐ろしいよ


「ああ、どれもこれも初めて聞く名前ばかりだが…一つ聞き捨てならぬ話があったな、マスターに消えない傷を…?」


「コーチから聞いてましたけどやっぱりスバル・サクラも十悪星なんですね…」


「なんか一人変なの居ませんでした?」


「羅睺十悪星は終わった話じゃありません、シリウスが蘇ろうとしウルキさんが生きている限り彼らの影は晴れません」


そこからは雑談というか座談というか、皆でそれぞれ羅睺十悪星についての他愛ない話が展開される


どれくらい強かったのか どれくらい恐ろしかったのか 自分達に倒せるのか とか、色々だ…正直この会話から得られるものはないだろうが、みんなと一つの話題について議論するのは楽しいので良しとする


と…そんな中


「でも、なんか安心するよな」


「は?何言ってんだよラグナ」


ふと、ラグナが朗らかな笑顔で言うのだ 安心すると、今の話を聞いて安心する要素があるか?、そりゃあまあそれだけ恐ろしい人達が今はもう殆どが居ないというのは安心出来ますが…


「もう殆どが討伐されていることがですか?」


「いやそうじゃないよ、羅睺十悪星という存在が在ること自体が安心するんだ」


「…どういう意味だラグナ」


理解出来ないラグナの笑顔にアルクトゥルス様も眉を顰める、羅睺十悪星の恐ろしさを知るアルクトゥルス様だからこそ ラグナの軽率な言動を許さないとばかりに、奴らの恐ろしさを知らないお前が安心だとかなんだとか吐かすなと…、そう言いたげな眼光に怯まずラグナはのほほんと魚を咀嚼し


「ん、だって羅睺十悪星はシリウスが直々に声をかけた存在なんですよね」


「お…おう」


「じゃあシリウスは羅睺十悪星が…仲間が必要だったってことだ、一人でなんでも出来ちまいそうなあのシリウスでも他の人間の手が必要だったってこと、群れるのは不完全である証拠だ 完全な存在は一人で完結できるからな、だから…羅睺十悪星を求めた時点でシリウスは完全な存在じゃない…ってことじゃありませんか?」


「ッ……!」


ピクリとアルクトゥルス様の眉が揺れる、その通りだったからだ ラグナの言葉は


シリウスは史上最強の存在であり有史以来最も万能の神に近い存在だ、だが万能ではない シリウスにも手の及ばない領域はある、自分一人では成し得ないと理解したが故に求めた十人の配下…、シリウスの不完全性の象徴こそが羅睺十悪星なのだ


「これから戦う相手が少なくとも全知全能の存在じゃあないって分かっただけでも、まぁこれから起こる戦いの安心出来る材料にはなるだろう…と思いまして」


「お前……」


ラグナは見据えている、シリウスとの決戦を…そこで戦う相手が一人で何でもかんでも出来てしまう神様みたいな相手ではなく、自分たち人間の延長線上にいる存在である事を理解しニタリと笑う


その視野の遠さにアルクトゥルス様でさえ絶句する、その発想はなかったとばかりに


「確かに、万能なら仲間は必要ねぇよな」


「自分で全て出来るのに仲間をわざわざ自分から集めるのは確かに不可解だ」


「つまりシリウスは神などではない…ということですね」


「確かに、安心…神でないなら、私達にも勝てる」


ラグナの言葉を受け 薄ぼんやりと感じていたシリウスへの畏怖が取り払われる、そうなんだ シリウスは万能でも全能でもない、ただただメチャクチャ強いだけの人間なんだ、人間なら倒すことも出来るんだ…と


これなら勝てるんじゃないか?と色めき立つ魔女の弟子達、そんな中静かに酒を飲むアルクトゥルス様は…


(こいつ、オレ様達でさえ目を取られていたシリウスの全能性と羅睺十悪星の圧倒的な強さに目を囚われず、寧ろその存在からシリウスの脆弱性を見抜きやがった…)


アルクトゥルスは感じる、確かにシリウスは万能ではない、凡ミスもするしうっかりもする、あれは神じゃない…だがそこに気がつくのにアルクトゥルス達魔女は壮絶な戦いを潜り抜けようやくシリウスという存在が地に足がついた人間であると理解出来たのだ


そこを、ラグナは話を聞いただけで見抜いてみせた、それはシリウスの真の恐ろしさを知らないからかもしれない、羅睺十悪星の猛威を知らないからかもしれない


だが


(オレ様の目は間違ってなかった、こいつは本当に英雄になれる器だ…)


魔女ではない、魔女ではなれなかった英雄…世界を救う英雄に、こいつなら成れる


最初はリゲルみたいな『別の意味』で弟子にしたが、今なら言える…オレ様が弟子を取ったのはきっと……


「ぃよっしゃー!んじゃあこれからの戦いの勝利を願って!今日はうーんと食うぞ!アマルト!お代わり!」


「もうねぇよ!」


「えぇーー!、なんで!」


「なんでって、お前とネレイドで殆ど食っちまったからだろうが、もっと食いたきゃ明日はアルクトゥルス様みたいに海に潜ってしこたま魚取ってこいよ!」


「私満腹」


「え〜、じゃあメグさん…何か食べ物を…」


「ラグナ様に食べ物を与えると果てがないと理解したので、ダメです」


「そんな…」


(これが英雄の姿か…?、ま まぁいいか…うん)


着実に近づく未来の姿にやや若干少し不安を抱きながらもアルクトゥルスはラグナを見守る、こいつはまだ不完全だ…だが、だからこそ仲間がいるんだ…友達と上手くやれよ、ラグナ


…………………………………………………………………………………………


突然ではあるがディオスクロア文明圏にはカストリア三大山岳というものがある、アジメクのアニクス山とアルクカースのカロケリ山とマレウスのテンプス山、ここにエトワールのラスコー大霊峰とオライオンのネブタ大山を加えると世界三大山岳になる


それと同じように世界には『世界五大美景』なるものが存在するのだ、人が作りし街や城…その中でも際立って美しいと呼ばれるそれらが選出される世界五大美景はその絵画単体でも高値で取引される程の美しさを持つ


エトワールの王都アルシャラやオライオンのエノシガリオス、デルセクトのサフィール マレウスの……など、多くの魔女大国の中央都市が選出される中、際立って人気が高いのが



ここ、花の都アジメクの皇都とその中央に存在する『白亜の城』だ


円形に広がる巨大な街は計算され尽くした構造にて通りの一本一本が華麗な線を描きその全てが中央の白亜の城に通じ、その白亜の城もまた美しいの一言に尽きる


大理石で形作られた純白の輝きは太陽の光を反射し神々しく輝き、時として地上の太陽と讃えられるその威厳はアジメク全土に魔女への忠誠を誓わせる


人が追い求める事ができる美の極限…それが白亜の城だ



今日もアジメクの白亜の城は美しく輝き続ける、太陽の光を反射し輝き続けその優雅な姿を晒し続ける…が、しかし


その優雅な輝きは外に向けられたもの、内部まで同じとは思ってはいけない



「デティフローア様!書類お持ちしました!」


「はい!、そこ置いといて!、で!あそこに置いてある書類全部持ってって!」


「はっ!」


ドタドタと足音が響く白亜の城内部、優美な廊下に壁の彫刻…そんな美に目を向ける者は一人もいない


「デティフローア様!謁見です!」


「はぁ!?まだ時間じゃないじゃん!」


「それが気合が入りすぎて予定より早く来てしまったと」


「粗茶出して伝えて!『時間を守らねぇクソ野郎は歯茎にトリカブト塗りこむぞ!』って!、嘘!普通にお待ちいただいて!」


最奥にある玉座の間に簡易的に置かれた長机、上には大量書類や本が山と積まれ、それらを削岩するが如き勢いで片付けていく少女が一人…


アジメクに伝わる伝統的な白法衣に身を包むその姿はやはり白亜の城同様に優雅そのもの、されど目を血走らせ歯茎を剥き出しにして書類に食らいつくようにペンを走らせるその姿は優雅というよりは…そう、なんだろう…餓死寸前の鹿?


「デティフローア様!」


「デティフローア様!」


「大変ですデティフローア様!」


「ぅぎゃぁっっ!忙しいぃぃぃい!!」


忙しい忙しいとペンを走らせるも次々と迫る波のように止めどない仕事に翻弄される彼女は健康的な茶髪を振り回して叫ぶ…


彼女こそ、このアジメクのそして魔術界の代表デティフローア…魔術導皇デティフローア・クリサンセマムである、クリサンセマム家歴代最高傑作と魔女より太鼓判を預かる彼女は今 気が狂ったように瞳孔を開いて頭を掻き毟る


「なんでこんな日に限って忙しいのォッ!」


まるで何かにいじめられるような多忙の日々に絶叫するデティフローアは今 一人で仕事を片付けている…、魔術導皇は魔術界の法整備や新しい魔術の認可などを行う傍国政も行わなくてはならない、同時に二つの仕事をこなさなければならないこの世で最も忙しい人間の一人なのだ


だから、本来は国政などは彼女の師である友愛の魔女スピカ様が行うことになっている…のだが、今 デティフローアはそれも一人で行っている


何故か?、単純だ…


「はぁ、先生…どこに行っちゃったんですか」


とほほと涙を流すデティフローアが案ずるのは師匠の安否だ、というのも一ヶ月ほど前からスピカ様の姿が見えないのだ


一ヶ月前の朝、なんの前触れもなく消え去り謎の失踪を遂げた魔女スピカに白亜の城はひっくり返った、何せ魔女がいなくなるなんてアジメク建国八千年以来はじめての出来事だったからだ


もしこのままスピカ様が帰還せねばアジメクは魔女大国としての体裁を失う事になる、事実エトワールも魔女プロキオンが失踪しその国力がガタ落ちし、帝国からの援助無しでは滅びていたとも言われているくらいだ


蒼ざめる白亜の城の高官達、そんな中声を張り上げたデティフローアは宣言した


『スピカ様はすぐに帰還する、だからそれまでの間全ての業務を私が肩代わりします、だから安心しなさい』と…、既に一廉の為政者として完成していたデティフローアは臣民の混乱を防ぐ為自らが魔女の代わりに口の柱として立ち上がることを決意したのだ


そのおかげでアジメクはなんとか衰退を避け今のところ現状維持を保っている…


「……せっかく、ここまでアジメクを盛り上げたんだから…こんなところで後退なんてしてられない」


デティフローアは今日までの苦労を思い返す、エラトス戦役にてアジメクの国力の脆弱さを理解した彼女はこの国の国力増強に心血を注いできた


軍拡もした、法整備を根底から行い『平和なアジメク』から『強く勇ましいアジメク』へと転換を目指したのだ、アルクカースとデルセクトからの莫大な援助を剣に魔女の弟子という立場を盾に行った豪腕改革によって見事アジメクの国力の大幅な増強に成功したデティフローアは今のこの勢いを失ってなるものかと死に物狂いなのだ


魔女排斥組織が動きを活発にしているこの世界情勢の中でアジメクが魔女時代の穴になってはいけない、…だがこのままではせっかく手に入れた国力が再び減退してしまう


それは避けたい…のに


「先生…どこ行っちゃったの…」


突如消えた師、なんの前触れもない失踪に臣民は大慌てだ…けど、デティフローアはその兆候のような物を実は読み取っていた


失踪する前からスピカ先生の狂行は見られた、私がエリスちゃんと連絡を取っている魔術筒を訳の分からない言い分で破壊した時には流石に異常を感じたものだ


けど、私の知ってる治癒魔術をこっそり先生にかけても一切の変化がない…、そしてこうして失踪してしまったのだ


そこで私は悟ったよ、遂に来てしまったんだと…


(あれは確実にシリウスの洗脳による影響だ、でなければ先生があんな風になるなんて考えられない)


恐らくコルスコルピで聞いた魔女の洗脳が先生にも毒牙を剥いたのだ、故になんとか先生の暴走を私で抑えエリスちゃんとレグルス様の帰還まで持ちこたえようとしていたんだけどな…ちょっと無理だった


(…先生が失踪する直前、先生の魂を何か異様な魔力が覆っていた…、あれがシリウスの魔力かな…、はぁ 厄介なことになったなぁ、エリスちゃん早く帰ってきてくれないかな、今どの辺にいるのかな、最後に連絡を取ったのが帝国だしあと一年二年はかかるかな…)


この現状を打破出来るのは国外に旅立った親友エリスちゃんとその師匠レグルス様だけだ、数多くの魔女大国で事件を解決してきたあの二人ならこのアジメクの事件も解決出来るはずだ


だから


「それまで、なんとか私一人で持ちこたえないと」


エリスちゃんが帰ってきた時 その旅のゴールを守るのが私の役目だ、私はアジメクの導皇なんだからそのくらいのことしてあげないといけない、だから今も仕事に命かけてんだ!


「よし!やるぞ!」


「デティフローア様!新しい書簡が…」


「よーし!やるぞー!、今度はどこから届いたの!?」


「魔術医療協会からです、最新の魔力疾患の研究の定期連絡ですので、早めに目を通して欲しいと…」


「今通す、貸して」


「はっ!」


次々と舞い込む仕事は国政関連と魔術界関連がランダムに届く、目を通すだけで済むのは簡単だ…面倒なのは魔術導皇として声明を出さねばならないものとかかな、本当は一日二日悩みたいんだけどそんなことしてたら仕事が山積みになっちゃうからね


今回届いたのはアジメクが誇る魔術医療協会からの定期連絡、定期連絡だから一応目を通すだけでいいのだ、だがだからと言って手は抜けない…アイツら隙あらば活動費の増額とかこういうところに盛り込んでくるからな


そりゃお金を掛けて仕事させてやりたい気持ちはあるがこっちだって無限に金があるわけじゃない、技術者はいつだってそうだ こっちの限界を考えない


「ふむふむ…、魔力疾患の研究成果か…」


今回は魔力疾患の研究成果 その途上の報告だ、人は誰しも魔力を持っているが時たまに正常な魔力を持って生まれて来れない子もいる、そういう子を救済する為に私達は先に生まれてきているんだ、なんとかしてあげたいからこうして研究しているが…


(色々書いてあるけど、つまりほぼ成果は無しか)


魔力が意思とは関係なく外に出てしまう『魔力漏出症』、魔力が魂と結びつき過ぎて魔術を使うと倒れてしまう『魔力連結症』、魔力が一切体外に排出されない『魔力閉塞症』、魔力を魔術に変換出来ない『魔力凝固症』、魔力が自然と変換されてしまう『魔力変換症』


ただ不便で終わるものから最悪命に関わるものまで多種多様にある魔力疾患、これの抜本的な解決法は未だに見つかっていない、そもそも魔力の研究自体途上なんだからそれを上手く外部から制御する方法なんてあるわけがない


成果がないのは仕方ないか…


「うん、目を通したと会長に連絡しておいて、あと特に理由のない支援金の増額は出来ないとも伝えて」


「はっ!」


ちゃっかり所々に増額が必要であることの記述があったが、差し迫って金が必要な説明はないので増額は無しだ


「では失礼します!デティフローア様!」


「大変ですデティフローア様!」


「今度はなにぃ!?」


さぁ書類を片付けたから手元の国政を片付けようとペンを握った瞬間、退出する部下とは変わるように新たに入室してくる部下に肩が落ちる、今度は何さ…


「それが…魔術解放団体が白亜の城の入り口を封鎖しまして!」


「魔術解放団体ぃ!?」


その報告を受けた瞬間、聞こえてくる…城の外から…


『魔術を縛る悪法を撤廃せよー!』


『魔術は人類の兄弟である!、不当に支配することは断固として許容出来ない!』


『我々は怒っている!、いつまでも古臭い権威に縋り付く魔術導皇の身勝手な振る舞いにー!』


『魔術を解放せよー!魔術を解放せよー!』


『我々人類は魔術の味方であるー!』


「はぁ、呆れた…平日の昼間から…、羨ましいくらい暇だね…」


外から聞こえてくるのは魔術導皇への抗議の声…、己らを魔術解放団体と名乗る一派の絶叫だ…


「彼ら、魔術導皇との直接対談を望んでいると…、こちらの要求が通らない限り白亜の城の出入り口を封鎖すると言いだしていまして…」


「対談ならこの間やったでしょ、で…話は平行線だった、出口の見えない迷路で遊んでる暇は私にはないの」


『魔術導皇を出せー!』


『導皇制度の廃止をー!』


『我等は皆魔術と共に歩む点で平等であるー!』


やっかましいなアイツら!、この間対談はしただろうに!、で!その場で言われたのは論理的な話ではなく『魔術は我らの兄弟だから制度で縛るのはやめろ』『魔術導皇制度の廃止を』それだけだ…、それ以外いいやしない


一応彼らの理屈としては『魔術を生み出す魔力は人の魔力から生まれている、そして魔力とは魂のカケラである、つまり魔術とは人の魂の分け身だから部類としては人と同じだ』というものだ


まぁ、分からないでもない、魔力は魂が肉体を動かす為に生み出すエネルギーの余剰分…つまり呼び方が違うだけで魂もまた魔力であり魔力もまた魂である、そんな魔力が込められた魔術には人の魂が宿っていると…理屈は通っている


だが!だがだよ!?それでも違うよ!人と魔術は!、人を動かしている魂には膨大な情報が込められている!だが魔術にはそれがない 謂わば魂の端材で作られているからだ、そこに意思はないし意識もない!、魂全体で見れば魔術に収められている魂は全体の億分の一程度なんだから!


論理的に考えるなら魔術が人と同程度の魂を持ち思考を得るには何年も同じ魔術を使い続けなければならない!けど!、そんな長い時間発動してる魔術や人間が存在するか!?いるわけない、彼らの言ってることをそのまま訳すれば『カサブタは血を分けた息子!』『剥がれ皮膚は自分の分け身だからこいつにも人権を!』とかそのレベルだ!、やりたきゃ内輪で勝手にやってろ!


「魔術導皇制度を廃止して笑うのは魔術ではなく犯罪者だと何故分からないのかな…」


「どうしますか…、このままでは城の外に仕事が溜まってしまいますが…」


「そうねぇ、この机外に移動させるのも面倒だけど…、連中を動かすのはもっと面倒そうね」


こうなったら外に顔を出して適当に話して追っ払うか?、いやダメだ こうやって出入り口を封鎖すれば魔術導皇が出てくると奴らに思われたらアイツら城の出入り口の上に自分達の家作りそうだ


でもこのままじゃ仕事が、あうあう…


「魔女がいないと思って好き勝手やってぇ…」


それもこれもスピカ先生がいないからだ、魔女がいる時は奴らはこんなに大胆に動かなかった、魔女の威光が無くなった今を幸いと見ているのだ


どうするかな…これ


「なら私が外に行って全員黙らせて来ましょうか?、デティフローア様」


「げっ、…この声は…」


カツカツと甲冑が足音を立てる、ガシャガシャと鎧が叫ぶ、廊下を突き抜け扉を叩き開け髪を振って肩に黒剣を担いでそれは現れる…


今のアジメクが黄金期と呼ばれる所以の一つ、アジメク史上最強の騎士…現友愛騎士団の団長、彼女のこそが…


「クレアさん…」


「魔術解放団体だかなんだか知りませんけどね、自分達の意見押し通す為に人に迷惑かけんなら叩き斬るだけなわけですよ、ね?デティフローア様」


「絶対やめてよ!それ!」


現れるのは私の一番の部下にしてアジメク最高戦力 黒金の絶望クレア・ウィスクム団長だ、孤独の魔女発見の功績や誘拐された魔術導皇の単独救出など数多くの伝説を持ち異例の速さで騎士団長に就任した隆盛しつつあるアジメク国軍の軍事力の象徴こそが彼女だ


彼女とは付き合いも長い、エリスちゃんが旅立った頃から私の直属として動いてくれているから多分魔女の弟子を除けば一番仲がいい相手とも言える


だからこそ分かる、クレアさんはやる…やると言ったら殺る人だ、このままゴーサイン出したら相手が誰でも叩き斬って城のベランダに飾るだろう、そういう人だ


「えぇー、…だって面倒じゃないですかあれ…、魔術導皇相手に抗議をしている人間は魔術解放団体だけじゃない…にも関わらずああやって変な抗議してるのはアイツらだけです、他の連中は階段の日時を守りその間に会議の内容詰めて来てしっかりとした材料を突きつけて抗議して来ます…ですよね」


「ま…まぁそれが普通だからね、そういう人達の言葉ならまぁこちらも飲まざるを得ない形になるけど」


「なのにアイツらはそれをしない、聞いた話じゃ裏で魔女排斥組織と繋がってるなんて話もあります、純粋にこちらの業務妨害を行おうとしているのでは?」


「それもあるかもね、…でも手を出すべきは今じゃない、手を出すなら『P・A』が真の意味で完成してからだよ」


「…ペルアスペラ・アドアストラですか、まぁそうですね」


魔術解放団体がクリーンな組織であるなんて思ってない、ここ数年で急激に勢力を拡大した裏にはマレウス・マレフィカルムの関与があるとの情報も貰っている、だからこそここで変に突いて事を大きくしたくない


やるなら『P・A』、ペルアスペラ・アドアストラが完成してからだよ、もう完成は間近だし、完成すれば魔術解放団体もつべこべ言えなくなるだろう


「ならそれまで待ちますか?、出入り口封鎖された状態で」


「う、それは…でも荒事にはしたくないよ、何とかしてよクレアさん」


「…ふぅー、私そういうの苦手でして…、ついカッとなって相手殴っちゃうんです」


「致命的!立場を持つ人間として!」


「こらー!、クレアー!あんたまた魔術導皇様に迷惑かけてんじゃないでしょうねー!」


「ん、メロウリース」


こらー!という声とともにタッタタカ走り寄る影が廊下の奥から見えてくる、振り回されるピンクの髪と腰に携えた二本の剣、我らが友愛騎士団の頼りになる副団長であるメロウリース・ナーシセス様だ、別名『猛犬クレアの手綱』と呼ばれる彼女がもう見るからに激怒して走ってくる


「ちょっとメロウリース、あんた遅いわよなにしてたの?、そんなんじゃメロウルーズよ」


「やかましい!、それよりデティフローア様!外に魔術解放団体が!」


「知っています、今それをどうにかしようと協議を…」


「おや、お困りごとですかな我が王よ」


ヌルリ、そんな音が聞こえてきそうな程に液体的な動きでデティフローアに歩み寄る漆黒の影が突如として現れる、肩から羽織るローブは足元まで隠しシルエットだけ見れば動く柱のようでとても人には見えない


そして、その死人のように青く人相の悪い顔はもっと人には見えない


「デズモンド…」


「はい、我が王」


この死神みたいな男は私の部下の一人にして『護国六花』のメンバーの一人


名を暗黒策士デズモンド・ヘリオトロープ…我が軍の軍師を務める男だ、その見るからに人生楽しくなさそうな顔つきと振るわれる辣腕から国内外問わず『悪魔』とさえ称されるその男が私の前で恭しく跪く


彼は五年前に行った大規模徴兵にて我が軍に参入した新顔だ、突出した才能を持ちながら士官学園への入学を行わない人間、また厳しすぎる入隊試験で取りこぼしてしまった人材を掻っ攫う為に行った大規模徴兵は今までアジメクの伝統では拾いきれなかった多くの逸材を我が軍に齎した


彼はそのうちの一人だ、神算鬼謀の知略を持ちながら片田舎で商会の会計をやっていた所をスカウトしてみたらこれが大当たり、他国の軍師を遥かに凌駕する知能と敵に対して一切躊躇を行わない性格から瞬く間に我が軍を列強に押し上げた功労者だ


「ところで我が王よ、表に些か元気のよろしいお客様がいますなあ」


「うん、魔術解放団体の人達だよ、貴方なら知ってるでしょ」


「おやそうでしたか、いやはや…これは大切なお客人ですな、しかし些か精力を持て余しているご様子、…我が王が望まれるのでしたら、このデズモンド…お相手をして参りますが」


「いい、貴方は少し徹底し過ぎる節がある、そこまで過激に終わらせるつもりはない」


デズモンドはその暗黒策士の名に違わぬ性根の持ち主だ、平気で相手の家族を人質にするし脅しで家に火もつける、その癖自分の手は汚さずコーヒーを優雅に飲んでいる間に全て終わらせるのが彼の…デズモンドの仕事ぶりだ


きっと彼がこの一件に当たれば外にいる魔術解放団体は地獄を見る、二度と口が聞けないようになるかもしれない、そこまでしてもらうつもりはないのだ


「これはこれは、流石は我が王…お優しい限りで」


ニタッと彼が微笑めば周囲の兵士もまた恐る、…そう言えば新兵の一人からすごい形相で言われたことがあるな…


『デズモンドは危険な男です、いつクーデターを起こすかも分からない男を側においては何が起こるか…!』


だってさ、でもね…私は人の考えていることや感情が読み取れるの、だからデズモンドが何を考えているかも分かる、クーデターなんて起こりようもないよ


だって


「フッ、心配ありがとうデズモンド、でもそれは杞憂だよ」


「いえ、私はただ我が王のご尊顔が私のような嫌われ者の人相のようになられては不憫だと、…思ったまでです」


彼はただ真面目過ぎるだけだ


「でも、なんとかしなきゃだなぁ」


「こう騒がしくては二次災害が起こりかねない、早急に対処が必要でしょう」


「おや、続々と我らが護国六花が集まりましたな」


デズモンドに次ぐように室内に歩み入る二人の騎士、一人はまん丸の体に見上げるような巨大 そしてなんとも温厚そうな福溢れる微笑みを浮かべる騎士、そしてもう一人は金の長髪に鋭い切れ目 眼が覚めるような美男子


彼らもまた護国六花のメンバーだ


「花々騎士ジェイコブ・カランコエ参上しましただ、魔術導皇様」


五年前の徴兵にて参入しデズモンドと共に護国六花に加入した天才騎士ジェイコブ・カランコエ、寸胴のような体に丸太のような腕 そしてその体格に似合わないおっとりとしたアジメク国軍のゆるキャラ的な性格が特徴の騎士が彼だ


元々アジメクの辺境にて父の畑仕事を手伝い生計を立てていた彼だったが、貧しい村と父の為に出稼ぎをと聞き及んだ徴兵の話を受けて国軍に加入した所、その才能を開花


元々凄まじい身体能力を持ち抜群の剣技のセンスで瞬く間に騎士団に入団しそのまま護国六花にまで上り詰めた正真正銘の天才騎士だ


ただ彼は元々騎士になるつもりはなく、頭も良くない為アジメク国軍に仕官するという発想さえ元々持ち合わせていなかったと言うのだ、徴兵の話があったから偶然仕官しただけ…、今までの士官制度では確実に取りこぼしていた逸材の象徴だろう


「流麗なる猛火 ルーカス・アキレギア…ここに」


そしてもう一人のイケメンナイトが彼、ルーカス・アキレギアだ


こちらは徴兵ではなく正規の士官試験を受け士官学校に入学し入隊した所謂エリート、時代が時代なら騎士団長になっていたとも言われるその才覚は本物であり 、厳かに且つ堅実に実績を積み上げる彼は例の黄金世代の筆頭だ


え?黄金世代って?、そりゃああれよ…通称『ムルク村の黄金世代』と呼ばれる一つのグループが存在するのだ、彼はアニクス地方にあるムルク村出身の子供だにて


彼はかつて山賊に攫われたという過去を持つ、彼だけじゃない多くの子供達がだ…、運良く救出されはしたもののその事件は子供達の心に深く刻み付けられたのだろう


そうして山賊に攫われた過去を持つムルク村の子供達はトラウマに負けず熱意に燃え、己を鍛え一斉に士官学園へと雪崩れ込んだ、今度は己が誰かを守れるようにと…、その大量士官こそがムルク村の黄金世代と名付けられたのだ…


ルーカスだけではなく数多くの逸材がムルク村出身だ、俊足騎士メリディアや豪腕騎士クライヴもムルク村出身、クレアさんもムルク村で功績をあげたし


…何よりあのエリスちゃんもムルク村だ、そうだ ムルク村を襲った山賊とはエリスちゃんが倒した山賊達だ、彼らはみんなエリスちゃんに助けられた子供達なんだ


ムルク村は逸材の宝庫だよ、本当に


「で?、どうするんですか?導皇様、『護国六花』が偶然とは言え出揃っちゃったんだし、そろそろ命令くれません?」


我が眼前に揃う五人の騎士


黒金の絶望クレア・ウィスクム


二龍撃剣メロウリース・ナーシセス


暗黒策士デズモンド・ヘリオトロープ


花々騎士ジェイコブ・カランコエ


流麗なる猛火ルーカス・アキレギア


一名ほどここにいない人間がいるが、彼らこそが私の第一の部下…数えるならば親指に上がる精鋭中の精鋭、アルクカースに於ける討滅戦士団 オライオンに於ける四神将 アガスティヤに於ける三将軍…それがアジメクの護国六花、私の剣だ


「オラ導皇様が言うならなんでもするだよ?、導皇様はオラの恩人だし 何より優しいかんなぁ、命令してほしいだよ」


「ありがとうジェイコブ、けど今回は貴方の出番じゃないかな、誰かが傷つけられそうになったらまたその勇敢な心を見せてほしいな」


「分かりましただ、導皇様」


「ジェイコブ…お前はその田舎出身丸出しの口を治せ、高潔なる騎士の名が汚れる」


「わ 悪いだよルーカス…」


「フンッ…、魔術導皇様 此度の一件は私にお任せを、法的な言い分を交え彼等に退去頂くよう話をしてみます、彼等も護国六花が出れば話は聞くでしょう」


そう声を上げながら前に出るルーカスはこの一件を片付けると口にする、彼ならば任せられるだろう、彼は後顧の憂いを残すようなヘマはしない、私が何を望むかくらい理解しているだろう


「分かった、ありがとうねルーカス」


「いえ、このまま騒ぎが続けば『アレ』が動き出す可能性があるので、そうなれば何がどうなるか予測も出来ません」


「アレ?…ああ、あの子か」


アレとは即ちここにはいない護国六花最後の一人、宮廷魔術師団の団長『白金の希望』だ、アジメク最強のクレアさんに次ぐ実力を持ち次期魔術王の呼び声高い人物ではあるものの…、些か人間性に難点があると言うか、あまりにも若い頃から才能を発露していたせいで人の言うことを聞かなさすぎるというか…


私でも制御不能な『白金の希望』が動けば、もうクレアさんを動かして無理矢理止めるしかない、そしてそうなれば間違いなく大事になるだろう


「た 確かにそうだね、じゃあアレが動き出す前にお願い出来る?」


「御意…、フンッ」


「うぅ…」


軽く礼をするとルーカスは振り向きざまにジェイコブ相手にギロリと視線を飛ばす、人間性に難点があるのは一人ではなさそうだ…


「ともかくこれで安心ね!」


ルーカスが行けば解決でしょ!とクレアさんが何故か自慢げに叫ぶ、まぁこれで解決だろう、ルーカスは人となりはあれだが仕事は出来るから


しかし


「はぁ、悩みのタネは尽きないね…」


「そうよデティフローア様、そろそろあっちの方も協議を進めていかないと、もう数週間前よ?あの幻像がアジメクに宣戦布告してきたのは」


「……………」


やや、気を落としながら目の前の書類に目を落とす、…目下のところの悩みはそれだ


突如として現れた巨大な幻像がアジメクを攻めると宣言した…例の事件、奴は己をシリウスと名乗っていた、シリウスと言えば先生達が八千年前に倒した大いなる厄災の元凶…


それが何故今ああやって現れたのかは分からない、だがシリウスが現れ事と先生が消えた事は無関係ではないはずだ、恐らく先生はシリウスに操られ 今自らの手でアジメクを攻める準備をしている事だろう


…もしシリウスが本当に蘇りアジメクを攻めようとしているなら、それは国家存亡の危機と言える、先生もいないこの状況下で何をどうしたらいいものかさっぱりだ


一応数日前にアルクカースとデルセクトに救援願いは出したが、果たして間に合うかどうか…


「はぁ、やっべぇ事になったなぁ…大丈夫かなぁこれ」


正直私一人で乗り切れる自信がない、護国六花は精強だが流石に史上最強の存在を相手にしては勝ち目もない…、何か手はないか…もうずっと考えてるのに何も思い浮かばないんだ


「どうされました?我が王よ」


「ううん、例の幻像の件を考えていてね…デズモンド、何か策はないかな」


「ふむ、そうですなぁ」


そう言いながらデズモンドは顎に手を当て考える、いやあれは考えるポーズだ、本当は何を言おうか既に考えてある、彼は私が言うことを予測して声をかけてくるからね


事実、彼は直ぐに何か思いついたとばかりに手を叩き


「そう言えばこのような噂を耳にしております」


「何かな」


「帝国が魔女排斥組織大いなるアルカナを討伐したとの事です」


「へぇー、アイツら居なくなったんだ、でも今それ関係なくない?」


「その数ヶ月後教国オライオンが神敵と呼ばれる存在によってかなりの損害を被ったようです」


「だから、今それ関係なくない?」


「そしてこれの事件の中心には、金髪をたなびかせるコートの女性がいたとの事で」


「だから今それ…ん?、コート?金髪?」


ん?そう言えば…帝国からオライオンに事件が移動している、そしてあの子の旅路もまた帝国からオライオンに向けたもの…、まさか


「そして、これは不確かな情報ではありますが、その金髪の女性は今ジェミー号に乗り込んだとの事です…、これは今回の一件と関わりはないですかな?」


「ある…あるよ!、それ!エリスちゃんだ!」


エリスちゃんだ!今ジェミー号に乗ってるってことは、もう旅を終えたんだ!オライオンでの旅を終えて今アジメクに向かってるんだ!、帰ってくるんだ!エリスちゃんが!


エリスちゃんがいれば…なんとかなるかもしれない、そう思えるくらいにあの子は頼りになる!


「あー、誰だぁ?その人、オラ知らないだよ?軍の関係者だか?」


「おやジェイコブ殿はお知りでないと、まぁ私も直接お会いしたこともないのですが…、まぁ言うなれば彼女は、我がアジメクが誇る生きる伝説…とでも言いましょうか」


「い 生きる伝説ぅ!?、オラより強いだか?」


「ええ恐らく、我が国で太刀打ち出来るのはクレア団長くらいでしょうなぁ」


「そんな凄い人が居たなんて知らなかっただよ…、本当だか?クレア団長」


「ええまぁ、もしかしたら私も勝てないかもしれませんね…なんたってあのレグルス様の弟子ですからね、ってことはエリスちゃんとレグルス様が帰ってくるってことじゃないですかヒャホーォイ!今夜はパーティだーい!」


「エリス…あの子が帰ってくるんだ、頼りになるわね」


その強さに驚くジェイコブとその帰還を喜ぶクレアさんとメロウリース、なんたって彼女はアジメクが誇る伝説的な人物だしね、実力も経歴も申し分ない


もし彼女が帰還するなら光明が見えてくるかもしれないぞ!、ナイスタイミングだ!エリスちゃん!大好き!


「ふむ、しかしエリス殿に関しては私も情報を断片しか持ちませんしなぁ…これは少し調査が必要か」


「オラ会ってみたいだよエリスさんに、それにそんなに強いならきっとアジメクも…」





「必要ないわッッッ!、私がいるじゃない!!!!」


「っ!?」


突如として響く怒声、絹を裂くような高い声 打ち付けられる杖が彼女の怒りを現す


「何がエリスよ!アジメクの生きる伝説よ!、くっだらない上に阿呆らしいったらないわ!、どいつもこいつもエリスエリスエリスって!気に食わないわ!気に食わない!」


「これは、…ですが貴方も呼ばれているでしょう アジメクの最高の魔術師 『白金の希望』…と」


「うっさい髑髏野郎!生意気な口聞くんじゃないわよ!」


やれやれとデズモンドが遣り難そうにするこの少女、そう…この子こそ、アジメク最高の魔術師、デティフローアに次ぐ魔術師である白金の希望、護国六花の最後の一人


白の髪に青い目、そしてデティフローアと同じ白の法衣を着込んだ彼女はプリプリと怒りながら室内に乱入してくる


「デティフローア様!、必要ないわ!エリスなんて!私の方が強いから!」


「ちょ ちょっと落ち着いて?ね?、第一なんでそんなにエリスちゃんを敵対視するの、貴方にとってエリスちゃんは…」


「またそれ!、関係ないわ!」


何故そんなにも嫌うのか、私の方が強いとエリスちゃんを拒絶する白金の希望はヘソを曲げたようにプイッとそっぽを向く、まぁ彼女がここまで言っても『生意気な口』にならないのは 彼女が事実それだけの力を持つからだ


アジメク建国以来最高の天才と言われる魔術界の麒麟児、未来の魔術界を担う文字通りのホープなのだから


「ちょっとあんた、誰に向かって口聞いてんの?、別に自分に自信持つなとは言わないけど立場弁えないと膾切りにするけど、いいの?」


「げっ、クレア団長…」


ギロリと睨むクレアさんの眼光に怯む白金の希望、彼女も知ってるだろう、クレアさんはやると言ったり殺る、ここで口答えしたらマジで白金の希望を取り押さえてそのまま台所に持って行き、まな板の上で膾切りにするだろう


「嫌なら入室からやり直せよ、ちゃんとノックして失礼しますって、オラ早くしろよ」


「クレア…貴方もノックとかしないでしょ」


「私はいいのよメロウリース、それよりほら…それとも微塵切りがお好みかしら、ここで作ろうかしら?生意気小娘のナムル」


「ひ…必要ないわ!もう出てくもの!」


「ちょっと!どこ行くの!」


フンッと顎で風を切るように振り返りズカズカと退室していく白金の希望はクレアさんの言葉も無視して歩むを止めず振り返る気配もない


何処に行くの、ただその問いに答えるように白金の希望は口を開き


「証明しに行くのよ、エリスより私の方が強いって…、何処までも付き纏う忌々しい名前とも、もうこれでおさらばだわ!」


「あ!ちょっと!…チッ、クソガキが…どうします?デティフローア様、アイツエリスちゃんに喧嘩売りに行くみたいですけど」


「うーん…」


あの子はエリスちゃんに喧嘩を売りに行くか、そこでエリスちゃんがやられるとは思わない、白金の希望とエリスちゃんでは明確に違う点がある、負けることはないだろう


なら


「行かせよう、どうせあの調子じゃ遅かれ早かれぶつかることになるし…」


「デティフローア様がそう言うなら…」


「うん、そう言うよ…はぁ、エリスちゃん早く来てくれないかなぁ」


到来が目の前に迫った親友、久しくこの国に戻ってくる親友の影に、ただ想いを馳せる


それまで、私がなんとかこの国を守らないとね、ね?エリスちゃん


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